特許第6866970号(P6866970)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6866970
(24)【登録日】2021年4月12日
(45)【発行日】2021年4月28日
(54)【発明の名称】切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20210419BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20210419BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C16/30
【請求項の数】19
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2020-520091(P2020-520091)
(86)(22)【出願日】2020年1月16日
(86)【国際出願番号】JP2020001360
(87)【国際公開番号】WO2020158425
(87)【国際公開日】20200806
【審査請求日】2020年4月7日
(31)【優先権主張番号】特願2019-13928(P2019-13928)
(32)【優先日】2019年1月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】城戸 保樹
(72)【発明者】
【氏名】小林 史佳
(72)【発明者】
【氏名】今村 晋也
【審査官】 亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−229759(JP,A)
【文献】 特開2011−83877(JP,A)
【文献】 特開2006−205301(JP,A)
【文献】 特公平1−26802(JP,B2)
【文献】 国際公開第2018/042740(WO,A1)
【文献】 特開昭54−10314(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 16/30 − 16/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に設けられた被膜とを備えた切削工具であって、
前記被膜は、前記基材側に設けられた第1層と、前記第1層の上に設けられた第2層とを有し、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなる、切削工具。
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
【請求項2】
前記TiSは、板状構造を有し、前記κ−Al中に分散している、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記第2層は、前記被膜の表面に平行な断面において、前記TiSの面積比率が0.5%以上20%以下である、請求項1又は請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記TiSの面積比率は1%以上15%以下である、請求項3に記載の切削工具。
【請求項5】
前記TiSの面積比率は2%以上10%以下である、請求項3又は請求項4に記載の切削工具。
【請求項6】
前記第2層は、0.5μm以上5μm以下の厚みを有する、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項7】
前記被膜は、3μm以上30μm以下の厚みを有する、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項8】
前記被膜は、前記第1層及び前記第2層の間に中間層を有し、
前記中間層はTiCN又はTiCNOのみからなる、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項9】
前記第1層は、AlTi1−xで示される化合物のみからなる、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の切削工具。
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記aは0≦a<0.25を満たし、前記bは0.75≦b<1.5を満たす。
【請求項10】
前記xは0.75≦x<0.95を満たす、請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項11】
前記xは0.8≦x<0.9を満たす、請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項12】
前記aは0≦a<0.1を満たす、請求項9から請求項11のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項13】
前記aは0≦a<0.05を満たす、請求項9から請求項12のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項14】
前記bは0.8≦b<1.2を満たす、請求項9から請求項13のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項15】
前記bは0.9≦b<1.1を満たす、請求項9から請求項14のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項16】
前記yは1.0≦y≦2.0を満たす、請求項1から請求項15のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項17】
前記yは1.4≦y≦1.8を満たす、請求項1から請求項16のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項18】
前記被膜は、前記基材と前記第1層との間に配置される下地層を含む、請求項1から請求項17のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項19】
請求項1から請求項18のいずれか1項に記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に化学気相合成法により被膜を形成する工程とを備え、
前記被膜を形成する工程は、第1層を形成する工程及び第2層を形成する工程を含み、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなり、
前記第2層を形成する工程は、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスを含む混合ガスを用いて、750℃以上850℃以下の成膜温度で行われる、切削工具の製造方法。
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具及びその製造方法に関する。本出願は、2019年1月30日に出願した日本特許出願である特願2019−013928号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
超硬合金からなる切削工具は、切削加工時にその刃先が高温、高負荷などの過酷な環境に曝されるため、刃先が摩耗したり、欠けたりするといった問題が生じる場合が多い。このため、切削工具の切削性能の改善を目的として超硬合金などの基材の表面を被覆する被膜の開発が進められている。
【0003】
例えば、チタン(Ti)およびアルミニウム(Al)と、窒素(N)および炭素(C)の両方またはいずれか一方との化合物(以下、AlTiN、AlTiCNなどとも称する)からなる被膜は、高い硬度を有することができ、かつAlの含有割合を高めることによって耐酸化性が向上することが知られている(特表2017−508632号公報(特許文献1))。このような被膜で切削工具を被覆することにより、切削工具の性能の改善が期待されている。
【0004】
近年、生産性の向上や加工コストの低減のための高能率加工や、環境を考慮した乾式切削加工の要求が高まっている。高能率加工や乾式切削加工では、加工時の工具の刃先温度は約1000℃と高温となる。AlTiNやAlTiCNは、約1000℃以上の高温下では、空気中の酸素と反応して分解する。従って、AlTiNやAlTiCNからなる被膜を有する切削工具を、特に鋼、SUS等の高能率加工や乾式切削加工に用いた場合は、該被膜の早期摩耗及び欠損が生じる可能性がある。
【0005】
上記のAlTiNやAlTiCNからなる被膜の早期摩耗及び欠損を抑制するために、AlTiNやAlTiCNからなる被膜を、断熱性を有するとともに、高温耐酸化性及び耐反応性に優れるAl層で被覆することが考えられる。
【0006】
例えば、欧州特許出願公開第3263738号明細書(特許文献2)には、TiAlCN層をκ-Alで被覆する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2017−508632号公報
【特許文献2】欧州特許出願公開第3263738号明細書
【発明の概要】
【0008】
本開示の一態様に係る切削工具は、基材と、前記基材の上に設けられた被膜とを備えた切削工具であって、
前記被膜は、前記基材側に設けられた第1層と、前記第1層の上に設けられた第2層とを有し、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなる、切削工具である。
【0009】
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
本開示の他の一態様に係る切削工具の製造方法は、上記の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に化学気相合成法により被膜を形成する工程とを備え、
前記被膜を形成する工程は、第1層を形成する工程及び第2層を形成する工程を含み、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなり、
前記第2層を形成する工程は、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスを含む混合ガスを用いて、750℃以上850℃以下の成膜温度で行われる、切削工具の製造方法である。
【0010】
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本開示の一態様に係る切削工具の断面を模式的に示す図である。
図2図2は、本開示の一態様に係る切削工具の被膜の断面の電子顕微鏡写真である。
図3図3は、本開示の一態様に係る切削工具の第2層の電子顕微鏡写真である。
図4図4は、CVD(chemical vapor deposition, 化学気相合成法)装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示が解決しようとする課題]
しかし、κ-Alは熱的安定性が不十分であり、加工時に工具の刃先温度が高温になると、α-Alへ相転移する。この場合、Al層全体の体積が膨張するため、亀裂が発生する。この亀裂を基点に膜破壊が発生するため、膜強度が低下し、工具刃先のチッピングが生じやすく、工具寿命が低下する傾向がある。
【0013】
そこで、本目的は、AlTiN又はAlTiCNからなる層を有し、かつ、高能率加工や乾式加工に用いた場合においても、優れた工具寿命を有することのできる、切削工具を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
上記態様によれば、切削工具は、高能率加工や乾式加工に用いた場合においても、優れた工具寿命を有することが可能となる。
【0014】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0015】
(1)本開示の一態様に係る切削工具は、基材と、前記基材の上に設けられた被膜とを備えた切削工具であって、
前記被膜は、前記基材側に設けられた第1層と、前記第1層の上に設けられた第2層とを有し、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなる、切削工具である。
【0016】
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
上記態様によれば、切削工具は、高能率加工や乾式加工に用いた場合においても、優れた工具寿命を有することが可能となる。
【0017】
(2)前記TiSは、板状構造を有し、前記κ−Al中に分散していることが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0018】
(3)前記第2層は、前記被膜の表面に平行な断面において、前記TiSyの面積比率が0.5%以上20%以下であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が更に向上する。
【0019】
(4)前記TiSの面積比率は1%以上15%以下であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が更に向上する。
【0020】
(5)前記TiSの面積比率は2%以上10%以下であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が更に向上する。
【0021】
(6)前記第2層は、0.5μm以上5μm以下の厚みを有することが好ましい。これによると、切削工具の工具寿命が更に向上する。
【0022】
(7)前記被膜は、3μm以上30μm以下の厚みを有することが好ましい。これによると、切削工具の工具寿命が更に向上する。
【0023】
(8)前記被膜は、前記第1層及び前記第2層の間に中間層を有し、前記中間層はTiCN又はTiCNOのみからなることが好ましい。これによると、被膜の製造工程において、第2層の結晶成長を促進することができる。
【0024】
(9)前記第1層は、AlTi1−xで示される化合物のみからなることが好ましい。ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記aは0≦a<0.25を満たし、前記bは0.75≦b<1.5を満たすことが好ましい。
【0025】
これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
(10)前記xは0.75≦x<0.95を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0026】
(11)前記xは0.8≦x<0.9を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0027】
(12)前記aは0≦a<0.1を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0028】
(13)前記aは0≦a<0.05を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0029】
(14)前記bは0.8≦b<1.2を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0030】
(15)前記bは0.9≦b<1.1を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0031】
(16)前記yは1.0≦y≦2.0を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0032】
(17)前記yは1.4≦y≦1.8を満たすことが好ましい。これによると、切削工具の諸特性のうち、耐摩耗性が向上する。
【0033】
(18)前記被膜は、前記基材と前記第1層との間に配置される下地層を含むことが好ましい。これによると、基材と被膜との密着性を高めることができる。
【0034】
(19)本開示の他の一態様に係る切削工具の製造方法は、上記(1)〜(18)のいずれかに記載の切削工具の製造方法であって、
基材を準備する工程と、
前記基材上に化学気相合成法により被膜を形成する工程とを備え、
前記被膜を形成する工程は、第1層を形成する工程及び第2層を形成する工程を含み、
前記第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、
前記第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなり、
前記第2層を形成する工程は、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスを含む混合ガスを用いて、750℃以上850℃以下の成膜温度で行われる、切削工具の製造方法である。
【0035】
ここで、前記xは0.7≦x<1を満たし、前記yは1.0≦y≦2.0を満たす。
上記態様によれば、高能率加工や乾式加工に用いた場合においても、優れた工具寿命を有する切削工具を製造することが可能となる。
【0036】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の一実施形態に係る切削工具及びその製造方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0037】
本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0038】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。例えば「AlTiN」と記載されている場合、AlTiNを構成する原子数の比はAl:Ti:N=0.8:0.2:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。このことは、「AlTiN」以外の化合物の記載についても同様である。本実施形態では、任意の化合物において、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)などの金属元素と、窒素(N)、酸素(O)、炭素(C)などの非金属元素とは、必ずしも化学量論的な組成を構成している必要がない。
【0039】
<切削工具>
図1及び図2に示されるように、本実施形態に係る切削工具10は、基材1と該基材1の上に設けられた被膜2とを備える。被膜は、基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても本開示の範囲を逸脱するものではない。
【0040】
切削工具は、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0041】
<基材>
基材1は、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。例えば、超硬合金(例えば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0042】
これらの各種基材の中でも超硬合金(特にWC基超硬合金)またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの基材は、高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有している。基材としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。
【0043】
さらに基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。例えば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていたりしてもよい。基材は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。
【0044】
切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材は、チップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。刃先稜線部の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドを組み合わせたものの中で、いずれのものも含まれる。
【0045】
<被膜>
被膜2は、基材1側に設けられた第1層4と、第1層4の上に設けられた第2層6とを有する。被膜2は、第1層4及び第2層6以外の他の層を含むことができる。他の層としては、例えば、基材1と第1層4との間に配置される下地層3、第1層4と第2層6との間に配置される中間層5、第2層6の上に配置される表面層(図示せず)が挙げられる。
【0046】
被膜の合計厚みは3μm以上30μm以下が好ましい。被膜の厚みがこの範囲であることにより、耐摩耗性を維持しつつ耐欠損性を向上させることができる。被膜の厚みが3μm未満であると硬度が低下する傾向があり、30μmを超えると切削加工時に被膜が基材から剥離し易くなる。被膜の合計厚みは、その特性を向上させる観点から5μm以上20μm以下がより好ましく、7μm以上15μm以下が更に好ましい。
【0047】
被膜の厚みは、例えば基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルを走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察することにより測定される。このようなSTEMを用いた測定方法としては、STEM高角度散乱暗視野法(HAADF−STEM:High−Angle Annular Dark−field Scanning Transmission Electron Microscopy)を挙げることができる。
【0048】
本明細書において「厚み」といった場合、その厚みは平均厚みを意味する。具体的には、断面サンプルの観察倍率を5000〜10000倍とし、観察面積を100〜500μm2として、1視野において10箇所の厚み幅を測定し、その平均値を「厚み」とする。後述の各層の厚みについても、特に記載のない限り同様である。
【0049】
<第1層>
第1層4は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなる。ここで、xは0.7≦x<1を満たす。AlTi1−xの窒化物は、AlTi1−xNと示され、AlTi1−xの炭窒化物はAlTi1−xCNと示される。第1層4は、AlTi1−x(0.7≦x<1、0≦a<0.25、0.75≦b<1.5を満たす。)で示される化合物のみからなることが好ましい。
【0050】
AlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物においては、AlがAlとTiの合計に対して原子比で70%以上含まれ、更に、炭素(C)又は炭素(C)及び窒素(N)が含まれる。このような化合物のみからなる第1層は高い硬度を有することができ、優れた耐摩耗性を有することができる。
【0051】
第1層を構成する化合物の組成に関して、0.75≦x<0.95が好ましく、0.8≦x<0.9がより好ましく、0≦a<0.1が好ましく、0≦a<0.05がより好ましく、0.8≦b<1.2が好ましく、0.9≦b<1.1がより好ましい。
【0052】
第1層の組成は、SEMまたはTEM付帯のEDX(Energy Dispersive X−ray spectroscopy)装置を用いることにより、確認することができる。具体的には、まず、切削工具10の任意の位置を切断し、被膜2の断面を含む試料を作製する。
【0053】
次に、被膜2の第1層に関し、10μm×20μmの矩形の測定視野を任意に5箇所選択し、この領域を分析する。これにより、任意の測定領域に含まれる各元素の原子比を特定することができ、この原子比から第1層の組成を決定することができる。
【0054】
なお、出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、第1層の組成の測定結果を測定視野の選択個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことが確認された。
【0055】
第1層は、AlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物のみからなる150nm以下の厚みの層(以下、第1単位層とも記す。)を複数含む層状構造であることが好ましい。これによると、第1層は高い耐熱衝撃性を有することができる。第1層に含まれる第1単位層の積層数は5以上5000以下が好ましく、10以上2500以下が更に好ましい。
【0056】
第1層は、上記の層状構造からなり、層状構造を構成する各層は、同一の面心立方格子構造を有し、TiとAlの化学量論的割合が交互に異なる第1単位層が周期的に交番する領域を形成することが好ましい。これによると、第1単位層が立方晶構造を保持することができ、かつ、より高い熱安定性を有することができる。
【0057】
第1層が層状構造を有すること、及び、第1単位層の積層数は、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルを走査透過型電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)で観察することにより測定される。
【0058】
第1層は、90体積%以上が面心立方格子構造を有することが好ましい。これによると、第1層の硬度の低下を最小限に制御することができ、第1層は優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することができる。第1層における面心立方格子構造の割合は、95体積%以上がより好ましく、100体積%が最も好ましい。
【0059】
第1層が面心立方格子構造を有すること、及びその体積割合は、X線回折装置、SEM−EBSD(scanning electron microscope electron back scattering diffraction)装置、TEM(Transmission Electron Microscopy)分析装置などを用いて確認することができる。
【0060】
第1層は、合計で1μm以上15μm以下の厚みを有することが好ましい。これによると、切削工具の工具寿命が向上する。第1層の厚みが1μm未満であると、第1層による耐摩耗性の向上効果が低下する傾向があり、15μmを超えると切削加工時に被膜が基材から剥離し易くなる。第1層の厚みは、2μm以上10μm以下がより好ましく、4μm以上8μm以下が更に好ましい。
【0061】
第1層の合計厚みは、上記の被膜の厚みの測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0062】
第1層はその効果を奏する限り、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物に加えて、不可避不純物を含んでいても良い。不可避不純物としては、例えば、酸素、アルゴン、水素、塩素、硫黄が挙げられる。
【0063】
<第2層>
第2層6は、κ−Al(結晶構造がκ型である酸化アルミニウム)と、TiS(硫化チタン)と、を含む複合化合物のみからなる。ここで、yは1.0≦y≦2.0を満たす。第2層がκ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなることにより、本実施形態に係る切削工具は、高能率加工や乾式加工に用いた場合においても、優れた耐摩耗性や耐欠損性を有し、長い工具寿命を達成できる。その理由は明らかではないが、下記(a)〜(d)の通りと推察される。
【0064】
(a)κ−Alは断熱性、高温耐酸化性及び耐反応性を有する。従って、第2層がκ−Alを含むと、切削工具の使用時に、AlTiNやAlTiCNのみからなる第1層が切削熱により分解したり、酸化することを抑制することができ、切削工具の耐摩耗性が向上する。
【0065】
(b)κ−Alは750〜850℃の温度条件下で成膜することができる。よって、成膜時にAlTiNやAlTiCNのみからなる第1層が熱分解されず、切削工具は優れた耐摩耗性を維持することができる。
【0066】
(c)TiSは高温潤滑性を有する。従って、第2層がTiSを含むと、切削工具の使用時に切削抵抗が低減するため、すくい面の摩耗を抑制することができ、切削工具の耐摩耗性が向上する。
【0067】
(d)TiSは高温潤滑性を有する。従って、第2層がTiSを含むと、切削工具の使用時に切削抵抗が低減するため、刃先温度の上昇を抑制することができる。これにより、第2層に含まれるκ−Alがα−Alに相転移することにより生じる体積変化を抑制することができ、切削工具の耐摩耗性や耐欠損性が向上する。
【0068】
TiSの組成に関して、1.0≦y≦2.0が好ましく、1.4≦y≦1.8がより好ましい。TiSyの組成は、上記の第1層の組成の測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0069】
具体的には、第2層がκ−Alと、TiSと、含むことは、SEMまたはTEM付帯のEDX(Energy Dispersive X−ray spectroscopy)装置を用いることにより、確認することができる。切削工具10の第2層の表面の任意の領域をSEMで観察すると、例えば図3で示されるように、κ−Alのみからなるκ−Al領域7と、TiSのみからなるTiS領域8とが確認される。κ−Al領域7及びTiS領域8のそれぞれについて分析すると、各領域に含まれる各元素の原子比を特定することができ、この原子比からκ−Al領域及びTiS領域の組成を決定することができる。
【0070】
第2層の上に、更に表面層が存在する場合は、該表面層を研磨して第2層を露出させ、該露出面において組成の測定を行う。
【0071】
なお、出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、κ−Al領域及びTiS領域の組成の測定結果を測定視野の選択個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことが確認された。
【0072】
第2層において、TiSは、板状構造を有し、κ−Al中に分散していることが好ましい。TiSが板状構造を有すると、TiSの硬度が高くなる。よって、第2層は高い硬度を有することができる。
【0073】
第2層において、TiSが板状構造を有し、該板状構造の軸方向が、第2層の表面から第2層とその下に存在する層との界面まで、第2層の厚み方向に延在して存在していることが好ましい。TiSが、κ−Alのみからなるマトリックス中に柱状に存在していると、切削初期から終期まで、TiSが切削工具の表面に露出するため、TiSによる潤滑効果が維持される。よって、切削初期から終期まで、耐摩耗性の向上効果を得ることができ、工具寿命が向上する。
【0074】
TiSが板状構造を有することは、第2層の表面をSTEMで観察することにより確認することができる。第2層の上に、更に表面層が存在する場合は、該表面層を研磨して第2層を露出させ、該露出面をSTEMで観察する。板状構造の軸方向が第2層の厚み方向に延在して存在していることは、基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、この第2層の断面をSTEMで観察することにより確認することができる。
【0075】
第2層は、前記被膜の表面に平行な断面において、TiSyの面積比率が0.5%以上20%以下であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が向上する。TiSyの面積比率は1%以上15%以下がより好ましく、2%以上10%以下が更に好ましい。
【0076】
第2層におけるTiSの面積比率は、以下の(a)〜(d)の手順に従い算出される。
【0077】
(a)測定視野の設定
切削工具を、第2層において、第2層の表面側からの深さ(第2層より表面側に他の層(例えば表面層)が設けられている場合は、第2層と該他の層との界面からの深さ)0.5μmで、かつ、被膜の表面に対して平行な方向にワイヤー放電加工機を用いて切り出し、露出した断面を、平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。被膜の表面に凹凸がある場合は、該表面を平面となるまで研磨し、該平面に対して平行な方向に切り出し、露出した断面を、平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。切削工具の最表面が第2層の場合は、切り出しを行わずに、第2層の表面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0078】
第2層の鏡面研磨された断面又は表面において、10μm×20μmの矩形の測定視野を無作為に5箇所選択する。なお、出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、後述するTiSの面積比率の測定結果を測定視野の選択個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどないことが確認された。
【0079】
(b)測定視野の撮像
下記の機器を用いて、下記の条件で、各測定視野を撮像する。
【0080】
光学顕微鏡:カールツァイス社製「AXIO Vert.A1」(製品名)
レンズ:カールツァイス社製「EC Epiplan 100x/0.85 HD M27」(製品名)
撮像条件:time:700ms,intensity:80%,gamma:0.45。
【0081】
(c)撮像された画像の二値化処理
上記(b)で撮像された画像に対して、下記の画像処理ソフトを用いて、下記の手順に従い二値化処理を施す。
【0082】
画像処理ソフト:Win Roof ver.7.4.5
処理手順:
1.ヒストグラム平均輝度補正(補正基準値128)
2.バックグラウンド除去(物体サイズ30μm)
3.単一閾値による二値化(閾値100)
4.輝度反転。
【0083】
(d)二値化処理された画像の解析
上記(c)で得られた画像において、明視野はTiSに該当し、暗視野はAlに該当する。従って、測定視野(第2層)全体の面積に占める明視野に由来する画素(TiSに由来する画素)の面積比率を算出することにより、第2層におけるTiSの面積比率を得ることができる。
【0084】
なお、第2層は、0.5μm以上5μm以下の厚みを有することが好ましい。これによると、切削工具の工具寿命が向上する。第2層の厚みが0.5μm未満であると、第2層による耐摩耗性の向上効果が低下する傾向があり、5μmを超えると切削加工時に第2層が剥離し易くなる。第2層の厚みは、1μm以上4μm以下がより好ましく、2μm以上3μm以下が更に好ましい。
【0085】
第2層の厚みは、上記の被膜の厚みの測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0086】
第2層は、ナノインデンテーション法で測定した硬度が15GPa以上30GPa以下であることが好ましい。これによると、切削工具の耐摩耗性が向上する。第2層の硬度が15GPa未満であると、耐摩耗性が低下する傾向があり、30GPaを超えると、耐欠損性が低下する傾向がある。第2層の硬度は、18GPa以上28GPa以下がより好ましく、20GPa以上25GPa以下が更に好ましい。
【0087】
上記の硬度の測定は、ISO14577に準拠した方法で行い、測定荷重は10mNとする。測定機器はナノインデンテーション硬度計(ENT1100a;Elionix社製)を用いて行う。
【0088】
第2層はその効果を奏する限り、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物に加えて、不可避不純物を含んでいても良い。不可避不純物としては、例えば、水素、塩素、アルゴンが挙げられる。
【0089】
<他の層>
被膜2は、第1層4及び第2層6に加えて、他の層を含むことができる。他の層としては、例えば、基材1と第1層4との間に配置される下地層3、第1層4と第2層6との間に配置される中間層5、第2層6の上に配置される表面層(図示せず)が挙げられる。
【0090】
(下地層)
下地層3は、基材1と第1層4との間に配置されることにより、被膜中における第1層の密着性を高め、基材と被膜との密着性を高めることができる。下地層は、例えば、TiN層、TiCN層、TiCNO層、TiBN層等を用いることができる。下地層は1層からなることができる。また、複数の層からなることもできる。下地層は、公知の方法により形成可能である。
【0091】
下地層としてTiN層を用いる場合は、平均厚みが0.3〜1μmであることが好ましい。この範囲の厚みにより、被膜中の第1層の密着性をさらに高めることができる。TiN層は、より好ましくは、0.4〜0.8μmである。
【0092】
下地層としてTiCN層およびTiBN層を用いる場合は、平均厚みが2〜20μmであることが望ましい。この平均厚みを2μm未満とすれば摩耗が進みやすくなる恐れがある。この平均厚みが20μmを超えると耐欠損性が低下する恐れがある。
【0093】
下地層の厚みは、上記の被膜の厚みの測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0094】
(中間層)
中間層5は、第1層4と第2層6との間に配置されることにより、第2層6の結晶成長を促進することができる。中間層は、例えば、TiCN層、TiCNO層等を用いることができる。中間層は1層からなることができる。また、複数の層からなることもできる。
【0095】
中間層5は、平均厚みが0.2〜2μmであることが好ましく、0.5〜1.5μmであることがより好ましい。中間層の平均厚みが0.2μm未満であると、第2層の結晶成長の促進効果が低下する傾向がある。中間層の平均厚みが2μmを超えると、第2層と中間層と隣接する層との密着性が低下する恐れがある。
【0096】
中間層の厚みは、上記の被膜の厚みの測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0097】
(表面層)
表面層(図示せず)は、被膜2において表面側に配置される層である。表面層は、例えば、第2層6の直上に配置される。表面層は、例えば、Tiの炭化物、窒化物または硼化物のいずれかを主成分とする化合物からなることができる。ここで、「Tiの炭化物、窒化物または硼化物のいずれかを主成分とする」とは、Tiの炭化物、窒化物および硼化物のいずれかを90質量%以上含むことを意味する。さらに、好ましくは不可避不純物を除きTiの炭化物、窒化物および硼化物のいずれかからなることを意味する。表面層は1層からなることができる。また、複数の層からなることもできる。
【0098】
表面層を構成した場合、明瞭な色彩色を呈するなどの効果によって、切削使用後の切削チップのコーナー識別(使用済み部位の識別)が容易となる。
【0099】
表面層は、平均厚みが0.05〜1μmであることが好ましい。表面層の平均厚みの上限は好ましくは0.8μmであり、さらに好ましくは0.6μmである。この平均厚みの下限は好ましくは0.1μmであり、さらに好ましくは0.2μmである。この平均厚みを0.05μm未満とすれば、耐欠損性が十分に得られない恐れがある。この平均厚みが1μmを超えると、表面層に隣接する層との密着性が低下する恐れがある。表面層の厚みは、上記の被膜の厚みの測定に用いた方法と同じ方法により測定することができる。
【0100】
<切削工具の製造方法>
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、上記の切削工具の製造方法であって、基材を準備する工程と、基材上に化学気相合成法により被膜を形成する工程とを備え、被膜を形成する工程は、第1層を形成する工程及び第2層を形成する工程を含み、第1層は、AlTi1−xの窒化物又は炭窒化物のみからなり、第2層は、κ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなり、第2層を形成する工程は、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスを含む混合ガスを用いて、750℃以上850℃以下の成膜温度で行われる。ここで、xは0.7≦x<1を満たし、yは1.0≦y≦2.0を満たす。これにより、上記の構成および効果を有する切削工具を製造することができる。
【0101】
まず、図4を用いて本実施形態に係る切削工具の製造方法に用いられるCVD装置の一例について説明する。図4に示されるように、CVD装置100は、基材1を設置するための複数の基材保持治具21と、基材保持治具21を包囲する耐熱合金鋼製の反応容器22とを備えている。反応容器22の周囲には、反応容器22内の温度を制御するための調温装置23が設けられている。
【0102】
反応容器22には、隣接して接合された第1ガス導入管24と第2ガス導入管25とを有するガス導入管が反応容器22の内部の空間を鉛直方向に延在し、その軸26で回転可能となるように設けられている。ガス導入管においては、その内部で第1ガス導入管24に導入されたガスと、第2ガス導入管25に導入されたガスとが混合しない構成とされている。第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の一部にはそれぞれ、第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の内部を流れるガスを基材保持治具21に設置された基材1上に噴出させるための複数の貫通孔が設けられている。
【0103】
さらに、反応容器22には、反応容器22の内部のガスを外部に排気するためのガス排気管27が設けられている。反応容器22の内部のガスは、ガス排気管27を通過して、ガス排気口28から反応容器22の外部に排出される。
【0104】
次に、CVD装置100を用いた切削工具の製造方法について説明する。以下、説明の便宜のため、基材上にAlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物のみからなる第1層を直接形成し、第1層の直上に第2層を形成する場合について説明するが、基材上に下地層などの他の層を形成してから第1層を形成してもよい。更に、第1層を形成した後、中間層を形成し、中間層の上に第2層を形成してもよい。更に、第2層の上に、表面層を形成することもできる。下地層、中間層及び表面層を形成する方法は、いずれも従来公知の方法を用いることができる。
【0105】
<基材を準備する工程>
まず、基材1を準備する。基材は、市販のものを用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。例えば、基材として超硬合金基材を一般的な粉末冶金法で製造する場合、ボールミルなどによってWC粉末とCo粉末などとを混合して混合粉末を得ることができる。該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC−Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで該焼結体に対して、ホーニング処理などの所定の刃先加工を施すことにより、WC−Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものをいずれも準備可能である。
【0106】
<被膜を形成する工程>
被膜を形成する工程では、CVD装置100を用いたCVD法により、基材1上に被膜を形成する。被膜を形成する工程は、第1層を形成する工程及び第2層を形成する工程を含む。
【0107】
<第1層を形成する工程>
まずCVD装置100の反応容器22内に、基材1として任意の形状のチップを基材保持治具21に装着する。続いて調温装置23を使って基材保持治具21に設置した基材1の温度を680〜780℃に上昇させる。さらに反応容器22の内部の圧力を0.1〜3.0kPaとする。
【0108】
次に、軸26を中心に第1ガス導入管24と第2ガス導入管25を回転させながら、TiClガス及びAlClガスを含む第1ガス群を第1ガス導入管24に導入し、NHガスを含む第2ガス群を第2ガス導入管25に導入する。これにより、第1ガス導入管24の貫通孔および第2ガス導入管25の貫通孔から、第1ガス群および第2ガス群がそれぞれ反応容器22内に噴出される。
【0109】
第1ガス群は、TiClガス及びAlClガスとともに、キャリアガスとしてHガスを含むことが好ましい。第2ガス群はNHガスとともに、Hガスを含むことが好ましい。
【0110】
噴出された第1ガス群および第2ガス群は回転操作によって反応容器22内で均一に混合され、この混合ガスが基材1上へ向かう。そして、第1ガス群に含まれるガス成分および第2ガス群に含まれるガス成分が化学反応することによって、基材1上にAlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物のみからなる結晶粒の核が生成される。引き続き、第1ガス導入管24の貫通孔から第1ガス群を、第2ガス導入管25の貫通孔から第2ガス群を噴出させる。これにより、上記結晶粒の核が成長し、AlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物のみからなる第1層が形成される。
【0111】
第1層を形成する工程において、第1ガス群及び第2ガス群の流量及び成膜時間を制御することにより、第1層の厚さを調整することができる。第1ガス群の流量は20NL/min以上100NL/min以下が好ましく、40NL/min以上80NL/min以下がより好ましい。成膜時間は10分以上300分以下が好ましく、30分以上180分以下がより好ましい。第2ガス群の流量は5NL/min以上50NL/min以下が好ましく、10NL/min以上25NL/min以下がより好ましい。成膜時間は10分以上300分以下が好ましく、30分以上180分以下がより好ましい。
【0112】
本実施形態では、第1層を形成するに際し、AlClガスおよびTiClガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させながら結晶粒を成長させることが好ましい。この方法としては、全反応ガス中のAlClガスの割合(体積%)を一定に維持しながら、TiClガスの割合(体積%)を変調させる第1結晶成長方法と、全反応ガス中のTiClガスの割合(体積%)を一定に維持しながら、AlClガスの割合(体積%)を変調させる第2結晶成長方法とがある。
【0113】
第1結晶成長方法では、TiClガスの流量の調節によってTiの原子比を制御することができる(すなわちAlの原子比も制御することができる)。例えば、AlClガスの割合を0.2〜0.3体積%で一定に維持しながら、TiClガスの割合を0.1〜0.2体積%(高流量:High Flow)として5〜15秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにTiClガスの流量の高低を切り替えてTiClガスの割合を0.02〜0.04体積%(低流量:Low Flow)として45〜55秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、さらにTiClガスの流量の高低を切り替える。この操作を複数回繰り返すことにより、Tiの原子比の異なる第1単位層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む第1層を形成することができる。
【0114】
第2結晶成長方法では、AlClガスの流量の調節によってAlの原子比を制御することができる(すなわちTiの原子比も制御することができる)。具体的には、TiClガスの割合を0.02〜0.04体積%で一定に維持しながら、AlClガスの割合を1〜2体積%(高流量:High Flow)として10〜15秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにAlClガスの流量の高低を切り替えてAlClガスの割合を0.2〜0.4体積%(低流量:Low Flow)として45〜50秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、さらにAlClガスの流量の高低を切り替える。この操作を複数回繰り返すことにより、Alの原子比の異なる第1単位層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む第1層を形成することができる。
【0115】
第1結晶成長方法および第2結晶成長方法において、高流量(High Flow)でTiClガスまたはAlClガスを噴出する時間、低流量(Low Flow)でTiClガスまたはAlClガスを噴出する時間、TiClガスまたはAlClガスの流量を高流量から低流量へ、または低流量から高流量へ切り替える回数などを調節することにより、各第1単位層の厚み、第1層の厚みの合計をそれぞれ所望の厚みに制御することができる。
【0116】
また、反応容器22の内部の圧力および基材1の温度を上記範囲とすることにより、第1層に含まれる結晶粒の配向性を制御することができる。
【0117】
<第2層を形成する工程>
次に、基材の温度を750℃以上850℃以下に調節する。これは、第2層の形成時の反応雰囲気の温度(以下、成膜温度とも記す。)が750℃以上850℃以下であることを意味する。成膜温度が750℃未満であると、十分な成膜速度が得られない可能性がある。一方、成膜温度が850℃を超えると、第1層を構成するAlTiN又はAlTiCNが熱分解するおそれがある。成膜温度は770℃以上830℃以下が好ましく、780℃以上820℃以下がより好ましい。
【0118】
上記の基材の温度の調節とともに、反応容器22の内部の圧力を5kPa以上10kPa以下に調節する。
【0119】
次に、軸26を中心にガス第1ガス導入管24と第2ガス導入管25を回転させながら、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスを含む混合ガス(以下、「第2層用混合ガス」とも記す。)を第1ガス導入管又は第2ガス導入管に導入する。HSガス及びAr−HOガスは触媒である。Ar−HOガスとは、HOを30〜300ppmの濃度で含むArガスを意味する。これにより、第1ガス導入管24の貫通孔又は第2ガス導入管25の貫通孔から、第2層用混合ガスが反応容器内に噴出される。
【0120】
噴出された第2層用混合ガスは回転操作によって反応容器22内で均一に混合され、ガス成分が化学反応することによって、第1層上にκ−Alのみからなる結晶粒の核、及び、TiSのみからなる結晶粒の核が生成される。引き続き、第1ガス導入管24の貫通孔又は第2ガス導入管25の貫通孔から、混合ガスを噴出される。これにより、上記結晶粒の核が成長し、κ−Alのみからなる結晶粒、及び、TiSのみからなる結晶粒を備える第2層が形成される。
【0121】
第2層を形成する工程において、第2層用混合ガスの流量及び成膜時間を制御することにより、第2層の厚さを調整することができる。第2層用混合ガスの流量は20NL/min以上80NL/min以下が好ましく、40NL/min以上60NL/min以下がより好ましい。成膜時間は30分以上300分以下が好ましく、60分以上180分以下がより好ましい。
【0122】
第2層の成膜速度は、0.5μm/hr以上2μm/hr以下が好ましく、0.7μm/hr以上1.5μm/hr以下がより好ましい。
【0123】
従来、CVD法でAl層を形成する際には、下記反応式(1)及び反応式(2)で示される反応経路を用いていた。
【0124】
+CO→HO+CO (1)
2AlCl+3HO→Al+6HCl (2)
上記反応式(1)において、反応中間体であるHOの生成反応は800℃でΔG=0kJと熱力学的に計算される。このため、十分なAlの生成速度を確保するためには、約1000℃の温度が必要である。
【0125】
一方、第1層を構成するAlTi1−x(0.7≦x<1を満たす)の窒化物又は炭窒化物(例えば、AlTiN、AlTiCN)は、約1000℃以上の高温下では、熱分解する。そこで、本発明者らは、Al層の形成をより低温で行うことのできる反応条件を鋭意検討した結果、下記反応式(1’)及び反応式(2’)で示される反応経路を新たに考案した。
【0126】
3TiCl+6H+5CO→Ti+5CO+12HCl (1’)
10AlCl+3Ti+1.5H→5Al+9TiCl+3HCl (2’)
反応式(1’)及び反応式(2’)で示される反応経路では、反応中間体はHOではなく、Tiである。Tiの生成反応(1’)は50℃付近でΔG=0kJと熱力学的に計算される。また、Alの生成反応(2’)は850℃以下でΔGが負である。このため、該反応経路では、750〜800℃の低温において、十分なAlの生成速度を確保することが可能である。なお、本実施形態において、750〜800℃の低温で生成されるAlの結晶構造は、κ−Alである。
【0127】
更に、本発明者らは、混合ガス中のHSガスの割合を制御することにより、κ−Alのみからなるマトリックス領域中に、高温潤滑性を有するTiSのみからなる結晶粒を析出させることが可能であることを見出した。これにより、得られた第2層は、κ−Alに由来する断熱性、高温耐酸化性及び耐反応性とともに、TiSに由来する高温潤滑性を有することができる。
【0128】
第2層用混合ガス中のHSガスの割合は、0.1体積%以上1.0体積%以下が好ましく、0.2体積%以上0.8体積%以下がより好ましく、0.3体積%以上0.5体積%以下が更に好ましい。HSガスの割合が0.1体積%未満であると、TiSの析出量が不十分となり、高温潤滑性を確保することができない傾向がある。一方、HSガスの割合が1.0体積%を超えると、第2層の硬度が低下する傾向がある。
【0129】
第2層用混合ガス中のTiClガスの割合は、0.05体積%以上0.5体積%以下が好ましく、0.1体積%以上0.4体積%以下がより好ましく、0.2体積%以上0.3体積%以下が更に好ましい。TiClガスの割合が0.05体積%未満であるとTiSの析出量が不均一の傾向がある。一方、TiClガスの割合が0.5体積%を超えると、TiSの組織が粗大化する傾向がある。
【0130】
第2層用混合ガス中のAr−HOガスの割合は、0.01体積%以上1体積%以下が好ましく、0.05体積%以上0.8体積%以下がより好ましく、0.1体積%以上0.5体積%以下が更に好ましい。Ar−HOガスの割合が0.01体積%未満であると、κ−Alの析出が不均一の傾向がある。一方、Ar−HOガスの割合が1体積%を超えると、κ−Alの密着力が不十分な傾向がある。
【0131】
第2層用混合ガスは、TiClガス、HSガス及びAr−HOガスとともに、Hガス、Nガス、COガス、COガス、HClガス、AlClガスを含むことができる。
【0132】
第2層用混合ガスの流量は、20NL/min以上80NL/min以下が好ましく、40NL/min以上60NL/min以下がより好ましい。成膜時間は30分以上300分以下が好ましく、60分以上180分以下がより好ましい。
【0133】
第2層を形成する工程は、前処理工程、核生成工程及び核成長工程を含むことが好ましい。
【0134】
前処理工程とは、第2層を形成する前に、第2層の下地となる層の表面(第1層と第2層とが接する場合は、第1層の表面、第1層と第2層との間に中間層が配置されている場合は、第2層に接する中間層の表面)にAlClを吸着させる工程である。
【0135】
前処理工程は、750℃以上850℃以下の温度、及び、5〜10kPaの圧力条件下で行われることが好ましい。
【0136】
前処理工程は、AlClガス及びCOガスを含み、COガスを含まない混合ガス(以下、「前処理工程用混合ガス」とも記す。)を用いることが好ましい。これによると、κ−Al相の形成が容易となるからである。
【0137】
前処理工程用混合ガス中のCOガスの割合は、0.5体積%以上5.0体積%以下が好ましく、0.75体積%以上3.0体積%以下がより好ましく、1.0体積%以上2.0体積%以下が更に好ましい。COガスの割合が0.5体積%未満であると、κ−Al相中にその他のAl相が混在する傾向がある。一方、COガスの割合が5.0体積%を超えると、κ−Alの組織が粗大化する傾向がある。
【0138】
前処理工程用混合ガスは、AlClガス及COガスとともに、Hガス、Nガス、HClガス、TiClを含むことができる。
【0139】
前処理工程用混合ガスの流量は40NL/min以上100NL/min以下が好ましく、50NL/min以上80NL/min以下がより好ましい。前処理工程の時間は1分以上10分以下が好ましく、2分以上5分以下がより好ましい。
【0140】
前処理工程の後に、核生成工程を行うことができる。核生成工程とは、前処理工程において第2層が形成される層の表面に吸着させたAlClを起点として、κ−Alを含む結晶粒の核を生成する工程である。
【0141】
核生成工程は、750℃以上850℃以下の温度、及び、5kPa以上10kPa以下の圧力条件下で行われることが好ましい。
【0142】
核生成工程は、AlClガス、TiClガス、Hガス、COガス、COガス及びHClガスを含む混合ガス(以下、「核生成工程用混合ガス」とも記す。)を用いることが好ましい。これによると、上記の反応式(1’)及び(2’)で示される反応経路により、κ−Alを生成することができる。
【0143】
核生成工程用混合ガス中のAlClガスの割合は、0.5体積%以上5.0体積%以下が好ましく、0.75体積%以上3.5体積%以下がより好ましく、1.0体積%以上3.0体積%以下が更に好ましい。AlClガスの割合が0.5体積%未満であると、κ−Al層の厚みが不均一になる傾向がある。一方、AlClガスの割合が5.0体積%を超えると、κ−Alの組織が粗大化する傾向がある。
【0144】
核生成工程用混合ガス中のTiClガスの割合は、0.01体積%以上1.0体積%以下が好ましく、0.05体積%以上0.75体積%以下がより好ましく、0.1体積%以上0.5体積%以下が更に好ましい。TiClガスの割合が0.01体積%未満であると、κ−Alの厚みが不均一になる傾向がある。一方、TiClガスの割合が1.0体積%を超えるとκ−Alの組織が粗大化する傾向がある。
【0145】
核生成工程用混合ガス中のHガスの割合は、60体積%以上99体積%以下が好ましく、70体積%以上95体積%以下がより好ましく、85体積%以上95体積%以下が更に好ましい。Hガスの割合が60体積%未満であると、κ−Alの組織が粗大化する傾向がある。一方、Hガスの割合が99体積%を超えると、κ−Alの厚みが不均一になる傾向がある。
【0146】
核生成工程用混合ガス中のCOガスの割合は、0.5体積%以上5.0体積%以下が好ましく、0.75体積%以上4.0体積%以下がより好ましく、1.0体積%以上3.0体積%以下が更に好ましい。COガスの割合が0.5体積%未満であると、κ−Alの組織が不均一になる傾向がある。一方、COガスの割合が5.0体積%を超えると、κ−Alの組織が粗大化する傾向がある。
【0147】
核生成工程用混合ガス中のCOガスの割合は、0.25体積%以上2.5体積%以下が好ましく、0.5体積%以上2.0体積%以下がより好ましく、1.0体積%以上1.5体積%以下が更に好ましい。COガスの割合が0.25体積%未満であると、κ−Alの組織が粗大化する傾向がある。一方、COガスの割合が2.5体積%を超えると、κ−Alの厚みが不均一になる傾向がある。
【0148】
核生成工程用混合ガス中のHClガスの割合は、0.1体積%以上3.0体積%以下が好ましく、0.5体積%以上2.0体積%以下がより好ましく、0.75体積%以上1.5体積%以下が更に好ましい。HClガスの割合が0.1体積%未満であると、κ−Alの厚みが不均一になる傾向がある。一方、HClガスの割合が3.0体積%を超えると、κ−Alの成膜速度が低下する傾向がある。
【0149】
核生成工程用混合ガスの流量は40NL/min以上80NL/min以下が好ましく、50NL/min以上70NL/min以下がより好ましい。核生成工程の時間は1分以上30分以下が好ましく、5分以上25分以下がより好ましい。
【0150】
核生成工程の後に、核成長工程を行うことができる。核成長工程とは、核生成工程において生成された結晶粒の核を成長させ、第2層を得る工程である。
【0151】
核成長工程は、750℃以上850℃以下の温度、及び、5kPa以上20kPa以下の圧力条件下で行われることが好ましい。
【0152】
核成長工程は、AlClガス、TiClガス、Hガス、COガス、COガス、HClガス、HSガス、及び、Ar−HOガスを含む混合ガス(以下、「核成長工程用混合ガス」とも記す。)を用いることが好ましい。これによると、上記の反応式(1’)及び(2’)で示される反応経路により、κ−Al、の核が成長し、かつ、TiSの核も成長する。
【0153】
核成長工程用混合ガス中のHSガスの割合は、0.05体積%以上3.0体積%以下が好ましく、0.1体積%以上2.0体積%以下がより好ましく、0.3体積%以上1.0体積%以下が更に好ましい。HSガスの割合が0.05体積%未満であると、TiSの析出量が不十分となり、高温潤滑性を確保することができない傾向がある。一方、HSガスの割合が3.0体積%を超えると、第2層の硬度が低下する傾向がある。
【0154】
核成長工程用混合ガス中のAr−HOガスの割合は、0.01体積%以上2.0体積%以下が好ましく、0.1体積%以上1.5体積%以下がより好ましく、0.2体積%以上1.0体積%以下が更に好ましい。Ar−HOガスの割合が0.01体積%未満であると、第2層の成膜速度が低下する傾向がある。一方、Ar−HOガスの割合が2.0体積%を超えると、第2層の密着力が悪化する傾向がある。
【0155】
核成長工程用混合ガス中のAlClガス、TiClガス、Hガス、COガス、COガス、HClガスのそれぞれの割合は、核生成工程用混合ガス中のそれぞれのガスの割合と同様とすることができる。
【0156】
核成長工程用混合ガスの流量は40NL/min以上100NL/min以下が好ましく、60NL/min以上80NL/min以下がより好ましい。核成長工程の成膜時間は30分以上300分以下が好ましく、60分以上180分以下がより好ましい。
【0157】
以上のようにして、本実施形態に係る切削工具を製造することができる。
【実施例】
【0158】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0159】
[試料1〜試料14]
<基材の調製>
基材Aおよび基材Bを準備した。具体的には、表1に記載の配合組成(質量%)からなる原料粉末を均一に混合した。なお表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示す。次に、この混合粉末を所定の形状に加圧成形した後に、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる基材A(形状:CNMG120408NGU)および基材B(形状:RDET1204MOEN−G)を得た。これらの形状は、いずれも住友電工ハードメタル株式会社製の製品と同一である。
【0160】
基材AであるCNMG120408NGUは、旋削用の刃先交換型切削チップの形状である。基材Aは7個準備し、それぞれ試料1〜試料7に用いた。
【0161】
基材BであるRDET1204MOEN−Gは、フライス加工用の刃先交換型切削チップの形状である。基材Bは7個準備し、それぞれ試料8〜試料14に用いた。
【0162】
【表1】
【0163】
<被膜の形成>
基材A又は基材BをCVD装置内にセットし、その表面にそれぞれCVD法で被膜を形成した。
【0164】
試料1〜試料7では、被膜は、基材側から順にTiN層、Al0.8Ti0.2N層(第1層)、TiCN層、第2層となるように形成した。試料8〜試料14では、被膜は、基材側から順にTiN層、Al0.8Ti0.2N層(第1層)、第2層となるように形成した。各層の厚みは、表4に示す通りである。
【0165】
被膜の成膜条件に関し、第2層を除く各層の成膜条件を表2に記載した。
【0166】
【表2】
【0167】
例えば、表2の「TiN層」の欄には、TiN層の形成条件が示されている。表2によれば、TiN層は、図4に示されるような公知のCVD装置の反応容器内に基材を配置し、反応容器内に2.0体積%のTiClガス、39.7体積%のNガスおよび58.3体積%のHガスからなる混合ガス(第1ガス群)を、圧力7.0kPaおよび温度900℃の雰囲気において44.7NL/minの全ガス流量で噴出することにより形成することができる。
【0168】
表2の「Al0.8Ti0.2N層」の欄には、Hガス、TiClガス及びAlClガスを含む第1ガス群、並びに、Hガス及びNHガスを含む第2ガス群が記載されている。この場合は、第1ガス群及び第2ガス群を、それぞれCVD装置の別の原料ガス導入管から反応容器内に導入する。
【0169】
各層の厚みは、各層の原料ガスを噴出する時間によって制御することができる。
第2層の成膜は、図4に示されるような公知のCVD装置を用い、表3に示される成膜条件a〜e、k、lのいずれかの条件で行なった。各成膜条件は、前処理工程、核生成工程及び核成長工程を含む。
【0170】
具体的な成膜方法について、成膜条件aを用いて説明する。成膜条件aの前処理工程は、表3に示されるように、Hガス、Nガス、COガス、HClガス、AlClガスを含む前処理工程用混合ガスを用いて行われる。前処理工程の成膜時間は5分であり、反応雰囲気の温度は800℃、圧力は5.0kPa、前処理工程用混合ガスの全ガス流量は59.8NL/minである。
【0171】
成膜条件aの核生成工程は、表3に示されるように、Hガス、COガス、COガス、HClガス、AlClガス、TiClガスを含む核生成工程用混合ガスを用いて行われる。核生成工程の成膜時間は10分であり、反応雰囲気の温度は800℃、圧力は5.0kPa、核生成工程用混合ガスの全ガス流量は60.2NL/minである。
【0172】
成膜条件aの核成長工程は、表3に示されるように、Hガス、COガス、COガス、HSガス、HClガス、AlClガス、TiClガス、Ar−HOガス(300ppmHOを含むArガス)を含む核成長工程用混合ガスを用いて行われる。核成長工程の成膜時間は120分であり、反応雰囲気の温度は800℃、圧力は5.0kPa、核成長工程用混合ガスの全ガス流量は61.4NL/minである。
【0173】
【表3】
【0174】
<第2層の特性>
表3に示す成膜条件a〜e、k、lのそれぞれにより得られる第2層について、第2層の組成、TiSにおけるの値の測定、TiSの面積比率の測定、膜硬度の測定、及び、高温摺動試験を行った。
【0175】
なお、第2層の特性を調べるための試験用サンプルは、試料1〜試料14とは別に、以下の手順で作製した。まず、基材Aを準備し、この上に、TiN層(厚み1.1μm)、Al0.8Ti0.2N層(厚み6.0μm)、TiCN層(厚み3.0μm)をこの順に積層したものを準備した。該TiCN層上に成膜条件a〜e、k、lのいずれかで第2層を形成することにより、各試験用サンプルを作製した。
【0176】
(第2層の組成)
成膜条件a〜e、k、lにより得られた各試験用サンプルにおいて、第2層の組成を、SEM又はTEM付帯の電子線回折及びEDX装置により分析した。
【0177】
成膜条件a〜eの試験サンプルは、第2層がκ−Al及びTiSを含むことが確認された。これらの試験用サンプルでは、TiSにおけるyの値は1.2以上2.0以下の範囲内であった。
【0178】
成膜条件k及びlの試験用サンプルは、第2層がκ−Alを含み、TiSを含まないことが確認された。
【0179】
(TiSの面積比率)
成膜条件a〜e、k、lにより得られた各試験用サンプルにおいて、TiSの面積比率を以下の(a)〜(d)の手順に従い算出した。
【0180】
(a)測定視野の設定
成膜条件a〜e、k、lのそれぞれにより得られた第2層の表面を平均粒径3μmのダイヤモンドスラリーを用いて鏡面研磨する。
【0181】
第2層の鏡面研磨された表面において、10μm×20μmの矩形の測定視野を無作為に5箇所選択する。
【0182】
(b)測定視野の撮像
下記の機器を用いて、下記の条件で、各測定視野を撮像する。
【0183】
光学顕微鏡:カールツァイス社製「AXIO Vert.A1」(製品名)
レンズ:カールツァイス社製「EC Epiplan 100x/0.85 HD M27」(製品名)
撮像条件:time:700ms,intensity:80%,gamma:0.45。
【0184】
(c)撮像された画像の二値化処理
上記(b)で撮像された画像に対して、下記の画像処理ソフトを用いて、下記の手順に従い二値化処理を施す。
【0185】
画像処理ソフト:Win Roof ver.7.4.5
処理手順:
1.ヒストグラム平均輝度補正(補正基準値128)
2.バックグラウンド除去(物体サイズ30μm)
3.単一閾値による二値化(閾値100)
4.輝度反転。
【0186】
成膜条件a〜eでは、二値化処理された画像において、明視野、及び、暗視野が確認された。
【0187】
成膜条件k及びlでは、二値化処理された画像において、暗視野のみが確認され、明視野は確認されなかった。
【0188】
(d)二値化処理された画像の解析
上記(c)で得られた画像から、測定視野(第2層)の面積に占める明視野に由来する画素(TiSに由来する画素)の面積比率、すなわち、測定視野におけるTiSの面積比率を計算する。
【0189】
成膜条件a〜eにおいて、測定視野(第2層)における明視野及び暗視野のそれぞれの任意の領域をSEM又はTEM付帯の電子線回折及びEDX装置で分析したところ、明視野はTiSのみからなり、暗視野はκ−Alのみからなることが確認された。
【0190】
成膜条件k及びlにおいて、測定視野(第2層)における暗視野の任意の領域をSEM又はTEM付帯の電子線回折及びEDX装置で分析したところ、暗視野はκ−Alのみからなることが確認された。
【0191】
成膜条件a〜eにおいて、第2層の表面をSTEMで観察したところ、成膜条件a〜eにおいて、TiSが板状構造を有することが確認された。
【0192】
(膜硬度の測定)
成膜条件a〜e、k、lのそれぞれにより得られた第2層の膜硬度をナノインデンテーション法で測定する。測定は、ISO14577に準拠した方法で行い、測定荷重は10mNとする。測定機器はナノインデンテーション硬度計(ENT1100a;Elionix社製)を用いて行う。
【0193】
(高温摺動試験)
成膜条件a〜e、k、lのそれぞれにより得られた第2層の表面摩擦係数を、ボール・オン・ディスク構造の高温トライボメータ(スイス、CMS Instruments社製)を用いて測定した。ボール・オン・ディスク試験は、AISI:316ボール(6mmψ)、滑り速度25cm/s、滑り半径5mm、荷重1N、温度700℃、湿度25%の雰囲気下で行った。ボールの接触界面と摩擦コーティングとの間の酸化トライボフィルムの形成を抑制するために、全滑り時間は1分まで低減した。これは滑り距離15mに相当する(約480周)。コーティングの表面粗さ及び摩耗痕跡を3Dレーザマイクロスコープ(VK−8710、キーエンス社製)及び電子線マイクロアナライザ(EPMA)でそれぞれ調べた。
【0194】
TiSの面積比率の測定、膜硬度の測定、及び、高温摺動試験の結果を表3に示す。
<切削工具の作製>
基材Aまたは基材Bを、上記のような方法で形成した被膜により被覆し、表4に示す通りの試料1〜試料14の切削工具を作製した。試料1〜試料5、試料8〜試料12は実施例であり、試料6、試料7、試料13、試料14は比較例である。
【0195】
【表4】
【0196】
例えば、表4によれば、試料1の切削工具は、基材Aの表面に、1.0μmの厚みのTiN層、5.3μmの厚みのAl0.8Ti0.2N層(第1層)、2.0μmの厚みのTiCN層及び2μmの厚みの成膜条件aで形成された第2層がこの順に積層されて被膜が形成されている。
【0197】
<切削試験1>
試料1〜試料7の切削工具について、下記の切削条件で切削試験を行い、耐摩耗性を評価した。耐摩耗性の評価においては、上述の切削工具をそれぞれNC旋盤にセットし、被削材の切削を開始したときから、逃げ面摩耗幅Vbが0.2mmを超えるまでの時間を評価した。この時間が長いほど耐摩耗性に優れ、工具寿命が長いと評価することができる。結果を表5に示す。
【0198】
(切削条件)
被削材:SS400(硬度HV140)
周速:400m/min
送り:0.2mm/rev
切込み:1.0mm
切削液:なし
評価:逃げ面摩耗幅Vbが0.2mmを超えるまでの時間。
【0199】
当該切削条件は、高能率加工及び乾式加工に該当する。
【0200】
【表5】
【0201】
(評価)
試料1〜試料5の切削工具は、第1層がAl0.8Ti0.2N層のみからなり、第2層がκ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなる。試料6及び試料7の切削工具は、第1層がAl0.8Ti0.2N層のみからなり、第2層がκ−Alを含み、TiSを含まない。試料1〜試料5の切削工具は、試料6及び試料7の切削工具に比べて、高能率加工及び乾式加工に用いた場合においても、耐摩耗性に優れ、工具寿命が長いことが確認された。
【0202】
<切削試験2>
試料8〜試料14の切削工具からなるフライス加工用刃先交換型切削チップをカッタ(形状:「RSXF12050RS」、住友電工ハードメタル株式会社製)に取り付け、下記の切削条件下で切削試験を行い、耐摩耗性を評価した。耐摩耗性の評価においては、被削材の切削を開始したときから、逃げ面摩耗幅Vbが0.15mmを超えるまでの時間を評価した。この時間が長いほど耐摩耗性に優れ、工具寿命が長いと評価することができる。結果を表6に示す。
【0203】
(切削条件)
被削材:SUS340(硬度HV200)
周速:300m/min
一刃当り送り(fz):0.3mm/t
切削幅(ae):10mm
切込み深さ(ap):1.0mm
切削液:なし
評価:逃げ面摩耗幅Vbが0.15mmを超えるまでの時間。
【0204】
当該切削条件は、高能率加工及び乾式加工に該当する。
【0205】
【表6】
【0206】
(評価)
試料8〜試料12の切削工具は、第1層がAl0.8Ti0.2N層のみからなり、第2層がκ−Alと、TiSと、を含む複合化合物のみからなる。試料13及び試料14の切削工具は、第1層がAl0.8Ti0.2N層のみからなり、第2層がκ−Alを含み、TiSを含まない。試料8〜試料12の切削工具は、試料13及び試料4の切削工具に比べて、高能率加工及び乾式加工に用いた場合においても、耐摩耗性に優れ、工具寿命が長いことが確認された。
【0207】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0208】
1 基材、2 被膜、3 下地層、4 第1層、5 中間層、6 第2層、7 κ−Al領域、8 TiS領域、10 切削工具、21 基材保持治具、22 反応容器、23 調温装置、24 第1ガス導入管、25 第2ガス導入管、26 軸、27 ガス排気管、28 ガス排気口、100 CVD装置
図1
図2
図3
図4