特許第6859921号(P6859921)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6859921
(24)【登録日】2021年3月30日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材及びステンレス鋼管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210405BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20210405BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20210405BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/54
   !C21D8/10 D
【請求項の数】5
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-202885(P2017-202885)
(22)【出願日】2017年10月19日
(65)【公開番号】特開2019-73789(P2019-73789A)
(43)【公開日】2019年5月16日
【審査請求日】2020年6月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】富尾 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
【審査官】 伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−050646(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/146046(WO,A1)
【文献】 特開2017−014543(JP,A)
【文献】 特開2006−016637(JP,A)
【文献】 特開2003−013185(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.040%以下、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.010〜0.30%、
Cr:18.0%を超えて21.0%以下、
Cu:1.5〜4.0%、
Ni:3.0〜6.0%、
sol.Al:0.001〜0.100%、
Mo:0〜0.60%、
W:0〜2.0%、
Co:0〜0.30%、
Ti:0〜0.10%、
V:0〜0.15%、
Zr:0〜0.10%、
Nb:0〜0.10%、
Ca:0〜0.010%、
Mg:0〜0.010%、
REM:0〜0.05%、
B:0〜0.005%、及び、
残部はFe及び不純物からなり、
前記不純物のうち、P、S、O、Nはそれぞれ、
P:0.050%以下、
S:0.0020%未満、
O:0.020%以下、及び、
N:0.020%以下であり、
式(1)及び式(2)を満たす化学組成と、
体積率で、
20.0〜60.0%のフェライト相、1.0〜10.0%のオーステナイト相、及び、残部がマルテンサイトからなるミクロ組織とを有する、ステンレス鋼材。
15.0≦616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Mo・・・(1)
20.0≦Cr+Cu≦24.5・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Mo:0.02〜0.60%、
W:0.01〜2.0%、及び、
Co:0.01〜0.30%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、ステンレス鋼材。
【請求項3】
請求項1又2に記載のステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Ti:0.005〜0.10%、
V:0.005〜0.15%、
Zr:0.005〜0.10%、及び、
Nb:0.005〜0.10%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、ステンレス鋼材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のステンレス鋼材であって、
Ca:0.0005〜0.010%、
Mg:0.0005〜0.010%、
REM:0.0005〜0.05%、及び、
B:0.0005%〜0.005%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、ステンレス鋼材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のステンレス鋼材からなる、ステンレス鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼材及びステンレス鋼管に関し、さらに詳しくは油井や地熱井向けステンレス鋼材及びステンレス鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
石油や天然ガスの採掘や採取、及び、地熱発電用の蒸気の採取のために鋼管が使用される。石油や天然ガスは地中深くに存在するため、油井に使用される鋼管には高強度が要求される。また、油井は地域や深度等に応じて全く異なる環境を有する。特に、炭酸ガス(CO)の含有量及び硫化水素ガス(HS)の含有量は油井ごとに大きく異なる。たとえばある油井では、炭酸ガスの含有量及び硫化水素ガスの含有量の両方が高い。一方で別の油井では、炭酸ガスの含有量は高いものの硫化水素ガスの含有量は顕著に低い場合等がある。これら油井の環境に応じて、鋼管に求められる特性は異なる。
【0003】
近年、原油価格や天然ガス価格の高騰に対処するために、従来よりも深層の油井及び従来よりも深層の天然ガス井の開発が進められている。さらに、再生可能エネルギーに対する意識の高まりを背景に、地熱発電用の蒸気を採取する地熱井においても、従来よりも深層の地熱井の開発が進められている。
【0004】
このような大深度油井及び大深度天然ガス井(以下、両者をまとめて「大深度油井」と略記する)や大深度地熱井は一般に、深度が極めて深い。さらに、大深度油井及び大深度地熱井の雰囲気は、高温でかつ炭酸ガス(CO)を含み、加えて塩化物イオン(Cl)又は硫酸(HSO)等の酸を含有する厳しい腐食環境となっている。従って、このような大深度油井及び大深度地熱井で使用される鋼管の素材となる鋼材には、優れた耐炭酸ガス腐食性が求められる。
【0005】
大深度油井や大深度地熱井等の腐食環境下では、耐炭酸ガス腐食性に優れた、質量%で13%程度のCrを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼(いわゆる「13%Cr鋼」)を用いた鋼管が使用されてきた。しかしながら、油井や地熱井がさらに深くなるに従って、環境がさらに高温及び高圧になり、加えて、CO分圧もさらに高くなる。そのため、より厳しい炭酸ガス環境でも十分な耐炭酸ガス腐食性を有する鋼管が求められている。
【0006】
高温での耐炭酸ガス腐食性は、一般的にCr含有量を高めることによって改善できることが知られている。そのため、近年、マルテンサイト系ステンレス鋼をベースにして、従来よりもさらにCr量を増加させることで、高温での耐炭酸ガス腐食性を高めた鋼材が提案されている。
【0007】
特開2005−336599号公報(特許文献1)では、Cr、Ni、Mo、Cu及びCの含有量を適正化し、さらにCとNの含有量を一定以下に調整することにより、150℃以上の耐CO腐食性に優れ、硫化水素環境下でも優れた耐硫化物応力腐食割れ性を示し、溶接性にも優れたラインパイプ用高強度ステンレス鋼管が提案されている。
【0008】
特開2006−016637号公報(特許文献2)では、13%Cr鋼をベースとし、C、Ni、Si、Mn、V、Al、N及びOの含有量を適正化し、さらにMo、Cu、Nb及びTiを添加することで、170℃以上の耐CO腐食性に優れた油井用高強度ステンレス鋼管が提案されている。
【0009】
特開2007−332431号公報(特許文献3)では、Ni、Mo及びVを添加したうえで、S、Si、Al及びOの含有量を低減することで、耐CO腐食性と拡管性とを両立した油井用ステンレス鋼管が提案されている。
【0010】
特許文献1〜特許文献3で提案されているステンレス鋼は、いずれも200℃程度のCO環境において良好な耐炭酸ガス腐食性を示す。しかしながら、従来よりもさらに深井戸化が進んだ大深度油井や大深度地熱井では、特許文献1〜特許文献3で想定されているよりもさらに高温の環境となる。大深度油井や大深度地熱井ではたとえば、250℃を超える高温環境となる。さらに、このような高温環境においては、COだけでなく、塩化物イオンや硫酸を含有する環境が存在する。したがって、特許文献1〜特許文献3に開示されているような従来の鋼管では、たとえば250℃程度でCOとClとを含む大深度油井環境、又は、250℃程度でCOと硫酸とを含む大深度地熱井環境のような高温・強酸のCO環境では、所望の耐食性(ここでは特に、塩化物イオン又は硫酸を含む強酸環境下における耐炭酸ガス腐食性をいう)を安定して示さないという問題があった。
【0011】
このような問題を解決すべく、特開2008−297599号公報(特許文献4)では、CrとCuとを含有するステンレス鋼を高圧CO環境下に浸漬し、表層に防食機能を有する皮膜を形成させることで、250℃の高温CO環境であっても優れた耐食性を示すステンレス鋼材が提案されている。
【0012】
一方で、Crの含有量をさらに高めた、フェライト相とオーステナイト相とからなる二相ステンレス鋼は、鋼材ままで高温CO腐食環境下における十分な耐食性を有することが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−336599号公報
【特許文献2】特開2006−016637号公報
【特許文献3】特開2007−332431号公報
【特許文献4】特開2008−297599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献4で提案されているステンレス鋼は、優れた耐食性を発揮するために、高圧CO環境での防食皮膜形成処理が必要であり、製造コストが高くなるという問題がある。
【0015】
また、フェライト相とオーステナイト相とからなる二相ステンレス鋼は、熱処理ままで大深度油井や大深度地熱井に使用される鋼管に求められる強度である125ksi級(862MPa以上)の強度を出すことはできない。そのため、この二相ステンレス鋼を大深度油井や大深度地熱井に用いる場合には冷間加工が必要であり、マルテンサイト系ステンレス鋼をベースとした鋼材と比べて製造コストが高いという問題がある。
【0016】
したがって、上述の250℃程度の高温・強酸のCO環境において十分な耐炭酸ガス腐食性、特に、塩化物イオン又は硫酸を含む強酸環境下における耐炭酸ガス腐食性(以下、耐強酸・炭酸ガス腐食性という)を有し、熱処理ままで125ksi級(862MPa以上)の強度を有する鋼材が求められていた。
【0017】
本発明の目的は、熱処理ままで高強度を有し、さらに、高温環境下において優れた耐強酸・炭酸ガス腐食性を有するステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本実施形態のステンレス鋼材は、質量%で、C:0.040%以下、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.010〜0.30%、Cr:18.0%を超えて21.0%以下、Cu:1.5〜4.0%、Ni:3.0〜6.0%、sol.Al:0.001〜0.100%、Mo:0〜0.60%、W:0〜2.0%、Co:0〜0.30%、Ti:0〜0.10%、V:0〜0.15%、Zr:0〜0.10%、Nb:0〜0.10%、Ca:0〜0.010%、Mg:0〜0.010%、REM:0〜0.05%、B:0〜0.005%、及び、残部はFe及び不純物からなり、不純物のうち、P、S、O、Nはそれぞれ、P:0.050%以下、S:0.0020%未満、O:0.020%以下、及び、N:0.020%以下であり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成と、体積率で、20.0〜60.0%のフェライト相、1.0〜10.0%のオーステナイト相、及び、残部がマルテンサイトからなるミクロ組織とを有する。
15.0≦616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Mo・・・(1)
20.0≦Cr+Cu≦24.5・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0019】
本実施形態のステンレス鋼管は、上記化学組成を有するステンレス鋼材からなる。
【発明の効果】
【0020】
本実施形態のステンレス鋼材及びステンレス鋼管は、熱処理ままで高強度を有し、さらに、高温環境下において優れた耐強酸・炭酸ガス腐食性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、ステンレス鋼材のCr含有量、Ni及びCuの合計含有量、及び、焼入れ後の組織との関係を示す図である。
図2図2は、図1中の線分L1を線分L2に移動させた図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本実施形態を詳しく説明する。
【0023】
本発明者らはステンレス鋼材の強度、及び、高温環境下における耐炭酸ガス腐食性、特に、塩化物イオン又は硫酸を含む強酸環境での耐強酸・炭酸ガス腐食性について検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0024】
高温環境下における耐炭酸ガス腐食性を高めるためにはCr含有量の増加が有効であることが知られている。Cr含有量を高めれば、塩化物イオン又は硫酸を含有する環境における、耐強酸・炭酸ガス腐食性も高めることができる。しかしながらフェライト安定化元素であるCrの含有量を単純に高めただけの場合、ミクロ組織が、フェライトとオーステナイトとからなる二相組織、又は、オーステナイト単相組織となってしまう。この場合、熱処理ままで125ksi級(862MPa以上)の強度を得ることは難しい。つまり、耐強酸・炭酸ガス腐食性との関係を考慮すれば、Cr含有量は高い方が好ましいが、強度との関係を考慮すれば、Cr含有量には限界がある。
【0025】
そこで本発明者らは、ステンレス鋼材の化学組成と、組織と、強度とについて検討を行った。
【0026】
図1は、ステンレス鋼材のCr含有量、Ni及びCuの合計含有量、及び、焼入れ後の組織との関係を示す図である。図1中の横軸はCr含有量を表す。図1中の縦軸は、Ni及びCuの合計含有量を表す。図1を参照して、フェライト安定化元素であるCrの含有量増加に伴って、焼入れ後の組織がマルテンサイト単相(図1中、領域M)から、マルテンサイト及びフェライトの二相組織(図1中、領域M+F)、フェライト単相(図1中、領域F)へと変化する。また、図1中の線分L1は、焼入れによってマルテンサイト変態を生じる化学組成の境界を示す線である。線分L1より上の領域は、焼入れによってマルテンサイト変態を生じない。つまり、オーステナイト安定化元素であるNi及びCuの含有量が高すぎる場合、焼入れによってマルテンサイト変態を生じなくなる(つまり、オーステナイト単相になる)(図1中、領域A)。フェライト及びオーステナイトの二相組織(図1中、領域F及び領域A)、又は、オーステナイト単相(図1中、領域A)では強度が低い。一方、マルテンサイト及びフェライトの二相組織(図1中、領域M+F)であれば、熱処理ままで125ksi級(862MPa以上)の強度を得ることができる。
【0027】
従来、マルテンサイト及びフェライトの二相組織を得るためには、Cr含有量は18.0%程度が限界であると考えられてきた。それ以上Crを含有させれば、フェライト及び/又はオーステナイト主体のミクロ組織となり、強度が得られない。そのため、従来は、マルテンサイト及びフェライトの二相組織を得られる化学組成の範囲内で、Cr含有量を最大の18.0%程度とし(図1中、領域Y)、特許文献4のように防食被膜を形成する等して耐食性を高める以外にさらに耐食性を高めることは難しいと考えられてきた。
【0028】
しかしながら本発明者らは、従来とは異なり、Cr以外の化学組成を調整することで、Cr含有量を18.0%よりもさらに高めた場合であっても高強度を得る方法を見出した。本発明者らは、これまで検討されてこなかった、マルテンサイト変態を生じる化学組成(図1中、線分L1)と、Cr含有量との関係に着目した。
【0029】
本発明者らは種々検討を行った結果、C、Si、Mn、Ni、Cr、Cu、Mo及びNの含有量を調整することで、線分L1の位置を変化できることを見出した。この知見に基づき、本発明者らは、上述の元素の含有量を調整して線分L1を移動させ、Cr含有量18.0%超の化学組成(図1中、領域X)において、マルテンサイト及びフェライトの二相組織を得られると知見するに至った。
【0030】
図2は、上述の各元素の含有量を調整して、線分L1を線分L2に移動させた図である。図2を参照して、上述のC、Si、Mn、Ni、Cr、Cu、Mo及びNの含有量を調整することで、これまでマルテンサイトを得られなかった化学組成において、マルテンサイトが得られるようになる。(図1中、領域X)。これにより、従来難しいと考えられてきた、Cr含有量18.0%超と、マルテンサイト及びフェライトの二相組織との両立を実現できる。つまり、ステンレス鋼材の高強度と耐強酸・炭酸ガス腐食性とを両立できる。
【0031】
化学組成が、線分L1の位置に影響する元素の関係を規定した式(1)を満たすことで、Cr含有量が18.0%超であっても、マルテンサイトを十分に含む組織とすることができる。
15.0≦616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Mo・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0032】
一方で、耐強酸・炭酸ガス腐食性を高めるには、Crに加えてCuを含有させることが有効である。したがって、化学組成がCr及びCuの合計含有量を規定した式(2)を満たすことで、塩化物イオン又は硫酸を含有する耐強酸・炭酸ガス腐食性が高まる。
20.0≦Cr+Cu≦24.5・・・(2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0033】
また一方で、従来の油井用ステンレス鋼材の多くは、耐硫化物応力割れ性を高めるために多量のMoを含有する場合が多い。しかしながら、硫化水素の含有量が顕著に低い油井環境で使用するステンレス鋼材に対しては、Moはコストアップの要因であった。本実施形態のステンレス鋼材は、耐硫化物応力割れ性よりもむしろ、耐強酸・炭酸ガス腐食性を高めることを目的としている。そのため、Mo含有量については、耐硫化物応力割れ性の改善を主目的としたステンレス鋼材と比較して低くてもよい。
【0034】
上述のとおり、式(1)に従って線分L1の位置に影響する元素の含有量を調節することで、Cr含有量18.0%超と、マルテンサイトを十分に含む組織との両立が可能となる。これにより、熱処理のみで125ksi級(862MPa以上)の強度と、250℃を超える高温環境下における耐強酸・炭酸ガス腐食性とを両立させることが可能となる。さらに、式(2)に従って、Crに加えてCuを含有させることで、耐強酸・炭酸ガス腐食性が高まる。そのため、大深度油井又は大深度地熱井に適したステンレス鋼材を提供することが可能となる。
【0035】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態のステンレス鋼材は、質量%で、C:0.040%以下、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.010〜0.30%、Cr:18.0%を超えて21.0%以下、Cu:1.5〜4.0%、Ni:3.0〜6.0%、sol.Al:0.001〜0.100%、Mo:0〜0.60%、W:0〜2.0%、Co:0〜0.30%、Ti:0〜0.10%、V:0〜0.15%、Zr:0〜0.10%、Nb:0〜0.10%、Ca:0〜0.010%、Mg:0〜0.010%、REM:0〜0.05%、B:0〜0.005%、及び、残部はFe及び不純物からなり、不純物のうち、P、S、O、Nはそれぞれ、P:0.050%以下、S:0.0020%未満、O:0.020%以下、及び、N:0.020%以下であり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成と、体積率で、20.0〜60.0%のフェライト相、1.0〜10.0%のオーステナイト相、及び、残部がマルテンサイトからなるミクロ組織とを有する。
15.0≦616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Mo・・・(1)
20.0≦Cr+Cu≦24.5・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0036】
本実施形態のステンレス鋼材は、熱処理ままで高強度を有し、さらに、高温環境下において優れた耐強酸・炭酸ガス腐食性を有する。
【0037】
好ましくは、上記化学組成は、Mo:0.02〜0.60%、W:0.01〜2.0%、及び、Co:0.01〜0.30%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。
【0038】
この場合、ステンレス鋼材の耐食性がさらに高まる。
【0039】
好ましくは、上記化学組成は、Ti:0.005〜0.10%、V:0.005〜0.15%、Zr:0.005〜0.10%、及び、Nb:0.005〜0.10%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。
【0040】
この場合、ステンレス鋼材の強度がさらに高まる。
【0041】
好ましくは、上記化学組成は、Ca:0.0005〜0.010%、Mg:0.0005〜0.010%、REM:0.0005〜0.05%、及び、B:0.0005%〜0.005%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する。
【0042】
この場合、ステンレス鋼材の熱間加工性が高まる。
【0043】
本実施形態のステンレス鋼管は、上記いずれかの化学組成を有するステンレス鋼材からなる。
【0044】
以下、本実施形態のステンレス鋼材について詳述する。
【0045】
[化学組成]
本実施形態のステンレス鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。特に断りがない限り、元素に関する%は質量%を意味する。
【0046】
C:0.040%以下
炭素(C)は不可避的に含有される。Cは、焼戻し時に炭化物として析出する。この場合、ステンレス鋼材の高温での耐炭酸ガス腐食性が低下する。さらに、C含有量が高すぎれば、焼入れ時の残留オーステナイトの生成量が多くなる。この場合、残留オーステナイトの生成量を低減するために、強度及び靭性に有効なCu及びNi含有量を低下しなければならない。したがって、C含有量は0.040%以下である。C含有量の上限は、好ましくは0.030%であり、より好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%であり、最も好ましくは0.010%である。C含有量は低い方が好ましい。しかしながら、製鋼工程における脱炭処理にかかるコストを考慮すれば、C含有量の下限は、好ましくは0.001%であり、より好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.004%であり、最も好ましくは0.005%である。
【0047】
Si:0.05〜1.0%
シリコン(Si)はステンレス鋼材を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、ステンレス鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜1.0%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.9%であり、より好ましくは0.7%であり、さらに好ましくは0.6%であり、最も好ましくは0.5%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.06%であり、より好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%であり、最も好ましくは0.12%である。
【0048】
Mn:0.010〜0.30%
マンガン(Mn)はステンレス鋼材を脱酸する。Mn含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、焼入れ焼戻し後にオーステナイトが過剰に残留しやすくなり、残留オーステナイトの体積率が10%を超えるおそれがある。この場合、焼戻し後のステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、Mn含有量は0.010〜0.30%である。Mn含有量の上限は、好ましくは0.27%であり、より好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.22%であり、最も好ましくは0.20%未満である。Mn含有量の下限は、好ましくは0.015%であり、より好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.035%であり、最も好ましくは0.050%である。
【0049】
Cr:18.0%を超えて21.0%以下
クロム(Cr)は250℃程度でCOと塩化物イオン又は硫酸とを含むような環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性確保に欠かせない元素である。Cr含有量が低すぎればこの効果が得られない。一方、Crはフェライト形成元素であるため、Cr含有量が高すぎれば、ステンレス鋼材中のフェライト量が過剰に多くなり、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、Cr含有量は18.0%を超えて21.0%以下である。Cr含有量の上限は、好ましくは20.8%であり、より好ましくは20.5%であり、さらに好ましくは20.3%であり、最も好ましくは20.2%である。Cr含有量の下限は、好ましくは18.3%であり、より好ましくは18.5%であり、さらに好ましくは18.7%であり、最も好ましくは18.8%である。
【0050】
Cu:1.5〜4.0%
銅(Cu)は、焼き戻し時に微細なCu粒子として析出して、ステンレス鋼材の強度を高める。さらに、Cuは塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。Cu含有量が低すぎればこれらの効果が得られない。一方、Cu含有量が高すぎれば、焼き入れ時にマルテンサイト変態が十分に進行せず、残留オーステナイト量が過剰に多くなる。この場合、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、Cu含有量は1.5〜4.0%である。Cu含有量の上限は、好ましくは3.8%であり、より好ましくは3.5%であり、さらに好ましくは3.2%であり、最も好ましくは3.0%である。Cu含有量の下限は、好ましくは1.6%であり、より好ましくは1.7%であり、さらに好ましくは1.8%であり、最も好ましくは1.9%である。
【0051】
Ni:3.0〜6.0%
ニッケル(Ni)はオーステナイト形成元素であり、高温でのオーステナイトを安定化する。そのため、Niは常温でのマルテンサイト量を増加させ、ステンレス鋼材の強度を高める。Niはさらに、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。Ni量が低すぎればこれらの効果が得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、安定なフェライト及びマルテンサイトの二相組織が得られなくなる。つまり、焼入れ焼戻し後にオーステナイトが過剰に残留しやすくなり、焼戻し後のステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、Ni含有量は3.0〜6.0%である。Ni含有量の上限は、好ましくは5.8%であり、より好ましくは5.5%であり、さらに好ましくは5.2%であり、最も好ましくは5.0%である。Ni含有量の下限は、好ましくは3.2%であり、より好ましくは3.4%であり、さらに好ましくは3.6%であり、最も好ましくは3.8%である。
【0052】
sol.Al:0.001〜0.100%
アルミニウム(Al)はステンレス鋼材を脱酸する。sol.Al含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、sol.Al含有量が高すぎれば、その効果は飽和する。sol.Al含有量が高すぎればさらに、介在物が過剰に生成して、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性及び靭性が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.001〜0.100%である。sol.Al含有量の上限は、好ましくは0.080%であり、より好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.055%であり、最も好ましくは0.050%である。sol.Al含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.010%であり、最も好ましくは0.015%である。
【0053】
本実施形態によるステンレス鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のステンレス鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0054】
[任意元素について]
本実施形態のステンレス鋼材は、以下の任意元素を含有してもよい。
【0055】
Mo:0〜0.60%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。Moは塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Moはフェライト形成元素であるため、Mo含有量が高すぎれば、ステンレス鋼材中にフェライトが過剰に生成する。この場合、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、Mo含有量は0〜0.60%である。Mo含有量の上限は、好ましくは0.58%であり、より好ましくは0.56%であり、さらに好ましくは0.54%であり、最も好ましくは0.52%である。Mo含有量の下限は、好ましくは0.02%であり、より好ましくは0.04%であり、さらに好ましくは0.05%であり、最も好ましくは0.06%である。
【0056】
W:0〜2.0%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。WはMoと同様に塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Wはフェライト形成元素であるため、W含有量が高すぎれば、ステンレス鋼材中にフェライトが過剰に生成し、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、W含有量は0〜2.0%である。W含有量の上限は、好ましくは1.8%であり、より好ましくは1.5%であり、さらに好ましくは1.3%であり、最も好ましくは1.0%である。W含有量の下限は、好ましくは0.01%であり、より好ましくは0.02%である。
【0057】
Co:0〜0.30%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。CoはMoやWと同様に塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、製造性が低下すると同時に製造コストも高くなる。したがって、Co含有量は0〜0.30%である。Co含有量の上限は、好ましくは0.25%であり、より好ましくは0.23%であり、さらに好ましくは0.20%であり、最も好ましくは0.18%である。Co含有量の下限は、好ましくは0.01%であり、より好ましくは0.02%である。
【0058】
Ti:0〜0.10%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Tiは焼戻し時に微細な析出物として析出してステンレス鋼材の強度を高める。Tiが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Ti含有量が高すぎれば、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性及び靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.10%である。Ti含有量の上限は、好ましくは0.08%、より好ましくは0.05%である。Ti含有量の下限は、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%である。
【0059】
V:0〜0.15%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vは焼戻し時に微細な析出物として析出してステンレス鋼材の強度を高める。Vが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、V含有量が高すぎれば、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性及び靭性が低下する。したがって、V含有量は0〜0.15%である。V含有量の上限は、好ましくは0.13%であり、より好ましくは0.12%である。V含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0060】
Zr:0〜0.10%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、ZrはTiやVと同様に焼戻し時に微細な析出物として析出しステンレス鋼材の強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Zr含有量が高すぎれば、ステンレス鋼材の靭性が低下する。したがって、Zr含有量は0〜0.10%である。Zr含有量の上限は、好ましくは0.08%であり、より好ましくは0.05%である。Zr含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%である。
【0061】
Nb:0〜0.10%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Nbは焼戻し時に微細な析出物として析出してステンレス鋼材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Nb含有量が高すぎれば、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性及び靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.10%である。Nb含有量の上限は、好ましくは0.08%であり、より好ましくは0.05%である。Nb含有量の下限は、好ましくは0.005%であり、より好ましくは0.010%である。
【0062】
Ca:0〜0.010%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Caはステンレス鋼材の熱間加工性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Ca含有量が高すぎれば、介在物が過剰に生成する。この場合、ステンレス鋼材の靭性及び硫酸を含むような高温環境における耐強酸腐食性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.010%である。Ca含有量の上限は、好ましくは0.008%であり、より好ましくは0.005%である。Ca含有量の下限は、好ましくは0.0005%である。
【0063】
Mg:0〜0.010%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Mgはステンレス鋼材の熱間加工性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果が得られる。一方、Mg含有量が高すぎれば、介在物が過剰に生成する。この場合、ステンレス鋼材の靭性及び硫酸を含むような高温環境における耐強酸腐食性が低下する。したがって、Mg含有量は0〜0.010%である。Mg含有量の上限は、好ましくは0.008%であり、より好ましくは0.005%である。Mg含有量の下限は、好ましくは0.0005%である。
【0064】
REM:0〜0.05%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。REMはCaやMgと同様にステンレス鋼材の熱間加工性を高める。一方、REM含有量が高すぎれば、酸化物や硫化物の介在物が過剰に生成し、ステンレス鋼材の靭性及び硫酸を含むような高温環境における耐強酸腐食性が低下する。したがって、REM含有量は0〜0.05%である。REM含有量の上限は、好ましくは0.03%であり、より好ましくは0.02%である。REM含有量の下限は、好ましくは0.0005%である。ここで、REMとは、周期表において元素番号57のランタン(La)から元素番号71のルテチウム(Lu)までの元素に、イットリウム(Y)及びスカンジウム(Sc)を加えた17元素を意味する。REM含有量とは、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0065】
B:0〜0.005%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。Bは添加されることでCa、Mg、REMと同様にステンレス鋼材の熱間加工性を高める。一方、B含有量が高すぎれば、Crの炭硼化物が粒界に析出し、ステンレス鋼材の靭性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.005%である。B含有量の上限は、好ましくは0.004%であり、より好ましくは0.003%である。B含有量の下限は、好ましくは0.0005%である。
【0066】
[不純物元素について]
本実施形態のステンレス鋼材の化学組成には、以下の元素が不純物として含有される場合がある。これらの元素は、次の理由によりその含有量が制限される。
【0067】
P:0.050%以下
燐(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して、ステンレス鋼材の耐強酸・炭酸ガス腐食性を低下する。したがって、P含有量は0.050%以下である。P含有量の上限は、好ましくは0.045%であり、より好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.035%であり、最も好ましくは0.030%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.001%である。
【0068】
S:0.0020%未満
硫黄(S)は不純物である。Sは粒界に偏析して、ステンレス鋼材の耐強酸・炭酸ガス腐食性を低下する。Sはさらに、ステンレス鋼材の熱間加工性を低下する。したがって、S含有量は0.0020%未満である。S含有量の上限は、好ましくは0.0017%であり、より好ましくは0.0015%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.0003%である。
【0069】
O:0.020%以下
酸素(O)は不純物である。Oは粗大な酸化物を形成して、ステンレス鋼材の靭性及び硫酸を含むような高温環境における耐強酸腐食性を低下する。したがって、O含有量は0.020%以下である。O含有量の上限は、好ましくは0.015%、より好ましくは0.010%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。O含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.001%である。
【0070】
N:0.020%以下
窒素(N)は不純物である。Nは粗大な窒化物を形成する。粗大な窒化物は孔食の起点となりステンレス鋼材の硫酸を含むような高温環境における耐強酸腐食性を低下する。したがって、N含有量は0.020%以下である。N含有量の上限は、好ましくは0.018%であり、より好ましくは0.015%である。N含有量はなるべく低い方が好ましい。N含有量の下限は特に限定されないが、たとえば0.001%である。
【0071】
[式について]
本実施形態のステンレス鋼材の化学組成は、上記各元素の含有量が適切であり、且つ、次の式(1)及び式(2)を満たす。これにより、熱処理のみでの高強度と、高温環境下における優れた耐強酸・炭酸ガス腐食性とを両立できる。
【0072】
[式(1)について]
上記化学組成は、式(1)を満たす。
15.0≦616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Mo・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0073】
Fn1=616−706(C+N)−22Si−24Mn−26Ni−18Cr−8Cu−16Moと定義する。Fn1は、マルテンサイトを得られる化学組成を示す指標である。上記各元素の含有量が適切であり、且つ、Fn1が適切であれば、Cr含有量が18.0%を超えても後述するマルテンサイト及びフェライトの二相組織が得られる。この組織は、マルテンサイト相の体積率(以下、マルテンサイト分率という)が十分に高い。これにより、ステンレス鋼材の強度が高まる。つまり、Fn1を調整することによってはじめて、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性と、熱処理のみで125ksi級(862MPa以上)の強度とを両立できる。Fn1が15.0未満であれば、マルテンサイト分率が低下し、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、15.0≦Fn1である。Fn1の下限は、好ましくは40.0であり、より好ましくは50.0であり、さらに好ましくは60.0であり、最も好ましくは70.0である。Fn1の上限は特に限定されないが、製造コストを考慮した場合、好ましくは300であり、より好ましくは250であり、さらに好ましくは200であり、最も好ましくは150である。
【0074】
[式(2)について]
上記化学組成は、式(2)を満たす。
20.0≦Cr+Cu≦24.5・・・(2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0075】
Fn2=Cr+Cuと定義する。Fn2は塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を示す指標である。上記各元素の含有量が適切であり、且つ、Fn2が適切であれば、耐強酸・炭酸ガス腐食性が高まる。Fn2が20.0未満であれば、ステンレス鋼材の耐強酸・炭酸ガス腐食性が低下する。一方、Fn2が24.5を超えれば、フェライト分率又は残留オーステナイト分率が過剰に高くなり、ステンレス鋼材の強度が低下する。したがって、20.0≦Fn2≦24.5である。Fn2の上限は、好ましくは24.2であり、より好ましくは24.0であり、さらに好ましくは23.8であり、最も好ましくは23.5である。Fn2の下限は、好ましくは20.3である。
【0076】
[式(3)について]
好ましくは、上記化学組成はさらに、式(3)を満たす。
0.35≦Cu/Ni≦1.0・・・(3)
ここで、式(3)中の各元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
【0077】
Fn3=Cu/Niと定義する。Fn3はステンレス鋼材の強度及び熱間加工性を示す指標である。上記各元素の含有量が適切であり、且つ、Fn3が適切であれば、ステンレス鋼材の強度及び熱間加工性がさらに高まる。Fn3が1.0以下であれば、Cu含有量に対するNi含有量の比が十分に高く、ステンレス鋼材の熱間加工性が高まる。一方、Fn3が0.35以上であれば、Ni含有量に対するCu含有量の比が十分に高く、焼戻し時にCuの析出強化の効果が高まり、ステンレス鋼材の強度がさらに高まる。したがって、0.35≦Fn3≦1.0であることが好ましい。Fn3の上限は、より好ましくは0.9であり、さらに好ましくは0.8であり、最も好ましくは0.7である。Fn3の下限は、より好ましくは0.40であり、さらに好ましくは0.45であり、最も好ましくは0.50である。
【0078】
[ミクロ組織について]
本実施形態のステンレス鋼材はフェライト及びマルテンサイトの二相系ステンレス鋼材である。具体的には、ステンレス鋼材のミクロ組織は、体積率で、20.0〜60.0%のフェライト相及び1.0〜10.0%のオーステナイト相を含有し、残部がマルテンサイトからなる。
【0079】
ミクロ組織中のフェライト相は、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性を高める。フェライト相の体積率(以下、フェライト分率とする)が低すぎれば、上記効果は得られない。一方、フェライト分率が高すぎれば、ステンレス鋼材の強度及び靭性が低下する。したがって、フェライト分率は20.0〜60.0%である。フェライト分率の上限は、好ましくは58.0%、より好ましくは55.0%、さらに好ましくは52.0%である。フェライト分率の下限は、好ましくは20.5%、より好ましくは21.0%である。
【0080】
焼戻し後の残留オーステナイトは、ステンレス鋼材の靭性を高める。残留オーステナイトの体積率(オーステナイト相の体積率、以下、残留オーステナイト分率ともいう)が低すぎれば、上記効果は得られない。一方、残留オーステナイト分率が高すぎれば、ステンレス鋼材の降伏強度が低下し、862MPa以上の降伏強度が安定的に得られない。したがって、残留オーステナイト分率は1.0〜10.0%である。残留オーステナイト分率の上限は、好ましくは9.5%、より好ましくは9.0%である。残留オーステナイト分率の下限は、好ましくは1.5%、より好ましくは2.0%である。
【0081】
[ミクロ組織中の各相の体積率の測定方法]
本実施形態におけるステンレス鋼材のミクロ組織中のフェライト分率(体積%)、残留オーステナイト分率(体積%)及びマルテンサイト分率(体積%)は次の方法で測定する。
【0082】
[フェライト分率の測定方法]
はじめに、ステンレス鋼材からミクロ組織観察用の試験片を採取する。ステンレス鋼材が鋼板であれば、試験片の表面のうち、鋼板の板幅方向に垂直な断面(以下、観察面という)を研磨する。ステンレス鋼材が鋼管、棒鋼又は線材であれば、試験片の表面のうち、ステンレス鋼材の軸方向に垂直な断面(観察面)を研磨する。次に、王水とグリセリンとの混合液を用いて、研磨後の観察面をエッチングする。エッチングされた観察面において、フェライトを特定する。そして、特定されたフェライトの面積率を、JIS G0555(2003)に準拠した点算法で測定する。測定された面積率は、体積分率に等しいとして、これをフェライト分率(体積%)と定義する。
【0083】
[残留オーステナイト分率の測定方法]
残留オーステナイト分率は、X線回折法を用いて求める。はじめに、ステンレス鋼材から15mm×15mm×2mmの試験片を採取する。次に、採取された試験片を用いて、フェライト(α相)の(200)面及び(211)面、オーステナイト(γ相)の(200)面、(220)面及び(311)面の各々のX線回折プロファイルを測定し、各面の積分強度を算出する。算出後、α相の各面と、γ相の各面との組み合わせ(合計6組)ごとに、次式を用いて残留オーステナイト分率Vγを求める。
Vγ=100/(1+(Iα×Rγ)/(Iγ×Rα))
ここで、式中の「Iα」はα相の積分強度であり、「Iγ」はγ相の積分強度である。「Rα」はα相の結晶学的理論計算値であり、「Rγ」はγ相の結晶学的理論計算値である。上記各面の体積率Vγの平均値を、残留オーステナイト分率(体積%)と定義する。
【0084】
[マルテンサイト分率の測定方法]
本実施形態のステンレス鋼材のミクロ組織のうち、フェライト及び残留オーステナイト以外の残部は、マルテンサイトからなる。マルテンサイト分率は次の式で求める。
マルテンサイト分率=100−(フェライト分率+残留オーステナイト分率)
【0085】
[ステンレス鋼材]
本実施形態のステンレス鋼材の形状は、特に限定されない。ステンレス鋼材はたとえば、鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよいし、線材であってもよい。
【0086】
[製造方法]
本実施形態のステンレス鋼材の製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。上述の各元素の含有量、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよいし、鋳片から製造された鋼片でもよい。また、造塊法により製造されたインゴットを熱間加工して製造された鋼片でもよい。
【0087】
準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、たとえば1100〜1300℃に加熱する。続いて、加熱した素材を熱間加工して素管を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施する。具体的には、素材を穿孔機により穿孔圧延して素管にする。続いて、マンドレルミルやサイジングミルにより、素管をさらに圧延する。熱間加工として熱間押出を実施してもよいし、熱間鍛造を実施してもよい。熱間加工の温度はたとえば、1000〜1300℃である。
【0088】
熱間加工後の素管を焼入れ及び焼戻しして、降伏強度が862MPa以上(125ksi級)になるように強度を調整する。焼入れ温度は800〜1050℃である。好ましい焼戻し温度は650℃以下である。
【0089】
以上の工程により製造されたステンレス鋼材は、熱処理ままで高強度を有し、好ましくは862MPa以上の降伏強度を有する。ステンレス鋼材はさらに、塩化物イオン又は硫酸を含むような高温環境における耐強酸・炭酸ガス腐食性に優れる。
【0090】
上記ステンレス鋼材の製造方法では、一例として継目無鋼管の製造方法を説明した。しかしながら、本実施形態のステンレス鋼材の製造方法は上記製造方法に限定されない。ステンレス鋼材が継目無鋼管ではない場合には、上記製造方法と同様の温度範囲の熱間加工、及び、焼入れ及び焼戻し処理により本実施形態のステンレス鋼材が製造できる。また、本実施形態のステンレス鋼材は、冷間加工せず、熱処理ままでも高強度を得ることができる。しかしながら、必要に応じて冷間加工や熱処理等を実施してもよい。
【実施例】
【0091】
表1に示す化学組成を有する溶鋼を真空高周波溶解炉にて溶解し、50kgのインゴットを製造した。表1に示す化学組成のうち、試験番号1〜20は本発明例、試験番号21〜26は本発明の範囲を外れる比較例である。
【0092】
【表1】
【0093】
各インゴットを1200℃で3時間加熱した。加熱されたインゴットに対して、熱間鍛造を実施して、厚さ45mm、幅60mmの鋼材とした。鋼材を1230℃で1時間加熱した。加熱後の鋼材を熱間圧延して、板厚が13mmの鋼板を製造した。熱間圧延後の鋼板に対して焼入れ焼戻しを実施した。焼入れでは、鋼板を950℃で15分間加熱してから水焼入れした。焼入れ後の鋼板に対して、550℃で30分焼戻しを実施し、その後空冷した。
【0094】
焼入れ焼戻し後の各試験番号の鋼板を用いて、ミクロ組織観察試験、引張試験、高温強酸CO環境における腐食試験を実施した。
【0095】
[ミクロ組織観察試験(各相の体積率の測定)]
各試験番号の鋼板からミクロ組織観察用の試験片を採取した。採取した試験片の表面のうち、鋼板の板幅方向に垂直な断面(観察面)を研磨した。王水とグリセリンとの混合液を用いて、研磨後の観察面をエッチングした。エッチングされた観察面を用いて、上述の測定方法により、フェライト分率(体積%)を求めた。結果を表2に示す。
【0096】
各試験番号の鋼板から15mm×15mm×2mmの試験片を採取した。採取された試験片を用いて、上述の測定方法により、残留オーステナイト分率(体積%)を求めた。結果を表2に示す。
【0097】
得られたフェライト分率及び残留オーステナイト分率に基づいて、上記方法により、マルテンサイト分率(体積%)を求めた。結果を表2に示す。
【0098】
[引張試験]
各試験番号の鋼板の厚さ中央部から、丸棒引張試験片を採取した。丸棒引張試験片の長手方向は、鋼板の圧延方向に平行な方向(L方向)であった。丸棒引張試験片の平行部の直径は6mmであり、標点間距離は40mmであった。採取された丸棒引張試験片に対して、室温で引張試験を実施し、降伏強度(0.2%耐力)を求めた。結果を表2に示す。
【0099】
[高温強酸CO環境における腐食試験]
はじめに、各試験番号の鋼板から、腐食試験片を採取した。試験片は、長さ40mm、幅10mm、厚さ3mmであり、治具に吊り下げるための直径3mmの穴を有していた。次に、この試験片の重量を測定した。続いて、試験片を試験条件A又は試験条件Bに示す試験溶液に浸漬し、試験溶液に浸漬したまま試験片をオートクレーブ内に収納した。オートクレーブの内部は試験条件A又は試験条件Bに示す試験ガス雰囲気及び試験温度にそれぞれ調整した。試験時間は336時間であった。
【0100】
試験条件A
試験溶液:25mass%NaCl水溶液
試験ガス:30barCO
試験温度:250℃
【0101】
試験条件B
試験溶液:0.01mol/L HSO水溶液
試験ガス:30barCO
試験温度:250℃
【0102】
試験時間終了後の試験片の重量を測定し、試験前後の重量の変化量に基づいて、各試験片の腐食減量を求めた。得られた腐食減量から、各試験番号の鋼板の年間腐食量(mm/y)を計算した。結果を表2に示す。
【0103】
さらに、腐食条件Aでは、試験後の各試験片について、倍率10倍のルーペを用いて試験片表面の孔食発生の有無を確認した。結果を表2に示す。
【0104】
【表2】
【0105】
[評価結果]
試験条件Aにおいては、年間腐食量が0.050(mm/y)未満であれば、耐強酸・炭酸ガス腐食性が良好であると判定した。試験条件Bにおいては、年間腐食量が0.100(mm/y)未満であれば、耐強酸・炭酸ガス腐食性が良好であると判定した。
【0106】
表1及び表2を参照して、試験番号1〜20の鋼板は、各元素の含有量が適切であり、且つ、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有した。そのため、試験番号1〜20の鋼板は降伏強度が862MPa以上の高強度を有した。試験番号1〜20の鋼板はさらに、大深度油井及び大深度地熱井の環境を想定した試験条件A及び試験条件Bのいずれにおいても、腐食速度が小さく、孔食の発生が無かった。したがって、試験番号1〜20の鋼板は、熱処理ままで高強度を有し、さらに、250℃でCOと塩化物イオン又は硫酸とを含むような環境における優れた耐強酸・炭酸ガス腐食性を示した。
【0107】
さらに、式(3)を満たす化学組成を有する試験番号1〜19の鋼板は、式(3)を満たさない(Fn3=0.32の)化学組成を有する試験番号20の鋼板と比較して、降伏強度(YS)がさらに高かった。
【0108】
一方で、試験番号21では、Cr含有量が低過ぎた。試験番号21ではさらに、Fn2が18.9と低く、式(2)を満たさなかった。そのため、試験番号21の鋼板は、腐食試験において、試験条件Aの年間腐食量が0.120mm/yとなり、さらに孔食が発生した。試験番号21の鋼板はさらに、試験条件Bの年間腐食量が0.280mm/yとなった。試験番号21では、耐強酸・炭酸ガス腐食性が劣った。
【0109】
試験番号22では、Cu含有量が低過ぎた。試験番号22ではさらに、Fn2が19.9と低く、式(2)を満たさなかった。そのため、試験番号22の鋼板は降伏強度が351.3MPaと低かった。試験番号22の鋼板はさらに、腐食試験において、試験条件Bで年間腐食量が0.160mm/yとなり、耐強酸・炭酸ガス腐食性が劣った。
【0110】
試験番号23では、Ni含有量が多過ぎた。試験番号23ではさらに、Fn1が14.3と低く、式(1)を満たさなかった。そのため、試験番号23の鋼板は、残留オーステナイト分率が32.5体積%と高くなり、降伏強度が405.4MPaと低かった。
【0111】
試験番号24の鋼板の化学組成は、各元素の含有量は適切であったものの、Fn1が7.5と低く、式(1)を満たさなかった。そのため、試験番号24の鋼板は、残留オーステナイト分率が47.2体積%と高くなり、降伏強度が386.7MPaと低かった。
【0112】
試験番号25の鋼板の化学組成は、各元素の含有量は適切であったものの、Fn2が24.7と高く、式(2)を満たさなかった。そのため、試験番号25の鋼板は、残留オーステナイト分率が11.7体積%と高くなり、降伏強度が537.9MPaと低かった。
【0113】
試験番号26の鋼板の化学組成は、各元素の含有量は適切であったものの、Fn2が19.8と低く、式(2)を満たさなかった。そのため、試験番号26の鋼板は、腐食試験において、試験条件Aの年間腐食量が0.142mm/yとなり、さらに孔食が発生した。試験番号26の鋼板はさらに、試験条件Bの年間腐食量が0.268mm/yとなった。試験番号26では、耐強酸・炭酸ガス腐食性が劣った。
【0114】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0115】
M マルテンサイト相
M+F マルテンサイト相及びフェライト相の二相組織
F フェライト相
A オーステナイト相
図1
図2