【文献】
濱口 眞基,No.2−12 電界紡糸法による石炭抽出物を原料とする超微細多孔質炭素繊維の調製,石炭科学会議発表論文集,日本,一般社団法人 日本エネルギー学会,2016年10月19日,53巻,84−85,URL,http://www.jstage.jst.go.jp/article/jiesekitanronbun/53/0/53_84/_article/-char/ja/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第一実施形態]
以下、本発明に係る炭素繊維の製造方法の第一実施形態について説明する。
【0017】
当該炭素繊維の製造方法では、無灰炭を炭素原料として用いる。無灰炭は比較的安価で優れた電界紡糸性を有し、炭素以外の物質を必要としない。当該炭素繊維の製造方法は、
図1に示すように、電界紡糸工程S1と、加熱工程S2とを主に備える。当該炭素繊維の製造方法は、例えば石炭供給部と、溶媒供給部と、混合部と、昇温部と、溶出部と、分離部と、電界紡糸部と、加熱部とを主に備える製造装置により行うことができる。
【0018】
[電界紡糸工程]
電界紡糸工程S1では、無灰炭が溶存する溶液の電界紡糸により、基板表面に紡糸繊維を形成する。電界紡糸工程S1は、
図2に示すように第1混合工程S11と、溶出工程S12と、固液分離工程S13と、蒸発分離工程S14と、第2混合工程S15と、繊維形成工程S16とを備える。
【0019】
<第1混合工程>
第1混合工程S11では、石炭及び溶媒を混合する。この第1混合工程S11は、例えば石炭供給部、溶媒供給部、及び混合部により行える。
【0020】
(石炭供給部)
石炭供給部は、石炭を混合部へ供給する。石炭供給部としては、常圧状態で使用される常圧ホッパー、常圧状態及び加圧状態で使用される加圧ホッパー等の公知の石炭ホッパーを用いることができる。
【0021】
石炭供給部から供給する石炭は、無灰炭の原料となる石炭である。上記石炭としては、様々な品質の石炭を用いることができる。例えば無灰炭の抽出率の高い瀝青炭や、より安価な低品位炭(亜瀝青炭や褐炭)が好適に用いられる。また、石炭を粒度で分類すると、細かく粉砕された石炭が好適に用いられる。ここで「細かく粉砕された石炭」とは、石炭全体の質量に対する粒度1mm未満の石炭の質量割合が80%以上である石炭を意味する。また、石炭供給部から供給する石炭として塊炭を用いることもできる。ここで「塊炭」とは、石炭全体の質量に対する粒度5mm以上の石炭の質量割合が50%以上である石炭を意味する。塊炭は、細かく粉砕された石炭に比べて未溶解な固体の石炭の粒度が大きく保たれるため、後述する分離部での分離を効率化することができる。ここで、「粒度(粒径)」とは、JIS−Z8815:1994のふるい分け試験通則に準拠して測定した値をいう。なお、石炭の粒度による仕分けには、例えばJIS−Z8801−1:2006に規定する金属製網ふるいを用いることができる。
【0022】
上記低品位炭の炭素含有率の下限としては、70質量%が好ましい。一方、上記低品位炭の炭素含有率の上限としては、85質量%が好ましく、82質量%がより好ましい。上記低品位炭の炭素含有率が上記下限未満であると、溶媒可溶成分の溶出率が低下するおそれがある。逆に、上記低品位炭の炭素含有率が上記上限を超えると、供給する石炭のコストが高くなるおそれがある。
【0023】
なお、石炭供給部から混合部へ供給する石炭として、少量の溶媒を混合してスラリー化した石炭を用いてもよい。石炭供給部からスラリー化した石炭を混合部へ供給することにより、混合部において石炭が溶媒と混合し易くなり、石炭をより早く溶解させることができる。ただし、スラリー化する際に混合する溶媒の量が多いと、後述する昇温部でスラリーを溶出温度まで昇温するための熱量が不必要に大きくなるため、製造コストが増大するおそれがある。
【0024】
(溶媒供給部)
溶媒供給部は、溶媒を混合部へ供給する。上記溶媒供給部は、溶媒を貯留する溶媒タンクを有し、この溶媒タンクから溶媒を混合部へ供給する。上記溶媒供給部から供給する溶媒は、石炭供給部から供給する石炭と混合部で混合される。
【0025】
溶媒供給部から供給する溶媒は、石炭を溶解するものであれば特に限定されないが、例えば石炭由来の二環芳香族化合物が好適に用いられる。この二環芳香族化合物は、基本的な構造が石炭の構造分子と類似していることから石炭との親和性が高く、比較的高い抽出率を得ることができる。石炭由来の二環芳香族化合物としては、例えば石炭を乾留してコークスを製造する際の副生油の蒸留油であるメチルナフタレン油、ナフタレン油等を挙げることができる。
【0026】
上記溶媒の沸点は、特に限定されないが、例えば上記溶媒の沸点の下限としては、180℃が好ましく、230℃がより好ましい。一方、上記溶媒の沸点の上限としては、300℃が好ましく、280℃がより好ましい。上記溶媒の沸点が上記下限未満であると、溶媒が揮発し易くなるため、スラリー中の石炭と溶媒との混合比の調整及び維持が困難となるおそれがある。逆に、上記溶媒の沸点が上記上限を超えると、溶媒可溶成分と溶媒との分離が困難となり、溶媒の回収率が低下するおそれがある。
【0027】
(混合部)
混合部は、石炭供給部から供給する石炭及び溶媒供給部から供給する溶媒を混合する。
【0028】
上記混合部としては、調製槽を用いることができる。この調製槽には、供給管を介して上記石炭及び溶媒が供給される。上記調製槽では、この供給された石炭及び溶媒が混合され、スラリーが調製される。また、上記調製槽は、攪拌機を有しており、混合したスラリーを攪拌機で攪拌しながら保持することによりスラリーの混合状態を維持する。
【0029】
調製槽におけるスラリー中の無水炭基準での石炭濃度は、溶媒の種類等により適宜決定されるが、上記石炭濃度の下限としては、10質量%が好ましく、13質量%がより好ましい。一方、上記石炭濃度の上限としては、25質量%が好ましく、20質量%がより好ましい。上記石炭濃度が上記下限未満であると、溶出工程S12で溶出される無灰炭が溶存する溶液の溶出量がスラリー処理量に対して少なくなるため、溶液に含まれる無灰炭の含有量が不十分となるおそれがある。逆に、上記石炭濃度が上記上限を超えると、溶媒中で上記無灰炭が溶存する溶液が飽和し易いため、上記無灰炭が溶存する溶液の溶出率が低下するおそれがある。
【0030】
<溶出工程>
溶出工程S12では、上記第1混合工程S11で得られたスラリー中の石炭から溶媒に可溶な石炭成分を溶出させる。溶出工程S12は、例えば昇温部及び溶出部により行うことができる。
【0031】
(昇温部)
昇温部は、上記第1混合工程S11で得られたスラリーを昇温する。
【0032】
昇温部としては、内部を通過するスラリーを昇温できるものであれば特に限定されないが、例えば抵抗加熱式ヒーターや誘導加熱コイルが挙げられる。また、昇温部は、熱媒を用いて昇温を行うよう構成されていてもよく、例えば内部を通過するスラリーの流路の周囲に配設される加熱管を有し、この加熱管に蒸気、油等の熱媒を供給することでスラリーを昇温可能に構成されていてもよい。
【0033】
昇温部による昇温後のスラリーの温度は、使用する溶媒に応じて適宜決定されるが、上記スラリーの温度の下限としては、300℃が好ましく、360℃がより好ましい。一方、上記スラリーの温度の上限としては、420℃が好ましく、400℃がより好ましい。上記スラリーの温度が上記下限未満であると、溶出率が低下するおそれがある。逆に、上記スラリーの温度が上記上限を超えると、溶媒が気化し過ぎるためスラリーの濃度を制御することが困難となるおそれがある。
【0034】
また、昇温部の圧力としては、特に限定されないが、常圧(0.1MPa)とできる。
【0035】
(溶出部)
溶出部は、上記混合部で得られ、上記昇温部で昇温されたスラリー中の石炭から溶媒に可溶な石炭成分を溶出させる。
【0036】
溶出部としては、抽出槽を用いることができ、この抽出槽に上記昇温後のスラリーが供給される。上記抽出槽では、このスラリーの温度及び圧力を保持しながら溶媒に可溶な石炭成分を石炭から溶出させる。また、上記抽出槽は、攪拌機を有している。この攪拌機によりスラリーを攪拌することで上記溶出を促進できる。
【0037】
なお、溶出部での溶出時間としては、特に限定されないが、溶媒可溶成分の抽出量と抽出効率との観点から10分以上70分以下が好ましい。
【0038】
<固液分離工程>
固液分離工程S13では、上記溶出工程S12で溶出後の上記スラリーを、無灰炭が溶存する溶液及び抽出残成分に分離する。この固液分離工程S13は、分離部により行うことができる。なお、抽出残成分は、抽出用溶媒に不溶な灰分と不溶石炭とを主として含み、これらに加え抽出用溶媒をさらに含む抽出残分をいう。
【0039】
(分離部)
分離部における上記無灰炭が溶存する溶液及び抽出残成分を分離する方法としては、例えば重力沈降法、濾過法、遠心分離法を用いることができ、それぞれ沈降槽、濾過器、遠心分離器が使用される。
【0040】
以下、重力沈降法を例にとり分離方法について説明する。重力沈降法とは、沈降槽内で重力を利用して抽出残成分を沈降させて固液分離する分離方法である。重力沈降法により分離を行う場合、無灰炭が溶存する溶液は、沈降槽の上部に溜まる。この無灰炭が溶存する溶液は必要に応じてフィルターユニットを用いて濾過した後、沈降槽の上部から排出される。一方、抽出残成分は、分離部の下部から排出される。
【0041】
また、重力沈降法により分離を行う場合、スラリーを分離部内に連続的に供給しながら無灰炭が溶存する溶液及び抽出残成分を沈降槽から排出することができる。これにより連続的な固液分離処理が可能となる。
【0042】
分離部内でスラリーを維持する時間は、特に限定されないが、例えば30分以上120分以下とでき、この時間内で分離部内の沈降分離が行われる。なお、石炭として塊炭を使用する場合には、沈降分離が効率化されるので、分離部内でスラリーを維持する時間を短縮できる。
【0043】
なお、分離部内の温度及び圧力としては、昇温部による昇温後のスラリーの温度及び圧力と同様とできる。
【0044】
<蒸発分離工程>
蒸発分離工程S14では、上記固液分離工程S13で分離した無灰炭が溶存する溶液から溶媒を蒸発させる。この溶媒の蒸発分離により無灰炭(HPC)が得られる。このようにして得られる無灰炭は、灰分が5質量%以下又は3質量%以下であり、灰分をほとんど含まず、水分は皆無である。
【0045】
上記溶媒を蒸発分離するための方法としては、一般的な蒸留法や蒸発法(スプレードライ法等)を含む分離方法を用いることができる。上記無灰炭が溶存する溶液からの溶媒の分離により、上記無灰炭が溶存する溶液から実質的に灰分を含まない無灰炭を得ることができる。
【0046】
一方、上記抽出残成分からは、溶媒を蒸発分離させて副生炭を得ることができる。副生炭は、軟化溶融性は示さないが、含酸素官能基が脱離されている。そのため、副生炭は、配合炭として用いた場合にこの配合炭に含まれる他の石炭の軟化溶融性を阻害しない。従って、この配合炭は例えばコークス原料の配合炭の一部として使用することができる。また、副生炭は一般の石炭と同様に燃料として利用してもよい。
【0047】
<第2混合工程>
第2混合工程S15では、上記蒸発分離工程S14で得た無灰炭を溶媒に溶解する。この溶解により無灰炭が溶存する溶液が得られる。
【0048】
無灰炭を溶解させる溶媒としては、無灰炭が溶解する限り特に限定されないが、窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒を用いることが好ましい。このように上記溶媒の主成分を窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物とすることで、溶媒と無灰炭との親和性が高まり、電界紡糸する溶液における無灰炭含有量を制御し易い。その結果、炭素繊維の収量が増加するので、炭素繊維の製造コストが低減できる。窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒には無灰炭を高濃度に溶解することができる。従って、上記溶媒を用いることで、炭素繊維の製造効率が高められる。
【0049】
上記窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物を主成分とする溶媒の大気圧における沸点の下限値としては、50℃が好ましく、60℃がより好ましく、65℃がさらに好ましい。一方。上記溶媒の沸点は、250℃未満が好ましく、210℃未満がより好ましく、160℃未満がさらに好ましい。上記溶媒の沸点が上記下限未満であると、無灰炭が十分に溶解せず無灰炭の含有量を高められないおそれがある。逆に、上記溶媒の沸点が上記上限以上であると、電界紡糸において溶媒の脱離に伴う圧力が不足するため、炭素繊維の細孔が十分に形成されないおそれがある。
【0050】
このような窒素原子又は酸素原子を含み、かつ大気圧における沸点が50℃以上250℃未満である有機化合物としては、ピリジン(C
5H
5N)、テトラヒドロフラン(C
4H
8O)、ジメチルホルムアミド((CH
3)
2NCHO)、N−メチルピロリドン(C
5H
9NO)などが挙げられる。中でも無灰炭と親和性が高いピリジン及びテトラヒドロフランが好ましい。なお、窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物は1種類であってもよく、また2種類以上の有機化合物が混合されていてもよい。
【0051】
上記溶液に対する無灰炭質量比の下限としては、0.2が好ましく、0.25がより好ましい。一方、上記溶液に対する無灰炭質量比の上限としては、0.6が好ましく、0.5がより好ましく、0.4がさらに好ましい。上記溶液に対する無灰炭質量比が上記下限未満であると、電界紡糸時に液滴化し易くなるため、後述する繊維形成工程S16において紡糸繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記溶液に対する 無灰炭質量比が上記上限を超えると、電界紡糸により得られる紡糸繊維の径が大きくなり過ぎ、炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。
【0052】
上記溶液の導電率(基準温度25℃)を上記溶液に対する無灰炭質量比で除した値の下限としては、0.1mS/mであり、0.12mS/mが好ましく、0.14mS/mがより好ましい。一方、上記溶液の導電率を上記溶液に対する無灰炭質量比で除した値の上限としては、0.2mS/mであり、0.18mS/mが好ましく、0.16mS/mがより好ましい。上記導電率を上記溶液に対する無灰炭質量比で除した値が上記下限に満たない場合、導電性が不足することで紡糸性が不十分となり、炭素繊維の製造が困難となるおそれがある。逆に、上記導電率を上記溶液に対する無灰炭質量比で除した値が上記上限を超える場合、導電性が過剰となることで紡糸性が不十分となり、炭素繊維の製造が困難となるおそれがある。
【0053】
上記溶液の粘性率(基準温度25℃)の下限としては、500mPa・sであり、600mPa・sが好ましく、800mPa・sがより好ましい。一方、上記溶液の粘性率の上限としては、2000mPa・sであり、1800mPa・sが好ましく、1600mPa・sがより好ましい。上記粘性率が上記下限に満たない場合、無灰炭分子間の会合が減少することで紡糸性が不十分となり、炭素繊維の製造が困難となるおそれがある。逆に、上記粘性率が上記上限を超える場合、無灰炭分子間の会合が過剰となることで紡糸性が不十分となり、炭素繊維の製造が困難となるおそれがある。
【0054】
<繊維形成工程>
繊維形成工程S16では、上記第2混合工程S15で得た溶液を用いて電界紡糸を行うことで、基板表面に紡糸繊維を形成する。
【0055】
電界紡糸は、例えば
図3に示すようにシリンジ1と基板2とを有する電界紡糸部により行える。具体的には、電界紡糸は、上記溶液をシリンジ1に入れ、シリンジ1のノズル1aと基板2との間に電圧Eを印加することで行われる。ノズル1aと基板2との間に電圧Eを印加すると、ノズル1a先端の液滴表面に電荷が集まり、互いに反発して、円錐状となる。さらに電圧Eを増し、電荷の反発力が表面張力を超えると溶液はノズル1aの先端から基板2へ向かって噴出される。噴出された溶液流3が細くなると表面電荷密度が大きくなるため、電荷の反発力が増し、溶液流3はさらに引き伸ばされる。その際、溶液流3の比表面積が急速に大きくなることにより溶媒が揮発し、基板2の表面に紡糸繊維4が形成される。このように電界紡糸では、比較的簡単な装置で紡糸繊維4を形成できる。なお、
図3ではノズル1aは1つであるが、複数のノズル1aを備え、同時に複数の紡糸繊維を形成してもよい。
【0056】
上記基板2としては、導電性があるものであれば特に限定されないが、金属板、金属箔、炭素基板等を用いることができる。
【0057】
上記ノズル1aの先端部の内径(ノズル内径)の下限としては、0.2mmが好ましく、0.4mmがより好ましい。一方、上記ノズル内径の上限としては、0.7mmが好ましく、0.6mmがより好ましい。上記ノズル内径が上記下限未満であると、得られる紡糸繊維4が細くなるため切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記ノズル内径が上記上限を超えると、得られる紡糸繊維4の径が大きくなるため、製造される炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。
【0058】
紡糸間距離(ノズル1aの先端と基板2との距離)の下限としては、10cmが好ましく、12cmがより好ましい。一方、紡糸間距離の上限としては、20cmが好ましく、18cmがより好ましい。紡糸間距離が上記下限未満であると、溶媒が十分に揮発せず、電界紡糸が困難となるおそれがある。逆に、紡糸間距離が上記上限を超えると、得られる紡糸繊維4が細くなるため切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。
【0059】
上記ノズル1aと基板2との間の印加電圧Eの下限としては、10kVが好ましく、12kVがより好ましい。一方、上記印加電圧Eの上限としては、30kVが好ましく、20kVがより好ましい。上記印加電圧Eが上記下限未満であると、紡糸繊維4を安定して形成できないおそれがある。逆に、上記印加電圧Eが上記上限を超えると、得られる紡糸繊維4の径の分布が広がり易くなるため、製造される炭素繊維が不均質となるおそれがある。
【0060】
上記溶液流3の流量(1つのノズル1aからの溶液の吐出量)の下限としては、1ml/hが好ましく、1.5ml/hがより好ましい。一方、上記溶液流3の流量の上限としては、3ml/hが好ましく、2.5ml/hがより好ましい。上記溶液流3の流量が上記下限未満であると、紡糸繊維4を安定して形成できないおそれがある。逆に、上記溶液流3の流量が上記上限を超えると、紡糸繊維4の径が大きくなるため、製造される炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。なお、上記溶液流3の流量は、ノズル内径及び印加電圧Eにより制御できる。
【0061】
基板2表面に形成する紡糸繊維4の平均径の下限としては、0.5μmが好ましく、0.7μmがより好ましい。一方、上記紡糸繊維4の平均径の上限としては、5μmが好ましく、3μmがより好ましい。上記紡糸繊維4の平均径が上記下限未満であると、紡糸繊維4が切れ易く、長繊維を得ることが困難となるおそれがある。逆に、上記紡糸繊維4の平均径が上記上限を超えると、製造される炭素繊維の比表面積が低下するおそれがある。なお、上記紡糸繊維4の平均径は、制御性の観点から主に電界紡糸の印加電圧E又は上記溶液における無灰炭の含有量により制御される。また、上記紡糸繊維4の平均径は、ノズル内径や紡糸間距離により調整することもできる。
【0062】
なお、基板2表面に形成した紡糸繊維4は、基板2から剥離される。当該炭素繊維の製造方法では、無灰炭の優れた電界紡糸性により紡糸繊維4が切断されることなく連続的かつランダムに基板2上に形成する。従って、当該炭素繊維の製造方法を用いることで長繊維の炭素繊維を得易い。
【0063】
[加熱工程]
加熱工程S2では、上記電界紡糸工程S1で得られた紡糸繊維を加熱する。この加熱工程S2は、加熱部により行うことができる。
【0064】
(加熱部)
加熱部は、加熱により上記紡糸繊維を炭素化する。この炭素化により炭素繊維が得られる。
【0065】
上記加熱部としては、例えば公知の電気炉等を用いることができ、紡糸繊維を加熱部へ挿入し、内部を不活性ガスで置換した後、加熱部内へ不活性ガスを吹き込みながら加熱を行うことで紡糸繊維の炭素化ができる。上記不活性ガスとしては、特に限定されないが、例えば窒素やアルゴン等を挙げることができる。中でも安価な窒素が好ましい。
【0066】
上記加熱温度の下限としては、500℃が好ましく、700℃がより好ましい。一方、上記加熱温度の上限としては、3000℃が好ましく、2800℃がより好ましい。上記加熱温度が上記下限未満であると、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱温度が上記上限を超えると、設備の耐熱性向上や燃料消費量の観点から製造コストが上昇するおそれがある。なお、昇温速度としては、例えば0.01℃/min以上10℃/min以下とすることができる。
【0067】
また、加熱時間の下限としては、10分が好ましく、20分がより好ましい。一方、加熱時間の上限としては、10時間が好ましく、8時間がより好ましい。加熱温度が上記下限未満であると、炭素化が不十分となるおそれがある。逆に、加熱時間が上記上限を超えると、炭素繊維の製造効率が低下するおそれがある。
【0068】
製造される炭素繊維の比表面積の下限としては、700m
2/gが好ましく、800m
2/gがより好ましく、1000m
2/gがさらに好ましい。上記比表面積が上記下限未満であると、炭素繊維として用いることが困難となるおそれがある。一方、上記比表面積の上限としては、特に限定されないが、通常3000m
2/g程度である。
【0069】
<利点>
当該炭素繊維の製造方法では、無灰炭が溶存する溶液の導電率と粘性率を一定の範囲に制御し溶液物性値を調整することに基づいて電界紡糸性が高められる。一方、無灰炭が溶存する溶液の溶媒が窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物を主成分とすることにより電界紡糸性が高められる。また、当該炭素繊維の製造方法では無灰炭を抽出する際に使用する溶媒と、電界紡糸の溶液に使用する溶媒との種類を変えることができる。従って、無灰炭の抽出と電界紡糸とをそれぞれ最適化できるので、炭素繊維の収率を高めることができる。従って、当該炭素繊維の製造方法を用いることで、比較的製造コストが低く、かつ製造効率が高い炭素繊維が製造できる。
【0070】
[第二実施形態]
以下、本発明に係る炭素繊維の製造方法の第二実施形態について説明する。
【0071】
当該炭素繊維の製造方法は、
図1の炭素繊維の製造方法と同様に電界紡糸工程S1と、加熱工程S2とを主に備える。また、当該炭素繊維の製造方法は、電界紡糸工程S1として、
図4に示すように混合工程S21と、溶出工程S22と、固液分離工程S23と、繊維形成工程S24とを備える。
【0072】
<混合工程>
混合工程S21では、石炭及び溶媒を混合する。第二実施形態では無灰炭を固形分として単離しないので、石炭から無灰炭を抽出する溶媒と電界紡糸する溶液の溶媒とを同種類の溶媒とする必要がある。この溶媒の種類以外は第一実施形態の第1混合工程S11に関して説明した方法により同様に行える。
【0073】
石炭から無灰炭を抽出する溶媒としては、窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物を主成分とし、かつ大気圧における沸点が50℃以上250℃未満である有機化合物を主成分とする溶媒を用いることが好ましい。
【0074】
このような窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物としては、ピリジン(C
5H
5N)、テトラヒドロフラン(C
4H
8O)、ジメチルホルムアミド((CH
3)
2NCHO)、N−メチルピロリドン(C
5H
9NO)などが挙げられる。中でも無灰炭と親和性が高いピリジン及びテトラヒドロフランが好ましい。なお、窒素原子又は酸素原子を含む有機化合物は1種類であってもよく、また2種類以上の有機化合物が混合されていてもよい。
【0075】
<溶出工程>
溶出工程S22では、上記混合工程S21で得られたスラリー中の石炭から溶媒に可溶な石炭成分を溶出させる。溶出工程は、第一実施形態の溶出工程S12に関して説明した方法により同様に行える。
【0076】
昇温部による昇温後のスラリーの温度は、使用する溶媒に応じて適宜決定されるが、上記スラリーの温度の下限としては、80℃が好ましく、90℃がより好ましい。一方、上記スラリーの温度の上限としては、120℃が好ましく、110℃がより好ましい。上記スラリーの温度が上記下限未満であると、溶出率が低下するおそれがある。逆に、上記スラリーの温度が上記上限を超えると、溶媒が気化し過ぎるためスラリーの濃度を制御することが困難となるおそれがある。
【0077】
また、昇温部の圧力としては、特に限定されないが、常圧(0.1MPa)とできる。
【0078】
なお、溶出部での溶出時間としては、特に限定されないが、無灰炭が溶存する溶液の抽出量と抽出効率との観点から10分以上70分以下が好ましい。
【0079】
<固液分離工程>
固液分離工程S23では、上記溶出工程S22で溶出後の上記スラリーを、無灰炭が溶存する溶液及び抽出残成分に分離する。この固液分離工程は、第一実施形態の固液分離工程S13に関して説明した方法により同様に行える。
【0080】
分離部内でスラリーを維持する時間は、特に限定されないが、例えば30分以上120分以下とでき、この時間内で分離部内の沈降分離が行われる。なお、石炭として塊炭を使用する場合には、沈降分離が効率化されるので、分離部内でスラリーを維持する時間を短縮できる。
【0081】
なお、分離部内の温度及び圧力としては、昇温部による昇温後のスラリーの温度及び圧力と同様とできる。
【0082】
上記第二実施形態では、無灰炭を抽出する溶媒と電界紡糸する溶液の溶媒とを同種類の溶媒とすることで、蒸発分離工程及び第2混合工程を省略可能である。この場合、固液分離で得られる液体分を電界紡糸の溶液として用いることができる。
【0083】
<繊維形成工程>
繊維形成工程S24では、上記固液分離工程S23で得た溶液を用いて電界紡糸を行うことで、基板表面に紡糸繊維を形成する。この電界紡糸は、第一実施形態の電界紡糸に関して説明した方法により同様に行える。
【0084】
[加熱工程]
加熱工程S2では、上記繊維形成工程S24で得られた紡糸繊維を加熱処理する。この加熱工程S2は、第一実施形態の加熱工程S2に関して説明した方法によって同様に行える。
【0085】
<利点>
上記第二実施形態では無灰炭を固形分として単離しないので、固液分離工程で得られる液体分を電界紡糸の溶液として用いることができる。それゆえ、石炭から無灰炭を抽出する溶媒と電界紡糸する溶液の溶媒とを同種類の溶媒とする必要がある。これにより、蒸発分離工程及び第2混合工程を省略できるので、炭素繊維の製造方法として、さらに製造効率を高め、かつ製造コストを低減できる。
【0086】
[その他の実施形態]
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。
【0087】
上記第一実施形態では、第1混合工程の混合部が調製槽を有する構成について説明したが、この構成に限らず、溶媒と石炭との混合ができれば、調製槽を省略してもよい。例えばラインミキサーにより上記混合が完了するような場合には、調製槽を省略して供給管と分離部との間にラインミキサーを備える構成としてもよい。このように各工程で用いられる装置構成は、上記実施形態に限定されない。
【0088】
また、上記第一実施形態では、無灰炭を溶媒抽出により製造する方法を説明したが、別途製造された無灰炭を用いることにより、無灰炭を溶媒抽出により製造することを省略することもできる。
【実施例】
【0089】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0090】
[実施例1及び2、比較例1及び2]
瀝青炭の溶媒抽出により製造された無灰炭を炭素原料として準備した。この無灰炭の元素分析値を表1に「HPC−A」として示す。
【0091】
溶媒として大気圧における沸点が115℃であるピリジンを準備した。ピリジンは、窒素を含有する有機化合物である。
【0092】
この溶媒に無灰炭を溶解し、溶液における無灰炭質量比が0.30〜0.40となるように調製した。
【0093】
この溶液を用いて表2に示す条件で電界紡糸を行い、アルミニウム箔基板上に紡糸繊維を形成した。この紡糸繊維形成物をアルミニウム箔から剥離させた後、3.3℃/分の昇温速度で900℃まで昇温し、30分間の加熱処理(炭素化)を行い、実施例1及び2、比較例1及び2の炭素繊維を製造した。
【0094】
[実施例3及び4、比較例3〜5]
瀝青炭の溶媒抽出により実施例1とは組成の異なる無灰炭を炭素原料として準備した。この無灰炭の元素分析値を表1に「HPC−B」として示す。溶液における無灰炭質量比を0、30〜0.45とした以外は、実施例1と同様にして実施例3及び4、比較例3〜5の炭素繊維を製造した。
【0095】
[比較例6〜8]
瀝青炭の溶媒抽出により実施例1、3とは組成の異なる無灰炭を炭素原料として準備した。この無灰炭の元素分析値を表1に「HPC−C」として示す。溶液における無灰炭質量比を0.40〜0.60とした以外は、実施例1と同様にして比較例6〜8の炭素繊維を製造した。
【0096】
【表1】
【0097】
なお、表1において、酸素量は、炭素、水素、窒素及び硫黄以外の成分量を意味し、100質量%から炭素、水素、窒素及び硫黄の成分量を引いたものである。
【0098】
【表2】
【0099】
<評価方法>
上記実施例1〜4及び比較例1〜8について、以下の測定を行った。
【0100】
<導電率>
JIS−K0130(2008)により測定した。基準温度は25℃である。
<粘性率>
JIS−Z8803(2011)により測定した。基準温度は25℃である。
【0101】
<電界紡糸性>
電界紡糸における紡糸性について以下の基準で評価した。
A:繊維径が均一に制御され、糸切れの少ない電界紡糸が可能であり、紡糸性に優れる B:噴出される溶液流が液滴状となり、繊維径の不均一又はノズルの閉塞が発生し、紡糸性に劣る
【0102】
<平均繊維径>
炭素繊維の平均径(平均繊維径)を走査電子顕微鏡により測定した。測定は、走査電子顕微鏡の視野内の任意の10本の繊維径を計測し、その平均を求めた。測定結果を表3に示す。
【0103】
【表3】
【0104】
表3中で、平均繊維径の欄の「―」は、測定を行わなかったことを意味する。
【0105】
表3の結果から、無灰炭が溶存する溶液の導電率を無灰炭質量比で除した値σ/cが0.1mS/m以上0.2mS/m以下であり、かつ上記溶液の粘性率が500mPa・s以上2000mPa・s以下である実施例1〜実施例4は、比較例1〜比較例8に比べて電界紡糸性に優れることが分かる。
【0106】
これに対して、比較例1、比較例3、比較例6、比較例7及び比較例8は、上記σ/cが0.2mS/mを超えているため導電性が過剰となることで紡糸性が不十分となり、電界紡糸ができなかったと考えられる。
【0107】
比較例5は、上記σ/cが0.1mS/m未満であり、導電性が不足することで紡糸性が不十分となったため電界紡糸ができなかったと考えられる
【0108】
比較例2は、上記粘性率が2000mPa・sを超えており、無灰炭分子間の会合が過剰なため電界紡糸ができなかったと考えられる。
【0109】
比較例4は、上記粘性率が500mPa・s未満であり、無灰炭分子間の会合が不足なため電界紡糸ができなかったと考えられる。
【0110】
以上のことから、炭素繊維の電界紡糸性は、上記溶液の導電率と上記無灰炭質量比を調整することにより、上記σ/c及び上記溶液の粘性率を一定の範囲に制御することで容易かつ簡便に管理できるといえる。