【実施例】
【0016】
次いで、本発明の好適な実施例、及び本発明に属さない比較例につき、数例説明する(実施例1〜5,比較例1〜4)。尚、本発明の捉え方により、実施例が比較例となったり、比較例が実施例となったりすることがある。
【0017】
まず、恒温恒湿試験後の点状変色(点状劣化)の発生可能性をより低減するため、点状変色の要因は基板から析出したアルカリ元素の光吸収膜(特に光吸収層)への到達にあると捉えられたうえで、アルカリ元素を通過させない膜が検討された。
アルカリ元素を透過させない膜としては、気体を通過させない性質であるガスバリア性の高いものが好適であることが見出された。ガスバリア性の評価は、水蒸気透過性を測定し、単位時間当たりの水蒸気の透過量が少ないものほど水蒸気透過性が低くガスバリア性が高いものとすることで行える。
次の表1には、蒸着可能である種々の誘電体膜の水蒸気透過性に関し測定された結果が示される。
【0018】
【表1】
【0019】
この測定では、Systech Instruments製のL80−5000型LYSSY水蒸気透過度計が用いられた。この装置の水蒸気に関する設定は、温度40℃、湿度90%とされた。
又、水蒸気透過性の測定に係る基板はPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムとされ、それぞれの基板に各種の誘電体膜が各種の蒸着条件により真空装置(チャンバ)内で蒸着された。基板のみの場合(コートなし基板(PET))、水蒸気透過性(透過した水蒸気の1日当たり1立方メートル当たりの重さ(グラム),g/m
2・day)は、7.29であった。
これに対し、PET基板の片面に、イオンアシストなしの蒸着(通常蒸着)により、通常蒸着で形成される程度の密度を有するSiO
2膜(膜厚90nm)が配置された場合、水蒸気透過性は6.75と、基板のみの場合より僅かに下がる。これは、SiO
2膜が水蒸気の透過を妨げるからである。SiO
2膜の通常蒸着において、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスは導入されず、蒸着レートは0.8nm毎秒(nm/sec)であり、電子ビーム(Electoron Beam;EB)電流は180ミリアンペア(mA)であり、EB加速電圧は7ボルト(V)であり、蒸着材料は顆粒状のSiO
2である。尚、膜厚は、特に記載されない限り物理膜厚である。
同様に、通常蒸着で形成される程度の密度を有するAl
2O
3膜(膜厚95nm)がPET基板に配置された場合、水蒸気透過性は6.28となる。通常蒸着に係るAl
2O
3膜は、通常蒸着に係るSiO
2膜より水蒸気透過性が低いので、通常蒸着に係るSiO
2膜より膜密度が高いと言える。尚、Al
2O
3膜の通常蒸着において、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスが25sccm(standard cubic centimeter per minute)導入され、蒸着レートは0.4nm/secであり、EB電流は500mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のAl
2O
3である。
更に、SiO
2膜がイオンアシストありの蒸着(IAD)で蒸着され、IADで形成される程度の密度を有するSiO
2膜(膜厚69nm)がPET基板に配置された場合、水蒸気透過性が3.77と更に大きく下がる。これは、IADによって形成されたSiO
2膜の密度がイオンアシストなしの場合の密度より大きく、かように密度の大きいSiO
2膜が水蒸気の透過を更に妨げるからである。尚、SiO
2膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは0.8nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧は900Vであり、加速電流は900mAであり、バイアス電流は600mAであり,酸素(O
2)ガスは50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は180mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のSiO
2である。
同様に、SiO膜がイオンアシストありで膜厚63nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が3.14と大きく下がる。SiO膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは1.0nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧は500Vであり、加速電流は500mAであり、バイアス電流は500mAであり,アルゴン(Ar)ガスが50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は60mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のSiOである。
更に同様に、Al
2O
3膜がイオンアシストのある状態で膜厚79.0nmで蒸着された場合、水蒸気透過性が0.89となる。Al
2O
3膜のIADにおいて、基板温度は130℃とされ、チャンバ内にガスはイオン銃によるものの他は導入されず、蒸着レートは0.4nm/secである。又、IADのイオン銃において、加速電圧1000Vであり、加速電流は1000mAであり、バイアス電流は600mAであり,O
2ガスが50sccmの流量で導入される。更に、EB電流は500mAであり、EB加速電圧は7Vであり、蒸着材料は顆粒状のAl
2O
3である。
よって、アルカリ元素の光吸収層(金属酸化物)への到達を防ぐには、水蒸気透過性の高い、即ちガスバリア性の高いAl
2O
3層が光吸収層より基板側に配置されれば良い。又、ガスバリア性の向上に鑑み、より好ましくは、Al
2O
3層は、IADにより形成される程度の密度を有するものとされる。
【0020】
以上のガスバリア性に関する検討結果に基づいて、実施例1〜5,比較例1〜4に係るNDフィルタが作成された。
実施例1〜5,比較例1〜4は何れも、アルカリ元素(Na
+やK
+)を含む厚さ1mm(ミリメートル)のフラットな白板ガラスを基板とし、その両面に対して同じ構成の光吸収膜が配置された。
光吸収膜における光吸収層(金属酸化物)は、NiO
x(0<x<1)又はGeO
x(0<x<2)とされた。
又、光吸収膜において、低屈折率層、中間屈折率層、高屈折率層が交互に配置されており、反射防止機能も付与された。光吸収層は、高屈折率層として扱うことができる。中間屈折率層はAl
2O
3層とされた。低屈折率層は、SiO
2層又はSiO
2+Al
2O
3混合材料によるSiO
2+Al
2O
3混合層(表2中「*」)とされた。SiO
2+Al
2O
3混合材料は、一般にはSiO
2の分量がAl
2O
3の分量に比べて高く、例えばSiO
2の重量比9に対してAl
2O
3の重量比が1あるいはそれ以下であるが、本発明では特に重量比は限定されず、ここではキャノンオプトロン株式会社製「S5F」が用いられた。
これらの光吸収膜の各層は、何れもIADによって蒸着され、材料が同じであれば同じ蒸着条件で蒸着された。但し、蒸着時の基板の温度は、比較例4のみ何れの層においても250℃とされ、その他は何れの層においても130℃とされた。
更に、実施例5では、光吸収膜の最表層として、撥水膜が形成された。撥水膜は、チャンバ内で撥水剤が蒸着されることで形成された。実施例5における撥水膜の膜厚は5nm程度とされた。
実施例1〜5,比較例1〜4における片側の光学多層膜の構成が、基板に最も近い層を第1層として、次の表2,3に示される。
又、これらの光学多層膜に係る材料毎の蒸着条件が、表1と同様にして次の表4に示される。
【0021】
【表2】
【表3】
【0022】
【表4】
【0023】
そして、実施例1〜5,比較例1〜4に係るNDフィルタの両面について、各種の評価が行われた。
即ち、恒温恒湿試験前後の透過率変化の測定、恒温恒湿試験後の外観の観察、防傷性の試験である。これらの結果が、次の表5,6に示される。
恒温恒湿試験は、温度60℃湿度90%に保持された環境に各NDフィルタが所定期間投入されることで行われた。その期間は、表5,6において「6日間」等と記載されている。
透過率変化の測定では、400nm以上700nm以下の波長域において恒温恒湿試験前後でそれぞれ分光透過率分布が測定され、それぞれの分光透過率の平均値が算出され、恒温恒湿試験前の平均値から恒温恒湿試験後の平均値を減じた差が求められた。この平均値の差の大きさにより、恒温恒湿試験前後で分光透過率の平均値がどれだけ動いたのかが評価される。実施例1〜4に係る恒温恒湿試験前後の各分光透過率変化が、
図1〜4に示される。実施例5の分光透過率変化は、実施例4と同様である。尚、
図5において、基板における恒温恒湿試験前の同波長域での光学定数が示され、
図6〜10において、各種の層における恒温恒湿試験前の同波長域での光学定数屈折率(点線,左目盛)と消衰係数(実線,右目盛)が示される。
防傷性の評価は、スチールウール(日本スチールウール株式会社製ボンスターNo.00)を用いて次のように行われた。各NDフィルタに対してスチールウールが5mm×10mmの接触面積で接触し、スチールウールに2キログラム重の荷重が付与された状態で、スチールウールが20mmのストロークで10往復される。その後、NDフィルタが観察され、次の基準で評価される。即ち、光吸収膜を貫通して基板に達する傷が10本以上発生していれば「×」というように相対的に最悪の評価とされ、基板に達する傷が3本以上10本未満発生していれば「△」というように相対的に悪い評価とされ、基板に達する傷が1本以上3本未満発生していれば「○」というように相対的に良い評価とされ、基板に達する傷がない場合には「◎」というように相対的に最良の評価とされる。
【0024】
【表5】
【表6】
【0025】
比較例1では、恒温恒湿試験後の透過率変化が比較的に少なく、その試験後の外観変化もない。よって、比較例1の耐温性や耐湿性は高い。
しかし、比較例1では、防傷性が「×」と低評価である。これは、最表層(第7層)がAl
2O
3層とされており、最表層においてスチールウールで容易に傷が付いてしまい、最表層以下に影響が容易に及んでしまうことによる。
これに対し、実施例1〜4では、何れも最表層がSiO
2層となっており、最表層においてスチールウールの荷重に対して傷が付き難く、最表層以下に影響が及び難く、防傷性が高評価「○」となっている。
又、実施例5では、最表層が撥水膜とされ、その直下の層がSiO
2層とされており、実施例1〜4と同様にスチールウールの荷重に対して傷が付き難く、最表層直下の層以下に影響が及び難い。更に、最表層の撥水膜によりNDフィルタ表面に滑り性が付与され、スチールウールの荷重を逃がす。よって、実施例5では、防傷性が最高評価「◎」となっている。尚、最表層が撥水膜でなく防汚剤に係る防汚膜であっても、最表層が撥水膜である場合と同様に、防傷性に優れる。
【0026】
比較例2では、最表層がSiO
2層となっており、耐傷性が高評価「○」である。
又、恒温恒湿試験後の透過率変化が比較的に少ないものの、その試験後の外観変化が顕著に発生している。即ち、比較例2は、5日間の恒温恒湿試験後において、斑点状の変色(シミ)が多数発生している。かようなシミの発生は、高温高湿の環境に長期間晒された基板から斑点状にアルカリ元素が析出し、そのアルカリ元素が光吸収層(第2,4,6層)に達して光吸収層を変性させることによる。尚、シミ部分における成分解析も行われ、アルカリ元素(Na
+やK
+)が検出された。
これに対し、実施例1〜5では、恒温恒湿試験後の外観変化はない。これは、光吸収層より基板側に、Al
2O
3層が配置されていることによる。Al
2O
3膜はそれ自体でガスバリア性が高く、IAD形成時の密度を有するAl
2O
3膜は更にガスバリア性が高く、基板から析出したアルカリ元素が光吸収層に達しないように食い止めているからである。
比較例3では、シミの数が比較的に少ないものの、比較例2と同様にシミが発生している。SiO層は、SiO
2層と同様に、ガスバリア性が十分でないことになる。尚、SiO層は、形成時において既に茶色を呈しており、SiO層を用いながら可視域において分光吸収率分布が平坦であるように設計することは困難であった。
【0027】
比較例4では、防傷性が「◎」と最良の評価である。これは、最表層がMgF
2層であることによる。
しかし、比較例4では、5日間の恒温恒湿試験の前後の透過率変化が+1.70%と著しく、恒温恒湿試験後に斑点状のシミが発生してしまっている。
比較例4では、潮解性のあるMgF
2膜が最表層に配置されることにより、恒温恒湿試験前後の透過率変化が著しくなっている。又、比較例4では、第1層が実施例1〜5と同様にAl
2O
3層であるものの、MgF
2膜が最表層に配置されることにより、外側(空気側)から光学多層膜へ水分が入ってしまい、主に水分が光吸収層(金属酸化物)に作用してシミが発生するものと考えられる。
尚、外側からの水分の流入を防止する目的で、最表層にAl
2O
3膜が配置されると、耐傷性が良好でなくなる(比較例1参照)。
これに対し、実施例1〜5は、第1層がAl
2O
3層とされ、最表層又はその直下の層がSiO
2層とされているため、耐環境性(耐熱性、耐湿性、少ない透過率変化)、及び耐傷性に優れたNDフィルタとなっている。更に、実施例5は、最表層が撥水膜であることにより、撥水性も兼ね備える。尚、最表層が防汚膜とされた場合には、防汚性を兼ね備えることとなる。
【0028】
尚、本発明(実施例1〜5)において、基板がアルカリ元素を含んでいれば、アルカリ元素による影響は、主にAl
2O
3層の基板側への配置によって防止することができるのであるが、基板は必ずしもアルカリ元素を含んでいなくても良く、又ガラスでなくても良い。
アルカリ元素を含んでいない基板やガラスではない基板であっても、光学多層膜(光吸収膜)について基板からの影響を阻止したい状況は十分発生し得る。
例えば、プラスチック製の平坦な基板の表面に光学多層膜が配置される場合に、プラスチックからの水分や他の析出物が光学多層膜に対して影響することを防止したい場合には、プラスチック基板に対して実施例1〜5のような光学多層膜が配置されるようにしても良い。