【実施例】
【0030】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0031】
1.材料と方法
(1−1)動物
精子および卵子の採取には、性成熟期に達した雄(10〜15週齢)および雌(8〜12週齢)のC57BL/6Jマウス(日本クレア)を使用した。胚移植用のレシピエントマウスおよび精管結紮雄には、成熟雄(12〜20週齢)および雌(8〜12週齢)のICRマウス(日本クレア)を用いた。飼育環境は、7時から19時までの明期、19時から7時までの暗期、室温は22±1℃、固形飼料および水は不断給与した。なお、全ての動物実験は、熊本大学動物実験指針に準じて行った。
【0032】
(1−2)保存液および培地
(i)精巣上体尾部冷蔵保存液
精巣上体尾部の冷蔵保存液は、Lifor(登録商標)保存液(Lifeblood Medical,Inc.)(以下、”Lifor”と略す)またはM2保存液(Sigma-Aldrich)を使用した。以下の実験例において、ジメチルスルフォオキサイド(DMSO)は、最終濃度が1、5、10%(v/v)になるようLiforに添加した。また、ケルセチン(以下、”Que”と略す)は、1 mg/mLとなるようにDMSOに溶解し、Queの最終濃度が1、5、100 μg/mLになるようLiforに添加した。
【0033】
(ii)精子前培養培地および体外受精培地
精子前培養培地はmodified Krebs-Ringer bicarbonate solution(TYH)よりBSAを除去したfree−TYHに、0.75 mMのメチル−β−シクロデキストリン(MBCD)および100 mg/100mLのポリビニルアルコールを添加したcTYHを使用した。また、体外受精培地には、1.0 mMの還元グルタチオン(GSH)を含有したmodified human tubal fluid(mHTF)を使用した。なお、調製した培地は、フィルター濾過(0.22 μm)により滅菌した後、4℃で保存した。
【0034】
(iii)胚培養培地
体外受精により得られた胚は、potassium simplex optimized medium(KSOM)により、胚盤胞期まで体外培養を行った。なお、調製した培地は、フィルター濾過(0.22 μm)により滅菌した後、4℃で保存した。
【0035】
(1−3)精子の回収
(i)新鮮精子
精子は、安楽死させた成熟雄マウスの精巣上体尾部から採取した。採取した精子は、100 μLのcTYHに導入し、37℃、5% CO
2のインキュベーター中で、60分間の前培養を行い、各検討に用いた。
(ii)冷蔵保存精子(精子懸濁液)
精子懸濁液の冷蔵保存には、予め冷蔵したCARD冷蔵輸送キット(九動株式会社)を使用した。精子は、安楽死させた成熟雄マウスの精巣上体尾部から採取した。採取した精子は、冷蔵保存液であるM2保存液に各種濃度のDMSOおよびQueを添加した冷蔵保存液に導入して精子懸濁液にした。その後、精子懸濁液を0.2 mLチューブに移した。続いて、ボタン温度計とともにチューブを紙箱に入れ、紙箱を魔法瓶に封入した後に、保冷剤と共に発泡スチロールの箱に梱包した。保存容器は、使用するまで冷蔵庫内(4℃)で保存した(3日間)。保存後、精子懸濁液を回収し、遠心処理(600g、4℃、5分)によって冷蔵保存液を除去した。その後、100 μLの精子前培養培地中に精子を導入した。導入した精子は、インキュベーター中で、37℃、5% CO
2にて、60分間の前培養を行い、各検討に用いた。
【0036】
(ii)冷蔵保存精子(精巣上体尾部)
精巣上体尾部の保存は、竹尾らの方法に従って行った(非特許文献1)。精巣上体尾部の冷蔵保存には、予め冷蔵したCARD冷蔵輸送キット(九動株式会社)を使用した。精巣上体尾部の保存は、まず、安楽死させた成熟雄マウスから精巣上体尾部を採取し、冷蔵保存液であるLiforまたはM2保存液に各種濃度のDMSOおよびQueを添加した冷蔵保存液で満たした0.2 mLチューブに精巣上体尾部を移した。続いて、ボタン温度計とともにチューブを紙箱に入れ、紙箱を魔法瓶に封入した後に、保冷剤と共に発泡スチロールの箱に梱包した。保存容器は、使用するまで冷蔵庫内(4℃)で保存した(〜7日間)。保存後、精巣上体尾部を回収し、100 μLの精子前培養培地中に精子を採取した。採精後、インキュベーター中で、37℃、5% CO
2にて、60分間の前培養を行い、各検討に用いた。保存0日は、成熟雄マウスから採取した精巣上体尾部から、精子前培養培地中に精子を採取して用いた。
【0037】
(1−4)精子運動能の評価
前培養した精子をmHTFにより希釈し、専用チャンバー(Hamilton Thorne, Inc.)に精子を導入した。その後、HTM−IVOS(Hamilton Thorne, Inc.)にセットし、精子運動能を解析した。運動能を持つ精子(Motile sperm)の割合(%)は、精子全体数のうち、1秒間に5 μm 以上動いた精子の割合を示した。前進運動能を持つ精子(Progressive motile sperm)の割合(%)は、精子全体数のうち、精子進行方向性速度の平均値(Path Velocity)が50 μm/秒 以上であり、かつ直線性(Straightness)が50 % 以上である精子の割合を示した。
【0038】
(1−5)卵子の回収
過排卵処理のため、成熟雌マウスに、7.5 IU pregnant mare serum gonadotropin(PMSG)を腹腔内投与し、48時間後に7.5 IU human chorionic gonadotropin(hCG)を腹腔内投与した。hCG投与後14〜17時間後に、過排卵処理した雌マウスを安楽死させ、採取した卵管膨大部から、卵子卵丘細胞複合体を、パラフィンオイルで被覆した200 μLの1.0 mM 還元グルタチオン(GSH)含有mHTF(体外受精培地)に導入した。導入後、インキュベーター中で、37℃、5% CO
2にて、30〜60分間の前培養を行った。
【0039】
(1−6)体外受精、胚培養および胚移植
体外受精、胚培養および胚移植は、常法に従い行った。
【0040】
(1−7)統計解析
実験結果は、Statcel3を用いて分散分析を行い、有意差が認められた場合に限り、TukeyまたはDunnettの方法により各群間の有意差検定を行った。有意水準 P<0.05のとき、その結果に有意に差があると判定した。
【0041】
2.実験例
(2−1)実験例1:精子の運動能に対するDMSOまたはQueの影響
精巣上体尾部の冷蔵保存におけるDMSOまたはQueの精子の運動能に及ぼす影響を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、各種濃度(5、10%)のDMSO含有Lifor、あるいは各種濃度(50、100μg/mL)のQueおよび各種濃度(5、10%)のDMSO含有Lifor中において4日間あるいは7日間冷蔵保存した。その後、精子を、0.75 mM メチル−β−シクロデキストリン(MBCD)含有free−TYH(cTYH)で60分間前培養した。続いて、前培養した精子をmHTFにより希釈し、HTM−IVOSにて精子運動能を解析した。結果を
図1に示す。
運動能を持つ精子の割合および前進運動能を持つ精子の割合が、DMSOの添加により顕著に向上した。また、DMSOに加えてQueを添加することにより、それらの向上がより顕著になった。
【0042】
(2−2)実験例2:精子の受精能に対するDMSOまたはQueの影響
精巣上体尾部の冷蔵保存におけるDMSOまたはQueの精子の受精能に及ぼす影響を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、各種濃度(1、5、10%)のDMSO含有Lifor、あるいは各種濃度(10、50、100μg/mL)のQueおよび各種濃度(1、5、10%)のDMSO含有Lifor中において7日間冷蔵保存した。その後、精子を、cTYHで60分間前培養した。続いて、卵子を回収した1.0 mM GSH含有mHTFに精子を導入し、体外受精を行った。受精率(Fertilization rate)は次式にて算出した。Fertilization rate (%)=二細胞期胚数/供試卵子数× 100。結果を
図2に示す。
受精能を持つ精子の割合がDMSOの添加により顕著に向上した。また、DMSOに加えてさらにQueを添加することにより、向上がより顕著になった。
また、DMSO含有Lifor、またはDMSO+Que含有Liforにて冷蔵保存を行った精巣上体尾部から採取した精子を用いた体外受精を行ったところ、いずれの場合も体外受精により得られた二細胞期胚は、正常な産子へ発生した。
【0043】
(2−3)実験例3:精子の運動能に対するDMSOの影響
DMSOが冷蔵保存精子の運動能に及ぼす影響を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、10%のDMSO含有Lifor中において0、1、2、3、4、5、6、7日間冷蔵保存しした。その後、精子を、cTYHで60分間前培養した。続いて、前培養した精子をmHTFにより希釈し、HTM−IVOSにて精子運動能を解析した。結果を
図3に示す。
DMSOの添加により、7日間まで、冷蔵保存した精子において、運動能を持つ精子の割合および前進運動能を持つ精子の割合が、0日間保存精子(新鮮精子)と同等に維持された。
【0044】
(2−4)実験例4:精子の運動能に対するQueの影響
Queが冷蔵保存精子の運動能に及ぼす影響を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、10%のDMSOおよび100μg/mLのQue含有Lifor中において0、1、2、3、4、5、6、7日間冷蔵保存しした。その後、精子を、cTYHで60分間前培養した。続いて、前培養した精子をmHTFにより希釈し、HTM−IVOSにて精子運動能を解析した。結果を
図4に示す。
DMSO+Queの添加により、7日間まで、冷蔵保存した精子において、運動能を持つ精子の割合および前進運動能を持つ精子の割合が、0日間保存精子(新鮮精子)と同等に維持された。
【0045】
(2−5)実験例5:精子の受精能に対するDMSOまたはQueの影響
DMSO、またはDMSOおよびQueを含有するLiforで0〜7日間冷蔵保存した精巣上体尾部から採取した精子の受精能を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、10%のDMSOを含有するLifor、10%のDMSO+100μg/mLのQueを含有するLifor中において0、1、2、3、4、5、6、7日間冷蔵保存した。その後、精子をcTYHで60分間前培養した。続いて、卵子を回収した1.0 mM GSH含有mHTFに精子を導入し、体外受精を行った。なお、受精率(Fertilization rate)は次式にて算出した。Fertilization rate (%)=二細胞期胚数/供試卵子数 × 100(n=3〜5)。結果を
図5に示す。
DMSOの添加により、5日間まで冷蔵保存した精子において、0日間保存精子(新鮮精子)と同等の受精率を維持した。また、DMSO+Queの添加により、7日間まで冷蔵保存した精子において、新鮮精子と同等の受精率を維持した。
【0046】
(2−6)実験例6:本発明の冷蔵保存液を用いた輸送
本発明の冷蔵保存液および方法を用い、旭川医科大学より熊本大学へ国内冷蔵輸送試験を行った。
安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部を、Lifor、10%のDMSOおよび100μg/mLのQue含有Lifor中においてCARD冷蔵輸送キットを用いて冷蔵保存し、旭川医科大学より熊本大学へ冷蔵輸送を行った。輸送キットの内部に設置した温度計の測定結果を
図6に示す。輸送を開始した時間を0とし、精子を回収した時間まで温度を測定した。保存温度は14℃から漸次低下し、5.5℃で一定となった。
【0047】
次いで、冷蔵輸送された精巣上体尾部から精子を回収し、cTYHで60分間前培養した。なお、冷蔵保存開始から精子回収までの保存時間は7日間であった。続いて、前培養した精子をmHTFにより希釈し、HTM−IVOSにて精子運動能を解析した。結果を
図7に示す。
Que含有Liforを用いて冷蔵保存した場合は、Liforのみの場合に比べて、運動能を持つ精子の割合および前進運動能を持つ精子の割合が著しく向上した。
続いて、冷蔵輸送した精巣上体尾部から回収した精子を用いて受精能を確認した。卵子を回収した1.0 mM GSH含有mHTFに精子を導入し、体外受精を行った。受精率(Fertilization rate)は、以下により算出した。Fertilization rate(%)=二細胞期胚数/供試卵子数×100(n=3)。
Que含有Liforを用いて冷蔵保存した場合は、Liforのみの場合に比べて、精子の受精率が著しく向上した。
また、Que含有Liforにて冷蔵保存を行った精巣上体尾部から採取した精子を用いた体外受精を行ったところ、体外受精により得られた二細胞期胚は、正常な産子へ発生した。
【0048】
(2−7)実験例7:M2保存液を用いた冷蔵保存
実施例1と同様にして、DMSOまたはDMSO+Queを含有するM2保存液で冷蔵保存した場合の精子の運動能を確認した。M2保存液、10%のDMSO含有M2保存液(M2−DMSO)、あるいは10%のDMSOおよび100μg/mLのQueを含有するM2保存液(M2−DMSO+Q)、のそれぞれを用いて4日間冷蔵保存を行ったのち、精子の運動能を測定した。結果を
図9に示す。
M2保存液を用いた場合でも、受精能を持つ精子の割合が、DMSOの添加あるいはDMSO+Queの添加により顕著に向上した。
【0049】
(2−8)実験例8:精子懸濁液の冷蔵保存
精子懸濁液の冷蔵保存におけるDMSOまたはQueの精子の運動能に及ぼす影響を検討した。安楽死させた雄マウスから採取した精巣上体尾部から回収した精子の懸濁液を、M2保存液、各種濃度(1、5、10%)のDMSO含有M2保存液、あるいは各種濃度(10、50、100μg/mL)のQueおよび各種濃度(1、5、10%)のDMSO含有M2保存液中において3日間冷蔵保存した。その後、精子を、cTYHで60分間前培養した。続いて、前培養した精子をmHTFにより希釈し、HTM−IVOSにて精子運動能を解析した。結果を
図10に示す。
運動能を持つ精子の割合および前進運動能を持つ精子の割合が、5%のDMSOの添加により顕著に向上した。また、1%のDMSO+10μg/mLのQueを組み合わせて添加することにより、同様に運動能を持つ精子の割合が顕著に向上した。
【0050】
上記の記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。