(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基材の表面に形成される皮膜であって、皮膜中のバナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比V[at%]/N[at%]が1.08以上であり、皮膜中の塩素元素濃度が1at%以上、5at%以下である、窒化バナジウム膜。
基材の表面に、バナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比V[at%]/N[at%]が1.08以上であり、かつ、塩素元素濃度が1at%以上、5at%以下である窒化バナジウム膜が形成された、窒化バナジウム膜の被覆部材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
通常、硬質皮膜は硬ければ硬いほど耐摩耗性に富むが、従来の窒化バナジウム膜の硬さはHV2300程度であった。したがって、耐摩耗性の向上のために更に高硬度の窒化バナジウム膜を形成することが求められていた。
【0006】
本発明に係る窒化バナジウム膜および窒化バナジウム膜の被覆部材は、上記事情に鑑みてなされたものであり、窒化バナジウム膜の硬度を向上させることを目的とする。
【0007】
また、従来の窒化バナジウム膜の成膜方法はイオンプレーティングに代表される物理蒸着法が用いられていたため、蒸発粒子の付きまわり性の悪さから、金型のような複雑形状物に対する成膜処理の際にはワークテーブルに回転機構を設けるといった成膜装置への対策が必要であった。このため、従来の窒化バナジウム膜の成膜方法では、複雑形状物の成膜用に特別仕様の成膜装置を用意しなければならず、成膜装置の導入に伴うコストが嵩むといった課題があった。一方、付きまわり性の良い成膜方法としてはプラズマ化学蒸着法が知られている。しかしながら、プラズマ化学蒸着法を用いて窒化バナジウム膜を製造する方法は知られておらず、プラズマ化学蒸着法で窒化バナジウム膜の硬度を向上させることが可能であるか、そもそも硬質皮膜としての窒化バナジウム膜の製造にプラズマ化学蒸着法を用いることが可能であるかといったことは全く不明であった。
【0008】
本発明に係る窒化バナジウム膜の被覆部材の製造方法は、その課題および前述の窒化バナジウム膜の耐摩耗性に関する課題に鑑みてなされたものであり、窒化バナジウム膜の硬度を向上させると共に成膜装置の導入に伴うコストを抑えることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度[at%]と窒素元素濃度[at%]との比に着目し、その比が1.08以上であれば、窒化バナジウム膜の硬度が向上することを見出した。即ち、上記課題を解決する本発明は、基材の表面に形成される窒化バナジウム膜であって、皮膜中のバナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比V[at%]/N[at%]が1.08以上であり、かつ、皮膜中の塩素元素濃度が1at%以上、5at%以下であることを特徴としている。なお、“窒化バナジウム膜”とは、バナジウムと窒素を主成分とするバナジウムと窒素の化合物からなる皮膜のことを意味し、一例としてVN,V
2N,VN
0.81等の化学式で表されるような化合物の皮膜がある。
【0010】
別の観点による本発明は、窒化バナジウム膜の被覆部材であって、基材の表面に、バナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比V[at%]/N[at%]が1.08以上であり、かつ、塩素元素濃度が1at%以上、5at%以下である窒化バナジウム膜が形成されていることを特徴としている。
【0011】
また、別の観点による本発明は、窒化バナジウム膜の被覆部材の製造方法であって、基材の表面に前記窒化バナジウム膜を形成する際に窒素源ガス、バナジウム塩化物ガスおよび水素ガスを含む原料ガスを供給し、プラズマ化学蒸着法により前記基材の表面にバナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比V[at%]/N[at%]が1.08以上であり、かつ、塩素元素濃度が1at%以上、5at%以下である窒化バナジウム膜を形成することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来よりも硬度が向上した窒化バナジウム膜を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
本実施形態では、プラズマ化学蒸着法(いわゆるプラズマCVD法)を用いて、基材の表面にバナジウムと窒素を主成分とする化合物からなる窒化バナジウム膜を形成する。具体的には皮膜中のバナジウム元素濃度[at%]と窒素元素濃度[at%]との比が1.08以上となる窒化バナジウム膜を形成する。なお、基材として例えばSKD11のようなダイス鋼、その他の工具鋼等が用いられるが、これらの材料に限定されることはない。材料固有の強度と用途等に応じ、硬質皮膜処理が必要となる材料であれば基材として採用し得る。
【0016】
本実施形態では窒化バナジウム膜を成膜するための成膜装置として、
図1に示すようなプラズマ処理装置10が用いられる。プラズマ処理装置10は、基材2が搬入されるチャンバー11と、陽極12および陰極13と、パルス電源14とを備えている。チャンバー11の上部には原料ガスが供給されるガス供給管15が接続され、チャンバー11の下部にはチャンバー内のガスを排気するガス排気管16が接続されている。ガス排気管16の下流側には真空ポンプ(不図示)が設けられている。陰極13は基材2を支持する支持台としての役割も有しており、チャンバー内に搬入された基材2は陰極上に載置される。また、チャンバー11の内部にはヒーター(不図示)が設けられており、ヒーターによりチャンバー内の雰囲気温度が調節されることで基材2の温度が調節される。
【0017】
なお、プラズマ処理装置10の構成は本実施形態で説明したものに限定されない。例えばパルス電源14に代えて高周波電源を用いても良いし、原料ガスを供給するシャワーヘッドを設け、それを陽極12として用いても良い。また、ヒーターを設けずにグロー電流のみで基材2を加熱しても良い。即ち、プラズマ処理装置10は、チャンバー内に供給される原料ガスをプラズマ化することが可能であって、基材2に窒化バナジウム膜3を形成して窒化バナジウム膜の被覆部材1を製造できる構造となっていれば良い。
【0018】
次に、窒化バナジウム膜の被覆部材1の製造方法について説明する。
【0019】
<成膜処理準備>
まず、チャンバー11に基材2を搬入して所定位置に基材2をセットする。その後、チャンバー内の圧力を例えば10Pa以下となるように真空排気を行う。このときチャンバー内の温度は室温程度となっている。続いて、ヒーターを作動させて基材2のベーキング処理を行う。その後、一度ヒーターの電源を切り、所定の時間、プラズマ処理装置10を放置する。
【0020】
<加熱工程>
次に、チャンバー内に少量の水素ガスを供給し、再度ヒーターを作動させる。この加熱工程では基材2の温度をプラズマ処理温度近傍まで昇温させる。チャンバー内の圧力は例えば100Pa程度に維持される。なお、基材2の温度は膜中のバナジウム量に影響を与える一因になり得ることから、膜中のバナジウム量を調節する際の一つの手法として基材2の温度を調節することが挙げられる。
基材2の温度を高くすれば膜中のバナジウム量を増加させることができる。
【0021】
<プラズマ処理工程>
続いて、プラズマCVD法を用いた窒化バナジウム膜3の成膜処理を行う。本実施形態では窒化バナジウム膜3の成膜処理に先立って水素ガスのプラズマ化を行う。具体的には、加熱工程で供給されていた水素ガスを引き続き供給した状態でパルス電源14を作動させる。このようにして生成された水素ラジカルにより基材表面の酸化膜が還元され、成膜前に基材2表面がクリーニングされる。なお、パルス電源14はチャンバー内に供給されるガスがプラズマ化するように電圧や周波数,Duty比等が適宜設定されている。
【0022】
水素ガスをプラズマ化させた後、水素ガスを供給しているチャンバー内に更に窒素ガスおよびアルゴンガスを供給する。これにより、水素ガス、窒素ガスおよびアルゴンガスのプラズマが生成され、窒化バナジウム膜の成膜前にグロー放電の安定化を図ることができる。
【0023】
その後、チャンバー内に更にバナジウム源ガスとして、バナジウム塩化物ガスを供給する。これにより、チャンバー内には窒化バナジウム膜3を形成するための原料ガスとして窒素ガス、バナジウム塩化物ガス、水素ガス、アルゴンガスが供給された状態となる。窒素ガス、バナジウム塩化物ガス、水素ガス、アルゴンガスの分圧比は、例えば9〜10:0.9〜1.2:35〜50:0.5〜5に設定される。また、チャンバー内の圧力は例えば50Pa以上、200Pa以下に設定される。なお、窒化バナジウム膜3を成膜するための窒素源ガスは窒素ガスに限定されず、例えばアンモニアガスであっても良い。また、窒化バナジウム膜3を成膜するためのバナジウム源ガスは分解しやすいバナジウム塩化物ガスを用いる。例えば四塩化バナジウムガス(VCl
4)、三塩化酸化バナジウム(VOCl
3)ガスを用いる。特に、ガスを構成する元素の数が少なく、窒化バナジウム膜中の不純物を取り除くのが容易になるため四塩化バナジウムガス(VCl
4)を用いることが好ましい。また、四塩化バナジウムガス(VCl
4)は、入手が容易で、常温において液体であり、ガスとしての供給が容易な点でも好ましい。
【0024】
チャンバー内にバナジウム塩化物ガスを供給すると、電極間においてバナジウム塩化物ガスがプラズマ化する。電極間でプラズマ化しているバナジウムガスや窒素ガスは基材2に吸着していくため、これにより基材2の表面に窒化バナジウム膜3が形成される。なお、窒化バナジウム膜3の成膜処理時のチャンバー内の雰囲気温度は450℃以上、600℃以下であることが好ましい。成膜処理時の電圧は700V以上、1800V以下であることが好ましい。また、プラズマ生成時のグロー電流値は膜中の窒素量に影響を与えるため、グロー電流値を大きくすれば、膜中の窒素量を増加させることができる。
【0025】
窒化バナジウム膜3の硬度は成膜処理時の処理条件により異なるものとなるが、本実施形態では、皮膜中のバナジウム元素濃度に対する窒素元素濃度の比(V[at%]/N[at%])が1.08以上となるような窒化バナジウム膜3を形成する。なお、以降の説明では、皮膜中のバナジウム元素濃度と窒素元素濃度との比(V[at%]/N[at%])を“VN濃度比”と表記する場合もある。
【0026】
後記の実施例でも示されるように、VN濃度比が1.08以上となる窒化バナジウム膜3は、ナノインデンテーション法で得られたマルテンス硬さに基づいて換算されるビッカース硬さHVが2400以上となる硬度を有している。即ち、プラズマCVD法を用いてVN濃度比が1.08以上となるようにプラズマ処理条件を適宜設定して窒化バナジウム膜3を形成することで、従来のようなイオンプレーティング法では得ることができない硬度の窒化バナジウム膜3を得ることができる。これにより、従来よりも耐摩耗性が向上した窒化バナジウム膜の被覆部材1を得ることができる。なお、VN濃度比は、成膜処理時のチャンバー内圧力や雰囲気温度、水素ガス分圧、窒素ガス分圧、グロー電流値等のVN濃度比に影響を与えるパラメータのうちの少なくとも1つを成膜処理中に徐々に変化させることにより制御することが可能となる。
【0027】
VN濃度比は1.10以上であることが好ましく、1.30以上であることが更に好ましい。これにより、窒化バナジウム膜の硬度を更に向上させることができる。また、VN濃度比の上限は2.5であることが好ましい。より好ましくは2.0以下、更に好ましくは1.85以下である。窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度と窒素元素濃度の合計は90at%以上であることが好ましい。また、窒化バナジウム膜のバナジウム元素濃度と窒素元素濃度の合計の上限は99at%であることが好ましい。窒化バナジウム膜のバナジウムの元素濃度は49.5at%以上であることが好ましい。より好ましくは50at%以上であり、更に好ましくは53at%以上である。また、窒化バナジウム膜のバナジウムの元素濃度の上限は70at%であることが好ましい。窒化バナジウム膜の膜厚は成膜対象となる製品に応じて適宜設定されるが、好ましい膜厚は0.5μm以上、10μm以下である。膜厚の更に好ましい下限は2μmである。
【0028】
また、本実施形態に係る成膜方法によれば、窒化バナジウム膜の成膜時にバナジウム源ガスとしてバナジウム塩化物ガスを用いていることから、窒化バナジウム膜には必然的に塩素が含まれるが、窒化バナジウム膜の塩素元素濃度の下限は1at%であることが好ましい。皮膜中の塩素元素濃度の好ましい下限は1.5at%であり、更に好ましい下限は2at%である。一方、皮膜中の塩素が5at%を超えると、窒素バナジウム膜が潮解性を有し、大気雰囲気下で膜が崩壊する場合がある。したがって、本実施形態に係る窒化バナジウム膜の成膜時には、プラズマ処理条件を適宜設定して皮膜中の塩素濃度が1at%以上、5at%以下となるように窒化バナジウム膜を形成している。これに対し、従来のイオンプレーティングによる窒化バナジウム膜の成膜方法では、バナジウム源として金属バナジウムを使用するため、皮膜中には塩素が含まれない。
【0029】
なお、原料ガスに含まれる水素ガスは塩素と結合しやすいことから、本実施形態のように原料ガスとして水素ガスを含む場合には、バナジウム塩化物ガスから発生する塩素が水素と結合して系外に排出されやすくなり、窒化バナジウム膜3の膜中への塩素の混入を抑えることができる。その結果、皮膜中に多量の塩素が混入することによる膜硬さの低下を抑えることができる。水素ガスの流量は、バナジウム塩化物ガスの流量に対して25倍以上であることが好ましい。また、本実施形態では原料ガスにアルゴンガスが含まれているが、アルゴンガスの供給は必須ではない。アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化することによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与するため、必要に応じて供給することが好ましい。
【0030】
また、本実施形態のように窒化バナジウム膜3の成膜処理時にプラズマCVD法を用いれば、複雑形状物に対する成膜処理時においても複雑形状物以外の成膜処理時に使用される成膜装置と同等の装置を用いることができる。即ち、複雑形状物成膜用の特別仕様の成膜装置が不要となるため、成膜装置の導入に伴うコストを抑えることができる。また、従来の成膜方法において特別仕様の成膜装置と通常仕様の成膜装置の双方の設置が必要となる場合でも、本実施形態の成膜方法によれば、特別仕様の成膜装置が不要となるため、工場内に設置する成膜装置の数を減らすことが可能となる。これにより、工場内の設備レイアウトの自由度を広げることができる。
【0031】
さらに本実施形態の窒化バナジウム膜3は、ビッカース硬さHVが2400以上であり、複合弾性率が400GPa以下となる膜である。通常、硬度と複合弾性率は比例する関係にあることから、硬度の上昇と共に複合弾性率も上昇することが一般的である。しかしながら、本実施形態の窒化バナジウム膜3は、ビッカース硬さHVが2400以上に達するにも関わらず、複合弾性率が400GPa以下に抑えられている。これは同程度の硬さを有する膜と比較しても低い複合弾性率であり、弾性変形領域が広いことを意味する。すなわち、本実施形態の窒化バナジウム膜3は、同程度の硬さを有する膜に対して高い耐摩耗性を有している。したがって、そのような窒化バナジウム膜3が被覆された本実施形態の窒化バナジウム膜被覆部材1は、硬度と複合弾性率が高いレベルで両立した部材であり、従来よりも優れた耐摩耗性を有している。なお、VN濃度比が1.30〜1.85の範囲内にある場合には、HVが2900以上の硬度と、350GPa以下の複合弾性率を両立させることができる。
【0032】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0033】
例えば、上記実施形態では基材2の表面に窒化バナジウム膜3を形成したが、
図2に示すように基材2の表面に、皮膜中のVN濃度比が0.70以上、1.08未満の窒化バナジウム膜4を形成し、その窒化バナジウム膜4の表面にVN濃度比が1.08以上である窒化バナジウム膜3を形成しても良い。VN濃度比が0.70以上、1.08未満である窒化バナジウム膜4は、VN濃度比が1.08以上である窒化バナジウム膜3よりも軟らかい膜であるが、基材2よりも硬い膜である。このように、VN濃度比が0.70以上、1.08未満である窒化バナジウム膜4が形成されていることにより、VN濃度比が1.08以上である窒化バナジウム膜3と基材2との間において硬度の急激な変化が抑えられる。これにより、膜同士の硬度差が小さくなり、膜同士の密着性を向上させることができる。本明細書では、そのようなVN濃度比が0.70以上、1.08未満の窒化バナジウム膜4を“緩衝膜”という。
【0034】
また、別の実施形態として、基材2と窒化バナジウム膜3との間に、基材側から窒化バナジウム膜側に向けてVN濃度比が0.70〜1.08の範囲内で漸増する濃度傾斜膜5を形成しても良い。このような濃度傾斜膜5を形成した場合も、膜同士の界面における密着性が向上し、基材2から窒化バナジウム膜3が剥離し難くなる。なお、基材2の表面にバナジウムと窒素の濃度傾斜膜5を形成するためには、成膜処理時のチャンバー内圧力や雰囲気温度、水素ガス分圧、窒素ガス分圧、グロー電流値等のVN濃度比に影響を与えるパラメータのうちの少なくとも1つを成膜処理中に徐々に変化させれば良い。
【実施例】
【0035】
プラズマCVD法を用いて基材の表面に窒化バナジウム膜(VN膜)を形成し、窒化バナジウム膜の硬度について評価した。
【0036】
窒化バナジウム膜を形成する基材として、ダイス鋼の一種であるSKD11から成るφ22の丸棒を焼入れおよび焼き戻し処理を施した後、丸棒を6〜7mm間隔で切断し、切断された各部材の表面を鏡面研磨したものを使用した。なお、窒化バナジウム膜は基材の鏡面研磨した側の面に成膜する。成膜装置は
図1に示すような構造のものを使用し、電源はパルス電源を用いた。成膜処理までの一連の処理条件を下記表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
具体的に説明すると次の通りである。
<成膜処理準備>
まず、成膜装置のチャンバー内に基材をセットし、30分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を10Pa以下まで小さくする。このとき、ヒーターは作動させない。なお、ヒーターはチャンバーの内部に設けられており、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を200℃とし、10分間基材のベーキング処理を行う。その後、ヒーターの電源を切り、30分間成膜装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0039】
<加熱工程>
次に、チャンバー内に100ml/minの流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を485℃とし、30分間基材を加熱する。この加熱工程により基材の温度をプラズマ処理温度近傍まで昇温させる。
【0040】
<プラズマ処理工程>
次に、電圧:800V,周波数:25kHz,Duty比:30%,ユニポーラ出力形式でパルス電源を作動させる。これにより、チャンバー内の電極間において水素ガスがプラズマ化する。その後、水素ガスの流量を200ml/minに上げると共にチャンバー内に窒素ガス及びアルゴンガスを供給する。そして、パルス電源の電圧を1100Vに上げる。これにより電極間において水素ガス、窒素ガス及びアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。なお、このときの窒素ガスの流量は50ml/minとし、アルゴンガスの流量は5ml/minとする。また、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。
【0041】
続いて、チャンバー内に四塩化バナジウムガスを供給し、パルス電源の電圧を1500Vに上げる。これにより四塩化バナジウムガスがバナジウムと塩素に分解される。そして、プラズマ化したバナジウムと窒素が基材に吸着することにより、基材の表面に窒化バナジウム膜が形成されていく。この状態を180分間維持する。
【0042】
以上の工程を経て、基材の表面に窒化バナジウム膜が形成された試験片が得られる。本実施例では、この試験片の他に、チャンバー内への四塩化バナジウムガスの供給開始時における処理条件、即ち、窒化バナジウム膜の成膜時の処理条件(成膜処理条件)を変えて作製した実施例2〜5、比較例1〜2の試験片を複数準備した。成膜処理条件を下記表2に示す。なお、チャンバー内に四塩化バナジウムガスを供給して窒化バナジウム膜の成膜を開始するまでの処理条件は各実施例および各比較例とも上記表1に示す処理条件と同様である。また、上記表1の処理条件は、下記表2に示される実施例1の試験片の製造条件である。
【0043】
【表2】
【0044】
<窒化バナジウム膜の硬度測定>
上記の成膜処理により得られた各試験片に対して硬度測定を実施する。硬度測定は、Fischer Instruments製のFISCHER SCOPE(登録商標)HM2000を用いたナノインデンテーション法により実施する。具体的には、最大押し込み荷重を10mNとして各試験片にビッカース圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測する。その押し込み深さの変化に基づいて測定装置によりマルテンス硬さ、マルテンス硬さから換算されるビッカース硬さおよび複合弾性率が算出される。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における窒化バナジウム膜の硬度として扱う。本実施例では試験片表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を窒化バナジウム膜の硬度として記録する。
【0045】
なお、試験片に圧子を押し込む際には、圧子の最大押し込み深さの約10倍まで押し込み荷重が伝播する場合がある。このため、押し込み荷重の伝播が試験片の基材に到達してしまうと、硬度測定の結果に基材の影響が含まれてしまう場合がある。したがって、純粋な窒化バナジウム膜の硬度を測定するためには、「窒化バナジウム膜の膜厚>圧子の最大押し込み深さ×10」を満たす必要がある。
【0046】
<膜厚測定>
そこで、本実施例においても測定された窒化バナジウム膜の硬度に基材の影響が含まれていないか評価する。窒化バナジウム膜の膜厚は、試験片を垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡の倍率を1000倍として切断面を観察し、観察した画像情報に基づいて算出することで測定する。
【0047】
<窒化バナジウム膜の組成分析>
次に、各試験片の窒化バナジウム膜の組成を分析した。分析条件は次の通りである。
EPMA:日本電子株式会社製JXA-8530F
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10
−7A
ビーム形状:スポット
ビーム径設定値:0
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH, LDE1H
【0048】
<測定結果>
以上の手順で測定された窒化バナジウム膜のビッカース硬さ、複合弾性率、膜厚および組成を下記表3に示す。
【0049】
【表3】
【0050】
表3に示す通り、実施例1〜5の試験片は硬さがHV2500を超えている。即ち、本発明によれば、従来のようなHV2300程度の硬度を有する窒化バナジウム膜よりも硬い膜を得ることができる。また、表3に示されるように、窒化バナジウム膜は皮膜中の主な元素としてバナジウムおよび窒素を多く含有しており、それらに次いで塩素が多く含まれている。ここで、皮膜中のVN濃度比(V[at%]/N[at%])に着目すると、実施例1〜5のVN濃度比の値は比較例のVN濃度比の値よりも総じて大きくなっている。この結果と窒化バナジウム膜の硬度測定結果を考慮すると、VN濃度比が一定値以上であると窒化バナジウム膜の硬度が向上することがわかる。即ち、窒化バナジウム膜のVN濃度比が1.08以上であれば、従来手法では得られなかったHV2400以上の窒化バナジウム膜を得られることがわかる。
【0051】
さらに実施例1〜5の試験片は、窒化バナジウム膜の複合弾性率が400GPa以下といった良好な特性を有している。特に、実施例1と実施例2に着目すると、実施例1の窒化バナジウム膜は、実施例2の窒化バナジウム膜に対して硬度が上昇しているにも関わらず、複合弾性率が低下している。すなわち、実施例1の窒化バナジウム膜は、実施例2の窒化バナジウム膜よりも硬い上に弾性変形領域が広いことにより、耐摩耗性が大きく向上したものである。また、実施例4と実施例5に着目すると、実施例4の窒化バナジウム膜は、実施例5の窒化バナジウム膜に対して硬度が上昇しているにも関わらず、複合弾性率が低下している。すなわち、実施例4の窒化バナジウム膜は、実施例5の窒化バナジウム膜よりも硬い上に弾性変形領域が広いことにより、耐摩耗性が大きく向上したものである。
【0052】
以上の本実施例の結果によると、VN濃度比が1.08以上であれば硬度を上昇させて耐摩耗性を向上させることが可能であることがわかるが、硬度を上昇させると共に複合弾性率を低下させることによってさらに耐摩耗性を向上させるためには、VN濃度比は1.30〜1.85であることが好ましい。
【0053】
なお、表3に示すように各試験片の窒化バナジウム膜の厚さは、硬度測定時の圧子の最大押し込み深さの10倍を大きく超える厚さであるため、表3に示す窒化バナジウム膜の硬度は基材の影響を受けていない数値であると言える。また、
図4に示す実施例1の試験片の断面画像からわかるように、基材の表面上には窒化バナジウム膜が全体的に均一に形成されていることから、試験片の任意の点の膜厚は表3に示す膜厚測定結果と概ね同等の値となることが推定される。このため、任意の20点における硬度の測定結果には、基材の硬度の影響を受けるような箇所における測定結果は含まれないことがわかる。即ち、表3に示す窒化バナジウム膜の硬度は、膜そのものの硬度である。
【0054】
なお、基材表面に形成される窒化バナジウム膜の膜厚が1μm以下の場合には、EPMAの測定結果に基材の成分組成の影響が含まれる。このため、膜厚の薄い窒化バナジウム膜のVN濃度比を算出する場合には、事前に基材のみのEPMA測定を実施しておき、窒化バナジウム膜の成膜後のEPMAの測定結果から基材由来のバナジウム濃度および窒素濃度を差し引く必要がある。