特許第6872430号(P6872430)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6872430
(24)【登録日】2021年4月21日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/3244 20160101AFI20210510BHJP
   F16J 15/3232 20160101ALI20210510BHJP
【FI】
   F16J15/3244
   F16J15/3232 201
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-112678(P2017-112678)
(22)【出願日】2017年6月7日
(65)【公開番号】特開2018-204743(P2018-204743A)
(43)【公開日】2018年12月27日
【審査請求日】2020年4月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】井上 雅彦
【審査官】 的場 眞夢
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−227859(JP,A)
【文献】 実公昭46−009610(JP,Y1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/16−15/3296
15/46−15/53
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、
前記孔に嵌着される密封装置本体と、
前記軸に取り付けられるスリンガとを備え、
前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている前記軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、
前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、
前記弾性体部は、前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、
前記端面リップは、前記フランジ部に前記軸線方向において他方の側から接触するように前記軸線方向において一方の側に向かって延びており、
前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側には少なくとも1つの溝が形成されており、
前記端面リップの内周側の面には、複数の突起が周方向に並んで形成されており、
前記突起は、前記他方の側から前記一方の側に向かって延びており、前記端面リップにおいて前記端面リップが前記スリンガに接触する部分であるスリンガ接触部よりも内周側に形成されており、前記突起は前記突起の延び方向において少なくとも部分的に分断されていることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記突起は、前記突起の側縁から前記端面リップの内周側の面に向かって延びるスリットを有していることを特徴とする請求項1記載の密封装置。
【請求項3】
前記スリットは、前記端面リップのリップ腰部に対向していることを特徴とする請求項2記載の密封装置。
【請求項4】
前記突起は、外周突起と、内周突起とを有しており、
前記外周突起は、前記端面リップの途中から前記一方の側に向かって延びており、
前記内周突起は、前記他方の側から前記一方の側に向かって前記端面リップの途中まで延びており、
前記外周側突起の前記他方の側の端の部分と、前記内周突起の前記一方の側の端の部分とは、周方向に見て重なっているオーバーラップ部を形成していることを特徴とする請求項1記載の密封装置。
【請求項5】
前記オーバーラップ部は、前記端面リップのリップ腰部に対向していることを特徴とする請求項4記載の密封装置。
【請求項6】
前記突起は、前記密封装置における還流領域からポンプ領域に至るように、前記端面リップにおいて前記スリンガ接触部から間隔を空けて形成されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の密封装置。
【請求項7】
前記弾性体部は、前記軸線周りに環状のリップである中間リップを有しており、該中間リップは、前記端面リップよりも内周側において、前記一方の側及び内周側に向かって延びており、前記突起は、前記中間リップから前記一方の側に向かって延びていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸とこの軸が挿入される孔との間の密封を図るための密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両や汎用機械等において、例えば潤滑油等の密封対象物の漏洩の防止を図るために、軸とこの軸が挿入される孔との間を密封するために従来から密封装置が用いられている。このような密封装置においては、シールリップを軸に又は軸に取りつけられる環状部材に接触させることにより軸と密封装置との間の密封を図っている。密封のためのこのシールリップの軸との接触は軸に対する摺動抵抗(トルク抵抗)ともなっている。近年、車両等の低燃費化の要求から、密封装置には、軸に対する摺動抵抗の低減が求められており、密封性能を維持又は向上させつつ軸に対する摺動抵抗の低減を図ることができる構造が求められている。
【0003】
密封装置の密封性能の向上にはシールリップの数を増やすことが考えられるが、シールリップの数を増やすことにより摺動抵抗が上昇してしまう。これに対して、シールリップの増加によるものではなく、シールリップ又は軸に取り付けられる環状部材にネジ構造を設けて、このネジ構造が発揮するポンプ作用によって密封装置の密封性能の向上を図る構造が開示されている(例えば、特許文献1,2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5637172号公報
【特許文献2】国際公開第2015/190450号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようなポンプ作用を利用した従来の密封装置においては、密封性能の向上を図りつつ摺動抵抗の低減を図ることができる。しかしながら、このようなポンプ作用を利用した従来の密封装置である、軸に固定されたスリンガのフランジ面にシールリップが接触する所謂端面シールタイプの密封装置においては、軸の回転速度が高速になると密封対象物が外部に滲み出てきてしまう場合がある。
【0006】
このように、従来のポンプ作用を利用した密封装置においては、軸の回転速度が高速になった場合でも密封対象物が滲み出ることがない構造が求められていた。
【0007】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ポンプ作用を利用した場合であっても、軸の回転速度の値に拘らず密封対象物の滲み出を抑制することができる密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る密封装置は、軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、前記孔に嵌着される密封装置本体と、前記軸に取り付けられるスリンガとを備え、前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている前記軸線周りに環状の弾性体部とを有しており、前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、前記弾性体部は、前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、前記端面リップは、前記フランジ部に前記軸線方向において他方の側から接触するように前記軸線方向において一方の側に向かって延びており、前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側には少なくとも1つの溝が形成されており、前記端面リップの内周側の面には、複数の突起が周方向に並んで形成されており、前記突起は、前記他方の側から前記一方の側に向かって延びており、前記端面リップにおいて前記端面リップが前記スリンガに接触する部分であるスリンガ接触部よりも内周側に形成されており、前記突起は前記突起の延び方向において少なくとも部分的に分断されていることを特徴とする。
【0009】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記突起は、前記突起の側縁から前記端面リップの内周側の面に向かって延びるスリットを有している。
【0010】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記スリットは、前記端面リップのリップ腰部に対向している。
【0011】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記突起は、外周突起と、内周突起とを有しており、前記外周突起は、前記端面リップの途中から前記一方の側に向かって延びており、前記内周突起は、前記他方の側から前記一方の側に向かって前記端面リップの途中まで延びており、前記外周側突起の前記他方の側の端の部分と、前記内周突起の前記一方の側の端の部分とは、周方向に見て重なっているオーバーラップ部を形成している。
【0012】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記オーバーラップ部は、前記端面リップのリップ腰部に対向している。
【0013】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記突起は、前記密封装置における還流領域からポンプ領域に至るように、前記端面リップにおいて前記スリンガ接触部から間隔を空けて形成されている。
【0014】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記弾性体部は、前記軸線周りに環状のリップである中間リップを有しており、該中間リップは、前記端面リップよりも内周側において、前記一方の側及び内周側に向かって延びており、前記突起は、前記中間リップから前記一方の側に向かって延びている。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る密封装置によれば、ポンプ作用を利用した場合であっても、軸の回転速度の値に拘らず密封対象物の滲み出を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る密封装置の概略構成を示すための軸線xに沿う断面における断面図である。
図2】本発明の第1の実施の形態に係る密封装置の軸線に沿う断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。
図3図1に示す密封装置における密封装置本体を内側から見た斜視図である。
図4図3の線A−Aに沿う断面を示す密封装置本体の部分斜視図である。
図5図1に示す密封装置におけるスリンガを外側から見た図である。
図6】取付対象としてのハウジング及び軸孔に挿入された軸に取り付けられた使用状態における図1に示す密封装置の部分拡大断面図である。
図7】端面リップの突起の作用による密封対象物の流れの様子を示すための図である。
図8】本発明の第2の実施の形態に係る密封装置が備える密封装置本体を内側から見た斜視図である。
図9図8に示す密封装置本体の部分拡大図である。
図10図8に示す突起41を周方向に向かって見た拡大図である。
図11】密封装置におけるスリンガの溝の変形例を示すための図であり、図11(a)は溝の一変形例を示し、図11(b)は溝の他の変形例を示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0018】
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の概略構成を示すための軸線xに沿う断面における断面図であり、図2は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の軸線xに沿う断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。本実施の形態に係る密封装置1は、軸とこの軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であり、車両や汎用機械において、軸とハウジング等に形成されたこの軸が挿入される孔(軸孔)との間を密封するために用いられる。例えば、エンジンのクランクシャフトとフロントカバーやシリンダブロック及びクランクケースに形成されている軸孔であるクランク孔との間の環状の空間を密封するために用いられる。なお、本発明の実施の形態に係る密封装置1が適用される対象は、上記に限られない。
【0019】
以下、説明の便宜上、軸線x方向において矢印a(図1参照)方向(軸線方向において一方の側)を内側とし、軸線x方向において矢印b(図1参照)方向(軸線方向において他方の側)を外側とする。より具体的には、内側とは、密封対象空間の側(密封対象物側)であり潤滑油等の密封対象物が存在する空間の側であり、外側とは内側とは反対の側である。また、軸線xに垂直な方向(以下、「径方向」ともいう。)において、軸線xから離れる方向(図1の矢印c方向)を外周側とし、軸線xに近づく方向(図1の矢印d方向)を内周側とする。
【0020】
図1に示すように、密封装置1は、後述する取付対象としての孔に嵌着される密封装置本体2と、後述する取付対象としての軸に取り付けられるスリンガ3とを備えている。密封装置本体2は、軸線x周りに環状の補強環10と、補強環10に取り付けられている弾性体から形成されている軸線x周りに環状の弾性体部20とを備えている。スリンガ3は、外周側(矢印c方向)に向かって延びる軸線x周りに環状の部分であるフランジ部31を有している。弾性体部20は、軸線x周りに環状のリップである端面リップ21を有している。端面リップ21は、フランジ部31に軸線x方向において他方の側(外側、矢印b方向側)から接触するように、軸線x方向において一方の側(内側、矢印a方向)に向かって延びている。
【0021】
スリンガ3のフランジ部31の他方の側(外側)には、少なくとも1つの溝33が形成されており、端面リップ21の内周側の面(内周面22)には、複数の突起23が周方向に並んで形成されている。突起23は、他方の側(外側)から一方の側(内側)に向かって延びており、端面リップ21において端面リップ21がスリンガ3に接触する部分であるスリンガ接触部24よりも内周側に形成されている。また、突起23は、突起23の延び方向において少なくとも部分的に分断されている。
【0022】
以下、密封装置1の密封装置本体2及びスリンガ3の各構成について具体的に説明する。
【0023】
密封装置本体2において補強環10は、図1,2に示すように、軸線xを中心又は略中心とする環状の金属製の部材であり、後述するハウジングの軸孔に密封装置本体2が圧入されて嵌合されて嵌着されるように形成されている。補強環10は、例えば、外周側に位置する筒状の部分である筒部11と、筒部11の外側の端部から内周側に延びる中空円盤状の部分である円盤部12と、円盤部12の内周側の端部から内側且つ内周側へ延びる円錐筒状の環状の部分である錐環部13と、錐環部13の内側又は内周側の端部から内周側へ径方向に延びて補強環10の内周側の端部に至る中空円盤状の部分である円盤部14とを有している。補強環10の筒部11は、より具体的には、外周側に位置する円筒状又は略円筒状の部分である外周側円筒部11aと、外周側円筒部11aよりも外側及び内周側において延びる円筒状又は略筒状の部分である内周側円筒部11bと、外周側円筒部11aと内周側円筒部11bとを接続する部分である接続部11cと有している。筒部11の外周側円筒部11aは、密封装置本体2が後述するハウジングの軸孔(図6参照)に嵌着された際に、密封装置本体2の軸線xと軸孔の軸線との一致が図られるように、軸孔に嵌め込まれる。補強環10には、略外周側及び外側から弾性体部20が取り付けられており、弾性体部20を補強している。
【0024】
弾性体部20は、図1,2に示すように、補強環10の円盤部14の内周側の端の部分に取り付けられている部分である基体部20aと、補強環10の筒部11に外周側から取り付けられている部分であるガスケット部20bと、基体部20aとガスケット部20bとの間において外側から補強環10に取り付けられている部分である後方カバー部20cとを有している。ガスケット部20bは、より具体的には、図2に示すように、補強環10の筒部11の内周側円筒部11bに取り付けられている。また、ガスケット部20bの外径は、後述する軸孔の内周面(図6参照)の径よりも大きくなっている。このため、密封装置本体2が後述する軸孔に嵌着された場合、ガスケット部20bは、補強環10の内周側円筒部11bと軸孔との間で径方向に圧縮され、軸孔と補強環10の内周側円筒部11bとの間を密封する。これにより、密封装置本体2と軸孔との間が密封される。ガスケット部20bは、軸線x方向全体に亘って外径が軸孔の内周面の径よりも大きくなっていなくてもよく、一部において外径が軸孔の内周面の径よりも大きくなっていてもよい。例えば、ガスケット部20bの外周側の面に、先端の径が軸孔の内周面の径よりも大きい環状の凸部が形成されていてもよい。
【0025】
また、弾性体部20において、端面リップ21は、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部20aから内側(矢印a方向)に向かって延びており、密封装置1が取付対象において所望の位置に取り付けられた後述する密封装置1の使用状態において、先端部が所定の締め代(スリンガ接触部24)を持ってスリンガ3のフランジ部31に外側から接触するように形成されている。端面リップ21は、例えば、軸線x方向において内側(矢印a方向)に向かうに連れて拡径する円錐筒状の形状を有している。つまり、図1,2に示すように、端面リップ21は、軸線xに沿う断面(以下、単に断面ともいう。)において、基体部20aから内側及び外周側に、軸線xに対して斜めに延びている。端面リップ21の内周面22には、複数の突起23が設けられている。突起23の詳細については後述する。
【0026】
また、弾性体部20は、ダストリップ20dと中間リップ25とを有している。ダストリップ20dは、基体部20aから軸線xに向かって延びるリップであり、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部20aから延びており、後述する密封装置1の使用状態において、先端部が所定の締め代を持ってスリンガ3に外周側から接触するように形成されている。ダストリップ20dは、例えば、軸線x方向において外側(矢印b方向)に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有している。ダストリップ20dは、使用状態において、密封対象物側とは反対側である外側からダストや水分等の異物が密封装置1の内部に侵入することの防止を図っている。ダストリップ20dは、密封装置1の使用状態においてスリンガ3に接触しないように形成されていてもよい。
【0027】
中間リップ25は、軸線x周りに環状のリップであり、端面リップ21よりも内周側において、一方の側(内側)及び内周側に向かって延びている。中間リップ25は、具体的には、図2に示すように、基体部20aから軸線xに向かって延びるリップであり、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部20aから延びており、後述する密封装置1の使用状態において、スリンガ3と接触していない。中間リップ25は、例えば、軸線x方向において内側(矢印a方向)に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有している。中間リップ25は、他の形状であってもよく、密封装置1の使用状態においてスリンガ3に接触するように形成されていてもよい。
【0028】
次いで、端面リップ21の形状についてより詳細に説明する。図3は、密封装置本体2を内側から見た斜視図であり、図4は、図3の線A−Aに沿う断面を示す密封装置本体2の部分斜視図である。図3,4に示すように、端面リップ21の内周面22には、複数の突起23が、同一の又は略同一の円周上に、周方向に等角度間隔又は略等角度間隔で配列されており、等ピッチ間隔又は略等ピッチ間隔で配列されている。各突起23は、内側の端(内側端23a)が外側の端(外側端23b)よりも、周方向において後述する軸(スリンガ3)の回転方向側に位置しており、各突起23は、端面リップ21の根元21b側から端面リップ21の先端21a側に向かってスリンガ3の回転方向に傾斜して配置されている。また、各突起23は、スリンガ接触部24から間隔を空けて形成されており、スリンガ接触部24よりも内周側(外側)に、つまりスリンガ接触部24よりも端面リップ21の根元21bの側に形成されている。
【0029】
具体的には、図3,4に示すように、突起23の内側端23aは、スリンガ接触部24の外側(内周側)の縁部である外側縁24aから、内周面22に沿って軸線xに沿った方向に、所定の間隔Gを空けた位置に位置している。この間隔Gは、後述する密封装置1の使用状態において、スリンガ3の溝33に基づくポンプ作用が発生する領域よりも内周側の領域に、少なくとも部分的に突起23が存在するような間隔である。また、突起23は、端面リップ21の内周面22に沿って中間リップ25まで延びており、突起23の外側端23bは、中間リップ25の外周側の面である外周面25aに接続している。
【0030】
上述のように、突起23は、端面リップ21の内周面22において、スリンガ接触部24の外側縁24aから間隔Gの位置から中間リップ25の外周面25aまでリブ状に形成されており、周方向に面する面である側面23c,23dが端面リップ21の内周面22から立ち上がっている。また、側面23c及び側面23dは、内側において互いに接続して側縁23eを形成している。
【0031】
図2,4に拡大して示すように、突起23は、突起23の側縁23eから端面リップ21の内周面22に向かって延びるスリット26を有しており、スリット26は、突起23をその延び方向において分断している。スリット23は、端面リップ21の内周面22まで至っていてもよく、また、突起23の途中で終わっていてもよい。
【0032】
密封装置1の使用状態において、端面リップ21はスリンガ3に接触しており、端面リップ21は、外側に向かって反るように変形しており、これにより所望の締め代でスリンガに接触している。また、密封装置1の使用状態においてスリンガ3が密封装置1に対して軸線x方向に相対移動した場合、端面リップ21はスリンガ3に追従して外側又は内側に向かって変形し、これにより締め代の維持が図られている。スリット23は、このような使用時の端面リップ21の変形を突起23が阻害しないようにする位置に設けられている。スリット26は、使用時に端面リップ21が変形する部位に対向する位置に設けられているのが好ましい。例えば、スリット26は、図2に示すように、端面リップ21の腰である腰部21cに対向して設けられている。具体的には、腰部21cに対向する位置とは、腰部21cの突起23への投影部分上の位置、または、この投影部分の一部又は全部を含む位置である。
【0033】
スリット23の形状は、図2に示すように、突起23の側面23c,23d側から見て楔形の形状であってもよく、矩形等他の形状であってもよい。スリット23は、突起23の成形後にメスカット等によって形成されてもよく、また、突起23の成形時に形成されるようにしてもよい。
【0034】
突起23は、上述のようにスリット26を有しており、突起23の延び方向で分断されている。このため、突起23は、端面リップ21が変形した際に、端面リップ21に過大な張力を発生させることがなく、突起23が端面リップ21の変形の自由を阻害することが抑制又は防止されている。これにより、密封装置1の使用状態において、突起23の作用による端面リップ21とスリンガ3との間の締め代の減少が抑制又は防止されている。
【0035】
また、各突起23は、後述するように、密封装置1の使用状態において、スリンガ3と接触しないような形状に形成されている。つまり、使用状態において、突起23がスリンガ3のフランジ部31の外側の面に接触しないように、突起23の内周面22からの高さ、及び間隔Gが設定されている。本実施の形態においては、突起23は、図2,4に示すように、内側端23aから外側端23bに向かって内周面22からの高さが高くなっている。また、突起23は、外側端23bにおいて中間リップ25の外周面25aの軸線x方向における幅全体に亘って延びており、突起23の外側端23bは、中間リップ25の根元から先端25bまで延びている。
【0036】
突起23の内周面22からの高さは上述の具体的な形状に限られない。突起23は、内側端23aから外側端23bに亘って内周面22から一定の高さであってもよく、内側端23aから外側端23bに向かって内周面22からの高さが低くなっているものであってもよい。また、突起23は、内側端23aから外側端23bに亘る内周面22からの高さが、上述の高くなる、低くなる、及び一定であるの種々の組み合わせであってもよい。また、突起23の延び方向に直交する断面における形状は、種々の形状であってよく、例えば三角形や四角形、逆U字状等の形状であってもよい。密封装置1の使用状態において突起23は、スリンガ3と接触しないような形状に形成されているため、突起23によりスリンガ3に対する摺動抵抗が増加することはない。
【0037】
上述のように、弾性体部20は、端面リップ21、中間リップ25、基体部20a、ガスケット部20b、後方カバー部20c、及びダストリップ20dを有しており、各部分は一体となっており、弾性体部20は同一の材料から一体に形成されている。
【0038】
上述の補強環10は、金属材から形成されており、この金属材としては、例えば、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)がある。また、弾性体部20の弾性体としては、例えば、各種ゴム材がある。各種ゴム材としては、例えば、ニトリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H−NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等の合成ゴムである。
【0039】
補強環10は、例えばプレス加工や鍛造によって製造され、弾性体部20は成形型を用いて架橋(加硫)成形によって成形される。この架橋成形の際に、補強環10は成形型の中に配置されており、弾性体部20が架橋接着により補強環10に接着され、弾性体部20と補強環10とが一体的に成形される。
【0040】
スリンガ3は、後述する密封装置1の使用状態において軸に取り付けられる環状の部材であり、軸線xを中心又は略中心とする円環状の部材である。スリンガ3は、断面が略L字状の形状を有しており、フランジ部31と、フランジ部31の内周側の端部に接続する軸線x方向に延びる筒状又は略筒状の筒部34とを有している。
【0041】
フランジ部31は、具体的には、筒部34から径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の内周側円盤部31aと、内周側円盤部31aよりも外周側において広がっている径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の外周側円盤部31bと、内周側円盤部31aの外周側の端部と外周側円盤部31bの内周側の端部とを接続する接続部31cとを有している。外周側円盤部31bは、内周側円盤部31aよりも軸線x方向において外側に位置している。なお、フランジ部31の形状は、上述の形状に限られるものではなく、適用対象に応じて種々の形状とすることができる。例えば、フランジ部31は、内周側円盤部31a及び接続部31cを有しておらず、外周側円盤部31bが筒部34まで延びており筒部34に接続しており、筒部34から径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の部分であってもよい。
【0042】
スリンガ3が端面リップ21に接触する部分であるリップ接触部32は、フランジ部31において、外周側円盤部31bの外側に面する面である外側面31dに位置されている。外側面31dは径方向に広がる平面に沿う面であることが好ましい。また、図5に示すように、フランジ部31の外側面31dには、内側に凹む凹部によって溝33が形成されている。溝33は、例えばネジ溝である。この溝33により、スリンガ3が回転した際に、ポンプ作用を発生させることができる。フランジ部31の外側面31dにおいて、溝33は、リップ接触部32よりも内周側からリップ接触部32よりも外周側の領域に亘って形成されている。溝33は、外周側円盤部31bの外側面31dにおいて内周側の端部から外周側の端部まで延びて形成されていてもよく、リップ接触部32を含む外側面31dの径方向の一部の幅の領域(周面)に形成されていてもよい。また、溝33は、外周側円盤部31bの外側面31dにおいて、リップ接触部32よりも内周側に位置していてもよい。フランジ部31の外側面31dには、例えば複数の溝33が形成されており、フランジ部31の外側面31dには、図5に示すように、例えば4つのネジ状の溝33が形成されており、これら4つのネジ状の溝33は4条ネジを形成している。溝33の個数や溝33が延びて描く形状は4条ネジではなく他のものであってもよい。溝33は、例えば、円錐面に形成された螺旋状のネジ溝をこの円錐面の軸線に直交する平面に投影した際にこの平面に描かれる線に沿った形状となっている。
【0043】
また、スリンガ3において、筒部34は、図2に示すように、少なくとも一部に、円筒状又は略円筒状の部分である円筒部35を有しており、この円筒部35は軸に嵌着可能に形成されている。つまり、円筒部35が軸に締り嵌め可能となるように、円筒部35の内径が軸の外周面の径よりも小さくなっている。スリンガ3は、円筒部35が軸に締り嵌めされることにより固定されるものに限らず、筒部34において軸に接着されて固定されるものであってもよく、他の公知の固定方法によって軸に固定されるものであってもよい。
【0044】
スリンガ3は、金属材料を基材として作られており、例えば、SPCC(冷間圧延鋼)を基材とし、SPCCにリン酸塩皮膜処理が施されて防錆処理がなされて作られている。リン酸塩皮膜処理としては、例えばリン酸亜鉛皮膜処理がある。防錆性能の高いスリンガ3により、端面リップ21に対する摺動部であるリップ接触部32に錆が発生することを抑制することができ、端面リップ21の密封機能や密封性能を長く維持することができる。また、錆が発生することにより、溝33の形状が変化することを抑制することができ、溝33の発揮するポンプ効果の低減を抑制することができる。スリンガ3の基材としては、ステンレス等の耐錆性、防錆性に優れている他の金属が用いられてもよい。また、スリンガ3の基材の防錆処理は、金属メッキ等の他の処理であってもよい。
【0045】
次いで、上述の構成を有する密封装置1の作用について説明する。図6は、密封装置1が取付対象としてのハウジング50及びこのハウジング50に形成された貫通孔である軸孔51に挿入された軸52に取り付けられた使用状態における密封装置1の部分拡大断面図である。ハウジング50は、例えばエンジンのフロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースであり、軸孔51は、フロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースに形成されたクランク孔である。また、軸52は、例えば、クランクシャフトである。
【0046】
図6に示すように、密封装置1の使用状態において、密封装置本体2は軸孔51に圧入されて軸孔51に嵌着されており、スリンガ3は軸52に締り嵌めされて軸52に取り付けられている。より具体的には、補強環10の外周側円筒部11aが軸孔51の内周面51aに接触して、密封装置本体2の軸孔51に対する軸心合わせが図られ、また、弾性体部20のガスケット部26が軸孔51の内周面51aと補強環10の内周側円筒部11bとの間で径方向に圧縮されてガスケット部26が軸孔51の内周面51aに密着して、密封装置本体2と軸孔51との間の密封が図られている。また、スリンガ3の円筒部35が軸52に圧入され、円筒部35の内周面35aが軸52の外周面52aに密着し、軸52にスリンガ3が固定されている。
【0047】
密封装置1の使用状態において、弾性体部20の端面リップ21が、内周面22の先端21a側の部分であるスリンガ接触部24において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bの外側面31dの部分であるリップ接触部32に接触するように、密封装置本体2とスリンガ3との間の軸線x方向における相対位置が決められている。また、ダストリップ28は先端側の部分においてスリンガ3の筒部34に外周側から接触している。ダストリップ28は、例えば、スリンガ3の円筒部35の外周面35bに接触している。
【0048】
端面リップ21は、スリンガ3のフランジ部31に押し付けられ、外側に向かって反るように変形し、スリンガ接触部24においてリップ接触部32に接触し、所望の締め代が形成されている。上述のように、突起23は、スリット26を有しており、突起23の延び方向において分断されている。このため、端面リップ21が変形した際に、突起23が端面リップ21に過度な張力を発生させることはなく、突起23は、端面リップ21の変形を阻害せず、所望の締め代が形成されることを阻害することはない。また、端面リップ21とスリンガ3のフランジ部31との間の軸線x方向の相対移動により、端面リップ21が変形する際にも、突起23が端面リップ21に過度な張力を発生させることはなく、端面リップ21の変形を阻害せず、締め代の低下、または、スリンガ接触部24のフランジ部31からの離間が起こることはない。また、突起23により、端面リップ21のスリンガ3に対する接触圧力が増加することはなく、端面リップ21とスリンガ3との間に発生する摺動抵抗が増加することはない。
【0049】
このように、スリット26により、突起23が端面リップ21の変形を阻害することはなく、端面リップ21とフランジ部31との間の締め代を所望幅に維持することができる。また、使用状態において、突起23は、スリット26により、端面リップ21に過度の張力を発生させることがなく、突起23によって端面リップ21とスリンガ3との間に発生する摺動抵抗が増加することをなくすことができる。
【0050】
また、密封装置1の使用状態において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bに形成された4条ネジを形成する溝33は、軸(スリンガ3)が回転した場合にポンプ作用をもたらす。軸(スリンガ3)の回転により、フランジ部31と端面リップ21との間の空間である挟空間Sにおいて、スリンガ接触部24及びリップ接触部32近傍の領域にポンプ作用が生じる。このポンプ作用により、密封対象物側から密封対象物が挟空間Sに滲み出た場合であっても、滲み出た密封対象物が挟空間Sからスリンガ接触部24及びリップ接触部32を越えて密封対象物側に戻される。このように、スリンガ3のフランジ部31に形成された溝33が生ずるポンプ作用により、挟空間Sへの密封対象物の滲み出が抑制されている。
【0051】
挟空間Sにおいて、溝33によるポンプ作用が生ずる領域(以下、ポンプ領域ともいう。)を越えて更に外部側に滲み出た密封対象物は、軸の回転により、ポンプ領域に内周側で隣接する領域において、スリンガ3の回転方向に軸線x周りに回転し、その領域(以下、還流領域ともいう。)に留められる。
【0052】
端面リップ21には、内周面22に突起23が形成されており、突起23は、スリンガ接触部24の外側縁24aから間隔Gの位置より延びており、少なくとも部分的に還流領域の中に延びている。このため、還流領域に回転しながら留まる密封対象物は突起23にぶつかり、又は還流領域に回転しながら留まる密封対象物は突起23に沿って突起23の外側端23b側から内側端23aに導かれ、還流領域に留まっていた密封対象物はポンプ領域に導かれる。突起23によってポンプ領域に導かれた密封対象物はポンプ作用を受けて密封対象物側に戻される。
【0053】
図7は、端面リップ21の突起23の作用を説明するための、端面リップ21の突起23の作用による密封対象物の流れの様子を示すための図である。図7において、破線で示すように、ポンプ領域を超えて還流領域側に滲み出た密封対象物は、突起23の外周側に面する側面である側面23cにぶつかり、ポンプ領域側に跳ね返されるか、突起23の側面23cに沿って内側端23aまで導かれ、内側端23aからポンプ領域に戻される。このため、突起23は、端面リップ21の内周面22において、内側端23a側の一部がポンプ領域に進入するように形成されていることが好ましい。後述するように、ポンプ領域は軸の回転速度によって径方向の幅が変化すると考えられる。このため、突起23の内側端23a側の一部は、軸の回転速度に拘らずにポンプ領域に進入しているように形成されていることが好ましい。また、突起23全体が還流領域に存在するように形成されている場合は、上述のようにポンプ領域を超えて還流領域側に滲み出た密封対象物を再度ポンプ領域に戻すことができる範囲において、スリンガ接触部24の外側縁24aからの間隔Gが設定されている。
【0054】
また、突起23の側面23cに当たっても、跳ね返されず、また、側面23cに沿って内側端23aまで導かれずに、側面23cを越えて端面リップ21の根元21b側に更に進む密封対象物もある。このため、突起23は、軸52(スリンガ3)の回転方向側において隣接する突起23と、軸線x方向において内周側(外側)から外周側(内側)に見て部分的に重なるように配列されていることが好ましい。図7の左側の破線で示すように、密封対象物が内側端23a側の突起23の側面23cを越えて端面リップ21の根元21b側に流れても、この突起23を越えた密封対象物は、スリンガ3の回転方向側において隣接する突起23の側面23cに当たり、密封対象物を側面23cに沿って内側端23aまで導き、内側端23aからポンプ領域に戻すことができるからである。また、スリンガ3の回転方向とは反対側で隣接する突起23と軸線x方向において外周側(内側)から内周側(外側)に見て重なっていない突起23の部分に、スリンガ3の回転方向側で隣接する突起23が軸線x方向において内周側(外側)から外周側(内側)に見て部分的に重なるように、突起23が配列されていることが好ましい。
【0055】
また、上述の隣接する突起23を越えた密封対象物をポンプ領域に戻す機能を向上させるために、互いに隣接する突起23が軸線x方向において内周側から外周側に見て重なる部分を大きくするために、突起23の延び方向(角度)や、互いに隣接する突起23の間隔(ピッチ)を調整することが好ましい。また、上述の突起23の機能を端面リップ21が周方向において均等に有するように、突起23は、互いに等しい間隔で隣接していることが好ましい。
【0056】
このように、密封装置1においては、ポンプ作用が働くポンプ領域を超えて更に還流領域にまで密封対象物が滲み出たとしても、この滲み出た密封対象物を突起23によりポンプ領域に戻すことができ、更にポンプ作用により密封対象物側に戻すことができる。このように、密封装置1によれば、端面リップ21に形成された突起23により、スリンガ3に形成された溝33の発揮するポンプ作用をより効果的に用いることができ、従来よりも密封対象物の滲み出を抑制することができる。また、突起23はスリンガ3に接触しておらず、密封装置1によれば、スリンガ3に対する摺動抵抗を増加させることなく、密封対象物の滲み出を抑制することができる。
【0057】
スリンガ3の溝33に基づくポンプ作用は、スリンガ3の回転が高速になるほど低減する。これは、スリンガ3の回転が高回転になるほど、ポンプ領域がスリンガ接触部24及びリップ接触部32側に向かって収縮するためであると考えられる。このため、密封対象物が密封対象物側から挟空間Sに滲み出た場合、スリンガ3の回転が高速になるほど、還流領域に進入する密封対象物が増すことになる。還流領域を還流する密封対象物の量が、還流領域に留めておくことができる密封対象物の量を超えると、密封対象物は更に内部に滲み出ることになり、更に密封装置1の外部に滲み出ることがある。
【0058】
本発明の実施の形態に係る密封装置1においては、上述のように、ポンプ領域を超えて還流領域にまで密封対象物が滲み出たとしても、この滲み出た密封対象物を突起23によりポンプ領域に戻すことができ、更にポンプ作用により密封対象物側に戻すことができる。このため、スリンガ3の回転が高回転になり、還流領域に留まる密封対象物が増したとしても、この還流領域に留まる密封対象物を突起23によりポンプ領域に戻すことができ、還流領域を還流する密封対象物の量が還流領域に留めておくことができる密封対象物の量を超えることを抑制することができる。また、スリンガ3の高回転によりポンプ作用が低減したとしても、突起23により密封対象物をポンプ領域に戻すので、スリンガ3の高回転時において、ポンプ作用により密封対象物側に戻すことができる密封対象物を多くすることができる。
【0059】
また、このようにポンプ作用を効果的にする突起23がスリット26を有することにより、端面リップ21の変形を阻害することはなく、端面リップ21とフランジ部31との間の締め代を所望の幅に維持することができる。また、使用状態において、突起23が端面リップ21に過度の張力を発生させることはなく、突起23により端面リップ21とスリンガ3との間に発生する摺動抵抗を増加させることはない。このように、ポンプ作用を効果的にする突起23が密封装置1のシール性能に影響を与えることを抑制又は防止することができ、また、摺動抵抗の増加をもたらすことを抑制又は防止することができる。
【0060】
このように、本発明の実施の形態に係る密封装置1によれば、スリンガ3の溝33によるポンプ作用を利用した場合であっても、軸の回転速度の値に拘らず密封対象物の滲み出を抑制することができる。
【0061】
次いで、本発明の第2の実施の形態に係る密封装置5について説明する。密封装置5は、上述の本発明の第1の実施の形態に係る密封装置1に対して、弾性体部の突起の形態が異なる。以下、上述の密封装置1と同一の、または、類似する構成については、同一の符号を付してその説明を省略し、異なる部分について説明する。
【0062】
図8は、本発明の第2の実施の形態に係る密封装置5が備える密封装置本体6を内側から見た斜視図であり、図9は、図8に示す密封装置本体6の部分拡大図である。図8,9に示すように、密封装置本体6の弾性体部40は、上述の弾性体部20の突起23とは異なる突起41を有している。突起41は、外周突起42と、内周突起43とを有している。外周突起42は、端面リップ21の途中から内側(端面リップ21の先端21a側)に向かって延びており、内周突起43は、外側(端面リップ21の根元21b側)から内側に向かって端面リップ21の途中まで延びている。外周突起42の外側(端面リップ21の根元21b側)の端の部分(外周突起後端部44a)と、内周突起43の内側の端の部分(内周突起先端部44b)とは、周方向に見て重なっているオーバーラップ部44を形成している(図10参照)。
【0063】
具体的には、端面リップ21の内周面22には、複数の突起41が、同一の又は略同一の円周上に、周方向に等角度間隔又は略等角度間隔で配列されており、等ピッチ間隔又は略等ピッチ間隔で配列されている。各突起41において、外周突起42は、外側端42bから内側端42aまで延びており、内周突起43は、外側端43bから内側端43aまで延びている。また、内周突起43は、外側端43bにおいて中間リップ25に接続しており、中間リップ25から内側に向かって延びている。
【0064】
外周突起42は、スリンガ接触部24から間隔を空けて形成されており、スリンガ接触部24よりも内周側(外側)に、つまりスリンガ接触部24よりも端面リップ21の根元21bの側に形成されている。より具体的には、外周突起42の内側端42aは、スリンガ接触部24の外側縁24aから、内周面22に沿って軸線xに沿った方向に、所定の間隔Gを空けた位置に位置している。
【0065】
また、外周突起42は、上述の突起23と同様に、内側端42aが外側端42bよりも、周方向において軸(スリンガ3)の回転方向側に位置しており、外周突起42は、端面リップ21の根元21b側から端面リップ21の先端21a側に向かってスリンガ3の回転方向に傾斜して配置されている。また、内周突起43も同様に、内側端43aが外側端43bよりも、周方向において軸(スリンガ3)の回転方向側に位置しており、内周突起43は、端面リップ21の根元21b側から端面リップ21の先端21a側に向かってスリンガ3の回転方向に傾斜して配置されている。外周突起42と内周突起43とは互いに平行であってもよく、平行でなくてもよい。
【0066】
上述のように、外周突起42と内周突起43とはオーバーラップ部44を形成しており、外周突起42の外側端42bは、内周突起43の内側端43aよりも径方向において端面リップ21の根元21b側に位置している。また、図10に示すように、周方向に見て、外周突起42の外周突起後端部44aと、内周突起43の内周突起先端部44bとが、重なり合っており、オーバーラップ部44を形成している。外周突起42と内周突起43とは、オーバーラップ部44において、周方向に離れている。
【0067】
オーバーラップ部44は、上述のスリット23と同様に、使用時の端面リップ21の変形を突起41が阻害しないようにする位置に設けられており、使用時に端面リップ21が変形する部位に対向する位置に設けられているのが好ましい。例えば、図9,10に示すように、オーバーラップ部44は、端面リップ21の腰である腰部21cに対向して設けられている。
【0068】
突起41は、互いに分断されている外周突起42と内周突起43とを有しており、突起41の延び方向で分断されている。このため、突起41は、端面リップ21が変形した際に、端面リップ21に過大な張力を発生させることがなく、突起41が端面リップ21の変形の自由を阻害することが抑制又は防止されている。これにより、密封装置5の使用状態において、突起41の作用による端面リップ21とスリンガ3との間の締め代の減少が抑制又は防止されている。また、摺動抵抗の増加が抑制又は防止されている。
【0069】
また、突起41は、突起23と同様に、密封装置5の使用状態において、スリンガ3と接触しないような形状に形成されている。つまり、使用状態において、外周突起42は、スリンガ3のフランジ部31の外側の面に接触しないように、外周突起42の内周面22からの高さ、及び間隔Gが設定されている。例えば、外周突起42は、図8〜10に示すように、内側端42aから外側端42bに向かって内周面22からの高さが高くなっている。同様に、使用状態において、内周突起43は、スリンガ3のフランジ部31の外側の面に接触しないように、内周突起43の内周面22からの高さが設定されている。例えば、内周突起43は、図8〜10に示すように、内側端43aから外側端43bに向かって内周面22からの高さが高くなっている。また、内周突起43は、外側端43bにおいて中間リップ25の外周面25aの軸線x方向における幅全体に亘って延びていてもよく、この幅全体に亘って延びていなくてもよい。
【0070】
内周突起43は、外周突起42の外周突起後端部44aの全体と重なってオーバーラップ部44を形成していてもよく、外周突起後端部44aの一部と重なってオーバーラップ部44を形成していてもよい。同様に、外周突起42は、内周突起43の内周突起先端部44bの全体と重なってオーバーラップ部44を形成していてもよく、内周突起先端部44bの一部と重なってオーバーラップ部44を形成していてもよい。また、外周突起後端部44aの一部と内周突起先端部44bの一部とが重なってオーバーラップ部44を形成していてもよい。
【0071】
突起41は、突起23と同様に作用し、ポンプ領域を超えて還流領域にまで密封対象物が滲み出たとしても、この滲み出た密封対象物をポンプ領域に戻すことができる。また、ポンプ作用を効果的にする突起41が、端面リップ21の変形を阻害して、密封装置5のシール性能に影響を与えることを抑制又は防止することができ、また、摺動抵抗の増加をもたらすことを抑制又は防止することができる。
【0072】
また、外周突起42と内周突起43とは、オーバーラップ部44において周方向に重なっている。このため、周方向に見て突起41は連続しており、突起41はその延び方向全体において途切れることなく、ポンプ領域を超えて還流領域にまで滲み出た密封対象物をポンプ領域に戻すことができる。
【0073】
このように、本発明の実施の形態に係る密封装置2によれば、スリンガ3の溝33によるポンプ作用を利用した場合であっても、軸の回転速度の値に拘らず密封対象物の滲み出を抑制することができる。
【0074】
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に係る密封装置1,5に限定されるものではなく、本発明の概念及び特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題及び効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。また、例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
【0075】
スリンガ3の有する溝33は、上述のように、図5に示すネジ(4条ネジ)形状に限らず、他の形状であってもよい。例えば、図11(a)に示すように、内周側から外周側に向かって軸線xを中心又は略中心として放射状に延びる溝であってもよく、また、図11(b)に示すように、周方向に傾いて延びる溝であってもよい。
【0076】
密封装置1において、スリット26を有さない突起23があってもよく、例えば、突起23とスリット26を有さない突起23とが周方向に規則的に配置されていてもよい。また、密封装置1,5は、突起23と突起41とを有していてもよく、例えば、突起23と突起41とが周方向に規則的に配置されていてもよい。また、密封装置5は、突起41とスリット26を有さない突起23とを有していてもよく、例えば、突起41とスリット26を有さない突起23とが周方向に規則的に配置されていてもよい。また、弾性体部20は、ダストリップ20d及び中間リップ25を有しているとしたが、弾性体部20は、ダストリップ20d及び中間リップ25のいずれか一方又は両方を有していなくてもよい。
【0077】
また、本実施の形態に係る密封装置1,5は、エンジンのクランク孔に適用されるものとしたが、本発明に係る密封装置の適用対象はこれに限られるものではなく、他の車両や汎用機械、産業機械等、本発明の奏する効果を利用し得るすべての構成に対して、本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0078】
1,5…密封装置、2,6…密封装置本体、3…スリンガ、10…補強環、11…筒部、11a…外周側円筒部、11b…内周側円筒部、11c…接続部、12,14…円盤部、13…錐環部、20,40…弾性体部、20a…基体部、20b…ガスケット部、20c…後方カバー部、20d…ダストリップ、21…端面リップ、21a…先端、21b…根元、21c…腰部、22…内周面、23,41…突起、23a…内側端、23b…外側端、23c,23d…側面、23e…側縁、24…スリンガ接触部、24a…外側縁、25…中間リップ、25a…外周面、25b…先端、26…スリット、31…フランジ部、31a…内周側円盤部、31b…外周側円盤部、31c…接続部、31d…外側面、32…リップ接触部、33…溝、34…筒部、35…円筒部、35a…内周面、35b…外周面、42…外周突起、42a,43a…内側端、42b,43b…外側端、43…内周突起、43b…内周突起後端部、44…オーバーラップ部、44a…外周突起後端部、44b…内周突起先端部、50…ハウジング、51…軸孔、51a…内周面、52…軸、52a…外周面、G…間隔、S…挟空間、x…軸線。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11