特許第6861069号(P6861069)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6861069
(24)【登録日】2021年3月31日
(45)【発行日】2021年4月21日
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210412BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20210412BHJP
   C23C 8/14 20060101ALN20210412BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20210412BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
   !C23C8/14
   !C21D9/46 R
【請求項の数】5
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-65949(P2017-65949)
(22)【出願日】2017年3月29日
(65)【公開番号】特開2018-168415(P2018-168415A)
(43)【公開日】2018年11月1日
【審査請求日】2019年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】平出 信彦
(72)【発明者】
【氏名】福田 望
【審査官】 浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−038221(JP,A)
【文献】 特開2009−228036(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/157578(WO,A1)
【文献】 特開2013−209705(JP,A)
【文献】 特開2011−168866(JP,A)
【文献】 特開2015−124420(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00〜38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に酸化皮膜が形成されたフェライト系ステンレス鋼であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.015%以下、
N:0.020%以下、
P:0.04%以下、
S:0.01%以下、
Si:0.15〜1.00%、
Mn:0.50%以下、
Cr:20.50〜30.50%、
Ti:0.03〜0.35%、
Co:0.01〜1.50%、
Ni:0〜1.80%、
Nb:0〜0.25%、
Cu:0〜0.40%未満、
Mo:0〜1.60%、
W:0〜1.20%、
V:0〜0.50%、
Zr:0〜0.50%、
Sn:0〜0.30%、
Sb:0〜0.20%、
Al:0〜0.08%、
Ca:0〜0.002%、
Mg:0〜0.002%、
B:0〜0.005%、
REM:0〜0.01%、
Ga:0〜0.01%、および、
Ta:0〜0.50%、を含有し、
残部:Feおよび不可避的不純物であり、下記(iii)式を満足し、
前記酸化皮膜中のSiの最大濃度が、カチオン分率で1.0%以上である、フェライト系ステンレス鋼。
0.20<Ni+1.2×Co・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.03〜0.25%、
Cu:0.05〜0.40%未満、
Mo:0.20〜1.60%、
W:0.20〜1.20%、
V:0.05〜0.50%、
から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Zr:0.03〜0.50%、
Sn:0.01〜0.30%、
Sb:0.01〜0.20%、
Al:0.002〜0.08%、
Ca:0.0002〜0.002%、
Mg:0.0002〜0.002%、
B:0.0002〜0.005%、
REM:0.001〜0.01%、
Ga:0.0002〜0.01%、
Ta:0.01〜0.50%、
から選択される1種以上を含有する、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
記酸化皮膜と母材との境界である、境界部の濃度が、カチオン分率でNi:0.5%
以上、および/またはCo:0.1%以上を満足する請求項1からのいずれかに記載の
フェライト系ステンレス鋼。
【請求項5】
尿素SCRシステム部材用である、請求項1からのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
乗用車、二輪車、建設機械等の内燃機関の排気系部材には、フェライト系ステンレス鋼が多く使用されている。特に、コールドエンドと呼ばれる排気系下流側部材には、耐食性、加工性、溶接性等の観点から、SUH409L鋼、SUS430LX鋼、SUS436J1L鋼等が使用されることが多い。
【0003】
SUH409鋼は、Crを11%含有する耐熱系の鋼種であり、含有するTiが、C、およびNと結合し、化合物を形成する鋼種である。また、SUS430LXは、Crを約17%含有し、含有するTiが、C、およびNと結合し、化合物を形成する鋼種である。加えて、SUS436J1L、およびSUS436Lは、SUS430LXに、さらにMoを含有させた鋼種である。
【0004】
近年、地球環境問題の観点から、排ガス規制、および燃費規制が年々厳しくなっている。このため、自動車メーカおよび部品メーカは、多くの対応策を実行しており、その一つとして、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)システムの導入が挙げられる。尿素SCRシステムとは、尿素の分解生成物であるアンモニアをNOxの還元材として用いることで、排ガス中に含まれるNOxを低減させるシステムである。この尿素SCRシステムは、アンモニアと比較し、安全性の高い尿素を用いるもので、従来、バス、またはトラックなどの商用車に使用されている。
【0005】
尿素SCRシステムに使用される部材には、一般的な排気系部材に要求される材料特性が要求される。具体的には、前述した部材には、内面側においては、排ガス凝縮水に対する耐食性、外面側においては塩害に対する耐食性が要求される。また、疲労特性、高温強度、加工性等の材料特性についても要求される。
【0006】
ところで、一般に尿素SCRシステムは、尿素水溶液を貯蔵し、排気系に供給する尿素水タンク、尿素水が噴射される排気管部分、および触媒が搭載される排気管部分から構成される。このうち、尿素水が噴射される排気管部分(以下、「尿素水噴射部」と記載する。)に使用される部材は、高温の尿素水環境下で使用される。したがって、尿素水噴射部の排気管には、高温、尿素環境下での耐食性が要求される。
【0007】
このような点を踏まえ、下記のような技術が開示されている。例えば、特許文献1では、C:0.05%以下、N:0.05%以下、Si:0.02〜1.5%、Cr:10〜22、Nb:0.03〜1%、S:0.0012%以下を含有し、Cr+4Si−2Mn≧10を満足する尿素水での耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。
【0008】
また、特許文献2では、C:0.010%以下、N:0.020%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.5%以下、Cr:10.0〜20.0%、Ti:0.05〜0.30%を含み、Al:0.03〜0.5%を含有し、表面から20nm以内におけるCr、Si、Al、Ti、MnおよびFeの濃度比の最大値が(Cr+Ti+Al)/(Fe+Si+Mn)>0.35の関係を満足することを特徴とする尿素SCRシステム部品用フェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0009】
特許文献3では、C:0.03%以下、N:0.009〜0.03%、Si:0.2〜1%、Mn:0.2〜1%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、Cr:15〜22%、Mo:2%以下、Ti:0.16〜1%、Nb:0.2〜1%、Al:0.02〜1%、V:0.2%以下、Co:0.2%以下、Sn:0.05%以下、REM:0.1%以下、Zr:0.01%以下、Al+30REM:0.15%以上、1/{Nb+(7/4)Ti−7(C+N)}:3以下を含有し、平均結晶粒径が25〜65μmであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板が開示されており、尿素SCRシステムに使用できることが記載されている。
【0010】
特許文献4では、C:0.020%以下、N:0.020%以下、Si:0.01〜0.50%、Mn:0.01〜0.50%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cu:0.40〜0.80%、Ni:0.05〜0.6%、Cr:20.5〜24.0%、Ti、Nbの1種または2種をTi:0.01〜0.40%、Nb:0.01〜0.55%の範囲で含有し、かつTi+Nb×48/93≧8(C+N)を満足することを特徴とする尿素SCR筐体用フェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0011】
特許文献5では、排気中に尿素水の添加を行い、適正な量のアンモニアをNOx触媒に供給することができる排気浄化装置が開示されている。また、特許文献6では、尿素に由来する硫酸アンモニウム、酸性硫安、シアヌル酸などの副生成物の生成を抑制し、排気通路の腐食や閉塞を防止することができる尿素水噴霧構造が開示されている。
【0012】
特許文献7では、排ガスを良好に撹拌して還元剤濃度の偏りを解消すると共に、還元触媒上での排ガスの気流分布を均一化し、もって還元触媒の全部位を有効に機能させて良好な浄化性能を発揮させることができる内燃機関の排気浄化装置が開示されている。
【0013】
特許文献8では、アンモニア及び水素を含む排気が通過する、フェライト系ステンレス鋼板からなる排気管の溶接部に、ショットピーニング処理を施すことを特徴とする排気管の耐久性向上方法と排気浄化装置が開示されている。
【0014】
特許文献9では、温度がより高い尿素水に対しても充分な耐腐食性を有し、かつ耐摩耗性が高い尿素水噴射弁用のステンレス鋼として、C:0.2%以下、Ni:3〜11%、Cr:12%以上、HRC硬さが40以上であり、Cr−10C+2Ni≧2.18×10−3−1.87×10−1t+9(ここでt:尿素水の最高温度(℃))を満足するステンレス鋼が開示されている。
【0015】
特許文献10では、C:0.030%以下、N:0.10〜0.20%、Si:1.00%以下、Mn:1.50%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Ni:8.00〜9.00%、Cr:26.00〜27.50%、Mo:0.50〜1.50%からなる尿素合成装置用ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2009−242933号公報
【特許文献2】特開2012−112025号公報
【特許文献3】特表2015−532681号公報
【特許文献4】国際公開第2016/035241号
【特許文献5】特開2007−162488号公報
【特許文献6】国際公開第2013/088850号
【特許文献7】特開2008−128093号公報
【特許文献8】国際公開第2013/179435号
【特許文献9】特開2015−197085号公報
【特許文献10】特開平10−226852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
排ガス規制の強化に伴い、従来、バス、及びトラック等の商用車に導入されていた尿素SCRシステムは、乗用車においても導入が進められている。近年、乗用車の排気系部材周辺の排ガス温度は上昇する傾向にある。加えて、尿素SCRシステムでは、NOx低減効果を向上させるために、装置内の高温化が有効であり、その結果、同システムが導入された乗用車では、排ガス温度は、さらに上昇する傾向にある。
【0018】
そのため、尿素水噴射部近傍の排気管には、より高い水準での高温、尿素環境下における耐食性が要求される。加えて、尿素水噴射部近傍の排気管は、高温の排ガスで加熱されることから、酸化皮膜が形成するが、この酸化皮膜が形成すると耐食性が劣化する。したがって、尿素水噴射部の排気管には、高温、尿素環境下での耐食性、だけでなく、排ガスにより加熱された時に形成する酸化皮膜形成下での耐食性が要求される。
【0019】
しかしながら、特許文献1〜3で開示された発明では、高温、尿素環境下での耐食性は考慮されていない。また、特許文献4で開示された発明では、高温尿素環境下での耐食性の向上を課題としているが、実用上で要求される酸化皮膜形成下での耐食性を考慮していない。
【0020】
また、特許文献5、および6で開示された発明では、排気管の材質について言及していない。特許文献7では、排気浄化装置の一例として、尿素SCRシステムを開示しているが、具体的な使用材料については、言及していない。特許文献8で開示された排気浄化装置では、排気管へ使用する材料の一例として、SUS436Lが開示されているが、それ以上の言及はない。
【0021】
特許文献9で開示された発明では、高温尿素環境下での耐食性向上を課題の一つとしているが、酸化皮膜形成下での耐食性を考慮していない。また、特許文献10で開示された発明においても、酸化皮膜形成下での耐食性を考慮していない。
【0022】
本発明は、上記課題を解決し、高温尿素環境下での耐食性、および酸化皮膜形成下での耐食性に優れた、フェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。このフェライトステンレス鋼は、尿素SCRシステム部材の素材として好適に用いることができる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0024】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.015%以下、
N:0.020%以下、
P:0.04%以下、
S:0.01%以下、
Si:0.15〜1.00%、
Mn:0.50%以下、
Cr:20.50〜30.50%、
Ti:0.03〜0.35%、
Ni:0〜1.80%、
Co:0〜1.50%、
Nb:0〜0.25%、
Cu:0〜0.40%未満、
Mo:0〜1.60%、
W:0〜1.20%、
V:0〜0.50%、
Zr:0〜0.50%、
Sn:0〜0.30%、
Sb:0〜0.20%、
Al:0〜0.08%、
Ca:0〜0.002%、
Mg:0〜0.002%、
B:0〜0.005%、
REM:0〜0.01%、
Ga:0〜0.01%、および、
Ta:0〜0.50%、を含有し、
残部:Feおよび不可避的不純物であり、かつ、下記(i)〜(iii)式の少なくともいずれかを満足する、フェライト系ステンレス鋼。
0.20<Ni・・・(i)
0.02≦Co・・・(ii)
0.20<Ni+1.2×Co・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0025】
(2)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.03〜0.25%、
Cu:0.05〜0.40%未満、
Mo:0.20〜1.60%、
W:0.20〜1.20%、
V:0.05〜0.50%
から選択される1種以上を含有する、(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0026】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Zr:0.03〜0.50%、
Sn:0.01〜0.30%、
Sb:0.01〜0.20%、
Al:0.002〜0.08%、
Ca:0.0002〜0.002%、
Mg:0.0002〜0.002%、
B:0.0002〜0.005%、
REM:0.001〜0.01%、
Ga:0.0002〜0.01%、
Ta:0.01〜0.50%、
から選択される1種以上を含有する、(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0027】
(4)前記フェライト系ステンレス鋼の表面に酸化皮膜が形成され、
前記酸化皮膜中のSiの最大濃度が、カチオン分率で1.0%以上である、(1)から(3)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0028】
(5)前記フェライト系ステンレス鋼の表面に酸化皮膜が形成され、
前記酸化皮膜と母材との境界である、境界部の濃度が、カチオン分率でNi:0.5%以上、および/またはCo:0.1%以上を満足する(1)から(4)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0029】
(6)尿素SCRシステム部材用である、(1)から(5)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、高温尿素環境下での耐食性に優れ、かつ酸化皮膜形成下においても耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明者らは、高温尿素環境での耐食性を検討するにあたり、高温となる使用環境で形成される酸化皮膜に着目し、詳細に調査した。
【0032】
通常の使用温度では、フェライト系ステンレス鋼の表面には、不動態皮膜が形成される。一方、300〜800℃(573〜1073K)の高温域の温度条件においては、フェライト系ステンレス鋼の表面には、Feが濃化した外層と、Crが濃化した内層とを有する酸化皮膜が形成される。そして、高温域で形成される酸化皮膜は、通常の使用温度で形成する不動態皮膜と比べ、母材を腐食環境と遮断する効果に劣り、耐食性を劣化させる。
【0033】
したがって、高温域で形成される酸化皮膜の形成状態を改善することができれば、耐食性を向上できると知見した。ただし、フェライト系ステンレス鋼は、成分の大部分が、FeおよびCrで構成されており、これら2元素を主体とする酸化皮膜の形成を避けるのは困難である。よって、FeおよびCr以外の第3元素の活用を検討した以下、(a)〜(e)に得られた具体的な知見を述べる。
【0034】
(a)フェライト系ステンレス鋼は、300〜800℃(573〜1073K)において、最大24h程度加熱されると、主要元素のFeおよびCrを主体とする約10nmからサブミクロンオーダーの厚さを有する酸化皮膜が形成される。
【0035】
(b)上述した鋼中に微量に含有する元素を用いて、耐食性に有効な元素を酸化皮膜中に濃化させつつ、酸化皮膜と母材の境界付近にも耐食性向上に有効な元素を濃化させることで、耐食性を向上させることができる。
【0036】
(c)FeおよびCrより酸化しやすい元素は、酸化皮膜中に酸化物として濃化することが可能である。一方、FeおよびCrより酸化しにくい元素は、酸化皮膜と母材の境界付近に金属状態で濃化することが可能である。したがって、鋼中に微量に含有される元素は、尿素水に対する耐食性に対して、酸化物状態で、有効な元素と、金属状態で有効な元素に分類することができる。
【0037】
(d)金属状態で耐食性向上に有効な元素は、酸化皮膜が形成されない状態、または、酸化皮膜を通過して腐食が素材に到達した後での耐食性にも有効に働く。このため、前述した元素は、腐食が素材に到達し、素材の板厚を貫通するまでの耐食性に対して、有効に作用する。
【0038】
(e)高温尿素耐食性を評価する方法として尿素合成プラント用材料の評価に用いられているヒューイ試験(JIS G0573)を適用した。その結果、加熱されていない素材と、400℃で8hの条件で加熱し、酸化皮膜が形成された素材とで、いずれも、Si、NiおよびCoが耐食性向上に有効であることを知見した。
【0039】
加えて、400℃、8h加熱後の酸化皮膜をX線光電子分光法(以下、XPS)で状態分析を行ったところ、Siは酸化皮膜中に酸化物として濃化しており、NiおよびCoは酸化皮膜と母材の境界部に金属状態で濃化していた。
【0040】
以上より、Siは金属状態と酸化物状態の両方で、NiおよびCoは金属状態で耐食性向上効果を発現していると考えられる。そして、Si、NiおよびCoを組み合わせて含有させることで、使用環境下で形成される酸化皮膜が存在する状態であっても、耐食性を効果的に向上させることができる。
【0041】
以下に、本発明の各要件について説明する。
【0042】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記の通りである。なお、以下の説明において化学組成についての「%」は「質量%」を意味する。
【0043】
C:0.015%以下
Cは、耐粒界腐食性および加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、C含有量は、0.015%以下とする。C含有量は、0.012%以下であるのが好ましい。しかしながら、C含有量を過度に低減すると、必要な強度が得られなくなるとともに、精練コストを上昇させるので、C含有量は、0.002%以上であるのが好ましく、0.003%以上であるのがより好ましい。
【0044】
N:0.020%以下
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性および加工性を低下させるため、その含有量を低減する必要がある。このため、N含有量は、0.020%以下とする。N含有量は、0.018%以下であるのが好ましい。しかしながら、N含有量を過度に低減すると、必要な強度が得られなくなるとともに精練コストを上昇させるので、N含有量は、0.002%以上であるのが好ましく、0.003%以上であるのがより好ましい。
【0045】
P:0.04%以下
Pは加工性、溶接性を劣化させる元素であるため、低減することが好ましい。このため、P含有量は0.04%以下とする。
【0046】
S:0.01%以下
Sは耐食性を劣化させる元素であるため、低減することが好ましい。このため、S含有量は0.01%以下とする。
【0047】
Si:0.15〜1.00%
Siは耐酸化性向上に有効であり、高温での尿素耐食性を向上させる作用を有する。特に、排ガス雰囲気下で加熱された際にSiの酸化物を含む保護性のある酸化皮膜を形成して、高温尿素耐食性向上に有効に作用する。このため、Si含有量は、0.15%以上とする。
【0048】
しかしながら、Siを過剰に含有させると、加工性を低下させるため、Si含有量は、1.00%以下とする。Si含有量は、0.18%以上であるのが好ましく、0.20%以上であるのがより好ましく、0.25%以上であるのが、さらに好ましい。また、Si含有量は、0.95%以下であるのが好ましく、0.90%以下であるのがより好ましく、0.85%以下であるのが、さらに好ましい。
【0049】
Mn:0.50%以下
Mnは、耐食性を劣化させるので、その含有量を制限する必要がある。このため、Mn含有量は0.50%以下とする。Mn含有量は、0.45%以下であるのが好ましい。しかしながら、Mnは、含有量を極度に低減すると、コストアップにつながるため、Mn含有量は、0.03%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0050】
Cr:20.50〜30.50%
Crは、高温での尿素耐食性を確保する上で必要な元素である。このため、Cr含有量は、20.50%以上とする。しかしながら、Crを過剰に含有させると、加工性、および製造性を低下させる。このため、Cr含有量は、30.50%以下とする。Cr含有量は、21.00%以上であるのが好ましく、21.50%以上であるのがより好ましく、22.00%以上であるのが、さらに好ましい。また、Cr含有量は、30.00%以下であるのが好ましく、29.50%以下であるのがより好ましく、29.00%以下であるのがさらに好ましい。
【0051】
Ti:0.03〜0.35%
TiはCおよびNを炭窒化物として固定し、粒界腐食を抑制する作用を有する。また、Sを硫化物、または炭硫化物として固定し、耐食性を向上させる作用を有する。このため、Ti含有量は、0.03%以上とする。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、加工性、製造性に悪影響を及ぼすため、Ti含有量は、0.35%以下とする。Ti含有量は、0.05%以上であるのが好ましく、0.07%以上であるのがより好ましい。また、Ti含有量は、0.32%以下であるのが好ましく、0.28%以下であるのがより好ましい。なお、Tiは、下記式を満足することが好ましい。
Ti≧4(C+N)+3×S
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0052】
Ni:0〜1.80%
Niは、耐食性、特に高温尿素耐食性を向上させる効果を有する。特に、排ガス雰囲気下で加熱された際に、酸化皮膜および母材との界面に濃縮して、高温尿素耐食性向上に有効に作用する。そのため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Niの過剰な含有は、加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。このため、Ni含有量は、1.80%以下とする。Ni含有量は、1.70%以下であるのが好ましく、1.60%以下であるのがより好ましい。
【0053】
Co:0〜1.50%
Coは、耐食性、特に高温尿素耐食性を向上させる効果を有する。特に、排ガス雰囲気下で加熱された際に、酸化皮膜と母材との界面に濃縮して、高温尿素耐食性向上に有効に作用する。また、二次加工性および靭性を向上させる作用もある。そのため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coの過剰な含有はコストアップにつながる。このため、Co含有量は、1.50%以下とする。Co含有量は1.20%以下であるのが好ましく、1.00%以下であるのがより好ましい。
【0054】
本発明においては、耐食性、特に高温尿素耐食性を向上させる必要があるため、NiおよびCoの含有量は、下記(i)〜(iii)式の少なくともいずれかを満足する必要がある。下記(i)式の右辺値は、0.22以上であるのが好ましく、0.25以上であるのがより好ましい。また、下記(ii)式の右辺値は、0.05以上であるのが好ましく、0.08以上であるのがより好ましい。
【0055】
0.20<Ni・・・(i)
0.02≦Co・・・(ii)
0.20<Ni+1.2×Co・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は、各元素の含有量(質量%)を示す。
【0056】
Nb:0〜0.25%
Nbは、Tiと同様、C、Nを炭窒化物として固定して粒界腐食を抑制する作用を有し、加えて、高温強度を向上させる効果を有する。このため、Nbを必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、加工性に悪影響を及ぼす。そのため、Nb含有量は、0.25%以下とする。Nb含有量は、0.23%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.03%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0057】
Cu:0〜0.40%未満
Cuは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuを過剰に含有させても、耐食性向上の効果は飽和する。そのため、Cu含有量は0.40%未満とする。Cu含有量は、0.35%以下であるのがより好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.05%以上であるのが好ましい。
【0058】
Mo:0〜1.60%
Moは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moを過剰に含有させると、加工性を低下させるとともに、高価なためコストアップにもつながる。そのため、Mo含有量は1.60%以下とする。Mo含有量は、1.50%以下であるのが好ましく、1.40%以下であるのがより好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.20%以上であるのが好ましく、0.30%以上であるのがより好ましく、0.50%以上であるのがさらに好ましい。
【0059】
W:0〜1.20%
Wは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。そのため、W含有量は、1.20%以下とする。W含有量は、1.00%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、W含有量は、0.20%以上であるのが好ましく、0.30%以上であるのがより好ましい。
【0060】
V:0〜0.50%
Vは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。そのため、V含有量は、0.50%以下とする。V含有量は、0.45%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。
【0061】
Zr:0〜0.50%
Zrは、耐食性、特に耐粒界腐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを過剰に含有させると、加工性を劣化させると共に、高価であるため、コストアップにつながる。そのため、Zr含有量は、0.50%以下とする。Zr含有量は、0.40%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.03%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましい。
【0062】
Sn:0〜0.30%
Snは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Snを過剰に含有させると、加工性、および製造性を劣化させる。そのため、Sn含有量は、0.30%以下とする。Sn含有量は、0.25%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Sn含有量は、0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましい。
【0063】
Sb:0〜0.20%
Sbは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sbを過剰に含有させると、加工性および製造性を低下させる。そのため、Sb含有量は0.20%以下とする。Sb含有量は、0.15%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Sb含有量は、0.01%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましい。
【0064】
Al:0〜0.08%
Alは、脱酸元素として有用な元素であり、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、靭性および製造性を劣化させる。そのため、Al含有量は、0.08%以下とする。Al含有量は、0.075%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.002%以上であるのが好ましく、0.004%以上であるのがより好ましい。
【0065】
Ca:0〜0.002%
Caは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、硫化物を形成して耐食性を劣化させる。そのため、Ca含有量は、0.002%以下とする。Ca含有量は、0.0015%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0002%以上であるのが好ましく、0.0004%以上であるのがより好ましい。
【0066】
Mg:0〜0.002%
Mgは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、組織を微細化し、加工性または靭性の向上にも効果がある。このため、Mgを必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、耐食性を劣化させる。したがって、Mg含有量は、0.002%以下とする。Mg含有量は、0.0015%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0002%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0067】
B:0〜0.005%
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、耐粒界腐食性を低下させる。そのため、B含有量は、0.005%以下とする。B含有量は、0.002%以下であることが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0002%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましい。
【0068】
REM:0〜0.01%
REMは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、コストアップにつながるため、REM含有量は、0.01%以下とする。一方で、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.001%以上であるのが好ましい。
【0069】
REMは、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で含有させてもよいし、混合物であってもよい。
【0070】
Ga:0〜0.01%
Gaは、安定な硫化物を形成して耐食性を向上させるとともに耐水素脆化性も向上させることから、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、コストアップにつながる。そのため、Ga含有量は0.01%以下とする。一方で、上記効果を得るためには、Ga含有量は、0.0002%以上であるのが好ましい。
【0071】
Ta:0〜0.50%
Taは、耐食性を向上させるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Taを過剰に含有させると、靭性を低下させるとともにコストアップにつながる。そのため、Ta含有量は0.50%以下とする。Ta含有量は、0.40%以下であるのが好ましい。一方で、上記効果を得るためには、Ta含有量は、0.01%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましく、0.1%以上であるのがさらに好ましい。
【0072】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不可避不純物である。ここで、不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本発明のフェライト系ステンレス鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0073】
2.酸化皮膜
酸化皮膜は、高温となる環境(本発明では、300〜800℃)で使用されることによって、母材表面に形成され、耐食性を劣化させる。しかし、母材の化学組成を上記の範囲に調整することに加えて、酸化皮膜中におけるSi濃度、ならびに酸化皮膜と母材との境界(以下、「境界部」と記載する。)におけるNi、およびCoの濃度を制御することで、より確実に耐食性の劣化を抑制することが可能となる。
【0074】
そのため、使用環境において形成される酸化皮膜中、および境界部の成分を以下に示す範囲に制御することが好ましい。酸化皮膜、および境界部のSi、Ni、およびCoについては、XPSにより、Oといった軽元素と、鋼の構成元素であるCr等とともに測定し、表面からの各元素のプロファイルを作成する。
【0075】
なお、本発明では、上記のXPSによって測定されるCrのプロファイルにおいて、強度が、酸化皮膜中における最大強度と母材における平均強度との半分の値となる深さを、酸化皮膜と母材との境界と定義する。
【0076】
また、XPSを用いた測定においては、使用X線源にmono−AlKα線を用い、Arイオンスパッタリングにより深さ方向の元素分析を行う。スパッタリング速度は、SiO2換算で1.5nm/minとし、X線ビーム径は約200μm、スパッタリング速度はSiO2換算で1.5nm/minとした。酸化皮膜の最表面から母材の深さ方向に分析を行った。
【0077】
なお、本発明では、XPSで測定を行なった場合、Si、Ni、およびCoが、酸化皮膜中、および境界部において濃化し、ピークを持つ濃度分布となるため、測定で得られた値の最大値を、各元素の濃度とした。
【0078】
2−1.酸化皮膜中のSiの濃度
本発明では、400℃、8hの条件で大気中において加熱することで、酸化皮膜が形成された状態を模擬した。この条件において、母材中のSi含有量が0.20%以上の場合には、酸化皮膜が形成された状態においても、耐食性の劣化を顕著に抑制する効果が認められた。
【0079】
そして、形成された酸化皮膜をXPSにて分析したところ、カチオン分率で、最大値で1.0%以上のSiが酸化物状態で濃化していた。このため、酸化皮膜中に存在するSiのカチオン分率(Si濃度)の最大値は1.0%以上であるのが好ましく、1.5%以上であるのがより好ましく、2.0%以上であるのがさらに好ましい。
【0080】
なお、カチオン分率で、最大値で1.0%以上のSiを酸化皮膜中に含有させるには、Si含有量として必ずしも0.20%以上必要ではない。大気中よりもさらに、酸素ポテンシャルの低い雰囲気で加熱されると、酸化皮膜中へのSiの濃化は促進される。このため、Si含有量が0.20%未満であっても、カチオン分率の最大値で1.0%以上のSiが酸化皮膜中に存在すれば耐食性に対して有効に作用する。
【0081】
2−2.境界部のNi濃度
次に、Niの酸化皮膜形成下での濃化状態を調べるため、Siと同様、400℃で8hの条件で大気中加熱することで、酸化皮膜が形成された状態を模擬した。この条件において、母材中のNi含有量が0.25%以上の場合に、酸化皮膜が形成された状態においても、耐食性の劣化を顕著に抑制する効果が認められた。
【0082】
そして、表面をXPSにて分析したところ、境界部に、カチオン分率で、0.5%以上のNiが検出されており、Niが金属状態で濃化していた。このため、境界部に存在するNiのカチオン分率で、0.5%以上であるのが好ましく、1.0%以上あるのが好ましく、2.0%以上であるのがさらに好ましい。
【0083】
2−3.境界部のCoの濃度
次に、Coの酸化皮膜形成下での濃化状態を調べるため、Siと同様、400℃で8hの条件で、大気中加熱することで、酸化皮膜が形成された状態を模擬した。この条件において、母材中のCo含有量が0.04%以上の場合に、酸化皮膜が形成された状態においても、耐食性の劣化を顕著に抑制する効果が認められた。
【0084】
そして、表面をXPSにて分析したところ、酸化皮膜と母材との境界に、カチオン分率で、0.1%以上のCoが検出されており、Coが金属状態で濃化していた。このため、境界部に存在するCoのカチオン分率は、0.1%以上であるのが好ましく、0.3%以上あるのがより好ましく、0.5%以上であるのがさらに好ましい。
【0085】
なお、Si同様、カチオン分率で0.5%以上のNiを境界部に含有させるには、Ni含有量として必ずしも0.25%以上必要ではない。また、カチオン分率で、0.1%以上のCoを境界部含有させるには、Co含有量として必ずしも0.04%以上必要ではない。
【0086】
3.製造方法
本発明のステンレス鋼は、基本的にはフェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な方法により製造される。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練する。続いて、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延−熱延板の焼鈍−酸洗−冷間圧延−仕上焼鈍−酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延−仕上焼鈍−酸洗を繰り返し行ってもよい。また、本発明のステンレス鋼を素材として電気抵抗溶接、TIG溶接、レーザー溶接などの通常の排気系部材用ステンレス鋼管の製造方法によって溶接管として製造される。
【0087】
4.使用環境
酸化皮膜中においてSiの濃化を促進し、酸化皮膜と母材の境界部において、Niまたは、Coの濃化を促進させるには酸化の進行が影響し、温度が高いほど、また時間が長いほど濃化しやすくなる。Siを含め、これら元素の濃化を促進するためには、酸素分圧が0.005以上の雰囲気で、250℃以上の温度にて15分以上保持されるという条件下の使用が好ましい。なお、より好ましい使用条件として、温度としては300℃以上、時間は30分以上であるのが好ましい。
【0088】
なお、上述のように、本発明のステンレス鋼は、SCRシステム部材として、市販されている尿素水を用い、温度が400℃の条件下において、8h使用された際に、カチオン分率で、Si濃度が1.0%以上、Ni濃度が0.50%以上、または、Co濃度が0.1%以上の少なくともいずれかを満足する酸化皮膜が形成されることが好ましい。
【0089】
すなわち、実際に使用されている素材、または、使用履歴が不明な材料であっても、その表面に既に、形成している酸化皮膜を研磨等で除去し、前述した条件に供したときに、酸化皮膜中のSi、Ni、Coの濃度(カチオン分率)が本発明の範囲を満たせば、上記の要件を満足することとなる。
【実施例】
【0090】
表1に示す組成のステンレス鋼を180kg真空溶解炉で溶製し、45kg鋼塊に鋳造した後、熱延−熱延板焼鈍−ショット−冷延−仕上焼鈍の工程を経て板厚1mmの冷延鋼板を作製した。熱延板は、素材厚み:50mm、加熱温度:1200℃で板厚5mmまで圧延し空冷することにより作製した。熱延板焼鈍および仕上焼鈍条件は850〜1050℃×1分、空冷とした。
【0091】
【表1】
【0092】
この冷延鋼板より、幅20mm、長さ40mmの腐食試験片を2枚ずつ切り出し、全面を#600までエメリー紙により湿式研磨した。このうち1枚ずつについて、研磨後に使用環境を模擬し、400℃の大気中で8h加熱処理を行った。なお、No.18はNo.13と同一の鋼板であるが、研磨後の加熱処理を150℃の大気中で8hとした。
【0093】
腐食試験は、JIS G0573に準拠して行った。溶液には65%硝酸を用い、沸騰状態で試験を行った。1回48hの試験を5回繰り返し、各回終了後に秤量して試験前後の質量変化から腐食速度(g・m−2・h−1)を求めた。そして、得られた5回分の腐食速度の平均値で評価した。腐食試験では、腐食速度が、0.4g・m−2・h−1以下である場合が、耐食性に優れていると判断した。なお、本発明では、酸化皮膜が形成する前の耐食性と、酸化皮膜が形成した後の耐食性とを検討するため、加熱処理の有無による腐食速度の差についても、検討した。本発明では、加熱処理の有無で、腐食速度の差が0.1g・m−2・h−1以下であるものを、耐食性が特に優れているとした。
【0094】
加熱処理後の鋼板表面におけるSi、NiおよびCo含有量の分布をXPSによって評価した。腐食試験に用いた試験片の熱処理時に、表面分析用の試料も並行して熱処理を行った。
【0095】
XPSはアルバック・ファイ社製で、使用X線源にmono−AlKα線を用いて、Arイオンスパッタリングにより深さ方向の元素分析を行った。ここで、X線ビーム径は約200μm、スパッタリング速度はSiO2換算で1.5nm/minとした。酸化皮膜の最表面から母材の深さ方向に分析を行い、酸化皮膜中のSiカチオン分率の最大値と酸化皮膜と母材との境界、つまり境界部におけるNiおよびCoの濃度を求めた。なお、上記のXPSによって測定されるCrのプロファイルにおいて、強度が、酸化皮膜中における最大強度と母材における平均強度との半分の値となる深さを、酸化皮膜と母材との境界と定義した。
【0096】
結果を表2にまとめて示す。
【0097】
【表2】
【0098】
表2に示すように、本発明例である試料No.1〜19は、加熱なしの素材の状態における平均腐食速度が0.4g・m−2・h−1以下と耐食性に優れる。加熱ありの状態においては、カチオン分率で酸化皮膜中に1.0%以上のSiを含み、境界部には、0.5%以上のNi、または0.1%以上のCoを含有し、または少なくともいずれかを満足する酸化皮膜形成されている試料No.2、試料No.3および試料No.6〜18は、これらを満足しない試料No.1、試料No.4、試料No.5および試料No.19に比べて、加熱ありと加熱なしとの平均腐食速度の差が0.1g・m−2・h−1以下と小さく耐食性の劣化が軽減されている。
【0099】
また、同一の鋼である試料No.14と試料No.19を比較すると、加熱条件の違いにより表面におけるSi、NiおよびCoの濃度が変化しており、加熱した際の耐食性に変化が生じていることがわかる。
【0100】
Cr含有量が、本発明の規定を満足しない試料No.20、Si含有量が本発明の規定を満足しない比較例21は、加熱なしの素材の状態における平均腐食速度が0.4g・m−2・h−1を超え、耐食性に劣る。
【0101】
Ni含有量およびCo含有量が本発明の規定を満足しない試料No.22、Ni含有量またはCo含有量が本発明の規定を満足しない試料No.23および試料No.24は、加熱なしの素材の状態における平均腐食速度が0.4g・m−2・h−1を超え、耐食性に劣る。
【0102】
また、試料No.20〜24は、加熱ありの状態において、酸化皮膜中に、カチオン分率で1.0%以上のSiを含まない、もしくは境界部に0.5%以上のNiを含有しない、または0.1%以上のCoを含有しないので、加熱ありと加熱なしとの平均腐食速度の差が大きく加熱ありの状態においても耐食性に劣る。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は、乗用車、二輪車、商用車、建設機械などの排気系に使用される部材として好適であり、さらに輸送機関の尿素SCRシステム用部材、および発電プラントにおける排ガス処理設備用部材としても好適である。本発明のフェライト系ステンレス鋼を使用することにより、尿素SCR用部材の高寿命化に貢献できる。