【文献】
Daniela Schonauer et al.,Selective mixed potential ammonia exhaust gas sensor,Sensors and Actuators B:Chemical,2009年,Vol.140,pp.585-590
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
固体電解質体と、前記固体電解質体に配設された検知電極と、前記固体電解質体に配設された参照電極とを有する混成電位セルを備えたセンサ素子を用いて被測定ガス中のアンモニア濃度を測定するアンモニア濃度測定装置であって、
前記検知電極が前記被測定ガスに晒された状態での前記混成電位セルの起電力に関する情報を取得する起電力取得部と、
前記被測定ガスの酸素濃度に関する情報を取得する酸素濃度取得部と、
前記取得された起電力に関する情報と、前記取得された酸素濃度に関する情報と、下記式(1)の関係と、に基づいて前記被測定ガス中のアンモニア濃度を導出するアンモニア濃度導出部と、
EMF=αloga(pNH3)−βlogb(pO2)+B (1)
(ただし、
EMF:前記混成電位セルの起電力
α,β,B:定数
a,b:任意の底(ただしa≠1,a>0,b≠1,b>0)
pNH3:前記被測定ガス中のアンモニア濃度
pO2:前記被測定ガス中の酸素濃度)
を備えたアンモニア濃度測定装置。
前記検知電極は、X線光電子分光法(XPS)とオージェ電子分光法(AES)との少なくとも一方を用いて測定された濃化度(=Auの存在量[atom%]/Ptの存在量[atom%])が値0.3以上である、
請求項3に記載のアンモニア濃度測定システム。
固体電解質体と、前記固体電解質体に配設された検知電極と、前記固体電解質体に配設された参照電極とを有する混成電位セルを備えたセンサ素子を用いた被測定ガス中のアンモニア濃度の測定方法であって、
前記検知電極が前記被測定ガスに晒された状態での前記混成電位セルの起電力に関する情報を取得する起電力取得ステップと、
前記被測定ガスの酸素濃度に関する情報を取得する酸素濃度取得ステップと、
前記取得された起電力に関する情報と、前記取得された酸素濃度に関する情報と、下記式(1)の関係と、に基づいて前記被測定ガス中のアンモニア濃度を導出する濃度導出ステップと、
EMF=αloga(pNH3)−βlogb(pO2)+B (1)
(ただし、
EMF:前記混成電位セルの起電力
α,β,B:定数
a,b:任意の底(ただしa≠1,a>0,b≠1,b>0)
pNH3:前記被測定ガス中のアンモニア濃度
pO2:前記被測定ガス中の酸素濃度)
を含むアンモニア濃度測定方法。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。
図1は、本発明の一実施形態であるエンジン1の排ガス処理システム2の説明図である。
図2は、アンモニア濃度測定システム20の説明図である。
【0020】
排ガス処理システム2は、被測定ガスとしてのエンジン1の排ガスを処理するシステムである。エンジン1は、本実施形態ではディーゼルエンジンとした。排ガス処理システム2は、
図1に示すように、エンジン1に接続された排ガス経路3と、排ガス経路3中に配設されたガスセンサ30を含むアンモニア濃度測定システム20と、を備えている。排ガス処理システム2には、排ガスの上流から下流に向かってDOC(Diesel Oxidation Catalyst, ディーゼル用酸化触媒)4、DPF(Diesel particulate filter,ディーゼル微粒子捕集フィルター)5、インジェクタ6、SCR(Selective Catalytic Reduction,選択還元型触媒)7、ガスセンサ30、及びASC(Ammonia Slip Catalyst,アンモニアスリップ触媒)8がこの順に配置されている。DOC4は、排ガス処理システム2が備える酸化触媒の1つであり、排ガス中のHC及びCOを水と二酸化炭素とに変換して無毒化する。DPF5は、排ガス中のPMを捕捉する。インジェクタ6は、アンモニアとアンモニアを生成可能な物質(例えば尿素)との少なくとも一方を排気管内に注入してSCR7に送り込む装置である。本実施形態では、インジェクタ6は尿素を注入し、注入された尿素は加水分解されてアンモニアが生成される。SCR7は、インジェクタ6により排気管内に供給されるアンモニアを利用して、排ガス中の窒素酸化物(NOx)を還元して無害なN
2とH
2Oに分解する。SCR7を通過した後の排ガスは配管10内を流れる。ガスセンサ30は、この配管10に取り付けられている。ASC8は、配管10の下流に配置されている。ASC8は、排ガス処理システム2が備える酸化触媒の1つであり、DOC4(前段DOC)に対して後段DOCとも呼ばれる。すなわち、本実施形態の排ガス処理システム2は、DOC4及びASC8の2つの酸化触媒を有している。また、ガスセンサ30は、排ガス処理システム2が備える1以上(ここでは2つ)の酸化触媒のうち最上流に配置されたDOC4よりも下流側に配設されている。ASC8は、SCR7を通過した排ガス中の過剰なアンモニアを酸化して無害なN
2とH
2Oに分解する。ASC8を通過した後の排ガスは、例えば大気に放出される。
【0021】
アンモニア濃度測定システム20は、上述したガスセンサ30と、ガスセンサ30に電気的に接続されたアンモニア濃度測定装置70とを備えている。ガスセンサ30は、SCR7を通過した後の配管10内の被測定ガスに含まれる過剰のアンモニア濃度に応じた電気信号を発生させるアンモニアセンサとして構成されている。また、ガスセンサ30は、被測定ガス中の酸素濃度に応じた電気信号を発生させる酸素センサとしての機能も備えており、マルチセンサとして構成されている。アンモニア濃度測定装置70は、ガスセンサ30が発生させた電気信号に基づいて、被測定ガス中のアンモニア濃度を導出して、エンジンECU9に送信する。エンジンECU9は、検出された過剰のアンモニア濃度がゼロに近づくように、インジェクタ6から排気管へ注入する尿素量を制御する。以下、アンモニア濃度測定システム20について詳説する。
【0022】
ガスセンサ30は、
図1に示すように、ガスセンサ30の中心軸が配管10内の被測定ガスの流れに垂直な状態で配管10内に固定されている。なお、ガスセンサ30の中心軸が配管10内の被測定ガスの流れに垂直、且つ鉛直方向(
図1の上下方向)に対して所定の角度(例えば45°)だけ傾いた状態で、配管10内に固定されていてもよい。ガスセンサ30は、
図1の拡大断面図に示すように、センサ素子31と、センサ素子31の長手方向の一端側である前端側(
図1の下端側)を覆って保護する保護カバー32と、センサ素子31を封入固定する素子固定部33と、素子固定部33に取り付けられたナット37と、を備えている。また、センサ素子31の一端側は、多孔質保護層48で被覆されている。
【0023】
保護カバー32は、センサ素子31の一端を覆う有底筒状のカバーであり、
図1では1重のカバーとしているが例えば内側保護カバーと外側保護カバーとを有する2重以上のカバーとしてもよい。保護カバー32には、被測定ガスを保護カバー32内に流通させるための複数の孔が形成されている。センサ素子31の一端及び多孔質保護層48は、保護カバー32で囲まれた空間内に配置されている。
【0024】
素子固定部33は、円筒状の主体金具34と、主体金具34の内側の貫通孔内に封入されたセラミックス製のサポーター35と、主体金具34の内側の貫通孔内に封入されタルクなどのセラミックス粉末を成形した圧粉体36と、を備えている。センサ素子31は素子固定部33の中心軸上に位置しており、素子固定部33を前後方向に貫通している。圧粉体36は主体金具34とセンサ素子31との間で圧縮されている。これにより、圧粉体36が主体金具34内の貫通孔を封止すると共にセンサ素子31を固定している。
【0025】
ナット37は、主体金具34と同軸に固定されており、外周面に雄ネジ部が形成されている。ナット37の雄ネジ部は、配管10に溶接され内周面に雌ネジ部が設けられた取付用部材12内に挿入されている。これにより、ガスセンサ30は、センサ素子31の一端側や保護カバー32が配管10内に突出した状態で、配管10に固定できるようになっている。
【0026】
センサ素子31について
図2を用いて説明する。
図2のセンサ素子31の断面図は、センサ素子31の長手方向の中心軸に沿った断面(
図1の上下方向に沿った断面)を示している。センサ素子31は、酸素イオン伝導性の固体電解質からなる基部40と、センサ素子31の一端(
図1の下端,
図2の左端)側であって基部40の上面に設けられた検知電極51及び補助電極52と、基部40の内部に設けられた参照電極53と、基部40の温度を調整するヒータ部60と、を備えている。
【0027】
基部40は、それぞれがジルコニア(ZrO
2)等の酸素イオン伝導性固体電解質層からなる第1基板層41と、第2基板層42と、スペーサ層43と、固体電解質層44との4つの層が、
図2における下側からこの順に積層された板状の構造を有している。これら4つの層を形成する固体電解質は緻密な気密のものである。基部40のうち保護カバー32内に存在する部分の周囲は、保護カバー32内に導入された被測定ガスにさらされる。また、基部40のうち、第2基板層42の上面と、固体電解質層44の下面との間であって、側部をスペーサ層43の側面で区画される位置に基準ガス導入空間46が設けられている。基準ガス導入空間46は、センサ素子31の一端側から遠い位置である他端側(
図2の右端側)に開口部が設けられている。基準ガス導入空間46には、アンモニア濃度及び酸素濃度の測定を行う際の基準ガスとして、例えば大気が導入される。なお、基部40の各層は、安定化剤としてイットリア(Y
2O
3)を3〜15mol%添加したジルコニア固体電解質からなる基板(イットリア安定化ジルコニア(YSZ)基板)としてもよい。
【0028】
検知電極51は、基部40のうち
図2における固体電解質層44の上面に配設された多孔質の電極である。この検知電極51と、固体電解質層44と、参照電極53とによって、混成電位セル55が構成されている。混成電位セル55では、検知電極51において被測定ガス中の所定のガス成分の濃度に応じた混成電位(起電力EMF)が生じる。そして、検知電極51と参照電極53との間の起電力EMFの値が被測定ガス中のアンモニア濃度の導出に用いられる。検知電極51は、アンモニア濃度に応じた混成電位を生じ、アンモニア濃度に対する検出感度を有する材料を主成分として構成されている。検知電極51は、例えば金(Au)などの貴金属を主成分としてもよい。検知電極51は、Au−Pt合金を主成分とすることが好ましい。ここで、主成分とは、含まれる成分全体のうち存在量(atm%,原子量比)が最も多い成分をいうものとする。検知電極51は、X線光電子分光法(XPS)とオージェ電子分光法(AES)との少なくとも一方を用いて測定された濃化度(=Auの存在量[atom%]/Ptの存在量[atom%])が値0.3以上であることが好ましい。濃化度が値0.3以上では、より確実に混成電位を生じさせることができる。検知電極51の濃化度とは、検知電極51の貴金属粒子表面の表面濃化度である。Auの存在量[atom%]は、検知電極51の貴金属粒子表面のAu存在量として求める。同様に、Ptの存在量[atom%]は、検知電極51の貴金属粒子表面のPt存在量として求める。貴金属粒子表面は、検知電極51の表面(例えば
図2の上面)としてもよいし、検知電極51の破断面としてもよい。例えば、検知電極51の表面(
図2の上面)が露出している場合には、その表面で濃化度を測定できるため、XPSで測定を行えばよい。ただし、AESで濃化度を測定してもよい。一方、本実施形態のように検知電極51が多孔質保護層48で被覆されている場合は、検知電極51の破断面(
図2の上下方向に沿った破断面)をXPS又はAESにより測定して濃化度を測定する。濃化度の値が大きいほど、検知電極51表面のPtの存在割合が減少することで、被測定ガス中のアンモニアが検知電極51周辺でPtにより分解されることを抑制できる。そのため、濃化度の値が大きいほどアンモニア濃度測定システム20におけるアンモニア濃度の導出精度が向上する。具体的には、濃化度は値0.1以上が好ましく、値0.3以上がより好ましい。なお、濃化度の値の上限は特になく、例えば検知電極51がPtを含まなくてもよい。また、検知電極51全体がAuで構成されていてもよい。
【0029】
補助電極52は、検知電極51と同様に固体電解質層44の上面に配設された多孔質の電極である。この補助電極52と、固体電解質層44と、参照電極53とによって電気化学的な濃淡電池セル56が構成されている。この濃淡電池セル56では、補助電極52と参照電極53との酸素濃度差に応じた電位差である起電力差Vが生じる。そして、この起電力差Vの値が被測定ガス中の酸素濃度(酸素分圧)の導出に用いられる。なお、補助電極52は、触媒活性を持つ貴金属であればよい。例えば補助電極52としてPt,Ir,Rh,Rd,もしくはそれらを少なくとも1つ以上含有する合金を用いることができる。本実施形態では、補助電極52はPtとした。
【0030】
参照電極53は、固体電解質層44の下面、すなわち固体電解質層44のうち検知電極51及び補助電極52とは反対側に配設された多孔質の電極である。参照電極53は基準ガス導入空間46内に露出しており、基準ガス導入空間46内の基準ガス(ここでは大気)が導入される。この参照電極53の電位は、上述した起電力EMF及び起電力差Vの基準となる。なお、参照電極53は、触媒活性を持つ貴金属であればよい。例えば参照電極53としてPt,Ir,Rh,Rd,もしくはそれらを少なくとも1つ以上含有する合金を用いることができる。本実施形態では、参照電極53はPtとした。
【0031】
多孔質保護層48は、検知電極51及び補助電極52を含むセンサ素子31の表面を被覆している。この多孔質保護層48は、例えば被測定ガス中の水分等が付着してセンサ素子31にクラックが生じるのを抑制する役割を果たす。多孔質保護層48は、例えばアルミナ、ジルコニア、スピネル、コージェライト、チタニア、及びマグネシアのいずれかを主成分とする。本実施形態では、多孔質保護層48はアルミナからなるものとした。特に限定するものではないが、多孔質保護層48の膜厚は例えば20〜1000μmであり、多孔質保護層48の気孔率は例えば5体積%〜60体積%である。なお、センサ素子31は多孔質保護層48を備えなくてもよい。
【0032】
ヒータ部60は、基部40の固体電解質を活性化させて酸素イオン伝導性を高めるために、基部40(特に固体電解質層44)を加熱して保温する温度調整の役割を担うものである。ヒータ部60は、ヒータ電極61と、ヒータ62と、スルーホール63と、ヒータ絶縁層64と、リード線66とを備えている。ヒータ電極61は、第1基板層41の下面に接する態様にて形成されてなる電極である。ヒータ電極61はアンモニア濃度測定装置70のヒータ電源77と接続されている。
【0033】
ヒータ62は、第1基板層41と第2基板層42とに上下から挟まれた態様にて形成される電気抵抗体である。ヒータ62は、リード線66及びスルーホール63を介してヒータ電極61と接続されており、ヒータ電極61を通してヒータ電源77から給電されることにより発熱し、センサ素子31を形成する基部40の加熱と保温を行う。ヒータ62は、温度センサ(ここでは温度取得部78)を用いて混成電位セル55及び濃淡電池セル56(特に固体電解質層44)が所定の駆動温度となるよう出力を制御可能に構成されている。混成電位セル55の固体電解質層44を適切に活性化することができるため、駆動温度は450℃以上とすることが好ましい。また、アンモニアが燃焼してしまうことによる測定精度の低下を抑制できるため、駆動温度は650℃以下とすることが好ましい。駆動温度は、600℃以下としてもよい。ヒータ絶縁層64は、ヒータ62の上下面に、アルミナ等の絶縁体によって形成された多孔質アルミナからなる絶縁層である。
【0034】
アンモニア濃度測定装置70は、センサ素子31を用いて被測定ガス中のアンモニア濃度を測定する装置である。また、アンモニア濃度測定装置70は、センサ素子31の制御装置を兼ねている。アンモニア濃度測定装置70は、制御部72と、起電力取得部75と、酸素濃度取得部76と、ヒータ電源77と、温度取得部78とを備えている。
【0035】
制御部72は、装置全体の制御を司るものであり、例えばCPU及びRAMなどを備えたマイクロプロセッサとして構成されている。制御部72は、処理プログラムや各種データを記憶する記憶部73を備えている。起電力取得部75は、混成電位セル55の起電力EMFに関する情報を取得するモジュールである。本実施形態では、起電力取得部75は、混成電位セル55の検知電極51及び参照電極53に接続されて起電力EMFを測定する電圧検出回路として構成されている。酸素濃度取得部76は、被測定ガス中の酸素濃度に関する情報を取得するモジュールである。本実施形態では、酸素濃度取得部76は、濃淡電池セル56の補助電極52及び参照電極53に接続されており、酸素濃度に関する情報としての起電力差Vを測定する電圧検出回路として構成されている。起電力取得部75及び酸素濃度取得部76は、各々が測定した起電力EMF及び起電力差Vを制御部72に出力する。制御部72は、この起電力EMF及び起電力差Vに基づいて被測定ガス中のアンモニア濃度を導出する。ヒータ電源77は、ヒータ62に電力を供給する電源であり、制御部72によって出力が制御される。温度取得部78は、ヒータ62の温度に関する値(ここでは抵抗値)を取得するモジュールである。温度取得部78は、例えば、ヒータ電極61に接続され、微小な電流を流してその際の電圧を測定することで、ヒータ62の抵抗値を取得する。
【0036】
なお、
図2では図示を省略したが、検知電極51,補助電極52及び参照電極53の各電極は、センサ素子31の他端(
図2における右側)に向かって形成された複数のリード線と一対一に導通している。起電力取得部75及び酸素濃度取得部76は、このリード線を介して起電力EMF及び起電力差Vをそれぞれ測定する。
【0037】
続いて、こうして構成されたアンモニア濃度測定システム20によるアンモニア濃度の測定について説明する。
図3は、制御部72が実行するアンモニア濃度導出処理ルーチンの一例を示すフローチャートである。制御部72は、このルーチンを例えば記憶部73に記憶しており、エンジンECU9からアンモニア濃度の導出指令を入力すると、このルーチンを例えば所定の周期(数msec〜数十msecなど)で繰り返し実行する。なお、制御部72は、予め、ヒータ電源77の出力を制御してヒータ62を発熱させ、混成電位セル55及び濃淡電池セル56の温度を所定の駆動温度(例えば450℃以上650℃以下のいずれかの温度)になるように制御しておく。制御部72は、例えば温度取得部78が取得したヒータ62の温度(ここでは抵抗値)が所定の値になるようにヒータ電源77の出力を制御することで、混成電位セル55及び濃淡電池セル56の温度を所定の駆動温度になるように制御する。
【0038】
このアンモニア濃度導出処理ルーチンを開始すると、制御部72は、まず、混成電位セル55の起電力EMFに関する情報を起電力取得部75を介して取得する起電力取得ステップを行う(ステップS100)。本実施形態では、制御部72は、起電力取得部75が測定した起電力EMFの値をそのまま取得する。なお、制御部72がアンモニア濃度導出処理ルーチンを実行するのは、基本的にはエンジン1からの排ガスが配管10内を流通し、保護カバー32内にも排ガスが流通している状態である。そのため、制御部72は、検知電極51が被測定ガスに晒された状態での混成電位セル55の起電力EMFを取得する。ここで、混成電位セル55では、検知電極51と固体電解質層44と被測定ガスとの三相界面において被測定ガス中のアンモニアの酸化及び酸素のイオン化などの電気化学反応が生じ、検知電極51には混成電位が生じる。そのため、起電力EMFは被測定ガス中のアンモニア濃度及び酸素濃度に基づく値になる。
【0039】
また、制御部72は、被測定ガスの酸素濃度に関する情報を酸素濃度取得部76を介して取得する酸素濃度取得ステップを行う(ステップS110)。本実施形態では、制御部72は、濃淡電池セル56の起電力差Vを酸素濃度取得部76から取得する。ここで、濃淡電池セル56では、被測定ガス中の酸素濃度と基準ガス導入空間46内の大気の酸素濃度との差に応じて補助電極52と参照電極53との間に起電力差Vが生じる。なお、補助電極52であるPtの触媒作用により、被測定ガス中の炭化水素,NH
3,CO,NO,NO
2は酸化還元される。ただし、被測定ガス中のこれらのガス成分の濃度は、通常は被測定ガス中の酸素濃度に比して非常に小さいため、これらの酸化還元が生じても被測定ガス中の酸素濃度にはほとんど影響しない。そのため、起電力差Vは、被測定ガス中の酸素濃度に基づく値になる。なお、制御部72は、ステップS100及びステップS110のいずれを先に行っても良いし、並列的に行ってもよい。
【0040】
続いて、制御部72は、ステップS100で取得した起電力EMFに関する情報と、ステップS110で取得した酸素濃度に関する情報と、下記式(1)の関係と、に基づいて被測定ガス中のアンモニア濃度を導出する濃度導出ステップを行い(ステップS120)、本ルーチンを終了する。式(1)の関係は、例えば記憶部73に予め記憶されている。
【0041】
EMF=αlog
a(p
NH3)−βlog
b(p
O2)+B (1)
(ただし、
EMF:混成電位セル55の起電力
α,β,B:定数
a,b:任意の底(ただしa≠1,a>0,b≠1,b>0)
p
NH3:被測定ガス中のアンモニア濃度
p
O2:被測定ガス中の酸素濃度)
【0042】
ステップS120では、制御部72は、ステップS100で取得した起電力EMFの値を式(1)中の「EMF」に代入する。また、制御部72は、ステップS110で取得した起電力差Vと、予め記憶部73に記憶されている起電力差Vと酸素濃度p
O2との対応関係と、に基づいて酸素濃度p
O2を導出し、導出した値を式(1)中の「p
O2」に代入する。そして、制御部72は、式(1)中のアンモニア濃度p
NH3を導出する。なお、起電力EMFの単位は、例えば[mV]としてもよい。また、アンモニア濃度p
NH3は、被測定ガス中のアンモニアの体積分率であり、酸素濃度p
O2は、被測定ガス中の酸素の体積分率である。p
NH3及びp
O2の単位は、例えば百万分率[ppm]で表した値であってもよいし、百分率[%]で表した値であってもよいし、無次元の値(例えば10%であれば値0.1)であってもよい。p
NH3とp
O2とは単位が異なっていてもよい。底a,bは、例えば値10又はネイピア数eとしてもよい。定数α,β,Bは、センサ素子31に応じて定まる値であり、センサ素子31によって異なる値を取り得る。定数α,β,Bは、例えば後述する実験により予め求めることができる。定数α,βは、α:β≠(2/3):(1/2)を満たしてもよい。定数α,βは正の値としてもよい。なお、制御部72が式(1)の関係に基づいて行うアンモニア濃度p
NH3の導出は、式(1)の関係を用いて行うものであればよく、式(1)そのものを用いたアンモニア濃度の導出に限られない。例えば、記憶部73には式(1)そのものが記憶されていてもよいし、式(1)を左辺が「p
NH3」のみになるように変形した下記の式(1)’が記憶されていてもよい。また、記憶部73には式(1)の各変数(EMF,p
NH3,p
O2)の値の関係がマップとして記憶されており、制御部72はそのマップに基づいてアンモニア濃度p
NH3を導出してもよい。
【0044】
このように、本実施形態では、制御部72は上記式(1)の関係に基づいて被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3を導出する。これにより、例えば上記式(2)を用いる場合と比べて被測定ガス中のアンモニア濃度をより精度良く導出できる。以下、これについて説明する。
【0045】
上述したように、混成電位型のアンモニアセンサの起電力EMFの特性として、上記式(2)が知られている。しかし、発明者が調べたところ、実際のセンサ素子(例えばセンサ素子31)では、起電力EMF,アンモニア濃度p
NH3,酸素濃度p
O2,H
2O濃度p
H2Oの関係が式(2)通りにはならなかった。例えば、式(2)の右辺のp
NH3の項及びp
O2の項の係数から、アンモニア濃度p
NH3の起電力EMFへの影響度(NH
3感度)と酸素濃度p
O2の起電力EMFへの影響度(O
2干渉性)との間にはNH
3感度:O
2干渉性=(2/3):(1/2)の関係があるはずだが、そのような関係にはならない場合があった。また、式(2)によればH
2O濃度p
H2Oの起電力EMFへの影響度(H
2O干渉性)が存在するはずだが、実際には被測定ガス中のH
2O濃度p
H2Oが変化しても起電力EMFはほとんど変化しなかった。
【0046】
混成電位セル55の三相界面では、上述した被測定ガス中のアンモニアの酸化及び酸素のイオン化として、以下の反応式(a)で表されるアノード反応及び以下の反応式(b)で表されるカソード反応が生じている。なお、反応式(a),(b)はそれぞれ反応式(a)’,(b)’のように表現することもできる。なお、反応式(a)中の「O
o」は固体電解質層44中の酸素サイトに存在する酸素イオン(O
2-)を表す。また、反応式(a)の右辺の第4項は、固体電解質層44中の酸素サイトに酸素イオン(O
2-)が存在しない(不足している)ことを表す。
【0048】
このアノード反応及びカソード反応が1つの検知電極(例えば検知電極51)の三相界面点で同時に起こることによって、局所的な電池が形成されて起電力EMFが出現するのが混成電位セル(例えば混成電位セル55)である。そして、そのときの起電力EMFは、理論的には式(2)に従うはずである。例えば、上記式(2)のアンモニア濃度p
NH3の係数「2/3」は、反応式(a)の左辺のNH
3の係数「2/3」に基づく値である。同様に、上記式(2)の酸素濃度p
O2の係数「1/2」及びH
2O濃度p
H2Oの係数「1」は、それぞれ反応式(b)の左辺のO
2の係数「1/2」及び反応式(a)の右辺のH
2Oの係数「1」に基づく値である。
【0049】
しかし、実際のセンサ素子では、上記のように各変数の関係が式(2)通りにはならず、式(1)のようになることが実験により確認された。発明者は、この理由として、式(2)のp
NH3,p
O2,p
H2Oとして代入すべきなのは、被測定ガス中の濃度ではなく三相界面が感じる分圧であることが原因と考えた。検知電極の三相界面が感じるNH
3分圧、O
2分圧、H
2O分圧をそれぞれp
NH3*,p
O2*,p
H2O*とすると、以下の式(A1)が成立する。これは式(2)からも導出できる。実際の起電力EMFは、式(2)ではなくこの式(A1)に従うと考えられる。一方で、三相界面が感じる分圧であるp
NH3*,p
O2*,p
H2O*を直接知ることはできないので、式(A1)から被測定ガス中のp
NH3,p
O2,p
H2Oを用いた式を導出する必要がある。発明者は、式(A1)に基づいてp
NH3,p
O2,p
H2Oを用いた式である上記式(1)が成立することを、以下のように説明できると考えた。
【0051】
まず、微視的観点での混成電位式を考える。上述したように、検知電極の三相界面での分圧lnp
NH3*,lnp
O2*,lnp
H2O*は、雰囲気(被測定ガス)の分圧lnp
NH3,lnp
O2,lnp
H2Oに一致しない。電気化学反応は、気相からダイレクトに三相界面に到達するというよりは、気相から検知電極表面に吸着し、検知電極表面で拡散して三相界面に到達し、電気化学反応を行い、生成物が検知電極表面に吸着した状態から離脱する、というダイナミックな変化をしているからである。ここで、アノード反応の生成物H
2Oについて考える。生成したH
2Oは検知電極に吸着し、その後に気相中に脱離すると考えられる。そして、被測定ガス中には多量のH
2Oが存在するため、アノード反応で生成したH
2Oはすぐには検知電極の表面から脱離できないと考えられる。そのため、H
2Oが吸着している時に三相界面が感じるH
2O分圧p
H2O*は被測定ガスのH
2O分圧p
H2Oよりも大きく、常に下記式(A2)が成立していると考えられる。また、被測定ガス(ここでは排ガス)中のH
2O濃度は通常5〜15%程度であり、全圧は1atmで一定であるので、安全のためにH
2O濃度が1〜20%という広い範囲で変化すると考えると、下記式(A3)が成立する。
【0052】
p
H2O*>p
H2O (A2)
0.01atm<p
H2O<0.2atm (A3)
【0053】
次に、検知電極表面にH
2Oが吸着した状態でp
H2Oが変化した場合にp
H2O*がどうなるのかを考える。まず、三相界面が感じるH
2Oのうち、検知電極に吸着したH
2OをH
2O(ad)と表記し、気相のH
2OをH
2O(gas)と表記する。また、検知電極に吸着したH
2Oの分圧をp
H2O(ad)とし、気相H
2Oの分圧をp
H2O(gas)と表記する。そのため、p
H2O*=p
H2O(ad)+p
H2O(gas)と表せる。p
H2O(ad)には、被測定ガス中のH
2Oのうち検知電極に吸着した分と、アノード反応(上記反応式(a),(a)’)により生成されたH
2Oのうち検知電極に吸着した分と、が含まれる。p
H2O(gas)には、被測定ガス中のH
2Oのうち気相の状態で三相界面に存在する分と、アノード反応により生成されたH
2Oのうち気相の状態の分と、が含まれる。H
2O(ad)とH
2O(gas)との間には平衡定数K=(一定)として下記式(A4),(A5)が成立し、p
H2O*がこの式(A4),(A5)に従って変化するように思われるが、実際にはそのようになっていない。これは、p
H2Oは上記式(A3)の範囲で変化するのに対し、p
H2O(ad)はH
2Oの検知電極への吸着が安定して一度定常状態(=1atm)になると変化できないためと考えられる。ここで、p
H2O(ad)が定常状態では1atmであると考えられる理由を説明する。検知電極に吸着したH
2O(ad)は気相ではないため、H
2O(ad)の量は正確には分圧ではなく活量a
H2O(ad)で表される。そして、H
2O(ad)を固体とみなせば活量a
H2O(ad)は値1であり(つまり、検知電極への吸着量に関わらず活量1)、活量1は分圧1atmに相当するとみなせる。
【0055】
以上のことからp
H2O(ad)は1atmとみなせる。また、p
H2O(gas)は式(A3)と同じく0.01〜0.2atm程度になりそうに思われるが、検知電極の表面に1atmとみなせるH
2O(ad)が存在するため、気相のH
2Oは反応に寄与しにくくなり、三相界面が感じる気相のH
2O分圧p
H2O(gas)は0.01〜0.2atmよりもかなり小さい値になっていると考えられる。そのため、p
H2O(ad)>>p
H2O(gas)が成立し、p
H2O(gas)は無視できるほど小さい値になっていると考えられる。したがって、検知電極表面にH
2Oが吸着した状態でp
H2Oが変化しても、下記式(A6)のようにp
H2O*は一定とみなせる。これにより、上記式(A1)は下記式(A7)とみなせる。すなわち、三相界面が感じるH
2Oの分圧p
H2O*は、起電力EMFへの影響度(H
2O干渉性)がないものとみなせる。
【0057】
次に、巨視的観点での混成電位式を考える。被測定ガスの全圧が1atmであれば濃度と分圧とは等しいため、以下ではp
NH3,p
O2,p
H2Oを分圧として説明する。上記式(A3)から、下記式(A8)が導出できる。また、上記式(A6)から、下記式(A9)が導出できる。下記式(A8),式(A9)から、下記式(A10)が成立する。また、lnp
H2O*とlnp
H2Oとの比を圧力調整係数δとして、δを式(A11)により定義する。式(A10)から、δは−1<δ<1を満たす。また、同様にlnp
NH3*とlnp
NH3との比を圧力調整係数δ’として、δ’を式(A12)により定義する。なお、圧力調整係数δ,δ’は例えば検知電極の組成及び構造に応じて、センサ素子固有の値となる。
【0058】
−4.6<lnp
H2O<−1.6 (A8)
lnp
H2O*≒0 (A9)
|lnp
H2O*|<|lnp
H2O| (A10)
δ=lnp
H2O*/lnp
H2O (A11)
δ’=lnp
NH3*/lnp
NH3 (A12)
【0059】
この圧力調整係数δ,δ’を用いて式(A1)を変形すると、下記式(A13)が導出できる。下記式(A13)は、式(A1)において上記式(A11)に基づく「lnp
H2O*=δ×lnp
H2Oを代入し、上記式(A12)に基づく「lnp
NH3*=δ’×lnp
NH3を代入し、さらに「lnp
O2*=lnp
O2」を代入したものである。既存のO
2センサやSOFCにおいては、酸素濃度と起電力との関係がネルンストの式に従うことはよく知られているから、「lnp
O2*=lnp
O2」が成り立つことは明らかである。
【0061】
式(A6),(A11)から「lnp
H2O*=δ×lnp
H2O=0」が成り立つため、式(A13)は下記式(A14)と表すことができ、式(A14)はさらに式(A15)と表すことができる。定数A,Bは例えば検知電極の組成及び構造に応じて、センサ素子固有の値となる。そして、式(A15)において対数の底を任意の値a,bとし、さらに右辺の各項の係数を定数α,βと表記し直すことで、上記の式(1)が導出される。
【0063】
この式(1)は、式(2)とは異なり、上述したp
NH3感度:p
O2感度=(2/3):(1/2)の関係になるとは限らないことや、H
2O干渉性がほとんど存在しなかったことを表現できている。そのため、式(1)を用いることで、式(2)と比べてアンモニア濃度p
NH3をより精度良く導出できる。なお、式(1)は被測定ガスの全圧が1atmである場合に限らず、全圧が約1atm(例えば0.9atm〜1.10atm)の場合にも適用可能である。また、式(1)は、被測定ガスの全圧が約1atm以外の場合にも適用可能である。
【0064】
なお、式(1)の定数α,β,Bは、例えば以下のようにして実験により予め求めておくことができる。
図4は、定数導出処理の一例を示すフローチャートである。定数導出処理では、まず、定数の導出対象のセンサ素子31について、アンモニア濃度p
NH3と起電力EMFとの対応関係を表す第1起電力データを取得する第1起電力測定処理を複数回行う(ステップS200)。具体的には、まず、酸素濃度p
O2及びアンモニア濃度p
NH3を所定の値に調整した被測定ガス中にセンサ素子31を晒してそのときの起電力EMFを測定し、アンモニア濃度p
NH3と起電力EMFとの対応関係を第1起電力データとして取得する。次に、被測定ガス中の酸素濃度p
O2は同じ値(一定)としたままで、被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3を変化させて複数回の起電力EMFを測定して、同様に複数の第1起電力データを取得する。このようにして複数の第1起電力データを取得すると、取得したデータに基づいて定数αを導出する(ステップS210)。具体的には、複数回の第1起電力測定処理によって取得された複数の第1起電力データにおけるアンモニア濃度p
NH3 の対数log
a(p
NH3)と、起電力EMFとの関係を直線(一次関数)で近似したときの傾きを、定数αとして導出する。近似は、例えば最小二乗法に基づいて行う。このように、ステップS200で酸素濃度を一定として複数回の第1起電力測定処理を実行することで、ステップS210において定数αを導出しやすくなる。
【0065】
次に、定数の導出対象のセンサ素子31について、酸素濃度p
O2と起電力EMFとの対応関係を表す第2起電力データを取得する第2起電力測定処理を複数回行う(ステップS220)。この複数回の第2起電力測定処理は、被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3を一定としたままで、被測定ガス中の酸素濃度p
O2を変化させる点以外は、ステップS200と同様に行うことができる。そして、複数回の第2起電力測定処理によって取得された複数の第2起電力データに基づいて定数βを導出する(ステップS230)。この処理では、ステップS210の処理と同様に、酸素濃度p
O2の対数log
b(p
O2)と起電力EMFとの関係を直線(一次関数)で近似したときの傾きとして定数βを導出する。このように、ステップS220でアンモニア濃度を一定として複数回の第2起電力測定処理を実行することで、ステップS230において定数βを導出しやすくなる。
【0066】
そして、ステップS210及びS230で導出された定数α及び定数βと、1以上の第1起電力データと1以上の第2起電力データとの少なくとも一方とに基づいて定数Bを導出して(ステップS240)、本処理を終了する。例えば、導出された定数α,βと、第1起電力データにおけるアンモニア濃度p
NH3 の対数log
a(p
NH3)と、固定した酸素濃度p
O2の対数log
b(p
O2)と、起電力EMFと、を式(1)に代入して、定数Bを導出してもよい。このとき、複数の第1起電力データの各々について導出される定数Bの平均値を、式(1)の定数Bとしてもよい。同様に、1以上の第2起電力データに基づいて定数Bを導出してもよい。また、第1起電力データに基づいて導出される定数Bと、第2起電力データに基づいて導出される定数Bとの平均値を式(1)の定数Bとして導出してもよい。
【0067】
なお、第1起電力データ及び第2起電力データの測定は、いずれもヒータ62により混成電位セル55を同じ所定の駆動温度に昇温した状態で行う。また、式(1)と式(A15)とを比較するとわかるように、定数α,βは、混成電位セル55の温度Tすなわちセンサ素子31の使用時の駆動温度によっても変化する。そのため、1つのセンサ素子31を複数の駆動温度で使用することがある場合には、複数の駆動温度の各々について、式(1)の定数α,βを導出して例えば記憶部73に記憶しておく。そして、制御部72がアンモニア濃度導出処理を行う際には、そのセンサ素子31の駆動温度に応じた定数α,βを用いる。定数Bについても、センサ素子31の使用時の駆動温度に応じて値が変化する場合があるため、複数の駆動温度の各々について定数Bを導出して例えば記憶部73に記憶しておいてもよい。
【0068】
ここで、本実施形態の構成要素と本発明の構成要素との対応関係を明らかにする。本実施形態の固体電解質層44が本発明の固体電解質体に相当し、検知電極51が検知電極に相当し、参照電極53が参照電極に相当し、混成電位セル55が混成電位セルに相当し、起電力取得部75が起電力取得部に相当し、酸素濃度取得部76が酸素濃度取得部に相当し、制御部72がアンモニア濃度導出部に相当する。なお、本実施形態では、アンモニア濃度測定装置70の動作を説明することにより本発明のアンモニア濃度測定方法の一例も明らかにしている。
【0069】
以上詳述した本実施形態の排ガス処理システム2によれば、アンモニア濃度測定装置70は、式(1)の関係に基づくことで、例えば上記式(2)を用いる場合と比べて被測定ガス中のアンモニア濃度をより精度良く導出できる。
【0070】
また、検知電極51がAu−Pt合金を主成分としていることで、固体電解質層44と被測定ガスとの三相界面における混成電位が生じやすい。さらに、検知電極51は、XPSとAESとの少なくとも一方を用いて測定された濃化度が値0.3以上であることで、より確実に混成電位を生じさせることができる。
【0071】
さらに、混成電位セル55の駆動温度を450℃以上とすることで、固体電解質層44を適切に活性化することができる。また、混成電位セル55の駆動温度を650℃以下とすることで、アンモニアが燃焼してしまうことによる測定精度の低下を抑制できる。
【0072】
さらにまた、排ガス処理システム2は、排ガス経路3中に配設された1以上の酸化触媒(DOC4及びASC8)、を備え、センサ素子31は、1以上の酸化触媒のうち最上流に配置されたDOC4よりも排ガス経路3の下流側に配設されている。これにより、センサ素子31には、被測定ガス中に存在しアンモニア濃度の測定精度に影響を与える成分(例えば炭化水素と一酸化炭素との少なくとも一方)が酸化触媒によって酸化された後の被測定ガスが到達することになる。したがって、この排ガス処理システム2は、被測定ガス中のアンモニア濃度をより精度良く導出できる。
【0073】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0074】
例えば、上述した実施形態では、検知電極51及び参照電極53は固体電解質層44に配設されていたが、固体電解質層44に限らず固体電解質体に配設されていればよい。例えば、複数の固体電解質層を積層した固体電解質体の上面と下面とに、検知電極51及び参照電極53が配設されていてもよい。また、上述した実施形態では、参照電極53は混成電位セル55の参照電極と濃淡電池セル56の参照電極とを兼ねていたが、これに限らず混成電位セル55と濃淡電池セル56とで参照電極が別に存在していてもよい。
【0075】
上述した実施形態では、センサ素子31は、濃淡電池セル56を備えていることで酸素濃度も測定可能としたが、これに限られない。センサ素子31は濃淡電池セル56(具体的には補助電極52)を備えていなくてもよい。この場合、アンモニア濃度測定装置70は、センサ素子31以外から酸素濃度に関する情報を取得すればよい。例えば、アンモニア濃度測定装置70は、排ガス経路3に配設された酸素濃度に関する情報を検出可能な別のセンサ(例えば酸素センサ、A/Fセンサ、又はNOxセンサなど)から、酸素濃度に関する情報を取得してもよい。あるいは、アンモニア濃度測定装置70は、センサに限らず他の装置(例えばエンジンECU9)から酸素濃度に関する情報を取得してもよい。なお、アンモニア濃度測定装置70が排ガス経路3のうちセンサ素子31とは異なる位置に配置された別のセンサから酸素濃度に関する情報を取得する場合、アンモニア濃度測定装置70は、センサ素子31と別のセンサとの取り付け位置の相違による測定時刻のずれ(時間遅れC)も考慮してアンモニア濃度を導出することが好ましい。具体的には、排ガス経路3において、センサ素子31と別のセンサとのうち上流に位置する方から下流に位置する方まで被測定ガスが流れるのに要する時間を時間遅れCとして、アンモニア濃度測定装置70はこの時間遅れCも考慮してアンモニア濃度を導出することが好ましい。例えば、センサ素子31の上流に別のセンサが存在する場合、制御部72は、別のセンサから所定周期毎に取得する酸素濃度の値を時間遅れC分だけ記憶部73に複数記憶しておく。そして、制御部72は、センサ素子31から起電力EMFを取得する度に、その時点で一番古い酸素濃度の値(=時間遅れCだけ過去に取得された値)を記憶部73から読み出して、取得した起電力EMFと読み出した酸素濃度の値と式(1)とに基づいて、アンモニア濃度を導出する。アンモニア濃度測定装置70は、このように時間遅れCを考慮することで、アンモニア濃度をより精度良く導出できる。
【0076】
上述した実施形態では、エンジン1をディーゼルエンジンとしたが、ガソリンエンジンとしてもよい。
【0077】
上述した実施形態では、アンモニア濃度測定装置70はエンジンECU9とは別の装置としたが、アンモニア濃度測定装置70はエンジンECU9の一部であってもよい。
【実施例】
【0078】
以下には、アンモニア濃度測定方法を具体的に実行した例を実施例として説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
[センサ素子1,2の作製]
アンモニア濃度測定装置によるアンモニア濃度の測定に用いられるセンサ素子を作製した。まず、基部40の各層として、安定化剤としてイットリアを3mol%添加したジルコニア固体電解質をセラミックス成分として含む4枚の未焼成のセラミックスグリーンシートを用意した。このグリーンシートには印刷時や積層時の位置決めに用いるシート穴や必要なスルーホール等を予め複数形成しておいた。また、スペーサ層43となるグリーンシートには基準ガス導入空間46となる空間を予め打ち抜き処理などによって設けておいた。そして、第1基板層41と、第2基板層42と、スペーサ層43と、固体電解質層44とのそれぞれに対応して、各セラミックスグリーンシートに種々のパターンを形成するパターン印刷・乾燥処理を行った。具体的には、上述したAu−Pt合金からなる検知電極51,Ptからなる補助電極52及び参照電極53,各リード線、及びヒータ部60などのパターンを形成した。パターン印刷は、それぞれの形成対象に要求される特性に応じて用意したパターン形成用ペーストを、公知のスクリーン印刷技術を利用してグリーンシート上に塗布することにより行った。パターン印刷・乾燥が終わると、各層に対応するグリーンシート同士を積層・接着するための接着用ペーストの印刷・乾燥処理を行った。そして、接着用ペーストを形成したグリーンシートをシート穴により位置決めしつつ所定の順序に積層して、所定の温度・圧力条件を加えることで圧着させ、一つの積層体とする圧着処理を行った。こうして得られた積層体からセンサ素子31の大きさの積層体を切り出した。そして、切り出した積層体を管状炉を用いて、大気雰囲気下、1100℃で2時間焼成した。これにより、検知電極51,補助電極52,及び参照電極53が固体電解質層44に形成されたセンサ素子31を得た。次に、センサ素子31の表面にアルミナを含むスラリーを用いたディッピング及び焼成により多孔質保護層48を形成した。このようにして、複数のセンサ素子31を作製して、センサ素子1,2とした。なお、センサ素子1,2の検知電極51の破断面における貴金属表面の濃化度をAESで測定したところ、値1.05であった。多孔質保護層48の気孔率は40%であった。なお、以降の試験では、センサ素子1の使用時の駆動温度は480℃とし、センサ素子2の使用時の駆動温度を600℃として、それぞれ試験を行った。
【0080】
[実験1:定数αの導出]
センサ素子1,2の各々について、上述した定数導出処理のステップS200,S210を行った。具体的には、被測定ガス中の酸素濃度p
O2を10%,H
2O濃度p
H2Oを5%で固定とし、アンモニア濃度p
NH3を表1のように変化させて、それぞれの起電力EMFを測定した。なお、被測定ガスの上記以外の成分(ベースガス)は、窒素とし、温度は120℃とした。また、被測定ガスは、直径70mmの配管内を流通させ、流量は200L/minとした。
図5は、センサ素子1,2のアンモニア濃度p
NH3[ppm]と起電力EMF[mV]との関係を示すグラフである。
図5の横軸は対数目盛で表記している。
図5から、センサ素子1,2のいずれも、酸素濃度p
O2を固定とした場合のアンモニア濃度p
NH3の対数と起電力EMFとの関係は、直線で近似できる関係にあることが確認できた。また、
図5にも示した近似直線の傾きから、センサ素子1の定数αとして値45.9が導出され、センサ素子2の定数αとして値27.9が導出された。
【0081】
【表1】
【0082】
[実験2:定数βの導出]
センサ素子1,2の各々について、上述した定数導出処理のステップS220,S230を行った。具体的には、被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3を10ppm,H
2O濃度p
H2Oを5%で固定とし、酸素濃度p
O2を表2のように変化させて、それぞれの起電力EMFを測定した。それ以外の条件は実験1と同じとした。
図6は、センサ素子1,2の酸素濃度p
O2[%]と起電力EMF[mV]との関係を示すグラフである。
図6の横軸は対数目盛で表記している。
図6から、センサ素子1,2のいずれも、アンモニア濃度p
NH3を固定とした場合の酸素濃度p
O2の対数と起電力EMFとの関係は、直線で近似できる関係にあることが確認できた。また、
図6にも示した近似直線の傾きから、センサ素子1の定数βとして値37.0が導出され、センサ素子2の定数βとして値15.9が導出された。
【0083】
【表2】
【0084】
[実験3:定数Bの導出]
実験1,2で得られたデータに基づいて、上述した定数導出処理のステップS240を行ってセンサ素子1,2の各々の定数Bを導出した。なお、実験1で得られた複数の第1起電力データの各々について導出される定数Bと、実験2で得られた複数の第2起電力データの各々について導出される定数Bと、の平均値として、定数Bを導出した。その結果、センサ素子1の定数Bとして値−68.9が導出され、センサ素子2の定数Bとして値−7.1が導出された。
【0085】
以上の実験1〜3により、センサ素子1における各変数(EMF,p
NH3,p
O2)の関係として、以下の式(3)が導出され、センサ素子2における各変数(EMF,p
NH3,p
O2)の関係として、以下の式(4)が導出された。なお、式(3),(4)では、式(1)の底a,bはネイピア数eとした。また、式(3),(4)では、起電力EMFの単位は[mV]、アンモニア濃度p
NH3の単位は[ppm]、酸素濃度p
O2の単位は無次元(例えば10%であれば値0.1)とした。
【0086】
EMF=45.9ln(p
NH3)−37.0ln(p
O2)−68.9 (3)
EMF=27.9ln(p
NH3)−15.9ln(p
O2)− 7.1 (4)
【0087】
[評価試験]
センサ素子1について、被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3及び酸素濃度p
O2を種々変化させた点以外は実験1と同じ条件で、起電力EMFの実測値を測定した。そして、起電力EMFの実測値と、式(3)から導出される起電力EMFとを比較した。結果を表3及び
図7に示す。センサ素子2についても同様の試験を行った。結果を表4及び
図8に示す。なお、
図7,8では、実際に測定された起電力EMFの各点を結ぶ線を実線で表し、式(3),(4)から導出された起電力EMFの各点を結ぶ線を破線で表している。表3,4及び
図7,8から、起電力EMFの実測値と、式(3),(4)に基づいて導出された起電力EMFとが精度良く一致することが確認できた。また、起電力EMFの実測値に対するNH
3感度とO
2干渉性との比が(2/3):(1/2)の関係になるとは限らず、式(2)の関係が常に成立するわけではないことも確認できた。これらにより、式(2)を用いる場合と比べて、式(1)を用いることでアンモニア濃度p
NH3をより精度良く導出できることが確認できた。
【0088】
【表3】
【0089】
【表4】
【0090】
[実験4:H
2O干渉性の確認]
センサ素子1,2の各々について、被測定ガス中のアンモニア濃度p
NH3を10ppm,酸素濃度p
O2を10%で固定とし、H
2O濃度p
H2Oを表5のように変化させて、それぞれの起電力EMFを測定した。それ以外の条件は実験1と同じとした。
図9は、センサ素子1,2のH
2O濃度p
H2O[%]と起電力EMF[mV]との関係を示すグラフである。
図9から、センサ素子1,2のいずれも、被測定ガス中のH
2O濃度p
H2Oが変化しても起電力EMFはほとんど変化しない(H
2O干渉性がほとんどない)ことが確認できた。すなわち、式(2)のH
2O濃度p
H2Oの項は実際の起電力EMFとH
2O濃度p
H2Oとの関係と整合していないことが確認できた。
【0091】
【表5】