特許第6863295号(P6863295)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6863295
(24)【登録日】2021年4月5日
(45)【発行日】2021年4月21日
(54)【発明の名称】筒状織物
(51)【国際特許分類】
   D03D 3/02 20060101AFI20210412BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20210412BHJP
   A61L 27/58 20060101ALI20210412BHJP
【FI】
   D03D3/02
   A61L27/50 300
   A61L27/58
【請求項の数】17
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2017-562361(P2017-562361)
(86)(22)【出願日】2017年9月29日
(86)【国際出願番号】JP2017035530
(87)【国際公開番号】WO2018066476
(87)【国際公開日】20180412
【審査請求日】2020年7月13日
(31)【優先権主張番号】特願2016-199137(P2016-199137)
(32)【優先日】2016年10月7日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-232444(P2016-232444)
(32)【優先日】2016年11月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】田中 伸明
(72)【発明者】
【氏名】土倉 弘至
(72)【発明者】
【氏名】山田 諭
(72)【発明者】
【氏名】小屋松 祐一
(72)【発明者】
【氏名】古川 泰祐
(72)【発明者】
【氏名】阪口 有佳
(72)【発明者】
【氏名】棚橋 一裕
【審査官】 相田 元
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/168197(WO,A1)
【文献】 特開平08−80342(JP,A)
【文献】 特開2005−261867(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/038219(WO,A1)
【文献】 MOKHTAR, S et al.,Optimization of textile parameters of plain woven vascular prostheses,The Journal of The Textile Institute,英国,2010年12月,Vol.101, No.12,p.1095-1105 ISSN:0040-5000
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D03D 1/00−27/18
A61F 2/06
A61L 27/50
A61L 27/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
経糸および緯糸を交錯させて製織された筒状織物であり、該筒状織物の経糸方向の外径の差が10%以内である、筒状織物であって、下記式を満たす筒状織物。
(L2−L1)/L1≧0.1
L1:上記筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径において、その織物外径の最大値の5倍の距離で筒状織物の外周上に標線を引き、該筒状織物の経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮した時の標線間距離。
L2:上記筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径において、その織物外径の最大値の5倍の距離で筒状織物の外周上に標線を引き、該筒状織物の経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の標線間距離。
【請求項2】
筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮したときの該筒状織物の最大外径aと、該筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長したときの該筒状織物の最小外径bの下記式で表される変動指数cが、0.03以上、0.2未満であることを特徴とする、請求項1に記載の筒状織物。
変動指数c=(a−b)/a
【請求項3】
筒状織物の内面の凹凸が100μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の筒状織物。
【請求項4】
筒状織物が蛇腹構造を有しないものである請求項1〜3のいずれかに記載の筒状織物。
【請求項5】
筒状織物に使用する経糸および緯糸が合成繊維である請求項1〜4のいずれかに記載の筒状織物。
【請求項6】
筒状織物に使用する合成繊維が、非弾性糸のポリエステルである請求項5に記載の筒状織物。
【請求項7】
筒状織物を構成する経方向の合成繊維の単糸直径の一部もしくは全てが5μm以下のマルチフィラメントである請求項5または6に記載の筒状織物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の筒状織物を基材とする人工血管。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかに記載の筒状織物を基材とし、該基材の内面に抗血栓性材料の層を有する、人工血管。
【請求項10】
前記抗血栓性材料は、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物を含む、請求項9に記載の人工血管。
【請求項11】
前記抗血栓性材料は、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むカチオン性ポリマー、を含み、前記カチオン性ポリマーは前記内面が血液と接触する筒状織物を構成する経糸および緯糸と共有結合している、請求項9または10に記載の人工血管。
【請求項12】
請求項8〜11のいずれかに記載の筒状織物を基材とし、該基材の外面に生体吸収性材料の層を有する、人工血管。
【請求項13】
キンク半径が15mm以下である、請求項12に記載の人工血管。
【請求項14】
内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性が10mL/cm/min以下である、請求項12または13に記載の人工血管。
【請求項15】
前記生体吸収性材料が、乳酸、グリコール酸、カプロン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタール酸、マレイン酸、フマル酸、エチレングリコール、プロピレングリコール、ビニルピロリドンおよびビニルアルコ−ルからなる群から選択されるモノマー単位を含むホモポリマーまたはコポリマーである、請求項12〜14のいずれかに記載の人工血管。
【請求項16】
前記生体吸収性材料が、多糖類またはタンパク質である、請求項12〜15のいずれかに記載の人工血管。
【請求項17】
前記タンパク質が、コラーゲン、アテロコラーゲンおよびゼラチンからなる群から選択される、請求項16に記載の人工血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒状織物に関する。より詳しくは、流体、粉体移送用およびワイヤ、ケーブル、電線管等の線状物保護用ホース、筒状フィルターや人工血管の基材等に有用な筒状織物に関する。
【背景技術】
【0002】
ホース、補強材、保護材等、種々の産業用途に筒状織物が利用されているが、その使用状況により、屈曲されたり、渦巻き状に巻回されたり、スペースに合わせて蛇行状に配置される等の形状をとる。そのため、前記の筒状織物は、使用状況に合わせた形状において、潰れ、ねじれが発生しないように耐キンク性(易屈曲性)を向上させる手段が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱可塑性樹脂繊維製の布からなるクリンプ加工を施した人工血管であり、特定のクリンプ形状とすることにより、柔軟で、縫合針の通りが良く、経時的な伸びの少ない人工血管を提供できるという技術が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、多数の縦糸と横糸とにより編織成された織物を備え、前記織物は、溶融することによって該織物にほつれに対する抵抗性を付与する可融要素を包含するとともに、前記横糸は織成の全長にわたって前記織物にクリンプ加工を施すことなく自己保持性を付与する硬化要素を包含していることを特徴とする編織製人工血管により、切断時にほつれる傾向がなく、クリンプ加工の必要もなく、自己保持型で開放管腔を保持する編織製人工血管を提供できるという技術が開示されている。
【0005】
生体移植後の人工血管は周辺組織の動きに追従するため、また、屈曲部に移植する場合も考慮して柔軟性を有することが要求されるが、例えば、繊維密度を小さくしたり極細繊維等を用いたりして人工血管に柔軟性を持たせると、繊維間隙から血液が漏れやすくなるという問題がある。そこで、血液の漏れを防止する方法が各種考案されており、生体内で吸収されるコラーゲンやゼラチン等のゲルを付与することによって、繊維の間隙を埋めて漏血を防ぐ方法が特許文献3、4および5に報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平6−24587号公報
【特許文献2】特許第2960586号公報
【特許文献3】特許第1450789号公報
【特許文献4】特開平1−34360号公報
【特許文献5】特許第1563185号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1記載の人工血管は、熱可塑性樹脂繊維製の布にクリンプ加工を施したものであり、人工血管内面の凹凸が大きくなる。このため、人工血管として使用する場合に内径が細いと、血流に乱流が発生し、血栓ができるという問題がある。
【0008】
一方、上記特許文献2記載の編織製人工血管は、クリンプ加工の必要がなく、ほつれを防止できる平滑な内面を有するとされている。緯糸に溶融要素を持たせ、後加工のヒートセットで溶融した緯糸が経糸と融合し、緯糸を細繊度化させることで伸縮性および耐ほつれ性を付与している。しかしながら、本技術では溶融成分が均一に経糸と融合せず、細繊度化した緯糸と経糸の交錯部分に有孔部が発生するという問題があった。
【0009】
また、血液が漏れるという問題について、特許文献3は、引張強度20kg/cm以上の可撓性チューブに対しコラーゲンまたはゼラチンを被覆することで漏血を防ぐ人工血管が記載されている。しかしながら、特許文献3に記載の人工血管は、チューブそのものが硬いために、臓器の動きに追従しにくいだけでなく、狭い術野で移植する際にも縫合しにくく、吻合箇所を自由に選ぶことが難しい。
【0010】
特許文献4および5には、多孔質の人工血管に対してゼラチンを被覆することで漏血を防ぐ人工血管が記載されているが、人工血管に要求される機械特性と漏血防止を両立するための具体的なゼラチン被覆の構造について記載されていない。
【0011】
本発明は、かかる従来技術の問題点を改善し、筒状織物内面の凹凸が小さく、かつ伸縮性、柔軟性、耐キンク性(易屈曲性)に優れた筒状織物および人工血管、とりわけ機械特性と低漏血性を併せ持つ人工血管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる課題を解決するため本発明は、次の構成を有する。
【0013】
(1)経糸および緯糸を交錯させて製織された筒状織物であり、該筒状織物の経糸方向の外径の差が10%以内である、筒状織物であって、下記式を満たす筒状織物。
(L2−L1)/L1≧0.1
L1:上記筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径において、その織物外径の最大値の5倍の距離で筒状織物の外周上に標線を引き、該筒状織物の経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮した時の標線間距離。
L2:上記筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径において、その織物外径の最大値の5倍の距離で筒状織物の外周上に標線を引き、該筒状織物の経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の標線間距離。
【0014】
(2)筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮したときの該筒状織物の最大外径aと、該筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長したときの該筒状織物の最小外径bの下記式で表される変動指数cが、0.03以上、0.2未満である(1)に記載の筒状織物。
変動指数c=(a−b)/a
【0015】
(3)筒状織物の内面の凹凸が100μm以下である(1)または(2)に記載の筒状織物。
【0016】
(4)筒状織物が蛇腹構造を有しないものである(1)〜(3)のいずれかに記載の筒状織物。
【0017】
(5)筒状織物に使用する経糸および緯糸が合成繊維である(1)〜(4)のいずれかに記載の筒状織物。
【0018】
(6)筒状織物に使用する合成繊維が、非弾性糸のポリエステルである(5)に記載の筒状織物。
【0019】
(7)筒状織物を構成する経方向の合成繊維の単糸直径の一部もしくは全てが5μm以下のマルチフィラメントである(5)または(6)に記載の筒状織物。
【0020】
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載の筒状織物を基材とする人工血管。
【0021】
(9)(1)〜(7)のいずれかに記載の筒状織物を基材とし、該基材の内面に抗血栓性材料の層を有する、人工血管。
【0022】
(10)前記抗血栓性材料は、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物を含む、(9)に記載の人工血管。
【0023】
(11)前記抗血栓性材料は、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むカチオン性ポリマー、を含み、前記カチオン性ポリマーは前記内面が血液と接触する筒状織物を構成する経糸および緯糸と共有結合している、(9)または(10)に記載の人工血管。
【0024】
(12)(8)〜(11)のいずれかに記載の筒状織物を基材とし、該基材の外面に生体吸収性材料の層を有する、人工血管。
【0025】
(13)キンク半径が15mm以下である、(12)に記載の人工血管。
【0026】
(14)内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性が10mL/cm/min以下である、(12)または(13)に記載の人工血管。
【0027】
(15)上記生体吸収性材料が、乳酸、グリコール酸、カプロン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタール酸、マレイン酸、フマル酸、エチレングリコール、プロピレングリコール、ビニルピロリドンおよびビニルアルコ−ルからなる群から選択されるモノマー単位を含むホモポリマーまたはコポリマーである、(12)〜(14)のいずれかに記載の人工血管。
【0028】
(16)上記生体吸収性材料が、多糖類またはタンパク質である、(12)〜(15)のいずれかに記載の人工血管。
【0029】
(17)上記タンパク質が、コラーゲン、アテロコラーゲンおよびゼラチンからなる群から選択される、(16)に記載の人工血管。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、筒状織物内面の凹凸が小さく、かつ伸縮性、柔軟性、耐キンク性(易屈曲性)に優れた筒状織物が得られる。そしてかかる筒状織物は、流体、粉体移送用およびワイヤ、ケーブル、電線管等の線状物保護用ホース、筒状フィルターや人工血管の基材等に有用に用いることができ、なかでも特に人工血管に有用に用いることができる。本発明の人工血管は、屈曲部に移植する場合にも柔軟性が維持され、繊維間隙からの血液の漏れを防ぐことができ、緊急手術に対しても好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は筒状織物に標線を引くための説明図である。
図2図2は、筒状織物の圧縮時標線間距離を測定するための装置の概念図である。
図3図3は、筒状織物の伸長時標線間距離を測定するための装置の概念図である。
図4図4は、筒状織物の内面の凹凸の意味について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明による筒状織物は、経糸および緯糸を交錯させて製織された筒状織物であって、通常行われるようなクリンプ加工は施さない。そのため、該筒状織物の経糸方向の外径の差を10%以内とすることができる。
【0033】
なお、上記「外径の差が10%以内」とは、経糸方向に50mm間隔で5箇所測定を行い、最大値と最小値で評価し、最大値から最小値を引き、その値を最大値で除して百分率で表した値を「外径の差」とする。
【0034】
そして、該筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径最大値の5倍の距離で筒状織物の外周上に標線を引き、該筒状織物の経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮した時の標線間距離L1と、経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の標線間距離L2との関係が下記式で表されることを特徴とする。
(L2−L1)/L1≧0.1
【0035】
また、上記(L2−L1)/L1の値は、伸縮性、柔軟性をよりいっそう向上させ得る点から0.15以上であることが好ましく、0.18以上であることがより好ましい。上限としては1.0であることが好ましい。
【0036】
前記標線間距離L1とL2との関係を上記の範囲とすることで、伸縮性、柔軟性、耐キンク性(易屈曲性)に優れた筒状織物を提供することができる。すなわち、筒状織物をたわませて屈曲させる際、屈曲させた内周側では圧縮方向に応力がかかると同時に外周側では伸長方向に応力がかかるが、上記範囲とすることにより、内周に対し外周が十分に伸長し得るので、耐キンク性に優れることを意味する。そして0.01cN/dtexの応力での伸長操作もしくは圧縮操作は、通常、人が該筒状織物を経糸方向に軽く手で伸長または圧縮する際の応力に相当し、上記範囲にある場合に人が手で屈曲操作をする際にも操作性がよく、伸縮性、柔軟性に優れることを意味する。
【0037】
また、本発明の筒状織物は、経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の伸度が、30%以下であることが、人が軽く手で引っ張ったときに手応えを感じやすい点で好ましい。更に好ましくは20%以下、より好ましくは10%程度である。また、経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の下限としては、人が軽く手で引っ張ったときに伸長感を感じられる点で、5%以上であることが好ましく、8%以上であることがより好ましい。
【0038】
また、筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮したときの該筒状織物の最大外径aと、該筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長したときの該筒状織物の最小外径bの下記式で表される変動指数cが、0.03以上、0.2未満であることが好ましく、0.05以上、0.15未満であることがより好ましい。
変動指数c=(a−b)/a
【0039】
前記最大外径aと最小外径bとの関係を上記の範囲とすることで、屈曲等伸長、圧縮が同時に生じる際にも筒状織物の内径差は小さくなり、変化のない流路を確保することができる。
【0040】
また、筒状織物の内面の凹凸が100μm以下であることが好ましく、更に好ましくは80μm以下、より好ましくは60μm以下である。内面の凹凸の下限としては、人工血管として用いた場合における内皮形成の点から3μm以上であることが好ましい。筒状織物の内面の凹凸を上記の範囲とすることで、内径が小さい場合であっても流体に乱流が発生せず、特に細い人工血管として使用する場合であっても、血流に乱流が発生せず、血栓が生成し難い利点がある。
【0041】
また、筒状織物は蛇腹構造を有しないことが好ましい。蛇腹構造を有しないことで、内面の凹凸が無く、細い隙間に流体が流れる場合も乱流が発生せず、特に細い人工血管に使用する際には血流に乱流が発生せず、血栓が生成し難い利点がある。
【0042】
なお、「蛇腹構造を有しない」とは、繊維筒状物に螺旋状もしくは環状の波形溝を有する心棒を挿入し、加熱して波形セット加工されていない構造の織物もしくはプリーツ加工されていないものをいう。
【0043】
本発明の筒状織物に用いる経糸および緯糸には合成繊維を用いることが好ましく、具体的には、ナイロン繊維、ポリエステル繊維等が挙げられるが、いわゆる非弾性糸を用いることがより好ましい。「非弾性糸」は、いわゆるゴム弾性を有しない繊維であって、ポリエーテル系エラストマー、ポリスルフィド系エラストマーおよびポリウレタン系エラストマー等で代表される熱可塑性エラストマーのような伸長性と回復性に優れた素材で構成される、ゴム弾性を有する繊維、いわゆる弾性糸とは異なる繊維である。
【0044】
なかでも、本発明においては強度や寸法安定性の点で、非弾性糸のポリエステル繊維が好ましい。非弾性糸のポリエステル繊維としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレートやそれらの共重合体等からなる繊維を挙げることができる。
【0045】
本発明においては非弾性糸を用いても筒状織物それ自体に伸縮性を有するものである。
【0046】
本発明の筒状織物は、例えば、下記のようにして製造することができる。
【0047】
製織工程において、経糸としては、少なくとも2種類(経糸A、経糸B)を使用することが好ましい。これらについても上記のとおり非弾性糸であることが好ましい。
【0048】
経糸Aとしては、例えば、ナイロン繊維、ポリエステル繊維等の種々の合成繊維で構成することができる。なかでも、強度や寸法安定性の点で、非弾性糸のポリエステル繊維が好ましい。非弾性糸のポリエステル繊維としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレートやそれらの共重合体等からなる繊維を挙げることができる。
【0049】
ここで、織物を構成する経糸Aは、直接紡糸した極細繊維でも良く、海島複合繊維を脱海処理した極細繊維であってもよい。なかでも経方向の合成繊維の単糸直径の一部もしくは全てが5μm以下のマルチフィラメントであることが好ましい。単糸直径を上記の範囲とすることで、筒状織物の柔軟性が向上し、より緻密な構造とすることができる。
【0050】
経糸Bとしては、溶解糸で構成することが好ましい。溶解糸は、水、アルカリ性溶液等の溶媒に対して可溶性を示す繊維であり、溶解糸の具体例としては、例えば、ポリビニルアルコール系繊維などの水溶性繊維、イソフタル酸、5−ナトリウムスルホイソフタル酸およびメトオキシポリオキシエチレングリコールなどの第3成分が共重合されたポリエステル系繊維、ポリ乳酸系繊維などの易アルカリ溶解性繊維などを用いることができるが、特に限定されるものではない。また、経糸Bとして、製織後に除去される仮糸を使用することもできる。
【0051】
各経糸の総繊度としては、560dtex以下が好ましく、更に好ましくは235dtex以下、より好ましくは100dtex以下である。
【0052】
後加工後の経糸Aの織密度としては、300本/inch(2.54cm)以下が好ましく、更に好ましくは280本/inch(2.54cm)以下、より好ましくは250本/inch(2.54cm)以下である。
【0053】
また、緯糸としては、少なくとも2種類(緯糸C、緯糸D)を使用することが好ましい。
【0054】
この場合、2層構造である筒状織物とすることが好ましい。この場合の好ましい態様は、緯糸Cは筒状織物の内層に位置し、緯糸Dは外層に位置する場合である。
【0055】
上記内層に位置する緯糸Cおよび外層に位置する緯糸Dとしては、例えば、ナイロン繊維、ポリエステル繊維等の種々の合成繊維で構成することができるが、非弾性糸であることが好ましい。なかでも、強度や寸法安定性の点で、非弾性糸のポリエステル繊維が好ましい。非弾性糸のポリエステル繊維としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレートやそれらの共重合体等からなる繊維を挙げることができる。
【0056】
また、内層に位置する緯糸Cは、海島複合繊維もしくは直接紡糸した極細繊維を原糸として用い、海島複合繊維の脱海処理後もしくは直接紡糸した極細繊維であり得る。これら緯糸Cの合成繊維の単糸直径の一部もしくは全てが5μm以下のマルチフィラメントであることが好ましい。単糸直径を上記の範囲とすることで、筒状織物の柔軟性が向上し、より緻密な構造とすることができる。
【0057】
外層に位置する緯糸Dの単糸直径は、10〜20μmの範囲内であることが好ましい。単糸直径を上記の範囲とすることで、内層に対し剛性が向上し、また、加水分解による劣化を抑制し、耐久性を向上することができる。
【0058】
各緯糸の総繊度としては、560dtex以下が好ましく、更に好ましくは235dtex以下、より好ましくは100dtex以下である。
【0059】
後加工後の各緯糸の織密度としては、200本/inch(2.54cm)以下が好ましく、更に好ましくは180本/inch(2.54cm)以下、より好ましくは150本/inch(2.54cm)以下である。
【0060】
そして、製織時において、経糸Bは張力を高くするとともに、経糸Aは開口に支障のない範囲で張力を低くして製織することが好ましい。例えば、経糸Bの張力は0.5〜1.5cN/dtex、経糸Aの張力は0.05〜0.15cN/dtexとすることが好ましい。なお、経糸Aと経糸Bの配置は、経糸A2〜10本に対して、経糸B1本の比率で配置することが好ましい。
【0061】
一般に、高密度の織物で、経糸のクリンプ率を大きくするため、製織時に経糸の張力を低くすると、バンピング(緯糸打戻)により、緯糸密度を高くすることが難しい。しかしながら、上記の実施形態によれば、経糸Bを支点にして経糸Aで緯糸を拘束することができ、バンピングを抑制することができる。そのため、経糸Aのクリンプ率を大きくすることができ、製織後に経糸Bを除去することで、筒状織物に柔軟性を付与することができる。
【0062】
さらに、経糸Bは、内層に位置する緯糸Cと外層に位置する緯糸Dの間に配置することが好ましい。
【0063】
また、緯糸は、筒状織物の内層に位置する緯糸Cと外層に位置する緯糸Dの少なくとも2種類を使用することで、緯糸Cと緯糸Dの周長の違いから、構造的ひずみが生じる。これにより、筒状織物に伸長性を付与することができる。
【0064】
筒状織物の内径としては、100mm以下が好ましく、更に好ましくは50mm以下、より好ましくは10mm以下である。筒状織物の内径の好ましい下限としては、製織性の点から1.5mm程度である。
【0065】
後加工工程は、例えば、下記の工程を経ることが好ましい。なお、下記の実施形態では、筒状織物の内径が3mmの場合を例示する。
【0066】
(a)湯洗
湯洗により、原糸油剤を落とし、経糸Bを収縮させる。処理条件は、温度80〜98℃、時間15〜40分が好ましい。
【0067】
(b)プレ熱セット
プレ熱セットにより、経糸Bの収縮に伴いクリンプ率が大きくなった経糸Aの形状を安定化させる。外径2.8mmの丸棒を筒状織物に挿入し、両端を針金等で固定して、熱処理を行う。熱処理条件は、温度160〜190℃、時間3〜10分が好ましい。なお、前記丸棒の材質は、例えば、SUSを挙げることができる。
【0068】
(c)脱海処理
必要に応じて、前記の経糸A、緯糸Cの脱海処理を行うとともに、経糸Bの溶解除去を行う。
【0069】
脱海処理および溶解除去は、下記工程で行う。
【0070】
(c−1)酸処理
酸処理により、海島複合繊維の海成分を脆化させる。酸としては、マレイン酸を挙げることができる。酸処理条件は、濃度0.1〜1質量%、温度100〜150℃、時間10〜50分が好ましい。海島複合繊維を使用しない場合は、酸処理は省くことができる。
【0071】
(c−2)アルカリ処理
アルカリ処理により、溶解糸および酸処理により脆化した海島複合繊維の海成分を溶出させる。アルカリとしては、水酸化ナトリウムを挙げることができる。アルカリ処理条件は、濃度0.5〜2質量%、温度70〜98℃、時間60〜100分が好ましい。
【0072】
(d)熱セット(1回目)
1回目の熱セットにより、脱海処理により緩んだ経糸のクリンプを再度最大化させることを目的とする。外径3mmの丸棒を筒状織物に挿入し、シワが入らないよう経糸方向に最大限圧縮した状態で、両端を針金等で固定して、熱処理を行う。熱処理条件は、温度160〜190℃、時間3〜10分が好ましい。なお、前記丸棒の材質は、例えば、SUSを挙げることができる。
【0073】
(e)熱セット(2回目)
2回目の熱セットにより、クリンプの屈曲点を残しながら縮み代を有した織物にすることを目的とするが、2回目の熱セットは実施しなくても良い。外径3mmの丸棒を筒状織物に挿入し、経糸方向に20〜50%伸長した状態で、両端を針金等で固定して、熱処理を行う。熱処理条件は、熱セット1回目より10〜20℃低い温度とし、時間3〜10分が好ましい。なお、前記丸棒の材質は、例えば、SUSを挙げることができる。
【0074】
このようにして得られた筒状織物は、内面の凹凸が小さく、かつ伸縮性、柔軟性、耐キンク性(易屈曲性)に優れた筒状織物となり、流体、粉体移送用およびワイヤ、ケーブル、電線管等の線状物保護用ホース、筒状フィルターや人工血管の基材等に有用に使用することができ、特に人工血管として好適に使用ことができる。
【0075】
本発明を人工血管として用いる場合は、血液と接触する筒状織物の内面に抗凝固活性を有する化合物が結合することで抗血栓性材料の層を有していることが好ましい。ここで、抗血栓性とは、血液と接触する表面で血液が凝固しない性質であり、例えば、血小板の凝集や、トロンビンに代表される血液凝固因子の活性化などで進行する血液凝固、を阻害する性質である。抗血栓性材料の層を形成させる方法は特に限定されず、筒状織物の内面を改質させた後、筒状織物の内面に対してヘパリンまたはヘパリン誘導体を共有結合させる方法(特表2009−545333号公報、特許第4152075号公報、特許第3497612号公報)や、筒状織物の内面に対してヘパリンまたはヘパリン誘導体をイオン結合させる方法またはコラーゲンやゼラチン等のゲルに含ませたヘパリンまたはヘパリン誘導体を塗布する方法(特許第3799626号公報および特公平8−24686号公報)、筒状織物を有機溶媒に溶かしたセグメント化ポリウレタンに含浸させ、筒状織物の内面をセグメント化ポリウレタンでコーティングする方法(特開平7−265338号公報)、筒状織物の内面に対して血液凝固反応に関与する複数の血液凝固因子および血栓形成の段階に関与するトロンビン等を阻害する化合物を結合させる方法(特許第4461217号公報、WO08/032758号公報、WO12/176861号公報)等があるが、特に筒状織物の内面に対し、イオン結合でヘパリンまたはヘパリン誘導体を結合させる方法が好ましい。
【0076】
抗血栓性材料は、抗凝固活性を有する化合物であることが好ましい。抗凝固活性を有する化合物としては、血小板の凝集や、トロンビンに代表される血液凝固因子の活性化などで進行する血液凝固を阻害する性質を有している化合物であればよく、アスピリン、クロピドグレル硫酸塩、プラスグレル硫酸塩、塩酸チクロピジン、ジピリダモール、シロスタゾール、ベラプロストナトリウム、リマプロストアルファデクス、オザグレルナトリウム、塩酸サルポグレラート、イコサペント酸エチル、トラピジル、ワルファリンカリウム、ヘパリンナトリウム、ヘパリンカリウム、ダルテパリンナトリウム、パルナパリンナトリウム、レバピリンナトリウム、リバーロキサバン、アピキサバン、エンドキサバン、ダビガトラン、アルガトロバン、デキストラン硫酸、ポリビニルスルホン酸およびポリスチレンスルホン酸などが例示されるが、その中でも硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物であることが好ましい。加えて、カチオン性ポリマーを含んでいることが好ましく、具体的には、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むカチオン性ポリマー、を含んでいることがより好ましい。
【0077】
これらのモノマー単位は、カチオン性の窒素原子を有しているため、ポリマーはカチオン性となり、一方、抗凝固活性を有する硫黄原子を含んだ化合物はアニオン性であるため、両者はイオン結合することができる。硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物は、ヘパリン、ヘパリン誘導体、デキストラン硫酸、ポリビニルスルホン酸およびポリスチレンスルホン酸等が挙げられ、ヘパリンまたはヘパリン誘導体がより好ましい。また、ヘパリンまたはヘパリン誘導体は、精製されていてもよいし、されていなくてもよく、血液凝固反応を阻害できるものであれば特に限定されず、臨床で一般的に広く使われているヘパリン、未分画ヘパリンや低分子量ヘパリンのほか、アンチトロンビンIIIに高親和性のヘパリンなども含まれる。ヘパリンの具体例としては、“ヘパリンナトリウム”(Organon API社製)等が挙げられる。
【0078】
カチオン性ポリマーは、カチオン性を有しているために溶血毒性等を発現する可能性があるため、血液中に溶出することは好ましくない。そのため、カチオン性ポリマーは、内側が血液と接触する筒状織物を構成する経糸および緯糸と結合していることが好ましく、共有結合していることがより好ましい。
【0079】
ここで、共有結合とは、原子同士で互いの電子を共有することによって生じる化学結合を指す。本発明においては、抗血栓性材料を構成するポリマーおよび基材の表面が有する炭素、窒素、酸素、硫黄等の原子同士の共有結合であり、単結合であっても多重結合であっても構わない。共有結合の種類は、限定されるものではないが、例えば、アミン結合、アジド結合、アミド結合およびイミン結合等が挙げられる。その中でも特に共有結合の形成しやすさや結合後の安定性等の観点からアミド結合がより好ましい。
【0080】
カチオン性ポリマーは、単独重合体であってもよく、共重合体であってもよい。カチオン性ポリマーが共重合体である場合には、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体または交互共重合体のいずれであってもよいが、窒素原子を含んだ繰り返し単位が連続するブロックの場合、そのブロックの部分と硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物とが相互作用して強固にイオン結合するため、ブロック共重合体がより好ましい。
【0081】
ここで、単独重合体とは、1種類のモノマー単位を重合して得られる高分子化合物をいい、共重合体とは、2種類以上のモノマーを共重合して得られる高分子化合物をいう。中でもブロック共重合体とは、繰り返し単位の異なる少なくとも2種類以上のポリマーが共有結合でつながり、長い連鎖になったような分子構造の共重合体をいい、ブロックとは、ブロック共重合体を構成する繰り返し単位の異なる少なくとも2種類以上のポリマーのそれぞれを指す。
【0082】
本発明において、カチオン性ポリマーの構造は直鎖状でもよいし、分岐状でもよい。本発明においては、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物と多くの点でより安定なイオン結合を形成することができるため、分岐状の方がより好ましい。
【0083】
本発明において、カチオン性ポリマーは、第1級から第3級のアミノ基および第4級アンモニウム基のうち少なくとも1つの官能基を有しているが、その中でも、第4級アンモニウム基は、第1級から第3級のアミノ基よりも硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物とのイオン相互作用が強固であり、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物の溶出速度を制御しやすいため、好ましい。
【0084】
本発明において、第4級アンモニウム基を構成する3つのアルキル基の炭素数は特に限定されるものではないが、疎水性及び立体障害を大きくしすぎないことで、第4級アンモニウム基に効果的に硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物がイオン結合しやすくなる。また、溶血毒性を小さくするため、第4級アンモニウム基を構成する窒素原子に結合しているアルキル基1つあたりの炭素数は1〜12が好ましく、さらには、2〜6が好ましい。第4級アンモニウム基を構成する窒素原子に結合している3つのアルキル基は全て同じ炭素数であってもよいし、異なっていてもよい。
【0085】
本発明において、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物とイオン相互作用に基づく吸着量が多いことから、カチオン性ポリマーとしてポリアルキレンイミンを用いることが好ましい。ポリアルキレンイミンとしては、ポリエチレンイミン(以下、「PEI」)、ポリプロピレンイミンおよびポリブチレンイミン、さらにはアルコキシル化されたポリアルキレンイミン等が挙げられ、なかでもPEIがより好ましい。
【0086】
PEIの具体例としては、“LUPASOL”(登録商標)(BASF社製)や“EPOMIN”(登録商標)(株式会社日本触媒社製)等が挙げられるが、本発明の効果を妨げない範囲で他のモノマーとの共重合体であってもよく変性体であってもよい。ここで、変性体とは、カチオン性ポリマーを構成するモノマーの繰り返し単位は同じであるが、例えば、後述する放射線の照射により、その一部がラジカル分解や再結合等を起こしているものを指す。
【0087】
本発明において、カチオン性ポリマーの重量平均分子量が小さすぎると、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物よりも分子量が小さくなるため、安定したイオン結合が形成されず、目的の抗血栓性が得られにくくなる。一方で、カチオン性ポリマーの重量平均分子量が大きすぎると、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物がカチオン性ポリマーによって内包されてしまい、抗血栓性材料が埋没してしまう。このため、カチオン性ポリマーの重量平均分子量は、600〜2000000が好ましく、1000〜1500000がより好ましく、10000〜1000000がさらにより好ましい。カチオン性ポリマーの重量平均分子量は、例えば、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー法や、光散乱法等により測定することができる。
【0088】
抗血栓性材料の製造方法を以下に示す。例えば、基材である筒状織物に対し抗血栓性材料を被覆するため、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むポリマーと、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物を含んだ溶液に、目的の基材を浸漬させて被覆を行なってもよいが、上記ポリマーと、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物の間で、その全てもしくはいずれか一部を予め反応させた後の抗血栓性材料により、基材の内面を被覆し、基材の内面に抗血栓性材料の層を形成してもよい。
【0089】
その中でも、基材の表面で抗血栓性を効率良く発現させるためには、第1の被覆工程として、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むカチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合させた後、第2の被覆工程として硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物を上記カチオン性ポリマーにイオン結合させる方法がより好ましい。
【0090】
また、カチオン性ポリマーが第1級から第3級のアミノ基を含んでいる場合、硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物とのイオン相互作用を強固にし、ヘパリンの溶出速度を制御しやすくするため、第1の被覆工程後に、カチオン性ポリマーを第4級アンモニウム化する工程を追加してもよい。
【0091】
第1の被覆工程として、アルキレンイミン、ビニルアミン、アリルアミン、リジン、プロタミンおよびジアリルジメチルアンモニウムクロライドからなる群から選択される化合物をモノマー単位として含むカチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合させた後、第2の被覆工程として硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物を上記カチオン性ポリマーにイオン結合させる方法を用いた場合の製造方法を以下に示す。
【0092】
カチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合させる方法は、特に限定されるものではないが、基材が官能基(水酸基、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、アルデヒド基、イソシアネート基およびチオイソシアネート等)を有する場合、カチオン性ポリマーと化学反応により共有結合させる方法がある。例えば、基材の内面がカルボキシル基等を有する場合、水酸基、チオール基およびアミノ基等を有するポリマーを基材の内面に共有結合させればよいし、水酸基、チオール基およびアミノ基等を有する化合物をポリマーと共有結合させた後、カルボキシル基等を有する基材の内面に共有結合させる方法等が挙げられる。
【0093】
また、基材が官能基を有しない場合、プラズマやコロナ等で基材の内面を処理した後に、カチオン性ポリマーを共有結合させる方法や、放射線を照射することにより、基材の内面およびカチオン性ポリマーにラジカルを発生させ、その再結合反応により基材の内面とカチオン性ポリマーを共有結合させる方法がある。放射線としてはγ線や電子線が主に用いられる。γ線を用いる場合、γ線源量は250万〜1000万Ciが好ましく、300万〜750万Ciがより好ましい。また、電子線を用いる場合、電子線の加速電圧は5MeV以上が好ましく、10MeV以上がより好ましい。放射線量としては、1〜50kGyが好ましく、5〜35kGyがより好ましい。照射温度は10〜60℃が好ましく、20〜50℃がより好ましい。
【0094】
放射線を照射することにより共有結合させる方法の場合、ラジカル発生量を制御するため、抗酸化剤を用いてもよい。ここで、抗酸化剤とは、他の分子に電子を与えやすい性質を持つ分子のことを指す。用いられる抗酸化剤は特に限定されるものではないが、例えば、ビタミンCなどの水溶性ビタミン類、ポリフェノール類、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコールおよびグリセリン等のアルコール類、グルコース、ガラクトース、マンノースおよびトレハロース等の糖類、ソジウムハイドロサルファイト、ピロ亜硫酸ナトリウム、二チオン酸ナトリウム等の無機塩類、尿酸、システイン、グルタチオン、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(以下、「Bis−Tris」)等の緩衝剤等が挙げられる。しかしながら、取り扱い性や残存性等の観点から、特にメタノール、エタノール、プロピレングリコール、Bis−Trisが好ましく、プロピレングリコール、Bis−Trisがより好ましい。これらの抗酸化剤は単独で用いてもよいし、2種類以上混合して用いてもよい。また、抗酸化剤は、水溶液に添加することが好ましい。
【0095】
筒状織物の材質としてポリエステル繊維を用いる場合、特に限定されるものではないが、加熱条件下でカチオン性ポリマーを接触させることでアミノリシス反応により共有結合させる方法を用いることもできる。また、酸およびアルカリ処理により基材の内面のエステル結合を加水分解させ、基材の内面に生じたカルボキシル基とカチオン性ポリマーのアミノ基を縮合反応させ、共有結合させることもできる。これらの方法において、カチオン性ポリマーを基材の内面に接触させて反応させてもよいが、溶媒に溶解した状態で接触させて反応させてもよい。溶媒としては、水やアルコール等が好ましいが、取り扱い性や残存性等の観点から、特に水が好ましい。また、カチオン性ポリマーを構成するモノマーを基材の内面と接触させた状態で重合した後に、反応させて共有結合させてもよい。
【0096】
加熱の手段は、特に限定されるものではないが、電気加熱、マイクロ波加熱、遠赤外線加熱等が挙げられる。アミノリシス反応によりポリエステル繊維とカチオン性ポリマーを共有結合させる場合、加熱温度はガラス転移点付近以上、融点以下であることが好ましい。
【0097】
本発明では、第1の被覆工程の前に、基材の内面のエステル結合を加水分解および酸化する工程が重要であることがわかった。具体的には、酸もしくはアルカリおよび酸化剤により処理する方法が好適に用いられる。特に、補体を活性せずカチオン性ポリマーの被覆量を上げて抗血栓性を高めるためには、酸もしくはアルカリおよび酸化剤により処理する方法が特に好適に用いられる。
【0098】
本発明における酸もしくはアルカリおよび酸化剤により基材の内面のエステル結合を加水分解および酸化する工程の組み合わせとしては、酸と酸化剤により処理する方法が最適であることを見出した。また、アルカリにより基材の内面を処理した後、酸と酸化剤により処理してもよい。
【0099】
用いられる酸の種類は、特に限定されるものではないが、例えば、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜塩素酸、亜塩素酸、過塩素酸、硫酸、フルオロスルホン酸、硝酸、リン酸、ヘキサフルオロアンチモン酸、テトラフルオロホウ酸、クロム酸およびホウ酸等の無機酸や、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸およびポリスチレンスルホン酸ナトリウム等のスルホン酸、酢酸、クエン酸、ギ酸、グルコン酸、乳酸、シュウ酸および酒石酸等のカルボン酸、アスコルビン酸およびメルドラム酸等のビニル性カルボン酸、デオキシリボ核酸およびリボ核酸などの核酸等が挙げられる。その中でも取り扱い性等の観点から、塩酸や硫酸等がより好ましい。
【0100】
用いられる塩基の種類は、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウムおよび水酸化セシウム等のアルカリ金属の水酸化物、水酸化テトラメチルアンモニウムおよび水酸化テトラエチルアンモニウム等のテトラアルキルアンモニウムの水酸化物、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウム、水酸化ユウロピウムおよび水酸化タリウム等のアルカリ土類金属の水酸化物、グアニジン化合物、ジアンミン銀(I)水酸化物およびテトラアンミン銅(II)水酸化物等のアンミン錯体の水酸化物、水酸化トリメチルスルホニウムおよび水酸化ジフェニルヨードニウム等が挙げられる。その中でも取り扱い性等の観点から、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウム等がより好ましい。
【0101】
用いられる酸化剤の種類は、特に限定されるものではないが、例えば、硝酸カリウム、次亜塩素酸、亜塩素酸、過塩素酸、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素等のハロゲン、過マンガン酸カリウム、過マンガン酸ナトリウム三水和物、過マンガン酸アンモニウム、過マンガン酸銀、過マンガン酸亜鉛六水和物、過マンガン酸マグネシウム、過マンガン酸カルシウムおよび過マンガン酸バリウム等の過マンガン酸塩、硝酸セリウムアンモニウム、クロム酸、二クロム酸、過酸化水素水等の過酸化物、トレンス試薬および二酸化硫黄等が挙げられるが、その中でも酸化剤の強さや抗血栓性材料の劣化を適度に防ぐことができる等の観点から、過マンガン酸塩がより好ましい。
【0102】
ポリエステル繊維を含む筒状織物の内面にカチオン性ポリマーを共有結合させる方法としては、例えば脱水縮合剤等を用いて縮合反応させる方法がある。
【0103】
用いられる脱水縮合剤の種類は、特に限定されるものではないが、例えば、N,N’−ジシクロヘキシルカルボジイミド、N,N’−ジイソプロピルカルボジイミド、1−エーテル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド、1−エーテル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(以下、「EDC」)、1,3−ビス(2,2−ジメチルー1,3−ジオキソランー4−イルメチル)カルボジイミド、N−{3−(ジメチルアミノ)プロピル−}−N’−エチルカルボジイミド、N−{3−(ジメチルアミノ)プロピル−}−N’−エチルカルボジイミドメチオダイド、N−tert−ブチル−N’−エチルカルボジイミド、N−シクロヘキシル−N’−(2−モルフォィノエチル)カルボジイミド メソ−p−トルエンスルフォネート、N,N’−ジ−tert−ブチルカルボジイミドまたはN,N’−ジ−p−トリカルボジイミド等のカルボジイミド系化合物や、4(−4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォリニウムクロリドn水和物(以下、「DMT−MM」)等のトリアジン系化合物が挙げられる。
【0104】
脱水縮合剤は、脱水縮合促進剤と共に用いてもよい。用いられる脱水縮合促進剤は、特に限定されるものではないが、例えば、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジン(以下、「DMAP」)、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、1−ヒドロキシベンゾトリアゾールまたはN−ヒドロキシコハク酸イミドが挙げられる。
【0105】
カチオン性ポリマー、脱水縮合剤および脱水縮合促進剤は、混合水溶液にして反応させてよいし、順番に添加して反応を行なってもよい。
【0106】
また、カチオン性ポリマーが第1級から第3級のアミノ基を含んでいる場合、ヘパリン若しくはヘパリンの誘導体とのイオン相互作用を強固にし、ヘパリンの溶出速度を制御しやすくさせる場合に、ポリマーを第4級アンモニウム化する工程を追加しても良い。
【0107】
カチオン性ポリマーを第4級アンモニウム化する方法としては、カチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合する前に第4級アンモニウム化してもよいし、カチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合した後に第4級アンモニウム化してもよいが、カチオン性ポリマーと硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物とのイオン相互作用を強固にするためには、カチオン性ポリマーが有する第4級アンモニウム基が抗血栓性材料の最内面に存在することが好ましいため、基材の内面に共有結合した後に第4級アンモニウム化するのが好ましい。具体的には、カチオン性ポリマーを基材の内面に共有結合した後に、塩化エーテル、臭化エーテル等のハロゲン化アルキル化合物またはグリシジル基含有4級アンモニウム塩を直接接触させてもよいし、水溶液もしくは有機溶剤に溶解させて接触させてもよい。
【0108】
硫黄原子を含むアニオン性の抗凝固活性を有する化合物をカチオン性ポリマーにイオン結合させる第2の被覆工程としては、特に限定されるものではないが、水溶液の状態で接触させる方法が好ましい。
【0109】
本発明において、抗血栓性を示す指標として、抗血栓性材料の抗ファクターXa活性を用いた。ここで、抗ファクターXa活性とは、プロトロンビンからトロンビンへの変換を促進する第Xa因子の活性を阻害する程度を表す指標であり、抗血栓性材料におけるヘパリン若しくはヘパリンの誘導体の活性単位での表面量を知ることができる。測定には、“テストチーム(登録商標) ヘパリンS”(積水メディカル株式会社製)を用いた。
【0110】
抗ファクターXa活性が低すぎると、抗血栓性材料におけるヘパリン若しくはヘパリンの誘導体の表面量が少なく、目的の抗血栓性は得られにくくなる。一方で、抗ファクターXa活性が高すぎると、ヘパリン若しくはヘパリンの誘導体の表面量が目的の抗血栓性を発現するために十分量存在するが、抗血栓性材料の厚みが増えることで基材の表面の微細構造を保持できなくなることがある。すなわち、抗血栓性材料の表面の抗ファクターXa活性による総被覆量が基材の単位重量あたり10mIU/mg以上、20000mIU/mg以下であることが好ましく、総被覆量が50mIU/mg以上、10000mIU/mgであることがより好ましい。ここでの総被覆量とは、約0.5cm×1cmに切り出した基材をヒト正常血漿5mLに浸漬し、37度雰囲気下で24時間振とうした後のヒト正常血漿中溶出ヘパリン量と基材表面に残存する表面ヘパリン量を合計することによって算出する。
【0111】
本発明の人工血管は、基材である筒状織物の外面に、生体吸収性材料の層を有することが好ましい。筒状織物の外面を被覆する生体吸収性材料は、人工血管の内側から血液が漏出するのを防ぐ機能を果たすことから、人工血管を体内に移植しても血液が漏出しないように、体温以下はもちろんのこと、体温以上の温度でも水に溶解しない性質が必須である。生体吸収性とは、経時的に分解されて体内に吸収される性質であり、加水分解、酵素分解または免疫細胞による貪食作用などによって分解されて吸収される性質である。漏血を防ぐという役割を終えた後は分解され消失してよい。生体吸収性材料の層は、適度な保形性を持ち、筒状織物に追従しやすく漏血を防ぎ易い構造が好ましいとの理由から、適度の厚みを有することが好ましく、必ずしも空隙のない構造である必要は無く、連通孔などの微多孔を含んだ多孔質な構造であってもよい。
【0112】
生体吸収性材料は特に限定されないが、上記のような追従性や被覆加工性の観点から高分子化合物であることが好ましく、合成高分子や天然高分子が使用できる。合成高分子としては、乳酸、グリコール酸、カプロン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタール酸、マレイン酸、フマル酸、エチレングリコール、プロピレングリコール、ビニルピロリドン、ビニルアルコ−ルからなる群から選択されるモノマー単位を含むホモポリマーまたはコポリマーが、臨床実績があるという点から特に好ましい。天然高分子としては、多糖類またはタンパク質が好ましく用いられ、特に臨床実績があるという点からコラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチンが好ましく用いられる。ゼラチンとしては、生体内での炎症反応を回避するために低エンドトキシン含量であることが好ましく、ビーマトリックス(登録商標)ゼラチン(LS−H,LS−W)(新田ゼラチン株式会社製)、RM−ゼラチン(RM−50、RM−100、RM−100B)(ゼライス株式会社製)がより好ましい。
【0113】
人工血管を体内に留置する際には、生体吸収性材料の層は、体温で溶解しない高分子化合物であることが好ましい。このような性質を発現するためには、少なくとも、高分子化合物が、37℃の水に対して不溶性であることが好ましい。生体吸収性材料を水不溶性の高分子化合物にする方法としては、高分子化合物中の親水性成分の組成比率を非親水性成分の比率よりも低くする方法または、化学的または物理的に架橋構造を導入する方法が好適に使用される。特に、生体吸収性材料がタンパク質の場合には、化学架橋により水不溶性にする方法が知られている。化学架橋の方法は限定されるものではないが、二価性官能基を含む物質による化学架橋またはγ線等の放射線による放射線架橋などが用いられる。化学架橋の際使用される二価性官能基を含む物質は特に限定されるものではないが、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、チオール基、イソシナネート基、イソチオシアナート基、アルデヒド基、エポキシ基およびグアニジノ基からなる群から選択される反応性官能基を2つ以上含む物質を使用できる。このうち、医療用途での実績もあるグルタルアルデヒドまたはホルムアルデヒドが好ましく用いられる。
【0114】
生体吸収性材料の層の厚みは、人工血管を、長手方向に対して垂直な断面で切断し、その断面を走査型電子顕微鏡(株式会社日立ハイテクロノジーズ製 MIniscope TM3000)にて300倍の倍率で観察して測定した。より具体的には、筒状織物の最外周に位置する任意の糸の、人工血管の中心とは反対側の生体吸収性材料と接する境界に位置する点をP1とし、P1を通るように引いた筒状織物の接線に垂直な線が生体吸収性材料の外周と交わる点をP2とした場合、P1からP2に至る垂線の長さを5箇所で測定した平均値を、生体吸収性材料の層の厚み(μm)とした。生体吸収性材料の層の厚みは、血圧への耐久性を向上させる点で10μm以上であることが好ましく、人工血管の柔軟性を向上させる点で300μm以下であることが好ましい。また、生体吸収性材料の厚みは、30μm以上、200μm以下が特に好ましい。
【0115】
本発明の人工血管のキンク半径は15mm以下であることが好ましい。この範囲を満たすとき、体内に留置したときに良好な耐座屈性(耐キンク性)を持つことができる。耐キンク性は、人工血管でループを形成し、ループの径を徐々に小さくしていったときに座屈しない最小ループ半径を指標とすることができ、ループの径を徐々に小さくしていったときに座屈しない最小ループ半径をキンク半径と定義する。キンク半径は、IS07198のガイダンスに則り、最小ループ半径を測定する。
【0116】
埋植時の人工血管からの血液の漏れを表す指標としては、透水性を用いた。人工血管の透水性は低いほどよく、10mL/cm/min以下であることが好ましい。透水性の測定方法は、ISO7198に則り、人工血管の内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの人工血管の外面に流れ出てくる水量(mL)を単位面積(cm)および単位時間(30sec.)で除したものである。
【実施例】
【0117】
以下、本発明の実施例を比較例と共に説明する。
【0118】
なお、本実施例で用いる各種特性の測定方法は、以下のとおりである。
【0119】
(1)繊度、フィラメント数
繊度は、JIS L 1013:2010 8.3.1 正量繊度(A法)に基づき測定した。
【0120】
フィラメント数は、JIS L 1013:2010 8.4に基づき測定した。
【0121】
(2)単糸直径
使用するマルチフィラメントの単糸側面をキーエンス製マイクロスコープVHX−2000にて400倍に拡大した写真をもとに測定し、μm単位で算出した。その際、偏平糸などの異形断面糸は側面が最小となる部分で測定した。
【0122】
(3)筒状織物の内径
ISO7198のガイダンスに則り、テーパー度1/10以下の円錐を垂直にたて、その上に筒状織物を径方向に切断した断面を被せるように垂直にそっと落とし、止まったサンプルの下端位置の円錐の径を測定した。
【0123】
経糸方向に50mm間隔で切断し、5箇所測定を行い、最大値と最小値で評価した。
【0124】
(4)筒状織物の外径
筒状織物の外径をノギスにて測定した。
【0125】
筒状織物に応力を加えない状態で経糸方向に50mm間隔で5箇所測定を行い、最大値と最小値で評価した。
【0126】
外径の差は、最大値から最小値を引き、その値を最大値で除した値とした。
【0127】
(5)筒状織物の圧縮時標線間距離L1、伸長時標線間距離L2
先ず、上記(4)により、織物外径の最大値(筒状織物に応力を加えない状態で測定したときの織物外径最大部分)を求める。
【0128】
次に、図1は筒状織物に標線を引くための説明図であるが、この図1に示す通り、筒状織物1の一方端部から5mmの織物外周に1本目の標線2を引く。この1本目の標線2から織物外径の最大値の5倍の距離Xで織物外周に2本目の標線3を引く。この2本目の標線3から外側(破線の矢示の位置を標線3に対して内側とすると、その反対側)に向かって5mmの位置で、筒状織物1を径方向に切断する。図1の標線2と標線3のあいだの距離が、本発明における標線間距離である。
【0129】
そして、図2は、筒状織物の圧縮時標線間距離を測定するための装置の概念図であるが、この図2に示す通り、当該装置は、荷重測定器(フォースゲージ)4として、日本計測システム株式会社製HANDY DIGITAL FORCE GAUGE HF−1(定格容量10N)を架台5に設置し、芯棒部を有する圧縮用チャック治具6を荷重測定器4に取り付け、前記芯棒部を挿入可能な孔部を有する圧縮用受け治具7を架台5に取り付けられたものである。
【0130】
そして、筒状織物1に圧縮用チャック治具6の芯棒部を通して上記装置にセットし、経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮した時の標線間距離L1(圧縮時標線間距離)をノギスにて測定した。
【0131】
ここで、圧縮用チャック治具6の筒状織物1に挿入する芯棒部の外径は、筒状織物1の織物内径最小部の数値から「0.1mm±0.03mm」を差し引いた数値とし、圧縮用受け治具7の孔部は、筒状織物の織物内径最小部と同径とする。ここで同径とは厳密に同じ径である必要はなく、±0.03mm程度の差は同じ径として取り扱うものとする。また、図3は、筒状織物の伸長時標線間距離を測定するための装置の概念図であるが、この図3に示す通り、当該装置は、荷重測定器(フォースゲージ)4として、日本計測システム株式会社製HANDY DIGITAL FORCE GAUGE HF−1(定格容量10N)を架台5に設置し、筒状織物1に挿入可能な芯棒部を有する伸長用チャック治具8を荷重測定器4に取り付け、筒状織物1に挿入可能な芯棒部を有する伸長用受け治具9を架台5に取り付けられたものである。そして、筒状織物1の標線2と3の外側を固定ヒモ10で固定し、経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長した時の標線間距離L2(伸長時標線間距離)をノギスにて測定した。
【0132】
試料を変えて5回測定を行い、平均値で評価した。
【0133】
なお、上記応力で算出する荷重は、下記式により算出した。
荷重(cN)=0.01×経糸繊度×経糸本数
【0134】
(6)筒状織物の圧縮時織物外径a、伸長時織物外径b
上記(5)と同様の手順で、筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で圧縮したときの筒状織物の外径をノギスにて測定した。
【0135】
試料を変えて5回測定を行い、最大値を「最大外径a(圧縮時織物外径a)」とした。
【0136】
また、筒状織物を経糸方向に0.01cN/dtexの応力で伸長したときの筒状織物の外径をノギスにて測定した。
【0137】
試料を変えて5回測定を行い、最小値を「最小外径b(伸長時織物外径b)」とした。
【0138】
いずれの場合も外径の測定位置は筒状織物1に記した二つの標線2、3間の中央部と標線から5mm内側の3箇所とする。試料を5回変えて測定するため、測定は15回行う。
【0139】
(7)筒状織物の内面の凹凸
筒状織物を経糸方向に切断した緯糸断面を電子顕微鏡にて150倍に拡大した写真をもとに、筒状織物内面の隣り合う経糸の頭頂部と緯糸の頭頂部の高さの差を測定した。図4を用いて、筒状織物の内面の凹凸の意味について説明する。このような筒状織物の内面において、隣り合う経糸11と緯糸12の内壁面からの高さの差Yを内面の凹凸という。
【0140】
試料を変えて5回測定を行い、平均値で評価した。図4を用いて説明した、この頭頂部の高さの差の平均値を「筒状織物の内面凹凸」とした。
【0141】
(8)織密度
JIS L 1096:2010 8.6.1に基づき測定した。
試料を平らな台上に置き、不自然なしわや張力を除いて、異なる5カ所について0.5cm間のタテ糸およびヨコ糸の本数を数え、それぞれの平均値を算出し、2.54cm当たりの本数に換算した。
【0142】
(9)耐キンク性
ISO7198のガイダンスに則り、耐キンク性はキンク半径を測定した。筒状織物をループさせていき、外観上明らかに折れ曲がりが生じた半径を半径既知の円筒状治具を用いて測定した。織成管状体自体の特性を評価するため、内圧維持は行わなかった。
【0143】
[実施例1]
製織工程において、下記の経糸(経糸A、経糸B)および緯糸(緯糸C、緯糸D)を使用した。
・経糸A(海島複合繊維):ポリエチレンテレフタレート繊維、66dtex、9フィラメント(脱海処理後:52.8dtex、630フィラメント)
・経糸B(溶解糸):5−ナトリウムスルホイソフタル酸を共重合した易アルカリ溶解性のポリエステル繊維、84dtex、24フィラメント
・緯糸C(内層)(海島複合繊維):ポリエチレンテレフタレート繊維、66dtex、9フィラメント(脱海処理後:52.8dtex、630フィラメント)
・緯糸D(外層):ポリエチレンテレフタレート繊維、56dtex、18フィラメント
そして、製織時において、経糸Bの張力を0.9cN/dtex、経糸Aの張力を0.1cN/dtexとして、後加工後の織密度が経糸A、201本/inch(2.54cm)、緯糸C、121本/inch(2.54cm)、緯糸D、121本/inch(2.54cm)となる、内径3mmの筒状織物を製織した。なお、経糸Aと経糸Bの配置は、経糸A3本に対して経糸B1本の比率で配置した。また、経糸Bは、内層に位置する緯糸Cと外層に位置する緯糸Dの間に配置した。
【0144】
次に、下記の工程により、後加工を行った。
【0145】
(a)湯洗
処理条件は、温度98℃、時間20分で行った。
【0146】
(b)プレ熱セット
外径2.8mmの丸棒を筒状織物に挿入し、両端を針金で固定して、熱処理を行った。処理条件は、温度180℃、時間5分であった。なお、前記丸棒の材質は、SUSであった。
【0147】
(c)脱海処理
前記の経糸A、緯糸Cの脱海処理を行うとともに、経糸Bの溶解除去を行った。
【0148】
(c−1)酸処理
酸としては、マレイン酸を使用した。処理条件は、濃度0.2質量%、温度130℃、時間30分であった。
【0149】
(c−2)アルカリ処理
アルカリとしては、水酸化ナトリウムを使用した。処理条件は、濃度1質量%、温度80℃、時間90分であった。
【0150】
(d)熱セット(1回目)
外径3mmの丸棒を筒状織物に挿入し、経糸方向にシワが入らないよう最大限圧縮した状態で、両端を針金等で固定して、熱処理を行った。処理条件は、温度180℃、時間5分であった。なお、前記丸棒の材質は、SUSであった。
【0151】
(e)熱セット(2回目)
外径3mmの丸棒を筒状織物に挿入し、経糸方向に30%伸長した状態で、両端を針金等で固定して、熱処理を行った。処理条件は、温度170℃、時間5分であった。なお、前記丸棒の材質は、SUSであった。
【0152】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0153】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、操作性がよく、伸縮性、柔軟性に優れていた。
【0154】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向の外径、内径の差が小さいため、筒状織物からなる人工血管は、切断箇所を考慮する必要がなく、縫合し易かった。
【0155】
[実施例2]
実施例1において、筒状織物の内径を5mmとし、熱セット2回目を実施しない以外は実施例1と同様にして、筒状織物を得た。
【0156】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、操作性がよく、伸縮性、柔軟性に優れていた。
【0157】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向の外径、内径の差が小さいため、筒状織物からなる人工血管は、切断箇所を考慮する必要がなく、縫合し易かった。
【0158】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0159】
[実施例3]
実施例1において、筒状織物の内径を7mmとし、熱セット2回目に20%伸長した以外は実施例1と同様にして、筒状織物を得た。
【0160】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0161】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、操作性がよく、伸縮性、柔軟性に優れていた。
【0162】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向の外径、内径の差が小さいため、筒状織物からなる人工血管は、切断箇所を考慮する必要がなく、縫合し易かった。
【0163】
[比較例1]
実施例1で用いた経糸Aおよび緯糸Cを使用して、経糸Aの張力を0.9cN/dtexとして、後加工後の織密度が経糸A、201本/inch(2.54cm)、緯糸C、121本/inch(2.54cm)となる、平織の筒状織物(内径3mm)を製織した。その後は、実施例1と同様にして、筒状織物を得た。
【0164】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0165】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、実施例1に比較して容易に屈曲せず、伸縮性、柔軟性に劣っていた。
【0166】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向の外径、内径の差が小さいため、筒状織物からなる人工血管は、切断箇所を考慮する必要がなく、縫合し易かった。
【0167】
[比較例2]
実施例1において、製織時の経糸Bの張力を0.9cN/dtex、経糸Aの張力を0.9cN/dtexとした以外は実施例1と同様にして、筒状織物(内径3mm)を得た。
【0168】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0169】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、実施例1に比較して容易に屈曲せず、伸縮性、柔軟性に劣っていた。
【0170】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向の外径、内径の差が小さいため、筒状織物からなる人工血管は、切断箇所を考慮する必要がなく、縫合し易かった。
【0171】
[比較例3]
製織工程において、下記の経糸Eおよび緯糸Fを使用した。
・経糸E:ポリエチレンテレフタレート繊維、66dtex、72フィラメント
・緯糸F:ポリエチレンテレフタレート繊維、140dtex、144フィラメント
そして、製織時において、経糸Eの張力を0.9cN/dtexとして、後加工後の織密度が経糸A、180本/inch(2.54cm)、緯糸C、120本/inch(2.54cm)となる、内径7mmの筒状織物を製織した。
【0172】
次に、下記の工程により、後加工を行った。
【0173】
(a)湯洗
処理条件は、温度98℃、時間20分で行った。
【0174】
(b)熱セット
外径7.0mmのISOメートルネジを筒状織物に挿入し、その上からネジ溝に沿って、ポリエチレン製の糸を1kgの張力で巻き付けて、熱処理を行った。処理条件は、温度170℃、時間30分であった。なお、前記ISOメートルネジの材質は、SUSであった。
【0175】
得られた筒状織物の特性を表1に示す。
【0176】
得られた筒状織物を手で屈曲させたとき、操作性がよく、伸縮性、柔軟性に優れていた。
【0177】
また、該筒状織物同士の縫合の際、経糸方向に外径、内径の差が大きいため、筒状織物からなる人工血管切断箇所を考慮する必要があり、バイアスで切断した際は、凹凸のため、縫合し難かった。
【0178】
[実施例4]
実施例1において得られた筒状織物を、5.0重量%過マンガン酸カリウム(和光純薬工業株式会社製)、0.6mol/L硫酸(和光純薬工業株式会社製)の水溶液に浸漬し、60℃で3時間反応させて筒状織物を加水分解および酸化した。
【0179】
次いで、0.5重量%DMT−MM(和光純薬工業株式会社製)、5.0重量%PEI(LUPASOL(登録商標) P;BASF社製)の水溶液に浸漬し、30℃で2時間反応させ、実施例1において得られた筒状織物の内面にPEIを縮合反応により共有結合させた。
【0180】
さらに、臭化エチル(和光純薬工業株式会社製)の1重量%メタノール水溶液に浸漬し、35℃で1時間反応させた後、50℃に加温して4時間反応させ、実施例1において得られた筒状織物に共有結合されたPEIを第4級アンモニウム化した。
【0181】
最後に、0.75重量%ヘパリンナトリウム(Organon API社製)、0.1mol/L塩化ナトリウムの水溶液(pH=4)に浸漬し、70℃で6時間反応させて、第4級アンモニウム化したPEIとのイオン結合により抗血栓性材料の層を内面に有する筒状織物を得た。この筒状織物のヘパリン総被覆量は1100mIU/mgであった。
【0182】
[実施例5]
実施例4において得られた筒状織物の外面に、生体吸収性材料として、20wt%の濃度調製した乳酸/グリコール酸共重合体(溶媒:クロロホルム)を塗布し、塗布後に室温で一晩乾燥させ、生体吸収性材料の層を形成した。形成した生体吸収性材料の層の厚みは65μmであった。得られた生体吸収性材料の層を有する筒状織物に対し、内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性を測定したところ、透水性は0mL/cm/min.であった。ISO7198のガイダンスに則って測定したキンク半径は15mmであった。
【0183】
[実施例6]
実施例4において得られた筒状織物の外面に、生体吸収性材料として、20wt%の濃度調製した乳酸/ε−カプロラクトン共重合体(溶媒:テトラヒドロフラン)を塗布し、塗布後に40度で2時間乾燥させ、生体吸収性材料の層を形成した。形成した生体吸収性材料の層の厚みは45μmであった。得られた生体吸収性材料の層を有する筒状織物に対し、内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性を測定したところ、透水性は0mL/cm/min.であった。ISO7198のガイダンスに則って測定したキンク半径は10mmであった。
【0184】
[実施例7]
実施例4において得られた筒状織物の外面に、生体吸収性材料として、30wt%に調製したゼラチン溶液(ビーマトリックス(登録商標)ゼラチンLS−H;新田ゼラチン株式会社製)を塗布し、塗布後に4度で1時間冷却することでゼラチンを固化させ、0.2%グルタルアルデヒド溶液中に30分浸漬して、固化したゼラチンを架橋した。架橋後、40度で一晩乾燥させた。形成した生体吸収性材料の層の厚みは120μmであった。得られた生体吸収性材料の層を有する筒状織物に対し、内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性を測定したところ、透水性は0mL/cm/min.であった。ISO7198のガイダンスに則って測定したキンク半径は7mmであった。
【0185】
[実施例8]
実施例1において得られた筒状織物に対し、内面に25℃で120mmHgの圧力をかけたときの透水性を測定したところ、透水性は188mL/cm/min.であった。
【0186】
【表1】
【0187】
表1において、経糸A、緯糸C、緯糸D、経糸Eおよび緯糸Fの糸種は、ポリエチレンテレフタレートである。
【産業上の利用可能性】
【0188】
本発明による筒状織物は、人工血管に好適に用いることが出来るが、その適用範囲がこれに限られるものではない。
【符号の説明】
【0189】
1 筒状織物
2 1本目の標線
3 2本目の標線
4 荷重測定器
5 架台
6 圧縮用チャック治具
7 圧縮用受け治具
8 伸長用チャック治具
9 伸長用受け治具
10 固定ヒモ
X 織物外径の最大値の5倍の距離
Y 内面の凹凸
図1
図2
図3
図4