【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記窒化処理における前記作用極への印加電位は、Liイオンの溶解/析出電位を基準として1.0〜1.8Vである請求項1または2に記載のFeNi規則合金の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態にかかるL1
0型FeNi規則合金、すなわちFeNi超格子は、磁石材料および磁気記録材料等の磁性材料に適用されるものである。L1
0型FeNi規則合金は、規則度Sが高いほど磁気特性に優れている。
【0013】
ここでいう規則度Sとは、FeNi超格子における規則化の度合を示している。L1
0型規則構造は、面心立方格子を基本とした構造となっており、
図1に示すような格子構造を有している。この図において、面心立方格子の[001]面の積層構造における最も上面側の層をIサイト、最も上面側の層と最も下面側の層との間に位置している中間層をIIサイトとする。この場合、Iサイトに金属Aが存在する割合をx、金属Bが存在する割合を1−xとすると、Iサイトにおける金属Aと金属Bが存在する割合はA
xB
1-xと表される。同様に、IIサイトに金属Bが存在する割合をx、金属Aが存在する割合を1−xとすると、IIサイトにおける金属Aと金属Bが存在する割合はA
1-xB
xと表される。なお、xは、0.5≦x≦1を満たす。そして、この場合において、規則度Sは、S=2x−1で定義される。
【0014】
このため、例えば、金属AをNi、金属BをFeとし、Niを白色、Feを黒色で表すと、FeNi合金における規則度Sは、規則度S=0となるFeNi不規則合金から規則度S=1となるFeNi超格子にかけて
図2のように表わされる。なお、すべて白色となっているものは、Niが100%、Feが0%となっていることを示し、すべて黒色となっているものは、Niが0%、Feが100%となっていることを示している。また、白色と黒色が半々のものはNiが50%、Feが50%となっていることを示している。
【0015】
このように表される規則度Sについて、例えばIサイトでは金属AとなるNiに偏り、IIサイトでは金属BとなるFeに偏るようにし、少なくとも全体の平均的な規則度Sが0.5以上になると良好な磁気特性を得ること可能となる。ただし、規則度Sについては、材料全体において平均的に値が高くなっている必要があり、局所的に値が高くなっていても良好な磁気特性を得ることはできない。このため、局所的に高い値であったとしても、ここでいう全体の平均的な規則度Sが0.5以上には含まれない。
【0016】
このようなL1
0型FeNi規則合金は、例えば、FeNi不規則合金を窒化する窒化処理を行った後、窒化処理されたFeNi窒化物から窒素を除去する脱窒素処理を行うことにより、得られる。なお、不規則合金とは、原子の配列が規則性を持たずにランダムなものである。
【0017】
次に、本実施形態にかかるL1
0型FeNi規則合金の製造について説明する。本実施形態では、電解浴を用いた電気化学的方法によってL1
0型FeNi規則合金が製造される。
【0018】
図3に示すように、FeNi規則合金製造装置1は、容器10を備えている。容器10は、例えば石英管を用いることができる。
【0019】
容器10の内部には、電解浴に用いられる溶融塩11が収容されている。本実施形態では、溶融塩11として、LiCl−KCl−CsCl(組成比57.5mol%:13.3mol%:29.2mol%、融点265℃)を用いている。
【0020】
溶融塩11には、窒化処理に用いられる窒化物イオン源としてアルカリ窒化物が添加されている。本実施形態では、溶融塩11にアルカリ窒化物であるLi
3Nを0.5〜1mol%添加している。Li
3Nが溶融塩11に溶解することで、浴中に窒化物イオン(N
3-)が生成する。
【0021】
容器10には、作用極12、対極13および参照極14が挿入されている。作用極12、対極13および参照極14は、溶融塩11に浸漬している。作用極12としては、L1
0型FeNi規則合金の原材料となるFeNi不規則合金を用いている。本実施形態で用いるFeNi不規則合金は、Fe原子およびNi原子の比が50:50となっている。
【0022】
FeNi不規則合金の形状は特に限定されず、箔体や粒子の形状とすることができる。窒化処理や脱窒素処理をより迅速に行うためには、FeNi粒子をNiメッシュに圧着したものを用いることが望ましい。
【0023】
対極13は、作用極12と異なる金属であり、例えばアルミニウムを用いることができる。参照電極14としては、例えばAg
+/Ag電極を用いることができる。作用極12、対極13および参照極14は、直流電源15に接続されている。
【0024】
容器10は、炉心管16で覆われている。炉心管16としては、例えばSUSを用いることができる。炉心管16の外部にはヒータ17が設けられている。ヒータ17による加熱を行うことで、容器10内の溶融塩11を所望の温度に調整し、溶融塩11を溶融状態とすることができる。
【0025】
次に、FeNi規則合金製造装置1を用いて行う窒化処理および脱窒素処理について説明する。本実施形態では、FeNi不規則合金からL1
0型FeNi規則合金を形成する際に、中間生成物としてFeNiNが生成される。具体的には、
図4に示すように、FeNi不規則合金を窒化処理を行うことで、
図1に示したIIサイトに窒素を取り込むことでIIサイトにFeを多く含む窒化物であるFeNiNが中間生成物として形成される。この中間生成物は、FeとNiが規則化された状態となっている。窒化物には、Fe
2Ni
2Nも含まれている。そして、中間生成物であるFeNiNに対して脱窒素処理を行うことで、規則化されたFeとNiの配列を変えることなくIIサイトから窒素が放出され、L1
0型FeNi規則合金が形成される。
【0026】
まず、窒化処理について説明する。窒化処理では、溶融塩11を所定温度に加熱した状態で、作用極12に電位を印加することで、中間生成物であるFeNiNを合成することができる。
【0027】
図5に示すように、窒化処理では、作用極12に平衡電位よりも正の電位を印加する。なお、
図5では、ヒータ17等の図示を省略している。
【0028】
窒化処理では、溶融塩11中で以下の反応が起こる。
【0029】
(作用極側)
FeNi+N
3-→FeNiN+3e
-
(対極側)
Al+nLi
-→AlLi
x+ne
-
図6、
図7は、作用極12としてFeNi基板を用い、作用極12への印加電位を異ならせて得られた窒化物のX線回折の測定結果を示している。電解浴の温度は350℃としている。
【0030】
図6、
図7に示すように、作用極12への印加電位をLi金属の溶解/析出電位(以下、vs.Li
+/Liとする)を基準として1.0〜1.8Vとすることで、FeNi窒化物が生成している。
図7に示すように、印加電位を1.6V(vs.Li
+/Li)とした場合に望ましい窒化物であるFeNiNが生成している。このため、窒化処理では、作用極12への印加電位を1.0〜1.8V(vs.Li
+/Li)とすることが望ましく、1.6V(vs.Li
+/Li)とすることが特に望ましい。
【0031】
図8は、作用極12としてFeNi粒子を用い、電解浴の温度を異ならせて得られた窒化物のX線回折の測定結果を示している。作用極12への印加電位は1.6V(vs.Li
+/Li)としている。
【0032】
図8に示すように、電解浴の温度を300〜350℃とした場合に、FeNi窒化物が生成している。本実施形態の溶融塩11は融点が265℃であり、溶融塩11を安定的に溶融状態とするために、電解浴の温度を300℃以上とすることが望ましい。また、電解浴の温度を320℃以下とした場合に、望ましい窒化物であるFeNiNが生成していることから、電解浴の温度を320℃以下とすることが望ましい。このため、窒化処理では、電解浴の温度を300〜350℃とすることが望ましく、300〜320℃とすることがより望ましい。
【0033】
ここで、本実施形態の規則合金製造装置1を用いて窒化処理を行った場合の窒素の利用効率について説明する。
【0034】
作用極12にFeNi粒子を用いて1回の窒化処理を行った結果、およそ10ミリグラムのFeNi窒化物が得られた。このFeNi窒化物をX線回折により分析したところ、FeNiNが20wt%含まれていたので、FeNi窒化物に含まれるFeNiNは2ミリグラムである。FeNiNのモル質量は128グラム/molであるので、窒化物に含まれるFeNiNは1.56×10
-3molとなる。
【0035】
図9に示すように、定電流電解時の電流(mA)を時間で積分して得られた総電気量は3336.323Cである。作用極12でFeNi窒化物を生成する反応は3電子反応なので、FeNi窒化物を生成する反応では(3.34×10
3/3)/96500=1.15×10
-2molの電子を使っている。よって、本実施形態の窒化処理における電流効率は、(1.56×10
-5)/(1.15×10
-2)=1.35×10
-3≒0.13%となる。
【0036】
一方、FeNiNをアンモニアガスを用いるガス窒化法で得る場合は、以下のような条件で合成することができる。ガス窒化法では、1回の窒化処理で500ミリグラムのFeNi窒化物が得ることができた。このFeNi窒化物をX線回折により分析したところ、FeNiNが80wt%含まれていたので、窒化物に含まれるFeNiNは400ミリグラムである。このため、FeNi窒化物に含まれるFeNiNは3.125×10
-3molとなる。
【0037】
ガス窒化法による1回の窒化処理では、3.3×10
4Lのアンモニアガスを消費する。このため、3.3×10
4/22.4=1473molのアンモニアガスを消費する。よって、ガス窒化法による窒化処理での窒素効率は、(3.125×10
-3)/(1473)=2.12×10
-6≒0.0002%となる。つまり、本実施形態の電気化学窒化法はガス窒化法に比べ、およそ640倍の窒素の利用効率が得られる。
【0038】
次に、脱窒素処理について説明する。脱窒素処理は、溶融塩11を所定温度に加熱した状態で、作用極12に電位を印加して行うことで、中間生成物であるFeNiNからFeとNiの配列を変えることなく不要な元素を除去し、L1
0型FeNi規則合金を生成することができる。
【0039】
図10に示すように、脱窒素処理では、作用極12に平衡電位よりも負の電位を印加する。なお、
図10では、ヒータ17等の図示を省略している。
【0040】
脱窒素処理では、溶融塩11中で以下の反応が起こる。
【0041】
(作用極側)
FeNiN+3e
-→FeNi+N
3-
(対極側)
AlLi
x+ne
-→Al+nLi
-
図11は、作用極12としてFeNi粒子を用い、作用極12への印加電位を異ならせて得られた脱窒素を行ったFeNi窒化膜のX線回折の測定結果を示している。電解浴の温度は300℃としている。
【0042】
図11に示すように、印加電位を0.3V(vs.Li
+/Li)以下とした場合に窒化物であるFe
2Ni
2Nが消失している。このため、脱窒素処理では、作用極12への印加電位を0〜0.3V(vs.Li
+/Li)とすることが望ましい。また、印加電位を0.3V(vs.Li
+/Li)とした場合に、FeNi合金の規則化が確認されていることから、脱窒素処理では、作用極12への印加電位を0.3V(vs.Li
+/Li)とすることが特に望ましい。
【0043】
本実施形態の溶融塩11は融点が265℃であり、溶融塩11を安定的に溶融状態とするために、脱窒素処理においても電解浴の温度を300℃以上とすることが望ましい。また、L1
0型のFeNi規則−不規則転移温度が320℃であり、320℃より高い温度では、FeNi合金が不規則化するため、電解浴の温度を320℃以下とすることが望ましく、転移温度320℃より低いほど望ましい。このため、脱窒素処理では、電解浴の温度を300〜320℃とすることが望ましく、300℃とすることがより望ましい。
【0044】
脱窒素処理の終了後、L1
0型FeNi規則合金を水洗いし、溶融塩11を除去する洗浄処理を行う。
【0045】
以上の脱窒素処理を行うことで、L1
0型FeNi規則合金を生成することができた。このように形成したL1
0型FeNi規則合金について、材料全体の平均的な規則度Sを求めた。規則度Sは、
図12に示す粉末X線回折強度により求めた。
図12に示すX線回折では、光源として光エネルギー7100eVの放射光を用いた。
【0046】
図12に示すように、(001)面において超格子回折のピークが生じていることから、FeNi超格子ができていることが判る。規則度Sの算出では、基本回折のピークである(111)面と、超格子回折のピークである(001)面の強度比で規則度Sを評価している。(110)面も超格子回折のピークであるが、酸化物と回折位置が近く分離が困難なため、規則度Sの評価には用いていない。
【0047】
規則度Sの見積もりは、「Kojima et.al.、『Fe−Ni composition dependence of magnetic anisotropy in artificially fabricated L10−ordered FeNi films』、J.Phys.:Condens.Matter、vol.26、(2014)、064207」に記載された方法に基づいて行った。
【0048】
L1
0型FeNi規則合金の規則度Sの見積もりは、次の数式1に示される規則度Sの見積もり式により見積もることができる。
【0049】
【数1】
数式1において、「I
sup」は超格子回折のピークの積分強度であり、「I
fund」は基本回折のピークの積分強度である。「(I
sup/I
fund)
obs」は、放射光X線回折測定から得られた超格子回折の積分強度と基本回折の積分強度との比である。「(I
sup/I
fund)
cal」は、超格子回折の積分強度と基本回折の積分強度との比の理論値である。
【0050】
規則度Sは、X線回折パターンのうち、超格子反射である(001)面からの回折ピーク、つまり超格子回折のピークの積分強度と、(111)面からの回折ピーク、つまり基本回折のピークの積分強度との比である回折強度比に対して
図13に示す関係を有している。このため、本実施形態で生成したL1
0型FeNi規則合金についても、
図12に示すX線回折パターンから規則度Sを得た。この結果、本実施形態で生成したL1
0型FeNi規則合金の規則度Sは0.54であった。
【0051】
以上説明した本実施形態によれば、FeNi不規則合金に電気化学的な窒化処理および脱窒素処理を行うことで、L1
0型FeNi規則合金を生成することができる。
【0052】
本実施形態で用いた電気化学法によれば、窒化処理と同一の溶融塩11、電極12、13を用い、電位操作のみで脱窒素処理を行うことができる。このため、アンモニアガス法やプラズマ法等で脱窒素処理を行う場合に比べ、簡易な設備で脱窒素処理を行うことが可能となる。
【0053】
また、本実施形態の電気化学法による窒化処理を行うことで、アンモニアガスを用いたガス窒化法に比べ、窒素を高効率で利用することが可能となる。
【0054】
(他の実施形態)
本発明は上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、以下のように種々変形可能である。また、上記各実施形態に開示された手段は、実施可能な範囲で適宜組み合わせてもよい。
【0055】
例えば、上記実施形態にかかるL1
0型FeNi規則合金は、磁石材料および磁気記録材料等の磁性材料に適用されるが、このFeNi規則合金の適用範囲は、磁性材料に限定されるものではない。
【0056】
また、上記実施形態では、窒化処理に用いられる窒化物イオン源として、Li
3Nを溶融塩11に添加するように構成したが、アルカリ窒化物合成電極を用いて窒素ガスを電気化学的に還元させることで、溶融塩11中でアルカリ窒化物を合成するようにしてもよい。アルカリ窒化物合成電極としては、例えばPtやNiのメッシュ材を用いることができる。そして、アルカリ金属イオンと窒素ガスを含む電解浴中でアルカリ窒化物合成電極を陰分極(例えば0.2V vs.Li
+/Li)で動作させることで、該電極上で合成されるアルカリ窒化物が溶解し、窒化物イオンを電解浴中に供給できる。窒素ガスは外部から供給すればよく、アルカリ金属イオンは溶融塩11に含まれるLiイオンを用いることができる。
【0057】
また、上記実施形態では、溶融塩11として、LiCl−KCl−CsCl(組成比57.5mol%:13.3mol%:29.2mol%、融点265℃)を用いたが、混合する塩の種類や組成比はこれに限定されるものではない。溶融塩11は、窒化処理温度および脱窒素処理温度より30℃程度低い融点を有するアルカリハライドやアルカリ土類ハライドの混合塩を好適に用いることができ、融点が270℃以下であるものが望ましい。このように溶融塩11を構成する塩の種類や組成比を変更することによって、FeNi合金の規則化に有利な処理温度を適宜選択可能となる。