特許第6861351号(P6861351)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6861351
(24)【登録日】2021年4月1日
(45)【発行日】2021年4月21日
(54)【発明の名称】分光解析装置及び分光解析方法
(51)【国際特許分類】
   G01J 3/447 20060101AFI20210412BHJP
   G01J 3/42 20060101ALI20210412BHJP
   G01N 21/21 20060101ALI20210412BHJP
【FI】
   G01J3/447
   G01J3/42
   G01N21/21 Z
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-222322(P2017-222322)
(22)【出願日】2017年11月17日
(65)【公開番号】特開2019-95220(P2019-95220A)
(43)【公開日】2019年6月20日
【審査請求日】2020年8月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100124257
【弁理士】
【氏名又は名称】生井 和平
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 健
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 暢貴
【審査官】 嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/099442(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/056697(WO,A1)
【文献】 特開2017−040654(JP,A)
【文献】 特開2003−090762(JP,A)
【文献】 特開2006−243311(JP,A)
【文献】 特開2006−214778(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0116397(US,A1)
【文献】 長谷川 健,平滑平面上の吸着分子の赤外・ラマン分光法によるキャラクタリゼーション,分析化学,2014年,第63巻, 第6号,第485-495頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/958
G01J 3/00− 3/52
G01J 4/00− 4/04
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜の分子配向を解析するための分光解析装置であって、該分光解析装置は、
所定の波長の光を照射可能な光源と、
前記光源から照射される光に対して光学的に透明であり解析される薄膜を支持するための支持体であって、光源から支持体に照射される光の入射角が支持体に固有の所定の入射角θとなるように固定される支持体と、
前記光源と支持体との間に配置される直線偏光フィルタであって、0°から90°の範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体に照射されるように偏光角を可変可能な直線偏光フィルタと、
前記直線偏光フィルタによるn個の異なる偏光角φの光が支持体を透過する透過光を受光し、透過スペクトルSを検出する検出部と、
前記直線偏光フィルタによるn個の異なる偏光角φの光に対して検出部により検出される透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、回帰分析により面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得る回帰演算部と、
前記支持体に薄膜が支持される状態と支持されない状態で前記回帰演算部によりそれぞれ得られる面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを基に、薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出する吸光度スペクトル算出部と、
を具備することを特徴とする分光解析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の分光解析装置において、前記支持体に固有の所定の入射角θは、既知の標準薄膜が支持される支持体に対して光源から支持体に照射される光の入射角を0°から90°の範囲で任意に可変したときに吸光度スペクトル算出部により算出される薄膜面外吸光度スペクトルAopを、既知の標準薄膜が支持される支持体に対して全反射減衰測定法により得られるスペクトルを物理演算して得られる縦波光学スペクトルと比較して決定されることを特徴とする分光解析装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の分光解析装置において、前記検出部は、0°のときに検出される透過スペクトルと90°のときに検出される透過スペクトルとの強度比を算出する強度比算出部を具備し、
前記回帰演算部は、強度比算出部により算出される強度比を用いて混合比率Rを補正する補正部を具備する、
ことを特徴とする分光解析装置。
【請求項4】
コンピュータを請求項1乃至請求項3の何れかに記載の分光解析装置の回帰演算部として機能させるためのプログラム。
【請求項5】
コンピュータを請求項1乃至請求項3の何れかに記載の分光解析装置の吸光度スペクトル算出部として機能させるためのプログラム。
【請求項6】
薄膜を解析するための分光解析方法であって、該分光解析方法は、
光源により所定の波長の光を照射する過程と、
前記光源から照射される光に対して光学的に透明であり解析される薄膜を支持するための支持体を、光源から照射される光の入射角が支持体に固有の所定の入射角θとなるように固定する過程と
前記光源と支持体との間に配置される直線偏光フィルタを、0°から90°の範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体に照射されるように偏光角を変化させる過程と、
前記偏光角を変化させる過程によるn個の異なる偏光角φの光が支持体を透過する透過光を受光し、透過スペクトルSを検出する過程と、
前記偏光角を変化させる過程によるn個の異なる偏光角φの光に対して前記検出する過程で検出される透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得るために回帰分析する回帰演算過程と、
前記支持体に薄膜が支持される状態と支持されない状態で前記回帰演算過程によりそれぞれ得られる面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを基に、薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出する吸光度スペクトル算出過程と、
を具備することを特徴とする分光解析方法。
【請求項7】
請求項6に記載の分光解析方法において、前記透過スペクトルSを検出する過程は、0°のときに検出される透過スペクトルと90°のときに検出される透過スペクトルとの強度比を算出する過程を具備し、
前記回帰演算過程は、強度比を算出する過程により算出される強度比を用いて混合比率Rを補正する過程を具備する、
ことを特徴とする分光解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分光解析装置及び分光解析方法に関し、特に、支持体上の薄膜の分子配向を解析する分光解析装置及び分光解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機能性有機材料として知られている例えばポリイミドやポルフィリン、セクシフェニル、セクシチエニル、ポリテトラフルオロエチレン等の薄膜について、分子を特定の向きに揃えて配向させると、膜の機能が向上したり新しい機能が発現したりすることが知られている。そこで、分子配向を制御する技術が種々開発されている。このような配向制御で重要となってくるのが、薄膜の分子配向を解析する技術である。配向処理が施された機能性有機材料の分子配向を解析し、薄膜表面近傍の原子の面内構造等を正確に捉えることは、機能性物質の研究や生物工学において重要なことである。
【0003】
このような分子配向解析手法としては、フーリエ変換赤外分光法や軟X線吸収分光法、紫外光電子分光法等が知られている。また、より正確な解析が可能なものとしては、赤外分光法と組み合わせて高屈折率支持媒質上の薄膜の高精度な解析が可能な多角入射分解分光法(MAIRS法)も知られている(特許文献1、非特許文献1)。これは、吸収分光法で薄膜のスペクトルを測定する際に、薄膜に平行及び垂直な遷移モーメントを2つの独立したスペクトルとして得るための手法である。ここで、薄膜に平行及び垂直な遷移モーメントとは、赤外分光法の場合、薄膜に平行及び垂直な官能基の振動と換言しても良い。多角入射分解分光法は、非偏光光を薄膜に複数の入射角で入射し、その透過スペクトルを解析することにより、常光(光の進行方向に垂直な電場振動を持つ光)及び仮想光(光の進行方向に電場振動を持つ光)のそれぞれの吸光度スペクトルに換算するものである。このような2つのスペクトルを見比べるだけで、各官能基がどの程度配向しているのかが簡単に解析できる。
【0004】
さらに、屈折率の低い支持体がMAIRS法では用いることができない問題を解決するものとして、支持体に照射される光のs偏光成分を遮蔽する偏光フィルタを用いてp偏光成分を測定するpMAIRS法も知られている(特許文献2)。pMAIRS法は、異なる入射角で支持体にp偏光のみの光を照射して得た透過光強度スペクトルから、回帰演算により面内スペクトル及び面外スペクトルを得るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−90762号公報
【特許文献2】国際公開第2008/099442号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】長谷川健著「計量化学が拓く新しい界面の光計測」生物工学会誌、2006年4月、第84巻、第4号、134頁−137頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のMAIRS法やpMAIRS法では、光源から照射される光に対して支持体の入射角を、垂直入射(低角入射)に近いところから広い範囲で変化させて測定する必要があった。このうち、低角入射のときに、支持体や薄膜の厚みによっては、光学フリンジ(干渉縞)がスペクトルに発生するおそれがあった。光学フリンジが発生すると、大きなノイズとなり薄膜解析は困難なものとなる。また、低角入射測定時には、光源側に反射して戻る反射光の影響も無視できなくなる。このような反射光による2重変調等により、例えば測定環境の水蒸気由来の水蒸気ピークの位置ずれが大きくなり、水蒸気ピークを引き算で十分に相殺することができなかった。さらに、入射角を変化させて測定する必要があるため、入射角の変化に伴い、入射光の照射面積が変化する問題もあった。これは、特に解析対象の薄膜が不均一なものの場合、不安定要因を与えることにもなっていた。同様に、支持体として両面が均一な両面研磨基板を用いていれば問題ないが、片面研磨基板を用いた場合には、入射角の変化により不均一な面の位置が変化するため、これも不安定要因を与えることになっていた。
【0008】
したがって、低角入射測定や入射角変化に起因するこれらの課題を解決した分光解析装置の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、斯かる実情に鑑み、光源から支持体に照射される光の入射角を固定しても薄膜に平行及び垂直な2つの独立した吸光度スペクトルを得ることが可能な分光解析装置及び分光解析方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した本発明の目的を達成するために、本発明による分光解析装置は、所定の波長の光を照射可能な光源と、光源から照射される光に対して光学的に透明であり解析される薄膜を支持するための支持体であって、光源から支持体に照射される光の入射角が支持体に固有の所定の入射角θとなるように固定される支持体と、光源と支持体との間に配置される直線偏光フィルタであって、0°から90°の範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体に照射されるように偏光角を可変可能な直線偏光フィルタと、直線偏光フィルタによるn個の異なる偏光角φの光が支持体を透過する透過光を受光し、透過スペクトルSを検出する検出部と、直線偏光フィルタによるn個の異なる偏光角φの光に対して検出部により検出される透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、回帰分析により面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得る回帰演算部と、支持体に薄膜が支持される状態と支持されない状態で回帰演算部によりそれぞれ得られる面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを基に、薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出する吸光度スペクトル算出部と、を具備するものである。
【0011】
ここで、支持体に固有の所定の入射角θは、既知の標準薄膜が支持される支持体に対して光源から支持体に照射される光の入射角を0°から90°の範囲で任意に可変したときに吸光度スペクトル算出部により算出される薄膜面外吸光度スペクトルAopを、既知の標準薄膜が支持される支持体に対して全反射減衰測定法により得られるスペクトルを物理演算して得られる縦波光学スペクトルと比較して決定されるものであれば良い。
【0012】
また、検出部は、0°のときに検出される透過スペクトルと90°のときに検出される透過スペクトルとの強度比を算出する強度比算出部を具備し、回帰演算部は、強度比算出部により算出される強度比を用いて混合比率Rを補正する補正部を具備するものであっても良い。
【0013】
また、コンピュータを本発明の分光解析装置の回帰演算部として機能させるためのプログラムであっても良い。
【0014】
また、コンピュータを本発明の分光解析装置の吸光度スペクトル算出部として機能させるためのプログラムであっても良い。
【0015】
さらに、本発明の分光解析方法は、光源により所定の波長の光を照射する過程と、光源から照射される光に対して光学的に透明であり解析される薄膜を支持するための支持体を、光源から照射される光の入射角が支持体に固有の所定の入射角θとなるように固定する過程と光源と支持体との間に配置される直線偏光フィルタを、0°から90°の範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体に照射されるように偏光角を変化させる過程と、偏光角を変化させる過程によるn個の異なる偏光角φの光が支持体を透過する透過光を受光し、透過スペクトルSを検出する過程と、偏光角を変化させる過程によるn個の異なる偏光角φの光に対して検出する過程で検出される透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得るために回帰分析する回帰演算過程と、支持体に薄膜が支持される状態と支持されない状態で回帰演算過程によりそれぞれ得られる面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを基に、薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出する吸光度スペクトル算出過程と、を具備するものである。
【0016】
ここで、透過スペクトルSを検出する過程は、0°のときに検出される透過スペクトルと90°のときに検出される透過スペクトルとの強度比を算出する過程を具備し、回帰演算過程は、強度比を算出する過程により算出される強度比を用いて混合比率Rを補正する過程を具備する、ものであっても良い。
【発明の効果】
【0017】
本発明の分光解析装置には、低角入射測定時の問題や入射角変化に起因する不安定要因を解消可能であるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の分光解析装置の全体構成を説明するための概略構成図である。
図2図2は、面内モードスペクトルsip及び面外モードスペクトルsopの意味を説明するための概念図である。
図3図3は、本発明の分光解析装置を用いて所定の試料を測定した結果のMAIRS2スペクトルを表す図である。
図4図4は、従来のpMAIRS法を用いて図3の測定で用いた薄膜と同じ薄膜を測定した結果のpMAIRSスペクトルを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態を図示例と共に説明する。図1は、本発明の分光解析装置の全体構成を説明するための概略構成図である。図1に示されるように、本発明の分光解析装置は、薄膜10の分子配向を解析するためのものであり、光源1と、支持体2と、直線偏光フィルタ3と、検出部4と、回帰演算部5と、吸光度スペクトル算出部6とから主に構成されるものである。
【0020】
光源1は、所定の波長の光を照射可能なものである。光源1は、例えばフーリエ変換型赤外分光法による方式では、赤外光を発生させる赤外光光源と干渉計が用いられる。しかしながら、本発明の分光解析装置の光源1は、赤外光から可視光、紫外光、さらにはX線等、いかなる波長の光を照射するものであっても構わない。光源1は、支持体2に対して光学的に透明であれば任意の波長の光とすることが可能であり、あらゆる波長の光により如何なる屈折率の支持体2を用いても測定することが可能である。
【0021】
支持体2は、光源1から照射される光に対して光学的に透明であり解析される薄膜10を支持するものである。ここで、光学的に透明とは、吸収がない、即ち、吸収係数がゼロであることを意味するが、これは完全にゼロである必要は必ずしもなく、薄膜の吸収に対して無視できる程度の吸収係数であれば良い。したがって、例えば反射率が高く透過率が低い支持体であったとしても、透明であれば支持体として適用可能である。なお、反射率が高く検出部に届く光の光量が少なくなる条件であっても、本発明の分光解析装置では、可視光や紫外光、さらにはX線を用いた測定も可能であるため、光源からの光量を多くできるので良好に解析することが可能となる。また、支持体は例えば高屈折率のゲルマニウム基板やシリコン基板、又は低屈折率のフッ化カルシウム基板やガラス基板等が含まれるが、光学的に透明であれば水等の液体であっても構わない。即ち、水面上に薄膜として単分子膜を形成したものを試料として解析することも可能である。そして、本発明の分光解析装置の特徴的なところとして、支持体2は、光源1から支持体2に照射される光の入射角が、支持体2に固有の所定の入射角θとなるように固定されている。即ち、入射角θは同種の支持体であれば同一の値となる。なお、入射角θについては、後に具体例を詳説するが、支持体2の屈折率に依存する定数である。
【0022】
なお、支持体2に支持される薄膜10は、スペクトル解析を行う試料となるものである。薄膜10の具体的な例としては、例えばポリイミドやポルフィリン、セクシフェニル、セクシチエニル、ポリテトラフルオロエチレン等の機能性有機材料が挙げられる。なお、薄膜10は必ずしも「膜」と言える程度の厚みを有する必要はない。本発明の分光解析装置によれば、薄膜が化学結合1個分の厚みを有する層からなるものであっても分子配向を検出可能である。なお、図1に示した例では、光源1から見て支持体2の裏面側に薄膜10が提供される裏面入射の状態を示したが、本発明はこれに限定されず、薄膜が入射面側に提供されるものであっても、さらには薄膜が支持体の両面に提供されるものであっても構わない。
【0023】
直線偏光フィルタ3は、光源1と支持体2との間に配置されるものである。直線偏光フィルタ3は、光源1から照射される光を通すことにより、振動方向が規則的な方向にのみ振動する直線偏光となるものである。本発明の分光解析装置の特徴的なところは、直線偏光フィルタ3を用い、この偏光角を可変可能としている点である。即ち、直線偏光フィルタ3は、0°から180°の範囲で任意に偏光角を可変可能とするものであれば良い。具体的には、直線偏光フィルタ3は、例えば0°から90°等の広い範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体2に照射されるように偏光角を可変可能に構成されている。直線偏光フィルタ3は、ワイヤーグリッドタイプや結晶タイプ、偏光ビームスプリッタタイプ等、如何なるものであっても良い。そして、このような一般的な直線偏光フィルタ3を光軸に対して回転させることで、偏光角を可変可能に構成すれば良い。直線偏光フィルタ3の偏光角は、0°から90°等の広い範囲で可変される。ここで、0°の場合が電場振動が縦方向の偏光角であり、90°の場合が横方向の偏光角とする。本発明の分光解析装置では、少なくとも3個以上の異なる偏光角の光が支持体2に照射される必要がある。後述するように、本発明の分光解析装置では、測定される透過スペクトルを用いて回帰分析を行うため、少なくとも3個の異なる透過スペクトルデータがなければ、正しい分析が行えないためである。したがって、直線偏光フィルタ3は、任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光を支持体2に照射可能なものである。
【0024】
より具体的には、偏光角φは、例えば15°のステップの7個の異なる偏光角(0°,15°,30°,45°,60°,75°,90°)であれば良い。なお、偏光角については、算出されるスペクトルを確認しながら、解析対象の薄膜や支持体に応じて適宜調整しても良い。
【0025】
所定の入射角θとなるように固定されている支持体2の光の入射面、即ち、薄膜10の膜面で考えると、直線偏光フィルタ3の偏光角を変化させることにより、s偏光とp偏光の光が照射されることになる。即ち、0°のときにs偏光となり、90°のときにp偏光となる。そして、0°から90°の間の範囲では、s偏光とp偏光が混合された状態となる。即ち、入射光の電場のcos成分がs偏光に寄与し、sin成分がp偏光に寄与することになる。
【0026】
検出部4は、直線偏光フィルタ3によるn個の異なる偏光角φの光が支持体2を透過する透過光を受光し、透過スペクトルSを検出するものである。具体的には、例えば光の電磁波スペクトルを測定可能な分光器であれば良い。検出部4は、透過スペクトルを検出可能なものであれば如何なる検出器であっても良い。
【0027】
回帰演算部5は、直線偏光フィルタ3によるn個の異なる偏光角φの光に対して、検出部4により検出される透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、回帰分析により面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得るものである。図2を用いて面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの意味を説明する。面内スペクトルsipとは、図2(a)に示されるように、通常の光の垂直透過測定を行ったときに得られるスペクトルである。即ち、光の電場ベクトルが進行方向に対して常に垂直な振動を有するものである。一方、面外スペクトルsopとは、図2(b)に示されるように、仮想的な光の垂直透過測定を行ったときに得られるスペクトルである。即ち、光の電場ベクトルが光の進行方向に平行な振動を有するものである。面外スペクトルsopは、直接測定することは不可能な仮想的な光であるが、以下に説明するように計量化学による計測理論を用いて、透過スペクトルSと、偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いることで、面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得ることが可能となる。
【0028】
ある偏光角において検出部にて測定された透過スペクトルsobsは、そのときの面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopと、それらの各混合比率rip及びropとを用いれば、以下の式で表すことができる。
【数1】
但し、Uは面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopだけでは表現できないそれ以外の非線形成分である。
【0029】
この式により、複数の異なる偏光角において測定されたスペクトルを束ねた行列である透過スペクトルSは、以下の式で表すことができる。
【数2】
但し、Rは偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopのそれぞれの混合比率rip及びropを束ねた行列である。
【0030】
上記の式を回帰分析を用いて変形すると、非線形成分Uを用いることなく以下の回帰式で表すことができる。
【数3】
但し、上付きのTは転置行列、上付きの−1は逆行列である。
この式により、非線形成分Uは切り捨てて線形成分のみを引き出すことが可能となる。したがって、実測された透過スペクトルSと混合比率Rが分かれば、面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得ることが可能となる。
【0031】
ここで、混合比率Rについて説明する。従来のMAIRS法によると、非特許文献1に示される通り、支持体2の表面に複数の入射角θで斜めに入射される光の電場ベクトル成分を用いて混合比率RMAIRSの行列を表すと、以下のようになることが知られている。
【数4】
但し、Cは定数、θは光源からの光のn個の入射角のうちj番目(j=1,2,・・・n)の入射角である。
【0032】
本発明の分光解析装置では、入射角θは支持体2に固有の定数であり、支持体2は所定の入射角θとなるように固定されている。さらに、本発明の分光解析装置では、直線偏光フィルタ3を用いて、0°から90°等の広い範囲で任意のステップのn個(n=3,4,・・・)の異なる偏光角φの光が支持体2に照射されるように偏光角を可変可能に構成されている。このため、入射光の電場ベクトル成分のうちcos成分がs偏光に寄与し、sin成分がp偏光に寄与する。即ち、cos成分が面内スペクトルsipに寄与し、sin成分が面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopに寄与することになる。
【0033】
これらをまとめると、面内スペクトルsipと面外スペクトルsopの各成分は、以下の表に示すような関係となる。
【表1】
【0034】
したがって、本発明の分光解析装置においては、混合比率Rの行列は、電場ベクトルの強度が二乗値として検出されることを考慮して数4を変形すると、以下の式で表すことができる。
【数5】
但し、φは光源からの光のn個の偏光角のうちj番目(j=1,2,・・・n)の偏光角である。
【0035】
本発明の分光解析装置の回帰演算部5は、直線偏光フィルタ3によるn個の異なる偏光角φの光に対して検出部4により検出される透過スペクトルSと、数5の偏光角毎の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopの混合比率Rとを用いて、数3の回帰分析により面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを得ることが可能となる。
【0036】
薄膜の解析を行う場合には、薄膜の表面を透過した光は、薄膜及び支持体の中へ入射し、吸収や多重反射等、複雑で知り得ない現象を起こす。これらの現象による影響を除くために、本発明の分光解析装置では、吸光度スペクトル算出部6において、支持体に薄膜が支持される状態と支持されない状態で回帰演算部5によりそれぞれ得られる面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを基に、薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出している。より具体的には、支持体に薄膜が支持されている状態における面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを、支持体に薄膜が支持されていない状態における面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopでそれぞれ除算して対数を取ることにより、最終的な薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを得れば良い。即ち、最終的な吸光度スペクトルAip及びAop、即ち、MAIRS2スペクトルは、以下の式で得ることが可能となる。
【数6】
但し、ベクトル同士の除算は、実際には波数位置毎のスカラー除算として行う。
【0037】
なお、支持体のみでまず透過スペクトルSを検出して面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを演算し、その後、支持体上に薄膜を形成した状態で透過スペクトルSを検出して面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを演算すれば良いが、支持体のみの面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopが予め分かっている場合には、必ずしも支持体のみの透過スペクトルSを検出する必要はない。
【0038】
また、上述の回帰演算部5及び吸光度スペクトル算出部6は、コンピュータ等の電子計算機を分光解析装置の回帰演算部5及び吸光度スペクトル算出部6として機能させるためのプログラムであっても良い。
【0039】
本発明の分光解析装置において、支持体に固有の所定の入射角θは、支持体の屈折率に依存する定数である。入射角θは、具体的には以下のように求められれば良い。まず、従来の全反射減衰測定法(ATR法)により既知の標準薄膜が支持される支持体に対して、スペクトルを求める。これを物理演算し、縦波光学スペクトル(LOスペクトル)及び横波光学スペクトル(TOスペクトル)を得る。なお、物理演算は、具体的には、Kramers−Kronigの関係式を用いて誘電率関数に変換するものである。LOスペクトル及びTOスペクトルは、既知の標準薄膜が支持される支持体の正しいと思われる面外スペクトル及び面内スペクトルである。一方、本発明の分光解析装置を用いて、ATR法により測定したものと同一の既知の標準薄膜が支持される支持体2に対して、光源1から支持体2に照射される光の入射角θを0°から90°の範囲で任意に可変する。そして、各入射角θに対して、偏光角φを可変させて吸光度スペクトル算出部6により吸光度スペクトルを算出する。このとき、面内スペクトルは安定しており、入射角条件に殆ど依存しない。一方、面外スペクトルは、入射角条件に大きく依存する。したがって、薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出し、これとATR法のLOスペクトルとを比較し、最も近似するスペクトルとなるときの入射角θを決定すれば良い。
【0040】
より具体的には、例えば、標準薄膜として2−パーフルオロブチルエチルアクリレート(C4FA)を用い、例えば支持体としてシリコン(Si)基板を用い、これのテトラフルオロエチレン(CF)のスペクトルを比較すれば良い。このとき、ATR法によるLOスペクトルは、1138.2にCFのピークが表れる。一方、本発明の分光解析装置を用いて光源1から支持体2に照射される光の入射角を0°から90°の範囲で任意に可変して吸光度スペクトル算出部6により吸光度スペクトルを算出すると、薄膜面外吸光度スペクトルAopのCFのピークは、線形的に変化する。これらを比較すると、シリコン基板の場合、例えば入射角が47°付近のときが最も近似するスペクトルとなる。即ち、支持体がシリコン基板の場合には、入射角θは47°とすれば良い。
【0041】
ここで、本発明の分光解析装置において、フーリエ変換型赤外分光法による場合、光学系がs偏光とp偏光に対して異なる感度特性を有する(偏光特性)。このため、得られる面内スペクトルsipと面外スペクトルsopの比率も変わってしまうおそれがある。そこで、混合比率Rを補正するようにしても良い。例えば、検出部4に、強度比算出部41を設ける。強度比算出部41は、0°のときに検出される透過スペクトルと90°のときに検出される透過スペクトルとの強度比を算出するものである。そして、回帰演算部5に、補正部51を設ける。補正部51は、強度比算出部41により算出される強度比を用いて混合比率Rを補正するものである。より具体的には、偏光角0°のときに得られる透過スペクトルsφ=0°と、偏光角90°のときに得られる透過スペクトルsφ=90°の強度比を偏光依存性スペクトルγとすると、γは以下の式で表すことができる。
【数7】
【0042】
補正部51は、強度比算出部41により算出された強度比である偏光依存性スペクトルγを用いて、混合比率Rを以下の式のように補正すれば良い。
【数8】
【0043】
なお、偏光依存性スペクトルγは、本来ベクトル量だが、これを波数に依存しない混合比率Rに組み込むことは困難である。したがって、例えば検出部4の一般的な分光器で成り立つ定数、例えばγ=0.65を用いれば良い。
【0044】
以下、上述のように構成された本発明の分光解析装置を用いて、所定の試料を測定した結果の具体例を説明する。測定した試料は、支持体2としてシリコン基板を用い、このシリコン基板上に支持される薄膜10としてテトラフェニルポルフィリン亜鉛(II)錯体(ZnTPP)薄膜を用いた。また、測定条件としては、光源1として赤外光を照射する光源を用い、支持体2は光源1からの光の入射角θが47°となるように固定される。そして、直線偏光フィルタ3の偏光角φを、15°のステップの7個の異なる偏光角(0°,15°,30°,45°,60°,75°,90°)となるように変化させた。このような条件下において、各状態で透過スペクトルを測定し、合計7個の面内スペクトルsip及び面外スペクトルsopを回帰演算部5で得た。そして、これらから吸光度スペクトル算出部6で薄膜面内吸光度スペクトルAip及び薄膜面外吸光度スペクトルAopを算出した。これにより得られた解析結果のスペクトル(MAIRS2スペクトル)を表したのが図3である。なお、比較として、同じ試料を従来のpMAIRS法により解析した結果のpMAIRSスペクトルを図4に示す。
【0045】
図4に示される従来のpMAIRS法による結果では、薄膜面外吸光度スペクトルAopに水蒸気由来のノイズピークが多数現れているのに対し、図3に示される本発明の分光解析装置による結果では、このようなノイズピークは大幅に減少し、化合物由来のピークのみを正確に判別できることが分かる。なお、このような水蒸気由来のノイズピークの吸光度は、およそ0.003程度であり、これは単分子膜レベルの薄膜が与えるバンドの吸光度に匹敵するものである。即ち、単分子膜レベルのような非常に薄い膜を解析する場合、従来のpMAIRS法では解析することが困難であったが、本発明の分光解析装置では、非常に高精度に薄膜解析が可能であることが分かる。
【0046】
低角入射の影響による水蒸気由来のノイズピークの問題や光学フリンジの問題は、pMAIRS法だけでなく、透過法やATR法等、従来の赤外分光法に共通した問題である。本発明の分光解析装置では、これらの問題を、低角入射を行わない構造により排除することが可能となった。さらに、入射角を固定していることから、入射光の照射面積が変化する問題も解消可能となった。したがって、薄膜が不均一なものであっても解析が可能となった。また、片面研磨基板のような支持体であっても用いることが可能となった。
【0047】
本発明の分光解析装置を用いれば、例えば薄膜の配向角についても、理論的には従来のMAIRS法やpMAIRS法と同様の手法により求めることが可能となる。即ち、例えば薄膜の配向角は、以下のように表すことが可能である。
【数9】
【0048】
さらに、薄膜の屈折率nを考慮することで、以下の式のように配向角を補正することも可能である。
【数10】
但し、Hは、支持体固有のパラメータである。
【0049】
なお、本発明の分光解析装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0050】
1 光源
2 支持体
3 直線偏光フィルタ
4 検出部
5 回帰演算部
6 吸光度スペクトル算出部
10 薄膜
41 強度比算出部
51 補正部
図1
図2
図3
図4