【実施例】
【0018】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0019】
本実施例は、基材上に形成された切削工具用硬質皮膜であって、金属成分が原子%で、
Al
(100-x)Cr
(x)
ただし、25≦X≦35
と表され、非金属元素として少なくともNを含み
、不可避不純物を含む第1皮膜層と、
金属成分が原子%で、
Cr
(100-α)V
(α)
ただし、15≦α≦50
と表され、非金属元素として少なくともNを含み
、不可避不純物を含む第2皮膜層とを含み、前記第2皮膜層が最表面に配置されているものである。
【0020】
各部を具体的に説明する。
【0021】
基材は、WC(タングステンカーバイド)とCo(コバルト)を含有する超硬合金製のものが採用されている。具体的には、前記WC粒子の平均粒径が0.1μm以上2.0μm以下に設定され、前記Co含有量が質量%で5以上15%以下に設定されたものが採用されている。この基材は具体的には、エンドミルやドリル等の切削工具であり、第1皮膜層及び第2皮膜層はこの切削工具の表面に順次積層状態で設けられる。
【0022】
第1皮膜層の膜厚T1と第2皮膜層の膜厚T2の比率は、0.1≦T2/T1≦0.5に設定され、前記膜厚T1と前記膜厚T2の合計が2.0μm以上5.0μm以下となるように設定されている。
【0023】
また、本実施例は、NaCl型結晶構造を含み、X線回折法で測定される(111)面の回折強度が(200)面の回折強度より強いものである。
【0024】
具体的には、前記(111)面の回折強度をI(111)、(200)面の回折強度をI(200)としたとき、次式(1)を充足するものである。
I(111)/I(200)≧1.5 (1)
【0025】
また、第2皮膜層の前記αは好ましくは15以上25以下に設定される。
【0026】
また、本実施例においては、基材と第1皮膜層との間に下地層が設けられている。この下地層は、Tiの窒化物または炭窒化物から成り、この下地層の膜厚は0.20μm以上1.0μm以下に設定されている。
【0027】
即ち、本実施例は、切削工具の直上に設けた下地層と、この下地層上に設けられた第1皮膜層と、この第1皮膜層上に設けられた第2皮膜層とで構成されている。
【0028】
以上の構成を採用した理由及び上記構成による作用効果を以下に説明する。
【0029】
先ず、第1皮膜層及び第2皮膜層について、その組成及び膜厚を上述の構成とした理由を述べる。
【0030】
難削材のステンレス鋼は、粘性が高く加工硬化性があるために、これを加工する工具には硬さと靭性の両方が求められる。特許文献2のAlCrN皮膜にVとBを添加したAlCrVBN皮膜は、硬度が高すぎるためか靭性が劣り、ステンレス鋼を加工する際に、加工初期においてもチッピングが見られた(後述する実験例の表1の従来例1〜3参照)。また、VとBの添加のない(Al
70Cr
30)Nにおいては、加工初期のチッピングは見られなかったが、耐摩耗性は劣る(表1の従来例4)。
【0031】
そこで、耐チッピング性及び耐摩耗性の両方を兼ね備えた皮膜(第1皮膜層)の開発を試み、種々の実験・検討を重ねた結果、組成が(Al
(100-x)Cr
(x))N(ただし25≦X≦35)で、且つ、NaCl型結晶構造を含むものであり、X線回折法で測定される(111)面の回折強度が(200)面の回折強度より強い皮膜(測定範囲を0°≦2θ≦80°としたときの最強ピーク面指数が(111)である皮膜)が、加工初期のチッピングがなく、耐摩耗性に優れることが判明した(表1の比較例1〜3)。上記組成から外れる場合は摩耗が大きい(表1の比較例4〜6)。また、最強ピーク面指数が(111)ではない場合も摩耗が大きい(表1の比較例7〜9)。これは、(Al
(100-x)Cr
(x))N(ただし25≦X≦35)の場合に、硬度が最も高く、さらにAlCrNのとるNaCl型結晶の最密充填面が(111)面であるために密度が高くなり、耐摩耗性と耐チッピング性の両方に優れるものになったと考えられる。一方で、耐溶着性に関しては不十分であった(表1の比較例1〜3)。
【0032】
工具に溶着が発生すると、加工面粗さを悪化させる。溶着が発生したまま更に加工を継続すると、構成刃先が形成され、その成長及び脱落を繰り返してチッピング及び摩耗を促進させ、工具の短命化を招いてしまう。
【0033】
第1皮膜層のステンレス鋼に対する耐溶着性を改良するため、第2皮膜層である(Cr
(100-α)V
(α))Nを第1皮膜層の表面にコーティングした。CrN皮膜は潤滑性に優れる皮膜として知られているが、鉄鋼材料に対する潤滑性能に富むVをCrNに固溶させて、潤滑性の向上を図った。V含有量を多くしすぎると皮膜硬度が低下するので、V含有量を変えて実験をしたところ、組成が(Cr
(100-α)V
(α))N(ただし15≦α≦50)であると耐溶着性に優れることがわかった(表2の実験例1〜18参照)。即ち、α<15だと潤滑性が不足して溶着が大きくなる(表1の比較例10,11)。また、α>50でも溶着が大きい(表1の比較例12)。これはVの含有量が多すぎて膜が軟らかくなり、加工初期でCrVN膜が磨滅して耐溶着性の効果が無くなるためであると考えられる。
【0034】
以上から、第2皮膜層は、組成が(Cr
(100-α)V
(α))N(ただし15≦α≦50)であると、潤滑性と硬度のバランスがとれることがわかった。特にαが15≦α≦25の範囲の効果が高いことがわかった(表2の実験例1〜5,8〜10,13〜18)。
【0035】
また、膜厚は、第1皮膜層の膜厚をT1、第2皮膜層の膜厚をT2とすると、膜厚T1とT2の膜厚比率が、0.1≦T2/T1≦0.5とするのが望ましい。T2/T1が0.1未満の場合、耐溶着性の効果が小さく(表1の比較例13)、T2/T1が0.5を超える場合、硬度の低い第2皮膜層の割合が多くなって、耐摩耗性が低下してしまう(表1の比較例14,15)。第1皮膜層と第2皮膜層の合計膜厚(T1+T2)は2.0μm以上5.0μm以下が望ましい。薄過ぎると耐摩耗性の効果が小さく(表1の比較例16)、膜厚5.0μmより厚い場合は耐摩耗性の効果を維持できるが(表1の比較例17)、膜厚を厚くする分、成膜時間が長くなり、また、ターゲット材料の消耗が多くなり、高価な切削工具となってしまう。なお、合計膜厚(T1+T2)が11μmを超えると、すくい面に剥離が生じてしまうことを確認済みである。
【0036】
次に、下地層の組成及び膜厚を上述の構成とした理由について述べる。
【0037】
Tiの窒化物または炭窒化物から成る化合物を下地層として切削工具用基材と第1皮膜層の間に設けると基材と第1皮膜層との密着性が良好となることで、更に耐摩耗性及び耐溶着性が向上することがわかった(表2の実験例1〜10,13〜18,表3の実験例19〜27)。また、下地層の膜厚は0.20μm以上1.0μm以下であることが望ましいことがわかった(表2の実験例1〜10,13〜18,表3の比較例18〜21)。下地層の膜厚が0.2μm未満だと、密着性向上の効果が小さく、1.0μmを超えると硬度の低い下地層の割合が多くなって耐摩耗性が低下する。
【0038】
本実施例は、上述のように構成したから、第1皮膜層は硬度が高くなり過ぎず、硬度及び靱性を両立することができ、ステンレス鋼に対して良好な耐摩耗性が発揮される。また、潤滑性に優れた第2皮膜層により耐溶着性を確保することが可能となる。従って、切削工具のステンレス鋼(特にオーステナイト系ステンレス鋼)に対する耐摩耗性及び耐溶着性が向上し、チッピングの発生を可及的に抑制して工具の長寿命化を図ることが可能となる。
【0039】
よって、本実施例は、オーステナイト系ステンレス鋼に対しても良好な耐摩耗性及び耐溶着性が発揮され、切削工具の長寿命化を実現できる極めて実用的なものとなる。
【0040】
以下、本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0041】
成膜装置としてアーク放電式イオンプレーティング装置を用い、金属および半金属成分の蒸発源として各種組成のターゲットを成膜装置内に取り付け、また、反応ガスとしてN
2ガスを成膜装置内に導入して、成膜基材としての超硬合金製4枚刃スクエアエンドミル(外径6mm)に所定の皮膜を成膜した。基材の超硬合金はWCを主成分とする硬質粒子とCoを主成分とする結合材からなり、WC粒子の平均粒径が0.5μm、Co含有量が10質量%のものを使用した。成膜に当たっては、下地層、第1皮膜層及び第2皮膜層の膜厚が種々の厚さとなるように上述の基材エンドミルに成膜した。
【0042】
切削試験は、被削材をSUS304とし、水溶性切削油を用いた湿式加工条件下で側面切削を行った。外径6mmのエンドミルを12000min
−1の回転速度で回転させ、送り速度を650mm/min、径方向の切り込み量を0.3mm、軸方向の切り込み量を2.0mmとして試験した。表1,2の加工試験では、加工時間60min(加工初期)における比較評価を実施した。
【0043】
表3の加工試験では、下地層を設けることによる硬質皮膜の密着性の改善効果を顕在化するため、さらに加工時間を伸ばして180minとして比較評価を実施した。
【0044】
即ち、本実施例の構成に係る硬質皮膜(実験例)と、従来の硬質皮膜(従来例)と、本発明の範囲外の硬質皮膜(比較例)とを夫々、上述した手段でエンドミルに被覆し、各エンドミルによる切削試験を行った。試験結果を表1〜3に示す。
【0045】
なお、外周摩耗幅は、エンドミル先端から軸方向の切り込み量2.0mmの位置の外周刃の摩耗幅(外周面側)を刃直角方向に測定した(
図1参照)。最大溶着幅は、エンドミル先端から軸方向の切り込み量2.0mm以内の領域で外周刃に溶着している溶着物の刃直角方向の最大幅(すくい面側)を測定した(
図2参照)。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
表1,2より、実験例は従来例及び比較例に比べてエンドミルの外周摩耗幅の低減及び耐溶着性の向上が認められた。
【0050】
図3,4は夫々、表2の実験例2,10のX線回折パターンである。(111)面の回折強度が(200)面の回折強度より強いことが確認できる。
図5は従来例2のX線回折パターン、
図6は実験例2と基材のみのX線回折パターンの比較図である。
【0051】
アーク放電式イオンプレーティング装置を用いて成膜する場合、同一組成のターゲットにもかかわらず、成膜条件により皮膜の結晶配向性を制御することができ、本実施例では、NaCl型結晶構造の(111)面の回折強度が(200)面の回折強度より強くなるようにすることで優れた耐摩耗性を実現している。特に、(111)面の回折強度と(200)面の回折強度との比を、I(111)/I(200)≧1.5とすることが望ましい。なお、表には記載していないが各実験例はいずれもI(111)/I(200)≧1.5であることは確認済みである。
【0052】
また、表3より、下地層を設けることにより、密着性が改善されることで、より優れた耐摩耗性及び耐溶着性が発揮されることが確認できた。