特許第6862710号(P6862710)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6862710
(24)【登録日】2021年4月5日
(45)【発行日】2021年4月21日
(54)【発明の名称】X線回折装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/207 20180101AFI20210412BHJP
【FI】
   G01N23/207
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-153517(P2016-153517)
(22)【出願日】2016年8月4日
(65)【公開番号】特開2018-21836(P2018-21836A)
(43)【公開日】2018年2月8日
【審査請求日】2019年1月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】丸井 隆雄
【審査官】 今浦 陽恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−121501(JP,A)
【文献】 特開2011−033537(JP,A)
【文献】 特開平03−210462(JP,A)
【文献】 特開2006−337301(JP,A)
【文献】 特開平01−141344(JP,A)
【文献】 特開2000−214107(JP,A)
【文献】 特開2000−146872(JP,A)
【文献】 特開平09−145640(JP,A)
【文献】 特開平09−166488(JP,A)
【文献】 特開2007−017350(JP,A)
【文献】 特開2008−008864(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00−23/2276
G21K 1/00−3/00,5/00−7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる、後記平板分光結晶の波長分散方向に直交する方向に延伸する細長い形状である開口を有するスリットと、
c)前記スリットの開口を通過したあと該開口の延伸方向に直交する面内で拡がる回折X線を反射しつつ波長分散する平板分光結晶と、
d)前記平板分光結晶による波長分散方向に配列された複数の微小X線検出素子からなり、該平板分光結晶により波長分散された回折X線の波長毎のX線強度をそれぞれ検出するX線検出部と、
を備えることを特徴とするX線回折装置。
【請求項2】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる開口を有するスリットと、
c)前記スリットを通過したあと拡がる回折X線を反射しつつ波長分散する湾曲分光結晶と、
d)前記湾曲分光結晶により波長分散された回折X線のうち該湾曲分光結晶において特定の方向に回折されたX線の強度を検出するX線検出部と、
e)前記湾曲分光結晶へ入射する回折X線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折して前記X線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちつつ、前記湾曲分光結晶及び前記X線検出器をそれぞれ回動させる波長走査部と、
を備えることを特徴とするX線回折装置。
【請求項3】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる開口を有するスリットと、
c)前記スリットを通過したあと拡がる回折X線を平行化させるマルチキャピラリX線レンズと、
d)前記マルチキャピラリX線レンズで平行化された回折X線を反射しつつ波長分散する平板分光結晶と、
e)前記平板分光結晶により波長分散された回折X線のうち該平板分光結晶において特定の方向に回折されたX線の強度を検出するX線検出部と、
f)前記平板分光結晶へ入射する回折X線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折して前記X線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちつつ、前記平板分光結晶及び前記X線検出器をそれぞれ回動させる波長走査部と、
を備えることを特徴とするX線回折装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のX線回折装置であって、
前記X線照射部から前記試料に向かう入射X線が通過する入射側開口と、該試料で回折し前記平板分光結晶又は湾曲分光結晶に向かうX線が通過する出射側開口とが設けられ、前記試料が収納される試料室をさらに備えることを特徴とするX線回折装置。
【請求項5】
請求項4に記載のX線回折装置であって、
前記試料室は放射線遮蔽作用を有する材料から成り、前記入射側開口及び前記出射側開口には、放射線透過性を有し気体の流通を阻止する材料から成る窓が取り付けられていることを特徴とするX線回折装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のX線回折装置であって、
前記平板分光結晶又は前記湾曲分光結晶として結晶面間隔の相違する複数のものが切り替え可能であることを特徴とするX線回折装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線回折装置に関し、さらに詳しくは、波長分散型のX線回折装置に関する。
【背景技術】
【0002】
原子が規則正しく配列している物質に波長がλであるX線を照射すると、ブラッグの式:2dsinθ=nλ(ただし、d は物質の結晶面の間隔、θは入射X線と結晶面とが成す角度、nは整数)を満たすときに回折による反射が生じる。X線回折法は、このX線の回折現象を利用して試料中に存在する面間隔dを調べ、それから試料中の物質を同定したり定量したりする測定法である。X線回折法を利用した測定を行うX線回折装置には、大別して、角度走査型とエネルギー分散型とがある。
【0003】
図5は従来一般に知られている角度走査型のX線回折装置の概略構成図である(特許文献1等参照)。
X線管10はターゲットの材質に応じた特定波長のX線を発生する。このX線管10から出射されたX線は、照射側スリット11を経て試料ホルダ13上に装荷された試料Sに照射される。試料Sにより回折されたX線は出射側スリット15を経てX線検出器16に導入される。通常、X線検出器16にはシンチレーション管又はガスが封入された比例計数管が用いられ、入射したX線強度に応じた検出信号が得られる。
【0004】
試料Sはその表面がゴニオメータ17の中心になるように設置され、X線管10及び照射側スリット11はゴニオメータ17の外周部に固定されている。試料Sに対して斜め方向からX線が入射したとき、X線は上記ブラッグ式を満足する方向に回折される。この回折X線をX線検出器16で検出するためには、入射X線と試料Sの表面(結晶面)との成す角度θと、試料Sの表面とX線検出器16に向かう出射X線との成す角度θとが常に等しくなる関係を保ちながらθを所定の角度範囲で走査する必要がある。そのため、ゴニオメータ17において、試料ホルダ13の保持部(ゴニオメータ17の内周部)とX線検出器16及び出射側スリット15とは同軸で且つ異なる駆動軸を有し、それら駆動軸はそれぞれθ:2θ、つまり1:2の比で以て回転駆動されるようになっている。なお、試料ホルダ13の保持部を回転させる代わりに、X線管10の保持部及び照射側スリット11を回転させる構成とすることもできる。
【0005】
ゴニオメータ17により上記のような角度走査を行い、回転角度2θとX線強度との関係を求めると、所定の角度付近でX線強度が大きくなるピークが観測されるX線回折パターンを得ることができる。X線回折パターンにおいてピークの位置(回折角度)は試料S中に存在する面間隔dに依存し、回折X線強度は原子や分子の配列状況や原子種に依存する。そのため、X線回折パターンは物質の種類に依存し、例えば既知物質のX線回折パターンと未知試料に対する実測のX線回折パターンとを比較することで、未知試料中の物質を同定することができる。
【0006】
上記角度走査型X線回折装置は、ブラッグの式:2dsinθ=nλにおいて波長λを固定し、角度θを変化させることで物質の面間隔dを求めるものである。これに対し、角度θを固定し、X線の波長を走査することによっても同様に物質の面間隔dを求めることが可能であることは明らかである。エネルギー分散型のX線回折装置はそうした原理を利用したものであり、例えば図5に示した構成においてゴニオメータ17で試料ホルダ13やX線検出器16等を回転駆動する代わりに、X線管10を連続X線(白色X線)を出射するものに、X線検出器16を半導体検出器などのエネルギー分散型検出器に置き換える。
【0007】
具体的にいうと、X線管10は、タングステンなどの重い元素をターゲットとして有し、このターゲットを励起する電子線の加速電圧(管電圧)を、そのターゲットの特性X線を励起できる値よりも低く抑えるように動作させる。これにより、X線管10から幅広いエネルギーを有する、つまりは幅広い波長範囲のX線が出射される。この連続X線に対する試料Sによる回折X線を、同じ角度位置に固定したエネルギー分散型であるX線検出器16により検出する。そして、エネルギー毎にX線を分離してそれぞれX線強度を検出し、X線のエネルギーとX線強度との関係を求める。X線のエネルギーを波長に換算しブラッグ式に当てはめることで、角度走査型と同様に試料S中に存在する面間隔dを求めることができる。
【0008】
上記エネルギー分散型X線回折装置はゴニオメータを利用せず機械的な駆動部を有さないので、角度走査型X線回折装置に比べて構造が簡素であり、装置の小形・軽量化に有利であるとともに故障も起きにくいという利点がある。しかしながら、一般に、エネルギー分散型X線検出器におけるエネルギー分解能はあまり高くないため、角度走査型X線回折装置に比べると求まる面間隔の精度が低いという性能的な問題がある。そのため、X線回折装置では角度走査型の構成が広く採用されている。
【0009】
しかしながら、上述した従来の角度走査型X線回折装置では次のような問題がある。
X線回折装置での測定対象の試料は様々であり、近年、放射性物質を測定したいという要求も非常に強い。図5に示すように、X線検出器16は試料Sから到来する回折X線を直接検出可能な位置に固定されている。そのため、試料Sが放射性物質である場合、試料Sで回折したX線以外に、試料S自体から放出される放射線がX線検出器16に入射する。すると、X線検出器16に入射した放射線は一種のバックグラウンドノイズとなるため、回折X線の正確な測定に支障をきたすおそれがある。また、X線検出器16として半導体検出器を用いる場合には、高いエネルギーの放射線が入射すると検出面が劣化するため、検出器の寿命が極端に短くなるおそれがある。
【0010】
また、従来の角度走査型X線回折装置では、ゴニオメータ17が故障した場合、試料ホルダ13を回転駆動するゴニオメータ17の内周部等、試料Sに近い機構部分の修理が必要になる場合がある。試料Sが放射性物質である場合、試料Sに近い機構部分の修理は必然的にホットセル内での作業になり、非常に面倒で手間が掛かる。また、試料Sに近い位置から取り外された機構部品には放射線物質の粉末などが付着しているおそれがあるため、こうした部品等の処置も非常に面倒である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2015−121501号公報
【特許文献2】特開2011−89987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、試料が放射性物質である場合でも、試料から発せられた放射線がX線検出器に入射することを回避してバックグラウンドノイズを低減するとともにX線検出器の劣化を防止し、さらにまた、少なくとも放射線量が多い可能性がある試料近傍における機構部などの故障を回避することで保守等の作業を軽減することができる高分解能のX線回折装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる、後記平板分光結晶の波長分散方向に直交する方向に延伸する細長い形状である開口を有するスリットと、
c)前記スリットの開口を通過したあと該開口の延伸方向に直交する面内で拡がる回折X線を反射しつつ波長分散する平板分光結晶と、
d)前記平板分光結晶による波長分散方向に配列された複数の微小X線検出素子からなり、該平板分光結晶により波長分散された回折X線の波長毎のX線強度をそれぞれ検出するX線検出部と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
また上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる開口を有するスリットと、
c)前記スリットを通過したあと拡がる回折X線を反射しつつ波長分散する湾曲分光結晶と、
d)前記湾曲分光結晶により波長分散された回折X線のうち該湾曲分光結晶において特定の方向に回折されたX線の強度を検出するX線検出部と、
e)前記湾曲分光結晶へ入射する回折X線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折して前記X線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちつつ、前記湾曲分光結晶及び前記X線検出器をそれぞれ回動させる波長走査部と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
さらにまた上記課題を解決するために成された本発明の第3の態様は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出する波長分散型のX線回折装置であって、
a)連続X線を試料に照射するX線照射部と、
b)前記X線照射部からのX線の照射に対して前記試料で回折されたX線を通過させる開口を有するスリットと、
c)前記スリットを通過したあと拡がる回折X線を平行化させるマルチキャピラリX線レンズと、
d)前記マルチキャピラリX線レンズで平行化された回折X線を反射しつつ波長分散する平板分光結晶と、
e)前記平板分光結晶により波長分散された回折X線のうち該平板分光結晶において特定の方向に回折されたX線の強度を検出するX線検出部と、
f)前記平板分光結晶へ入射する回折X線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折して前記X線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちつつ、前記平板分光結晶及び前記X線検出器をそれぞれ回動させる波長走査部と、
を備えることを特徴としている。
【0016】
本発明の第1乃至第3の態様によるX線回折装置では、エネルギー分散型X線回折装置と同様に、幅広い波長のX線を含む連続X線を照射可能なX線照射部を用い、この連続X線を、位置が固定された(つまりはゴニオメータ等により回動されない)試料に対し照射する。そして、試料で回折されたX線をスリットを通して取り出す。したがって、本発明の第1乃至第3の態様によるX線回折装置において、X線照射部、試料、及びスリットの位置関係は固定である。
【0017】
本発明の第1の態様によるX線回折装置では、スリットを通過したあとに拡がりつつ進行する回折X線は平板分光結晶に当たり、平板分光結晶で反射されるとともに該平板分光結晶における回折現象により波長分散される。回折X線は様々な波長のX線を含むが、試料の結晶面間隔に応じた特定の波長のX線の強度が高く、他の波長のX線強度は低くなっている。こうした波長毎に強度の相違する、波長分散後のX線は、X線検出部に含まれる波長分散方向に配列された複数の微小X線検出素子にそれぞれ入射する。したがって、X線検出部では所定の波長範囲に亘るX線強度が略一斉に得られる。つまり、本発明の第1の態様によるX線回折装置では、X線の波長とX線強度との関係を一度に得ることができる。この場合、平板分光結晶とX線検出部の位置は固定でよい。
【0018】
本発明の第2の態様によるX線回折装置では、第1の態様と同様に、スリットを通過したあとに拡がりつつ進行する回折X線は湾曲分光結晶に当たり、該湾曲分光結晶で反射されるとともに波長分散される。第1の態様では、この波長分散された様々な波長のX線を略一斉に検出するが、この第2の態様では、X線検出部は、湾曲分光結晶で反射されたX線のうち特定の方向に向かうX線のみを検出する。つまり、或る時点で検出されるのは特定の波長のX線のみである。波長走査部は、湾曲分光結晶へ入射するX線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折してX線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちながら、その角度が所定範囲で変化するように、湾曲分光結晶とX線検出器とをそれぞれ回動させる。即ち、波長走査部は、湾曲分光結晶でのブラッグ式を満たすX線がX線検出器に常に入射するように波長走査を実行する。つまり、本発明の第2の態様によるX線回折装置では、波長走査部による機械的な駆動によって、X線の波長とX線強度との関係を得ることができる。
【0019】
また本発明の第3の態様によるX線回折装置では、スリットを通過したあとに拡がりつつ進行する回折X線はマルチキャピラリX線レンズにより平行化されたのちに平板分光結晶に当たり、平板分光結晶で反射されるとともに波長分散される。第1の態様では、この波長分散された様々な波長のX線を略一斉に検出するが、この第3の態様では、X線検出部は、平板分光結晶で反射されたX線のうち特定の方向に向かうX線のみを検出する。したがって、第2の態様と同様に、或る時点で検出されるのは特定の波長のX線のみである。波長走査部は、平板分光結晶へ入射するX線と該結晶面との成す角度と該結晶で回折してX線検出部へと向かうX線と該結晶面との成す角度とを一定の関係に保ちながら、その角度が所定範囲で変化するように、平板分光結晶とX線検出器とをそれぞれ回動させる。即ち、波長走査部は、平板分光結晶でのブラッグ式を満たすX線がX線検出器に常に入射するように波長走査を実行する。つまり、本発明の第3の態様によるX線回折装置では第2の態様と同様に、波長走査部による機械的な駆動によって、X線の波長とX線強度との関係を得ることができる。
【0020】
本発明に係るX線回折装置の第1乃至第3の態様のいずれにおいても、スリットを通過したX線は分光結晶に当たり、その進行方向が変えられてX線検出部に到達する。そのため、その検出面が試料から直接臨めるような位置にX線検出部を配置する必要がなく、試料が放射性物質である場合でも試料から放出される放射線がX線検出部の検出面に直接入射することを防止することができる。それによって、X線検出部への放射線の入射によるバックグラウンドノイズの影響を軽減することができる。また、X線検出部として半導体検出器を用いる場合でも、放射線による検出面の劣化を回避して、検出器の寿命を延ばすことができる。
【0021】
また、本発明に係るX線回折装置の第1の態様では、所定の波長範囲のX線強度分布、つまり試料に対するX線回折パターンを得るのに機械的駆動部が不要である。そのため、装置の構造が簡素であり、小形・軽量化に有利であるとともに、故障の発生も低減することができる。一方、第2及び第3の態様では、試料に対するX線回折パターンを得るのに機械的駆動部が必要であるものの、試料自体を回動させる必要はなく、試料から離れた位置に機械的駆動部を設けることができる。それにより、試料が放射性物質である場合に、機械的駆動部の故障が発生しても放射線量が相対的に少ない部分の修理を行えばよいので、故障修理や保守が容易になる。
【0022】
また本発明に係るX線回折装置では、上述したように、X線照射部、試料、及びスリットの位置関係は固定である。即ち、X線照射部から試料に向かうX線の経路、及び、試料で回折し分光結晶に向かうX線の経路は、常に同じである。そこで、本発明に係るX線回折装置では、好ましくは、前記X線照射部から前記試料に向かうX線が通過する入射側開口と、該試料で回折し前記平板分光結晶又は前記湾曲分光結晶に向かうX線が通過する出射側開口とが設けられ、試料が収納される試料室をさらに備える構成とするとよい。
この場合、試料室は放射線遮蔽材料から成るものとするとよい。これにより、試料が放射性物質である場合でも、不要な放射線の外部への拡散を軽減することができる。
【0023】
さらにまた上記構成では、前記試料室は放射線遮蔽作用を有する材料から成り、前記入射側開口及び前記出射側開口には、放射線透過性を有し気体の流通を阻止する材料から成る窓が取り付けられている構成とするとよい。
【0024】
この構成によれば、例えば試料が放射性物質の粉体等であって飛散し易い場合でも、その試料自体が試料室から外部へと飛散することが避けられるので、より高い放射線防護性を達成することができる。
【0025】
また本発明に係るX線回折装置では、前記平板分光結晶又は前記湾曲分光結晶として結晶面間隔の相違する複数のものが切り替え可能である構成としてもよい。
【0026】
この構成によれば、平板分光結晶又は湾曲分光結晶を結晶面間隔の相違するものに適宜切り替えることによって、測定可能なX線の波長範囲を広げることができる。それにより、より多くの種類の物質についての測定が可能となる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係るX線回折装置によれば、試料から放射線が放出される場合でも、その放射線が直接的にX線検出部の検出面に入射することを回避できるので、放射線に起因するバックグラウンドノイズを軽減し、高い精度及び感度で回折X線を検出することができる。それにより、正確なX線回折パターンを求めることができ、試料中の未知物質の同定などの精度が向上する。また、X線検出部として半導体検出器を用いる場合でも、放射線による検出面の劣化を回避して、検出器の寿命を延ばすことができる。
【0028】
また 本発明に係るX線回折装置によれば、角度走査型X線回折装置と同様の高い分解能が得られるX線回折装置でありながら、試料自体を回動させる機械的駆動部が不要である。それにより、試料が放射性物質である場合に、放射線量が多い可能性がある試料付近での機械的駆動部の修理を行う必要がなくなるので、故障修理や保守が容易になる。また、特に本発明の第1の態様によるX線回折装置では、所定の波長範囲のX線回折パターンを得るのに機械的駆動部による波長走査が不要である。そのため、装置の構造が簡素であり、小形・軽量化に有利である。また、機械的駆動部がないことで故障の発生も少なくなる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の第1実施例によるX線回折装置の概略構成図。
図2】平板分光結晶の切替機構の概略図。
図3】本発明の第2実施例によるX線回折装置の概略構成図。
図4】本発明の第3実施例によるX線回折装置の概略構成図。
図5】従来の角度走査型X線回折装置の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の第1実施例であるX線回折装置について、添付図面を参照して説明する。図1は第1実施例のX線回折装置の概略構成図である。図1では便宜的に、紙面内に互いに直交してX軸、Z軸をとり、紙面に直交する方向にY軸をとるものとする。
【0031】
このX線回折装置において、X線を遮蔽する材料から成る箱状の試料室22には、照射側スリット21の開口を通してX線を試料室22内に導入するX線入射窓22aと、出射側スリット24の開口を通してX線を試料室22内から取り出すX線出射窓22bとが設けられている。照射側スリット21及び出射側スリット24の開口はY軸方向に延伸する細長い形状である。X線入射窓22a及びX線出射窓22bの開口はそれぞれ、X線を高い効率で透過させる一方、空気の流通を遮断する、例えばベリリウムなどから成る窓材25で覆われている。試料Sを装荷する試料ホルダ23は試料室22の内部の所定位置に固定されている。試料Sの表面(結晶面)はX−Y平面に平行である。
【0032】
X線入射窓22aの外側には、連続X線を出射するX線管20が配置され、一方、X線出射窓22bの外側には平板分光結晶26が配置されている。また、平板分光結晶26の結晶面に対向する位置に、多数の微小X線検出素子が一次元的に配列されてなるX線検出部27が配置されている。X線検出部27で得られた検出信号はアンプ28を通してデータ処理部29に送られる。
【0033】
このX線回折装置を用いた試料Sの測定動作について説明する。ここでは、試料Sは放射性物質を含む試料であるとする。
X線管20から出射されX線入射窓22aを通過した幅広い波長のX線を含む連続X線は、X−Z面内でのその中心軸と試料Sの表面との成す角度がθであるように試料Sに照射される。この入射X線に対して、ブラッグ式を満たすX線が試料S表面で回折し、出射側スリット24の開口(X線出射窓22bの開口)を通過する。出射側スリット24の開口幅は狭いため、図1中に示すように、試料S上の異なる位置から出射した回折X線は出射側スリット24の開口付近でほぼ一点(ただし、Y軸方向には延伸しているので実際には一本の線状)に収束し、出射側スリット24の開口を出たあとは徐々に拡がる。そして、拡がった回折X線が平板分光結晶26に到達する。
【0034】
平板分光結晶26は、その波長分散方向が出射側スリット24の開口の延伸方向(Y軸方向)に直交する面内、つまりはX−Z面内になるように配置されている。平板分光結晶26に入射するX線と結晶面との成す角度は、平板分光結晶26上のX線の入射位置によって少しずつ異なる。そのため、平板分光結晶26上で反射されるX線の波長(厳密にいえば、相対的に高い効率で反射されるX線の波長)も平板分光結晶26上のX線の入射位置によって少しずつ異なる。そのため、平板分光結晶26上でX線は波長分散され、反射したX線はそれぞれ異なる波長を有して拡がりながら進行する。X線検出部27の多数の微小X線検出素子は上記波長分散方向に配列されているため、微小X線検出素子にはそれぞれその位置に対応した波長(狭い波長範囲)のX線が入射し、微小X線検出素子は入射したX線の強度に応じた検出信号を生成する。
【0035】
試料Sには連続X線が照射されるが、試料S中の物質の結晶面間隔に応じた特定の波長λ付近のX線が高い強度で以て回折する。そのため、平板分光結晶26で波長分散されたX線のうち、波長λ付近のX線が入射する微小X線検出素子の検出信号は大きくなる。X線検出部27を構成する多数の微小X線検出素子はそれぞれ異なる波長に対応付けられるから、その多数の微小X線検出素子で生成される検出信号は、X線の波長とX線強度との関係を示している。そこで、データ処理部29はアンプ28を通してX線検出部27から受け取った信号に基づいて、所定の波長範囲のX線回折パターンを作成し、例えばピークが得られる波長をブラッグ式に当てはめて試料S中の物質の結晶面間隔を求める。
【0036】
上記説明から明らかであるように、本実施例のX線回折装置では、エネルギー分散型X線回折装置と同様に連続X線を出射可能なX線管20を用いているものの、平板分光結晶26で波長分散したX線の強度を検出しているので、波長分散型のX線回折装置であり、高い波長分解能を達成できる。また、試料SからX線出射窓22bを通して平板分光結晶26は直接臨めるものの、X線検出部27の検出面は全く臨めない。そのため、試料S中に存在する物質によって該試料Sから放出された放射線は平板分光結晶26に直接入射するが、X線検出部27の検出面には直接入射しない。そのため、仮に放射線がX線検出部27の検出面に入射するとしてもその量は僅かであり、放射線に起因するバックグラウンドノイズは十分に小さく抑えることができる。また、半導体素子である微小X線検出素子の受光面が放射線によって劣化することも防止することができる。
【0037】
また、試料Sから放出される放射線はX線入射窓22a及びX線出射窓22bを通して試料室22の外部に出て来るものの、それ以外の箇所からの放射線の漏洩はないので、高い放射線の防護性を達成することができる。また、X線入射窓22a及びX線出射窓22bは放射線が通過可能な窓材25で被覆されていて、試料Sが粉体である場合や試料Sから出る粉塵が多い場合でも、それらが試料室Sから外部へと飛散することを防止することができる。それによって、一層高い放射線防護性を達成することができる。
【0038】
なお、一般に、平板分光結晶26やX線検出部27の配置の制約やX線検出部27の微小X線検出素子の数の制約等から一種類の平板分光結晶で以てカバーできる波長範囲には限界がある。そのため、より幅広い波長範囲についての測定を行いたい場合には、結晶面間隔が相違する異なる種類の平板分光結晶を切替え可能に備える構成とするとよい。
具体的には、例えば図2に示すように、軸262を中心に回動可能である四角柱状のホルダ261の各面に、それぞれ異なる種類の平板分光結晶263、264(ここでは見えない他の二面も同様)に取り付け、ホルダ261を90°単位で適宜回動させることで、所望の平板分光結晶にX線が当たるようにすればよい。
もちろん、複数種類の平板分光結晶を切り替える機構はこれに限らない。
【0039】
また、上記説明ではX線検出部27の微小X線検出素子は半導体素子であるが、半導体素子でなくてもよいことは明らかである。X線検出部27は、一次元方向のそれぞれの位置で互いに異なる波長のX線強度を検出可能な検出器でありさえすればよい。
【0040】
次に、本発明の第2実施例であるX線回折装置について図3を参照して説明する。図3は第2実施例のX線回折装置の概略構成図であり、図1に示した第1実施例のX線回折装置と同じ構成要素には同じ符号を付している。図1図3を比較すれば分かるように、試料Sに連続X線を照射し、試料Sで回折したX線を試料室22の外部に取り出すまでの構成は全く同じであるので、それについては説明を省略する。
【0041】
この第2実施例のX線回折装置では、出射側スリット24の開口を通過して拡がりながら進むX線が到達する位置に、湾曲分光結晶41が配置されており、該湾曲分光結晶41で反射されるとともに波長分散されたX線がX線検出器42に導入される。ここでは、X線検出器42はシンチレーション管又はガスが封入された比例計数管を用いた検出器、或いは、半導体検出器のいずれもよい。
【0042】
ここで用いられているX線分光器は結晶直進集光型分光器と呼ばれるもので、出射側スリット24の開口付近の回折X線の収束点Pと、湾曲分光結晶41の結晶表面と、X線検出器42による検出点Qとは、同一基準面(図3の紙面)上のローランド円40上に配置されている。湾曲分光結晶41の結晶表面の形状はローランド円40の半径と等しい曲率である。出射側スリット24の開口を通したX線の取り出し角度を一定に保つ必要があるため、湾曲分光結晶41は回折X線の収束点Pを通る所定の直線U上を移動される。したがって、ローランド円40はその半径を維持したまま中心が移動し、例えば図3中に示すように湾曲分光結晶は符号40’で示すローランド円上に位置するように符号41’の位置へ移動する。
【0043】
一方、X線検出器42は、湾曲分光結晶41へ入射するX線の中心軸と結晶面の接線とのなす角度と、湾曲分光結晶41で反射して出射するX線の中心軸と結晶面の接線とのなす角度とが等しい関係(図3では角度β)を保ちながら該角度が変化するように移動される。このように、湾曲分光結晶41とX線検出器42とを移動させると、湾曲分光結晶41においてブラッグ式を満たすように回折により反射されX線検出器42に到達するX線の波長が走査される。こうした波長走査によって、第1実施例と同様に、X線の波長とX線強度との関係を求めることができる。
【0044】
続いて、本発明の第3実施例であるX線回折装置について図4を参照して説明する。図4は第3実施例のX線回折装置の概略構成図であり、図1に示した第1実施例のX線回折装置と同じ構成要素には同じ符号を付している。試料Sに連続X線を照射し、試料Sで回折したX線を試料室22の外部に取り出すまでの構成は、第1、第2実施例と全く同じである。
【0045】
この第3実施例のX線回折装置では、出射側スリット24の開口を通過したX線は、一点から発し拡がりつつ進むX線を所定の取込角で以て集めて平行化するマルチキャピラリX線レンズ31に導入され、マルチキャピラリX線レンズ31の出射端面から出射された平行X線が到達する位置に平板分光結晶32が配置されている。そのため、第1実施例とは異なり、平板分光結晶32に入射するX線の角度は該平板分光結晶32上の位置に依らず、同じであり、平板分光結晶32においてブラッグの式を満たす特定の波長のX線のみがX線検出器33に導入される。なお、平板分光結晶32とX線検出器33との間に、平行X線のみを通過させるソーラスリットを設けてもよい。第2実施例と同様に、X線検出器33はシンチレーション管又はガスが封入された比例計数管を用いた検出器、或いは、半導体検出器のいずれもよい。
【0046】
平板分光結晶32の保持部(ゴニオメータ30の内周部)とX線検出器33とは同軸で且つ異なる駆動軸を有し、それら駆動軸はそれぞれα:2α、つまり1:2の比で以て回転駆動されるようになっている。即ち、平板分光結晶32に入射するX線の角度が変化するようにゴニオメータ30を駆動すると、平板分光結晶32においてブラッグ式を満たす波長のX線がX線検出器33に入射するように該X線検出器33は回動される。このように第3実施例のX線回折装置では、ゴニオメータ30で角度走査を行うことで、X線検出器33で検出されるX線の波長を走査することができ、第1及び第2実施例と同様に、X線の波長とX線強度との関係を求めることができる。
【0047】
なお、第2及び第3実施例の構成でも、湾曲分光結晶41や平板分光結晶32に入射するX線の角度範囲の制約などから、一種類の分光結晶で以てカバーできる波長範囲には限界がある。そのため、測定可能な波長範囲を広げたい場合には、第1実施例と同様に、平板分光結晶又は湾曲分光結晶を異なる結晶面間隔のものに切り替え可能とするとよい。
【0048】
第2及び第3実施例のX線回折装置では第1実施例のX線回折装置とは異なり、波長走査を行うために機械的な駆動が必要になり、その点では故障が比較的起き易い。しかしながら、図5に示した従来の角度走査型X線回折装置と異なり、試料S自体を機械的に回動させるものでなく、試料Sから離れた位置で且つ試料室22の外側に機械的駆動部があるので、従来の角度走査型X線回折装置と比べると遙かに故障時の修理が容易である。
【0049】
なお、第1乃至第3実施例のX線回折装置は、試料Sを内部に収容する試料室22を備えていたが、本発明に係るX線回折装置において、試料室22は必須の構成要素ではない。例えば、十分な放射線防護がなされたホットセル内で分析を行う場合や、放射性物質を含むとしても放射線量が微量であることが事前に分かっている試料のみを測定する場合には、試料室22は不要である。また、試料室22を備える場合でも、試料Sの飛散が問題にならなければ、窓材25は不要である。
【0050】
また、上記実施例はあくまでも本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0051】
20…X線管
21…照射側スリット
22…試料室
22a…X線入射窓
22b…X線出射窓
23…試料ホルダ
24…出射側スリット
25…窓材
26、263、264、32…平板分光結晶
261…ホルダ
262…軸
27…X線検出部
28…アンプ
29…データ処理部
30…ゴニオメータ
31…マルチキャピラリX線レンズ
33、42…X線検出器
40…ローランド円
41…湾曲分光結晶
図1
図2
図3
図4
図5