特許第6857738号(P6857738)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6857738
(24)【登録日】2021年3月24日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】浸炭軸受部品用鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210405BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20210405BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20210405BHJP
   C21D 9/40 20060101ALN20210405BHJP
【FI】
   C22C38/00 301N
   C22C38/54
   !C21D1/06 A
   !C21D9/40 A
【請求項の数】3
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2019-537721(P2019-537721)
(86)(22)【出願日】2018年8月24日
(86)【国際出願番号】JP2018031459
(87)【国際公開番号】WO2019039610
(87)【国際公開日】20190228
【審査請求日】2020年2月7日
(31)【優先権主張番号】特願2017-161695(P2017-161695)
(32)【優先日】2017年8月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】山下 朋広
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇久
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】平上 大輔
(72)【発明者】
【氏名】金谷 康平
(72)【発明者】
【氏名】佐田 隆
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/116555(WO,A1)
【文献】 特表2014−516120(JP,A)
【文献】 特開2008−280583(JP,A)
【文献】 特開2000−282178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.25〜0.45%、
Si:0.15〜0.45%、
Mn:0.40〜1.50%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Cr:0.60〜2.00%、
Mo:0.10〜0.35%、
V:0.20〜0.40%、
Al:0.005〜0.100%、
Ca:0.0002〜0.0010%、
N:0.0300%以下、
O:0.0015%以下
Ni:0〜1.00%、
B:0〜0.0050%、
Nb:0〜0.100%、及び
Ti:0〜0.10%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有し、式(1)〜式(3)を満たす浸炭軸受部品用鋼材。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.75 (1)
A1/A2>0.50 (2)
2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+V>2.55 (3)
ここで、式(1)及び式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、その元素記号には「0」が代入される。式(2)中のA1は、圧延方向と平行な断面上の4mm以上の総面積の観察領域における、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。A2は、前記観察領域における、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。
【請求項2】
請求項1に記載の浸炭軸受部品用鋼材であって、
前記化学組成は、
Ni:0.05〜1.00%、及び
B:0.0003〜0.0050%からなる群から選択される1種以上を含有する、浸炭軸受部品用鋼材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の浸炭軸受部品用鋼材であって、
前記化学組成は、
Nb:0.005〜0.100%、及び
Ti:0.01〜0.10%からなる群から選択される1種以上を含有する、浸炭軸受部品用鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭軸受部品用鋼材に関し、さらに詳しくは、鉱山機械用途や建設機械用途の中型又は大型の軸受部品として適用可能な浸炭軸受部品用鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
鉱山機械用途又は建設機械用途に用いられる中型又は大型の軸受部品用の鋼材として、軸受鋼及び肌焼鋼が用いられている。軸受鋼は、JIS G 4805(2008)に規定されたSUJ3及びSUJ5に代表される。肌焼鋼は、JIS G 4053(2008)に規定されたSNCM815に代表される。これらの鋼材は、次の方法により軸受部品に製造される。鋼材に対して所定の工程(熱間鍛造、切削加工など)を実施して、所望の形状の中間品を製造する。中間品に対して、焼入れ焼戻し、又は、浸炭焼入れ焼戻し等の熱処理を実施して、鋼材の硬さ及びミクロ組織を調整する。以上の工程により、所望の軸受性能(摩耗、表面起点はく離寿命、転動疲労特性等)を有する軸受部品を製造する。
【0003】
軸受性能として、特に摩耗や表面起点はく離寿命の向上が要求される場合、上述の熱処理として、浸炭処理が実施される場合がある。本明細書において、浸炭処理とは、浸炭焼入れ及び焼戻し、又は、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施する処理を意味する。浸炭処理では、鋼材の表層の炭素濃度、又は、炭素濃度及び窒素濃度を高めることにより、鋼材の表層を硬化させる。
【0004】
本明細書では、浸炭処理が実施された軸受部品を浸炭軸受部品ともいう。浸炭軸受部品の軸受性能をさらに高める技術が特開平8−49057号公報(特許文献1)、特開2008−280583号公報(特許文献2)、特開平11−12684号公報(特許文献3)、特開2013−147689号公報(特許文献4)に提案されている。
【0005】
特許文献1に開示された転がり軸受は、軌道輪及び転動体の少なくとも一つが、C:0.1〜0.7重量%、Cr:0.5〜3.0重量%、Mn:0.3〜1.2重量%、Si:0.3〜1.5重量%、Mo:3重量%以下の中低炭素低合金鋼にV:0.8〜2.0重量%を含有させた鋼を素材とする。その素材を用いて形成した製品の熱処理時に浸炭又は浸炭窒化処理を施し、製品表面の炭素濃度を0.8〜1.5重量%で且つ表面のV/C濃度比が1〜2.5の関係を満たすようにする。この転がり軸受は、表面にV炭化物を析出して耐摩耗性を高めることができる、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示された肌焼鋼は、質量%でC:0.1〜0.4%、Si:0.5%以下、Mn:1.5%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:0.3〜2.5%、Mo:0.1〜2.0%、V:0.1〜2.0%、Al:0.050%以下、O:0.0015%以下、N:0.025%以下、V+Mo:0.4〜3.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有する。この肌焼鋼では、焼戻し処理後の表層C濃度が0.6〜1.2%で、表面硬さがHRC58以上64未満であり、表層に分散析出するV系炭化物のうち粒径100nm未満の微細なV系炭化物の個数割合が80%以上である。この肌焼鋼では、V系炭化物を微細分散させて水素のトラップサイトとすることにより、耐水素脆性を高めることができ、面疲労寿命を高めることができる、と特許文献2には記載されている。
【0007】
特許文献3に開示された冷間鍛造用肌焼鋼は、フェライト+パーライトの面積率が75%以上であり、フェライトの平均粒径が40μm以下であり、パーライトの平均粒径が30μm以下である。上述のミクロ組織を有することにより、この冷間鍛造用肌焼鋼は、耐摩耗性を高めることができる、と特許文献3には記載されている。
【0008】
特許文献4に開示された浸炭軸受鋼鋼材は、質量%で、C:0.05〜0.30%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Al:0.010〜0.050%、Cr:0.4〜2.0%、N:0.010〜0.025%及びO:0.0015%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。この浸炭軸受鋼鋼材では、鋼材の長手方向縦断面100mm中の最大酸化物径である√AREAmaxと、最大硫化物径である√AREAmaxの測定をそれぞれ30箇所において行い、極値統計処理を用いて算出される30000mm中における酸化物の予測最大径である予測√AREAmaxが50μm以下であり、硫化物の予測最大径である予測√AREAmaxが60μm以下である。さらに、30箇所の最大酸化物及び最大硫化物の平均アスペクト比がそれぞれ、5.0以下である。さらに、30箇所の最大酸化物の平均組成における質量%での含有量が、CaO:2.0〜20%、MgO:0〜20%及びSiO:0〜10%で、かつ残部がAlであって、CaOとAlの2元系酸化物、CaO、MgOとAlの3元系酸化物、CaO、SiOとAlの3元系酸化物及びCaO、MgO、SiOとAlの4元系酸化物のうちのいずれかからなる。さらに、30箇所の最大硫化物の平均組成における質量%での含有量が、CaS:100%のCaSの1元系硫化物、又は、CaS:1.0%以上、MgS:0〜20%で、かつ残部がMnSであって、CaSとMnSの2元系硫化物、又はCaS、MgSとMnSとの3元系硫化物からなる。介在物である酸化物及び介在物である硫化物のサイズを抑え、かつ、最大酸化物及び最大硫化物のアスペクト比を抑えることにより、転動疲労特性を高めることができる、と特許文献4には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−49057号公報
【特許文献2】特開2008−280583号公報
【特許文献3】特開平11−12684号公報
【特許文献4】特開2013−147689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、近年、衝撃環境下、貧潤滑環境下、又は高面圧条件下での軸受部品の長寿命化の要求がさらに高まっており、靭性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命のさらなる向上が求められている。鉱山機械用途や建設機械用途に適用される中型及び大型の軸受部品では特に、土砂又は岩石を含む環境で使用される。そのため、軸受部品の使用中において、土砂又は岩石の一部等が異物として軸受内に侵入する場合がある。このような異物が混入した状態においても、靱性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命の向上が求められる。
【0011】
靭性及び表面起点はく離寿命を高めるために、従来、上述のSNCMに代表される肌焼鋼に対して、浸炭処理、又は浸炭窒化処理を実施して残留オーステナイトを増加する。しかしながら、残留オーステナイトは軟質であるため、残留オーステナイトが増加すれば、耐摩耗性が低下する。
【0012】
また、特許文献1に開示された軸受部品では、V含有量が多い。そのため、粗大なV炭化物やV炭窒化物が生成し、靭性が低い場合がある。特許文献2に開示された肌焼鋼では、S含有量、P含有量に応じて、靭性が低い場合がある。特許文献3で提案された技術は、靭性や、焼入れ性に問題が生じる場合がある。特許文献4に提案された技術では、使用中に異物が混入した場合における疲労特性について検討されていない。
【0013】
本開示の目的は、焼入れ性に優れ、浸炭処理後の浸炭軸受部品が靱性及び耐摩耗性に優れ、さらに、使用中の浸炭軸受内に異物が混入した場合であっても表面起点はく離寿命に優れる、浸炭軸受部品用鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示による浸炭軸受部品用鋼材は、
質量%で、
C:0.25〜0.45%、
Si:0.15〜0.45%、
Mn:0.40〜1.50%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Cr:0.60〜2.00%、
Mo:0.10〜0.35%、
V:0.20〜0.40%、
Al:0.005〜0.100%、
Ca:0.0002〜0.0010%、
N:0.0300%以下、
O:0.0015%以下、
Ni:0〜1.00%、
B:0〜0.0050%、
Nb:0〜0.100%、及び、
Ti:0〜0.10%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有し、式(1)〜式(3)を満たす。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.75 (1)
A1/A2>0.50 (2)
2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+V>2.55 (3)
ここで、式(1)及び式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、その元素記号には「0」が代入される。式(2)中のA1は、圧延方向と平行な断面上の4mm以上の総面積の観察領域における、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。A2は、観察領域における、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。
【発明の効果】
【0015】
本開示の浸炭軸受部品用鋼材は、焼入れ性に優れ、浸炭処理後の浸炭軸受部品が靱性及び耐摩耗性に優れ、さらに、使用中の浸炭軸受内に異物が混入した場合であっても表面起点はく離寿命に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、浸炭軸受部品用鋼材からのサンプル採取位置について説明する模式図である。
図2図2は、浸炭軸受部品用鋼材中の任意の領域のSEM像の明度を複数階調で示した場合の、領域の明度と対応する明度を有する領域の面積割合との関係の一例を示す模式図である。
図3図3は、浸炭軸受部品用鋼材中の任意の領域のSEM像の一例を表す模式図である。
図4図4は、調質熱処理条件の一例を説明するヒートパターンを示す図である。
図5図5は、耐摩耗性評価試験に用いた小ローラ試験片の中間品の側面図である。
図6図6は、耐摩耗性評価試験に用いた小ローラ試験片の側面図である。
図7図7は、耐摩耗性評価試験に用いた大ローラの正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは浸炭軸受部品用鋼材の焼入れ性と、浸炭処理後の浸炭軸受部品の靱性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命とについて調査及び検討した。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0018】
(A)浸炭軸受部品用鋼材に浸炭処理を実施して製造される浸炭軸受部品の耐摩耗性を向上させるためには、浸炭軸受部品の表層に炭化物及び/又は炭窒化物等の微細な析出物を分散することが有効である。本明細書において、炭化物及び炭窒化物の総称を、「炭化物等」とも称する。浸炭軸受部品の耐摩耗性には、浸炭軸受部品の表面硬さ及び残留オーステナイト量が影響する。したがって、浸炭軸受部品の耐摩耗性の向上には、浸炭軸受部品の表層に微細なV含有炭化物等(Vを含有する炭化物等)を分散させ、かつ、表面硬さ及び残留オーステナイト量に影響を与えるV含有量、Cr含有量及びMo含有量を調整することが有効である。
【0019】
Vは炭化物及び/又は炭窒化物(つまり、炭化物等)を生成する。以下、Vを含有する炭化物等を「V炭化物等」ともいう。V含有量を高めれば、V炭化物等の生成により、浸炭処理後の浸炭軸受部品の耐摩耗性が高まる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、熱間加工性が低下して、熱間加工時(熱間圧延時又は熱間鍛造時)に割れが生じる。さらに、鋼材に未固溶の粗大なV炭化物等が残存すれば、浸炭軸受部品の芯部の靭性が低下する。さらに、粗大なV炭化物等は応力集中源となる。そのため、浸炭軸受部品が使用される環境下で、粗大なV炭化物等は疲労起点となりやすく、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下しやすくなる。
【0020】
そこで本発明者らは、粗大なV炭化物等の生成を抑制する方法を検討した。その結果、V含有量を抑えつつ、V含有量とCr含有量及びMo含有量とのバランスを調整すれば、粗大なV炭化物等の生成を抑制できることを見出した。
【0021】
V炭化物等の析出物を微細分散させるには、析出核生成サイトを増加させることが有効である。Cr、Mo及びVを複合して含有すれば、析出核生成サイトが増加する。その結果、多数のV炭化物等が生成する。しかしながら、これらのV炭化物等が熱間圧延工程の加熱工程で十分に固溶せずに鋼中に残存すれば、浸炭軸受部品に粗大なV炭化物等が存在する場合がある。この場合、粗大なV炭化物等が疲労起点となり、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。そのため、少なくとも熱間圧延工程において、V炭化物等が十分に固溶する方が好ましい。しかしながら、V含有量、Cr含有量及びMo含有量が高すぎれば、熱間圧延工程において、未固溶のV炭化物等が残存する。その結果、粗大なV炭化物等が浸炭軸受部品用鋼材中に残存してしまう。したがって、浸炭処理後の浸炭軸受部品の靱性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命を考慮して、V含有量、Cr含有量及びMo含有量を調整する必要がある。
【0022】
以上の知見を考慮して、本発明者らは、浸炭軸受部品用鋼材の化学組成が次の式(1)を満たせば、V炭化物等の適切な生成を実現でき、浸炭軸受部品の靱性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命が高まることを見出した。
【0023】
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.75 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0024】
Fn1=0.4Cr+0.4Mo+4.5Vと定義する。Fn1は析出核生成サイトの指標である。Fn1が1.20以下であれば、析出核生成サイトが不十分となり、浸炭処理後において、微細なV炭化物等の生成が不十分となる。この場合、浸炭軸受部品の耐摩耗性を十分に向上させることができない。一方、Fn1が2.75以上であれば、浸炭軸受部品用鋼材において、未固溶のV炭化物が残存する。この場合、浸炭軸受部品の靱性が低下する。この場合さらに、浸炭軸受部品において、粗大なV炭化物等が形成される場合がある。その結果、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。Fn1が1.20よりも高く、2.75未満であれば、後述の条件を満たすことを条件に、優れた靱性、優れた耐摩耗性及び優れた表面起点はく離寿命を得ることができる。
【0025】
(B)浸炭軸受部品の芯部にはさらに、高い強度が要求される。そのため、浸炭軸受部品用鋼材には、十分な焼入れ性が求められる。浸炭軸受部品用鋼材の化学組成が次の式(3)を満たせば、浸炭軸受部品が鉱山機械用途や建設機械用途に適用可能な中型部品及び大型部品であっても、十分な焼入れ性を確保でき、高強度が得られる。ここで、中型の軸受部品とはたとえば、外径が100〜300mmの軸受部品であり、大型の軸受部品とはたとえば、外径が300mm以上の軸受部品である。
2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+V>2.55 (3)
ここで、式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、その元素記号には「0」が代入される。
【0026】
(C)浸炭軸受部品が中型又は大型である場合、浸炭軸受部品は、高い強度を得るための優れた焼入れ性と共に、優れた靭性が要求される。浸炭軸受部品の組織は、焼戻しマルテンサイト組織を主とする組織である。このような組織の靭性に対しては、主に焼戻しマルテンサイト組織の強度及び下部組織に影響するC含有量、粒界脆化を招くP含有量、及び、鋼材中に内在する硫化物の量が影響する。
【0027】
そこで、本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材では、大型の軸受部品として要求される強度を得るため、C含有量を0.25%以上とする。さらに、靱性を確保するためにP含有量を0.015%以下、S含有量を0.010%以下とするのが好ましい。ただし、硫化物は浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命にも大きな影響を与える。そのため、表面起点はく離寿命も考慮して、S含有量を0.005%以下に制限する。
【0028】
(D)上述のとおり、鉱山機械用途又は建設機械用途の軸受部品は大型である。さらに、鉱山機械及び建設機械は、土砂は岩石等が鉱山機械及び建設機械に接触又は衝突する過酷な環境で使用される。したがって、土砂や岩石等の鉱山機械又は建設機械への衝突により、鉱山機械用途又は建設機械用途の軸受部品にも、衝突等の外力が加わる。さらに、鉱山機械用途又は建設機械用途の軸受では、土砂や岩石の一部が異物として軸受内に混入しやすい。したがって、鉱山機械又は建設機械用途の浸炭軸受部品には、高強度及び高靱性が求められるだけでなく、異物が混入した状態でも優れた表面起点はく離寿命が求められる。
【0029】
従前では、異物の混入を想定していない表面起点はく離寿命の検討はされているものの、異物が混入した状態での表面起点はく離寿命については検討されていない。そこで、本発明者らは、軸受内に異物が混入するような過酷な使用環境下における表面起点はく離寿命について検討を行った。
【0030】
従前では、異物の混入を考慮していなかったため、表面起点はく離寿命に対しては、粗大な介在物である粗大硫化物及び粗大酸化物が影響すると考えられてきた。そのため、たとえば、特許文献4においても、極値統計での予測最大径の酸化物及び硫化物に注目している。
【0031】
しかしながら、本発明者らの検討により、異物が混入された使用条件下では、軸受部品の局所に応力が集中するため、円相当径が50μm以上の粗大介在物に単に注目するだけでは表面起点はく離寿命が十分に改善しないことがわかった。さらなる検討の結果、異物混入下での表面起点はく離寿命には、粗大介在物だけでなく、鋼中に分散する全ての硫化物(粗大及び微細を問わない)が割れの起点となることが判明した。そして、本発明者らのさらなる検討の結果、異物混入下での表面起点はく離寿命においては、円相当径が50μm以上の粗大硫化物だけでなく、円相当径が50μm未満の微細硫化物も含めたすべて硫化物において、球状化した硫化物の割合を高めることが有効であることがわかった。
【0032】
上述の知見に基づいて、本発明者らは、鋼材中の微細硫化物(円相当径が50μm未満の硫化物)、及び、粗大硫化物(円相当径が50μm以上の硫化物)を含む、全てのサイズの硫化物の球状化について検討を行った。硫化物は通常、高温で変形しやすい。そのため、硫化物は熱間圧延時に容易に変形し、延伸する。軸受部品の異物混入下での使用環境において、延伸した硫化物は、サイズを問わず、疲労起点となり、表面起点はく離寿命を低下させる。したがって、表面起点はく離寿命を高めるには、高温における硫化物の変形抵抗を高めることが有効である。この場合、熱間圧延時に硫化物が延伸されにくく、球状を維持しやすい、そのため、異物混入下での使用環境において、硫化物が疲労起点となりにくい。硫化物にCaが固溶すれば、高温での硫化物の変形抵抗が高まる。そのため、Caが固溶した硫化物は、熱間圧延後でも球状を維持しやすく、アスペクト比(硫化物の長径/短径)が小さい。
【0033】
粗大硫化物の場合、そのほとんどが、複数の微細硫化物が凝集した複合硫化物である。したがって、Caを含有する硫化物とCaを含有しない硫化物とが凝集して複合硫化物が形成されれば、Ca含有による球状化が進みやすい。つまり、複数の硫化物が凝集して形成される粗大硫化物については、Ca含有による球状化は比較的容易に進みやすい。
【0034】
一方、サイズの小さい微細硫化物は、凝集せずに個々に存在する硫化物(複合ではない硫化物)が多数を占める。つまり、従前の浸炭軸受部品用鋼材中の微細な硫化物は、MnS単体の非Ca含有微細硫化物(Caを含有していない微細な硫化物)と、CaS単体のCa含有微細硫化物(Caを含有している微細な硫化物)とがそれぞれ独立して多数存在する。この場合、CaSからなるCa含有微細硫化物は熱間加工(熱間圧延、熱間鍛造)後であっても比較的球状を維持するものの、MnSからなるCa非含有微細硫化物は熱間加工により延伸してしまい、アスペクト比が高くなる。その結果、浸炭軸受部品において、異物混入下での使用環境での表面起点はく離寿命が低くなる。
【0035】
そこで、本発明者らは、粗大硫化物だけでなく、単体の硫化物として存在しやすい微細硫化物に対してもCaを含有できれば、鋼材中の全てのサイズの硫化物において、熱間加工後においても球状状態を維持している硫化物の比率を高めることができると考えた。そしてこの場合、浸炭軸受部品を異物混入下の環境で使用しても、表面起点はく離寿命を向上できると考えた。そこで、鋼材中の微細及び粗大な硫化物における、球状化率の向上について検討を行った。
【0036】
検討の結果、鋼材中の微細硫化物及び粗大硫化物において、Ca含有量が1mol%以上である硫化物の熱間圧延後のアスペクト比は、Ca含有量が1mol%未満の硫化物の熱間圧延後のアスペクト比よりも小さいことが判明した。さらに検討した結果、本発明者らは、浸炭軸受部品用鋼材中の硫化物が次の式(2)を満たせば、硫化物の熱間加工時の変形抵抗が高まり、その結果、異物混入下における浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が高まることを見出した。
A1/A2>0.50 (2)
ここでA1は、圧延方向と平行な断面上の4mm以上の総面積の観察領域における、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。A2は、上記観察領域における、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。
【0037】
Fn2=A1/A2と定義する。Fn2は、熱間圧延後の浸炭軸受部品用鋼材中の硫化物のうち、球状状態の硫化物の割合を示す指標である。Fn2が0.50以下であれば、熱間圧延時に硫化物が延伸し、熱間圧延後の鋼材において、硫化物全体に対する、球状状態の硫化物の割合が小さい。この場合、浸炭処理後の浸炭軸受部品を異物が混入する環境(異物混入下)で使用した場合、延伸した硫化物が疲労起点となり、表面起点はく離寿命が低下しやすい。一方、Fn2が0.50よりも大きい場合、熱間圧延後の鋼材において、硫化物全体に対する、球状状態の硫化物の割合が十分に大きい。そのため、浸炭処理後の浸炭軸受部品を異物が混入する環境(異物混入下)で使用した場合、硫化物が疲労起点となりにくく、表面起点はく離寿命が向上する。
【0038】
以上の知見に基づいて完成した、本実施形態による浸炭軸受部品用鋼材は次の[1]〜[3]のいずれかの構成を有する。
【0039】
[1]
質量%で、
C:0.25〜0.45%、
Si:0.15〜0.45%、
Mn:0.40〜1.50%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Cr:0.60〜2.00%、
Mo:0.10〜0.35%、
V:0.20〜0.40%、
Al:0.005〜0.100%、
Ca:0.0002〜0.0010%、
N:0.0300%以下、
O:0.0015%以下、
Ni:0〜1.00%、
B:0〜0.0050%、
Nb:0〜0.100%、及び、
Ti:0〜0.10%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有し、式(1)〜式(3)を満たす浸炭軸受部品用鋼材。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.75 (1)
A1/A2>0.50 (2)
2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+V>2.55 (3)
ここで、式(1)及び式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、その元素記号には「0」が代入される。式(2)中のA1は、圧延方向と平行な断面上の4mm以上の総面積の観察領域における、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。A2は、観察領域における、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。
【0040】
[2]
上記[1]に記載の浸炭軸受部品用鋼材であって、
化学組成は、
Ni:0.05〜1.0%、及び、
B:0.0003〜0.0050%からなる群から選択される1種以上を含有する、浸炭軸受部品用鋼材。
【0041】
[3]
上記[1]又は上記[2]に記載の浸炭軸受部品用鋼材であって、
化学組成は、
Nb:0.005〜0.100%、及び、
Ti:0.010〜0.100%からなる群から選択される1種以上を含有する、浸炭軸受部品用鋼材。
【0042】
以下、本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0043】
[浸炭軸受部品について]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材は、浸炭軸受部品に用いられる。浸炭軸受部品とは、浸炭処理された軸受部品を意味する。本明細書において、浸炭処理とは、浸炭焼入れ及び焼戻し、又は、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施する処理を意味する。
【0044】
軸受部品とは、軸受の部品を意味する。軸受部品はたとえば、軌道輪、転動体等である。軌道輪は内輪であっても外輪であってもよいし、軌道盤であってもよい。軌道輪は、軌道面を有する部材であれば、特に限定されない。転動体は玉でもころでもよい。ころはたとえば、円筒ころ、針状ころ、円錐ころ、球面ころ等である。
【0045】
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材は、これらの軸受部品に適用される。本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材はたとえば、棒鋼、又は、線材である。
【0046】
[化学組成]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0047】
C:0.25〜0.45%
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高め、焼入れ後の鋼材の芯部の強度及び靭性を高める。Cはさらに、浸炭処理後の浸炭軸受部品の耐摩耗性及び表面起点はく離寿命を高める。C含有量が0.25%未満であれば、これらの効果は得られない。一方、C含有量が0.45%を超えれば、鋼の靭性が低下する。したがって、C含有量は0.25〜0.45%である。C含有量の好ましい下限は0.26%であり、さらに好ましくは0.28%であり、さらに好ましくは0.33%である。C含有量の好ましい上限は0.44%であり、より好ましくは0.43%であり、さらに好ましくは0.42%である。
【0048】
Si:0.15〜0.45%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、鋼の強度を高め、浸炭処理後の浸炭軸受部品の耐摩耗性を高める。Siはさらに、鋼の焼戻し軟化抵抗を高め、浸炭軸受部品が高温で使用される際の浸炭軸受部品の軟化を抑制する。Si含有量が0.15%未満であれば、これらの効果は得られない。一方、Si含有量が0.45%を超えれば、鋼が硬くなりすぎ、切削時の工具寿命が低下する。鋼が硬くなりすぎればさらに、靭性及び熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.15〜0.45%である。Si含有量の好ましい下限は0.18%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.25%である。Si含有量の好ましい上限は0.43%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0049】
Mn:0.40〜1.50%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命を高める。Mn含有量が0.40%未満であれば、この効果は得られない。一方、Mn含有量が1.50%を超えれば、鋼が硬くなりすぎ、切削時の工具寿命が低下する。鋼が硬くなりすぎればさらに、鋼の靭性が低下する。したがって、Mn含有量は0.40〜1.50%である。Mn含有量の好ましい下限は0.45%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.58%である。Mn含有量の好ましい上限は1.30%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.10%であり、さらに好ましくは1.10%であり、さらに好ましくは0.75%である。
【0050】
P:0.015%以下
りん(P)は不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量は0%超である。Pは結晶粒界に偏析して、浸炭軸受部品の靭性及び表面起点はく離寿命を低下させる。したがって、P含有量は0.015%以下である。P含有量の好ましい上限は0.013%であり、さらに好ましくは0.012%であり、さらに好ましくは0.011%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量を極度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.001%である。
【0051】
S:0.005%以下
硫黄(S)は不可避に含有される不純物である。つまり、S含有量は0%超である。Sは硫化物を形成する。硫化物は、浸炭軸受部品の靱性を低下させる。硫化物はさらに、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命を低下させる。したがって、S含有量は0.005%以下である。S含有量の好ましい上限は0.004%であり、より好ましくは0.003%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量を極度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.001%である。
【0052】
Cr:0.60〜2.00%
クロム(Cr)は、鋼の焼入性を高める。Crはさらに、浸炭処理時にV及びMoと共に、微細なV炭化物等の生成を促進し、浸炭軸受部品の耐摩耗性を高める。Cr含有量が0.60%未満であれば、これらの効果は得られない。一方、Cr含有量が2.00%を超えれば、粗大なV炭化物等が鋼中に生成する。この場合、浸炭軸受部品の靱性及び表面起点はく離寿命が低下する。Cr含有量が2.00%を超えればさらに、熱間加工中においても粗大な炭化物等が残存し、鋼の熱間加工性及び切削性を低下する。したがって、Cr含有量は0.60〜2.00%である。Cr含有量の好ましい下限は0.70%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.85%である。Cr含有量の好ましい上限は1.90%であり、さらに好ましくは1.80%であり、さらに好ましくは1.70%である。
【0053】
Mo:0.10〜0.35%
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入性を高める。Moはさらに、浸炭処理時にV及びCrと微細な析出物を形成し、浸炭軸受部品の耐摩耗性を高める。Mo含有量が0.10%未満であれば、これらの効果は得られない。一方、Mo含有量が0.35%を超えれば、鋼の熱間加工性及び切削性が低下する。Mo含有量が0.35%を超えればさらに、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命を低下させる。また、製造コストも高くなる。したがって、Mo含有量は0.10〜0.35%である。Mo含有量の好ましい下限は0.12%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。Mo含有量の好ましい上限は0.33%であり、より好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.28%である。
【0054】
V:0.20〜0.40%
バナジウム(V)は、鋼の焼入性を高める。Vはさらに、浸炭処理時にCr及びMoと結合して微細な析出物であるV炭化物等を形成し、浸炭軸受部品の耐摩耗性を高める。V含有量が0.20%未満であれば、これらの効果は得られない。一方、Vの含有量が0.40%を超えれば、未固溶の粗大なV炭化物等が鋼中に残存する。その結果、浸炭軸受部品の靭性及び浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。粗大な炭化物等が残存した場合さらに、鋼の熱間加工性及び切削性が低下する。したがって、V含有量は0.20〜0.40%である。V含有量の好ましい下限は0.22%であり、さらに好ましくは0.24%であり、さらに好ましくは0.25%である。V含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.37%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0055】
Al:0.005〜0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満であれば、この効果は得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えれば、粗大な酸化物が生成し、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.060%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.045%である。
【0056】
Ca:0.0002〜0.0010%
カルシウム(Ca)は、硫化物中に固溶して、硫化物を球状化する。Caはさらに、高温における硫化物の変形抵抗を高め、熱間圧延時における硫化物の延伸を抑制して球状を維持する。その結果、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が高まる。Ca含有量が0.0002%未満であれば、この効果は得られない。一方、Ca含有量が0.0010%を超えれば、粗大な酸化物が生成し、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。したがって、Ca含有量は0.0002〜0.0010%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0003%であり、さらに好ましくは0.0004%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0009%であり、より好ましくは0.0008%であり、さらに好ましくは0.0007%である。
【0057】
N:0.0300%以下
窒素(N)は不可避に含有される不純物である。つまり、N含有量は0%超である。Nは鋼中に固溶して、鋼の熱間加工性を低下させる。したがって、N含有量は0.0300%以下である。N含有量の好ましい上限は0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0100%である。N含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかしながら、N含有量の過剰な低減は、製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、N含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0058】
O:0.0015%以下
酸素(O)は不可避に含有される不純物である。つまり、O含有量は0%超である。Oは酸化物を形成し、鋼の強度を低下させる。酸化物はさらに、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命を低下させる。したがって、O含有量は0.0015%以下である。Oの含有量の好ましい上限は0.0013%以下であり、さらに好ましくは0.0011%である。O含有量はなるべく低いほうが好ましい。しかしながら、O含有量の過剰な低減は、製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0059】
本発明による浸炭軸受部品用鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、上記浸炭軸受部品用鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本開示の浸炭軸受部品用鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0060】
[任意元素について]
上述の浸炭軸受部品用鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Ni及びBからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、いずれの元素も鋼の焼入れ性を高める。
【0061】
Ni:0〜1.00%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、Niは鋼の焼入れ性を高める。Niはさらに、焼入れ後の鋼の靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が1.00%を超えれば、その効果が飽和し、鋼材コストも高くなる。したがって、Ni含有量は0〜1.00%である。上記効果を有効に得るためのNi含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは、0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Ni含有量の好ましい上限は0.95%であり、より好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0062】
B:0〜0.0050%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。含有される場合、Bは焼入れ性を高める。Bはさらに、焼入れ時のオーステナイト粒界におけるPやSの偏析を抑制する。Bが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0050%を超えれば、BNが生成して鋼の靱性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.0050%である。上記効果を有効に得るためのB含有量の好ましい下限は0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。B含有量の好ましい上限は0.0030%であり、より好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0063】
上述の浸炭軸受部品用鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Nb及びTiからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、いずれの元素も結晶粒を微細化する。
【0064】
Nb:0〜0.100%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、Nbは微細な炭化物等を形成し、結晶粒を微細化する。これにより、鋼の強度が高まる。Nbが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.100%を超えれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.100%である。上記効果を有効に得るためのNb含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.030%である。Nb含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0065】
Ti:0〜0.10%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、Tiは微細な炭化物等を形成し、結晶粒を微細化する。これにより、鋼の強度が高まる。Tiが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.10%を超えれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.10%である。上記効果を有効に得るためのTi含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.02%である。Ti含有量の好ましい上限は0.09%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.075%である。
【0066】
[式(1)について]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材の化学組成はさらに、各元素が上述の範囲を満たすことを前提として、さらに、式(1)を満たす。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.75 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0067】
Fn1=0.4Cr+0.4Mo+4.5Vと定義する。Fn1は、微細な炭化物等の析出核生成サイトの指標である。Fn1が1.20以下であれば、析出核生成サイトが不十分となる。この場合、浸炭処理により、微細なV炭化物等が十分に析出しない。そのため、浸炭軸受部品の耐摩耗性が十分に得られない。一方、Fn1が2.75以上であれば、析出核生成サイトが過剰に増加する。この場合、浸炭軸受部品の耐摩耗性が高くなるものの、浸炭軸受部品用鋼材において、未固溶の炭化物等が残存する。この場合、浸炭処理後の浸炭鋼部品に粗大なV炭化物等が存在する。浸炭軸受部品内の粗大なV炭化物等は、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命及び靭性を低下する。
【0068】
Fn1が1.20超〜2.75未満であれば、浸炭軸受部品において、優れた耐摩耗性、優れた表面はく離寿命及び優れた靭性が得られる。Fn1の好ましい下限は1.30であり、さらに好ましくは1.40であり、さらに好ましくは1.50である。Fn1の好ましい上限は2.60であり、さらに好ましくは2.50であり、さらに好ましくは2.40である。
【0069】
[式(2)について]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材中の硫化物は、式(2)を満たす。
A1/A2>0.50 (2)
式(2)中のA1は、圧延方向と平行な断面上の4mm以上の総面積の観察領域における、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。A2は、上記観察領域における、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積(μm)である。ここで、圧延方向とは、浸炭軸受部品用鋼材の長手方向(軸方向)に相当する。
【0070】
Fn2=A1/A2と定義する。Fn2は、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上のサイズの硫化物のうち、球状状態の硫化物の割合(アスペクトが小さい硫化物の割合)を示す指標である。Fn2が0.50以下であれば、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上の硫化物のうち、Ca含有量が1mol%以上であるCa含有硫化物の割合が少ない。つまり、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上の硫化物のうち、Ca含有量が1mol%未満であるCa非含有硫化物の割合が多い。上述のとおり、Ca含有硫化物は熱間加工を受けても延伸しにくく、球状状態を維持する。つまり、Ca含有硫化物のアスペクト比(アスペクト比=硫化物の長径/短径)は、熱間圧延を受けても小さいまま維持される。一方、Ca非含有硫化物は熱間圧延を受けると延伸する。つまり、Ca非含有硫化物のアスペクト比は、熱間圧延を受けると大きくなる。Fn2が0.50以下である場合、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上の硫化物のうち、熱間圧延後の形状が延伸状態となるCa非含有硫化物の割合が多くなる。この場合、鉱山機械用途及び建設機械用途といった使用中の浸炭軸受内に、土砂や岩石の一部等の異物が混入する環境において、浸炭軸受部品中の粗大な硫化物だけでなく、微細な硫化物も疲労起点となり、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命を低下させる。
【0071】
Fn2が0.50を超える場合、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上の硫化物のうち、Caを含有しているCa含有硫化物の割合が十分に多い。つまり、浸炭軸受部品用鋼材中の円相当径が1μm以上の硫化物のうち、熱間圧延後においても球状状態を維持する硫化物の割合が十分に多い。そのため、浸炭軸受部品において疲労起点を少なくすることができ、その結果、異物が混入する環境において、浸炭軸受部品を使用した場合であっても、表面起点はく離寿命を十分に高めることができる。Fn2の好ましい下限は0.52であり、さらに好ましくは0.55であり、さらに好ましくは0.57であり、さらに好ましくは0.60である。
【0072】
Fn2は次の方法で求める。図1に示すとおり、浸炭軸受部品用鋼材1の圧延方向に相当する中心軸C1を含む任意の中心部から、一辺が10mmの立方体試験片10を採取する。つまり、採取された立方体試験片10は、中心軸C1を含む。この立方体試験片の6つの表面のうち、中心軸C1と平行な4つの表面S10のいずれかを被検面とする。被検面S10は、10mm×10mmの正方形である。被検面S10は、浸炭軸受部品用鋼材の中心軸C1と平行である。つまり、被検面S10は、浸炭軸受部品用鋼材1の圧延方向と平行である。立方体試験片10を樹脂埋めした後、被検面S10を被検面を鏡面研磨する。
【0073】
鏡面研磨後の被検面S10内の硫化物をSEM(走査型電子顕微鏡)により特定する。具体的には、500倍の倍率で被検面S10内の任意の観察領域を100箇所選択する。観察領域の総面積(つまり、100箇所の観察領域の総面積)は、4mm以上とする。各観察領域において、SEMで観察される反射電子像のコントラストに基づいて、硫化物を特定する。反射電子像では、観察領域がグレースケール画像で表示される。反射電子像内における母相、硫化物、酸化物のコントラストはそれぞれ異なる。
【0074】
硫化物を示す明度(複数階調)の数値範囲をSEM及びEDS(エネルギー分散型X線マイクロアナライザー)によって予め決定しておく。以下、予め硫化物を示す明度と決定された数値範囲を基準範囲という。観察領域において、明度が基準範囲内の領域を決定する。以下、明度が基準範囲内の領域を硫化物領域という。
【0075】
図2は、観察領域内のSEM像の明度分布の一例を示す模式図である。図2の横軸は明度を示す。図2の縦軸は観察領域中の対応する明度の面積割合(%)を示す。図2中の領域A1は、酸化物を示す。領域A2は硫化物を示す。領域A3はFe母相を示す。図2の場合、図2中のB1〜B2の明度範囲を基準範囲として決定する。次に、基準範囲B1〜B2の明度の領域を、観察領域から特定する。図3は、観察領域のSEM像の模式図である。図3中の領域X1〜X4は、基準範囲B1〜B2の明度を有する領域であり、この領域は硫化物に相当する。したがって、領域X1〜X3を硫化物領域として特定する。なお、図3における領域Y1〜Y3中の領域Z1〜Z3は、酸化物に相当する領域である。つまり、領域Y1〜Y3は、硫化物及び酸化物からなる複合介在物である。
【0076】
特定された各硫化物領域X1〜X4の円相当径を算出する。円相当径とは、各硫化物領域X1〜X4の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。硫化物領域X1〜X4の円相当径を算出するに際して、それぞれの硫化物領域内に存在する酸化物(図3におけるZ1〜Z3の領域)の面積は除いて算出する。100箇所の観察領域(総面積4mm以上)において、算出された円相当径が1μm以上となる硫化物領域の総面積(μm)をA2と定義する。
【0077】
次に、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積A1を次の方法で求める。上述の100箇所の観察領域(総面積4mm以上)において、円相当径が1μm以上となる各硫化物領域をEDSにより定量分析する。定量分析された各硫化物領域のうち、1mol%以上のCaを含有する硫化物の領域を特定する。
【0078】
硫化物中のCaのEDS定量分析では、半定量的な分析方法を用いる。観察領域中には、単独の硫化物が存在するだけでなく、上述のとおり、硫化物と酸化物とを含む複合介在物も存在する。
【0079】
SEM像により特定された硫化物領域が複合介在物中の硫化物である場合を想定する。この場合、硫化物を狙ってEDS装置の入射電子を入射しても、硫化物だけではなく、硫化物に隣接する酸化物にも入射電子が当る場合がある。このような場合、分析結果には硫化物だけではなく酸化物の分析値も含まれる。酸化物はCa酸化物である可能性がある。そのため、硫化物の成分分析値には実際よりも多いCaが含まれる可能性がある。そのため、次の方法により、半定量的に硫化物のCa量を算出する。
【0080】
上述の浸炭軸受部品用鋼材中の硫化物は、S以外には、実質的にMn、Ca及びFeを含む。Mn、Ca及びFeは、この順番にSと優先的に結合して、MnS、CaS及びFeSを形成する。そこで、この性質を利用して硫化物中のCa含有量を半定量分析する。半定量的方法は以下のとおりである。以下に示す含有量はmol%である。
【0081】
EDS定量分析で測定された硫化物中のS含有量とMn含有量とを比較する。S含有量がMn含有量よりも少ない場合、分析された硫化物領域には、MnSが形成されており、Caは含まれないと判断する。この場合、Mn含有量からS含有量を差し引いた差分値のMnは、酸化物に含まれていると考えられる。一方、S含有量がMn含有量よりも多い場合、S含有量からMn含有量を差し引いた差分値に相当するCaが、CaSとして硫化物領域に含まれると判断する。Ca含有量が差分値よりも多い場合、その余剰分のCaはCaOとして酸化物を形成していると判断する。なお、測定されたCa含有量が差分値よりも少ない場合、硫化物領域にはさらにFeSが形成されていると判断する。
【0082】
以上の半定量的な測定方法により、1μm以上の円相当径を有する各硫化物領域中のCa含有量を特定する。そして、1μm以上の円相当径を有し、かつ、1mol%以上のCaを含有する硫化物領域の総面積(μm)を求め、求めた総面積をA1と定義する。なお、A1を算出する場合も、硫化物領域内に存在する酸化物(図3におけるZ1〜Z3の領域)の面積は除いて算出する。
【0083】
以上の方法により定義した総面積A1及びA2を用いて、Fn2を求める。なお、硫化物の円相当径を1μm以上としたのは、上述の方法において円相当径が1μm未満の硫化物に対してEDSを用いた半定量分析により精度良く組成分析を行うことが困難であり、かつ、1μm以上の硫化物を対象としてFn2を求めれば、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命と十分な相関が得られるためである。硫化物の円相当系の上限は特に限定されないが、本実施形態の化学組成及び製造工程においては、硫化物の円相当系の最大値はたとえば、500μmであり、好ましくは200μmである。
【0084】
[式(3)について]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材の化学組成はさらに、各元素が上述の範囲を満たすことを前提として、式(3)を満たす。
2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+V>2.55 (3)
ここで、式(3)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。対応する元素が含有されていない場合、その元素記号には「0」が代入される。
【0085】
Fn3=2.7C+0.4Si+Mn+0.45Ni+0.8Cr+Mo+Vと定義する。Fn3は焼入れ性の指標である。Fn3が2.55以下であれば、焼入れ性が低い。この場合、焼入れ後の鋼材の芯部硬さが低下する。そのため、浸炭軸受部品の強度が低下する。したがって、Fn3は2.55超である。Fn3の好ましい下限は2.70であり、より好ましくは2.85であり、さらに好ましくは3.00である。
【0086】
[浸炭軸受部品用鋼材の製造方法]
上述の浸炭軸受部品用鋼材の製造方法の一例を説明する。以降に説明する浸炭軸受部品用鋼材の製造方法は、本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有する浸炭軸受部品用鋼材は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材の製造方法の好ましい一例である。本実施形態では、浸炭軸受部品用鋼材の一例として、棒鋼又は線材の製造方法を説明する。
【0087】
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材の製造方法の一例は、溶鋼を精錬し、鋳造して素材(鋳片)を製造する製鋼工程と、素材を熱間加工して浸炭軸受部品用鋼材を製造する熱間加工工程とを備える。以下、各工程について説明する。
【0088】
[製鋼工程]
製鋼工程は、精錬工程と鋳造工程とを含む。
【0089】
[精錬工程]
精錬工程では初めに、式(1)及び式(3)を満たす上記化学組成を有する溶鋼を製造する。式(1)及び式(3)を満たす上述の化学組成の溶鋼を製造できれば、精錬工程の具体的方法については特に限定されない。精錬工程はたとえば、次の方法で実施する。周知の方法で製造された溶銑に対して転炉での精錬(一次精錬)を実施する。転炉から出鋼した溶鋼に対して、周知の二次精錬を実施する。二次精錬において、成分調整の合金元素の添加を実施して、上記化学組成を満たす溶鋼を製造する。
【0090】
[鋳造工程]
精錬工程にて製造された溶鋼を連続鋳造機のタンディッシュに移す。鋳造工程では、タンディッシュ内の溶鋼温度を液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲で、12〜100分保持する。以下、タンディッシュでの溶鋼温度の保持について説明する。
【0091】
上述の式(2)を満たすためには、複数の硫化物が凝集して形成される粗大な硫化物だけでなく、凝集しにくい微細な硫化物に対しても、Caを含有させる必要がある。溶鋼中にCaOを多数存在させれば、微細な硫化物においてもCaを含有しやすい。溶鋼中のCa含有量が2〜10ppm含有されていれば、溶鋼中において多数のCaOを分散させることができる。
【0092】
さらに、溶鋼中において、Caを液相状態で存在させる。具体的には、CaをAlCaOとして存在させる。溶鋼において、AlCaOは液相で存在する。液相のAlCaO中のCaがMnSと結合することにより、Ca含有硫化物が生成しやすくなる。Ca含有硫化物の晶出温度は、Ca非含有硫化物の晶出温度よりも高温である。したがって、タンディッシュ内の溶鋼温度を溶鋼の液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲で12〜100分保持する。この場合、タンディッシュ内において、溶鋼中に液相のAlCaOが存在する状態で、Ca含有硫化物を多数生成できる。
【0093】
液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲での溶鋼温度の保持時間が12分未満である場合、Ca含有硫化物が晶出する前に、CaOが晶出してしまい、Caが固相となる。そのため、Ca含有硫化物が生成しにくく、非Ca含有硫化物が多数生成してしまう。この場合、複数の硫化物が凝集して生成する粗大な硫化物は1mol%以上のCaを含有するものの、微細な硫化物では、Caを含有していない非Ca含有微細硫化物が多数生成してしまう。そのため、Fn2が0.50以下になりやすい。
【0094】
一方、液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲での溶鋼温度の保持時間が100分を超えれば、Ca含有硫化物が生成するものの、生成したCa含有硫化物が凝集して浮上し、溶鋼の液面上のスラグに吸収されてしまう。そのため、溶鋼中のCa含有硫化物の量が少なくなる。この場合、溶鋼中のCa含有硫化物が少なくなり、かつ、溶鋼温度の低下と共にCa非含有硫化物が生成するため、Fn2が0.50以下になりやすい。
【0095】
タンディッシュ内において、液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲での溶鋼温度の保持時間を12〜100分とすれば、Ca含有硫化物を十分に生成できる。そのため、鋼材中の硫化物のうち、Ca含有硫化物の割合を多くすることができ、Fn2を0.50よりも大きくすることができる。
【0096】
液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲での溶鋼温度の保持時間の好ましい下限は15分であり、さらに好ましくは18分であり、さらに好ましくは20分である。液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲での溶鋼温度の保持時間の好ましい上限は90分であり、さらに好ましくは80分であり、さらに好ましくは70分である。
【0097】
上記化学組成の溶鋼において、液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲はたとえば、1550〜1650℃である。好ましくは、1550〜1600℃の溶鋼温度の保持時間が12〜100分である。
【0098】
なお、タンディッシュ内の溶鋼温度は、周知のタンディッシュ内加熱装置(タンディッシュヒーター)を用いて調整する。タンディッシュヒーターはたとえば、プラズマ加熱式であってもよいし、誘導加熱式であってもよい。
【0099】
タンディッシュ内で上述の温度範囲で保持された溶鋼を鋳型に注ぎ、連続鋳造法により、素材(鋳片)を製造する。素材である鋳片は、ブルーム又はビレットである。
【0100】
[熱間加工工程]
製造された素材を熱間加工して、浸炭軸受部品用鋼材(棒鋼又は線材)を製造する。熱間加工工程では通常、1又は複数回の熱間加工を実施する。複数回熱間加工を実施する場合、最初の熱間加工はたとえば、分塊圧延又は熱間鍛造を用いた圧延(粗圧延)であり、次回以降の熱間加工は、連続圧延機を用いた圧延である。連続圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。仕上げ圧延後の浸炭軸受部品用鋼材を、室温になるまで冷却する。粗圧延及び連続圧延機を用いた圧延により、ビレットを製造し、その後、そのビレットを再加熱して、連続圧延機を用いた圧延をさらに実施して、所望のサイズの棒鋼又は線材を製造してもよい。
【0101】
以上の工程により、本実施の形態による浸炭軸受部品用鋼材を製造する。なお、熱間加工工程後の鋼材に対して、必要に応じて、焼準処理や球状化焼鈍処理を実施して、浸炭軸受部品用鋼材を製造してもよい。
【0102】
[浸炭軸受部品の製造方法]
本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材を用いた浸炭軸受部品の製造方法の一例は次のとおりである。
【0103】
浸炭軸受部品用鋼材に対して熱間鍛造を実施して、中間品を製造する。中間品に対して機械加工を実施する。機械加工はたとえば、切削加工である。熱間鍛造後の中間品に対してさらに、冷間鍛造を実施して中間品を製造してもよい。
【0104】
機械加工後の中間品に対して、浸炭処理を実施する。浸炭処理は周知の条件で実施すればよい。浸炭処理はガス浸炭処理であってもよいし、真空浸炭処理であってもよいし、プラズマ浸炭処理であってもよい。浸炭処理は、浸炭工程と、焼入れ工程とを含む。浸炭工程では、中間品を浸炭温度で所定時間保持する。浸炭温度はAc3変態点以上であり、たとえば850〜1100℃である。たとえば、ガス浸炭処理における浸炭工程では、キャリアガスとして吸熱型変成ガス(RXガス)を炉内に装入する。RXガスは、ブタン、プロパン等の炭化水素ガスを空気と混合させ、加熱されたNi触媒を通過させて反応させたガスであり、CO、H2、N2等を含む混合ガスである。ガス浸炭処理における浸炭工程ではさらに、ブタン、プロパン等の炭酸水素ガスであるエンリッチガスを炉内に装入する。浸炭工程では、目標とする表面炭素濃度に応じてエンリッチガス量を制御し、目標とする浸炭深さに応じて浸炭工程の保持時間を調整する。浸炭軸受部品の表面における炭素濃度はたとえば、0.6〜0.8%である。浸炭工程での保持時間はたとえば2〜15時間である。焼入れ工程は浸炭工程に引き続いて、同じ炉内で実施される。焼入れ工程では、中間品を焼入れ温度で所定時間保持する。焼入れ温度はたとえば、800〜900℃である。焼入れ温度で所定時間保持した後、中間品を急冷する。急冷方法は水冷であってもよいし、油冷であってもよい。
【0105】
焼入れ工程において中間品を上記焼入れ温度(800〜900℃)で保持しているときにさらに、アンモニアガスを炉内に流入させる窒化工程を実施してもよい。アンモニアガスの流量は目標の表面窒化濃度に応じて制御する。目標とする表面窒素濃度はたとえば、0.1〜0.6%である。
【0106】
浸炭処理後(焼入れ工程後)の中間品に対して、周知の焼戻しを実施する。焼戻し温度はたとえば、140〜250℃であり、保持時間は1〜3時間である。
【0107】
以上の工程により浸炭軸受部品が製造される。本実施形態の浸炭軸受部品用鋼材を用いて周知の浸炭処理により製造された浸炭軸受部品は、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命に優れる。
【実施例】
【0108】
表1に示す種々の化学組成を有する溶鋼を、転炉を用いて製造した。
【0109】
【表1】
【0110】
上記溶鋼を用いて連続鋳造を実施して鋳片を製造した。なお、連続鋳造時において、タンディッシュ内の液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲の溶鋼温度の保持時間τ(分)は表2に示す時間であった。
【0111】
【表2】
【0112】
製造された鋳片を加熱して分塊圧延及びその後の連続圧延を実施して、160mm×160mmのビレットを製造した。このときの鋳片の加熱温度は1000℃〜1300℃であった。さらに、製造されたビレットを再び加熱した後、熱間圧延を実施して、直径60mmの棒鋼を製造した。このときのビレットの加熱温度は1000℃〜1300℃であった。
【0113】
各試験番号の直径60mmの棒鋼の一部を切断した。浸炭軸受部品の製造工程を模擬して、切断された棒鋼に対して熱間鍛造を実施して、直径30mmの棒鋼を製造した。直径30mmの棒鋼に対して、焼準処理を実施した。具体的には、直径30mmの棒鋼を870℃で1時間保持した後、空冷した。
【0114】
直径60mmの棒鋼及び直径30mmの棒鋼に対し、球状化焼鈍処理を実施した。球状化焼鈍では、直径60mmの棒鋼及び直径30mmの棒鋼を760℃で4時間保持した後、15℃/時間で600℃まで冷却し、その後空冷した。
【0115】
球状化焼鈍処理後の棒鋼(直径60mm及び直径30mm)を用いて、次の焼入れ性評価試験、介在物評価試験及び靭性評価試験を実施して、焼入れ性、介在物及び靭性を評価した。さらに、各鋼材に浸炭処理を実施した浸炭軸受部品の耐摩耗性及び表面起点はく離寿命を評価した。
【0116】
[焼入れ性評価試験]
焼入れ性評価試験は、次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼から、フランジ付きの直径25mm、長さ100mmのジョミニー試験片を機械加工により作製した。各試験番号の試験片に対し、JIS G 0561(2011)に準拠したジョミニー試験を実施した。試験後、水冷端から試験片の長手方向に11mm位置での硬さJ11を測定した。測定された硬さJ11で焼入れ性を評価した。大型の浸炭軸受部品に適用される浸炭軸受部品用鋼材では、硬さJ11がロックウェル硬さHRCで32以上であることが望ましい。そこで、J11がロックウェル硬さHRCで32以上の場合、焼入れ性が高いと判断した(表2中で「E」)。一方、硬さJ11がロックウェル硬さHRCで32未満の場合、焼入れ性が低いと判断した(表2中で「NA」)。
【0117】
[介在物評価試験]
介在物評価試験は、次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼から、棒鋼の中心軸上の一点を中心とした、一辺が10mmの立方体試験片を機械加工により作製した。被検面は、棒鋼の長手方向(圧延方向)と平行な10mm×10mmの表面とした。試験片を樹脂埋めした後、被検面を鏡面研磨した。
【0118】
鏡面研磨後の被検面内の硫化物をSEM(走査型電子顕微鏡)により特定した。具体的には、500倍の倍率で被検面内の任意の観察領域を100箇所選択した。観察領域の総面積(つまり、100箇所の観察領域の総面積)は、4mmであった。各観察領域において、SEMで観察される反射電子像のコントラストに基づいて、硫化物を特定した。硫化物を示す明度(複数階調)の数値範囲については、SEM及びEDS(エネルギー分散型X線マイクロアナライザー)によって予め決定しておき、上述のとおり、予め硫化物を示す明度と決定された数値範囲を基準範囲とした。上述の方法により、基準範囲の明度の領域(硫化物領域)を、観察領域から特定した。特定された各硫化物領域の円相当径を上述の方法により算出した。硫化物領域の円相当径を算出するに際して、それぞれの硫化物領域内に存在する酸化物の面積は除いて算出した。100箇所の観察領域(総面積4mm)において、算出された円相当径が1μm以上となる硫化物領域の総面積(μm)をA2と定義した。
【0119】
次に、1mol%以上のCaを含有し、かつ、1μm以上の円相当径を有する硫化物の総面積A1を次の方法で求めた。上述の100箇所の観察領域(総面積4mm)において、円相当径が1μm以上となる各硫化物領域をEDSにより定量分析した。定量分析された各硫化物領域のうち、1mol%以上のCaを含有する硫化物の領域を特定した。硫化物中のCaのEDS定量分析では、上述の方法により、半定量的な分析方法を用いた。上述の半定量的な測定方法により、1μm以上の円相当径を有する各硫化物領域中のCa含有量を特定した。そして、1μm以上の円相当径を有し、かつ、1mol%以上のCaを含有する硫化物領域の総面積(μm)を求め、求めた総面積をA1と定義した。なお、A1を算出する場合も、硫化物領域内に存在する酸化物の面積は除いて算出した。求めたA1及びA2を用いて、各試験番号でのFn2(=A1/A2)を求めた。
【0120】
[靭性評価試験]
靭性評価試験を次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼に対して、図4に示すヒートパターンの調質熱処理(焼入れ及び焼戻し)を実施した。図4を参照して、具体的には、直径30mmの棒鋼を900℃で4時間保持し、その後、油焼入れを実施した(図4中「OQ」)。油焼入れ後の棒鋼に対してさらに、180℃で2時間保持する焼戻し処理を実施し、その後、空冷した(図4中「AC」)。
【0121】
上記調質熱処理を実施した棒鋼から、Vノッチを有するシャルピー試験片を作製した。シャルピー試験片の長手方向は、棒鋼の長手方向とした。各試験番号のシャルピー試験片に対して、JIS Z 2242(2009)に準拠したシャルピー衝撃試験を室温で実施した。試験によって得られた吸収エネルギーを、切欠き部の原断面積(試験前の試験片の切欠き部の断面積)で除して、衝撃値vE20(J/cm)を求めた。
【0122】
大型の浸炭軸受部品に適用される鋼材では、衝撃値vE20が15.0J/cm以上であることが望ましい。そこで、衝撃値vE20が15.0J/cm以上の場合、靭性が高いと判断した(表2中で「E」)。一方、衝撃値vE20が15.0J/cm未満の場合、靭性が低いと判断した(表2中で「NA」)。
【0123】
[耐摩耗性評価試験]
耐摩耗性評価試験を次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼から機械加工により図5に示す中間品を作製した。図5は、中間品の側面図である。図5中の数値は、中間品の各部位の寸法(mm)を示す。図5中の「φ」の横の数値は、直径(mm)を示す。
【0124】
中間品に対して浸炭処理(本実施例では浸炭焼入れ及び焼戻し)を実施した後、仕上げ加工を実施し、浸炭軸受部品を模擬した図6に示す形状の試験片(小ローラ試験片)を製造した。図6は試験片の側面図である。図6中の数値は、試験片の各部位の寸法(mm)を示す。図6中の「φ」の横の数値は、直径(mm)を示す。このとき、試験片の表面C濃度が0.8%、表面硬さがロックウェル硬さHRCで62となるように、上記浸炭処理条件を調整した。
【0125】
耐摩耗性評価試験として、各試験番号の小ローラ試験片に対し、ローラピッチング試験(2円筒転がり疲労試験)を実施した。具体的には、図7に示すとおり、直径を130mm、クラウニング半径を150mmとする大ローラを準備した。大ローラは、JIS規格のSCM420の規格を満たす化学組成を有し、一般的な製造工程、つまり、焼きならし、試験片加工、ガス浸炭炉による浸炭処理及び研磨、の工程によって製作された。小ローラ試験片の中心軸と大ローラの中心軸とが平行になるように、小ローラ試験片と大ローラとを配置した。そして、ローラピッチング試験を、次に示す条件で実施した。小ローラ試験片の中央部(直径26mmの部分)に対して、大ローラの表面を押し当てた。小ローラ試験片の回転数を1500rpmとし、接触部での小ローラ試験片と大ローラとの回転方向を同一方向とし、すべり率を−40%とした。大ローラの回転速度をV1(m/sec)、小ローラ試験片の回転速度をV2(m/sec)としたとき、すべり率(%)は、以下の式により求めた。
すべり率=(V2−V1)/V2×100
【0126】
試験中の小ローラ試験片と大ローラとの接触応力を3000MPaとした。試験中、潤滑剤(市販のオートマチックトランスミッション用オイル:ATF)を油温80℃の条件で、大ローラと小ローラ試験片との接触部分(試験部の表面)に回転方向と反対の方向から2L/minで吹き付けた。繰り返し数を2×10回までとし、繰り返し数2×10回後に試験を終了した。
【0127】
耐摩耗性評価試験後の小ローラ試験片を用いて、平均摩耗深さ(μm)、表面硬さ(HRC)、及び、表面C濃度(質量%)を次の方法で求めた。
【0128】
[平均摩耗深さ]
試験後の試験片の摺動部分の粗さを測定した。具体的には、小ローラ試験片の周面において、円周方向に90°ピッチで4箇所の位置で、粗さプロファイルを測定した。各測定箇所において、測定された粗さプロファイルでの最大の摩耗深さを、各測定箇所での摩耗深さと定義した。上記4箇所の摩耗深さの平均値を平均摩耗深さ(μm)と定義した。
【0129】
平均摩耗深さが10μm以下の場合、耐摩耗性に優れると判断した(表2中で「E」)。一方、平均摩耗深さが10μmを超える場合、耐摩耗性が低いと判断した(表2中で「NA」)。
【0130】
[表面硬さ]
試験後の小ローラ試験片の周面のうち、摺動部分以外の領域(以下、未摺動部分という)において、円周方向に対して90°ピッチで4箇所の測定位置を特定した。特定された各測定位置において、JIS Z 2245(2011)に準拠して、Cスケールを用いたロックウェル硬さ試験を実施した。各測定箇所のロックウェル硬さHRCの平均を、表面でのロックウェル硬さHRCと定義した。
【0131】
[表面C濃度]
試験後の小ローラ試験片の未摺動部分を、軸方向に対して垂直に切断した。未摺動部分を含む切断面を含む試験片を採取し、切断面に対して埋め込み研磨仕上げを行った。その後、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて、未摺動部分の表面から10μm深さまで、0.1μmピッチでC濃度を測定した。測定された値の平均値を、表面C濃度(質量%)と定義した。
【0132】
[異物混入使用環境での表面起点はく離寿命評価試験]
表面起点はく離寿命評価試験を次の方法で実施した。直径60mmの棒鋼から、直径60mm、厚さ5.5mmの円板状の粗試験片を採取した。粗試験片の厚さ(5.5mm)は、棒鋼の長手方向に相当した。
【0133】
各試験番号の粗試験片に対して、浸炭処理(本実施例では浸炭焼入れ及び焼戻し)を実施して、浸炭軸受部品を模擬した試験片を製造した。このとき、各試験片の表面C濃度が0.80%、及び表面のロックウェル硬さHRCが60となるように、浸炭処理条件を調整して浸炭処理を実施した。得られた試験片の表面をラッピング加工して、転動疲労試験片とした。各試験番号の浸炭処理後の表面C濃度(質量%)及び表面硬さHRCを表2に示す。表面C濃度及び表面硬さの測定方法は、耐摩耗性評価試験での表面C濃度及び表面硬さの測定方法と同じとした。
【0134】
スラスト型の転動疲労試験機を用いて、転動疲労試験を実施した。試験時における最大接触面圧を5.0GPaとし、繰り返し速度を1800cpm(cycle per minute)とした。試験時に使用した潤滑油には、異物として、ビッカース硬さで750(Hv)、100〜180μmの粒度に分級した高速度鋼ガスアトマイズ粉を混入した。ガスアトマイズ粉の混入量は潤滑油に対して0.02%とした。試験時に使用する鋼球として、JIS G 4805(2008)に規定されたSUJ2の調質材を用いた。
【0135】
転動疲労試験結果をワイブル確率紙上にプロットし、10%破損確率を示すL10寿命を「表面起点はく離寿命」と定義した。異物混入という過酷な使用環境下(本試験)において、L10寿命が7.0×10以上であれば、表面起点はく離寿命に優れると判断した(表2中で「E」)。一方、L10寿命が7.0×10未満であれば、表面起点はく離寿命が短いと判断した(表2中で「NA」)。
【0136】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。表2を参照して、試験番号1〜17の浸炭軸受部品用鋼材の化学組成は適切であり、式(1)及び式(3)を満たした。さらに、連続鋳造時のタンディッシュ内の液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲の溶鋼温度の保持時間τ(分)が適切であり、式(2)を満たした。そのため、これらの試験番号の浸炭軸受部品用鋼材では、焼入れ性に優れた。さらに、これらの試験番号の鋼材に対して浸炭処理を実施した、浸炭軸受部品を模擬した試験片では、耐摩耗性、表面起点はく離寿命、及び、靱性に優れた。
【0137】
一方、試験番号18では、P含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靱性が低かった。
【0138】
試験番号19では、S含有量が高すぎた。衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。さらに、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命も短かった。
【0139】
試験番号20では、C含有量が低すぎた。そのため、硬さJ11がロックウェル硬さHRCで32未満となり、焼入れ性が低かった。
【0140】
試験番号21では、C含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。
【0141】
試験番号22では、Si含有量が低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、耐摩耗性が低かった。
【0142】
試験番号23では、Si含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。
【0143】
試験番号24では、Mn含有量が低すぎた。そのため、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0144】
試験番号25では、Mn含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。
【0145】
試験番号26では、Cr含有量が低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、耐摩耗性が低かった。
【0146】
試験番号27では、Cr含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。さらに、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0147】
試験番号28では、Mo含有量が低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、耐摩耗性が低かった。
【0148】
試験番号29では、Mo含有量が高すぎた。そのため、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0149】
試験番号30では、V含有量が低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、耐摩耗性が低かった。
【0150】
試験番号31では、V含有量が高すぎた。そのため、衝撃値vE20が15.0J/cm未満となり、靭性が低かった。さらに、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0151】
試験番号32では、Fn1が低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、耐摩耗性が低かった。
【0152】
試験番号33では、Fn3が低すぎた。そのため、硬さJ11がロックウェル硬さHRCで32未満となり、焼入れ性が低かった。
【0153】
試験番号34は、Ca含有量が低すぎた。そのため、Fn2が低かった。その結果、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0154】
試験番号35は、Ca含有量が高すぎた。そのため、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が低かった。
【0155】
試験番号36は、Ca含有量が低すぎた。そのため、Fn2が低かった。その結果、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0156】
試験番号37では、S含有量が高すぎた。そのため、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0157】
試験番号38では、化学組成が式(1)及び式(3)を満たしたものの、連続鋳造時のタンディッシュ内の液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲の溶鋼温度の保持時間τ(分)が短すぎた。そのため、Fn2が式(2)を満たさなかった。その結果、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0158】
試験番号39では、化学組成が式(1)及び式(3)を満たしたものの、連続鋳造時のタンディッシュ内の液相線温度+50℃〜液相線温度+100℃の範囲の溶鋼温度の保持時間τ(分)が長すぎた。そのため、Fn2が式(2)を満たさなかった。その結果、L10寿命が7.0×10未満となり、表面起点はく離寿命が短かった。
【0159】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7