【文献】
SAITO N,Journal of Applied Polymer Science,米国,1998年 2月 7日,Vol.67, No.6,1141-1149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
(1)正荷電基を有する陰イオン交換膜である高分子膜又は負荷電基を有する陽イオン交換膜である高分子膜に、前記高分子膜を厚さ方向に貫通するのに十分なエネルギーのイオンビームを照射する工程、及び
(2)前記イオンビームを照射した箇所に、前記高分子膜の荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を有するモノマーをグラフト重合する、あるいは前記イオンビームを照射した箇所に、正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーをグラフト重合し、その後、前記高分子膜の荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を導入する工程、
を含む工程により、前記陰イオン交換膜である高分子膜に、厚さ方向に貫通する陽イオン交換領域を形成してモザイク荷電層を形成する、又は前記陽イオン交換膜である高分子膜に、厚さ方向に貫通する陰イオン交換領域を形成してモザイク荷電層を形成することを特徴とするモザイク荷電膜の製造方法。
【背景技術】
【0002】
モザイク荷電膜は、カチオン交換領域とアニオン交換領域が交互にかつ並列に配列し、各領域が膜の両面まで貫通した膜である。この独特な荷電構造は、外部からの電流を必要とすることなく対象溶液中の低分子量イオンの透過を促進することができる。正荷電領域と負荷電領域がモザイク状に並べられると、それぞれの領域の電位の方向が互いに逆であるため、膜の両側の塩溶液部分が抵抗となる電気回路ができる。その回路に流れる電流のようにカチオンとアニオンがそれぞれ負荷電領域、正荷電領域を通って輸送されることで循環電流が生じ、塩の輸送が促進される。このことはモザイク荷電膜が、外部からの電流が必要な、一種類の固定電荷を有するイオン交換膜と異なり、イオン輸送を引き起こす機構を膜自体に内在させていることを意味する。
【0003】
モザイク荷電膜として種々の手法により作製されたものが報告されている。特許文献1(特開昭59−203613)には、ブロック共重合体のミクロ相分離現象を利用して作製したモザイク荷電膜を用いる有機化合物の脱塩方法が記載されている。しかしながら、ブロック共重合体のミクロ相分離現象を利用してモザイク荷電膜を作製する方法は、ブロック共重合体の特定部位を変性させるなど非常に煩雑な操作かつ高度な技術が必要であり、しかも高コストになることから、モザイク荷電膜を容易に大面積化し、かつ安価に製造することは困難であるという問題がある。
【0004】
特許文献2(特開2006−297338)には、膜形成ポリマー、該膜形成ポリマーを溶解し得る溶媒、陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂を混合し、ポリマー溶液に陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂を分散させて均一なポリマー分散液を調製する工程、及び前記ポリマー分散液を基材上に塗布及び延伸し、乾燥して凝固させた後、得られた膜から溶媒を除去し、洗浄する工程を行うことを特徴とする、モザイク荷電膜の製造方法が記載されている。この方法により得られたモザイク荷電膜は、圧透析実験において圧力上昇とともに塩透過量も増加した。しかし、このモザイク荷電膜では膜マトリックスとイオン交換樹脂が化学的に結合されていないため、その界面において水や中性溶質の漏れが生じるため、高い塩選択透過性を達成することは困難である。
【0005】
特許文献3(特開平8−155281)には、カチオン性ポリマー及びアニオン性ポリマーのいずれか一方のイオン性ポリマーが形成する架橋連続相中に、連続相形成ポリマーと少なくとも反対イオン性のポリマーが平均粒子径0.01〜10μmの架橋粒子として分散してなるカチオン性ポリマードメインとアニオン性ポリマードメインからなるモザイク荷電膜を製造する方法において、前記膜の連続相を形成するいずれか一方のイオン性ポリマーの溶液に少なくとも連続相形成ポリマーと反対イオン性のポリマーの球状微粒子を分散させた分散液を用いて膜を形成し、該膜中の少なくとも連続相を架橋させ、次いで水又は水溶液浸漬処理することを特徴とするモザイク荷電膜の製造方法が記載されている。この方法で製造される膜は、ドメインサイズや膜厚の調整が容易であり、また最大の利点は比較的容易に大面積の膜の作製が可能である点である。しかし、この製造方法では、平均粒子径が小さい重合体微粒子を調製しなければならず、高度な技術及び長時間を要するといった問題がある。しかも得られるモザイク荷電膜は、含水性の高いミクロゲルで構成されているため、耐圧性が非常に低く、特に構造上、膜マトリックスと陽、陰ミクロゲル界面との接着性が完全ではないため、高い電解質透過性を有するモザイク荷電膜の作製が困難であり、また機械的強度も十分とは言えない。そのため、拡散透析用の膜としては使用可能であるものの、圧透析用の膜としては使用に耐えないか、もしくは耐久性に極めて劣るといった欠点を有する。
【0006】
非特許文献1(J.Membr.Sci.,Vol.310,p.466(2008))には、積層法によって作製されたモザイク荷電膜が記載されている。当該積層法では、ポリビニルアルコールとポリアニオンから陽イオン交換膜を、ポリビニルアルコールとポリカチオンから陰イオン交換膜を作製し、これらをポリビニルアルコールを接着剤として交互に貼り合わせることにより積層荷電ブロックを作製し、得られたブロックを積層面と垂直にラボカッターで切断した後、架橋処理を行うことによって、約150μmの膜厚を有する積層モザイク荷電膜を作製している。このようにして得られた積層モザイク荷電膜のKClの塩流束J
KClは3.0×10
−9mol・cm
−2・s
−1、電解質選択透過性αは2300と非常に高い塩選択透過性を示すことが記載されている。引張強度は荷電層と平行な方向で5.7MPaであったが、垂直方向で2.7MPaであり、拡散透析用には使用可能であるが、圧透析用に使用するには、より強度を高める必要がある。
【0007】
非特許文献2(繊維学会予稿集 Vol.56,No.1,p.33(2001))には、ポリビニルアルコールを膜マトリックスとするポリマーブレンド法によって作製されたモザイク荷電膜が記載されている。当該ポリマーブレンド法では、ポリビニルアルコールとイタコン酸基を含有するビニル化合物を2mol%共重合組成として含有する変性PVAポリアニオンの水溶液に、イタコン酸基のカルボキシル基からの水素イオンの解離を抑制するために塩酸を加えて酸性にした溶液と、ポリビニルアルコールとポリアリルアミン塩酸塩水溶液とを混合することでポリマーブレンド水溶液を調製した。この溶液をガラス板などにキャストして膜を得た後、化学的架橋を行うことによってモザイク荷電膜を得ている。このようにして得られたモザイク荷電膜のKClの塩流束J
KClは1.7×10
−8mol・cm
−2・s
−1であり、電解質選択透過性αは48であり、比較的高い値を示すことが記載されているけれども、より高い電解質選択透過性αが望まれている。また、酸性溶液では塩選択透過性が低下するという問題も有している。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の第一の形態のモザイク荷電膜の製造方法は、(1)正荷電基又は負荷電基を有する高分子膜にイオンビームを照射する工程、及び(2)前記イオンビームを照射した箇所に、前記高分子膜の荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を有するモノマーをグラフト重合する、あるいは前記イオンビームを照射した箇所に、正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーをグラフト重合し、その後、前記高分子膜の荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を導入する工程、を含む工程によりモザイク荷電層を形成することを特徴とする。本発明の製造方法における正荷電基又は負荷電基を有する高分子膜は、正荷電基又は負荷電基を有し陰イオン交換能又は陽イオン交換能を有する膜であれば、特に限定されるものではない。本発明における高分子膜は、フィルム形状のもの、及び他の基材上にコーティング等で形成された膜状のものを含む。陰イオン交換能を有する膜(陰イオン交換膜)としては、分子鎖中にカチオン基(正荷電基)を含有する重合体であるカチオン性重合体から形成された膜を挙げることができ、前記カチオン基は、主鎖、側鎖及び末端のいずれに含まれていてもよい。前記カチオン基としては、アンモニウム基、イミニウム基、スルホニウム基、ホスホニウム基等が例示される。また、アミノ基やイミノ基のように、水中においてその一部が、アンモニウム基やイミニウム基に変換し得る官能基を含有する重合体も、本発明におけるカチオン性重合体に含まれる。この中で、工業的に入手し易い観点から、アンモニウム基が好ましい。アンモニウム基としては、1級アンモニウム基(アンモニウム基)、2級アンモニウム基(アルキルアンモニウム基等)、3級アンモニウム基(ジアルキルアンモニウム基等)、4級アンモニウム基(トリアルキルアンモニウム基等)のいずれを用いることもできるが、4級アンモニウム基(トリアルキルアンモニウム基等)がより好ましい。カチオン性重合体は、1種類のみのカチオン基を含有していてもよいし、複数種のカチオン基を含有していてもよい。また、カチオン基の対アニオンは特に限定されず、ハロゲン化物イオン、水酸化物イオン、リン酸イオン、カルボン酸イオンなどが例示される。この中で、入手の容易性の点から、ハロゲン化物イオンが好ましく、塩化物イオンがより好ましい。カチオン性重合体は、1種類のみの対アニオンを含有していてもよいし、複数種の対アニオンを含有していてもよい。
【0016】
本発明で用いられるカチオン性重合体は、カチオン基を含有する構造単位のみからなる重合体であってもよいし、カチオン基を含有する構造単位とカチオン基を含有しない構造単位の両方からなる重合体であってもよい。また、これらの重合体は架橋性を有するものであることが好ましい。カチオン性重合体は、1種類のみの重合体からなるものであってもよいし、複数種の重合体を含むものであってもよい。また、これらカチオン基を含有する重合体とカチオン基を含有しない重合体との混合物であっても構わない。
【0017】
カチオン性重合体中のカチオン基を含有する構造単位としては、以下の一般式(1)〜(8)で表わされるものが例示される。
【0018】
【化1】
[式中、R
1は水素原子または炭素数1〜4のアルキル基を表す。R
2、R
3、R
4はそれぞれ独立に、水素原子、または、置換基を有していてもよい炭素数1〜18のアルキル基、アリール基若しくはアラルキル基を表わす。R
2、R
3、R
4は、相互に連結して飽和若しくは不飽和環状構造を形成していてもよい。Zは−O−、−NH−、または−N(CH
3)−を表し、Yは酸素、窒素、硫黄またはリン原子を含んでもよい総炭素数1〜8の二価の連結基を表す。X
−はアニオンを表す。]
【0019】
一般式(1)中の対アニオンX
−としては、ハロゲン化物イオン、水酸化物イオン、リン酸イオン、カルボン酸イオンなどが例示される。一般式(1)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体としては、3−(メタ)アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライド、3−(メタ)アクリルアミド−3,3−ジメチルプロピルトリメチルアンモニウムクロライド等の3−(メタ)アクリルアミド−アルキルトリアルキルアンモニウム塩の単独重合体又は共重合体などが例示される。
【0020】
【化2】
[式中、R
5は水素原子またはメチル基を表わす。R
2、R
3、R
4、及びX
−は一般式(1)と同義である。]
【0021】
一般式(2)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体としては、ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロライド等のビニルベンジルトリアルキルアンモニウム塩の単独重合体又は共重合体などが例示される。
【0022】
【化3】
[式中、R
2、R
3、及びX
−は一般式(1)と同義である。]
【0023】
【化4】
[式中、R
2、R
3、及びX
−は一般式(1)と同義である。]
【0024】
一般式(3)及び一般式(4)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体としては、ジアリルジメチルアンモニウムクロライド等のジアリルジアルキルアンモニウム塩が環化重合して得られる単独重合体又は共重合体が例示される。
【0025】
【化5】
[式中、nは0または1を表わす。R
2及びR
3は一般式(1)と同義である。]
【0026】
一般式(5)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体としては、アリルアミンの単独重合体又は共重合体が例示される。
【0027】
【化6】
[式中、nは0または1を表わす。R
2、R
3、R
4、及びX
−は一般式(1)と同義である。]
【0028】
一般式(6)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体としては、アリルアミン塩酸塩等のアリルアンモニウム塩の単独重合体又は共重合体が例示される。
【0029】
【化7】
[式中、R
5は水素原子またはメチル基を表し、Aは−CH(OH)CH
2−、−CH
2CH(OH)−、−C(CH
3)(OH)CH
2−、−CH
2C(CH
3)(OH)−、−CH(OH)CH
2CH
2−、または−CH
2CH
2CH(OH)−を表す。Eは−N(R
6)
2または−N
+(R
6)
3・X
−を表し、R
6は水素原子またはメチル基を表し、X
−はアニオンを表す。]
【0030】
一般式(7)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体として、N−(3−アリルオキシ−2−ヒドロキシプロピル)ジメチルアミン又はその4級アンモニウム塩の単独重合体又は共重合体、N−(4−アリルオキシ−3−ヒドロキシブチル)ジエチルアミン又はその4級アンモニウム塩の単独重合体又は共重合体が例示される。
【0031】
【化8】
[式中、R
5は水素原子またはメチル基、R
7は水素原子、メチル基、エチル基、n−プロピル基またはi−プロピル基、R
8は水素原子、メチル基、及びエチル基をそれぞれ表わす。]
【0032】
一般式(8)で表わされる構造単位を含有するカチオン性重合体として、(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド等が例示される。
【0033】
陽イオン交換能を有する膜(陽イオン交換膜)としては、分子鎖中にアニオン基(負荷電基)を含有する重合体であるアニオン性重合体から形成された膜を挙げることができ、前記アニオン基は、主鎖、側鎖及び末端のいずれに含まれていてもよい。前記アニオン基としては、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基等が例示される。また、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基のように、水中においてその一部が、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基に変換し得る官能基を含有する重合体も、本発明におけるアニオン性重合体に含まれる。この中で、イオン解離定数が大きい点から、スルホネート基が好ましい。アニオン性重合体は、1種類のみのアニオン基を含有していてもよいし、複数種のアニオン基を含有していてもよい。また、アニオン基の対アニオンは特に限定されず、水素イオン、アルカリ金属イオン、などが例示される。この中で、設備の腐蝕問題が少ない点から、アルカリ金属イオンが好ましい。アニオン性重合体は、1種類のみの対アニオンを含有していてもよいし、複数種の対アニオンを含有していてもよい。
【0034】
本発明で用いられるアニオン性重合体は、アニオン基を含有する構造単位のみからなる重合体であってもよいし、アニオン基を含有する構造単位とアニオン基を含有しない構造単位の両方からなる重合体であってもよい。また、これらの重合体は架橋性を有するものであることが好ましい。アニオン性重合体は、1種類のみの重合体からなるものであってもよいし、複数種の重合体を含むものであってもよい。また、これらアニオン基を含有する重合体とアニオン基を含有しない重合体との混合物であっても構わない。
【0035】
アニオン性重合体中のアニオン基を含有する構造単位としては、以下の一般式(9)及び(10)で表わされるものが例示される。
【0036】
【化9】
[式中、R
5は水素原子又はメチル基を表す。Gは−SO
3H、−SO
3−M
+、−PO
3H、−PO
3−M
+、−CO
2Hまたは−CO
2−M
+を表す。M
+はアンモニウムイオンまたはアルカリ金属イオンを表す。]
【0037】
一般式(9)で表わされる構造単位を含有するアニオン性重合体としては、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸の単独重合体又は共重合体等が例示される。
【0038】
【化10】
[式中、R
5は水素原子又はメチル基を表わし、Tはメチル基で置換されていてもよいフェニレン基またはナフチレン基を表わす。Gは一般式(9)と同義である。]
【0039】
一般式(10)で表わされる構造単位を含有するアニオン性重合体としては、p−スチレンスルホン酸ナトリウム等のp−スチレンスルホン酸塩の単独重合体又は共重合体などが例示される。
【0040】
また、アニオン性重合体としては、ビニルスルホン酸、(メタ)アリルスルホン酸等のスルホン酸基又はその塩を有する単量体の単独重合体又は共重合体、フマール酸、マレイン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、無水イタコン酸等のカルボキシル基、その誘導体又はその塩を有する単量体の単独重合体又は共重合体なども例示される。
【0041】
一般式(9)又は(10)において、Gは、より高い荷電密度を与えるスルホネート基、スルホン酸基、ホスホネート基、又はホスホン酸基であることが好ましい。また一般式(9)及び一般式(10)中、M
+で表わされるアルカリ金属イオンとしてはナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオン等が挙げられる。また、陽イオン交換膜として、例えば、市販されているNafion(登録商標、デュポン社製)、Neosepta CMX、CMB(登録商標、アストム社製)、セレミオン CMV、CMD、HSF、CSO、CMF(登録商標、旭硝子社製)、fumasep FKB、FKL、FKE(登録商標、fumatech製)等を挙げることができ、陰イオン交換膜としては、例えば、市販されているNeosepta AMX、AHA、ACS、AFN、AFX、ACM(登録商標、アストム社製)、セレミオン AMV、AMT、DSV、AAV、ASV、AHO、APS4(登録商標、旭硝子社製)、fumasep FAS、FAB、FAA、FAP、FAD(登録商標、fumatech製)、等を挙げることができる。
【0042】
カチオン性重合体又はアニオン性重合体から選択されるイオン性重合体が、共重合体である場合の共重合成分としては、ビニルアルコール成分が好適なものとして挙げられる。カチオン基又はアニオン基から選択されるイオン基を含有する重合体と、両イオン基を含有しない重合体との混合物を用いる場合、イオン基を含有しない重合体としてはイオン基を含有する重合体と親和性の高いものが好適に用いられる。具体的には、ポリビニルアルコール及びポリアクリルアミドからなる群から選択される1種が好適に用いられる。その中でも、架橋性の高さからポリビニルアルコールがより好適に用いられる。
【0043】
本発明におけるイオンビーム照射では、イオン種は特に限定されず、サイクロトロン等で加速された各種イオン種が用いられる。例えば、水素、ヘリウム、炭素、窒素、酸素、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、カリウム、鉄、金、ビスマス等のイオン種を挙げることができる。なかでも、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンを好適に例示できる。イオンの照射密度は、高分子膜の種類や厚み等に応じて適宜選択できるが、イオンの照射量が多すぎると、照射時間が長くなり生産性が低下する。また、高分子膜を劣化させるおそれがある。少なすぎると十分なグラフト重合が行えないおそれがある。そのため、イオンの照射密度は1×10
4〜1×10
12個/cm
2の範囲が好ましい。また、イオンのエネルギーは、使用するイオン種によるが、高分子膜を厚さ方向に貫通するのに十分なエネルギーであればよく、例えば、厚さ30μmのETFE(エチレン−テトラフルオロエチレンポリマー)膜であれば、アルゴンの場合、150〜250MeV、キセノンの場合、450〜560MeVのエネルギーで、想定した構造の形成が容易となる。高分子膜へのイオンの照射は、例えば、サイクロン加速器等に接続された照射チャンバー内の照射台に高分子膜を固定し、照射チャンバー内を真空にした状態で行うことができる。高分子膜として陽イオン交換膜を用いる場合は、陰イオン交換領域を形成したい個所にイオンビームを照射し、高分子膜として陰イオン交換膜を用いる場合は、陽イオン交換領域を形成したい個所にイオンビームを照射する。イオンビームの照射により、一個のイオンにつき数nm〜数十nmの直径のラジカル生成領域を高分子膜に形成することができるので、後述するグラフト重合を行うことにより、陽イオン交換膜中に数nm〜数十nmの大きさの陰イオン交換領域を多数形成でき、又は陰イオン交換膜中に数nm〜数十nmの大きさの陽イオン交換領域を多数形成できる。ここで、直径とは高分子膜表面において陰イオン又は陽イオン交換領域に内接する円の直径のことをいう。イオンの種類、イオンビームの照射位置、照射条件等を調整することにより、形成する各イオン交換領域の大きさや各領域間の間隔を調整することができる。
図3は、陰イオン交換領域として作用する膜母材に、膜母材とは反対の符号の陽イオン交換領域が形成された例を示す。
【0044】
本発明における正荷電基又は負荷電基を有するモノマーは、正荷電基又は負荷電基を有し、イオンビームを照射した高分子膜とグラフト重合するものであれば、特に限定されるものではないが、正荷電基を有するモノマーとしては、例えば、3−(メタ)アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライド、3−(メタ)アクリルアミド−3,3−ジメチルプロピルトリメチルアンモニウムクロライド等の3−(メタ)アクリルアミド−アルキルトリアルキルアンモニウム塩、ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロライド等のビニルベンジルトリアルキルアンモニウム塩、ジアリルジメチルアンモニウムクロライド等のジアリルジアルキルアンモニウム塩、アリルアミン、アリルアミン塩酸塩等のアリルアンモニウム塩、N−(3−アリルオキシ−2−ヒドロキシプロピル)ジメチルアミン及びその4級アンモニウム塩、N−(4−アリルオキシ−3−ヒドロキシブチル)ジエチルアミン及びその4級アンモニウム塩、(メタ)アクリルアミド、N−メチル(メタ)アクリルアミド、N−エチル(メタ)アクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミドなどを挙げることができる。
【0045】
負荷電基を有するモノマーとしては、例えば、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、p−スチレンスルホン酸ナトリウム等のp−スチレンスルホン酸塩、ビニルスルホン酸、(メタ)アリルスルホン酸等のスルホン酸基又はその塩を有するモノマー、フマール酸、マレイン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、無水イタコン酸等のカルボキシル基、その誘導体及びその塩を有するモノマーなどを挙げることができる。
【0046】
本発明におけるグラフト重合は、高分子膜のイオンビームが照射された箇所に、高分子膜の荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を有するモノマーを接触させることにより行うことができる。例えば、イオンビームを照射した高分子膜を、モノマー溶液中に浸漬させ、必要に応じて加温することにより行うことができる。本発明のモザイク荷電膜の製造方法によれば、イオンビームの照射個所にグラフト重合した荷電鎖の領域が膜を貫通して存在し、この荷電鎖の領域が高分子膜を透過するイオンと反対符号のイオンの通るパスになる。この領域の径は数十nmであり、高分子膜の膜厚に比べて非常に小さいため、非常にアスペクト比が高いイオン透過領域を高分子膜に形成することができる。例えば、高分子膜の膜厚が50μmの場合、アスペクト比は1000以上となる。また、このようにして形成されるイオン透過領域の面積当たりの数は計算上0.3〜1.0×10
9個/cm
2となる。このため、本発明の製造方法では、電解質(KCl)透過流束が5.0×10
−8mol/cm2・s以上のモザイク荷電膜を製造することができ、また、電解質(KCl)選択透過性が300以上のモザイク荷電膜を製造することができる。さらに、グラフト重合部分は、グラフト重合部分と反対符号のイオン交換領域であると共に膜母材でもある高分子膜の骨格部分と共有結合しているため、膜母材とグラフト重合された領域との界面で水や中性溶質の漏れが生じ難く、機械的強度にも優れたモザイク荷電膜を製造することができる。
【0047】
本発明における正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーは、特に制限されないが、例えば、正荷電基を導入可能な反応基を有するモノマーとしては、クロロメチルスチレン等を挙げることができ、負荷電基を導入可能な反応基を有するモノマーとしては、スチレン、p-スチレンスルホン酸エチル(EtSS)等を挙げることができる。
【0048】
正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーのグラフト重合は、正荷電基又は負荷電基を有するモノマーをグラフト重合させる方法と同様の方法で行うことができる。また、導入される正荷電基(カチオン基)としては、特に制限されず、アンモニウム基、イミニウム基、スルホニウム基、ホスホニウム基等が例示される。また、アミノ基やイミノ基のように、水中においてその一部が、アンモニウム基やイミニウム基に変換し得る官能基も本発明における正荷電基に含まれる。アンモニウム基としては、1級アンモニウム基(アンモニウム基)、2級アンモニウム基(アルキルアンモニウム基等)、3級アンモニウム基(ジアルキルアンモニウム基等)、4級アンモニウム基(トリアルキルアンモニウム基等)のいずれでもよく、4級アンモニウム基(トリアルキルアンモニウム基等)が好ましい。導入される負荷電基(アニオン基)としては、特に制限されず、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基等が例示される。また、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基のように、水中においてその一部が、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基に変換し得る官能基も本発明における負荷電基に含まれる。正荷電基又は負荷電基を導入する工程は、特に制限されないが、例えば、グラフト重合したクロロメチルスチレン基にトリメチルアミン、トリエチルアミン等を反応させて四級化することで正荷電基を導入することができ、グラフト重合したスチレン基に濃硫酸やクロロスルホン酸でスルホン化することで負荷電基を導入することができる。
【0049】
本発明は、イオン交換能を有さない高分子膜に、上記と同様の操作により、陽イオン交換領域と陰イオン交換領域を形成することによりモザイク荷電膜を製造することができる。すなわち、本発明の第二の形態のモザイク荷電膜の製造方法は、(1)高分子膜にイオンビームを照射する工程、(2)前記イオンビームを照射した箇所に、正荷電基又は負荷電基を有するモノマーをグラフト重合する、あるいは前記イオンビームを照射した箇所に、正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーをグラフト重合し、その後、正荷電基又は負荷電基を導入する工程、(3)前記(2)工程の後、さらに前記高分子膜にイオンビームを照射する工程、及び(4)前記(3)工程でイオンビームを照射した箇所に、前記(2)工程でグラフト重合された前記モノマーが有する荷電基又は導入された前記荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を有するモノマーをグラフト重合する、あるいは前記(3)工程でイオンビームを照射した箇所に、正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーをグラフト重合し、その後、前記(2)工程でグラフト重合された前記モノマーが有する荷電基又は導入された前記荷電基とは反対符号の正荷電基又は負荷電基を導入する工程、を含む工程によりモザイク荷電層を形成することを特徴とする。
【0050】
本発明の第二の形態の製造方法における高分子膜は、特に限定されないが、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミド、ポリイミド、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリビニルアルコール(PVA)、エバール(エチレン−ビニルアルコール共重合体)、ナイロン等を挙げることができる。(1)工程及び(3)工程における高分子膜にイオンビームを照射する工程は、第一の形態と同様に行うことができる。また、正荷電基又は負荷電基を有するモノマー、及び正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーは、第一の形態と同様のモノマーを使用することができる。(2)工程及び(4)工程における正荷電基又は負荷電基を有するモノマーのグラフト重合、並びに正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーのグラフト重合と正荷電基又は負荷電基の導入は、第一の形態と同様に行うことができる。本発明の第二の形態の製造法では、使用する高分子膜がイオン交換能を有していない点が第一の形態と異なるが、それ以外は第一の形態と同様に(1)工程及び(2)工程を行う。その後、(1)工程及び(2)工程で形成したイオン交換領域とは反対符号のイオン交換領域を形成するために、(1)工程及び(2)工程と同様の方法で、(3)工程及び(4)工程を行う。これにより、膜母材となる高分子膜中に陽イオン交換領域及び陰イオン交換領域がモザイク状に形成される。ここで、イオンビームの照射では多数のイオンがランダムに照射されるため、(3)工程でイオンビームを照射するとき、(1)工程及び(2)工程で形成したイオン交換領域の一部にイオンが照射されることがあるが、全体としては問題とはならない。また、グラフト重合部分は、膜母材となる高分子膜の骨格部分と共有結合しているため、イオン交換領域と膜母材の界面で水や中性溶質の漏れが生じ難く、機械的強度にも優れたモザイク荷電膜を製造することができる。さらに、イオンの通る領域の径は数十nmであり、高分子膜の膜厚に比べて非常に小さいため、非常にアスペクト比が高いイオン透過領域を高分子膜に形成でき、第一の形態と同様の特性を有するモザイク荷電膜を製造することができる。また、両イオン交換領域を別々に形成するため、両領域の配置や大きさを調整することができる。
【0051】
本発明の製造方法では、第一の形態における正荷電基又は負荷電基を有する高分子膜、及び第二の形態における高分子膜は、本発明における工程を経ることによりモザイク荷電層となる。本発明の製造方法では、モザイク荷電層のみでモザイク荷電膜を形成してもよく、モザイク荷電層と支持層とでモザイク荷電膜を形成してもよい。支持層を用いる場合は、多孔質支持層が好ましく、多孔質支持層上に高分子膜を形成した後、イオンビームの照射及びグラフト重合を行いモザイク荷電層を製造してもよく、イオンビームの照射及びグラフト重合によりモザイク荷電層を製造した後、多孔質支持層上に配置してもよい。本発明の第一の形態及び第二の形態における高分子膜の厚みは、特に限定されないが、塩の透過流束が大きくなる観点から、0.1〜80μmであることが好ましい。高分子膜の厚みが0.1μm未満の場合、モザイク荷電層を形成する際に、膜の欠陥(ピンホール)が発生するおそれがある。また、形成されるモザイク荷電層の機械的強度が低下するおそれがある。高分子膜の厚みは、0.3μm以上であることがより好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることがより好ましく、2μm以上であることが更に好ましい。また、高分子膜の厚みが80μmを超える場合、形成されるモザイク荷電層の塩の透過流束が小さくなるおそれがある。高分子膜の厚みは50μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることが更に好ましい。高分子膜の厚みは、0.1〜50μmであることがより好ましく、0.1〜30μmであることがより好ましく、0.1〜10μmであることが更に好ましい。また、0.3〜50μmであることがより好ましく、0.5〜50μmであることがより好ましく、1〜30μmであることがより好ましく、2〜10μmであることが更に好ましい。本発明で用いられる多孔質支持層の厚みは、特に限定されず、5〜1000μmであることが好ましい。多孔質支持層の厚みが5μm未満だと、モザイク荷電層と多孔質支持層を合わせた膜の強度が不足するおそれがある。多孔質支持層の厚みは10μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることがより好ましく、30μm以上であることが更に好ましい。また、多孔質支持層の厚みが1000μmを超えると、塩の輸送が困難になるおそれがある。多孔質支持層の厚みは800μm以下であることがより好ましく、300μm以下であることがより好ましく、200μm以下であることが更に好ましい。多孔質支持層の厚みは10〜800μmであることがより好ましく、20〜300μmであることがより好ましく、30〜200μmであることが更に好ましい。
【0052】
多孔質支持層の面積あたりの質量(坪量)は、特に限定されず、1〜100g/m
2であることが好ましい。坪量が1g/m
2未満の場合、得られるモザイク荷電膜の機械的強度が低下するおそれがあり、5g/m
2以上であることがより好ましく、10g/m
2以上であることが更に好ましい。一方、坪量が100g/m
2を超える場合、モザイク荷電膜の塩の輸送抵抗が大きくなり、十分な輸送ができなくなるおそれがあり、80g/m
2以下であることがより好ましく、50g/m
2以下であることが更に好ましい。多孔質支持層の坪量は5〜80g/m
2であることがより好ましく、10〜50g/m
2であることが更に好ましい。
【0053】
多孔質支持層の空隙率は、特に限定されず、40〜90%であることが好ましい。空隙率がこの範囲にあることで、得られるモザイク荷電層と多孔質支持層からなるモザイク荷電膜の機械的強度が優れるとともに、透気度を一定範囲に保つことができる。多孔質支持層の空隙率が40%未満の場合、塩の輸送抵抗が大きくなるおそれがあり、50%以上であることがより好ましく、55%以上であることが更に好ましい。一方、多孔質支持層の空隙率が90%を超える場合、機械的強度に劣るおそれがあり、80%以下であることがより好ましく、75%以下であることが更に好ましい。多孔質支持層の空隙率は50〜80%であることがより好ましく、55〜75%であることが更に好ましい。モザイク荷電層を多孔質支持層と複層することにより、機械的強度の向上だけでなく、面方向の寸法安定性も高くなる。
【0054】
本発明の第一の形態のモザイク荷電膜は、正荷電基又は負荷電基を有する高分子膜中に、グラフト重合物が複数箇所配置されているモザイク荷電層を有するモザイク荷電膜であって、前記グラフト重合物が、前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、前記高分子膜と反対符号の荷電基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物である、あるいは前記グラフト重合物が、前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、正荷電基又は負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物であり、かつ前記高分子膜と反対符号の荷電基が導入されているグラフト重合物であることを特徴とする。また、本発明の第二の形態のモザイク荷電膜は、高分子膜中に、グラフト重合物が複数箇所配置されているモザイク荷電層を有するモザイク荷電膜であって、前記グラフト重合物が、前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、正荷電基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物、及び前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、正荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物であり、かつ正荷電基が導入されているグラフト重合物から選ばれる少なくとも1種と、前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、負荷電基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物、及び前記高分子膜の厚み方向にイオンビームが照射された照射領域における、負荷電基を化学反応により導入可能な反応基を有するモノマーと前記高分子膜とのグラフト重合物であり、かつ負荷電基が導入されているグラフト重合物から選ばれる少なくとも1種とを含むことを特徴とする。本発明の第一の形態及び第二の形態のモザイク荷電膜は、それぞれ本発明の第一の形態及び第二の形態の製造方法により得ることができる。
【0055】
本発明の第一の形態及び第二の形態のモザイク荷電膜におけるモザイク荷電層の厚みは、特に限定されず、塩の透過流束が大きくなる観点から、0.1〜80μmであることが好ましい。モザイク荷電層の厚みが0.1μm未満の場合、モザイク荷電層を形成する際に、膜の欠陥(ピンホール)が発生するおそれがある。また、モザイク荷電層の機械的強度が低下するおそれがある。モザイク荷電層の厚みは、0.3μm以上であることがより好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることがより好ましく、2μm以上であることが更に好ましい。モザイク荷電層の厚みが80μmを超える場合、塩の透過流束が小さくなるおそれがある。モザイク荷電層の厚みは50μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることが更に好ましい。モザイク荷電層の厚みは、0.1〜50μmであることがより好ましく、0.1〜30μmであることがより好ましく、0.1〜10μmであることが更に好ましい。また、0.3〜50μmであることがより好ましく、0.5〜50μmであることがより好ましく、1〜30μmであることがより好ましく、2〜10μmであることが更に好ましい。本発明のモザイク荷電膜では、モザイク荷電層のみでモザイク荷電膜が形成されていてもよく、モザイク荷電層と支持層とでモザイク荷電膜が形成されていてもよい。支持層を用いる場合は、多孔質支持層が好ましい。本発明で用いられる多孔質支持層の厚みは、特に限定されず、5〜1000μmであることが好ましい。多孔質支持層の厚みが5μm未満だと、モザイク荷電層と多孔質支持層を合わせた膜の強度が不足するおそれがある。多孔質支持層の厚みは10μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることがより好ましく、30μm以上であることが更に好ましい。また、多孔質支持層の厚みが1000μmを超えると、塩の輸送が困難になるおそれがある。多孔質支持層の厚みは800μm以下であることがより好ましく、300μm以下であることがより好ましく、200μm以下であることが更に好ましい。多孔質支持層の厚みは10〜800μmであることがより好ましく、20〜300μmであることがより好ましく、30〜200μmであることが更に好ましい。モザイク荷電層と多孔質支持層を合わせた厚みは、20〜200μmが好ましい。
【0056】
本発明におけるモザイク荷電層において、正荷電領域と負荷電領域の平均距離(以下、ドメイン間隔ともいう。)は、特に限定されないが、モザイク荷電層における正荷電領域と負荷電領域間の距離が小さくなるほど、電解質選択透過性が大きくなる傾向があることから、1000μm以下であることが好ましい。ここで、ドメイン間隔とは、モザイク荷電層表面における正荷電領域に内接する円と、負荷電領域に内接する円の中心間の平均距離を言い、モザイク荷電層表面をTEM(透過型電子顕微鏡)で観察し、個々の領域について内接する円の直径を測定して、測定された値から平均距離を算術平均で求めた値である。塩分濃度が、例えば0.01M以上といったように濃い場合は、ドメイン間隔が大きくても良好な電解質選択透過性を有するが、電解質濃度が低くなるにつれ、例えば水道水レベルから超純水レベルと低くなるにつれ、良好な電解質選択透過性を得るにはドメイン間隔が小さい方が良くなる。この観点から、ドメイン間隔は100μm以下がより好ましく、1μm以下がより好ましく、100nm以下がより好ましく、50nm以下が更に好ましい。ドメイン間隔の下限値は、モザイク荷電層としての機械的強度が維持できれば特に限定されない。正荷電領域と負荷電領域が明確に存在し、機械的強度を損なわないという観点から、1nm以上、又は10nm以上とすることができる。
【0057】
本発明のモザイク荷電膜の荷電領域の荷電密度は、特に限定されないが、0.1〜20mol・dm
−3であることが好ましい。荷電密度が0.1mol・dm
−3未満だと、低塩濃度溶液を使用する場合の荷電領域の対イオン選択性に劣るおそれがある。荷電密度が0.3mol・dm
−3以上であることがより好ましく、0.5mol・dm
−3以上であることが更に好ましい。荷電領域の荷電密度が20mol・dm
−3を超えると、膜の膨潤が著しく、寸法安定性が悪く、取り扱いが困難となるおそれがある。荷電領域の荷電密度が10mol・dm
−3以下であることがより好ましく、3mol・dm
−3以下であることが更に好ましい。モザイク荷電膜の荷電領域の荷電密度は、0.3〜10mol・dm
−3であることがより好ましく、0.5〜3mol・dm
−3であることが更に好ましい。
【実施例】
【0058】
(モノマー溶液の調製)
表1の配合でp−スチレンスルホン酸ナトリウム(Sodium p-styrenesulfonate:SSA、株式会社クラレ製)を、溶液中のモノマー(SSA)濃度が15質量%、20質量%となるように脱イオン水に溶解させ、Arガスにてバブリングしてモノマー溶液を調製した。調製にあたっては、SSAは電子天秤で秤量し、脱イオン水はメスシリンダーで秤量して、それぞれ別々の300mlビーカーに入れ、SSAの入ったビーカーに脱イオン水を少量ずつ加えガラス棒で撹拌し完全に溶解させた。溶解させたSSA溶液をメスシリンダーに移し、モノマー溶液濃度が15質量%、20質量%となるように脱イオン水を加えた。その後、溶液をビーカーに移しArガスにてバブリングを行い、モノマー溶液とした。
【0059】
【表1】
【0060】
(イオンビームの照射)
試料膜として厚さ30μmの陰イオン交換膜(fumasep−FAS−30、fumatech Co.,Ltd製)を10cm×10cmにカットし、40℃で真空オーブンにて24時間乾燥させた。その後、電子天秤にて乾燥重量を測定した。乾燥後の膜をアルミプレートに貼り付け、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所内の施設である、イオン照射研究施設TIARA(Takasaki Ion Accelerators for Advanced Radiation Application)内の真空オーブンにて再度乾燥させた。その後、複合材料耐環境性試験装置内に試料膜を貼りつけたアルミプレートをセットし、イオン種にキセノン、フルエンスは1.0×10
9ions/cm
2の条件のもと、真空条件下にてAVF(Azimuthally Varying Field)型サイクロトロンで加速させたイオンビームを照射した。照射後、試料膜をアルミプレートに貼った状態で−80℃の冷凍庫で保存した。
図4に上記に示したイオンビーム照射のフローチャートを示す。
【0061】
(グラフト重合)
モノマー溶液を
図5に示すアンプル管に入れAr雰囲気下で10分間バブリングを行った。その後、イオンビームを照射した試料膜を冷凍庫から取り出し、試料膜を5cm×5cmの大きさにカットした。カットした膜をモノマー溶液を入れたアンプル管にスターラーチップと共に入れ、その後、Ar雰囲気下で10分間再度バブリングを行った。バブリング終了後、アンプル管上部のコックを閉め、水温が60℃のウォーターバスに入れて、表2に示す時間グラフト重合を行った。それぞれの時間経過後、アンプル管上部のコックを開きグラフト重合を終了した。その後、アンプル管から膜を取り出し、膜表面に付着しているホモポリマーを脱イオン水でふき取り、一晩脱イオン水に浸漬させ膜を洗浄した。洗浄後、膜を取り出し0.3mol/dm
3のKClに浸漬させ保存した。
図6に上記に示したグラフト重合及び洗浄のフローチャートを示す。
【0062】
【表2】
【0063】
グラフト重合により作製したモザイク荷電膜の特性を以下の方法で測定した。
(1)グラフト率測定
作製したモザイク荷電膜のグラフト率を算出するため、グラフト重合前の試料膜の乾燥重量(W
0[g])を測定した。また、グラフト重合後の膜を脱イオン水で一晩洗浄し、その後、真空オーブンにて24時間乾燥させた。乾燥後、グラフト重合後の試料膜の乾燥重量(W
1[g])を測定した。測定したW
0、W
1を用いてグラフト率(D
G[%])を式(1)から算出した。
【数1】
【0064】
(2)含水率測定
作製したモザイク荷電膜の含水率を算出するため、グラフト重合後の膜の乾燥重量(W
1[g])を測定した。また、膜を1週間0.3mol/dm
3のKClに浸漬させ、湿潤重量(W
2[g])を測定した。測定したW
1、W
2を用いて含水率(H[−])を式(2)から算出した。
【数2】
【0065】
(3)イオン交換容量(IEC)測定
作製したモザイク荷電膜を0.1mol/dm
3のKCl溶液を入れたサンプル管に浸漬させ、槽内の温度を25℃に設定した恒温振とう機内で24時間振とうさせた。その後、サンプル管から膜を取り出し脱イオン水に30分間浸漬させ洗浄を行った。洗浄後、膜を0.5mol/dm
3のNaNO
3が100ml入っているサンプル管に移し、再度、槽内の温度を25℃に設定した恒温振とう機内で24時間振とうさせた。24時間後にサンプル管の溶液を750μlサンプリングし、表3に示す条件下でイオンクロマトグラフにてカリウムイオン及び塩化物イオンの濃度を算出した。その後、イオンクロマトグラフの測定結果を用いて、イオン交換容量(IEC
cation、IEC
anion)を式(3)から算出した。また、IEC
cationとIEC
anionを用いて、IEC
cationとIEC
anionの比(λ[−])を式(4)から算出した。
【数3】
IEC:イオン交換容量[meq/g]
C
i:イオンクロマトグラフから得られたイオン濃度 [mol/dm
3]
W
1:膜の乾燥重量[g]
【数4】
【0066】
【表3】
【0067】
(4)膜電位測定
モザイク荷電膜は、イオン輸送の原理より膜内の正荷電基と負荷電基のバランスが等しいとき、電位は0mVを示す。またそのとき、膜内の陰イオン交換領域と陽イオン交換領域が限りなく等しい状態のため、非電解質に対して高いKCl選択透過性が得られる。膜電位測定は、
図7に示す装置を用いて行った。フォルダに挟んだモザイク荷電膜(CM membrane)を2つのセルの間に挟み、その2つのセルに濃度の異なるKCl水溶液を入れた。両セルの濃度比をr=5、測定温度を25℃とし、膜電位の経時変化を測定した。このときの電位は高濃度側を基準とした。
【0068】
(5)拡散透析試験
図8に示す装置を用いてKClの拡散透析試験を行った。フォルダに挟んだモザイク荷電膜(CM membrane)を2つのセルの間に挟み、導電率電極(HORIBA3552−10D)を挿入したCell Iに脱イオン水100ml、Cell IIに0.1mol/dm
3のKCl水溶液400mlを入れ、両セルをスターラーで攪拌させ測定を開始した。伝導率計(HORIBAES−51)を用いてCellIの溶液濃度を用い透過流束(J
i[mol/cm
2・s])を式(5)から、透過係数(P
i[cm
2/s])を式(6)から算出した。
【0069】
次に、
図8に示す装置を用いてスクロース(和光純薬工業株式会社製)の拡散透析試験を行った。フォルダに挟んだモザイク荷電膜を2つのセルの間に挟み、Cell Iに脱イオン水100ml、Cell IIに0.1mol/dm
3のスクロース水溶液400mlを入れ、両セルをスターラーで攪拌させ測定を開始した。所定時間にCell Iからピペッターで500μlをサンプリングし、そのサンプルを液体高速クロマトグラフにかけて分析を行った。その解析結果から溶出濃度を求めた。溶液濃度を用いKClと同様に透過流束(J
i[mol/cm
2・s])を式(5)から、透過係数(P
i[cm
2/s])を式(6)から算出した。また、電解質透過係数(P
i[cm
2/s])と非電解質透過係数(P
n[cm
2/s])の比を電解質選択透過性αと定義し、式(7)から算出した。また、使用した高速液体クロマトグラフの測定条件を表4に示す。
【数5】
【数6】
V
I:Cell Iの脱イオン水量[m
3]
d:膜厚[m]
ΔC
i:Cell Iの濃度[mol/dm
3]
C
iI:Cell Iの初期濃度[mol/dm
3]
C
iII:Cell IIの初期濃度[mol/dm
3]
S:有効膜面積[m
2]
Δt:測定時間[s]
【数7】
【0070】
【表4】
【0071】
(6)浸透水試験
モザイク荷電膜特有の現象である負の浸透現象の確認を行うために、
図9に示す装置で行った。作製したモザイク荷電膜を2つのセルの間に挟み、cell Iに脱イオン水10ml、Cell IIに所定濃度のKCl水溶液10mlを入れ、両方のセルにL字型キャピラリをセットし測定を開始した。測定は25℃一定条件下で行い、時間変化におけるキャピラリのメニスカス位置を計測した。この位置より、水の体積流量J
V[m
3/s]を以下に示す式(8)より算出した。
【数8】
ΔV=L×S
K
L:キャピラリ内を水が移動した距離[m]
S
K:キャピラリ断面積[m
2]
ΔV/Δt:KClあるいは脱イオン水側における初期濃度勾配[m
3/s]
Se:有効膜面積[m
2]
【0072】
(7)圧透析試験
図10の装置を用いて圧力を駆動力とする圧透析を行った。
図10に示すアクリルセルにスペーサーと作製したモザイク荷電膜を挟み、低圧側及び高圧側ビーカーに500mlの0.01M NaClを入れた。また、両方のビーカーに伝導率電極(HORIBA 3352−10D)を入れ、流速を0.5ml/s、圧力を0.8MPaの条件下で、低圧側・高圧側溶液の時間に伴う伝導度変化の測定を行い、伝導度から溶液濃度を算出した。算出した溶液濃度を用い塩透過流束(J
s[mol/cm
2・s])を式(9)から算出した。算出したJ
sを用いて水透過流束(J
w[mol/cm
2・s])を式(10)から算出した。
【数9】
【数10】
V:低圧側のNaClの体積[m
3]
C:低圧側の溶液濃度[mol/dm
3]
ΔC:低圧側の溶液濃度変化[mol/dm
3]
S:有効膜面積[m
2]
Δt:測定時間[s]
【0073】
表5に作製したモザイク荷電膜のグラフト重合条件及び基礎特性(グラフト率、含水率、膜厚、膜電位)を示す。
【0074】
【表5】
t
G:グラフト重合時間
D
G:グラフト率
H:含水率
d:膜厚
Δφ:膜電位
【0075】
(拡散透析試験による電解質及び非電解質濃度の経時変化)
図11〜18に、(5)拡散透析試験により得られたMC1〜8における電解質(KCl)及び非電解質(スクロース)の経時変化に伴う濃度変化を示す。図中、C
iはCell I側の濃度、tは透析時間、白丸がKCl濃度、黒丸がスクロース濃度を表す。また、
図11はMC1、
図12はMC2、
図13はMC3、
図14はMC4、
図15はMC5、
図16はMC6、
図17はMC7、
図18はMC8の結果を示す。(5)拡散透析試験で測定を行った場合、モザイク荷電膜は、非電解質に対して電解質を選択的に透過することができるため、KClの経時変化に伴う濃度変化は、スクロースの濃度変化よりも非常に大きな変化を示す。
図11〜18に示されたように本発明により作製したすべてのモザイク荷電膜のKClの濃度変化は、スクロースと比較して大きな濃度変化を示した。これは、モザイク荷電膜が
図1に示すような特徴的な構造を有し
図2に示すような特殊な回路を形成するため、KClがスクロースよりも多く透過されたのだと考えられる。KClのC
i−t曲線の傾きはMC5〜MC8の方がMC1〜MC4よりも大きな値を示した。これは、グラフト率が起因すると考えられ、表5に示すように、モノマー溶液濃度が高いMC5〜MC8の方がMC1〜MC4よりグラフト率が高い。また、グラフト重合時間が増加するに伴いグラフト率が増加し、それに伴い表6に示すようにλ(=IEC
cation/IEC
anion)が増加し、MC7ではλ=1.2を示した。λ=1のとき、負・正の固定荷電基量が等しいことを示す。そのため、MC7のλ=1.2は、負・正の固定荷電基量がほぼ等しい状態を示しており
図2に示す循環電流の寄与が大きくなりMC1〜MC4よりもMC5〜MC8の方が大きな傾きを示したと考えられる。
【0076】
(イオン交換容量(IEC)とグラフト重合時間(t)との関係)
表6にグラフト重合時間(t)とイオン交換容量(IEC
cation、IEC
anion)の値を示す。モザイク荷電膜は、膜内の負の固定荷電基と正の固定荷電基量が等しいとき、最大の膜性能を示し、負の固定荷電基と正の固定荷電基量が等しい状態は、理想的なモザイク荷電膜であると言える。モノマー溶液濃度が20質量%のとき、グラフト重合時間の増加に伴いIEC
cationは増加し、IEC
anionは低下する結果となった。IEC
cationが増加したのは、グラフト重合時間の増加に伴いラジカルとモノマーとの接触時間が増加し、膜内の負の固定荷電基量が増加したためだと考えられる。また、IEC
anionが低下したのは、グラフト重合時間の増加に伴い、元々膜が有している正の固定荷電基とモノマーが有している負の固定荷電基とが反応する確率が増加したためだと考えられる。モノマー溶液濃度が20質量%、グラフト重合時間が9時間のとき、IEC
cation=0.56meq/g、IEC
anion=0.47meq/gを示し、負の固定荷電基と正の固定荷電基量が最も近くなった。
【0077】
【表6】
【0078】
(電解質選択透過性とKCl透過流束との関係)
表7に(5)拡散透析試験から得られたMC1〜MC8における電解質選択透過性(α)、KCl透過流束(J
KCl)及びスクロース透過流束(J
Suc)を示す。また、
図19、20にMC1〜MC4、MC5〜MC8における電解質選択透過性(α)とKCl透過流束(J
KCl)の関係をそれぞれ示す。グラフ上で、プロットが右上に位置する膜ほど、より高性能なモザイク荷電膜であると言える。
図19及び20から分かるように、MC1〜MC8は、高い電解質選択透過性(α)とKCl透過流束(J
KCl)を示す。また、MC1〜MC4は、MC5〜MC8に比べて高い電解質選択透過性(α)を示しているが、これは含水率が低いため膜構造が緻密になり非電解質の透過を制御したためだと考えられる。KCl透過流束(J
KCl)は、MC5〜MC8の方がMC1〜MC4よりも10倍以上高い値を示しているが、これは、MC5〜MC8の方がモノマー溶液濃度が高いため、より多くのラジカルとモノマーが反応し、より多くの固定荷電基を生成したためだと考えられる。
【0079】
【表7】
【0080】
(浸透水試験結果)
図21〜25に作製したMC5における経時変化に伴うCell I側(脱イオン水側)、Cell II側(KCl水溶液側)の体積変化を示す。図中、Vは体積変化、tは浸透時間、白抜きの丸印(○)はCell I側(脱イオン水側)の体積変化、黒の丸印(●)はCell II側(KCl水溶液側)の体積変化を表す。
図21〜25は、試験開始時のKCl溶液濃度が、0.001、0.01、0.05、0.5、1.0mol/dm
3の場合の結果を示す。
図21及び22において、KCl水溶液側及び脱イオン水側の体積変化はみられない。これは駆動力となるKClの濃度勾配が低いため、測定時間範囲において、水の移動が観測できなかったためと考えられる。
図23及び24において、作製したモザイク荷電膜では測定時間が増加するに伴い、脱イオン水側の体積が増加しKCl水溶液側の体積は減少した。これは、KCl水溶液と脱イオン水間の濃度差で生じる浸透圧により、脱イオン水側の水分子がKCl水溶液側に移動する(正浸透現象)よりも、KCl水溶液側から水和したイオンが脱イオン水側に移動するときに、イオンに伴って移動する水和水の量が大きくなるため、KCl水溶液側から脱イオン水側へのみかけ上の水移動量が多くなるためだと考えられる。この現象を負の浸透現象と呼び、その機構を
図26に示す。
図25において、測定時間が増加するに伴い、脱イオン水側の体積が減少し、KCl側の体積は増加した。これは、KClの濃度勾配が大きくなり、正浸透現象で移動する水の量が負の浸透現象で移動する水の量よりも大きくなったためである。この結果より本発明のモザイク荷電膜が、少なくとも1mol/dm
3未満の電解質濃度において負の浸透現象を示すことが確認された。
【0081】
(圧透析試験による高圧側及び低圧側濃度の経時変化)
従来の方法により作製したモザイク荷電膜では、機械的強度が低かったため圧透析を行うことができなかった。しかし、本発明の製造方法では、膜の大部分を未改質のまま局所的に高荷電密度のパスを生成することができるため機械的強度を保つことが可能である。そのため、30μmと薄い膜厚でも圧透析を行うことができる。圧透析を行える利点は、電解質の拡散を行うための駆動力として濃度差以外に圧力差を利用できる点である。2つの駆動力を利用することで1つの駆動力で電解質の拡散を行うよりもより多くの電解質の拡散を行うことができる。MC5〜MC8を用い溶液濃度0.01mol/dm
3のNaCl水溶液、流速0.5ml/s、圧力0.8MPaの条件下で圧透析を行った。
図27〜30にMC5〜MC8の経時変化に伴う高圧側及び低圧側濃度変化を示す。図中、C
NaClはNaCl濃度、tは透析時間、白抜きの丸印(○)は低圧側の濃度、黒の丸印(●)は高圧側の濃度を表す。また、
図27はMC5、
図28はMC6、
図29はMC7、
図30はMC8の試験結果を示す。MC5〜MC8の全ての膜において、高圧側の溶液濃度は経時変化に伴い濃度が低下し、低圧側の溶液濃度は経時変化に伴い濃度が増加した。これは、高圧側から0.8MPaの圧力をかけることにより電解質が低圧側に移動したためである。また、
図27〜30の全てのグラフにおいて低圧側のNaClの濃度は、比例的に増加した。
【0082】
(膜電位(Δφ)とグラフト重合時間(t)との関係)
図31にMC5〜MC8の膜電位(Δφ)とグラフト重合(t)との関係を示す。モザイク荷電膜は膜内に正の固定荷電基と負の固定荷電基が等しい量存在する時、最大の膜性能を示す。この時の膜電位を測定した場合、正の固定荷電基と負の固定荷電基が等しい量存在するため0mvを示す。グラフト重合時間の増加に伴い膜電位が増加し、グラフト重合時間が6時間の時0mVに最も近い3.08mVを示した。これは、元々陰イオン交換膜が有する正の固定荷電基量とほぼ同量の負の固定荷電基をグラフト重合により導入することができたためだと考えられる。