(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、被験者にストレスを与えず、性格特性や肌特性を簡便且つ客観的に評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、被験者に心地良さを惹起する感覚刺激を一定時間呈示した場合に生じる特定脳領域の活性度が、神経症的傾向、外向性といった性格特性、及び保湿機能のような肌特性と良く相関し、当該脳領域の活性度を指標として、被験者の性格特性を肌特性と併せて評価できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の1)及び2)に係るものである。
1)以下の工程(1)〜(3)を含む、性格特性の検査方法。
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
2)以下の工程(1)〜(5)を含む、性格特性及び肌特性の検査方法。
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
(4)前頭極の活性度を測定する工程
(5)前頭極の活性度に基づいて肌特性を評価する工程
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、測定場所等の外部環境を変化させることなく、且つストレスを与えることなく、非侵襲で短時間且つ簡便に被験者の性格特性を客観的に評価できる。また、同時に肌特性も評価できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の性格特性の検査方法は、以下の工程(1)〜(3)を含むものである。
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
【0012】
また、本発明の性格特性及び肌特性の検査方法は、以下の工程(1)〜(5)を含むものである。
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
(4)前頭極の活性度を測定する工程
(5)前頭極の活性度に基づいて肌特性を評価する工程
【0013】
本発明において、検査の対象となる被験者としては、性格特性若しくは肌状態、又はその両者の客観的評価を望むヒト或いは必要とするヒトであれば特に限定されないが、好ましくは、化粧品販売においてカウンセリングの対象となる顧客が挙げられる。
【0014】
本発明においては、第一に、被験者に心地良さを惹起するような感覚刺激が提示される。
ここで、「心地良さを惹起するような感覚刺激」としては、被験者が心地良いと感じる刺激であればその種類は限定されないが、C触覚線維を活性化するような触覚刺激が好ましい。具体的には皮膚を撫でることによりC触覚線維を活性化するような刺激が挙げられ、好適にはブラシ状の刺激部材によって皮膚を撫でることが挙げられる。ブラシ状の刺激部材としては、例えば筆、刷毛、ブラシ等が挙げられる。中でもリス、山羊、いたち、コリンスキー、ドウジャコウ、ウォーターバジャー等の動物の原毛を用いた毛質の柔らかい筆を用いるのがより好ましく、例えば灰リス100%の毛と、毛を纏める金口、持ち手部分の木軸から構成される筆等が挙げられる。
【0015】
感覚刺激を呈示する部位としては、前腕、顔面等が挙げられるが、好ましくは前腕外側である。
【0016】
刺激部位は2〜4ヶ所設定するのが望ましく、心地良さの馴れの影響を排除する観点及び、測定時間の増大による負担を軽減する観点から、3ヶ所とするのがより好ましい。
【0017】
刺激の提示は、ブラシ状の刺激部材を用いる場合、一定面積(例えば、2cm×10cm四方)の範囲に速さ5cm/s〜10cm/s、圧力0.5N〜1.0Nの強さで撫でる動作を一定時間行うことが挙げられる。刺激提示時間としては、脳浅部の活動を良好に計測する点から、30秒間以上、好ましくは50秒間以上で、且つ90秒間以下、好ましくは80秒間以下が挙げられる。また、30〜90秒間、好ましくは50〜80秒間が挙げられる。
【0018】
また、斯かる刺激の呈示は、上記の手技を1回として、数回(例えば3〜7回、好ましくは4〜5回)繰り返して行うことが好ましい。
この場合に、刺激と刺激の間には20〜40秒間隔で安静状態を入れるのが望ましく、30秒間隔とするのがより望ましい。
【0019】
次いで、眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度が測定される。
これは、前頭葉の皮質組織、すなわち脳の浅部の脳血流の状態を測定するものである。具体的には、例えば近赤外線分光法を用いて前頭葉の皮質組織に存在する酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を計測することが挙げられる。
近赤外線分光法を用いた測定は、被検者の頭部に国際10−20法に基づき複数の光プローブを取り付け、各光プローブの先端から600〜900(nm)程度の近赤外線を照射するとともに、その反射光を光プローブで受光するものである。すなわち、光プローブ先端から発射した近赤外線は、脳の表面9(mm)程度の深さ(脳浅部)にまで透過し、血液中のヘモグロビンに吸収された後、その反射光を上記光プローブで受光して分析され、脳血流の状態が測定される。酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンは、吸収波長が異なるため、反射光の分析によって両ヘモグロビン量の濃度を区別して測定することができる。近赤外分光法を用いた測定装置としては、スペクトラテック社製のOEG−16、OEG−16ME、OEG−APD、島津製作所製のLABNIRS、LIGHTNIRS、日立製作所製のWOT−HS、WOT−220、WOT−100、HOT−1000等が挙げられる。
【0020】
眼窩前頭皮質の活性度は、
図1で示す6、9及び12の部位における測定値、背外側前頭前野の活性度は、
図1で示す1、2及び3、並びに14、15及び16の部位における酸素化ヘモグロビン濃度変化及び脱酸素化ヘモグロビン濃度変化により評価できる。これらの脳領域とチャネル部位との対応関係は、3次元位置計測装置を用いて取得した座標データを基に、確率的レジストレーション法により推定される(Spatial registration of multichannel multi-subject fNIRS data to MNI space without MRI. Singh AK, Okamoto M, Dan H, Jurcak V, Dan I. Neuroimage. 2005; 27(4):842-51.<文献A>)。3次元位置計測装置としては、ポヒマス社製のFASTRAK等が挙げられる。尚、活性度は、測定された酸素化ヘモグロビン濃度の時系列データに対し、Yamada T et al. PLoS One 7(11), e50271 (2012).10.1371/journal.pone.0050271に記載の血流動態分離法を用いて全身性由来のノイズを取り除いた上で、刺激中の酸素化ヘモグロビン濃度の時間平均と安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の時間平均との差を、安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の標準偏差で除算することによって標準化した値によって決定される。
【0021】
後記実施例で示すように、眼窩前頭皮質の活性度はモーズレイ性格検査における「神経症的傾向スコア」と負の相関が認められ(
図4−1)、背外側前頭前野の活性度の微分値はモーズレイ性格検査における「外向性スコア」と正の相関が認められた(
図4−2)。また、前頭極の活性度は角層水分量と負の相関が認められた(
図4−3)。
モーズレイ性格検査(Maudsley Personality Inventory(MPI))は、外向性(Extraversion)又は内向性(Introversion)<E尺度>と神経症的傾向(Neuroticism)<N尺度>の二つの性格特性を同時に測ることを目的とした性格検査である。これら二つの性格特性は、理論的には相互に重複することがなく、従って、それぞれの尺度得点の組合せによっていくつかの性格像を描き出すことができる(文献:Eysenck, H. J., The questionnaire measurement of neuroticism and extraversion. Rivista di Psychol., 1950, 50, 113-140. )。
図2にモーズレイ性格検査の判定チャートを示す。図中の数値はE,N各尺度の基準得点を示す。E尺度の得点が29点を上回ると外向性が高いと判定され、E尺度の得点が19点を下回ると外向性が低いと判定される。また、N尺度の得点が29点を上回ると神経症的傾向が高い判定され、N尺度の得点が19点を下回ると神経症的傾向が低いと判定される。
角層水分量は、皮膚表面から15μm程度に含まれる水分量を、電解を皮膚に発生させることによって生じる静電容量を計測することにより算出される。気温21度、湿度50%の環境下において、角層水分量が30(a.u.)以下の人は超乾燥肌、角層水分量が30〜40(a.u.)の人は乾燥肌と判定される(文献:U. Heinrich et al. Int J Cosmet Sci. 2003 Apr;25(1-2):45-53)。
【0022】
眼窩前頭皮質の活性度について、「神経症的傾向スコア」と負の相関が認められたことから、眼窩前頭皮質の活性度が低い程、神経症的傾向が高いと評価でき、同様に眼窩前頭皮質の活性度が高い程、神経症的傾向が低いと評価できる。また、背外側前頭前野の活性度の微分値について、「外向性スコア」と正の相関が認められたことから、背外側前頭前野の活性度の微分値が高い程、外向性が高いと評価でき、同様に背外側前頭前野の活性度の微分値が低い程、外向性が低いと評価できる。
【0023】
ここで、「外向性」は、社交的・開放的で動作や感情の表現にためらいのない傾向を意味し、「神経症的傾向」とは、情動(感情・情緒)の過敏性を示す傾向であって、わずかなストレスに対しても容易に神経症的混乱を引き起こすような人に見られる性格特徴であり、いわゆる神経質で落ち着きのない、いつでも緊張している人柄と印象づけられる、情緒不安定な性格特徴を意味する。
【0024】
また、前頭極の活性度については角層水分量と負の相関が認められたことから、前頭極の活性度に基づいて肌特性の評価が可能であり、具体的には前頭極の活性度が低い程、刺激部位における保湿機能が高いと評価でき、同様に前頭極の活性度が高い程、刺激部位における保湿機能が低いと評価できる。ここで、「保湿機能」とは、適度な水分を保持し、皮膚に柔軟性を持たせる働きを意味する。
【0025】
眼窩前頭皮質、背外側前頭前野及び前頭極の各領域の活性度として、近赤外線分光法を用いて酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を計測する場合における性格特性の判定は、例えば、眼窩前頭皮質において、活性度が−18を下回る場合には、モーズレイ性格検査におけるN尺度の得点が29点を上回ると評価し、神経症的傾向が高いと判定する。一方、活性度が−8を上回る場合には、N尺度の得点が19点を下回ると評価し、神経症的傾向が低いと判定する。また、背外側前頭前野において、活性度の微分値が0.6を上回る場合には、E尺度の得点が29点を上回ると評価し、外向性が高いと判定する。一方、活性度の微分値が0.2を下回る場合には、E尺度の得点が19点を下回ると評価し、外向性が低いと判定する。尚、活性度の微分値は、酸素化ヘモグロビン濃度の微分波形において、刺激中の酸素化ヘモグロビン濃度の微分値の時間平均と安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の微分値の時間平均との差を、安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の微分値の標準偏差で除算することによって標準化した値によって決定される。
肌特性の判定については、例えば、前頭極において、活性度が−18を下回る場合には、角層水分量が40(a.u.)を上回ると評価し、保湿機能が高いと判定する。一方、活性度が−6を上回る場合には、角層水分量が30(a.u.)を下回ると評価し、保湿機能が低いと判定する。
【0026】
斯かる方法により、例えば化粧品を販売する際において、顧客の性格特性を検査することにより、「神経症的傾向」が認められたヒトに対しては、リラックスできるケア方法を提案することができ、「外向性」が認められたヒトに対しては、新しい触感の化粧品を提案するといったアドバイスを行うことが可能となる。
【0027】
上述した実施形態に関し、本発明においては以下の態様が開示される。
<1>以下の工程(1)〜(3)を含む、性格特性の検査方法。
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
<2>以下の工程(1)〜(5)を含む、性格特性及び肌特性の検査方法
(1)被験者に、心地良さを惹起し且つ1回の刺激時間が30〜90秒間である触覚刺激を呈示する工程
(2)眼窩前頭皮質と背外側前頭前野の活性度を測定する工程
(3)眼窩前頭皮質の活性度と背外側前頭前野の活性度の微分値に基づいて性格特性を評価する工程
(4)前頭極の活性度を測定する工程
(5)前頭極の活性度に基づいて肌特性を評価する工程
<3>前記活性度を測定する工程は、脳内血液の酸素化ヘモグロビン濃度の変化及び脱酸素化ヘモグロビン濃度の変化を測定する<1>又は<2>の方法。
<4>性格特性が、神経症的傾向及び外向性から選ばれる1種以上である<1>〜<3>のいずれかの方法。
<5>眼窩前頭皮質の活性度によって神経症的傾向を検査し、背外側前頭前野の活性度の微分値によって外向性を検査する、<4>の方法。
<6>肌特性が皮膚の保湿機能である<2>〜<4>のいずれかの方法。
<7>眼窩前頭皮質の活性度が低い場合に神経症的傾向が高いと評価し、逆に眼窩前頭皮質の活性度が高い場合に神経症的傾向が低いと評価し、背外側前頭前野の活性度の微分値が高い場合に外向性が高いと評価し、逆に背外側前頭前野の活性度の微分値が低い場合に外向性が低いと評価する、<5>の方法。
<8>前頭極の活性度が低い場合に、刺激部位における保湿機能が高いと評価し、逆に前頭極の活性度が高い場合に、刺激部位における保湿機能が低いと評価する、<6>の方法。
【実施例】
【0028】
実施例1
(1)脳血流変化の測定
20〜30歳代健常者15名(ID:1〜15、うち男性9名)を対象に、前腕外側内2cm×10cm四方の領域3ヶ所に対して、灰リス毛100%のチークブラシ(エスト:花王株式会社)で速さ5cm/s〜10cm/s、圧力0.5N〜1.0Nで手のひらの方向に撫でる刺激を1回60秒間、30秒間隔で計5回呈示した際の脳血流変化を、近赤外分光法(NIRS)(スペクトラテック社製、OEG-16)を用いて測定した。
測定プローブは、下端が眉の上に位置するように装着し、脳血流変化の測定は、
図1に示す1〜16の部位で行った。ここで、1、2及び3、並びに14、15及び16の血流は背外側前頭前野の活性度、4、5、7、8、10、11及び13の血流は前頭極の活性度、6、9及び12の血流は眼窩前頭皮質の活性度を示すものと推定されている<前記文献A>。
【0029】
(2)刺激の心地良さについて官能評価
(1)の脳血流変化の測定後に、筆で撫でる刺激に対する心地良さについて官能評価を行った。
官能評価は、10cm Visual Analogue Scale(Keel KD. The pain chart. Lancet 2:6-8, (1948))を用い、線分の左端を「とても不快」、右端を「とても快」とした際に、当該刺激の心地良さの程度にあてはまる位置に印を付けてもらい、左端からその印までの距離(cm)を計測した。
結果を
図3に示す。
図3より、有意に心地良さを惹起していることが認められた。
【0030】
(3)角層水分量の測定
一部の被験者(ID:1〜10)について、(1)の脳血流変化の測定前後に、刺激部位における角層水分量を、コルネオメーター(Courage+Khazaka社製)を用いて計測した。計測は、気温24℃、湿度60%の条件下で行い、1つの刺激領域に対し5回ずつ測定し、その平均値を当該刺激部位における角層水分量とした。結果を表1に示す。表1には、3つの刺激領域における角層水分量を平均した値をそれぞれ示してある。
【0031】
【表1】
【0032】
(4)モーズレイ性格検査
試験前に同被験者(ID:1〜15)に対して、あらかじめモーズレイ性格検査を実施し、神経症的傾向(N尺度)と内向性−外向性(E尺度)を評価した。モーズレイ性格検査は、全80項目の質問から構成されており、それぞれの質問についてあてはまる物には「はい」、あてはまらない物には「いいえ」、分からない物には「?」に○を記入してもらった。各尺度(E尺度・N尺度)の得点については所定の採点盤を用いて採点を行った。結果を表2に示す。
【0033】
【表2】
【0034】
(5)結果
眼窩前頭皮質の活性度とモーズレイ性格検査における神経症的傾向スコアは負の相関が認められ(
図4−1)、背外側前頭前野の活性度の微分値とモーズレイ性格検査における外向性スコアは正の相関が認められた(
図4−2)。また、前頭極の活性度と角層水分量は負の相関が認められた(
図4−3)。
【0035】
比較例1
(1)実施例1の被験者に対し、刺激部材を筆から肌との接触部が丸い形状の木製乳棒に変え、同様にして脳血流変化を、近赤外分光法(NIRS)を用いて測定し、性格特性及び角層水分量との相関を調べた。尚、木製乳棒による刺激に対する心地良さの官能評価は、
図5に示すとおり、有意な心地良さ惹起は認められなかった。
【0036】
(2)結果
眼窩前頭皮質の活性度と神経症的傾向スコアの間には負の相関が認められたが(
図6−1)、背外側前頭前野の活性度の微分値と外向性スコアの間(
図6−2)、前頭極の活性度と角層水分量の間(
図6−3)には、いずれも相関は認められなかった。