特許第6866744号(P6866744)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ いすゞ自動車株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000016
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000017
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000018
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000019
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000020
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000021
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000022
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000023
  • 特許6866744-重心高推定装置 図000024
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6866744
(24)【登録日】2021年4月12日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】重心高推定装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 40/12 20120101AFI20210419BHJP
   B60G 17/052 20060101ALI20210419BHJP
   G01M 1/12 20060101ALI20210419BHJP
【FI】
   B60W40/12
   B60G17/052
   G01M1/12
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-81676(P2017-81676)
(22)【出願日】2017年4月17日
(65)【公開番号】特開2018-177070(P2018-177070A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2020年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166006
【弁理士】
【氏名又は名称】泉 通博
(74)【代理人】
【識別番号】100124084
【弁理士】
【氏名又は名称】黒岩 久人
(74)【代理人】
【識別番号】100154070
【弁理士】
【氏名又は名称】久恒 京範
(74)【代理人】
【識別番号】100153280
【弁理士】
【氏名又は名称】寺川 賢祐
(72)【発明者】
【氏名】岩間 俊彦
【審査官】 小笠原 恵理
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2009/0235724(US,A1)
【文献】 国際公開第2008/150221(WO,A1)
【文献】 特開平11−304663(JP,A)
【文献】 特開2017−53719(JP,A)
【文献】 特開2014−126508(JP,A)
【文献】 特開2008−30536(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 40/12−40/13
B60G 17/052
G01M 1/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に備えられた左右のサスペンションの支持力に基づいて、前記車両におけるバネ上のロールモーメントを算出するロールモーメント算出部と、
前記車両の幅方向の加速度である横加速度を測定する横加速度測定部と、
前記バネ上の質量を求める質量測定部と、
前記横加速度に対する前記ロールモーメントの伝達関数を算出する伝達関数算出部と、
前記伝達関数のゲインを前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出する重心高算出部と、
を備える重心高推定装置。
【請求項2】
前記重心高算出部は、前記伝達関数のゲインのうち、所定値以下の周波数の前記伝達関数のゲインを前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出する、
請求項1に記載の重心高推定装置。
【請求項3】
前記重心高算出部は、前記所定値以下の周波数の複数の前記伝達関数のゲインから求めた統計量を前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出する、
請求項2に記載の重心高推定装置。
【請求項4】
前記左右のサスペンションは、それぞれエアサスペンションからなり、
前記ロールモーメント算出部は、前記左右のサスペンションの変位の差分と、前記左右のサスペンション内の圧力の差分とに基づいて、前記ロールモーメントを算出する、
請求項1から3のいずれか一項に記載の重心高推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、商用車などの車両の重心の位置を推定する重心高推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両の横転を防ぐため、車両の重心高さを推定することが重要となっている。特に商用車では、積荷の状態によって車両全体の重心の位置が大きく変化するため、積荷を積載した状態の重心高さを推定することが重要となる。
【0003】
車両の重心高さを推定する技術に関して、例えば、以下のような提案がされている(特許文献1参照)。
すなわち、特許文献1では、ロールセンタ高さを調整可能なサスペンション装置を設けておき、積載条件が変化した場合には、前後輪のロールセンタ高さを調整することで、ロール挙動を一定とする。
具体的には、前後輪の目標とするロールセンタ高さを求めて、この目標とするロールセンタ高さとなるように、サスペンション装置のアクチュエータを制御する。
【0004】
ここで、前後輪の目標とするロールセンタ高さは、以下の手順で求められる(特許文献1の段落番号[0016]〜[0017]を参照)。
すなわち、乗員が乗車した状態における乗員の重心高さが一定であると考えて、この乗員が乗車した状態におけるバネ上車体の質量変化と、空車状態におけるバネ上車体の重心高さおよび質量とに基づいて、乗員が乗車した状態におけるバネ上車体の重心高さを求める。その後、旋回横加速度に応じたロールモーメントを基準状態に維持するのに必要な、目標ロールセンタの高さを求めて、この目標ロールセンタ高さを前後輪に配分する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−22287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1では、乗員が乗車した状態における乗員の重心高さを一定としているが、実際の商用車では、特許文献1の乗員に相当する積荷の配置や質量は、物流拠点などに立ち寄るたびに大きく変化するので、積荷の重心高さを一定とすることはできない。
【0007】
本発明は、積荷の配置や質量が様々に変化し、積荷の重心高さが変化する場合であっても、バネ上の重心の高さをより高い精度で推定することができる車両重心高推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様の車両重心高推定装置は、車両に備えられた左右のサスペンションの支持力に基づいて、前記車両におけるバネ上のロールモーメントを算出するロールモーメント算出部と、前記車両の幅方向の加速度である横加速度を測定する横加速度測定部と、前記バネ上の質量を求める質量測定部と、前記横加速度に対する前記ロールモーメントの伝達関数を算出する伝達関数算出部と、前記伝達関数のゲインを前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出する重心高算出部と、を備える。
【0009】
前記重心高算出部は、前記伝達関数のゲインのうち、所定値以下の周波数の前記伝達関数のゲインを前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出してもよい。
【0010】
前記重心高算出部は、前記所定値以下の周波数の複数の前記伝達関数のゲインから求めた統計量を前記バネ上の質量で除することにより、前記車両のロール中心から前記バネ上の重心までの高さを算出してもよい。
【0011】
前記左右のサスペンションは、それぞれエアサスペンションからなり、前記ロールモーメント算出部は、前記左右のサスペンションの変位の差分と、前記左右のサスペンション内の圧力の差分とに基づいて、前記ロールモーメントを算出してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、積荷の配置や質量が様々に変化し、積荷の重心高さが変化する場合であっても、バネ上の重心の高さをより高い精度で推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施の形態1の車両重心高推定装置が設けられた車両を車両後方から視た模式図である。
図2】ロール中心まわりのモーメントについての説明図である。
図3】車両重心高推定装置の構成を示すブロック図である。
図4】車両重心高推定装置の動作を示すフローチャートである。
図5】ロールモーメント/横加速度の近似直線を示すグラフである。
図6】横加速度と、ロールモーメントとの関係を模式的に示すグラフである。
図7】実施の形態2の車両重心高推定装置の構成を示すブロック図である。
図8】周波数伝達関数のゲインおよび位相を模式的に示すグラフである。
図9】車両重心高推定装置の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態1]
以下、本発明の実施の形態1を図面1〜5に基づいて説明する。
図1は、本発明の実施の形態1に係る車両重心高推定装置が設けられた車両1を車両後方から視た模式図である。
車両1は、バネ下2と、バネ下2に取り付けられた左後輪3Lおよび右後輪3Rと、バネ下2の上に設けられた左右のサスペンションの一例としてのエアサスペンション4Lおよび4Rと、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rに支持されたバネ上5と、を備える。バネ上5には、積荷6が積載されている。
【0015】
図2は、ロール中心RCまわりのモーメントについての説明図である。車両1については、図2に示すように、ロール中心RCまわりのモーメントについて、以下の式(1)が成立する。式(1)中、Mは、バネ上5のロールモーメントであり、hsmは、ロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さであり、Fは、バネ上5に作用する遠心力である。また、msmはバネ上5の質量であり、Gは、車両1の幅方向の加速度である横加速度であり、Mconstは積荷6が側方にずれて積載されることなどによる、バネ上5のロールモーメントのオフセット量である。
【0016】
【数1】
【0017】
バネ上5に作用する遠心力Fについて、以下の式(2)が成立する。
【0018】
【数2】
【0019】
上記の式(1)に式(2)を代入することで式(3)が得られる。
【0020】
【数3】
【0021】
上記の式(3)の時刻aにおいて成立する式を、時間により変化する記号に添え字aを付けて表すと、式(4)となる。また、時刻aとは異なる時刻bにおいて成立する式を、時間により変化する記号に添え字bを付けて表すと、式(5)となる。ここで、物流拠点間の走行中であれば、積荷6の配置および質量は変化しないと考えられるので、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsm、バネ上5の質量msm、バネ上5のロールモーメントのオフセット量Mconstは一定であると考えられる。
【0022】
【数4】
【0023】
【数5】
【0024】
以上の式(4)および式(5)の辺々差分をとり、hsmについて変形すると、以下の式(6)となり、ロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求めることができる。式(6)中のDは、横加速度Gの変化量に対する車両1のロールモーメントMの変化量で表される比例係数である。
【0025】
【数6】
【0026】
後軸のサスペンションにエアサスペンションを用いる場合、ロールモーメントMは、後軸エアサスペンションの変位および圧力から、以下の式(7)を用いても求めることができる。式(7)中、Kφ13は、エアサスペンション以外の前後のサスペンションロール剛性の和である統合ロール剛性であり、車両に固有の一定の値である。式(7)中のMは、後輪3Lおよび3Rのエアサスペンション4Lおよび4Rが支持するロールモーメントである。また、φは、サスロール角であり、左右のエアサスペンション4Lおよび4R間の距離と左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの上下方向の変位の差分hdから求めることができる。
【0027】
【数7】
【0028】
ここで、式(7)中のMは、左右のエアサスペンション4Lおよび4R間の距離Trdとそれぞれのエアサスペンションの支持力PとPとの差分に基づいて、式(8)を用いて求めることができる。
【0029】
【数8】
【0030】
また、前後のサスペンションにエアサスペンションを用いず、リーフスプリングあるいはコイルスプリングなどの機械式ばねを用いた場合、式(7)中のMを0として、式(9)を用いてバネ上のロールモーメントMを求めることができる。
【0031】
【数9】
【0032】
また、前後のサスペンションにエアサスペンションを用いず、リーフスプリングあるいはコイルスプリングなどの機械式ばねを用いており、かつ、前後左右のサスペンションの変位が分かる場合、式(10)を用いてバネ上のロールモーメントMを求めることもできる。
【0033】
式(10)は、車両が四輪の場合である。式(10)中、FZ1Lは前軸左側サスペンションのばね上の支持力であり、FZ1Rは前軸右側サスペンションのバネ上の支持力であり、FZ2Lは後軸左側サスペンションのバネ上の支持力であり、FZ2Rは後軸右側サスペンションのバネ上の支持力である。これらサスペンションの支持力Fzは、各サスペンションの変位から、予め生成したマップなどにしたがって求められる。
【0034】
【数10】
【0035】
なお、式(10)は、車両が四輪の場合としたが、車両が六輪あるいは八輪の場合についても、式(10)と同様の式を用いて求めることができる。
【0036】
車両1には、バネ上5の重心の高さを推定する車両重心高推定装置10が設けられる。
図3は、車両重心高推定装置10の構成を示すブロック図である。
車両重心高推定装置10は、記憶部11と、制御部12とを備える。記憶部11は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等の記憶媒体を含む。記憶部11は、制御部12が実行するプログラムを記憶している。制御部12は、例えばCPU(Central Processing Unit)であり、記憶部11に記憶されたプログラムを実行することにより、支持力測定部121、ロールモーメント算出部122、横加速度測定部123、質量測定部124、重心高算出部125および地上重心高算出部126として機能する。
【0037】
支持力測定部121は、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPをそれぞれ測定する。例えば、左右のサスペンション4Lおよび4R内の圧力に基づいて、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPを測定する。また、ロールモーメント算出部122は、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPの差分と、左右のサスペンション内の圧力の差分とに基づいて、ロールモーメントを算出する。より詳しくは、ロールモーメント算出部122は、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPに基づいて、例えば、上述の式(7)および式(8)により、バネ上5のロールモーメントMを算出する。また、ロールモーメント算出部122は、エアサスペンションと、リーフスプリング又はコイルスプリングなどの機械式バネを併用する場合には、左右のエアサスペンションの変位から、予め生成したマップなどにしたがって機械式バネの支持力を求める。さらに、ロールモーメント算出部122は、求めた支持力と、左右のエアサスペンション4Lおよび4R間の距離Trdとに基づいて、例えば、上述の式(7)〜式(10)により、バネ上5のロールモーメントMを算出する。
【0038】
横加速度測定部123は、車両の横加速度Gを測定する。質量測定部124は、バネ上5の質量msmを測定する。質量測定部124は、車両1の各サスペンションの変位に基づいて、バネ上5の質量msmを測定する。
【0039】
重心高算出部125は、横加速度Gに対するバネ上5のロールモーメントMの比例係数Dを算出し、この比例係数Dをバネ上5の質量msmで除した値を、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmとして算出する。
【0040】
地上重心高算出部126は、重心高算出部125で算出した車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmに、地上からロール中心RCまでの高さHRCを加算し、地上からバネ上5の重心Qまでの高さHCGを算出する。
【0041】
次に、車両重心高推定装置10の動作を、図4のフローチャートを参照しながら説明する。まず、支持力測定部121は、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPを測定する(S1)。次に、支持力測定部121は、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの上下方向の変位の差分hdを測定する(S2)。
【0042】
また、ロールモーメント算出部122は、エアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびPを用いて、エアサスペンション4Lおよび4Rが支持するロールモーメントMを算出する(S3)。さらに、ロールモーメント算出部122は、エアサスペンション4Lおよび4Rの変位の差分hdを用いてサスロール角φを算出する(S4)。ロールモーメント算出部122は、上述の式(7)に従い、バネ上5のロールモーメントMを算出する(S5)。また、横加速度測定部123が、車両1の横加速度Gを測定する(S6)。
【0043】
さらに、重心高算出部125が、支持力測定部121による支持力PおよびPの測定を開始してから所定時間が経過するまで、ステップS1〜S6を繰り返す(S7)。つまり、停車中あるいは走行中の時刻t、t、t・・・tにおいて、ステップS1〜S6を実行し、各時刻t〜tにおける、ロールモーメントMx1、Mx2、Mx3・・・Mxn、および横加速度Gy1、Gy2、Gy3・・・Gynを求める。所定時間とは、重心高算出部125が、車両のロール中心RCからバネ上重心Qまでの高さhsmを所定精度で求めるために必要な支持力PおよびP等のサンプリングのための時間である。
【0044】
図5は、ロールモーメントM/横加速度Gの近似直線を示すグラフである。重心高算出部125は、図5に示すように、横加速度Gを横軸とし、ロールモーメントMを縦軸とするグラフを生成し、このグラフ上に、ステップS5及びS6で求めた値をプロットして、最小二乗法によりM/Gの近似直線を求める。この近似直線の傾きを比例係数Dとする(S8)。
【0045】
また、質量測定部124が、車両1の質量msmを測定する(S9)。また、重心高算出部125が、式(3)に従い、車両のロール中心RCからバネ上重心Qまでの高さhsmを算出する(S10)。さらに、地上重心高算出部126が、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを用いて、地上からバネ上5の重心Qまでの高さHCGを算出する(S11)。
【0046】
[実施の形態1における効果]
以上説明したように、本実施の形態における車両重心高推定装置10によれば、横加速度Gに対するバネ上5のロールモーメントMの比例係数Dを算出し、この比例係数Dをバネ上5の質量msmで除した値を、車両1のロール中心からバネ上5の重心Qまでの高さhsmとして算出する。よって、物流拠点などに立ち寄って積荷の配置や質量が様々に変化し、積荷の重心高さが変化した場合であっても、左右のエアサスペンション4Lおよび4Rの支持力PおよびP、変位の差分hd、ならびに横加速度Gを測定するだけで、車両のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さを推定できる。また、外部の特別な設備を必要とせず、通常の走行中に、車両のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さを容易に推定できる。
【0047】
また、最小二乗法により横加速度Gに対するロールモーメントMの比例係数Dを求めたので、横加速度GおよびロールモーメントMの測定値にばらつきがあっても、バネ上5の重心高さを高精度で推定できる。
【0048】
[実施の形態2]
実施の形態1では、最小二乗法により横加速度Gに対するロールモーメントMの比例係数Dを求める場合の例について説明した。これに対し、実施の形態2では、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数のゲインD’を求める場合の例について説明する。
【0049】
図6(a)および(b)は、横加速度Gと、ロールモーメントMとの関係を模式的に示す図であり、横加速度GおよびロールモーメントMの変動を示している。図6(a)は、横加速度Gと、ロールモーメントMとが、同一の位相で振動する様子を示し、図6(b)は、ロールモーメントMが、横加速度Gに比べて、位相Δだけ遅れて振動する様子を示す。
【0050】
図6(a)および(b)のグラフでは、横軸に時間を示し、縦軸に振幅を示す。図6(a)および(b)の例では、横加速度Gは、実線で示すように、振幅1の正弦波形を示し、ロールモーメントMは、破線で示すように、振幅2の正弦波形を示す。図6(a)に示すように、横加速度GとロールモーメントMとの位相が一致する場合、上述の式(6)の横加速度Gの変化量に対する車両1のロールモーメントMの変化量で表される比例係数Dは、2となる。
【0051】
一方、図6(b)に示すように、ロールモーメントMが、横加速度Gに比べて、位相Δだけ遅れて振動する場合、比例係数Dは、時間に応じて変動する。例えば、重心高算出部125が、比例係数Dを最小二乗法により求めたとすれば、比例係数Dは、横加速度GとロールモーメントMとの位相が一致する場合に比べて小さくなり、比例係数Dの精度が低下するという問題があった。
【0052】
また、ロールモーメントMが路面の凹凸に起因するノイズの影響を受けた場合に、最小二乗法により比例係数Dを求めたとすれば、比例係数Dの精度が低下しやすいという問題があった。
【0053】
そこで、実施の形態2に係る重心高推定システムは、横加速度Gに対するロールモーメントMの伝達関数のゲインD’を求める。このゲインD’は、横加速度GとロールモーメントMとの位相差の影響を受けない。したがって、横加速度GとロールモーメントMとの位相差に起因して、車両のロール中心RCからバネ上重心Qまでの高さhsmの算出精度が低下することを抑制することができる。
【0054】
また、実施の形態2に係る重心高推定システムは、周波数伝達関数のゲインD’の低周波成分を用いて車両1のロール中心からバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求める。この重心高推定システムは、周波数伝達関数FのゲインD’の低周波成分を利用することにより、路面の凹凸に起因するノイズやA/D変換時の電気的ノイズの影響を受けやすいゲインD’の高周波成分を除外するので、ロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmをより高精度で求めることができる。
【0055】
図7は、実施の形態2の車両重心高推定装置20の構成を示すブロック図である。
車両重心高推定装置20は、図3の車両重心高推定装置10と比較すると、重心高算出部125を有さず、制御部12において伝達関数算出部201および重心高算出部202をさらに有することが異なる。以下、実施の形態2に係る車両重心高推定装置20において、実施の形態1に係る車両重心高推定装置10と同一の機能ブロックについては、同一の符号を付して説明を省略する。
【0056】
伝達関数算出部201は、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数を算出する。ここでは、伝達関数算出部201が平均ピリオドグラム法により周波数伝達関数を求める場合について説明する。横加速度GおよびロールモーメントMのクロススペクトルHMGは、以下の式(11)により表される。式(11)においてR(M)は、ロールモーメントMのフーリエ変換である。また、S(G)を横加速度Gのフーリエ変換とし、S(G)は、S(G)の複素共役とする。
【0057】
【数11】
【0058】
また、横加速度GのオートパワースペクトルHGGは、以下の式(12)により、表される。
【数12】
【0059】
式(12)においてS(G)は、S(G)の複素共役である。この場合に、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数Fは、以下の式(13)により、表される。
【0060】
【数13】
【0061】
重心高算出部202は、周波数伝達関数FのゲインD’をバネ上5の質量msmで除することにより、車両1のロール中心RCからバネ上の重心Qまでの高さhsmを算出する。図8を参照して、重心高算出部202の動作を説明する。
【0062】
図8は、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数Fを模式的に示すグラフである。図8の上側のグラフは、横軸に周波数、縦軸にゲインをそれぞれ対数目盛上において示す両対数グラフである。図8の下側のグラフは、横軸に対数目盛上において周波数を示し、縦軸に位相を示す片対数グラフである。図8の上側のグラフに示すように、周波数伝達関数FのゲインD’は、図8の丸枠Cで示した周波数0.01〜0.3Hzにおいて約2の最大値をとってほぼ一定となり、周波数が高くなるにつれて減少する。周波数伝達関数FのゲインD’の高周波成分は、A/D変換時の電気的なノイズや、直進時の路面の凹凸に起因するノイズを含んでいる。
【0063】
そこで、重心高算出部202は、ノイズの影響を除去するため、図8の丸枠Cで示したように、周波数伝達関数FのゲインD’のうち、所定値以下の周波数に対応するゲインD’を取得する。この所定値とは、例えば、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを精度よく求めるために利用可能であることが実験的に確認されている周波数伝達関数FのゲインD’の上限値であり、例えば、最高でも1ヘルツである。重心高算出部202は、所定値以下の周波数に対応する複数の周波数伝達関数のゲインD’が存在する場合には、これらの複数の周波数伝達関数のゲインD’の統計量を取得する。統計量は、例えば、平均値であるが、中央値又は最頻値であってもよい。
【0064】
図7の説明に戻る。式(6)と同様に、重心高算出部202は、以下の式(14)に示すように、周波数伝達関数FのゲインD’をバネ上5の質量msmで除することにより、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求める。
【0065】
【数14】
【0066】
また、重心高算出部202は、周波数伝達関数FのゲインD’の許容範囲を記憶部11から読み出す。ゲインD’の許容範囲は、例えば、実験により予め求められたゲインD’のとり得る範囲である。重心高算出部202は、停車中あるいは走行中の時刻t、t、t・・・tごとに求めた周波数伝達関数FのゲインD’の統計量と、読み出した許容範囲とを比較する。時刻t、t、t・・・tは、例えば、所定時間ごとに定められた時刻である。
【0067】
重心高算出部202は、時刻t、t、t・・・tごとに求めた周波数伝達関数FのゲインD’の統計量のうち、許容範囲内の値を有する統計量について時刻t〜tの全体における平均値をさらに求める。重心高算出部202は、バネ上5の質量msmで時刻t〜tの全体における平均値を除することにより、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求める。
【0068】
図9のステップS1〜S7,S9,S11およびS101〜S104は、車両重心高推定装置20の動作を示すフローチャートである。ステップS1〜S6およびS11については、図4のフローチャートと同一であるため、説明を省略する。
【0069】
ステップS101では、伝達関数算出部201は、平均ピリオドグラム法により、エアサスペンション4Lおよび4RのロールモーメントMおよび横加速度Gを用いて、周波数伝達関数Fを求める。次に、伝達関数算出部201は、周波数伝達関数FのゲインD’のうち、低周波成分の周波数に対応するゲインD’、例えば、所定値以下の周波数に対応するゲインD’を取得する。所定値以下の周波数に対応する複数のゲインD’が存在する場合には、これらのゲインD’の平均値を算出する(S102)。
【0070】
また、重心高算出部202は、支持力測定部121による支持力PおよびPの測定を開始してから所定時間が経過するまで、ステップS1〜S6,S101およびS102を繰り返す(S7)。つまり、停車中あるいは走行中の時刻t、t、t・・・tにおいて、ステップS1〜S6,S101およびS102を実行し、各時刻t〜tの周波数伝達関数Fをそれぞれ求め、時刻t、t、t・・・tごとに、所定値以下の周波数の伝達関数FのゲインD’の平均値をそれぞれ求める。所定時間とは、重心高算出部202が、所定精度で重心高さを求めるために必要な支持力PおよびP等をサンプリングするための時間である。
【0071】
また、重心高算出部202は、時刻t、t、t・・・tごとに求めた周波数伝達関数FのゲインD’の平均値と、読み出した許容範囲とを比較し、時刻t、t、t・・・tに対応する周波数伝達関数FのゲインD’の平均値のうち、許容範囲内の値を有する平均値を取得する。重心高算出部202は、取得した平均値をさらに時刻t〜tの全体において平均することにより、時刻t〜tの全体での平均値を求める(S103)。
【0072】
さらに、質量測定部124が、車両1の質量msmを測定し(S9)、重心高算出部202が、式(14)に従い、車両のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを算出する(S104)。
【0073】
本実施の形態によれば、重心高算出部202は、周波数伝達関数FのゲインD’を用いて、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求めるので、横加速度Gと、ロールモーメントMとの間の位相差に起因して重心Qの高さ算出の精度が低下することを抑制することができる。
【0074】
また、本実施の形態によれば、重心高算出部202は、周波数伝達関数FのゲインD’のうち、所定値以下の周波数の伝達関数FのゲインD’をバネ上5の質量msmで除することにより、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求める。このため、ロールモーメントMが路面の凹凸に起因するノイズの影響を受けた場合に、ノイズの影響を受けやすいゲインD’の高周波成分を除去し、ゲインD’の低周波成分を用いて重心Qの高さを求めるので、重心Qの高さをより精度よく求めることができる。
【0075】
なお、本実施の形態では、伝達関数算出部201が、平均ピリオドグラム法を用いて、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数を求める場合の例について説明した。しかしながら、本発明は、これに限定されない。例えば、伝達関数算出部201は、自己回帰移動平均モデル(ARMA, Autoregressive moving average)を用いて、周波数伝達関数を求めてもよい。この場合、横加速度GおよびロールモーメントMについて、それぞれ自己回帰移動平均モデルを用いて、横加速度GのパワースペクトルおよびロールモーメントMのパワースペクトルをそれぞれ求める。さらに、この横加速度GのパワースペクトルおよびロールモーメントMのパワースペクトルを用いて、横加速度Gに対するロールモーメントMの周波数伝達関数のゲインD’を求めることができる。
【0076】
なお、本実施の形態では、重心高算出部202は、時刻t、t、t・・・tごとに求めた周波数伝達関数FのゲインD’の統計量のうち、許容範囲内の値を有する統計量について時刻t〜tの全体における平均値をさらに求め、この平均値をバネ上5の質量msmで除する場合の例について説明した。しかしながら、本発明は、時刻t〜tの全体におけるゲインD’の統計量の平均値を求める構成に限定されない。例えば、重心高算出部202は、時刻t〜tについて求めた周波数伝達関数FのゲインD’の統計量のいずれかをバネ上5の質量msmで除することにより、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmを求める構成であってもよい。周波数伝達関数FのゲインD’の統計量を用いることにより、車両1のロール中心RCからバネ上5の重心Qまでの高さhsmをより精度よく算出することができる。
【0077】
以上、本発明を実施の形態1および2を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されない。上記実施の形態に、多様な変更又は改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。そのような変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【符号の説明】
【0078】
1・・・車両
2・・・バネ下
3L・・・左後輪
3R・・・右後輪
4L,4R・・・エアサスペンション
5・・・バネ上
6・・・積荷
10・・・車両重心高推定装置
11・・・記憶部
12・・・制御部
20・・・車両重心高推定装置
121・・・支持力測定部
122・・・ロールモーメント算出部
123・・・横加速度測定部
124・・・質量測定部
125・・・重心高算出部
126・・・地上重心高算出部
201・・・伝達関数算出部
202・・・重心高算出部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9