(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0016】
図1は、本発明の一実施形態に係る加速感推定装置100の概略構成を示す図である。加速感推定装置100は、例えばコンピュータなどの情報処理装置である。
【0017】
加速感推定装置100は、加速感の推定対象である無段変速車の加速走行における各種パラメータを取得し、該無段変速車の加速走行における加速感を推定する。加速感推定装置100が取得するパラメータは、無段変速車の加速走行におけるエンジン回転数及び音圧に関するパラメータである。加速感推定装置100は、さらに、無段変速車の加速走行における変速回数の値をパラメータとして取得してもよい。
【0018】
加速感推定装置100は、上記パラメータの値を、開発段階の無段変速車の設計データとして取得してもよいし、既に実車のある無段変速車の測定データとして取得してもよい。
【0019】
取得部101は、加速感の推定対象である無段変速車について、上述のような加速走行における各種パラメータを取得する。取得部101は、例えばユーザからの入力を受け付け可能な入力手段であり、例えば、キーボードのような物理キー又はタッチパッド等によって構成されてよい。また、取得部101は、有線又は無線を介した通信によって他の情報処理装置と通信を行い、他の情報処理装置からパラメータを取得してもよい。また、取得部101は、加速感推定装置100に接続されたUSB(Universal Serial Bus)メモリからパラメータを取得してもよい。
【0020】
図2に、無段変速車の加速走行におけるエンジン回転数の時間依存の一例を示す。
図2に示す例は、変速回数が2回の例である。加速走行は、
図2に示すように、序盤、中盤及び終盤の3つの加速領域を含む。序盤は、加速を開始してから最初の変速の開始時点であるt1までの間の加速領域である。中盤は、最初の変速の開始時点であるt1から、最後の変速の開始時点であるt2までの間の加速領域である。終盤は、最後の変速の開始時点であるt2から加速終了までの間の加速領域である。ここで、「変速」は、エンジン回転数が下降を開始する時点(例えばt1)から、エンジン回転数の下降が終了する時点までの間にされているものとする。
【0021】
取得部101が、無段変速車の加速走行における序盤、中盤及び終盤のそれぞれから取得するパラメータについて、
図3を参照して説明する。
図3は、終盤のパラメータを記載したものである。
図3(A)は、加速領域の全体を示したものであり、
図3(B)は終盤付近を拡大した拡大図である。
図3では記載を省略しているが、序盤及び中盤のパラメータも終盤のパラメータと同様の定義である。
図3に記載のパラメータにおける下付文字の「F」は、
図3に示すパラメータが終盤のパラメータであることを示している。
図3には示していないが、序盤及び中盤のパラメータには、それぞれ、下付文字として「O」及び「M」を付すこととする。また、序盤、中盤及び終盤を区別しない場合は、パラメータ名に下付文字として「X」を付すこととする。以下の説明では、下付文字としてXを付したもので説明する。
【0022】
SPL
X[dB(A)]は、加速終了の所定時間前から加速終了までの音圧実行値である。所定時間は、例えば1秒である。
RPM
X[rpm]は、加速終了時のエンジン回転数である。
DRPM
X[rpm]は、変速に伴うエンジン回転下降数である。
URPM
X[rpm]は、変速以降のエンジン回転上昇数である。
IES
X[rpm/s]は、単位時間あたりのエンジン回転上昇数である。
DES
X[rpm/s]は、単位時間あたりのエンジン回転下降数である。
なお、ここで、「変速以降」とは、変速に伴うエンジン回転数の下降が終了してから、エンジン回転数の上昇が終了するまでの間を意味するものとする。
【0023】
取得部101は、例えば、上記パラメータの中から選択される、複数のパラメータを取得する。取得部101は、例えば、URPM
M[rpm]、SPL
F[dB(A)]、RPM
F[rpm]、URPM
F[rpm]及びDRPM
F[rpm]の5つのパラメータを取得する。なお、取得部101は、加速感を推定する際に上記5つのパラメータのみを使用する場合であっても、その他のパラメータも併せて取得してもよい。また、取得部101は、無段変速車の加速走行全体におけるエンジン回転数の時間依存のデータを取得して、該データから抽出することによって上記パラメータを取得してもよい。
【0024】
記憶部102は、半導体メモリ又は磁気メモリ等で構成することができる。記憶部102は、制御部103が実行する処理に用いられるプログラム等の各種情報を記憶する。
【0025】
制御部103は、加速感推定装置100が備える各機能ブロックをはじめとして、加速感推定装置100の全体を制御及び管理するプロセッサを含む。プロセッサにより実行されるプログラムは、例えば、制御部103が備えるメモリに格納されてもよいし、記憶部102に格納されてもよい。
【0026】
制御部103は、取得部101が取得した複数のパラメータに基づいて、推定対象の無段変速車の加速感の推定値を算出する。
【0027】
制御部103は、例えば、複数のパラメータとして、URPM
M[rpm]、SPL
F[dB(A)]、RPM
F[rpm]、URPM
F[rpm]及びDRPM
F[rpm]に基づいて、推定対象の無段変速車の加速感の推定値を算出する。加速感の推定値は、後述する主観評価実験において、被験者が加速感について評価する際の評価得点を推定するものである。
【0028】
制御部103は、例えば、下記の式(1)により、推定対象の無段変速車の加速感の推定値Uを算出する。
【数2】
【0029】
(加速感推定モデルの説明)
以下、上記の式(1)のような加速感推定モデルを用いて加速感を推定することの有効性について説明する。
【0030】
運転者の加速感に対する印象を評価するため、エンジン回転数を変化させた際の自動車加速音(以下「加速音」と称する)を音源としたものを被験者に聴かせ、被験者が加速感を主観的に評価する実験を行った。主観評価実験に用いた加速音は、無段変速車を用いた走行実験より録音した加速音を加工したものである。
【0031】
図4に主観評価実験に用いた音源のエンジン回転数の時間依存を示す。
図4(A)は、音源A〜Cを示す図であり、
図4(B)は音源D〜Fを示す図である。なお被験者は20代12名である。実験は無響室で行い、ヘッドホンから音源A〜Eを提示し、評価を実施した。
【0032】
図4(A)に示す音源A、B及びCは、エンジン回転上昇時間(以下「回転上昇時間」と称する)の変更時の印象変化を把握するため、二速の回転上昇時間を、それぞれ、2s、4s及び6sとしたものである。音源A〜Cの単位時間あたりのエンジン回転上昇数(以下「回転上昇速度」と称する)、及び、シフトアップに伴う単位時間あたりのエンジン回転下降数(以下「回転下降速度」と称する)は、同じである。なお、音圧変化による影響を除去するため、音源A〜Cには音圧が一定となるようにフィルタ処理が施されている。
【0033】
図4(B)に示す音源D、E及びFは、回転上昇速度の変更時の印象変化を把握するため、変速終了時のエンジン回転数を同様にし、二速以降の回転上昇速度を、それぞれ、100rpm/s、200rpm/s及び300rpm/sとしたものである。
【0034】
図5に、主観評価実験で用いた音源A〜Fの回転上昇速度、回転上昇時間及び変速回数をまとめた表を示す。
【0035】
図6(A)に、主観評価実験の結果を誤差範囲付きの棒グラフで示す。縦軸は、加速感を相対的な値として示したものであり、正の方向は加速感が良いことを示し、負の方向は加速感が悪いことを示す。
【0036】
図6(A)を見ると、音源A〜Cは加速感が良く、音源D〜Fは加速感が悪い結果となっている。この結果から、回転上昇速度が大きい方が、加速感が良いことが想定される。また、音源Fは、回転上昇速度が300rpm/sであり、回転上昇速度が313rpm/sである音源A〜Cと、回転上昇速度にあまり差がないにも関わらず、音源A〜Cよりも加速感が悪い。これは、変速回数の違いにより生じたと考えられる。すなわち、音源Fは、音源A〜Cよりも変速回数が多いために加速感が悪い評価となっていると考えられる。
【0037】
図6(B)に、
図6(A)の結果を分析することによって算出した標準偏回帰係数を示す。標準偏回帰係数の符号が正の場合は、パラメータが大きいほど加速感が向上することを示し、標準偏回帰係数の符号が負の場合は、パラメータが大きいほど加速感が低下することを示す。また、標準偏回帰係数の絶対値が大きいほど、加速感に対する影響が大きいことを意味する。
【0038】
図6(B)を見ると、回転上昇速度の標準偏回帰係数の符号は正であり、回転上昇時間及び変速回数の標準偏回帰係数の符号は負である。すなわち、回転上昇速度は、パラメータが大きいほど加速感が向上し、回転上昇時間及び変速回数は、パラメータが大きいほど加速感が低下する。
【0039】
また、標準偏回帰係数の絶対値は、回転上昇速度、変速回数、回転上昇時間の順に大きい。すなわち、加速感に対する影響は、回転上昇速度、変速回数、回転上昇時間の順に大きい。
【0040】
続いて、回転下降速度が加速感に与える影響について検討するために行った実験について説明する。
【0041】
図7(A)に、回転下降速度が1250rpm/sである音源D〜Fの回転下降速度を、それぞれ、3333rpm/sとした音源G〜Iを示す。
【0042】
主観評価実験は、音源D〜Iの6音源を使用して行った。被験者は20代10名である。実験は無響室で行い、ヘッドホンから音源D〜Iを提示し、評価を実施した。
【0043】
図7(B)に、主観評価実験の結果を誤差範囲付きの棒グラフで示す。
図7(B)を見ると、音源Hが最も加速感が良く、他の5音源と有意差があることが確認できる。また、回転上昇速度が同じである音源Eと音源Hを比較すると、音源Hの方が音源Eよりも加速感が良いとの評価を得ている。これから、回転下降速度を速くすると、加速感が良くなると考えられる。
【0044】
また、回転上昇速度が300rpm/sである音源Fよりも、回転上昇速度が200rpm/sである音源Hの方が加速感の印象が良い。ここで、回転上昇速度及び回転下降速度のそれぞれについて、加速感の評価結果との相関係数を算出すると、回転上昇速度と加速感の評価結果との間の相関係数は0.12であり、回転下降速度と加速感の評価結果との間の相関係数は0.57であった。これから、回転下降速度の方が回転上昇速度よりも加速感に与える影響が大きいことがわかった。
【0045】
続いて、加速感推定モデルの構築について説明する。
【0046】
まず、加速感を判断する際に加速走行中のどの領域に着目するかを、設問調査により把握した。
図8に、調査の対象とした領域の定義を示す。領域1は、加速開始時から1度目の変速前までの領域である。領域2は、1度目の変速後から2度目の変速までの二速の領域である。領域3は、2度目の変速後から加速終了時までの三速の領域である。
【0047】
図9に、調査で使用した音源J〜Nを示す。音源Jは、実車走行時を模擬した音源であり、これを基準音とした。音源Kは、三速の加速終了時のエンジン回転数が音源Jに比べて16%上昇するように線形的に加工した音源である。音源Lは、三速の加速終了時のエンジン回転数が音源Jに比べて16%上昇するように線形的に加工し、さらに、各変速終了時のエンジン回転数が音源Jと同じになるように加工した音源である。音源Mは、各領域の加速終了時のエンジン回転数が音源Jに比べて16%上昇するように線形的に加工し、さらに、各変速終了時のエンジン回転数が音源Jと同じになるように加工した音源である。音源Nは、音源Jの一速目のエンジン回転上昇率を20%上昇させるように加工した音源である。
【0048】
調査は、音源Jを基準とした相対評価において、加速感の善し悪しをどの領域で判断したかを被験者から回答してもらうことにより行った。被験者は20代26名である。実験は無響室で行い、ヘッドホンから音源J〜Nを提示し、評価を実施した。
【0049】
図10に、各音源の回答結果と、合計の回答結果とを示す。
図10を見ると、音源K〜Nのいずれにおいても、領域3で加速感の善し悪しを判断したとの結果が最も多かった。この結果から、加速感は、主に加速走行の終盤で判断されることがわかる。また、合計結果を見ると、加速感の善し悪しを領域1で判断したとの結果は23.0%、領域2で判断したとの結果は22.0%、領域3で判断したとの結果は55.0%であった。この結果から、エンジン回転数の変化の大きさに関わらず、主に加速走行終盤で加速感の善し悪しが判断されることが明らかとなった。
【0050】
続いて、
図2に示した加速走行の序盤、中盤及び終盤に着目した加速感推定モデルの構築条件を検討した。主観評価実験には、A〜Iの9音源、及び、非特許文献2で使用されている15音源の計24音源を使用した。加速感の評価得点の取得には7段階の絶対評価を用いた。また、順序効果、及び、評価時の被験者の気分による影響を除去するため、音源の提示順番は順不同とした。評価は3回ずつ行い、外れ値があればそれを除外した。
【0051】
加速走行の序盤のモデルであるモデルOの構築には、SPL
O、RPM
O、DRPM
O、URPM
O、IES
O及びDES
Oの6つのパラメータを選択して使用した。各パラメータの定義については、前述の通り、
図3に示すパラメータの下付文字を「F」から「O」に置き換えればよい。
【0052】
加速走行の中盤のモデルであるモデルMの構築には、SPL
M、RPM
M、URPM
M及びIES
Mの4つのパラメータを選択して使用した。各パラメータの定義については、前述の通り、
図3に示すパラメータの下付文字を「F」から「M」に置き換えればよい。
【0053】
加速走行の終盤のモデルであるモデルFの構築には、SPL
F、RPM
F、DRPM
F、URPM
F、IES
F、DES
F及び変速回数の7つのパラメータを選択して使用した。各パラメータの定義については、
図3を参照すればよい。
【0054】
序盤、中盤及び終盤のそれぞれについて、上述の6つ、4つ及び7つのパラメータをそれぞれ用い、重回帰分析を行った。
図11に、各加速感推定モデルについて、パラメータと、加速感の評価結果との相関係数を示す。加速感の推定モデルに用いるパラメータとしては、加速感の評価結果との相関が高いものから順に選択した。また、多重共線性による推定精度の低下を避けるため、パラメータ間の相関が高い場合は、加速感の評価結果との相関が高いパラメータを採用した。
【0055】
上記のようにして序盤、中盤及び終盤のそれぞれについて、加速感の推定モデルを構築した結果、序盤における加速感の推定モデルであるモデルOによる推定値Oとして、下記の式(2)が得られた。
【数3】
【0056】
また、中盤における加速感の推定モデルであるモデルMによる推定値Mとして、下記の式(3)が得られた。
【数4】
【0057】
また、終盤における加速感の推定モデルであるモデルFによる推定値Fとして、下記の式(4)が得られた。
【数5】
【0058】
また、上記3つのモデルを統合した加速感の推定モデルであるモデルUによる推定値Uとして、下記の式(5)が得られた。
【数6】
【0059】
構築した4つの加速感の推定モデルによる推定値の有用性について検討するため、
図12に、モデルO、モデルM、モデルF及びモデルUについて、自由度修正済み決定係数、加速感の評価結果と推定結果との間の相関係数、及び平均誤差を示す。
【0060】
図12を見ると、モデルUは、他の3つのモデルよりも決定係数及び相関係数が高く、平均誤差が小さいことから、最も推定精度が高いことがわかる。また、モデルFも、モデルUに次いで推定精度が良い。
【0061】
続いて、加速感の推定におけるモデルUの有用性を検討するために、実車走行実験を行った。実験条件は、以下のようにした。
被験者:30〜50代4名
運転条件:静止状態から120km/hまで発進加速
シート位置:被験者の足首の角度が90度になる位置
踏込条件:アクセルベタ踏み
評価方法:絶対評価による7段階評価
【0062】
図13に、実車走行実験で用いた2種類の加速パターンを示す。
図13(B)は、
図13(A)の2〜5sの間における拡大図である。2種類の加速パターンは、以下のような特徴を有するものである。
パターンA:エンジン回転数が低い段階でシフトアップし、回転下降速度を抑えたもの。
パターンB:エンジン回転数が高くなってからシフトアップし、エンジン回転下降数を大きくし、回転下降速度を速くしたもの。
【0063】
図14に、被験者の主観による評価結果と、モデルUによる推定結果とを比較したものを示す。
図14に示すように、モデルUを用いて算出した推定結果は、主観による評価結果と、加速感の優劣の傾向が同じである。また、推定結果と評価結果との差も小さい。
【0064】
このように、本実施形態によれば、制御部103は、取得部101が取得する無段変速車の加速走行における、エンジン回転数及び音圧に関する複数のパラメータに基づいて加速感の推定値を算出する。ここで、加速走行は、序盤、中盤及び終盤の加速領域を含み、複数のパラメータは、序盤におけるエンジン回転数及び音圧に関するパラメータ、中盤におけるエンジン回転数及び音圧に関するパラメータ、及び、終盤におけるエンジン回転数及び音圧に関するパラメータから選択されるパラメータである。これにより、無段変速車の加速感を精度良く推定することができる。
【0065】
また、取得部101が取得する複数のパラメータを、中盤における変速以降のエンジン回転上昇数である、URPM
M[rpm]と、終盤における加速終了の所定時間前から加速終了までの音圧実効値である、SPL
F[dB(A)]と、終盤における加速終了時のエンジン回転数である、RPM
F[rpm]と、終盤における変速以降のエンジン回転上昇数である、URPM
F[rpm]と、終盤における変速に伴うエンジン回転下降数である、DRPM
F[rpm]と、の5つのパラメータとしてもよい。これにより、少ないパラメータで、無段変速車の加速感を精度良く推定することができる。
【0066】
また、制御部103は、下記の式(1)によって加速感の推定値Uを算出してもよい。これにより、無段変速車の加速感をさらに精度良く推定することができる。
【数7】
【0067】
本発明を諸図面及び実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形及び修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形及び修正は本発明の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各構成部、各ステップなどに含まれる機能などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の構成部又はステップなどを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。また、本発明について装置を中心に説明してきたが、本発明は装置の各構成部が実行するステップを含む方法としても実現し得るものである。また、本発明について装置を中心に説明してきたが、本発明は装置が備えるプロセッサにより実行される方法、プログラム、又はプログラムを記録した記憶媒体としても実現し得るものであり、本発明の範囲にはこれらも包含されるものと理解されたい。