特許第6870748号(P6870748)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6870748-オーステナイト系ステンレス鋼 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6870748
(24)【登録日】2021年4月19日
(45)【発行日】2021年5月12日
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210426BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20210426BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2019-546990(P2019-546990)
(86)(22)【出願日】2018年10月3日
(86)【国際出願番号】JP2018037095
(87)【国際公開番号】WO2019069998
(87)【国際公開日】20190411
【審査請求日】2020年4月1日
(31)【優先権主張番号】特願2017-193687(P2017-193687)
(32)【優先日】2017年10月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】平田 弘征
(72)【発明者】
【氏名】田中 克樹
(72)【発明者】
【氏名】浄▲徳▼ 佳奈
【審査官】 川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−95767(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/044796(WO,A1)
【文献】 独国特許出願公開第102015200881(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 1/00−11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.04〜0.12%、
Si:0.25〜0.55%、
Mn:0.7〜2.0%、
P:0.035%以下、
S:0.0015%以下、
Cu:0.02〜0.80%、
Co:0.02〜0.80%、
Ni:10.0〜14.0%、
Cr:15.5〜17.5%、
Mo:1.5〜2.5%、
N:0.01〜0.10%、
Al:0.030%以下、
O:0.020%以下、
Sn:0〜0.01%、
Sb:0〜0.01%、
As:0〜0.01%、
Bi:0〜0.01%、
V:0〜0.10%、
Nb:0〜0.10%、
Ti:0〜0.10%、
W:0〜0.50%、
B:0〜0.005%、
Ca:0〜0.010%、
Mg:0〜0.010%、
REM:0〜0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
オーステナイト系ステンレス鋼。
18.0≦Cr+Mo+1.5×Si≦20.0 ・・・(i)
14.5≦Ni+30×(C+N)+0.5×(Mn+Cu+Co)≦19.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、Sn、Sb、AsおよびBiから選択される1種以上を合計で0%超0.01%以下含有する、
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
V:0.01〜0.10%、
Nb:0.01〜0.10%、
Ti:0.01〜0.10%、
W:0.01〜0.50%、
B:0.0002〜0.005%、
Ca:0.0005〜0.010%、
Mg:0.0005〜0.010%、および、
REM:0.0005〜0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
請求項1または請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
米国機械学会(ASME)SA213およびSA213Mに規定されているTP316Hは、Moを含有し、高温での耐食性に優れることから、火力発電プラントおよび石油化学プラントにおける伝熱管および熱交換器の素材として広く使用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、TP316Hと同様、Moを含有し、さらにCeを含有させて高温耐食性を高めたオーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。また、特許文献2にはNb,Ta,Tiを含有させてさらに高温強度を高めたオーステナイト系ステンレス鋼などが提案されている。
【0004】
ところで、非特許文献1および2に開示されているように、Moを含有するTP316Hを厚肉の構造部材として高温で使用した場合、σ相析出に起因したクリープ損傷が生じることが広く知られている。例えば、非特許文献2では、σ相析出を抑制するために、Niバランスを高めること、Nv−Nc値を低くすることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭57−2869号公報
【特許文献2】特開昭61−23749号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T.C.MCGOUGHら:Welding Journal、January(1985)、第29頁
【非特許文献2】John F DeLongら:火力原子力発電、Vol.35 No.11、(1984)、第1249頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2に記載の対策により、オーステナイト相の安定度を高めた場合、溶接熱影響部での割れが発生しやすくなる。特に、実際の大型プラントのように厚肉の溶接構造物として使用した場合のように拘束の強い溶接継手形状などでは、溶接熱影響部での割れが防止できない場合があることが明らかとなった。そこで、溶接施工の際に生じる割れを抑制し、優れた溶接性を実現することが求められている。
【0008】
またその一方で、優れた溶接性を達成した場合でも、溶接構造物とした際にクリープ強度に劣る場合がある。そのため、溶接性に加えて構造物としての安定したクリープ強度を実現することが求められている。
【0009】
本発明は、溶接施工される場合の優れた溶接性と構造物としての安定したクリープ強度が両立できるオーステナイト系ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼を要旨とする。
【0011】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.04〜0.12%、
Si:0.25〜0.55%、
Mn:0.7〜2.0%、
P:0.035%以下、
S:0.0015%以下、
Cu:0.02〜0.80%、
Co:0.02〜0.80%、
Ni:10.0〜14.0%、
Cr:15.5〜17.5%、
Mo:1.5〜2.5%、
N:0.01〜0.10%、
Al:0.030%以下、
O:0.020%以下、
Sn:0〜0.01%、
Sb:0〜0.01%、
As:0〜0.01%、
Bi:0〜0.01%、
V:0〜0.10%、
Nb:0〜0.10%、
Ti:0〜0.10%、
W:0〜0.50%、
B:0〜0.005%、
Ca:0〜0.010%、
Mg:0〜0.010%、
REM:0〜0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式および(ii)式を満足する、
オーステナイト系ステンレス鋼。
18.0≦Cr+Mo+1.5×Si≦20.0 ・・・(i)
14.5≦Ni+30×(C+N)+0.5×(Mn+Cu+Co)≦19.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0012】
(2)前記化学組成が、質量%で、Sn、Sb、AsおよびBiから選択される1種以上を合計で0%超0.01%以下含有する、
上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0013】
(3)前記化学組成が、質量%で、
V:0.01〜0.10%、
Nb:0.01〜0.10%、
Ti:0.01〜0.10%、
W:0.01〜0.50%、
B:0.0002〜0.005%、
Ca:0.0005〜0.010%、
Mg:0.0005〜0.010%、および、
REM:0.0005〜0.10%、
から選択される1種以上を含有する、
上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、溶接施工される場合の優れた溶接性と構造物としての安定したクリープ強度が両立できるオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例において開先加工を施した試験材の形状を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、溶接施工される場合の優れた溶接性と構造物としての安定したクリープ強度とを両立するために詳細な調査を行った。その結果、以下の知見を得るに至った。
【0017】
厚肉のオーステナイト系ステンレス鋼を使用して溶接継手に生じた割れについて調査した結果、(a)割れは溶融境界に隣接する位置と溶融境界から少し離れた位置に発生し、(b)前者は粒界に溶融痕が認められ、オーステナイト相の安定性が高くなる成分系にて発生しやすいこと、(c)後者には粒界の溶融痕が認められず、S含有量が多くなると発生しやすいことを見出した。
【0018】
このことから、前者は所謂、液化割れであり、オーステナイト相の安定性が高まることにより、溶接中の熱サイクルでPおよびSが粒界偏析しやすくなり、粒界近傍の融点が低下して、溶融し、熱応力により開口して生じた割れであると考えられた。また、後者は所謂、延性低下割れであり、溶接中の熱サイクルで粒界偏析したSが粒界の固着力を低下させ、熱応力が固着力を上回り、開口して生じた割れであると考えられた。
【0019】
そして、検討を重ねた結果、本発明の対象とする組成を有する厚肉のオーステナイト系ステンレス鋼において、溶接熱影響部の割れを安定して防止するためには、Cr+Mo+1.5×Siを18.0以上とし、かつ、Ni+30×(C+N)+0.5×(Mn+Cu+Co)を19.5以下とするとともに、S含有量を0.0015%以下に制限する必要があることが判明した。加えて、溶接割れ感受性を低減する効果を十分に得るため、所定量以上のCuおよびCoを含有させる必要があることが分かった。
【0020】
ところで、これらの対策で溶接時の割れは防止できたものの、Cr+Mo+1.5×Siが20.0を超える、または、Ni+30×(C+N)+0.5×(Mn+Cu+Co)が14.5未満となった場合には、逆にオーステナイト相が不安定となり、高温での使用中にσ相が生成し、クリープ強度を大きく下げることが明らかとなった。
【0021】
また、Sは溶接割れには悪影響を及ぼす一方、溶接時の溶け込み深さを増大させ、特に初層溶接時の溶接施工性を高める効果を有する。溶接割れの観点から、S含有量を0.0015%以下に管理した場合、溶け込み深さが十分に得られない場合もあることが分かった。これを解決するためには、単純には溶接入熱を増大させればよいが、入熱の増大は、溶接時の高温割れ感受性を高める。
【0022】
そのため、この効果を十分に得たい場合には、Sn、Sb、AsおよびBiから選択される1種以上を所定の範囲で含有させることが有効であることを併せて見出した。これは、これらの元素が溶接中の溶融池の対流に影響を与え、また溶融池表面から蒸発して通電経路の形成に寄与することにより、深さ方向の溶融を促進するためであると考えられた。
【0023】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0024】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0025】
C:0.04〜0.12%
Cはオーステナイト相を安定にするとともにCrと結合して微細な炭化物を形成し、高温使用中のクリープ強度を向上させる。しかしながら、Cが過剰に含有された場合、炭化物を多量に析出し、溶接部の鋭敏化を招く。そのため、C含有量は0.04〜0.12%とする。C含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.06%以上であるのがより好ましい。また、C含有量は0.11%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。
【0026】
Si:0.25〜0.55%
Siは脱酸作用を有するとともに、高温での耐食性および耐酸化性の確保に必要な元素である。しかしながら、Siが過剰に含有された場合にはオーステナイト相の安定性が低下し、クリープ強度の低下を招く。そのため、Si含有量は0.25〜0.55%とする。Si含有量は0.28%以上であるのが好ましく、0.30%以上であるのがより好ましい。また、Si含有量は0.45%以下であるのが好ましく、0.40%以下であるのがより好ましい。
【0027】
Mn:0.7〜2.0%
MnはSiと同様、脱酸作用を有する元素である。また、オーステナイト相を安定にして、クリープ強度の向上に寄与する。しかしながら、Mn含有量が過剰になると、クリープ延性の低下を招く。そのため、Mn含有量は0.7〜2.0%とする。Mn含有量は0.8%以上であるのが好ましく、0.9%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.9%以下であるのが好ましく、1.8%以下であるのがより好ましい。
【0028】
P:0.035%以下
Pは不純物として含まれ、溶接中に溶接熱影響部の結晶粒界に偏析して液化割れ感受性を高める元素である。さらに、クリープ延性も低下させる。そのため、P含有量に上限を設けて0.035%以下とする。P含有量は0.032%以下であるのが好ましく、0.030%以下であるのがより好ましい。なお、P含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、P含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0008%以上であるのがより好ましい。
【0029】
S:0.0015%以下
SはPと同様に不純物として合金中に含まれ、溶接中に溶接熱影響部の結晶粒界に偏析して液化割れ感受性ならびに延性低下割れを高める。そのため、S含有量に上限を設けて0.0015%以下とする。S含有量は0.0012%以下であるのが好ましく、0.0010%以下であるのがより好ましい。なお、S含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%であってもよいが、一方で、溶接時の溶け込み深さの増大に有効な元素である。そのため、S含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0002%以上であるのがより好ましい。
【0030】
Cu:0.02〜0.80%
Cuはオーステナイト相の安定性を高めて、クリープ強度の向上に寄与する。また、NiおよびMnに比べて、PおよびSなどの偏析エネルギーに与える影響が小さく、粒界偏析を軽減し、溶接割れ感受性を低減する効果が期待できる。しかしながら、Cuが過剰に含有された場合、熱間加工性の低下を招く。そのため、Cu含有量は0.02〜0.80%とする。Cu含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.04%以上であるのがより好ましい。また、Cu含有量は0.60%以下であるのが好ましく、0.40%以下であるのがより好ましい。
【0031】
Co:0.02〜0.80%
CoはCuと同様、オーステナイト相の安定性を高めて、クリープ強度の向上に寄与する元素である。また、NiおよびMnに比べて、PおよびSなどの偏析エネルギーに与える影響が小さく、粒界偏析を軽減し、溶接割れ感受性を低減する効果が期待できる。しかしながら、Coは高価な元素であるため、過剰の含有はコスト増を招く。そのため、Co含有量は0.02〜0.80%とする。Co含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.04%以上であるのがより好ましい。また、Co含有量は0.75%以下であるのが好ましく、0.70%以下であるのがより好ましい。
【0032】
Ni:10.0〜14.0%
Niは長時間使用時のオーステナイト相の安定性を確保するために必須の元素である。しかしながら、Niは高価な元素であり、多量の含有はコストの増大を招く。そのため、Ni含有量は10.0〜14.0%とする。Ni含有量は10.2%以上であるのが好ましく、10.5%以上であるのがより好ましい。また、Ni含有量は13.8%以下であるのが好ましく、13.5%以下であるのがより好ましい。
【0033】
Cr:15.5〜17.5%
Crは高温での耐酸化性および耐食性の確保のために必須の元素である。また、微細な炭化物を形成してクリープ強度の確保にも寄与する。しかしながら、多量の含有はオーステナイト相の安定性を低下させ、逆にクリープ強度を損ねる。そのため、Cr含有量は15.5〜17.5%とする。Cr含有量は15.8%以上であるのが好ましく、16.0%以上であるのがより好ましい。また、Cr含有量は17.2%以下であるのが好ましく、17.0%以下であるのがより好ましい。
【0034】
Mo:1.5〜2.5%
Moはマトリックスに固溶して高温でのクリープ強度および引張強さの向上に寄与する元素である。加えて、耐食性の向上にも有効である。しかしながら、過剰に含有させると、オーステナイト相の安定性を低下させ、クリープ強度を損ねる。さらに、Moは高価な元素であるため、過剰の含有はコストの増大を招く。そのため、Mo含有量は1.5〜2.5%とする。Mo含有量は1.7%以上であるのが好ましく、1.8%以上であるのがより好ましい。また、Mo含有量は2.4%以下であるのが好ましく、2.2%以下であるのがより好ましい。
【0035】
N:0.01〜0.10%
Nはオーステナイト相を安定にするとともに、固溶して、または窒化物として析出して、高温強度の向上に寄与する。しかしながら、過剰に含有すると、延性の低下を招く。そのため、N含有量は0.01〜0.10%とする。N含有量は0.02%以上であるのが好ましく、0.03%以上であるのがより好ましい。また、N含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましい。
【0036】
Al:0.030%以下
Alは、脱酸剤として添加される。しかしながら、多量のAlを含有すると鋼の清浄性が劣化し、熱間加工性が低下する。そのため、Al含有量は0.030%以下とする。Al含有量は0.025%以下であるのが好ましく、0.020%以下であるのがより好ましい。なお、Al含有量について特に下限を設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、Al含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0037】
O:0.020%以下
O(酸素)は不純物として含まれる。その含有量が過剰になると熱間加工性が低下するとともに、靱性および延性の劣化を招く。このため、O含有量は0.020%以下とする。O含有量は0.018%以下であるのが好ましく、0.015%以下であるのがより好ましい。なお、O含有量について特に下限を設ける必要はなく、つまり含有量が0%であってもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、O含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0008%以上であるのがより好ましい。
【0038】
上述のように、Cr、MoおよびSiは、オーステナイト相の安定性に影響を及ぼす。そのため、各元素の含有量が上記の範囲内となるだけでなく、下記(i)式を満足する必要がある。(i)式中辺値が20.0を超えると、オーステナイト相の安定性が低下し、高温での使用中に脆いσ相を生成してクリープ強度が低下する。一方、18.0未満となると、オーステナイト相の安定性は高まるものの、溶接時の高温割れが発生しやすくなる。(i)式左辺値は、18.2であるのが好ましく、18.5であるのがより好ましい。一方、(i)式右辺値は、19.8であるのが好ましく、19.5であるのがより好ましい。
18.0≦Cr+Mo+1.5×Si≦20.0 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0039】
また、Ni、C、N、Mn、CuおよびCoは、オーステナイト相の安定性に影響を及ぼす。そのため、各元素の含有量が上記の範囲内となるだけでなく、下記(ii)式を満足する必要がある。(ii)式中辺値が14.5未満となると、オーステナイト相の安定性が十分でなく、高温での使用中に脆いσ相を生成してクリープ強度が低下する。一方、19.5を超えると、オーステナイト相が過剰に安定となり、溶接時の高温割れが発生しやすくなる。(ii)式左辺値は、14.8であるのが好ましく、15.0であるのがより好ましい。一方、(ii)式右辺値は、19.2であるのが好ましく、19.0であるのがより好ましい。
14.5≦Ni+30×(C+N)+0.5×(Mn+Cu+Co)≦19.5 ・・・(ii)
但し、上記式中の元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表す。
【0040】
本発明の鋼の化学組成において、上記の元素に加えて、さらにSn、Sb、AsおよびBiから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。その理由について説明する。
【0041】
Sn:0〜0.01%
Sb:0〜0.01%
As:0〜0.01%
Bi:0〜0.01%
Sn、Sb、AsおよびBiは、溶接中の溶融池の対流に影響を与え、溶融池の鉛直方向の熱輸送を促進する、または、溶融池表面から蒸発して通電経路を形成してアークの集中度を高めることにより、溶け込み深さを大きくする効果を有する。そのため、これらの元素から選択される1種以上を必要に応じて含有させてもよい。しかし、過剰な含有は、溶接時の熱影響部での割れ感受性を高めるため、いずれの元素の含有量も0.01%以下とする。各元素の含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましい。
【0042】
上記の効果を得たい場合には、上記の元素から選択される1種以上の含有量を0%超とするのが好ましく、0.0005%以上とするのがより好ましく、0.0008%以上とするのがさらに好ましく、0.001%以上とするのがより一層好ましい。また、これらの元素から選択される2種以上を複合的に含有させる場合には、その合計含有量を0.01%以下とするのが好ましく、0.008%以下とするのがより好ましく、0.006%以下とするのがさらに好ましい。
【0043】
本発明の鋼の化学組成において、上記の元素に加えて、さらにV、Nb、Ti、W、B、Ca、MgおよびREMから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0044】
V:0〜0.10%
VはCおよび/またはNと結合して、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成し、クリープ強度に寄与するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、炭窒化物が多量に析出し、クリープ延性の低下を招く。そのため、V含有量は0.10%以下とする。V含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、V含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましい。
【0045】
Nb:0〜0.10%
NbはVと同様、Cおよび/またはNと結合して、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物として粒内に析出し、高温でのクリープ強度および引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、炭窒化物が多量に析出し、クリープ延性の低下を招く。そのため、Nb含有量は0.10%以下とする。Nb含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Nb含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましい。
【0046】
Ti:0〜0.10%
TiはVおよびNbと同様、Cおよび/またはNと結合して、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成し、クリープ強度に寄与するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、炭窒化物が多量に析出し、クリープ延性の低下を招く。そのため、Ti含有量は0.10%以下とする。Ti含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Ti含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましい。
【0047】
W:0〜0.50%
WはMoと同様にマトリックスに固溶して高温でのクリープ強度および引張強さの向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、オーステナイト相の安定性を低下させ、かえってクリープ強度の低下を招く。そのため、W含有量は0.50%以下とする。W含有量は0.40%以下であるのが好ましく、0.30%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、W含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましい。
【0048】
B:0〜0.005%
Bは粒界炭化物を微細分散させることにより、クリープ強度を向上させるとともに、粒界に偏析して粒界を強化して溶接熱影響部の延性低下割れ感受性を低減することにも一定の効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、逆に液化割れ感受性を高める。そのため、B含有量は0.005%以下とする。B含有量は0.004%以下であるのが好ましく、0.003%以下であるのがより好ましく、0.002%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、B含有量は0.0002%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0049】
Ca:0〜0.010%
Caは製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させる。そのため、Ca含有量は0.010%以下とする。Ca含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Ca含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0050】
Mg:0〜0.010%
MgはCaと同様、製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させる。そのため、Mg含有量は0.010%以下とする。Mg含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、Mg含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0051】
REM:0〜0.10%
REMはCaおよびMgと同様、製造時の熱間加工性を改善する効果を有するため、必要に応じて含有してもよい。しかしながら、過剰に含有すると、酸素と結合し、清浄性を著しく低下させて、却って熱間加工性を劣化させる。そのため、REM含有量は0.10%以下とする。REM含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果を得たい場合には、REM含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.001%以上であるのがより好ましい。
【0052】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、前記REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
【0053】
本発明の鋼の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0054】
(B)製造方法
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について特に制限は設けないが、例えば上述の化学組成を有する鋼に対して、常法により、熱間鍛造、熱間圧延、熱処理および機械加工を順に施すことにより製造することができる。
【0055】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0056】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶解して鋳込んだインゴットから、熱間鍛造、熱間圧延、熱処理および機械加工により、板厚15mm、幅50mm、長さ100mmの試験材を作製した。得られた試験材を用いて、以下に示す各種の性能評価試験を行った。
【0057】
【表1】
【0058】
<溶接施工性>
上記試験材の長手方向の端部に、図1に示す形状の開先加工を施した。その後、開先を形成した試験材を2つ突き合わせ、溶加材を用いずに、ティグ溶接により突き合わせ溶接を行った。入熱8kJ/cmとして、各試験材につき2つずつ溶接継手を作製した。得られた溶接継手のうち、2つとも溶接線の全長にわたり、裏ビードが形成されたものを溶接施工性が良好であるとし、「合格」とした。中でも、全長にわたり、裏ビード幅が2mm以上であったものを「良」、一部でも2mmを下回る部分があったものを「可」と判定した。また、2つの溶接継手のうち一部でも裏ビードが形成されない部分があった場合は「不合格」と判定した。
【0059】
<耐溶接割れ性>
その後、初層のみ溶接した上記溶接継手を、市販の鋼板上に四周を拘束溶接した。なお、上記市販の鋼板は、SM400BのJIS G 3160(2008)に規定の鋼板であり、厚さ30mm、幅200mm、長さ200mmであった。また、上記の拘束溶接は、JIS Z 3224(2010)に規定の被覆アーク溶接棒ENi6625を用いて行った。
【0060】
その後、開先内にティグ溶接により積層溶接を行った。上記の積層溶接は、JIS Z 3334(2011)に規定のSNi6625該当の溶加材を用いて行った。入熱10〜15kJ/cmとし、各試験材につき2つずつ溶接継手を作製した。そして、各試験材から作製された溶接継手のうちの1体について、5か所から試験片を採取した。採取された試験片の横断面を鏡面研磨してから腐食し、光学顕微鏡により観察して、溶接熱影響部における割れの有無を調査した。そして、5個の全ての試験片で割れのない溶接継手を「合格」、割れが観察された溶接継手を「不合格」と判断した。
【0061】
<クリープ破断強さ>
さらに、耐溶接割れ性の評価で「合格」となった試験材から作製された溶接継手の残り1体から、溶接金属が平行部の中央となるように丸棒クリープ破断試験片を採取し、母材の目標破断時間が約1000時間となる650℃、167MPaの条件でクリープ破断試験を行った。そして、母材で破断し、かつ、その破断時間が母材の目標破断時間の90%以上となるものを「合格」とした。
【0062】
それらの結果を表2にまとめて示す。
【0063】
【表2】
【0064】
表2から分かるように、本発明の規定を満足する鋼A〜Fを用いた試験No.1〜6では、溶接継手の作製時に必要な施工性および耐溶接割れ性を有するとともに、クリープ強度に優れる結果となった。また、試験No.4と試験No.5および6とを比較して分かるように、Sを低減した場合、Sn、S、AsおよびBiから選択される1種以上を含有させることで、溶接施工性の改善が認められた。
【0065】
それに対して、比較例である鋼GはS含有量が規定から外れているため、それを用いた試験No.7では、溶接熱影響部に延性低下割れと判断される割れが発生した。また、鋼Hは(i)式の下限を下回るとともに、(ii)式の上限を超えたため、それを用いた試験No.8では、オーステナイト相の安定性が過剰に高まり、溶接熱サイクルによるSおよびPの偏析が助長され、溶接熱影響部に液化割れと判断される割れが発生した。
【0066】
鋼Iは(ii)式の下限を下回り、鋼Jは(i)式の上限を上回ったため、オーステナイト相の安定性が不十分であるため、それらを用いた試験No.9および10では、高温のクリープ試験においてσ相を生成し、必要なクリープ強度が得られなかった。また、鋼Kは(i)式の下限を下回り、鋼Lは(ii)式の上限を超えたため、それらを用いた試験No.11および12では、オーステナイト相の安定性が過剰に高まり、溶接熱サイクルによるSおよびPの偏析が助長され、溶接熱影響部に液化割れと判断される割れが発生した。
【0067】
さらに、鋼M、NおよびOはCuおよびCoの一方または両方を含有しないため、それらを用いた試験No.13〜15では、PおよびSの粒界偏析軽減効果が得られず、溶接熱影響部に液化割れと判断される割れが発生した。
【0068】
以上のように、本発明の要件を満足する場合のみ、必要な溶接施工性および耐溶接割れ性ならびに優れたクリープ強度が得られることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、溶接施工される場合の優れた溶接性と構造物としての安定したクリープ強度が両立できるオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
図1