特許第6869260号(P6869260)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6869260-圧電素子シートおよびその製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6869260
(24)【登録日】2021年4月15日
(45)【発行日】2021年5月12日
(54)【発明の名称】圧電素子シートおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/193 20060101AFI20210426BHJP
   H01L 41/257 20130101ALI20210426BHJP
   H01L 41/45 20130101ALI20210426BHJP
【FI】
   H01L41/193
   H01L41/257
   H01L41/45
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-551609(P2018-551609)
(86)(22)【出願日】2017年11月13日
(86)【国際出願番号】JP2017040713
(87)【国際公開番号】WO2018092708
(87)【国際公開日】20180524
【審査請求日】2020年5月25日
(31)【優先権主張番号】特願2016-222499(P2016-222499)
(32)【優先日】2016年11月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000229564
【氏名又は名称】株式会社バルカー
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】特許業務法人SSINPAT
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 央隆
(72)【発明者】
【氏名】米田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】戸田 清華
(72)【発明者】
【氏名】須川 修司
(72)【発明者】
【氏名】油谷 康
(72)【発明者】
【氏名】市川 泰央
(72)【発明者】
【氏名】秋山 大二郎
(72)【発明者】
【氏名】能勢 正章
(72)【発明者】
【氏名】田實 佳郎
【審査官】 西出 隆二
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/005420(WO,A1)
【文献】 特開2015−35576(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/093412(WO,A1)
【文献】 特開2013−116998(JP,A)
【文献】 特開2000−239925(JP,A)
【文献】 特開平9−194613(JP,A)
【文献】 国際公開第2017/188130(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/193
H01L 41/257
H01L 41/45
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性織布または不織布の、マトリックス樹脂分散体からなる圧電素子シートであり、
電荷を保持してなることを特徴とする圧電素子シート。
【請求項2】
絶縁性織布または不織布が、ポリアミド系樹脂、芳香族ポリアミド系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアクリロニトリル、フェノール系樹脂、フッ素系樹脂、イミド系樹脂から選ばれる樹脂繊維から構成されることを特徴とする請求項1に記載の圧電素子シート。
【請求項3】
絶縁性織布または不織布が、ガラスおよび/またはセラミックスからなる繊維から構成されることを特徴とする請求項1に記載の圧電素子シート。
【請求項4】
マトリックス樹脂が、イミド系樹脂、フッ素系樹脂から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の圧電素子シート。
【請求項5】
絶縁性織布または不織布が、ガラスからなる繊維から構成されており、
マトリックス樹脂が、フッ素系樹脂からなることを特徴とする請求項4に記載の圧電素子シート。
【請求項6】
圧電素子シート中の絶縁性織布または不織布とマトリックス樹脂との重量比が、織布または不織布:樹脂重量比で95:5〜5:95の比率にあることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の圧電素子シート。
【請求項7】
圧電素子シートの空隙率が、0.1〜70体積%であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の圧電素子シート。
【請求項8】
絶縁性織布または不織布を、マトリックス樹脂が溶解ないし分散した溶液中に浸漬して、マトリックス樹脂を織布または不織布に含浸させたのち、
得られた織布または不織布−マトリックス樹脂分散体からなるシートに、帯電処理により電荷を注入することを特徴とする圧電素子シートの製造方法。
【請求項9】
帯電処理が、コロナ放電処理であることを特徴とする請求項8に記載の圧電素子シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い電荷を保持してなる圧電素子シートおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電素子とは、圧電体に加えられた力を電圧に変換する、あるいは電圧を力に変換する、圧電効果を示す素子であり、アクチュエーター、センサーとしての利用の他、発振回路やフィルタ回路にも用いられている。
【0003】
このような圧電体を構成する圧電材料として、従来、ペロブスカイト化合物などの圧電セラミックスが使用されていたが、近年では成形性に優れた多孔質系有機材料を用いた多孔質系有機圧電材料が検討されている。例えば、EMFIT社(フィンランド)が多孔質ポリプロピレン材料を用いた圧電素子シートを提供している。このシートは、独立した気孔がシート全体に均一に分布した構造を有している。
【0004】
また、このような有機系圧電材料として、さまざまな耐熱材料を基材としてこれを多孔化させることで、成形性に優れるとともに、耐熱性にも優れた圧電素子の開発が進められている。
【0005】
特許文献1〜7には、多孔質エレクトレット型素子が提案されている。特許文献1(特開2010-267906号公報)には、有機高分子発泡体を延伸して得られた有機高分子多孔質体に電荷注入した多孔質エレクトレットが開示されている。また、特許文献2(特開2010-089494号公報)には、2軸延伸樹脂フィルムからなるコア層と少なくとも片面の表面延伸フィルムからなる積層フィルムに高電圧放電処理したエレクトレット化フィルムが開示されている。特許文献3(特開2011-018897号公報)には、ミクロ層分離構造を利用し、相分離化剤抽出により作成した多孔質樹脂シートを帯電させた圧電素子用多孔質樹脂シートが開示されている。特許文献4(特開2012-164735号公報)には、多孔質フッ素樹脂フィルムと非多孔質フッ素樹脂薄膜の積層体を圧電処理した圧電素子が開示されている。特許文献5(特開2014-093313号公報)には、発泡オレフィン系樹脂と表面層からなる積層シートに電荷を注入したエレクトレットシートが開示されている。さらに、特許文献6(特開2016-072355号公報)には、多孔質基材(不織布または延伸フィルム)と表面層(フィルム状)からなり、内部帯電した空孔を有する圧電素子が開示されている。特許文献7(WO2014/069477)には、ガラス不織布層と表面PFA層を含む圧電積層体が開示されている。
【0006】
また、特許文献8〜13には、無機材料と樹脂成分との複合材料圧電素子が提案されている。
【0007】
たとえば、特許文献8(特開昭61-295678号公報)には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFEと誘電体粉末の圧延フィルムを帯電させた圧電性フィルムが開示されている。特許文献9(特開2004-339008号公報)には、無機物質と熱可塑性樹脂からなる圧電素子形成用自立性多孔質シートが開示されている。特許文献10(特開2011-084735号公報)には、熱可塑性樹脂および無機粉末を含む延伸フィルムからなるエネルギー変換用フィルムが開示されている。特許文献11(特開2011-216661号公報)には、セラミックス粒子と樹脂と相分離化剤とから層分離構造を有する樹脂シートを作製したのち、相分離化剤抽出し、内部の気泡を帯電させることにより作成した圧電素子用多孔質シートが開示されている。特許文献12(特開2013-075945号公報)には、合成樹脂と中空シリカ粒子とからなる合成樹脂シートに電荷を注入して帯電させたエレクトレットシートが開示されている。また、特許文献13(WO2015/005420)には、有機不織布と無機フィラーとを含む圧電性シートが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010-267906号公報
【特許文献2】特開2010-089494号公報
【特許文献3】特開2011-018897号公報
【特許文献4】特開2012-164735号公報
【特許文献5】特開2014-093313号公報
【特許文献6】特開2016-072355号公報
【特許文献7】WO2014/069477
【特許文献8】特開昭61-295678号公報
【特許文献9】特開2004-339008号公報
【特許文献10】特開2011-084735号公報
【特許文献11】特開2011-216661号公報
【特許文献12】特開2013-075945号公報
【特許文献13】WO2015/005420
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これらの圧電材料は、長時間に亘る電荷保持性、および、高い圧電率保持性の点で改良の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、高い圧電定数を示し、長時間に亘って帯電した電荷を保持し、高い圧電率を保持する圧電素子シートおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【0011】
本発明は、例えば、以下の[1]〜[9]に関する。
[1]絶縁性織布または不織布の、マトリックス樹脂分散体からなる圧電素子シートであり、
電荷を保持してなることを特徴とする圧電素子シート。
[2]絶縁性織布または不織布が、ポリアミド系樹脂、芳香族ポリアミド系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアクリロニトリル、フェノール系樹脂、フッ素系樹脂、イミド系樹脂から選ばれる樹脂繊維から構成されることを特徴とする[1]に記載の圧電素子シート。
[3]絶縁性織布または不織布が、ガラスおよび/またはセラミックスからなる繊維から構成されることを特徴とする[1]に記載の圧電素子シート。
[4]マトリックス樹脂が、イミド系樹脂、フッ素系樹脂から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の圧電素子シート。
[5]絶縁性織布または不織布が、ガラスからなる繊維から構成されており、
マトリックス樹脂が、フッ素系樹脂からなることを特徴とする[4]に記載の圧電素子シート。
[6]圧電素子シート中の絶縁性織布または不織布とマトリックス樹脂との重量比が、織布または不織布:樹脂重量比で95:5〜5:95の比率にあることを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載の圧電素子シート。
[7]圧電素子シートの空隙率が、0.1〜70体積%であることを特徴とする[1]〜[6]のいずれかに記載の圧電素子シート。
[8]絶縁性織布または不織布を、マトリックス樹脂が溶解ないし分散した溶液中に浸漬して、マトリックス樹脂を織布または不織布に含浸させたのち、
得られた織布または不織布−マトリックス樹脂分散体からなるシートに、帯電処理を施して電荷を注入することを特徴とする圧電素子シートの製造方法。
[9]帯電処理が、コロナ放電処理であることを特徴とする[8]に記載の圧電素子シートの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い圧電定数を示し、長時間に亘って帯電した電荷を保持し、高い圧電率を保持する圧電素子を提供することができる。具体的には、本発明は、絶縁性織布または不織布のマトリックス樹脂分散体から構成されているため、絶縁性織布または不織布とマトリックス樹脂分散体の界面、マトリックス樹脂と空隙との界面、絶縁性織布または不織布と空隙との界面において、前記電荷が外部環境と電気的な接続が断たれた状態で保持されることで、その電荷の減衰が抑制され、高い圧電定数および高い圧電率の保持に有効に機能する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】圧電素子シートの製造工程の一工程の具体例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の圧電素子シートについてさらに詳細に説明する。
【0015】
本発明の圧電素子シートは、絶縁性織布または不織布のマトリックス樹脂分散体から構成される。
[絶縁性織布または不織布]
絶縁性織布または不織布は、有機材料からなるものであっても、無機材料からなるものであってもよい。
【0016】
織布または不織布の原料となる有機ポリマーとしては、体積抵抗率が1.0×1015Ω・cm以上である絶縁性ポリマーが挙げられ、例えば、ポリアミド系樹脂(6−ナイロン、6,6−ナイロンなど)、芳香族ポリアミド系樹脂(アラミドなど)、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレンなど)、ポリエステル系樹脂(ポリエチレンエレフタラートなど)、ポリアクリロニトリル、フェノール系樹脂、フッ素系樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデンなど)、イミド系樹脂(ポリイミド、ポリアミドイミド、ビスマレイミドなど)などが挙げられる。耐熱性および耐候性等の観点から、連続使用可能温度が高く、分子または結晶構造に起因する双極子を持たない、または、ガラス転移点を、圧電素子シートの使用温度域に持たない有機ポリマーであることが好ましい。連続使用可能温度は、UL746B(UL規格)に記載の連続使用温度試験により測定でき、50℃以上であることが好ましく、80℃以上であることがさらに好ましい。また耐湿性の観点から、撥水性を示す有機ポリマーであることが好ましい。このような有機ポリマーとしては、イミド系樹脂、フッ素系樹脂が好ましく、特にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)がより好ましい。
【0017】
無機材料としては、ガラス繊維、またはロックウール、炭素繊維、アルミナ繊維、ウォラストナイトやチタン酸カリウム繊維などのセラミックス繊維が挙げられる。このうち、ガラス繊維および/またはセラミックス繊維が好ましい。
【0018】
織布である場合、織布を構成する糸は、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸、ステープル糸のいずれを用いても良い。織り方としても特に制限されず、平織り、綾織り、朱子織り、二十織り、筒織りなどが挙げられる。織構成としては、織組織、糸番手、糸密度に特に指定はない。
【0019】
なお、不織布である場合、湿式抄紙方式、ウォーターパンチ方式、ケミカルボンド方式、サーマルボンド方式、スパンボンド方式、ニードルパンチ方式、ステッチボンド方式等の種々の製法を使用することができるが、耐熱性、機械的特性、耐溶剤性の点から、自己溶融繊維によるサーマルボンド方式やスパンボンド方式が好ましい。
【0020】
絶縁性織布または不織布の目付は、20〜400g/m2であることが好ましく、厚みは、0.01〜0.5mmであることが好ましい。目付、厚みが上記下限未満では、機械的強度に劣るおそれがあり、上記上限を超えると、圧電素子シートの可とう性が不足するおそれがある。また、織布または不織布の空隙率は、1〜90体積%であることが好ましい。空隙率が上記下限未満では、圧電素子シートに帯電処理により十分な電荷を注入することができず圧電特性が不十分となるおそれがあり、上記上限を超えると、機械的強度に劣るおそれがある。
【0021】
織布・不織布の空隙率は、厚みと目付および原料密度より、下記計算式にて求めた数値である。
【0022】
空隙率(%)=〔1−(目付/厚み/密度)〕×100
帯電特性の観点から、絶縁性織布または不織布は、プラス帯電であっても、マイナス帯電いずれの帯電しやすいものであってもよい。また、後述するマトリックス樹脂との組み合わせで、帯電傾向の同一のものであっても、異なるものであってもよく、帯電列でより離れた材料である組み合わせが好ましい。本発明では、絶縁性織布または不織布として、ガラス織布を用いることが、後述するマトリックス樹脂を組み合わせたときに、高い圧電定数を示し、高い圧電率を保持できるので好ましい。
[マトリックス樹脂]
マトリックス樹脂は特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン重合体〔PTFE〕、テトラフルオロエチレンとパーフルオロアルキルビニルエーテルの共重合体〔PFA〕、テトラフルオロエチレンとヘキサフルオロプロピレンの共重合体〔FEP〕、ポリクロロトリフルオロエチレン〔PCTFE〕、テトラフルオロエチレンとエチレンの共重合体〔ETFE〕、ポリビニリデンフルオライド〔PVdF〕、ポリビニルフルオライド〔PVF〕、テトラフルオロエチレンとヘキサフルオロプロピレンとビニリデンフルオライドとの共重合体〔THV〕等の含フッ素系樹脂;ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン系樹脂;ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリ(メタ)アクリル酸エステル、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン等のビニル系重合体;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリ乳酸、ポリヒドロキシアルカノエート、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネートアジペート等のポリエステル系重合体;6−ナイロン、6,6−ナイロン、11−ナイロン、12−ナイロン等のポリアミド系樹脂;ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ビスマレイミド等のイミド系樹脂;ポリカーボネートやシクロオレフィン類等のエンジニアリングプラスチック類などの熱可塑性樹脂、または、不飽和ポリエステル、ビニルエステル樹脂、ジアリルフタレート樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン、ケイ素系樹脂、アルキド樹脂、フラン樹脂、ジクロペンタジエン樹脂、アクリル樹脂、アリルカーボネート樹脂等の熱硬化性樹脂などが挙げられる。
【0023】
また、前記マトリックス樹脂は、帯電特性の観点から、マイナスに帯電しやすいものであっても、プラスに帯電しやすいものであってもよい。絶縁性織布または不織布が、ガラス繊維から構成される場合、マトリックス樹脂は、ガラス繊維よりも帯電列がマイナス側に位置する含フッ素系樹脂等の材料等が挙げられる。
【0024】
また、前記マトリックス樹脂は、耐熱特性の観点から、溶融温度が高く、熱分解開始温度が高い樹脂であることが好ましく、例えば含フッ素系樹脂、イミド系樹脂であることが好ましく、前記したガラス織布または不織布と組み合わせるには、含フッ素樹脂、特にPTFEが好ましい。このような含フッ素系樹脂やイミド系樹脂を用いる場合、得られる圧電素子シートが耐熱性および耐候性に優れ、特に70℃以上の高温における圧電特性の経時安定性に優れるためより好ましい。
【0025】
[圧電素子シート]
本発明の圧電素子シートは、絶縁性織布または不織布にマトリックス樹脂が分散してなるマトリックス樹脂分散体からなる。本発明の圧電素子シートを構成するマトリックス樹脂分散体の内部構造は、マトリックス樹脂が絶縁性繊維の束を被覆するとともに、圧電素子シート内部で、織布・不織布の目開きに応じた空隙や、マトリックスと繊維との間に空隙が存在していると考えられるが、繊維表面のマトリックス被覆状態や、シート内部のマトリックス樹脂分散・分布状態の詳細は必ずしも明確ではない。
【0026】
しかしながら、絶縁性織布または不織布と、マトリックス樹脂とを組み合わせたマトリックス樹脂分散体とすることで、導入された電荷が空隙部および材料界面に保持されて、圧電素子シートして機能する。特にガラス織布または不織布と、フッ素樹脂のマトリックス樹脂とを組み合わせることで、圧電特性を高くでき、特に、ガラス織布又は不織布とPTFEとを組み合わせることで、高い圧電定数および高い圧電率保持性を有する圧電素子シートを得ることができる。
【0027】
圧電素子シート中の絶縁性織布または不織布とマトリックス樹脂との重量比が、織布または不織布:樹脂重量比で95:5〜5:95の比率にあることが好ましく、さらに、80:20〜30:70の比率にあることがより好ましく、70:30〜40:60の比率にあることが特に好ましい。この範囲にあると、圧電素子シート中の電荷を保持しうる空隙部および材料界面が増加することで圧電定数を高くすることができ、また圧電素子シートに帯電された電荷の減衰が抑制され、圧電率の保持率を高くすることができる。
【0028】
圧電素子シートの厚さは、特に制限されないが、例えば5μm〜0.5mmであり、好ましくは10μm〜200μmである。
【0029】
本発明の圧電素子シートの圧電定数|d33|は、通常10〜2000pC/Nの範囲であり、好ましくは100〜2000pC/Nである。圧電定数|d33|が小さいと、性能が低いため産業的価値が低いものとなる。一方|d33|が前記範囲を超えることは到達することが困難である。
【0030】
なお、圧電定数|d33|は、サンプルに厚み方向の伸縮が生じるように応力(単位:N)を与え、その時に発生するサンプルの電荷(単位:pC)を測定し、発生した電荷と与えた応力の比から求めることができる。
【0031】
圧電定数|d33|のより具体的な測定方法として、特開2011-84735号公報に記載の測定方法を例示することができる。
【0032】
まず圧電素子シートの両面に電極として導電層を設けたサンプルを作製し、この片面の電極を接地電極とし、もう片面の電極を電荷増幅器に接続する。次いで圧電定数測定装置の加振器上に同サンプルを乗せ、同サンプル上には加速度センサーを取り付けた錘を乗せる。次いで加振器を振動させると同サンプルは錘によって厚み方向に動的応力が与えられる。この時の動的応力は加速度センサーから測定される加振器の加速度と、錘の重量の積から求めることができる。そして応力によって発生した電荷は、電荷増幅器を介して出力し、オシロスコープを用いて観測することで求めることができる。
【0033】
本発明の圧電素子シートは、シート内部に微細な空隙を有するものであり、空隙率が、0.1〜70体積%であることが好ましく、1〜60体積%であることがより好ましく、2〜50体積%であることが特に好ましい。圧電素子シートの空隙率が少ないと電荷の蓄積容量が低く、電荷注入したときの性能が劣るものとなる場合がある。一方、空隙は多すぎても、空隙が連通し易い傾向があり、連通した空隙を介した電荷の流出が起こりやすく、電荷を注入しても経時による性能低下が起こりやすい。また圧電素子シートの弾性率が極端に劣るものとなり、厚み方向の復元性が低下し、耐久性に劣るものとなる場合がある。
【0034】
(圧電素子シートの製造方法)
本発明では、絶縁性織布または不織布を、マトリックス樹脂が溶解ないし分散した溶液中に浸漬して、マトリックス樹脂を織布または不織布に含浸させたのち、
得られた織布または不織布のマトリックス樹脂分散体からなるシートに、帯電処理を施して電荷を注入する。
含浸工程
本発明にかかる圧電素子シートの製造方法では、マトリックス樹脂の溶液または分散液を、織布または不織布に含浸させる。
【0035】
マトリックス樹脂は、溶媒に溶解したものであっても、粒子状のマトリックス樹脂を分散媒に分散させたものであってもよい。溶媒または分散媒としては、特に制限されず、水、アルコール類、ケトン類などが使用できるが、本発明では、水やアルコール類を使用することが、ハンドリングなどの点で好ましい。
【0036】
含浸後、溶剤(分散媒も含む)を乾燥などにより除去したのち、焼成や加熱処理を行い、マトリックス樹脂と、織布または不織布との密着性を向上させてもよい。含浸工程は複数回行ってよく、逐次、焼成・加熱処理をおこなってもよいが、含浸・乾燥を繰り返し行い所望の分散量になったときに、焼成・加熱処理を行ってもよい。圧電素子シート内部に保持された電荷と外部環境との電気的な接続を断つ観点からは、少なくともシートの最表面にマトリックス樹脂が隙間なく分散するまで処理してもよい。焼成・加熱処理は、マトリックス樹脂の種類に応じて適宜選択され、例えば溶媒または分散媒の沸点以上の温度および/またはマトリックス樹脂の融点(軟化点)ないしガラス転移温度以上の温度で行われる。
【0037】
たとえば、一例として、フッ素樹脂含浸ガラス織布の含浸方法を挙げて説明する。
【0038】
図1は本発明の製造方法の一例を示す模式図である。図1に示すように、ガラス織布の原反を、フッ素樹脂としてPTFEを含む水分散液に浸漬し、引き上げて乾燥し焼成する。なお一度のサイクルで含浸できる分散液の量は限られるので、所定の分散量となるまでこの浸漬−乾燥−焼成を何度も繰り返してもよい。ガラス織布と含浸量(サイクル数)を調整することで、絶縁性織布に所望の量のマトリックス樹脂が分散した所望の厚さのシートを精度良く製造可能である。
【0039】
帯電処理
得られた絶縁性織布または不織布にマトリックス樹脂が分散したシート(以後、単にシートという)に材料の帯電列に応じて帯電処理を施して電荷を注入する。電荷を注入する方法としては、特に限定されず、例えば、
(1)シートを一対の平板電極で挟持し、一方の平板電極をアースすると共に他方の平板電極を高圧直流電源に接続して、シートに直流又はパルス状の高電圧を印加してシート中に電荷を注入してシートを帯電させる方法、
(2)電子線、X線などの電離性放射線や紫外線をシートに照射して、絶縁性繊維およびマトリックス樹脂に囲まれた空隙中の空気分子をイオン化することによってシートを帯電させる方法、
(3)シートの一面にアースされた平板電極を密着状態に重ね合わせ、シートの他面側に所定間隔を存して直流の高圧電源に電気的に接続された針状電極又はワイヤー電極を配設し、針状電極の先端又はワイヤー電極の表面近傍への電界集中によりコロナ放電を発生させ、絶縁性繊維およびマトリックス樹脂に囲まれた空気分子をイオン化させて、針状電極又はワイヤー電極の極性により発生した空気イオンを反発させて圧電素子シートを帯電させる方法などが挙げられる。
【0040】
上記方法の中で圧電素子シートに容易に電荷を注入することができるので、上記(2)(3)の方法が好ましく、上記(3)のコロナ放電をする方法がより好ましい。
【0041】
上記(1)(3)の方法において、シートに印加する電圧の絶対値は、小さいと、シートに十分に電荷を注入することができず、高い圧電特性を有する圧電素子シートを得ることができないことがあり、大きいと、アーク放電してしまい、却って、シートに十分に電荷を注入することができず、高い圧電特性を有する圧電素子シートを得ることができないことがあるので、3〜100kVが好ましく、5〜50kVより好ましい。
【0042】
上記(2)の方法において、シートに照射する電離性放射線の加速電圧の絶対値は、小さいと、空気中の分子を十分に電離することができず、圧電素子シートに十分な電荷を注入することができず、圧電特性の高い圧電素子シートを得ることができないことがあり、大きいと、電離性放射線が空気を透過するので、空気中の分子を電離させることができないことがあるので、5〜15kVが好ましい。
【0043】
帯電処理は、シート中に過剰に電荷を注入する場合があり、この場合は処理後の圧電素子シートから放電現象が起こり、後のプロセスで不都合を来す場合がある。そのため圧電素子シートは帯電処理後に、余剰電荷の除電処理を行うことも可能である。除電処理を行うことにより帯電処理により過剰に与えられた電荷を除去して放電現象の防止が可能となる。係る除電処理としては、電圧印加式除電器(イオナイザ)や自己放電式除電器など公知の手法や、加熱処理(アニール)による手法を用いることができる。これら一般的な除電器は表面の電荷の除去はできるが、圧電素子シート内部、特に空隙内に蓄積した電荷まで除去することはないと考えられる。したがって除電処理により圧電素子シートの性能が大きく低下するような影響は与えないと考えられる。
【0044】
帯電処理は、マトリックス樹脂が熱可塑性樹脂から構成される場合、熱可塑性樹脂のガラス転移点温度以上から結晶部の融点以下の温度で行ってもよい。ガラス転移点以上であれば熱可塑性樹脂の非晶質部分の分子運動が活発であり、与えられた電荷に適した分子配列をなすため、効率が良い帯電処理が可能である。一方、融点を超えてしまうとマトリックス樹脂がその構造を維持できなくなってしまうため、本発明の所期の性能を得られないことがある。
【0045】
注入された電荷は、絶縁性繊維およびマトリックス樹脂に囲まれた空隙や、絶縁性繊維とマトリックス樹脂との界面に保持されると考えられる。得られた圧電素子シートは、シート厚さ方向に圧縮荷重を印加することによって、シート表裏面を通して電荷を取り出すことが可能となる。すなわち、外部負荷(電気回路)に対して電荷移動が生じて起電力が得られる。
【0046】
本発明の圧電素子シートは、高い圧電定数を示し、電荷保持性に優れ、電荷保持量が高いため、圧電(エレクトレット)素子として各種用途に用いることができる。特に、振動や微小応力による機械的エネルギーに対しても電荷応答を生じ電気的エネルギーへと変換できるため、アクチュエーター、センシング用材料、発電用材料として好ましく用いることができる。
【0047】
本発明の圧電素子シートは、特定の絶縁性織布・不織布とマトリックス樹脂とを組み合わせているので、必ずしも表面被覆層は必要とはならない。
【0048】
なお、必要に応じてシートの外表面、表裏面の何れかまたは双方に表面被覆層が積層されていてもよい。表面被覆層は、長時間に亘って電荷を保持し、高い圧電率を保持する圧電積層体が得られるなどの点から、圧電素子シートの表裏面を被覆していることが好ましく、表裏面および端面を被覆していることが好ましい。
【0049】
本発明の圧電素子シートは、微小な応力においても電荷応答を生じるため、さらに、絶縁性織布または不織布、および圧電素子シートの構造を制御することにより応力に対する表面電荷応答性を調節することができるため、自動車、屋外、工場内でも利用可能なアクチュエーター、振動体、圧力センサー、振動力センサー、押圧センサー等のセンシング用材料、押圧や振動によって生じた起電力を電源として利用する発電用材料として利用することができる。また、前記起電力を蓄電機構に蓄電して利用する方法も挙げられる。
【0050】
また、本発明の圧電素子シートは、耐熱性、耐湿性、耐候性を有するため、PVDF等からなる従来の圧電材料では使用することができなかった高温・高湿環境下、屋外等においても使用することが可能である。
【実施例】
【0051】
次に、本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
・ガラス織布のPTFE分散体
単繊維径が5〜8μmのガラス繊維を束ねることで繊維束を形成し、得られた繊維束を平織することでガラス織布を作成した。このガラス織布を、PTFE分散液に浸漬してPTFE粒子を含浸させることで、ガラス織布のPTFE分散体からなるシートを作製した。
【0052】
表1に各シートの作成に用いたガラス繊維束径(長径)、作成したシートの厚さ、重量、PTFE含有比率、空隙率を示す。
【0053】
このときPTFE含有比率は、各シートより試験片を切り出し、窒素雰囲気下にて400℃30分間加熱した前後の重量変化より、ガラス重量およびPTFE重量を算出することで求めた。また空隙率は、上記算出されたPTFEおよびガラス重量比および試験片の重量実測値から空隙がないものとして算出された試験片の理論体積と、同試験片の寸法実測により算出された体積との差から次式により算出した。
【0054】
空隙率(%)=(1−(理論体積/実測体積))×100
[実施例]
前記シートを、春日電機(株)製のコロナ放電装置を用いて、電極間距離12.5mm、電極間電圧-15.0 kVで90秒(ただし過電流にならない条件)、室温下でコロナ放電による帯電処理を行い、100℃で24時間アニール後、シートの両面に、アルミ箔からなる矩形電極(三菱アルミ(株)製の「FOIL」、11μm)を設けて、評価用サンプルを作製した。
【0055】
<圧電定数の測定>
評価用サンプルの厚さ方向に一定の交流加速度α(周波数:90〜300Hz、大きさ:2〜10m/s2)を与え、その時の応答電荷を測定し、圧電定数|d33|(pC/N)を測定した。
【0056】
圧電定数は、サンプル作製直後、74℃・90%RHで24時間、48時間経過後の圧電定数を測定した。またサンプル作製直後の圧電定数を100%としたときに、24時間、48時間経過後の圧電定数を圧電特性保持率(%)として算出した。
【0057】
結果を表1に示す。なお、得られたデータはすべてn=8の平均値である。
【0058】
【表1】
表1より、本発明の圧電素子シートは、高い圧電定数を示し、圧電特性を長期間維持できる。また、高温高湿度条件下でも、帯電の損失が少ないために、過酷な環境下でも長期間使用できる。
図1