(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
人が日常行う全ての動作は、身体重心26を制御する運動である。この身体重心26を制御するために生体力学(バイオメカニクス)的に重要になるのがCOP(Center of Pressure)である。まずは、このCOPについて簡単に説明する。なお、
図1はヒトの立位における身体重心とCOPの関係性の視覚的理解を容易にする目的で、上半身を除去したロボットの様な模擬身体が、半楕円形に近い形状の物体の上で静止している状態を示している。
【0012】
図1に示すように、人の身体重心26から重力方向に作用する力W1は、模擬股関節22、模擬膝関節23、および模擬足関節24を介して足25へ伝達され、足25から足裏の物体を介し床に作用する。一方、足25の裏全体には、足裏の物体を介して床から受ける反力(以下、床反力W2という)が生じる。
【0013】
COPとは、足25の裏と物体との接触面全体に作用する力の合成ベクトル(床反力W2)の起始点として科学的計算上では広く用いられている。そして、このCOPから生じる床反力W2の大きさと方向により、身体重心運動を含め全身の各関節の運動が物理的に決定される。歩行時における理想的なCOPの移動軌跡は
図2の足LF、LR上に描かれた線Yで示される。この個人間で差のあるCOPの移動軌跡Yを最適化させることで、歩き方の改善や痛みの軽減だけでなく、スポーツのパフォーマンスを向上させることも物理的に可能となる。
【0014】
また、スポーツや日常行う動作のほとんどのCOPは足の踵部あるいは、踵付近より起こり(以下、COP起点)、終わり(COP終点)はつま先部分であることが多い。例えば、通常歩行では、踵から接地し、母趾と2趾の間部がCOP終点であることが理想的と言える。また、ゴルフスイング時のダーゲットから遠位側の足(通常右足)では母趾内側部がCOP終点であることが理想的と言える。このように、COP終点がどの趾付近なのか、或いは、趾のどの特定の部位なのかで蹴り出しの強さや方向が決定され、それにより生じた力により、身体重心の進む方向や速度が決定され身体の動きが形成される。
【0015】
解剖学的、運動学的にはCOP終点は母趾付近であることが最も効率が良いとされている。その理由は母趾中足骨18a、母趾基節骨19a、母趾末節骨20aは他の指のそれらより大きく、また、他の指とは異なり、母趾単独で機能する筋肉の配列を有するなどがある。そして、不適切な部位をCOP終点としてしまうことはスポーツのパフォーマンス低下を生じさせるだけではなく、歩行を含めたあらゆる動作での障害や痛みの発生の原因となっている。
【0016】
また、2足歩行を行うヒトにおいて、COP終点の位置、あるいは、COPの移動速度の違いにより生じる左右の足部での蹴り出し力の違いが、下肢全体、骨盤、体幹へと捻じれとして影響を及ぼし、同様に様々な痛みなどの障害に繋がり社会問題化している。
【0017】
本発明は、COP終点を母趾付近の特定の部位に誘導することによって、母趾付近の特定の部位での蹴り出し力を向上させたり、或いは、左右の足部における蹴り出し力を増減させることで、より目的に適した運動を作り出すことを可能とするものであり、主に前足部(指付近)を中心に凸部を設置することが新規な点であると言える。
【0018】
図3は、本発明の実施の形態に係るインナーソール30であって、(A)は平面図、(B)は(A)の右側面図である。また、
図4は、
図3(A)のX部の拡大図である。さらに、
図5は、足骨の平面図、
図6は、平面視で人の足骨と第1〜第5凸部との位置関係を示す概要図である。
【0019】
なお、
図3で示すインナーソール30は右足用のものであり、左足用は、左右対称の構成になる。そのため、以下の説明では、右足用のインナーソール30について説明し、左足用の説明は省略する。なお、厳格に比較をすれば、利用者によって左足と右足とで左右非対称な形状(左右の足裏のばらつきにより生じるCOPの移動軌跡を矯正することが必要になるため)にはなるが、それはあくまで個人差の範囲内であると仮定して、左右対称とみなして説明を進める。
また、本発明でいうインナーソールとは、完成した靴の中に利用者が別途装着して使用するもののほか、製造段階で予め備え付けられている取り外し可能なインナーソールや、靴に縫製されているインナーソールも含まれる。
【0020】
インナーソール30は、
図3(A)に示すよう、靴の内部に合わせた外形状(中底形状)に近い形状に形成されており、上面視で領域線L1、L2、L3によって6つの領域に分けられる。この領域線L1、L2、L3および領域A〜Eの区分けは、
図5に示すように、人の足骨1の構造に基づいて決定されている。
【0021】
人の足骨1は、前後方向に3つの領域A、B、Cに分けることができる。詳細には、前足部A(第1〜第5中足骨18、第1〜第5趾骨19(第1〜第5とは、それぞれ、第1(母趾)、第2(示趾)、第3(中趾)、第4(環趾)、第5(小趾)をいう。趾骨とは、基節骨、中節骨、未節骨の総称)で構成される:リスフラン関節より遠位部)と、中足部B(楔状骨11、12、13、立方骨14、舟状骨15で構成される:ショパール関節とリスフラン関節の間)と、後足部C(踵骨17、距骨16で構成される:ショパール関節より近位部)とである。領域線L1、L2は、これらの領域A,B、Cを概略で分ける線である。
【0022】
また、第2趾の頂点から踵骨最突出部を結ぶ
図5の紙面略垂直に1本の領域線L3を引き、領域線L3を挟んで左右に2つの領域(内側部D、外側部E)を分ける。
図5に示した領域線L1〜L3の位置は、
図3(A)に示した領域線L1〜L3の位置に対応する。
【0023】
インナーソール30は、靴の内部形状に合わせて型取りされ、一定の厚みを有する底敷き31と、この底敷き31の上面31bから上側に突出する内側前足部凸部群40とで構成されている。また、この内側前足部凸部群40は、
図4に示すように、領域線L1とL3で仕切られた前足部Aかつ内側部Dの領域内で5つの凸部(第1凸部41、第2凸部42、第3凸部43、第4凸部44、第5凸部45)によって構成されている。
【0024】
この凸部群40の各凸部41、42、43、44、45は、底敷き31と一体に形成されており、底敷き31を削り出すことによって所望の形状に仕上げたり、高さ寸法を調整したりしている。また、各凸部41、42、43、44、45を底敷き31と一体で形成しないものであってもよく、例えば、上面31bが平坦な底敷き31に、別体で構成した各凸部41〜45を貼り付けることで凸部群40を構成することもできる。
【0025】
これらの第1〜第5凸部41、42、43、44、45は、
図6に示すように、平面視で母趾の外周を包み込むように配置されている。これらの各凸部41、42、43、44、45には、それぞれの位置、形状により、それぞれ特有の機能、効果を奏している。
【0026】
第1凸部41は、
図3および
図4に示すように、足の母趾及び2趾の間の基節骨19a部付近(指と指の間かつ、指の付け根付近)に位置する。この第1凸部41の形状は、第2趾に沿って前後に延びる一辺を有し、この一辺よりも内側に頂点を有する略3角形状に形成されている。また、第1凸部41の寸法としては、
図4の横方向(内外側の方向)に5mm〜30mm、前後方向に5mm〜40mm、高さ方向(厚み方向。
図3(B)のT1寸法)に1mm〜7mmの凸部になっている。
【0027】
なお、第1凸部41は、上述した略3角形状ではなく、例えば、四角形状、楕円形状であってもよく、利用者の母趾及び2趾の間の基節骨19a部付近の形状に合わせて適宜変更することができる。
【0028】
第2凸部42は、第1凸部41の前側付近を基部とし、つま先方向に延在している。この第2凸部42の寸法は、
図4の横方向(内外側の方向)に2mm〜10mm、前後方向に5mm〜ソールつま先部先端まで、高さ方向T1で1mm〜7mmの凸部になっている。
【0029】
第2凸部42の形状は任意であり、長方形状、楕円形状などの長尺な形状で構成される。また、第2凸部42の基部は、第1凸部41と必ずしも接する(連続する)必要は無く、隙間を空けて構成してあってもよい。
【0030】
第3凸部43は、第1凸部の内側付近を基部とし、内側方向(母趾方向)に向け母趾基節骨19a部を横断するように延在している。この第3凸部43の寸法は、
図4の横方向(内外側の方向)に5mmからソール内側縁まで、前後方向に2mm〜10mm、高さ方向T1で1mm〜7mmの凸部になっている。
【0031】
この第3凸部43の形状も、第2凸部42と同様に任意であり、長方形状、楕円形状などの長尺な形状で構成される。また、第3凸部43の基部は、第1凸部41、後述する第5凸部45、及びソール内側縁と必ずしも接する(連続する)必要は無く、隙間を空けて構成してあってもよい。
【0032】
第4凸部44は、母趾球後側縁付近(母趾の中足骨頭近位縁18a付近)に沿うように略V字形状で構成されている。この第4凸部44は、踵側端は最大長で内側楔状骨中央まで伸びるように配置されている。また、高さ方向T1で1mm〜10mmの凸部になっている。
【0033】
なお、第4凸部44のV字形状も任意であり、例えば、略U字、或いはそれに近い形状で構成してもよい。また、この第4凸部44についても、上述した第1凸部41、および後述する第5凸部45と必ずしも接する(連続する)必要は無く、隙間を空けて構成してあってもよい。
【0034】
第5凸部45は、母趾球後側縁付近から、或いは、母趾趾骨内側付近からソール内側縁31cの湾曲に沿って配置されている。この第5凸部45の寸法は、
図4の横方向(内外側の方向)に2mm〜15mm、前後方向に15mmから最大でソールつま先先端まで、高さ方向T1で1mm〜7mmの凸部になっている。
【0035】
なお、第5凸部45の形状も利用者の足形状に基づいて任意であり、例えば、ソール内側縁の湾曲に沿って接している必要はなく、ソール内側縁と隙間を空けて構成してあってもよい。また、第4凸部44と必ずしも接する(連続する)必要はない。
【0036】
これら第1〜第5凸部41、42、43、44、45は、利用者の足骨の状態にあわせて、これらの凸部41、42、43、44、45のいずれか1つのみを単独で設けることもできるし、これらのうちの2つを組み合わせ(または、3つ、4つ、5つの組み合わせ)て設けることもできる。
【0037】
組み合わせ数を増加させることにより、母趾付近の特定の部位での蹴り出し力を増加させることができる。すなわち、組み合わせ数や、組み合わせパターンを変更することで、母趾付近の特定の部位での蹴り出し力の程度や、あるいは、母趾付近へのCOPの誘導の程度を変化させることができ、目的に応じた最適動作を導くことが可能となる。従って、第1〜第5凸部41、42、43、44、45をそれぞれ単独で用いることもあれば、組み合わせて用いることもある。
【0038】
第1〜第5凸部41、42、43、44、45は、足裏のアーチ形状を支える既存のインナーソール形状に付加して用いる場合や、第1〜第5凸部41、42、43、44、45のみで構成される場合もある。ここで言う既存のインナーソール形状とは、平面形状を除く様々な目的で足裏の構造を支える形状を有する物体を指す。また、既存のインナーソール形状に付加する場合の第1〜第5凸部41、42、43、44、45の高さとは、これら凸部を設置する直下における既存インナーソール形状の表面(上面31b平面に構成された既存インナーソール形状の表面)の高さをゼロ(起始)とし、第1〜第5凸部41、42、43、44、45の最厚点までと定義する。
【0039】
また、第1〜第5凸部41、42、43、44、45凸部のみで構成される場合は、凸部を設置する直下の面(上面31b)の高さをゼロ(起始)とし、第1〜第5凸部41、42、43、44、45の最厚点までと定義する。
さらには、既存のインナーソール形状と第1〜第5凸部41、42、43、44、45とを一緒に削り出す場合であっても、凸部を構成する直下の面(上面31b平面に構成された、内側前足部凸部を未構成と仮定した既存インナーソール形状の表面)の高さをゼロ(起始)とし、第1〜第5凸部41、42、43、44、45の最厚点までと定義する。
【0040】
なお、第1〜第5凸部41、42、43、44、45は必要に応じて組み合わせて用いることで、ユーザー特性を鑑み組み合わせ方法、横方向(内外側方向)の長さ、前後方向の長さ、高さ方向の長さ、幅等を上記数値範囲内で決定する。これら数値範囲は2500名以上のユーザーに対して予め本特許技術を試験的に用いた結果により導き出されたものである。
【0041】
本発明の実施の形態に係るインナーソール30によれば、インナーソール30の上面31bを前足部A、中足部B、後足部Cの3つの領域に区分けして、前足部Aの領域の内側部Dに、インナーソール30の上面31bから上側に、或いは、下面31dから下側に突出し、平面視で母趾の外周を包むようにして配置された内側前足部凸部群40を設けているので、歩行時やスポーツ時の重心移動の際に母趾付近で蹴り出すことを促したり、蹴り出し力を向上させることができる。
【0042】
また、内側前足部凸部群40は、足の母趾及び2趾の間の基節骨19a部付近に配置された第1凸部41と、第1凸部41からつま先方向に延びる第2凸部42と、第1凸部41から母趾基節骨19aを横断するように母趾方向に延びる第3凸部43とのいずれかを備えることで、このような第1凸部41、第2凸部42、第3凸部43は、足袋や、サンダルの鼻緒による指の意識向上と似た原理によって、母趾と2指の間を認識し易くなる。この原理の脳科学的考察としては、足底、特に、普段の靴内部では凸部を感じることが少ない指付近において部分的圧の変化が生じると、足の裏の感覚受容器が興奮し、第1〜第3凸部41、42、43の存在を認識する。認識された感覚は大脳内で処理され、最終的にこれらの凸部41、42、43による感覚への感度が向上する。また、これらの凸部41、42、43による効能を記憶及び理解する大脳の領域による予測的な反応により、さらに足の裏の感覚受容器の感度は増幅される。これら生体反応により、凸部41、42、43付近を踏み込む動作へと誘導することが可能と考えられる。
【0043】
また、第1〜第3凸部41、42、43からの圧迫が長時間続くと逆に慣れとして、凸部41、42、43の認識が低下する。しかし、認識が低下した場合でもその感覚情報は常に脳に送り続けられている(凸部41、42、43を認識している場合とは異なる脊髄経路を通って脳へ情報が伝達される。)。この情報は小脳を中心に処理され、運動の質、効率、正確性の学習を促す効果が期待できる。
【0044】
さらに、内側前足部凸部群40は、母趾球後側縁付近に沿うよう配置された第4凸部44を備えることで、このような第4凸部44は、母趾球後側縁を安定させ、母趾による効率的な踏み出しを補助するとともに、構造的安定を与える。また、第4凸部44による圧迫により足底に存在し母趾による踏み込み(求心性の底屈と遠心性の底屈)を作り出す筋肉(長母指屈筋、母趾外転筋、母趾内転筋、短母趾屈筋)の筋長を増大させる(ピンと張らせる)ことで収縮力を向上させることができる。これは
図7に示す筋長と張力の関係のグラフより説明ができる。筋肉は緩んだ状態より張った状態の方が総合的な筋張力は向上する。これら生理学的特徴を応用することで足の裏に設置した第4凸部44により母趾付近での蹴り出しをより力強く、或いは、潜在能力を引き出し自然と力が発揮できるよう促すことが可能となる。
【0045】
さらに、内側前足部凸部群40は、母趾球後側縁付近、或いは、母趾趾骨内側付近から当該インナーソールの内側縁31cの湾曲に沿って配置された第5凸部45を備えることで、このような第5凸部45は、母趾の内側縁を安定させ母趾付近での蹴り出しを促すよう作用する。母趾全体は丸い構造をして靴の内部では母趾の底部全体は接地しない。そこで、第5凸部45を母趾内側部に設置することで、母趾の接地面積が内側方向へ広がることで蹴り出しを助ける。この凸部はつま先方向への蹴り出しだけではなく、ゴルフの競技特性の様に、母趾の内側部分で踏み込む動作時にも有効である。
【0046】
また、これらの第1〜第5凸部41、42、43、44、45を組み合わせることで、母趾付近の特定の部位から前方や内側方向への蹴り出しを誘導したり、母趾付近そのものの構造を安定させることができるようになる。スポーツや日常生活動作の多くが身体重心を前方方向及び内側方向へ移動させる要素を含んだ動作であることから、様々な領域で応用可能な新規的技術であると言える。
【0047】
以上、本発明の実施の形態に係るインナーソール30について述べたが、本発明は既述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術思想に基づいて各種の変形および変更が可能である。
【0048】
例えば、本実施の形態では、第1〜第5凸部41、42、43、44、45を底敷き31の上面31bから上側に突出させているが、底敷き31の下面31d(
図3(A)における紙面奥側の面であり、下側に突出させる場合の各凸部の高さを定義する基点となる面)から下側に突出させるようにしてもよい。すなわち、第1〜第5凸部41、42、43、44、45の機能で、母趾付近の知覚や感覚が向上し、また、母趾部付近の骨の安定や筋張力増大が得られるような構成であればよい。
【0049】
また、本実施の形態では、靴の中敷きとして装着されるインナーソール30について説明したが、ミッドソールとして履物に一体に具備されるものに内側前足部凸部群40(第1〜第5凸部41、42、43、44、45)を設けることもできる。ここで、ミッドソールとは、例えば、サンダルの足裏と接する部分のように、インナーソール30を介さずに足裏が直接に履物と接する部材をいう。このような内側前足部凸部群40を具備したミッドソールを有する履物であっても、上述したインナーソール30と同様に、内側前足部凸部群40によってインナーソールの場合と同様の機序により母趾付近の特定の部位で蹴り出すことを促したり、蹴り出し力を向上させることができる。
【解決手段】前足部Aの領域の内側部Dに、インナーソール30の上面31bから上側に、或いは、下面31dから下側に突出し、平面視で母趾の外周を包むようにして配置された内側前足部凸部群40を設けた。また、内側前足部凸部群40は、足の母趾及び2趾の間の基節骨部付近に配置された第1凸部と、第1凸部からつま先方向に延びる第2凸部と、第1凸部から母趾基節骨を横断するように母趾方向に延びる第3凸部と、母趾球後側縁付近に沿うよう配置された第4凸部と、母趾球後側縁付近から当該インナーソールの内側縁の湾曲に沿って配置された第5凸部と、のいずれか1つまたは2つ以上の組み合わせによって構成される。