(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の不織布シートについて、図面を参照しながら説明する。
本発明の不織布シートは、熱可塑性樹脂のレーザ溶融静電紡糸繊維(以下、単に繊維ともいう)からなり、少なくとも片面に複数の凹部を備えることを特徴とする。
【0022】
図1は、本発明の不織布シートの一例を模式的に示す斜視図である。
図1に示すように、本発明の不織布シート1は、少なくとも片面に複数の凹部2を備えている。
【0023】
本発明の不織布シートは、開口径が5μm以上の貫通孔を有しないことが好ましい。開口径が5μm以上の貫通孔を有する場合、不織布シートを細胞培養に用いたときに、細胞が貫通孔を通じて不織布シートから脱落してしまい、不織布シートに定着しないことがある。
【0024】
本発明の不織布シートは、凹部の壁面において、レーザ溶融静電紡糸繊維同士が融着していないことが好ましい。不織布シートを細胞培養に用いる場合に重要な特性の一つとして多孔質性が挙げられる。本発明の不織布シートは、上述のように開口径が5μm以上の貫通孔を有しないことが好ましいが、不織布であるためにごく微細な孔(開口径が5μm未満)を多数有する。そのため、細胞に酸素及び栄養を補給し、二酸化炭素や老廃物を速やかに排出することが可能となる。凹部の壁面において繊維同士が融着している場合、凹部の壁面の繊維同士が接着して水掻き状やフィルム状となり、多孔質性が損なわれ、細胞に酸素及び栄養を補給したり、二酸化炭素や老廃物を速やかに排出したりすることが困難となることがある。
もう一つの重要な特性として、細胞接着性が挙げられる。本発明の不織布シートは、後述するようにレーザ溶融静電紡糸法により製造された平均繊維径が好ましくは20μm以下の繊維からなり、また、繊維の任意の横断面は異形であり比表面積が円横断面繊維と比較して大きいため、比表面積が大きく細胞接着性が高い。凹部の壁面において繊維同士が融着している場合、凹部の壁面の繊維同士が接着して水掻き状やフィルム状となることで比表面積が小さくなり、細胞接着性が低くなることがある。
【0025】
本発明の不織布シートにおいて、凹部の開口径は、特に限定されないが、5μm〜2mmであることが好ましく、50μm〜1mmであることがより好ましく、100μm〜0.5mmであることがさらに好ましい。凹部の開口径が5μm未満であると、培養中の細胞脱落の抑止効果が少なくなることがあり、2mmを超えると、不織布シートの強度が不充分となることがある。
【0026】
本発明の不織布シートにおいて、凹部の開口率は、特に限定されないが、10〜80%であることが好ましく、20〜60%であることがより好ましく、30〜50%であることが更に好ましい。凹部の開口率が10%未満であると、平滑な状態の面積が増加し、播種した培養液の保持能力が低下する他、培養中の細胞脱落の抑止効果が少なくなることがあり、80%を超えると、不織布シートの機械強度が低くなることがある。
【0027】
本発明の不織布シートにおいて、凹部同士の間隔は特に限定されないが、10μm〜1.0mmであることが好ましく、30〜700μmであることがより好ましく、50〜500μmであることがさらに好ましい。凹部同士の間隔が10μm未満であると機械強度が低くなることがあり、1.0mmを超えると、不織布シート上の凹部個数が減少することから、平滑な状態の面積が増加し、播種した培養液の保持能力が低下する他、培養中の細胞脱落の抑止効果が少なくなることがある。なお、本発明の不織布シートにおいて、凹部の数は特に限定されない。
【0028】
本発明の不織布シートにおいて、レーザ溶融静電紡糸繊維の平均繊維径は、特に限定されないが、20μm以下であることが好ましく、0.3〜10μmであることがより好ましく、0.5〜5.0μmであることがさらに好ましい。レーザ溶融静電紡糸繊維の平均繊維径が20μmを超えると、細胞が定着し難くなることがある。なお、本発明の不織布シートには、例えば、50〜1000nm程度の平均繊維径を有する極細繊維や、20μm以上の平均繊維径を有する繊維が含まれていてもよい。また、相対的に平均繊維径の大きい繊維と、相対的に平均繊維径の小さい繊維とが混在していてもよい。
【0029】
本発明の不織布シートにおいて、細胞を三次元的に培養させる場合には、不織布シートを構成する各繊維が、均質に分散し、かつ、三次元にランダムに配向していることが好ましい。培養細胞への栄養や空気(酸素)の供給及び培養細胞からの代謝老廃物の除去を高い効率で行うことができ、また、培養細胞が不織布シートの内部にまで入り込んで三次元的に付着増殖できるためである。また、生体内に移植して組織や骨等に対する形状追従性を付与するためには、繊維がランダムに配向していることが好ましく、形状の安定性を向上させ、細胞培養時の操作性を向上させるためには、繊維が三次元にランダムに配向していることが好ましい。
一方、細胞に方向性を持たせて培養する場合には、不織布シートを構成する各繊維が、部分的に同方向に配向していることが好ましい。
【0030】
本発明の不織布シートの厚さは特に限定されず、用途に応じて適宜選択すればよいが、均一な凹部が形成された均質な不織布シートとすることが容易な点からは、0.01〜2.0mmであることが好ましく、0.05〜1.5mmであることがより好ましく、0.1〜1.0mmであることがさらに好ましい。
【0031】
本発明の不織布シートの目付は特に限定されず、用途に応じて適宜選択すればよいが、通常、5〜200g/m
2であり、10〜150g/m
2であることが好ましく、20〜100g/m
2であることがより好ましい。
【0032】
本発明の不織布シートは、熱可塑性樹脂からなるシート状物にレーザ光を照射してシート状物の端部を加熱溶融させるとともに、シート状物の加熱溶融した部分と捕集部材との間に電位差を設け、繊維を捕集部材の方向に飛翔させ、捕集部材上に積層させることにより製造することができる。このとき、捕集部材として、複数の貫通孔を有する捕集部材を用いることにより、多数の凹部を備えた本発明の不織布シートを製造することができる。また、貫通孔を有さず平坦な捕集部材を用いて、平坦な不織布シートを製造した後、プレス等により凹部を形成することによっても、本発明の不織布シートを製造することができる。
【0033】
上述の方法によれば、溶媒型の静電紡糸法と異なり溶媒を使用する必要がなく、また、レーザ光以外を熱源とする溶融型の静電紡糸法と異なり紡糸時に熱可塑性樹脂の熱劣化がなく、クリーンで不純物の混入のない製造環境の構築が容易であるため、高品質な不織布シートを製造することができる。
【0034】
以下、本発明の不織布シートを製造する方法を説明する。
図2(a)は、本発明の不織布シートを製造する方法の一例を模式的に示す概略図であり、
図2(b)は、(a)の部分拡大上面図である。不織布シートを製造する場合には、
図2(a)に示すように、レーザ光源11から出射したレーザ光12を、レーザ光走査手段15を介して保持部材18に保持された熱可塑性樹脂からなるシート状物17の端部17aを走査するように照射するとともに、電源20により電圧を印加し、端部17aと、シート状物17の端部17aに対向配置された捕集部材19との間に電位差を生じさせる。その結果、
図2(b)に示すように、レーザ光12の照射により、シート状物17の端部17aが加熱溶融されるとともに、この加熱溶融した部分に電荷が付与される。そして、電荷が付与された加熱溶融部には、その表面に電荷が集まり反発することによって、次第に複数の針状突出部(以下、テーラーコーンともいう)117が形成され、電荷の反発力が表面張力を超えると、溶融した熱可塑性樹脂は、テーラーコーン117の先端から静電引力により捕集部材19に向かって繊維として吐出され、捕集部材19方向に飛翔する。その結果、伸長した繊維は捕集部材19上に堆積し、捕集される。
【0035】
捕集部材19は、平坦なものであってもよいし、貫通孔を有するものであってもよい。平坦な捕集部材の具体例としては、例えば、金属板等が挙げられる。また、貫通孔を有する捕集部材の具体例としては、例えば、金属メッシュ、パンチングメタル等が挙げられる。貫通孔を有する捕集部材の中では、パンチングメタルが好ましい。金属メッシュは金属ワイヤが編み込まれているため、捕集面に凹凸(うねり)が存在するのに対し、パンチングメタルは捕集面が平坦であり、厚さや開口径の均一な不織布シートを作製するのにより適しているからである。捕集部材の材質としては、導電性を有するものであれば特に限定されないが、例えば、鉄、ステンレス、真鍮、アルミニウム、銅、チタン等や、メッキ、表面処理、塗装等を施した金属板、前記金属の合金等が挙げられる。なお、パンチングメタルの貫通孔には、非導電性材料を埋め込んでも良い。飛翔した繊維が、非導電材料を避けて、導電性のパンチングメタル表面に捕集され、厚さや凹部の開口径が均一な不織布シートを作製するのにより適しているからである。
【0036】
捕集部材として樹脂等の非導電性材料を用いる場合には、捕集部材の捕集面と反対側の面に金属部材を配設する。シート状物の端部と捕集面との間に電位差を設ける必要があるからである。この場合、金属部材の形状は、捕集部材と同一の平面形状とする。なお、捕集部材と金属部材とは一体化していてもよい。また、捕集部材(又は金属部材)は接地(アース)されていることが好ましい。製造された不織布シートの取り扱い性が向上するからである。
【0037】
貫通孔を有する捕集部材を用いた場合、シート状物の端部(テーラーコーン)から飛翔した繊維は捕集部材の貫通孔が形成されていない領域に主に積層されるが、貫通孔が形成された領域にも微量ずつ積層し、一定の厚さまで積層することで貫通孔が塞がり凹部となる。そのため、貫通孔を有する捕集部材を用いることにより、複数の凹部を備えた不織布シートを得ることができる。
【0038】
貫通孔を有する捕集部材を用いる場合、貫通孔の形状は、得られる不織布シートが備える凹部の形状とほぼ同一である。したがって、捕集部材の貫通孔の開口形状は特に限定されず、不織布シートが有する凹部の形状に応じて適宜設定すればよい。
【0039】
平坦な捕集部材を用いた場合、シート状物の端部(テーラーコーン)から飛翔した繊維は捕集部材の全面に均一に積層されるため、平坦な不織布シートが得られる。この平坦な不織布シートをプレス等することにより、凹部を形成して本発明の不織布シートを得ることができる。
【0040】
平坦な不織布シートをプレスする方法としては、特に限定されないが、平板プレス機、カレンダプレス機等を用いて0.01〜100MPaの圧力でプレスする方法等が挙げられる。プレスに用いる金型の凸部の形状は、得られる不織布シートが備える凹部の形状とほぼ同一である。したがって、金型の凸部の径は特に限定されず、不織布シートが有する凹部の形状に応じて適宜設定すればよい。
【0041】
レーザ光走査手段15は、シート状物17の端部17aを走査するようにレーザ光を照射するための光学部品の集合体であり、反射ミラー13とポリゴンミラー14とで構成されている。レーザ光源11から出射したレーザ光12を、反射ミラー13を介して高速で回転するポリゴンミラー14に導入することにより、ポリゴンミラー14を介して、シート状物17の端部17aを走査するように均一にレーザ光を照射することができる。
【0042】
図2(a)では、ポリゴンミラー14を介してシート状物17の端部全体にレーザ光12を照射しているが、シート状物の端部全体にレーザ光を照射することができれば、他の方法でレーザ光をシート状物の端部に照射してもよく、例えば、ポリゴンミラー14に代えて、ガルバノミラーを使用してレーザ光を照射してもよい。また、
図2(a)に示した例では、シート状物17を保持する保持部材18が電極としての機能を兼ねており、電源20により保持部材18に電圧が印加されると、シート状物17の端部17aに電荷が付与されることとなる。
【0043】
保持部材18は、シート状物17の端部17aから繊維が吐出されるにしたがって、シート状物17を捕集部材19側に連続的に送り出す。シート状物を連続的に送り出す場合、その供給速度は特に限定されないが、通常、0.01〜150.0mm/分であり、0.05〜100.0mm/分であることが好ましく、0.1〜60.0mm/分であることがより好ましい。供給速度を速くすれば生産性が高まるが、150.0mm/分を超えると、レーザ光照射部近傍での熱可塑性樹脂が充分溶融しないので繊維が紡糸されにくい。一方、供給速度が0.01mm/分未満であると、熱可塑性樹脂が分解したり、生産性が低くなったりすることがある。
【0044】
保持部材18は、捕集部材19と対向する側面に並列に配置された複数のN
2ガス吐出口18bを備えるとともに、N
2ガス吐出口18bを備える面と直交する側面に配置されたN
2ガス供給口18aとを備えている。そして、N
2ガス吐出口18bとN
2ガス供給口18aとは内部の配管(図示せず)を通じて連結されており、製造時にはN
2ガス供給口18aよりN
2ガスを導入し、シート状物の端部にN
2ガスを供給することにより、熱可塑性樹脂の酸化分解を防止することができる。酸化分解を防止するガスは、N
2ガスに限定されることはなく、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス、二酸化炭素等の非酸化性ガスであればいかなるガスであっても良い。なお、不織布シートを製造する際に、N
2ガスは必ずしも供給しなくてもよい。
【0045】
図2(a)では、繊維の飛翔空間に加熱空気を供給するための加熱空気供給装置22を使用している。繊維の飛翔空間に加熱空気を供給することにより、繊維の繊維径を小さくすることができる。即ち、紡糸空間を加熱することにより、形成されつつある繊維の急激な温度低下を抑制することができ、これにより、繊維の伸長又は延伸を促進し、より極細な繊維からなる不織布シートとすることができるのである。なお、不織布シートを製造する際に、加熱空気は必ずしも繊維の飛翔空間に供給しなくてもよい。
【0046】
繊維の飛翔空間の温度は、特に限定されずシート状物の材質に応じて適宜設定すればよいが、20〜300℃であることが好ましく、100〜250℃であることがより好ましく、150〜200℃であることがさらに好ましい。繊維の飛翔空間の温度が高くなれば、溶融された熱可塑性樹脂が飛翔空間内で溶融状態を保ちつつエレクトロスピニングできるので、目的の繊維径とすることが容易となる。飛翔空間の温度が20℃未満であると、シート状物から飛翔した繊維が静電引力による伸長又は延伸によって細くなる前に固化してしまう場合があり、300℃を超えると、シート状物から飛翔した繊維が熱分解したり、溶融したまま捕集部材に到達して、水掻き状やフィルム状となり、多孔質性を有する不織布シートとならないことがある。
【0047】
加熱空気供給装置における加熱手段としては、特に限定されないが、例えば、ヒーター(ハロゲンヒーター等)等が挙げられる。また、加熱空気の温度は、熱可塑性樹脂の融点に応じて、例えば、50℃以上の温度から熱可塑性樹脂の発火点未満までの温度範囲から選択できるが、紡糸性の点から、熱可塑性樹脂の融点未満の温度が好ましい。
【0048】
繊維の飛翔空間の湿度は、特に限定されないが、40%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、60%以上であることがさらに好ましい。湿度が高くなれば、繊維表面に水分子が吸着して薄い水の層が形成され、沿面イオン伝道効果により表面抵抗が急速に小さくなる。沿面イオン伝道効果により、本来表面抵抗が高い熱可塑性樹脂であってもエレクトロスピニングが容易となると共に、捕集部材に捕集された繊維の表面抵抗が低くなり、捕集部材の形状を反映した、複数の凹部を有し多数の微細な孔を備えた不織布シートとすることが容易になる。沿面イオン伝道効果の概念については、株式会社朝倉書店発行「静電気工学シリーズ1静電気の基礎、P139−2.2沿面イオン伝道」に詳細が記載されている。飛翔空間の湿度が50%未満であると、沿面イオン伝道効果が非常に小さいため、表面抵抗が高い熱可塑性樹脂は、エレクトロスピニングが起こりにくくなり、且つ捕集部材に捕集された繊維によって捕集部材の表面抵抗が高くなり、捕集部材の形状を反映した凹部が形成できなくなることがある。
【0049】
本発明の不織布シートを連続的に製造する場合には、捕集部材をシート状物の端部に対して相対的かつ経時的に移動させればよい。このとき、捕集部材をシート状物の端部に対して移動させても良いし、シート状物の端部の位置を捕集部材に対して移動させても良く、両者を同時に移動させても良い。また、捕集部材やシート状物の端部の移動は連続的に行っても良いし、断続的に行っても良い。捕集部材をシート状物の端部に対して相対的に移動させる態様としては、テーラーコーンから捕集部材に向かって飛翔中の繊維に、力学的、磁力的又は電気的な力を作用させることで捕集位置を移動させる態様、例えば、飛翔中の繊維にエアーを吹き付ける、捕集部材の方向に吸引するなどの態様を採用することができ、これらの態様は組み合わせて使用してもよい。
【0050】
捕集部材等の移動速度は特に限定されず、製造する不織布シートの目付等を考慮して適宜決定すればよい。例えば、目付100g/m
2のシート状物の供給速度が0.5mm/分である場合、捕集部材の移動速度を100mm/分程度に設定することにより、目付0.5g/m
2程度の不織布シートを連続的に製造することができる。
【0051】
次に、電荷が付与されたシート状物の加熱溶融部にテーラーコーンが形成され、繊維が吐出される工程についてもう少し詳しく説明する。
図2(b)は、
図2(a)の加熱溶融部に形成されたテーラーコーンの拡大上面図である。
図2(a)、(b)に示すように、電圧を印加した状態のシート状物17の端部17aを走査するようにレーザ光12を照射すると、シート状物17の端部17aに線状の加熱溶融部が形成され、さらに、加熱溶融部の先端に波状の摂動(メニスカス不安定現象)が発生し、この摂動(メニスカス)が発達してテーラーコーン117が形成され、電荷の反発力が表面張力を超えると、テーラーコーン117から捕集部材19側(
図2(b)中、右側)に向かって繊維が吐出される。
【0052】
本発明の不織布シートにおいて、原料となるシート状物の厚さは特に限定されないが、通常0.01〜10mmであり、0.03〜5.0mmであることが好ましい。シート状物の厚さを適宜変更することにより、テーラーコーンの数(テーラーコーンの間隔(
図2(b)中、W))を調整することができる。具体的には、シート状物の厚さが厚いほど、テーラーコーンの数が少なく(テーラーコーンの間隔が大きく)なる傾向にある。この理由は定かではないが、シート状物の厚さが厚くなると、シート状物の端部における溶融体の体積が増加することとなり、その結果、テーラーコーンがよく発達し、各テーラーコーン間の静電反発が大きくなるため、テーラーコーンの間隔が大きくなると考えられる。なお、テーラーコーンが発達するとは、テーラーコーンの高さ(
図2(b)中、H)が大きくなることを意味する。
【0053】
シート状物は、熱可塑性樹脂からなるものであり、熱可塑性樹脂の繊維からなる繊維集合体(不織布、織物、編み物等)であってもよいし、熱可塑性樹脂を予め混練した後、成形して作製したシートであってもよい。また、その形状は、特に限定されず、例えば、フィルム、プレート、ボード等が挙げられる。
【0054】
熱可塑性樹脂としては、生体適合性又は生体吸収性が高い樹脂であれば特に限定されず、例えば、ポリグリコール酸、ポリ乳酸(ポリL−乳酸、ポリD−乳酸、ポリDL−乳酸)、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体、ポリカプロラクトン、ポリジオキサノン、ポリトリメチレンカーボネート、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネート及びこれらの共重合体、N−メチルピロリドン、炭酸トリメチレン、パラジオキサノン、1,5−ジオキセパン−2−オン等のホモポリマー、コポリマー又はこれらポリマーの混合物等が挙げられる。これらの中では、生体安全性の観点から、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体、及び、ポリカプロラクトンからなる群から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。また、生体適合性及び生体吸収性に優れる点からは、ポリDL−乳酸(PDLLA)であることが好ましい。
【0055】
熱可塑性樹脂の中で、ナノ繊維等の極細繊維を形成し易い点からは、低粘度の熱可塑性樹脂が好ましい。また、電荷による電気的牽引力が発生しやすく、テーラーコーンを形成し易い点からは、極性を有する熱可塑性樹脂が好ましい。更に、不織布シートを細胞培養のために用いる場合には、ポリ乳酸(PLA)、特にポリDL−乳酸(PDLLA)が好ましい。
【0056】
シート状物は、熱可塑性樹脂のみからなるものに限定されず、繊維に用いられる各種の添加剤、例えば、安定剤(酸化防止剤、紫外線吸収剤、熱安定剤等)、充填剤、湿潤剤、可塑剤、増粘剤、発泡剤等を含有する熱可塑性樹脂組成物からなるものであってもよい。
【0057】
これらの添加剤を使用する場合、その含有量は、それぞれ、熱可塑性樹脂100質量部に対して、通常50質量部以下であり、0.01〜30質量部であることが好ましく、0.1〜5質量部であることがより好ましい。
【0058】
レーザ光としては、特に限定されないが、例えば、YAGレーザ、炭酸ガス(CO
2)レーザ、アルゴンレーザ、エキシマレーザ、ヘリウム−カドミウムレーザ等が挙げられる。これらの中では、電源効率が高く、熱可塑性樹脂の溶融性が高い点から、炭酸ガスレーザが好ましい。レーザ光の波長は、特に限定されないが、通常200nm〜20μmであり、500nm〜18μmであることが好ましく、5〜15μmであることがより好ましい。
【0059】
レーザ光の出力は、加熱溶融部の温度が熱可塑性樹脂の融点以上となり、かつ、熱可塑性樹脂の発火点以下の温度となる範囲に制御すればよいが、吐出させる繊維の繊維径を小さくする観点からは高い方が好ましい。具体的なレーザ光の出力は、用いる熱可塑性樹脂の物性値(融点、LOI値(限界酸素指数))や形状、熱可塑性樹脂の供給速度等に応じて適宜選択できる。また、加熱溶融部の温度は、熱可塑性樹脂の融点以上で、発火点以下の温度であれば特に限定されないが、通常100〜600℃程度であり、200〜400℃であることが好ましい。
【0060】
レーザ光の走査速度は、特に限定されないが、30m/s以上であることが好ましい。走査速度が30m/s未満であると、シート状物の端部全体を同時に加熱溶融することができないことがある。
【0061】
シート状物の端部と捕集部材との間に発生させる電位差は、放電しない範囲で高電圧であることが好ましく、要求される繊維径、電極と捕集部材との距離、レーザ光の照射量等に応じて適宜選択できるが、通常0.1〜30kV/cm程度であり、0.5〜20kV/cmであることが好ましく、1〜10kV/cmであることがより好ましい。
【0062】
熱可塑性樹脂の溶融部に電圧を印加する方法は、レーザ光の照射部(熱可塑性樹脂の加熱溶融部)と電荷を付与するための電極部とを一致させる直接印加方法であってもよいが、簡便に装置を作製できる点、レーザ光を有効に熱エネルギーに変換できる点、レーザ光の反射方向を容易に制御でき、安全性が高い点等から、レーザ光の照射部と電荷を付与するための電極部(
図2(a)の例では、保持部材18が電極部に相当)とを別個の位置に設ける間接印加方法(特に、熱可塑性樹脂の供給方向における下流側にレーザ光の照射部を設ける方法)が好ましい。特に、上述した不織布シートの製造方法では、電極部よりも下流側で熱可塑性樹脂にレーザ光を照射するとともに、電極部とレーザ光照射部との距離を特定の範囲(例えば、10mm以下程度)に調整することが好ましい。この距離は、熱可塑性樹脂の導電率、熱伝導率、ガラス転移点、レーザ光の照射量等に応じて選択でき、例えば、0.5〜10mmであり、1〜8mmであることが好ましく、1.5〜7mmであることがより好ましく、2〜5mm程度であることがさらに好ましい。両者の距離がこの範囲にあると、レーザ光照射部近傍での熱可塑性樹脂の分子運動性が高まり、溶融状態の熱可塑性樹脂に充分な電荷を付与できるため、生産性を向上できる。
【0063】
シート状物の端部と捕集部材との距離は特に限定されず、通常、5mm以上であればよいが、効率良く不織布シートを製造するためには、10〜500mmであることが好ましく、15〜300mmであることがより好ましく、50〜200mmであることがさらに好ましい。
【0064】
図2(a)では、レーザ光は一方向のみからシート状物の端部に照射しているが、例えば反射ミラーを介してレーザ光を2方向からシート状物の端部に照射してもよい。シート状物の厚さが厚くても、その端部をより均一に溶融させることができるからである。また、複数枚のシート状物を平行に並べ、それを捕集部材の移動方向に沿って設置し、各シート状物の端部から繊維を同時に飛翔させてもよい。この場合、不織布シートの製造速度を複数倍に向上させることができる。
【0065】
シート状物の端部と捕集部材との間の空間(繊維の飛翔空間)は、不活性ガス雰囲気であってもよい。飛翔空間を不活性ガス雰囲気とすることにより、繊維の発火を抑制できるため、レーザ光の出力を高めることができる。また、不活性ガスの使用により、加熱溶融部における酸化反応を抑制することができる。不活性ガスとしては、例えば、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス、炭酸ガス等が挙げられるが、通常は窒素ガスを使用する。これらの不活性ガスは加熱されていてもよい。
【0066】
上述の製造方法によれば、溶媒等の不純物が残留せず、熱可塑性樹脂のみからなる不織布シートを製造することができる。そのため、細胞培養のために好適に使用することができる。不織布シートは、不織布であるため、樹脂フィルムに比べて多孔質性があり、組織を培養するのに十分な量の酸素及び栄養を細胞へ補給し、二酸化炭素や老廃物を速やかに排出できる。また、平均繊維径が20μm以下の繊維で形成されていれば、比表面積が大きく細胞接着性が高くなる。繊維の任意の横断面は異形であり比表面積が円横断面繊維と比較して大きいため、比表面積が大きく細胞接着性が高い。本発明の不織布シートは、細胞培養足場材に好適に使用される。本発明の不織布シートを備える細胞培養足場材もまた本発明の1つである。
【0067】
本発明の不織布シートは、他の不織布(例えば、スパンボンド不織布等)や織編物、フィルム、ボード等と積層一体化されたものであってもよい。
【0068】
本発明の不織布シートは、皮膚、歯周組織、顎骨等の組織再生・修復、血管、軟骨、皮膚、角膜、腎臓、肝臓、筋肉、腱等の組織再生及び移植用組織形成、歯科材料、眼内レンズ等の生体内埋め込み用医療、外科用縫合糸、外科用補填材、外科用補強材、創傷保護材、骨折接合材、カテーテル、シリンジ、輸液・血液バッグ、血液フィルター、体外循環用材料等の医療行為等に使用することができる。実際の医療行為以外に、医療を目的とした研究の用途に使用することもできる。例えば、細胞培養、フラスコ、シャーレ、ウェル、プレート、多穴ウェル、多穴プレート、スライド、フィルム、バック、カラム、タンク、ボトル、中空糸、不織布等の細胞培養用器具上に本発明の不織布シートを使用することも可能である。また、セパレータや高性能フィルター産業用資材(油吸着材、皮革基布、セメント用配合材、ゴム用配合材、各種テープ基材等)、生活関連資材(ワイパー、印刷物基材、包装・袋物資材、収納材等)、衣料用材、内装用材(断熱材、吸音材等)等の分野で利用することもできる。これらの中では、特に、再生医療、生体内埋め込み用医療等、クリーンで均質であることが求められる生体適合性シートとして好適である。
【0069】
次に、本発明の細胞培養足場材について、図面を参照しながら説明する。
本発明の細胞培養足場材は、本発明の不織布シートを備えることを特徴とする。
図3(a)は本発明の細胞培養足場材の一例を模式的に示す分解斜視図であり、(b)は本発明の細胞培養足場材を二つ重ねた状態を示す斜視図である。
図3(a)に示すように、本発明の細胞培養足場材30は、一対の上枠31及び下枠32と、これらの間に挟持される本発明の不織布シート1とからなる。
【0070】
本発明の細胞培養足場材の上枠及び下枠の形状(上から見た形状)は、同一である限り特に限定されないが、一定の面積に多数の細胞培養足場材を並べることができる観点からは、多角形であることが好ましく、四角形、五角形、六角形であることがより好ましい。また、ウェル、プレート、多穴ウェル、多穴プレート等で使用する場合には、上枠及び下枠の形状(上から見た形状)は円形であることが好ましい。なお、
図3において、上枠31及び下枠32の形状は略正方形である。
【0071】
本発明の細胞培養足場材は、上枠及び下枠にそれぞれ足場33、34を有することが好ましい。このような構成とすることで、本発明の細胞培養足場材をシャーレ等の平坦な場所に置いた場合であっても、不織布シートとシャーレとの間に隙間ができ、この隙間から酸素や栄養等の細胞培養に必要な物質を補給することが可能となる。また、上枠の足場33と下枠の足場34とが、互いに連結できるように構成されていることがより好ましい。このような構成とすることで、
図3(b)に例示するように本発明の細胞培養足場材を複数積み重ね、それぞれの細胞培養足場材において異なる種類の細胞を培養することが可能となり、より生体内に近い環境で三次元的な培養を行うことも可能となる。
【0072】
本発明の細胞培養足場材において、上枠及び下枠は、それぞれ係合部35及び被係合部36を有することが好ましい。上枠の係合部又は被係合部と、下枠の被係合部又は係合部とが係合することにで、本発明の不織布シートを上枠と下枠との間にしっかりと挟持することが可能となるためである。
【0073】
本発明の細胞培養足場材は、一枚の不織布シートの表裏に異なる細胞を培養することで三次元培養が可能となる。
【0074】
本発明の細胞培養足場材において、上枠及び下枠の材質は、特に限定されないが、例えば、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリプロピレン(PP)、ポリ乳酸(PLA)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリオキシメチレン(POM)、ポリエチレン(PE)等が挙げられる。これらの中で、液中での表裏両面培養の際には水より比重の大きいPEEKやABS樹脂が好ましい。また、気液界面培養、すなわち、細胞培養足場材を水面に浮かべて培養することが可能という観点からは、水より比重の小さいPP、PE等が好ましい。
【実施例】
【0075】
以下、本発明について実施例を掲げてさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0076】
(シート状物の作製)
PDLLA(ポリDL−乳酸)のペレットを140℃で熱プレスし、厚さ0.3mm、幅80mmのPDLLAシートを作製し、シート状物とした。
【0077】
(実施例1)
上記シート状物を使用し、
図2に示した構成を備えた製造装置を用いて不織布シートを作製した。ここで、各部材としては以下のものを使用した。
レーザ光源:CO
2レーザ
レーザ光走査手段:AuコートCuミラー、ビームエキスパンダー、及び、ポリゴンミラー
電源:高圧直流電源
加熱空気供給装置:超音波加湿器
捕集部材:アルミニウム製パンチングメタル(開口径0.5mm、開口間隔0.5mm)
【0078】
そして、走査幅250mm、走査速度191m/sで、レーザ光を保持部材で保持したシート状物の端部に照射した。このとき、シート状物の端部と捕集部材の捕集面との距離は20cmとし、保持部材(電極)と捕集部材との間の電位差は4kV/cmとした。また、シート状物の供給速度は、0.5mm/分とした。さらに、飛翔空間の温度は200℃とし、湿度は水での加湿により60%とした。また、保持部材からはN
2ガスを供給した。なお、捕集部材は固定して不織布シートを製造した。
【0079】
このような方法により、厚さ0.5mmで、凹部の平均開口径0.5mmのPDLLA繊維からなる目付35g/m
2の不織布シートを得た。ここで、上記PDLLA繊維の平均繊維径は3.5μmであった。
【0080】
(比較例1)
捕集部材をアルミニウム製プレートとした以外は、実施例1と同様の方法を用いて紡糸した。厚さ0.5mmのPDLLA繊維からなる目付33g/m
2の平坦な不織布シートを得た。
【0081】
(比較例2)
捕集部材としてアルミニウム製パンチングメタル(開孔径5mm、開孔間隔5mm)を用いた以外は、実施例1と同様の方法を用いて紡糸した。厚さ0.5mmで、貫通孔の平均開口径5mmのPDLLA繊維からなる目付30g/m
2の貫通孔を有する不織布シートを得た。
【0082】
(平均繊維径の測定)
不織布シートの表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し、電子顕微鏡写真中の任意の2050本のナノファイバー表面の幅を計測し、その平均値を平均繊維径とした。観察倍率は500倍〜5万倍とした。また、繊維径の計測は、画像解析ソフトを用いて行った。
【0083】
(平均開口径の測定)
不織布シートの表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し、電子顕微鏡写真中の任意の20個の凹部又は貫通孔の開口の幅を計測し、その平均値を平均開口径とした。観察倍率は50倍〜500倍とした。
【0084】
(厚さの測定)
デジタル測厚機FS−60DS(大栄科学精機製作所社製)を用いて測定した。
【0085】
(細胞培養)
図3で示す細胞培養足場材を70%エチルアルコールで滅菌し、その後リン酸バッファー水溶液にて洗浄し、培養液で置換した。実施例及び比較例で得られた不織布シートから、
図3で示す細胞培養足場材のサイズに切断した不織布シート(各実施例/比較例で5枚ずつ)を、それぞれ細胞培養足場材に挟み込むことにより固定した。これを培地とし、HepG2−pEGFP細胞(ヒト肝癌由来細胞に緑色発光タンパクを入れたもの)を細胞培養足場材1枠当たりの細胞数が5.0×10
3個となるように播種した。シャーレに培養液を30 mL入れ、播種した細胞培養足場材5枠を入れ、培養した。1日後、3日後、7日後、10日後、及び、14日後に細胞培養足場材を1枠ずつ採取し、細胞培養足場材から不織布シートを取り外し、0.1%(w/w)tween溶液を添加し凍結溶解処理及び超音波処理等により、細胞内にあるpEGFPを抽出後、スペクトロフルオロメーターにて細胞の定量を行った。結果を
図4に示す。