(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
内燃機関の機能部品として使用されているピストンリング(以下、単に「リング」ともいう。)には、主に、ガスシール機能、伝熱機能、オイルコントロール機能の三つの機能が要求される。ガスシール機能を確保するために、すなわち、ピストン外周とシリンダ内壁との隙間をシールしてエンジンが所定の圧縮圧を保つために、リングがシリンダ内壁を垂直に押すための自己張力をもつようにリング形状が定められ、また、リングをピストンにセットする際に必要な合口部の合口隙間を最小にするようにリング周長が定められている。さらに、高温高圧の燃焼ガスによるピストン頂部の熱量を冷却されたシリンダ壁に伝達する伝熱機能を確保するために、リングは金属材料で製造され、オイルコントロール機能を確保するために、リングの外周面形状が定められている。
【0003】
ピストンリングの外周面形状に言及すれば、トップリング(ピストンの最も燃焼室側に装着されるリングで「第1圧力リング」ともいう。)は、外周面にリング軸に平行な断面において樽型の油膜潤滑機能に優れたバレルフェイス形状が採用されており、セカンドリング(トップリングよりもクランク室側に装着されるリングで「第2圧力リング」ともいう。)は、テーパーフェイス形状に加え、外周下面端のエッジをなるべくシャープにしてオイルの掻き下げ性能を向上させる形状が採用されている。また、オイルリング(ピストンの最もクランク室側に装着されるリング)においては、張力を大きくし、且つシリンダ内壁との接触面積を小さくすることにより、単位面積当たりの面圧を高くしてオイル掻き性能をさらに向上させるように設計されている。
【0004】
近年、内燃機関では、オイル燃焼物による大気汚染等の環境問題やCO
2削減への対応のため、オイル消費の削減と燃費の改善が強く求められている。すなわち、ピストンリングには、上記の三つの機能の確保に加え、オイル消費特性及び燃費特性についてもさらなる向上が求められている。
【0005】
上記三つの機能を確保しつつ、オイル消費特性と燃費特性も満足させる方法として、第1にリング張力の最適化が挙げられる。リング張力が高すぎると、トップリングやオイルリングではガスシール特性やオイル消費は改善するが、リングがシリンダ内壁を摺動するとき、摩擦力が増加し、燃費が悪化する。さらに、オイルを掻き過ぎることにより潤滑性が低下し、最悪の場合はリングとシリンダが焼付いてしまうことになる。また、逆に、リング張力が低すぎると、ガスシール特性が低下し、燃焼ガスの吹き抜けが生じて出力低下が生じるし、オイル掻き性能が低下し、オイル消費が増加することになる。
【0006】
このため、リング張力は最適化する必要がある。しかし、燃焼室自体が時々刻々変化するので、最適張力もそれに対応して変化してしまう。最も重要な特性であるガスシール特性を確保するため、どうしても、リング張力は大きくなりがちであり、リングとシリンダ内壁との摩擦力増大という現象をもたらしやすい。この摩擦力の増加により燃費の低下や潤滑不足による焼付きが生じやすくなる。
【0007】
このように、リング張力の増加は、ガスシール特性の向上やオイル消費特性の向上というプラスの効果をもたらす一方、摩擦力増加による燃費特性の悪化、オイル掻き性能の向上による潤滑特性の悪化というマイナスの効果ももたらす。これらのプラスの効果とマイナスの効果はトレードオフの関係にあるので、最適なリング張力を見出し、全ての特性を好ましい方向にもっていくことは、困難であるようにみえる。
【0008】
このような情況において見えてくる課題は、「ガスシール特性やオイル消費特性を十分に確保した状態で、リングとシリンダ内壁間の摩擦力を低減し、潤滑特性を確保する手段を見いだせるか。」ということであり、別の表現をすれば「ガスシール特性やオイル消費特性を十分に確保するためにリング張力をある程度上げて潤滑油が不足するような摺動環境でも、摺動摩擦力低減や焼付きなどを防止できる潤滑特性を確保する手段を見いだせるか。」ということになる。
【0009】
例えば、リングのガスシール特性を確実に保証し、且つ、焼付きなどが生じないように潤滑を保証し、さらにリングとシリンダ壁間の摩擦力を低くする方法として、外周摺動面にディンプルなどの微細構造を付与する技術が公開されている。
【0010】
特許文献1は、オイル溜まりとして機能し潤滑性を向上させるための凹部をパルスレーザーで外周摺動面に形成し、当該凹部の径が100〜300μm、深さが100μm以上で、外周摺動面に占める面積割合が5〜50%としたピストンリングを開示している。ここで、深さが100μm以上とするのは、摩耗の進行に対しても凹部が消滅しないようにするためである。
【0011】
特許文献2も、低フリクション化に加え、ガスシール、オイルシール機能を低下させることのないというピストンリングを開示している。特許文献2は、凹部が形成されていない凹部非形成領域について着目し、凹部非形成領域のバレル幅領域面積に対する面積率が20〜85%で、全ての軸方向切断面において凹部非形成領域が存在することが必要であると教示している。また、凹部の寸法については、凹部の開口幅が0.19mm×0.16mm、深さが10μmとした実施例を開示している。
【0012】
また、特許文献3は、外周・動面に形成された多数のディンプルは、深さが複数種類となるように形成され、深さの異なる複数種類のディンプルがピストンリングの円周方向に交互に配設されたピストンリングを開示している。具体的には、径が100μm程度、深さが4〜5μm、2〜3μm、及び1〜1.5μmの三種類のディンプルを開示している。
【0013】
さらに、特許文献4は、硬質皮膜を被覆したピストンリングにおいても複数の凹部を形成する方法として、硬質皮膜被覆前のピストンリング母材にショットピーニングし、その後に硬質皮膜を被覆すれば、オイル溜まりとして作用し、摩耗を防止する微小ディンプルが硬質皮膜被覆後の外周摺動面にも形成できることを開示している。なお、微小ディンプルは、断面が略円弧状の直径0.1〜5μmの凹部であることも開示している。
【0014】
しかし、上記の先行技術は、いずれも、オイル溜まりとして作用する凹部を外周摺動面に形成することで、潤滑油をいかに多量に保持し又は潤滑油をいかに長期に亘って保持できるか、というものであり、結果的に摩擦力を低減することができるものの、摩擦力の低減には改善の余地があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、優れたガスシール特性とオイル消費特性を維持した上で、リングとシリンダ内壁間の摩擦力を低減し、優れた潤滑特性を示すピストンリングを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
非特許文献1は、バレルフェイス形状のピストンリング201が摺動する際に、ピストンリング201の外周摺動面202とシリンダ内壁203との間の潤滑油に発生する圧力分布が、
図15のようになることを開示している。すなわち、外周摺動面202のうちピストンリング201の進行方向X側で潤滑油が圧縮され、発生した圧縮力がリング張力を打ち消すことによって摩擦力が低減される。本発明者は、このようなリング張力を打ち消す圧縮力が、摺動面に形成する微細構造に関係して導入できないかどうかについて鋭意研究した結果、微細構造として形成する凹部を潤滑油のスクイーズ効果が発揮されやすい形状とすることによって、摺動面の微細構造に対応したミクロレベルで摩擦力を低減できることに想到した。
【0019】
すなわち、本発明のピストンリングは、外周摺動面に凹部が形成されたピストンリングであって、前記凹部が、外径が最も小さい最深部と、前記最深部に向かって漸次縮径する傾斜部と、を有することを特徴とする。
【0020】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記傾斜部は、前記最深部と連続することが好ましい。
【0021】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記傾斜部は、凸状となる湾曲部を含むことが好ましい。
【0022】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記凹部は、外径が周囲よりも大きい頂部を更に有し、前記傾斜部は、前記頂部に向かって漸次拡径することが好ましい。
【0023】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記凹部は複数形成され、前記複数の凹部は、前記最深部の外径がそれぞれ異なる2以上の凹部を含むことが好ましい。
【0024】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記凹部は、所定の方向に沿って延在する溝部であることが好ましい。
【0025】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記溝部は、円周方向に沿って延在することが好ましい。
【0026】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記溝部は複数形成され、前記複数の溝部は、円周方向に沿って配置されていることが好ましい。
【0027】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記溝部は、周囲よりも軸方向に延在する軸方向延在部を更に有することが好ましい。
【0028】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記凹部は、合口部には到達していないことが好ましい。
【0029】
また、本発明のピストンリングにおいて、前記外周摺動面を被覆する硬質皮膜を備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、優れたガスシール特性とオイル消費特性を維持した上で、ピストンリングとシリンダ内壁との間の摩擦力を低減し、優れた潤滑特性を示すピストンリングを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の各実施形態について、図面を参照して説明する。各図において共通の構成には、同一の符号を付している。
【0033】
(第1実施形態)
図1は、本発明の一実施形態としてのピストンリング1の平面図である。ピストンリング1は、バレルフェイス形状に形成され、例えば自動車等のエンジン(内燃機関)のピストンにトップリング(第1圧力リング)として装着して使用されるものである。また、ピストンリング1は、合口部20を備えた割りリング形状に形成されている。ピストンリング1の外面は、シリンダ内壁と摺動する外周摺動面10を構成する。ここで、ピストンリング1の中心軸をOとし、ピストンリング1の外周摺動面10に沿う円周方向をA、中心軸Oに沿う軸方向をBとする。ピストンリング1は、軸方向Bに沿ってシリンダ内壁と摺動する。
【0034】
<外周摺動面10の微細構造>
以下、外周摺動面10の微細構造について説明する。
図2は、ピストンリング1の外周摺動面10の構成を示す側面図である。
図2に示すように、ピストンリング1の外周摺動面10には、微細構造としての凹部である溝部100が複数形成されている。溝部100は、それぞれ円周方向Aに沿って延在し、複数の溝部100は、円周方向A及び軸方向B(ピストンリング1の中心軸Oに沿う方向)のそれぞれに沿って配置されている。ここで、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される複数の溝部100の合計面積率は、外周摺動面10の面積に対し20%以上80%以下であることが好ましい。
【0035】
図3は、
図2のIII―III線に沿う断面図であり、
図3(a)は外周摺動面10が摩耗する前、
図3(b)は外周摺動面10が摩耗した後の様子をそれぞれ示す。
図3(a)に示すように、溝部100は、外径又は中心軸Oからの半径が最も小さい最深部110と、最深部110に向かって外径又は中心軸からの半径が漸次縮径する傾斜部120と、を有する。最深部110は、軸方向Bに沿って延在している。傾斜部120は、最深部110の軸方向Bに沿う両側に、最深部110と連続して配置されている。換言すると、傾斜部120は、最深部110と隣り合って配置されている。
【0036】
溝部100には、潤滑油が保持される。なお、溝部100は、最深部110が軸方向Bに沿って所定長さ延在するため、最深部110が軸方向Bの一点のみで形成され軸方向Bに沿って所定長さ延在しない場合に比べて、潤滑油をより多く保持することができる。ピストンリング1が摺動方向(軸方向B)に沿って摺動すると、溝部100の最深部110に保持された潤滑油が軸方向Bに沿って傾斜部120に押し出される。ここで、溝部100において、傾斜部120の外周摺動面10からの深さは最深部110の外周摺動面10からの深さよりも浅いため、最深部110から傾斜部120に押し出された潤滑油は深さ方向に絞られることで圧縮され、圧力上昇によってスクイーズ効果が発現する。すなわち、最深部110から傾斜部120に潤滑油が押し出されることにより油膜圧力が上昇し、シリンダ内壁に作用しているピストンリング1の張力が打ち消されるので、ピストンリング1とシリンダ内壁との間の摩擦力を低減し、優れた潤滑特性を示すことになる。なお、ピストンリング1は、外周摺動面10に複数の溝部100を有するため、それぞれの溝部100によって上述の効果を得ることができる。
【0037】
さらに、ピストンリング1の溝部100の円周方向Aに沿う断面形状は、
図3(a)に示すような溝部100の断面形状を形成させてもよい。これにより、ピストンリング1がピストン速度がゼロとなる上死点及び下死点の位置に到達したとき、溝部100内に保持された潤滑油が、傾斜部120により円周方向Aに沿って絞り出され易くなるため、より一層シリンダ内壁との間の摩擦力を低減することができる。
【0038】
加えて、
図3(a)に示す溝部100の断面形状を円周方向Aかつ軸方向Bに沿って形成させてもよい。これにより、
図3(a)に示す溝部100の断面形状を軸方向Bに沿って形成したことにより得られる上述の効果と、円周方向Aに沿って形成したことにより得られる上述の効果とを共に得ることができる。
【0039】
溝部100の傾斜部120は、凸状となる湾曲部121を含む。詳細には、湾曲部121は、最深部110と連続する位置では傾斜が急であり、最深部110から離れるにつれて徐々に傾斜がなだらかとなっている。このように、傾斜部120が湾曲部121を含むことで、最深部110から押し出される潤滑油が急激に圧縮されることになるため、上述のスクイーズ効果を顕著に発揮することができる。詳細には、
図3(a)に示す溝部100の断面形状を軸方向Bに沿って形成した場合には、湾曲部121によって動圧効果が得られる。また、
図3(a)に示す溝部100の断面形状を円周方向Aに沿って形成した場合には、ピストンリング1のピストン速度がゼロとなるときに、溝部100内に保持された潤滑油が、スクイーズ効果により潤滑油が溝部100から円周方向Aに沿って絞り出される潤滑油が、湾曲部121によって円周方向Aに沿ってより絞り出されやすくなるため、更によりシリンダ内壁との摩擦力を低減することができる。溝部100の最深部110における外周摺動面10からの深さDは、1μm以下であることが好ましく、0.2μm以下であることがより好ましい。
【0040】
溝部100の軸方向Bに沿う幅Wは、0.3mm以下であることが好ましく、0.1mm以下であることがより好ましい。
【0041】
図3(b)において、摩耗前の外周摺動面10を破線で示す。
図3(b)に示すように、溝部100は、ピストンリング1がシリンダ内壁と摺動を繰り返すことで外周摺動面10が摩耗した場合であっても、摩耗前と同様に最深部110と傾斜部120とを有するため、上述した摩耗前と同様の効果を得ることができる。なお、以下では、外周摺動面10が摩耗する前のピストンリング1の構成について説明する。
【0042】
図4は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の他の例を示す断面図である。
図4(a)〜
図4(f)に示す各断面は、外周摺動面10に直交する所定の断面視である。なお、外周摺動面10に直交する所定の断面視としては、例えば、円周方向Aに沿う断面視や、軸方向Bに沿う断面視が挙げられるが、
図4(a)〜
図4(f)では、円周方向Aに沿う断面視(軸方向Bと直交する断面視と同じ)を例示している。
【0043】
図4(a)に示す溝部100の断面形状は、最深部110が円周方向Aの一点で形成され円周方向Aに沿って延在していないこと以外は、
図3(a)に示した断面形状と同様である。上述したように、円周方向Aに沿って延在する最深部110に潤滑油を多く保持することができる点で、
図3(a)に示した断面形状を有する溝部100の方が
図4(a)に示す断面形状を有する溝部100よりも好ましい。
【0044】
図4(b)に示す溝部100の断面形状は、傾斜部120が最深部110の円周方向Aに沿う一方側のみに配置されていること以外は、
図4(a)に示した断面形状と同様である。なお、
図4(a)及び
図4(b)では、外周摺動面10に直交する所定の断面視として円周方向Aに沿う断面視を示しているが、
図4(a)及び
図4(b)を軸方向Bに沿う断面視とした場合には、
図4(a)に示した断面形状を有する溝部100では、ピストンリング1が軸方向Bに沿う一方向に摺動する際には、潤滑油が一方の傾斜部120に押し出され、軸方向Bに沿う反対方向に摺動する際には、潤滑油が他方の傾斜部120に押し出されることになる。よって、
図4(a)に示した断面形状を有する溝部100は、
図4(b)に示す断面形状を有する溝部100より高いスクイーズ効果を得ることができる。
【0045】
図4(c)は、
図4(b)に示した断面形状を有する溝部100が、互いに最深部110が隣り合うように配置された例を示す。
図4(b)の断面形状を有する溝部100は、
図4(c)のように配置することにより、
図4(c)を軸方向Bに沿う断面視とした場合には、軸方向Bに沿ってどちらに摺動する場合でも、摺動方向によらずに略一定のスクイーズ効果を得ることができる。
【0046】
図4(d)に示す断面形状を有する溝部100は、最深部110と、最深部110に連続して配置され、最深部110に向かって漸次縮径する傾斜部120と、に加えて、外径又は半径が周囲よりも大きい頂部130を有し、傾斜部120は頂部130に向かって漸次拡径している。頂部130は、外周摺動面10よりも外径又は半径が小さいため、シリンダ内壁とは接触しない。
図4(d)に示す傾斜部120は、凸状の湾曲部121により構成されている。
【0047】
図4(d)に示す断面形状を有する溝部100では、ピストンリング1が摺動方向(軸方向B)に沿って摺動する際、最深部110から押し出された潤滑油が傾斜部120上を通って頂部130に到達し、潤滑油は溝部100内に保持され続ける。すなわち、ピストンリング1が摺動しても溝部100とシリンダ内壁との間に油膜が形成され続けるため、せん断応力が抑制され、摩擦抵抗が上がることを抑制できる。
【0048】
図4(e)は、
図4(b)に示した断面形状を有する溝部100が、互いに傾斜部120が隣り合うように配置された例を示す。溝部100を
図4(e)に示すように配置することで、
図4(c)と同様、
図4(e)を軸方向Bに沿う断面視とした場合には、軸方向Bに沿ってどちらに摺動する場合でも、摺動方向によらずに略一定のスクイーズ効果を得ることができる。
【0049】
図4(f)は、
図4(d)に示した断面形状を有する溝部100において、傾斜部120に代えて複数の傾斜部120を有し、それぞれの傾斜部120の外径が頂部130に向かって漸次拡径するように配置された例を示す。ここで、それぞれの傾斜部120の境界には、段差面122を介して頂部130側に縮径した縮径部123が形成されている。また、それぞれの傾斜部120は、凸状の湾曲部121により構成されている。このように、摺動方向に対して、段差面122を介して傾斜部120を複数繋げることによって、より一層の絞り効果を得ることができる。
【0050】
図5は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の更に他の例を示す断面図である。
図5に示すように、溝部100は、傾斜部120が湾曲部121を含まず、略直線状に形成されていてもよい。また、
図5に示すように、溝部100は、非連続的に配置された複数の傾斜部120を有していてもよい。ここで、略直線状の傾斜部120の傾斜角度は、0.2°以上2°以下であることが好ましく、0.2°以上0.5°以下であることがより好ましい。なお、
図5は、外周摺動面10に直交する所定の断面視として、円周方向Aに沿う断面視(軸方向Bと直交する断面視と同じ)を示しているが、軸方向Bに沿う断面視としてもよい。
【0051】
図6は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の最深部110の関係の一例を示す断面図である。ここで、
図6に示す溝部100の断面形状は、最深部110の外周摺動面10からの深さD1〜D3を説明するために簡略化して示している。
図6に示すように、溝部100は、外周摺動面10に直交する所定の断面視において複数形成されていてもよい。ここで、所定の断面視において複数形成された溝部100は、円周方向Aのいずれかの位置及び軸方向Bのいずれかの位置でも連通していない。つまり、
図6に示す3つの溝部100は互いに連通していない別々の構成である。
図6に示すように、3つの溝部100の最深部110の深さD1〜D3は、それぞれ異なっている。すなわち、複数形成された溝部100は、最深部110の外径又は半径がそれぞれ異なる2以上の溝部100を含んでいてもよい。
【0052】
図6に示すように、所定の断面視において、最深部110の外径がそれぞれ異なる2以上の溝部100を含ませることで、ピストンリング1の位置に応じて所望の潤滑特性を発現させることができる。
【0053】
図7は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の他の例を示す側面図である。
図7(a)に示すように、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される複数の溝部100は、軸方向Bに沿って互い違いとなる千鳥状に配置してもよい。このように配置しても、充分な摩擦力低減効果を得ることができる。
【0054】
また、
図7(b)に示すように、溝部100は、円周方向Aに沿って両端側に向かうにつれて、軸方向Bに沿う幅が縮小するように形成してもよい。このような溝部100の側面視における形状を、例えば
図3(a)や
図4(a)に示したような最深部110の円周方向Aの両端側の外径が徐々に拡径する形状と組み合わせることで、スクイーズ効果を更に高めることができる。
図7(b)に示す溝部100の軸方向Bに沿う幅は、円周方向Aに沿う中心部では0.2mm超であり、円周方向Aに沿う両端では0.2mm以下であることが好ましい。
【0055】
図8及び
図9は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の更に他の例を示す側面図である。
図8(a)に示すように、溝部100は、円周方向Aに沿って直線状に連続的に延在していてもよい。また、
図8(b)に示すように、溝部100は、円周方向Aに沿って連続的に延在しつつ、周囲よりも軸方向Bに延在する軸方向延在部140を含むようにジグザグ状に形成されていてもよい。このように、溝部100が軸方向延在部140を有することで、ピストンリング1がシリンダ内壁に対して軸方向Bに沿って摺動すると、溝部100に保持された潤滑油が慣性力によって軸方向延在部140に集中する。これにより、軸方向延在部140で潤滑油が圧縮され、圧力上昇によってスクイーズ効果が発現し易い。
【0056】
図8(c)に示すように、
図8(b)に示した溝部100が分断されたように、円周方向Aに沿ってジグザグ状に配置された複数の溝部100を形成してもよい。
図8(c)に示す溝部100は、それぞれ軸方向延在部140を有する。
図8(c)に示す溝部100の方が、
図8(b)に示した溝部100よりも、潤滑油の円周方向Aにおける流れの分散が抑制できる点で好ましい。さらに、
図8(d)に示すように、V字状の溝部100が、円周方向Aに沿って配置されていてもよい。
図8(d)に示す溝部100は、軸方向Bに沿う両端に軸方向延在部140を有する。
【0057】
図9(a)に示すように、溝部100は、円周方向Aに沿って直線状に連続的に延在しつつ、一定間隔で軸方向延在部140を有していてもよい。また、
図9(b)に示すように、
図9(a)に示した溝部100が分断されたように、円周方向Aに沿って配置された複数の溝部100を形成してもよい。
図9(b)に示す溝部100は、それぞれ軸方向延在部140を有する。
図9(b)に示す溝部100の方が、
図9(a)に示した溝部100よりも、潤滑油の円周方向Aにおける流れの分散が抑制できる点で好ましい。
【0058】
図9(c)は、
図9(a)及び
図9(b)の溝部100の軸方向延在部140の拡大図である。
図9(c)に示すように、軸方向延在部140は、先端に向かうにつれて円周方向Aに沿う長さが漸次縮小することが好ましく、凹状に湾曲することが更に好ましい。軸方向延在部140がこのように形成されることで、スクイーズ効果をより発現させることができる。
【0059】
図10は、ピストンリング1の合口部20の周囲の構成を示す側面図である。
図10に示すように、溝部100は、合口部20には到達していないことが好ましい。溝部100が合口部20に到達しないことで、溝部100に保持された潤滑油が、合口部20から漏れ出ることが抑制できる点で好ましい。溝部100の端部と合口部20との間の距離Cは、0.2mm以上であることが好ましい。
【0060】
図11は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成される溝部100の更に他の例を示す側面図である。
図11に示すように、溝部100は、円周方向A及び軸方向Bに沿って斜めに延在していてもよい。換言すれば、円周方向A及び軸方向Bの両方に対して傾斜するように延在する構成としてもよい。また、ピストンリング1の外周摺動面10には、上述した溝部100が任意の組み合わせで形成されていてもよい。
【0061】
<硬質皮膜>
ピストンリング1は、外周摺動面10を被覆する硬質皮膜を備えていてもよい。ピストンリング1は、硬質皮膜を備えることで、耐摩耗性が向上し、溝部100の断面形状をより維持することができる。硬質皮膜は、外周摺動面10を層状に皮膜する硬質皮膜層として形成される。硬質皮膜はクロムめっき皮膜、イオンプレーティング皮膜、窒化皮膜、及び硬質炭素皮膜から選択される硬質皮膜であることが好ましい。硬質皮膜の厚さは、溝部100を埋めて浅くしてしまうことがない程度であることが好ましい。詳細には、硬質皮膜の厚さは、イオンプレーティング皮膜では、60μm未満であることが好ましく、45μm未満であることがより好ましく、30μm未満であることがさらに好ましい。一方、窒化皮膜の場合は、母材の表層に窒素が拡散して形成されるので溝部100が覆われることはなく、硬質皮膜の厚さに制限はない。通常は、ビッカース硬さが700HV0.1以上の拡散層の厚さが30μm以上あることが好ましく、50μm以上であればより好ましく、70μm以上であればさらに好ましい。また、クロムめっき皮膜に関しては、溝部100内で電場の打ち消しあいにより深さ方向に膜厚が薄くなり、開口径は少し狭くなっても、深さはほとんど変わらない。
【0062】
硬質皮膜の厚さは、ガソリン車用ピストンリングでは、80μm未満であることが好ましく、60μm未満であることがより好ましく、40μm未満であることがさらに好ましい。また、硬質皮膜の厚さは、ディーゼル車(特にヘビーデューティ)用ピストンリングでは120μm未満であることが好ましく、100μm未満であることがより好ましく、80μm未満であることがさらに好ましい。また、舶用ピストンリングでは350μm未満であることが好ましく、325μm未満であることがより好ましく、300μm未満であることがさらに好ましい。なお、外周摺動面10には、硬質皮膜層の形成後に溝部100を形成してもよいし、溝部100の形成後に硬質皮膜層を形成してもよい。
【0063】
<溝部100の形成方法>
以下、ピストンリング1の外周摺動面10に溝部100を形成する方法の一例について説明する。
図12は、ピストンリング1の外周摺動面10に溝部100を形成する様子を示す図である。
図13及び
図14は、ピストンリング1の外周摺動面10に形成された溝部100の一例を示す側面図及び軸方向Bに沿う断面図である。
図12に示すように、複数のピストンリング1を軸方向Bに沿って重ねた(スタックさせた)状態で、円周方向Aに沿って螺旋状、すなわち、軸方向Bに対して一定の傾斜角をつけながら、溝を加工する。溝の加工には、レーザー加工、又はエッチング加工を用いる。これにより、例えば
図13(a)や
図13(b)に示すような溝部100が外周摺動面10上に形成される。このように、複数のピストンリング1にまとめて溝部100を形成することで、製造リードタイムが短縮され、コストを低減することができる。
【0064】
なお、溝部100を形成する前に、ピストンリング1の軸方向Bに沿う両端部には、円周方向Aに沿って、面取り部11を形成しておくことが好ましい。溝部100の軸方向Bに沿う幅W’は、0.3mm以下であることが好ましく、0.1mm以下であることがより好ましい。また、溝部100の最深部110の深さD’は、1μm以下であることが好ましく、0.2μm以下であることがより好ましい。
【0065】
本発明は、上述した実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲で記載された内容を逸脱しない範囲で、様々な構成により実現することが可能である。例えば、ピストンリング1は、バレルフェイス形状であるとして説明したが、バレルフェイス形状には限定されず、例えば、プレーン形状、テーパーフェイス形状等、他の任意の形状であってもよい。