【実施例】
【0026】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0027】
[研磨例1]
表1に示す実施例1、2、及び比較例1、2の研磨用組成物を作製した。研磨用組成物の残部は水であり、「%」は重量%を意味する。後述する表2〜4でも同様とする。
【0028】
【表1】
【0029】
実施例1の研磨用組成物は、砥粒として0.05重量%のシリカを、酸化ホウ素化合物として2.5重量%の四ホウ酸ナトリウム十水和物を、アミン化合物として1.25重量%の炭酸グアニジン及び1.25重量%のピペラジン二塩酸塩を含有し、水酸化カリウム(KOH)の含有量を0.004重量%としてpHを10.0に調整したものである。シリカは、平均二次粒子径が40nmのものを使用した。
【0030】
実施例2の研磨用組成物は、実施例1の研磨用組成物をベースとして、四ホウ酸ナトリウム十水和物の含有量を5.0重量%としたものである。比較例1の研磨用組成物は、四ホウ酸ナトリウム十水和物を非添加としたものである。比較例2の研磨用組成物は、シリカを非添加としたものである。実施例2、比較例1、2の研磨用組成物は、KOHの含有量を変えてpHが実施例1とほぼ同じになるように(すなわち約10.0に)調整した。なお、比較例1の研磨用組成物は、シリカ及びアミン化合物(炭酸グアニジン及びピペラジン二塩酸塩)の含有量が他の研磨用組成物と異なっているが、後述するように研磨時の希釈倍率を変えて、これらの成分の濃度が他の研磨用組成物と同じになるように調整して使用した。
【0031】
さらに、表2に示す比較例3〜5の研磨用組成物を作製した。
【0032】
【表2】
【0033】
比較例3〜5の研磨用組成物は、実施例1の研磨用組成物をベースとして、酸化ホウ素化合物に代えて、0.5重量%のケイ酸カリウムを含有させたものである。比較例3〜5の研磨用組成物は、KOHの含有量を変えて、pHがそれぞれ11.0、11.5、及び12.0になるように調整した。
【0034】
これらの研磨用組成物を使用して、8インチのシリコンウェーハの研磨を行った。実施例1、2及び比較例2〜5の研磨用組成物は5倍に、比較例1の研磨用組成物は6倍に希釈して使用した。研磨装置は、定盤の直径が20インチの片面研磨装置を使用した。研磨パッドは、ニッタ・ハース株式会社製EXTERION(登録商標)を使用した。研磨用組成物の供給速度は300mL/分とした。キャリアの回転速度は100rpm、定盤の回転速度は115rpm、研磨荷重は300gf/cm
2とした。
【0035】
シリコンウェーハの研磨では、まず、シリコンウェーハの表面に生成された自然酸化膜が研磨され、その後シリコン単結晶が研磨される。酸化膜の研磨に要した時間(以下「インキュベーションタイム」と呼ぶ。)を次のようにして求めた。
【0036】
図1は、研磨時の研磨定盤のトルク電流の時間変化を模式的に示す図である。研磨中、研磨定盤を回転させるためのトルク電流、及び研磨ヘッドの荷重の値を100m秒間隔で記録している。研磨ヘッドの荷重が設定値(300gf/cm
2)となった時刻を研磨開始時刻(t=0)とする。研磨定盤は、回転速度が一定になるようにトルク電流が自動制御されている。そのため、ウェーハと研磨パッドとの間の摩擦が大きくなるとトルク電流が大きくなり、摩擦が小さくなるとトルク電流が小さくなる。酸化膜とシリコン単結晶とで研磨の挙動が異なるため、研磨定盤のトルク電流は、両者の境界で不連続な変化を示す。研磨開始時刻(t=0)から研磨定盤のトルク電流が安定するまでの時間を、インキュベーションタイムと定義した。
【0037】
なお、本発明者らの過去の調査により、炭酸グアニジン及びピペラジン二塩酸塩は、インキュベーションタイムに影響を与えないことが分かっている。
【0038】
実施例1、2、比較例1、3、4の研磨用組成物によるインキュベーションタイムは、それぞれ0.95分、0.70分、1.42分、0.23分、0.65分であった。比較例2及び5の研磨用組成物では、4分間研磨しても酸化膜を除去することができなかった。
【0039】
図2は、実施例1、2、及び比較例1のデータから作成した、四ホウ酸ナトリウム十水和物の含有量とインキュベーションタイムとの関係を示す図である。
図2に示すように、四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有する実施例1、2のインキュベーションタイム(0.95分、0.70分)は、四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有しない比較例1のインキュベーションタイム(1.42分)よりも短くなっている。このことから、四ホウ酸ナトリウム十水和物による酸化膜除去促進効果が認められる。また、実施例1と実施例2との比較から、四ホウ酸ナトリウム十水和物の含有量が多いほど、インキュベーションタイムが短じかくなることがわかる。
【0040】
さらに、実施例2と比較例2との比較から、研磨用組成物が四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有しても、シリカを含有しない場合には、酸化膜を除去できないことがわかる。
【0041】
図3は、比較例3〜5のデータから作成した、研磨用組成物のpHとインキュベーションタイムとの関係を示す図である。水溶性ケイ酸塩(ケイ酸カリウム)を含有する比較例3、4のインキュベーションタイム(0.23分及び0.65分)は、水溶性ケイ酸塩や酸化ホウ素化合物を含有しない比較例1のインキュベーションタイム(1.42分)よりも短くなっている。すなわち、水溶性ケイ酸塩による酸化膜除去促進効果が認められる。一方、水溶性ケイ酸塩を含有する研磨用組成物の場合、pH=12(比較例5)では酸化膜を除去できなかった。比較例3のように研磨用組成物がKOHを含有しない場合でも酸化膜除去促進効果が得られていること等から、酸化膜除去促進効果の違いは、KOHの含有量の違いによるものではなく、pHの違いによるものであると考えられる。
【0042】
[研磨例2]
四ホウ酸ナトリウム十水和物を用いた場合におけるpHの影響を調べるため、表3に示す比較例6〜9及び実施例3〜6の研磨用組成物を作製した。
【0043】
【表3】
【0044】
実施例3〜6の研磨用組成物は、砥粒として0.1重量%のシリカを、酸化ホウ素化合物として5.0重量%の四ホウ酸ナトリウム十水和物を、アミン化合物として0.5重量%の炭酸グアニジン及び0.5重量%のピペラジン二塩酸塩を含有し、KOHの含有量を変えてpHを9.5〜12.0に調整したものである。比較例6〜9の研磨用組成物は、実施例3〜6の研磨用組成物の四ホウ酸ナトリウム十水和物を非添加とし、KOHの含有量を変えてpHを9.5〜12.0に調整したものである。
【0045】
作製した研磨用組成物は、どのpHでもゲル化は見られず、品質安定性は良好であった。
【0046】
これらの研磨用組成物を使用して、12インチのシリコンウェーハの研磨を行った。各研磨用組成物は10倍に希釈して使用した。研磨装置は、定盤の直径が31.5インチの片面研磨装置を使用した。研磨パッドは、ニッタ・ハース株式会社製EXTERION(登録商標)を使用した。研磨用組成物の供給速度は600mL/分とした。キャリアの回転速度は43rpm、定盤の回転速度は40rpm、研磨荷重は0.015MPaとした。研磨例1と同じ方法で、各研磨用組成物によるインキュベーションタイムを求めた。
【0047】
実施例3〜6、及び比較例7〜9の研磨用組成物によるインキュベーションタイムは、それぞれ4.63分、5.50分、4.43分、4.83分、9.27分、6.93分、9.78分であった。比較例6の研磨用組成物では、10分間研磨しても酸化膜を除去することができなかった。
【0048】
図4は、実施例3〜6、及び比較例6〜9のデータから作成した、研磨用組成物のpHとインキュベーションタイムとの関係を示す図である。図中の中実のマークは四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有する研磨用組成物(実施例)によるインキュベーションタイムであり、白抜きのマークは四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有しない研磨用組成物(比較例)によるインキュベーションタイムである。
【0049】
上述のとおり、四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有しない比較例6(pH=9.5)では、酸化膜を除去することができなかった。これに対して、四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有させた実施例3では、酸化膜の除去が可能になっている。また、比較例7、8、9と、実施例4、5、6とを比較すると、四ホウ酸ナトリウム十水和物を含有させた実施例4、5、6の方が、インキュベーションタイムが短くなっている。これらの結果から、四ホウ酸ナトリウム十水和物の場合は、測定したすべてのpH(9.5〜12.0)において酸化膜除去促進効果があることがわかる。
【0050】
ケイ酸カリウムの場合は上述のとおり、pH=12で酸化膜除去促進効果が得られなかった。すなわち、四ホウ酸ナトリウム十水和物は、酸化膜除去促進効果が得られるpHの範囲が、ケイ酸カリウムよりも広い。研磨用組成物のpHは、砥粒の凝集性やシリコンに対するエッチング力等にも影響を与える重要な因子である。研磨用組成物の設計上、酸化膜除去促進効果を得ることのみを目的としてpHを変更することは困難である。そのため、酸化膜除去促進効果が得られるpHの範囲が広いことは有利な効果である。
【0051】
[研磨例3]
次に、酸化ホウ素化合物の種類による影響を調査するため、表4に示す実施例7〜13の研磨用組成物を調整した。表3に示した比較例7の研磨用組成物(酸化ホウ素化合物未添加)と併せて示す。
【0052】
【表4】
【0053】
実施例7〜13の研磨用組成物は、酸化ホウ素化合物としてそれぞれ、四ホウ酸ナトリウム十水和物(実施例7)、四ホウ酸カリウム四水和物(実施例8)、メタホウ酸ナトリウム四水和物(実施例9)、四ホウ酸ナトリウム(無水)(実施例10)、ホウ酸(実施例11)、ホウ酸アンモニウム八水和物(実施例12)、及び三酸化二ホウ素(実施例13)を各2.0重量%含有させ、KOHの含有量を変えてpHを約11に調整したものである。
【0054】
これらの研磨用組成物を使用して、12インチのシリコンウェーハの研磨を行った。各研磨用組成物は10倍に希釈して使用した。研磨条件は研磨例2と同じである。研磨例1、2と同じ方法で、各研磨用組成物によるインキュベーションタイムを求めた。
【0055】
比較例7、及び実施例7〜13の研磨用組成物によるインキュベーションタイムは、それぞれ9.27分、8.87分、7.72分、9.07分、6.92分、7.77分、7.60分、8.30分であった。
【0056】
図5は、酸化ホウ素化合物の種類とインキュベーションタイムとの関係を示す図である。実施例7〜13の研磨用組成物によるインキュベーションタイムは、酸化ホウ素化合物を非添加とした研磨用組成物(比較例7)によるインキュベーションタイム(9.27分)と比較して、いずれも短くなっている。このことから、四ホウ酸ナトリウム十水和物と同様、四ホウ酸カリウム四水和物、メタホウ酸ナトリウム四水和物、四ホウ酸ナトリウム(無水)、ホウ酸、ホウ酸アンモニウム八水和物、及び三酸化二ホウ素にも酸化膜除去促進効果があることがわかる。測定した酸化ホウ素化合物の中では、四ホウ酸ナトリウム(無水)を含有した研磨用組成物(実施例10)によるインキュベーションタイムが最も短くなっている。
【0057】
酸化ホウ素化合物によって酸化膜除去が促進されるメカニズムは明らかではないが、以下のように推測される。
【0058】
まず、四ホウ酸ナトリウム(無水)やホウ酸で酸化膜除去促進効果が得られていることから、金属イオン(Na
+、K
+)や水和物は重要ではないと考えられる。
【0059】
酸化ホウ素化合物では、ホウ素原子が電気陰性度の大きい酸素と結合しているため、ホウ素原子が正に帯電していると考えられる。そのため、正に帯電したホウ素原子が、負に帯電したウェーハ表面の酸化膜のSi原子に近づいてSi原子と弱い結合を作ることで、Si−O結合が弱められてエッチングが進行しやすくなっている可能性がある。
【0060】
この仮説にしたがえば、メタホウ酸ナトリウム四水和物の酸化膜除去促進効果が小さかったのは、ホウ素が酸素原子2つとしか結合していないため(他の分子ではホウ素は酸素3つと結合している)、正の帯電が弱かったためと説明できる。また、ホウ酸や三酸化二ホウ素では、重量あたりのホウ素原子の含有割合が高いにもかかわらず酸化膜除去促進効果が小さい。これは、これらの分子が単純な構造をしているためホウ素のまわりに溶媒が集まりやすく、これによって正の帯電が溶媒和されて、上述のメカニズムが働きにくくなかったためと考えられる。
【0061】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。