(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
熱電材料は、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換可能な材料であり、その変換効率は、以下の無次元性能指数ZTと相関がある。
ZT=[(σ×S
2)/κ]×T=[PF/κ]×T
(σ:電気伝導度、S:ゼーベック係数、κ:熱伝導度、T:絶対温度)
このZTを高めるためには、熱伝導度κの低減が必要である。
【0003】
充填スクッテルダイト(R
xCo
4Sb
12)系化合物(0≦x≦1)は、熱電材料の一種であり、CoとSbが作る籠の中心部分に充填元素Rが充填された結晶構造を持つ。籠の中に充填された充填元素Rは、固有の振動数で振動しており、共鳴的に格子振動を散乱することで熱伝導度κを低減することができる(ラトリング効果)。また、充填元素Rを含まないCo
4Sb
12はp型熱電材料であるが、充填元素Rは電子ドーパントである。そのため、充填スクッテルダイトR
xCo
4Sb
12は、n型半導体となる。
【0004】
充填スクッテルダイトをp型半導体にするには、さらに、Coの一部を、ホールドーパントであるFeで置換する必要がある。しかしながら、Fe−Sb系化合物には、スクッテルダイトに相当する化合物がなく、Feの固溶範囲も限られている。そのため、Feをドープしたp型充填スクッテルダイトにおいて、FeSb
2やSbが異相として析出しやすい。異相の析出は、熱電特性を低下させる原因となる。さらに、Feの固溶範囲は、充填元素の量と関係がある。そのため、p型充填スクッテルダイトに関し、従来から種々の提案がなされている。
【0005】
例えば、非特許文献1には、
(a)Feをドープしたp型充填スクッテルダイトにおいて、Fe及びFeSb
2が異相として析出すること、及び、
(b)硝酸処理によってこれらを除去することで、性能が改善されること、
が記載されている。
しかしながら、同文献に記載の方法は、その後の洗浄・乾燥などの工程が増えるため、コストが上昇するという問題がある。
【0006】
一方、n型充填スクッテルダイトにおいては、充填元素Rの種類を1種類よりも多くすることで、熱伝導度が低下することが知られている。p型充填スクッテルダイトも同様であり、充填元素Rの種類を増加させることで、熱伝導度をより低減することができる。
例えば、非特許文献2には、Nd及びPrが充填されたp型充填スクッテルダイトは、これらを単独で充填したものに比べて熱電特性が改善される点が開示されている。また、充填元素として、希土類元素と典型元素を組み合わせた例(特許文献1)、希土類元素とアルカリ土類金属元素を組み合わせた例(特許文献2)も知られている。
【0007】
また、p型充填スクッテルダイトに対して多くの充填元素を固溶させることは、熱電特性の向上に対して有効である。例えば、非特許文献3には、p型充填スクッテルダイトに4種類の充填元素を固溶させた材料が開示されている。しかし、充填元素の数を増やしていくと異相が生成しやすくなるという問題がある。そのため、5種類以上の充填元素を同時に充填したp型充填スクッテルダイトの報告例はない。
さらに、充填元素のイオン半径が小さくなるほど、熱伝導度の低減効果は高くなるが、異相が生じやすくなる。希土類元素は、相対的にイオン半径の小さい元素であり、希土類元素を単独で充填した例については、多くの報告がある(例えば、特許文献3参照)。しかし、複数種類の希土類元素を組み合わせた例は、限られている。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. p型熱電材料]
本発明に係るp型熱電材料は、以下の構成を備えている。
(1)前記p型熱電材料は、次の式(1)で表される組成を有する充填スクッテルダイト系化合物を主相とする。
R
xCo
4-yFe
ySb
12 ・・・(1)
但し、Rは、2価又は3価の充填元素、0.7≦x≦1.0、2≦y≦4。
(2)前記充填スクッテルダイト系化合物は、5種類以上の前記充填元素Rを含む。
(3)前記p型熱電材料は、主相割合(X)が85%以上である。
(4)前記p型熱電材料は、総価電子数(VEC)が94.8以上96.0以下の範囲内にある。
【0017】
[1.1. 充填スクッテルダイト]
本発明に係るp型熱電材料は、充填スクッテルダイト系化合物(R
xCo
4-yFe
ySb
12)を主相とする。充填元素Rを含まないCo
4Sb
12は、p型熱電材料である。充填元素Rは、CoとSbが作る籠の中に充填されている。
充填元素Rは、電子ドーパントであり、電気伝導度σの向上と熱伝導度κの低減に効果を及ぼすが、元素の種類により効果を及ぼす度合いは異なる。一方、Coサイトを置換するFeは、ホールドーパントである。そのため、効果の異なる充填元素Rを複数組み合わせると同時に、Coサイトの一部をFeで置換すると、伝導型がp型となり、キャリア濃度が最適化され、かつ、熱伝導度κが低減する。その結果、熱電特性が向上する。
【0018】
[1.1.1. 充填元素の種類]
本実施の形態において、充填元素Rは、2価又は3価の元素からなる。充填元素Rの種類は、総価電子数が後述する条件を満たす限りにおいて、特に限定されない。
充填元素Rとしては、例えば、
(a)アルカリ土類金属元素(Mg、Ca、Sr、及びBa)、
(b)希土類元素(Y、Sc、及びLa〜Lu)、
(c)IIIB族元素(Al、Ga、及びIn)
などがある。
なお、アルカリ土類金属元素は、2価である。IIIB族元素は、3価である。希土類元素は、2価である元素と3価である元素がある。本発明では、Yb及びEuを2価とし、それ以外の希土類元素を3価とする。
【0019】
[1.1.2. 充填元素の量]
式(1)において、「x」は、充填元素Rの量(原子割合)を表す。充填元素Rの量が多くなるほど、熱伝導度κが低下する傾向がある。このような効果を得るためには、xは、0.7以上である必要がある。xは、好ましくは、0.8以上である。
一方、充填元素Rの充填量には限界があり、充填元素Rの量が限界を超えると、充填元素Rが異相として析出する。従って、xは、1.0以下である必要がある。xは、好ましくは、0.9以下である。
【0020】
[1.1.3. 充填元素の数]
本発明において、p型熱電材料は、5種類以上の充填元素Rを含む。一般に、充填元素Rの種類が多くなるほど、高い熱電特性が得られる。充填元素Rの種類は、さらに好ましくは、6種類以上、さらに好ましくは、7種類以上である。
【0021】
[1.1.4. 充填元素のイオン半径]
一般に、充填元素Rのイオン半径が小さくなるほど、熱伝導度κをより低減することができる。高い熱伝導度低減効果を得るためには、充填元素Rとして、イオン半径がr
Sm(r
Smは、Smのイオン半径)以上r
La(r
Laは、Laのイオン半径)である1種又は2種以上の元素を含んでいるのが好ましい。
なお、一般に、イオン半径の小さな元素は、スクッテルダイトの空孔サイトに充填されにくく、異相として析出しやすい。しかし、複数の充填元素を組み合わせ、材料全体の総価電子数を制御し、かつ、製造方法を最適化すると、イオン半径の小さな充填元素Rであっても、空孔サイトに導入することができる。
【0022】
[1.1.3. Fe置換量]
(1)式において、「y」は、Coサイトを置換するFeの量(原子割合)を表す。充填元素Rは、電子ドーパントである。そのため、充填スクッテルダイトの伝導型をp型にするには、ホールドーパントであるFeをドープする必要がある。相対的に多量の充填元素Rを添加する場合において、充填スクッテルダイトの伝導型をp型とするためには、yは、2以上である必要がある。yは、好ましくは、2.5以上である。
一方、yが過剰になると、異相の析出を抑制するのが困難となる。従って、yは、4以下である必要がある。yは、好ましくは、3.5以下である。
【0023】
[1.2. 主相割合]
「主相割合(X)」とは、次の式(2)から求められる値をいう。
X(%)=I
310×100/(I
310+I
Sb+I
FeSb2) ・・・(2)
但し、
I
310は、前記充填スクッテルダイト系化合物の(310)面のX線回折ピーク強度、
I
Sbは、Sbの最強ピークの強度、
I
FeSb2は、FeSb
2の最強ピークの強度。
【0024】
充填スクッテルダイトをp型にするためには、Feをドープする必要がある。しかし、Feのドープ量が多くなると、異相が生成しやすくなる。高い熱電特性を得るためには、p型熱電材料は、主相割合(X)が85%以上である必要がある。主相割合(X)は、さらに好ましくは、90%以上である。
【0025】
なお、主相割合(X)をX線回折ピークから求める場合において、異相のピーク強度が低い時には、バックグラウンドノイズと異相のピークを区別できない。そのため、顕微鏡により明確に異相が確認できない場合でも、通常、主相割合(X)は100%にならない。しかし、概ね主相割合(X)が85%以上の場合には、ほぼ異相がなくなっている。
【0026】
[1.3. 総価電子数]
「総価電子数(VEC)」とは、次の(3)式で表される値をいう。
VEC=(2×n
2+3×n
3)×x+9×(4−y)+8×y+5×12 ・・・(3)
但し、
n
2は、前記充填元素Rの原子数に対する前記2価の元素の原子数の割合、
n
3は、前記充填元素Rの原子数に対する前記3価の元素の原子数の割合。
式(3)中、「2×n
2」の「2」は2価の元素の価電子数、「3×n
2」の「3」は3価の元素の価電子数、「9×(4−y)」の「9」はCoの価電子数、「8×y」の「8」はFeの価電子数、「5×12」の「5」はSbの価電子数である。
【0027】
Feは、Coよりも最外殻電子の数が1個少ないため、CoサイトをFeで置換すると、結合の手が足りない。そのため、CoサイトのすべてをFeで置換したFe
4Sb
12は、スクッテルダイトの構造を取ることができない。すなわち、Feの固溶量には限界があり、過剰のFeをドープすると、異相としてFeSb
2及びSbが生成しやすい。その場合、主相中にホールキャリアを十分に導入できないため、熱電特性の低下の原因となる。但し、Fe
4Sb
12に電子ドーパントである充填元素を加えると、足りない電子が補われるので、スクッテルダイト構造を取れるようになる。
【0028】
これに対し、スクッテルダイトに充填元素R及びFeをドープする場合において、充填元素Rの総価電子数を最適化すると、異相の生成を抑制することができる。具体的には、総価電子数が94.8以上96.0以下の範囲内にある時に、主相割合(X)を85%以上にすることができる。
なお、総価電子数がこの範囲にある場合であっても、充填元素Rのイオン半径が小さすぎる場合には、異相が生成することがある。このような場合には、製造方法を最適化することにより、異相の生成を抑制することができる。
【0029】
[1.4. 無次元性能指数(ZT)]
上述したように、充填元素Rの種類及び量、並びに、Fe置換量を最適化すると、p型熱電材料の無次元性能指数(ZT)が向上する。ZTは、温度の関数であり、最大のZTが得られる温度が存在する。組成を最適化すると、823KでのZT値は、0.9以上、あるいは、1.0以上となる。
【0030】
[2. 組成の具体例]
[2.1. 組成物(1)]
p型熱電材料は、充填スクッテルダイト系化合物が次の式(1.1)で表される組成を有するものが好ましい。
(A
aB
bC
c)Co
4-yFe
ySb
12 ・・・(1.1)
但し、
a+b+c=x、0.7≦x≦1.0、0<a≦0.5、0≦b≦0.5、
0≦c≦0.3、2≦y≦4.0、
Aは、2価の希土類元素であって、Yb、又は、Yb及びEu。
Bは、3価の希土類元素(Yb及びEuを除く希土類元素)、Al、Ga、及びInからなる群から選ばれるいずれか1種以上の充填元素、
Cは、アルカリ土類金属元素からなる群から選ばれるいずれか1以上の充填元素。
【0031】
(1.1)式において、「a」は、充填元素Aの量(原子割合)を表す。本実施の形態において、充填元素Aは必須元素である。すなわち、aは、0超が好ましい。一般に、充填元素Aの量が多くなるほど、熱伝導度κが低下する。aは、好ましくは、0.4以上である。
一方、充填元素Aの量が過剰になると、異相が析出しやすくなる。従って、aは、0.5以下が好ましい。
【0032】
(1.1)式において、「b」は、充填元素Bの量(原子割合)を表す。本実施の形態において、充填元素Bは必須元素でない。すなわち、bは、0以上であれば良い。一般に、充填元素Bの量が多くなるほど、熱伝導度κが低下する。bは、好ましくは、0.2以上である。
一方、充填元素Bの量が過剰になると、異相が析出しやすくなる。従って、bは、0.5以下が好ましい。bは、好ましくは、0.45以下である。
【0033】
(1.1)式において、「c」は、充填元素Cの量(原子割合)を表す。本実施の形態において、充填元素Cは必須元素ではない。すなわち、cは、0以上であれば良い。一般に、充填元素Cの量が多くなるほど、熱伝導度κが低下する。cは、好ましくは、0.1以上である。
一方、充填元素Cの量が過剰になると、異相が析出しやすくなる。従って、cは、0.3以下が好ましい。
【0034】
(1.1)式において、「x」は、充填元素Rの量(原子割合)、すなわち、充填元素A〜Dの総量(a+b+c)を表す。xの詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
(1.1)式において、「y」は、Coサイトを置換するFeの量(原子割合)を表す。yの詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0035】
[2.2. 組成物(2)]
p型熱電材料は、充填元素Rとして、少なくとも、
(a)Yb、並びに、
(b)Ba、Sr、Ca、3価の希土類元素、Al、Ga、及びInからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素
を含むものが好ましい。
Ybは、熱伝導度低減と出力因子向上に有効であり、充填元素としてYbのみを含む組成は、BaやLaのみを含む組成と比べて無次元性能指数が高い。しかしながら、その無次元性能指数は十分ではない。Ba、Sr、Caは出力因子改善に有効な元素であり、これらを含むことで、含まない場合と比べて無次元性能指数を改善できる。一方、Al、Ga、Inは、主に熱伝導度低減に有効な元素であり、これらを含む場合、含まない場合と比べて無次元性能指数を改善できる。
【0036】
このような条件を満たす組成物(2)としては、例えば、
(a)Ba−La−Yb−Al−Ga−In系材料、
(b)Ca−Sr−La−Nd−Dy−Yb系材料、
(c)Ca−Sr−La−Sm−Yb系材料、
(d)Ca−Sr−La−Nd−Yb系材料、
(e)Ca−Sr−La−Pr−Yb系材料、
(f)Ca−Sr−La−Ce−Yb系材料、
などがある。
【0037】
[2.3. 組成物(3)]
p型熱電材料は、前記充填元素として、少なくとも、
(a)Ca、Sr、La、及びYb、並びに、
(b)Ce、Pr、Nd、Pm、及びSmからなる群から選ばれるいずれか1種以上の元素
を含むものが好ましい。
Ybは、熱伝導度低減と出力因子向上に有効であり、充填元素としてYbのみを含む組成は、BaやLaのみを含む組成と比べて無次元性能指数が高い。更に、Ca及びSrは、出力因子改善に有効である。また、Ybの一部をLaで置換した場合には、出力因子が向上するため、これらの組成では比較的高い無次元性能指数が実現できる。それに加えて、Ce、Pr、Nd、Pm、Smは、熱伝導度低減に有効であるため、より無次元性能指数を向上させることができる。
【0038】
[2.4. 組成物(4)]
p型熱電材料は、充填元素として、少なくとも、Ba、La、Yb、Al、Ga、及びInを含むものが好ましい。
組成物(4)は、熱伝導度低減と出力因子向上に有効なYb、出力因子向上に有効なBa及びLa、熱伝導度低減に有効なAl、Ga、Inをバランス良く含むため、高い無次元性能指数を実現できる。
【0039】
[3. p型熱電材料の製造方法]
本発明に係るp型熱電材料は、以下のような方法により製造することができる。
なお、p型充填スクッテルダイトは、n型充填スクッテルダイトに比べて異相が析出しやすい。また、p型充填スクッテルダイトは、一般に、充填元素Rの種類及び量が多くなるほど、異相が析出しやすくなる。そのため、p型充填スクッテルダイトの組成に応じて、以下の方法の中から、最適な方法を選択するのが好ましい。
【0040】
[3.1. 作製法1]
第1の方法は、
(a)目的とする組成を有するp型熱電材料が得られるように原料を配合する工程と、
(b)配合された原料を溶解・鋳造する工程と、
(c)得られた鋳塊(又は、鋳塊を粗粉砕した粉末)を粉砕して、粉末とする工程と、
(d)得られた粉末を焼結させる工程と
を備えている。
【0041】
[3.1.1. 原料配合工程]
まず、目的とする組成を有するp型熱電材料が得られるように、原料を配合する(原料配合工程)。原料は、純金属でも良く、あるいは、2種以上の元素を含む合金でも良い。原料の配合比は、目的とする組成を有するp型熱電材料が得られる配合比であれば良い。また、原料の配合は、原料の酸化を防ぐために、非酸化雰囲気下(例えば、Arなどの不活性ガス雰囲気下)で行うのが好ましい。
【0042】
[3.1.2. 溶解・鋳造工程]
次に、配合された原料を溶解及び鋳造し、鋳塊を得る(溶解・鋳造工程)。溶解及び鋳造は、原料の酸化を防ぐために、非酸化雰囲気下(例えば、真空中、Arなどの不活性ガス雰囲気下など)で行うのが好ましい。
溶解温度は、均一な溶湯が得られる温度であればよい。最適な溶解温度は、原料組成にもよるが、通常、800℃〜1100℃である。鋳造方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。
【0043】
なお、多元素を含む鋳塊は、一般に偏析が起きやすい。そのため、鋳塊の状態で、又は、鋳塊を粗粉砕した後で、鋳塊又は粗粉末をアニール処理しても良い。
アニール条件は、成分を均一化できる条件であればよい。アニール温度は、原料組成にもよるが、通常、500℃〜700℃である。アニール時間は、原料組成やアニール温度にもよるが、通常、72時間〜168時間である。
【0044】
[3.1.3. 粉砕工程]
次に、得られた鋳塊又は鋳塊を粗粉砕した粉末(アニール処理後の鋳塊又は粗粉末を含む)を粉砕し、粉末を得る(粉砕工程)。
粉砕は、原料の酸化を防ぐために、不活性雰囲気下(例えば、グローブボックス中)で行うことが望ましい。粉砕方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。
【0045】
[3.1.4. 焼結工程]
次に、得られた粉末を焼結させる(焼結工程)。焼結方法及び焼結条件は、特に限定されるものではなく、原料組成に応じて最適な方法及び条件を選択することができる。
一般に、焼結温度が高くなるほど、短時間で緻密な焼結体が得られる。しかしながら、焼結温度が高くなりすぎると、結晶粒が粗大化しやすくなる。最適な焼結温度は、原料組成や焼結方法にもよるが、通常、600〜700℃程度である。
焼結時間は、焼結温度や焼結方法に応じて最適な時間を選択する。一般に、焼結温度が高くなるほど、短時間で緻密な焼結体を得ることができる。
【0046】
[3.2. 作製法2]
第2の方法は、充填元素Rとして希土類元素を含む充填スクッテルダイト系化合物の製造方法であって、
(a)p型熱電材料の構成元素の内、希土類元素(RE)、Fe、及びCoを配合し、RE−Fe−Co合金粉末を製造する工程と、
(b)得られたRE−Fe−Co合金を粉砕して、粉末とする工程と、
(c)RE−Fe−Co合金粉末とSb粉末(及び、必要に応じて、アルカリ土類金属)とを混合する工程と、
(d)得られた混合粉を、全体が溶融しない温度で加熱し、反応させる工程と
を備えている。
【0047】
従来、充填スクッテルダイトの合成には、上述した作製法1を用いるのが一般的である。しかし、希土類元素−Sbの状態図は、Ybを除いて、合致溶融型ではない。そのため、充填スクッテルダイトの組成を持つ融液を冷却すると、冷却過程で中間生成物(RE−Sb合金)が析出することがある。
上述のように、Fe−Sb系にはスクッテルダイト相が存在しないため、相対的に多量のFeがドープされた充填スクッテルダイトを合成する場合において、スクッテルダイト相を安定化させるためには、希土類元素などの充填元素Rが均一に固溶している必要がある。しかし、中間生成物の多くは融点が高く、一度生成すると、再融解させるのが困難である。その結果、融液の中に不均一な部分が生じてしまい、異相の生成原因、すなわち、熱電特性の低下の要因となりうる。
【0048】
このような場合には、まず、RE−Fe−Co合金を作製し、これとSb粉末(及び、必要に応じてアルカリ土類金属原料)とを混合し、混合粉末を全体が溶融しない温度で加熱するのが好ましい。このような方法により、中間生成物の生成(すなわち、異相の生成)を抑制することができる。
ここで、「全体が溶融しない温度」とは、主として、Sbのみが溶融し、RE−Sb合金の大半が溶融しない温度をいう。全体を溶融させ、均一な融液にしてしまうと、冷却過程で中間生成物が生成するので、好ましくない。
作製法2に関するその他の点については、作製法1と同様である。
【0049】
[3.3. 作製法3]
第3の方法は、充填元素Rとして主にIII族元素(Al、Ga、In)を含む充填スクッテルダイト系化合物の製造方法であって、
(a)p型熱電材料の構成元素の内、III族元素、Co、及びSb、並びに、必要に応じて、アルカリ土類金属元素を配合し、IIIB族元素−Co−Sb合金(すなわち、n型充填スクッテルダイト)を合成する工程と、
(b)得られたIIIB族元素−Co−Sb合金を粉砕して、粉末とする工程と、
(c)p型熱電材料の構成元素の内、希土類元素(RE)、Fe、及びCoを配合し、RE−Fe−Co合金粉末を製造する工程と、
(d)得られたRE−Fe−Co合金を粉砕して、粉末とする工程と、
(e)IIIB族元素−Co−Sb合金粉末、RE−Fe−Co合金粉末、及びSb粉末、並びに、必要に応じて、成分調整のための追加原料(Fe、Co)を混合する工程と、
(f)混合粉を、全体が溶融しない温度で加熱し、反応させる工程と
を備えている。
【0050】
IIIB族元素を含むp型充填スクッテルダイトもまた、作製法1では異相が生成しやすい。そのため、IIIB族元素を含むp型充填スクッテルダイトを作製する際には、IIIB族元素を直接、原料に添加するのではなく、IIIB族元素を含むn型充填スクッテルダイトを作製し、これをp型充填スクッテルダイトの充填元素源として用いるのが好ましい。作製法3に関するその他の点については、作製法1及び2と同様であるので、説明を省略する。
【0051】
[3.4. 作製法4]
第3の方法は、
(a)目的とする組成を有する融液を作製する工程と、
(b)融液を急冷凝固させる工程と、
を備えている。
【0052】
急冷凝固法は、中間生成物の生成を抑制しやすいという利点がある。この場合、急冷凝固に用いる融液は、構成元素の混合物を溶融させることにより得られたものでも良く、あるいは、上述した作製法2若しくは3で合成されたp型充填スクッテルダイト粉末を再溶解させたものでも良い。作製法4に関するその他の点については、作製法1〜3と同様であるので、説明を省略する。
【0053】
[4. 作用]
Co
4Sb
12系材料において、空孔サイトに種々の元素をドーピングすると、キャリア濃度が増加し、電気伝導度σが増加する。これとともに、格子振動が共鳴的に散乱され、熱伝導度κが減少する。通常、この充填元素の固溶度は低く、高濃度にドーピングすると充填元素が析出し、十分に性能を向上させることができない。これに対し、複数種類の充填元素を組み合わせてドーピングすると、充填元素の析出が抑制され、ZTの向上が可能となる。
【0054】
また、充填された元素は、空孔サイト内で振動するが、イオンサイズなどに依存して固有の振動数を有している。そのため、複数種類の元素を空孔サイトに導入すると、より幅広い周波数帯の格子振動(フォノン)が散乱され、熱伝導度κを効果的に低減できる。さらに、充填元素の種類によって、熱伝導度低減の度合いは異なる。例えば、イオン半径の小さな元素を導入すると、熱伝導度κをより低減できる。
【0055】
一方、Co
4Sb
12はp型半導体であるが、一般に充填元素は電子ドーパントである。そのため、Co
4Sb
12に充填元素をドーピングすると、n型半導体に変化する。充填元素をドーピングした場合において、p型半導体を維持するためには、同時にCoサイトの一部をFeで置換し、ホールキャリアを導入する必要がある。
しかしながら、FeはCoよりも最外殻電子の数が1個少ないため、Feのドープ量が多くなるほど、異相としてFeSb
2及びSbが析出しやすくなる。特に、充填元素の種類や量を増やした時には、より多くのFe(ホールドーパント)を固溶させなければならないため、異相が生成しやすくなる。異相が生成した場合、主相中にホールキャリアを十分に導入できないため、熱電特性が低下する原因になる。
【0056】
これに対し、Feをドープしたp型充填スクッテルダイトにおいて、充填元素Rとして2価又は3価の元素を用い、かつ、その総価電子数が所定の範囲となるように、充填元素Rの種類及び量を最適化すると、異相を析出させることなく、5種類以上の充填元素Rを空孔サイトに導入することができる。その結果、熱伝導度κが低下し、かつ、出力因子PFも向上する。また、これによって、無次元性能指数ZTが向上する。
【実施例】
【0057】
[1. 試料の作製]
試料の合成は、以下の手順で行った。
【0058】
[1.1. 作製法1]
試料の酸化を防ぐため、アルゴンガス循環精製装置付きのグローブボックス内において、所望の組成となるようにSb、Co、及びFeの各粉末を秤量し、混合・成形した。また、充填元素の原料となる金属塊を秤量した。成形体及び金属塊を石英管に入れ、10
-3Pa以下に減圧して封止した。この石英管を800℃〜1100℃で加熱し、原料を溶融させ、目的物質の粗合金を得た。この時、石英管と原料(特に、充填元素の原料)の反応を防ぐため、原料と石英管の間にカーボンシートを挟んだ。
【0059】
得られた粗合金を粉砕して粗粉末とし、粗粉末を再成形した。成形体を石英管に真空封入し、石英管を500〜700℃に加熱し、固相拡散反応(アニール)させた。アニール処理後の粗粉末を粉砕して微粉末とした。さらに、微粉末を放電プラズマ焼結装置を用いて焼結させた。焼結温度は600〜700℃、焼結時間は10分とした。
【0060】
[1.2. 作製法2]
希土類元素(RE)、Fe、及びCoを所定量秤量した。これらを溶融させ、RE−Fe−Co合金を合成した。RE−Fe−Co合金を粉砕した後、これとSb粉末(並びに、必要に応じて、IIIB族元素及び/又はアルカリ土類金属元素)とを混合した。得られた混合物を、全体が溶融しないように600〜800℃で加熱し、目的物質の粗合金を得た。以下、作製法1と同様にして、焼結体を作製した。
【0061】
[1.3. 作製法3]
IIIB族元素、Co、及びSbを所定量秤量し、石英管に真空封入した。この石英管を1100℃で加熱し、原料を溶融させ、n型スクッテルダイトの粗合金を得た。得られた粗合金を粉砕して粗粉末とし、粗粉末を石英管に真空封入した。この石英管を700℃に加熱し、アニールした。
さらに、アニール処理後の粗粉末を充填元素源として用いて、これとアルカリ土類金属元素原料を作製法2で得られたRE−Fe−Co合金粉末及びSb粉末の混合物に加えた。その際、化学量論組成からずれないように、目的組成に応じてFe、Co、及び/又はSbを補った。以下、作製法2と同様にして、焼結体を作製した。
【0062】
[1.4. 作製法4]
作製法2で得られた焼結前の粉末を溶融し、3000rpmで回転する銅ロールに溶湯を吹き付け、急冷チップを作製した。急冷チップを粉砕した後、作製法1と同様にして焼結体を作製した。
【0063】
[2. 試験方法]
得られた焼結体の表面を研磨した後、所望の形状に切断加工した。得られた試料を用いて、熱電特性(電気伝導度、ゼーベック係数)を評価した。また、アルキメデス法で密度を測定し、示差走査熱分析装置(DEC)で比熱を測定した。さらに、レーザーフラッシュ装置で熱拡散率を測定し、熱伝導度を計算した。
【0064】
[3. 結果]
[3.1. 総価電子数]
充填元素の量とFe置換量の最適値を知るために、(Co
4-yFe
y)Sb
12系の状態図をThemo-Calにより計算した。その結果、x=0の場合、Feの固溶限界はy=0.8となり、それよりもyが小さな領域でスクッテルダイト相が安定化することがわかった。スクッテルダイトが安定化する総価電子数には所定の範囲があるため、xを大きくした場合にその総価電子数を維持するためには、yも大きくする必要がある。
【0065】
Fe、Co、及びSbにおいて、結合に関与する最外殻電子の数は、それぞれ、原子1個当たり、8個、9個、及び5個である。従って、Co
4Sb
12の総価電子数は、4×9+5×12=96個となる。一方、Fe
4Sb
12では総価電子数が92個となり、価電子が足りないため、スクッテルダイト構造を取ることができない。固溶限界y=0.8における総価電子数は、95.2となった。
例えば、充填元素としてYbを用いた場合、価電子数は2なので、Yb充填量をx、Fe置換量をyとすると、総価電子数は、2×x+9×(4−y)+8×y+12×5で表される。従って、この総価電子数が95.2前後の値の時に、充填スクッテルダイトが安定に存在しうると推測される。
【0066】
[3.2. 主相割合]
作製法1を用いて、Yb
xCo
4-yFe
ySb
12焼結体を作製した。
図1に、一例として、Yb
0.3Co
4-yFe
ySb
12(y=1.0〜2.4)のX線回折パターンを示す。
図1より、幾つかの組成では、主相であるスクッテルダイト相以外に、異相としてFeSb
2、及びSbが共存していることがわかる。XRDパターンからは、これ以外の異相は確認できなかった。
【0067】
異相と総価電子数との関係を整理するために、XRDピークから、上述した式(2)により、主相(スクッテルダイト相)の主相割合(X)を計算した。
図2に、Yb
xCo
4-yFe
ySb
12(x=0.1〜1.0、y=0.5〜4.0)のYb充填量x及びFe置換量yと主相割合Xとの関係を示す。
図2より、xの値を固定すると、ある値よりも小さなyの範囲で、主相の割合が高く(85%以上)保たれていることがわかる。
図2の破線の丸で囲った組成が、その境界組成に相当する。
【0068】
図3に、Yb
xCo
4-yFe
ySb
12(x=0.1〜1.0、y=0.5〜4.0)のYb充填量x及びFe置換量yと総価電子数との関係を示す。
図3は、
図2に示した境界組成に対する仕込み組成の総価電子数をx、yに対してプロットしたものである。各境界組成のx、yは、シミュレーションから予測された総価電子数(95.2)を中心に、94.8〜95.6の範囲にあることがわかる。
【0069】
図4に、Yb
xCo
4-yFe
ySb
12(x=0.1〜1.0、y=0.5〜4.0)のYb充填量x及びFe置換量yと無次元性能指数ZTとの関係を示す。ZT値は、xやyに依存して複雑に変化する。しかし、上述した境界組成を境にZT値は低下する傾向があり、主相の割合とZT値には明らかな相関があることがわかる。ZT値を高めるためには、主相割合を85%以上に維持することが必要であることがわかった。
【0070】
[3.3. イオン半径]
作製法2を用い、R
1.0Co
1.4Fe
2.6Sb
12の充填元素Rに対して、イオン半径の異なる元素を充填した試料を作製した。作製した試料のXRD測定を行い、式(2)により主相割合(X)を計算した。
図5に、R
1.0Co
1.4Fe
2.6Sb
12(R=希土類元素)のRのイオン半径と主相割合Xとの関係を示す。Smよりもイオン半径が小さな元素を充填した場合、主相割合(X)が85%よりも小さくなった。
【0071】
図6に、R
1.0Co
1.4Fe
2.6Sb
12、及びR
1.0Co
0.4Fe
3.6Sb
12(R=希土類元素)のRのイオン半径と熱伝導度との関係を示す。
図6のR
1.0Co
1.4Fe
2.6Sb
12の試料では、主相割合(X)が85%以上だったが、R
1.0Co
0.4Fe
3.6Sb
12の試料では、主相割合(X)が85%よりも小さかった。主相割合(X)が85%以上の組成で、イオン半径の小さな充填元素を充填することで、より効果的に熱伝導度が低下することがわかる。
【0072】
図7に、充填元素Rのイオン半径と出力因子PFとの関係を示す。
図8に、充填元素Rのイオン半径と無次元性能指数ZTとの関係を示す。出力因子は、3価の希土類元素を充填した場合と比べて、アルカリ土類金属元素を充填した方が高くなる傾向が見られた。2価の希土類元素では、Ybを充填した場合に、熱伝導度の低減と出力因子の向上に効果があり、高い無次元性能指数が達成された。従って、充填元素としてYbをベースにして、アルカリ土類金属元素を加えることで出力因子を向上させ、イオン半径の小さな3価の希土類元素をさらに加えることで熱伝導度を低減すれば、さらに無次元性能指数を改善できると推測された。そこで、以下でそれを検討した。
【0073】
[3.4. 充填元素数]
図9に、作製法の異なるp型充填スクッテルダイト(充填元素数が5個より多く、かつ、IIIB族元素及びYb以外の希土類元素をさらに含むもの)のX線回折パターンを示す。充填元素数が5個よりも多く、IIIB族元素及びYb以外の希土類元素をさらに含む系では、作製法1で作製した試料では、目的相がほとんど生成しなかった。作製法2で作製した場合であっても、試料全体が溶けるほど加熱温度が高い時(1100℃)には、目的相はほとんど得られなかった。一方、作製法2を用い、かつ、加熱温度が適切(700℃)である場合、ほぼ目的相だけの試料が得られた。
【0074】
表1に、充填元素数の異なる組成を持った充填スクッテルダイトの熱電特性をまとめた。これらの試料は、主相割合(X)が85%以上の試料である。
【0075】
【表1】
【0076】
Ybを単独で充填した場合と比べて、比較的イオン半径の大きなLaをさらに添加した場合には、熱伝導度は低減しなかった。しかし、イオン半径の小さなGdをさらに添加すると、熱伝導度が低下してZT値が改善された。また、Gdの代わりに、Ybの一部をLaとアルカリ土類金属元素で置換した場合には、熱伝導度は増加してしまったが、出力因子が向上したため、ZT値が改善された。
【0077】
上記の試料は、充填元素数が4個以下の場合であるが、充填元素を5種類以上に増やすと、さらにZT値改善に効果が見られた。充填元素数が少ない場合、ZT値は低いが、充填元素数が5個以上の場合には、実用化の目安とされるZT=1程度の材料が得られた。
5種類以上の充填元素を含む場合において、Ybと、アルカリ土類金属元素と、Laよりもイオン半径の小さな3価の希土類元素を含む時には、熱伝導度、及び出力因子ともにYb単独の場合と比べて改善され、ZT値が向上することがわかった。
【0078】
Laよりも小さな3価の希土類元素の代わりに、IIIB族元素を含むBa
0.1La
0.3Yb
0.4Al
0.025Ga
0.025In
0.05CoFe
3Sb
3の組成の試料でも低い熱伝導度を達成することができ、IIIB族元素を含むことが熱伝導度低減に有効であることがわかった。
この試料を作製法2で作製した場合、主相割合が低かったため、作製法3で作製した。作製法3によるこの組成の試料のZT値は、1より少し低かった。しかし、液体急冷処理を組み合わせた作製法4で作製すると、さらに熱伝導度が低下し、ZT値が1程度まで改善されることがわかった。
【0079】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。