(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6866710
(24)【登録日】2021年4月12日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】波長変換素子およびレーザ照射装置
(51)【国際特許分類】
G02F 1/37 20060101AFI20210419BHJP
H01S 3/10 20060101ALI20210419BHJP
【FI】
G02F1/37
H01S3/10 Z
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-52914(P2017-52914)
(22)【出願日】2017年3月17日
(65)【公開番号】特開2018-155935(P2018-155935A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2019年10月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000149734
【氏名又は名称】株式会社大真空
(74)【代理人】
【識別番号】110000947
【氏名又は名称】特許業務法人あーく特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤野 和也
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 智織
【審査官】
堀部 修平
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−239959(JP,A)
【文献】
特開2015−132781(JP,A)
【文献】
特開2006−065222(JP,A)
【文献】
特開2008−160603(JP,A)
【文献】
特開2016−050863(JP,A)
【文献】
特開2008−310308(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/093300(WO,A1)
【文献】
米国特許第05355247(US,A)
【文献】
中国特許出願公開第101980073(CN,A)
【文献】
栗村直,外4名,紫外波長変換をめざした疑似位相整合水晶,応用物理,日本,応用物理学会,2000年,第69巻,第5号,pp.548-552
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F1/00−1/125,1/21−7/00
H01S3/00−3/02,3/04−3/0959,3/098−3/102,3/105−3/131,3/136−3/213,3/23−4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非線形光学特性を有する結晶による分極反転構造が形成されてなる疑似位相整合を有する波長変換素子であって、
前記結晶には水晶が用いられ、両主面が互いに平行である平板状の複数の水晶板を金属拡散層で貼り合わせ、かつ、当該波長変換素子の光入射面が、最も外側に貼られた水晶板の主面となる構造とされており、
前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の一部の領域に形成されており、前記水晶板の貼り合わせ面には前記金属拡散層の存在しない開口領域が設けられており、
前記複数の水晶板は、貼り合わされる全ての水晶板の重心に対する近似直線が、該波長変換素子の光入射面に対してレーザ光がブリュースター角で入射された場合の屈折光の光路と平行となるように貼り合わされていることを特徴とする波長変換素子。
【請求項2】
非線形光学特性を有する結晶による分極反転構造が形成されてなる疑似位相整合を有する波長変換素子であって、
前記結晶には水晶が用いられ、複数の水晶板を金属拡散層で貼り合わせた構造とされており、
前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の一部の領域に形成されており、前記水晶板の貼り合わせ面には前記金属拡散層の存在しない開口領域が設けられており、
前記金属拡散層はAuまたはPtを含み、前記金属拡散層の厚みは、80nm〜1000nmの範囲であることを特徴とする波長変換素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の波長変換素子であって、
前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の外周部のみに形成されていることを特徴とする波長変換素子。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項に記載の波長変換素子であって、
前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の外周部の少なくとも一部を開口するように形成され、貼り合わされる水晶板間に周囲を前記金属拡散層により囲まれた密封空間を形成しないことを特徴とする波長変換素子。
【請求項5】
請求項1に記載の波長変換素子であって、
複数枚の水晶板を貼り合わせてなる積層ブロックを複数有しており、さらにこれら複数の積層ブロックを貼り合わせてなる構造であり、
各積層ブロックにおける水晶板は、貼り合わされる全ての水晶板が光入射面の法線方向においてずれなく貼り合わされていることを特徴とする波長変換素子。
【請求項6】
レーザ光源と波長変換素子とを有し、前記レーザ光源から発射される基準レーザ光を前記波長変換素子に透過させ、該透過によって波長変換された変換レーザ光を外部に照射するレーザ照射装置であって、
前記波長変換素子は、前記請求項1から5のいずれか一項に記載された波長変換素子であることを特徴とするレーザ照射装置。
【請求項7】
請求項6に記載のレーザ照射装置であって、
前記レーザ光源は、前記波長変換素子の光入射面に対して前記基準レーザ光をブリュースター角で入射させることを特徴とするレーザ照射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入射光の波長を短波長に変換して出射する波長変換素子と、この波長変換素子を用いたレーザ照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、製造加工や医療等の分野でレーザ照射装置が多用されている。これらの分野では、より微細な加工を行うためには波長の短いレーザが必要であり、紫外域における高出力なものとしてはエキシマレーザが実用化されている。しかしながら、希ガスレーザであるエキシマレーザは、安定性および安全性の面から煩雑なメンテナンスが必要となる。また、エキシマレーザは、装置が大型であるといった課題もある。このため、安定・安全性に優れ、小型化可能なレーザ照射装置が望まれる。
【0003】
安定・安全性に優れ、小型化可能なレーザ照射装置を得るには、固体のレーザ発振素子(例えばYAGレーザ)を用いることが好ましいが、200nm以下の波長域では、固体のレーザ発振素子自体が存在しない。しかしながら、波長変換素子を用いれば、レーザ発振素子から出射されるレーザ光(基本波)の波長を変換し、より短波長のレーザ光を得ることが可能となる。一般的には、YAGレーザから出射された基本波(1064nm:赤外光)を波長変換素子に透過させ、第2高調波(532nm:緑色光)に変換して出力するレーザ照射装置が知られている。
【0004】
レーザ光の波長を変換するために用いられる波長変換素子には非線形光学特性を有する結晶(非線形結晶)が用いられ、一般的な非線形結晶材料としては、LT(LiTaO
3)、LN(LiNbO
3)、LBO(LiB
3O
5)、KTP(KTiOPO
4)、CLBO(CsLiB
6O
10)等が挙げられる。
【0005】
しかしながら、これらの非線形結晶材料を用いた波長変換素子には以下のような課題がある。
・LTは、260nm以下の波長のレーザに対し、レーザ透過時の吸収量が多く、また、レーザを照射した際の損傷が激しい。
・LN、LBOは、レーザを照射した際の損傷が激しく、また、300nm以下の波長への変換が困難である。
・KTPは、300nm以下の波長への変換が困難である。
・CLBO、LBOは、潮解性を有するため、湿度対策が必要となる。
・その他の非線形結晶材料の多くも、レーザに対する損傷に弱い、潮解性を有する、変換できる波長域に制限がある(波長の透過域が狭い)等の問題を有している。
【0006】
一方、特許文献1には、非線形結晶材料として水晶を用いた波長変換素子が開示されている。水晶は、上述の波長変換素子に比べ、
・レーザ耐性が高い(損傷しにくい)、
・潮解性が無い、
・短波長の透過域が広い、
・熱耐久性が高い、
・安価、メンテナンスフリー、小型化が容易、
といった多くのメリットを有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−233143号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非線形結晶材料としての水晶は、上述した多くのメリットを有している一方、変換効率が低いといったデメリットも有している(例えば、LTと比較すると変換効率は1/100程度)。
【0009】
ここで、水晶を用いて波長変換素子を作製するには、分極反転構造が形成されてなる疑似位相整合を形成する。具体的には、
図9に示すように、波長変換素子100は、複数の水晶板(x板)110を、結晶の分極が周期的に反転するように積層した(貼り合わせた)構造とすることが考えられる。波長変換素子100に、レーザ光源(レーザ発振素子)200からの基本波L1を照射すると、その透過光において第2高調波(波長が基本波の1/2)L2が得られる。尚、波長変換素子100における分極反転周期Λは、基本波L1の波長に応じて設定される。
【0010】
水晶板による疑似位相整合を用いた波長変換素子では、水晶板の積層数(貼り合わせ枚数)を増加することで、波長変換素子としての変換効率を増加させることができる。但し、水晶を用いた波長変換素子では、実用レベルの変換効率を得るには数千オーダーの積層数が必要とされる。
【0011】
このように数千枚もの水晶板を貼り合わせて波長変換素子を作製する場合、その貼り合わせ方法としては、接着剤を用いる方法や、拡散接合を用いる方法等が考えられる。しかしながら、接着剤を用いる方法では、水晶板間のギャップ制御が難しい、レーザ光の波長によっては透過率が大きく低下する等の問題がある。また、拡散接合を用いた方法では、非常に薄い金属層(数Å)を用いて接合したり、水晶板同士を直接接合したりする場合に、水晶板に反りがあると、この反りを吸収できずに積層数を多くできないといった問題や、接合面に異物等があると、この異物等を挟みこみ接合できないといった問題がある。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、非線形結晶材料として水晶を用い、かつ、透過率の高い波長変換素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明は、非線形光学特性を有する結晶による分極反転構造が形成されてなる疑似位相整合を有する波長変換素子であって、前記結晶には水晶が用いられ、複数の水晶板を金属拡散層で貼り合わせた構造とされており、前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の一部の領域に形成されており、前記水晶板の貼り合わせ面には前記金属拡散層の存在しない開口領域が設けられていることを特徴としている。
【0014】
上記の構成によれば、非線形結晶に水晶を用い、レーザの波長変換に好適に使用可能な波長変換素子を提供できる。すなわち、レーザの変換効率を向上させるために多数の水晶板を貼り合わせて積層した場合に、水晶板の貼り合わせに使用される金属拡散層の存在しない開口領域をレーザ透過領域として使用することで、波長変換素子に対してレーザを効率よく透過させることができる。また、貼り合わせに接着剤でなく金属拡散層を用いることで、接着剤のように接合面で拡がることが無く、設計通りの開口領域を容易に得ることができる。
【0015】
また、上記波長変換素子では、前記金属拡散層の厚みは、80nm〜1000nmの範囲であることが好ましい。
【0016】
上記の構成によれば、金属拡散層の厚みを80nm以上とすることで、金属の柔軟性により水晶板に反りがあっても、この反りを吸収することができ積層数を多くすることができる。また、接合面に異物等があっても柔軟に接合することが可能となる。また、金属拡散層の厚みを1000nm以下とすることで、金属膜の膜応力による水晶板の反りを少なくすることができ、貼り合わせの積層数を多くすることが可能となる。
【0017】
また、上記波長変換素子では、前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の外周部のみに形成されている構成とすることができる。
【0018】
上記の構成によれば、波長変換素子の内部領域をレーザ透過領域として使用しやすくなる。
【0019】
また、上記波長変換素子では、前記金属拡散層は、前記水晶板の貼り合わせ面の外周部の少なくとも一部を開口するように形成され、貼りあわされる水晶板間に周囲を前記金属拡散層により囲まれた密封空間を形成しない構成とすることができる。
【0020】
上記の構成によれば、水晶板間に密封空間を形成しない構造とすることで、該密封空間に水分が封入されることを防止できる。水分が封入された密封空間が存在すると、温度によっては結露が発生する恐れがあり、結露が発生すると結露部分で屈折率が変化し、透過レーザに対するエネルギ損失が生じる。また、貼り合せ面の外周部に開口部を設けることで、貼り合せ面の応力を緩和することが可能となり、積層数を多くした場合の素子の変形を防止することが可能となる。
【0021】
また、上記波長変換素子では、前記複数の水晶板は、貼り合わされる全ての水晶板の重心に対する近似直線が、該波長変換素子の光入射面に対してレーザ光がブリュースター角で入射された場合の屈折光の光路と平行となるように貼り合わされている構成とすることができる。
【0022】
上記の構成によれば、水晶板の貼り合わせ枚数が多くなり、波長変換素子の厚みが大きくなる場合であっても、各水晶板の面積を必要以上に大きくすることなく、ブリュースター角で入射されたレーザ光を波長変換素子の入射面から出射面まで透過させることができる。また、波長変換素子にブリュースター角でレーザ光を入射させた場合には、反射によるエネルギ損失を大幅に抑制することができる。
【0023】
また、上記波長変換素子は、複数枚の水晶板を貼り合わせてなる積層ブロックを複数有しており、さらにこれら複数の積層ブロックを貼り合わせてなる構造であり、各積層ブロックにおける水晶板は、貼り合わされる全ての水晶板が光入射面の法線方向においてずれなく貼り合わされている構成とすることができる。
【0024】
上記の構成によれば、水晶板の重心に対する近似直線がブリュースター角で入射されたレーザ光の屈折光の光路と平行となるように貼り合わされた波長変換素子を作製するに当たり、水晶板を1枚ずつずらして貼り合わせる場合よりも製造工程を簡略化できる。
【0025】
また、本発明のレーザ照射装置は、レーザ光源と波長変換素子とを有し、前記レーザ光源から発射される基準レーザ光を前記波長変換素子に透過させ、該透過によって波長変換された変換レーザ光を外部に照射するレーザ照射装置であって、前記波長変換素子は、上記記載の波長変換素子であることを特徴としている。
【0026】
また、上記レーザ照射装置では、前記レーザ光源は、前記波長変換素子の光入射面に対して前記基準レーザ光をブリュースター角で入射させる構成とすることができる。
【0027】
上記の構成によれば、貼り合わされる水晶板の間には空隙が生じ、この空隙内に存在する媒質の屈折率が水晶の屈折率と異なる場合であっても、入射角をブリュースター角に合わせることで反射によるエネルギ損失を大幅に抑制することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の波長変換素子およびレーザ照射装置は、非線形結晶に水晶を用い、レーザの変換効率を向上させるために多数の水晶板を貼り合わせて積層した場合に、水晶板の貼り合わせに使用される金属拡散層の存在しない開口領域をレーザ透過領域として使用することで、波長変換素子に対してレーザを効率よく透過させることができるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】実施の形態1に係る波長変換素子の概略構成を示す平面図である。
【
図2】
図1に示す波長変換素子のA−A断面図である。
【
図3】実施の形態1に係る波長変換素子にレーザ光をブリュースター角で入射させた場合の説明図であり、(a)は有効面積の広い波長変換素子の場合、(b)は有効面積の狭い波長変換素子の場合を示す。
【
図4】実施の形態2に係る波長変換素子の概略構成を示す断面図である。
【
図5】実施の形態2に係る他の波長変換素子の概略構成を示す断面図である。
【
図6】実施の形態3に係る波長変換素子の概略構成を示す断面図である。
【
図7】
図4の波長変換素子を用いたレーザ照射装置の概略構成を示す図である。
【
図8】
図6の波長変換素子を用いたレーザ照射装置の概略構成を示す図である。
【
図9】非線形結晶として水晶を用いた波長変換素子の基本構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
〔実施の形態1〕
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、非線形結晶として水晶を用いた波長変換素子10−1の平面図である。
図2は、
図1に示す波長変換素子10−1のA−A断面図である。
【0031】
波長変換素子10−1は、
図2に示すように、複数の水晶板11を金属拡散層12によって貼り合わせてなる構造である。すなわち、水晶板11は、拡散接合によって貼り合わされる。また、波長変換素子10−1において、水晶板11は、
図9に示すような疑似位相整合を形成するように貼り合わされている。尚、
図2(および後述する
図3〜6)は図面の簡略化のため、水晶板11の枚数を大幅に少なくして描画しているが、実際には、数千オーダーの枚数で水晶板11が貼り合わされる。
【0032】
金属拡散層12は、
図1に示すように、水晶板11の主面(貼り合わせ面)に対して全面に形成されるものではなく、一部の領域に形成される。すなわち、水晶板11の主面には金属拡散層12の存在しない領域(開口領域)が設けられる。また、金属拡散層12は主に水晶板11の主面の外周部に形成され、水晶板11の内部領域の殆どは金属拡散層12の存在しない開口領域とされることが好ましい。特に、波長変換素子10−1における水晶板11の主面の面積が比較的小さい場合には、金属拡散層12は水晶板11の主面の外周部のみに形成することが好ましい。
【0033】
水晶板を用いた波長変換素子において、水晶板の貼り合わせを接着層や金属拡散層を用いて水晶板の主面全体で行った場合、波長変換素子を透過するレーザ光は水晶板だけでなく接着層や金属拡散層をも透過する必要がある。そして、レーザ光が接着層や金属拡散層を透過する際の吸収等により、レーザ光の透過率が低下する。接着剤を用いる方法では、水晶板間のギャップ制御が難しい、レーザ光の波長によっては透過率が大きく低下する等の問題がある。このレーザ光の低下は、特にUV硬化型の接着剤を用いた場合には顕著である。
【0034】
これに対し、本実施の形態1に係る波長変換素子10−1では、水晶板11は金属拡散層12によって貼り合わされ、しかも、水晶板11の主面には金属拡散層12の存在しない領域(開口領域)が設けられる。このため、波長変換素子10−1において、金属拡散層12の存在しない開口領域をレーザ透過領域として使用することで、金属拡散層12による吸収や反射を無くし、波長変換素子10−1に対してレーザ光を効率よく透過させることができる。
【0035】
また、金属拡散層12は、主に水晶板11の主面の外周部に形成され、水晶板11の内部領域の殆どは金属拡散層12の存在しない開口領域とされる。これにより、波長変換素子10−1の内部領域をレーザ透過領域として使用しやすくなる。また、水晶板11の外周部で貼り合わせを行うことで、波長変換素子10−1の機械的強度も確保しやすくなるといった効果もある。
【0036】
波長変換素子10−1では、水晶板11の貼り合わせを金属拡散層12による拡散接合によって行うことで、接着剤を用いた貼り合わせを行う場合に比べて以下のような利点もある。すなわち、接着剤を用いた貼り合わせでは、接着剤の存在しない開口領域を形成するために水晶板の一部領域に接着剤を塗布しても、貼り合わせ時の加圧によって接着剤が塗布領域以上に拡がり、設計通りの開口領域を得ることが困難となる。拡散接合では、金属拡散層が不所望に拡がることはなく、設計通りの開口領域を得ることが容易である。
【0037】
金属拡散層12による拡散接合は、例えば、以下の工程にて実施される。
【0038】
まず、接合される2枚の水晶板11には、それぞれの接合面において下地膜および接合膜が形成される。下地膜は、水晶板11の平坦平滑面(鏡面加工)に下地金属(TiやNi等)を物理的気相成長させて形成される。接合膜は、下地膜上にAuやPt等の拡散接合可能な金属を物理的気相成長させて積層形成される。
【0039】
こうして、下地膜および接合膜が形成された2枚の水晶板11を重ね合せると、接合膜同士が拡散接合され、2枚の水晶板11同士が貼り合わされる。この場合、下地膜および接合膜が金属拡散層12となる。接合膜の厚みは、40nm〜1μmの範囲とすることが好ましく、水晶板11同士を密着させるためには、40nm〜500nmの範囲とすることがさらに好ましい。そして、金属拡散層12の厚みは、80nm〜1000nmの範囲とすることが好ましい。金属拡散層12の厚みを80nm以上とすることで、金属の柔軟性により水晶板11に反りがあっても、この反りを吸収することができ、積層数を多くすることができる。また、接合面に異物等があっても柔軟に接合することが可能となる。また、金属拡散層12の厚みを1000nm以下とすることで、金属膜の膜応力による水晶板11の反りを少なくすることができ、貼り合わせの積層数を多くすることが可能となる。
【0040】
また、
図1に示す波長変換素子10−1では、金属拡散層12は水晶板11の外周全体を囲むようには形成されておらず、貼り合わされた水晶板11の内部領域(ギャップ空間)を外部と通気させるための通気部12aが設けられている。これは、通気部12aを設けることで水晶板11間に密封空間を形成しない構造とし、該密封空間に水分が封入されることを防止するためである。水晶板11間に水分が封入された密封空間が存在すると、温度によっては結露が発生する恐れがあり、この結露にレーザ光が当たると不所望な屈折が生じて、透過レーザにおけるエネルギ損失が生じる。また、貼り合せ面の外周部に開口部(通気部12a)を設けることで、貼り合せ面の応力を緩和することが可能となり、積層数を多くした場合の素子の変形を防止することが可能となる。
【0041】
また、水晶板11のギャップ空間での結露を防止する方法としては、貼り合わされた水晶板11のギャップ空間を、真空もしくは窒素等の不活性ガスが充填された密閉空間とする方法もある。このようにすれば、該密封空間に水分が封入されることは無く、結露を防止することができる。水晶板11のギャップ空間を、真空もしくは窒素等の不活性ガスが充填された密閉空間とするには、例えば、以下の方法が挙げられる。
【0042】
第1の方法は、金属拡散層12を水晶板11の外周全体を囲むように形成し、水晶板11の貼り合わせ工程を、真空中もしくは窒素雰囲気中で行う方法である。この方法では、水晶板11の貼り合わせと同時に密閉空間が形成され、該密閉空間内が真空もしくは窒素充填とされる。
【0043】
第2の方法は、金属拡散層12は水晶板11の外周全体を囲まない構成(金属拡散層12に上述の通気部12aを設けた構成)とし、水晶板11の貼り合わせ後に、真空中もしくは窒素雰囲気中で波長変換素子の側面を樹脂等で封止する方法である。
【0044】
第3の方法は、金属拡散層12は水晶板11の外周全体を囲まない構成(金属拡散層12に上述の通気部12aを設けた構成)とし、水晶板11の貼り合わせ後の波長変換素子をパッケージングして、そのパッケージ内を真空もしくは窒素に置換する方法である。
【0045】
〔実施の形態2〕
実施の形態1で示した波長変換素子10−1のように、複数の水晶板11を金属拡散層12によって貼り合わせ、かつ、金属拡散層12の存在しない開口領域を設ける構造では、この開口領域において、貼り合わされる水晶板11の間にギャップ空間が形成される。このギャップ空間内の媒質(ギャップ内媒質)と水晶板11との屈折率が異なる場合、ギャップ内媒質と水晶板11との界面で反射が生じ、この反射によって透過レーザにおけるエネルギ損失が生じる可能性がある。
【0046】
上記反射を防止する有効な手段としては、
図3(a)に示すように、波長変換素子10−1に入射されるレーザ光Lの入射角(水晶板11の主面に対する入射角)αをブリュースター角とすることが考えられる。このように、波長変換素子10−1にブリュースター角でレーザ光Lを入射させることで、縦波の反射を0%としてレーザ光Lを波長変換素子10−1に入射させることができ、反射によるエネルギ損失を大幅に抑制できる。
【0047】
ここで、波長変換素子10−1における水晶板11の貼り合わせをずれの無い貼り合わせとし、かつ、レーザ光Lの入射角αをブリュースター角とした場合、波長変換素子10−1の厚み寸法(水晶板11の積層方向の寸法)に対して水晶板11の面積が十分に大きくなければ、レーザ光Lが全ての水晶板11を通過することができない(すなわち、波長変換素子10−1全体を通過できない)といった問題が生じる(
図3(b)参照)。尚、ここでの「ずれの無い貼り合わせ」とは、全ての水晶板11が同一形状かつ同一寸法であり、貼り合わされる全ての水晶板11の重心が、水晶板11の主面に対して垂直となる直線H(
図3(a),(b)参照)上に並ぶような貼り合わせ構造を意味する。
【0048】
これに対し、本実施の形態2にかかる波長変換素子10−2または10−3は、
図4および
図5に示すように、水晶板11を斜めにずらした貼り合わせとしている。ここでの「斜めにずらした貼り合わせ」とは、全ての水晶板11が同一形状かつ同一寸法であり、貼り合わされる全ての水晶板11の重心に対する近似直線が、水晶板11の主面に対して斜めに傾いた(垂直ではない)直線S(
図4,5参照)となるような貼り合わせ構造を意味する。
【0049】
ここで、
図4に示す波長変換素子10−2は、水晶板11を1枚ずつずらして貼り合わせた構造であり、この構造では、貼り合わされる全ての水晶板11の重心が直線S上に並ぶ。
【0050】
一方、
図5に示す波長変換素子10−3は、水晶板11を1枚ずつずらすのではなく、所定枚数(例えば、数十枚オーダーもしくは数百枚オーダー)の水晶板11を「ずれの無い貼り合わせ」で貼り合わせたブロックBを形成し、これらの複数のブロックBを斜めにずらして貼り合わせている。この構造では、貼り合わされる全ての水晶板11の重心を直線S上に配列させることはできないが、貼り合わされる全ての水晶板11の重心に対する近似直線を直線Sとすることができる。
【0051】
図4,5に示す波長変換素子10−2および10−3では、直線Sは、入射されるレーザ光Lの入射角αをブリュースター角とした場合に、水晶板11中を進行する屈折光L’の光路と平行となるように設定されることが好ましい。これにより、レーザ光Lの入射角αをブリュースター角とした場合に、波長変換素子10−2および10−3の厚み寸法(水晶板11の積層方向の寸法)に対する水晶板11の面積を低減することができ、波長変換素子10−2および10−3の小型化および軽量化に寄与する。また、本形態では、同じ形状で同じ面積の水晶板11を用いることで、加工が容易になり材料効率も高まるため、コストダウンにも有効である。
【0052】
〔実施の形態3〕
実施の形態1における波長変換素子10−1は、各水晶板11に対してレーザ光を1回だけ透過させる構成であるため、実用レベルの変換効率を得るには水晶板11の積層数が極めて多く必要とされる。これに対し、水晶板11の積層数を抑制しながら波長変換素子の変換効率を増大させる手法として、多重反射構造を用いることが考えられる。
【0053】
図6は、多重反射構造を用いた波長変換素子10−4の断面図である。波長変換素子10−4では、波長変換素子10−4におけるレーザ光(基本波)L1の入射面側(
図6では上面側)に反射膜13が成膜されており、入射面と反対側(
図6では下面側)に透過・反射膜14が成膜されている。反射膜13は、基本波L1と、第2高調波(基本波が波長変換素子を通過する過程で波長変換されて発生する変換波)L2との両方を反射する特性を有する。透過・反射膜14は、基本波L1を反射し、第2高調波L2を透過する特性を有する。
【0054】
波長変換素子10−4では、第2高調波L2は、透過・反射膜14を透過して互いに平行な複数のレーザ光として出射される。こうして出射される第2高調波L2は、例えば集光レンズ等によって集光することで、増幅された波長変換波として利用できる。
【0055】
また、波長変換素子10−4への入射後、最後まで変換されることのない基本波L1は、最終的には、波長変換素子10−4の入射面側(
図6では上面側)から出射される。このため、反射膜13は、基本波L1の入射部および出射部には形成されず、この部分は開口されている。
【0056】
このように多重反射構造を用いた波長変換素子10−4は、各水晶板11に対してレーザ光を複数回透過させることができるため、水晶板11の積層数を抑制しながら波長変換素子の変換効率を増大させることができる。しかしながら、波長変換素子10−4は、多重反射されながら素子内を進行するレーザ光の透過領域を確保するため、その有効面積を、多重反射構造を用いない波長変換素子10−1等に比べて大面積化することが要求される。すなわち、大面積に作成された水晶板11を用いることが必要となる。
【0057】
水晶は、従来の波長変換素子で用いられている他の非線形結晶(LT,LN等)に比べ、大面積に作成することが比較的容易である。非線形結晶に水晶を用いた場合、多重反射構造を用いた波長変換素子10−4も作成しやすく、このことも波長変換素子に水晶を用いることのメリットであると言える。
【0058】
〔実施の形態4〕
本実施の形態4では、本発明が適用されたレーザ照射装置について
図7,
図8を参照して説明する。
【0059】
図7は、
図4に示す波長変換素子10−2を用いたレーザ照射装置50−1の概略構成を示す図である。レーザ照射装置50−1は、レーザ光源(レーザ発振素子)51からの基本波(基準レーザ光)L1を波長変換素子10−2に照射し、第2高調波(波長が基本波の1/2:変換レーザ光)L2を得る構成である。尚、
図7に示すレーザ照射装置50−1において、波長変換素子10−2を、
図2または
図5に示す波長変換素子10−1または10-3に代える構成とすることも可能である。
【0060】
図8は、
図6に示す波長変換素子10−4を用いたレーザ照射装置50−2の概略構成を示す図である。レーザ照射装置50−2は、レーザ光源(レーザ発振素子)51からの基本波L1を波長変換素子10−4に照射し、第2高調波(波長が基本波の1/2)L2を得る構成である。但し、レーザ照射装置50−2においては、波長変換素子10−4から出射される第2高調波L2は、互いに平行な複数のレーザ光L2として出射される。このため、レーザ照射装置50−2では、波長変換素子10−4の後段に集光レンズ52を配置する構成とすることが好ましい。これにより、波長変換素子10−4から出射される第2高調波L2は、集光レンズ52によって集光され、増幅された波長変換波として利用できる。
【0061】
レーザ照射装置50−1および50−2において、レーザ光源51は固体レーザ発振素子であることが好ましく、例えばYAGレーザを用いることが好ましい。YAGレーザから照射される基本波L1の波長は1064nmであり、第2高調波L2の波長は532nmである。尚、
図7,
図8では、使用する波長変換素子の数を一つとした場合を例示しているが、本発明はこれに限定されるものではなく、レーザ光の光路に沿って複数の波長変換素子を配置する構成であってもよい。
【0062】
例えば、
図7に示すレーザ照射装置50−1において、波長変換素子10−2をレーザ光の光路に沿って複数配置すれば、波長が1064nmの基本波L1を、532nm,266nm,…と順次変換することができ、最終的には紫外光域の短波長レーザ光を得ることができる。このことは、
図8に示すレーザ照射装置50−2においても同様である。
【0063】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0064】
10−1〜10−4 波長変換素子
11 水晶板
12 金属拡散層
12A,12B 金属パターン
13 反射膜
14 透過・反射膜
50−1,50−2 レーザ照射装置
51 レーザ光源
52 集光レンズ
L1 基準波(基準レーザ光)
L2 第2高調波(変換レーザ光)