【文献】
The Journal of Physical Chemistry B, 2012. 116, pp.6789-6797
【文献】
酵素工学ニュ-ス,2013年,Vol. 69,pp.19-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Dahiyat, B. I. & Mayo, S. L. De Novo Protein Design: Fully Automated Sequence Selection. Science 278, 82−87 (1997).
【非特許文献2】Kuhlman, B., Dantas, G., Ireton, G. C., Varani, G., Stoddard, B. L. & Baker, D. Design of a novel globular protein fold with atomic-level accuracy. Science 302, 1364−1368 (2003).
【非特許文献3】Keefe、 A. D. & Szostak、 J. W. Functional proteins from a random-sequence library. Nature 410, 715−718 (2001).
【非特許文献4】Kamtekar, S., Schiffer, J. M., Xiong, H., Babik, J. M. & Hecht, M. H. Protein design by binary patterning of polar and nonpolar amino acids. Science 262, 1680−1685 (1993).
【非特許文献5】Hecht, M. H., Das, A.、 Go, A., Bradley, L. H. & Wei, Y. De novo proteins from designed combinatorial libraries. Protein Science 13, 1711-1723 (2004).
【非特許文献6】Arai, R., Kobayashi, N., Kimura, A., Sato, T, Matsuo., K, Wang, A., F., Platt, J.M., Bradley, L. H. & Hecht, M.H. Domain-Swapped Dimeric Structure of a Stable and Functional De Novo 4-Helix Bundle Protein, WA20. Journal of Physical Chemistry B., 12, 6789−6797 (2012).
【非特許文献7】Erijman, A., Dantes, A., Bernheim, R., Shifman, J.M.&Peleg, Y. Transfer-PCR (TPCR): A highway for DNA cloning and protein engineering .Journal of Structural Biology, 175 171-177 (2011).
【非特許文献8】Inoue, H., Nojima, H. & Okayama, H. High efficiency transformation of Escherichia coli with plasmids. Gene 96, 23−28 (1990).
【非特許文献9】Kobayashi, N., Yanase, K., Sato, T., Unzai, S., Hecht, M.H., & Arai, R. Self-assembling nano-architectures created from a protein nano-building block using an intermolecularly folded dimeric de novo protein. Journal of the American Chemical Society, 137, 11285-11293 (2015).
【非特許文献10】山下一郎、芝清隆 バイオナノプロセス 溶液中でナノ構造を作るウェット・ナノテクノロジーの薦め. シーエムシー出版(2008).
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係るドメインスワップ二量体人工タンパク質は、従来のドメインスワップ二量体人工タンパク質(WA20)にアミノ酸の変異を導入することにより、熱的安定性等の構造安定性を向上させたものである。本出願においては、従来のドメインスワップ二量体人工タンパク質WA20と、本発明に係る構造安定性を向上させたドメインスワップ二量体タンパク質とを区別するため、本発明に係るドメインスワップ二量体タンパク質をSUWA(Super WA20)と称する。
以下では、まず、WA20とSUWAの作製例と、WA20とSUWAの構造安定性について比較し、次に、SUWAの変形例であるSUWA-2とSUWA-3について説明し、最後に、WA20とSUWAを用いて構築したナノ構造複合体の構造安定性について検証した結果について説明する。
【0016】
(ドメインスワップ二量体人工タンパク質:WA20の作製)
WA20遺伝子はタンパク質発現ベクターであるpET-3a(Novagen、 Merck Millipore)にクローニングした。pET-3aタンパク質ベクターは、アンピシリン耐性遺伝子(ApR)を持ち、WA20遺伝子の発現はT7プロモーターによって制御される。
WA20タンパク質は、大腸菌 BL21 Star(DE3)株(Invitrogen、Life Technologies)によって発現した。培養は、終濃度50μg/mLのアンピシリンを含む1.5 LのLB (Lennox) 培地(nacalai tesque)を使用し、30℃で20h培養した、集菌した。
タンパク質は溶菌バッファー(50 mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.0)、300mM NaCl、10% グリセロール)中で、凍結融解法により破砕した細胞から抽出した。
【0017】
続いて、COSMOGEL(登録商標)His-Accept (nacalai tesque) を用いた固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)によりWA20を精製した(平衡化兼洗浄バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)、300 mM NaCl; 溶出バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)、300 mM NaCl、10% グリセロール、250 mM イミダゾール)。
【0018】
(ドメインスワップ二量体人工タンパク質:SUWAの設計)
ドメインスワップ二量体人工タンパク質(SUWA)の構造安定性を向上させる目的で、WA20のバンドルの内側に位置する疎水性コア領域を増強させる操作を行った。
ドメインスワップ二量体人工タンパク質(WA20)は、4本のαヘリックスが相互に挟み込まれた構造を備え、バンドルの内側領域で対向する領域部分の疎水性を強めることにより、疎水性相互作用によって構造安定性を高めることができると考えられる。バンドルの内側領域を疎水性にするとは、
図1(b)に示すように、バンドルの内側領域に疎水性のアミノ酸残基を集中的に配置させることである。
【0019】
WA20の内側領域の疎水性コア領域を増強させる方法として、まず、26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸へ変異導入する。26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸は、ともに親水性アミノ酸残基であり、バンドルの内側領域で残基が互いに対向する位置関係にある。すなわち、一方のαへリックスの26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸が、他方のαへリックスの78番目のグルタミン酸と26番目のヒスチジンとそれぞれ対向する位置関係にある。
【0020】
したがって、この26番目と78番目のアミノ酸を疎水性のアミノ酸に置換することで、疎水性相互作用により、二量体形成時の構造安定性を向上させることが可能である。
疎水性のアミノ酸には、ロイシンLeu、イソロイシンIle、メチオニンMet、フェニルアラニンPhe、バリンValがある。26番目のヒスチジンと、78番目のグルタミン酸に置き換える疎水性のアミノ酸としては、これらのアミノ酸のうちから一つを選択することができる。ただし、これらのアミノ酸のうち、ロイシンはαへリックス形成能が高いことから、他の疎水性のアミノ酸と比較して構造安定性を向上させる上で有効である。
【0021】
疎水性領域を増強させる他の方法として、34番目の親水性アミノ酸であるアスパラギンに対する変異として、疎水性アミノ酸を導入する操作を行う。34番目のアスパラギンは疎水性領域と親水性領域の境界面に位置している。このアスパラギンを疎水性アミノ酸に置換することにより、疎水性コア領域を増強することができる。
アスパラギンに置換する疎水性アミノ酸として、Leu、Ile、Met、Phe、Valのいずれかを選択することができる。この場合も、疎水性作用の増強能の高いロイシンが有効である。
【0022】
なお、26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸を置換する変異を導入する場合と、34番目のアスパラギンを置換する変異を導入する場合とにおいて、構造安定性の向上に寄与する度合いを比較すると、26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸を疎水性アミノ酸に置換する方が有効である。
疎水性アミノ酸に置換する効果を検証するため、26番目、78番目及び34番目の親水性アミノ酸を疎水性アミノ酸に置換した場合と、26番目と78番目の親水性アミノ酸を疎水性アミノ酸に置換した場合について、それぞれの構造安定性を比較する実験を行った。実験によれば、26番目と78番目を置換した場合も、26番目、78番目、34番目を置換した場合と同等の構造安定性を示す結果が得られている。この実験結果は、34番目のアスパラギンを置換する変異を導入することはSUWAの構成として必須ではないことを示す。
【0023】
また、WA20の構造安定性を向上させる方法として、71番目のバリンへ変異導入した。
WA20には二量体を形成した時に、基質と結合すると考えられている比較的大きな穴(ポケット部位)が71番目のバリンの近傍に存在する(非特許文献6)。この大きな穴を充填することにより、構造安定性を向上させることができる。
バリンに置換する疎水性アミノ酸としては、フェニルアラニンPhe、ロイシンLeu、イソロイシンIle、メチオニンMetのいずれかを選択することができる。これらのアミノ酸のうち、フェニルアラニンは、大きくて長い疎水性残基を有することから、71番目への変異導入として有効である。
71番目のバリンへ変異導入する操作は、前述した26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸へ変異導入する操作に次いで、SUWAの構造安定性を向上させる上で有効と考えられる。
【0024】
また、28番目のグリシンについて、αへリックス形成能が低いことと、グリシンが疎水性アミノ酸の一つであり、残基が外側に位置していることから、αへリックス形成能がより高い親水性アミノ酸残基に置換することにより構造安定性を向上させることが可能である。この変異導入操作は、アミノ酸配列のうち、バンドルの外側に位置するアミノ酸については親水性とし、内側に位置するアミノ酸を疎水性とすることで構造安定性を向上させることを狙っている。
グリシンに置換する親水性アミノ酸としては、セリンSer、アスパラギンAsn、アスパラギン酸Asp、グルタミンGln、グルタミン酸Glu、ヒスチジンHis、リジンLysのいずれかから選択することができる。
【0025】
図3に、上述した変異をWA20に導入して作製したSUWAの立体構造を示す。この立体構造は、構造表示ソフトを用いて詳細に解析して得た。
図3では、測定に使用したSUWAの実際の変異導入箇所と置換したアミノ酸を示す。すなわち、26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸をロイシンに置換し、34番目のアスパラギンをロイシンに置換し、71番目のバリンをフェニルアラニンに置換し、28番目のグリシンをセリンに置換した(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)。
図3から、一方の単量体の26番目と78番目のアミノ酸が、他方の単量体の78番目と26番目のアミノ酸と対向する配置にあること、それぞれの単量体の34番目がロイシンに置換され、71番目がフェニルアラニンに置換されていることがわかる。28番目のグリシンも双方の単量体で置換されている。
配列表の配列番号2にタンパク質SUWAの単量体のアミノ酸配列を示す。
【0026】
(ドメインスワップ二量体人工タンパク質:SUWAの作製)
以下に、WA20に変異(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)を導入して作製したSUWAの作製例について説明する。
Transfer-PCR反応(非特許文献7)によりSUWA遺伝子を作製した。WA20遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a-WA20)に対し、表1に示す変異導入プライマーを使用し、以下の条件でTransfer-PCR反応を行った(反応溶液の総容量 50μL; 反応溶液組成(TOYOBOの試薬及びDNAポリメラーゼを用いた): 滅菌水 27.4μL、10×PCR buffer for KOD-Plus-Neo 5μL、2 mM dNTPs 5 μL、25 mM MgSO
4 3μL、Primer sense(500 nM) 2μL、Primer antisense(500 nM) 2μL、pET-3a-WA20 (5 ng/μL) 4μL、KOD-Plus-Neo (1 U/μL) 1.6μL、反応条件: 一回変性(94℃、2 min.)後、次の条件{変性(98℃、10 sec.)、アニーリング(66.7℃、30 sec.)、伸長(68℃、3 min.)}を20サイクル繰返す。
【0028】
その後、最終伸長(68℃、6 min.)。Transfer-PCR反応後、10×K buffer 5μLとDpnI (10 U/μL) 0.5μLを加え(Roche)、37℃で4 h反応させ、テンプレートDNAとして用いたpET-3a-WA20を消化した。DpnI反応後、反応溶液3μLに対してHST08ケミカルコンピテントセル40μLを直接加え、Hanahan法を改変したInoue法(非特許文献8)を使用して大腸菌HST08株を形質転換し、アンピシリン(終濃度50μg/mL)を添加したLB (Lennox) 培地寒天プレートに植菌した。形質転換後、プレートに増えた大腸菌HST08形質転換体のコロニーからプラスミドDNAを抽出し、DNA塩基配列解析を行うことでWA20遺伝子への変異の導入を確かめた。この際、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems、 Life Technologies)及びDNAシークエンサーABI3130XL(Applied Biosystems、 Life Technologies)を用いた。こうしてWA20の変異体として、SUWA(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)を得た。
【0029】
疎水性コア増強変異体タンパク質(SUWA)は、大腸菌 BL21 Star (DE3)株(Invitrogen、 Life Technologies)によって発現させた。培養は、終濃度50μg/mLのアンピシリンを含む1.5 LのLB (Lennox) 培地 (nacalai tesque)を使用し、30℃の条件で行った。疎水性コア増強変異体タンパク質の発現は、OD
600=〜0.5になった後、30℃で16 h 培養した後、集菌した。集菌した菌体は、溶菌バッファー(50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)、300 mM NaCl、10% グリセロール)中で、凍結融解法と超音波破砕(出力 50%、1セット(1sec. ON/ 1 sec. OFF×30回)×3回、使用機器: 超音波ホモゲナイザーVC505 (SONICS))により破砕し、バッファー中にタンパク質を抽出した。WA20タンパク質と同様、疎水性コア増強変異体タンパク質もCOSMOGEL(登録商標)His-Accept (nacalai tesque) を用いた固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)により精製した(平衡化兼洗浄バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)、300 mM NaCl; 溶出バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0)、300 mM NaCl、10% グリセロール、250 mM イミダゾール)。
【0030】
(構造安定性の比較測定:WA20、SUWA)
ドメインスワップ二量体人工タンパク質(WA20)と上述した方法によって作製したSUWAについて、構造安定性を比較する実験を行った。以下、実験結果について説明する。
【0031】
<円偏光二色性(CD)スペクトル測定>
WA20とSUWAのサンプル溶液(10 mMリン酸バッファー(pH 7.0))の温度を20℃から95℃まで段階的に変えながら円偏光二色性(CD)スペクトル測定を行った。
図4(a)がWA20についてのCDスペクトル、
図4(b)がSUWAについてのCDスペクトルである。
図5は典型的な二次構造のCDスペクトルを示す。
図5は、タンパク質の二次構造が、αへリックス、βシート、ランダムコイルと変わることによりスペクトルのプロフィールが大きく変わることを示す。
CDスペクトルの測定には、J-1500 円二色性分散計 (Jasco)を使用した。
なお、平均モル楕円率[θ]は下記の式に基づいて得た。
[θ]=θ
obs/(10×l×C×n)
θ
obsは実測値、lは光路長、Cは濃度 (mol/L)、nはタンパク質分子のアミノ酸残基数である。
【0032】
図4(a)に示すスペクトルから、WA20は20℃〜60℃付近まではαへリックス構造を保っているものの、80℃を超えるとスペクトルの形状はαへリックス構造から大きく変化し、95℃を超えるとαヘリックス構造が崩壊・変性してランダムコイル状になることを示す。
これに対し、
図4(b)に示すSUWAは、95℃に加熱した状態でもスペクトルの形状に大きな変化はなく、αヘリックス構造を保持しており、変性していない。
【0033】
図6は、平均モル楕円率に基づいて得られたWA20とSUWAタンパク質についての熱変性曲線を示す。縦軸が変性したタンパク質分子の割合である。
図6に示す熱変性曲線は、WA20については温度上昇に伴って、変性するタンパク質分子が徐々に増加し、80℃付近ですべてのタンパク質分子が変性していることを示す。一方、SUWAについては、95℃までタンパク質溶液を加熱しても変性するタンパク質分子がほとんど存在していないことを示す。
【0034】
表2は、WA20とSUWAについて、全タンパク質分子のうちで半分の分子が変性する温度である変性中点温度T
mを求めた結果を示す。
WA20はT
mが64℃であるのに対し、SUWAタンパク質はT
mが95℃を超えていることを示す。すなわち、SUWAタンパク質は、WA20よりも熱変性温度が30℃以上向上し、95℃を超える耐熱性を備えること、すなわちWA20と比較して構造安定性が大きく向上したことを示す。
【表2】
【0035】
<電気泳動法による測定>
WA20とSUWAのタンパク質溶液を加熱し、溶液中における状態をSDS-PAGE電気泳動によって観察した結果を
図7に示す。
泳動結果から、WA20とSUWAタンパク質が70℃〜100℃で加熱した後でも、上清画分に多く存在することを確認した。WA20については、CD測定の結果から、高温にするにつれて変性していくという結果が得られていたことから、変性して沈殿しバンドが徐々に薄くなっていくことが予想されたが、電気泳動による測定結果は、WA20は高温条件下でも上清画分に存在していることを示す。
【0036】
次に、WA20とSUWAのタンパク質溶液を加熱し、溶液中における状態をNative PAGE電気泳動によって観察した結果を
図8に示す。
図8で、WA20は80℃、90℃、100℃と加熱温度が上昇するにつれ、バンドがスメア状になっていく様子が見られる。この実験結果と、上述したSDS-PAGEの実験結果から、WA20は、80℃以上の高温状態で変性するが、凝集・沈殿せずに上清画分に存在することが示唆される。
【0037】
一方、SUWAのNative PAGE電気泳動について見ると、加熱前の上清と、70℃〜100℃で加熱した後の上清とを比較しても変化がないことがわかる。この測定結果とSDS-PAGEの測定結果は、SUWAが、100℃、30分の高温状態でもきわめて高い構造安定性を有していることを示す。
なお、Native PAGEの測定で、WA20とSUWAの泳動距離にずれが見られる。SUWAのバンド位置がWA20よりも上側にシフトした要因として、変異の導入が考えられる。すなわち、変異を導入したことにより、等電点(pI)の変化(WA20: pI=6.32、SUWA: pI=6.43)が生じたこと、あるいは、SUWAがWA20よりも安定で強固なαヘリックス構造を取ることから、ポリアクリルアミドゲルの分子ふるいの網目を通過しにくくなり、WA20よりも移動度が小さくなった可能性が考えられる。
【0038】
電気泳動(SDS-PAGE)による測定は、WA20とSUWAを抽出後のタンパク質溶液について、70℃、80℃、90℃、100℃で、それぞれ30分間加熱し、加熱後に遠心を行い、上清画分についてSDS-PAGE 電気泳動試験を行ったものである。
電気泳動(Native PAGE)による測定は、精製後のタンパク質溶液について、濃度調整を行い(1.25 mg/mL)、調整後のタンパク質溶液について、70℃、80℃、90℃、100℃で、それぞれ30分間加熱し、加熱後に遠心を行い、上清画分についてNative PAGE 電気泳動試験を行ったものである。
Native PAGEに用いたポリアクリルアミドゲルの作製は4×バッファー(1.5 M Tris (pH 8.8))と濃縮ゲルバッファー原液(0.125 M Tris-HCl (pH 6.8)、4.5% アクリルアミド溶液)を用いて行った。5×サンプルローディングバッファーも、SDSを抜いたバッファー(80 mM Tris-HCl(pH 6.8),0.6 mM Bromophenol Blue,50% Glycerol)を用いた。1×泳動バッファーは0.04 M Tris、0.3M Glycineを用いた。
【0039】
<分子量の測定>
WA20とSUWAの溶液中での会合状態を調べるため、ゲル濾過クロマトグラフィーによる分子量の推定を行った。
図9は、WA20とSUWAについて測定したゲル濾過クロマトグラムである。
図9から、WA20とSUWAの検出されたピークはシングルピークであり、ほとんど同じ溶出体積であることが分かる。
表3に、WA20とSUWAについてゲル濾過クロマトグラフィーから算出された溶出体積と推定分子量(M
w)を示す。推定分子量(M
w)は、
図10の検量線を用いて算出した。検量線は分子量既知のタンパク質を標準試料としてゲル濾過クロマトグラフィーを行い、得られた溶出体積から作成した。
【表3】
【0040】
ゲル濾過クロマトグラフィーの結果より得られた推定分子量値(WA20:25.57 kDa、 SUWA:24.62 kDa)と、アミノ酸配列から算出した単量体の分子量値(WA20:12.55 kDa、SUWA:12.58 kDa)を比較すると、各サンプルともほぼ二量体に相当している。これらの結果より、SUWAはWA20と同様に、溶液中で二量体を形成するといえる。また、変異を導入したことによる、溶液中における二量体より大きなオリゴマー化が生じていないと考えられる。
【0041】
なお、上記測定は、ゲル濾過クロマトグラフィー (25mM HEPESバッファー (pH 7.0)、100mM NaCl、10%グリセロール、1mM DTT; カラム:Superdex 75 10/300 GL column (GE healthcare))により解析した。クロマトグラムには波長280nmの吸光度をモニターした。分子量(M
w)を見積もるため、Gel Filtration Calibration kit LMW (GE Healthcare)を用いて、検量線を作製した(
図10)。
図10のX軸は分子量(M
w)を対数目盛で示す。キャリブレーションに用いたタンパク質サンプルは、リボヌクレアーゼA(13700 Da),キモトリプシノーゲンA(25000 Da)、オボアルブミン(43000 Da)、ウシ血清アルブミン(67000 Da)である。Y軸に示したK
av値は、次の式から算出した。
K
av=(V
e − V
o)/(V
t − V
o)
V
eはタンパク質サンプル溶出体積、V
oはカラムの排除体積(Blue Dextran 2000の溶出体積)、V
tはトータルベッド体積である。
解析したWA20及びSUWAの濃度は、いずれも1.25 mg/mLである。サンプルループは100μLの体積のものを用いた。サンプルループ内にタンパク質サンプルを十分に充たすため、150μLのサンプルをサンプルループに注入し、ゲル濾過クロマトグラフィーを行った。
【0042】
<小角X線散乱解析>
小角X線散乱解析(SAXS)により、WA20及びSUWAの溶液構造を解析する実験を行った。
測定時のバッファーには(25 mM HEPESバッファー(pH 7.0)、100mM NaCl、10% グリセロール)を使用し、タンパク質濃度を約5 mg/mLに調整した。測定には,高エネルギー加速器研究機構放射光科学研究施設Photon Factory BL-10C X線小角散乱実験ステーションを利用した。波長λ=1.488オングストロームの単色X線を利用し、サンプルと検出器間のカメラ長は100cmに設定した。サンプルは、雲母板に挟まれた光路長1mmのサンプルセルに注入し、サーモスタットセルホルダーにセットして測定を行った。
【0043】
PILATUS 2M (Dectris)により二次元散乱パターンを記録し、fit2d(European Synchrotron Research Facility)を用いて一次元散乱強度I(q)へと統合した。I(q)は,散乱ベクトルqの強度の関数であり、散乱ベクトルq =(4π/λ)sin(θ/2)で表すことができる。θはトータルの散乱角である。測定によって求められたI(q)とqをもとに、ギニエプロットという縦軸にLn(I(q))、横軸にq2をプロットすることで、直線の傾きから慣性半径R
g、直線のy切片から前方散乱強度I(0)を求めた。I(0)/cは重量平均分子量(M
w)に比例する。(c:重量濃度 mg/mL)。
【0044】
測定に用いた濃度条件の希薄溶液サンプルに対しては構造因子S(q)=1と仮定できるので、I(q)は二体間距離分布関数 p(r)のフーリエ変換により定められる。p(r)は電子密度ゆらぎΔρ(r)の空間的自己相関関数であり、以下の式で表すことができる。rは分子内部の2つの散乱中心間の距離である。p(r)を算出するために、間接フーリエ変換(IFT)法を用いた。
【数1】
【0045】
分子量の標準サンプルとして卵白リゾチーム(リゾチームの分子量(M
w)は14.31 kDa)を使用した。前方散乱強度を重量濃度で割ったI(q→0)/cは重量平均分子量(M
w)に比例する。WA20及びSUWAとリゾチームの前方散乱強度を濃度で割ったI(q→0)/c、及び算出された分子量を表4にまとめた。
【表4】
アミノ酸配列から算出される単量体の分子量と解析結果から算出された分子量を比較すると、WA20とSUWAの両方とも二量体に相当する分子量であることが分かる。この結果からも、WA20とSUWAは溶液中で二量体を形成していることが示された。
【0046】
続いて、間接フーリエ変換(IFT)法を用いて、WA20とSUWAの二体間距離分布関数p(r)を求めた(
図11)。二体間距離分布関数の形状は、溶液中での分子の形状を反映する.この関数p(r)の横軸との切片にあたる値D
maxは、分子中に取ることができる最も長い二点間の距離を表す。WA20及びSUWAのD
maxは約10nmであった。これは、ドメインスワップ二量体のWA20結晶構造に見られた円筒状構造の長さともほぼ一致する結果である。また、p(r)の形状は、r値の小さい範囲にピークをもち、r値の大きい範囲に直線的に尾を引くような型を示した.この形状は、溶液中の分子が細長い円筒状の構造をもつことを示している。
以上の小角X線散乱解析の結果より、SUWAもWA20と同様に、溶液中において4本ヘリックス二量体構造を形成していることが示唆される。
【0047】
(ドメインスワップ二量体人工タンパク質:SUWA-2、SUWA-3の作製)
上述したドメインスワップ二量体人工タンパク質SUWAは、人工タンパク質WA20の26番目(ヒスチジン)、78番目(グルタミン酸)、71番目(バリン)、34番目(アスパラギン)、28番目(グリシン)にそれぞれ変異を導入したものである。
以下では、SUWAへの変異導入処理を変えたときの特性を調べるため、SUWAで34番目の置換処理をしていないSUWA-2と、SUWA-2で71番目をロイシンとしたSUWA-3を作製し、これらの構造安定性について調べた。
SUWA-2のWA20に対する変異は(H26L/G28S/V71F/E78L)、SUWA-3の変異は(H26L/G28S/V71L/E78L)である。配列表の配列番号2にSUWA-2のアミノ酸配列を示し、配列番号3にSUWA-3のアミノ酸配列を示す。
【0048】
SUWA-2とSUWA-3の作製は次のようにして行った。
まず、Transfer-PCR反応によりSUWA-2,SUWA-3遺伝子を作製した。WA20遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a-WA20)に対し、表5に示す変異導入プライマーを使用し、以下の条件でTransfer-PCR反応を行った(反応溶液の総容量 50μL; 反応溶液組成(TOYOBOの試薬を用いた): 滅菌水 27.4μL,10×PCR buffer for KOD-Plus-Neo 5μL,2 mM dNTPs 5μL,25 mM MgSO
4 3μL,Primer 1 (500 nM) 2μL,Primer 2 (500 nM) 2μL,pET-3a-WA20 (5 ng/μL) 4μL,KOD-Plus-Neo (1 U/μL) 1.6μL,反応条件: 初期変性(94℃,2 min.)後、次の条件{変性(98℃,10 sec.),アニーリング(66.7℃,30 sec.)、伸長(68℃,3 min.) }を20サイクル繰返す。
【0050】
その後,最終伸長(68℃,6 min.)。Transfer-PCR反応後、10×K buffer 5μLとDpnI (10 U/μL) 0.5μLを加え(Roche)、37℃で4h反応させ、テンプレートDNAとして用いたpET-3a-WA20を消化した。Dpn I反応後、反応溶液3μLに対してHST08ケミカルコンピテントセル40μLを直接加え、Hanahan法を改変したInoue法を使用して大腸菌HST08株を形質転換し、アンピシリン(終濃度50 μg/mL)を添加したLB (Lennox) 培地寒天プレートに植菌した。形質転換後、プレートに増えた大腸菌HST08形質転換体のコロニーからプラスミドDNAを抽出し、DNA塩基配列解析を行うことでWA20遺伝子への変異の導入を確かめた。この際、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems, Life Technologies)及びDNAシークエンサーABI3130XL(Applied Biosystems, Life Technologies)を用いた。こうして、WA20の疎水性コア増強変異体として、SUWA-2(H26L/G28S /V71F/E78L)とSUWA-3(H26L/G28S /V71L/E78L)を得た。
【0051】
SUWA-2,SUWA-3タンパク質は、SUWAタンパク質と同様な方法で、大腸菌によって発現し、固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)により精製した。
【0052】
<円偏光二色性(CD)スペクトル測定>
上述した方法によって作製したSUWA-2、SUWA-3について円二色性(CD)スペクトル測定を行った。
図12(a)がSUWA-2のCDスペクトル、
図12(b)がSUWA-3のCDスペクトルである。それぞれ、サンプル温度を20℃〜95℃まで加熱して測定した。CD測定には、J-1500円二色性分散計 (Jasco)を使用した。
図12(a)、(b)に示すように、SUWA-2,SUWA-3ともに、20℃のCDスペクトルから典型的なαヘリックス構造を保持していることが分かる。また、温度が上昇し,95℃になってもスペクトルの形状に大きな変化はなく、αヘリックス構造を保持し、変性していないことが分かる。
【0053】
図13は、楕円率[θ]
222 nmの変化をもとに得られたWA20とSUWA-2の熱変性曲線、
図14はWA20とSUWA-3の熱変性曲線である。縦軸が熱変性したタンパク質分子の割合を示す。
WA20は温度上昇に伴い、変性するタンパク質分子が増加していき、80℃付近ではすべてのタンパク質分子が変性している。一方、SUWA-2及びSUWA-3では、95℃まで加熱しても変性するタンパク質分子がほとんど存在しない。
【0054】
表6は、WA20とSUWA、SUWA-2、SUWA-3の変性中点温度T
mを示す。変性中点温度は、全タンパク質分子のうち、半数の分子が変性する温度である。表6は、WA20はT
mが64℃であるのに対し、SUWA-2及びSUWA-3ではどちらもT
mが95℃より高温であることを示す。すなわち、SUWA-2、SUWA-3は、SUWAタンパク質と同様に、WA20と比較して熱変性温度が30℃以上向上し、95℃を超える耐熱性を示す非常に高い構造安定性を備えていることがわかる。
【表6】
【0055】
上述した実験結果は、WA20の26番目、78番目、71番目、34番目、28番目に変異を導入したSUWA(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)と比較して、SUWA-2(H26L/G28S/V71F/E78L)もSUWAと同等の構造安定性を備えること、また、71番目のバリンがロイシンに置換されているSUWA-3(H26L/G28S/V71L/E78L)もSUWAと同等程度の構造安定性を備えていることを示す。すなわち、WA20の構造安定性を向上させた人工タンパク質として、SUWA以外に、SUWA-2、SUWA-3も有効に利用できることを示している。
【0056】
<WA20とSUWA、SUWA-2、SUWA-3の熱的安定性>
上述した実験結果から、SUWA、SUWA-2、SUWA-3は95℃以上においても熱的な構造安定性を備えることが明らかになったが、熱的な構造安定性をより正確に測定するため、サンプルを100℃以上に加熱した状態でCDスペクトルを測定することができる耐圧試料室付き円二色分散計(J-720)を使用して円偏光二色性(CD)スペクトルの測定を行った。
図15は(a)はWA20とSUWAの熱変性曲線、
図15(b)はSUWA、SUWA-2、SUWA-3の熱変性曲線である。
【0057】
図15に示す熱変性曲線からWA20のTm値を求めると75℃であった。(なお、今回のWA20のTm値が表2の値と異なるのは、溶媒条件や使用装置等の実験条件の相違によるものと考えられる。ただし、各回の一連の実験については実験条件をそれぞれ統一しているので、各回のサンプル間で比較することについては問題ない。)一方、SUWAのTm値は120℃、SUWA-2のTm値は110℃、SUWA-3のTm値は115℃であることが分かる。SUWAはWA20と比べるとTm値が45℃増加しており、WA20への疎水性コア増強変異が構造安定化に対してきわめて有効に作用することが明らかとなった。
SUWA-2とSUWA-3を比較すると、71番目のバリンの置換変異についてフェニルアラニンかロイシンかの違いがある。熱変性曲線の結果から、ロイシンに置換したSUWA-3の方がTm値が5℃高いことから、71番目のバリンの置換変異はロイシンの方がフェニルアラニンよりも適切であることが示唆された。
【0058】
(ドメインスワップ二量体人工タンパク質:SUWA-4)
ドメインスワップ二量人工タンパク質として、前述したSUWA、SUWA-2、SUWA-3と比較してさらに構造安定性を向上させたSUWA-4を設計開発した。
SUWA-4は、人工タンパク質WA20の26番目のヒスチジンと78番目グルタミン酸、34番目のアスパラギン、71番目のバリンをそれぞれロイシン置換し、28番目のグリシンをセリンに置換したものである。
図16に、SUWA-4の立体構造モデルとWA20から置換したアミノ酸を示す。SUWA-4のアミノ酸配列は下記の通りである。配列表の配列番号4にSUWA-4のアミノ酸配列を示す。
MYGKLNKLVE HIKELLQQLN KNWHRLQSNL HDMLQQMEQL FQEFQHFMQG NQDDGKLQNM IHEMQQFMNQ LDNHLQSLSD TVHHFHNKLQ ELMNNFHHLV HR
【0059】
<SUWA-4の発現系構築と精製>
以下にSUWA-4の作成例を示す。
Transfer-PCR反応によりSUWA-4遺伝子を作製した。SUWA-3遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a-SUWA-3)に対して、表7に示す疎水性コア増強変異導入プライマー等を使用し、以下の条件でTransfer-PCR反応を行った(反応溶液の総容量 50 μL; 反応溶液組成(TOYOBOの試薬を用いた): 滅菌水 27.4 μL、10×PCR buffer for KOD-Plus-Neo 5 μL、2 mM dNTPs 5 μL、25 mM MgSO
4 3 μL、Primer 1 (500 nM) 2 μL、Primer 2 (500 nM) 2 μL、pET-3a-WA20 (5 ng/μL) 4 μL、KOD-Plus-Neo (1 U/μL) 1.6 μL、反応条件: 初期変性(94℃,2 min.)後、次の条件{変性(98℃,10 sec.)、アニーリング(66.7℃,30 sec.)、伸長(68℃,3 min.) }を20サイクル繰返す。
【表7】
【0060】
その後、最終伸長(68℃,6 min.)。Transfer-PCR反応後、10×K buffer 5 μLとDpnI (10 U/μL) 0.5 μLを加え(Roche)、37℃で4 h反応させ、テンプレートDNAとして用いたpET-3a-WA20を消化した。Dpn I反応後、反応溶液3 μLに対してHST08ケミカルコンピテントセル40 μLを直接加え、Hanahan法を改変したInoue法12を使用して大腸菌HST08株を形質転換し、アンピシリン(終濃度50 μg/mL)を添加したLB (Lennox) 培地寒天プレートに植菌した。形質転換後、プレートに増えた大腸菌HST08形質転換体のコロニーからプラスミドDNAを抽出し、DNA塩基配列解析を行うことでWA20遺伝子への変異の導入を確かめた。この際、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems, Life Technologies)を用いた。DNAシークエンサーはABI3130XL(Applied Biosystems, Life Technologies)を用いた。プラスミドの抽出には、FastGeneTM Plasmid Mini Kit (日本ジェネティクス)を用いた。このようにして、WA20の疎水性コア増強変異体として,SUWA-4(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)を得た。
【0061】
SUWA-4タンパク質は、大腸菌 BL21 Star (DE3)株(Invitrogen, Life Technologies)によって発現させた。培養は、終濃度50 μg/mLのアンピシリンを含む1.5 LのLB (Lennox) 培地 (nacalai tesque)を使用し、30℃の条件で20 h 培養した後、集菌した。集菌した菌体は、溶菌バッファー(50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0),300 mM NaCl,10% グリセロール)中で、凍結融解法と超音波破砕(出力 50%、1セット(1sec. ON/ 1 sec. OFF×30回)×3回、使用機器: 超音波ホモゲナイザーVC505 (SONICS))により破砕し、バッファー中にタンパク質を抽出した。WA20タンパク質と同様、疎水性コア増強変異体タンパク質もCOSMOGEL(登録商標)His-Accept (nacalai tesque) を用いた固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)により精製した (平衡化兼洗浄バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0),300 mM NaCl; 溶出バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0),300 mM NaCl,10% グリセロール,250 mM イミダゾール)。
【0062】
<円偏光二色性(CD)スペクトル測定>
円偏光二色性(CD)スペクトル測定により、WA20とSUWA-4タンパク質の熱に対する構造安定性の比較を行った。
図17にWA20とSUWA-4の円偏光二色性スペクトルを示す。
図17(a)は、WA20を30℃〜100℃まで加熱したとき、
図17(b)は、SUWA-4を30℃〜150℃まで加熱したときのスペクトルである。CDスペクトルの測定には耐圧試料室付き円二色分散計(J-720)を使用した。
CDスペクトルにおいてタンパク質分子中のαへリックスの存在は波長208nm付近と222nm付近の負のピークとして検出される。
図17に示すCDスペクトルから、両サンプルとも典型的なαヘリックス構造を保持していることが分かる。しかしながら、WA20は100℃の高温状態では、αヘリックス構造が崩壊・変性し、ランダムコイル状になったことが示唆された。一方、SUWA-4タンパク質は、100℃になってもスペクトルの形状に大きな変化はなく、αヘリックス構造を保持し、変性していない。
【0063】
図18は楕円率[θ]222 nmの変化をもとに描いた熱変性曲線である。WA20は温度の上昇に伴い、変性するタンパク質分子が増加していき、90℃付近ではすべてのタンパク質分子が変性している。一方、SUWA-4は、100℃までタンパク質溶液を加熱しても変性するタンパク質分子がほとんど存在しないことが分かる。全タンパク質分子のうち半分の分子が変性する温度である変性中点温度Tmを求めると、WA20はTmが75℃であるのに対し、SUWA-4はTmが122℃であり、WA20よりも47℃の熱変性温度が向上し、非常に高い熱的な構造安定性を備えている。
【0064】
<分子量の推定>
WA20とSUWA-4の溶液中での会合状態を調べるために、ゲル濾過クロマトグラフィーによる分子量の推定を行った。
図19に得られたゲル濾過クロマトグラムを示す。WA20とSUWA-4について検出されたピークはシングルピークであり、ほとんど同じ溶出体積である。
表8に、WA20とSUWA-4に対してゲル濾過クロマトグラフィーを行った際の溶出体積と推定分子量(Mw)を示す。推定分子量(Mw)は、分子量既知のタンパク質を標準試料としてゲル濾過クロマトグラフィーを行って得られた溶出体積に基づいて作成した検量線を用いて算出した。
【表8】
【0065】
ゲル濾過クロマトグラフィーの結果より得られた推定分子量値(WA20:25.57 kDa, SUWA-4:24.16 kDa)と、アミノ酸配列から算出した単量体の分子量値(WA20:12.55 kDa,SUWA-4:12.55 kDa)を比較したところ、各サンプルともほぼ二量体に相当することが分かった。これらの結果より、SUWA-4はWA20と同様に、溶液中で二量体を形成することが分かる。また、変異を導入したことによる、溶液中における二量体より大きな会合体が生じていないと考えられる。
【0066】
<小角X線散乱解析>
小角X線散乱解析(SAXS)により、WA20及びSUWA-4の溶液構造の比較解析を行った。
卵白リゾチームは、分子量の標準サンプル(リゾチームの分子量(Mw)は14.31 kDa)として測定した。前方散乱強度を重量濃度で割った I(q→0)/cは重量平均分子量(Mw)に比例する。WA20及びSUWA-4とリゾチームの前方散乱強度を濃度で割った I(q→0)/c、及び算出された分子量について、それぞれ表9に示す。
【表9】
【0067】
アミノ酸配列から算出される単量体の分子量と解析結果から算出された分子量を比較すると、WA20とSUWA-4の両方とも二量体に相当する分子量であることが分かる。これらの結果からも、WA20とSUWA-4は溶液中で二量体を形成していることが示された。
続いて、間接フーリエ変換(IFT)法を用いて、WA20とSUWA-4の二体間距離分布関数 p(r)を求めた(
図20)。分布関数p(r)の横軸との切片にあたる値 Dmaxは、分子中に取ることができる最も長い二点間の距離を表す。WA20及びSUWA-4のDmaxは約10 nmであった。これは,ドメインスワップ二量体のWA20結晶構造に見られた円筒状構造の長さとほぼ一致する。また、p(r)の形状は、r値の小さい範囲にピークをもち、r値の大きい範囲に直線的に尾を引くような型を示している。この形状は、溶液中の分子が細長い円筒状の構造をもつことを示している。この小角X線散乱解析の結果より、SUWA-4もWA20と同様に、溶液中において4本ヘリックス二量体構造を形成していることが示唆される。
【0068】
<タンパク質の変性剤に対する構造安定性>
前述した円偏光二色性(CD)スペクトル測定により構造安定性を測定した実験は、熱的な構造安定性に関わる実験である。これとは別に、円偏光二色性(CD)スペクトル測定により、WA20とSUWA-4タンパク質の、変性剤(GdnHCl)に対する構造安定性について比較する実験を行った。
図21は楕円率[θ]222 nmの変化に基づいてGdnHCl濃度に対して得られたWA20とSUWA-4の変性曲線(濃度変性曲線)である。縦軸は変性したタンパク質分子の割合を示し、横軸は濃度変化を示す。
WA20はGdnHCl濃度の上昇に伴い、変性するタンパク質分子が増加していき、5 M付近ではすべてのタンパク質分子が変性する。一方、SUWA-4は、5 MまでGdnHClの濃度を高くしても変性するタンパク質分子がほとんど存在しない。また、全タンパク質分子のうち、半分の分子が変性する濃度である変性中点濃度を求めた。その結果、WA20は3.5 Mであるのに対し、SUWA-4は6 Mであった。SUWA-4タンパク質は、WA20より2.5 Mもの変性剤濃度耐性が向上し,非常に高い構造安定性を有することが分かる。
【0069】
<SUWA-4に導入した各アミノ酸変異の構造安定性への寄与度>
SUWA-4に導入したアミノ酸変異のうち、1〜2残基を選択してWA20に導入した変異体を作製し、円偏光二色性(CD)スペクトル測定により、特定のアミノ酸変異を導入したときの熱に対する構造安定性の比較を行った。比較測定に用いた変異体は、以下の4種である。
WA20_H26L_E78L(26番目のヒスチジンと78番目のグルタミン酸をロイシンに置換)
WA20_G28S(28番目のグリシンをセリンに置換)
WA20_N34L(34番目のアスパラギンをロイシンに置換)
WA20_V71L(71番目のバリンをロイシンに置換)
【0070】
図22は楕円率[θ]222 nmの変化をもとに描いた上記4種の変異体の熱変性曲線である。
図23は、熱変性曲線から求めた上記4種の変異体の変性中点温度Tmと、既知のWA20とSUWA-4のTmをグラフに示したものである。
4種のうちでは、26番目と78番目の2つの残基を変位させた変異体WA20_H26L_E78Lの変性中点温度Tmの向上がもっとも顕著(WA20と比較して26℃)、他の1つの残基を変位させた変異体のTmの向上は8〜10℃程度に止まった。なお1つの残基を変位させたものでも、Tmに対して負の影響を与えるものは見られなかった。これらの測定結果は、SUWA-4は、1または2残基変異体のTmの向上が相加的に寄与することによって、非常に高い熱安定性を獲得したものと考えられる。
【0071】
表10に耐圧試料室付き円二色分散計を使用して、WA20、SUWA、SUWA-2、SUWA-3、SUWA-4のそれぞれの変性中点温度Tmを正確に測定した結果をまとめて示す。
【表10】
【0072】
表10は、WA20に変位を導入した4種のSUWA、SUWA-2、SUWA-3、SUWA-4が、WA20では到達し得なかった常圧下における水の沸騰温度100℃を超える変性中点温度Tm値を獲得することができたことを示している。とくにSUWA-4はTm値が122℃という高温での熱的安定性を確保することができている。常圧下の水の沸点である100℃において熱的に安定であることは、これら人工タンパク質をさまざまな用途に利用する上できわめて有効となる。
以下に、SUWA、SUWA-2、SUWA-3、SUWA-4のWA20への変位導入個所を整理して示す。
SUWA ( H26L / G28S / N34L / V71F / E78L )
SUWA-2 ( H26L / G28S / V71F / E78L )
SUWA-3 ( H26L / G28S / V71L / E78L )
SUWA-4 ( H26L / G28S / N34L / V71L / E78L )
【0073】
(ナノ構造複合体の作製例)
以下では、上述したドメインスワップ二量体人工タンパク質を用いてタンパク質ナノブロックを作成し、タンパク質ナノブロックの熱的安定性を評価する実験を行った結果について説明する。
本実施形態で作製したタンパク質ナノブロックの構成を
図24に示す。
図24では、WA20とT4ファージfibritinの三量体形成ドメインFoldon(A)から、タンパク質ナノブロック(B)を作製し、WA20とFoldonとをリンカーによって連結・融合したタンパク質ナノブロックWA20-Foldon(B)を自己組織化して、樽型構造や正四面体型構造、正三角柱型構造、立方体型構造等のナノ構造複合体(c)を形成する工程を模式的に示している(非特許文献9)。
【0074】
タンパク質ナノブロック(WA20-Foldon:B)は、WA20の二量体から分離した単量体と、Foldonの三量体から分離した単量体とを連結・融合した融合タンパク質である。
図24では、ドメインスワップ二量体人工タンパク質WA20からWA20-Foldonを作製した例を示すが、WA20に前述した変異を導入したSUWAやSUWA-4を用いれば、タンパク質ナノブロックとしてSUWA-FoldonやSUWA-4-Foldonが得られる。なお、本明細書においては、タンパク質ナノブロックは、
図24(C)に示すような、ナノ構造複合体を構成するためのパーツの意味で用いている。
【0075】
(WA20-Foldonの作製例)
WA20-Foldonは,WA20とFoldon三量体形成ドメインをリンカーによって結合した融合タンパク質であり、タンパク質発現ベクターであるpET-3a(Novagen)にクローニングされている。
WA20-Foldonタンパク質は、大腸菌 BL21 Star(DE3)株(Invitrogen, Life Technologies)によって発現した。培養は,終濃度50μg/mLのアンピシリンを含む1.5 LのLB(Lennox) 培地 (nacalai tesque)を使用し、25 ℃の条件で行った.OD
600=〜0.5になった後、25℃で16h培養した後、集菌した。
タンパク質は溶菌バッファー(50 mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 7.0)、300 mM NaCl、10% グリセロール)中で、超音波破砕(出力 50%,1セット(1sec. ON/ 1 sec. OFF×30回)×30セット、使用機器: 超音波ホモゲナイザーVC505 (SONICS)により破砕し、細胞から抽出した。続いて、TALON metal affinity resin (Clontech, Takara Bio) を用いた固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)によりWA20を精製した(平衡化兼洗浄バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0),300 mM NaCl; 溶出バッファー: 50 mM リン酸ナトリウムバッファー (pH 7.0),300 mM NaCl,10% グリセロール,250 mM イミダゾール)。
【0076】
(SUWA-Foldonの作製例)
Transfer-PCR反応によりSUWA-Foldon遺伝子を作製した。WA20-Foldon遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a-WA20-Foldon)に対し、変異導入プライマー(表1)を使用し、SUWAの作製と同様な方法でTransfer-PCR反応を行い、WA20-FoldonのWA20遺伝子配列部分に変異を導入した。こうして、WA20-Foldonの変異体として、SUWA-Foldon(H26L/G28S/N34L/V71F/E78L)を得た。
【0077】
SUWA-Foldonタンパク質は、WA20-Foldonタンパク質と同様な方法で、大腸菌によって発現させ、固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)により精製した。
【0078】
<円偏光二色性(CD)スペクトル測定>
WA20-FoldonとSUWA-Foldonについて、サンプルの温度を変えてCDスペクトル測定を行った。
図25に得られたCDスペクトルを示す。
典型的な二次構造のCDスペクトルと比較し、20℃のCDスペクトルから、両サンプルともFoldonドメインをリンカーで結合させても、αヘリックス主体の構造を保持していることが分かる。
また、WA20-Foldonは60℃付近まではαヘリックス主体の構造を保っているが、80℃以上ではスペクトルの形状が大きく変化した。そして、95℃では、スペクトルの形状がランダムコイルに近いものになったことから、構造が全体的に崩壊・変性したことが示される。
一方、SUWA-Foldonは温度の上昇に伴うスペクトル形状の変化があまり見られず、95℃の高温状態でも変性せず、立体構造を保ち続けている。
【0079】
また、楕円率[θ]
222nmの変化をもとに作成した熱変性曲線(
図26)から、WA20-Foldonは温度の上昇に伴い、変性するタンパク質分子が増加していき、80℃以上ではほぼすべてのタンパク質分子が変性していることが分かる。一方、SUWA-Foldonでは、95℃までタンパク質溶液を加熱しても、変性するタンパク質分子がほとんど存在しない。
また、熱変性温度の比較を行うため,変性中点温度T
mを求めた(表11)。その結果、WA20-FoldonはT
mが68℃であるのに対し、SUWA-Foldonタンパク質はT
mが95℃よりも高い温度であることが明らかとなった。
【表11】
【0080】
以上の測定結果は、SUWA-FoldonはWA20-Foldonと比較して、少なくとも27℃以上熱変性温度が向上し、構造安定性が非常に顕著に改善されていることを示す。
タンパク質ナノブロックを用いて
図24(C)に示すようなナノ構造複合体を構築する際に、タンパク質ナノブロックが高い構造安定性を備えていることは、安定的にナノ構造複合体を形成する上で重要であり、また、構築したナノ構造複合体を安定的に保持可能にする点においても重要である。WA20に前述した変異を導入して安定化させたSUWAはナノ構造複合体を構築する上できわめて有用である。
このように安定なナノ構造複合体であれば、大量調製のために低温室などの設備を要さず、長期的に保存することも比較的容易であり、経済的にも有利である。また、応用する際にも、耐久性が向上するので有利である。例えば、このような安定なナノ構造複合体は、機能性材料創製のためのバイオナノプロセスにおいても非常に有用性が高く、分子デバイス作製への応用も期待される(非特許文献10)。
【0081】
(SUWA-4-Foldonの作製例)
Transfer-PCR反応によりSUWA-4-Foldon遺伝子を作製した。まず、WA20-Foldon遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a-WA20-Foldon)に対して、疎水性コア増強変異導入プライマー(表5)を使用し、SUWA-3の作製と同様な方法でTransfer-PCR反応を行い、WA20-FoldonのWA20配列部分に変異を導入し、SUWA-3-Foldon(H26L/G28S/V71L/E78L)を得た。次に、このSUWA-3-Foldon遺伝子がクローニングされているpET-3aベクター(pET-3a- SUWA-3-Foldon)に対して、疎水性コア増強変異導入プライマー(表7)を使用し、SUWA-4の作製と同様な方法でTransfer-PCR反応を行い、SUWA-3-FoldonのSUWA-3配列部分に変異を導入した。こうして、最終的に、WA20-Foldonの変異体として、SUWA-4-Foldon(H26L/G28S/N34L/V71L/E78L)を得た。
SUWA-4-Foldonタンパク質はWA20-Foldonタンパク質と同様な方法で大腸菌によって発現させ、固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)により精製した。
【0082】
<円偏光二色性(CD)スペクトル測定>
タンパク質ナノブロックWA20-FoldonとSUWA-4-FoldonについてCDスペクトル測定を行い、熱安定性の比較を行った。
図27にWA20-Foldonを30〜100℃、SUWA-4-Foldonを30〜150℃まで加熱したときの各温度についてのCDスペクトルを示す。CDスペクトルの測定には耐圧試料室付き円二色性分散計を使用した。
前述したように、CDスペクトルにおいて、タンパク質分子中のαヘリックスの存在は波長208nmと222nm付近の負のピークとして検出される。WA20とSUWA-4の30℃のCDスペクトルから、両サンプルともFoldonドメインをリンカーで結合させてもαヘリックス主体の構造を保持していることが分かる。しかしながら、WA20-Foldonは100℃の高温状態では、スペクトルの形状がランダムコイルに近いものになったことから、構造が全体的に崩壊・変性したと考えられる。一方、SUWA-4-Foldonは温度の上昇に伴うスペクトル形状の変化があまり見られず、100℃の高温状態でも構造を保ち続けている。
【0083】
図28は楕円率[θ]222 nmの変化をもとに描いた熱変性曲線である。WA20-Foldonは温度の上昇に伴い、変性するタンパク質分子が増加していき,90℃以上ではほぼすべてのタンパク質分子が変性している。一方、SUWA-4-Foldonは、100℃までタンパク質溶液を加熱しても変性するタンパク質分子がほとんど存在しない。
熱変性温度を比較するため変性中点温度Tmを表12に示す。WA20-FoldonはTmが75℃、SUWA-4-Foldonタンパク質はTmが122℃であり、SUWA-4-Foldonは,WA20-Foldonと比較して47℃もの熱変性温度が向上し、タンパク質ナノブロックとして利用する際にきわめて有用な高い熱的な構造安定性を備えることが確かめられた。
【表12】