【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的がん医療実用化研究事業」「小児急性リンパ性白血病に対する非ウイルスベクターを用いたキメラ抗原受容体T細胞療法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明はキメラ抗原受容体を発現する遺伝子改変T細胞(CAR-T細胞)の調製方法に関する。本発明の調製方法で得られるCAR-T細胞はCAR療法に利用することができる。本発明は、大別して2種類の調製方法、即ち、活性化T細胞との共培養を含む方法(説明の便宜上、「第1の調製方法」と呼ぶことがある)と、ウイルスペプチドを保持した活性化T細胞との共培養を含む方法(説明の便宜上、「第2の調製方法」と呼ぶことがある)を提供する。尚、特に言及しない限り、本明細書における各種細胞(例えばT細胞)はヒト細胞である。
【0009】
1.活性化T細胞との共培養を含む方法
この調製方法(第1の調製方法)では、以下のステップ(1)〜(4)を行う。
(1)T細胞含む細胞集団を抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激した後、増殖能を喪失させる処理を行うことによって得られる非増殖性細胞を用意するステップ
(2)トランスポゾン法によって、標的抗原特異的キメラ抗原受容体遺伝子が導入された遺伝子改変T細胞を得るステップ
(3)ステップ(1)で用意した非増殖性細胞とステップ(2)で得た遺伝子改変T細胞を混合し、抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激しつつ共培養するステップ
(4)培養後の細胞を回収するステップ
【0010】
ステップ(1)は、遺伝子導入操作後のT細胞(ステップ(2)に使用する遺伝子改変T細胞)の保護に用いる非増殖性細胞を得るステップであり、まず、T細胞を含む細胞集団を抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激する。この処理によって、活性化T細胞が得られる。「T細胞を含む細胞集団」として、好ましくは、末梢血から採取されるPBMC(末梢血単核細胞)を用いる。PBMCを精製し、T細胞の含有率を高めたものや、末梢血からフェレーシスによって採取した単核球等を、ここでの「T細胞を含む細胞集団」として用いることも可能である。
【0011】
例えば、抗CD3抗体と抗CD28抗体で培養面をコートした培養容器(例えば培養皿)で3時間〜3日、好ましくは6時間〜2日、更に好ましくは12時間〜1日、培養することによって、細胞集団内のT細胞に対して抗CD3抗体及び抗CD28抗体による刺激を加えることができる。抗CD3抗体(例えばミルテニーバイオテク社が提供する商品名CD3pure抗体を用いることができる)と抗CD28抗体(例えばミルテニーバイオテク社が提供する商品名CD28pure抗体を用いることができる)は市販もされており、容易に入手可能である。抗CD3抗体と抗CD28抗体がコートされた磁気ビーズ(例えば、VERITAS社が提供するDynabeads T-Activator CD3/CD28)を利用してステップ(1)の刺激を行うことも可能である。尚、抗CD3抗体として「OKT3」クローンを用いることが好ましい。
【0012】
抗CD3抗体と抗CD28抗体による刺激を行った細胞は、増殖能を喪失させる処理に供されるが、その前に、T細胞増殖因子の存在下で培養することにするとよい。この培養によって、刺激処理後の細胞の活性が高められる。ここでの培養の期間は例えば1日〜10日、好ましくは2日〜7日、更に好ましくは3日〜4日である。培養期間が短すぎると十分な活性化を望めず、培養期間が長すぎると共刺激分子減弱のおそれがある。培養後の細胞を一旦、凍結保存することにしてもよい。この場合には、使用時に細胞を融解し、再度、抗CD3抗体及びCD28抗体による刺激(条件は上記に準ずる)を行った後に「増殖能を喪失させる処理」に供するとよい。
【0013】
「増殖能を喪失させる処理」を経ることによって、増殖能を喪失した活性化T細胞(非増殖性細胞)が得られる。増殖能を喪失させる処理は、典型的には放射線照射であるが、薬剤を用いることにしてもよい。放射線照射の条件の一例を示すと、ガンマ線を用い、25Gy〜50Gyの強度で15〜30分間の処理である。
【0014】
ステップ(2)では、トランスポゾン法によって、標的抗原特異的キメラ抗原受容体遺伝子が導入された遺伝子改変T細胞を得る。即ち、本発明では、トランスポゾン法を利用してCAR遺伝子をT細胞に導入し、CAR-T細胞を得る。トランスポゾン法とは、非ウイルス遺伝子導入法の一つである。トランスポゾンは、進化の過程で保存されてきた、遺伝子転位を引き起こす短い遺伝子配列の総称である。遺伝子酵素(トランスポザーゼ)とその特異認識配列のペアで遺伝子転位を引き起こす。トランスポゾン法として、例えば、PiggyBacトランスポゾン法を用いることができる。PiggyBacトランスポゾン法は、昆虫から単離されたトランスポゾンを利用するものであり(Fraser MJ et al., Insect Mol Biol. 1996 May;5(2):141-51.; Wilson MH et al., Mol Ther. 2007 Jan;15(1):139-45.)、哺乳類染色体への高効率な組込みを可能にする。PiggyBacトランスポゾン法は実際にCAR遺伝子の導入に利用されている(例えばNakazawa Y, et al., J Immunother 32:826-836, 2009;Nakazawa Y et al., J Immunother 6:3-10, 2013等を参照)。本発明に適用可能なトランスポゾン法はPiggyBacを利用したものに限定されるものではなく、例えば、Sleeping Beauty(Ivics Z, Hackett PB, Plasterk RH, Izsvak Z (1997) Cell 91: 501-510.)、Frog Prince(Miskey C, Izsvak Z, Plasterk RH, Ivics Z (2003) Nucleic Acids Res 31: 6873-6881.)、Tol1(Koga A, Inagaki H, Bessho Y, Hori H. Mol Gen Genet. 1995 Dec 10;249(4):400-5.;Koga A, Shimada A, Kuroki T, Hori H, Kusumi J, Kyono-Hamaguchi Y, Hamaguchi S. J Hum Genet. 2007;52(7):628-35. Epub 2007 Jun 7.)、Tol2(Koga A, Hori H, Sakaizumi M (2002) Mar Biotechnol 4: 6-11.;Johnson Hamlet MR, Yergeau DA, Kuliyev E, Takeda M, Taira M, Kawakami K, Mead PE (2006) Genesis 44: 438-445.;Choo BG, Kondrichin I, Parinov S, Emelyanov A, Go W, Toh WC, Korzh V (2006) BMC Dev Biol 6: 5.)等のトランスポゾンを利用した方法を採用することにしてもよい。
【0015】
トランスポゾン法による導入操作は常法で行えばよく、過去の文献(例えばPiggyBacトランスポゾン法については上掲のNakazawa Y, et al., J Immunother 32:826-836, 2009、Nakazawa Y et al., J Immunother 6:3-10, 2013、或いはSaha S, Nakazawa Y, Huye LE, Doherty JE, Galvan DL, Rooney CM, Wilson MH. J Vis Exp. 2012 Nov 5;(69):e4235)が参考になる。本発明の好ましい一態様では、PiggyBacトランスポゾン法が採用される。典型的には、PiggyBacトランスポゾン法ではPiggyBacトランスポザーゼをコードする遺伝子を保持したベクター(トランスポザーゼプラスミド)と、目的のタンパク質をコードする遺伝子(CAR遺伝子)がpiggyBac逆向き反復配列に挟まれた構造を備えるベクター(トランスポゾンプラスミド)を用意し、これら二つのベクターを標的細胞に導入(トランスフェクション)する。トランスフェクションには、エレクトロポレーション、ヌクレオフェクション、リポフェクション、リン酸カルシウム法など、各種手法を利用できる。
【0016】
CAR遺伝子を導入する細胞(標的細胞)として、CD4陽性CD8陰性T細胞、CD4陰性CD8陽性T細胞、iPS細胞から調製されたT細胞、αβ-T細胞、γδ-T細胞を挙げることができる。上記の如きT細胞又は前駆細胞を含むものであれば、様々な細胞集団を用いることができる。末梢血から採取されるPBMC(末梢血単核細胞)は好ましい標的細胞の一つである。即ち、好ましい一態様では、PBMCに対して遺伝子導入操作を行う。PBMCは常法で調製すればよい。尚、PBMCの調製方法については、例えば、Saha S, Nakazawa Y, Huye LE, Doherty JE, Galvan DL, Rooney CM, Wilson MH. J Vis Exp. 2012 Nov 5;(69):e4235を参照することができる。
【0017】
遺伝子導入操作を経た細胞はステップ(3)の共培養に供されるが、ステップ(3)の前に、遺伝子導入操作後の細胞をT細胞増殖因子(例えばIL-15やIL-7)の存在下で培養することにしてもよい。
【0018】
CAR遺伝子は、特定の標的抗原を認識するキメラ抗原受容体(CAR)をコードする。CARは、標的に特異的な細胞外ドメインと、膜貫通ドメイン、及び免疫細胞のエフェクター機能のための細胞内シグナルドメインを含む構造体である。以下、各ドメインについて説明する。
【0019】
(a)細胞外ドメイン
細胞外ドメインは標的に特異的な結合性を示す。例えば、細胞外ドメインは、抗標的モノクローナル抗体のscFv断片を含む。ここでのモノクローナル抗体として、例えば、齧歯類(マウス、ラット、ウサギなど)の抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体等が用いられる。ヒト化モノクローナル抗体は、他の動物種(例えばマウスやラット)のモノクローナル抗体の構造をヒトの抗体の構造に類似させた抗体であり、抗体の定常領域のみをヒト抗体のものに置換したヒト型キメラ抗体、及び定常領域及び可変領域に存在するCDR(相補性決定領域)以外の部分をヒト抗体のものに置換したヒト型CDR移植(CDR-grafted)抗体(P.T.Johons et al., Nature 321,522(1986))を含む。ヒト型CDR移植抗体の抗原結合活性を高めるため、マウス抗体と相同性の高いヒト抗体フレームワーク(FR)を選択する方法、相同性の高いヒト型化抗体を作製する方法、ヒト抗体にマウスCDRを移植した後さらにFR領域のアミノ酸を置換する方法の改良技術もすでに開発され(米国特許第5585089号、米国特許第5693761号、米国特許第5693762号、米国特許第6180370号、欧州特許第451216号、欧州特許第682040号、特許第2828340号などを参照)、ヒト化抗体の作製に利用することもできる。
【0020】
scFv断片とは、免疫グロブリンの軽鎖可変領域(VL)と重鎖可変領域(VH)がリンカーを介して連結された構造体であり、抗原との結合能を保持している。リンカーとしては、例えばペプチドリンカーを用いることができる。ペプチドリンカーとは、直鎖状にアミノ酸が連結したペプチドからなるリンカーである。ペプチドリンカーの代表例は、グリシンとセリンから構成されるリンカー(GGSリンカーやGSリンカー)である。GGSリンカー及びGSリンカーを構成するアミノ酸であるグリシンとセリンは、それ自体のサイズが小さく、リンカー内で高次構造が形成されにくい。リンカーの長さは特に限定されない。例えば、アミノ酸残基数が5〜25個のリンカーを用いることができる。リンカーの長さは好ましくは8〜25、更に好ましくは15〜20である。
【0021】
標的には、典型的には、腫瘍細胞に特異的な発現が認められる抗原が用いられる。ここでの「特異的な発現」とは、腫瘍以外の細胞に比較して有意ないし顕著な発現が認められることをいい、腫瘍以外の細胞において全く発現がないものに限定する意図はない。標的抗原の例として、CD19抗原、CD20抗原、GD2抗原、CD22抗原、CD30抗原、CD33抗原、CD44variant7/8抗原、CEA抗原、Her2/neu抗原、MUC1抗原、MUC4抗原、MUC6抗原、IL-13 receptor-alpha2、イムノグロブリン軽鎖、PSMA抗、VEGF receptor2などを挙げることができる。
【0022】
白血病性幹細胞/前駆細胞に発現しているGM-CSF(顆粒球単球コロニー刺激因子)受容体を標的にすることもできる。この場合、CARを構成する細胞外ドメインには、GM-CSF受容体のリガンドであるGM-CSFが用いられる。そして、骨髄系腫瘍の白血病幹細胞、白血病前駆細胞、白血病細胞等がCAR-T細胞の標的となり、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍(CMML、JMML、CML、MDS/MPN-UC)、骨髄異形成症候群、急性骨髄生白血病等の予防・治療へ適用可能な細胞が調製される。
【0023】
(b)膜貫通ドメイン
膜貫通ドメインは、細胞外ドメインと細胞内シグナルドメインの間に介在する。膜貫通ドメインとしては、CD28、CD3ε、CD8α、CD3、CD4又は4-1BBなどの膜貫通ドメインを用いることができる。人工的に構築したポリペプチドからなる膜貫通ドメインを用いることにしてもよい。
【0024】
(c)細胞内シグナルドメイン
細胞内シグナルドメインは、免疫細胞のエフェクター機能の発揮に必要なシグナルを伝達する。即ち、細胞外ドメインが標的の抗原と結合した際、免疫細胞の活性化に必要なシグナルを伝達することが可能な細胞内シグナルドメインが用いられる。細胞内シグナルドメインには、TCR複合体を介したシグナルを伝達するためのドメイン(便宜上、「第1ドメイン」と呼ぶ)と、共刺激シグナルを伝達するためのドメイン(便宜上、「第2ドメイン」と呼ぶ)が含まれる。第1ドメインとして、CD3ζの他、FcεRIγ等の細胞内ドメインを用いることができる。好ましくは、CD3ζが用いられる。また、第2ドメインとしては共刺激分子の細胞内ドメインが用いられる。共刺激分子としてCD28、4-1BB(CD137)、CD2、CD4、CD5、CD134、OX-40又はICOSを例示することができる。好ましくは、CD28又は4-1BBの細胞内ドメインを採用する。
【0025】
第1ドメインと第2ドメインの連結態様は特に限定されないが、好ましくは、過去の事例においてCD3ζを遠位につないだ場合に共刺激が強く伝わったことが知られていることから、膜貫通ドメイン側に第2ドメインを配置する。同一又は異種の複数の細胞内ドメインをタンデム状に連結して第1ドメインを構成してもよい。第2ドメインについても同様である。
【0026】
第1ドメインと第2ドメインは、これらを直接連結しても、これらの間にリンカーを介在させてもよい。リンカーとしては例えばペプチドリンカーを用いることができる。ペプチドリンカーとは、直鎖状にアミノ酸が連結したペプチドからなるリンカーである。ペプチドリンカーの構造、特徴等は前述の通りである。但し、ここでのリンカーとしては、グリシンのみから構成されるものを用いてもよい。リンカーの長さは特に限定されない。例えば、アミノ酸残基数が2〜15個のリンカーを用いることができる。
【0027】
(d)その他の要素
CARの分泌を促すために、リーダー配列(シグナルペプチド)が用いられる。例えば、GM-CSFレセプターのリーダー配列を用いることができる。また、細胞外ドメインと膜貫通ドメインがスペーサードメインを介して連結した構造にするとよい場合がある。スペーサードメインは、CARと標的抗原との結合を促進させるために用いられる。例えば、ヒトIgG(例えばヒトIgG1、ヒトIgG4)のFc断片をスペーサードメインとして用いることがきる。その他、CD28の細胞外ドメインの一部やCD8αの細胞外ドメインの一部等をスペーサードメインとして用いることもできる。尚、膜貫通ドメインと細胞内シグナルドメインの間にもスペーサードメインを設けることもできる。
【0028】
尚、これまでにCARを利用した実験、臨床研究などの報告がいくつかあり(例えばRossig C, et al. Mol Ther 10:5-18, 2004; Dotti G, et al. Hum Gene Ther 20:1229-1239, 2009; Ngo MC, et al. Hum Mol Genet 20 (R1):R93-99, 2011; Ahmed N, et al. Mol Ther 17:1779-1787, 2009; Pule MA, et al. Nat Med 14:1264-1270, 2008; Louis CU, et al. Blood 118:6050-6056, 2011; Kochenderfer JN, et al. Blood 116:4099-4102, 2010; Kochenderfer JN, et al. Blood 119 :2709-2720, 2012; Porter DL, et al. N Engl J Med 365:725-733, 2011; Kalos M, et al. Sci Transl Med 3:95ra73,2011; Brentjens RJ, et al. Blood 118:4817-4828, 2011; Brentjens RJ, et al. Sci Transl Med 5:177 ra38, 2013)、これらの報告を参考にして本発明のCARを構築することができる。
【0029】
トランスポゾンプラスミド内において、CAR遺伝子の下流にはポリA付加シグナル配列を配置する。ポリA付加シグナル配列の使用によって転写を終了させる。ポリA付加シグナル配列としてはSV40のポリA付加配列、ウシ由来成長ホルモン遺伝子のポリA付加配列等を用いることができる。
【0030】
トランスポゾンプラスミドに検出用遺伝子(レポーター遺伝子、細胞又は組織特異的な遺伝子、選択マーカー遺伝子など)、エンハンサー配列、WRPE配列等を含めることにしてもよい。検出用遺伝子は、発現カセットの導入の成否や効率の判定、CAR遺伝子の発現の検出又は発現効率の判定、CAR遺伝子が発現した細胞の選択や分取、等に利用される。一方、エンハンサー配列の使用によって発現効率の向上が図られる。検出用遺伝子としては、ネオマイシンに対する耐性を付与するneo遺伝子、カナマイシン等に対する耐性を付与するnpt遺伝子(Herrera Estrella、EMBO J. 2(1983)、987-995)やnptII遺伝子(Messing & Vierra.Gene 1 9:259-268(1982))、ハイグロマイシンに対する耐性を付与するhph遺伝子(Blochinger & Diggl mann,Mol Cell Bio 4:2929-2931)、メタトレキセートに対する耐性を付与するdhfr遺伝子(Bourouis et al.,EMBO J.2(7))等(以上、マーカー遺伝子)、ルシフェラーゼ遺伝子(Giacomin、P1. Sci. 116(1996)、59〜72;Scikantha、J. Bact. 178(1996)、121)、β-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、GFP(Gerdes、FEBS Lett. 389(1996)、44-47)やその改変体(EGFPやd2EGFPなど)等の蛍光タンパク質の遺伝子(以上、レポーター遺伝子)、細胞内ドメインを欠く上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子等の遺伝子を用いることができる。検出用遺伝子は、例えば、バイシストロニック性制御配列(例えば、リボソーム内部認識配列(IRES))や自己開裂ペプチドをコードする配列を介してCAR遺伝子に連結している。自己開裂ペプチドの例はThosea asigna virus由来の2Aペプチド(T2A)であるが、これに限定されるものではない。自己開裂ペプチドとして蹄疫ウイルス(FMDV)由来の2Aペプチド(F2A)、ウマ鼻炎Aウイルス(ERAV)由来の2Aペプチド(E2A)、porcine teschovirus(PTV-1)由来の2Aペプチド(P2A)等が知られている。
【0031】
ステップ(3)では、ステップ(1)で用意した非増殖性細胞と、ステップ(2)で得た遺伝子改変T細胞を混合し、抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激しつつ共培養する。これによって、非増殖性細胞による共刺激分子を介した刺激と抗CD3抗体及び抗CD28抗体による刺激が加わり、遺伝子改変T細胞が活性化するとともに、その生存・増殖が促される。
【0032】
共培養に使用する非増殖性細胞の数と遺伝子改変T細胞の数の比率(非増殖性細胞の数/遺伝子改変T細胞の数)は特に限定されないが、例えば、0.025〜0.5とする。
【0033】
細胞の生存率/増殖率を高めるために、共培養の際、T細胞増殖因子が添加された培養液を使用するとよい。T細胞増殖因子としてはIL-15が好適である。好ましくは、IL-15に加えIL-7が添加された培養液を用いる。IL-15の添加量は例えば5ng/ml〜10ng/mlとする。同様にIL-7の添加量は例えば5ng/ml〜10ng/mlとする。IL-15、IL-7等のT細胞増殖因子は常法に従って調製することができる。また、市販品を利用することもできる。ヒト以外の動物種のT細胞増殖因子の使用を排除するものではないが、通常、T細胞増殖因子はヒト由来のもの(組換え体であってもよい)を用いる。ヒトIL-15、ヒトIL-7等の増殖因子は用意に入手することができる(例えばミルテニーバイオテク社、R&Dシステムズ社等が提供する)。
【0034】
血清(ヒト血清、ウシ胎仔血清など)を添加した培地を用いてもよいが、無血清培地を採用することにより、臨床応用する際の安全性が高く、且つ血清ロット間の差による培養効率の違いが出にくいという利点を有する細胞を調製することが可能になる。T細胞用の無血清培地の具体例はTexMACS
TM(ミルテニーバイオテク社)、AIM V(登録商標)(Thermo Fisher Scientific社)である。血清を用いる場合には、自己血清、即ち、ステップ(2)で得られる遺伝子改変T細胞の由来である個体(典型的には本発明の調製方法で得られるキメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞の投与を受ける患者)から採取した血清を用いるとよい。基本培地にはT細胞の培養に適したものを用いればよく、具体例を挙げれば、上掲のTexMACS
TM、AIM V(登録症商標)である。その他の培養条件は、T細胞の生存、増殖に適したものであればよく、一般的なものを採用すればよい。例えば、37℃に設定したCO
2インキュベーター(CO
2濃度5%)内で培養すればよい。尚、抗CD3抗体及び抗CD28抗体による刺激はステップ(1)の場合と同様であるため、その説明を省略する。
【0035】
ステップ(3)における共培養の期間は、例えば1日〜10日、好ましくは1日〜7日、更に好ましくは2日〜4日である。培養期間が短すぎると十分な効果が望めず、培養期間が長すぎると細胞の活性(生命力)の低下等のおそれがある。
【0036】
ステップ(3)に続くステップ(4)では、培養後の細胞を回収する。回収操作は常法で行えばよい。例えば、ピペッティング、遠心処理等によって回収する。
【0037】
好ましい一態様では、ステップ(3)とステップ(4)の間に、共培養後の細胞をT細胞増殖因子の存在下で培養するステップを行う。このステップによれば、効率的な拡大培養が可能になり、また、細胞の生存率を高める利点もある。
【0038】
T細胞増殖因子としてはIL-15、IL-7等を用いることができる。好ましくは、ステップ(3)と同様に、IL-15とIL-7を添加した培地で培養する。培養期間は例えば1日〜21日、好ましくは5日〜18日、更に好ましくは10日〜14日である。培養期間が短すぎると細胞数の十分な増加を望めず、培養期間が長すぎると細胞の活性(生命力)の低下、細胞の疲弊/疲労等のおそれがある。培養の途中で継代してもよい。また、培養中は必要に応じて培地交換をする。例えば3日に1回の頻度で培養液の1/3〜2/3程度を新しい培地に交換する。
【0039】
2.ウイルスペプチドを保持したT細胞との共培養を含む方法
本発明の別の態様(第2の調製方法)は、ウイルス特異的なキメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞(以下、「ウイルス特異的CAR-T細胞」と呼ぶ)を調製する方法に関する。ウイルス特異的CAR-T細胞は、自家移植に利用する場合にはウイルスT細胞受容体からの刺激による体内持続性の向上が望めること、同種移植に利用する場合には更に同種免疫反応(GVHD)の軽減により移植ドナーからのCAR-T作製が可能になり、しかも第3者ドナーからのCAR-T細胞を製剤化できる可能性があることなど、臨床応用上、重要な利点を有する。実際、ウイルス特異的CAR-T細胞がより長期に体内に持続することが報告されている(Pule MA, et al. Nat Med. 2008 Nov;14(11):1264-70.)。また、第3者由来EBV特異的CTL臨床研究の報告(Annual Review血液2015、2015年1月発行、中外医学社)により、ウイルス特異的細胞傷害性T細胞(CTL)の安全性が高いことが裏づけられている。
【0040】
この態様の調製方法は以下のステップ(i)〜(iv)を含む。尚、言及しない事項(例えば、T細胞を含む細胞集団の調製方法、抗CD3抗体及び抗CD28抗体による刺激の基本的な操作、増殖能を喪失させる処理の方法、トランスポゾン法による遺伝子導入の操作、共培養の基本的な操作、細胞の回収方法等)については上記の第1の調製方法と同様であるため、重複する説明を省略し、対応する説明を援用する。
(i)T細胞を含む細胞集団を抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激した後、ウイルスペプチド抗原存在下での培養及び増殖能を喪失させる処理を行うことによって得られる、ウイルスペプチド抗原を保持した非増殖性細胞を用意するステップ
(ii)トランスポゾン法によって、標的抗原特異的キメラ抗原受容体遺伝子が導入された遺伝子改変T細胞を得るステップ
(iii)ステップ(i)で用意した非増殖性細胞とステップ(ii)で得た遺伝子改変T細胞を混合し、共培養するステップ
(iv)培養後の細胞を回収するステップ
【0041】
ステップ(i)では、まず、T細胞を含む細胞集団を抗CD3抗体及び抗CD28抗体で刺激し、活性化T細胞を得る。その後、ウイルスペプチド抗原存在下での培養と増殖能を喪失させる処理を行う。これによって、非増殖性の「ウイルスペプチド抗原を細胞表面に保持した活性化T細胞」(以下、「ウイルスペプチド保持非増殖性細胞」と呼ぶ)が得られる。ウイルスペプチド抗原存在下での培養と、増殖能を喪失させる処理の順序は特に限定されない。従って、ウイルスペプチド抗原存在下で培養した後に増殖能を喪失させても、或いは増殖能を喪失させた後にウイルスペプチド抗原存在下で培養することにしてもよい。好ましくは、増殖能を喪失する前の方がウイルスペプチド抗原の取り込みがより良好であろうという期待から前者の順序を採用する。ウイルスペプチド抗原存在下で培養するためには、例えば、ウイルスペプチド抗原が添加された培地を用いればよい。或いは、培養中にウイルスペプチド抗原を培地に添加すればよい。ウイルスペプチド抗原の添加濃度は例えば0.5μg/ml〜1μg/mlとする。培養期間は例えば10分〜5時間、好ましくは20分〜3時間とする。本明細書における「ウイルスペプチド抗原」とは、特定のウイルスに特異的な細胞傷害性T細胞(CTL)を誘導しうるエピトープペプチドまたはエピトープを含むロングペプチドをいう。ウイルスペプチド抗原としては、これらに限定されるものではないが、例えばアデノウイルス(AdV)の抗原ペプチド(例えば、WO 2007015540 A1を参照)、サイトメガロウイルス(CMV)の抗原ペプチド(例えば、特開2002-255997号公報、特開2004-242599号公報、特開2012-87126号公報を参照)、エプスタインバールウイル(EBV)の抗原ペプチド(例えば、WO 2007049737 A1、特願2011-177487号公報、特開2006-188513号公報を参照)、等を用いることができる。ウイルスペプチド抗原は配列情報に基づき常法(例えば液相合成法、固相合成法)で調製することができる。また、ウイルスペプチド抗原の中には市販されているものもある(例えば株式会社医学生物学研究所、タカラバイオ、ミルテニーバイオテックなどが提供する。)
【0042】
1種類の抗原ペプチドを用いることも可能であるが、通常は2種類以上の抗原ペプチド(抗原ペプチド混合物)を使用する。例えば、AdV抗原ペプチド混合物、CMV抗原ペプチド混合物又はEBV抗原ペプチド混合物、或いはこれら抗原ペプチド混合物の中の二つ以上を組み合わせたもの(例えば、AdV抗原ペプチド混合物、CMV抗原ペプチド混合物及びEBV抗原ペプチド混合物を混合したもの)を用いる。2種類以上の抗原ペプチドを併用することにより、標的(抗原ペプチド)が異なる複数の活性化T細胞を得ることができ、本発明の調製方法で得られるCAR-T細胞が有効な治療対象(患者)の増大(カバー率の向上)を望める。いずれのウイルスに由来する抗原ペプチドを使用するかを決定するにあたっては、本発明の調製方法で得られるCAR-T細胞の用途、具体的には治療対象となる疾患や患者の病態を考慮するとよい。例えば、造血幹細胞移植後の再発性白血病の治療を目的とする場合には、EBVウイルスの抗原ペプチド混合物を単独で又は他のウイルスの抗原ペプチド混合物との併用で用いるとよい。AdV抗原ペプチド混合物、CMV抗原ペプチド混合物、EBV抗原ペプチド混合物については市販もされており(例えば、ミルテニーバイオテク社が提供する、PepTivator(登録商標) AdV5 Hexon、PepTivator(登録商標) CMV pp65、PepTivator(登録商標) EBV EBNA-1、PepTivator(登録商標) EBV BZLF1、JPT Peptide Technologies社が提供するPepMix
TM Collection HCMV、PepMix
TM EBV (EBNA1)等)、容易に入手することができる。
【0043】
ステップ(ii)は上記本発明の第1の調製方法のステップ(2)と同様である。このステップによって遺伝子改変T細胞(CAR-T細胞)が得られる。
【0044】
ステップ(iii)では、ステップ(i)で用意した非増殖性細胞(ウイルスペプチド保持非増殖性細胞)と、ステップ(ii)で得た遺伝子改変T細胞を混合し、共培養する。これによって、非増殖性細胞による共刺激分子及びウイルス抗原ペプチドを介した刺激が加わり、ウイルス抗原特異的な遺伝子改変T細胞が活性化するとともに、その生存・増殖が促される。
【0045】
共培養に使用する非増殖性細胞の数と遺伝子改変T細胞の数の比率(非増殖性細胞の数/遺伝子改変T細胞の数)は特に限定されないが、例えば、0.025〜0.5とする。
【0046】
このステップは、ウイルス特異的CAR-T細胞を選択的に増殖させるため、強力な刺激を避けてT細胞の疲弊/疲労を防ぐため、等の理由から、原則として、抗CD3抗体及び抗CD28抗体による刺激を加えない。一方、細胞の生存率/増殖率を高めるために、共培養の際、T細胞増殖因子が添加された培養液を使用するとよい。T細胞増殖因子としてはIL-15が好適である。好ましくは、IL-15に加えIL-7が添加された培養液を用いる。IL-15の添加量は例えば5ng/ml〜10ng/mlとする。同様にIL-7の添加量は例えば5ng/ml〜10ng/mlとする。尚、言及しない条件(血清の利用の可能性、基本培地、培養温度など)は、上記本発明の第1の調製方法のステップ(3)の場合と同様である。
【0047】
ウイルスペプチド保持非増殖性細胞をステップ(iii)の途中で追加してもよい。或いは、共培養後の細胞を回収し、ウイルスペプチド保持非増殖性細胞と混合した後に再度、共培養を行うことにしてもよい。これらの操作を2回以上繰り返すことにしてもよい。このように、ウイルスペプチド保持非増殖性細胞を利用した刺激なしし活性化を複数回行うことにすれば、ウイルス特異的CAR-T細胞の誘導率の向上、ウイルス特異的CAR-T細胞数の増加を望める。尚、改めて用意したもの、又はステップ(i)で用意した細胞の一部を保存しておいたものを、ここでのウイルスペプチド保持非増殖性細胞として使用する。
【0048】
ステップ(iii)における共培養の期間は、例えば1日〜21日、好ましくは5日〜18日、更に好ましくは10日〜14日である。培養期間が短すぎると十分な効果をを望めず、培養期間が長すぎると細胞の活性(生命力)の低下、細胞の疲弊/疲労等のおそれがある。
【0049】
ウイルスペプチド保持非増殖性細胞との共培養の前に、ステップ(ii)で得た遺伝子改変T細胞をウイルスペプチド保持非増殖性PBMC(末梢血単核球)と共培養することにしてもよい。この態様の場合、ステップ(ii)で得た遺伝子改変T細胞とウイルスペプチド保持非増殖性PBMCを共培養して得られた細胞と、ステップ(i)で用意したウイルスペプチド保持非増殖性細胞とを混合し、共培養することになる。ここでのウイルスペプチド保持非増殖性PBMCは、PBMCをウイルスペプチド抗原存在下での培養及び増殖能を喪失させる処理に供することによって調製することができる。具体的には、例えば、末梢血から分離したPBMCを放射線処理した後、ウイルスペプチド抗原存在下で培養し、ウイルスペプチド保持非増殖性PBMCを得る。尚、1回の採血で得た末梢血から分離したPBMCの一部を用いてウイルスペプチド保持非増殖性PBMCを調製するとともに、他の一部から遺伝子改変T細胞を調製することにすれば、本発明の実施に伴う採血回数を低減することができ、臨床応用上、極めて大きな利点となる。特に、残りのPBMCを用いてステップ(i)を行い、ウイルスペプチド保持非増殖性細胞(2段階目の共培養に使用する細胞)を調製することにすれば、必要な3種類の細胞、即ち、遺伝子改変T細胞、当該細胞との共培養に使用するウイルスペプチド保持非増殖性PBMC、2段階目の共培養に使用するウイルスペプチド保持非増殖性細胞を1回の採血によって用意することができることから、本発明で得られるCAR-T細胞を用いた治療における、患者の負担は大幅に軽減される。
【0050】
ステップ(iii)に続くステップ(iv)では、培養後の細胞を回収する。上記本発明の第1の調製方法と同様に、ステップ(iii)とステップ(iv)の間に、共培養後の細胞をT細胞増殖因子の存在下で培養するステップ(拡大培養)を行うことにしてもよい。この拡大培養に際してウイルスペプチド保持非増殖性細胞を追加したり、或いは拡大培養の途中でウイルスペプチド保持非増殖性細胞を追加したりすることにしてもよい。
【0051】
3.キメラ抗原受容体を発現する遺伝子改変T細胞及びその用途
本発明の更なる局面は、本発明の調製方法で得られた、キメラ抗原受容体を発現する遺伝子改変T細胞(以下、「本発明のCAR-T細胞」と呼ぶ)及びその用途に関する。本発明のCAR-T細胞はCAR療法が有効と考えられる各種疾患(以下、「標的疾患」と呼ぶ)の治療、予防又は改善に利用され得る。標的疾患の代表はがんであるが、これに限定されるものではない。標的疾患の例を挙げると、各種B細胞リンパ腫(濾胞性悪性リンパ腫、びまん性悪性リンパ腫、マントル細胞リンパ腫、MALTリンパ腫、血管内B細胞性リンパ腫、CD20陽性ホジキンリンパ腫など)、骨髄増殖性腫瘍、骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍(CMML,JMML,CML,MDS/MPN-UC)、骨髄異形成症候群、急性骨髄生白血病、神経芽腫、脳腫瘍、ユーイング肉腫、骨肉腫、網膜芽細胞腫、肺小細胞腫、メラノーマ、卵巣がん、横紋筋肉腫、腎臓がん、膵臓がん、悪性中皮腫、前立腺がん等である。「治療」とは、標的疾患に特徴的な症状又は随伴症状を緩和すること(軽症化)、症状の悪化を阻止ないし遅延すること等が含まれる。「予防」とは、疾病(障害)又はその症状の発症/発現を防止又は遅延すること、或いは発症/発現の危険性を低下させることをいう。一方、「改善」とは、疾病(障害)又はその症状が緩和(軽症化)、好転、寛解、又は治癒(部分的な治癒を含む)することをいう。
【0052】
本発明のCAR-T細胞を細胞製剤の形態で提供することもできる。本発明の細胞製剤には、本発明のCAR-T細胞が治療上有効量含有される。例えば1回の投与用として、10
4個〜10
10個の細胞を含有させる。細胞の保護を目的としてジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等、細菌の混入を阻止する目的で抗生物質等、細胞の活性化、増殖又は分化誘導などを目的とした各種の成分(ビタミン類、サイトカイン、成長因子、ステロイド等)等の成分を細胞製剤に含有させてもよい。
【0053】
本発明のCAR-T細胞又は細胞製剤の投与経路は特に限定されない。例えば、静脈内注射、動脈内注射、門脈内注射、皮内注射、皮下注射、筋肉内注射、又は腹腔内注射によって投与する。全身投与によらず、局所投与することにしてもよい。局所投与として、目的の組織・臓器・器官への直接注入を例示することができる。投与スケジュールは、対象(患者)の性別、年齢、体重、病態などを考慮して作成すればよい。単回投与の他、連続的又は定期的に複数回投与することにしてもよい。
【実施例】
【0054】
<CAR-T細胞の調製効率と遺伝子導入効率の検討>
トランスポゾン法を利用したCAR療法は、ウイルスベクターを利用した場合に比べ、特に安全性の面で有利である。その一方で、遺伝子導入効率が低いこと、遺伝子導入時の操作(例えばエレクトロポレーション)で細胞がダメージを受けやすく、得られる細胞数が少ないことなどが問題となる。これらの問題点を克服すべく、以下の検討を行った。
【0055】
1.材料
(1)抗体
抗CD3抗体(ミルテニーバイオテク社)
抗CD28抗体(ミルテニーバイオテク社)
(2)培地
TexMACS(ミルテニーバイオテク社)
(3)サイトカイン
リコンビナントヒトIL-7(ミルテニーバイオテク社)
リコンビナントヒトIL-15(ミルテニーバイオテク社)
(4)ウイルスペプチドミックス
PepTivator(登録商標)CMV pp65-premium grade, ヒト(ミルテニーバイオテク社社)
PepTivator(登録商標)AdV5 Hexon-premium grade, ヒト(ミルテニーバイオテク社)
PepTivator(登録商標)EBV EBNA-1-premium grade, ヒト(ミルテニーバイオテク社)
PepTivator(登録商標)EBV BZLF1-premium grade, ヒト(ミルテニーバイオテク社)
(5)プラスミド
pIRII-CD19CARベクター(CARを発現する)
pCMV-piggyBacベクター(piggyBacトランスポサーゼを発現する)
(6)細胞培養容器
24ウェル非コート組織培養プレート(Falcon)
24ウェル組織培養プレート(Falcon)
G-Rex10 (Wilson Wolf)
【0056】
2.方法
(1)活性化T細胞の準備
(1−1)抗CD3抗体/抗CD28抗体コート(感作)プレートの作製
抗CD3抗体と抗CD28抗体を1mg/mlとなるようにPBSで希釈し、24ウェルの非コートプレートに0.5ml/ウェルになるように加える。プレートは37℃のインキュベーターにて2〜4時間静置する。抗体希釈PBSを吸引し、1ウェルあたり1mlのPBSで1回洗浄する。
【0057】
(1−2)抗CD3抗体/抗CD28抗体コートプレートでの培養
0日目:末梢血から分離したPBMCを、IL-15 5ng/mlになるように添加したTexMACSで5x10
5/mlになるように希釈し、抗CD3抗体/抗CD28抗体コートプレートに1ウェルあたり2mlずつ分注する。
1日目:24ウェル組織培養プレートへ細胞を移す。培養液は半量交換し、IL-15 5ng/mlとなるように添加する。
4日目:IL-15を5ng/mlとなるように添加する。
7日目:細胞を回収し、分注して凍結保存する。
【0058】
(1−3)活性化T細胞の再刺激
0日目:凍結保存したあった細胞を解凍し、2回洗浄後に、1x10
6個/mlとなるようにIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで希釈し、抗CD3抗体/抗CD28抗体コートプレートへ1ウェル 2mlずつ分注する。
3日目:細胞を回収し、CAR-T培養に使用する。
【0059】
(2)従来法によるCAR-Tの作製及び培養(培養法1、
図1を参照)
0日目:末梢血から単核球を分離し、カウントする。1x10
7個の単核球に対し、pIRII-CAR.CD19.28zベクター(
図4)とpCMV-pigBacベクター(
図5)を5μgずつ添加して、4D nucleofector(ロンザ)を使用してエレクトロポレーション(ヌクレオフェクション)にて遺伝子導入する。その後、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMに浮かべて24ウェルプレートにて37℃のインキュベーター中で培養を開始する。
1日目:抗CD3抗体/抗CD28抗体コートプレートで刺激する。
4日目:G-Rex10に細胞を移し、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養する。
7日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
10日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
14日目:培養を終了する。
【0060】
(3)活性化T細胞添加法によるCAR-Tの作製及び培養(培養法2、
図2を参照)
0日目:末梢血から単核球を分離し、1x10
7個の単核球に対し、pIRII-CAR.CD19.28zベクター(
図4)とpCMV-pigBacベクター(
図5)を5μgずつ添加してエレクトロポレーション(ヌクレオフェクション)にて遺伝子導入する。遺伝子導入した細胞と放射線照射した5x10
5個の活性化T細胞を混合し、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMに浮かべて24ウェルプレートにて37℃のインキュベーター中で培養を開始する。
1日目:抗CD3抗体/抗CD28抗体コートプレートで刺激する。
4日目: G-Rex10に細胞を移し、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養する。
7日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
10日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
14日目:培養を終了する。
【0061】
(4)ウイルスペプチド添加活性化T細胞添加法によるCAR-Tの作製及び培養(培養法3、
図3を参照)
0日目:放射線照射した活性化T細胞5x10
5個にウイルスペプチド(PepTivator CMV pp65、PepTivator AdV5 Hexon、PepTivator EBV EBNA-1及びPepTivator EBV BZLF1を各50ng)を添加し、37℃で30分インキュベートする。1x10
7個の末梢血単核球に対し、pIRII-CAR.CD19.28zベクター(
図4)とpCMV-pigBacベクター(
図5)を5μgずつ添加してエレクトロポレーション(ヌクレオフェクション)にて遺伝子導入する。遺伝子導入した細胞と放射線照射したウイルスペプチド添加活性化T細胞を混合し、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/mlを添加したTexMACS
TMに浮かべて24ウェルプレートにて37℃のインキュベーター中で培養を開始する。
2日目〜5日目:必要に応じてIL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
7日目:細胞を回収しカウントする。上記と同様の方法で調製したウイルスペプチド添加活性化T細胞2x10
6個と回収した細胞を、IL-15(5ng/ml)とIL-7(10ng/ml)添加培養液30ml中に浮遊させ、G-Rex10で培養を開始する。
10日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
14日目:培養を終了する。
【0062】
3.結果
培養終了後(14日目)、培養法毎に増殖細胞数、CAR-T細胞数及び遺伝子導入効率(CAR-T細胞/全生細胞)を求め、培養法1〜3の間で比較した。尚、増殖細胞数の計測には血球計算盤を用い、CAR-T細胞数及び遺伝子導入効率はフローサイトメトリー解析の結果から算出した。
【0063】
CAR-T細胞数は、培養法1が1.18×10
6(±0.509×10
6)、培養法2が7.13×10
6(±3.25×10
6)、培養法3が1.09×10
7(±2.98×10
6)であった(
図6)。また、遺伝子導入効率は、培養法1が3.22%(±1.42)、培養法2が10.3%(±4.21)、培養法3が26.9%(±2.79)であった(
図7)。尚、括弧内は標準誤差である。
【0064】
CAR-T細胞の調製に使用する末梢血のドナー数(N=9)を増やして更に検討した。その結果、CAR-T細胞数は、培養法1が2.5×10
6(±0.72×10
6)、培養法2が7.6×10
6(±2.6×10
6)、培養法3が17.2×10
6(±5.8×10
6)となった(
図8)。また、遺伝子導入効率は、培養法1が4.6%(±1.1)、培養法2が10.7%(±2.7)、培養法3が33.0%(±3.4)となった(
図9)。尚、括弧内は標準誤差である。
【0065】
一方、プラスミドの最適化(
図10)により、培養法3では平均約50%の遺伝子導入効率を達成した(
図11)。
【0066】
以上のように、新規培養法(培養法2、3)では、従来法(培養法1)と比較して、CAR-T細胞数が増加し、遺伝子導入効率も上昇した。培養法2の場合、共刺激分子の発現による細胞刺激(エレクトロポレーションの際にダメージを受けた遺伝子導入細胞の保護作用)、培養微小環境によるサイトカイン刺激などによって、CAR-T細胞数の増加と遺伝子導入効率の上昇がもたらされたと考えられる。培養法3では、共刺激分子の発現による細胞刺激、培養微小環境によるサイトカイン刺激、ウイルス特異的T細胞受容体からの比較的緩やかな細胞刺激などによって、CAR-T細胞数の増加と遺伝子導入効率の上昇がもたらされたと考えられる。
【0067】
新規な二つの培養法、即ち、活性化T細胞を用いた新規培養法(培養法2)とウイルスペプチド添加活性化T細胞を用いた新規培養法(培養法3)が、トランスポゾン法を利用したCAR療法の問題点を克服できることが明らかになった。これらの培養法を利用することでCAR療法の臨床応用の更なる促進・拡大が期待される。培養法3については、同種反応性の低下(ウイルス特異的CTLに期待できる効果)、そのことによる第三者由来のCAR-T細胞を利用できる可能性、体内ウイルスによりウイルス抗原受容体に刺激が入ることによる体内持続性(persistency)が上昇する可能性などがあり、安全性の更なる向上や治療効果の増大などが期待される。
【0068】
<培養法3の改良>
1.方法
0日目:末梢血から単核球(PBMC)を分離する。一部(PBMC 1x10
6個)に放射線照射した後、ウイルスペプチド(PepTivator CMV pp65、PepTivator AdV5 Hexon、PepTivator EBV EBNA-1及びPepTivator EBV BZLF1を各50ng)を添加し、37℃で30分インキュベートする。一方、1x10
7個のPBMCに対し、pIRII-CAR.CD19_optimizedベクター(
図10)とpCMV-pigBacベクター(
図5)を5μgずつ添加してエレクトロポレーション(ヌクレオフェクション)にて遺伝子導入する。遺伝子導入した細胞と放射線照射したウイルスペプチド添加PBMCを混合し、IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/mlを添加したTexMACS
TMに浮かべて24ウェルプレートにて37℃のインキュベーター中で培養を開始する。尚、上記(1)の方法に従い、残りのPBMCから活性化T細胞を調製しておく。
2日目〜5日目:必要に応じてIL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
7日目:細胞を回収しカウントする。一方、上記の方法で調製した活性化T細胞2x10
6個に放射線照射した後、ウイルスペプチド(PepTivator CMV pp65、PepTivator AdV5 Hexon、PepTivator EBV EBNA-1及びPepTivator EBV BZLF1を各50ng)を添加し、37℃で30分インキュベートする。このようにして得たウイルスペプチド添加活性化T細胞2x10
6個と、回収した細胞を、IL-15(5ng/ml)とIL-7(10ng/ml)添加培養液30ml中に浮遊させ、G-Rex10で培養を開始する。
10日目:IL-7 10ng/mlとIL15 5ng/ml添加TexMACS
TMで培養液を半量交換する。
14日目:培養を終了する。
【0069】
2.結果
培養終了後(14日目)、CAR-T細胞数及び遺伝子導入効率(CAR-T細胞/全生細胞)を求めた。CAR-T細胞数と遺伝子導入効率は、1回目の実験が2.81×10
7個と55.1%、2回目の実験が1.03×10
7個と52.0%、3回目の実験が9.22×10
6個と42.3%であった。このように高い遺伝子導入効率を達成した。尚、この培養法は1回の採血によってCAT-T細胞を得ることを可能にするものであり、患者への負担が軽減するという利点を有する。
【0070】
<CAR-T細胞の活性評価>
新規培養法で調製したCAR-T細胞の細胞障害活性及び抗腫瘍活性を以下の方法で評価した。
1.CD19陽性白血病細胞株との共培養実験
6人の健常人末梢血から培養法3を用いてCAR-T細胞を作製した。CAR-T細胞(1×10
5個)とCD19陽性白血病細胞株(5×10
5個)を10%ウシ胎仔血清含RPMI1640培地下で7日間共培養した(エフェクター細胞:標的細胞=1:5)。CAR-T細胞の代わりに、遺伝子非導入活性化T細胞(培養法3から遺伝子導入操作を省略して調製したT細胞)を用いたものをコントロールとした。7日間の共培養後に細胞を回収し、抗CD19抗体と抗CD3抗体で染色後、counting beadsとフローサイトメーターで細胞数をカウントした。以下の計算式で残存腫瘍細胞数を算出し、CAR-T細胞の細胞障害活性を評価した。尚、3種類のCD19陽性白血病細胞株(KOPN30bi、SK-9、TCC-Y/sr)を用いて以上の実験を行った。
標準化腫瘍細胞残存率(%)=100×(T細胞と共培養したウェルの残存腫瘍細胞数−T細胞と共培養していないウェルの腫瘍細胞数)/T細胞と共培養していないウェルの腫瘍細胞数
【0071】
結果を
図12に示す。CAR-T細胞と共培養した場合、KOPN30biの残存率は0.2%(コントロールは89%)、SK-9の残存率は0.03%(コントロールは87%)、TCC-Y/srは0.03%(コントロールは86%)であり、CAR-T細胞は強力な細胞障害活性を示した。
【0072】
2.担癌マウスによる評価
3日前(D-3)に尾静脈からCD19陽性細胞株(ルシフェラーゼ遺伝子導入Daudi、1×10
6個)を注射したNSGマウス(各試験区 5匹)に対し、培養法3で作製したCAR-T細胞(1×10
7個)を尾静脈から注射した(D0)。コントロール(NT)では、遺伝子非導入活性化T細胞(培養法3から遺伝子導入操作を省略して調製したT細胞)を注射した。適宜ルシフェリンを腹腔内投与し、生体内イメージングシステムを用いてマウスを撮像した。
【0073】
図13に示すように、遺伝子非導入活性化T細胞(コントロール(NT))で治療されたマウスでは腫瘍細胞が増殖したのとは対照的に、増殖CAR-T細胞で治療されたマウスにおいては腫瘍細胞の増殖は認められなかった。即ち、CAT細胞は担癌マウスにおいて腫瘍増殖を強力に抑制した。
【0074】
3.まとめ
以上の通り、新規培養法で作製したCAR-T細胞が優れた活性を示すことがin vitro及びin vivoの実験で確認された。即ち、治療効果の高いCAR-T細胞を効率的に作製する手段として、新規培養法が極めて有効であることが示された。