特許第6857299号(P6857299)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6857299硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6857299
(24)【登録日】2021年3月24日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20210405BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20210405BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20210405BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   C23C16/36
【請求項の数】3
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-189539(P2017-189539)
(22)【出願日】2017年9月29日
(65)【公開番号】特開2019-63900(P2019-63900A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年3月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】西田 真
(72)【発明者】
【氏名】今 直誓
(72)【発明者】
【氏名】千葉 一
【審査官】 久保田 信也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−30319(JP,A)
【文献】 特開2017−30076(JP,A)
【文献】 特開2016−168669(JP,A)
【文献】 特開2017−47526(JP,A)
【文献】 特開2015−101748(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/017790(WO,A1)
【文献】 特開2017−80882(JP,A)
【文献】 特開2016−137549(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2017/0204513(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、該複合窒化物または複合炭窒化物を、
組成式:(Ti1−xAl)(C1−y
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、透過型電子顕微鏡を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒に対して、エネルギー分散型X線分析(EDS)により、結晶粒内の組成を5nm間隔で測定し、AlのTiとAlの合量に占める含有割合xのマッピングを行った場合、結晶粒内に組成のむらΔxがあり、該Δxは0.03〜0.20である結晶粒が存在し、
(c)前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所と同じ個所について、電子回折パターンによる結晶方位マッピングを10nm間隔で測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の局所方位差平均を求めた場合、結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒が存在し、
(d)前記Δxが0.03〜0.20であり、かつ、前記結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒の存在割合は、前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所に存在する前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の総数の10個数%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層が存在することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で存在することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi−Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材と、その表面に形成された硬質被膜とを含む表面被覆部材であって、
前記硬質被膜は1または2以上の層により構成され、
前記層のうち少なくとも1層は、硬質粒子を含む層であり、
前記硬質粒子は、第1単位層と第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、
前記第1単位層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第1化合物を含み、
前記第2単位層は、周期表の4族元素、5族元素、6族元素およびAlからなる群より選ばれる1種以上の元素と、B、C、NおよびOからなる群より選ばれる1種以上の元素とからなる第2化合物を含む、表面被覆部材について提案され、この表面被覆部材によれば、耐摩耗性および耐溶着性などの諸特性が向上するため、安定化、長寿命化を図ることができるとされている。
【0004】
また、特許文献2には、基体上にCVDで形成された3〜25μmの耐摩耗コーティング層を有する工具において、耐摩耗性コーティング層は、少なくとも、Ti1−xAlで表した場合に、0.70≦x<1、0≦y<0.25および0.75≦z<1.15を満足し、1.5〜17μmの層厚を有するTiAlCN層を備え、該層は、150nm未満のラメラ間隔のラメラ構造を有し、該ラメラ構造は、交互に異なったTi量とAl量を有するTi1−xAlが周期的に形成されていることによって成るラメラ構造であり、さらに、同一結晶構造を有し、Ti1−xAl層は少なくとも90体積%以上が面心立方構造を有することが開示されている。
このような同一結晶構造からなるラメラ構造を有することで、面心立方構造と六方構造のラメラ構造に比べ、硬さが向上することにより、耐摩耗性が向上するため、長寿命化を図ることができるとされている。
【0005】
また、特許文献3、4、5、6、7には、TiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層で構成される硬質皮膜層について、結晶粒中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位について、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析される結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値)をある一定水準以上に導入する技術が開示されている。そして、この技術によれば(Ti1−XAl)(C1−Y)層からなる硬質被覆層を合金鋼の高速断続切削等に用いた場合に、チッピング、欠損の発生が抑えられるとともに、長期の表面被覆工具の使用にわたって優れた耐摩耗性が発揮されるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−129562号公報
【特許文献2】国際公開第2015/135802号
【特許文献3】特開2015−214015号公報
【特許文献4】特開2016−5863号公報
【特許文献5】特開2017−80883号公報
【特許文献6】特開2017−80884号公報
【特許文献7】特開2017−47526号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1、2に記載されている被覆工具では、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工において、耐チッピング、耐摩耗性が十分ではなく、満足できる切削性能を備えるとはいえない。
また、特許文献3〜7に記載された技術は、TiAl系あるいはCrAl系の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層の立方晶結晶構造を有する結晶粒の結晶粒内平均方位差(GOS)に着目しているが、結晶粒内平均方位差(GOS値)は対象のピクセルから遠方のピクセルとの方位差を含んだ評価であり、隣り合うピクセル同士の方位差については特段の考慮がなされていないため、結晶粒そのものの靱性を高めた皮膜とはとはいえない面がある。
【0008】
そこで、本発明は前記課題を解決し、合金鋼等の高速断続切削等に供した場合であっても、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「TiAlCN」あるいは「(Ti1−xAl)(C1−y)」で示すことがある)層を少なくとも含む硬質被覆層を工具基体表面に設けた被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0010】
即ち、TiAlCN層を構成するTiAlCN結晶粒が、工具基体に垂直方向に柱状組織として形成されているような場合には、高靱性を有するものの、その反面、十分な硬さを備えるものではないため、耐チッピング性と耐摩耗性の両特性を相兼ね備えた被覆工具を得るためには、TiAlCN層の耐摩耗性を向上させることが望まれる。
そこで、本発明者らは、TiAlCN層を構成するTiAlCN結晶粒の各結晶粒内における組成のむらと結晶方位差について鋭意研究したところ、TiAlCN層がNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含有し、かつ、該NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について結晶粒内のAlのTiとAlの合量に占める含有割合x(以下、「Alの含有割合x」という) を測定した場合、結晶粒内には組成のむらΔxが存在し、かつ、該Δxが0.03〜0.20である場合には、結晶が歪むために硬さが高まることを見出した。
さらに、前記結晶粒内の組成のむらΔxが0.03〜0.2である結晶粒について、結晶粒内局所方位差平均(GAM)を測定した場合、GAMが0.5度未満を示す結晶粒が存在する場合には、結晶粒内の組成のむらにより生じやすい結晶格子のミスマッチが抑制されるため、耐摩耗性が向上することを見出した。
したがって、TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒について測定した前記Δxが0.03〜0.20であり、かつ、前記GAMが0.5度未満である結晶粒が存在する場合には、TiAlCN層の硬さが向上するため、このようなTiAlCN層を含む硬質被覆層を設けた被覆工具は、耐チッピング性と耐摩耗性の両特性を相兼ね備えることを見出したのである。
【0011】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1〜20μmのTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、該複合窒化物または複合炭窒化物を、
組成式:(Ti1−xAl)(C1−y
で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合XおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)は、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、透過型電子顕微鏡を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒に対して、エネルギー分散型X線分析(EDS)により、結晶粒内の組成を5nm間隔で測定し、AlのTiとAlの合量に占める含有割合xのマッピングを行った場合、結晶粒内に組成のむらΔxがあり、該Δxは0.03〜0.20である結晶粒が存在し、
(c)前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所と同じ個所について、電子回折パターンによる結晶方位マッピングを10nm間隔で測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の局所方位差平均を求めた場合、結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒が存在し、
(d)前記Δxが0.03〜0.20であり、かつ、前記結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒の存在割合は、前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所に存在する前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の総数の10個数%以上であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記工具基体と前記TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層が存在することを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で存在することを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
なお、本発明でいう“結晶粒内局所方位差平均”とは、後述するGAM(Grain Average Misorientation)のことを意味する。
以下では、“結晶粒内局所方位差平均”を、単に“GAM”と記す場合もある。
【0012】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0013】
TiAlCN層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、組成式:(Ti1−xAl)(C1−y)で表されるTiAlCN層を少なくとも含む。このTiAlCN層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。これは、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるという理由による。
したがって、その平均層厚を1〜20μmと定めた。
【0014】
TiAlCN層の平均組成:
本発明におけるTiAlCN層は、Alの平均含有割合XおよびCの平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足するように制御する。
その理由は、Alの平均含有割合Xが0.60未満であると、TiAlCN層は硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合Xが0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。
したがって、Alの平均含有割合Xは、0.60≦X≦0.95と定めた。
また、TiAlCN層に含まれるCの平均含有割合Yは、0≦Y≦0.005の範囲の微量であるとき、TiAlCN層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果としてTiAlCN層の耐チッピング性、耐欠損性が向上する。一方、Cの平均含有割合Yが0≦Y≦0.005の範囲を逸脱すると、TiAlCN層の靭性が低下するため耐チッピング性、耐欠損性が逆に低下するため好ましくない。
したがって、Cの平均含有割合Yは、0≦Y≦0.005と定めた。
【0015】
TiAlCN層を構成するNaCl型の面心立方構造(以下、単に、「立方晶」ともいう)を有するTiAlCN結晶粒内の組成のむらΔx:
本発明では、TiAlCN層の立方晶のTiAlCN結晶粒内に、TiとAlの含有割合の周期的組成変化(言い換えれば、前記組成式におけるAlの含有割合xの周期的変化)を存在させることによって、結晶粒に歪みを発生させ、硬さを向上する。しかし、前記組成式におけるAlの含有割合xの周期的変化の極大値の平均と極小値の平均の差、即ち、組成のむらΔx、が0.03より小さいと前述した結晶粒の歪みが小さいため、十分な硬さの向上が見込めない。一方、xの極大値の平均と極小値の平均の差である組成のむらΔxが0.20を超えると結晶粒の歪みが大きくなり過ぎて格子欠陥が大きくなるため硬さが低下する。
そこで、立方晶のTiAlCN結晶粒内に存在するAlの含有割合xの組成のむらΔxを0.03〜0.20とする。好ましいΔxは、0.05〜0.10である。
立方晶のTiAlCN結晶粒内に存在する組成のむらΔxは、TiAlCN層について、透過型電子顕微鏡を用いて、立方晶のTiAlCN結晶粒に対して、エネルギー分散型X線分析(EDS)により、結晶粒内の組成を5nm間隔で測定し、Alの含有割合xのマッピングを行うことによって求めることができる。
図1に、結晶粒内に、TiとAlの周期的組成変化が存在する立方晶のTiAlCN結晶粒のTEM像の一例を示す。
【0016】
TiAlCN層を構成する立方晶のTiAlCN結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM):
本発明では、透過型電子顕微鏡を用いて、前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所と同じ個所について、電子回折パターンによる結晶方位マッピングを10nm間隔で測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM)を求めた場合、GAMが0.5度未満を示す立方晶の結晶粒が存在することが必要である。
これは、Alの含有割合xの組成のむらΔxが0.03〜0.20である立方晶のTiAlCN結晶粒において、該結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度を超えると、組成のむらΔxによる結晶格子のミスマッチが大きくなりすぎて、高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工における切削応力に耐えきれず、摩耗が進行しやすくなり、その結果、耐摩耗性が低下するからである。
そして、Δxが0.03〜0.20であって、かつ、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒の存在割合が、エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所に存在するNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の総数の10個数%以上である場合に、高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する。
【0017】
結晶粒内局所方位差平均(GAM)は、前記エネルギー分散型X線分析(EDS)測定を行った箇所と同じ個所のTiAlCN層の表面研磨面について、表面に垂直な方向から、透過型電子顕微鏡を用いてナノサイズに収束された電子プローブを走査し、10nm間隔で電子回折パターンを取得して、結晶方位マッピングを得ることによって、結晶粒内局所方位差平均(GAM)を求めることができる。
【0018】
図2を用いて、より具体的に説明すれば、次のとおりである。
図2に示すように、隣接する測定点(以下、「ピクセル」ともいう)間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界と定義する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。
そして、立方晶結晶粒内のあるピクセルと、これに隣接する他のピクセル間での方位差を計算し、これを結晶粒内局所方位差として求め、立方晶結晶粒内の全てのピクセルについて求めた結晶粒内局所方位差を平均化した値を、当該結晶粒における結晶粒内局所方位差平均GAM(Grain Average Misorientation)として定義する。
なお、GAMについては、例えば、文献「日本機械学会論文集(A編) 71巻712号(2005−12) 論文No.05−0367 1722〜1728」に説明がなされている。
本発明でいう“結晶粒内局所方位差平均”とは、このGAMを意味する。
なお、GAMを数式で表す場合、同一結晶粒内のあるピクセルとこれに隣接する他のピクセルの境界数をm、同一結晶粒内の隣接するピクセル間の境界におのおの付けた番号をi(ここで 1≦i≦mとなる)、境界iにおいて隣接するそれぞれのピクセルの結晶方位から求められる局所方位差をαとすると、


で表すことができる。
即ち、結晶粒内局所方位差平均(GAM)は、結晶粒内の隣接するピクセル間での方位差(局所方位差)を求め、その値を平均化した数値であるといえる。
【0019】
TiAlCN層の成膜法:
前記のような組成のむらΔxおよび結晶粒内局所方位差平均(GAM)を備えるTiAlCN層は、例えば、工具基体表面において反応ガス組成を周期的に変化させる以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
すなわち、化学蒸着反応装置へ、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、AlCl、N、C、Hからなるガス群Bをおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給し、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、(イ)ガス群A、(ロ)ガス群Aとガス群Bの混合ガス、(ハ)ガス群Bと時間的に変化させる。
そして、上記反応を例えば、
反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%):
ガス群A: NH:0.5〜1.5%、H:30〜50%、
ガス群B: AlCl:0.2〜0.3%、TiCl:0.07〜0.10%、N:0.0〜4.0%、C:0.0〜0.1%、H:残、
反応雰囲気圧力: 4.5〜5.0kPa、
反応雰囲気温度: 700〜900℃、
供給周期: 10〜30秒、
1周期当たりのガス供給時間: 0.5〜3.0秒、
ガス群Aとガス群Bの位相差: 0.4〜2.5秒
の条件で、所定時間、熱CVD法を行うことによって、所定の組成のむらΔxと結晶粒内局所方位差平均(GAM)を備える本発明のTiAlCN層を形成することができる。
また、成膜後にアニール処理を施すことによって、所定の組成のむらΔxと結晶粒内局所方位差平均(GAM)を制御することも可能である。
また、硬質被覆層の耐チッピング性、耐摩耗性の向上という観点からは、TiAlCN結晶粒は柱状組織であることが望ましいが、上記本発明の成膜法によれば、TiAlCN層を構成する立方晶のTiAlCN結晶粒は柱状組織として形成されるため、耐チッピング性にすぐれたTiAlCN層が得られる。
【0020】
下部層および上部層:
また、本発明のTiAlCN層は、それだけでも十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設けた場合、あるいは、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を発揮することができる。
Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、平均層厚1〜20μmのTiAlCN層を少なくとも含み、
組成式:(Ti1−xAl)(C1−y
で表した場合、Alの平均含有割合XおよびCの平均含有割合Y(但し、X、Yはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦X≦0.95、0≦Y≦0.005を満足し、TiAlCN層には立方晶結晶粒が存在し、該結晶粒の結晶粒内の組成を測定した場合、結晶粒内の組成のむらΔx0.03〜0.20が存在することによって、結晶が歪み硬さが向上し、さらに、Δxが0.03〜0.20の結晶粒のうちで、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満のものが所定の個数%以上存在することによって、結晶格子のミスマッチが抑制され、その結果、TiAlCN層として耐摩耗性が向上する。
そのため、本発明被覆工具は、高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に供した場合、すぐれた耐チッピング性とともにすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】結晶粒内に、TiとAlの周期的組成変化が存在する立方晶のTiAlCN結晶粒のTEM像の一例を示す。
図2】本発明被覆工具のTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造(立方晶)を有する結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM)の測定方法の概略説明図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、実施例としては、WC基超硬合金、TiCN基サーメットを工具基体とする被覆工具について述べるが、工具基体としてcBN基超高圧焼結体を用いた場合も同様である。
【実施例1】
【0024】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
【0025】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを作製した。
【0026】
つぎに、これらの工具基体α〜δの表面に、化学蒸着装置を用い、成膜反応を行った。
成膜反応は、次のとおりである。
表4、表5に示される形成条件A〜H、すなわち、NHとHからなるガス群Aと、TiCl、AlCl、N、C、Hからなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH:0.5〜1.5%、H:30〜50%、ガス群BとしてAlCl:0.2〜0.3%、TiCl:0.07〜0.10%、N:0.0〜4.0%、C:0.0〜0.1%、H:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期10〜30秒、1周期当たりのガス供給時間0.5〜3.0秒、ガス群Aとガス群Bの位相差0.4〜2.5秒として、所定時間、熱CVD法を行った。
【0027】
ついで、形成条件C,E、Fに関しては表5に示される条件、すなわち、アニール雰囲気圧力4.5〜5.0kPa、アニール雰囲気温度:700〜900℃、アニール時間1〜3時間として、Hガス減圧雰囲気下にてアニール処理を行った。
成膜反応、アニール処理を行うことによって、表7に示される組成のむらΔxおよびGAM(結晶粒内局所方位差平均)を有する立方晶結晶粒が表7に示される個数%存在し、表7に示される目標層厚を有するTiAlCN層を形成することにより本発明被覆工具1〜12を製造した。
なお、本発明被覆工具4〜10については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層および/または表7に示される上部層を形成した。
【0028】
また、比較の目的で、工具基体α〜δの表面に、表3に示される条件での下部層の形成を行い(あるいは、行わず)、表4、表5に示される形成条件a〜hでの成膜反応を行い、表8に示される目標層厚(μm)を有し、少なくともTiAlCN層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。
なお、表5に示すように、形成条件a〜eでは、成膜反応時に工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様にTiAlCN層を形成することにより比較被覆工具1〜12を製造した。
なお、本発明被覆工具4〜10と同様に、比較被覆工具4〜10については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層および/または表8に示される上部層を形成した。
【0029】
また、本発明被覆工具1〜12、比較被覆工具1〜12の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表7および表8に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0030】
また、TiAlCN層のAlの平均含有割合Xについては、電子線マイクロアナライザ(Electron−Probe−Micro−Analyser:EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合Xを求めた。
Cの平均含有割合Yについては、二次イオン質量分析(Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合YはTiAlCN層についての深さ方向の平均値を示す。
ただし、Cの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはCの供給量を0とした場合のTiAlCN層に含まれるCの含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Cを意図的に供給した場合に得られるTiAlCN層に含まれるCの含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をYとして求めた。
【0031】
さらに、TiAlCN層の表面に垂直な方向からその表面研磨面について、透過型電子顕微鏡を用いて電子プローブを走査し、TiAlCN層の立方晶結晶粒のうち任意の結晶粒10個に対して、エネルギー分散型X線分析(EDS)を用い、結晶粒内の組成を5nm間隔で測定し、Alの含有割合xのマッピングを行い、結晶粒内に存在するAlの含有割合xの変化を測定し、Alの含有割合xの周期的変化の極大値の平均と極小値の平均の差を組成のむらΔxとして求め、前記マッピング図から、組成のむらΔxが0.03〜0.20を示す結晶粒をカウントした。
表7および表8に、その結果を示す。
また、図1に、本発明被覆工具7の組成のむらΔxが存在する立方晶のTiAlCN結晶粒のTEM像の一例を示す。
【0032】
さらに、TiAlCN層の表面に垂直な方向からその表面研磨面について、前記エネルギー分散型X線分析(EDS)を用いて測定した箇所と同じ箇所について、透過型電子顕微鏡(TEM)に付属する結晶方位解析装置を用いて、表面研磨面の法線方向に対して0.5〜1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動) 照射しながら、電子線を任意のビーム径及び間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析した。なお、本測定に用いた電子回折パターンの取得条件は、加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは10.0nmである。
また、個々の測定点の電子回折パターンを、立方晶の任意の方位に対してあらかじめ計算した電子回折パターンと比較し、最も良くマッチした結晶方位をその測定点の結晶方位として採用した。
次に、TiAlN層の縦断面の測定範囲において、前記測定範囲内の各測定点における結晶方位を測定するとともに、隣接する測定点における結晶方位との角度差を求め、該角度差が5度以上の場合には、隣接する測定点の間にTiAlN結晶粒の粒界が存在するとして粒界の位置を定め、そして、粒界によって囲まれた領域をTiAlN結晶粒であるとした。この時、結晶粒内のあるピクセルと、これに隣接する同一結晶粒内の他のピクセル間における結晶粒内局所方位差を求め、結晶粒内局所方位差が0度以上0.1度未満、0.1度以上0.2度未満、0.2度以上0.3度未満、0.3度以上0.4度未満、・・・と0〜10度の範囲を0.1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒を特定し、その結晶粒をカウントした。
表7および表8に、その結果を示す。
また、Δxが0.03〜0.20を示し、かつ、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒をカウントし、個数%を算出した。
表7および表8に、その結果を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
【表4】

【0037】
【表5】

【0038】
【表6】
【0039】
【表7】
【0040】
【表8】
【0041】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜12、比較被覆工具1〜12について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材:JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度:994 min−1
切削速度:390 m/min、
切り込み:3.0 mm、
一刃送り量:0.25 mm/刃、
切削時間:8分、
表9に、その結果を示す。
【0042】
【表9】
【実施例2】
【0043】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体ε〜ηをそれぞれ製造した。
【0044】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表11に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体θを形成した。
【0045】
つぎに、これらの工具基体ε〜ηおよび工具基体θの表面に、化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3に示される条件での下部層の形成、表4、表5に示される条件で成膜反応、実施例1と同じ条件でのアニール処理を行うことにより、少なくともTiAlCN層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表13に示される本発明被覆工具13〜24を製造した。
なお、本発明被覆工具16〜20については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層および/または表13に示される上部層を形成した。
【0046】
また、比較の目的で、同じく工具基体ε〜ηおよび工具基体θの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3に示される条件での下部層の形成、表4、表5に示される条件での成膜反応を行うことにより、表14に示される比較被覆工具13〜24を製造した。
なお、本発明被覆工具16〜20と同様に、比較被覆工具16〜20については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層および/または表14に示される上部層を形成した。
【0047】
本発明被覆工具13〜24、比較被覆工具13〜24の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表13および表14に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、実施例1と同様に、本発明被覆工具13〜24、比較被覆工具13〜24の立方晶構造のTiAlCN結晶粒のうち任意の結晶粒10個のうち、組成のむらΔxが0.03〜0.20である結晶粒をカウントした。
また、実施例1と同様に、立方晶構造のTiAlCN結晶粒について、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満である結晶粒をカウントした。
さらに、実施例1と同様に、Δxが0.03〜0.20を示し、かつ、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満を示す結晶粒をカウントし、個数%を算出した。
表13、表14に、測定結果を示す。
【0048】
【表10】

【0049】
【表11】

【0050】
【表12】

【0051】
【表13】
【0052】
【表14】
【0053】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具13〜24、比較被覆工具13〜24について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:390 m/min、
切り込み:1.5 mm、
送り:0.3 mm/rev、
切削時間:5 分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:370 m/min、
切り込み:2.0 mm、
送り:0.15 mm/rev、
切削時間:5 分、
(通常の切削速度は、200m/min)、
表15に、前記切削試験の結果を示す。
【0054】
【表15】
【0055】
表9および表15に示される結果から、本発明の被覆工具は、AlTiCN層の立方晶結晶粒内において、所定の組成のむらΔxが0.03〜0.2あり、かつ、結晶粒内局所方位差平均(GAM)が0.5度未満である立方晶結晶粒が存在することから、結晶粒が歪み硬さが向上し、一方、組成むらによる結晶格子のミスマッチが小さくなるため、耐チッピン性とともに耐摩耗性が向上し、その結果、高熱発生を伴い、かつ、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する。
【0056】
これに対して、AlTiCN層を構成する立方晶結晶粒内において、所定の組成のむらΔxが存在していない比較被覆工具、あるいは、所定の結晶粒内局所方位差平均(GAM)が存在していない比較被覆工具については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング等の異常損傷の発生により、あるいは、摩耗進行の促進により、短時間で寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工ばかりでなく、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1
図2