(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
戸建や集合住宅など居住目的の建築物では、特に周到な断熱対策が講じられる。断熱効果を有する内装材である断熱パネルを、外壁(例えば、躯体コンクリート)に面した室内側に貼り付けるのもその一つである。躯体コンクリートは熱容量が大きいため、外壁側は暑さや寒さの影響を受け易い。夏は太陽に暖められた躯体コンクリートから室内へ熱が伝わって室内の暑さが逃げず、冬は冷やされた躯体コンクリートが室内の熱を奪う結果、結露によるカビの発生原因となる。したがって、室内壁に断熱パネルを貼り付けるのは、極めて合理的かつ効率的な手法であり、従来から多用されている手法である。
【0003】
室内のコンクリート壁面に断熱パネルを貼り付ける手段としては、ビスや釘打ちによる工法よりも、接着工法が好まれる傾向にある。硬いコンクリート面に柔らかい断熱パネルをビスや釘で打ちつけるためには特殊工具が必要となり、容易に施工できないことがその理由である。つまり施工性を考えると、接着工法によって断熱パネルを貼り付ける方が容易であり、そのため接着工法はこれまで多くの建築物に採用されてきた。
【0004】
図9は、従来の接着工法を説明するためのモデル図であり、
図9(a)はその正面図(接着材塗布面)、
図9(b)は部分断面図である。従来の接着工法では、
図9(a)に示すように、断熱パネルDPの接着面(壁面に接する面)の周縁に所定幅を確保しながら接着剤ADを塗布し、断熱パネルDPをコンクリート壁面に直貼りしていた。例えば、「押出法ポリスチレンフォーム保温板裏打ちパネル直か張り工法 施工要領(編集:接着工法推進協議会)」では、接着幅100mm、接着間隔455又は910mmを推奨している。なお一般的な接着剤の塗布方法は、クシ状の塗布具を用いたいわゆる「クシ引き」によって行われる。このクシ引きによって塗布された断面は、
図9(b)に示すように凹凸が連続した形状となる。したがって断熱パネルと躯体コンクリートの間には隙間が生じ、この隙間にある空気が室内の空気と交じると内部結露が生じることから、隙間の空気が密閉されるよう断熱パネルは確実に接着されることが求められる。
【0005】
ところで、接着工法によって直貼された断熱パネルは、躯体コンクリートが本来有する遮音効果を、特に2,000Hz帯域付近で劣化させることが知られている。
図10は、遮音対象となる音の周波数と、接着工法で断熱パネルを直貼した躯体コンクリートの遮音効果の関係を表すグラフ図であり、実際の施工現場にて測定された結果である。横軸に音の周波数を、縦軸に遮音し得る音圧レベルを示している。この図では、概ね周波数が高い音の方がより音圧を低下させることを示しているが、周波数2,000Hz付近の音に対しては極端に遮音効果が低下している。これまで、この2,000Hz付近における遮音効果の低下は、断熱パネルの共鳴であると考えられていた。例えば、隣の居室内で発生した2,000Hzの音が躯体コンクリートに伝わると、断熱パネルの共鳴により隣室の居室内に音として放射されるというわけである。特許文献1でも、この点を従来工法の問題として捉えている。
【0006】
部分的な周波数範囲の遮音性の欠損であっても居住空間においては不快になることもあり、例えば集合住宅の引渡し前の調査結果から遮音対策が必要と判断される場合には、
図11に示す増張りを行うのが主流であった。この図に示すように増張り工法では、室内コンクリート壁CWに接着剤ADで直貼りされた断熱パネルDPの前面に、さらに遮音性を有する増貼りパネルPIがタッカーや接着剤で貼り付けられる。
【0007】
このように増貼り工法は、増貼りパネルPIによって室内の内法寸法を小さくするものであり、いわば次善の策である。そのため、室内の内法寸法を変えることなく、周波数2,000Hz付近の音に対しても効果的に遮音することができる最善の対策が望まれていた。特許文献1では、接着剤を特徴的な形状で塗布することにより周波数2,000Hz付近の音に対しても遮音できることを提案している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
周波数2,000Hz付近の音に対して遮音効果が低下する原因は、特許文献1の記載にもあるように、断熱性パネルによる共鳴現象であると考えられていたのは既に述べた。しかしながら本願発明者らは、実験を重ねることでその共鳴現象が塗布された接着剤部分で生じていることを特定した。
図12は、接着剤で直貼りした断熱パネルに対して音(2,000Hz)の粒子速度を計測した結果図であり、図中の破線で囲った範囲が接着剤塗布部分であって、粒子速度が大きい(すなわち放射レベルが高い)部分である。この図から分かるように、他の部分に比して接着部分では音の放射が著しく、特に周波数2,000Hz付近の音でその差が顕著に表れた。
【0010】
また放射レベルが高くなっている部分は、横方向の接着箇所であり、すなわち断熱パネルの継ぎ目である。継ぎ目に段差が生じないよう叩きながら接着しているため、断熱性パネルが躯体コンクリートに、より密着している部分である。一方の縦方向の接着箇所は、段差が生じる部分ではないため接着剤は適切な厚さが維持されており、断熱性パネルの共鳴が顕著に現れていないと推定できる。接着作業は、人により接着量が異なり、躯体コンクリートの不陸精度によっても差異が生じることから、同じ仕様であっても躯体コンクリートと断熱パネルの密着度合いは異なり、
図10に示すようなばらつきが生じていることも解明された。つまり、外観の目視上変化がないものの遮音低下の程度が大きくばらついていることから、遮音効果の低下を起こしている箇所を特定するには、結局は全数遮音調査が必要となり、その判別には多大な労力が必要となることを意味する。
【0011】
既述したとおり従来の接着工法では、相当幅(例えば100mm)を確保して接着剤が塗布されることから、接着材塗布部からの放射音の影響は無視できない。本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわち、増貼りによって室内の内法寸法を小さくすることなく、周波数2,000Hz付近の音に対しても効果的に遮音することができ、しかも人および躯体精度による出来形差(バラツキ)を生じ難くし、その結果、塗布された接着剤の全数検査を回避することができる、断熱パネルの接着方法、及び直貼り断熱パネルにおける遮音構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明は、接着剤の塗布部から断熱パネルの共鳴周波数の音が放射される原因に着目し、スペーサーによって接着剤の塗布厚を確保するとともに、断熱パネル内部にも部分接着部を設けることで、躯体コンクリートの振動が断熱パネルへ伝達することを阻止するという着想でなされたものであり、これまでにない発想に基づいて行われた発明である。
【0013】
本願発明の断熱パネルの接着方法は、断熱パネルを壁面に貼り付ける方法であり、外周接着部形成工程と、部分接着部形成工程、スペーサー設置工程を備えている。このうち外周接着部形成工程では、断熱パネル又は壁面の接着面の外周線に沿って「外周接着部」が形成され、部分接着部形成工程では、接着面(断熱パネル又は壁面)の内部の1又は2箇所以上に部分的に接着剤が塗布された「部分接着部」が形成され、スペーサー設置工程では、接着面(断熱パネル又は壁面)に1又は2以上のスペーサーが取り付けられる。断熱パネルの接着部を壁面に当接(又は断熱パネルを壁面の接着部に当接)すると、スペーサーによって壁面と断熱パネルとの間に間隙部が形成され、その状態で断熱パネルが外周接着部と部分接着部からなる「接着部」によって壁面に直貼りされる。
なお本願発明の断熱パネルの接着方法は、スペーサーに代えて、粒子径1mm以上の粒子状物質を含む接着剤が塗布された外周接着部及び部分接着部を形成することによって、計画塗布厚を確保することもできる。したがってこの場合(粒子状物質を含む接着剤を塗布する場合)、スペーサー設置工程を省略することができる(もちろん、スペーサー設置工程を設けることもできる)。
【0014】
本願発明の断熱パネルの接着方法は、接着部のバネ定数、及び負担部分質量の組み合わせが、所定条件に従うように接着部を形成する方法とすることもできる。この所定条件を以下に示す。断熱パネルのバネ定数をK1、接着部のバネ定数をK2としたとき、断熱パネルと接着部の合成バネ定数Kが次式で求められる。
1/K=1/K1+1/K2
さらに、接着部が負担する断熱パネルの質量である負担部分質量をMとしたとき、断熱パネルと接着部の共鳴周波数fsが次式で求められる。
fs=1/(2×π)×(K/M)
0.5
そして断熱パネルと接着部の共鳴周波数fsが、断熱パネルの共鳴周波数fpよりも小さい値となるように、接着部のバネ定数K2、及び負担部分質量Mの組み合わせが選択される。
【0015】
本願発明の断熱パネルの接着方法は、部分接着部形成工において、隣接する部分接着部の間隔が断熱パネル幅の1/6以上であって1/4以下となるように部分接着部を配置する方法とすることもできる。
【0016】
本願発明の直貼り断熱パネルにおける遮音構造は、壁面に断熱パネルが直貼りされた遮音構造であり、断熱パネルと間隙部を備えたものである。断熱パネルには、接着面(断熱パネル又は壁面)の外周に沿って「外周接着部」が形成され、さらに、接着面(断熱パネル又は壁面)の内部の1又は2箇所以上に部分的に接着剤が塗布された「部分接着部」が形成される。また間隙部は、接着面(断熱パネル又は壁面)に取り付けられた1又は2以上のスペーサーによって、壁面と断熱パネルとの間に形成される空間である。断熱パネルは、外周接着部と部分接着部からなる「接着部」により、間隙部を介して壁面に直貼りされる。
【発明の効果】
【0017】
本願発明の「断熱パネルの接着方法、及び直貼り断熱パネルにおける遮音構造」には、次のような効果がある。
(1)増張りによって室内の内法寸法を小さくすることなく、周波数2,000Hz付近の音に対しても効果的に遮音することができ、快適な居住空間を提供できる。
(2)スペーサーを配置することから、確実に計画した塗布厚を確保することができる。またスペーサーの配置により一定の塗布厚が保たれることから、人為的なバラツキが生じ難く、その結果、例えば集合住宅における接着剤の全数検査を回避することができるうえ、躯体コンクリートの振動絶縁が確実に期待できる。
(3)超弾性接着剤を用いることで、躯体コンクリートの振動が断熱パネルに伝達することをさらに抑制することができる。
(4)部分接着部を適切に配置することにより、断熱パネルの曲げ振動を抑制することが可能となる。
(5)外周接着部と部分接着部の形成に「粒子状物質含有の接着剤」を使用すれば、スペーサーの設置を省略することができ、その分手間と材料費を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本願発明の「断熱パネルの接着方法」によって構築された、「直貼り断熱パネルにおける遮音構造」を示す断面図。
【
図2】断熱パネルの接着面に設けられた外周接着部とスペーサーを示す断熱パネルの正面図。
【
図3】(a)はスペーサーを設けない場合の外周接着部を示す詳細断面図、(b)はスペーサーを設けた場合の外周接着部を示す詳細断面図。
【
図4】(a)は部分接着部が設けられない断熱パネルが振動している状況を示す断面図、(b)は部分接着部が設けられた断熱パネルが振動している状況を示す断面図。
【
図5】(a)は断熱パネルの接着面に設けられた環状の部分接着部を示す断熱パネルの正面図、(b)は断熱パネルの接着面に設けられた線状の部分接着部を示す断熱パネルの正面図。
【
図6】(a)は、加振周波数と固有周波数の比と、振動伝搬率との関係を示すグラフ図、(b)は、断熱パネルと、従来の接着部、本願発明の接着部それぞれにおける、加振周波数と振動伝搬率との関係を示すグラフ図。
【
図7】断熱パネルのみの場合と、本願発明の接着部と断熱パネルの場合における、加振周波数と外壁コンクリートの音圧レベルとの関係を示すグラフ図。
【
図8】本願発明による遮音構造の遮音効果を示すグラフ図。
【
図9】(a)は従来の接着工法を説明するための正面図、(b)は従来の接着工法を説明するための部分断面図。
【
図10】遮音対象となる音の周波数と、接着工法で断熱パネルを直貼した躯体コンクリートの遮音効果の関係を表すグラフ図。
【
図12】接着剤で直貼りした断熱パネルに対して音の粒子速度を計測した結果図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本願発明の「断熱パネルの接着方法、及び直貼り断熱パネルにおける遮音構造」の実施形態の一例を、図に基づいて説明する。
【0020】
1.全体概要
図1は、本願発明の「断熱パネルの接着方法」によって構築された、「直貼り断熱パネルにおける遮音構造」を示す断面図である。この図に示すように当該遮音構造は、断熱パネル20が外壁コンクリート10の室内面に接着剤で直貼りされて形成される。なお、断熱パネル20の接着面(外壁コンクリート10側の面)には、接着剤が塗布された外周接着部30と部分接着部60が形成されており、これらによって断熱パネル20は接着される。なお便宜上、外周接着部30と部分接着部60を合わせた領域を「接着部」ということとする。また、同じく断熱パネル20の接着面には、スペーサー40が取り付けられており、あらかじめ計画された空間領域である「間隙部50」が確保される。
【0021】
以下、本願発明の「断熱パネルの接着方法、及び直貼り断熱パネルにおける遮音構造」を構成する主な要素ごとに詳しく説明する。
【0022】
2.外周接着部
図2は、断熱パネル20の接着面に設けられた外周接着部30とスペーサー40を示す断熱パネル20の正面図である。この図に示すように外周接着部30は、断熱パネル20の外周線(周縁)に沿った位置で塗布されて形成される。なお、従来の接着幅(例えば100mm)で塗布することもできるし、塗布幅を小さくするため線状すなわちビード状で塗布することもできる。なお、
図2に示す外周接着部30は、ビード状の接着剤が1条だけ塗布されることで形成されているが、これに限らずビード状の接着剤を2条(あるいは3条以上)塗布することで外周接着部30を形成してもよい。したがって外周接着部30を形成する際、例えば1本の細管から接着剤を出しながら線状に塗布する手法を採用してもよいし、いわゆるクシ引きによる塗布としてもよい。ビード状とした場合の塗布幅(1条あたり)は、好ましくは5mm〜7mmとされる。また、断熱パネル20の接着面に外周接着部30を形成する手段に代えて、壁面側に外周接着部30を形成することもできる。この場合、壁面のうち断熱パネル20が配置される範囲(以下、「壁面の接着面」という。)をあらかじめ計測して明示(いわゆる、墨出し)しておくとよい。
【0023】
3.スペーサー
スペーサー40は、
図2に示すように、断熱パネル20の接着面に点在するように配置され、取り付けられる。なお、スペーサー40も外周接着部30と同様、壁面の接着面に設置することができる。設置するスペーサー40の数は、断熱パネル20の大きさによっては1個とすることもできるが、通常は2個以上(図では8個)とされる。
図3は、スペーサー40を取り付ける目的を示す説明図であり、(a)はスペーサー40を設けない場合の外周接着部30を示す詳細断面図、(b)はスペーサー40を設けた場合の外周接着部30を示す詳細断面図である。
【0024】
図3(a)の左側では、外壁コンクリート10に断熱パネル20を当接した状態を示し、右側では、断熱パネル20を外壁コンクリート10方向に押し付けた状態を示している。この図から分かるように、断熱パネル20を押し付けると外周接着部30は容易に潰され、すなわち外周接着部30の計画厚が維持されず、その結果、音の伝搬を緩衝する間隙部50が十分確保されなくなる(
図3(a)右側の矢印)。
【0025】
一方、
図3(b)に示すように、断熱パネル20の接着面にスペーサー40を取り付けると、断熱パネル20を押し付けてもスペーサー40の効果で外周接着部30が潰されることはなく、すなわち外周接着部30の計画厚は維持され、音の伝搬を緩衝する間隙部50が十分確保される結果となる。なお、外壁コンクリート10表面には不陸(通常3mm程度)が生じているため、スペーサー40の厚さは、外周接着部30の計画厚より例えば3mm程度薄くするとよい(例えば外周接着部30の塗布厚を5mmとした場合、スペーサー40の厚さは2mmとする)。また、スペーサー40は外周接着部30と部分接着部60の接着剤が硬化するまで計画した塗布厚を確保することが目的であるため、スペーサー40の材料としては、接着剤が硬化するまでの間想定される荷重に対して容易に変形しない程度のものを用いるとよい。
【0026】
スペーサー40に代えて、接着部に粒子状の物質(以下、単に「粒子状物質」という。)を含有させることで、計画した塗布厚を確保することもできる。具体的には、粒子状物質を含有する接着剤を塗布することによって外周接着部30と部分接着部60を形成する。粒子状物質が含まれていることから塗布された接着剤は容易に潰されることがなく、いわば接着剤自身で計画した塗布厚を確保するわけであり、換言すれば接着部がスペーサー40を兼用するわけである。なお、ここで用いる粒子状物質としては、発泡ポリスチレンビーズ、アクリルビーズ、ウレタンビーズ等の有機樹脂ビーズ、ガラスビーズ、セラミックビーズ等の無機ビーズ、合成ゴム粒子、有機バルーン、ガラスバルーン、シラスバルーン等が例示できる。また、スペーサーとしての機能を効果的に発現させるためには、粒子径が1mm以上の粒子状物質を使用することが好ましい。
【0027】
4.部分接着部
図2にも示すように外周接着部30は、断熱パネル20の外周付近に設けられる。つまり断熱パネル20は、その外周付近では外壁コンクリート10に拘束されるものの、大部分は壁面直角方向に対してある程度自由に挙動することができる。
図4(a)は、部分接着部が設けられない断熱パネル20が振動している状況を示す断面図である。この図に示すように、断熱パネル20は上部にある外周接着部30によって外壁コンクリート10に拘束されているが、その他の部分では図の矢印方向(左右方向)に自由であり、そのため外部からの振動波を受けると断熱パネル20は振動して、波形を呈する(以下、「曲げ波を形成する」という。)。
【0028】
断熱パネル20が振動すると、それが固体音となって室内に放出されるため、当然ながら遮音効果は低下する。そこで、断熱パネル20の振動を防ぐべく部分接着部が形成される。
図4(b)は、部分接着部60が設けられた断熱パネルが振動している状況を示す断面図である。この図に示す断熱パネル20は、外周接着部30に加え部分接着部60によっても外壁コンクリート10に拘束されており、曲げ波の形成が抑えられていることがわかる。
図5は、断熱パネル20の接着面に設けられた部分接着部60を示す断熱パネル20の正面図である。この図に示すように、断熱パネル20の接着面に点在するように部分接着部60は形成される。あるいは、外周接着部30と同様、壁面の接着面に部分接着部60を形成してもよい。断熱パネル20の大きさによっては1箇所のみ部分接着部60を形成することもできるが、通常は2箇所以上(
図5(a)では6箇所)に形成される。
【0029】
部分接着部60は、外周接着部30と同様、領域内を面状に塗布(いわゆるベタ塗り)してもよいし、線状すなわちビード状に塗布されてもよい。ビード状とした場合、外周接着部30で説明したように好ましくは塗布幅(1条あたり)が5mm〜7mmとされる。またこの場合、
図5に示すように部分的な範囲で環状を描くように、あるいは単に線状に塗布することもできる。
図5(a)では環状の部分接着部を示し、(b)では線状の部分接着部を示している。なおここで環状とは、閉鎖領域を形成するように周回する線形形状のことを意味し、円形に限らず、楕円形や、四角形を含む多角形など様々な形状を指す。例えば
図5では、中心部に略四角形の部分接着部60が形成され、その周辺には略円形の部分接着部60が形成されている。
【0030】
既述のとおり、部分接着部60は断熱パネル20が曲げ波を形成することを防ぐ目的で設けられる。そこで、断熱パネル20の曲げ波について説明する。断熱パネル20は、おもに間隙部で曲げ波を形成し、その共鳴周波数は次式によって求められる。
f
0=1/2π×(Ka/m)
0.5 (式1−1)
Ka=K
0/h (式1−2)
ただし、f
0は間隙部の共鳴周波数、πは円周率、Kaは間隙部のバネ定数、mは断熱パネル20の単位面積当たりの質量、hは間隙部の厚さ、K
0は空気のバネ定数で1.4×10
5kg/mである。一般的な仕様から、m=6kg/m
2、K
0=1.4×10
5kg/m、h=0.003mとすると、f
0は444Hzとなる。つまり一般的な断熱パネル20は、400〜500Hzで曲げ波を形成しやすいことが分かる。
【0031】
さらに本願発明者らは、断熱パネル20の曲げ波の波長が300mm程度であることを究明した。最もよく採用される断熱パネル20の幅(
図5の横寸法)は600mm〜900mmであり、例えば幅600mmの断熱パネル20を採用した場合、曲げ波の波長は断熱パネル20幅の概ね半分である。換言すれば、断熱パネル20の幅は曲げ波の2波長分であり、曲げ波の半波長(ひと山)は断熱パネル20の幅の1/4となる。あるいは幅900mmの断熱パネル20を採用した場合、曲げ波の半波長は断熱パネル20の幅の1/6となる。したがって、隣接する個々の部分接着部60の間隔が、断熱パネル20幅の1/6以上であって1/4以下となるように配置すれば、断熱パネル20の曲げ波形成を抑制できるため好適となる。また、断熱パネル20に設けられる複数の部分接着部60は、左右対称や上下対称、あるいは断熱パネル20中心の点対象となる整列配置よりも、線対称や点対称ではない無作為配置(ランダム配置)とした方が、断熱パネル20の曲げ波形成をさらに抑制できることも本願発明者らは確認している。
【0032】
5.接着剤
これまでの接着剤は、断熱ボードの引っ張り強度のみ考慮されており、接着剤硬化後の弾性性能(バネ定数)はメーカーによってまちまちであり、接着剤のショア硬度もばらついていた。一方、本願発明者らは、接着剤のバネ定数が小さくなると躯体コンクリートの振動が断熱パネル20へ伝わる程度が小さくなることを究明した。つまり、変形し易い接着剤の方が、躯体コンクリートの振動を断熱パネルに伝達し難くすることを確認したわけである。一方、バネ定数が小さくても、塗布厚が極端に薄くなると躯体コンクリートの振動が断熱パネルに伝わり易くなる。しかしながら、本願発明ではスペーサー40を配置した効果で接着剤の塗布厚は薄くならず、したがって接着剤本来のバネ定数が維持される。
【0033】
ここまで説明したとおり、「変形し易い」という性能を持つ接着剤(以下、「超弾性接着剤」という。)を用いると、本願発明の遮音効果がさらに期待でき極めて好適となる。ここで「変形し易い」とは、その弾性率が従来の弾性接着剤より大幅に小さい(例えば1/5程度)ことを意味し、具体的には従来の弾性接着剤の弾性率が5.0×10
7N/m
2程度であることから、例えば弾性係数が1.0×10
7N/m
2程度の接着剤は「変形し易い」ものであり、すなわち超弾性接着剤である。なお、ここでいう弾性率及び弾性係数とは、動的粘弾性測定(DMA:Dynamic Mechanical Analysis)により測定した貯蔵弾性率のことである。
【0034】
6.振動伝達率
既述のとおり、接着された断熱パネル20は特に2,000Hz帯域付近の音に対して、外壁コンクリート10の遮音効果を劣化させる。加振周波数によって振動伝搬率が変化することは、一般に知られている。
図6(a)は、加振周波数と固有周波数の比と、振動伝搬率Tとの関係を示すグラフ図であり、当業者に広く知られた防振理論に基づいて描かれた図である。防振理論によれば、最大の周波数を示す「共鳴周波数f」が決まると、加振周波数(加振周波数と固有周波数との比)に応じた振動伝搬率Tが定められる。
【0035】
図6(b)は、加振周波数と振動伝搬率Tとの関係を示すグラフ図であり、断熱パネル20と、本願発明の接着部、従来の接着部、それぞれの場合を示している。なお従来の接着部とは、従来の手法や接着剤を用いて塗布した領域のことである。
【0036】
図6(b)に示すように、断熱パネル20の共鳴周波数fpは、やはり加振周波数が2,000Hz付近で生じており、ここでの伝搬率Tpは1を超えている。また、従来の接着部の共鳴周波数fcは、加振周波数が2,000Hzを大きく超えた帯域で生じており、加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tcは1を超えている。断熱パネル20のうち従来の接着部が設けられた箇所の伝搬率Tpcは、断熱パネル20の伝搬率Tpと従来の接着部の伝搬率Tcの積で求められ、したがって加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpcは1を上回る。つまり、加振周波数2,000Hzにおける断熱パネル20の音伝達性能を、従来の接着部が増幅しているわけである。
【0037】
一方、本願発明の接着部の共鳴周波数fbは、加振周波数が2,000Hzを大きく下回っており、加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tbは1未満となっている。したがって本願発明の接着部の共鳴周波数fbの大きさによっては、加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpb(断熱パネル20の伝搬率Tpと本願発明の接着部の伝搬率Tbの積)は1を下回る。つまり、加振周波数2,000Hzにおける断熱パネル20の音伝達性能を、本願発明の接着部が抑制することができるわけである。
【0038】
加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpbを小さくするには、加振周波数2,000Hzにおける本願発明の接着部の伝搬率Tbを小さくすればよく、そのためには本願発明の接着部の共鳴周波数fbが生ずる加振周波数を小さくするとよい。ここで接着部の共鳴周波数fbは、防振理論により、接着剤のバネ定数Kに比例し、接着部が負担する断熱パネル20の部分質量M’と、接着剤の塗布厚tに反比例する。したがって、接着剤のバネ定数Kが小さいほど接着部の共鳴周波数fbは小さくなり、つまり加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpbも小さくなり、加振周波数2,000Hzにおける音伝達を抑えることができる。この点からも、本願発明に用いる接着剤は、超弾性接着剤が適していることが理解できる。
【0039】
接着剤のバネ定数Kに限らず、接着部が負担する断熱パネル20の部分質量M’や、接着剤の塗布厚tを適切に設定すれば、接着部の共鳴周波数fbを小さくすることができる。なお、加振周波数2,000Hzにおける音伝達を抑えることを考えれば、加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpbが1未満となるような接着部の伝搬率Tbとするとよい。換言すれば、加振周波数2,000Hzにおける伝搬率Tpbが1未満となるような接着部の共鳴周波数fbを定め、これに合わせて接着剤のバネ定数K、接着部が負担する断熱パネル20の部分質量M’、接着剤の塗布厚tの組み合わせを設定し、これに基づいて接着部(外周接着部30と部分接着部60)を形成すると良い。具体的には、使用する接着剤(超弾性接着剤)、部分接着部60の箇所数と配置、接着剤の塗布厚あるいはスペーサー40の厚さ、などを種々組み合わせることで、適切な接着部を形成するとよい。
【0040】
さらに本願発明者らは、断熱パネル20と接着部を一体の部材(以下、「パネル接着部合成材」という。)として見たときの共鳴周波数fsが、断熱パネル20の共鳴周波数fpよりも小さい値となれば、加振周波数2,000Hzにおける音圧レベルは従来よりも低下することを見出した。
図7は、加振周波数と外壁コンクリートの音圧レベルとの関係を示すグラフ図であり、断熱パネルのみの場合と、パネル接着部合成材とした場合を示している。この図に示すように、パネル接着部合成材の共鳴周波数fsを断熱パネル20の共鳴周波数fpより小さくしたことで、加振周波数2,000Hzにおける音圧レベルは断熱パネル20のみの場合よりも著しく低減されている。
【0041】
ところで、パネル接着部合成材の共鳴周波数fsは下式で求められる。
fs=1/(2×π)×(K/M)
0.5 (式2−1)
1/K=1/K1+1/K2 (式2−2)
ここで、πは円周率、Kはパネル接着部合成材のバネ定数(断熱パネル20と接着部の合成バネ定数)、Mは接着部が負担する断熱パネル20の部分質量(以下、「負担部分質量」という。)である。また、K1は断熱パネル20のバネ定数、K2は接着部のバネ定数である。なお、一般に防振ゴムでは形状係数(直径/厚みなど)がバネ定数に影響を与えることが知られている。同様にパネル接着部のバネ定数K2は、接着剤の塗布形状(断面視における縦横比など)に影響を受けると想定できる。これらより具体的には、K2は塗布厚(t)/塗布巾(l)に反比例し負担部分質量(M)に比例し、t/lが0.05以上(例えば塗布厚1mmであれば塗布幅20mm程度)であれば、fsがfp/2
0.5以下になることを本願発明者らは確認している。
【0042】
式2−1より、パネル接着部合成材のバネ定数Kが小さいほどパネル接着部合成材の共鳴周波数fsは小さい値を示し、負担部分質量Mが大きいほどパネル接着部合成材の共鳴周波数fsは小さい値を示す。また式2−2より、接着部のバネ定数K2が小さいほどパネル接着部合成材Kが小さくなり、その結果パネル接着部合成材の共鳴周波数fsは小さい値を示す。
【0043】
ここまで述べたように、加振周波数2,000Hzにおける音圧レベルを低減する(すなわち遮音欠損を小さくする)ためには、パネル接着部合成材の共鳴周波数fsが断熱パネルの共鳴周波数fpよりも小さい値となるような接着部を形成するとよい。換言すれば、パネル接着部合成材の共鳴周波数fsが断熱パネルの共鳴周波数fpよりも小さい値となるように、「接着部のバネ定数K2と負担部分質量Mの組み合わせ」を選択し、その組み合わせによって接着部を形成するとよい。
【0044】
7.放射面積
加振周波数2,000Hzにおける音圧レベルを低減する(すなわち遮音欠損を小さくする)には、放射面積Sbを小さくすることでも実現できる。この放射面積Sbは下式で求められる。
Sb=L×π×r
2/4/t
s (式3−1)
そして、加振周波数fにおける断熱パネル20の振動レベルをVAL、放射係数をH、室内の吸音力をAとしたとき、室内の騒音レベルSPLは下式で求められる。
SPL(f)=VAL(f)−20×Log(f)+10×Log(H)+10×Log(Sb/A)+36
(式3−2)
上式が示すように、放射面積Sbが小さいと室内の騒音レベルSPLは小さい値を示すことから、放射面積Sbが小さくなるように接着部を形成することで、加振周波数2,000Hzにおける音圧レベルを低減することもできる。
【0045】
8.実験結果
以下、本願発明の効果を確認するために本願の発明者が実施した実験結果について説明する。
【0046】
図8は、本願発明による遮音構造の遮音効果を示すグラフ図であり、横軸に騒音対象となる音の周波数を、縦軸に当該遮音構造が遮音し得る音圧レベルを示している。この図と
図10を比較すると分かるように、従来に比べ本願発明では、周波数2,000(2K)Hz付近の音に対して遮音効果が低下していない。すなわち本願発明が、あらゆる周波数の音に対して効果的に遮音し得ることが理解できる。