現状からの変針角の選択肢と変速率の選択肢とを組み合わせた空間を避航操船空間として、前記避航操船空間の各位置毎に、当該各位置の選択に伴う操船者の主観的な好みを表す選好度を算出する選好度算出部と、
前記避航操船空間の各位置毎に、自船が避航操船を行った場合の他船に対する衝突危険度を算出する危険度算出部と、
前記避航操船空間の各位置毎に、前記選好度から前記衝突危険度を減算することで効用値を算出する効用値算出部と、
を有し、
前記選好度算出部は、ウエイポイントへの前記変針角と所定の速力への前記変速率とを組み合わせた前記避航操船空間の位置である第1の位置に第1のピーク値を有し、原針路維持の前記変針角と原速力維持の前記変速率とを組み合わせた前記避航操船空間の位置である第2の位置に第2のピーク値を有する前記選好度を算出する、
避航支援装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0014】
《避航支援装置周りの概略》
図1は、本発明の一実施の形態による避航支援装置周りの構成例を示す概略図である。
図1において、船舶情報取得部11は、各種機構を用いて、自船の情報(針路、速力および位置)と、自船周辺の所定の範囲内に存在する単数または複数の他船の情報(針路、速力および位置)とを取得する。各種機構は、代表的には、AIS(Automatic Identification System)30、レーダ31、カメラ32、方位センサ35、速度センサ36およびGPS(Global Positioning System)37等のいずれかまたはその組み合わせである。
【0015】
AISは、船舶間や船舶と陸上間で、船舶の位置、針路、速力、目的地などの船舶情報を無線通信で交換することで、他船や自船の情報を取得するシステムである。レーダ31やカメラ32は、自船の周辺に存在する各他船の相対的な針路、速力および位置を検出することで、他船の情報を取得する。方位センサ35は、ジャイロコンパス等であり、自船の針路を検出する。速度センサ36は、電磁式ログやドップラーログ等であり、自船の速力を検出する。GPS37は、自船の位置を検出する。
【0016】
避航支援装置10は、効用値算出部20と、航路設定部22と、操船指示部23とを備える。効用値算出部20は、選好度算出部24と、危険度算出部26とを備える。避航支援装置10は、例えば、CPU(Central Processing Unit)を含むコンピュータシステムを用いたプログラム処理によって実現される。ただし、必ずしもこれに限定されず、例えば、避航支援装置10の一部は、専用のハードウェアで実現されてもよい。
【0017】
航路設定部22は、予め操船者等によって設定された電子海図上の予定航路を記憶する。予定航路は、出発地点と目標地点とを複数のウエイポイント(WP)を介して結んだ経路であり、ウエイポイント(WP)は、代表的には変針点である。電子海図は、ハードディスク等の不揮発性記憶装置14に記憶される。また、航路設定部22は、予め記憶した予定航路に基づいて選好度算出部24にウエイポイント(WP)の情報(例えば、位置または針路)を通知する。
【0018】
危険度算出部26は、避航操船空間の各位置毎に、自船が避航操船を行った場合の他船に対する衝突危険度を、自船および他船の一方である基準船舶の周囲に設定される楕円状のバンパー領域(言い換えれば排他的領域)を用いて算出する。避航操船空間とは、現状からの変針角の選択肢と変速率の選択肢とを組み合わせた空間であり、避航操船を行う際に採り得る選択肢(言い換えれば手数)を表す。
【0019】
選好度算出部24は、避航操船空間の各位置毎に、当該各位置の選択に伴う操船者の主観的な好みを表す選好度を算出する。この際に、選好度算出部24は、避航操船空間におけるウエイポイント(WP)用の位置にピーク値を有する選好度を算出する。ウエイポイント(WP)用の位置は、ウエイポイント(WP)への変針角と所定の速力(例えば、原速力)への変速率とを組み合わせた位置である。加えて、選好度算出部24は、避航操船空間における現状維持用の位置にピーク値を有する選好度を算出する。現状維持用の位置は、原針路維持の変針角と原速力維持の変速率とを組み合わせた位置である。このように、選好度算出部24は、2個のピーク値を有する選好度を算出する。
【0020】
効用値算出部20は、避航操船空間の各位置毎に、選好度算出部24による選好度から危険度算出部26による衝突危険度を減算することで効用値を算出する。操船指示部23は、効用値算出部20からの効用値が最大となる避航操船空間の位置を認識し、当該位置に対応する変針角および変速率を最適な操船方法として自動操縦装置15へ指示する。
【0021】
自動操縦装置15は、指示された変針角に向けて変針するように舵を自動制御するオートパイロットや、指示された変速率に向けて変速するようにエンジン出力を自動制御する装置等を含む。自動操縦装置15は、船舶情報取得部11からの自船情報(現在の針路、速力、位置)と、航路設定部22からの予定航路情報とを受け、操船指示部23からの指示に応じて、適宜、操船を行いながら、目標地点に向けて自律航行を行う。結果表示装置13は、ディスプレイ等であり、例えば、効用値算出部20による効用値の算出結果を表す3次元グラフ(避航操船空間の各位置毎の効用値)を表示する。
【0022】
《避航支援装置(比較例)の各部の詳細》
ここで、実施の形態の避航支援装置の説明に先立ち、比較例となる避航支援装置について説明する。比較例となる避航支援装置は、
図1の構成例において、ウエイポイント(WP)の情報が通知されない選好度算出部(24’と呼ぶ)を備える。当該選好度算出部(24’)は、実施の形態の選好度算出部24と異なり、避航操船空間における現状維持用の位置のみにピーク値を有する選好度を算出する。
【0023】
図9は、自船と他船が衝突し得る状況の一例を示す図である。
図9の例では、自船OSは、北に向けて所定の速力で進行しており、他船TSは、西に向けて所定の速力で進行している。自船OSおよび他船TSがそのまま進行を続けると、所定の時間(最近接時間(Tcpa))後に衝突する可能性がある。この場合、他船TSを右側に見る自船OSに衝突回避義務が生じる。このような場合に、自船OSは、衝突を効率的に回避するための避航操船方法を避航支援装置を用いて探索する。
【0024】
図10は、本発明の比較例となる避航支援装置における選好度算出部の処理結果の一例を示す図である。
図10において、横軸は、変針角[deg]であり、原針路を0[deg]として左変針“−60[deg]”から右変針“60[deg]”までの範囲を示している。縦軸は、変速率[%]であり、原速力を100[%]として0[%]から100[%]までの範囲を示している。前述した避航操船空間は、この横軸および縦軸で示される空間であり、避航操船の選択肢を表す空間である。
【0025】
一方、高さ軸は、選好度であり、“1.0”に近づくほど好ましさが増し、“0”に近づくほど好ましさが減ることを表す。通常、操船者は、他船や陸域等の障害物が存在しない場合、主観的に原針路と原速力を維持することを好み、針路や速力をできるだけ変化させないことを好む。
図10に示される原針路用選好度Pb
org(i,j)は、このような操船者の主観を反映して、式(1)に示される演算式によって定められる。
Pb
org(i,j)=Pb
org(i,0)×Pb
org(0,j) …(1)
【0026】
式(1)によって算出される原針路用選好度Pb
org(i,j)は、
図10に示されるように、現状維持用の位置(変針角“0[deg]”、変速率“100[%]”の位置)にピーク値PK2を有する。選好度算出部(24’)は、変針角(i)と変速率(j)との組み合わせ毎に、式(1)の原針路用選好度Pb
org(i,j)を算出する。
【0027】
ここで、式(1)における各項は、式(2)の変針選好度Pb
org(i,0)および式(3)の変速選好度Pb
org(0,j)に示される指数関数によって定められる。変針選好度Pb
org(i,0)は、変速率を100[%]とした場合で、変針角を0[deg]から“ΔCo”変化させた場合の選好度を表す。一方、変速選好度Pb
org(0,j)は、変針角を0[deg]とした場合で、変速率を100[%]から“ΔV”変化させた場合の選好度を表す。式(2)および式(3)における“a
c”および“a
v”は予め設定される係数であり、“a
c”は、右変針時と左変針時で異なる値に設定されてもよい。
Pb
org(i,0)=exp(−a
c×ΔCo) …(2)
Pb
org(0,j)=exp(−a
v×ΔV) …(3)
【0028】
図11は、
図1の避航支援装置における危険度算出部の処理内容の一例を説明する図であり、
図12は、
図11におけるバンパー領域を説明する補足図である。
図13は、
図1の避航支援装置における危険度算出部の処理結果の一例を示す図である。例えば、
図9に示したようなケースにおいて、危険度算出部26は、
図13に示されるような処理結果を生成する。
図13において、横軸および縦軸は、
図10の場合と同様の避航操船空間である。高さ軸は、衝突危険度であり、“1.0”に近づくほど危険が増し、“0”に近づくほど危険が減ることを表す。
【0029】
危険度算出部26は、
図13の避航操船空間の各位置毎に、
図11に示されるような方式を用いて衝突危険度を算出する。
図11には、自船OSと他船TSの相対関係が示される。自船OSは、絶対軸上の座標(Xo,Yo)に位置し、所定の針路へ速力Voで進行する。一方、他船TSは、絶対軸上の座標(Xt,Yt)に位置し、所定の針路へ速力Vtで進行する。
【0030】
ここで、自船OSおよび他船TSの一方は基準船舶であり、他方は対象船舶である。基準船舶の位置は、相対軸上の原点に定められ、基準船舶の針路は、相対軸上のY軸に定められ、それに直交する軸は、相対軸上のX軸に定められる。この例では、基準船舶は他船TS、対象船舶は自船OSであるが、相対関係であるため、対象船舶が他船TS、基準船舶が自船OSであってもよい。
【0031】
このような相対軸上で、対象船舶である自船OSは、速力Voのベクトルと速力Vtの逆ベクトルとの合成ベクトルで得られる相対針路43へ相対速力Vrで進行する。なお、自船OSの位置、針路、速力は、
図1の船舶情報取得部11からの自船情報に、避航操船空間の位置に基づく変針角および変速率を反映させることで定められる。また、他船TSの位置、針路、速力は、
図1の船舶情報取得部11からの他船情報に基づき、他船TSが当該針路および速力をそのまま維持するものとして定められる。
【0032】
ここで、基準船舶である他船TSの周囲には、楕円状のバンパー領域(排他的領域)40が設定される。
図12には、短径Aおよび長径Bを有するバンパー領域40が示される。バンパー領域40のサイズは、例えば、自船OSの全長および速力、他船TSの全長および速力といった2隻の船舶の情報に基づいて定められる。なお、他船TSの位置は、バンパー領域40の中心ではなく、船舶の交通ルール等を反映して中心から距離Cおよび距離Dだけ左下にシフトした位置に設定される。
【0033】
このようなバンパー領域40を用いて、
図11に示されるように、他船TSの位置からバンパー領域40の外周に向けて最大値から最小値に順次推移するようなリスク関数41,42が定義される。具体的には、リスク関数41は、Y軸(相対軸)用であり、他船TSの位置となるY軸(相対軸)の原点座標で最大値“1.0”となり、バンパー領域40の外周が位置するY軸(相対軸)の最大座標および最小座標で最小値(例えば“0”)となる。同様に、リスク関数42は、X軸(相対軸)用であり、X軸(相対軸)の原点座標で最大値“1.0”となり、バンパー領域40の外周が位置するX軸(相対軸)の最大座標および最小座標で最小値(例えば“0”)となる。
【0034】
危険度算出部26は、自船OS(対象船舶)が将来的に通過するバンパー領域40内の位置に応じたリスク関数41,42の値を算出することで衝突危険度を算出する。具体的には、危険度算出部26は、自船OSが相対針路43上を進行した場合のY軸(相対軸)との交点座標に対応するリスク関数41の値をY軸衝突危険度Ryとして算出し、X軸(相対軸)との交点座標に対応するリスク関数42の値をX軸衝突危険度Rxとして算出する。
【0035】
そして、危険度算出部26は、式(4)に示されるように、Y軸衝突危険度RyかX軸衝突危険度Rxの大きい方の値に所定の重み付けを行うことで衝突危険度R(i,j)を算出する。式(4)において、“Tcpa”は最近接時間であり、“Wtcpa”は予め設定された一定時間である。式(4)では、最近接時間(Tcpa)が短いほど、衝突危険度R(i,j)が高まるような重み付けがなされている。
R(i,j)=max(Rx,Ry)×(1−Tcpa/Wtcpa) …(4)
【0036】
また、実際には、所定の範囲内に他船TSは1隻ではなく、q隻(qは2以上の整数)存在する場合がある。これに伴い、
図13の避航操船空間の各位置毎に、対象となる他船TS(すなわち、最も影響が大きい他船TS)も異なり得る。そこで、実際には、式(4)の衝突危険度R(i,j)の代わりに、式(5)の衝突危険度Rk(i,j)が用いられる。式(5)の衝突危険度Rk(i,j)は、避航操船空間の各位置毎に、単数または複数の他船TSの中の最も影響が大きい他船TSに対する衝突危険度R(i,j)によって定められる。
【数1】
【0037】
図14は、
図1の避航支援装置における効用値算出部の処理結果の一例を示す図である。
図14において、横軸および縦軸は、
図10の場合と同様の避航操船空間である。高さ軸は、効用値であり、“1.0”に近づくほど効果が増し、“0”に近づくほど効果が減ることを表す。効用値算出部20は、
図14の避航操船空間の各位置毎に、式(6)に示されるように、選好度算出部による選好度Pb(i,j)から、危険度算出部26による式(5)の衝突危険度Rk(i,j)を減算することで効用値u(i,j)を算出する。ここで、選好度Pb(i,j)は、比較例となる避航支援装置では、選好度算出部(24’)による式(1)の原針路用選好度Pb
org(i,j)に該当する。また、衝突危険度Rk(i,j)は、詳細には、所定の係数αで重み付けされる。
u(i,j)=Pb(i,j)−α×Rk(i,j) …(6)
【0038】
このような演算に伴い、
図14の効用値は、
図10の選好度から
図13の衝突危険度を減算することで得られる。最適な避航操船方法は、効用値u(i,j)が最大となる方法であり、
図14の例では、速力を維持して、変針角18[deg]の右変針を行う方法となる。
図1の操船指示部23は、この効用値が最大となる避航操船空間の位置に対応する変針角および変速率を最適な避航操船方法として自動操縦装置15へ指示する。
【0039】
《避航支援装置(比較例)の問題点》
図15は、本発明の比較例となる避航支援装置において、避航操船によって自船が他船を回避したのちの状況の一例を示す図である。
図16は、
図15の状況における危険度算出部の処理結果の一例を示す図であり、
図17は、
図15の状況における効用値算出部の処理結果の一例を示す図である。
【0040】
図15では、自船OSが避航操船を行った結果、自船OSの前方で、他船TS2の通過が完了している。この避航操船に伴い、自船OSの原針路は、ウエイポイントWPへの針路から外れるため、自船OSは、本来、このように他船TS2の通過が完了した段階(もしくはそれに近い段階)で、ウエイポイントWPに向けて復帰操船を行いたい。しかし、比較例となる避航支援装置は、このような復帰操船を行う仕組みを備えておらず、そのままでは、原針路への進行を継続してしまう。
【0041】
そこで、例えば、避航操船空間の衝突危険度がゼロになった時点で復帰操船を開始するといった仕組みを別途設けるような方式が考えられる。しかし、
図15に示されるように、例えば、自船OSの前方で自船OSと略平行に進行している他船TS1が存在するような場合、
図16に示されるように、当該他船TS1に伴う衝突危険度が残り続ける。その結果、
図15のような状況で、自船OSは、本来、他船TS1に関わらず復帰操船を行うことが可能であるにも関わらず、他船TS1によって復帰操船を行うことが困難となる。すなわち、操船指示部23は、
図17の結果に基づき、ピーク値PK2に対応する現状維持の操船方法を自動操縦装置15へ指示することになる。
【0042】
このような問題は、
図15のような状況に限らず、特に、湾内といった船舶の輻輳度が高い海域で同様に生じ得る。すなわち、輻輳度が高い海域では、衝突危険度がゼロになる状況自体が生じ難い。一方、例えば、避航操船空間の所定の範囲の衝突危険度が所定のレベル以下となった場合に復帰操船を開始するといった方式も考えられる。ただし、この際の妥当な条件を見出すことは容易でない。そこで、
図1に示した実施の形態の避航支援装置10を用いて復帰操船を実現することが有益となる。
【0043】
《避航支援装置(実施の形態)の各部の詳細》
図2は、
図1における選好度算出部の処理結果の一例を示す図である。
図2に示されるように、
図1の選好度算出部24は、
図10の場合と同様に、避航操船空間における原針路維持の変針角Corg(すなわち0[deg])と原速力維持の変速率(すなわち100[%])とを組み合わせた位置である現状維持用の位置にピーク値PK2を有する選好度を算出する。加えて、選好度算出部24は、避航操船空間におけるウエイポイントWPへの変針角Cwpと所定の速力への変速率とを組み合わせた位置であるウエイポイントWP用の位置にピーク値PK1を有する選好度を算出する。当該所定の速力は、この例では、原速力(変速率100%)である。ここで、ピーク値PK1は、ピーク値PK2よりも大きい値に設定される。
【0044】
図3および
図4は、
図2で変速率を一定とした場合の変針角と選好度の関係を示す図である。ここでは、変速率100[%](原速力維持)の場合が例示される。
図3には、原針路用選好度Pb
org(i,0)と、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,0)とが示される。原針路用選好度Pb
org(i,j)は、前述した式(1)で算出される。式(1)を用いると、
図2に示されるように、原針路維持の変針角Corg(0[deg])の際の原針路用選好度Pb
org(Corg,j)が得られる。
【0045】
図2に示されるウエイポイントWPへの変針角Cwpの際のウエイポイントWP用選好度Pb
wp(Cwp,j)は、当該原針路用選好度Pb
org(Corg,j)を用いて、式(7)で定められる。式(7)において、“β”は、ピーク値PK1をピーク値PK2よりもどの程度大きくするかを予め定める係数であり、“β>1”を満たす係数である。なお、変針角Cwpは、例えば、
図1の航路設定部22からのウエイポイントWPの情報(例えば位置)と船舶情報取得部11からの自船情報(例えば、位置および針路)とに基づいて定められる。
Pb
wp(Cwp,j)=β×Pb
org(Corg,j) …(7)
【0046】
一方、避航操船空間全体におけるウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)は、式(8)または式(9)で算出される。式(8)は、変針角φiがウエイポイントWPへの変針角Cwpよりも小さい場合(φi<Cwp時)に適用され、変針角φiが変針角Cwpよりも左変針となる範囲で適用される。一方、式(9)は、変針角φiがウエイポイントWPへの変針角Cwp以上の場合(φi≧Cwp時)に適用され、変針角φiが変針角Cwpに等しい、または、変針角Cwpよりも右変針となる範囲で適用される。
Pb
wp(i,j)=exp(a
1×φi+b
1) …(8)
Pb
wp(i,j)=exp(a
2×φi+b
2) …(9)
【0047】
式(8)における“a
1”は、式(10)で算出される。式(10)において“Cmin”は、避航操船空間における変針角の最小値(言い換えれば、最大の左変針角(ここでは−60[deg]))である。“Z
1”は、変針角Cminの際の原針路用選好度Pb
org(Cmin,j)であり、“Z
2”は、式(7)に示される変針角Cwpの際のウエイポイントWP用選好度Pb
wp(Cwp,j)である。“a
1”は、変針角Cminに対して“Z
1”が得られることを前提として、変針角Cwpに対して“Z
2”が得られるような指数関数の傾きを定める。一方、式(8)における“b
1”は、式(11)で算出される。“b
1”は、式(8)において、変針角φiが“Cmin”の場合にウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)が“Z
1”となるように調整するための係数である。
a
1={1/(Cwp−Cmin)}×log(Z
2/Z
1) …(10)
b
1=log(Z
1)−(Cmin×a
1) …(11)
【0048】
同様に、式(9)における“a
2”は、式(12)で算出される。式(12)において“Cmax”は、避航操船空間における変針角の最大値(言い換えれば、最大の右変針角(ここでは+60[deg]))である。“Z
3”は、変針角Cmaxの際の原針路用選好度Pb
org(Cmax,j)である。“a
2”は、変針角Cwpに対して“Z
2”が得られることを前提として、変針角Cmaxに対して“Z
3”が得られるような指数関数の傾きを定める。一方、式(9)における“b
2”は、式(13)で算出される。“b
2”は、式(9)において、変針角φiが“Cwp”の場合にウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)が“Z
2”となるように調整するための係数である。
a
2={1/(Cmax−Cwp)}×log(Z
3/Z
2) …(12)
b
2=log(Z
2)−(Cwp×a
2) …(13)
【0049】
図1の選好度算出部24は、
図2および
図3に示されるように、避航操船空間上で、ウエイポイントWP用の位置から離れるにつれてピーク値PK1から低下する指数関数を算出する。当該指数関数は、式(8)または式(9)のウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)に該当する。また、選好度算出部24は、
図2および
図3に示されるように、避航操船空間上で、現状維持用の位置から離れるにつれてピーク値PK2から低下する指数関数を算出する。当該指数関数は、式(1)の原針路用選好度Pb
org(i,j)に該当する。
【0050】
この算出結果に基づき、選好度算出部24は、
図2および
図3に示されるように、この2個の指数関数(ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)および原針路用選好度Pb
org(i,j))を重ね合わせる。そして、選好度算出部24は、
図2および
図4に示されるように、避航操船空間の各位置毎に、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)の値か原針路用選好度Pb
org(i,j)の値のいずれか大きい方の値を用いることで最終的な選考度Pb(i,j)を算出する。すなわち、選好度算出部24は、式(14)を算出する。
Pb(i,j)=max(Pb
wp(i,j),Pb
org(i,j)) …(14)
【0051】
図5は、
図1の避航支援装置において、避航操船によって自船が他船を回避したのちの状況の一例を示す図である。
図6は、
図5の状況における効用値算出部の処理結果の一例を示す図である。
図5には、
図15の場合と同様の状況が示される。これに伴い、危険度算出部26は、
図16に示したような衝突危険度を算出する。一方、効用値算出部20は、当該衝突危険度(Rk(i,j))と、選好度算出部24から得られる
図2に示したような選好度(Pb(i,j))とを用いて、式(6)に基づき効用値u(i,j)を算出する。その結果、
図6に示されるような避航操船空間上の効用値が得られる。
【0052】
図1の操船指示部23は、
図6の効用値に基づき、前述した
図17の場合と異なり、ピーク値PK1に対応する操船方法(すなわちウエイポイントWPへの変針角Cwpおよび原速力維持)を自動操縦装置15へ指示する。その結果、
図5に示される状況において、自船OSは、
図15の場合と異なり、ウエイポイントWPに向けた復帰操船を行うことが可能になる。
【0053】
《避航支援装置(実施の形態)の動作》
図7は、
図1の避航支援装置における主要部の概略的な処理内容の一例を示すフロー図である。避航支援装置10は、
図7のフローを所定の制御サイクル毎に繰り返し実行する。
図7において、避航支援装置10は、船舶情報取得部11から自船情報(針路、速力、位置)と、所定の範囲内に存在する他船情報(針路、速力、位置)とを取得する(ステップS101)。次いで、避航支援装置10は、選好度算出部24に、航路設定部22からのウエイポイントWPの情報を取得させる(ステップS102)。
【0054】
続いて、避航支援装置10は、選好度算出部24に、
図2に示したような2個のピーク値PK1,PK2を有する式(14)の選好度Pb(i,j)を算出させる(ステップS103)。次いで、避航支援装置10は、危険度算出部26に、式(5)の衝突危険度Rk(i,j)を算出させる(ステップS104)。続いて、避航支援装置10は、効用値算出部20に、ステップS103で算出された選好度Pb(i,j)と、ステップS104で算出された衝突危険度Rk(i,j)とを用いて式(6)に示した効用値u(i,j)を算出させる(ステップS105)。その後、避航支援装置10は、操船指示部23に、ステップS105で算出された効用値u(i,j)に基づく最適な操船方法(変針角および変速率)を決定させる(ステップS106)。
【0055】
図8は、
図1の避航支援装置において、避航操船および復帰操船を行う際の動作例を示す模式図である。
図8において、時刻t=t0では、自船OS周辺の所定の範囲に他船TSは存在せず、自船OSは、ウエイポイントWPに向けて進行している。この場合、ウエイポイントWP用選好度Pb
wpのピーク値PK1に対応する変針角(0[deg])と原針路用選好度Pb
orgのピーク値PK2に対応する変針角(0[deg])は等しくなる。また、衝突危険度Rkは、ゼロとなる。その結果、効用値は、ウエイポイントWP用選好度Pb
wpに基づいて定められ、原針路への操船が維持される。
【0056】
時刻t=t1では、自船OSの右前方に、左に向けて進行中の他船TSが存在している。これに伴い、この例では、右変針角“θ1”よりも左変針側の範囲に衝突危険度Rkが生じている。効用値は、原針路用選好度Pb
orgを包含しているウエイポイントWP用選好度Pb
wpから当該衝突危険度Rkを減算することで得られる。その結果、効用値は、右変針角“θ1”で最大となり、変針角“θ1”の右変針が最適な避航操船方法として定められる。
【0057】
時刻t=t2において、変針角“θ1”の右変針が行われると、ウエイポイントWP用選好度Pb
wpは、時刻t=t1の状態から左変針側に変針角“θ1”だけシフトする。また、衝突危険度Rkも時刻t=t1の状態から左変針側に変針角“θ1”だけシフトする。その結果、効用値は、原針路維持の変針角(0[deg])で最大となり、変針角“θ1”の右変針を行った後の原針路に向けた避航操船が行われる。
【0058】
時刻t=t3では、自船OSの避航操船と、他船TSの左側への進行とがある程度進んでいる。これに伴い、時刻t=t2の場合と比較して、衝突危険度Rkは小さくなり、衝突危険度Rkが小さくなった分だけ、効用値は大きくなる。また、ウエイポイントWPへの変針角“−θ2”は、避航操船が進んだ分だけ時刻t=t2の場合と比較して左変針側にシフトする。ここで、衝突危険度Rkが存在する変針角の範囲には、ウエイポイントWPへの変針角“−θ2”が含まれる。変針角“−θ2”には、ウエイポイントWP用選好度Pb
wpのピーク値PK1が存在する。このため、当該ピーク値PK1が効用値に対して与える影響力は、衝突危険度Rkは小さくなるにつれて大きくなる。ただし、この段階では、効用値は、依然として原針路維持の変針角で最大となる。
【0059】
時刻t=t4では、自船OSの避航操船と、他船TSの左側への進行とが更に進んでいる。これに伴い、時刻t=t3の場合と比較して、衝突危険度Rkは更に小さくなり、効用値はその分だけ大きくなる。また、ウエイポイントWPへの変針角“−θ3”は、避航操船が進んだ分だけ時刻t=t3の場合と比較して左変針側にシフトする。時刻t=t4では、衝突危険度Rkは、ピーク値PK1とピーク値PK2の差分値よりも小さくなっている。その結果、変針角“−θ3”での効用値は、原針路維持の変針角での効用値よりも大きくなる。これにより、変針角“−θ3”の左変針が最適な復帰操船方法として定められ、これに基づき、ウエイポイントWPに向けた復帰操船が行われる。
【0060】
《選好度算出部の更なる詳細》
例えば、
図2および
図3に示したように、避航操船空間の最大の変針角(60[deg]の右変針角および−60[deg]の左変針角)に対応するウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)の値は、最大の変針角に対応する原針路用選好度Pb
org(i,j)の値に等しくなっている。すなわち、選好度算出部24は、山の裾野の位置において、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)の値と原針路用選好度Pb
org(i,j)の値が等しくなるように、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)が傾き等を適宜調整する。
【0061】
仮に、
図3の裾野の位置で、“Pb
wp(i,j)<Pb
org(i,j)”の場合、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)の傾きは
図3の場合と比較して急峻になる。これは、実質的に、ウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)に伴う操船の選択肢を予め狭めてしまうことを意味する。逆に、
図3の裾野の位置で“Pb
wp(i,j)>Pb
org(i,j)”の場合、当該2種類の選好度は、例えば、所定の右変針角で交差する。この交差点よりも大きい右変針角では、
図4の選好度として、原針路用選好度Pb
org(i,j)ではなくウエイポイントWP用選好度Pb
wp(i,j)が適用されてしまう。このような好ましくない状況を回避するため、選好度算出部24は、2種類の選好度の裾野の値が等しくなるように調整することが望ましい。
【0062】
また、例えば、
図2におけるウエイポイントWPへの変針角Cwpは、最大の左変針角“Cmin”から最大の右変針角“Cmax”の範囲に収まらない場合がある。選好度算出部24は、実際の変針角Cwpが“Cmin”よりも大きい左変針角の場合には、変針角Cwpを“Cmin”とみなし、“Cmax”よりも大きい右変針角の場合には、変針角Cwpを“Cmax”とみなして選好度を算出する。具体的に説明すると、選好度算出部24は、“Cmin”〜“Cmax”の範囲で選好度を算出する。このため、例えば、実際の変針角Cwpが“Cmin”よりも大きい左変針角の場合に当該変針角Cwpをそのまま適用すると、“Cmin”〜“Cmax”の範囲にピーク値PK1が存在しなくなり、
図8に示したような動作が困難となる。
【0063】
《実施の形態の主要な効果》
以上、実施の形態の避航支援装置を用いることで、代表的には、避航操船に加えて復帰操船を実現することが可能になる。ここで、
図2の選好度は、ウエイポイントWP方向への復帰を念頭に置きながら避航操船を行い、ウエイポイントWP方向の衝突危険度が十分に低下した段階で復帰操船を開始するという操船者の実情を反映したものと言える。このような選好度を用いることで、ウエイポイントWP方向の衝突危険度がゼロではなく十分なレベルまで小さくなった段階で復帰操船を開始できるため、時間的・経済的損失の観点で効率化を図ることが可能になる。
【0064】
ここで、別の変形例として、例えば、
図2におけるウエイポイントWP用選好度Pb
wpのみを用いる方式も考えられる。この場合、例えば、
図8の時刻t=t3において、ウエイポイントWP用選好度Pb
wpに対応する太い破線に基づいて変針角が定められることになる。ただし、この場合、例えば、
図8の時刻t=t3の状況から分かるように、復帰操船を開始する際の衝突危険度Rkのレベルは様々なパラメータ(Pb
wpの傾きや、θ2の位置等)によって変動し、復帰操船の際の安全性を十分に確保できない恐れがある。
【0065】
一方、
図2の選好度を用いると、
図8の時刻t=t4に示したように、復帰操船を開始する際の衝突危険度のレベルを、ピーク値PK1とピーク値PK2の差分値(式(7)のβ)によって定めることができ、復帰操船の際の安全性を十分に確保することができる。また、操船者の実情の観点で、操船者は、通常、避航操船の期間で、ウエイポイントWP方向への復帰を念頭に置きつつも、安全性を確保できるまで原針路・原速力を維持する考えを持っている。
図2のような2個のピーク値PK1,PK2を有する選好度は、このような操船者の実情を反映したものとなっている。
【0066】
なお、
図2では、ピーク値PK1は、変速率100%(原速力維持)の位置に定められたが、必ずしもこの位置に限定されない。例えば、操船者は、復帰操船を開始する際に、若干、加速することを好む場合がある。このような操船者の実情を反映して、ピーク値PK1は、例えば、100%よりも大きい変速率の位置に定められてもよい。
【0067】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0068】
例えば、選好度、衝突危険度、効用値を算出する各式は、必ずしも、前述した各式に限定されず、要旨を逸脱しない範囲で、適宜、変更されてもよい。