特許第6871001号(P6871001)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6871001野生動物の個体群動態推定装置、野生動物の個体群動態推定プログラムおよび野生動物の個体群動態推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6871001
(24)【登録日】2021年4月19日
(45)【発行日】2021年5月12日
(54)【発明の名称】野生動物の個体群動態推定装置、野生動物の個体群動態推定プログラムおよび野生動物の個体群動態推定方法
(51)【国際特許分類】
   A01M 99/00 20060101AFI20210426BHJP
【FI】
   A01M99/00
【請求項の数】8
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-15808(P2017-15808)
(22)【出願日】2017年1月31日
(65)【公開番号】特開2018-121561(P2018-121561A)
(43)【公開日】2018年8月9日
【審査請求日】2019年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】517033355
【氏名又は名称】一般社団法人鳥獣管理技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100104433
【弁理士】
【氏名又は名称】宮園 博一
(72)【発明者】
【氏名】坂田 宏志
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 類
【審査官】 吉田 英一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−002709(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0296766(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する野生動物の個体群動態推定装置であって、
野生動物の全体の個体数に基づき、前記野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の前記野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段と、
特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、前記野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段とを備え
前記全体モデルは、野生動物の自然増加率と、前記野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の前記野生動物の全体の個体数を規定し、
前記第1推定手段は、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、前記野生動物の区分の構成比に影響されて変動する前記自然増加率の変動率とに基づいて、前記全体モデルの前記自然増加率を決定するように構成されている、野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項2】
前記自然増加率の変動率は、前記野生動物の区分の構成比が出生率に及ぼす変動率、および、前記野生動物の区分の構成比が生存率に及ぼす変動率の少なくとも一方に基づいて規定され、前記野生動物の区分の構成比の違いにより変動する割合である、請求項に記載の野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項3】
前記野生動物の区分の構成比に影響されない前記項は、前記野生動物の区分の構成比が標準的構成比にある野生動物の個体群の自然増加率として予め設定される変動することのない標準的自然増加率を含む、請求項またはに記載の野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項4】
前記野生動物の区分の構成比に影響されない前記項は、野生動物の生息する環境が前記自然増加率に影響する環境に起因する変動率を含む、請求項に記載の野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項5】
前記環境に起因する変動率は、生息領域における野生動物の生息密度の高まりが前記自然増加率を小さくする生息密度に起因する変動率を少なくとも含む、請求項に記載の野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項6】
前記部分モデルは、幼獣または成獣の個体数の推定のために、幼獣、成獣またはその両方の個体数の変動を規定する第1部分モデルと、雄、雌、雌成獣または雄成獣の個体数の推定のために、雄または雌、または、雄成獣または雌成獣あるいはこれらの区分の組合せの個体数の変動を規定する第2部分モデルとを含む、請求項1〜のいずれか1項に記載の野生動物の個体群動態推定装置。
【請求項7】
コンピュータを、
野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて行う、野生動物の個体数の変動の推定において、野生動物の全体の個体数に基づき、前記野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の前記野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段と、
特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、将来の前記野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段と
前記全体モデルにおいて、野生動物の自然増加率と、前記野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の前記野生動物の全体の個体数を規定する手段と、
前記第1推定手段を、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、前記野生動物の区分の構成比に影響されて変動する前記自然増加率の変動率とに基づいて、前記全体モデルの前記自然増加率を決定する手段として機能させるための野生動物の個体群動態推定プログラム。
【請求項8】
野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する野生動物の個体群動態推定方法であって、
野生動物の全体の個体数に基づき、前記野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、前記野生動物の全体の個体数の推定を行うステップと、
特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、将来の前記野生動物の部分的な個体数の推定を行うステップと
前記全体モデルにおいて、野生動物の自然増加率と、前記野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の前記野生動物の全体の個体数を規定するステップと、
特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、前記野生動物の区分の構成比に影響されて変動する前記自然増加率の変動率とに基づいて、前記全体モデルの前記自然増加率を決定するステップとを備える、野生動物の個体群動態推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、野生動物の個体群動態推定装置、野生動物の個体群動態推定プログラムおよび野生動物の個体群動態推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、シカやイノシシなどの野生動物による農作物被害が深刻化しており、野生動物の保全管理を適切に行うことが望まれている。現状では、環境省、都道府県、市町村などの各行政機関において、野生動物の自然増加率や個体数などの推定に基づいて、必要な捕獲数の決定など、野生動物の保全と管理に関する意思決定が行われている。
【0003】
また、従来、本願発明者らにより野生動物の個体群動態を推定する方法が提案されている(たとえば、非特許文献1参照)。
【0004】
上記非特許文献1には、ニホンジカの自然増加率や個体数(個体群動態)などについての事前分布と既知のデータとに基づいて事後分布を導出することによって、ニホンジカの個体群動態を推定する方法(野生動物の個体群動態推定方法)が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】坂田宏志、岸本康誉、関香菜子、「ニホンジカの個体群動態の推定と将来予測(兵庫県本州部2011年)」、兵庫ワイルドライフレポート、兵庫県森林動物研究センター、2012年、1号、1〜16頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記非特許文献1に開示された野生動物の個体群動態推定方法では、より適切な個体調整計画、捕獲計画の立案のため、推定精度をより向上させることが望まれている。
【0007】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、野生動物の個体群動態の推定の精度をさらに向上させることが可能な野生動物の個体群動態推定装置、野生動物の個体群動態推定プログラムおよび野生動物の個体群動態推定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
従前より、野生動物の個体群動態を推定するに当たり、子供を産むことが可能な成獣雌の個体数(比率)や、死亡率が特に高い幼獣の個体数(比率)などの野生動物の性や齢の構成が、その野生動物の個体群動態、特に自然増加率に影響することから、野生動物の性や齢の区別を考慮することにより、推定精度が向上する、との知見がある。しかしながら、野生動物の性や齢の区別に関する十分なデータを得ることは難しいうえに、データの精度に見合った推定手法がなかったため、性や齢の区別を考慮すると、かえって推定精度が落ちたり、推定不能になったりする場合が多かった。そこで、本願発明者が鋭意検討した結果、上記目的を達成するため、この発明の第1の局面による野生動物の個体群動態推定装置は、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する野生動物の個体群動態推定装置であって、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段と、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段とを備え、全体モデルは、野生動物の自然増加率と、野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の野生動物の全体の個体数を規定し、第1推定手段は、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率とに基づいて、全体モデルの自然増加率を決定するように構成されている
【0009】
この発明の第1の局面による野生動物の個体群動態推定装置では、上記のように、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段と、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段とを設ける。これにより、部分モデルによる特定の性、齢、または、それらの組合せに区分される野生動物の部分的な個体数の推定が行われるので、成獣雌の個体数(比率)や幼獣の個体数(比率)などの個体群動態を左右する重要な要因となる性、齢の個体数(比率)を導出することができる。その結果、子供を産むことが可能な個体の個体数(比率)や、死亡率が異なる個体の数(比率)などの動物種の自然増加率に特に影響を与える区分(部分)の個体数(比率)の動態がより精度よく取得されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を向上させることができる。また、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項からの変動を考慮して、全体モデルの自然増加率を決定することができるので、第1推定手段は、野生動物の区分の構成比の影響をより効果的に自然増加率に反映させることができる。このため、より精度よく自然増加率を推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。また、性や齢の区分ごとの捕獲計画に基づいた、精度の高い将来予測が可能になる。
【0011】
この場合、好ましくは、自然増加率の変動率は、野生動物の区分の構成比が出生率に及ぼす変動率、および、野生動物の区分の構成比が生存率に及ぼす変動率の少なくとも一方に基づいて規定され、野生動物の区分の構成比の違いにより変動する割合である。このように構成すれば、野生動物の区分の構成比が、自然増加率に与える影響をより精密に評価し、推定結果に反映することが可能な項(出生率に及ぼす変動率および生存率に及ぼす変動率の少なくとも一方)に基づいて規定され、より詳細な推定がなされるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を一層向上させることができる。
【0012】
上記野生動物の区分の構成比に影響されない項と、野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率とに基づいて自然増加率を決定する構成において、好ましくは、野生動物の区分の構成比に影響されない項は、野生動物の区分の構成比が標準的構成比にある野生動物の個体群の自然増加率として予め設定される変動することのない標準的自然増加率を含む。このように構成すれば、変動することのない標準的自然増加率(基準値)からの変動を考慮して、全体モデルの自然増加率を決定することができるので、野生動物の区分の構成比に影響されない項をより精度よく推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度を一層向上させることができる。
【0013】
上記野生動物の区分の構成比に影響されない項が標準的自然増加率を含む構成において、好ましくは、野生動物の区分の構成比に影響されない項は、野生動物の生息する環境の自然増加率への影響を示す環境に起因する変動率を含む。このように構成すれば、自然増加率を決定するのに、野生動物の生息する環境の自然増加率(野生動物の個体数)への影響を示す環境に起因する変動率がさらに考慮されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度をより一層向上させることができる。
【0014】
上記野生動物の区分の構成比に影響されない項が環境に起因する変動率を含む構成において、好ましくは、環境に起因する変動率は、生息領域における野生動物の生息密度の高まりが自然増加率を小さくする生息密度に起因する変動率を少なくとも含む。このように構成すれば、野生動物の生息する環境が野生動物の個体数に与える影響を示す環境に起因する変動率の中でも比較的モデル化(定式化)しやすい密度効果(生息領域における野生動物の生息密度の高まりが野生動物の自然増加率を小さくする生息密度に起因する変動率)が考慮されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度をさらに向上させることができる。
【0015】
上記第1の局面による野生動物の個体群動態推定装置において、好ましくは、部分モデルは、幼獣または成獣の個体数の推定のために、幼獣、成獣またはその両方の個体数の変動を規定する第1部分モデルと、雄、雌、雌成獣または雄成獣の個体数の推定のために、雄または雌、または、雄成獣または雌成獣あるいはこれらの区分の組合せの個体数の変動を規定する第2部分モデルとを含む。このように構成すれば、部分モデルを、齢についての野生動物の区分の構成比の変動を規定する第1部分モデルと、性についての野生動物の区分の構成比の変動を規定する第2部分モデルとに細分化して詳細に考慮することにより、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。
【0016】
この発明の第2の局面による野生動物の個体群動態推定プログラムは、コンピュータを、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて行う、野生動物の個体数の変動の推定において、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段と、全体モデルにおいて、野生動物の自然増加率と、野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の野生動物の全体の個体数を規定する手段と、第1推定手段を、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率とに基づいて、全体モデルの自然増加率を決定する手段として機能させる。
【0017】
この発明の第2の局面による野生動物の個体群動態推定プログラムでは、上記のように、コンピュータを、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて行う、野生動物の個体数の変動の推定において、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行う第1推定手段、および、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、将来の野生動物の部分的な個体数の推定を行う第2推定手段として機能させる。これにより、部分モデルによる特定の性、齢、または、それらの組合せに区分される野生動物の部分的な個体数の推定が行われるので、成獣雌の個体数(比率)や幼獣の個体数(比率)などの個体群動態を左右する重要な要因となる個体数(比率)を導出することができる。その結果、子供を産むことが可能な個体の個体数(比率)や、死亡率が異なる個体の数(比率)などの動物種の自然増加率に特に影響を与える区分(部分)の個体数(比率)の動態がより精度よく取得されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を向上させることができる。また、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項からの変動を考慮して、全体モデルの自然増加率を決定することができるので、第1推定手段は、野生動物の区分の構成比の影響をより効果的に自然増加率に反映させることができる。このため、より精度よく自然増加率を推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。また、性や齢の区分ごとの捕獲計画に基づいた、精度の高い将来予測が可能になる。
【0018】
この発明の第3の局面による野生動物の個体群動態推定方法は、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する野生動物の個体群動態推定方法であって、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行うステップと、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、将来の野生動物の部分的な個体数の推定を行うステップと、全体モデルにおいて、野生動物の自然増加率と、野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の野生動物の全体の個体数を規定するステップと、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率とに基づいて、全体モデルの自然増加率を決定するステップとを備える。
【0019】
この発明の第3の局面による野生動物の個体群動態推定方法では、上記のように、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する野生動物の個体群動態推定方法であって、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデルを用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行うステップと、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデルを用いて、将来の野生動物の部分的な個体数の推定を行うステップとを設ける。これにより、部分モデルによる特定の性、齢、または、それらの組合せに区分される野生動物の部分的な個体数の推定が行われるので、成獣雌の個体数(比率)や幼獣の個体数(比率)などの個体群動態を左右する重要な要因となる個体数(比率)を導出することができる。その結果、子供を産むことが可能な個体の個体数(比率)や、死亡率が異なる個体の数(比率)などの動物種の自然増加率に特に影響を与える区分(部分)の個体数(比率)の動態がより精度よく取得されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を向上させることができる。また、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項からの変動を考慮して、全体モデルの自然増加率を決定することができるので、野生動物の区分の構成比の影響をより効果的に自然増加率に反映させることができる。このため、より精度よく自然増加率を推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。また、性や齢の区分ごとの捕獲計画に基づいた、精度の高い将来予測が可能になる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、上記のように、野生動物の個体群動態の推定の精度をさらに向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の第1実施形態による個体群動態推定装置の構成を示したブロック図である。
図2】本発明の第1実施形態による個体群動態推定装置により行われるベイズ推定の概要を説明するための図である。
図3】本発明の第1実施形態による個体群動態推定装置により行われる個体群動態の推定処理について説明するためのフローチャートである。
図4】本発明の第2実施形態による個体群動態推定装置の構成を示したブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を具体化した実施形態を図面に基づいて説明する。
【0023】
[第1実施形態]
(個体群動態推定装置の構成)
まず、図1および図2を参照して、本発明の第1実施形態による個体群動態推定装置100の構成について説明する。
【0024】
本発明の第1実施形態による個体群動態推定装置100は、野生動物の個体数の変動を規定するモデルを用いて、野生動物の個体数の変動を推定する装置である。
【0025】
個体群動態推定装置100は、図1に示すように、CPU1と、ハードディスク2と、読出装置3と、通信部4と、出力部5とから主として構成されている。CPU1、ハードディスク2、読出装置3、通信部4、および、出力部5は、互いに、バス6によって接続されている。なお、個体群動態推定装置100は、特許請求の範囲の「コンピュータ」の一例である。
【0026】
CPU1は、個体群動態推定装置100の各部を制御することが可能に構成されている。また、CPU1は、ハードディスク2にインストールされた個体群動態推定プログラム10aを実行することにより、野生動物の個体群動態の推定処理を実施するように構成されている。
【0027】
CPU1は、後述する式(モデル)[1]、式[2]および式[3]をそれぞれ実行する推定手段1a、推定手段1b、および、推定手段1cを含んでいる。なお、推定手段1aは、特許請求の範囲の「第1推定手段」の一例である。また、推定手段1b、および、推定手段1cは、特許請求の範囲の「第2推定手段」の一例である。
【0028】
ハードディスク2には、図示しないオペレーティングシステムや個体群動態推定プログラム10aなど、CPU1に実行させるための種々のコンピュータプログラムがインストールされている。また、ハードディスク2には、捕獲数、糞塊密度(所定の調査範囲においてカウントされた糞塊数を所定の調査範囲の面積で除した値)、および、目撃効率(1人当たりの観測者(狩猟者など)が1日に目撃した個体の平均値)などの野生動物の個体群動態に関する既知のデータ(観測されたデータ)も格納されている。既知のデータは、図示しないキーボードを用いて入力することによりハードディスク2に格納してもよいし、Ethernet(登録商標)インタフェースなどからなる通信部4を介して他の機器から取り込んでもよい。
【0029】
読出装置3は、ディスクドライブにより構成されており、CD−ROMなどの可搬型記録媒体10に記録された情報を読み出すことが可能である。個体群動態推定装置100は、読出装置3により、可搬型記録媒体10に記録された個体群動態推定プログラム10aを読み出してハードディスク2にインストールすることが可能である。また、個体群動態推定プログラム10aを、Ethernet(登録商標)インタフェースなどからなる通信部4を介して受信するようにしてもよい。通信部4は、外部端末とデータ通信可能に構成されている。
【0030】
出力部5は、表示装置20に接続されており、後述の個体群動態の推定処理において、事前分布および事後分布それぞれのグラフの情報や推定結果の情報などを表示装置20に出力可能に構成されている。
【0031】
個体群動態推定装置100は、事前分布を用いて事後分布の導出を行うベイズ推定法により推定を行う。一例として、個体群動態推定装置100は、雄および雌を含む野生動物の全体の個体数についての過程モデルを用いて、将来の総個体数を推定する。この場合、少なくとも、各年の総個体数(i)は、未知の値(パラメータ)である。このような個体群動態の未知のパラメータ(総個体数(i))について、個体群動態推定装置100は、図2に示すように、個体群動態の事前分布を設定するとともに、設定した事前分布と既知のデータとを用いて、マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)により、事後分布を導出して個体群動態の推定を行うように構成されている。なお、第1実施形態では、マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)により、事後分布を導出して個体群動態の推定を行う例を示したが、他の方法により事後分布を導出して個体群動態の推定を行ってもよい。既知のデータとは、野生動物の捕獲数や糞塊密度、目撃効率(狩猟者から得られた目撃情報)、ライトセンサスによる調査などにより得られる野生動物の個体群動態に関するデータであり、個体群動態に影響すると考えられる有効なデータを意味する。
【0032】
総個体数(i+1)=自然増加率(i+1)×総個体数(i)−総捕獲数(i+1)・・・[1]
なお、式[1]は、特許請求の範囲の「全体モデル」の一例である。
【0033】
ここで、iは、年度を表す。たとえば、2016年度をiとすると、2015年度は、i−1、2017年度は、i+1になる。総個体数(i+1)は、i+1年度末における雄および雌を含む野生動物の全体の個体数を表す。自然増加率(i+1)は、i+1年度における出生と自然死亡による個体群の増加率を表す。総個体数(i)は、i年度末における雄および雌を含む野生動物の全体の個体数を表す。総数捕獲数(i+1)は、i+1年度における雄および雌を含む野生動物の全体の捕獲数を表す。
【0034】
上記式[1]は、i年度末の雄および雌を含む野生動物の全体の個体数に基づき、雄および雌を含む野生動物の全体の個体数の変動を規定している。個体群動態推定装置100(推定手段1a)は、式[1]を用いて、i+1年度末(将来)の雄および雌を含む野生動物の全体の個体数の推定を行う。なお、総個体数(i+1)を、必ずしも上記式[1]により導出する必要はなく、式「総個体数(i+1)=自然増加率(i+1)×(総個体数(i)−総捕獲数(i+1))」などの式により導出してもよい。
【0035】
また、一例として、個体群動態推定装置100は、幼獣個体数(i)についての過程モデルを以下に示す式[2]のように規定して、幼獣個体数を導出する。なお、幼獣とは、動物種にもよるが、繁殖年齢に達する前の個体たとえば、ニホンジカやイノシシであれば1歳未満の個体であり、その他の個体は、成獣とされる。
【0036】
幼獣個体数(i)=(幼獣生存率(i)−(密度効果(i)+その他要因の効果(i)))×初期幼獣個体数(i)−幼獣捕獲数(i)・・・[2]
なお、式[2]は、特許請求の範囲の「部分モデル」および「第1部分モデル」の一例である。
【0037】
ここで、幼獣個体数(i)は、i年度末における幼獣の個体数を表す。幼獣生存率(i)は、i年度末における推定目的の個体群における1年間を通して生存し続ける幼獣の割合を表す。なお、密度効果は、特許請求の範囲の「生息領域における野生動物の生息密度の高まりが自然増加率を小さく生息密度に起因する変動率」の一例である。
【0038】
密度効果(i)は、i年度における個体群の密度の高まりが、自然増加率を小さくする効果を表す。具体的には、密度効果は、混み合いの効果に起因して生じるエサ不足などの現象が、自然増加率に及ぼす効果を表す。混み合いの効果とは、限られた生息領域において個体数が増加して一個体当たりの生息領域が減少する、などに起因して、生息領域における野生動物の生息密度が高まる効果を意味する。なお、個体数に対して生息領域が十分広く与えられ、エサを奪い合う競合個体がいない状態(理想的な状態)では、密度効果は、零(0)に設定される。
【0039】
その他要因の効果(i)は、i年度における密度効果(i)以外の環境に起因する自然増加率に及ぼす効果を表す。具体的には、その他要因の効果は、積雪や、猛暑によるエサ(草など)の減少などの環境要因が自然増加率に及ぼす効果(影響)を表す。密度効果、および、その他要因の効果は、正の値を取る。要するに、密度効果、および、その他要因の効果は、上記式[2](モデル)において、幼獣生存率に対して常にマイナスの要因として作用する。なお、第1実施形態では、密度効果、および、その他要因の効果を常にマイナスの値を取る要素としているが、密度効果、および、その他要因の効果の捉え方によっては、密度効果、および、その他要因の効果を、正負(プラスおよびマイナス)両方の値を取る要素としてもよい。また、その他要因の効果は、観測するデータがなく、評価が困難である場合や、有効なデータが得られていない場合には、予測不可能な誤差変動として上記式[2](モデル)に組み込まずに処理してもよい。
【0040】
初期幼獣比率(i)は、i年度開始時における総個体数に占める幼獣の割合を表す。要するに、初期幼獣比率(i)は、i年度初めの出産後、自然死亡や捕獲を差し引く前の総個体数に対する出生幼獣数の割合を表す。初期幼獣個体数(i)は、i年度初期における幼獣の個体数を表す。幼獣捕獲数(i)は、i年度における幼獣の捕獲数を表す。
【0041】
上記式[2]は、幼獣の個体数の変動を規定している。個体群動態推定装置100(推定手段1b)は、式[2]を用いて、i年度末の幼獣の個体数を推定する。
【0042】
また、一例として、個体群動態推定装置100は、成獣雌個体数(i)についての過程モデルを以下に示す式[3]のように規定して、成獣雌個体数を導出する。
【0043】
成獣雌個体数(i)=(成獣生存率(i)−(密度効果(i)+その他要因の効果(i)))×初期成獣雌個体数(i)−成獣雌捕獲数(i)・・・[3]
なお、式[3]は、特許請求の範囲の「部分モデル」および「第2部分モデル」の一例である。
【0044】
ここで、成獣雌個体数(i)は、i年度末における成獣雌個体数を表す。成獣生存率(i)は、i年度初期における推定目的の個体群における1年間を通して生存し続ける成獣の割合を表す。初期成獣雌個体数(i)は、i年度開始時における成獣雌の個体数を表す。成獣雌捕獲数(i)は、i年度における成獣雌の捕獲数を表す。
【0045】
上記式[3]は、成獣雌の個体数の変動を規定している。個体群動態推定装置100(推定手段1c)は、式[3]を用いて、i年度末の成獣雌の個体数を推定する。
【0046】
上記式[1]〜[3]を規定することにより、成獣雄個体数を規定する以下の式[4]が得られる。
【0047】
成獣雄個体数(i)=総個体数(i)−成獣雌個体数(i)−幼獣個体数(i)・・・[4]
【0048】
このように、第1実施形態の個体群動態推定装置100では、個体群動態の推定に際して、捕獲数などの既知のデータや事前分布から作成されたモデル(以下に述べる式[5]〜[9])、および、上記各過程モデル(上記式[1]〜[4])を用いて、マルコフ連鎖モンテカルロ法による階層ベイズ推定を行う。
【0049】
(自然増加率)
個体群動態推定装置100(推定手段1a)は、上記式[1]の自然増加率を、以下の式[5]により、決定するように構成されている。
【0050】
自然増加率(i)=標準的自然増加率+性(性別構成、つまり、雄と雌との比率)および齢構成の効果(i)−(密度効果(i)+その他要因の効果(i))・・・[5]
なお、性および齢構成の効果は、特許請求の範囲の「野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率」の一例である。また、標準的自然増加率−(密度効果(i)+その他要因の効果(i))は、特許請求の範囲の「特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項」の一例である。
【0051】
ここで、標準的自然増加率とは、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比が標準的構成比にある野生動物の個体群の自然増加率として予め設定される変動することのない値である。詳細には、標準的自然増加率とは、幼獣および成獣雌の割合が予め設定した標準的な比率の場合で、かつ、密度効果およびその他要因の効果(環境に関する効果)による影響がないと想定した場合の自然増加率を意味する。
【0052】
具体例として、標準的自然増加率は、雄と雌との比率が1:1のような標準的な性別構成(性比)にあり、かつ、成獣と幼獣との比率が2:1のような標準的な齢構成にある場合の自然増加率として予め設定される値である。したがって、性別構成(性)および齢構成が標準的であり、密度効果の影響や環境要因、その他の要因の影響がない標準的な条件下にある場合には、「自然増加率=標準的自然増加率」になる。なお、性および齢構成の効果、密度効果およびその他要因の効果は、標準的自然増加率とは異なり、変動する値である。要するに、性および齢構成の効果、密度効果およびその他要因の効果は、変動することのない標準的自然増加率を修正するための項である。
【0053】
性および齢構成の効果とは、成獣雌が多いと自然増加率が上がり、幼獣(成獣よりも死亡率が高くなる幼い個体)が多いと自然増加率が下がる、などの性および齢構成が自然増加率に及ぼす効果を表す。
【0054】
密度効果、および、その他要因の効果は、上記の通り、常に正の値を取ることから、上記式[5](モデル)において、標準的自然増加率に対して常にマイナスの要因(生存率を低下させる影響)として作用する。
【0055】
なお、密度効果およびその他要因の効果と、性および齢構成の効果とは、互いに影響し合っていると考えられる。しかしながら、上記式[5]では、より効果的に個体群動態の推定を行うために、密度効果およびその他要因の効果と、性および齢構成の効果とを、互いに影響しない独立の要素として切り分けることで、それぞれを評価可能としている。
【0056】
性および齢構成の効果は、雌の齢別の出産率と、性および齢別の生存率とによって左右される。このため、個体群動態推定装置100(推定手段1a)は、年齢構成(性比)、齢構成、および、出産率や生存率の推定値と、性別構成(性)および齢構成によって変動する部分との関係式を以下の式[6]〜[8]により、決定するように構成されている。また、個体群動態推定装置100(推定手段1a)は、上記式[5]の性および齢構成の効果を、以下の式[6]により、決定するように構成されている。
【0057】
性および齢構成の効果(i)=出生率に及ぼす効果(i)+生存率に及ぼす効果(i)・・・[6]
なお、出生率に及ぼす効果は、特許請求の範囲の「野生動物の区分の構成比が出生率に及ぼす変動率」の一例である。また、生存率に及ぼす効果は、特許請求の範囲の「野生動物の区分の構成比が出生率に及ぼす変動率」の一例である。
【0058】
個体群動態推定装置100(推定手段1a)は、上記式[6]の出生率に及ぼす効果を、以下の式[7]により決定し、上記式[6]の生存率に及ぼす効果を、以下の式[8]により決定するように構成されている。
【0059】
成獣雌の比率が出生率に及ぼす効果(i)=(成獣雌比率(i)−標準的成獣雌比率)×成獣雌1頭あたりの出生率・・・[7]
【0060】
幼獣の比率が生存率に及ぼす効果(i)=(初期幼獣比率(i)−標準的幼獣比率)×(幼獣生存率−成獣生存率)・・・[8]
【0061】
ここで、成獣雌1頭あたりの出生率とは、成獣雌1頭あたりが1年間に産む子の平均の数を意味する。たとえば、一般的に、シカの成獣雌は、1年間に1頭程度の子を産み、イノシシの成獣雌は、1年間に平均4頭から5頭程度の子を産む。出生率に及ぼす効果(i)は、i年度における性別構成および齢構成が出生率に与える効果を表す。生存率に及ぼす効果(i)は、i年度における性別構成および齢構成が生存率に与える効果を表す。なお、生存率は、死亡率との和が1(100%)になる。
【0062】
成獣雌比率(i)は、i年度における総個体数に占める成獣雌の個体数の割合を表す。標準的成獣雌比率は、予め標準として設定した総個体数に占める成獣雌の割合を表す。標準的幼獣比率は、予め標準として設定した総個体数に占める幼獣(たとえば、1歳未満の個体)の割合を表す。
【0063】
上記式[6]〜[8]では、標準と設定した性別構成や齢構成と、推定値との差を規定することで、性および齢構成の効果を独立した形で数式化(モデル化)している。また、上記式[6]〜[8]において、出生率および生存率は、密度効果およびその他要因の効果(環境に関する効果)による影響がないと想定した場合の標準的な値を想定する。これにより、ある程度既知のデータに基づいて正確に規定しやすい値で、かつ、変動しない値である出生率や生存率などの値の仮定や、成獣雌比率や初期幼獣比率などの推定を行う際に事前分布の設定がしやすくなる。また、年ごとに変動する値(要因)を、年ごとに変動しない値(要因)とは別に切り分けて推定(導出)することが可能となる。
【0064】
(得られるデータの制限により推定が適切にできない場合の対応)
次に、得られるデータの制限により推定が適切にできない場合の対応について説明する。得られる観測されたデータの量や精度によって、モデル(式)の有効性(精度)が左右される。そこで、以下に例示する仮定により対処する。
【0065】
たとえば、齢構成を、1歳未満、1歳、2歳以上と3種に分けていたものを、1歳未満(幼獣)、1歳以上(成獣)などのより少ない齢級(2種)にまとめて、同一齢級においては、出産率または生存率を同じであると仮定する。また、齢級間の出産率や生存率の比率を設定して固定する。また、齢級間の出産率や生存率の比率に、範囲を限定する事前分布を設定して効果的な推定を可能にする。また、齢構成のデータが不十分な場合に、性別のみを区別する(性別構成のみを考慮する)モデルとする。また、性別構成のデータが不十分な場合に、生存率を、雄と雌との間では変わらないと仮定(あるいは、特定の比率を仮定)する。
【0066】
そして、上記各仮定により得られるデータに応じて、モデルの中での規定を変えたり、新たな仮定を加えたり、既存の生態情報に基づき事前分布を限定(狭く設定)することにより、推定すべき変数を減らし、個体群動態推定装置100による効果的な個体群動態の推定を可能にする。
【0067】
(個体群動態の推定処理フロー)
次に、図1および図3を参照して、個体群動態推定装置100のCPU1により実行される個体群動態の推定処理フローについて説明する。
【0068】
まず、ステップS1において、CPU1(推定手段1a〜1c)により、未知の推定する変数の事前分布が設定される。具体的には、性および齢別の個体数、齢別の出生率、性および齢別の死亡率、性比、齢構成、その他上記式[1]〜[9]を構築するパラメータなどの事前分布が作成される。
【0069】
その後、ステップS2において、CPU1(推定手段1a〜1c)により、ハードディスク2から既知のデータが読み出されて、上記式[1]〜[9](モデル)に、上記未知の推定する変数の事前分布と、既知のデータ(観測されたデータ)とが入力される(代入される)。なお、既知のデータとは、毎年の捕獲数、毎年の糞塊密度、毎年の目撃数、毎年の労力単位当たりの捕獲数などである。
【0070】
その後、ステップS3において、CPU1(推定手段1a〜1c)により、マルコフ連鎖モンテカルロ法により、対象の個体群動態の事後分布が作成される。
【0071】
ステップS4において、CPU1により、個体群動態の推定結果(将来予測シミュレーションに関するグラフデータや数値データ)が表示装置20に出力される。なお、この推定結果に基づいて、将来の性別および齢別の捕獲計画が立てられる。
【0072】
(第1実施形態の効果)
第1実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0073】
第1実施形態では、上記のように、野生動物の全体の個体数に基づき、野生動物の全体の個体数の変動を規定する全体モデル(式[1])を用いて、将来の野生動物の全体の個体数の推定を行う推定手段1aと、特定の性、齢、または、それらの組合せにより複数に区分される野生動物の部分的な個体数の変動を規定する部分モデル(式[2]、式[3])を用いて、野生動物の部分的な個体数の推定を行う推定手段1b、1cとを設ける。これにより、部分モデル(式[2]、式[3])による特定の性、齢、または、それらの組合せに区分される野生動物の部分的な個体数の推定が行われるので、成獣雌の個体数(比率)や幼獣の個体数(比率)などの個体群動態を左右する重要な要因となる個体数(比率)を導出することができる。その結果、子供を産むことが可能な個体の個体数(比率)や、死亡率が異なる個体の数(比率)などの動物種の自然増加率に特に影響を与える区分(部分)の個体数(比率)の動態がより精度よく取得されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を向上させることができる。
【0074】
また、第1実施形態では、上記のように、全体モデル(式[1])において、野生動物の自然増加率と、野生動物の全体の個体数と、野生動物の全体の捕獲数とに基づいて、将来の野生動物の全体の個体数を規定し、推定手段1aを、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項と、野生動物の区分の構成比に影響されて変動する自然増加率の変動率とに基づいて、全体モデル(式[1])の自然増加率を決定するように構成する。これにより、特定の性、齢、または、それらの組合せについての野生動物の区分の構成比に影響されない項からの変動を考慮して、全体モデル(式[1])の自然増加率を決定することができるので、推定手段1aは、野生動物の区分の構成比の影響をより効果的に自然増加率に反映させることができる。このため、より精度よく自然増加率を推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。また、性や齢の区分ごとの捕獲計画に基づいた、精度の高い将来予測が可能になる。
【0075】
また、第1実施形態では、上記のように、自然増加率の変動率を、野生動物の区分の構成比が出生率に及ぼす変動率、および、野生動物の区分の構成比が生存率に及ぼす変動率の少なくとも一方に基づいて規定され、野生動物の区分の構成比の違いにより変動する割合とする。これにより、野生動物の区分の構成比が、自然増加率に与える影響をより精密に評価し、推定結果に反映することが可能な項(出生率に及ぼす変動率および生存率に及ぼす変動率の少なくとも一方)に基づいて規定され、より詳細な推定がなされるので、野生動物の個体群動態の推定の精度を一層向上させることができる。
【0076】
また、第1実施形態では、上記のように、野生動物の区分の構成比に影響されない項に、野生動物の区分の構成比が標準的構成比にある野生動物の個体群の自然増加率として予め設定される変動することのない標準的自然増加率を含める。これにより、変動することのない標準的自然増加率(基準値)からの変動を考慮して、全体モデル(式[1])の自然増加率を決定することができるので、野生動物の区分の構成比に影響されない項をより精度よく推定することができる。その結果、野生動物の個体群動態の推定の精度を一層向上させることができる。
【0077】
また、第1実施形態では、上記のように、野生動物の区分の構成比に影響されない項に、野生動物の生息する環境の自然増加率への影響を示す環境に起因する変動率を含める。これにより、自然増加率を決定するのに、野生動物の生息する環境の自然増加率(野生動物の個体数)への影響を示す環境に起因する変動率がさらに考慮されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度をより一層向上させることができる。
【0078】
また、第1実施形態では、上記のように、環境に起因する変動率に、生息領域における野生動物の生息密度の高まりが自然増加率を小さくする生息密度に起因する変動率を少なくとも含める。これにより、野生動物の生息する環境が野生動物の個体数に与える影響を示す環境に起因する変動率の中でも比較的モデル化(定式化)しやすい密度効果(生息領域における野生動物の生息密度の高まりが野生動物の自然増加率を小さくする生息密度に起因する変動率)が考慮されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度をさらに向上させることができる。
【0079】
また、第1実施形態では、上記のように、部分モデル(式[2]、式[3])に、幼獣または成獣の個体数の推定のために、幼獣、成獣またはその両方の個体数の変動を規定する第1部分モデル(式[2])と、雄、雌、雌成獣または雄成獣の個体数の推定のために、雄または雌、または、雄成獣または雌成獣あるいはこれらの区分の組合せの個体数の変動を規定する第2部分モデル(式[3])とを含める。これにより、部分モデル(式[2]、式[3])を、齢についての野生動物の区分の構成比の変動を規定する第1部分モデル(式[2])と、性についての野生動物の区分の構成比の変動を規定する第2部分モデル(式[3])とに細分化して詳細に考慮することにより、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。
【0080】
[第2実施形態]
図4を参照して、本発明の第2実施形態による個体群動態推定装置200の構成について説明する。
【0081】
この第2実施形態の個体群動態推定装置200では、共に環境に関する効果である密度効果とその他要因の効果とを分けて(別々の項として)設定した上記第1実施形態の個体群動態推定装置100とは異なり、密度効果とその他要因の効果とを分けることなく1つの項(環境効果)として設定する例について説明する。なお、上記第1実施形態と同様の構成については同じ符号を用いるとともに、説明を省略する。
【0082】
図4に示すように、第2実施形態における個体群動態推定装置200のCPU1は、式(モデル)[1]、[2]および[3]をそれぞれ実行する推定手段201a、201bおよび201cを含んでいる。推定手段201a、201bおよび201cは、上記式[5]、[2]および[3]において、密度効果およびその他要因の効果を環境効果に置き換えて、個体群動態の推定を行う。なお、推定手段201aは、特許請求の範囲の「第1推定手段」の一例である。また、推定手段201bおよび201cは、特許請求の範囲の「第2推定手段」の一例である。
【0083】
詳細には、上記第1実施形態において説明した密度効果およびその他要因の効果の変動は、互いに関連の強い場合もある。そこで、第2実施形態では、密度効果およびその他要因の効果の2つの効果(項)を合わせて、環境効果として1つの効果(項)にまとめる。この場合、環境効果は、以下の式[10]により導出される。
【0084】
環境効果(i)=(標準的自然増加率−1)×総個体数(i)÷(限界密度(i)×森林面積(i))・・・[10]
【0085】
ここで、限界密度は、この値を超えると密度効果などにより自然増加率がマイナスに転じる密度である。また、限界密度は、生息領域の環境収容力と、環境変動(i)との積に等しい。また、log(環境変動)は、正規分布(0,β)の確率分布に従い、ランダムな変動要因として規定される。βは、所定の設定値である。これにより、環境収容力×環境変動(i)は、限界密度で規定され、年ごとの環境変動は、年ごとの限界密度の変動として数式化(モデル化)される。その結果、限界密度として、毎年1つの変数を推定するモデルを規定することが可能になる。たとえば、log(限界密度(i))は、正規分布(限界密度の標準値,毎年の変動の分散)に従う、というモデルを規定することができる。
【0086】
なお、第2実施形態のその他の構成は、上記第1実施形態と同様である。
【0087】
(第2実施形態の効果)
第2実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0088】
第2実施形態では、上記のように、式[2]、[3]、[5]および[10]により、それぞれ、環境効果(野生動物の生息する環境が野生動物の個体数に与える影響を示す環境に起因する変動率)に基づいて、幼獣の個体数および成獣雌の個体数を規定する。これにより、幼獣の個体数および成獣雌の個体数を規定するのに、環境効果(野生動物の生息する環境が野生動物の個体数に与える影響を示す環境に起因する変動率)がさらに考慮されるので、野生動物の個体群動態の推定の精度をより向上させることができる。
【0089】
なお、第2実施形態のその他の効果は、上記第1実施形態と同様である。
【0090】
(変形例)
なお、今回開示された実施形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更(変形例)が含まれる。
【0091】
たとえば、上記第1および第2実施形態では、式[2]により幼獣個体数を規定した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、たとえば、幼獣個体数を以下の式[11]により規定してもよい。
幼獣個体数(i)=幼獣生存率(i)÷(1+(密度効果(i)+その他要因の効果(i)))×初期幼獣個体数(i)−幼獣捕獲数(i)・・・[11]
【0092】
また、上記第1および第2実施形態では、式[3]により成獣雌個体数を規定した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、たとえば、成獣雌個体数を以下の式[12]により規定してもよい。
成獣雌個体数(i)=成獣生存率(i)÷(1+(密度効果(i)+その他要因の効果(i)))×初期成獣雌個体数(i)−成獣雌捕獲数(i)・・・[12]
【0093】
また、上記第1および第2実施形態では、式[4]により自然増加率を規定した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、たとえば、自然増加率を以下の式[13]により規定してもよい。
自然増加率(i)=(標準的自然増加率+性および齢構成の効果(i))÷(1+密度効果(i)+その他要因の効果(i))・・・[13]
【0094】
また、上記第1および第2実施形態では、式[9]のランダム効果が、正規分布に従うと規定した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、たとえば、ランダム効果が、ベータ分布などの正規分布以外の分布に従ってもよい。
【0095】
また、上記第1および第2実施形態では、幼獣個体数を規定する式[2]、および、成獣雌個体数を規定する式[3]の両方を設定した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、幼獣個体数を規定する式[2]、および、成獣雌個体数を規定する式[3]のいずれか一方のみを設定してもよい。
【0096】
また、上記第1および第2実施形態では、事前分布と既知のデータとを用いて、マルコフ連鎖モンテカルロ法により事後分布を作成(導出)する例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、事前分布と既知のデータとを用いて、マルコフ連鎖モンテカルロ法以外の方法により事後分布を作成(導出)してもよい。
【符号の説明】
【0097】
1a、201a 推定手段(第1推定手段)
1b、1c、201b、201c 推定手段(第2推定手段)
10a 個体群動態推定プログラム
100、200 個体群動態推定装置(コンピュータ)
図1
図2
図3
図4