特許第6860132号(P6860132)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6860132DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6860132
(24)【登録日】2021年3月30日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20210405BHJP
   C12Q 1/6813 20180101ALI20210405BHJP
【FI】
   C12N15/09 ZZNA
   C12Q1/6813 Z
【請求項の数】9
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-62547(P2016-62547)
(22)【出願日】2016年3月25日
(65)【公開番号】特開2017-169545(P2017-169545A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2018年12月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】502350504
【氏名又は名称】学校法人上智学院
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100135909
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 次郎
(72)【発明者】
【氏名】多田 能成
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2007/0004047(US,A1)
【文献】 Nature Chemistry,2017年,Vol.9,p.956-960
【文献】 Science,2003年,Vol.299,p.1212-1213
【文献】 Angew. Chem. Int. Ed.,2007年,Vol.46,p.250-253
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二本の一本鎖DNAが金属イオンを介在した結合により逆平行に結合した二本鎖構造を有するDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーであって、
内部に連続する金属イオン配列を有し、
DNAの塩基と金属イオンの配列は
金属介在塩基対と、金属介在塩基対を形成しない塩基長mの末端塩基とを有する基本単位Nの繰り返しにより構成されており、
前記基本単位Nは、
(i)塩基長がn(ただしn≧2である)である配位塩基配列2つと、(n−m)個の金属イオンとを含み、但し、2つの配位塩基配列は非相補的であり、金属イオンが存在しない条件で相補的に二本鎖を形成することができない配列であり、かつ
(ii)前記金属介在塩基対が、
(a)一方の配位塩基配列における5'末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の3'末端からx番目の塩基、あるいは
(b)一方の配位塩基配列における3'末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の5'末端からx番目の塩基
(ただし、
mは1≦m≦(n/2)の条件を満たす任意の整数であり、
xは1≦x≦(n−m)の条件を満たす任意の整数である)
により形成されるよう、前記2つの配位塩基配列が金属イオンを介在した結合により逆平行に結合しており、
前記金属介在塩基対は、金属イオンに2つの塩基が配位した構造を有し、
前記基本単位Nにおいて、二本の一本鎖DNAはそれぞれ塩基長mの末端塩基を有し、
前記基本単位Nは、2つの基本単位Nの前記末端塩基同士が、金属イオンを介在させて結合し金属介在塩基対を形成することにより互いに連結しており、
前記金属介在塩基対を構成する一方の塩基は、他方の塩基に対して前記配位塩基配列中5'末端側で隣接する塩基と水素結合を形成している(ただし、前記配位塩基配列の塩基は3塩基あたり1塩基またはそれ以下の割合で前記水素結合を形成していなくてもよい)、
前記DNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
【請求項2】
前記金属介在塩基対を構成する配位塩基配列の全ての塩基が水素結合を形成している、請求項1に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
【請求項3】
前記金属介在塩基対で形成される水素結合が、グアニン(G)、チミン(T)からなる群Xから選択される塩基と、アデニン(A)およびシトシン(C)からなる群Yから選択される塩基との組み合わせから形成される、請求項1または2に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
【請求項4】
前記二本の一本鎖DNAが同一の配位塩基配列を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
【請求項5】
前記基本単位Nを構成する配位塩基配列が、配列番号1〜3のいずれかの塩基配列からなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成するための試薬であって、1種または2種の二本の一本鎖DNAを含み、
前記一本鎖DNAは、塩基長がn(ただしn≧2である)であり、連続または非連続の、金属介在塩基対と、金属介在塩基対を形成しない塩基長mの末端塩基とを有する基本単位Nの形成に参加する配位塩基配列を含み、
(ただし、前記配位塩基配列が非連続の場合、前記一本鎖DNAの配列において、金属介在塩基対の形成に参加する前記配位塩基配列の間に、金属介在塩基対の形成に参加しない塩基が3塩基中1塩基またはそれより低い割合で存在する)
前記配位塩基配列は、金属イオンが存在しない条件で互いに相補的に二本鎖を形成することができない非相補的な配列であり、
(a)5'末端から(m+x)番目の塩基と、3'末端からx番目の塩基、あるいは
(b)3'末端から(m+x)番目の塩基と、5'末端からx番目の塩基
(ただし、
mは1≦m≦(n/2)の条件を満たす任意の整数であり、
xは1≦x≦(n−m)の条件を満たす任意の整数である)
が、前記塩基が配位可能な金属イオンを介在させて金属介在塩基対を形成可能であり、かつ
前記(a)の場合は、5'末端から(m+x)番目の塩基と、3'末端から(x+1)番目の塩基が、
前記(b)の場合は、3'末端から(m+x)番目の塩基と、5'末端から(x−1)番目の塩基が、
それぞれ水素結合を形成可能であり、
前記配位塩基配列の末端塩基は、前記基本単位Nの形成に参加する他方の配位塩基配列の末端塩基と、金属イオンを介在させて結合し金属介在塩基対を形成することにより互いに連結可能である
(ただし、前記配位塩基配列の塩基は3塩基あたり1塩基またはそれ以下の割合で前記水素結合を形成できなくてもよい)、
前記試薬。
【請求項7】
前記一本鎖DNAが連続の配位塩基配列を含み、且つ
前記金属介在塩基対を構成する配位塩基配列の全ての塩基が前記水素結合を形成できる、請求項6に記載の試薬。
【請求項8】
請求項6または7により特定される配列を有する一本鎖DNAと、前記配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンとを接触させることを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの製造方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の試薬と、前記配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンを含有するか、またはそのような金属イオンを生成し得る試薬とを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを製造するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA二重らせん中に金属イオンが半無限長に連続して縦列している構造を有するDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DNAやRNAを構成する塩基またはその誘導体が金属イオンを挟んでペアを構成した金属介在塩基対は、分子材料やナノデバイスへの応用が期待されるため、注目を集めている。例えば、金属介在塩基対を積み上げて導電性のナノワイヤーを作製するアイデアが従来知られている。非特許文献1では、天然のDNAを部分的に化学修飾した人工DNAの二重らせん軸に沿って、銅と水銀の2種類の金属イオンを3〜10個並べることに成功したことが報告されている。非特許文献2では、やはり人工DNAの二重らせん軸に沿って、銅やマンガンなどの遷移金属イオンを10個並べることに成功したことが報告されている。
【0003】
また、本発明者らは以前、RNA二重らせん中に、銀イオンを挟んで天然の核酸塩基であるシトシンがペアを構成した金属介在塩基対C−Ag(I)−Cを形成させ、その詳細な構造を解析することに成功している(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Tanaka et al., Nature Nanotechnology, 2006, vol. 1, pp. 190-194
【非特許文献2】G. H. Clever et al., Angewandte Chemie International Edition, 2007, vol. 46, pp. 250-253
【非特許文献3】J. Kondo et al., Angewandte Chemie International Edition, 2015, vol. 54, pp. 13323-13326
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一次元上に配列した金属原子からなるナノワイヤーを作製するためには、金属原子を半無限長に縦列させる必要がある。しかし、金属介在塩基対の形成を利用した場合では、金属原子を10個並べたのが現在の最長記録であり、金属原子を半無限長に縦列させる方法はこれまで見出されていない。本発明は、金属原子が半無限長に縦列したナノワイヤーを作製することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、金属介在塩基対についての研究を進める過程において、偶然的に銀−DNAハイブリッドナノワイヤーを作製することに成功した。そして、そのことから、特定条件に合致するオリゴヌクレオチドを利用することにより、種々のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが作製可能であることを見出し、本発明に想到するに至った。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0007】
(1)二本の一本鎖DNAが金属イオンを介在した結合により逆平行に結合した二本鎖構造を有するDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーであって、
内部に連続する金属イオン配列を有し、
DNAの塩基と金属イオンの配列は
金属介在塩基対と、金属介在塩基対を形成しない塩基長mの末端塩基とを有する基本単位Nの繰り返しにより構成されており、
前記基本単位Nは、
(i)塩基長がn(ただしn≧2である)であり非相補的な配位塩基配列2つと、(n−m)個の金属イオンとを含み、かつ
(ii)前記金属介在塩基対が、
(a)一方の配位塩基配列における5’末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の3’末端からx番目の塩基、あるいは
(b)一方の配位塩基配列における3’末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の5’末端からx番目の塩基
(ただし、
mは1≦m≦(n/2)の条件を満たす任意の整数であり、
xは1≦x≦(n−m)の条件を満たす任意の整数である)
により形成されるよう、前記2つの配位塩基配列が金属イオンを介在した結合により逆平行に結合しており、
前記金属介在塩基対は、金属イオンに2つの塩基が配位した構造を有し、
前記基本単位Nは、2つの基本単位Nの前記末端塩基同士が、金属イオンを介在させて結合し金属介在塩基対を形成することにより互いに連結しており、
前記金属介在塩基対を構成する一方の塩基は、他方の塩基に対して前記配位塩基配列中5’末端側で隣接する塩基と水素結合を形成している(ただし、前記配位塩基配列の一部の塩基は前記水素結合を形成していなくてもよい)、
前記DNA−金属ハイブリッドナノワイヤー。
(2)(1)に記載のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成するための試薬であって、一本鎖DNAを含み、
前記一本鎖DNAは、塩基長がn(ただしn≧2である)であり、連続または非連続の配位塩基配列を含み、
前記配位塩基配列は、非相補的であり、
(a)5’末端から(m+x)番目の塩基と、3’末端からx番目の塩基、あるいは
(b)3’末端から(m+x)番目の塩基と、5’末端からx番目の塩基
(ただし、
mは1≦m≦(n/2)の条件を満たす任意の整数であり、
xは1≦x≦(n−m)の条件を満たす任意の整数である)
が、前記塩基が配位可能な金属イオンを介在させて金属介在塩基対を形成可能であり、かつ
前記(a)の場合は、5’末端から(m+x)番目の塩基と、3’末端から(x+1)番目の塩基が、
前記(b)の場合は、3’末端から(m+x)番目の塩基と、5’末端から(x−1)番目の塩基が、
それぞれ水素結合を形成可能である
(ただし、前記配位塩基配列の一部の塩基は前記水素結合を形成できなくてもよい)、
前記試薬。
(3)前記一本鎖DNAの配列において、金属介在塩基対の形成に参加する前記配位塩基配列の間に、金属介在塩基対の形成に参加しない塩基が存在し、それにより前記一本鎖DNAが含む配位塩基配列が非連続となっている、(2)に記載の試薬。
(4)(2)または(3)により特定される配列を有する一本鎖DNAと、前記配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンとを接触させることを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの製造方法。
(5)(2)または(3)に記載の試薬と、前記配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンを含有するか、またはそのような金属イオンを生成し得る試薬とを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを製造するためのキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、DNA二重らせん中に金属イオンが半無限長に連続して縦列している構造を有し、本明細書に記載の特定の条件に合致するオリゴヌクレオチドと金属イオンとを単に接触させるだけで簡単に製造することができる。その直径はわずか約2nmであり、極細の電線などのナノデバイス材料としての利用が期待できる。また、含有される金属イオンの特性に応じた機能性繊維としての応用も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造の一例(実施形態(a))を模式的に示す部分構造図である。
図2】本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造の一例(実施形態(b))を模式的に示す部分構造図である。
図3A】天然核酸塩基からなる金属介在塩基対の構造の各パターン(グアニンを含む組み合わせ)を示す図である。
図3B】天然核酸塩基からなる金属介在塩基対の構造の各パターン(グアニンを含まない組み合わせ)を示す図である。
図4】本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造の別の実施形態を示す図である。
図5】2種の一本鎖DNAを用いて形成されるDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの部分構造(基本単位N)の具体例を示す図である。
図6】実施例1で得られたDNA−銀ハイブリッドナノワイヤー結晶の構造解析の結果判明した分子構造を示す図である。
図7】実施例1で得られたDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定の結果得られた融解曲線である。
図8】実施例2で得られたDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定の結果得られた融解曲線である。
図9】実施例3で得られたDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定の結果得られた融解曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造の一例を模式的に示す部分構造図である。以下、図1を用いて本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造について説明する。
【0011】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、二本の一本鎖DNAが、金属イオンが介在した結合により逆平行に結合した二本鎖構造を有する。図1において、1〜9の丸数字は、その一本鎖DNAに含まれる配位塩基配列を模式的に示したものである。なお、図1に示した例では、二本の一本鎖DNAは同一の配位塩基配列を有するが、それらは必ずしも同一である必要はなく、下記に説明する各条件を満たす限り、異なる配位塩基配列を有していてもよい。本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーのDNAの塩基部分は、図1の例でいえば塩基1〜9の配列に相当する配位塩基配列を有するオリゴヌクレオチドの繰り返しからなる。なお、本明細書において、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーについて用いる用語「配位塩基配列」とは、図1における塩基1〜9のような、金属イオンが介在した結合に参加している塩基(すなわち、後述する「金属介在塩基対」の形成に参加している塩基)の配列を意味する。なお、詳細は図4を用いて詳述するが、それらの配位塩基配列中の隣接する塩基同士は、それら塩基が結合するデオキシリボースが互いにホスホジエステル結合により結合されていなくてもよく、すなわち上述のオリゴヌクレオチドには金属イオンが介在した結合に参加しない塩基(すなわち、後述する「突出塩基」)が含まれていてもよい。図1中、塩基の間の丸は金属イオンを模式的に示す。本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、内部、すなわち二本鎖構造中の塩基−塩基の間に、連続する金属イオン配列を有する。DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、直径が約2nmである。
【0012】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーにおいて、DNAの塩基と金属イオンの配列は、図1中、実線で囲んで示した基本単位Nの繰り返しにより構成されている。基本単位Nの繰り返しは半無限に連続しており、その繰り返し数は、少なくとも2以上であり、例えば、3以上、5以上、あるいは10以上である。基本単位Nは、金属介在塩基対と、金属介在塩基対を形成しない塩基長mの末端塩基とから構成されている(m≧1)。図1の例では、塩基1および塩基2が末端塩基であり、したがって末端塩基の塩基長m=2である。また、図1の例では、基本単位Nには金属介在塩基対が7対含まれる。
【0013】
基本単位Nは、別の側面からみると、塩基長nの配位塩基配列2つと、(n−m)個の金属イオンとを含む。図1の例では、基本単位Nに含まれる配位塩基配列は塩基1〜9から構成され、n=9である。金属イオンの数は、(n−m)=(9−2)=7である。なお、図1に示した例では配位塩基配列は同一であるが、本明細書に説明する各条件を満たす限り、2つの配位塩基配列は異なっていてもよい。配位塩基配列の塩基長nは2以上であり(n≧2)、末端塩基の塩基長mは、配位塩基配列の塩基長nの半分以下である(m≦(n/2))。配位塩基配列は非相補的であり、金属イオンが存在しない条件で相補的に二本鎖を形成することができない配列である。
【0014】
一実施形態(a)では、基本単位Nにおいて、金属介在塩基対は、一方の配位塩基配列における5’末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の3’末端からx番目の塩基の間に形成される。xは1≦x≦(n−m)である。図1はこの実施形態(a)を図示したものであり、例えば図中の左側の配位塩基配列における塩基5(m=2であるためx=3に相当)は、右側の配位塩基配列における3 ’末端から3番目、すなわち5’末端から7番目(5’末端から(n+1−x)番目)の塩基7と金属介在塩基対を形成する。
【0015】
別の実施形態(b)では、基本単位Nにおいて、金属介在塩基対は、一方の配位塩基配列における3’末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の5’末端からx番目の塩基の間に形成される。図2はこの実施形態(b)を図示したものであり、例えば図中の左側の配位塩基配列における3’末端から7番目の塩基3(m=2であるためx=5に相当、5’末端から3番目)は、右側の配位塩基配列における5’末端から5番目(3’末端から(n+1−x)番目)の塩基5と金属介在塩基対を形成する。
【0016】
金属介在塩基対は、金属イオンに2つの塩基が配位した構造を有する。そのような構造の例としては、1つの塩基中に配位サイトが1つ存在し、その塩基2つが1つの金属イオンに配位して形成される直線型二配位構造、および1つの塩基中に配位サイトが2つ存在し、その塩基2つが1つの金属イオンに配位して形成されるか、あるいは1つの塩基中に配位サイトが3つ存在する塩基と、1つの塩基中に配位サイトが1つ存在する塩基が1つの金属イオンに配位して形成される平面型四配位構造が挙げられる。金属塩基対を構成する塩基は、任意の核酸塩基、すなわちアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)もしくはその誘導体、または人工の配位子であり、好ましくはアデニン、チミン、グアニン、シトシンまたはこれらの誘導体である。アデニンの誘導体としては、N1−メチルアデニン、N6−メチルアデニン、N6−アセチル−N6−メチルアデニン、N6−カルボキシメチルアデニン、2−アミノアデニン、8−アミノアデニン、8−オキソアデニン、8−ブロモアデニン、3−デアザアデニン、7−デアザアデニン、7−デアザ−8−アザアデニン、エテノアデニン、フェノキシアセチルアデニンなどが挙げられる。チミンの誘導体としては、ウラシル、シュードウラシル、5−ブロモウラシル、5−フルオロウラシル、5−ヨードウラシル、5−ヒドロキシウラシル、5−ヒドロキシメチルウラシル、4−チオウラシル、5,6−ジヒドロウラシル、O4−トリアゾリルウラシル、2−チオチミン、4−チオチミン、O4−メチルチミン、O4−カルボキシメチルチミン、5,6−ジヒドロチミンなどが挙げられる。グアニンの誘導体としては、ヒポキサンチン、6−チオグアニン、8−アミノグアニン、8−オキソグアニン、8−ブロモグアニン、8−ジュウテログアニン、O6−メチルグアニン、O6−カルボキシメチルグアニン、7−デアザグアニン、7−デアザ−8−アザグアニンなどが挙げられる。シトシンの誘導体としては、N4−アセチルシトシン、N4−エチルシトシン、N4−メチルシトシン、N4−カルボキシメチルシトシン、5−ブロモシトシン、5−ヨードシトシン、5−カルボキシシトシン、5−ヒドロキシシトシン、5−ヒドロキシメチルシトシン、5−ホルミルシトシン、5−メチルシトシン、5−メチルイソシトシン、5−アザ−5,6−ジヒドロシトシン、ピロロシトシンなどが挙げられる。人工の配位子としては、イミダゾール、サリチルアルデヒド、ピリジン、ピリジン−2,6−ジカルボン酸、ヒドロキシピリドン、1,2,4−トリアゾールのようなものを挙げることができる。金属塩基対を構成する塩基は、より好ましくは天然に存在する核酸塩基、すなわちアデニン、チミン、グアニン、またはシトシンである。金属介在塩基対を構成する塩基のペアは、金属イオンに配位しており、それら塩基ペア自体は水素結合を形成可能な組み合わせ(A−T、G−C)である必要はない。図3に、任意の天然核酸塩基の組み合わせによる金属介在塩基対の構造の各パターンを示す。図3中、Mは金属イオンを、黒丸は塩基のデオキシリボースとの結合箇所をそれぞれ示す。天然核酸塩基の誘導体または人工の配位子の場合は、図3に示したものに準じた態様で金属介在塩基対が構成される。
【0017】
金属介在塩基対に含まれる金属イオンは、配位塩基配列の塩基が配位可能なものであり、好ましくは直線型二配位構造または平面型四配位構造をとることができる金属イオンである。直線型二配位構造をとることができる金属イオンとしては、一価の金イオン(Au(I))、一価の銀イオン(Ag(I))、一価の銅イオン(Cu(I))および二価の水銀イオン(Hg(II))が挙げられる。一価の金イオンは、例えば塩化金(III)(AuCl)由来の三価の金イオン(Au(III))を還元することにより得られる。一価の銀イオンは、例えば硝酸銀(I)(AgNO)から得られる。一価の銅イオンは、例えば塩化銅(II)(CuCl)由来の二価の銅イオン(Cu(II))を還元することにより得られる。二価の水銀イオンは、例えば過塩素酸水銀(II)(Hg(ClO)から得られる。なお、二価の水銀イオンがチミン(T)と共に金属介在塩基対を形成することは、本発明者らにより既に報告されているとおりである(J. Kondo et al., Angewandte Chemie International Edition, 2014, vol. 53, pp. 2385-2388)。また、平面型四配位構造をとることができる金属イオンとしては、二価の銅イオン(Cu(II))、二価の白金イオン(Pt(II))、二価のニッケルイオン(Ni(II))、二価のパラジウムイオン(Pd(II))、一価のイリジウムイオン(Ir(I))、一価のロジウムイオン(Rh(I))が挙げられる。二価の銅イオンは、例えば塩化銅(II)(CuCl)から得られる。二価の白金イオンは、例えばヘキサブロモ白金(IV)酸カリウム(KPtBr)由来の四価の白金を還元することによって得られる。二価のニッケルイオンは、例えば塩化ニッケル(II)(NiCl)から得られる。
【0018】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーでは、金属イオンは一種類のみが含まれていてもよく、あるいは二種類以上の金属イオンが含まれていてもよい。二種類以上の金属イオンが含まれる場合、それらはランダムに配列していても、あるいは規則性をもって配列していてもよい。
【0019】
図1に示した実施形態(a)では、一方の配位塩基配列の5’末端から(m+x)番目の塩基と、他方の配位塩基配列の3’末端からx番目の塩基が金属イオンへ配位することで金属介在塩基対を形成しているが、当該二つの配位塩基配列は、その結合のみならず、水素結合によっても互いに結合している。より詳細には、金属介在塩基対を構成する二つの塩基のうち一方の塩基は、配位塩基配列において他方の塩基に対して5’末端側で隣接する塩基(3’末端から(x+1)番目の塩基)と水素結合を形成している。例えば、図1では、左側の配位塩基配列における塩基5は、右側の配位塩基配列における塩基7と金属介在塩基対を形成するとともに、右側の配位塩基配列における塩基6と水素結合を形成している。同様のことが図2に示した実施形態(b)についてもいえる。例えば、図2では左側の配位塩基配列における塩基3(3’末端から(m+x)番目の塩基、m=2かつx=5)は、右側の配位塩基配列における塩基5(5’末端からx番目の塩基)と金属介在塩基対を形成するとともに、右側の配位塩基配列における塩基4(5’末端から(x−1)番目の塩基)と水素結合を形成している。このような水素結合を形成する塩基ペアのことを、本明細書では「水素結合塩基対」と称する。
【0020】
DNAを構成する天然塩基の場合、グアニン(G)の6位またはチミン(T)の4位にある酸素と、アデニン(A)の6位またはシトシン(C)の4位にある水素との間の、メジャーグルーヴでの水素結合によって形成される。また、これらの塩基の誘導体の場合も、メジャーグルーヴで水素結合を形成できる塩基ペアであれば、水素結合塩基対を形成できる。より具体的には、水素結合塩基対が、グアニン(G)、チミン(T)からなる群Xから選択される塩基と、アデニン(A)およびシトシン(C)からなる群Yから選択される塩基との組み合わせから構成される場合、水素結合が形成されやすく好ましい。天然核酸塩基の誘導体についても同様のことがいえる。
【0021】
DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造がより安定であるためには、配位塩基配列の全ての塩基が水素結合塩基対を形成していることが好ましい。ただし、一定以上の割合で水素結合塩基対が形成されていれば、必ずしも全ての塩基が水素結合を形成している必要はなく、従って一部の塩基が水素結合を形成していなくてもよい。具体的には、塩基配列のうち、例えば3塩基あたり1塩基、5塩基あたり1塩基、8塩基あたり1塩基、または10塩基あたり1塩基が水素結合を形成していなくてもよい。
【0022】
上述のとおり、本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤー中、DNAの塩基と金属イオンの配列は、基本単位Nの繰り返しにより構成されている。基本単位N同士は、二つの基本単位Nの末端塩基同士が、基本単位N外の金属イオンを介在させて、金属介在塩基対を形成することにより連結されている。図1の例では、末端塩基である塩基1および塩基2は、それぞれ他の基本単位Nの末端塩基2および塩基1と金属介在塩基対を形成しており、それにより基本単位N同士が連結されている。なお、基本単位N同士の連結の1箇所あたり、基本単位N外の金属イオンが末端塩基数であるm個分だけ必要となる。また、基本単位N同士の連結に関与する末端塩基の金属介在塩基対に関しても、一方の塩基は、他方の塩基に対して5’末端側で隣接する塩基と水素結合を形成していることが、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造がより安定であるために好ましい。
【0023】
図4は、本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの構造の別の実施形態を示す図である。この実施形態によるDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、ワイヤーの外部に向かって塩基配列から突出した塩基を有する。図4の例では、P、QおよびRで示された塩基がそれに該当する。本明細書では、そのような塩基を「突出塩基」と称する。それにより、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを構成する一本鎖DNA(オリゴヌクレオチド)の配列には、金属介在塩基対の形成に参加する配位塩基配列の間に、金属介在塩基対の形成に参加しない、その突出塩基となる塩基が存在し、一本鎖DNAが含む配位塩基配列が非連続となる。なお、図4に示した例では、2本の一本鎖DNAの配列において、配位塩基配列1〜9は同一であるが、本明細書で説明する各条件を満たす限り、2つの配位塩基配列は異なっていてもよい。
【0024】
図4に示した実施形態のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを構成する一本鎖DNAは、図4(b)にも示した配列「1−P−2−3−Q−4−5−6−7−R−8−9」が順番に繰り返された配列を有する。この配列の塩基は、隣接する塩基同士、それらの塩基が結合するデオキシリボースが互いにホスホジエステル結合により結合されている。突出塩基となるP、QおよびRは、上述した金属介在塩基対または水素結合塩基対の形成条件において、それらの塩基をスキップして各結合を形成したほうがDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが安定となるようなものである。上記の配列を有する一本鎖DNAから構成されるDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、図4(a)のように、塩基1〜9が金属介在塩基対を形成する配位塩基配列を、金属介在塩基対に参加しない塩基P、QおよびRが突出塩基をそれぞれ構成した構造となる。突出塩基となる塩基は、一本鎖DNAの配列中、2塩基中1塩基の割合で含まれていてもよく、あるいは3塩基中1塩基、4塩基中1塩基、5塩基中1塩基、もしくは6塩基1塩基の割合、またはそれより低い割合で含まれていてもよい。なお、図4に示した例では、2本の一本鎖DNAの配列が同一であるが、本明細書で説明する各条件を満たす限り、それらは必ずしも同一でなくてもよい。配位塩基配列が互いに異なっていてもよく、その配位塩基配列に挿入される突出塩基の種類、位置、および数も互いに異なっていてもよい。
【0025】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、基本単位Nを構成可能な塩基配列を有する一本鎖DNAを用意し、その一本鎖DNAと、上述した配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオン、好ましくは直線型二配位構造または平面型四配位構造をとる金属イオンとを接触させるだけで形成される。DNAポリメラーゼといった酵素などは特に必要ない。従って、本発明は別の側面において、一本鎖DNAと、配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンとを接触させることを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの製造方法に関する。一本鎖DNAは、図1および2の例のように、配位塩基配列である塩基1〜9のみからなる配列を有していてもよく、あるいは図4の例のように、「1−P−2−3−Q−4−5−6−7−R−8−9」といった、塩基1〜9からなる配位塩基配列に突出塩基が挿入された配列を有していてもよい。突出塩基が挿入され、配位塩基配列が非連続であったとしても、図4(a)に示したような構造が金属イオンと接触させるだけで形成される。なお、一本鎖DNAは1種のみを用いても、2種以上を用いてもよい。本明細書に説明する各条件を相互の関係において満たす、すなわち、図1、2および4に示した例でいえば、一方が左側の配列、他方が右側の配列とみなした場合に図示したような構造を形成できる関係にある2種の一本鎖DNAであれば、それらと上述した金属イオンとを接触させることによりDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが形成される。一本鎖DNAを1種のみ用いる場合は、一本鎖DNAの用意に手間がかからず好ましい。また、2種以上を用いると、例えば突出塩基の挿入パターンを変えることなどにより、形成されるDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーに特異な機能性を与えられる可能性がある。
【0026】
より詳細には、本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの製造方法に用いる一本鎖DNA(オリゴヌクレオチド)は、塩基長nが2以上の連続または非連続の配位塩基配列(図1、2および4の例であれば塩基1〜9からなる配列に相当)を含む。当該配位塩基配列は、非相補的であり、図1に示すような実施形態(a)の場合であれば、5’末端から(m+x)番目の塩基と、3’末端からx番目の塩基が、図2に示すような実施形態(b)の場合であれば、3’末端から(m+x)番目の塩基と、5’末端からx番目の塩基が、該塩基が配位可能な金属イオンを介在させて金属介在塩基対を形成可能であり、かつ、前記(a)の場合は、5’末端から(m+x)番目の塩基と、3’末端から(x+1)番目の塩基が、前記(b)の場合は、3’末端から(m+x)番目の塩基と、5’末端から(x−1)番目の塩基が、それぞれ水素結合を形成可能である(水素結合塩基対)。ただし、当該水素結合は、必ずしも配位塩基配列の全ての塩基で形成している必要はなく、従って、一部の塩基において形成されていなくてもよく、具体的には、塩基配列のうち、例えば3塩基あたり1塩基、5塩基あたり1塩基、8塩基あたり1塩基、または10塩基あたり1塩基が水素結合を形成していなくてもよい。なお、一本鎖DNAの塩基の配列自体も非相補的である。上記の条件を満たす一本鎖DNAの配列の具体例としては、例えば2塩基長の「X−Y」(XはGまたはTであり、YはAまたはCである)が挙げられる。
【0027】
図5に、2種の一本鎖DNAを用いて形成されるDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの部分構造(基本単位N)の具体例を示す。図5(a)に示したものは、「GGACTCGACTCC」の配列を有する一本鎖DNAと、「GGAATCGACTCC」の配列を有する一本鎖DNAの、二種の一本鎖DNAにより形成されている。左右の配位塩基配列は、図中、破線で囲んだ塩基において相違する。しかし、両配位塩基配列は本明細書で説明した各条件を充足するため、上記の二種の一本鎖DNAによりDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成することができる。このように、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成可能な二種の一本鎖DNAは、配位塩基配列の一つ以上が入れ替わった関係にあってもよい。
【0028】
図5(b)に示したものは、「GGACTCGACTCC」の配列を有する一本鎖DNAと、「GGCTCGACTCC」を有する一本鎖DNAの、二種の一本鎖DNAにより形成されている。両一本鎖DNAの塩基の配列は、図中、破線で囲んだ突出塩基の有無において相違し、塩基長も異なる。しかし、そこに含まれる配位塩基配列が本明細書で説明した各条件を充足するため、そのような二種の一本鎖DNAによってもDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成することができる。このように、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成可能な二種の一本鎖DNAは、配位塩基配列に挿入された突出塩基の一つ以上の有無、あるいは突出塩基の種類、挿入位置、または数により相違する関係にあってもよい。また、そのような二種の一本鎖DNAは、さらに配位塩基配列の一つ以上が入れ替わった関係にあってもよい。
【0029】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、例えば上述した一本鎖DNAの溶液を、配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオン、好ましくは直線型二配位構造または平面型四配位構造をとる金属イオンを含むか、そのような金属イオンを好ましくはin situで生成し得る金属塩の溶液と混合することにより調製することができる。金属塩の溶液に含まれる金属イオンは、直線型二配位構造をとることができる金属イオンであれば、例えば一価の金イオン(Au(I))、一価の銀イオン(Ag(I))、一価の銅イオン(Cu(I))もしくは二価の水銀イオン(Hg(II))、または加熱などにより還元させてそれらをin situで生成可能な三価の金イオン(Au(III))、二価の銅イオン(Cu(II))であることが好ましい。そのような金属イオンを生成し得る金属塩としては、塩化金(III)、塩素酸銀(I)、過塩素酸銀(I)、酢酸銀(I)、硝酸銀(I)、フッ化銀(I)、硫酸銀(I)、塩化銅(II)、過塩素酸銅(II)、ギ酸銅(II)、臭化銅(II)、硝酸銅(II)、セレン酸銅(II)、ヘキサフルオロケイ酸銅(II)、硫酸銅(II)、塩化水銀(II)、塩素酸水銀(II)、過塩素酸水銀(II)、酢酸水銀(II)、シアン化水銀(II)などが挙げられる。また、平面型四配位構造をとることができる金属イオンであれば、例えば二価の銅イオン(Cu(II))、二価の白金イオン(Pt(II))、二価のニッケルイオン(Ni(II))、二価のパラジウムイオン(Pd(II))、一価のイリジウムイオン(Ir(I))、一価のロジウムイオン(Rh(I))などが挙げられる。そのような金属イオンを生成し得る金属塩としては、ヘキサブロモ白金(IV)酸カリウム、塩化ニッケル(II)、塩素酸ニッケル(II)、過塩素酸ニッケル(II)、臭化ニッケル(II)、臭素酸ニッケル(II)、硝酸ニッケル(II)、フッ化ニッケル(II)、ヨウ化ニッケル(II)、硫酸ニッケル(II)などが挙げられる。金属イオンは1種のみが含まれていてもよく、あるいは2種以上が含まれていてもよい。2種以上の金属イオンを含む溶液を用いることにより、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを合金製ナノワイヤーとすることができる。
【0030】
DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの形成時にpH条件を一定にすることは重要であるため、一本鎖DNAの溶液には、必要に応じてMOPS緩衝液などの緩衝溶液が含まれていてもよい。なお、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの形成には好ましい温度条件などは特になく、室温下でも問題なく実施できる。本発明は、別の側面において、上述したような一本鎖DNAを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを形成するための試薬、あるいは当該試薬と、配位塩基配列の塩基が配位可能な金属イオンを含有するか、またはそのような金属イオンを生成し得る試薬とを含む、DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーを製造するためのキットに関する。なお、形成されたDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、公知の手法、例えばハンギングドロップ蒸気拡散法などにより結晶化し、それについてX線回折データを測定することにより構造を特定することが可能である。
【0031】
本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、従来実現されなかった、金属イオンが半無限長に連続して縦列した構造を有し、極細の電線などのナノデバイス材料として、あるいは特異な熱伝導性を有するナノ繊維としての利用が期待できる。また、金属イオンとして銀イオンを採用した場合には、銀は抗菌作用を有することが知られているため、極細の抗菌繊維としての利用が期待される。本発明のDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーは、人為的に修飾したDNAではなく、天然の核酸塩基を有するDNAを用いて形成することもできるため、従来広く知られている技術によって化学合成することができるDNAを製造に利用することができる。天然の核酸塩基を有するDNAを用いると、環境負荷が低いという利点もある。さらに、本発明によれば、DNAを金属イオンと接触させるだけでDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが形成されるため、容易かつ安価に製造することができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]塩基配列:GGACT[BrC]GACTCC(配列番号1)
(1)DNA−銀ハイブリッドナノワイヤー結晶の調製および構造解析
塩基配列:GGACT[BrC]GACTCC(BrC=5−ブロモ−2’−デオキシシチジン)(配列番号1)を有するDNA12量体を、化学合成により用意した。BrC残基は、異常分散法により位相問題を解決する目的で導入した。DNAを、3.2Mの尿素を含有する変性20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動により精製し、逆相クロマトグラフィにより脱塩した。
【0034】
結晶化は、Ag(I)存在下、20℃でのハンギングドロップ蒸気拡散法により行った。4mMのDNA溶液を、等量の8mM硝酸銀(I)溶液と混合してサンプル溶液を調製した。別途、50mMのMOPS(3−モルホリノプロパンスルホン酸)緩衝液(pH7.0)、10mMのスペルミン、10%(v/v)の2−メチル−2,4−ペンタンジオールおよび250mMの硝酸カリウムを含有する結晶化溶液を調製した。サンプル溶液1μLと結晶化溶液1μLとをプラスチック製のキャップ上で混合してドロップを作成した。プラスチック製の容器に40%の2−メチル−2,4−ペンタンジオールを250μL入れておき(リザーバー溶液)、ドロップが乗ったキャップを逆さにしてその容器に蓋をした。数日後、ドロップ中にDNA−銀ハイブリッドナノワイヤーの単結晶が得られた。結晶の長軸サイズは約0.05mmであった。得られた結晶についてX線回折データを測定し、構造解析を行った。
【0035】
図6に、得られたDNA−銀ハイブリッドナノワイヤーの分子構造を示す。図6(a)は塩基と銀の相対関係を示し、図6(b)と(c)は、三次元分子モデルの側面および断面をそれぞれ示す。得られたDNA−銀ハイブリッドナノワイヤーは、DNA二重らせん中に銀が一次元上に連続して半無限長に縦列している、直径約2nmのワイヤー状錯体化合物であることが判明した。
【0036】
(2)DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定
4μMのDNA、10mMのMOPS緩衝液(pH7.0)および100mMの硝酸ナトリウム、ならびに20μMの硝酸銀(I)、塩化金(III)または塩化銅(II)を含有するサンプル溶液を調製し、融解温度測定を行った。対照として、金属塩を加えないサンプル溶液についても測定を行った。図7に、得られた融解曲線を示す。
【0037】
金属なしの対照と比較して、金属を加えたサンプルでは、融解曲線が右側、すなわち融解温度が高い側にシフトしており、金属の添加によってDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが形成されたことが示唆された。特に、銀を添加した場合では変化が顕著であった。金または銅を添加した場合では、低温条件下(約40℃以下)では金属なしの場合と比べて構造が不安定であり、ナノワイヤーが形成されていないと思われたが、高温条件下(約50℃以上)では構造が安定化し、ナノワイヤーが形成されたことが推察された。これについては、加熱によって、金の場合は三価から一価に、銅の場合は二価から一価に還元されたことによりナノワイヤーが形成された可能性が考えられた。一方、銀の場合はもともと一価であるため、全温度領域においてナノワイヤーが形成されたものと考えられた。
【0038】
[実施例2]塩基配列:TTCTCTCTCC(配列番号2)
(1)DNA−銀ハイブリッドナノワイヤー結晶の調製
塩基配列:TTCTCTCTCC(配列番号2)を有するDNA10量体を、化学合成により用意した。実施例1(1)と同様にして精製および脱塩し、Ag(I)存在下、20℃でのハンギングドロップ蒸気拡散法により結晶化を行った。サンプル溶液は、4mMのDNA溶液と、等量の20mM硝酸銀(I)を混合して調製した。結晶化溶液は、50mMのMOPS緩衝液(pH7.0)、10mMのスペルミン、10%(v/v)の2−メチル−2,4−ペンタンジオールおよび250mMの硝酸アンモニウムを含有するように調製した。それらのサンプル溶液および結晶化溶液を用い、実施例1(1)と同様の手順によりDNA−銀ハイブリッドナノワイヤー結晶を得た。結晶の長軸サイズは約0.05mmであった。
【0039】
(2)DNA−金ハイブリッドナノワイヤー結晶の調製
上記(1)と同じ精製および脱塩したDNA10量体を、Au(III)存在下、20℃でのハンギングドロップ蒸気拡散法により結晶化を行った。サンプル溶液は、4mMのDNA溶液と、等量の8mM塩化金(III)を混合して調製した。結晶化溶液は、50mMのカコジル酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、10mMのスペルミン四塩酸塩、10%(v/v)の2−メチル−2,4−ペンタンジオールおよび100mMの塩化アンモニウムを含有するように調製した。それらのサンプル溶液および結晶化溶液を用い、実施例1(1)と同様の手順によりDNA−金ハイブリッドナノワイヤー結晶を得た。結晶の長軸サイズは約0.01mmであった。
【0040】
(3)DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定
4μMのDNA、10mMのMOPS緩衝液(pH7.0)および100mMの硝酸ナトリウム、ならびに20μMの硝酸銀(I)、塩化金(III)または塩化銅(II)を含有するサンプル溶液を調製し、融解温度測定を行った。対照として、金属塩を加えないサンプル溶液についても測定を行った。図8に、得られた融解曲線を示す。
【0041】
金属なしの対照と比較して、金属を加えたサンプルでは、融解曲線が右側、すなわち融解温度が高い側にシフトしており、金属の添加によってDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが形成されたことを示唆された。特に、銀を添加した場合では変化が顕著であった。なお、金または銅を添加した場合では、低温条件下(約40℃以下)では金属なしの場合と比べて構造が不安定であり、ナノワイヤーが形成されていないと思われたが、高温条件下(約40℃以上)では構造が安定化し、ナノワイヤーが形成されたことが推察された。これについては、加熱によって、金の場合は三価から一価に還元されたことによりナノワイヤーが形成された可能性が考えられた。
【0042】
[実施例3]塩基配列:GGCTCGCTCC(配列番号3)
(1)DNA−金属ハイブリッドナノワイヤーの融解温度測定
塩基配列:GGCTCGCTCC(配列番号3)を有するDNA10量体を、化学合成により用意し、実施例1(1)と同様にして精製および脱塩した。4μMのDNA、10mMのMOPS緩衝液(pH7.0)および100mMの硝酸ナトリウム、ならびに20μMの硝酸銀(I)、塩化金(III)または塩化銅(II)を含有するサンプル溶液を調製し、融解温度測定を行った。図9に、得られた融解曲線を示す。
【0043】
金属なしの対照と比較して、金属を加えたサンプルでは、融解曲線が右側、すなわち融解温度が高い側にシフトしており、金属の添加によってDNA−金属ハイブリッドナノワイヤーが形成されたことが示唆された。特に、銀を添加した場合では変化が顕著であった。金または銅を添加した場合では、低温条件下(約40〜50℃以下)では金属なしの場合と比べて構造が不安定であり、ナノワイヤーが形成されていないと思われたが、高温条件下(約50℃以上)では構造が安定化し、ナノワイヤーが形成されたことが推察された。これについては、加熱によって、金の場合は三価から一価に、銅の場合は二価から一価に還元されたことによりナノワイヤーが形成された可能性が考えられた。一方、銀の場合はもともと一価であるため、全温度領域においてナノワイヤーが形成されたものと考えられた。
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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