特許第6859869号(P6859869)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6859869
(24)【登録日】2021年3月30日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】X線応力測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/25 20060101AFI20210405BHJP
   G01L 1/00 20060101ALI20210405BHJP
   G01N 23/207 20180101ALI20210405BHJP
【FI】
   G01L1/25
   G01L1/00 A
   G01N23/207
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-123264(P2017-123264)
(22)【出願日】2017年6月23日
(65)【公開番号】特開2019-7822(P2019-7822A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2019年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡本 康之
(72)【発明者】
【氏名】小柳 和夫
【審査官】 公文代 康祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−276040(JP,A)
【文献】 特開2014−013183(JP,A)
【文献】 特開2000−275113(JP,A)
【文献】 特開平05−273056(JP,A)
【文献】 米国特許第05148458(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 1/00
G01L 1/25
G01N 23/207
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多結晶体からなる試料に対してX線を照射したときに生じる回折現象を利用して該試料の応力を測定するX線応力測定装置であって、
料保持部と、
試料保持部に保持された試料にX線を照射するX線照射部と、
定の方向に一次元に配列された複数のX線検出素子を備え、前記X線照射部から前記試料に照射されたX線が前記試料において所定の角度範囲で回折されたX線である回折X線の強度を検出するX線検出部と、
前記試料保持部に保持された試料が無応力状態であるとき、該試料に対して入射するX線である入射X線と該試料の表面のなす角度がブラッグの式を満たす角度θとなり、且つ、前記試料から出射する出射X線のうち前記入射X線の延長線とのなす角度が2θとなる出射X線が前記X線検出部の中央のX線検出素子に入射するように、前記試料保持部、前記X線照射部及び前記X線検出部を配置して、前記X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値から仮の回折角2θψ0を求める第1測定部と、
前記第1測定部が仮の回折角2θψ0を求めたときの前記X線照射部と前記X線検出部の位置関係を保ちつつ、前記入射X線と前記試料の表面とのなす角度がθ+ψnとなるように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部の少なくとも一方を回動させて、前記X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値から仮の回折角2θψnを求める第2測定部と、
前記仮の回折角2θψ0と角度0°の組、及び前記仮の回折角2θψnと前記角度ψnの組から特定されるsinψを変数とする回折角2θψの関数を用いて角度0°から角度ψまでの角度ψ〜ψn−1における仮の回折角2θψ1〜2θψn−1をそれぞれ求める回折角算出部と、
前記X線検出部を、仮の回折角2θψ1〜2θψn−1となる出射X線が前記X線検出部の中央のX線検出素子に入射するように配置し、前記入射X線と前記試料の表面とのなす角度がθ+ψ〜θ+ψn−1となるように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部の少なくとも一方を順に回動させて該X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値からピークトップ位置を求め、これを角度ψ〜ψn−1における真の回折角2θψ1〜2θψn−1として特定されるsinψを変数とする回折角2θψの関数から前記試料の応力値を求める応力算出部とを備え、
前記θ+ψ〜θ+ψn−1の角度で前記X線照射部から前記試料にX線を入射したときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値に対し、前記X線検出部の測定角度範囲の端部に位置する前記X線検出素子の検出値から求められるベースラインを差し引く減算処理を行うことにより、前記ピークトップ位置を求めることを特徴とするX線応力測定装置。
【請求項2】
前記第1測定部及び前記第2測定部が、前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値を縦軸、各X線検出素子に入射する回折X線の回折角を横軸とするグラフを作成し、該グラフをプロファイルフィッティング処理することにより、前記ピークトップ位置を求めることを特徴とする請求項1に記載のX線応力測定装置。
【請求項3】
前記第1測定部及び前記第2測定部が、前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値を縦軸、各X線検出素子に入射する回折X線の回折角度を横軸とするグラフを作成し、該グラフにおけるベースラインを求め、これを前記グラフから差し引く減算処理を行った残りのグラフ波形を正規化してピークトップ位置を求めることを特徴とする請求項1に記載のX線応力測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線回折現象を利用して金属等の試料の応力を測定するX線応力測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
多結晶体から成る試料の残留応力を測定する方法の一つに、該試料にX線を照射し、そのときに生じるX線の回折現象を利用した方法がある(非特許文献1)。この方法(以下、X線応力測定方法という。)の測定原理を図1を参照して説明する。多結晶体は多数の結晶粒(単結晶)から構成される物質であるが、図1では説明の便宜上、試料表面部に存在する、試料面と直交する格子面を有する結晶粒を代表して描いている。また、図1は試料表面の法線と測定する応力の方向が作る面Z−O−X内における結晶粒の格子面の法線OP方向の歪みを測定している状況を示す。なお、図1において角度ψは試料面の法線(OZ)と格子面の法線OPがなす角度を、角度θは入射X線と格子面がなす角度を、角度ψは試料面の法線と入射X線がなす角度(これを「入射角」という)を、角度ηは格子面の法線OPと入射X線がなす角度、及び格子面の法線OPと回折X線がなす角度を表している。角度ηは当該結晶粒の格子面に対するX線の入射角に相当する。また、入射X線の延長線と回折X線がなす角度は2θとなる。
【0003】
格子面が試料表面と平行な結晶粒(つまり角度ψ=0°)に対して波長がλであるX線が入射する場合を考えると、入射X線と格子面のなす角度θがブラッグの式(2dsinθ=nλ、dは格子面の間隔、nは整数)を満たすときに回折X線の強度が最大となる。従って、角度θを順次変化させながらX線を試料に向けて照射したときの、入射X線の延長線とのなす角度が2θの方向に出射する回折X線の強度を測定し、角度2θとX線強度の関係を求めると、図2(a)に示すような回折X線の強度分布曲線が得られる。この回折X線強度分布曲線において強度が最大となる角度2θ(の角度θ)は上述のブラッグの式を満たす角度であり、このときの角度2θを回折角(詳細には角度ψ=0°のときの回折角)という。
【0004】
上述の現象は、図1に示すように試料面に対して角度ψだけ格子面が傾いた結晶粒にX線が入射する場合も同様であり、この場合は、角度ψ=0°のときよりも角度ψだけ傾けてX線を試料に照射することで、図2(a)と同様の回折X線強度分布曲線を得ることができる。X線回折強度曲線において強度が最大となる角度2θは角度ψ毎に異なる。X線の照射領域の中には多数の結晶粒が存在し、それら結晶粒の格子面の傾きは様々であるから、角度ψを順次変化させながらX線回折強度曲線を得ることにより、角度ψ毎に強度が最大となる角度2θ、つまり、回折角を求めることができる。以下、角度ψにおける回折角を2θψと表す。
【0005】
回折角2θψは結晶粒の格子面の間隔dに依存し、格子面の間隔dが大きいほど回折角θψは小さくなる。また、試料に引張応力が作用するとき、角度ψが大きい結晶粒ほど格子面の間隔dが広がり、引張応力が大きいほどその広がりも大きくなる。そこで、X線応力測定では、角度ψ毎の回折角2θψを求め、これから試料の残留応力を推定する。具体的には、角度ψ毎に求めた回折角2θψを、回折角2θψとsinψとの関係を示す2θ−sinψ線図(図2(b)参照)上にプロットし、各点を結ぶ直線を表す式を最小二乗法により求め、その係数(直線の勾配)から応力を算出する。例えば、直線を表す式がY=A+M*Xであるとき、応力値σは以下の式(1)から求められる。式中、Kは応力定数を表す。
σ=K*M ・・・(1)
【0006】
従来のX線応力測定方法では、図3に示すような装置(X線応力測定装置)を用いて試料にX線を照射し、そのときに生じる回折X線の強度を測定し、これから回折X線強度分布曲線を求めている。X線応力測定装置では、X線管10及び照射側スリット11はゴニオメータ17の外周部に固定され、試料Sはその表面がゴニオメータ17の中心になるように設置されている。X線管10から出射されたX線は、照射側スリット11を経て試料ホルダ13上に載置された試料Sに照射される。試料Sにより回折されたX線は出射側スリット15を経てX線検出部16に導入される。通常、X線検出部16にはシンチレーション管又はガスが封入された比例計数管が用いられ、入射したX線強度に応じた検出信号が得られる。
【0007】
回折X線をX線検出部16で検出するためには、入射X線と試料Sの表面(格子面)がなす角度θと、試料Sの表面と該試料SからX線検出部16に向かうX線がなす角度θが常に等しくなる関係を保ちながら角度θを所定の角度範囲で走査する必要がある。そのため、ゴニオメータ17は、試料ホルダ13の保持部(ゴニオメータ17の内周部)とX線検出部16及び出射側スリット15とが同軸で且つ異なる駆動軸を有し、それら駆動軸がそれぞれθ:2θ、つまり1:2の比で以て回転駆動されるようになっている。
【0008】
従来は、ゴニオメータ17を利用して試料ホルダ13及びX線検出部16を機械的に駆動することにより、角度ψ毎にX線の角度θを順次変化させつつ回折X線強度を測定し、その結果に基づき回折角を求めていたため、試料Sに作用している応力を求めるまでに時間がかかっていた。
【0009】
これに対して、回折X線の検出器として位置敏感型検出器(PSD:Position Sensitive Detector)を用いて応力を測定する方法がある。PSDは、或る範囲内の回折角度のX線強度を同時に測定することができるため、角度θの走査が不要となり、応力測定にかかる時間を短縮することができる(特許文献1)。
【0010】
しかしながら、PSDを用いた従来の方法には次のような問題があった。
X線応力測定方法の対象となる試料の材料は様々であり、例えば鉄系材料から成る試料の場合、残留応力が高くなると回折X線強度分布曲線に現れるピークの半値幅が大きくなることが知られている。具体的には、α鉄ではその(211)面に特性X線であるCr-Kα線を照射したときに得られる回折X線強度分布曲線のピーク(ピーク位置2θ=約156deg)の半値幅は8〜9degに達する場合がある。これに対して、PSDの測定角度範囲はせいぜい18deg程度(ゴニオメータの半径が200mmの場合)であり、α鉄のような試料では回折X線強度分布曲線のピークがPSDの測定角度範囲に収まらない(図4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001-324392号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】X線応力測定法標準(2002年版)=鉄鋼編=、発行 社団法人 日本材料学会、企画 社団法人 日本材料学会X線材料強度部門委員会、JSMD-SD-5-02
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
回折X線強度分布曲線において強度が最大となる位置(つまりピークトップの位置)は、通常、ピーク波形の両側の部分を超えるバックグラウンドの範囲まで測定し、ピーク波形の両側の端部を特定した上でこれら端部を結ぶ直線をベースラインとし、これをピーク波形から差し引く減算処理を行った後、残りの波形を正規化して求めている。ところが、上述したようにPSDの測定角度範囲は狭く、ピーク波形の両端部を超える角度範囲のX線強度を測定することができない。そのため、便宜上、測定角度範囲におけるピーク波形の両端部を結ぶ直線をベースラインとみなして減算処理を行い、ピークトップの位置を求めている。
【0014】
図4に示すようにピークトップの位置がPSDの測定角度範囲のほぼ中央にあるような曲線Aの場合は、上記方法でベースラインとみなした直線(一点鎖線)の傾きは本来のベースラインと大きく異なることはない。しかし、ピークトップの位置がPSDの測定角度範囲の中央から外れているときは、ベースラインとみなした直線の傾きが本来のベースラインの傾きと異なるため、該ベースラインをピーク波形から差し引いた後の波形から求められるピークトップの位置が本来の位置からずれてしまう。ピークトップの位置ずれは2θ−sinψ線図の傾きの変化に繋がるため、応力値を正しく求めることができないという問題があった。
【0015】
本発明が解決しようとする課題は、試料の応力値の測定にかかる時間を短縮することができ、且つ、X線応力測定の対象となる試料の材料の種類に関係なく、試料の応力値を正確に求めることである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために成された本発明は、多結晶体からなる試料に対してX線を照射したときに生じる回折現象を利用して該試料の応力を測定するX線応力測定装置であって、
a)試料保持部と、
b)該試料保持部に保持された試料にX線を照射するX線照射部と、
c)所定の方向に一次元に配列された複数のX線検出素子を備え、前記X線照射部から前記試料に照射されたX線が前記試料において所定の角度範囲で回折されたX線である回折X線の強度を検出するX線検出部と、
d)前記試料保持部に保持された試料の表面に入射するX線と該表面とのなす角度と、前記試料で回折して前記X線検出部に向かう回折X線と該表面とのなす角度が所定の関係を保つように、前記X線照射部、前記X線検出部及び前記試料保持部をそれぞれ回動させる回動部と、
e)前記X線照射部及び前記X線検出部の位置関係を保ちつつ、前記試料保持部に保持された試料の表面に入射するX線と該表面とのなす角度が変化するように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部のいずれか一方を回動させて該試料の応力値を測定する応力測定部と
を備えることを特徴とする。
【0017】
本発明では、X線検出部が所定の方向に一元的に配置された多数のX線検出素子を備えているため、試料に入射し、該試料中の結晶粒において所定の角度範囲で回折したX線の強度を同時に検出することができる。このため、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部のいずれか一方を回動させるだけで試料の応力値を測定することができ、応力測定の時間を短縮できる。
【0018】
また、本発明においては、前記応力測定部が、
f)前記試料保持部に保持された試料が無応力状態であるとき、該試料に対して入射するX線である入射X線と該試料の表面のなす角度がブラッグの式を満たす角度θとなり、且つ、前記試料から出射する出射X線のうち前記入射X線の延長線とのなす角度が2θとなる出射X線が前記X線検出部の中央のX線検出素子に入射するように、前記試料保持部、前記X線照射部及び前記X線検出部を配置して、前記X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値から仮の回折角2θψ0を求める第1測定部と、
g)前記第1測定部が仮の回折角2θψ0を求めたときの前記X線照射部と前記X線検出部の位置関係を保ちつつ、前記入射X線と前記試料の表面とのなす角度がθ+ψnとなるように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部の少なくとも一方を回動させて、前記X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値から仮の回折角2θψnを求める第2測定部と、
h)前記仮の回折角2θψ0と角度0°の組、及び前記仮の回折角2θψnと前記角度ψnの組から仮の2θ−sinψ線図を作成して、同図における角度0°から角度ψまでの角度ψ〜ψn−1における仮の回折角2θψ1〜2θψn−1をそれぞれ求める回折角算出部と、
i)前記第1測定部が仮の回折角2θψ0を求めたときの前記X線照射部と前記X線検出部の位置関係を保ちつつ、前記入射X線と前記試料の表面とのなす角度がθ+ψ〜θ+ψn−1となるように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部の少なくとも一方を順に回動させて該X線照射部から前記試料にX線を入射させ、そのときの前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値からピークトップ位置を求め、これを角度ψ〜ψn−1における真の回折角2θψ1〜2θψn−1として真の2θ−sinψ線図を作成し、この真の2θ−sinψ線図から前記試料の応力値を求める応力算出部と
を備えることが好ましい。
【0019】
本発明においては、sinψ線図の直線性を確かめるため、角度ψとして50°を選択することが好ましい。この場合、角度ψ〜ψnー1としては、0°から50°までの任意の複数の角度が選択される。角度ψ〜ψnー1として設定される角度は、角度ψ〜ψnー1の角度範囲を等分割した複数の角度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0020】
上記構成においては、第1測定部及び第2測定部は、試料保持部に保持された試料中の結晶粒のうち角度ψが0°(=ψ)、つまり試料の表面と格子面が平行な結晶粒と、試料の表面に対して格子面が角度ψ傾いている結晶粒に、それぞれX線がブラッグの式を満たす条件で入射したときの回折角2θψ0と2θψnを仮の回折角として求める。そして、回折角算出部はこのようにして求めた仮の回折角から2θ−sinψ線図を作成し、これから角度0°と角度ψの間の角度ψ〜ψn−1における仮の回折角度2θψ1〜2θψn−1をそれぞれ求める。
【0021】
次に、応力算出部は、第1測定部が仮の回折角2θψ0を求めたときの前記X線照射部と前記X線検出部の位置関係を保ちつつ、前記入射X線と前記試料の表面とのなす角度がθ+ψ〜θ+ψn−1となるように、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部の少なくとも一方を順に回動させて該X線照射部から前記試料にX線を入射させる。そして、そのときのX線検出部の複数のX線検出素子の検出値からピークトップ位置を求める。本発明では、予め角度ψ〜ψn−1における仮の回折角度2θψ1〜2θψn−1を求めているため、ピークトップ位置がX線検出部の測定角度範囲のほぼ中央となり、正確なピークトップ位置を求めることができる。
【0022】
本発明において、前記応力算出部は、前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値を縦軸、各X線検出素子に入射する回折X線の角度を横軸とするグラフを作成し、該グラフをプロファイルフィッティング処理することにより、前記ピークトップ位置を求めることができる。プロファイルフィッティング処理に用いる手法としては、最小二乗法の計算法の一種であるレーベンバーグ・マルカート法(Levenberg-Marquardt法)が挙げられる。また、プロファイルフィッティング処理に用いる関数には、例えばガウス関数、ローレンツ関数、又はこれらの組み合わせ等を用いることができる。
【0023】
また、本発明において、前記応力算出部が、前記X線検出部の複数のX線検出素子の検出値を縦軸、各X線検出素子に入射する回折X線の回折角度を横軸とするグラフを作成し、該グラフにおけるベースラインを求め、これを前記グラフから差し引く減算処理を行った残りのグラフ波形を正規化してピークトップ位置を求めるようにしても良い。上述したように、本発明では、ピークトップ位置がX線検出部の測定角度範囲のほぼ中央となるため、ベースラインを差し引く減算処理によっても、正確なピークトップ位置を求めることができる
【発明の効果】
【0024】
本発明に係るX線応力測定装置によれば、X線検出部として所定の方向に一元的に配置された多数のX線検出素子を備えた検出器を採用したため、試料に入射し、該試料中の結晶粒において所定の角度範囲で回折したX線の強度を同時に検出することができる。このため、前記X線照射部及び前記X線検出部と前記試料保持部のいずれか一方を回動させるだけで試料の応力値を測定することができ、応力測定の時間を短縮できる。また、角度ψ〜ψn−1における仮の回折角度2θψ1〜2θψn−1を求め、これに基づいてX線照射部とX線検出部の配置を決めるため、ピークトップ位置がX線検出部の測定角度範囲の中央から大きく外れることを回避できる。このため、X線応力測定の対象となる試料材料の種類に関係なく、正確なピークトップ位置を求めることができるため、試料に作用する応力値を正確に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】X線応力測定の原理説明図。
図2】(a)はX線回折強度曲線、(b)は2θ−sinψ線図。
図3】従来のX線応力測定装置の概略構成図。
図4】従来のX線応力測定装置で得られる回折X線強度分布曲線の例を示す図。
図5】本発明の一実施例に係るX線応力測定装置の概略構成図。
図6】本実施例のX線応力測定装置を用いたX線応力測定の原理説明図。
図7】応力測定処理のフローチャート。
図8】角度ψと角度ψについて求めた回折角2θψ0、2θψnに基づき作成される2θ−sinψ線図の例(a)、及び(a)に示す2θ−sinψ線図から求められる角度ψ〜ψn−1と仮の回折角2θψ1〜2θψn−1の関係を示す図。
図9】仮の回折角に基づきX線照射部、X線検出部、及び試料ステージの配置を調整して得られたX線強度分布曲線の例を示す図。
図10】従来装置を用いて応力値を測定した結果を示す図。
図11】本実施例のX線応力測定装置を用いて応力値を測定した結果を示す図。
図12】従来装置及び本実施例のX線応力測定装置を用いて得られた応力値をまとめて示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施例に係るX線応力測定装置について図5図12を参照しつつ説明する。
図5は本実施例に係るX線応力測定装置の概略構成を示している。このX線応力測定装置は、ゴニオメータ117と、該ゴニオメータ117の中心に取り付けられた試料ステージ113と、該ゴニオメータ117の外周部に取り付けられたX線照射部110及びX線検出部116とを備えている。X線検出部116は、多数の微小なX線検出素子がライン上に配列されてなる。X線照射部110はX線管球110aを備えており、そのターゲットの材質に応じた特定波長のX線を発生する。
【0027】
ゴニオメータ117は、X線照射部110から試料Sへの入射X線と試料Sの表面がなす角度θと、試料Sの表面と該試料SからX線検出部116の中央のX線検出素子に向かうX線がなす角度θが常に等しくなる関係を保ちつつ、試料ステージ113とX線照射部110及びX線検出部116を同軸で且つ異なる駆動軸により試料ステージ113、X線照射部110及びX線検出部116をそれぞれ回転駆動する。そのため、それら駆動軸はθ:2θの比で以て回転駆動されるが、本実施例では、さらに、それぞれの駆動軸を独立して回転駆動させることができる。
【0028】
X線検出部116のX線検出素子にX線が入射すると、X線検出部116はその強度に応じた検出信号を生成する。X線検出部116で得られた検出信号はアンプ118を通してデータ処理部120に送られる。データ処理部120はデータ収集部121、回折角算出部122、応力値算出部123等を有する。データ収集部121が本発明の第1及び第2測定部に対応する。制御部100はX線応力測定装置の各部の動作をそれぞれ制御する。データ処理部120で処理されて得られたグラフなどの結果は、制御部100に送信され、表示部101に出力される。制御部100には表示部101の他、作業者が適宜の設定や指示を行うための入力部102を備える。なお、制御部100やデータ処理部120はパーソナルコンピュータをハードウェア資源とし、該パーソナルコンピュータにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを実行することにより、上記のような各機能ブロックが具現化される構成とすることができる。
【0029】
次に、このX線応力測定装置を用いた多結晶体から成る試料Sの応力測定動作について図6図9を参照して説明する。ここでは試料ステージ113を固定し、該試料ステージ113に保持された試料Sを中心にX線照射部110及びX線検出部116の位置を変化させることとして説明するが、X線照射部110及びX線検出部116を固定し、試料Sの表面の傾きを変化させても良い。また、X線照射部110及びX線検出部116と、試料ステージ113の両方の位置を変化させても良い。要は、試料ステージ113とX線照射部110及びX線検出部116とが所定の位置関係を保持していれば良い。なお、以下の説明では試料Sの表面上にXY平面が位置することとし、試料Sの表面における法線をZ軸で表す。
【0030】
試料Sの応力測定動作の実行に先立ち、測定者は入力部102を操作し、試料ステージ113を図5に示す位置にするとともに、ゴニオメータ117の駆動軸を回動させて試料Sの表面とこれに入射するX線とのなす角度がθとなり、且つ試料Sの表面とこれから出射してX線検出部116の中央に位置するX線検出素子に入射するX線とのなす角度がθとなるように、X線照射部110及びX線検出部116を配置する。以下の説明では、このときのX線照射部110及びX線検出部116の位置を初期位置とする。角度θは、無応力状態の試料Sを構成する結晶粒に対して波長λのX線が入射したときにブラッグの式を満たす角度であり、試料Sの材料固有の角度である。従って、無応力状態の試料Sの表面部に存在する結晶粒であって角度ψが0°となる結晶粒(つまり試料Sの表面と格子面が平行な結晶粒)に入射するX線は、ブラッグの式を満たすことになる。なお、試料ステージ113、X線照射部110、及びX線検出部116の配置の調整は、測定者が入力部102を通して試料Sの材料を入力すると自動的に行われるようにしても良く、測定者が手動で調整するようにしても良い。
【0031】
上記の調整が終了し、測定者が応力測定動作の開始を指示すると、制御部100は、図7に示すフローチャートに従って応力測定動作を実行する。
ステップS1では、X線照射部110及びX線検出部116が図5に示す初期位置にあるとき、及びそこから角度ψ回動させた位置にあるときの2つの状態で、それぞれ回折X線強度分布曲線の作成動作が実行される(ステップS1)。これら2つの状態では、いずれも試料ステージ113は上述した位置にある。このため、X線照射部110及びX線検出部116が初期位置にあるときは試料Sの表面とこれに入射するX線とがなす角度はθとなり、X線照射部110及びX線検出部116が初期位置から角度ψ回動した位置にあるときは、試料Sの表面とこれに入射するX線とがなす角度はθ+ψとなる。つまり、X線照射部110及びX線検出部116が初期位置にあるときは無応力状態の試料Sの表面部にある結晶粒のうち角度ψ=0°の結晶粒に対してブラッグの式を満たすX線がX線照射部110から入射し、X線照射部110及びX線検出部116が初期位置から角度ψ回動した位置にあるときは、無応力状態の試料Sの表面部にある結晶粒のうち角度ψ=ψの結晶粒に対してブラッグの式を満たすX線がX線照射部110から入射する。
【0032】
いずれの状態においても、試料Sの表面に入射したX線は、図6に示すように該試料Sの表面付近に存在する結晶粒で回折した後、X線検出部116に導入される。試料Sの表面のX線入射領域には多数の結晶粒が存在するから、各結晶粒で回折したX線はその回折角2θに応じた位置にあるX線検出素子に入射する。X線検出部116は、各X線検出素子に入力したX線の強度に応じた検出信号を生成する。多数のX線検出素子の検出信号は角2θとX線強度の関係を示している。そこで、データ処理部120がアンプ118を通して各X線検出素子の検出信号を受け取ると、データ収集部121はそれらの信号を収集し、角度2θとX線強度の関係を示す回折X線強度分布曲線を作成する。そして、回折角算出部122がこの分布曲線を演算処理し、X線強度が最大となるピークトップの位置を求める(ステップS2)。角度ψ=ψ(=0°)及び角度ψ=ψにおけるX線強度が最大となるピークトップ位置が仮の回折角2θψ0、2θψnとなる。
【0033】
ステップS1、S2では、試料Sが無応力状態にあるときにブラッグの式を満たす角度θを用いてX線照射部110及びX線検出部116の配置が選択されるため、試料Sの応力の大きさによっては、回折X線強度分布曲線のピークトップ位置は、図4に示す曲線BのようにX線検出部116の測定角度範囲の中央からずれることになる。従って、ここでは、回折角算出部122は、ベースラインを用いた減算処理及び正規化処理によってピークトップ位置を求めるのではなく、プロファイルフィッティング処理によってピークトップ位置を求める。
【0034】
さらに、回折角算出部122は、求められた回折角2θψ0、2θψnと、それぞれに対応する角度ψ、ψを用いて仮の2θ−sinψ線図を作成し(ステップS3)、この2θ−sinψ線図から角度ψとψの間の角度ψ〜ψn−1における仮の回折角2θψ1〜2θψn−1をそれぞれ算出する(ステップS4)。図8(a)は回折角2θψ0、2θψnと角度ψ、ψから作成された仮の2θ−sinψ線図を示す。また、図8(b)は仮の2θ−sinψ線図から求められた仮の回折角2θψ1〜2θψn−1を示す。
ここまでの動作が、本発明の第1及び第2測定部の動作内容となる。
【0035】
続いて、制御部100は、ステップS4で求められた、角度ψ〜ψn−1における仮の回折角2θψ1〜2θψn−1に基づき、X線照射部110及びX線検出部116を図5に示す初期位置から角度ψ〜ψn−1だけ回動させ、それぞれの位置において回折X線強度分布曲線の作成動作を実行する(ステップS5)。このとき、制御部100は駆動軸を制御して、試料Sの表面に対して角度θψ1〜θψn−1でX線が入射し、該表面に対して角度θψ1〜θψn−1で出射する回折X線が、X線検出部116の中央のX線検出素子に入射するように、X線照射部110及びX線検出部116の配置を調整する。これにより、試料Sの表面部に存在する結晶粒であって角度ψがψ〜ψn−1である格子面を持つ結晶粒においてブラッグの式を満たす条件で試料SにX線が入射し、且つ、その回折X線がX線検出部116のほぼ中央のX線検出素子に入射する。その後、上述したように、X線検出部116から各X線検出素子の検出信号がデータ処理部120に出力され、その検出信号に基づき、角度ψ〜ψn−1毎の回折X線強度分布曲線が作成される。このとき作成される回折X線強度分布曲線の例を図9に示す。図9に示すように、ここでは、X線検出部116の測定角度範囲のほぼ中央にピークトップが位置するような回折X線強度分布曲線が作成されるから、該曲線から角度ψ〜ψn−1における真の回折角2θψ1〜2θψn−1が求められる(ステップS6)。
【0036】
その後、応力値算出部123は角度ψ〜ψn−1と、そのときの回折角2θψ1〜2θψn−1に基づき2θ−sinψ線図を作成する(ステップS7)。そして、2θ−sinψ線図の各点を結ぶ直線(式Y=A+M*X)の傾きMから、応力値σ(=K*M、Kは応力定数)を求める(ステップS8)。
【0037】
次に、上記X線応力測定装置及び従来装置を用いて具体的な試料の応力値を測定した実験結果について図10図12を参照して説明する。ここでは、試料として、ピークの半値幅が4.5〜5.2°の鉄系試料(鉄ベース高応力試験片)を用い、n=10で実験を行った。
【0038】
図10は従来装置を用いて得られた応力値を、図11は上記X線応力測定装置を用いて得られた応力値を示す。また、図12は従来装置及び上記X線応力測定装置で得られた結果をまとめた表である。実験には、測定角度範囲が9.02°であるX線検出部、測定角度範囲が18.33°であるX線検出部を用いた。図10(a)及び図11(a)は測定角度範囲が9.02°のX線検出部を用いた結果を示し、図10(b)及び図11(b)は測定角度範囲が18.33°であるX線検出部を用いた結果を示す。
【0039】
図10(a)、(b)から明らかなように、従来装置では、X線検出部の測定角度範囲の違いによって求められた応力値が変化した。一方、図11(a)、(b)に示すように、本実施例のX線応力測定装置では、X線検出部の測定角度範囲が異なる場合でもほぼ同じ値の応力値が得られた。以上の結果から、本実施例に係る装置では、測定角度範囲が狭くても、正確な応力値を求められることが確認できた。
【符号の説明】
【0040】
10…X線管
110…X線照射部
11、111…照射側スリット
13…試料ホルダ
113…試料ステージ
15…出射側スリット
16、116…X線検出部
17、117…ゴニオメータ
100…制御部
101…表示部
102…入力部
120…データ処理部
121…データ収集部
122…回折角算出部
123…応力値算出部
S…試料
図1
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図8
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図10
図11
図12