特許第6866086号(P6866086)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6866086
(24)【登録日】2021年4月9日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】摺動部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/50 20060101AFI20210419BHJP
   C23C 8/22 20060101ALI20210419BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20210419BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210419BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20210419BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20210419BHJP
   C21D 1/46 20060101ALI20210419BHJP
   F16C 33/14 20060101ALI20210419BHJP
   F16C 17/04 20060101ALI20210419BHJP
   F16C 33/12 20060101ALN20210419BHJP
   F04B 27/12 20060101ALN20210419BHJP
【FI】
   C23C8/50
   C23C8/22
   B22F3/24 G
   B22F3/24 B
   B22F3/24 K
   C22C38/00 304
   C22C38/00 301Z
   C22C38/22
   C21D1/06 A
   C21D1/46 Z
   F16C33/14 A
   F16C17/04 Z
   !F16C33/12 B
   !F04B27/12 E
   !F04B27/12 F
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-157399(P2016-157399)
(22)【出願日】2016年8月10日
(65)【公開番号】特開2017-186637(P2017-186637A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年7月29日
(31)【優先権主張番号】特願2015-160410(P2015-160410)
(32)【優先日】2015年8月17日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-69125(P2016-69125)
(32)【優先日】2016年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 容敬
(72)【発明者】
【氏名】淺田 一
(72)【発明者】
【氏名】赤井 洋
(72)【発明者】
【氏名】服部 圭
【審査官】 菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−355726(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/081252(WO,A1)
【文献】 特開2001−342554(JP,A)
【文献】 特開2004−269973(JP,A)
【文献】 特開昭59−133301(JP,A)
【文献】 特開平06−307471(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−8/00
C22C 1/04−1/05
C22C33/02
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.5〜5質量%のクロム、0.1〜3質量%のモリブデン、及び0.01〜1質量%の炭素を含み、残部が鉄である鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材であって、
前記焼結体が、硬度が850HV以上の摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層と、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層とを備え、
前記焼結体の相対密度が90%以上であり、
前記焼結体の前記拡散層における炭素及び窒素の濃度が、前記摺動面からの深さが深くなるにつれて徐々に低くなっている摺動部材。
【請求項2】
前記化合物層と前記拡散層との境界における炭素の濃度が0.6質量%以上である請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
0.5〜5質量%のクロム、0.1〜3質量%のモリブデン、及び0.01〜1質量%の炭素を含み、残部が鉄である鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材であって、
前記焼結体が、硬度が850HV以上の摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層と、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層とを備え、
前記焼結体の相対密度が90%以上であり、
前記焼結体の硬度が、前記摺動面からの深さが深くなるにつれて徐々に低下しており、
前記焼結体の前記摺動面からの深さに対する硬度を表す曲線が、前記拡散層の深さ方向領域に、その深さ方向両側の領域よりも勾配が緩やかな領域を有する摺動部材。
【請求項4】
クロムの含有量が5質量%以下であるクロム−モリブデン系合金鋼粉、及び炭素粉末を含む原料粉末を用いて圧粉体を成形する工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体を得る工程と、前記焼結体に浸炭処理を施して前記焼結体の表層に炭素を浸透拡散させた後、焼入れを施す工程と、前記焼結体に窒化処理を施して前記焼結体の表層に窒素を浸透拡散させることにより、前記焼結体に、硬度が850HV以上である摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層、及び、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層を形成する工程とを順に行い、
前記原料粉末が、0.5〜5質量%のクロム、0.1〜3質量%のモリブデン、及び0.01〜1質量%の炭素を含み、残部が鉄であり、
前記焼結体の相対密度が90%以上である摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記窒化処理が塩浴軟窒化処理である請求項記載の摺動部材の製造方法。
【請求項6】
前記焼結体に研削加工を施して摺動面を形成した後、前記焼結体に前記窒化処理を施す請求項4又は5記載の摺動部材の製造方法。
【請求項7】
クロムの含有量が5質量%以下であるクロム−モリブデン系合金鋼粉、及び炭素粉末を含む原料粉末を用いて圧粉体を成形する工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体を得ると同時に、前記焼結体に浸炭処理を施して前記焼結体の表層に炭素を浸透拡散させた後、前記焼結体に焼入れを施す工程と、前記焼結体に窒化処理を施して前記焼結体の表層に窒素を浸透拡散させることにより、前記焼結体に、硬度が850HV以上である摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層、及び、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層を形成する工程とを順に行い、
前記原料粉末が、0.5〜5質量%のクロム、0.1〜3質量%のモリブデン、及び0.01〜1質量%の炭素を含み、残部が鉄であり、
前記焼結体の相対密度が90%以上である摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば特許文献1には、図6に示すような斜板式エアコンプレッサが示されている。この斜板式エアコンプレッサは、軸芯に対して所定角度だけ傾けた斜板103を有する斜板付き回転軸102を備える。斜板103の周縁部の円周等配位置の複数箇所(例えば5箇所)には、相互に平行に配置したピストン104が組み付けられている。回転軸102は、略円筒状のシリンダ105,106の軸孔105a,106a内に挿入される。各ピストン104は、シリンダ105,106のボス105b,106b内に軸方向に摺動自在に収納される。
【0003】
各ピストン104の胴部の中央には、斜板103の周縁部を収容する切欠部が形成される。さらに、各切欠部には、斜板103を軸方向から挟む一対のシュー107が配設される。このシュー107は、斜板103との間の摩擦を低減させるためのもので、ピストン104の切欠部の壁面に接触する球状面と、斜板103の表裏面に面接触する平坦面とを具備している。
【0004】
以上の構成において回転軸102を回転させると、ピストン104は、回転する斜板103から押圧力を受けて軸方向の何れか一方向に移動する。これにより、各ピストン104がそれぞれ位相差をもって軸方向に往復移動されるので、圧縮エアが連続して吐出されるようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−226654号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、斜板式エアコンプレッサを駆動すると、斜板103の端面とシュー107の平坦面とが互いに押し付け合いながら高速で摺動するため、異常摩耗(特に凝着摩耗)が生じる恐れがある。従って、斜板103及びシュー107は、耐摩耗性に優れた材料で形成する必要がある。
【0007】
一方、上記のような斜板103やシュー107は、摩擦摩耗特性の向上や製造コストの低減等を目的として、焼結金属(焼結体)で形成することがある。このように、超高PV値(高速且つ高面圧)で摺動する部材を焼結体で形成する場合、凝着摩耗に対する耐摩耗性を高める必要がある。このためには、焼結体の密度、強度(焼結ネック強度)及び表面硬度を高めることが重要となる。
【0008】
しかし、焼結体の表面硬度を高めるために、高硬度の粉末(例えばステンレス鋼粉)を使用すると、粉末が変形しにくくなるため、圧粉体の密度、ひいては焼結体の密度を十分に高めることができず、強度不足を招く恐れがある。一方、焼結体の密度及び強度を高めるために低硬度の粉末(例えば低クロム鋼粉)を使用すると、焼結体の表面硬度が不足する恐れがある。図7は、焼結体の原料粉末の主成分となる鋼粉中のクロムの含有量と、焼結体の密度(g/cm)及び硬さ(Hv0.1)との関係を示すグラフである。このグラフから、クロムの含有量が高くなるほど(すなわち、鋼粉が硬いほど)、焼結体は硬くなるが、焼結体の密度が低下することが分かる。このように、焼結体の密度、強度及び表面硬度の全てを高めることは容易ではない。
【0009】
例えば、比較的柔らかい低クロム鋼粉を用いて高密度の焼結体を形成した後、焼結体に表面硬化処理を施せば、高密度、高強度、且つ高硬度の焼結体が得られる。焼結体に対する表面硬化処理の具体的手法としては、例えば浸炭焼入れ処理が考えられる。しかし、焼結体に浸炭焼入れ処理を施した場合、その表面硬度は700HV程度に留まり、超高PV値で摺動する場合にはさらなる高硬度及び高強度が要求されることがある。
【0010】
焼結体に対する表面硬化処理の別の手法としては、窒化処理(例えばガス軟窒化処理)が挙げられる。焼結体に窒化処理を施すことにより、焼結体の表層に高硬度の化合物層が形成されると共に、化合物層の下に、窒素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層が形成される。この場合、原料となる鋼粉に含まれるクロムの量が多いほど、鉄鋼(合金鋼を含む)組織への窒素の浸透拡散が促進され、焼結体の表層の硬度が高められる。しかし、焼結体の密度を高めるために低クロム鋼粉を使用すると、クロム量が少ないため鉄鋼組織への窒素の浸透拡散が不足し、焼結体の表層の硬度を十分に高めることができない。このため、ガス軟窒化処理では、低クロム鋼粉を用いた高密度の焼結体の表面硬度を700〜800HV程度までしか高めることができない。
【0011】
焼結体の表面硬化処理のさらに別の手法として、浸炭窒化処理が挙げられる。浸炭窒化処理は、浸炭処理を行う雰囲気中に窒素(例えばアンモニアガス)を添加して、焼結体の表層に炭素と窒素を同時に浸透拡散させる熱処理法である。しかし、浸炭窒化処理は、焼結体の表層に主に炭素を浸透拡散させる条件(雰囲気ガスや温度等)で行われるため、窒素の浸透拡散量は極微量に過ぎず、表層に化合物層は形成されない。このため、焼結体に浸炭窒化処理を施した場合でも、超高PV値において十分な硬度及び強度を有するとは言えない。
【0012】
以上の事情から、本発明が解決すべき課題は、鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材の耐摩耗性を高め、超高PV値における異常摩耗を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために、本発明は、クロムの含有量が5質量%以下であるクロム−モリブデン系合金鋼粉、及び炭素粉末を含む原料粉末を用いて圧粉体を成形する工程と、前記圧粉体を焼結して焼結体を得る工程と、前記焼結体に浸炭処理を施して前記焼結体の表層に炭素を浸透拡散させた後、焼入れを施す工程と、前記焼結体に窒化処理を施して前記焼結体の表層に窒素を浸透拡散させる工程とを順に行う摺動部材の製造方法を提供する。
【0014】
このように、本発明では、原料粉末に含まれるクロム−モリブデン系合金鋼粉中のクロムの含有量を抑え、鋼粉の硬度を低くすることで、圧粉体の密度、ひいては焼結体の密度を高めることができる。具体的には、クロム−モリブデン系合金鋼粉中のクロム含有量(≒焼結体中のクロムの含有量)を5質量%以下としている。このように硬度の低い鋼粉を用いた場合、焼結体の表面硬度が低くなるため、焼結体に表面硬化処理を施す必要がある。従来、焼結体に対する表面硬化処理としては、浸炭焼入れ処理あるいは窒化処理の何れか一方のみ、あるいは浸炭処理と窒化処理を同時に行う浸炭窒化処理を施すことが一般的であったが、本発明では、焼結体に浸炭焼入れ処理を施した後、別工程で窒化処理を施すようにした。すなわち、焼結体に浸炭焼入れ処理を施すことにより、焼結体の表層に炭素を十分に浸透拡散させて強度及び硬度を高めた後、焼結体に窒化処理を施すことにより、焼結体の表層に化合物層及び拡散層が形成される。これにより、焼結体の表面(摺動面)に超高硬度の化合物層が形成されると共に、化合物層の下に、予め浸炭処理により炭素が十分に浸透拡散された上で、窒化処理により窒素が浸透拡散された高強度の拡散層が形成される。以上により、焼結体の密度、強度及び硬度を十分に高めることができる。
【0015】
上記の窒化処理は、塩浴軟窒化処理であることが好ましい。
【0016】
焼結体の摺動面は、高い寸法精度が要求されるため、研削加工が施されることがある。例えば、窒化処理の後に研削加工を施すと、高硬度の化合物層が除去されてしまう恐れがある。従って、上記の製造方法では、前記焼結体に研削加工を施して摺動面を形成した後、前記焼結体に前記窒化処理を施すことが好ましい。
【0017】
上記の製造方法では、焼結体の表面から炭素及び窒素が拡散浸透されるため、焼結体の表層(特に拡散層)における炭素及び窒素の濃度が、表面からの深さが深くなるにつれて徐々に低くなっている。すなわち、上記の方法で製造された摺動部材は、深さ方向で負の濃度勾配を有する。従って、本発明は、クロム、モリブデン、及び炭素を含み、クロムの含有量が5質量%以下である鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材であって、前記焼結体が、摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層と、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層とを備え、前記焼結体の前記拡散層における炭素及び窒素の濃度が、前記摺動面からの深さが深くなるにつれて徐々に低くなっている摺動部材として特徴づけることができる。
【0018】
上記の摺動部材は、拡散層における炭素濃度が十分に高く、具体的には、例えば化合物層と拡散層との境界における炭素の濃度が0.6質量%以上となっている。
【0019】
上記の焼結体の相対密度(真密度に対する密度比)は、90%以上、好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上とされる。このように、焼結体の密度を高めることにより、強度及び耐摩耗性が向上する。また、焼結体に塩浴軟窒化を施す場合、焼結体の密度が低い(すなわち気孔率が高い)と、焼結体の内部気孔に処理液が浸入しやすいため、処理後に内部気孔から処理液を排出する必要がある。しかし、焼結体の内部に浸入した処理液を完全に排出することは困難である。そこで、上記のように焼結体の密度を高めれば、焼結体の内部気孔に処理液がほとんど浸入しなくなるため、焼結体の内部に処理液が残る事態を回避できる。
【0020】
ところで、焼結体に浸炭処理あるいは窒化処理の何れか一方のみを施した場合、焼結体の硬度は、表面から深くなるにつれて徐々に低くなる(図4の鎖線及び点線参照)。詳しくは、表面の硬度が最も高く、表面から深くなるにつれて、炭素あるいは窒素の濃度の低下に伴って硬度が急激に低下し、さらに深くなると硬度の変化率(勾配)が緩やかになる。これに対し、本発明のように、焼結体に浸炭処理を施した後に窒化処理を施すと、焼結体の拡散層に、硬度が高止まりした略平坦な領域F(その深さ方向両側の領域よりも勾配が緩やかな領域)が設けられる(図4の実線参照)。
【0021】
以上より、本発明は、クロム、モリブデン、及び炭素を含み、クロムの含有量が5質量%以下である鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材であって、前記焼結体が、摺動面を有し、鉄鋼の窒化物を主体とした化合物層と、前記化合物層に隣接し、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる拡散層とを備え、前記焼結体の硬度が、前記摺動面からの深さが深くなるにつれて徐々に低下しており、前記焼結体の前記摺動面からの深さに対する硬度を表す曲線が、前記拡散層の深さ方向領域に、その深さ方向両側の領域よりも勾配が緩やかな領域を有する摺動部材として特徴づけることができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、鉄鋼系の焼結体からなる摺動部材の密度、強度及び硬度を高めて耐摩耗性を高めることができるため、超高PV値における異常摩耗を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施形態に係る摺動部材の表層の断面図である。
図2】上記摺動部材の表層における窒素の濃度分布を示すグラフである。
図3】上記摺動部材の表層における炭素の濃度分布を示すグラフである。
図4】上記摺動部材の表層における硬度分布を示すグラフである。
図5】上記摺動部材の前駆体である焼結体に浸炭処理を施したものの表層の断面図である。
図6】斜板式エアコンプレッサの断面図である。
図7】鋼粉中のクロム含有量と焼結体の密度及び硬さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0025】
図1に、本発明の一実施形態にかかる摺動部材1の拡大断面図を示す。この摺動部材1は、例えば図6に示す斜板式エアコンプレッサの斜板103として用いられるものである。摺動部材1の両端面及び裏面の周縁部には、シュー107と摺動する摺動面1aが設けられる。
【0026】
摺動部材1は、焼結体からなり、具体的には鉄を主成分とする鉄系焼結体からなる。上記焼結体中の鉄の配合割合は、80wt%以上、好ましくは90wt%以上、さらに好ましくは95wt%以上とされる。
【0027】
上記焼結体は、クロム、モリブデン、及び炭素を含む鉄鋼組織を主体としたものである。焼結体中の各成分の比率は、例えば、炭素を0.01〜1質量%、クロムを0.5〜5質量%、モリブデンを0.1〜3質量%(好ましくは0.1〜1質量%)含み、残部を鉄とされる。特に、上記焼結体におけるクロムの含有量は、4質量%以下が好ましく、3質量%以下がさらに好ましい。尚、上記の各成分に加えて、シリコン、マンガン、アルミニウム、リン、銅、珪素等のうちの一種または複数種を配合してもよい。特に、アルミニウムや珪素は、後述する窒化処理において、窒素の鉄鋼組織中への拡散を促進する機能を果たす。
【0028】
上記焼結体は、真密度に対する相対密度が90%以上、好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上とされる。すなわち、上記焼結体の気孔率は、10%以下、好ましくは8%以下、より好ましくは7%以下とされる。焼結体の平均気孔径は、例えば20μm以下とされる。本実施形態の組成では、焼結体の密度が7.0g/cm以上、好ましくは7.2g/cm以上、より好ましくは7.3g/cm以上とされる。また、製造設備の出力や耐荷重等の限界から、焼結体は、例えば相対密度98%以下(あるいは密度7.8g/cm以下)とされる。
【0029】
図1に示すように、摺動部材1には、表面から順に、化合物層11、拡散層12、及び母材層13が形成される。
【0030】
化合物層11は、鉄鋼の窒化物からなる層である。具体的に、化合物層11は、主にFeN,FeNからなる。化合物層11には、クロム、モリブデン及び炭素が含まれる。化合物層11には、摺動面1aが形成される。化合物層11は、硬度が高く、表面が滑らかであるため、化合物層11に摺動面1aを形成することで、相手材との摺動性に優れた摺動面1aが得られる。化合物層11の厚さは、例えば5μm以上、好ましくは10μm以上とされる。一方、化合物層11は脆く、厚すぎると割れてしまう恐れがあるため、例えば40μm以下(好ましくは20μm以下)とされる。
【0031】
拡散層12は、窒素及び炭素が拡散された鉄鋼組織からなる。拡散層12は、化合物層1の内側に隣接して設けられる。拡散層12の窒素は、後述する窒化処理により表面(気孔含む)から浸透拡散したものであり、深くなるほど窒素濃度が低くなっている(図2参照)。また、拡散層12の炭素は、原料粉末に含まれるもの、及び、後述する浸炭処理により表面(気孔含む)から浸透拡散したものであり、深くなるほど炭素濃度が低くなっている(図3参照)。拡散層12と化合物層11との境界における炭素濃度は、0.6質量%以上、好ましくは0.7質量%以上、より好ましくは0.8質量%以上とされる。また、拡散層12と化合物層11との境界における炭素濃度は、1.2質量%以下、好ましくは1.0質量%以下とされる。本実施形態では、拡散層12と化合物層11との境界における炭素濃度が0.8質量%とされる。拡散層12の厚さは、化合物層11よりも厚く、例えば20μm以上、あるいは40μm以上、あるいは50μm以上とされる。また、拡散層12の厚さは、300μm以下、あるいは200μm以下とされる。尚、摺動部材1の内部の炭素濃度は、例えば、電子顕微鏡により摺動部材1の断面上の複数点の画像を撮影し、各撮影画像を解析することにより得られた炭素濃度の平均値を使用することができる。
【0032】
母材層13は、炭素が拡散された鉄鋼組織からなり、具体的には、ベイナイト組織を主体とした組織である。母材層13の炭素は、焼結体の原料粉末に含まれるもの、及び、後述する浸炭処理により表面(気孔含む)から浸透拡散したものである。詳しくは、母材層13は、深くなるほど炭素濃度が低くなっている勾配領域13aと、深さ方向で炭素濃度が略一定の一定領域13bとを有する(図3参照)。母材層13中の炭素濃度は、例えば0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下、より好ましくは0.35質量%以下とされる。また、母材層13中の炭素濃度は、例えば0.1質量%以上、好ましくは0.2質量%以上とされる。母材層13は、微量の窒素を含んでいる。母材層13に含まれる窒素の濃度は深さ方向で略一定であり、濃度勾配は有していない(図2参照)。
【0033】
図4に、摺動部材1の深さ方向での硬度分布を示す。同図に示すように、摺動部材1の硬度は深くなるにつれて低下している。本実施形態では、化合物層11の硬度(摺動面1aの硬度)は850〜1000HVであり、拡散層12の硬度(化合物層11との境界における硬度)は700〜800HVであり、母材層13の硬度(拡散層12との境界における硬度)は400〜600HVである。
【0034】
ところで、焼結体に浸炭焼入れ処理のみを施した場合、図4に鎖線で示すように、表面からの深さが深くなるにつれて硬度が低くなる。一方、焼結体に窒化処理(塩浴軟窒化処理)のみを施した場合、図4に点線で示すように、化合物層が形成されることで表面の硬度が非常に高くなり、表面からの深さが深くなるにつれて硬度が低くなる。何れの場合でも、表面の硬度が最も高く、表面から深くなるにつれて、炭素あるいは窒素の濃度の低下に伴って硬度が急激に低下し、さらに深くなると硬度の変化率(勾配)が緩やかになる。
【0035】
これに対し、本実施形態の摺動部材1は、焼結体に浸炭焼入れ処理を施した後に、窒化処理を施したものであり、その硬度曲線を図4に実線で示している。この硬度曲線は、浸炭焼入れ処理あるいは窒化処理の何れか一方のみを施した場合(同図の鎖線及び点線参照)と同様に、表面からの深さが深くなるにつれて硬度が徐々に低下しているが、拡散層12に、硬度が高止まりした略平坦領域Fが設けられる。詳しくは、摺動部材1の深さ方向に対する硬度曲線のうち、略平坦領域Fの勾配は略0であるのに対し、略平坦領域Fの深さ方向両側に隣接した領域の勾配は、略平坦領域Fの勾配よりも急激である(すなわち、勾配の絶対値が大きい)。このように、本実施形態の摺動部材1は、浸炭焼入れ処理あるいは窒化処理の何れか一方のみを施した場合と比べて、表面(摺動面)だけでなく、拡散層の硬度が高くなっている。また、拡散層には、炭素及び窒素が十分に拡散しているため、浸炭焼入れ処理あるいは窒化処理の何れか一方のみを施した場合と比べて、強度が高い。
【0036】
化合物層11は硬度が非常に高いため、摺動部材1の摺動面1aを化合物層11に形成することで、摺動面1aの耐摩耗性を高めることができる。しかし、摺動面1aに加わる面圧が極端に高くなると、たとえ化合物層11を形成して摺動面の硬度を高くしても、化合物層11を支持する拡散層12が、高面圧を支持することができずに潰れてしまう恐れがある。そこで、化合物層11を形成するだけでなく、上記のように、化合物層11の下に高硬度且つ高強度の拡散層12を設けることで、摺動性に優れ、且つ、高面圧に耐え得る摺動面1aを得ることができる。
【0037】
以上のように、本発明によれば、摺動部材1を構成する焼結体の密度を高め、摺動面1aを高硬度の化合物層11に設け、さらに化合物層11を支持する拡散層12の硬度及び強度を高めることができ、その結果、摺動部材1の耐摩耗性が高められる。これにより、摺動部材1の使用条件が超高PV値(例えば、2000MPa・m/min以上、10000MPa・m/min以下)を示す場合でも、異常摩耗を防止することができる。
【0038】
次に、上記構成を有する摺動部材1の製造方法を説明する。摺動部材1は、(1)圧粉工程、(2)焼結工程、(3)浸炭焼入れ工程、(4)研削工程、及び(5)窒化工程を経て製造される。以下、各工程を詳しく説明する。
【0039】
(1)圧粉工程
各種粉末を混合して原料粉末を作成し、この原料粉末をフォーミング金型に充填して圧縮成形することで、圧粉体が形成される。本実施形態では、クロム−モリブデン系合金鋼粉(例えば、鉄−クロム−モリブデンの完全合金鋼粉(プレアロイ粉))と、炭素粉末(例えば黒鉛粉末)とを混合して原料粉末を作成する。原料粉末には、必要に応じて各種成形潤滑剤(例えば、離型性向上のための潤滑剤)を添加しても良い。原料粉末中の各成分の配合比は、例えば、炭素が0.01〜1質量%、クロムが0.5〜5質量%、モリブデンが0.1〜3質量、残部がFeとされる。本実施形態のクロム−モリブデン系合金鋼粉は、クロムの配合量が5質量%以下、好ましくは4質量%以下、より好ましくは3質量%以下である低クロム鋼粉である。これにより、原料粉末の大部分を占める鋼粉の硬度が抑えられるため、圧縮成形により粉末を変形させやすくなり、圧粉体の密度が高められる。
【0040】
低クロム鋼粉の粒径が小さすぎると、混合粉末の流動性が不足し、混合粉末をキャビティに均一に充填することができず、圧粉体の密度が十分に高められない恐れがある。また、低クロム鋼粉の粒径が大きすぎると、粒子間の隙間が過大となって、やはり圧粉体の密度が十分に高められない恐れがある。従って、低クロム鋼粉の平均粒径は、例えば40μm以上150μm以下、好ましくは63μm以上106μm以下とされる。
【0041】
尚、後の焼結工程により、圧粉体中の黒鉛粉末は鉄鋼組織中に固溶し、また、成形潤滑剤は消失するため、焼結体では、黒鉛粉末や成形潤滑剤があった部分が空孔となる。このため、焼結体の密度をできるだけ高めるためには、黒鉛粉末や成形潤滑剤の配合比はなるべく小さい方がよい。具体的に、原料粉末中の黒鉛粉末の配合比は、0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下、より好ましくは0.35質量%以下とすることが望ましく、本実施形態では0.2〜0.3質量%とされる。また、原料粉末中の成形潤滑剤の配合比は、0.6質量%以下とすることが望ましく、本実施形態では0.25〜0.55質量%とされる。
【0042】
(2)焼結工程
圧粉体を、不活性ガス雰囲気中で焼結することで、焼結体とする。焼結温度は、例えば1100℃以上、好ましくは1200℃以上とされる。これにより、クロム−モリブデン系合金鋼粉同士が焼結結合して鉄鋼組織を形成すると共に、圧粉体中の黒鉛粉末が鉄鋼組織中に拡散し、強度が高められる。
【0043】
(3)浸炭焼入れ工程
焼結体に、浸炭処理を施した後、冷却(焼き入れ)し、その後、焼き戻し処理を施す。浸炭処理は、例えばガス浸炭で行われる。具体的には、炭素を含む雰囲気中で、焼結体を例えば800〜1000℃程度まで加熱して所定時間(例えば100〜200分)保持することにより、焼結体の表層に炭素を浸透拡散させる。これにより、図5に示すように、焼結体1’の表層に、内部よりも炭素濃度の高い炭素拡散層20が形成される。上記の浸炭処理におけるカーボンポテンシャルは、例えば0.7〜1.2質量%、好ましくは0.8〜1.0質量%とされる。炭素拡散層20の表面における炭素濃度は、0.6質量%以上、好ましくは0.7質量%以上、より好ましくは0.8質量%以上とされ、表面からの深さが深くなるにつれて低下している。炭素拡散層20の下(内部側)には、雰囲気中の炭素がほとんど浸透拡散せず、浸炭前の焼結体とほぼ同じ組成である母材層13の一定領域13bが形成される。こうして加熱した焼結体1’を冷却することで、焼入れ処理が施される。これにより、焼結体1’の表層(特に、表面付近の高炭素領域)に、マルテンサイトを主体とする鉄鋼組織が形成される。その後、焼き戻し処理が施され、焼結体1’に靱性が付与される。
【0044】
(4)研削工程
浸炭焼入れ処理を経た焼結体は、熱による歪が生じているため、寸法精度が低い。この焼結体に対し、研削加工を施すことにより、寸法精度の高い摺動面が形成される。
【0045】
(5)窒化工程
研削工程を経た焼結体に対し、窒化処理が施される。本実施形態では、焼結体に塩浴軟窒化処理が施される。具体的には、焼結体を、軟窒化性塩浴中に浸漬した状態で所定温度(例えば500〜620℃)となるまで加熱することで、焼結体の表面に窒化層を形成する。軟窒化性塩浴は、シアン酸ソーダ(NaCNO)やシアン酸カリ(KCNO)などの青酸塩を主体としたものであり、塩浴中の窒素が鉄と反応して窒化が進行する。本実施形態では、焼結体の表層に形成された炭素拡散層20が塩浴中の窒素と反応して、焼結体の表面に鉄鋼の窒化物からなる超高硬度の化合物層11が形成されると共に、炭素拡散層20中に塩浴中の窒素が浸透拡散して、化合物層11の下に拡散層12が形成される(図1参照)。このように、浸炭処理により焼結体1’の表層に炭素濃度が高い炭素拡散層20を形成した後、窒化処理により炭素拡散層20に窒素を浸透拡散させることで、高硬度且つ高強度の拡散層12を形成することができる。尚、拡散層12の下には、塩浴中の窒素がほとんど浸透拡散せず、炭素拡散層20とほぼ同じ組成の母材層13の勾配領域13aが形成される。
【0046】
本実施形態では、焼結体が高密度(7.0g/cm以上)であるため、焼結体の表層にしか窒化処理液が浸入せず、焼結体の内部までは窒化処理液がほとんど浸入しない。これにより、窒化処理後に、焼結体の内部気孔から処理液を排出できなくなる不具合を回避できる。
【0047】
以上のように、本実施形態の摺動部材1は、低クロム鋼粉を用いることで密度を高めることができる。また、焼結体に窒化処理を施して化合物層11を設けることで、超高硬度の摺動面1aが得られる。さらに、浸炭処理の後に窒化処理を施すことで、高強度の拡散層12が得られる。このように、焼結体の密度、硬度、及び強度を高めることで、非常に優れた耐摩耗性を有する摺動部材1を得ることができる。
【0048】
本発明は、上記の実施形態に限られない。例えば、上記の実施形態では、窒化工程で塩浴軟窒化処理が施される場合を示したが、これに限らず、例えばガス軟窒化処理を施してもよい。ただし、ガス軟窒化処理で形成された化合物層よりも、塩浴軟窒化処理で形成された化合物層11の方が、厚さが均一で表面が滑らかであるため好ましい。
【0049】
また、上記の実施形態では、焼結工程の後に浸炭焼入れ工程を行っているが、これらの工程を同一装置内で同時に行ってもよい。例えば、圧粉体を、炭素を含むガス{例えば天然ガスや吸熱型ガス(RXガス)等}の雰囲気中で焼結することで、焼結体を形成すると同時に、焼結体の表層に炭素を浸透拡散させることができる。
【0050】
また、焼結工程において、予め圧粉体を高熱伝導率の放熱板に接触させ、この状態で焼結して焼結体を形成してもよい。この場合、焼結後、放熱板を介して焼結体の熱が放熱されることで、焼結体が急冷される。放熱板は、熱伝導率が100〜10000W・m−1・K−1である素材で形成することが好ましい。尚、焼結体を冷却する際、焼結体に窒素ガスを吹き付けてもよい。
【0051】
また、上記の実施形態では、本発明に係る摺動部材を斜板式エアコンプレッサの斜板103に適用した場合を示したが、これに限らず、例えば斜板式エアコンプレッサのシュー107(図6参照)や、軸受、カム等に適用することもできる。
【符号の説明】
【0052】
1 摺動部材
1a 摺動面
11 化合物層
12 拡散層
13 母材層
20 炭素拡散層
102 回転軸
103 斜板
104 ピストン
107 シュー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7