(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6869179
(24)【登録日】2021年4月15日
(45)【発行日】2021年5月12日
(54)【発明の名称】酵素―阻害剤複合体
(51)【国際特許分類】
C12N 9/14 20060101AFI20210426BHJP
A23K 10/16 20160101ALI20210426BHJP
A23K 20/147 20160101ALI20210426BHJP
A23K 20/189 20160101ALI20210426BHJP
C12N 9/52 20060101ALI20210426BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20210426BHJP
【FI】
C12N9/14
A23K10/16
A23K20/147
A23K20/189
C12N9/52
A23L5/00 J
【請求項の数】20
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-527847(P2017-527847)
(86)(22)【出願日】2015年11月26日
(65)【公表番号】特表2018-504888(P2018-504888A)
(43)【公表日】2018年2月22日
(86)【国際出願番号】EP2015077816
(87)【国際公開番号】WO2016083527
(87)【国際公開日】20160602
【審査請求日】2018年10月19日
(31)【優先権主張番号】2014/5092
(32)【優先日】2014年11月28日
(33)【優先権主張国】BE
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】505090469
【氏名又は名称】プラトス ナームローズ フェノートサップ
(74)【代理人】
【識別番号】100109793
【弁理士】
【氏名又は名称】神谷 惠理子
(72)【発明者】
【氏名】ボスマンス・ゲールトルイ
(72)【発明者】
【氏名】フィーレンス・エレン
(72)【発明者】
【氏名】ブリス・クリストフ
(72)【発明者】
【氏名】デルクール・ヤン
(72)【発明者】
【氏名】ヴェール・ファビエンヌ
(72)【発明者】
【氏名】ジオリス・ジャック
(72)【発明者】
【氏名】ドルジオ・ヴァレリー
(72)【発明者】
【氏名】アルノー・フィリップ
【審査官】
佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第03/084334(WO,A2)
【文献】
国際公開第2014/157696(WO,A1)
【文献】
特表2011−520437(JP,A)
【文献】
特表2006−527583(JP,A)
【文献】
特表2015−521471(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0269538(US,A1)
【文献】
FOOD CHEMISTRY,NL,2009年 3月,VOL:113, NR:1,,PAGE(S):146 - 154,URL,http://dx.doi.org/10.1016/j.foodchem.2008.07.059
【文献】
GUPTA V K,PROTEIN EXPRESSION AND PURIFICATION,2007年10月 1日,VOL:57, NR:2,,PAGE(S):290 - 302,URL,http://dx.doi.org/10.1016/j.pep.2007.09.013
【文献】
TAYLOR J C,FAMILIAL TEMPERATURE SENSITIVE ALPHA 1 PROTEASE INHIBITOR (M1ANAHEIM),CLINICA CHIMICA ACTA,ELSEVIER BV,1980年,VOL:104, NR:3,,PAGE(S):301 - 308,URL,http://dx.doi.org/10.1016/0009-8981(80)90387-3
【文献】
Wellington J. E. et al,Dissociation and electrophoretic separation of dextranase and dextranase inhibitor from a tighly bound enzyme-inhibitor complex of Streptococcus sobrinus,Electrophoresis,1993年,Vol.14,pp.613-618
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
T1超の温度で熱安定性ヒドロラーゼを選択的に活性化する方法であって、
a) 熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤とを含む組成物であって、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤とはT1未満の温度で、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成し、前記阻害剤は、T1未満の温度で前記複合体の前記ヒドロラーゼ活性を阻害し、T1の温度で前記複合体から解離する組成物に、T1未満の温度を提供する工程;並びに
b) 前記温度T1は40℃以上90℃未満であって、前記組成物の温度を、T1超〜90℃以下の温度に昇温し、これにより前記ヒドロラーゼを活性化する工程
を含み、
前記阻害剤はT1超の温度で不可逆的に不活性化する、小麦、コーン、オート麦、ライ麦、米、及び大豆からなる群より選ばれる植物由来のトリプシン阻害剤であり、
前記熱安定性ヒドロラーゼはT1超〜90℃以下の温度での不可逆的不活性化に対し抵抗性を有するAqualysin Iである、活性化方法。
【請求項2】
前記ヒドロラーゼは、サーマス・アクアチクス(Thermus aquaticus)LMG 8924由来のAqualysin Iである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記阻害剤は、野菜起源、又は野菜起源の組換え体、半合成若しくは合成バリアントである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記阻害剤は、ダイズトリプシン阻害剤である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記温度T1は、少なくとも50℃で90℃未満である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ヒドロラーゼは、T1超〜90℃以下の温度で、最大活性を有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記ヒドロラーゼ−阻害剤複合体におけるヒドロラーゼ活性は、T1未満の温度で測定される、阻害されていないヒドロラーゼ活性の25%未満である請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
熱安定性ヒドロラーゼ及び温度感受性阻害剤を含む組成物であって、
前記阻害剤は、小麦、コーン、オート麦、ライ麦、米、及び大豆からなる群より選ばれる植物由来のトリプシン阻害剤であって、T1以上の温度で不可逆的に不活性化し、
前記熱安定性ヒドロラーゼは、T1超〜90℃以下の温度での不可逆的な不活性化に対して抵抗性を有するAqualysin Iであり、
前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤とは、T1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成し、前記阻害剤は、T1未満の温度で前記複合体の前記ヒドロラーゼ活性を阻害し、T1の温度で前記複合体から解離し、前記温度T1は40℃以上90℃未満である組成物。
【請求項9】
前記ヒドロラーゼは、サーマス・アクアチクス(Thermus aquaticus)LMG 8924由来のAqualysin Iである請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
前記阻害剤は、野菜起源、又は野菜起源の組換え体、半合成若しくは合成バリアントである請求項8又は9に記載の組成物。
【請求項11】
前記阻害剤は、ダイズトリプシン阻害剤である請求項8〜10のいずれかに記載の組成物。
【請求項12】
前記温度T1は、少なくとも50℃で90℃未満である、請求項8〜11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記ヒドロラーゼは、T1超〜90℃以下の温度で最大活性を有する請求項8〜12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記ヒドロラーゼ−阻害剤複合体の前記ヒドロラーゼの前記活性は、T1未満の温度で測定される、前記阻害されていないヒドロラーゼの活性の25%未満である請求項8〜13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
前記組成物は、食品若しくは餌組成物、又は洗浄用組成物である請求項8〜14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
前記食品又は餌組成物は、食品又は餌添加剤である請求項15に記載の組成物。
【請求項17】
前記食品添加剤は、パン又はペストリー改善剤である請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
請求項8〜17のいずれか1項に記載の組成物の、食品若しくは餌産業又は洗浄剤産業での使用。
【請求項19】
焼成製品のクリスピー(crispiness)を改善するための、請求項18に記載の使用。
【請求項20】
請求項8〜17のいずれか1項に記載の組成物を調製する方法であって、
a) ふさわしい溶媒中に、熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤を混合する工程;
b) 工程a)で得られた混合物を0〜40℃の温度で培養することにより、前記阻害剤は前記ヒドロラーゼと複合体を形成させる工程;並びに
c)所望により、前記混合物を、乾燥、冷蔵、凍結及び/又は安定化する工程
を含む調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度T1を超える温度で熱安定ヒドロラーゼを選択的に活性化する方法に関する。本発明は、熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤とを含む組成物であって、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤とがT1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成するが、T1を超える温度では解離する。また本発明は、前記組成物の用途、及び前記組成物の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱安定酵素、好ましくは好熱性酵素を用いることは、酵素の産業的反応の多くが高温で行われることから、産業上の要請が大きい。産業部門におけるペプチダーゼの用途としては、例えば、限定しないけれども、食品生産;穀物加工や焼成(例えばパン、ペストリーなど)の加工、飼育餌産業(例えば、ペットフードの生産)、洗浄剤産業(例えば洗濯用洗剤)、服飾産業(例えばウールやシルクのバイオ洗浄やシルクの脱ガム)などが挙げられる。しかしながら、いくつかの酵素は、雰囲気温度で、アレルギー誘発及び/又は他の健康問題を誘発する。これらの酵素の応用は、多大な配慮をもって実行されなければならない。したがって、これらの及び他の応用において、昇温によって酵素活性を損なうことなく、より低温で酵素を不活性化することが望まれるだろう。また、ある環境では、例えば、食品加工工程において、他の処理工程がおこるような低温(例えば室温)で酵素を作用させることは望まれない。これらの最初の加工工程の間は、酵素活性が望まれない一方、後の処理工程で、昇温により酵素活性が最終生産物の品質に有利となりえる。
【0003】
一般に、酵素−阻害剤複合体をより高温にすると、阻害剤と酵素の双方が同時に変性し、結果として酵素活性が復帰しない。ニンジンペクチンメチルエステラーゼ(PME)とキーウィからのPME阻害剤(PMEI)との間の複合体を熱処理すると、酵素と阻害剤は解離しなかった。また、一体物として変性(凝集)した複合体は、第1次反応速度論にしたがう。300MPaを超える加圧処理すると、PMEIを伴う場合もPMEIを伴わない場合も、ニンジンPMEの反応速度における差が徐々に縮小し、阻害されたPMEの量が減少することを示す。この傾向は、PME−PMEI複合体の解離が圧力により誘導されることを示す。遊離したキーウィPMEIは、部分的に不可逆的に不活性化され得る一方、遊離したニンジンPMEは、存在している他のPMEと同様の挙動を示し、すなわち、推定上の可逆的不活性がおこる(Jolie et al. (2009) Innovative Food Science & Emerging Technologies 10(4): 601-609)。これらの発見は、昇温又は圧力レベルでのPME―PMEI複合体の挙動を決定することが、サイズ排除クロマトグラフィの研究により支持されている。熱処理は、この複合体が解離することを示さなかった。むしろ、一体物として、複合体が変性することを示した。反対に、高圧処理は、酵素と阻害剤の解離を誘導し、続いてPME及びPMEIの緩やかな不活性化が起こった(Jolie et al. (2009) Journal of Agricultural and Food Chemistry 57(23): 11218-11225)。
【0004】
本発明の目的は、より低温では不活性であるが、昇温により活性化する酵素の調製を提供する。このような酵素調製の使用は、雰囲気温度での酵素の(産業上)応用に関連する潜在的健康問題を有利に減らす又は撤廃することができる。また、ある応用では、より低温では不活性であるが、昇温すると活性になる酵素調製の用途は、全体の加工品質、及び/又は最終生産物の品質(保存、テクスチャなど)に有益な影響をもたらす。
【発明の概要】
【0005】
驚くべきことに、ある酵素−阻害剤複合体、特に、Aqualysin I−ダイズトリプシン阻害剤複合体が、雰囲気温度では不活性で、昇温されると解離することを本発明者らは見出し、これにより酵素が活性を回復するという酵素を公開する。
【0006】
本発明は、T1を超える温度で、熱安定性ヒドロラーゼを選択的に活性化する方法を指向し、前記方法は以下の工程を含む:
a)熱安定性ヒドロラーゼ及び温度感受性阻害剤を含む組成物で、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤は、T1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成し、前記阻害剤はT1未満の温度で前記複合体の前記ヒドロラーゼの活性を阻害し、約T1の温度で前記複合体から解離するという組成物に、T1未満の温度を提供する工程;
b)前記組成物の温度をT1超に昇温して、前記ヒドロラーゼを活性化する工程
を含む。
【0007】
ある態様において、前記ヒドロラーゼはプロテアーゼであり、好ましくはセリンプロテアーゼである。
ある態様において、前記ヒドロラーゼは、サーマス・アクアチクスLMG8924由来のAqualysin Iである。
ある態様において、前記阻害剤は、野菜又はその組換え体、半合成、又はその合成バリアントである。
ある態様において、前記阻害剤は、トリプシン阻害剤、好ましくはダイズトリプシン阻害剤である。
ある態様において、前記温度T1は、少なくとも40℃、好ましくは少なくとも50℃、より好ましくは少なくとも60℃である。
ある態様において、前記阻害剤は、温度約T1において、不可逆的に不活性化する。
ある態様において、前記ヒドロラーゼは、T1超の温度において、最大活性を有する。
ある態様において、前記複合体の前記酵素活性は、阻害されていない酵素活性の25%未満である。
【0008】
本発明は、また、熱安定性ヒドロラーゼ及び温度感受性阻害剤を含む組成物で、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤はT1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成し、前記阻害剤はT1未満の温度で前記複合体中の前記ヒドロラーゼ活性を阻害し、約T1の温度で前記複合体から分離する。
【0009】
ある態様において、前記ヒドロラーゼは、
Aqualysin Iであり、より好ましくはサーマス・アクアチクスLMG 8924由来のAqualysin Iである。
ある態様において、前記阻害剤は、野菜起源またはその組換え体、半合成、又はその合成バリアントである。
ある態様において、前記阻害剤は、
小麦、コーン、オート麦、ライ麦、米、及び大豆からなる群より選ばれる植物由来のトリプシン阻害剤であり、好ましくはダイズトリプシン阻害剤である。
ある態様において、前記温度T1は、少なくとも40℃、好ましくは少なくとも50℃、より好ましくは少なくとも60℃であ
り、90℃未満、好ましくは80℃未満である。
ある態様において、前記阻害剤は、約T1の温度において、不可逆的に不活性化される。
ある態様において、前記ヒドロラーゼは、約T1超
〜90℃以下、好ましくは80℃以下の温度で、最大活性を有する。
ある態様において、前記複合体の酵素活性は、
T1未満の温度で測定される前記阻害されていない酵素活性の25%未満である。
ある態様において、前記組成物は、食物又は餌組成物、または洗浄用組成物である。
ある態様において、前記食物又は餌は、食物又は餌添加剤である。
ある態様において、前記添加剤は、パン又はペストリー改善剤である。
【0010】
本発明は、また、食品又は餌業界、又は洗浄剤業界においてここで教示されるような組成物の用途に関し、好ましくは食品業界、より好ましくはパン又はペストリーの応用に関する。
【0011】
いくつかの態様において、ここで教示される組成物は、焼成製品のクリスピーである。
【0012】
本発明は、さらにここで教示されるような組成物を調製する方法を指向する。その調製方法は、下記工程を含む:
a) 好適な溶媒中で、熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤を混合する工程;
b) 工程a)で得られた混合物を、0℃〜40℃の温度でインキュベートすることにより、前記阻害剤をヒドロラーゼと複合体を形成させる工程;及び
c) 所望により、前記混合物を乾燥、冷蔵、冷凍及び/又は安定化する工程。
これらの及びさらなる見地、態様は、以下のセクション及び特許請求の範囲において説明される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】温度の作用として、ダイズトリプシン阻害剤(SBTI)(Kunitzタイプの阻害剤)の不在下(黒四角)及び存在下(白四角)でのAqualysin Iの相対活性を示す。その酵素活性は、合成基質N-スクシニル-Ala-Ala-Pro-Phe-p-ニトロアニリド(AAPF)を用いて比色分析で決定され、70℃で測定したAqualysin I最大活性のパーセンテージで表した。
【
図2】浸漬前後のドウ重量を測定することにより決定できるように、ロールパンドウを浸漬している間の水分摂取量のパーセンテージを示す。浸漬溶液はそれぞれ異なっていて、水道水、Aqualysin I入りの水道水(Aql)、ダイズトリプシン阻害剤入りの水道水(SBTI)、及びAql-SBTI複合体入りの水道水である。
【
図3】冷却1,2、又は4時間後に測定されたロールパンの皮(クラスト)の水活性を示す。発酵及び焼成に先立ち、ロールパンのドウは、水道水、Aqualysin I(Aql)入りの水道水、ダイズトリプシン阻害剤(SBTI)入りの水道水、又はAql-SBTI複合体入りの水道水のいずれかに浸漬された。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明で用いられる方法及び装置が説明されるよりも先に、当然のことながら、本発明は、説明された特定の方法、成分、または装置に限定されず、このような方法、成分及び装置は、変更され得ると理解される。また、本発明の範囲は添付クレームによってのみ限定されるので、ここで用いられる用語が本発明の範囲を限定する意図もない。
【0015】
特段の定義がない限り、ここで用いられる全ての技術用語及び科学的用語は、当業者によって通常理解される用語と同様の意味を有する。いかなる方法も材料も、ここで述べられているものと同じ又は等価であるけれども、好ましい方法及び材料は、現時点で説明される。
【0016】
本明細書及び請求の範囲において、単数形「1つの」「ある」及び「当該(前記)」は、他に明らかな説明がない場合には複数形も参照される。
【0017】
ここで用いられる用語「含む」「含んでいる」「包含する」は、「有する」「有している」「含有する」と等価であり、包含又はオープンエンドであり、限定しない構成要素、要件または方法の工程の追加を排除しない。
【0018】
用語「含む」「包含する」及び「なる」は、「からなる」を包含する用語である。
【0019】
ここで用いられる用語「約」は、パラメータ、量、一時的な時間などの計測可能な値であり、変動が、開示された発明を実施するのにふさわしい変更である限りは、特定の値からの+/-10% 以下、好ましくは +/-5%以下、より好ましくは+/-1%以下、及びさらに好ましくは+/-0.1%以下の変動に拡張される。修飾語「約」が参照する値は、それ自体が特定的に好ましい値として開示されていると理解される。
【0020】
端点による数値限定範囲は、全ての数字及びそれぞれの範囲内に組み込まれた部分を包含する。同様に限定された端点を含む。
【0021】
本発明は、T1超の温度で、熱安定性ヒドロラーゼを選択的に活性化する方法を提供する。この方法は、以下の工程を含む:
a) T1未満の温度で、熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤を含む組成物であって、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤は、T1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成しており、T1未満の温度では前記複合体中の前記ヒドロラーゼの活性を前記阻害剤が阻害し、約T1の温度で前記複合体から解離する組成物を、T1未満の温度で提供する工程;及び
b) 前記組成物の温度をT1超の温度に昇温し、これにより、前記ヒドロラーゼを活性化する工程。
【0022】
用語「活性化」又は「活性化された」又はこれらから派生する用語は、本明細書においてもっとも広い意味で用いられる。特に、活性化されるといわれるものを、増大又は刺激、ある特性、機能、変化などを少しでも付与することを意味する。活性化が決定可能または計測可能な変数であるときは、活性化しない参考状態と比べて、少なくとも約10%、例えば少なくとも約20%、少なくとも約30%、例えば少なくとも約40%、少なくとも約50%、例えば少なくとも約60%、少なくとも約70%、例えば少なくとも約80%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、少なくとも約96%、97%、98%、99%、又はさらに100%まで、変化する値が増大することに拡張され得る。
【0023】
ここで意図されるように、文節「ヒドロラーゼを活性化する」は、活性化しないときのヒドロラーゼ(例えば阻害されたヒドロラーゼ)の活性を超えて、特にヒドロラーゼの活性を増大又は刺激すること、あるいはヒドロラーゼ活性を付与すること(すなわち不活性なヒドロラーゼを機能的な状態にする)ことを意味する。態様において、前記活性化は、不活性なヒドロラーゼを活性な状態又は機能的な状態にすることを含む。
【0024】
態様において、活性化されたヒドロラーゼは、T1超の温度で計測されるように、阻害されていないヒドロラーゼ(すなわち阻害剤不在下でのヒドロラーゼ)の少なくとも40%、好ましくは少なくとも50%又は少なくとも60%、より好ましくは少なくとも70%又は少なくとも80%、さらに好ましくは少なくとも90%又は少なくとも95%の活性を有する。
【0025】
用語「阻害する」「阻害された」またはその派生語は、本明細書において最も広い意味で用いられる。特に、減少又は低下を意味し、少なくとも、阻害されるというものの消滅、又は特性、機能、変化などを抑制することを意味する。阻害が決定可能又は計測可能な変化するものであるときは、阻害は、前記阻害がない参照状態と比べて、前記変数における少なくとも約10%、例えば少なくとも約20%、少なくとも約30%、例えば少なくとも約40%、少なくとも約50%、少なくとも約60%、少なくとも約70%、例えば少なくとも約80%、少なくとも約90%、例えば少なくとも約95%、例えば約96%、97%、98%、99% または実に100%の減少または低下に拡張され得る。
【0026】
ここで意図されるように、文節「ヒドロラーゼを阻害する」は、特に、阻害されていないヒドロラーゼの活性未満に、ヒドロラーゼの活性を低減、破壊、または抑制などのように阻害することを意味する。「残存活性」に関しては、ここでは、阻害剤不在下でのヒドロラーゼ活性に対する阻害剤存在下でのヒドロラーゼ活性を意味する。態様において、ここで述べられているように、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体(すなわち阻害されたヒドロラーゼ)におけるヒドロラーゼ活性は、室温のような、T1未満の温度(例えば20.0 ± 2.0°C)で測定された阻害されていないヒドロラーゼ(すなわち阻害剤不在下でのヒドロラーゼ)の活性の25%未満、好ましくは20%未満又は15%未満、より好ましくは10%未満、さらに好ましくは5%未満である。したがって、態様において、阻害されたヒドロラーゼの相対活性は、T1未満の温度(例えば室温)で測定されるように、25%未満、好ましくは20%未満又は15%未満、より好ましくは10%未満、さらに好ましくは5%未満である。
【0027】
酵素活性は、当業者に既知の分析を用いて決定または測定できる。典型的には、酵素は、酵素阻害剤とともに、又は酵素阻害剤なしでプレ培養し、当該酵素を適切な基質と接触させて、(残存)酵素活性を測定する。例えば、プロテアーゼ活性は、合成基質N-スクシニル-Ala-Ala-Pro-Phe-p-ニトロアニリド(AAPF)を用いて、酵素的に形成されたp-ニトロアニリドの量を比色的に計測することによって、決定することができる。
【0028】
用語「阻害剤」又は「酵素阻害剤」は、一般に酵素の活性を阻害できる分子をいう。阻害剤は、阻害する酵素と結合し得る。「不可逆的阻害」においては、阻害剤は、酵素に共有結合的に連結、またはとても強固に結合しているので、阻害剤が酵素から解離するのが大変遅くなる。「可逆的阻害」とは、酵素に対する阻害剤の非共有結合により特徴づけられ、酵素と阻害剤の間で迅速に平衡状態となることによっても特徴づけられることができる。「競争的阻害剤」とは、酵素の活性部位をブロックし、基質/活性部位相互作用を防止する方法で、これにより反応速度を減じる。競争的阻害の場合、阻害剤は、前記酵素の正常な基質の模倣物であり得る。このタイプの阻害は、異なる基質濃度に対応するDixonプロット(反応速度の逆数である1/V対阻害剤濃度[I])と、異なる阻害剤濃度に対応するLineweaver-Burkプロット(反応速度の逆数である1/V対阻害剤濃度の逆数1/[S])が、左の四分円と縦軸にそれぞれ交差する。「非競争阻害」としては、阻害剤と基質の双方が、酵素に結合でき、これは結合順序から独立している。阻害は、活性部位又はその近くで酵素が立体的に変化するために起こり、これによりターンオーバー数が減少する。非競争的阻害の場合、DixonプロットとLineweaver-Burkプロットとが、左の4分円で、水平軸と交差する。
【0029】
ここで教示するように、前記複合体におけるヒドロラーゼ阻害剤は、ヒドロラーゼを可逆的に阻害するいかなるタイプの阻害剤であってもよい。さらに特に、ここで教示するように、阻害剤は、可逆的なヒドロラーゼ−阻害剤複合体の形成を通じてヒドロラーゼを阻害する。阻害剤は、例えば、競争的阻害剤であってもよいし、非競争的阻害剤であってもよい。
【0030】
ここで用いられる阻害剤は、好ましくはタンパク又はペプチドであり、より好ましくはタンパクである。ここで用いられる用語「タンパク」は、一般に、1又はそれ以上のポリペプチド鎖を含む巨大分子、すなわちペプチド結合により連結されたアミノ酸残基のポリマー鎖をいう。この用語は、天然、組換え、半合成、又は合成により製造されたタンパクに拡張され得る。この用語も、ポリペプチド鎖の1以上の発現時又は発現後の修飾、例えば、限定しないが、グリコシル化、アセチル化、リン酸化、スルホン化、メチル化、ユビキチン化、シグナルペプチド除去、N末端Met除去、プロ酵素又はプレホルモンの活性型への転換などを伴ったタンパクにも拡張される。この用語は、さらに、アミノ酸欠失、付加、及び/又は置換などの天然タンパクに対応するアミノ酸配列変形の対等物(vis-a-vis)を伴うタンパクバリアントまたは変異体も含む。この用語は、全長タンパクと、タンパクの部分又は断片(例えば、全長タンパクのプロセッシングから後に続いておこる自然発生的タンパク部分)の双方を予期する。
【0031】
ここで用いられる阻害剤は、生物学的に、天然(例えば、植物又は微生物のような生物種からの単離)、組換え体、又は(半)合成品である。態様において、植物起源(例えば、植物において天然に発生する)又は組換え体又はその(半)合成バリアントの阻害剤である。植物ソースとしては、限定しないが、小麦(Triticum aestivum)、コーン、オート麦、ライ麦、米、大豆(Glycine max)などが挙げられる。態様において、植物ソースは、小麦(Triticum aestivum)、コーン、オート麦、ライ麦、米と大豆(Glycine max)からなる群より選ばれる。特定の態様では、阻害剤は、ダイズに由来、あるいは組換え体またはその(半)合成バリアントである。
【0032】
用語「酵素」は、一般に化学反応を触媒する分子である。ここで用いられる酵素は、好ましくはヒドロラーゼである。ヒドロラーゼに関して、ここでは、加水分解(すなわち水の添加による化学結合の切断)を触媒する酵素である。ヒドロラーゼの例としては、限定しないが、プロテアーゼ(又はペプチダーゼ)、デハロゲナーゼ、脱アセチル化酵素、ニトリラーゼ、ラクタマーゼ、グルコシダーゼ、ホスファターゼ、ジホスファターゼ、アミラーゼ、リパーゼ、ベータグルカン消化酵素、セルラーゼ、リパーゼ、オキシダーゼ、リポキシゲナーゼ、脱水素酵素、ラッカーゼなどのE.C.3に分類される酵素が挙げられる。
【0033】
態様において、ヒドロラーゼは、セルロース分解酵素及び/又はグルカン消化酵素(セルラーゼ(EC:3.2.1.4)、アミラーゼ(EC:3.2.1.1)及び/又はヘミセルラーゼとも称する)、1,3-キロシダーゼ(xylosidases)(例えばEC: 3.2.1.72)、α−L−アラビノフラノシダーゼ(例えばEC: 3.2.1.55)、1,3-1,4-グルカナーゼ(例えばEC:3.2.1.73 または3.2.1.6) 及びペプチド結合のヒドロラーゼ(プロテアーゼ又はセリンペプチダーゼ(EC: 3.4.21)等のペプチダーゼ(EC: 3.4)を含む群から選択される。
【0034】
好ましい態様においては、ヒドロラーゼはプロテアーゼである。用語「プロテアーゼ」「ペプチダーゼ」及び「ペプチドヒドロラーゼ」は、ここでは同義語として用いられ、ペプチド結合の加水分解を触媒するヒドロラーゼを意味する。特定の態様では、ヒドロラーゼは、セリンプロテアーゼであり、特にサーマス・アクアチクス由来のAqualysin Iであり、特にはサーマス・アクアチクスLMG 8924である。
【0035】
特定の態様では、ヒドロラーゼは、プロテアーゼであり、好ましくはセリンプロテアーゼであり、阻害剤は、トリプシン阻害剤である。例えば、ヒドロラーゼは、サーマス・アクアチクス由来のAqualysin Iであり、より好ましくはサーマス・アクアチクス LMG 8924であり、阻害剤は、ダイズトリプシン阻害剤であってもよい。
【0036】
態様において、ヒドロラーゼは、サーマス・アクアチクス由来のAqualysin Iであり、より好ましくはサーマス・アクアチクス LMG 8924であり、阻害剤は、小麦抽出物、コメ抽出物、オート麦抽出物、ライ麦抽出物であってもよい。
【0037】
ここで阻害剤に関連して用いられている表現「温度感受性」とは、阻害剤の安定性が温度依存性であることを意味する。ここで用いられている温度感受性阻害剤は、特に昇温された温度、より特定的には約T1以上の高温で、不可逆的に不活性化する阻害剤をいう。態様において、温度感受性阻害剤は、約T1の温度で、不可逆的に不活性化される。温度感受性阻害剤としては、例えば、限定しないが、ダイズトリプシン阻害剤(SBTI)が挙げられる。
【0038】
酵素、特にヒドロラーゼに関連してここで用いられている用語「熱安定性」は、酵素、特にヒドロラーゼが、昇温された温度、より特定的にはT1超の温度で(例えば、変性のような化学的構造における不可逆的変化による)不可逆的不活性に対して抵抗性であることをいう。故に、温度T1は、ヒドロラーゼの変性温度未満であることが好ましい。熱安定性ヒドロラーゼとしては、限定しないが、Aqualysin Iである。
【0039】
好ましくは、ここで教示されるヒドロラーゼは、「好熱性」ヒドロラーゼ、すなわち、昇温された温度、特にT1超の温度で活性であるヒドロラーゼをいう。好熱性ヒドロラーゼを使用する有利点は、産業上プロセスの温度上昇に伴う化学反応速度の増大である。態様において、ここで教示されるヒドロラーゼは、40℃以上の最大活性、好ましくは50 ℃以上、より好ましくは60℃以上、さらに好ましくは70℃以上である。
【0040】
ここで用いられる「T1」は、ここで教示したように、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体が分離する温度を意味する。前記温度T1は、好ましくは40℃以上、例えば45℃、より好ましくは50℃以上、例えば少なくとも52℃、少なくとも54℃、少なくとも55℃、少なくとも56℃、又は少なくとも58℃、さらに好ましくは少なくとも60℃である。
【0041】
ここで用いられる用語「解離(dissociation)」は、ここで教示されているヒドロラーゼ−阻害剤複合体がばらばらになる、又は分解すること、これによりヒドロラーゼと阻害剤を解放することを意味する。態様において、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体の解離は、可逆的である。解離が可逆的な場合、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体は、T1未満の温度に低下すると再び連結する。他の態様では、例えば、阻害剤が約T1の温度で不可逆的に不活性化する場合、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体の解離は不可逆である。
【0042】
本発明は、また熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤を含む組成物に関し、前記熱安定性ヒドロラーゼと前記温度感受性阻害剤は、T1未満の温度でヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成し、前記阻害剤はT1未満の温度で前記複合体中のヒドロラーゼ活性を阻害し、約T1の温度で前記複合体から解離する。
【0043】
ここで教示される組成物は、1種以上、例えば2種、3種、4種等のヒドロラーゼ−阻害剤複合体を含む。
【0044】
本発明の組成物は、ここで教示した熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤に加えて、1種又はそれ以上のキャリア又は賦形剤をさらに含んでもよい。「キャリア」又は「賦形剤」としては、限定しないが、溶媒、希釈剤、バッファ、可溶化剤、コロイド、分散剤、ビヒクル、充填材、シリアル小麦粉、繊維(例えばオート麦繊維)、タンパク質、脂質(例えばマーガリン、バター、油及びショートニング)、塩、澱粉、糖、多糖類、多価アルコール、アルカリ(例えば炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、及び水酸化アンモニウム)、酸化防止剤(例えばアスコルビン酸、グルタチオン、システイン)、乳化剤(例えばモノグリセリドのジアセチル酒石酸エステル類(DATEM)、ステアロイル乳酸ナトリウム(SSL)、ステアロイル乳酸カルシウム(CSL)、グリセロールモノステアリン酸塩(GMS)、ラムノース脂質、レシチン、糖エステル、及び胆汁酸塩)、ビタミン(例えばパントテン酸及びビタミンE)、甘味料、着色剤、調味料、香料、増粘剤(例えばガム)、界面活性剤(例えば線状アルキルスルホン酸塩(LAS)、ドデシルベンゼンスルホン酸塩(DDBS)等のアルキルアリールスルホン酸塩、ラウリルエーテル硫酸ナトリウム(SLES)等のアルコールエーテル硫酸塩、アルコールエトキシレート、長鎖4級アンモニウム化合物)、ビルダー(例えばトリポリリン酸ナトリウム(STPP)、クエン酸塩、酒石酸塩、コハク酸塩、グルコン酸塩、ポリカルボン酸塩、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレンエントリアミン五酢酸(DTPA)、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DEG)、及びトリエタノールアミン)、再析出防止剤(例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール(PEG)、及びポリビニルアルコール)、活性酸素漂白剤(例えば過炭酸ナトリウム)、抗菌薬(例えば4級塩化アンモニウム及びアルコール類)、抗真菌薬、柔軟剤(例えば長鎖アミン、長鎖4級アンモニウム化合物)、一つ以上のフレグランス、一つ以上の光学増白剤(例えばアミノトリアジン、クマリン及びスチルベン)、一つ以上の防腐剤(例えばグルタルアルデヒド及びEDTA)、ハイドロトロープ、(例えばキシレンスルホン酸塩、クメンスルホン酸塩、いく種類かのグリコールエーテル硫酸塩、及び尿素)、泡制御剤(例えば、石鹸、シロキサン、及びパラフィン)、腐食抑制剤(例えばケイ酸ナトリウム)、キレート試薬(例えば、EDTAまたはグルタチオン)、崩壊剤、バインダー、潤滑油、湿潤剤などのいずれか又は全てを含んでもよい。
【0045】
ここで教示される組成物は、種々の用途で、より好ましくは昇温した温度で活性なヒドロラーゼを要求するが、より低温(特に雰囲気温度)ではヒドロラーゼの活性が好ましくは阻害される用途で、有利に採用され得る。組成物の用途としては、例えば、食品産業においてここで教示されるような用途(例えば焼成用、ペストリー用途、醸造(ビールの清澄化のため)、消化剤の調製、果実ジュース(果実ジュースの清澄化のため)及びスターチシロップの生産、蒸留酒の生産及びアルコール産業;食餌産業、例えば、ペレット状餌やペットフードの生産;繊維工業(例えば、サイズ剤除去、又はウール若しくはシルクのバイオ漂白のため)、紙産業(例えば、紙の漂白やセルロース処理のため);バイオ燃料の生産のため;洗剤産業(例えば洗濯用若しくは食器用洗剤または表面クリーニングの添加物として)、澱粉転化のため;製薬業界(例えばキトサンのような医薬成分の製造のため)が挙げられる。
【0046】
態様において、ここで教示される組成物は、食品又は餌添加物である。例えば、パン又はペストリー改善剤、または洗浄用組成物(例えば、洗濯用洗剤及び食器用洗剤)が挙げられる。
【0047】
「パン改良剤」(「ドウ改良剤」又は「改良剤」又は「小麦粉処理剤」ともいう)は、典型的には、焼成製品のテクスチャ、容量、フレーバー、及び鮮度を改善するために、さらにはドウの機械加工性(machinability)及び安定性も改善するために、焼成中にドウに添加される。典型的には、パン改良剤は、以下のものを含む又はからなる:1種以上の酵素(例えば、アミラーゼ、キシラナーゼ、リパーゼ、オキシダーゼ、リポキシゲナーゼ(不飽和脂肪酸酸化酵素)、プロテアーゼ、デヒドロゲナーゼ、及びラッカーゼ(laccase)、1種以上の酸化剤又は還元剤(例えばアスコルビン酸、グルタチオン、システイン)、1種以上の乳化剤(例えばジアセチル酒石酸モノグリセリドエステル類(DATEM)、ステアロイル乳酸ナトリウム(SSL)、ステアロイル乳酸カルシウム(CSL)、グリセロールモノステアリン酸エステル(GMS)、ラムノリピッド(rhamnolipids)、レシチン、糖エステル、胆汁酸塩)、一種以上の脂質材(例えばマーガリン、バター、油、ショートニング)、1種以上のビタミン(例えばパントテン酸、ビタミンE)、1種以上のガム、及び/又は1種以上の繊維ソース(例えばオート麦繊維)。
【0048】
動物の餌において、酵素は、何十年もの間、餌の添加剤として用いられてきた。いくつかの酵素は、動物の絶対体重ゲイン(BWG)と与えられた餌の餌転化率(FCR)の1つまたは両方を改善することを示してきた。餌に用いられる酵素は、例えば、栄養士に、動物の畜産学的効能に影響を与えることなく、ダイエットにおけるエネルギー及び/又はタンパク要求を減らすことを許容し得る。動物の餌(貯蔵牧草、ペレット化された餌、すりつぶした餌を含む)は、主に、餌成分と餌添加剤とを含み、餌添加剤の中に酵素がある。餌成分は、穀類、豆類、ビート糖蜜、ジャガイモパルプ、ピーナッツミール、及び生物燃料製品などの植物材料であってもよいし、魚ミール、肉付き骨ミール、昆虫ミールなどの動物製品であってもよい。
【0049】
洗浄用組成物は、典型的には、以下のものを含む又はからなる:1種以上の表面活性剤(例えば線状アルキルスルホン酸 (LAS)、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム塩(DDBS)等のアルキルアリールスルホン酸類、ラウリルエーテル硫酸エステル(SLES)、アルコールエトキシレート、長鎖第4級アンモニウム化合物等のアルコールエーテル硫酸エステル)、1種以上のビルダー(例えば、トリポリリン酸ナトリウム(STPP)、クエン酸塩、酒石酸塩、コハク酸塩、グルコン酸塩、ポリカルボン酸塩、エチレンジアミンテトラ酢酸塩(EDTA)、ジエチレントリアミンペンタ酢酸塩(DTPA)、ヒドロキシエチレンジアミントリ酢酸(HEDTA)、ジヒドロキシエチルグリシン(DEG)、及びトリエタノーアミン)、1種以上のアルカリ(例えば、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、及びアンモニウムヒドロキシド)、再沈殿防止剤(例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール(PEG)及びポリビニルアルコール)、1種以上の酵素(例えばペプチダーゼ、アミラーゼ、リパーゼ)、1種以上の活性酸素漂白剤(例えば、過炭酸ナトリウム)、1種以上の抗菌剤(例えば4級アンモニウム塩化物及びアルコール)、1種以上の繊維柔軟剤(長鎖アミン及び長鎖第4級アンモニウム化合物)、1種以上のフレグランス、1種以上の光学的光沢剤(例えばアミノトリアジン、クマリン、スチルベン)、1種以上の保存剤(例えばグルタルアルデヒド及びEDTA)、1種以上のハイドロトープ(例えば、キシレンスルホン酸塩、クメンスルホン酸塩、いくつかのグリコールエーテル硫酸塩、尿素)、1種以上の泡調整剤(例えば石鹸、シロキサン、パラフィン)、及び/又は1種以上の防腐剤(例えばケイ酸ナトリウム)。
【0050】
また、ここで教示されるような食品又は餌産業、洗浄剤産業、紙産業、繊維産業、生物燃料製造のために、及び/又は製薬産業における、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体又は組成物の用途について、ここで説明される。
【0051】
ある態様は、餌産業における、ここで教示されるヒドロラーゼ−阻害剤複合体または組成物の用途に関する。
【0052】
ある態様は、洗浄剤産業におけるここに教示されるヒドロラーゼ−阻害剤複合体又は組成物の用途に関する。
【0053】
ある態様は、食品産業におけるここで教示されるヒドロラーゼ−阻害剤複合体又は組成物の用途に関する。さらなる態様は、パン又はペストリー応用品におけるここで教示されるヒドロラーゼ−阻害剤複合体またはその組成物の用途に関する。
【0054】
特定の態様としては、焼成品、特にパン製品のクリスピー(crispiness)を改良するための、ここで教示のヒドロラーゼ−阻害剤複合体または組成物の用途に関する。さらに特定的には、焼成製品(特にパン製品)のクリスピークラストを、焼成後のかなりの期間保持する用途に関する。また、焼成品(特にパン製品)のクリスピーを改良する方法、さらに特定的には、焼成製品(特にパン製品)のクリスピークラストを、焼成後かなりの期間保持する方法についても、ここに開示する。この方法は、ドウ又は部分的に焼成された製品(特にパン製品)の外側上に、ここで教示される組成物を適用する工程を含む方法である。
【0055】
「パン製品」は、ソフトパン製品及び硬い皮のある製品を包含する。「ソフトパン製品」は、柔らかいパンの耳を有し、その他、包装されたあらゆるベーカリー製品及びスイート製品(包装されているもの又は包装されていないもの)を包含する。ソフトパン製品としては、例えば、限定しないけれども、パン、ソフトロール、ドーナツ、バンズ、オーブンで温められる(microwavable)バンズ、デニッシュペストリー、ハンバーガーロール、ピザ、ピタパンが挙げられる。「硬い皮のある製品」は、硬い皮(クラスト)を有している。これらは通常、包装されていない、又は紙で包装される。硬い皮のある製品(クラスティ製品)としては、例えば、バケットまたはロールパンが挙げられる。
【0056】
「ケーキ」は、小麦粉、砂糖及び卵(全卵及び/又は卵の白身及び/又は黄身)という3つの主な成分(成分比率はケーキのタイプにより異なる)を用いて調製されたバターベースの製品である。添加される成分としては、例えば、脂肪及び/脂質、パン種剤、乳化剤、ミルクプロテイン、ハイドロコロイド、(天然、化学的又は物理的にモデファイされた)スターチ、ココアパウダー、チョコレート、着色剤、フレーバーなどが挙げられる。ケーキは成分(例えばベーキングパウダー、卵、乳化剤、タンパクなど)の添加により膨らむことができ、及び/又はケーキの調製工程(例えば、バターのホイップ)で膨らむことができる。典型的なタイプのケーキは、ローフクリームとパウンドケーキ、カップクリームとパウンドケーキ、スポンジケーキ、マフィン、ケーキドーナツ、ブラウニィなどである。
【0057】
本発明の他の見地は、ここで教示される組成物の調製方法に関する。その方法は下記工程を含む。
a) 熱安定性ヒドロラーゼと温度感受性阻害剤を、適当な溶媒中で混合する工程;
b) 工程a)で得られた混合物を、T1未満の温度で培養することにより、前記阻害剤を、ヒドロラーゼと複合体を形成させる工程;及び
c) 所望により、前記混合物を、乾燥、冷蔵、冷凍、及び/又は安定化する工程。
【0058】
前記ヒドロラーゼと前記阻害剤とは、液体又は固体状態として提供され得る。
前記溶媒は、好ましくは液体である。「好適な溶媒」は、組成物の他の成分と相溶する溶媒を意味する。さらに特には、ヒドロラーゼと相溶する(すなわちヒドロラーゼの安定性に影響を及ぼさない)溶媒を意味する。好適な溶媒としては、例えば、限定しないけれども、酢酸ナトリウムバッファまたはホウ酸ナトリウムバッファのようなバッファを含むことを意味する。
工程a)で得られた混合物は、例えば、溶液又は懸濁液である。
【0059】
工程a)で得られた温度感受性阻害剤と熱安定性ヒドロラーゼの混合物の培養は、ヒドロラーゼ−阻害剤複合体を形成させるために、T1未満の温度で行わなければならない。態様において、培養は、T1よりも少なくとも10℃低く、好ましくはT1温度よりも少なくとも15℃低く、より好ましくはT1温度よりも少なくとも20℃低く、T1温度よりも少なくとも25℃、30℃、35℃又は40℃低い温度で行われる。好ましくは、培養は、0℃〜約40℃の温度で行われ、好ましくは約10℃〜約30℃で、より好ましくは15℃〜25℃、例えば20℃で行われる。
【0060】
培養は、ヒドロラーゼ活性の阻害を達成するのに十分な時間だけ行われる。好ましくは、酵素活性は、雰囲気温度(すなわち約10℃〜約30℃、好ましくは約15℃〜25℃、例えば20℃)で測定された場合に、阻害されていない酵素(すなわち阻害剤不在下での酵素)の酵素活性に対して、少なくとも75%、好ましくは少なくとも80%又は少なくとも85%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%(すなわち不活性な酵素)阻害される。典型的には培養時間は、約5分から約2時間、好ましくは約10分から約1時間、例えば30分である。
【0061】
工程b)に従った培養で得られた混合物は、そのままで、あるいはさらに処理されてもよい。例えば、混合物は乾燥、冷却、冷蔵、凍結及び/又は安定化されてもよい。したがって、態様において、ここで教示された方法は、さらに工程c)を含でもよい。工程c)は、以下のような工程の1つ以上が行われる:混合物の乾燥、混合物の冷却、混合物の凍結、混合物の安定化。
【0062】
混合物の乾燥は、例えば、スプレードライ、フリーズドライ、流動床式ドライ、ドラム式ドライ、フィルム乾燥、フラッシュドライ、リングドライ、赤外線ドライ、押し出し、又は凝集により行うことができる。
【0063】
混合物は、10℃未満の温度、好ましくは8℃未満の温度、より好ましくは5℃未満の温度(すなわち冷蔵)で冷却されてもよい。
混合物は、0℃未満、好ましくは−10℃、より好ましくは−20℃未満の温度で凍結されてもよい。
混合物の安定化のために、例えばグリセロール、塩、保存剤のような好適な保存剤が添加されてもよい。
【0064】
上述のように、ここで教示する組成物は、さらに、1種以上のキャリアまたは賦形剤を含んでもよい。これらは、さらなる処理工程の前又は後で、混合物に添加されることができる。
【0065】
本発明はさらに以下の実施例で説明されるが、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0066】
実施例1:ペプチダーゼ−ペプチダーゼ阻害剤複合体
方法
ペプチダーゼ活性分析
ペプチダーゼ活性は、合成基質N−スクシニル-Ala-Ala-Pro-Phe−p−ニトロアニリド(AAPF)を用いて、比色分析により決定した。ペプチダーゼは、Aqualysin I(Aq I)、すなわちサーマス・アクアチスLMG 8924により生産されたエンド作用(内部切断:endo-working)する好熱性アルカリ性セリンペプチダーゼであった。分析混合物は、45μLの適宜希釈された酵素溶液(Aq I濃度0.95μM)に、50mMのホウ酸ナトリウムバッファ(pH 10.0)60μL、60μLの基質溶液(50mMのホウ酸ナトリウムバッファ(pH 10.0)中に1.28mMのAAPF)を混合したものを含み、正確に20分間、異なる培養温度(30℃、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃及び90℃)に加熱した。加熱後すぐに、全てのサンプルは、氷水で冷却され、反応容量100μlがマイクロタイタープレートに移され、吸光度415nm(Abs 415nm)を、室温で、決定し、酵素反応により生成したp−ニトロアニリドの量を測定した。各サンプルは3回分析された。
【0067】
ペプチダーゼ阻害剤存在下でのペプチダーゼ活性
阻害剤は、Glycine max (ダイズ)(シグマアルドリッチ社、Bornem、ベルギー)由来のダイズトリプシン阻害剤(SBTI)を用いた。0.95μMのAq I(45μl)と、95.7μMのSBTIを含有する混合物を調製し、室温で30分間プレ培養した。この混合物を、酵素溶液の代わりに、上記で説明した分析混合物において用いた。サンプルは、異なる培養温度(40℃、50℃、60℃、70℃、75℃、80℃及び90℃)で、正確に20分間培養した。酵素溶液の代わりに水を用いて分析混合物を培養することにより調製したサンプルは、すべて、加熱後すぐに氷水で冷却され、100μlの反応容量がマイクロタイタープレートに移され、415nmでの消滅がコントロールに対して測定された。全てのサンプルは3回分析された、
【0068】
結果
阻害剤の影響は、より低い培養温度では、高温のときよりも顕著であった(
図1)。十分な阻害剤の存在下では、Aq I活性は、培養の間、60℃に達するまで計測されなかった。反対に、70℃及び80℃では、同量の阻害剤の存在下での相対Aq I活性は、(阻害剤不在下でのAq I活性と比較して)約50%残存していた。
【0069】
これらの結果から、プレ培養の間、Aq IはSBTIと相互に作用し、温度依存安定性を有する酵素−阻害剤複合体を形成したことがわかる。60°Cでは、Aq Iの相対活性は、より低温(30〜50℃)での相対活性と顕著な相違は認められなかった。このことは、60℃まで、酵素−阻害剤複合体が、比較的安定であることを示している。より高温(60〜80℃)では、阻害剤の影響は、酵素−阻害剤複合体が温度依存的に解離して低下する。
【0070】
阻害剤不在下では、70℃でAq I活性は最も高い。70°Cを超えると、Aq I活性は、Matsuzawa et al. (1988, European Journal of Biochemisty:171,441-447)によって説明されたような酵素変性のために減少する。
【0071】
本実験条件下では、阻害剤存在下では、60℃までの培養温度で、Aq I活性は測定されなかった。阻害剤存在下での70℃及び80℃でのAq Iの培養は、阻害剤不在下でのAq I活性の約50%のAq I活性が残存する結果となった。80℃超の温度では、阻害剤の存在は、Aq I活性に対して影響なかった。
【0072】
実施例2 パン製品のクリスピーを改良するためのペプチダーゼ−ペプチダーゼ阻害剤複合体の用途
方法
Aq Iとダイズトリプシン阻害剤(シグマアルドリッチ、ボーネム、ベルギー)を含む酵素−阻害剤複合体を、冷凍保存したロールパンのドウサンプルの表面に塗布した。冷凍保存したロールパンのドウは、地方のスーパーマーケット(AVEVEグループ、リューベン、ベルギー)で購入した。
【0073】
解凍及び発酵に先立って、冷凍ロールドウサンプルを、液体窒素(浸漬前に、全てのロールパンドウサンプルの表面を均一に凍結する)及び1)酵素−阻害剤複合体、2)酵素のみ(濃度8.54 nmol/ml(水道水))、3)阻害剤のみ(濃度853.73nmol/ml(水道水)、又は4)添加剤なしの水道水(コントロール)の水溶液に、連続的に浸した。8.54nmol/ml水道水酵素と853.73nmol/ml水道水阻害剤を含む酵素−阻害剤複合体に関する溶液は、100%の酵素阻害がえられて、30分間平衡にして、酵素−阻害剤複合体の形成を確認した。凍結されたロールパンドウサンプルを、水溶液に浸すことにより、阻害剤から解放されているか解放後かにかかわらず、酵素は、焼成の間、ドウ/ロールパンの表面をモデファイするだけであることが確認された。
【0074】
ロールパンドウの重量は、水溶液又は水道水に浸す前後で測定された。
【0075】
浸されたロールパンドウサンプルは、発酵室(National Manufacturing,リンカーン、ネブラスカ州、米国)で、4時間、発酵(33℃、95%相対湿度)した。焼成は、Condiluxデッキオーブン(Hein, Strasse、ルクセンブルグ)で、220℃(上部及び底部)で20分間加熱することにより行われた。
【0076】
クラストの水活性は、クラストクリスピー(Primo-Martinetら、2006年、Journal of Cereal Science 43(3):342-352頁)について、1時間冷却、2時間冷却、及び4時間冷却後に決定された。
【0077】
結果
全ての実験において、同等量の水がドウ表面に添加され、
図2で証明されるように、浸漬前後で、ドウの質量は増加していた。
図3は、特に2時間の冷却後に、酵素溶液又は酵素−阻害剤複合体溶液に予め浸漬したドウサンプルからのロールパンが、より低い水活性を有していたことを示している。こうして、水(コントロール)又は阻害剤が存在するだけの水に浸したロールパンと比べて、よりクリスピーな外皮を有していた。酵素溶液及び酵素−阻害剤複合体溶液に予め浸したドウサンプルからのロールパンの水活性は、実質的に同じで、阻害剤との複合体として添加された酵素は、阻害剤なしで添加された酵素と比べて、結果的に同じクラストの水活性となる加水分解活性を発揮することができた。