特許第6872222号(P6872222)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6872222
(24)【登録日】2021年4月21日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】対象物の使用者を判定する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6827 20180101AFI20210510BHJP
   C12Q 1/6844 20180101ALI20210510BHJP
   C12Q 1/689 20180101ALI20210510BHJP
   G16B 40/30 20190101ALI20210510BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20210510BHJP
【FI】
   C12Q1/6827 ZZNA
   C12Q1/6844 Z
   C12Q1/689 Z
   G16B40/30
   !C12N15/09 Z
【請求項の数】14
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2016-215535(P2016-215535)
(22)【出願日】2016年11月2日
(65)【公開番号】特開2017-86072(P2017-86072A)
(43)【公開日】2017年5月25日
【審査請求日】2019年10月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-217020(P2015-217020)
(32)【優先日】2015年11月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100188352
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 一弘
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【弁理士】
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【識別番号】100145920
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 聡
(72)【発明者】
【氏名】福田 真嗣
(72)【発明者】
【氏名】吉川 実亜
(72)【発明者】
【氏名】冨田 勝
【審査官】 小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】 特表2015−512255(JP,A)
【文献】 Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2010, Vol.107, No.14, pp.6477-6481
【文献】 J. Investig. Dermatol., 2013, Vol.133, pp.2152-2160
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−19/00
C12Q 1/00− 3/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
)対象物の表面から採取した1又は2種以上の細菌の遺伝子、及び候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の遺伝子を、それぞれ増幅する工程;
(B)前記工程(A)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列を決定し、前記ヌクレオチド配列の多型に基づいて、前記対象物の表面から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率M、及び前記候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Nをそれぞれ決定する工程;
(C)前記構成比率MとNとを比較して、前記構成比率MとNの類似度を決定する工程;及び、
(D)前記類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程;
を含み、
前記1又は2種以上の細菌が、プロピオニバクテリウム属細菌、スタフィロコッカス属細菌、ラルストニア属細菌、コリネバクテリウム属細菌及びストレプトコッカス属細菌から選択される細菌である、
対象物の使用者を判定する方法。
【請求項2】
1又は2種以上の細菌が、プロピオニバクテリウム属細菌である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
1又は2種以上の細菌が、アクネ菌(Propionibacterium acnes)である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
1又は2種以上の細菌の遺伝子がアクネ菌の16S rRNAの遺伝子であり、1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型がアクネ菌の16S rRNAの遺伝子型である、請求項に記載の方法。
【請求項5】
アクネ菌の16S rRNAの遺伝子型が、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子における950位〜1335位に対応する領域の遺伝子型である、請求項に記載の方法。
【請求項6】
アクネ菌の16S rRNAの遺伝子型が、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子の976位、981位、996位、1012位、1034位、1041位、1044位、1045位、1047位、1049位、1050位、1052位、1054位、1056位、1057位、1059位、1060位、1064位、1065位、1075位、1076位、1077位、1079位、1081位、1089位、1090位、1095位、1097位、1099位、1100位、1104位、1107位、1108位、1110位、1111位、1112位、1113位、1121位、1122位、1123位、1125位、1127位、1130位、1142位、1144位、1145位、1147位、1151位、1154位、1164位、1169位、1175位、1176位、1177位、1186位、1187位、1189位、1199位、1206位、1210位、1213位、1215位、1219位、1222位、1226位、1227位、1229位、1232位、1236位、1242位、1243位、1244位及び1248位にそれぞれ対応する部位からなる群から選択される1又は2以上の部位の遺伝子多型に基づく遺伝子型である、請求項又はに記載の方法。
【請求項7】
アクネ菌の16S rRNAの遺伝子を増幅する工程が、以下の工程(a)及び(b)を含むネステッドPCR法を用いて行われる、請求項のいずれかに記載の方法。
(a)配列番号1及び配列番号2のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、第一段階のPCRを行う工程;
(b)配列番号3及び配列番号4のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、第二段階のPCRを行う工程;
【請求項8】
ヌクレオチド配列を、超並列シークエンサーを用いて決定する、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
比較が、1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型のうち上位90個〜上位110個について行われる、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
比較が、機械学習によって行われる、請求項1〜のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
機械学習が、教師あり機械学習である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
教師あり機械学習が、ランダムフォレストアルゴリズムを用いた、教師あり機械学習である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の950位〜1335位の領域に対応する領域のポリヌクレオチドを増幅可能なプライマーセットを含む、アクネ菌の16S rRNA遺伝子の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて、対象物の使用者を判定するためのキット。
【請求項14】
プライマーセットが、配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなる1段階目のPCR用のプライマーセット;と、
配列番号3に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなる2段階目のPCR用のプライマーセット;
を含む請求項13に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚常在菌の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて、対象物の使用者(所有者を含む)を判定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
犯罪捜査において、遺留品等からの使用者の特定は、DNA鑑定、化学鑑定、筆跡鑑定、指紋鑑定等や、警察犬による臭気選別能力によって行われる。このうち、一般的に行われる方法である指紋鑑定は、人や指ごとに指紋が全て異なり、終生不変であるという特徴に着目したものであり、近年のバイオメトリクスの発達により、別人の指紋にも拘らず同一指紋であると誤認識してしまう率(誤受入率)は実測で10万分の1程度となっている。また、指紋認証は、ATM等の多くの分野で、個人識別の方法として用いられている。
【0003】
ところで、ヒトの皮膚には1兆個もの細菌(皮膚常在菌)が生息している。近年、皮膚常在菌叢の組成は経時的な変化が少なく、個人差が大きいことが明らかになってきた(非特許文献1)。したがって、上記指紋鑑定と同様に、皮膚常在菌叢の組成によって、個人の特定が可能であると考えられる。
【0004】
先行研究では、パソコンのキーボードの細菌叢とその使用者の指の細菌叢が類似していることが明らかとなっており、皮膚常在菌叢によって使用者の特定が出来る可能性を示唆している(非特許文献1)。該先行研究において、著者らは、パソコンのキーボード及びその使用者の指先をスワブで拭き取り、採取した細菌試料の16S rRNAをコードする遺伝子をユニバーサルプライマーを用いて増幅し、その配列に基づいて細菌叢の組成(細菌叢に含まれる細菌の種類の構成比率)を同定することによって、キーボードとその使用者の指先の細菌叢の組成が類似することを明らかにした。かかる教示は、細菌叢の組成の類似度に基づいて、キーボードの使用者を判定し得る可能性を示唆するものであるが、皮膚から採取可能な細菌由来のDNA量は微量であるため、多種多様な細菌が生息している日常環境では、コンタミネーションの影響が大きくなり、精度の高い解析は不可能である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fierer,N., Lauber,C.L., et al. Forensic identification using skin bacterial communities. Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 107, 6477-6481 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、対象物の表面と候補者の皮膚における皮膚常在菌の菌株遺伝子型の構成比率を解析することで、対象物の使用者を判定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、対象物の表面から採取したアクネ菌の菌株遺伝子型の構成比率及び候補者の皮膚から採取したアクネ菌の菌株遺伝子型の構成比率を決定し、前記対象物及び前記候補者から取得した前記構成比率を機械学習により比較して、前記対象物及び前記候補者から取得した前記構成比率の類似度を算出することで、前記候補者が前記対象物の使用者か否かを判定することができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は以下のとおりである。
(1)以下の工程(A)〜(D)を含む、対象物の使用者を判定する方法。
(A)前記対象物の表面から採取した1又は2種以上の細菌の遺伝子、及び候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の遺伝子を、それぞれ増幅する工程;
(B)前記工程(A)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列を決定し、前記ヌクレオチド配列の多型に基づいて、前記対象物の表面から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率M、及び前記候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Nをそれぞれ決定する工程;
(C)前記構成比率MとNとを比較して、前記構成比率MとNの類似度を決定する工程;
(D)前記類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程;
(2)1又は2種以上の細菌が、プロピオニバクテリウム属細菌、スタフィロコッカス属細菌、ラルストニア属細菌、コリネバクテリウム属細菌及びストレプトコッカス属細菌から選択される細菌である、上記(1)に記載の方法。
(3)1又は2種以上の細菌が、プロピオニバクテリウム属細菌である、上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)1又は2種以上の細菌が、アクネ菌(Propionibacterium acnes)である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)1又は2種以上の細菌の遺伝子がアクネ菌の16S rRNAの遺伝子であり、1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型がアクネ菌の16S rRNAの遺伝子型である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)アクネ菌の16S rRNAの遺伝子型が、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子における950位〜1335位の領域に対応する領域の遺伝子型である、上記(5)に記載の方法。
(7)アクネ菌の16S rRNAの遺伝子型が、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子の976位、981位、996位、1012位、1034位、1041位、1044位、1045位、1047位、1049位、1050位、1052位、1054位、1056位、1057位、1059位、1060位、1064位、1065位、1075位、1076位、1077位、1079位、1081位、1089位、1090位、1095位、1097位、1099位、1100位、1104位、1107位、1108位、1110位、1111位、1112位、1113位、1121位、1122位、1123位、1125位、1127位、1130位、1142位、1144位、1145位、1147位、1151位、1154位、1164位、1169位、1175位、1176位、1177位、1186位、1187位、1189位、1199位、1206位、1210位、1213位、1215位、1219位、1222位、1226位、1227位、1229位、1232位、1236位、1242位、1243位、1244位及び1248位にそれぞれ対応する部位からなる群から選択される1又は2以上の部位の遺伝子多型に基づく遺伝子型である、上記(5)又は(6)に記載の方法。
(8)アクネ菌の16S rRNAの遺伝子を増幅する工程が、以下の工程(a)及び(b)を含むネステッドPCR法を用いて行われる、上記(5)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(a)配列番号1及び配列番号2のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、第一段階のPCRを行う工程;
(b)配列番号3及び配列番号4のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、第二段階のPCRを行う工程;
(9)ヌクレオチド配列を、超並列シークエンサーを用いて決定する、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)比較が、1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型のうち上位90個〜上位110個について行われる、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(11)比較が、機械学習によって行われる、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)機械学習が、教師あり機械学習である、上記(11)に記載の方法。
(13)教師あり機械学習が、ランダムフォレストアルゴリズムを用いた、教師あり機械学習である、上記(12)に記載の方法。
(14)アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域のポリヌクレオチドを増幅可能なプライマーセットを含む、アクネ菌の16S rRNA遺伝子の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて、対象物の使用者を判定するためのキット。
(15)プライマーセットが、配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなる1段階目のPCR用のプライマーセット;と、
配列番号3に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなる2段階目のPCR用のプライマーセット;
を含む上記(14)に記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、皮膚常在菌叢の菌種組成(皮膚細菌叢に含まれる細菌の種類の構成比率)を解析する場合と比較して高精度で、対象物の使用者を判定すること等ができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1-1】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の968位〜1027位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-2】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の968位〜1027位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-3】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1028位〜1087位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-4】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1028位〜1087位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-5】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1088位〜1147位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-6】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1088位〜1147位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-7】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1148位〜1207位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-8】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1148位〜1207位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-9】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1208位〜1267位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-10】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1208位〜1267位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-11】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1268位〜1314位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT1〜MT50について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図1-12】KPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の1268位〜1314位の領域に対応する領域のアラインメントを、アクネ菌MT51〜MT100について示す。なお、背景が白色のヌクレオチドは、MT1(KPA171202)の対応するヌクレオチドと異なるヌクレオチド(多型)を表す。
図2】実施例3において得られた各PCR産物の電気泳動写真を示す図である。
図3】実施例7の、最も類似性の高かった種がアクネ菌であるOTUの構成比率を、MT1〜MT36までについて区分けして示した図である。
図4】実施例7において、MT1〜10に着目して構成比率を示した図である。
図5】実施例8における主座標分析(PCoA)の結果を表す図である。図5左パネル:細菌叢組成について主座標分析を行った結果を表す図である。図5右パネル:アクネ菌株遺伝子型組成について主座標分析を行った結果を表す図である。なお、S1〜S10はそれぞれ10名の対象者(被験者)を表す。
図6】実施例8の主座標分析の結果からユークリッド距離を算出して作成した系統樹を表す図である。図6左パネル:細菌叢組成について作成した系統樹を表す図である。図6右パネル:アクネ菌株遺伝子型組成について作成した系統樹を表す図である。なお、S1〜S10はそれぞれ10名の対象者(被験者)を表す。
図7】3名(S1、S3、S5)の対象者の両手、すなわち、6種の手の間で、アクネ菌株遺伝子型組成又は細菌叢組成の類似度(ピアソンの相関係数)を算出した結果を示す図である。左上から右下を結ぶ点線の右上の部分がアクネ菌遺伝子型組成の相関係数rを表し、点線の左下の部分が細菌叢組成の相関係数rを表す。r>0.99の場合は濃い灰色、0.80<r<0.99の場合は中程度の灰色、r<0.80の場合は薄い灰色で示す。S1 RHはS1の右手を表し、S1 LHはS1の左手を表し、S3 RHはS3の右手を表し、S3 LHはS3の左手を表し、S5 RHはS5の右手を表し、S5 LHはS5の左手を表す。例えば、S1 RHとS1 LHの、アクネ菌遺伝子型組成の相関係数rは、S1 RHという表示のすぐ右側で、S1 LHのすぐ上のパネルに0.9989と示され、S1 RHとS5 LHのアクネ菌遺伝子型組成の相関係数rは、S1 RHという表示から右方向の列と、S5 LHという表示から上方向の列が交わる部分のパネルに0.3459と示される。また、S1 RHとS5 LHの細菌叢組成の相関係数rは、S1 RHという表示から下方向の列と、S5 LHという表示から左方向の列が交わる部分のパネルに0.7431と示される。
図8】実施例11において、機械学習のアルゴリズムの一つであるランダムフォレストを用いて対象物の使用者の判定試験を行った結果を示す図である。図8左上パネル:アクネ菌株遺伝子型組成を用いた判定試験の結果を示す図である。縦軸の数値は正答率(%)を表し、横軸の数値は判定の解析に用いたアクネ菌株の種類数を表す。図8左下パネル:細菌叢組成を用いた判定試験の結果を示す図である。縦軸の数値は正答率(%)を表し、横軸の数値は判定の解析に用いた細菌の種類数を表す。図8右パネル:アクネ菌株遺伝子型組成と細菌叢組成の両方を用いた判定試験の結果を示す図である。縦軸の数値は正答率(%)を表し、横軸の数値は用いた細菌叢組成の細菌の種類数を表す。
図9】実施例12において、対象者におけるアクネ菌株遺伝子型組成や細菌叢組成の経時的変化を解析した結果を示す図である。図9左上パネル:1回目のサンプルと2回目のサンプルの細菌叢組成について行った主座標分析のPC1の結果を表す図である。図9右上パネル:1回目のサンプルと2回目のサンプルのアクネ菌株遺伝子型組成について行った主座標分析のPC1の結果を表す図である。図9左下パネル:1回目のサンプルと2回目のサンプルの類似度(Yue-Clayton theta similarity Index)を示す図である。P. acnesはアクネ菌株遺伝子型組成を用いた場合の類似度を表し、Microbiomeは細菌叢組成を用いた場合の類似度を表す。図9右下パネル:1回目のサンプリングのデータを教師データとし、2回目のサンプリングのデータをテストデータとして、ランダムフォレストを行った結果を表す図である。P. acnesはアクネ菌株遺伝子型組成を用いた場合の正答率(%)を表し、Microbiomeは細菌叢組成を用いた場合の正答率(%)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の対象物の使用者を判定する方法は、(A)対象物の表面から採取した1又は2種以上の細菌の遺伝子、及び候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の遺伝子を、それぞれ増幅する工程;(B)前記工程(A)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列を決定し、前記ヌクレオチド配列の多型に基づいて、前記対象物の表面から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率M、及び前記候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Nをそれぞれ決定する工程;(C)前記構成比率MとNとを比較して、前記構成比率MとNの類似度を決定する工程;及び、(D)前記類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程;を含む方法である。
【0012】
本明細書において「対象物の使用者」には、その対象物に皮膚が接触した経験のある者が含まれ、好適には、皮膚の表面に存在する細菌をその対象物の表面に付着させた者が含まれる。対象物の使用者には、その対象物の所有者も含まれる。かかる所有者は、その対象物の法律上の所有権を持つ者であってもよいし、持たない者であってもよい。
【0013】
本発明において、1又は2種以上の細菌としては、皮膚の表面から採取できる細菌種であれば特に制限されるものではなく、いわゆる皮膚常在菌が含まれ、具体例としては、プロピオニバクテリウム属細菌、スタフィロコッカス属細菌、ラルストニア属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ストレプトコッカス属細菌を挙げることができる。また、前記細菌の中でもプロピオニバクテリウム属細菌、特にアクネ菌プロピオニバクテリウム・アクネス(Propionibacterium acnes)は、皮膚常在菌の中でもその存在量が多いため、コンタミネーションの影響を受けにくく、より高精度での判定が可能となるため、好適に挙げることができる。
【0014】
本発明における対象物としては、固体部分を少なくとも含む物である限り特に制限されないが、対象物の使用者を判定する観点から、候補者の皮膚が接触する可能性がある物が好ましく、具体的には、パソコンのキーボード、パソコンのマウス、スマートホン、タブレット、鞄、ペン、鉛筆、箸、携帯電話、ドアノブ、鍵、リモコン、腕時計、定期入れなどが含まれる。
【0015】
本発明の判定方法に利用する1又は2種以上の細菌は、1種の細菌であってもよいし、2種以上の細菌であってもよいが、作業や解析の簡便性の観点から、1種の細菌(同属同種の細菌)であることが好ましい。かかる1種の細菌として、前述のアクネ菌プロピオニバクテリウム・アクネスを好適に使用することができる。
【0016】
上記工程(A)において、対象物の表面から1又は2種以上の細菌を採取する方法としては、対象物の表面から細菌を採取できる方法である限り特に制限されず、例えば溶媒を含む多孔質材料で対象物の表面をこすり、その多孔質材料を別に用意した溶媒に浸して、細菌を回収する方法を好ましく挙げることができる。かかる溶媒としては、TE10バッファー(1〜100mM(好ましくは10mM) Tris,1〜100mM(好ましくは10mM) EDTA)等の緩衝液や、水を挙げることができ、中でも、緩衝液を好ましく挙げることができ、中でも、TE10バッファーをより好ましく挙げることができる。上記の多孔質材料としては、脱脂綿、布、スポンジ、ペーパーなどを挙げることができ、中でも、脱脂綿を好ましく挙げることができ、中でも、綿棒をより好ましく挙げることができる。なお、これらの多孔質材料は、コンタミネーションを回避する観点から、滅菌処理された多孔質材料であることが好ましい。
【0017】
上記工程(A)において、候補者の皮膚から1種又は2種以上の細菌(好ましくはアクネ菌)を採取する時期は、対象物の表面から1種又は2種以上の細菌(好ましくはアクネ菌)を採取する時期、及び/又は、対象物の使用者の皮膚が対象物に接触する時期より前であっても後であってもよいが、本発明の意義をより多く享受する観点から、候補者の皮膚から1種又は2種以上の細菌(好ましくはアクネ菌)を採取する時期と、対象物の表面から1種又は2種以上の細菌(好ましくはアクネ菌)を採取する時期、及び/又は、対象物の使用者の皮膚が対象物に接触する時期との間が、好ましくは1ヶ月間以上、より好ましくは2ヶ月間以上、さらに好ましくは3ヶ月間以上、より好ましくは4ヶ月間以上、さらに好ましくは5ヶ月間以上であることが好適に挙げられ、かかる期間の上限として例えば24ヶ月間以下、18ヶ月間以下、12ヶ月以下、10ヶ月以下などが挙げられる。なお、上記期間が一定期間以上であると本発明の意義をより多く享受できるのは、本発明の判定方法に用いる1種又は2種以上の細菌(好ましくはアクネ菌)の菌株遺伝子型の構成比率は、従来の判定方法に用いられる2種以上の細菌叢組成(細菌の種類の構成比率)よりも、期間の経過による変化が少ないからである。
【0018】
本明細書において、上記工程(A)にて増幅する「遺伝子」には、遺伝子をコードするポリヌクレオチド(好ましくはDNA)及び/又はその相補的なポリヌクレオチド(好ましくはDNA)が含まれ、該遺伝子には、全長の遺伝子のほか、遺伝子の一部の領域(以下、「遺伝子領域」と表示する。)も便宜上含まれる。上記工程(A)において増幅する遺伝子の種類としては、多型を含む遺伝子である限り特に制限されないが、多型を多く含む遺伝子が好ましく、中でも、16S rRNA遺伝子が特に好ましい。上記の「多型を多く含む遺伝子(遺伝子領域を含む)」としては、多型のバリエーションを2種類以上、好ましくは5種類以上、より好ましくは10種類以上、さらに好ましくは15種類以上含む遺伝子(遺伝子領域を含む)が挙げられる。多型のバリエーションの上限は特に制限されないが例えば300種類、200種類、100種類などが挙げられる。
【0019】
本発明の判定方法に利用する細菌がアクネ菌である場合、上記工程(A)において増幅する遺伝子としては、16S rRNA遺伝子が好ましく挙げられ、中でも、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子(配列番号109)の950位〜1335位の領域に対応する領域を含む領域がより好ましく挙げられ、KPA171202の16S rRNAの遺伝子の968位〜1314位の領域に対応する領域を含む領域が特に好ましく挙げられる。KPA171202の16S rRNAの遺伝子の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域における具体的な変異としては、KPA171202の16S rRNAの遺伝子の976位、981位、996位、1012位、1034位、1041位、1044位、1045位、1047位、1049位、1050位、1052位、1054位、1056位、1057位、1059位、1060位、1064位、1065位、1075位、1076位、1077位、1079位、1081位、1089位、1090位、1095位、1097位、1099位、1100位、1104位、1107位、1108位、1110位、1111位、1112位、1113位、1121位、1122位、1123位、1125位、1127位、1130位、1142位、1144位、1145位、1147位、1151位、1154位、1164位、1169位、1175位、1176位、1177位、1186位、1187位、1189位、1199位、1206位、1210位、1213位、1215位、1219位、1222位、1226位、1227位、1229位、1232位、1236位、1242位、1243位、1244位及び1248位にそれぞれ対応する部位からなる群から選択される1又は2以上の部位のヌクレオチドにおける一塩基置換を挙げることができる。なお、KPA171202以外のアクネ菌の16S rRNAの遺伝子のどの領域が、KPA171202の16S rRNAの遺伝子の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域であるかは、CLUSTALW等の配列解析ソフトウェアでアラインメントを作成するなどして、特定することができる。
【0020】
上記工程(A)で遺伝子を増幅する細菌が1種である場合、その遺伝子又は遺伝子領域は1種類であってもよいし、2種類以上であってもよいが、作業や解析の簡便性の観点から、1種類であることが好ましい。また、上記工程(A)で遺伝子を増幅する細菌が2種以上である場合、増幅する遺伝子又は遺伝子領域は細菌種によらず同じであってもよいし、細菌種によって異なる場合があってもよいし、細菌種によってすべて異なっていてもよいが、作業や解析の簡便性の観点から、増幅する遺伝子又は遺伝子領域は細菌種によらず同じであるか、細菌種によって異なる場合があることが好ましく、増幅する遺伝子又は遺伝子領域は細菌種によらず同じであることがより好ましい。
【0021】
上記工程(A)において、細菌の遺伝子の増幅は、公知のいかなる手法を用いて行ってもよいが、例えば、TEバッファーに対象物の表面又は候補者の皮膚の表面に擦り付けた綿棒を入れて撹拌し、該バッファーを鋳型として用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を挙げることができる。PCRに用いるプライマーは、増幅対象とする遺伝子領域の両端の塩基配列に基づいて任意に設計することができ、1組のプライマー対を用いてPCRを行ってもよいが、非特異的な増幅を減らし、最終的な判定制度を高めるために、2組以上のプライマー対を用いたネステッドPCR法により行うことが好ましい。また、増幅した遺伝子は、アガロースゲル電気泳動を行い、切り出したバンドから抽出してもよく、また、公知のPCR産物精製方法(GEヘルスケア社製「NAP Columns」、「MicroSpin Columns」、ベックマンコールター社製「Agencourt AMPure XP」等)を用いて精製してもよい。
【0022】
上記工程(A)において、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNA遺伝子の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域を含む領域を、前述のネステッドPCR法により増幅する好適な方法として、(a)配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーと、配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーとを用いて、第一段階のPCRを行う工程;(b)配列番号3に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーと、配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーとを用いて、第二段階のPCRを行う工程;を含むネステッドPCR法が挙げられる。かかるネステッドPCR法を用いると、アクネ菌KPA171202の16S rRNA遺伝子の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域を特に効率良く増幅することができる。したがって、以下の第一のプライマーセット及び第二のプライマーセットを含むキットは、アクネ菌の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて、対象物の使用者を判定するためのキットとして好適に用いることができる。
配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーと、配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーとからなる第一のプライマーセット;
配列番号3に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーと、配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーとからなる第二のプライマーセット;
【0023】
上記工程(B)において、工程(A)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列の決定は、公知のいかなる手法を用いて行ってもよいが、超並列シーケンサーを用いた配列決定が、きわめて多数のヌクレオチド配列を一度に決定することができるという点でより好ましい。超並列シーケンサーとしては、例えばイルミナ社製のMiSeq、HiSeq2000、Genome Analyzer IIx(GAIIx)や、ロシュ社製のGenome Sequencer-FLX(GS-FLX)を挙げることができる。超並列シーケンサーは、1度に決定できる配列数(リード数)が1億〜数十億の機器もあり、きわめて多数の増幅産物のヌクレオチド配列を迅速かつ簡便に決定することができる。
【0024】
上記工程(B)において、1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型は、遺伝子のヌクレオチド配列の多型に基づいて決定される。前記ヌクレオチド配列の多型とは、ヌクレオチドの特定の位置での塩基の型が複数あることを意味し、塩基置換、一塩基以上の挿入、欠失等が例示される。かかる多型は、工程(B)で決定した複数種の増幅産物のヌクレオチド配列間の配列の相違点をCLUSTALW等の配列解析ソフトウェアで解析すること等により、特定することができる。
【0025】
本発明者らは、後述の実施例の実験において、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子における968位〜1314位の領域に対応する領域の遺伝子型を100種類特定した。この遺伝子領域の100種類の遺伝子型(MT1〜MT100)を、それぞれ配列番号9〜108のヌクレオチド配列として示す。MT1〜MT100の上記遺伝子領域のヌクレオチド配列のアラインメントを図1−1から図1−12に示す。なお、MT1の遺伝子型(配列番号9)がこの遺伝子領域の野生型の遺伝子型として位置づけられる。
【0026】
また、対象物の表面から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率M、及び候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Nは、決定したヌクレオチド配列のうち存在比率が多いものから順に、上位10個〜上位1000個、好ましくは上位10個〜上位500個、より好ましくは上位10個〜上位300個、さらに好ましくは上位20個〜上位60個、特に好ましくは上位30個〜上位50個(より好ましくは上位30個)について決定することができる。また、2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率を利用する場合、前記構成比率M及びNは、2種以上の細菌全体についてまとめて決定しても、個々の細菌種について個別に決定してもよい。ただし、作業や解析の簡便性の観点から、1種の細菌(同属同種の細菌)の遺伝子型の構成比率を利用することが好ましい。かかる1種の細菌として、アクネ菌が好ましく挙げられる。
【0027】
上記工程(C):前記構成比率MとNとを比較して、前記構成比率MとNの類似度を決定する工程、並びに上記工程(D):前記類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程としては、公知のいかなる手法を用いることができ、機械学習やデータマイニングを例示することができるが、中でも機械学習、より好ましくは教師あり機械学習、さらに好ましくはランダムフォレストアルゴリズムを用いた教師あり機械学習や、サポートベクターマシンを用いた教師あり機械学習が適用される。かかる機械学習やデータマイニング等には、主座標分析(Principal Coordinate Analysis: PCoA)や、主成分分析(Principal Component Analysis: PCA)等の多変量解析を併用することが好ましい。類似度は、例えばユークリッド距離などの数値として算出することが好ましい。類似度がどの程度である場合に、候補者が対象物の使用者であると判定するかは、当業者であれば状況に応じて決定することができるが、例えば、構成比率MとNの類似度をユークリッド距離に換算したときに、該ユークリッド距離が、0.1以下、好ましくは0.05以下である場合にその候補者が対象物の使用者であると判定することができる。ユークリッド距離は、例えば、ソフトウェア「R」を用いて算出することができる。
【0028】
本発明の判定方法は、前述したように、細菌の菌株遺伝子型の構成比率の類似度を利用して対象物の使用者を判定する方法であるが、その判定の際に、細菌叢組成の類似度を併用することが、より高精度の判定を行う観点から好ましい。細菌叢組成の類似度を併用する場合としては、例えば、
上記工程(A)〜(D)を含むことに加えて、
(I)対象物の表面から採取した1又は2種以上の細菌の遺伝子、及び候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の遺伝子を、それぞれ増幅する工程;
(J)前記工程(I)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列に基づいて、前記対象物の表面から採取した前記1又は2種以上の細菌の種類の構成比率V、及び前記候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の種類の構成比率Wをそれぞれ決定する工程;
(K)前記構成比率VとWとを比較して、前記構成比率VとWの類似度を決定する工程;
を含み、
上記工程(D)が、
(D’)前記工程Cで決定された類似度と、前記工程Kで決定された類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程;
である、対象物の使用者を判定する方法が挙げられる。
【0029】
上記工程(D’)としては、前記工程Cで決定された類似度と、前記工程Kで決定された類似度に基づいて、前記候補者が前記対象物の使用者であるかを判定する工程である限り特に制限されないが、例えば、上記工程Cで決定された菌株遺伝子型の構成比率の類似度と、上記工程Kで決定された細菌組成の類似度との平均値を類似度として用いて、前記候補者が前記対象者の使用者であるかを判定する方法が好ましく挙げられる。なお、あるサンプルの細菌叢組成を求める方法としては、非特許文献2に記載の方法を使用することができる。
【0030】
本発明の態様には、アクネ菌の16S rRNA遺伝子の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて、対象物の使用者を判定するためのキットも含まれる。かかるキットは、アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域のポリヌクレオチドを増幅可能なプライマーセットを含んでいる限り特に制限されない。上記キットは、アクネ菌KPA171202の16S rRNA遺伝子の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域における多型を検出するためのキットでもある。
【0031】
上記のプライマーセットにおけるフォワードプライマー及びリバースプライマーのヌクレオチド配列は、当業者であれば、配列番号109に示されるヌクレオチド配列に基づいて設計することができる。例えば、プライマーのヌクレオチド配列は、上記の950位〜1335位(好ましくは968位〜1314位)の領域に対応する領域の外側のヌクレオチド配列にハイブリダイズし得るヌクレオチド配列から選択することができる。プライマーのヌクレオチド数は、好ましくは17〜25個である。プライマーのTm値はフォワードプライマーとリバースプライマーで概ね揃えて、55〜65℃くらいに設定することが好ましい。プライマー同士がアニールしないように、プライマー間の相補性が少ないプライマーペアを選択することが好ましい。特にプライマーダイマーの形成による増幅効率の低下を防ぐため、各プライマーの3’末端同士がヌクレオチド3個以上連続して相補的にならないように設計することが好ましい。また、通常、プライマー内の二次構造形成を避けるために、ヌクレオチド4個以上の自己相補配列を含まないようにすることが好ましい。GC含量は40〜60%前後とし、部分的にGCリッチあるいはATリッチにならないようにすることが好ましい。また、プライマーの3’末端と鋳型DNAが安定して結合するように、特にプライマーの3’側がATリッチ又はGCリッチにならないようにすることが好ましい。
【0032】
アクネ菌基準株であるKPA171202の16S rRNAの遺伝子(GenBankアクセッション番号NR_074675.1:配列番号109)の968位〜1314位の領域に対応する領域を含む領域のポリヌクレオチドを増幅し得る好適なプライマーセットとして、1段階目のPCR用のプライマーセット(配列番号1に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号2に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー)と、2段階目のPCR用のプライマーセット(配列番号3に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー、及び、配列番号4に示されるヌクレオチド配列からなるプライマー)とを含むプライマーセットが挙げられる。
【0033】
本発明の態様には、以下の工程(E)〜(H)を含む、被験者が、X人(ただし、Xは1以上の任意の整数を表す。)の候補者のいずれかであるかを判定する方法も含まれる。(E)前記被験者の皮膚から採取した1又は2種以上の細菌の遺伝子を増幅する工程;
(F)前記工程(E)で得られた増幅産物のヌクレオチド配列を決定し、前記ヌクレオチド配列の多型に基づいて、前記被験者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Pを決定する工程;
(G)前記X人の候補者の皮膚から採取した前記1又は2種以上の細菌の菌株遺伝子型の構成比率Q〜Q(ただし、Xは1以上の任意の整数を表す。)と、前記構成比率Pとを比較して、前記構成比率Pと前記構成比率Q〜Qの類似度を決定する工程;
(H)前記類似度に基づいて、前記被験者が前記X人の候補者のいずれかであるかを判定する工程;
【0034】
上記候補者における上記構成比率Q〜Q(ただし、Xは1以上の任意の整数を表す。)は、被験者における上記構成比率Pを決定するよりも前に決定してもよいし、後に決定してもよいが、被験者における上記構成比率Pを決定するよりも前に決定しておくことが好ましく、あらかじめ複数の候補者における上記構成比率Q〜Q(ただし、Xは1以上の任意の整数を表す。)を決定して、その構成比率Q〜Qをデータベース化するなどしておくことがより好ましい。
【0035】
候補者X人としては、1人であっても2人以上であってもよいが、好ましくは3人以上、より好ましくは10人以上、さらに好ましくは50人以上を挙げることができる。X人の上限に特に制限はないが、例えば1000人、500人などを挙げることができる。
【0036】
被験者がX人の候補者のいずれかであるかを判定する方法の各工程における方法は、前述の「使用者の判定方法」と同様の方法を利用することができる。
【0037】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
1.サンプル採取及びDNA抽出
アクネ菌(Propionibacterium acnes)の菌株遺伝子型の構成比率に基づいて使用者特定が可能か否かを検討するにあたり、3名の6カ所(左右指先5本、キーボード左右、PCパッド、スマートフォン画面)を研究対象とした。TE10バッファー(10mM Tris,10mM EDTA)に浸した滅菌綿棒を各部位に30秒間こすりつけ、500μLのTE10バッファーに浸したものをサンプルとし、−80℃で冷凍保存した。これらのサンプルから、以下の手順でDNA抽出を行った。
〔1〕サンプルに25μLのリゾチーム(300mg/mL)を加え、37℃でオーバーナイトインキュベートした。
〔2〕15μLのアクロモペプチダーゼ(20,000units/mL)を加え、37℃で8時間インキュベートした後に、50μLの10%SDSと15μLのプロテイナーゼK(25mg/mL)を加え、55℃でオーバーナイトインキュベートした。その後、600μLのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール混合液を加え、Micro Shakerを用いて3分間撹拌し、17,800×g、20℃の条件で10分間の遠心分離を行った。
〔3〕上清に再度600μLのフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール混合液を加え、Micro Shakerを用いて1,500rpmで3分間撹拌し、17,800×g、20℃の条件で10分間の遠心分離を行った。
〔4〕水層を回収し、60μLの3M酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)を加えた後、1.2mLの100%エタノールを加えて−80℃で1時間冷却した。
〔5〕17,800×g、4℃の条件で10分間の遠心分離をした後、上清を除去して70%エタノールを500μL加えた。
〔6〕17,800×g、4℃の条件で5分間遠心分離した後、上清を除去して50μLの1×TEバッファーを加え、Micro Shakerを用いて5分間撹拌し、DNAを溶解した。
【実施例2】
【0039】
2.アクネ菌のDNA断片増幅を目的としたPCR及びPCR産物の精製
本発明者らが設計したアクネ菌16S rRNA特異的なプライマー(414F:5’-GGGTTGTAAACCGCTTTCGCCT-3’(配列番号1)、1445R:5’-GTTGTGGGGGAGCCGTCGAA-3’(配列番号2))を用いて、実施例1で得られたDNA抽出物の16S rRNA遺伝子を増幅した。その際のPCR条件は以下のとおりである。
初期変性反応:94℃で5分間
96℃ 10秒間、64℃ 15秒間、68℃ 1分間の3ステップを30回繰り返す
最終伸長反応:68℃で2分間
ポリメラーゼはTks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社製)を用いた。その後、PCR産物20μLに対して36μLのAgencourt AMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、添付マニュアルにしたがって精製を行った。
【実施例3】
【0040】
3.株判別領域増幅を目的としたPCR、PCR産物の精製及び濃度定量
本発明者らが設計した株判別用のプライマー(950F:5’-AGAACCTTACCTGGGTTTGA-3’(配列番号3)、1334R:5’-GATCTGCGATTACTAGCGAC-3’(配列番号4))を用いて、16S rRNA遺伝子の増幅を行った。実施例2で得られたPCR産物を300倍希釈し、それらをテンプレートとした。PCR条件は以下のとおりである。
初期変性反応:94℃で2分間
96℃ 10秒間、64℃ 15秒間、68℃ 30秒間の3ステップを20回繰り返す
最終伸長反応:68℃で2分間
ポリメラーゼはTks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社製)を用いた。その後、PCR産物20μLに対して36μLのAgencourt AMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、添付マニュアルにしたがって精製を行った。精製後、1.5%アガロースゲルにて15分間電気泳動を行い、Gel Red(和光純薬工業株式会社製)を用いて染色し、泳動写真を撮影した。その結果を図2に示す。図2から分かるように、ネステッドPCRにより目的のバンドが増幅されたことが示された。また、PCR産物のシーケンス結果を確認したところ、増幅産物のうち、99%がアクネ菌のDNA断片であった。このことから、上記のプライマーを用いたネステッドPCRにより、アクネ菌特異的に目的のDNA断片を増幅できることが示された。なお、得られたPCR産物の溶液は、Picogreen(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)を用いて二本鎖DNAの濃度定量を行った。これらの結果をもとにPCR産物の体積モル濃度を算出した。実施例4のPCRで用いるテンプレートの濃度が終濃度4nMになるよう、各サンプルを希釈した。
【実施例4】
【0041】
4.ユニバーサルプライマー配列付加のためのPCR、PCR産物の精製及び濃度定量
超並列シーケンサーMiSeq(イルミナ社製)で用いるIndex配列をDNA断片に付加するため、ユニバーサルプライマーの配列(27F_mod、338R)を前もって付加させる必要がある。そこで、株判別用プライマーに27F_modと338Rの配列が付加されたプライマー(27_950F:5’-AGRGTTTGATYMTGGCTCAGAGAACCTTACCTGGGTTTGA-3’(配列番号5)、338_1334R:5’-TGCTGCCTCCCGTAGGAGTGATCTGCGATTACTAGCGAC-3’(配列番号6))を用いて、PCRを行った。PCR条件は以下のとおりである。
初期変性反応:94℃で2分間
96℃ 10秒間、64℃ 15秒間、68℃ 30秒間の3ステップを5回繰り返す
最終伸長反応:68℃で2分間
ポリメラーゼはTks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社製)を用いた。その後、PCR産物50μLに対して90μLのAgencourt AMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、添付マニュアルにしたがって精製を行った。精製後は、Bioanalyzer 2100(Agilent Technologics社製)を用いて濃度定量を実施した。これらの結果をもとに、実施例5のPCRで使用するためのテンプレート量を決定し、終濃度が1nMになるよう希釈を行った。
【実施例5】
【0042】
5.Index PCR及び濃度定量
超並列シーケンサーMiSeq(イルミナ社製)でシークエンスをする際に必要なアダプター配列及びIndex配列を付加するため、Index PCRを行った。プライマーは、Index F: 5'-AATGATACGGCGACCACCGAGATCTACAC-NNNNNNNN-TATGGTAATTGTAGRGTTTGATYMTGGCTCAG-3'(配列番号7)及びIndex R: 5’-CAAGCAGAAGACGGCATACGAGAT-NNNNNNNN-AGTCAGTCAGCCTGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’(配列番号8)を用いた。なお、上記においてNで記載した塩基配列がIndex配列であり、サンプルごとに異なる配列を用いた。PCR条件は以下のとおりである。
初期変性反応:98℃で1分間
98℃ 10秒間、55℃ 15秒間、68℃ 30秒間の3ステップを8回繰り返す
最終伸長反応:68℃で3分間
ポリメラーゼはTks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ株式会社製)を用いた。その後、PCR産物50μLに対して90μLのAgencourt AMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、添付マニュアルにしたがって精製を行った。Index PCR産物の濃度定量を、qPCR、Picogreen(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製)、Bioanalyzer 2100(Agilent Technologics社製)を用いて実施した。これらの結果をふまえ、それぞれのサンプルを4nMに希釈した。
【実施例6】
【0043】
6.MiSeqによるシークエンシング
4nMに希釈したサンプルを混合し、MiSeqを用いてシークエンスを実施した。シークエンスはイルミナ社が示すプロトコールどおりに行った。
【実施例7】
【0044】
7.データ解析
まず初めに、ペアエンドでシークエンスされた塩基配列をFLASH(Version 1.2.11)によってアセンブルした。平均Q−valueが25以下の塩基配列は解析の対象から除いた。その後シークエンスされた塩基配列から950F及び1334Rのプライマー配列を除去した。得られたデータを、Qiime(Version 1.8.0)を用いて解析した。その後サンプルごとに完全に一致する塩基配列の出現回数を数え、その上で重複する塩基配列は除去した(相同性100%を閾値としたOperational Taxonomic Units(OTU)を作成した)。Ribosomal Database Project(RDP)をデータベースとして相同性検索を行い、最も類似性の高かった種がアクネ菌であるOTUをその後の解析に用いた。RDPでの菌種特定ができなかったOTUについては、NCBIのBLASTを用いて、Nucleotide collectionをデータベースとして相同性検索を行い、最も類似性の高かった種がアクネ菌であるOTUをその後の解析に用いた。最も類似性の高かった種がアクネ菌であるOTUをリード数の多い順に並べ、株番号を振り分けた(最も存在量が多い株をMT1として、存在量が多い順にMT1(配列番号9)〜MT100(配列番号108)まで番号を付した。)。なお、MT1〜MT100の遺伝子領域(KPA171202の16S rRNAの遺伝子(配列番号109)の968位〜1314位の領域に対応する領域)のヌクレオチド配列のアラインメントを図1−1から図1−12に示す。個人判別が可能か否かを検討するにあたり、ランダムフォレストアルゴリズムを用いた。ランダムフォレストによる解析は、ソフトウェア「R」(Version 3.1.2)に、ランダムフォレスト解析用の「random forest」というパッケージを実装させたソフトウェアにて行い、教師データとして所有物データ(キーボード左右、PCパッド、スマートフォン画面をまとめて算出した、MT1〜MT100の構成比率)、テストデータとして使用者データ(左右指先5本をまとめて算出した、MT1〜MT100の構成比率)を用いた。
【0045】
図3は、最も類似性の高かった種がアクネ菌であるOTUの構成比率を、MT1〜MT36までについて区分けして示した図である。また、図4は、MT1〜10に着目して、構成比率を示した図である。いずれの図からも、対象物とその使用者の菌株遺伝子型の構成比率が類似していることがわかり、該構成比率が対象物の使用者判定に用いられ得ることが示された。また、ランダムフォレストによる解析結果を以下に示す。
Type of random forest: classification
Number of trees: 5000
No. of variables tried at each split: 5
OOB estimate of error rate: 0%
Confusion matrix:
S1 S2 S3 class.error
S1 2 0 0 0
S2 0 2 0 0
S3 0 0 2 0
【0046】
この解析結果により、試験した3名いずれについても、対象物(キーボード左右、PCパッド、スマートフォン画面)から採取したアクネ菌の菌株遺伝子型に基づいて使用者を判定することができた。すなわち、本発明における対象物の使用者の判定方法は正答率100%(エラー率0%)であり、かかる判定方法が優れた精度であることが示された。なお、この解析ではMT1〜MT100の構成比率を用いたが、MT1〜MT20の構成比率を用いた解析でも、正答率100%の結果が得られた。
【0047】
なお、非特許文献1(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 107, 6477-6481 (2010))には、パソコンのキーボード及びその使用者の指先をスワブで拭き取り、採取した細菌試料の16S rRNAをコードする遺伝子をユニバーサルプライマーを用いて増幅し、その配列に基づいて細菌叢の組成(細菌叢に含まれる細菌の種類の構成比率)を同定したところ、キーボードとその使用者の指先の細菌叢の組成が類似していたことが開示されている。本発明者らは、この知見を利用して、細菌叢組成により対象物の使用者を判定する方法を比較実験として行った。この方法は、本発明の判定方法のように、「ある細菌種の菌株間」の遺伝子型の相違に着目するのではなく、「細菌種間」の遺伝子型の相違に着目する点で本発明の方法とは明確に異なる。
【0048】
上記実施例1の対象物と対象者(3名)について、公知の先行技術である上記の比較実験(細菌叢組成により対象物の使用者を判定する方法を用いた実験)を行ったところ、3つの対象物のうち、1つの対象物の使用者を誤って判定した。すなわち、比較実験の正答率は66.7%(エラー率33.3%)であった。このことから、前述の本発明の判定方法が優れた精度であることが示された。
【実施例8】
【0049】
8.細菌叢組成(細菌叢に含まれる細菌の種類の構成比率)についての主座標分析(Principal Coordinate Analysis: PCoA)と、アクネ菌遺伝子型組成についての主座標分析
10名(S1〜S10)の対象者(被験者)のそれぞれについて、6カ所(左手の指先5本、右手の指先5本、キーボードの左側、キーボードの右側、PCパッド、スマートフォン画面)のサンプリング(サンプル採取)を行った。アクネ菌遺伝子型組成については、上記実施例1〜7に記載の方法で、測定及び分析を行った。ただし、分析については、公知の主座標分析を用いた。その結果を図5の右パネルに示す。
【0050】
また、比較実験として、非特許文献1(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 107, 6477-6481 (2010))の方法にしたがって、前述の10名の対象者について、前述の6カ所のサンプリングを行い、細菌叢組成について、測定及び分析を行った。ただし、分析については、公知の主座標分析を用いた。その結果を図5の左パネルに示す。同じマーク(例えば「○」)のサンプルは、同じ対象者のサンプルであることを表す。
【0051】
主座標分析では、相関の高いサンプル同士が近い配置になるようにプロットがなされる。細菌叢組成の方の分析結果では、同種のマーク(例えば「○」)の6個のプロットの位置が比較的大きくばらついていた、すなわち、ある特定の対象者の6カ所のサンプルの各プロット位置は比較的大きくばらついていた(図5の左パネル)。それに対し、アクネ菌遺伝子型組成の方の分析では、同種のマーク(例えば「○」)の6個のプロットの位置が細菌叢組成分析の場合よりも互いに近くにまとまっており、すなわち、ある特定の対象者の6カ所のサンプルの各プロット位置は比較的近かった(図5の右パネル)。図5の結果から、細菌叢組成分析よりも、アクネ菌遺伝子型組成分析の方が、個人個人を識別する感度が高く、ある物の使用者を特定するために非常に優れていることが示された。
【実施例9】
【0052】
9.細菌叢組成及びアクネ菌遺伝子型組成の系統樹
上記実施例8の各測定結果について、ソフトウェア「R」を用いて、ユークリッド距離を算出し、系統樹を作成した。その結果を図6に示す。図6の左側には、細菌叢組成を測定及び分析し、そして作成した系統樹を示し、図6の右側にはアクネ菌遺伝子型組成を測定及び分析し、そして作成した系統樹を示す。
【0053】
これらの系統樹では、類似したサンプル同士が近い配置になるようにプロットした。系統樹においてあるサンプル同士をつなぐ枝の長さは、そのサンプル間のユークリッド距離を表す。系統樹において、同じマークのサンプルは、同じ対象者のサンプルであることを表す。図6から分かるように、細菌叢組成の系統樹では、同種のマーク(例えば「○」)の6個のプロットの位置が比較的大きくばらついていた、すなわち、ある特定の対象者の6カ所のサンプルの各プロット位置は比較的大きくばらついていた(図6の左パネル)。それに対し、アクネ菌遺伝子型組成の系統樹では、同種のマーク(例えば「○」)の6個のプロットの位置が細菌叢組成分析の場合よりも互いに近くにまとまっており、すなわち、ある特定の対象者の6カ所のサンプルの各プロット位置は比較的近かった(図6の右パネル)。図6の結果から、細菌叢組成分析よりも、アクネ菌遺伝子型組成分析の方が、個人個人を識別する感度が高く、ある物の使用者を特定するために非常に優れていることが示された。
【実施例10】
【0054】
10.細菌叢組成及びアクネ菌遺伝子型組成における類似度
上記実施例8及び9における10名の対象者のうち、3名(S1、S3、S5)の対象者の両手(S1 RH(S1の右手)、S1 LH(S1の左手)、S3 RH(S3の右手)、S3 LH(S3の左手)、S5 RH(S5の右手)、S5 LH(S5の左手))の組成をピックアップし、6種の手の組成について、総当たりで相関値を算出した。その結果を図7に示す。なお、相関係数には、ピアソンの相関係数を用いた。左上から右下を結ぶ点線の右上の部分がアクネ菌遺伝子型組成の相関係数を表し、点線の左下の部分が細菌叢組成の相関係数を表している。
【0055】
図7の結果から分かるように、細菌叢組成の相関値では、S1 RHとS1 LHの相関係数は高く、また、S5 RHとS5 LHの相関係数もある程度高かったが、S3 RHとS3 LHの相関係数は比較的低く、S3 RHとS1 LHとの相関係数の方が高かった。それに対し、アクネ菌遺伝子型組成の相関係数では、同一対象者間のサンプル(S1 RHとS1 LH、S3 RHとS3 LH、S5 RHとS5 LH)の相関係数が非常に高い(r>0.99)一方、異なる対象者間のサンプルの相関係数が低いことが示された。図7の結果から、図7の結果から、細菌叢組成分析よりも、アクネ菌遺伝子型組成分析の方が、個人個人を識別する感度が高く、ある物の使用者を特定するために非常に優れていることが示された。
【実施例11】
【0056】
11.ランダムフォレストを用いた、対象物の使用者の判定試験
上記実施例1〜7と同様の方法により、10名(S1〜S10)の対象者について、対象物(キーボードの左側、キーボードの右側、PCパッド、スマートフォン画面)の使用者を判定する試験を行った。
【0057】
アクネ菌遺伝子型組成を用いた解析方法では、存在量の多い方のアクネ菌株から何種類のアクネ菌株を解析に用いるかで正答率が異なるかを調べるために、その種類を10種類、30種類、50種類、100種類、300種類、500種類、1000種類に変更して解析を行った。これらの結果を図8の左上のパネルに示す。
【0058】
また、細菌叢組成を用いた解析方法でも、存在量の多い方の細菌から何種類の細菌を解析に用いるかで正答率が異なるかを調べるために、その種類を50種類、100種類、130種類、150種類、300種類、500種類、700種類に変更して解析を行った。これらの結果を図8の左下のパネルに示す。
【0059】
図8の左上パネル及び左下パネルの結果から分かるように、細菌叢組成を用いた判定では、正答率が最も高い場合でも53.15%であったのに対し(図8左下パネル)、アクネ菌遺伝子型組成を用いた判定では、正答率が最も高い場合で79.49%、最も低い場合でも60%を超えている。このことから、アクネ菌遺伝子型組成を用いた判定は、従来の細菌叢組成を用いた判定と比較して、高精度であることが示された。
【0060】
なお、図8の左上パネルの結果から分かるように、アクネ菌遺伝子型組成を用いた判定では、多種のアクネ菌株のうち、存在量の多い方から30種のアクネ菌株を解析に用いた場合の正答率が最も高く、次いで、50種のアクネ菌株を用いた場合の正答率が高かった。このことから、細菌の菌株遺伝子型組成を用いる本発明の判定方法において、解析に用いる細菌の菌株の種類は、好ましくは20〜60種、より好ましくは30〜50種であることが分かった。
【0061】
また、本発明者らは、アクネ菌遺伝子型組成を用いた判定で正答率が最も高かった方法(多種のアクネ菌株のうち、存在量の多い方から30種のアクネ菌株を解析に用いた方法)と、細菌叢組成(130種類、150種類又は700種類の細菌の組成)を用いた判定方法を組み合わせた方法(Mix)を試みた。これらの方法は、判定に際して、アクネ菌株遺伝子型組成と、細菌叢組成の両方を解析する方法である。これら組み合わせた方法の結果を図8右パネルに示す。図8右パネルの結果から分かるように、正答率はさらに向上した。中でも、アクネ菌株遺伝子型組成と、130種類の細菌叢組成を組み合わせた方法は、正答率が最も高く、95.7%であった。これらの結果から、細菌の菌株遺伝子型組成に加えて、細菌叢組成を用いると、より高精度の判定が可能になることが示された。
【実施例12】
【0062】
12.対象者におけるアクネ菌株遺伝子型組成や細菌叢組成の経時的変化
対象者におけるアクネ菌株遺伝子型組成や細菌叢組成に経時的変化があるか否か、すなわち、一定期間経過することにより、対象者のアクネ菌株遺伝子型組成や細菌叢組成が変化するか否かを調べるために、以下の実験を行った。
【0063】
3名(S1〜S3)の対象者のそれぞれについて、6カ所(左手の指先5本、右手の指先5本、キーボードの左側、キーボードの右側、PCパッド、スマートフォン画面)のサンプリング(サンプル採取)を行った。サンプリングは2回行い、2回目のサンプリングは1回目のサンプリングから5ヶ月間経過後に行った。得られたサンプルのアクネ菌遺伝子型組成は、上記実施例1〜7に記載の方法で、測定及び分析を行った。ただし、分析については、公知の主座標分析を用いた。また、比較実験である、細菌叢組成を用いた判定法(非特許文献1)のサンプリングについても、2回目のサンプリングは1回目のサンプリングから5ヶ月間経過後に行った。
【0064】
アクネ菌株遺伝子型組成について行った主座標分析(PCoA)のPC1(Weighted)の結果を図9の左上パネルに示し、細菌叢組成について行った主座標分析のPC1(Weighted)の結果を図9の右上パネルに示す。1回目のサンプリングのサンプルは黒丸で示し、2回目のサンプリングのサンプルは白丸で示す。また、1回目のサンプリングの結果と、2回目のサンプリングの結果の類似度は、Yue-Clayton theta similarity Indexで評価した。また、アクネ菌株遺伝子型組成の群(P. acnes)と、細菌叢組成の群(Microbiome)の2群間を、Mann-Whitney のU検定で比較した。その結果を図9の左下パネルに示す。図9の左下パネルの結果から分かるように、アクネ菌株遺伝子型組成を用いた判定法では、細菌叢組成を用いた判定法と比較して、1回目のサンプリングの結果と、2回目のサンプリングの結果の類似度が有意に(p<0.01)高かった。
【0065】
また、1回目のサンプリングのデータを教師データとし、2回目のサンプリングのデータをテストデータとして、ランダムフォレストを行った結果を図9右下パネルに示す。図9右下パネルから分かるように、細菌叢組成を用いた判定法では、正答率40%程度であったのに対し、アクネ菌株遺伝子型組成を用いた判定法では、正答率100%であった。
【0066】
図9の4つのパネルの結果から、アクネ菌株遺伝子型組成は、細菌叢組成と比較して、経時的変化が少なく、サンプリングの時期の影響が少ないことが示された。そのため、使用者が触れてから比較的長い期間が経過した対象物であっても比較的高い精度で使用者を特定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の方法によれば、皮膚常在菌叢の菌種組成(皮膚細菌叢に含まれる細菌の種類の構成比率)を解析する場合と比較して高精度で、対象物の使用者を判定することができ、犯罪捜査等の対象物の使用者判定が必要な分野における産業上の有用性は高い。また、ある対象者の皮膚から採取した細菌の菌株遺伝子型の構成比率をあらかじめ登録するなどしておき、被験者における該構成比率と比較することで、前記対象者の本人確認としても用いることが可能となることが考えられる。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図1-4】
図1-5】
図1-6】
図1-7】
図1-8】
図1-9】
図1-10】
図1-11】
図1-12】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]