特許第6864170号(P6864170)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6864170
(24)【登録日】2021年4月6日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】NDフィルタ及びカメラ用NDフィルタ
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/00 20060101AFI20210419BHJP
   G02B 1/18 20150101ALI20210419BHJP
   G03B 11/00 20210101ALI20210419BHJP
   G02B 1/14 20150101ALN20210419BHJP
【FI】
   G02B5/00 A
   G02B1/18
   G03B11/00
   !G02B1/14
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2016-32333(P2016-32333)
(22)【出願日】2016年2月23日
(65)【公開番号】特開2017-151219(P2017-151219A)
(43)【公開日】2017年8月31日
【審査請求日】2019年1月8日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000219738
【氏名又は名称】東海光学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124420
【弁理士】
【氏名又は名称】園田 清隆
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 宗男
(72)【発明者】
【氏名】竹本 典弘
【審査官】 菅原 奈津子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−083885(JP,A)
【文献】 特開2003−043211(JP,A)
【文献】 特開2014−002270(JP,A)
【文献】 特開2011−197602(JP,A)
【文献】 特開2007−186602(JP,A)
【文献】 特開2013−174818(JP,A)
【文献】 特開2009−162852(JP,A)
【文献】 特開2008−260978(JP,A)
【文献】 特開2013−095944(JP,A)
【文献】 特開2007−219210(JP,A)
【文献】 特開2009−265579(JP,A)
【文献】 特開平08−142250(JP,A)
【文献】 米国特許第5626688(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/00− 1/18
5/00− 5/136
G03B 11/00−11/06
B32B 1/00−43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ元素を含んだ強化ガラス製の基板と、
前記基板の1以上の面に配置された、複数の層を有する光吸収膜と、
を備えており、
前記光吸収膜は、NiO(xは0以上1以下)からなるNiO層、若しくはGeO(xは0以上2以下)からなるGeO層の何れか、又は両方からなる光吸収層を含んでおり、
前記光吸収膜における前記基板の側から数えた場合の第1層は、AlからなるAlであり、
前記光吸収膜の最表層は、SiOからなるSiO層であり、
前記Al層の屈折率は、400nm以上700nm以下の波長域において1.65以上であり、
前記Al層は、イオンアシスト蒸着によって形成される程度の密度を有する
ことを特徴とするNDフィルタ。
【請求項2】
アルカリ元素を含んだ強化ガラス製の基板と、
前記基板の1以上の面に配置された、複数の層を有する光吸収膜と、
を備えており、
前記光吸収膜は、NiO(xは0以上1以下)からなるNiO層、若しくはGeO(xは0以上2以下)からなるGeO層の何れか、又は両方からなる光吸収層を含んでおり、
前記光吸収膜における前記基板の側から数えた場合の第1層は、AlからなるAlであり、
前記光吸収膜の最表層は、撥水膜又は防汚膜であり、
前記光吸収膜における前記最表層の直下の層は、SiOからなるSiO層であり、
前記Al層の屈折率は、400nm以上700nm以下の波長域において1.65以上であり、
前記Al層は、イオンアシスト蒸着によって形成される程度の密度を有する
ことを特徴とするNDフィルタ。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載されたNDフィルタを含んでいる
ことを特徴とするカメラ用NDフィルタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ND(Neutral Density)フィルタ、及びカメラ用NDフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
NDフィルタとして、下記特許文献1,2のものが知られている。
特許文献1のNDフィルタは、透明な基板の一方の面あるいは両面に複数の光吸収膜と複数の誘電体膜を積層状に成膜させて構成されており、その光吸収膜は、単体ゲルマニウム又は単体シリコンと、ニッケル及びその酸化物の混合体(Ni+NiO)を含んでいる。又、光吸収膜の最も基板側の層(第1層)は、SiO層あるいはSi層とされており、最も外側の層(最表層)は、SiO層とされている。
特許文献2のNDフィルタは、光吸収層としてチタン酸化物が用いられており、第1層はAl層とされており、最表層はMgF層とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5066644号公報
【特許文献2】特開平7−63915号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のものにおいて、基板がアルカリ元素を含む強化ガラス製であった場合、恒温恒湿試験後において、分光透過率分布や透過率平均値が変化したり、点状の変色が発生したりすることがある。これは、長期間に亘る恒温高湿の環境の影響により基板から析出したアルカリ元素が、光吸収膜に作用していることによるものと考えられる。
他方、特許文献2のものは、最表層がMgF層とされているため、その潮解性により水分に対して比較的に弱いものとなっている。
そこで、請求項1〜2,3に記載の発明は、アルカリ元素を含む強化ガラス製の基板を有しながら、耐環境性に優れ、水分による変性が防止されるNDフィルタ,カメラ用NDフィルタを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、NDフィルタにおいて、アルカリ元素を含んだ強化ガラス製の基板と、前記基板の1以上の面に配置された、複数の層を有する光吸収膜と、を備えており、前記光吸収膜は、NiO(xは0以上1以下)からなるNiO層、若しくはGeO(xは0以上2以下)からなるGeO層の何れか、又は両方からなる光吸収層を含んでおり、前記光吸収膜における前記基板の側から数えた場合の第1層は、AlからなるAlであり、前記光吸収膜の最表層は、SiOからなるSiO層であり、前記Al層の屈折率は、400nm以上700nm以下の波長域において1.65以上であり、前記Al層は、イオンアシスト蒸着によって形成される程度の密度を有することを特徴とするものである。
上記目的を達成するために、請求項2に記載の発明は、NDフィルタにおいて、アルカリ元素を含んだ強化ガラス製の基板と、前記基板の1以上の面に配置された、複数の層を有する光吸収膜と、を備えており、前記光吸収膜は、NiO(xは0以上1以下)からなるNiO層、若しくはGeO(xは0以上2以下)からなるGeO層の何れか、又は両方からなる光吸収層を含んでおり、前記光吸収膜における前記基板の側から数えた場合の第1層は、AlからなるAlであり、前記光吸収膜の最表層は、撥水膜又は防汚膜であり、前記光吸収膜における前記最表層の直下の層は、SiOからなるSiO層であり、前記Al層の屈折率は、400nm以上700nm以下の波長域において1.65以上であり、前記Al層は、イオンアシスト蒸着によって形成される程度の密度を有することを特徴とするものである。
請求項3に記載の発明は、カメラ用フィルタにおいて、上記発明のNDフィルタが含まれていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、アルカリ元素を含む基板を有しながら、耐環境性に優れ、水分による変性が防止されるNDフィルタ,カメラ用NDフィルタを提供することが可能となる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の実施例1に係る可視域(一部)における恒温恒湿試験前後の分光透過率分布が示されるグラフである。
図2】本発明の実施例2に係る図1と同様のグラフである。
図3】本発明の実施例3に係る図1と同様のグラフである。
図4】本発明の実施例4に係る図1と同様のグラフである。
図5】実施例及び比較例で用いられる基板の分光屈折率分布が示されるグラフである。
図6】実施例及び比較例で用いられるSiOの分光屈折率分布(点線,左目盛)と消衰係数の分布(実線,右目盛)が示されるグラフである。
図7】実施例及び比較例で用いられるNiOに係る図6と同様のグラフである。
図8】実施例及び比較例で用いられるGeOに係る図6と同様のグラフである。
図9】実施例及び比較例で用いられるAlに係る図6と同様のグラフである。
図10】実施例及び比較例で用いられるSiO+Al混合材料に係る図6と同様のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明に係る実施の形態の例につき、適宜図面を用いて説明する。尚、本発明の形態は、以下のものに限定されない。
【0009】
本発明に係るNDフィルタは、少なくとも波長が可視域(例えば400ナノメートル(nm)以上800nm以下、400nm以上760nm以下、400nm以上700nm以下、410nm以上760nm以下、又は420nm以上760nm以下)内である光(可視光)を均一に透過するフィルタである。
【0010】
本発明に係るNDフィルタでは、基板の何れかの片面あるいは両面に対し、光学多層膜が形成されている。光学多層膜は、両面に形成される場合、何れの膜も基板からみて同一の積層構造とすることが好ましい。
基板は透明(半透明を適宜含む)であればプラスチックを始めとしていかなる材質であっても良いが、好ましくはアルカリ元素を含んだガラスであり、より好ましくは強化ガラスであり、例えば化学強化ガラスである。
強化ガラス基板は、表面に圧縮応力層が形成されているので、表面にクラックが生じたとしても、圧縮応力によりクラックの成長が抑制され、通常の(強化処理されていない)ガラス基板よりも衝撃に強い。
化学強化ガラス基板は、例えば次のように形成される。ナトリウム(Na)入りの通常のガラス基板が、硝酸カリウム(KNO)あるいはこれを主成分とする化学強化液に浸される。すると、ガラス基板からナトリウムイオン(Na)が流出してカリウムイオン(K)が入り込む。KはNaより大きいので、ガラス基板表面においてより大きなイオンが入った状態となって、表面において元に戻ろうとする力、即ち圧縮応力が生じる。
【0011】
光学多層膜は、可視光を吸収する光吸収層を1以上備えており、可視光の均一な透過(ND)を実現する機能を具備する。可視光の均一な透過のための吸収を行う光学多層膜あるいはその部分は、光吸収膜と適宜呼称される。
可視光の均一な透過のための吸収については、吸収[%]が簡易的に「100−(透過率[%]+反射率[%])」で表されることから、可視域における分光透過率分布や分光反射率分布が平坦であることによって把握することができ、反射率が小さい場合には分光透過率分布が平坦であることによって把握することができる。吸収の平坦性については、吸収の最大値と最小値の差で評価され、分光透過率分布の平坦性については、透過率の最大値と最小値の差で評価され、いずれも差が小さいほど平坦性が高く、NDフィルタとしてより好適であることとなる。
尚、例えばNDフィルタ付きのカメラの撮像素子で利用する光はNDフィルタの透過光であるところ、NDフィルタにおける反射光は撮像素子や光学系におけるノイズの原因となるからNDフィルタの反射率を数%以下程度に低減する要請があり、よって平坦な分光透過率分布のためには均一な吸収が必要となる。
かようにNDフィルタにおいては透過光の均一性が高いことが要求されるため、光吸収層による可視光の吸収は、その要求を満たすような、光学多層膜の他の層や他の膜あるいは基板における吸収や透過率や反射率の分布に応じた分布とされて良い(後述の実施例1〜5や図5〜10参照)。例えば、基板が可視域で波長が大きいほど透過率が漸増する場合、光吸収層は可視域で波長が大きいほど吸収が漸減するようにして良い。又、光吸収層が複数設けられる場合に、一方の光吸収層が可視域で波長が大きいほど吸収が漸増し、他方の光吸収層が可視域で波長が大きいほど吸収が漸減するようにして良い。
光吸収層は、均一な透過のための吸収の実現が容易であることから、金属又は金属酸化物であり、好ましくは金属酸化物である。又、金属又は金属酸化物は、NiO(xは0以上1以下)からなるNiO層、及びGeO(xは0以上2以下)からなるGeO層のうちの少なくとも一方であることが、耐環境性や均一な透過のための吸収の実現の観点から好ましい。
【0012】
又、光学多層膜は、可視光の反射を防止する機能を適宜合わせて具備する。可視光の反射防止を目的とした光学多層膜あるいはその部分は、反射防止膜と適宜呼称される。
反射防止膜は、例えば、低屈折率材料及び高屈折率材料を含む複数種類の誘電体材料から形成される。低屈折率材料としては、酸化ケイ素(特にSiO)が例示され、高屈折率材料としては、酸化ジルコニウム(特にZrO)、酸化チタン(特にTiO)、酸化タンタル(特にTa)、酸化ニオブ(特にNb)の少なくとも何れかが例示される。反射防止膜において、好ましくは、低屈折率材料と高屈折率材料が交互に配置される。光吸収層(金属又は金属酸化物)は、高屈折率材料として取り扱える。反射防止膜における最も基板側の層(基板に最も近い層)を第1層とした場合、第1層が低屈折率層とされても良いし高屈折率層とされても良いが、好ましくは奇数層目が低屈折率層であり、偶数層目が高屈折率層である。
光学多層膜は、光吸収膜のみから構成されても良いし、光吸収膜の外側(空気側)に防汚膜や保護膜が付加されたものであっても良いし、光吸収膜の基板側にハードコート膜が付加されたものであっても良いし、光吸収膜内あるいは光吸収膜外に導電性向上等の他の目的のための単数又は複数の膜が付加されたものであっても良いし、これらの組合せであっても良い。尚、ハードコート膜や導電性膜等は光学多層膜に含まれないものとして扱われても良い。
【0013】
更に、光学多層膜(光吸収膜)は、光吸収層(金属又は金属酸化物層)より基板側の層として、AlからなるAl層を含んでいる。Al膜は、ガスバリア性に優れ、基板からの析出物が光吸収層を始めとする自身より外側の層に達することを防いで、自身より外側の層を保護する。
基板からの析出物をすぐに食い止め、保護する層の数を増加させる観点から、Al膜は光学多層膜の第1層に配置されることが好ましい。
又、ガスバリア性を更に向上し、外側の層を更に保護する観点から、Al層は、イオンアシスト蒸着(Ion Assist Depotition;IAD)によって形成される程度の密度を有することが好ましい。Al層を始めとする蒸着膜の密度は、当業者にとっても直接の測定が極めて困難である。又、蒸着時のイオンアシストの有無で蒸着膜の密度の程度を特定することは、当業者にとって分かり易く有用である。
IADは、イオンプレーティングに係るものであっても良いし、イオンビームスパッタリングに係るものであっても良い。
【0014】
又、光学多層膜(光吸収膜)において、最も外側(大気側)の層である最表層は、SiOからなるSiO層とされる。
最表層がSiO層とされることにより、最表層がAl層とされる場合に比べ、耐傷性を向上することができる。
あるいは、最表層が撥水膜又は防汚膜とされ、最表層より基板側において最表層に隣接する層、即ち最表層の直下の層が、SiOからなるSiO層とされる。この場合であっても、耐傷性を向上することができる。
【0015】
かような光学多層膜が配置された基板からなるNDフィルタは、好適にはカメラ用とされる。
カメラ用NDフィルタは、カメラのレンズの前等に後付けされるものであっても良いし、カメラの光学系に組み込まれた(カメラに内蔵された)ものであっても良い。
又、カメラ用NDフィルタは、車載カメラ用であっても良いし、警備カメラ用であっても良いし、医療機器付属のカメラ用であっても良い。
【実施例】
【0016】
次いで、本発明の好適な実施例、及び本発明に属さない比較例につき、数例説明する(実施例1〜5,比較例1〜4)。尚、本発明の捉え方により、実施例が比較例となったり、比較例が実施例となったりすることがある。
【0017】
まず、恒温恒湿試験後の点状変色(点状劣化)の発生可能性をより低減するため、点状変色の要因は基板から析出したアルカリ元素の光吸収膜(特に光吸収層)への到達にあると捉えられたうえで、アルカリ元素を通過させない膜が検討された。
アルカリ元素を透過させない膜としては、気体を通過させない性質であるガスバリア性の高いものが好適であることが見出された。ガスバリア性の評価は、水蒸気透過性を測定し、単位時間当たりの水蒸気の透過量が少ないものほど水蒸気透過性が低くガスバリア性が高いものとすることで行える。
次の表1には、蒸着可能である種々の誘電体膜の水蒸気透過性に関し測定された結果が示される。
【0018】
【表1】
【0019】
この測定では、Systech Instruments製のL80−5000型LYSSY水蒸気透過度計が用いられた。この装置の水蒸気に関する設定は、温度40℃、湿度90%とされた。
又、水蒸気透過性の測定に係る基板はPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムとされ、それぞれの基板に各種の誘電体膜が各種の蒸着条件により真空装置(チャンバ)内で蒸着された。基板のみの場合(コートなし基板(PET))、水蒸気透過性(透過した水蒸気の1日当たり1立方メートル当たりの重さ(グラム),g/m・day)は、7.29であった。
これに対し、PET基板の片面に、イオンアシストなしの蒸着(通常蒸着)により、通常蒸着で形成される程度の密度を有するSiO膜(膜厚90nm)が配置された場合、水蒸気透過性は6.75と、基板のみの場合より僅かに下がる。これは、SiO膜が水蒸気の透過を妨げるからである。SiO膜の通常蒸着において、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスは導入されず、蒸着レートは0.8nm毎秒(nm/sec)であり、電子ビーム(Electoron Beam;EB)電流は180ミリアンペア(mA)であり、EB加速電圧は7ボルト(V)であり、蒸着材料は顆粒状のSiOである。尚、膜厚は、特に記載されない限り物理膜厚である。
同様に、通常蒸着で形成される程度の密度を有するAl膜(膜厚95nm)がPET基板に配置された場合、水蒸気透過性は6.28となる。通常蒸着に係るAl膜は、通常蒸着に係るSiO膜より水蒸気透過性が低いので、通常蒸着に係るSiO膜より膜密度が高いと言える。尚、Al膜の通常蒸着において、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスが25sccm(standard cubic centimeter per minute)導入され、蒸着レートは0.4nm/secであり、EB電流は500mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のAlである。
更に、SiO膜がイオンアシストありの蒸着(IAD)で蒸着され、IADで形成される程度の密度を有するSiO膜(膜厚69nm)がPET基板に配置された場合、水蒸気透過性が3.77と更に大きく下がる。これは、IADによって形成されたSiO膜の密度がイオンアシストなしの場合の密度より大きく、かように密度の大きいSiO膜が水蒸気の透過を更に妨げるからである。尚、SiO膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは0.8nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧は900Vであり、加速電流は900mAであり、バイアス電流は600mAであり,酸素(O)ガスは50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は180mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のSiOである。
同様に、SiO膜がイオンアシストありで膜厚63nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が3.14と大きく下がる。SiO膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは1.0nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧は500Vであり、加速電流は500mAであり、バイアス電流は500mAであり,アルゴン(Ar)ガスが50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は60mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のSiOである。
更に同様に、Al膜がイオンアシストのある状態で膜厚79.0nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が0.89となる。Al膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは0.4nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧1000Vであり、加速電流は1000mAであり、バイアス電流は600mAであり,Oガスが50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は500mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のAlである。
よって、アルカリ元素の光吸収層(金属酸化物)への到達を防ぐには、水蒸気透過性の高い、即ちガスバリア性の高いAl層が光吸収層より基板側に配置されれば良い。又、ガスバリア性の向上に鑑み、より好ましくは、Al層は、IADにより形成される程度の密度を有するものとされる。
【0020】
以上のガスバリア性に関する検討結果に基づいて、実施例1〜5,比較例1〜4に係るNDフィルタが作成された。
実施例1〜5,比較例1〜4は何れも、アルカリ元素(NaやK)を含む厚さ1mm(ミリメートル)のフラットな白板ガラスを基板とし、その両面に対して同じ構成の光吸収膜が配置された。
光吸収膜における光吸収層(金属酸化物)は、NiO(0<x<1)又はGeO(0<x<2)とされた。
又、光吸収膜において、低屈折率層、中間屈折率層、高屈折率層が交互に配置されており、反射防止機能も付与された。光吸収層は、高屈折率層として扱うことができる。中間屈折率層はAl層とされた。低屈折率層は、SiO層又はSiO+Al混合材料によるSiO+Al混合層(表2中「*」)とされた。SiO+Al混合材料は、一般にはSiOの分量がAlの分量に比べて高く、例えばSiOの重量比9に対してAlの重量比が1あるいはそれ以下であるが、本発明では特に重量比は限定されず、ここではキャノンオプトロン株式会社製「S5F」が用いられた。
これらの光吸収膜の各層は、何れもIADによって蒸着され、材料が同じであれば同じ蒸着条件で蒸着された。但し、蒸着時の基板の温度は、比較例4のみ何れの層においても250℃とされ、その他は何れの層においても130℃とされた。
更に、実施例5では、光吸収膜の最表層として、撥水膜が形成された。撥水膜は、チャンバ内で撥水剤が蒸着されることで形成された。実施例5における撥水膜の膜厚は5nm程度とされた。
実施例1〜5,比較例1〜4における片側の光学多層膜の構成が、基板に最も近い層を第1層として、次の表2,3に示される。
又、これらの光学多層膜に係る材料毎の蒸着条件が、表1と同様にして次の表4に示される。
【0021】
【表2】
【表3】
【0022】
【表4】
【0023】
そして、実施例1〜5,比較例1〜4に係るNDフィルタの両面について、各種の評価が行われた。
即ち、恒温恒湿試験前後の透過率変化の測定、恒温恒湿試験後の外観の観察、防傷性の試験である。これらの結果が、次の表5,6に示される。
恒温恒湿試験は、温度60℃湿度90%に保持された環境に各NDフィルタが所定期間投入されることで行われた。その期間は、表5,6において「6日間」等と記載されている。
透過率変化の測定では、400nm以上700nm以下の波長域において恒温恒湿試験前後でそれぞれ分光透過率分布が測定され、それぞれの分光透過率の平均値が算出され、恒温恒湿試験前の平均値から恒温恒湿試験後の平均値を減じた差が求められた。この平均値の差の大きさにより、恒温恒湿試験前後で分光透過率の平均値がどれだけ動いたのかが評価される。実施例1〜4に係る恒温恒湿試験前後の各分光透過率変化が、図1〜4に示される。実施例5の分光透過率変化は、実施例4と同様である。尚、図5において、基板における恒温恒湿試験前の同波長域での光学定数が示され、図6〜10において、各種の層における恒温恒湿試験前の同波長域での光学定数屈折率(点線,左目盛)と消衰係数(実線,右目盛)が示される。
防傷性の評価は、スチールウール(日本スチールウール株式会社製ボンスターNo.00)を用いて次のように行われた。各NDフィルタに対してスチールウールが5mm×10mmの接触面積で接触し、スチールウールに2キログラム重の荷重が付与された状態で、スチールウールが20mmのストロークで10往復される。その後、NDフィルタが観察され、次の基準で評価される。即ち、光吸収膜を貫通して基板に達する傷が10本以上発生していれば「×」というように相対的に最悪の評価とされ、基板に達する傷が3本以上10本未満発生していれば「△」というように相対的に悪い評価とされ、基板に達する傷が1本以上3本未満発生していれば「○」というように相対的に良い評価とされ、基板に達する傷がない場合には「◎」というように相対的に最良の評価とされる。
【0024】
【表5】
【表6】
【0025】
比較例1では、恒温恒湿試験後の透過率変化が比較的に少なく、その試験後の外観変化もない。よって、比較例1の耐温性や耐湿性は高い。
しかし、比較例1では、防傷性が「×」と低評価である。これは、最表層(第7層)がAl層とされており、最表層においてスチールウールで容易に傷が付いてしまい、最表層以下に影響が容易に及んでしまうことによる。
これに対し、実施例1〜4では、何れも最表層がSiO層となっており、最表層においてスチールウールの荷重に対して傷が付き難く、最表層以下に影響が及び難く、防傷性が高評価「○」となっている。
又、実施例5では、最表層が撥水膜とされ、その直下の層がSiO層とされており、実施例1〜4と同様にスチールウールの荷重に対して傷が付き難く、最表層直下の層以下に影響が及び難い。更に、最表層の撥水膜によりNDフィルタ表面に滑り性が付与され、スチールウールの荷重を逃がす。よって、実施例5では、防傷性が最高評価「◎」となっている。尚、最表層が撥水膜でなく防汚剤に係る防汚膜であっても、最表層が撥水膜である場合と同様に、防傷性に優れる。
【0026】
比較例2では、最表層がSiO層となっており、耐傷性が高評価「○」である。
又、恒温恒湿試験後の透過率変化が比較的に少ないものの、その試験後の外観変化が顕著に発生している。即ち、比較例2は、5日間の恒温恒湿試験後において、斑点状の変色(シミ)が多数発生している。かようなシミの発生は、高温高湿の環境に長期間晒された基板から斑点状にアルカリ元素が析出し、そのアルカリ元素が光吸収層(第2,4,6層)に達して光吸収層を変性させることによる。尚、シミ部分における成分解析も行われ、アルカリ元素(NaやK)が検出された。
これに対し、実施例1〜5では、恒温恒湿試験後の外観変化はない。これは、光吸収層より基板側に、Al層が配置されていることによる。Al膜はそれ自体でガスバリア性が高く、IAD形成時の密度を有するAl膜は更にガスバリア性が高く、基板から析出したアルカリ元素が光吸収層に達しないように食い止めているからである。
比較例3では、シミの数が比較的に少ないものの、比較例2と同様にシミが発生している。SiO層は、SiO層と同様に、ガスバリア性が十分でないことになる。尚、SiO層は、形成時において既に茶色を呈しており、SiO層を用いながら可視域において分光吸収率分布が平坦であるように設計することは困難であった。
【0027】
比較例4では、防傷性が「◎」と最良の評価である。これは、最表層がMgF層であることによる。
しかし、比較例4では、5日間の恒温恒湿試験の前後の透過率変化が+1.70%と著しく、恒温恒湿試験後に斑点状のシミが発生してしまっている。
比較例4では、潮解性のあるMgF膜が最表層に配置されることにより、恒温恒湿試験前後の透過率変化が著しくなっている。又、比較例4では、第1層が実施例1〜5と同様にAl層であるものの、MgF膜が最表層に配置されることにより、外側(空気側)から光学多層膜へ水分が入ってしまい、主に水分が光吸収層(金属酸化物)に作用してシミが発生するものと考えられる。
尚、外側からの水分の流入を防止する目的で、最表層にAl膜が配置されると、耐傷性が良好でなくなる(比較例1参照)。
これに対し、実施例1〜5は、第1層がAl層とされ、最表層又はその直下の層がSiO層とされているため、耐環境性(耐熱性、耐湿性、少ない透過率変化)、及び耐傷性に優れたNDフィルタとなっている。更に、実施例5は、最表層が撥水膜であることにより、撥水性も兼ね備える。尚、最表層が防汚膜とされた場合には、防汚性を兼ね備えることとなる。
【0028】
尚、本発明(実施例1〜5)において、基板がアルカリ元素を含んでいれば、アルカリ元素による影響は、主にAl層の基板側への配置によって防止することができるのであるが、基板は必ずしもアルカリ元素を含んでいなくても良く、又ガラスでなくても良い。
アルカリ元素を含んでいない基板やガラスではない基板であっても、光学多層膜(光吸収膜)について基板からの影響を阻止したい状況は十分発生し得る。
例えば、プラスチック製の平坦な基板の表面に光学多層膜が配置される場合に、プラスチックからの水分や他の析出物が光学多層膜に対して影響することを防止したい場合には、プラスチック基板に対して実施例1〜5のような光学多層膜が配置されるようにしても良い。
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