特許第6864585号(P6864585)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6864585ポリヒドロキシアルカノエートの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6864585
(24)【登録日】2021年4月6日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】ポリヒドロキシアルカノエートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/62 20060101AFI20210419BHJP
【FI】
   C12P7/62
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-165515(P2017-165515)
(22)【出願日】2017年8月30日
(65)【公開番号】特開2019-41606(P2019-41606A)
(43)【公開日】2019年3月22日
【審査請求日】2020年6月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(72)【発明者】
【氏名】西海 薫
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−524345(JP,A)
【文献】 特開昭60−145097(JP,A)
【文献】 特開2012−115145(JP,A)
【文献】 特開平09−191893(JP,A)
【文献】 特開昭52−030046(JP,A)
【文献】 特開2010−069389(JP,A)
【文献】 特開昭63−049291(JP,A)
【文献】 Journal of Bioscience and Bioengineering,2017年,124(2),250-254
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
C12N 1/00− 7/08
B01D 21/00−21/01
C02F 1/52− 1/56
C02F 3/00− 3/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸石鹸の存在下、ポリヒドロキシアルカノエートを含む微生物細胞の破砕又は可溶化処理を実施する工程(a)と、
工程(a)で得られた組成物から、ポリヒドロキシアルカノエートを分離する工程(b)とを有し、
前記脂肪酸石鹸は、炭素数8〜30の脂肪酸のアルカリ金属塩であり、
前記脂肪酸は、融点が30℃以上の脂肪酸である、
ポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【請求項2】
前記脂肪酸石鹸が、炭素数10〜18の飽和脂肪酸のアルカリ金属塩である請求項1に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【請求項3】
前記破砕又は可溶化処理が、化学的処理及び物理的破砕処理からなる群より選択される少なくとも一種の処理を含む請求項1又は2に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【請求項4】
前記化学的処理が、アルカリ、蛋白質分解酵素及び細胞壁分解酵素からなる群より選択される少なくとも一種による化学的処理である請求項3に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物によって生産されるポリヒドロキシアルカノエートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリヒドロキシアルカノエート(以後、PHAと略す)は、多くの微生物種の細胞内にエネルギー蓄積物質として生成、蓄積される熱可塑性ポリエステルである。微生物によって天然の有機酸や油脂を炭素源に生産されるPHAは、土中や水中の微生物により完全に生分解され、自然界の炭素循環プロセスに取り込まれることになるため、生態系への悪影響がほとんどない環境調和型のプラスチック材料と言える。近年、合成プラスチックが環境汚染、廃棄物処理、石油資源の観点から深刻な社会問題となるに至り、PHAが環境に優しいグリーンプラスチックとして注目され、その実用化が切望されている。また、医療分野においても、回収不要のインプラント材料、薬物担体などの生体適合性プラスチックとして利用が可能と考えられており、実用化が期待されている。
【0003】
微生物が生産するPHAは、通常顆粒体として微生物細胞内に蓄積されるため、PHAをプラスチックとして利用するためには、微生物細胞内からPHAを分離して取り出すという工程が必要である。PHAの分離方法として、例えば、PHA以外の細胞構成成分を可溶化させて除く方法が開示されている(例えば、特許文献1参照)。この方法は酵素処理を行った後、アルカリと界面活性剤を添加し、常温で高圧破砕を行い、遠心分離で回収する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−115145号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された方法は、当該方法では製品の純度も高く、低温で酵素処理するためにPHAの分子量をあまり低下させないことから、工業化可能な方法と考えられる。しかしながら、当該方法では微生物の細胞を可溶化、乳化させているため、その成分を最終的に排水として処理しなければならない。当該方法の排水処理においては、排水中のTOC(全有機炭素)成分を凝集沈殿により除くことが難しいという問題があり、この点で上記方法はさらなる改善の余地があった。また、上記方法においては、添加している界面活性剤が発泡や活性汚泥の微生物を阻害する場合があるため、排水処理の処理効率の低下や処理設備の大型化の必要性から、安価な排水処理を実施することが難しいという問題もあった。
【0006】
したがって、本発明の目的は、高純度で加工性に優れたPHAを効率的に回収でき、なおかつ排水の処理効率にも優れたPHAの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の脂肪酸石鹸を用いる特定の製造方法によると、高純度で加工性に優れたPHAを効率的に回収でき、なおかつ排水の処理効率にも優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本願は、例えば、以下の発明を提供する。
【0009】
[1]脂肪酸石鹸の存在下、ポリヒドロキシアルカノエートを含む微生物細胞の破砕又は可溶化処理を実施する工程(a)と、
工程(a)で得られた組成物から、ポリヒドロキシアルカノエートを分離する工程(b)とを有し、
前記脂肪酸石鹸は、炭素数8〜30の脂肪酸のアルカリ金属塩であり、
前記脂肪酸は、融点が30℃以上の脂肪酸である、
ポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【0010】
[2]前記脂肪酸石鹸が、炭素数10〜18の飽和脂肪酸のアルカリ金属塩である[1]に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【0011】
[3]前記破砕又は可溶化処理が、化学的処理及び物理的破砕処理からなる群より選択される少なくとも一種の処理を含む[1]又は[2]に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【0012】
[4]前記化学的処理が、アルカリ、蛋白質分解酵素及び細胞壁分解酵素からなる群より選択される少なくとも一種による化学的処理である[3]に記載のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法によると、微生物が産生したPHA含有微生物細胞から、高純度で加工性の良いPHAを効率的に回収できる。さらに、本発明のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法は、製造工程において排出される排水の処理において界面活性剤による問題点が生じず、排水の処理効率にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例2、比較例1において測定したTOCの経時変化を示す図である。
図2】実施例1において得られたフロックの写真である。
図3】実施例2において得られたフロックの写真である。
図4】実施例3において得られたフロックの写真である。
図5】比較例1において得られたフロックの写真である。
図6】比較例2において得られたフロックの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のポリヒドロキシアルカノエートの製造方法は、下記工程(a)及び工程(b)を必須の工程として含む方法である。
工程(a):脂肪酸石鹸の存在下、ポリヒドロキシアルカノエート(以下、PHAと称する場合がある)を細胞内に含む微生物細胞の破砕又は可溶化処理を実施する工程
工程(b):工程(a)で得られた組成物(破砕又は可溶化処理の組成物)から、ポリヒドロキシアルカノエートを分離する工程
【0016】
[工程(a)]
本発明におけるPHAとは、ヒドロキシアルカノエート(ヒドロキシアルカン酸)の重合体の総称である。ヒドロキシアルカノエートとしては特に限定されないが、例えば、3−ヒドロキシブチレート(3HB)、3−ヒドロキシバレレート(3HV)、3−ヒドロキシプロピオネート、4−ヒドロキシブチレート(4HB)、4−ヒドロキシバレレート、5−ヒドロキシバレレート、3−ヒドロキシペンテノエート、3−ヒドロキシヘキサノエート(3HH)、3−ヒドロキシヘプタノエート、3−ヒドロキシオクタノエート、3−ヒドロキシノナエート、3−ヒドロキシドカネートなどが挙げられる。
【0017】
本発明におけるPHAは、これらヒドロキシアルカノエートの単独重合体であってもよいし、2種以上のヒドロキシアルカノエートが共重合した共重合体であってもよい。例えば、3HBの単独重合体であるPHBや、3HBと3HVの2成分共重合体であるPHBV、3HBと3HHとの2成分共重合体であるPHBH(特許第2777757号公報参照)または、3HBと3HVと3HHとの3成分共重合体であるPHBHV(特許第277757号公報参照)、3HBと4HBの2成分共重合体であるP3HB4HBなどが例示できる。特に、加熱などで分子量が低下しやすい傾向にある共重合体の場合、後述するように加熱時の分子量の低下がしにくいという点で本発明は適している。
【0018】
特に、生分解性ポリマーとしての分解性と、柔らかい性質を持つ点で、モノマーユニットとして3HHを有する共重合体が好ましく、より好ましくは、PHBHである。このときPHBHを構成する各モノマーユニットの組成比については特に限定されるものではないが、良好な加工性を示す点から3HHユニットが1〜99mol%のものが好ましく、より好ましくは3〜30mol%である。また、PHBHVの場合、構成する各モノマーユニットの組成比については特に限定されるものではないが、例えば、3HBユニットの含量は1〜95mol%、3HVユニットの含量は1〜96mol%、3HHユニットの含量は1〜30mol%といった範囲のものが好適である。
【0019】
PHAを実用化するためには、加工品が使用に耐え得る物性を示す必要があり、ゲルクロマトグラフィー法でポリスチレンを分子量標準としたPHAの重量平均分子量が1万以上であることが好ましい。より好ましくは5万以上、より好ましくは10万以上、さらに好ましくは20万以上、特に好ましくは20万〜200万、極めて好ましくは20万〜150万、最も好ましくは20万〜100万である。分子量が200万を超えると、溶融して加工する際に流動性が低下し、ハンドリングが悪い場合がある。
【0020】
本発明における微生物は、細胞内にPHAを生成する微生物である限りにおいて、特に限定されない。天然から単離された微生物や菌株の寄託機関(例えばIFO、ATCC等)に寄託されている微生物、または、それらから調製し得る変異体や形質転換体等を使用できる。例えばカプリアビダス(Cupriavidus)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、ラルストニア(Ralstonia)属、シュウドモナス(Pseudomonas)属、バチルス(Bacillus)属、アゾトバクター(Azotobacter)属、ノカルディア(Nocardia)属、アエロモナス(Aeromonas)属の菌等が挙げられる。特に、アルカリゲネス・リポリティカ(A.lipolytica)、アルカリゲネス・ラトゥス(A.latus)、アエロモナス・キャビエ(A.caviae)、アエロモナス・ハイドロフィラ(A.hydrophila)、カプリアビダス・ネケータ(C.necator)等の菌株が好ましい。また、微生物が、本来PHAの生産能力を有しない場合、もしくは生産量が低い場合には、該微生物に目的とするPHAの合成酵素遺伝子及び/又はその変異体を導入し、得られる形質転換体を用いることもできる。このような形質転換体の作製に用いるPHAの合成酵素遺伝子としては特に限定はないが、アエロモナス・キャビエ由来のPHA合成酵素の遺伝子が好ましい。これら微生物を適切な条件で培養することで、菌体内にPHAを蓄積させた微生物菌体を得ることができる。その培養方法については特に限定はないが、例えば特開平05−93049号公報等に挙げられる方法が用いられる。
【0021】
微生物細胞からPHAを回収する上において、培養後の微生物細胞(PHAを含む微生物細胞)中のPHA含有率は、高い方が好ましいのは当然であり、工業レベルでの適用においては乾燥細胞中のPHA含有率は50重量%以上であることが好ましく、以後の分離操作、分離ポリマーの純度等を考慮するとPHA含有率は60重量%以上が好ましく、さらに好ましくは70重量%以上である。
【0022】
微生物により産生したPHAは、以下のような工程により回収される。
【0023】
工程(a)においては、特定の脂肪酸石鹸の存在下、PHAを含む微生物細胞の破砕又は可溶化処理を実施する。破砕処理と可溶化処理の両方を実施してもよく、これら処理を実施する順番も特に限定されない。工程(a)において破砕又は可溶化処理を実施する対象としては、ポリヒドロキシアルカノエートを含む微生物細胞の水性懸濁液を使用することが好ましい。当該水性懸濁液としては、培養完了後のPHA含有微生物細胞を含む培養ブロスをそのまま用いることもできるし、当該培養ブロスから回収した菌体に水を添加する等して調製したPHA含有微生物細胞の水性懸濁液を用いることもできる。培養ブロスから菌体を回収する方法としては、遠心分離や膜分離など当業者に周知の方法を用いることができる。また、菌体の回収に際して加熱などにより菌体を死滅させてもよい。ここで、加熱する場合の温度は50℃〜80℃が好ましい。破砕又は可溶化処理に際しては、微生物は死滅させることが好ましい。
【0024】
上記破砕又は可溶化処理としては、化学的処理及び物理的破砕処理からなる群より選択される少なくとも一種の処理を含むことが好ましい。中でも、化学的処理及び物理的破砕処理の両方を含むことがより好ましい。
【0025】
PHAを含む微生物細胞の可溶化処理としては、酵素処理、アルカリ処理、界面活性剤処理等の化学的処理が挙げられる。これらの可溶化処理は、1種のみを実施してもよいし、2種以上を組み合わせて実施してもよい。これら可溶化処理の2種以上を実施する場合、これらを実施する順番は特に限定されない。中でも、酵素処理、アルカリ処理及び界面活性剤処理からなる群より選択される2種以上(特に、少なくともアルカリ処理及び界面活性剤処理)を実施することが好ましく、3種全てを実施することが好ましい。本発明の製造方法における工程(a)は、特定の脂肪酸石鹸の存在下で処理を実施するため、当該脂肪酸石鹸を用いた界面活性剤処理は必須として実施するものである。
【0026】
上記酵素処理は、従来公知の方法に従って実施でき、その方法は特に限定されないが、例えば、特開2012−115145号公報に記載の方法(PHA含有微生物細胞を酵素処理することで、細胞壁を分解してより高い純度を得る方法)等を利用することができる。酵素としては、工業的な製品に用いられ得るものであれば特に限定はないが、蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)、細胞壁分解酵素が好ましい。酵素の添加量は、適宜選択可能である。
【0027】
上記アルカリ処理は、例えば、PHAを含む微生物細胞の水性懸濁液にアルカリを添加することにより実施できる。当該アルカリとしては、従来公知のものを用いることができるが、PHA含有微生物の細胞壁を破壊して細胞中のPHAを細胞外に流出できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等を含めたアルカリ金属の水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属の炭酸塩;炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属の炭酸水素塩;酢酸ナトリウム、酢酸カリウム等の有機酸のアルカリ金属塩;ホウ砂等のアルカリ金属のホウ酸塩;リン酸3ナトリウム、リン酸水素2ナトリウム、リン酸3カリウム、リン酸水素2カリウム等のアルカリ金属のリン酸塩;水酸化バリウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物;アンモニア水等が挙げられる。アルカリ処理における水性懸濁液のpHは、特に限定されないが、8.0〜12.0の範囲で調整することが好ましい。
【0028】
上記界面活性剤処理は、例えば、PHAを含む微生物細胞の水性懸濁液に界面活性剤を添加することにより実施できる。当該工程(a)では、界面活性剤として特定の脂肪酸石鹸を使用した処理を実施する。この特定の脂肪酸石鹸とは、炭素数8〜30のアルカリ金属塩であり、これを構成する脂肪酸が融点が30℃以上の脂肪酸である、脂肪酸石鹸である。このような脂肪酸石鹸としては、例えば、ベヘン酸のアルカリ金属塩、ヘンイコシル酸のアルカリ金属塩、アラキジン酸のアルカリ金属塩、ノナデシル酸のアルカリ金属塩、ステアリン酸のアルカリ金属塩、マルガリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ペンタデシル酸のアルカリ金属塩、ミリスチン酸のアルカリ金属塩、トリデシル酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、ウンデシル酸のアルカリ金属塩、カプリン酸のアルカリ金属塩等が挙げられる。中でも、炭素数10〜18の飽和脂肪酸のアルカリ金属塩が好ましく、コストの点からステアリン酸のアルカリ金属塩、パルミチン酸のアルカリ金属塩、ミリスチン酸のアルカリ金属塩、ラウリン酸のアルカリ金属塩、カプリン酸のアルカリ金属塩がより好ましい。当該界面活性剤処理は、アルカリ条件下で実施することが好ましく、即ち、アルカリ処理と共に実施することが好ましい。
【0029】
界面活性剤処理における界面活性剤の添加量は、特に制限されないが、PHA重量100重量部に対して、0.001〜10重量部が好ましく、さらにはコストの点から、5重量部以下が好ましい。
【0030】
上記物理的破砕処理としては、従来公知の方法を適用して実施でき、細胞中のPHA以外の細胞を引き剥がし、微細化できるような物理的処理であればよく、限定されることはない。物理破砕処理に用いられる装置としては、例えば、高圧ホモジナイザー、超音波破砕機、乳化分散機、ビーズミル等が挙げられる。
【0031】
[工程(b)]
工程(b)では、工程(a)で得られた破砕又は可溶化処理後の組成物(破砕液)から、ポリヒドロキシアルカノエートを分離する。上記破砕液からPHAを分離する方法としては、遠心分離や膜分離など、従来公知の方法が使用できるが、工業的に大量処理が可能で連続使用できる遠心分離が好ましい。遠心分離機のなかでは、孔なし回転容器をもつ遠心沈降機が好ましく、種類としては分離板型、円筒型、デカンター型などがある。PHA粒子は水との比重差が小さいので、分離沈降面積が大きく、高い加速度が得られる分離板型(間欠排出型、ノズル排出型)が好ましく、破砕処理液に含まれるPHA濃度が高い場合は特にノズル排出型が好ましい。また、デカンター型は一般的に加速度が低く、固液の比重差が小さい場合は不向きであるが、PHAの粒子径を変化させる等することでデカンター型も使用可能である。また、デカンター型には分離板を有し、分離沈降面積を大きくした機種もあり、このような機種であれば特に粒子径を変化させなくても使用可能な場合がある。
【0032】
上述の様な分離方法により、破砕処理液からPHAを分離、回収した後、例えば、水でPHAを懸濁させて水洗し、PHA以外の細胞物質を排除することができる。この水洗時のpHは8.0〜12.5(即ち、当該水洗はアルカリ水による洗浄であること)が好ましい。
【0033】
本発明の製造方法は、工程(a)及び工程(b)以外のその他の工程を有していてもよい。その他の工程としては、例えば、工程(a)の前工程であるポリヒドロキシアルカノエートを含む微生物細胞を得る工程(例えば、PHAを生産する微生物を培養する工程等)、工程(a)や工程(b)等で得られる排水を処理する工程、得られるPHAを乾燥させる工程等の各種工程が挙げられる。PHAを生産する微生物及びその培養は、公知乃至慣用の技術に従って実施でき、特に限定されないが、例えば、国際公開第08/010296号に記載の微生物及び培養方法を使用できる。
【0034】
本発明の製造方法によると、高純度のポリヒドロキシアルカノエートが得られる。当該ポリヒドロキシアルカノエートに残存する蛋白質含量の指標である残存窒素量は、特に限定されないが、2000ppm以下であることが好ましく、より好ましくは1800ppm以下である。上記残存窒素量は、実施例に記載の方法で測定できる。
【0035】
本発明の製造方法によると、加工性(特に、溶融押出等での成形加工性)に優れたポリヒドロキシアルカノエートが得られる。当該ポリヒドロキシアルカノエートは加熱時の分子量低下が少ないものである。例えば、当該ポリヒドロキシアルカノエートの分子量保持率(160℃で7分間加熱した後、160℃、5MPaにて20分間加熱した場合の分子量保持率)は、60%以上であることが好ましく、より好ましくは65%以上である。上記分子量保持率は、実施例に記載の方法で測定できる。
【0036】
本発明の製造方法は、製造工程で発生した排水の処理効率にも優れる。一般に、上記工程で発生した排水は、中和後、活性汚泥処理を行うことにより処理される。本発明によると、活性汚泥処理における発泡が抑制され、消泡剤なしでも処理することが可能となる。これにより、活性汚泥の処理能力が上がり、活性汚泥槽容積の小型化が可能になる。そのため、活性汚泥の設備コストとランニングコストを両方下がることとなる。
【0037】
嫌気処理を実施する場合も同様で発泡は発生しないが、嫌気菌の活性を阻害しなくなることで処理能力が上がり、槽容積が小型化が可能になる。硫黄分も含まれていないため、硫化水素の発生が抑えられる。
【0038】
上述の排水処理以上に効果を発揮するのが、TOC(全有機炭素)成分の凝集沈殿であり、排水中の有機物の凝集が阻害されず、フロックを大型化することが可能になる。そのため、固液分離まで行うことが可能になり、凝集沈殿法の適用ができるようになる。一方、従来の方法によるとフロックが微細化し、固液分離ができなくなる。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0040】
<蛋白質含量の測定方法>
PHA(PHBH)に残存する蛋白質含量は、残存窒素量を測定することにより評価した。
精製PHBHを測定サンプルとして、この残存窒素量を次の呈色法により算出した。まず各測定サンプルに対して5MのNaOH水溶液を添加し、95℃で加水分解反応を実施した。この加水分解液を等量の60%酢酸水溶液で中和し、さらに、酢酸緩衝液とニンヒドリン溶液を添加し100℃で呈色反応を行った。この呈色反応液の吸光度を日立製作所社製レシオビーム分光光度計「U−1800形」により測定し、この吸光度とロイシン試料を用いて作成した検量線とを比較することで、残存窒素量を算出した。
測定サンプル中の残存窒素量が多いほど残存する蛋白質が多いことを示し、当該残存窒素量が2000ppm以下であると高純度と言える。
【0041】
<重量平均分子量の測定方法>
実施例で得られた精製PHBH10mgを、クロロホルム5mlに溶解させた後、不溶物を濾過により除いた。この溶液を「Shodex K805L(300mm×8mm、2本連結)」(昭和電工社製)を装着した島津製作所製GPCシステムを用い、クロロホルムを移動相として測定した。分子量標準サンプルには市販の標準ポリスチレンを用いた。上記測定結果から、標準ポリスチレン換算の重量平均分子量を算出した。
【0042】
<分子量保持率の測定>
実施例で得られた精製PHBH3.0gを、15cm四方の金属板で挟み、さらに金属板の四隅に厚さ0.5mmの金属板を挿入して、これを実験用小型プレス機(高林理化株式会社製H−15型)にセットして、160℃にて7分間加温後、160℃、約5MPaにて20分間加熱しながらプレスした。プレス後、室温に放置して固化させた後、10mg分を切り取り、クロロホルム5mlに溶解したものの重量平均分子量を測定した。この値とプレス前の重量平均分子量を用いて、下記式により分子量保持率を測定した。
分子量保持率(%)=プレス後の重量平均分子量/プレス前の重量平均分子量×100
【0043】
実施例1
国際公開第08/010296号の[0049]に記載のラルストニア・ユートロファKNK−005株を、同[0050]〜[0053]に記載の方法で培養し、3−ヒドロキシブチレートと3−ヒドロキシヘキサノエートの共重合体であるポリヒドロキシアルカノエート(PHBH)を菌体内に含有する菌体の培養液(菌体培養液)を得た。培養終了時点でのPHBHの重量平均分子量は111万であった。なお、ラルストニア・ユートロファは、現在では、カプリアビダス・ネケータに分類されている。
【0044】
得られた菌体培養液1000gを70〜75℃で1時間加熱して滅菌し、50℃に冷却後、リゾチーム(山東省華源経貿製)を25mg添加し、pH6〜7で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。その後、アルカラーゼを500mg添加し、pH8.0〜8.5で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。このようにして得られた酵素処理液にステアリン酸K(関東化学製)を10g添加し、pHが12になるようにNaOH水溶液を添加した後に、ホモジナイザー(シルバーソン製L5)で攪拌し、細胞の破砕処理を行った。その後、遠心分離によりPHBHを回収し、水を加えてPHBHを懸濁させる操作を3回繰り返した。この後、懸濁液のpHを3.5〜4.0に調整して60℃で約30分間攪拌後、115℃で5分間加熱してPHBHを凝集させ、次いで、脱水した。脱水後のPHBHに再び水を加え、次いで、脱水した。その後、得られたPHBHを70℃で24時間乾燥させて、精製PHBHを得た。
【0045】
実施例1の排水である遠心分離上清を攪拌しながらそのpHを3.0に調整したところ、固液分離可能な大きなフロックが得られた。図2に得られたフロックの写真を示す。
【0046】
実施例2
実施例1と同様の操作により菌体培養液を調製した。この菌体培養液1000gを70〜75℃で1時間加熱して滅菌し、50℃に冷却後、リゾチーム(山東省華源経貿製)を25mg添加し、pH6〜7で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。その後、アルカラーゼを500mg添加し、pH8.0〜8.5で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。このようにして得られた酵素処理液にミリスチン酸K(日油製)を6g添加し、pHが12になるようにNaOH水溶液を添加した後にホモジナイザー(シルバーソン製L5)で攪拌し、細胞の破砕処理を行った。その後、遠心分離によりPHBHを回収し、水を加えてPHBHを懸濁させる操作を3回繰り返した。この後、懸濁液のpHを3.5〜4.0に調整して60℃で約30分間攪拌後、115℃で5分間加熱してPHBHを凝集させ、次いで、脱水した。脱水後のPHBHに再び水を加え、次いで、脱水した。その後、得られたPHBHを70℃で24時間乾燥させて、精製PHBHを得た。
【0047】
実施例2の排水である遠心分離上清を攪拌しながらそのpHを3.0に調整したところ、固液分離可能な大きなフロックが得られた。図3に得られたフロックの写真を示す。
【0048】
実施例2の排水である遠心分離上清をTOC(全有機炭素量)1000ppmになるように希釈したもの2000gを、遠心分離で沈降させた活性汚泥の上清を廃棄したものに添加して、標準的な活性汚泥菌の濃度が3500mg/Lとなるように調整した。当該排水について、pHを7〜7.5にコントロールしながら2L/分の曝気を行い、TOCの経時変化を記録した。
【0049】
実施例3
実施例1と同様の操作により菌体培養液を調製した。この菌体培養液1000gを70〜75℃で1時間加熱して滅菌し、50℃に冷却後、リゾチーム(山東省華源経貿製)を25mg添加し、pH6〜7で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。その後、アルカラーゼを500mg添加し、pHが8.0〜8.5で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。このようにして得られた酵素処理液にカプリン酸Na(関東化学製)を10g添加し、pHが12になるようにNaOH水溶液を添加した後にホモジナイザー(シルバーソン製L5)で攪拌し、細胞の破砕処理を行った。その後、遠心分離によりPHBHを回収し、水を加えてPHBHを懸濁させる操作を3回繰り返した。この後、懸濁液のpHを3.5〜4.0に調整して60℃で約30分間攪拌後、115℃で5分間加熱してPHBHを凝集させ、次いで、脱水した。脱水後のPHBHに再び水を加え、次いで、脱水した。その後、得られたPHBHを70℃で24時間乾燥させて、精製PHBHを得た。
【0050】
実施例3の排水である遠心分離上清を攪拌しながらそのpHを3.0に調整したところ、固液分離可能な大きなフロックが得られた。図4に得られたフロックの写真を示す。
【0051】
比較例1
実施例1と同様の操作により菌体培養液を調製した。この菌体培養液1000gを70〜75℃で1時間加熱して滅菌し、50℃に冷却後、リゾチーム(山東省華源経貿製)を25mg添加し、pH6〜7で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。その後、アルカラーゼを500mg添加し、pH8.0〜8.5で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。このようにして得られた酵素処理液にドデシル硫酸Na(和光純薬製)を6g添加し、pHが12になるようにNaOH水溶液を添加した後にホモジナイザー(シルバーソン製L5)で攪拌し、細胞の破砕処理を行った。その後、遠心分離によりPHBHを回収し、水を加えてPHBHを懸濁させる操作を3回繰り返した。この後、懸濁液のpHを3.5〜4.0に調整して60℃で約30分間攪拌後、115℃で5分間加熱してPHBHを凝集させ、次いで、脱水した。脱水後のPHBHに再び水を加え、次いで、脱水した。その後、得られたPHBHを70℃で24時間乾燥させて、精製PHBHを得た。
【0052】
比較例1の排水である遠心分離上清を攪拌しながらそのpHを3.0に調整したところ、細かく脆いフロックが得られ、これは固液分離が困難なものであった。図5にそのフロックの写真を示す。
【0053】
比較例1の排水である遠心分離上清をTOC1000ppmになるように希釈したもの2000gを、遠心分離で沈降させた活性汚泥の上清を廃棄したものに添加して、標準的な活性汚泥菌の濃度が3500mg/Lとなるように調整した。当該排水について、pHを7〜7.5にコントロールしながら2L/分の曝気を行い、TOCの経時変化を記録した。
【0054】
図1に実施例2と比較例2のTOCの経時変化を示す。
【0055】
比較例2
実施例1と同様の操作により菌体培養液を調製した。この菌体培養液1000gを70〜75℃で1時間加熱して滅菌し、50℃に冷却後、リゾチーム(山東省華源経貿製)を25mg添加し、pH6〜7で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。その後、アルカラーゼを500mg添加し、pH8.0〜8.5で50〜55℃にコントロールしながら2時間攪拌した。このようにして得られた酵素処理液にオレイン酸Na(和光純薬製)を6g添加し、pHが12になるようにNaOH水溶液を添加した後にホモジナイザー(シルバーソン製L5)で攪拌し、細胞の破砕処理を行った。続いて、遠心分離によりPHBHを回収し、水を加えてPHBHを懸濁させた。
以上の操作で発生した排水である遠心分離上清のpHを、攪拌しながら3.0に調整したところ、固液分離が困難な細かく脆いフロックが得られた。図6にそのフロックの写真を示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示すように、実施例1〜3に記載の方法によると、十分に残存窒素量を低減され、かつ加熱によっても分子量低下が小さい加工性に優れたPHBHを得ることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6