特許第6860413号(P6860413)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6860413-マルエージング鋼およびその製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6860413
(24)【登録日】2021年3月30日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】マルエージング鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210405BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20210405BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20210405BHJP
【FI】
   C22C38/00 302N
   C22C38/52
   C21D6/00 M
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-93877(P2017-93877)
(22)【出願日】2017年5月10日
(65)【公開番号】特開2018-145516(P2018-145516A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2019年9月30日
(31)【優先権主張番号】特願2017-39149(P2017-39149)
(32)【優先日】2017年3月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】陳 朱耀
(72)【発明者】
【氏名】宮村 剛夫
(72)【発明者】
【氏名】難波 茂信
【審査官】 浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−243002(JP,A)
【文献】 特開昭62−228455(JP,A)
【文献】 特開2006−283085(JP,A)
【文献】 特公昭51−000061(JP,B1)
【文献】 国際公開第2000/056944(WO,A1)
【文献】 米国特許第06561258(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00〜38/60
C21D 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02質量%以下
Si:0.3質量%以下
Mn:0.3質量%以下
Ni:7.0〜15.0質量%
Cr:5.0質量%以下
Co:8.0〜12.0質量%
Mo:0.1〜2.0質量%
Ti:1.0〜3.0質量%、および
Sol.Al:0.01〜0.2質量%を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなり、
前記不可避不純物として含まれるP、S、NおよびOがそれぞれ、
P:0.01質量%以下
S:0.01質量%以下
N:0.01質量%以下
O:0.01質量%以下であり、
母相がマルテンサイト相で構成されており、かつ前記母相は、マルテンサイト相からオーステナイト相に逆変態した後に、当該オーステナイト相から変態したマルテンサイト相を25%〜75%の面積分率で含むマルエージング鋼。
【請求項2】
前記Niと前記Coとの合計質量比は17質量%以上23質量%以下である請求項1に記載のマルエージング鋼。
【請求項3】
前記Moは0.5質量%以上1.7質量%以下含まれる請求項1又は2に記載のマルエージング鋼。
【請求項4】
前記Niは7質量%以上12質量%以下含まれる請求項1〜3のいずれか一項に記載のマルエージング鋼。
【請求項5】
C:0.02質量%以下
Si:0.3質量%以下
Mn:0.3質量%以下
Ni:7.0〜15.0質量%
Cr:5.0質量%以下
Co:8.0〜12.0質量%
Mo:0.1〜2.0質量%
Ti:1.0〜3.0質量%
Sol.Al:0.01〜0.2質量%を含有し、
残部がFeおよび不可避不純物からなり、
前記不可避不純物として含まれるP、S、NおよびOがそれぞれ、
P:0.01質量%以下
S:0.01質量%以下
N:0.01質量%以下
O:0.01質量%以下である原料を溶解および鋳造することにより鋼材を作製する工程と、
前記鋼材を900℃以上1200℃以下に加熱する溶体化工程と、
溶体化工程後の前記鋼材を室温以下の温度に冷却する工程と、
冷却した前記鋼材を675℃以上740℃以下に加熱した状態で、1時間以上10時間以下保持する工程と、を含むマルエージング鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルエージング鋼およびその製造方法に関し、特に各成分の組成比および製造条件を調整することによって靱性を向上させたマルエージング鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電設備の核心部品として用いられるロータには、フェライト系耐熱鋼およびNi基合金が使用されている。これらの材料は、高温強度に加えて、優れた靭性、低熱膨張率、高熱伝導率などの特性を有している。中でも、運転温度の高い発電設備のロータには、より高温強度に優れたNi基合金が採用されている。
【0003】
しかしながら、Ni基合金は高価であるため、Ni基合金の代替として比較的安価なマルエージング鋼の適用が検討されている。マルエージング鋼は、溶体化処理のままでは低強度で加工しやすいが、溶体化処理後に焼入れ処理と時効処理とを行うことで、室温で約2GPaの高い引張強度を有する超強力鋼とすることができる。ここで、焼入れ処理は、母相を極低炭素マルテンサイト相とする処理である。時効処理は、マルテンサイト母相中にNi3Ti、Fe2Moなどの金属間化合物を析出させる処理である。
【0004】
特許文献1には、マルエージング鋼を構成する元素のうちのNi、Co、MoおよびTiの含有量を調整する技術が開示されている。これらの元素の含有量を調整したマルエージング鋼は、600℃の高温においても700MPa以上の0.2%耐力を有する。
【0005】
特許文献1に開示のマルエージング鋼は、強度が高いものの靭性が乏しい。特にマルエージング鋼の変態温度を高めるためにNiの添加量を12質量%まで減らすと、靱性が極めて低くなってしまう。このため、特許文献1に開示のマルエージング鋼を火力発電用のロータに適用するためには靭性を改善する必要がある。
【0006】
マルエージング鋼の靱性を改善する試みとして、例えば特許文献2には、通常の時効処理に加えて、通常の時効処理よりも高温の過時効処理を施す技術が開示されている。この過時効処理を施すことで、マルエージング鋼の母材であるマルテンサイト相の一部をオーステナイト相に逆変態させることができる。このようにして逆変態されたオーステナイト相を含むことで、マルエージング鋼の靱性を高めることができる。
【0007】
しかしながら、特許文献2に開示のようにオーステナイト相を逆変態させた場合には、マルテンサイト相とオーステナイト相との熱膨張係数の違いによって起動時および停止時に熱疲労が生じてしまう。そして、この熱疲労に起因してマルエージング鋼の使用寿命が短くなってしまう。また上記のようにオーステナイト相が生成されることにより、マルエージング鋼の熱膨張係数が上昇してしまうとともに熱伝導率が低下してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平09−111415号公報
【特許文献2】特開昭51−126918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、靱性に優れたマルエージング鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、マルエージング鋼の構成元素のうちのMo、NiおよびCoの質量比に着目し、Moの質量比を減らすとともにNiおよびCoの質量比を調整することによって変態温度を調整した。具体的には、母相を構成するマルテンサイト相の一部を時効処理によってオーステナイト相に逆変態させた後に、そのオーステナイト相が室温でマルテンサイト相に変態するように変態温度を室温以上に調整した。以下では、オーステナイト相に逆変態された後にマルテンサイト相に変態したマルテンサイト相を「逆変態マルテンサイト相」と称する。本発明者らは、上記変態温度を調整した上で、時効処理の温度および時間を調整することにより上記逆変態マルテンサイト相の析出量を調整した。その結果、逆変態マルテンサイト相が母相中に25%以上75%以下の面積分率で含まれることで、マルエージング鋼の靱性を向上させることが明らかとなり、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明のマルエージング鋼は、C:0.02質量%以下、Si:0.3質量%以下、Mn:0.3質量%以下、Ni:7.0〜15.0質量%、Cr:5.0質量%以下、Co:8.0〜12.0質量%、Mo:0.1〜2.0質量%、Ti:1.0〜3.0質量%、Sol.Al:0.01〜0.2質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、前記不可避不純物として含まれるP、S、NおよびOがそれぞれ、P:0.01質量%以下、S:0.01質量%以下、N:0.01質量%以下、O:0.01質量%以下であり、母相がマルテンサイト相で構成されており、かつ前記母相は、逆変態マルテンサイト相を25%〜75%の面積分率で含む。
【0012】
上記構成において、NiとCoとの合計質量比は17質量%以上23質量%以下であることが好ましい。Moは0.5質量%以上1.7質量%以下含まれることが好ましい。Niは7質量%以上12質量%以下含まれることが好ましい。
【0013】
本発明のマルエージング鋼の製造方法は、上記各成分を含む原料を溶解および鋳造することにより鋼材を作製する工程と、前記鋼材を900℃以上1200℃以下に加熱する溶体化工程と、溶体化工程後の前記鋼材を冷却する工程と、冷却した前記鋼材を675℃以上740℃以下に加熱した状態で、1時間以上10時間以下保持する工程とを含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、靱性に優れたマルエージング鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】各実施例および各比較例のマルエージング鋼における逆変態マルテンサイト相の面積分率(%)とシャルピー衝撃値(J/cm2)との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のマルエージング鋼は、C:0.02質量%以下、Si:0.3質量%以下、Mn:0.3質量%以下、Ni:7.0〜15.0質量%、Cr:5.0質量%以下、Co:8.0〜12.0質量%、Mo:0.1〜2.0質量%、Ti:1.0〜3.0質量%、Sol.Al:0.01〜0.2質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、前記不可避不純物として含まれるP、S、NおよびOがそれぞれ、P:0.01質量%以下、S:0.01質量%以下、N:0.01質量%以下、O:0.01質量%以下であり、母相がマルテンサイト相で構成されており、かつ母相は、逆変態マルテンサイト相を25%〜75%の面積分率で含むことを特徴とする。以下において、本発明のマルエージング鋼に含まれる各成分およびその数値範囲の意義を説明する。
【0017】
(C:0.02質量%以下)
炭素Cは、Tiと反応してTiCを析出する元素である。このTiCが析出されることにより、高温強度を担う金属間化合物Ni3Tiが析出されにくくなる。言い換えると、Cの含有量を少なくすることで、TiCが生成されにくくなるので、高温強度に優れたNi3Tiを析出させることができる。このため、Cの含有量が少ないほど好ましく、多くとも0.02質量%以下、好ましくは0.01質量%以下であり、より好ましくは0.005質量%以下である。またCは、0.0005質量%以上含まれていてもよい。
【0018】
(Si:0.3質量%以下)
珪素Siは、酸化物を形成することによりマルエージング鋼の靱性を低下させる元素である。このため、Siの含有量は少ないほど好ましく、多くとも0.3質量%以下、好ましくは0.1質量%以下であり、より好ましくは0.05質量%以下である。またSiは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0019】
(Mn:0.3質量%以下)
マンガンMnは、上記Siと同様、酸化物を形成することによりマルエージング鋼の靱性を低下させる元素である。このため、Mnの含有量は少ないほど好ましく、多くとも0.3質量%以下、好ましくは0.1質量%以下であり、より好ましくは0.05質量%以下である。またMnは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0020】
(Ni:7.0〜15.0質量%以下)
ニッケルNiは、マルエージング鋼の靱性を高めるために不可欠の元素であり、かつ時効処理によって金属間化合物Ni3Tiを析出する元素である。このNi3Tiが析出されることでマルエージング鋼の高温強度を高めることができる。このため、Niの含有量は7.0質量%以上であり、好ましくは9.0質量%以上である。Niはオーステナイト相からマルテンサイト相への変態温度を低下させる元素でもあることから、Niの含有率は15質量%以下とする必要がある。Niを15質量%以下とすることで、マルエージング鋼の変態温度が過剰に低くなることを抑制できる。これにより時効処理においてマルテンサイト相から逆変態したオーステナイト相がオーステナイト相のままで安定化せずにマルテンサイト相に変態される。このように母相中にオーステナイト相がマルテンサイト相に変態されることで、つまりオーステナイト相が残存しないことで、マルエージング鋼の低熱膨張率および高熱伝導率を達成することができる。上記Niの含有量は13質量%以下であることが好ましく、より好ましくは12質量%以下である。
【0021】
(Cr:5.0質量%以下)
クロムCrは、マルエージング鋼に対して耐食性を付与する元素である。Crの含有量は5.0質量%以下であり、好ましくは4.0質量%以下である。Crの含有量を5.0質量%以下とすることにより、マルエージング鋼を高温で使用してもσ相が形成されにくくなる。これによりマルエージング鋼が脆化されることを抑制することができる。またCrは、0.5質量%以上含まれていてもよい。
【0022】
(Co:8.0〜12.0質量%)
コバルトCoは、Laves相(Fe2Mo)、R相(Fe63Mo37)等の金属間化合物の析出を促進する元素である。Coを8.0質量%以上含むことにより上記金属間化合物を析出させやすくなり、マルエージング鋼の強度を高めることができる。Coは9.0質量%以上含まれることが好ましい。Coは変態温度を低下させる元素であり、過剰に含有されると、残留オーステナイト相が生成されてしまう。そして、マルテンサイト相の母相中に残留オーステナイト相が含まれると、マルエージング鋼の熱膨張係数が上がるとともに熱伝導率が下がる。このため、Co含有量を12.0質量%以下とする必要があり、好ましくは10.0質量%以下である。
【0023】
NiとCoとの合計質量比は17質量%以上23質量%以下であることが好ましく、より好ましくは17.5質量%以上22質量%以下である。このような質量比でNiおよびCoを含むことにより、変態温度を適度に上昇させることができる。これによりマルテンサイト相からオーステナイト相に逆変態した後に、当該オーステナイト相をマルテンサイト相に変態させることができる。これによりマルエージング鋼が、オーステナイト相を含まないようにすることができるので、マルテンサイト相とオーステナイト相との併存による熱疲労を回避することができ、マルエージング鋼を長寿命化させることができる。
【0024】
(Mo:0.1〜2.0質量%)
モリブデンMoは、変態温度を上昇させる元素であって、かつ時効処理によりLaves相(Fe2Mo)、R相(Fe63Mo37)等の金属間化合物を析出させる元素である。Moを0.1質量%以上含むことにより、上記金属間化合物を析出させることができ、マルエージング鋼の高温強度を向上させることができる。またMoは0.5質量%以上含まれることが好ましい。このような質量%でMoを含むことにより変態温度を上昇させることができる。これにより逆変態によって生成したオーステナイト相が安定化することなくオーステナイト相がマルテンサイト相に変態される。またMoの含有量を2.0質量%以下とすることにより析出物が過密に析出することを避けることができ、靭性の低下を回避することができる。上記Moの含有量は1.7質量%以下であることが好ましく、より好ましくは1.5質量%以下である。
【0025】
(Ti:1.0〜3.0質量%)
チタンTiは、変態温度を上昇させる元素であって、かつ時効処理により金属間化合物Ni3Tiを析出させる元素である。Tiを1.0質量%以上含むことにより、Ni3Tiを析出させることができる。これによりマルエージング鋼の高温強度を向上させることができる。Tiは1.3質量%以上含まれることが好ましい。このような質量%でTiが含まれることにより、変態温度を上昇させることができる。これにより逆変態によって生成したオーステナイト相が安定化することなく、オーステナイト相からマルテンサイト相に変態させることができる。またTiの含有量を3.0質量%以下とすることにより、金属間化合物が過密に析出することを避けることができ、靱性の低下を回避することができる。Tiの含有量は2.0質量%以下であることが好ましい。
【0026】
(Sol.Al:0.01〜0.2質量%)
Alは、溶鋼中の酸素を取り除くために必須の成分である。脱酸効果を得るためにはSol.Alの含有量を0.01質量%以上にする必要があり、Sol.Alの含有量は0.05質量%以上が好ましい。ここで、上記Sol.Alは、マルエージング鋼に含まれるAlのうちからAl23中のAlを除外したAl量を意味する。マルエージング鋼はAl23を含むが、Al23はマルエージング鋼中で粗大な粒を形成しており、かつマルエージング鋼の特性にほとんど影響を与えない。したがって、上記マルエージング鋼に含まれるAlのうちからAl23中のAlを除外し、マルエージング鋼の特性に寄与するAlの含有量を特定する必要がある。このような理由でSol.Alの好適数値範囲を規定している。Sol.Alの含有量が0.2質量%以下であることで、Ti3Alの析出を避けることができ、マルエージング鋼の靭性の低下を避けることができる。Sol.Alの含有量は、0.15質量%以下であることが好ましい。
【0027】
<不可避不純物>
本発明のマルエージング鋼において、上記元素成分以外の残部はFeと不可避不純物とによって構成される。不可避不純物としては、リンP、硫黄S、窒素Nおよび酸素Oを含む。上記不可避不純物はそれぞれ0.01質量%以下である。これにより本発明の効果を得ることが阻害されることを防止し得る。また上記で挙げた元素以外の不可避不純物として、例えばSn,Pb,Sb,As,Zn等の低融点不純物金属が挙げられる。
【0028】
(P:0.01質量%以下)
リンPは、溶鋼が凝固するときのミクロ偏析によりマルエージング鋼の靭性を低下させる。このため、Pの含有量を0.01質量%以下とする必要があり、0.005質量%以下にすることが好ましい。またPは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0029】
(S:0.01質量%以下)
硫黄Sは、マルエージング鋼の靱性を低下させるので、Sの含有量は0.01質量%以下にする必要があり、0.005質量%以下にすることが好ましい。またSは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0030】
(N:0.01質量%以下)
窒素Nは、Tiと介在物を形成することによりマルエージング鋼の強度および靱性を低下させる元素である。このため、Nの含有量を0.01質量%以下とする必要があり、好ましくは0.005質量%以下である。またNは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0031】
(O:0.01質量%以下)
酸素Oは、SiO2、Al23などの酸化物を形成することにより、マルエージング鋼の強度を低下させる。Oの含有量を0.01質量%以下とする必要があり、0.005質量%以下にすることが好ましい。またOは、0.001質量%以上含まれていてもよい。
【0032】
(母相)
次に、本発明のマルエージング鋼の母相の結晶組織を説明する。本発明のマルエージング鋼は、母相がマルテンサイト相で構成されていて、オーステナイト相が含まれていない。このため、オーステナイト相とマルテンサイト相との熱膨張係数の違いによる熱疲労が生じず、使用寿命の低下を回避することができる。また、マルテンサイト相はオーステナイト相に比べて、低熱膨張率および高熱伝導率であるため、逆変態によって生成したオーステナイト相がマルテンサイト相に変態されることで、低熱膨張率および高熱伝導率のマルエージング鋼を得ることができる。
【0033】
上記母相中に逆変態マルテンサイト相が25%以上75%以下の面積分率で含まれることによりマルエージング鋼の高温強度が低下することなく、靱性を高めることができる。ここで、逆変態マルテンサイト相の面積分率は、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)および当該SEM画像の解析によってマルエージング鋼の断面の任意の領域における逆変態マルテンサイト相の占める面積比を算出した値を採用する。この測定方法は実施例において詳述する。
【0034】
上記逆変態マルテンサイト相の面積分率は30%以上であることが好ましく、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上である。このような面積分率で逆変態マルテンサイト相を含むことによりマルエージング鋼の靱性を高めることができる。またマルエージング鋼の高温強度の低下を避ける観点から、逆変態マルテンサイト相の面積分率は70%以下であることが好ましく、より好ましくは60%以下であり、さらに好ましくは55%以下である。このような逆変態マルテンサイト相の面積分率は、マルエージング鋼を作製する際の溶体化工程および時効工程の熱処理条件を調整することによって達成される。これらの熱処理条件は後述する。
【0035】
<マルエージング鋼の製造方法>
本発明のマルエージング鋼は、通常工業的に用いられる製造設備および製造プロセスによって製造することができる。具体的には、本発明のマルエージング鋼の製造方法は、上記各成分を所定の含有量で配合した各原料を溶解および鋳造することにより鋼塊を作製する工程(溶解工程)と、当該鋼塊を1100℃以上1350℃以下に加熱することにより鋳造時に生じた偏析を均質化する工程(均質化工程)と、均質化した鋼塊を鍛造することにより所定の形状に加工する工程(鍛造工程)と、鍛造した鋼を900℃以上1200℃以下に加熱する工程(溶体化工程)と、溶体化した鋼を室温以下に冷却する工程(冷却工程)と、冷却後の鋼を675℃以上740℃以下に加熱した状態で1時間以上10時間以下保持する工程(時効工程)とを含む。以下、これらの各工程を詳述する。
【0036】
[溶解工程]
溶解工程において使用される原料は、上記各原料の質量比となるように選択して配合される。溶解工程では、真空中(例えば、真空誘導炉溶解法)で原料を溶解させることにより、鋼の清浄度を高めることができる。これにより強度および耐疲労性に優れたマルエージング鋼を得ることができる。また溶解工程で得られた鋳塊を再度溶解および鋳造する工程(再溶解工程)を含んでもよい。再溶解工程を含むことで鋼の清浄度を向上させることができる。再溶解工程は、真空中(例えば、真空アーク再溶解法)で、かつ複数回繰り返すことが好ましい。
【0037】
[均質化工程]
均質化工程の処理条件は、特に限定されるものではなく、凝固偏析を除去可能な条件であればよく、加熱温度が1100〜1350℃であり、加熱時間が10時間以上であることが好ましい。均質化工程後の鋳塊は、空冷されるか又は赤熱状態のまま鍛造工程に送られる。
【0038】
[鍛造工程]
鍛造工程は、通常、熱間で行われる。熱間鍛造の処理条件は、加熱温度が900〜1350℃であり、加熱時間が1時間以上であり、終止温度が800℃以上である。鍛造工程は1回のみ行ってもよいし、4〜5回を連続して繰り返して行ってもよい。鍛造後、必要に応じて焼鈍を行ってもよい。焼鈍は、空冷で行われ、加熱温度が550〜950℃であり、加熱時間が1〜36時間であることが好ましい。
【0039】
[溶体化工程]
溶体化工程は、鍛造後の鋼をγ相(オーステナイト相)単相にするとともにMo炭化物などの析出物を固溶させる工程である。溶体化工程の加熱温度は900〜1200℃であり、好ましくは950℃以上である。また加熱時間は1〜10時間である。
【0040】
[冷却工程]
冷却工程は、溶体化後の鋼を室温以下の温度に冷却することにより、オーステナイト相をマルテンサイト相に変態させる工程である。冷却工程を行うことで、多量のオーステナイト相が残ったまま時効処理を行うよりも時効工程による強度の向上効果を高めることができる。冷却工程における冷却速度は0.5℃/s以上であることが好ましく、冷却時間が1〜10時間であることが好ましい。
【0041】
[時効工程]
時効工程は、上記冷却工程後の鋼を675℃以上740℃以下に加熱する工程である。675℃以上で加熱することにより母相中のマルテンサイト相のうちの面積比で25%以上のマルテンサイト相をオーステナイト相に逆変態させることができる。このオーステナイト相は、時効工程後の冷却によりマルテンサイト相に変態される。時効処理は685℃以上で行うことが好ましく、より好ましくは700℃以上であり、時効工程の処理時間は1時間以上10時間以下であることが好ましく、より好ましくは3時間以上8時間以下である。また時効工程は金属間化合物を析出させる工程でもあり、740℃以下に加熱することにより上記金属間化合物が再溶体化されることを回避することができるし、逆変態マルテンサイト相の面積率が過剰に大きくなることを避けることもできる。また時効処理では、冷却工程後の鋼を730℃以下に加熱することが好ましく、725℃以下であることがより好ましく、715℃以下であることがさらに好ましく、特に好ましくは710℃以下である。このような温度で時効処理を行うことにより、金属間化合物の再溶体化による高温強度の低下を防ぐことができるし、逆変態マルテンサイト相の面積率が過剰に大きくなることを抑制することができる。このような時効工程の処理条件は、マルエージング鋼に含まれる成分によって異なるため、一律に規定することは困難であるが、例えば700℃で3時間の時効工程を行うことが好ましい。なお、時効工程後の冷却速度は特に限定されないし、例えば空冷で冷却することもできる。
【実施例】
【0042】
以下の実施例において、本発明についてさらに詳しく説明する。下記の表1の鋼板A〜Eの欄に示す各成分からなる原材料20kgを、真空誘導溶解炉(VIF:Vacuum Induction Furnace)にて溶解し、鋳造することにより鋼塊を溶製した(溶解工程)。このように溶製した鋼塊に対し、アルゴン雰囲気下において1280℃で12時間の均質化処理を施すことにより、凝固時の成分の偏析を均質化した(均質化工程)。次に、均質化工程後の鋼塊を鍛造加工することにより、幅60mm×厚さ15mmの5種類の鋼板A〜Eを作製した(鍛造工程)。各鋼板に対し1000℃の溶体化処理を施した後に(溶体化工程)、35℃/sの冷却速度で室温まで水冷した(冷却工程)。その後、表2の「時効処理」の欄に示す温度および時間の時効処理を施すことで(時効工程)、表2の「シャルピー衝撃値」に示す靱性の各実施例および各比較例のマルエージング鋼を作製した。表2に示す「時効処理」の欄において、実施例9〜11の矢印の上の数字は、矢印の左側の温度から右側の温度まで変化させるのに要した時間を意味する。たとえば、実施例9の時効処理は、400℃から675℃まで2.75時間で昇温し、675℃で3時間保持することによって行ったことを意味する。また、実施例6〜11では、時効処理後にも35℃/sの冷却速度で室温まで水冷した。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
各実施例および各比較例のマルエージング鋼のそれぞれを一般の電解研磨液で電解研磨し、その研磨面における任意の領域を、SEMを用いて写真撮影した。そして、SEMで観察された断面における1026μm2中の領域に占める逆変態マルテンサイト相のマッピングを行なった。そして、上記で撮影された写真を確認しながら画像処理ソフトを用いて逆変態マルテンサイト相を識別することにより同写真に占める逆変態マルテンサイト相の面積比の百分率を算出した。その結果を表2の「逆変態相面積分率」の欄に示す。なお、ここで観察された逆変態相(逆変態マルテンサイト相または逆変態オーステナイト相)を「逆変態相種類」の欄に示す。
【0046】
各実施例および各比較例の鋼板を、JIS Z 2242に規定のVノッチ標準試験片に加工した。この加工で得られた各試験片に対し、JIS Z 2242に規定された金属材料のシャルピー衝撃試験方法に従って0℃におけるシャルピー衝撃値を測定した。その結果を表2の「シャルピー衝撃値」の欄に示す。このシャルピー衝撃値が高いほど靱性が優れていることを表している。シャルピー衝撃値が30J/cm2以上である場合に靱性が良好と判断する。この判断基準は、火力発電のロータの使用条件(熱応力)を考慮して設定されている。
【0047】
図1は、各実施例および各比較例のマルエージング鋼における逆変態マルテンサイト相の面積分率(%)とシャルピー衝撃値(J/cm2)との相関を示すグラフであり、縦軸がシャルピー衝撃値(J/cm2)であり、横軸が逆変態マルテンサイト相の面積分率(%)である。なお、比較例4においては、逆変態オーステナイト相の面積分率を逆変態マルテンサイト相の面積分率とみなして図1のグラフにプロットしている。
【0048】
(考察)
各実施例のマルエージング鋼は、表1に示す通り各種成分の含有量が所定の数値範囲を満たし、かつ表2に示す通り時効工程の温度および時間を満たすことで、逆変態マルテンサイト相の面積分率が25%以上75%以下を満たす。このため、各実施例のマルエージング鋼は、シャルピー衝撃値が30J/cm2を超えており、靱性が優れている。しかも、各実施例のマルエージング鋼はいずれも、オーステナイト相からマルテンサイト相に変態されているのでオーステナイト相を含まない。このため、各実施例のマルエージング鋼は低熱膨張率および高熱伝導率の結晶組織で構成されていると言える。
【0049】
一方、比較例1〜2のマルエージング鋼は、時効工程における熱処理温度が650℃と低いので、逆変態マルテンサイト相の面積分率が不足し、マルエージング鋼の靱性の向上効果を得られなかった。また比較例3〜4のマルエージング鋼は、Moを過剰に含むことにより母相中に過剰な金属間化合物が析出され、マルエージング鋼の靱性が低下したものと考えられる。特に比較例4では、Moを過剰に含むことに加えてCoを過剰に含んでいるので、逆変態したオーステナイト相がマルテンサイト相に変態することなくオーステナイト相のまま残存したものと考えられる。比較例4のマルエージング鋼のように、逆変態したオーステナイト相がマルテンサイト相に変態することなく残存することで、熱膨張率が上昇するとともに熱伝導率が低下すると考えられる。
【0050】
なお、時効工程における熱処理温度が740℃を超える場合には、逆変態マルテンサイト相の面積分率が75%を超えることによりマルエージング鋼のシャルピー衝撃値は高くなる。しかしながら、上記740℃を超える熱処理温度で時効工程を行う場合には、析出物の再溶体化が生じ、マルエージング鋼に必要とされる他の特性(例えば高温強度)を満たさなくなることが確認されている。このため、マルエージング鋼に必要とされる特性(高温強度等)を満たすためには、時効工程における熱処理温度を740℃以下にする必要があるし、逆変態マルテンサイト相の面積分率を75%以下にする必要がある。
【0051】
上記各実施例および各比較例の対比から、各原料を所定の原料比で含み、かつ時効工程において所定の熱処理条件を満たすことで、靱性に優れたマルエージング鋼を得られることが明らかとなり、本発明の効果が示された。
図1