【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、前記課題を達成するために鋭意検討を行った。特に、高比重粒子を含有させる芯成分に配するポリマーとして種々のものを検討していたところ、結晶性を有する特定の共重合ポリエステルを用いたことにより、生産効率が向上し、連続操業が可能でありながら、高強度でかつ高比重であり、毛羽が生じにくいマルチフィラメントを得ることができることを見出した。そして、この知見に基づき、さらに検討し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、芯成分中に高比重粒子を含有し、比重が1.50以上である芯鞘型複合繊維からなるマルチフィラメント糸であり、
芯成分を構成するポリマーが、結晶融点200〜220℃、ガラス転移温度70〜80℃の共重合ポリエステルであり、鞘成分を構成するポリマーがポリエチレンテレフタレートであり、
マルチフィラメント糸の強度が4.7cN/dtex以上、かつ毛羽数が20個/100万m以下であることを特徴とする高比重繊維からなるマルチフィラメント糸を要旨とする。
【0009】
本発明の特徴は、比重が1.50以上という高比重の繊維でありながら、この繊維によって構成されるマルチフィラメント糸の強度が4.7cN/dtex以上であり、さらに毛羽数が20個/100万m以下であるという性能を同時に満たし、マルチフィラメント糸の製造工程においても、得られたマルチフィラメント糸を用いて製編網する際においても、連続操業性および連続生産性が向上することにある。
【0010】
比重が1.50以上という高比重の繊維を得るためには、芯成分中に配合する高比重粒子をマトリックスとなる芯成分のポリマーが良好に把持し、ポリマーと高比重粒子との間に空隙や亀裂(ボイド)をできるだけ発生させないことを要する。
【0011】
ここで、問題となるボイド発生は、繊維の製造工程における延伸工程で生じる。すなわち、ポリマーと高比重粒子とは相溶性がなく、また、ポリマー中に多量の高比重粒子を含有させるため、延伸の応力がかかるとポリマーと粒子との界面にボイドが発生する。そこで、延伸中において芯成分ポリマーが流動性を有する状態であれば、ポリマーと高比重粒子との界面にボイドが発生しにくくなるのではないかと、発明者等は考えた。そして、延伸中における芯成分ポリマーが流動性を維持する状態とするために、延伸前の加熱温度を上げてみることとした。すると、芯成分ポリマーの流動性は上がるが、設定温度範囲のコントロールが難しく加熱温度が一定以上を超えると、芯成分ポリマーの結晶化が始まって逆に流動性が下がり、さらには、鞘部ポリマーの結晶化も始まることになり、十分な延伸が施せず、得られる繊維の強度は低く、また、芯成分ポリマーの流動性が下がることから芯成分ポリマー中にボイドが発生して、その箇所から繊維が切断されやすく、その切断した繊維がマルチフィラメント糸中における毛羽となって多量に発生することになってしまった。したがって、このように加熱温度の設定幅が小さいと、結局、目的とする高比重でかつ高強度で毛羽の少ないマルチフィラメント糸を安定して得ることができず、連続操業性や生産性が上がらない。
【0012】
そこで、加熱温度の設定幅を大きくすることが可能であり、延伸時の流動性を維持することが可能な芯成分ポリマーについて検討していたなかで、芯成分ポリマーのガラス転移温度と融点の関係に着目した。すなわち、ガラス転移温度(Tg)が低いと結晶化しやすくなるため、上記したようなボイドの発生や延伸不良が生じやすくなり、一方、融点が高いと、延伸時の流動性を上げるために加熱温度を上げる必要が生じ、そうすると鞘部ポリマーの結晶化に繋がり、十分な延伸ができなくなる。そこで、種々のポリマーを検討した結果、芯成分ポリマーのガラス転移温度が70〜80℃の範囲、かつ結晶融点が200〜220℃の範囲に設定しうることにより、加熱温度の設定幅を大きくすることが可能であり、延伸中の芯部ポリマーの流動性を維持することが可能であることを見出した。
【0013】
ガラス転移温度が70〜80℃であり、かつ結晶融点が200〜220℃の共重合ポリエステルとして、エチレンテレフタレート単位に、共重合成分としてイソフタル酸およびビスフェノールAのエチレンオキシド付加物を下式のモル分率で共重合してなる共重合ポリエステルを用いるとよい。
0.0≦A≦10.0
5.0<B≦15.0
(上式中、Aは共重合ポリエステルの全酸成分に対するイソフタル酸のモル分率(%)、Bは共重合ポリエステルの全グリコール成分に対するビスフェノールAのエチレンオキシド付加物のモル分率(%)である。)
【0014】
ここで、モル分率とは、芯成分のポリエステルの全酸成分に対するイソフタル酸のモル分率A(モル%)、芯成分のポリエステルの全グリコール成分に対するビスフェノールAのエチレンオキシド付加物のモル分率B(モル%)である。イソフタル酸成分、ビスフェノールAのエチレンオキシド付加物成分を上記したモル分率で共重合することにより、耐熱性が良好な結晶融点を有する低融点ポリエステルとすることができる。
【0015】
なお、本発明において共重合ポリエステルの組成は、以下に基づき求める。すなわち、共重合ポリエステル樹脂を重水素化ヘキサフルオロイソプロパノールと重水素化クロロホルムとの容量比が1/20の混合溶媒に溶解させ、日本電子社製LA−400型NMR装置にて1H−NMRを測定し、得られたチャートの各成分のプロトンのピークの積分強度から、共重合成分の種類と含有量を求める。
【0016】
上記した共重合ポリエステルは、溶融紡糸の際に溶融時に熱分解が生じにくく、溶融段階にて高比重粒子を良好に保持しうるため、紡糸パックの目詰まりが生じにくく、紡糸の連続生産性が格段と向上する。溶融時に熱分解しやすいポリマーの場合、粘度低下が生じて溶融したポリエステルが高比重粒子を保持しにくくなり、保持できなかった高比重粒子が紡糸口金より上流部である紡糸パック内に徐々に残ってしまうことになって、パックの目詰まりによる紡糸性の問題が発生することから、パック交換を要するため連続操業ができず、生産性が低下する。これは、芯成分に非晶性のポリマーを用いた場合においても同様であり、非晶性のポリマーの場合、延伸時に流動性は確保しやすいために比重や強度は満足する繊維が得られやすいが、溶融紡糸の際に、溶融したポリエステルが高比重粒子を保持しにくく、上記と同様、連続操業が困難で生産性が低下する。
【0017】
また、ビスフェノールAのエチレンオキシド付加物成分を特定モル分率にて共重合することにより、イソフタル酸成分のみを共重合する場合と比較してガラス転移温度を比較的高くすることができ、芯成分の結晶化を遅らせることにより、延伸中の延伸流動性の低下を抑制し、芯成分に発生するボイドを抑制することを可能とする。
【0018】
さらに、ビスフェノールAのエチレンオキシド付加物成分とイソフタル酸成分とを上記した特定のモル分率で共重合することにより、上記したようにガラス転移温度を比較的高くしながら、融点は低め(200〜220℃)に設定することができるため、延伸前に加熱温度の上げ過ぎを防ぎ、芯成分ポリマーの流動性を維持できる。ここで、融点が230℃以上となると、芯成分ポリマーの流動性が低くなるのである。また、融点が200℃未満となると熱分解が生じやすくなり、上記したごとく連続操業ができなくなる。
【0019】
本発明においては、繊維製造工程での連続操業の目安として、目詰まりが生じることなく20時間以上連続操業できることが好ましく、より好ましくは24時間以上である。
【0020】
また、芯成分ポリマーの極限粘度〔η〕は、延伸中の芯成分ポリマーの流動性を考慮して0.5〜0.8であることが好ましい。
【0021】
芯成分に含有させる高比重粒子としては、バリウム、チタン、アルミニウム、タングステン等の金属粒子や二酸化チタン、酸化亜鉛、沈降性硫酸バリウム等の金属化合物が挙げられる。中でも硫酸バリウムは比重が高く、芯成分のポリエステルへの分散性に優れ、延伸性を阻害しにくいため、好ましい。
【0022】
また、高比重粒子の最大粒子径(直径)は、延伸性を考慮して4.0μm以下、中でも3.0μm以下とすることが好ましい。
【0023】
芯成分に含有させる高比重粒子の含有量は、芯成分中の30〜70質量%とすることが好ましい。高比重粒子の含有量が芯成分中に30質量%未満では、繊維比重を高くするためには芯成分の複合比率を大きくする必要性が生じ、そのため鞘成分の複合比率を低下すると、高強度の繊維を得ることが困難となりやすい。一方、芯成分中における高比重粒子の含有量が70質量%以下とすることにより、芯成分中に均一に練り込むことを可能とし、ボイドが生じにくく、延伸流動性も良好となる。
【0024】
また、高比重粒子を芯成分ポリマーに含有させる方法としては、あらかじめ芯成分に用いる共重合ポリエステルに任意の高比重粒子を均一に練り込んでチップ化したものを、溶融紡糸の際に、そのまま芯成分として用いることが好ましい。
【0025】
次に、芯鞘型複合繊維における鞘成分について説明する。本発明において、マルチフィラメント糸の強度は、芯鞘複合繊維における鞘部が担う。本発明においては、強度と製糸性を考慮し、また、安価で比較的比重も高く、寸法安定性に優れることから
、ポリエチレンテレフタレート(以下、PETと称す。)を用い
る。そして、PETの極限粘度〔η〕は0.9〜1.3が好ましい。極限粘度が0.9より低くなると強度の高い繊維とすることが困難となる場合があり、一方、1.3より高くなると、延伸性が低下する場合があるので好ましくない。
【0026】
芯鞘型複合繊維の芯鞘複合比は、質量比(芯:鞘)で50/50〜20/80が好ましい。芯成分の比率が20/80より小さいと、芯成分の割合が小さくなるため、高比重の繊維を得にくい。一方、芯成分の比率が50/50より大きいと、鞘成分の割合が少なくなり、繊維の強度が低くなる傾向となる。
【0027】
なお、芯成分と鞘成分ともにその効果や特性を損なわない範囲において、酸化チタンなどの艶消し剤、ヒンダートフェノール系化合物等の酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、顔料、難燃剤、抗菌材、導電性付与剤等が配合されてもよい。
【0028】
本発明における複合繊維の横断面形状は、芯成分、鞘成分ともに多角形や多葉形状等の異形であってもよく、また、芯成分と鞘成分の中心点が一致していない偏心芯鞘型のものであってもよいが、高強度となりやすいため、芯成分と鞘成分の中心点が略一致しており、円形断面形状のものである同心芯鞘で円形断面である芯鞘型複合繊維が特に好ましい。
【0029】
本発明のマルチフィラメント糸は、毛羽数が20個/100万m以下であり、特に10個/100万m以下が好ましい。このマルチフィラメント糸の毛羽とは、マルチフィラメント糸を構成する複数本の複合繊維のうちの一部の複合繊維が切断したものがマルチフィラメント糸表面に毛羽として存在するものである。毛羽数が20個/100万mを超えると、マルチフィラメント糸を製編網に適用する際の製編網前のビーム捲き取り時に、毛羽が存在すると、機台を停止して毛羽を補修する作業(複合繊維の切断部分をつなぎ合せる作業)を要し、毛羽数が多い程、機台停止回数が増加し、生産効率を悪化させてしまう。また、毛羽の存在を見逃してしまい、ビーム捲き取り時に補修せずに除去できなかった毛羽があると、編網時に毛羽が隣の網糸に取られて、目合いが閉じた状態となってしまい、得られた網において閉じた目合いを広げる作業が必要となる。したがって、毛羽数は少ないほど好ましく、10個/100万m以下が好ましく、5個/100万m以下がより好ましい。なお、本発明において、毛羽数20個/100万m以下を達成できたのは、上記したように、溶融紡糸後の延伸の際に、芯成分が流動性を保持した状態で延伸を可能とし、芯成分の切断に起因する繊維の切断が発生しにくくなったことによると推定する。
【0030】
本発明における芯鞘型複合繊維の比重は、1.50以上であり、特に1.51以上であることが好ましい。複合繊維の比重が1.50未満であると、本発明のマルチフィラメント糸を例えば定置網用途に用いる際に、漁網の沈降性や保形性が不十分となる。比重の上限としては1.80程度がよい。すなわち、芯成分に含有させる高比重粒子の含有量を多くすると比重が大きくなると考えるが、高比重粒子の含有量が多くなるに従って、繊維を高強度化することはより困難となる。したがって、芯成分中に含有させる高比重粒子の含有量を考慮し、かつ高強度4.7cN/dtex以上となる繊維を得るためには、繊維比重の上限は1.80がよい。
【0031】
本発明のマルチフィラメント糸の強度は4.7cN/dtex以上である。強度を4.7cN/dtex以上とすることによって、水産資源用途に用いるには十分な強度となる。なお、前記同様に繊維比重を考慮すると、強度の上限は5.5cN/dtexがよい。
【0032】
また、耐磨耗性や製糸性を考慮すれば、本発明で得られる芯鞘型複合繊維の単繊維繊度は10〜30dtex、伸度は15〜30%であることが好ましい。
【0033】
本発明の高比重繊維からなるマルチフィラメント糸は、上記したように、高比重でかつ高強度でありながら、また、毛羽数が20個/100万m以下を達成しているため、編網して得られるネットに良好に適用できる。
【0034】
次に本発明の高比重繊維からなるマルチフィラメント糸の製造方法の好ましい態様について説明する。
【0035】
芯成分ポリマーとして、常法の重合法によって得られた固有粘度が0.5〜0.8の共重合ポリエステルと高比重粒子と、必要に応じて顔料等の添加剤を準備し、それぞれ計量し、常法により2軸押出機等により溶融混練した後、ノズルから押し出し、ペレット状にカットすることによって得る。チップ化された高比重粒子含有してなる共重合ポリエステルを乾燥させ、紡糸に供する。
【0036】
一方、鞘成分ポリマーとしては、常法の重合法によって得られたポリエチレンテレフタレートを固相重合し、高粘度化したもの準備する。この際、鞘のポリエチレンテレフタレートは、高強度と毛羽数を考慮して極限粘度0.9以上のPETが好ましく、極限粘度は1.3以上がより好ましい。また、繊維の強度、比重、毛羽数に影響を及ばさない範囲において、酸化チタンなどの艶消し剤、ヒンダートフェノール系化合物等の酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、顔料、難燃剤、抗菌材、導電性付与剤等を含有するマスターバッチを計量混合することもできる。
【0037】
次いで、複合型の溶融紡糸装置に、芯鞘複合型の紡糸口金を装着し、高比重粒子を含有してなる芯成分と鞘成分とをそれぞれ導入して溶融紡糸を行う。紡出された繊維を口金直下に設置された壁面温度200〜500℃の加熱筒内を通過させた後、冷却装置で温度10〜30℃、速度0.5〜1m/秒の冷却風を吹き付けて冷却し、油剤を付与する。
【0038】
その後、非加熱の第1ローラーに引き取り、引き続き、表面温度120〜170℃の第2ローラーに掛けて1.01〜1.10倍の引き揃えを行い、表面温度130℃〜200℃の第3ローラーとの間で1段目の延伸を行う。続いて表面温度200〜260℃の第4ローラーと第3ローラーとの間にスチーム処理機を設置し、300℃以上のスチームを吹き付けながら、全延伸倍率が4.0〜6.0倍となるように、延伸倍率1.2〜1.6倍で2段目の延伸を行う。この後、表面温度100〜200℃の第5ローラーとの間で2〜5%の弛緩熱処理を行い、速度1500〜3500m/分でワインダーに巻き取り、毛羽数が20個/100万m以下、強度が4.7cN/dtex以上、比重が1.50以上のマルチフィラメント糸を得る。