(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第1の破壊応力導出手段により導出される前記破壊応力は、前記破壊起点物質の割れが当該破壊起点物質と前記ブロックとの界面を突破して発生するき裂により前記鋼材が脆性破壊するときに当該鋼材に発生する応力であり、
前記ブロックの粒径は、当該ブロックを楕円で近似した場合の当該楕円の長径であることを特徴とする請求項1に記載の靱性予測装置。
前記第1の破壊応力導出手段により導出される前記破壊応力は、前記破壊起点物質の割れが当該破壊起点物質と前記ブロックとの界面を突破して発生するき裂が前記ブロック間の界面を突破することにより前記鋼材が脆性破壊するときに当該鋼材に発生する応力であり、
前記ブロックの粒径は、当該ブロックを楕円で近似した場合の当該楕円の短径であることを特徴とする請求項1に記載の靱性予測装置。
前記第1の破壊応力導出手段は、前記複数の微小要素のそれぞれにおける破壊応力として、第1の破壊応力と第2の破壊応力とを導出し、同一の前記微小要素における当該第1の破壊応力および当該第2の破壊応力のうち、大きい方を当該微小要素における破壊応力として導出し、
前記第1の破壊応力は、前記破壊起点物質の割れが当該破壊起点物質と前記ブロックとの界面を突破して発生するき裂により前記鋼材が脆性破壊するときに当該鋼材に発生する応力であり、
前記第1の破壊応力を導出する際に用いられる前記ブロックの粒径は、当該ブロックを楕円で近似した場合の当該楕円の長径であり、
前記第2の破壊応力は、前記破壊起点物質の割れが当該破壊起点物質と前記ブロックとの界面を突破して発生するき裂が前記ブロック間の界面を突破することにより前記鋼材が脆性破壊するときに当該鋼材に発生する応力であり、
前記第2の破壊応力を導出する際に用いられる前記ブロックの粒径は、当該ブロックを楕円で近似した場合の当該楕円の短径であることを特徴とする請求項1に記載の靱性予測装置。
前記破壊起点物質の大きさは、当該破壊起点物質を電子顕微鏡で測定した場合の測定面における円相当径で0.3[μm]未満であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の靱性予測装置。
前記鋼材における旧オーステナイトの粒径と、前記母相の粒界におけるPの濃度とに基づいて、前記複数の微小要素のそれぞれにおける破壊応力を導出する第2の破壊応力導出手段と、
同一の前記微小要素における、前記第1の破壊応力導出手段により導出された前記破壊応力と、前記第2の破壊応力導出手段により導出された前記破壊応力とのうち小さい方を当該微小要素における破壊応力として決定する破壊応力決定手段と、を更に有し、
前記第2の破壊応力導出手段により導出される前記の破壊応力は、前記破壊起点物質の割れに起因せずに前記母相の粒界に沿って進展することにより前記鋼材が脆性破壊するときに当該鋼材に発生する応力であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載の靱性予測装置。
前記第2の破壊応力導出手段は、破壊応力の予測式として、前記鋼材における旧オーステナイトの粒径の1/2乗と、前記母相の粒界におけるPの濃度と、破壊応力との関係を示す予測式を用いて、前記破壊応力を導出することを特徴とする請求項7に記載の靱性予測装置。
前記作用応力導出手段は、前記試験片の各位置に作用する作用応力の数値解または解析解と、前記試験片の応力集中を高めることにより当該試験片において変化する形状を反映した物理量である負荷レベル量との関係を導出し、
前記指標導出手段は、前記負荷レベル量を設定する負荷レベル量設定手段と、
前記負荷レベル量の増加量を設定する負荷レベル量増加量設定手段と、
前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回るか否かを判定する破壊応力判定手段と、
前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ることが前記破壊応力判定手段により判定されると、その時点で前記負荷レベル量設定手段により設定されている前記負荷レベル量を、前記靱性を評価する指標として出力する出力手段と、を更に有し、
前記負荷レベル量設定手段は、前記複数の微小要素の何れにおいても、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回らないことが前記破壊応力判定手段により判定されると、前記負荷レベル量増加量設定手段により設定された増加量だけ前記負荷レベル量の現在の設定値を増加させ、
前記負荷レベル量設定手段による前記負荷レベル量の増加と前記破壊応力判定手段による判定は、前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ることが前記破壊応力判定手段により判定されるまで繰り返し行われることを特徴とすることを特徴とする請求項1〜10の何れか1項に記載の靱性予測装置。
前記指標導出手段は、前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素における破壊応力を上回ることが前記破壊応力判定手段により判定されると、前記負荷レベル量の増加量が許容値以下であるか否かを判定する負荷レベル量判定手段を更に有し、
前記負荷レベル量設定手段は、前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ることが前記負荷レベル量判定手段により判定されると、当該判定の直前に増加させた前記負荷レベル量を下回り、且つ、当該増加させる前の前記負荷レベル量を上回るように前記負荷レベル量の現在の設定値を減少させ、
前記負荷レベル量増加量設定手段は、前記複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ることが前記負荷レベル量判定手段により判定されると、前記負荷レベル量の増加量を現在の設定値よりも減少させ、
前記出力手段は、前記負荷レベル量の増加量が許容値以下であることが前記負荷レベル量判定手段により判定されると、その時点で前記負荷レベル量設定手段により設定されている前記負荷レベル量を、前記靱性を評価する指標として出力し、
前記破壊応力判定手段による判定と、前記負荷レベル量判定手段による判定と、前記負荷レベル量設定手段による前記負荷レベル量の減少と、前記負荷レベル量増加量設定手段による前記負荷レベル量の増加量の減少は、前記前記負荷レベル量の増加量が許容値以下であることが前記負荷レベル量判定手段により判定されるまで繰り返し行われることを特徴とする請求項11に記載の靱性予測装置。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0012】
まず、靱性の予測対象の鋼材の一例について説明する。
本実施形態では、靱性の予測対象の鋼材としてマルテンサイト・セメンタイト鋼を例に挙げて説明する。ここで、マルテンサイト・セメンタイト鋼は、母相(マトリックス)としてマルテンサイトを含み、且つ、破壊起点物質としてセメンタイトを含む。マルテンサイト・セメンタイト鋼は、焼戻しを行うことにより得られる。破壊起点物質とは、その物質自身が割れるか、または、母相と剥離を起こすことによって、破壊の起点となる物質をいう。本実施形態では、破壊起点物質としてセメンタイトを示すが、破壊基点物質は、セメンタイトの他、酸化物や介在物であってもよい。破壊起点物質の大きさは0.3[μm]未満である。ここで、破壊起点物質の大きさは、破壊起点物質を電子顕微鏡で測定した場合の測定面において当該破壊起点物質を楕円で近似した場合の当該楕円の短径であるものとする。
【0013】
マルテンサイト・セメンタイト鋼の試験片は、当該試験片に対し外部から荷重が付加されることにより、当該試験片の内部の一部の領域に応力集中が生じる形状を有する。本実施形態では、直方体のマルテンサイト・セメンタイト鋼の表面に、疲労き裂を1箇所導入したものを、マルテンサイト・セメンタイト鋼の試験片とする場合を例に挙げて説明する。尚、前述した応力集中が生じる形状を有していれば、マルテンサイト・セメンタイト鋼の試験片の形状は、このような形状に限定されない。例えば、疲労き裂以外の凹みとして、V字状のノッチや、一定の曲率半径を有するノッチをマルテンサイト・セメンタイト鋼の表面に形成してもよい。また、以下の説明では、マルテンサイト・セメンタイト鋼の試験片を必要に応じて解析用試験片と略称する。また、以下の説明において、応力は引張応力を指す。
【0014】
[第1の実施形態]
以下、本発明の第1の実施形態を説明する。
図1は、靱性予測装置100の機能的な構成の一例を示す図である。
図2−1および
図2−2は、靱性予測装置100による靱性予測方法の一例を説明するフローチャートである。靱性予測装置100のハードウェアは、例えば、CPU、ROM、RAM、HDD、および各種のインターフェースを有する情報処理装置や専用のハードウェアを用いることにより実現することができる。以下に、
図2−1および
図2−2のフローチャートに従って、靱性予測装置100が有する機能の一例を説明する。
【0015】
図2−1のステップS201において、試験片情報取得部101は、試験片情報を取得する。試験片情報には、解析用試験片の寸法および形状の情報が含まれる。この他、試験片情報には、解析用試験片の破壊応力や作用応力を導出する際に使用する変数であって、靱性予測装置100に予め入力しておく必要がある変数の値が含まれる。試験片情報の取得形態として、例えば、外部装置からの受信、靱性予測装置100の外部の記憶媒体からの読み出し、および、靱性予測装置100のユーザインターフェースに対する入力操作の少なくとも何れか1つを採用することができる。尚、以下に示す各処理部における、試験片情報以外の画像やデータの取得形態として、試験片情報の取得形態と同様の取得形態を採用することができる。
【0016】
次に、ステップS202において、微小要素定義部102は、解析用試験片の応力集中想定領域の座標を設定し、解析用試験片の応力集中想定領域に、複数の微小要素の座標を設定することにより、解析用試験片の応力集中想定領域に複数の微小要素を定義する。尚、後述するように微小要素の単位で解析用試験片の破壊応力が導出される(ステップS209〜S214を参照)。また、本明細書において設定とは、靱性予測装置100が有する記憶媒体(レジスタやRAM等)への記憶を指すものとする。
【0017】
図3は、解析用試験片における複数の微小要素の一例を概念的に示す図である。解析用試験片301の応力集中想定領域302は、解析用試験片301に荷重が付加された場合に応力集中が起こる領域(即ち、破壊が発生し得る領域)として想定される領域である。
図3では、解析用試験片301の領域のうち、疲労き裂303の先端(x軸の正の方向の端)の近傍の立方体の領域を解析用試験片301の応力集中想定領域302とする場合を例に挙げて示す。解析用試験片301の応力集中想定領域302に、それぞれが立方体の複数の微小要素が設定される。
図3において、解析用試験片301の応力集中想定領域302に示される1つ1つの立方体がそれぞれ(1つの)微小要素を示す。また、
図3では、それぞれの微小要素において破壊応力が異なることを、濃度に差をつけることにより表現している。破壊応力が異なることは、ミクロ組織が異なることに対応する。ここで、解析用試験片301に荷重が付加された場合に発生する応力が一定と見なせる領域が、(1つの)微小要素として予め定められる。具体的に説明すると、例えば、数個のミクロ組織(旧オーステナイト粒)が1つの微小要素に含まれるような大きさが、1つの微小要素の大きさとして予め定められる。より具体的には、本実施形態では、一辺の長さが50[μm]の立方体を1つの微小要素とする。
【0018】
次に、ステップS203において、粒径分布取得部103は、母相の結晶方位の測定結果を取得する。本実施形態では、解析用試験片を構成するマルテンサイト・セメンタイト鋼と同じ製造条件で製造された(同じ成分の)マルテンサイト・セメンタイト鋼を用意する。そして、EBSD法により、マルテンサイト・セメンタイト鋼の測定面(ESBDにより測定されるマルテンサイト・セメンタイト鋼の面)におけるブロックのそれぞれの結晶方位を測定する。
図4は、EBSDの測定結果の一例を示す図である。表記の都合で鮮明ではないが、
図4において、同じ濃度の領域が、方位差が同等の領域であり、(1つの)ブロックに対応する。本実施形態では、方位差が15[°]以下の連続する領域を1つのブロックであるとする。
【0019】
次に、ステップS204において、粒径分布取得部103は、ステップS203で取得したEBSDの測定結果に基づいて、母相の粒径分布を導出する。
図5は、マルテンサイト・セメンタイト鋼における破壊のメカニズムの一例を概念的に示す図である。
図5に示すようにセメンタイト501は、概ね、その長手方向が母相の粒界に沿うように存在する。また、
図5において、逆T字で示すものは、転位を表す。
【0020】
本発明者らは、マルテンサイト・セメンタイト鋼における破壊は、破壊起点物質の割れが発生するステージIと、その割れがセメンタイト501とブロック502との界面を突破してき裂が発生するステージIIと、ステージIIで発生したき裂がブロック間(ブロック502、503等)の界面を突破するステージIIIとに分けて考えられることを見出した(
図5の矢印線504を参照)。
また、本発明者らは、マルテンサイト・セメンタイト鋼においては、セメンタイトなどの破壊起点物質は小さく、且つ、数多く存在しているため、ステップS202で定義された複数の微小要素の全てにおいて、少なくとも1つの破壊起点物質に割れが発生していることを見出した。この場合、ステージIの現象が発生しているものとして、ステージIIおよびステージIIIの現象を考慮すればよい。以下に、ステップIIおよびステージIIIの現象から得た着想について説明する。
【0021】
まず、ステージIIの現象について説明する。マルテンサイト・セメンタイト鋼に外力が与えられると、
図5に示すように、転位がブロックの長手方向に沿って移動し、この移動の距離に応じて転位が堆積する。この転位の堆積量が、セメンタイト501の割れのセメンタイト501とブロック502との界面の突破に影響を与えると考えられる。従って、マルテンサイト・セメンタイト鋼の脆性破壊が、ステージIIの現象に影響を受ける場合には、ブロックの長手方向に沿って移動する転位の移動距離に応じた転位の堆積量が、マルテンサイト・セメンタイト鋼の脆性破壊に影響を与えると考えらえる。このことから、本発明者らは、各微小要素の破壊応力としてステージIIに起因する破壊応力を導出する場合には、母相の粒径として、転位の移動する方向に対応する方向の大きさ、即ちブロックの長手方向の大きさを採用するという着想を得た。尚、破壊応力の導出については、ステップS212において後述する。ここで、ステージIIに起因する破壊応力とは、ステージIIの現象(破壊起点物質の割れがセメンタイト501とブロック502との界面を突破して発生するき裂)により、マルテンサイト・セメンタイト鋼が脆性破壊するときにマルテンサイト・セメンタイト鋼に発生する応力である。
【0022】
次に、ステージIIIの現象について説明する、ステージIIで発生したき裂は、
図5に示すように、ブロックの長手方向には伝播せず、ブロックの短手方向で隣接するブロック間を伝播する。このことから、本発明者らは、各微小要素の破壊応力としてステージIIIに起因する破壊応力を導出する際には、母相の粒径として、ブロックの短手方向の大きさを採用するという着想を得た。ここで、ステージIIIに起因する破壊応力とは、ステージIIIの現象(き裂のブロック間の界面の突破)により、マルテンサイト・セメンタイト鋼が脆性破壊するときにマルテンサイト・セメンタイト鋼に発生する応力である。
【0023】
以上の着想に基づいて、本実施形態では、粒径分布取得部103は、EBSDの測定結果から得られるそれぞれのブロックを楕円に近似する。そして、粒径分布取得部103は、近似した楕円の長径を、ステージIIに起因する破壊応力を導出する際の母相の粒径として導出すると共に、近似した楕円の短径を、ステージIIIに起因する破壊応力を導出する際の母相の粒径として導出する。そして、粒径分布取得部103は、それぞれの母相の粒径分布(粒径と、当該粒径を有するブロックの数との関係)を確率密度関数として導出する。
図6は、母相の粒径分布の一例を示す図である。尚、粒径分布取得部103は、ステージIIに起因する破壊応力を導出する際の母相の粒径と、ステージIIIに起因する破壊応力を導出する際の母相の粒径とを個別に導出するので、
図6に示すような母相の粒径分布が2つ得られることになる。
【0024】
次に、ステップS205において、サンプリング数導出部104は、母相の粒径のサンプリング数を導出する。本実施形態では、サンプリング数導出部104は、EBSDの測定結果から得られるそれぞれのブロックについて円相当径を導出し、導出した円相当径の平均値を直径とする球の体積を導出する。そして、サンプリング数導出部104は、1つの微小要素と、前記円相当径の平均値を直径とする球との体積比(1つの微小要素の体積に対する、前記円相当径の平均値を直径とする球の体積の比)を導出する。サンプリング数導出部104は、この体積比に基づいて、母相の粒径のサンプリング数を導出する。本実施形態では、サンプリング数導出部104は、この体積比の小数点以下を切り捨てた数を、母相の粒径のサンプリング数として導出する。ただし、サンプリング数導出部104は、この体積比に基づいて、母相の粒径のサンプリング数を導出していれば、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、この体積比の小数点以下を切り上げても四捨五入してもよい。尚、前述したように粒径分布取得部103は、2つの母相の粒径分布を個別に導出する。従って、サンプリング数導出部104は、これら2つの母相の粒径分布のそれぞれに対して、母相の粒径のサンプリング数を個別に導出する。
【0025】
次に、ステップS206において、粒径分布取得部103は、破壊起点物質の画像を取得する。本実施形態では、解析用試験片と同じ製造条件で製造された(同じ成分の)マルテンサイト・セメンタイト鋼を用意し、当該マルテンサイト・セメンタイト鋼に対して電解研磨を行うことにより、破壊起点物質(セメンタイト)を露出させる。このように破壊起点物質が露出した面を測定面として電子顕微鏡により当該測定面の画像を、破壊起点物質の画像として得る。具体的に本実施形態では、SEM(Scanning Electron Microscope)を用いて破壊起点物質の画像を得る。
図7は、破壊起点物質の画像の一例を示す図である。表記の都合で鮮明ではないが、
図7において、粒状の領域が破壊起点物質(セメンタイト)に対応する。
【0026】
次に、ステップS207において、粒径分布取得部103は、ステップS206で取得した破壊起点物質の画像に基づいて、破壊起点物質の粒径分布を導出する。
図5において、破壊起点物質であるセメンタイト501の割れによるき裂は、セメンタイト501の長手方向(母相の粒界に沿う方向)ではなく、セメンタイト501の短手方向に伝播する。そこで、本実施形態では、粒径分布取得部103は、破壊起点物質の画像から得られるそれぞれの破壊起点物質(セメンタイト501)を楕円に近似する。そして、粒径分布取得部103は、近似した楕円の短径を、破壊起点物質の粒径として導出する。そして、粒径分布取得部103は、破壊起点物質の粒径分布(粒径と、当該粒径を有する破壊起点物質の数との関係)を確率密度関数として導出する。
図8は、破壊起点物質の粒径分布の一例を示す図である。
【0027】
次に、ステップS208において、サンプリング数導出部104は、破壊起点物質の粒径のサンプリング数を導出する。本実施形態では、サンプリング数導出部104はステップS206で取得した破壊起点物質の画像に基づいて、単位面積当たりに含まれる破壊起点物質の数を導出する。そして、サンプリング数導出部104は、EBSDの測定結果から得られるそれぞれのブロックについて円相当径を導出し、導出した円相当径の平均値を導出する。そして、サンプリング数導出部104は、単位面積当たりに含まれる破壊起点物質の数に、円相当径の平均値を直径とする円の面積を掛けた値(以下、乗算値と称する)に基づいて、破壊起点物質の粒径のサンプリング数を導出する。本実施形態では、サンプリング数導出部104は、この乗算値の小数点以下を切り捨てた数を、破壊起点物質の粒径のサンプリング数として導出する。ただし、サンプリング数導出部104は、この乗算値に基づいて、破壊起点物質の粒径のサンプリング数を導出していれば、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、この乗算値の小数点以下を切り上げても四捨五入してもよい。
【0028】
次に、ステップS209において、微小要素設定部105は、ステップS202で定義された複数の微小要素のうち、本処理(ステップS209)において未選択の微小要素を1つ選択する。尚、
図2−1に示すように、ステップS209の処理は、複数の微小要素の数だけ繰り返し実行される。
【0029】
次に、ステップS210において、粒径導出部106は、ステップS204で導出された母相の粒径分布(に含まれる粒径)から、ステップS205で導出されたサンプリング数の粒径をランダムに抽出する。
次に、ステップS211において、粒径導出部106は、ステップS210で抽出された粒径のうち最大の粒径を、ステップS209で選択された微小要素におけるブロックの代表粒径として導出する。
【0030】
また、ステップS212において、粒径導出部106は、ステップS207で導出された破壊起点物質の粒径分布(に含まれる粒径)から、ステップS208で導出されたサンプリング数の粒径をランダムに抽出する。
次に、ステップS213において、粒径導出部106は、ステップS212で抽出された粒径のうち最大の粒径を、ステップS209で選択された微小要素における破壊起点物質の代表粒径として導出する。
【0031】
ステップS211およびS213の処理の後、ステップS214において、破壊応力導出部107は、ステップS209で選択された微小要素の破壊応力として、ステージIIに起因する破壊応力と、ステージIIIに起因する破壊応力を導出する。本実施形態では、破壊応力導出部107は、非特許文献2に基づくPetchモデルに従って、以下の(1)式により、ステージIIに起因する破壊応力σ
IIを導出する。
【0033】
ここで、EはYoung率である。γ
θαは、セメンタイトとマルテンサイトとの界面の有効表面エネルギーである。セメンタイトとマルテンサイトの界面は、局所的にはセメンタイトとフェライトの界面であると考えられるので、セメンタイトとマルテンサイトとの界面の有効表面エネルギーγ
θαとして、例えば、10[J/m
2]を定めることができる。νは、Poisson比である。k
yは、Hall-Petch係数である。Hall-Petch係数k
yとして、例えば、21[N/mm
1/2]を定めることができる。D
IIは、ステップS211で導出されたブロックの代表粒径である。t
θは、ステップS213で導出された破壊起点物質の代表粒径である。C
cは、ステージIIに起因する破壊応力σ
IIに影響を与えるセメンタイトの大きさの限界値であり、以下の(2)式で表される。
【0035】
また、本実施形態では、破壊応力導出部107は、非特許文献3に基づくGriffithモデルに従って、以下の(3)式により、ステージIIIに起因する破壊応力σ
IIIを導出する。
【0037】
ここで、γ
ααは、ブロック間の界面の有効表面エネルギーである。マルテンサイトはフェライト組織の集合体とみなせるので、ブロック間の界面は、局所的にはフェライトとフェライトの界面であると考えられる。よって、ブロック間の界面の有効表面エネルギーγ
ααは、非特許文献4に記載のように温度依存性を有し、解析用試験片の試験温度として想定される温度に対応する値に定めることができる。また、D
IIIは、ステップS211で導出されたブロックの代表粒径である。
【0038】
そして、破壊応力導出部107は、ステージIIに起因する破壊応力σ
IIとステージIIIに起因する破壊応力σ
IIIとのうち、大きい方の応力を、ステップS209で選択された微小要素の破壊応力として導出する。
【0039】
また、ステップS215において、結晶方位導出部108は、3つの<100>方向(a軸、b軸、c軸)をランダムに定義する。
次に、ステップS216において、結晶方位導出部108は、ステップS215で定義した3つの<100>方向(a軸、b軸、c軸)のうち、疲労き裂303が開口する方向であるy軸の方向に最も近い方向(軸)を特定し、特定した方向(軸)とy軸とのなす角度を、ステップS209で選択された微小要素の結晶方位として導出する。
【0040】
ステップS210〜S211の処理とステップS212〜S213の処理の処理順は順不同である。
図2−1に示すようにして、ステップS210〜S211の処理とステップS212〜S213の処理を並列に行わずに、ステップS210〜S211の処理とステップS212〜S213の処理のうち、一方を先に、他方を後に行ってもよい。ステップS210〜S214の処理とステップS215〜S216の処理の処理順も順不同である。
図2−1に示すようにして、ステップS210〜S214の処理とステップS215〜S216の処理を並列に行わずに、ステップS210〜S214の処理とステップS215〜S216の処理のうち、一方を先に、他方を後に行ってもよい。
【0041】
以上のようにしてステップS214およびS216の処理が終わると、ステップS217に進む。ステップS217に進むと、破壊応力導出終了判定部109は、ステップS202で定義された複数の微小要素の全てがステップS209で選択されたか否かを判定する。この判定の結果、ステップS202で定義された複数の微小要素の全てがステップS209で選択されていなければ、ステップS209に戻る。そして、ステップS202で定義された複数の微小要素の全てについて、破壊応力と結晶方位が導出されるまで、ステップS209〜S217の処理が繰り返し行われる。
【0042】
以上のようにしてステップS202で定義された複数の微小要素の全てについて、破壊応力と結晶方位が導出されると、
図2−2のステップS218に進む。ステップS218に進むと、試験結果取得部110は、引張試験の結果を取得する。引張試験に際しては、解析用試験片と同じ製造条件で製造された(同じ成分の)マルテンサイト・セメンタイト鋼を用いて引張試験用試験片を製作する。尚、引張試験用試験片は、これまでに説明した解析用試験片(直方体のマルテンサイト・セメンタイト鋼の表面に、疲労き裂を1箇所導入したもの)とは異なるものである。
【0043】
そして、引張試験用試験片に対して引張試験を行い、真応力−真ひずみ曲線を作成する。引張試験の結果には、真応力−真ひずみ曲線の情報を含める。具体的に、真応力−真ひずみ曲線の情報には、真応力−真ひずみ曲線の各点の情報と、降伏応力と、塑性ひずみ量とを含める。
引張試験の結果の取得形態として、例えば、外部装置からの受信、靱性予測装置100の外部の記憶媒体からの読み出し、および、靱性予測装置100のユーザインターフェースに対する入力操作の少なくとも何れか1つを採用することができる。
【0044】
次に、ステップS219において、作用応力導出部111は、解析用試験片に形成された疲労き裂が時間の経過と共に開口するように(即ち、解析用試験片の応力集中が時間の経過と共に高まるように)解析用試験片に荷重を付加したときの解析用試験片の各位置に作用する作用応力の数値解または解析解を導出する。尚、このとき解析用試験片に加える荷重は時間の経過と共に大きくなるようにする。
【0045】
本実施形態では、作用応力導出部111は、解析用試験片に対してCTOD試験を行った場合に各時間ステップにおいて解析用試験片の各位置に作用する作用応力を、FEM(Finite Element Method)により導出し、導出した作用応力を、ステップS216で導出された結晶方位の方向の作用応力に変換する。この作用応力の導出に際し、作用応力導出部111は、各時間ステップにおいて解析用試験片に加える荷重の情報と、解析用試験片の形状の情報と、解析用試験片の材料特性の情報とを用いる。解析用試験片の材料特性は、ステップS218で取得した引張試験の結果から得られる。各時間ステップにおいて解析用試験片に加える荷重の情報と、解析用試験片の形状の情報は、ステップS201で取得される試験片情報に含まれる。荷重が大きくなると、解析用試験片のき裂開口量が大きくなる。き裂開口量とは、き裂の所定の位置における開口量であり、本実施形態では、き裂の先端における開口量(所謂CTOD値)である。
【0046】
作用応力導出部111は、各時間ステップにおいて、き裂開口量と、解析用試験片の各位置に作用する作用応力とを導出することを、解析用試験片が脆性破壊すると判定するまで繰り返し行うことにより、き裂開口量と作用応力との関係を導出することができる。尚、FEMでは、メッシュの単位で作用応力が導出される(即ち、メッシュの節点上の作用応力が導出される)。従って、解析用試験片の全ての位置の作用応力は導出されない。よって、作用応力導出部111は、メッシュの単位で導出した作用応力を用いて補間処理を行うことにより、解析用試験片の全ての位置の作用応力を導出する。尚、FEMによる作用応力の数値解を導出する方法は、公知の技術で実現することができるので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0047】
次に、ステップS220において、き裂開口量設定部112は、き裂開口量の初期値を取得して設定する。き裂開口量の取得形態として、例えば、外部装置からの受信、靱性予測装置100の外部の記憶媒体からの読み出し、および、靱性予測装置100のユーザインターフェースに対する入力操作の少なくとも何れか1つを採用することができる。
【0048】
次に、ステップS221において、き裂開口量設定部112は、き裂開口量の増加量の初期値を取得して設定する。き裂開口量の増加量の取得形態は、例えば、ステップS220で説明したき裂開口量の取得形態と同じである。
次に、ステップS222において、破壊有無判定部113は、き裂開口量設定部112により設定されたき裂開口量の現在の設定値に対応する、解析用試験片の全ての位置の作用応力を、ステップS219で導出された、き裂開口量と作用応力との関係から取得する。
次に、ステップS223において、破壊有無判定部113は、ステップS214で導出された、各微小要素における破壊応力と、ステップS222で取得された作用応力のうち、当該微小要素に含まれる位置の作用応力とを比較する。そして、破壊有無判定部113は、複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力(の一部または全部)が、当該微小要素おける破壊応力を上回るか否かを判定する。
【0049】
この判定の結果、複数の微小要素の何れにおいても、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素における破壊応力を上回らない場合、ステップS224に進む。ステップS224に進むと、き裂開口量設定部112は、き裂開口量の現在の設定値に、き裂開口量の増加量の現在の設定値だけ増加させた値を、き裂開口量の新たな設定値とする。そして、ステップS222に戻り、複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素における破壊応力を上回ると判定されるまで、ステップS222〜S224の処理を繰り返し行う。
【0050】
ステップS223において、複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ると判定されると、ステップS225に進む。ステップS225に進むと、破壊有無判定部113は、き裂開口量の増加量の現在の設定値が許容値以下であるか否かを判定する。この判定の結果、き裂開口量の増加量の設定値が許容値以下でない場合には、ステップS226に進む。
【0051】
ステップS226に進むと、き裂開口量設定部112は、き裂開口量の現在の設定値から、き裂開口量の増加量の現在の設定値の半分の量を減少させた値を、き裂開口量の新たな設定値とする。
次に、ステップS227において、き裂開口量設定部112は、き裂開口量の増加量の現在の設定値の半分の量を、き裂開口量の増加量の新たな設定値とする。そして、ステップS222に戻り、き裂開口量の増加量の現在の設定値が許容値以下になるまで、ステップS222〜S227の処理を繰り返し行う。
【0052】
ステップS225において、き裂開口量の増加量の現在の設定値が許容値以下になると判定されると、ステップS228に進む。ステップS228に進むと、出力部114は、き裂開口量の現在の設定値を出力する。本実施形態では、作用応力導出部111は、試験片に対してCTOD試験を行った場合に各時間ステップにおいて試験片の各位置に作用する作用応力の導出を行う。従って、出力部114により出力される、き裂開口量の現在の設定値は、CTOD値に対応する。き裂開口量の現在の設定値の出力形態としては、例えば、コンピュータディスプレイへの表示、靱性予測装置100の内部または外部の記憶媒体への記憶、および外部装置への送信の少なくとも何れか1つを採用することができる。そして、
図2−2のフローチャートによる処理を終了する。
【0053】
ここで、ステップS210〜S216に示すように、試験片のミクロ組織は、
図2−1および
図2−2のフローチャートを実行する度に異なる。従って、同一の試験片について、
図2−1および
図2−2のフローチャートを複数回実行することにより、CTOD試験を実際に実施しなくても、CTOD試験を複数回実施するのと同様に、靱性(CTOD値)のばらつきを導出することができる。また、このようにして得られた靱性のばらつきを累積分布として評価することで確率的な評価を行うことができる。
【0054】
(まとめ)
以上のように本実施形態では、マルテンサイト・セメンタイト鋼のEBSDの測定面におけるそれぞれのブロックを楕円近似し、近似した楕円の長径と短径を導出する。楕円の長径を用いてPetchモデルにより、試験片の各微小要素における破壊応力σ
IIを導出すると共に、楕円の短径を用いてGriffithモデルにより、試験片の各微小要素における破壊応力σ
IIIを導出し、各微小要素において、大きい方の破壊応力を当該微小要素の破壊応力とする。また、試験片に対しCTOD試験を行う場合に試験片の各位置に作用する作用応力の数値解を、FEMを用いて導出する。そして、微小要素における破壊応力と、当該微小要素に含まれる位置の作用応力とを比較した結果に基づいて、試験片を構成するマルテンサイト・セメンタイト鋼の靱性を評価する指標(CTOD値)を導出して出力する。従って、母相としてマルテンサイトを有する鋼材の靱性を、破壊靱性試験を行わずに正確に予測することができる。即ち、非特許文献1で靱性の予測対象としているフェライト・セメンタイト鋼における破壊起点物質(セメンタイト)に比べ、マルテンサイト・セメンタイト鋼における破壊起点物質の大きさは(概ね10倍以上)小さいが、このような小さな破壊起点物質であっても、破壊起点物質の割れが、破壊起点物質とブロックとの界面を突破してき裂が進展する。しかしながら、フェライト・セメンタイト鋼の母相は、フェライトであり、マルテンサイト・セメンタイト鋼のように複雑ではなく、また、母相の結晶粒の大きさが大きい。このため、非特許文献1では、フェライトの結晶粒を円に近似する。これに対し、マルテンサイト・セメンタイト鋼では、ブロックの単位でき裂が進展していくことに着目し、ブロックを楕円近似し、き裂の進展の素過程(ステージII、III)に対応するように、楕円の長径または短径を、微小要素の破壊応力を導出する式に与える。よって、微小要素の破壊応力を正確に導出することができ、その結果、マルテンサイト・セメンタイト鋼における靱性を正確に予測することができる。
【0055】
また、本実施形態では、各微小要素について、母相の粒径分布・破壊起点物質の粒径分布からランダムに抽出した粒径のうち、最大の粒径を、ブロックの粒径・破壊起点物質の粒径として採用する。従って、各微小要素において、へき開破壊応力が可及的に小さくなるようなブロック・破壊起点物質の組み合わせを採用することができる。
【0056】
また、本実施形態では、複数の微小要素における破壊応力のなかに、当該微小要素に含まれる位置の作用応力を上回る破壊応力が少なくとも1つある場合、き裂開口量の増加量を減少させて、微小要素における破壊応力と、当該微小要素に含まれる位置の作用応力とを比較する。従って、き裂開口量の増加量を細かく設定し、単調に増加させる場合に比べ、計算時間を短くすることができる。
【0057】
(実施例)
次に、実施例を説明する。本実施例では、非特許文献1に記載のように、ブロックを円近似し、ブロックの粒径として円相当径を用いた場合と、本実施形態のように、ブロックを楕円近似し、ブロックの粒径として楕円の長径または短径を用いた場合とのそれぞれについて計算し、実験値(実測値)との比較を行った、尚、計算に際しては、ブロックの粒径以外については同一の条件とした。
【0058】
図9は、CTOD値と試験温度の関係の一例を示す図である。
図9(a)は、炭素量が0.5Cであり、650[℃]、40[min]の条件で焼戻しを行うことにより得られた焼戻しマルテンサイト鋼についての結果である。
図9(b)は、炭素量が0.5Cであり、650[℃]、320[min]の条件で焼戻しを行うことにより得られた焼戻しマルテンサイト鋼についての結果である。
図9(a)および
図9(b)に示すように、ブロックを円近似した場合(計算値/円相当径の値を参照)よりもブロックを楕円近似した場合(計算値/楕円形の値を参照)の方が、CTOD値の計算値は実験値に近くなっていることが分かる。尚、本実施例では、ステージIIに起因する破壊応力σ
IIよりもステージIIIに起因する破壊応力σ
IIIの方が大きくなる傾向であった。
【0059】
(変形例)
<変形例1>
本実施形態では、靱性の予測対象がマルテンサイト・セメンタイト鋼である場合を例に挙げて説明した。しかしながら、靱性の予測対象をベイナイト・セメンタイト鋼としてもよい。靱性の予測対象をベイナイト・セメンタイト鋼にする場合には、前述した説明において、マルテンサイトをベイナイトに置き換えればよい。ただし、マルテンサイトに特有な部分は、ベイナイトに特有な内容に置き換わる。
【0060】
<変形例2>
本実施形態では、試験片に対しCTOD試験を行う場合に試験片の各位置に作用する作用応力の数値解を、FEMを用いて導出する場合を例に挙げて説明した。しかしながら、試験片に形成された疲労き裂が時間の経過と共に開口するように(即ち、疲労き裂の応力集中が時間の経過と共に高まるように)、試験片に荷重を付加したときの試験片の各位置に作用する作用応力の数値解または解析解を導出していれば、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、CTOD試験に代えて、シャルピー試験を適用してもよい。また、FEMに代えて、境界要素法等の数値解析を用いてもよいし、応力拡大係数の解析解または数値解を用いてもよい。
【0061】
<変形例3>
本実施形態では、母相の粒径分布と破壊起点物質の粒径分布を、靱性予測装置100で導出する場合を例に挙げて説明した。しかしながら、靱性予測装置100が、母相の粒径分布と破壊起点物質の粒径分布を外部から取得してもよい。
【0062】
<変形例4>
前述したように、複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回る場合、き裂開口量の増加量を減少させて、微小要素における破壊応力と、当該微小要素に含まれる位置の作用応力とを比較すれば、計算時間を短くすることができるので好ましい。しかしながら、き裂開口量の増加量を細かく設定し、単調に増加させるようにしてもよい。このようにする場合、複数の微小要素の少なくとも何れか1つにおいて、当該微小要素に含まれる位置の作用応力が、当該微小要素おける破壊応力を上回ることが破壊有無判定部113により判定された時点で、出力部114は、き裂開口量の現在の設定値を出力する。
【0063】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態を説明する。第1の実施形態では、マルテンサイト・セメンタイト鋼における脆性破壊として、破壊起点物質を起点とする破壊(へき開破壊)のみが生じるとした場合を例に挙げて説明した。しかしながら、旧オーステナイト粒の粒径が大きかったり、母相の粒界に偏在するP(リン)の量が多かったりすると、(破壊起点物質の割れに起因せずに)母相の粒界が分離し、母相の粒界に沿って破壊が進展する粒界破壊が起きる。このように、マルテンサイト・セメンタイト鋼の脆性破壊を解析する際には、へき開破壊だけでなく、粒界破壊も考慮するのが好ましい。そこで、本実施形態では、へき開破壊と粒界破壊との双方を考慮する場合について説明する。このように本実施形態は、第1の実施形態に対し、粒界破壊を考慮することによる構成および処理が追加される。従って、本実施形態の説明において、第1の実施形態と同一の部分については、
図1〜
図9に付した符号と同一の符号を付す等して詳細な説明を省略する。
【0064】
図10は、マルテンサイト・セメンタイト鋼における破壊のメカニズムの一例を概念的に示す図である。
図10に示す例では、母相の粒界の領域1001で粒界破壊が生じていることを示す。また、領域1001の傍らに付している矢印線は、粒界破壊が進展する方向を示す。尚、
図10では、へき開破壊と粒界破壊との違いを示すために、へき開破壊と粒界破壊との双方が生じている様子を示すが、実際には、へき開破壊と粒界破壊との何れか一方のみが生じる。
【0065】
図11は、靱性予測装置1100の機能的な構成の一例を示す図である。
図12−1および
図12−2は、靱性予測装置1100による靱性予測方法の一例を説明するフローチャートである。靱性予測装置1100のハードウェアは、例えば、CPU、ROM、RAM、HDD、および各種のインターフェースを有する情報処理装置や専用のハードウェアを用いることにより実現することができる。以下に、
図12−1および
図12−2のフローチャートに従って、靱性予測装置1100が有する機能の一例を説明する。
【0066】
尚、
図11において、本実施形態で追加される各処理部との区別を容易にするため、第1の実施形態で説明した粒径分布取得部103、サンプリング数導出部104、粒径導出部106、破壊応力導出部107を、それぞれ、へき開破壊用粒径分布取得部103、へき開破壊用サンプリング数導出部104、へき開破壊用粒径導出部106、へき開破壊応力導出部107と表記する。
【0067】
図12−1のステップS1201〜S1208は、
図2−1のステップS201〜S208と同じである。
ステップS1209において、粒界破壊用粒径分布取得部1101は、旧オーステナイトの画像を取得する。本実施形態では、解析用試験片と同じ製造条件で製造された(同じ成分の)マルテンサイト・セメンタイト鋼を用意し、当該マルテンサイト・セメンタイト鋼の観察面をピクリン酸飽和水溶液で腐食して旧オーステナイト粒界を選択的に現出させる。このように旧オーステナイト粒界が現出した観察面を測定面として電子顕微鏡により当該測定面の画像を、旧オーステナイトの画像として得る。本実施形態では、SEMを用いて旧オーステナイトの画像を得る。このとき、十分な数の旧オーステナイトが旧オーステナイトの画像に含まれるようにする。粒界破壊用粒径分布取得部1101は、旧オーステナイトの画像として、複数の視野で撮影された複数の画像を得るのが好ましい。
【0068】
次に、ステップS1210において、粒界破壊用粒径分布取得部1101は、ステップS1209で取得した旧オーステナイトの画像に基づいて、旧オーステナイトの粒径分布を導出する。本実施形態では、旧オーステナイトの画像から特定される旧オーステナイトの(領域の)円相当径(直径)を旧オーステナイトの粒径とする。粒界破壊用粒径分布取得部1101は、旧オーステナイトの画像から、旧オーステナイトの組として複数(例えば、少なくとも20個)の旧オーステナイトからなる組を抽出する。そして、粒界破壊用粒径分布取得部1101は、抽出した組に含まれる各旧オーステナイトの粒径を画像処理により導出し、導出した粒径の平均値を旧オーステナイトの粒径とする。粒界破壊用粒径分布取得部1101は、このような旧オーステナイトの粒径の導出を、抽出する旧オーステナイトを異ならせて行う。そして、粒界破壊用粒径分布取得部1101は、旧オーステナイトの粒径分布(粒径と、当該粒径を有する旧オーステナイトの数との関係)を確率密度関数として導出する。
【0069】
次に、ステップS1211において、粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、旧オーステナイトの粒径のサンプリング数を導出する。前述したように本実施形態では、ステップS1210において、旧オーステナイトの粒径を円相当径とし、旧オーステナイトの画像から抽出した旧オーステナイトの組に含まれる各旧オーステナイトの粒径の平均値を旧オーステナイトの粒径とする。そして、このような旧オーステナイトの粒径を複数導出する。粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、これら複数の旧オーステナイトの粒径の平均値を直径とする球の体積を導出する。そして、粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、1つの微小要素と、前記球との体積比(1つの微小要素の体積に対する、前記球の体積の比)を導出する。粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、この体積比に基づいて、旧オーステナイトの粒径のサンプリング数を導出する。本実施形態では、粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、この体積比の小数点以下を切り捨てた数を、旧オーステナイトの粒径のサンプリング数として導出する。ただし、粒界破壊用サンプリング数導出部1102は、この体積比に基づいて、旧オーステナイトの粒径のサンプリング数を導出していれば、必ずしもこのようにする必要はない。例えば、この体積比の小数点以下を切り上げても四捨五入してもよい。
【0070】
次に、ステップS1212において、粒界P量取得部1103は、母相の粒界に存在するPの濃度[at.%]を取得する。以下の説明では、母相の粒界に存在するPの濃度を必要に応じて粒界P量と称する。粒界P量の測定では、母相の粒界近傍の数原子相の情報をとることと、大気とマルテンサイト・セメンタイト鋼との相互作用により、母相の粒界の濃度が変化しないこととが重要である。そこで、本実施形態では、真空中でその場破断させたマルテンサイト・セメンタイト鋼のサンプルにおける粒界P量を、オージェ電子分光法により測定する。オージェ電子分光法では、マルテンサイト・セメンタイト鋼を真空中かつ低温で破壊させて現出させた母相の粒界破面にX線または電子線を照射することにより放出されるオージェ電子の速度(運動エネルギー)を分析することで、母相の粒界表面に局所的に存在しているPの濃度を測定する。尚、オージェ電子分光法自体は、公知の手法である。このようにして、粒界P量取得部1103は、粒界P量の測定値を取得することができる。
【0071】
また、粒界P量取得部1103は、以下のようにして粒界P量を導出してもよい。
粒界P量は、Pの添加量[mass%]および焼戻し温度に依存する。そこで、Pの添加量および焼戻し温度を異ならせて複数のマルテンサイト・セメンタイト鋼を作製する。そして、これら複数のマルテンサイト・セメンタイト鋼のそれぞれについて、前述したオージェ電子分光法を用いて粒界P量を測定する。そして、粒界P量と、当該粒界P量が得られたマルテンサイト・セメンタイト鋼の製造条件(成分)との関係を示す情報を作成して記憶する。粒界P量と、当該粒界P量が得られたマルテンサイト・セメンタイト鋼の製造条件(成分)との関係を示す情報として、例えば、粒界P量と、当該粒界P量が得られたマルテンサイト・セメンタイト鋼の製造条件(成分)とを相互に関連付けて記憶するテーブルを用いることができる。また、粒界P量と、当該粒界P量が得られたマルテンサイト・セメンタイト鋼の製造条件(成分)との関係を示す情報として、当該関係を示す関係式を作成してもよい。粒界P量取得部1103は、粒界P量と、当該粒界P量が得られたマルテンサイト・セメンタイト鋼の製造条件(成分)との関係を示す情報が記憶された記憶媒体(例えばデータベース)から、解析用試験片の製造条件(成分)に対応する粒界P量を読み出す。粒界P量取得部1103は、このようにしても、粒界P量の測定値を取得することができる。
【0072】
次に、ステップS1213において、微小要素設定部105は、ステップS202で定義された複数の微小要素のうち、この処理(ステップS1213)において未選択の微小要素を1つ選択する。尚、この処理(ステップS1213)は、
図2−1のステップS209と同じである。
【0073】
次のステップS1214〜S1217は、
図2−1のステップS210〜S213と同じである。また、ステップS1218は、
図2−1のステップS214と同じである。ステップS1218では、へき開破壊応力導出部107は、ステージIIに起因する破壊応力σ
IIとステージIIIに起因する破壊応力σ
IIIとのうち、大きい方の応力を、ステップS1213で選択された微小要素の、へき開破壊による破壊応力として導出する。以下の説明では、へき開破壊による破壊応力を、必要に応じてへき開破壊応力と称する。
【0074】
また、ステップS1219において、粒界破壊用粒径導出部1104は、ステップS1210で導出された旧オーステナイトの粒径分布(に含まれる粒径)から、ステップS1211で導出されたサンプリング数の粒径をランダムに抽出する。
次に、ステップS1220において、粒界破壊用粒径導出部1104は、ステップS1219で抽出された粒径のうち最大の粒径を、ステップS1213で選択された微小要素における旧オーステナイトの代表粒径として導出する。
【0075】
次に、ステップS1221において、粒界破壊応力導出部1105は、ステップS1212で取得された粒界P量と、ステップS1220で導出された旧オーステナイトの代表粒径とに基づいて、粒界破壊による破壊強度を導出する。以下の説明では、粒界破壊による破壊強度を、必要に応じて粒界破壊応力と称する。粒界破壊は、マルテンサイト・セメンタイト鋼の何れかの場所での作用応力が粒界破壊応力に達したときに発生する。
【0076】
本実施形態では、ステップS1212で取得された粒界P量をP[at.%]、ステップS1220で導出された旧オーステナイトの代表粒径をd[mm]とし、以下の(4)式により、粒界破壊応力σ
GB[MPa]を導出する。
σ
GB=48.5d
-1/2−50.7P+1848 ・・・(4)
【0077】
(4)式は、解析用試験片と同じ鋼種のマルテンサイト・セメンタイト鋼に対する、粒界P量の測定値、旧オーステナイトの代表粒径の測定値、および粒界破壊応力の数値解析値を用いた回帰分析の結果から得られるものである。
本発明者らは、粒界破壊応力を定式化するため、粒界破壊応力に及ぼす旧オーステナイトの粒径および粒界P量の影響を調査した。焼入れ温度によって旧オーステナイトの粒径を調整し、Pの添加量および焼戻し温度によって粒界P量を調整することができる。このようにして或る鋼種のマルテンサイト・セメンタイト鋼について複数の試験片を作製した。ここでは、マルテンサイト・セメンタイト鋼の試験片として、解析用試験片と同一のもの(直方体のマルテンサイト・セメンタイト鋼の表面に、疲労き裂を1箇所導入したもの)を採用した。
【0078】
そして、それぞれの試験片に対しシャルピー試験を行い、vTrs(脆性−延性遷移温度)を測定した。vTrsは、延性破面率(または脆性破面率)が50[%]になる試験片(ここではマルテンサイト・セメンタイト鋼)の温度である。尚、延性破面率(脆性破面率)は、試験片の破面の全面積に対する延性破面(脆性破面)の面積の割合(を百分率で表記したもの)を指す。
【0079】
また、それぞれの試験片に対し、旧オーステナイトの粒径と、粒界P量を測定した。
旧オーステナイトの粒径は、ステップS1210で説明したのと同様に方法で測定した。即ち、まず、旧オーステナイトの画像から特定される旧オーステナイトの(領域の)円相当径(直径)を旧オーステナイトの粒径とする。旧オーステナイトの画像から、旧オーステナイトの組として複数(例えば、少なくとも20個)の旧オーステナイトからなる組を抽出する。そして、抽出した組に含まれる各旧オーステナイトの粒径を画像処理により導出し、導出した粒径の平均値を旧オーステナイトの粒径とする。
【0080】
また、粒界P量は、ステップS1212で説明したのと同様の方法で測定した。即ち、真空中でその場破断させたマルテンサイト・セメンタイト鋼のサンプルにおける粒界P量を、オージェ電子分光法により測定する。
尚、各試験片の脆性破壊は、全て粒界破壊であった。
【0081】
また、試験片に対してシャルピー試験を行った場合に各時間ステップにおいて試験片の各位置に作用する作用応力をFEMにより導出することを、それぞれの試験片に対して実施した。ステップS219において説明した通り、FEMの計算に際しては、各時間ステップにおいて試験片に加える荷重の情報と、試験片の形状の情報と、試験片の材料特性の情報とを用いる。尚、材料特性に含まれる降伏応力として、室温における静的な降伏応力を、温度がvTrsの試験片に対するシャルピー試験で得られる歪み速度に換算した降伏応力を与えた。また、FEMの計算に際しては、試験片の温度の情報も与える。降伏応力は、負の温度依存性を有するため、ここでは、粒界破壊する(試験片の)上限温度の代表的な指標として、各試験片のvTrsを採用した。そして、FEMの計算に際し、試験片の温度がvTrsのときの試験片における作用応力の最大値が、粒界破壊応力に相当すると仮定した。尚、試験片の温度がvTrsのときの試験片における作用応力の最大値は、試験片の機械的特性に関わらず、試験片の降伏応力の2.3倍であった。
【0082】
以上のようにして、或るvTrsを有する試験片について、旧オーステナイトの粒径と、粒界P量と、粒界破壊応力の組が得られる。複数の試験片について以上の測定および数値解析(ここではFEMの計算)を行うことにより、旧オーステナイトの粒径と、粒界P量と、粒界破壊応力の組を複数得た。これにより、旧オーステナイトの粒径および粒界P量と、粒界破壊応力との関係が得られる。
図13は、旧オーステナイトの粒径および粒界P量と、粒界破壊応力との関係の一例を示す図である。具体的に
図13(a)は、旧オーステナイトの粒径と、粒界破壊応力との関係との関係の一例を示し、
図13(b)は、粒界P量と、粒界破壊応力との関係の一例を示す。
【0083】
図13(a)において、「Pフリー」とは、Pを添加していない試験片に対する値であることを示す。
図13(a)および
図13(b)において、100ppm、230ppm、50ppm、90ppm、450ppmは、それぞれ、Pの添加量[mass%]を示す。予測値は、
図13(a)および
図13(b)に対するプロットに対して回帰分析を行った結果を示す。また、
図13(a)のプロットの傍らに示す温度は、焼入れ温度を示す。また、
図13(b)のプロットの傍らに示す温度は、焼戻し温度を示す。また、
図13(b)のプロットの傍らに示す「As Q.」は、焼戻しをしていないこと(焼戻し温度が0[℃])であることを示す。
【0084】
図13(a)に示す結果から、粒界破壊応力σ
GBは、旧オーステナイトの代表粒径dの1/2乗に比例するものとして、その係数((4)式の48.5)を回帰分析により導出した後、この係数の傾きを有する直線を、Pの添加量が100ppm、焼入れ温度が1200[℃]の値(
図13(a)の黒塗りの四角形の値)に合うように移動させることにより、
図13(a)に示す予測値を得た。
【0085】
また、
図13(b)に示す結果から、粒界破壊応力σ
GBは、粒界P量(P)の−1倍(=−P)に比例するものとして、その係数((4)式の−50.7)を回帰分析により導出した後、この係数の傾きを有する直線を、Pの添加量が90ppm、焼戻し温度が550[℃]の値(
図13(a)の黒塗りの四角形の値)に合うように移動させることにより、
図13(b)に示す予測値を得た。
そして、ここでは、Pの添加量が90ppm、焼戻し温度が550[℃]のマルテンサイト・セメンタイト鋼を基準とし、
図13(b)に示す予測値の切片の値である1848と、
図13(a)に示す予測値の傾き(48.5)と、
図13(b)に示す予測値の傾き(−50.7)とから、(4)式を得た。
【0086】
粒界破壊応力導出部1105は、ステップS1212で取得された粒界P量と、ステップS1220で導出された旧オーステナイトの代表粒径とに基づいて、以上のようにして得られる(4)式の計算を行って、粒界破壊応力σ
GBを導出する。
【0087】
尚、前述したように、粒界破壊する(試験片の)上限温度の代表的な指標として各試験片のvTrsを採用すると共に、Pの添加量、焼入れ温度、および焼戻し温度を異ならせた複数の試験片に対する旧オーステナイトの粒径、粒界P量、および粒界破壊応力を用いて回帰分析を行って(4)式を求めた。従って、(4)式は、粒界破壊する上限温度、旧オーステナイトの粒径、および粒界P量が平均的なマルテンサイト・セメンタイト鋼に対する粒界破壊応力σ
GBの予測式であると言える。
【0088】
また、(4)式は、粒界破壊応力σ
GBの予測式の具体例を示しているものであり、粒界破壊応力σ
GBの予測式は、(4)式に限定されるものではない。例えば、シャルピー試験に替えてCTOD試験を行った結果を用いて粒界破壊応力σ
GBの予測式を作成してもよい。粒界破壊応力σ
GBが、旧オーステナイトの代表粒径(d)と正の相関を有し、粒界P量(P)と負の相関を有するように、粒界破壊応力σ
GBの予測式を作成することができる。ただし、本発明者らの知見によると、粒界破壊応力σ
GBの予測式は、旧オーステナイトの代表粒径(d)の1/2乗(d
1/2)および粒界P量(P)の関数、即ち、以下の(5)式で表されるようにするのが好ましい。
σ
GB=f(d
1/2,P) ・・・(5)
また、粒界破壊応力σ
GBの予測式は、鋼種ごとに作成するのが好ましい。
【0089】
図12−2の説明に戻り、以上のようにしてステップS1218でへき開破壊応力が導出され、ステップS1221で粒界破壊応力が導出されると、ステップS1222に進む。ステップS1222に進むと、破壊応力決定部1106は、当該へき開破壊応力および当該粒界破壊応力のうち、小さい方の破壊応力を、ステップS1213で選択された微小要素の破壊応力として決定する。
【0090】
また、ステップS1223〜S1224において、
図2−1のステップS215〜S216と同じ処理が行われ、ステップS1213で選択された微小要素の結晶方位が導出される。
ステップS1214〜S1215の処理とステップS1216〜S1217の処理の処理順は順不同である。
図12−2に示すようにして、ステップS1214〜S1215の処理とステップS1216〜S1217の処理を並列に行わずに、ステップS1214〜S1215の処理とステップS1216〜S1217の処理のうち、一方を先に、他方を後に行ってもよい。また、ステップS1214〜S1218と、ステップS1219〜S1221の処理順も順不同である。
図12−2に示すようにして、ステップS1214〜S1218と、ステップS1219〜S1221の処理を並列に行わずに、ステップS1214〜S1218と、ステップS1219〜S1221の処理のうち、一方を先に、他方を後に行ってもよい。また、ステップS1214〜S1222と、ステップS1223〜S1224の処理順も順不同である。
図12−2に示すようにして、また、ステップS1214〜S1222と、ステップS1223〜S1224の処理のうち、一方を先に、他方を後に行ってもよい。
【0091】
以上のようにしてステップS1222およびS1224の処理が終わると、ステップS1225に進む。ステップS1225に進むと、破壊応力導出終了判定部109は、ステップS1202で定義された複数の微小要素の全てがステップS1213で選択されたか否かを判定する。この判定の結果、ステップS1202で定義された複数の微小要素の全てがステップS1213で選択されていなければ、ステップS1213に戻る。そして、ステップS1202で定義された複数の微小要素の全てについて、破壊応力と結晶方位が導出されるまで、ステップS1213〜S1225の処理が繰り返し行われる。
【0092】
以上のようにしてステップS1202で定義された複数の微小要素の全てについて、破壊応力と結晶方位が導出されると、
図2−2のステップS218に進む。以降、
図2−2のステップS218〜S228の処理が行われる。尚、第1の実施形態では、ステップS223において、ステップS214で導出された、各微小要素における破壊応力が用いられる。これに対し、本実施形態では、ステップS223において、ステップS1222で決定された、各微小要素における破壊応力が用いられる。
【0093】
以上のように本実施形態では、旧オーステナイトの粒径(d)の1/2乗(d
1/2)と粒界P量(P)とを用いて、粒界破壊応力σ
GBが表されるものとして、試験片の各微小要素における粒界破壊応力σ
GBを導出する。また、第1の実施形態と同様に試験片の各微小要素におけるへき開破壊応力σ
IIまたはσ
IIIを導出する。そして、試験片の或る微小要素における粒界破壊応力σ
GBおよびへき開破壊応力σ
IIまたはσ
IIIのうち、小さい方を当該微小要素の破壊応力として決定することを全ての微小要素について行う。従って、旧オーステナイトの粒径が粗大であったり、粒界P量が多かったりすることにより、へき開破壊ではなく、粒界破壊が起こる場合についても、母相としてマルテンサイトを有する鋼材の靱性を、破壊靱性試験を行わずに正確に予測することができる。よって、母相としてマルテンサイトを有する鋼材の靱性を、破壊靱性試験を行わずにより一層正確に予測することができる。
【0094】
本実施形態では、粒界破壊応力σ
GBの予測式が、旧オーステナイトの代表粒径(d)の1/2乗(d
1/2)および粒界P量(P)の関数である場合を例に挙げて説明した((5)式を参照)。しかしながら、旧オーステナイトの代表粒径(d)および粒界P量(P)以外の変数を粒界破壊応力σ
GBの予測式に含めてもよい。
また、本実施形態においても、第1の実施形態で説明した種々の変形例(<変形例1>〜<変形例4>等)を採用することができる。
【0095】
[その他の変形形態]
尚、以上説明した本発明の実施形態は、コンピュータがプログラムを実行することによって実現することができる。また、前記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体及び前記プログラム等のコンピュータプログラムプロダクトも本発明の実施形態として適用することができる。記録媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等を用いることができる。
また、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【0096】
(請求項との関係)
以下に、請求項の記載と実施形態の記載との関係の一例を説明する。請求項の記載が実施形態の記載に限定されないことは、変形例等において説明した通りである。
微小要素定義手段は、例えば、微小要素定義部102を用いることにより実現される。
第1の破壊応力導出手段は、例えば、破壊応力導出部107を用いることにより実現される。第1の破壊応力は、例えば、ステージIIに起因する破壊応力に対応し、第2の破壊応力は、例えば、ステージIIIに起因する破壊応力に対応する。
作用応力導出手段は、例えば、作用応力導出部111を用いることにより実現される。
指標導出手段は、例えば、き裂開口量設定部112、破壊有無判定部113、および出力部114を用いることにより実現される。靱性を評価する指標は、例えば、CTOD値を用いることにより実現される。
第1の粒径分布取得手段は、例えば、粒径分布取得部103を用いることにより実現される。
第1のサンプリング数導出手段は、例えば、サンプリング数導出部104を用いることにより実現される。
第1の粒径導出手段は、例えば、粒径導出部106を用いることにより実現される。
第2の破壊応力導出手段は、例えば、粒界破壊応力導出部1105を用いることにより実現される。第2の破壊応力導出手段により導出される破壊応力は、例えば、粒界破壊応力σ
GBに対応する。
破壊応力決定手段は、例えば、破壊応力決定部1106を用いることにより実現される。
破壊応力の予測式は、例えば、(4)式、(5)式に対応する。
第2の粒径分布取得手段は、例えば、粒界破壊用粒径分布取得部1101を用いることにより実現される。
第2のサンプリング数導出手段は、例えば、粒界破壊用サンプリング数導出部1102を用いることにより実現される。
第2の粒径導出手段は、例えば、粒界破壊用粒径導出部1104を用いることにより実現される。
負荷レベル量設定手段は、例えば、き裂開口量設定部112を用いることにより実現される(ステップS220、S224、S226も参照のこと)。試験片の応力集中を高めることにより当該試験片において変化する形状を反映した物理量である負荷レベル量は、例えば、き裂開口量に対応する。尚、請求項11における負荷レベル量設定手段の記載は、例えば、ステップS220、S224に対応し、請求項12における負荷レベル量設定手段の記載は、例えば、ステップS226に対応する。具体的に、請求項12の、当該判定の直前に増加させた前記負荷レベル量は、例えば、繰り返し行われるステップS224のうち、ステップS225でNOと判定される直前に行われたステップS224で増加されたき裂開口量に対応し、当該増加させる前の前記負荷レベル量は、例えば、当該ステップS224での増加前のき裂開口量に対応する。
負荷レベル量増加量設定手段は、例えば、き裂開口量設定部112を用いることにより実現される(ステップS221、S227も参照のこと)。尚、請求項12における負荷レベル量増加量設定手段の記載は、例えば、ステップS221に対応し(変形例4も参照のこと)、請求項12における負荷レベル量増加量設定手段の記載は、例えば、ステップS227に対応する。
破壊応力判定手段は、例えば、破壊有無判定部113を用いることにより実現される(ステップS223も参照のこと)。
出力手段は、例えば、出力部114を用いることにより実現される(変形例4等も参照のこと)。
負荷レベル量判定手段は、例えば、破壊有無判定部113を用いることにより実現される(ステップS225も参照のこと)。