特許第6872768号(P6872768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6872768
(24)【登録日】2021年4月22日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】mTORC1活性化抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/655 20060101AFI20210510BHJP
   A61K 31/426 20060101ALI20210510BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20210510BHJP
   A61P 37/06 20060101ALI20210510BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210510BHJP
   A61K 45/00 20060101ALN20210510BHJP
   A61K 31/5415 20060101ALN20210510BHJP
   A61K 31/166 20060101ALN20210510BHJP
【FI】
   A61K31/655ZNA
   A61K31/426
   A61P35/00
   A61P37/06
   A61P43/00 105
   A61P43/00 111
   !A61K45/00
   !A61K31/5415
   !A61K31/166
【請求項の数】1
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-206578(P2016-206578)
(22)【出願日】2016年10月21日
(65)【公開番号】特開2018-65772(P2018-65772A)
(43)【公開日】2018年4月26日
【審査請求日】2019年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 周作
(72)【発明者】
【氏名】岩田 祐之
【審査官】 長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】 Carcinogenesis,2013年,Vol.34, No.9,pp.2080-2089
【文献】 PNAS,2015年,Vol.112, No.14,pp.4423-4428
【文献】 生物工学会誌,2012年,Vol.90, No.2,p.97
【文献】 Journal of Cellular Biochemistry,2016年 4月,Vol.117,pp.836-843
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61K 45/00
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイナソア、又はPitStop(登録商標)−2を有効成分とするヒト細胞内へのダイナミン依存性エンドサイトーシスによるアミノ酸取り込み抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤を有効成分とするmTORC1活性化抑制剤や、かかるmTORC1活性化抑制剤を含む細胞増殖抑制用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
真核細胞はTOR(target of rapamycin:哺乳類細胞ではmTORと呼ばれる)というタンパク質を持つ。TORは酵母からヒトまで生物種を超えて広く保存されており、このことから、TORが細胞の基本的機能に欠かすことの出来ない重要なタンパク質であることが示唆されている。事実、マウスでmTORを欠損させると胚発生初期で発生停止に陥ることが知られている。
【0003】
mTORは2つの異なる機能を持った複合体として存在し、それぞれmTOR complex 1(mTORC1)、mTOR complex 2(mTORC2)と呼ばれる。mTORC1とmTORC2の違いはmTORに結合する調節タンパク質の違いによる。mTORC2の活性化メカニズムについては未だ不明な点が多いが、mTORC1の活性化メカニズムは比較的よく研究されている。
【0004】
mTORC1は、細胞外液に含まれるアミノ酸等の栄養素及びインスリン等の成長因子が存在する時に細胞内で活性化されることが報告されている(非特許文献1参照)。活性化されたmTORC1は、様々なタンパク質をリン酸化することにより、細胞の生存や増殖を助けることが知られている。しかしながら、その活性化メカニズムが明らかになったのは最近のことである。最近の知見によると、mTORC1の活性化は、リソソームと呼ばれる、膜小胞の形をした細胞内小器官で起こることが明らかとなった。リソソーム内腔と細胞質内にはアミノ酸センサータンパク質が存在し、それらのセンサータンパク質がアミノ酸を感知すると、mTORC1をリソソーム膜上に移動させる。リソソーム膜上にはRhebと呼ばれるmTORC1の活性化分子が局在するため、mTORC1が活性化される、というメカニズムがこれまで明らかとなっている(非特許文献2、3参照)。しかし、アミノ酸は極性分子であり、それ自身は生体膜を通り抜けることが出来ない性質を持つため、細胞外液のアミノ酸がどのようにしてリソソーム内腔や細胞質内に効率よく到達できるのか、未だ明らかではない。こうしたなか、mTORの活性に関与するL−グルタミン及びL−ロイシンの細胞内への取り込みに関しては、SLC1A5やSLC7A5/SLC3A2ヘテロダイマーがトランスポーターとして働くことが開示されている(非特許文献4参照)。
【0005】
mTOR阻害剤としてはラパマイシン(Rapamycin)が知られているが(非特許文献5参照)、ラパマイシンはFKBP12と呼ばれるタンパク質を介してmTOR自体をターゲットとしており、長時間作用させるとmTORC1だけでなくmTORC2にも作用することが知られている。
【0006】
一方、細胞質と細胞外液の境目である細胞膜では、常時、エンドサイトーシスと呼ばれる現象が起こっている。エンドサイトーシスは、細胞膜の一部が細胞質側に陥没し、ついで、陥没した部分が細胞膜から切り離されることによって、小胞として細胞質側に落ち込むという現象である。このようにして出来た小胞は、内腔に細胞外液を含む。このような小胞はエンドソームと呼ばれる細胞内小器官とまず融合し、最終的にはリソソームと融合することが知られているため、エンドサイトーシスは細胞外液をリソソーム内腔に効率的に運ぶ手段として有力である。エンドサイトーシスとしては、いくつか知られているが、細胞外液に含まれるどの物質が上記のいずれのエンドサイトーシスによって細胞質内にとりこまれているかの詳細は明らかとなっていない。
【0007】
また、エンドサイトーシス阻害剤の用途として、腫瘍に対する免疫応答を増強させるための免疫療法剤(特許文献1参照)や、仮足形成阻害剤若しくは腫瘍の浸潤抑制剤(特許文献2参照)が開示されているが、エンドサイトーシス阻害剤とmTORC1の活性や、エンドサイトーシス阻害剤と細胞増殖との関係は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2015−536327号公報
【特許文献2】特開2009−57364号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Hara et al., 1998 J. Biol. Chem., 273:14484-14494
【非特許文献2】Sancak et al., 2008 Science, 320:1496-1501
【非特許文献3】Sancak et al., 2010 Cell, 141:290-303
【非特許文献4】Paul et al., 2009 Cell, 136:521-534
【非特許文献5】Sarbassov et al., Mol Cell. 2006 Apr 21;22(2):159-68
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、mTORC1活性化を抑制する剤や、mTORC1活性化を抑制することによる細胞増殖抑制用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
細胞はエンドサイトーシスにより細胞外液を常時取り込んでいるが、その中に含まれる栄養素がどのように細胞に影響を与えるのかは理解が進んでいない。本発明者らは、エンドサイトーシスによって細胞外液のアミノ酸がリソソーム内腔に効率的に運ばれ、このプロセスがmTORC1活性の維持に重要なのではないかと考え、研究を行った。その結果、ダイナミン依存性エンドサイトーシスを阻害するとmTORC1の活性を抑制することや、ダイナミン依存性エンドサイトーシスにより取り込まれるアミノ酸がmTORC1の活性に関与することを見出し、さらに、ダイナミン依存性エンドサイトーシスによりmTORC1の活性を抑制することによって細胞増殖が抑制されることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、以下に示すとおりのものである。
(1)ダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤を有効成分とするmTORC1活性化抑制剤。
(2)ダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤が、ダイナソア、PitStop(登録商標)−2又はクロルプロマジンであることを特徴とする上記(1)記載のmTORC1活性化抑制剤。
(3)上記(1)又は(2)記載のmTORC1活性化抑制剤を含む細胞増殖抑制用組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、mTORC1活性化を抑制することが可能となる。また、従来のmTOR阻害剤は、mTORC1及びmTORC2に共通のサブユニットであるmTORを標的にしていることから、mTORC1だけではなく、アポトーシス、グルコース代謝、NF−κBシグナル、脳神経系機能等に関与するAKTシグナルの上流に位置するmTORC2も阻害してしまうという問題があった。しかしながら、ダイナソア又はPitStop−2を有効成分とするmTORC1活性化抑制剤を用いれば、mTORC1を特異的に阻害することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1におけるウエスタンブロッティング解析の結果を示す図である。
図2】実施例2における免疫染色の結果を示す図である。
図3】実施例3におけるウエスタンブロッティング解析の結果を示す図である。
図4】実施例4におけるウエスタンブロッティング解析の結果を示す図である。
図5】実施例5におけるウエスタンブロッティング解析の結果を示す図である。
図6】実施例6におけるウエスタンブロッティング解析の結果を示す図である。
図7】実施例7における細胞増殖抑制解析の結果を示す図である。
図8】Dynasore又はPitStop−2がエンドサイトーシスによるアミノ酸取り込みを阻害し、mTORC1の上流を遮断することで、mTORC1活性を特異的に阻害することの説明図である。
図9】エンドサイトーシスによる細胞内アミノ酸の取り込みとmTORC1活性化との関係についてまとめた図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、ダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤を有効成分とするmTORC1活性化抑制剤であれば特に制限されず、ここで、ダイナミン依存性エンドサイトーシスとは、細胞膜の一部が細胞質側に陥没し、ついで、陥没した部分が細胞膜から切り離されることによって、小胞として細胞質側に落ち込むという現象を意味し、マクロピノサイトーシスは含まれない。かかるダイナミン依存性エンドサイトーシスによって、アミノ酸等を含む細胞外液がリソソーム内腔に運ばれる。
【0016】
ダイナミン依存性エンドサイトーシスとしては、カベオラ依存性エンドサイトーシス(Caveolar−mediated endocytosis)、クラスリン依存性エンドサイトーシス(Clathrin−mediated endocytosis)等のダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤を挙げることができ、クラスリン依存性エンドサイトーシスをより好適に挙げることができる。
【0017】
本発明におけるダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤としては、上記ダイナミン依存性エンドサイトーシスを阻害する物質であれば特に制限されず、ダイノール(登録商標)34−2(Dynole34−2:2-Cyano-N-octyl-3-[1-(3-dimethylaminopropyl)-1H-indol-3-yl]acrylamide)、ダイノール(登録商標)2−24(Dynole2−24:N-[[1-[3-(Dimethylamino)propyl]-1H-indol-3-yl]methyl]decan-1-amine)、ダイナソア(Dynasore:3-Hydroxynaphthalene-2-carboxylic acid(3,4-dihydroxybenzylidene)hydrazide)、ディンゴ(登録商標)4a(Dyngo4a:3-Hydroxy-N'-[(2,4,5-trihydroxyphenyl)methylidene]naphthalene-2-carbohydrazide)、PitStop(登録商標)−1(2-(4-Aminobenzyl)-1,3-dioxo-2,3-dihydro-1H-benzo[de]isoquinoline-5-sulfonic acid sodium salt)、PitStop−1−25(3-Sulfo-N-(benzyl)-1,8-naphthalimide potassium salt)、PitStop−2(N-[5-(4-Bromobenzylidene)-4-oxo-4,5-dihydro-1,3-thiazol-2-yl]naphthalene-1-sulfonamide)、フェノチアジン(phenohiazine)、プロマジン(Promazine)、クロルプロマジン(Chlorpromazine)、トリフルプロマジン(Triflupromazine)、チオリダジン(Thioridazine)、トリフルオペラジン(Trifluoperazine)、ペルフェナジン(Perphenazine)、フルフェナジン(Fluphonazine)、プロクロルペラジン(Prochlorperazine)、メチル−β―シクロデキストリン(Methyl−β−cyclodextrin)、フィリピン(Filipin)、サイトカラシン(Cytochalasin)、又はラトランクリン(Latrunculin)を挙げることができ、ダイナソア(Dynasore)、PitStop−2又はクロルプロマジンを好適に挙げることができ、ダイナソア(Dynasore)又はPitStop−2をより好適に挙げることができ、PitStop−2をさらに好適に挙げることができる。
【0018】
上記エンドサイトーシス阻害剤は、市販品を用いることもでき、化学合成品を用いることもできる。なお、上記それぞれのPitStopは国際公開第2013/010218号パンフレットに記載の方法を参考に合成することが可能である。
【0019】
また、上記ダイナミン依存性エンドサイトーシスを阻害する物質として、ダイナミンドミナントネガティブや、ダイナミンの発現を抑制するsiRNA、アンチセンスRNA、miRNA、shRNA、リボザイム等を挙げることができる。ダイナミンドミナントネガティブとしては、ダイナミンを構成するアミノ酸の1つ、2つ、又は3つ、好ましくは1つのアミノ酸が他のアミノ酸に置換したものを挙げることができき、配列番号1に示すアミノ酸配列の44番目のリジンがアラニンに置換したものを好適に挙げることができる。なお、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列を配列番号2に示す。
【0020】
本発明の細胞増殖抑制用組成物としては、上記本発明のmTORC1活性化抑制剤を含んでいればよく、さらに、抗がん剤や免疫賦活剤等を含んでいてもよい。
【0021】
本発明のmTORC1活性化抑制剤及び細胞増殖抑制用組成物には、溶解剤、増量剤、賦形剤、担体等の薬学的に許容される添加剤と混合して注射剤、錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、カプセル剤、貼付剤、軟膏剤、スプレー剤、溶液剤、徐放剤等の製剤とすることができる。溶解剤、増量剤、賦形剤又は担体等の薬学的に許容される添加剤の種類及び組成は投与経路や投与方法によって決めることができる。
【0022】
本発明の医薬の適当な投与経路としては特に限定されず、経口、直腸内、経粘膜、腸内、筋肉内、皮下、骨髄内、鞘内、直接心室内、静脈内、硝子体内、腹腔内、鼻腔内、又は眼内注射を含めてもよい。投与経路は、投与対象の年齢や病状、併用する他の薬剤などを考慮して適宜選択することができる。
【0023】
製剤中におけるエンドサイトーシス阻害剤の含量は製剤により種々異なるが通常0.001〜100重量%、好ましくは0.01〜98重量%である。例えば注射剤の場合には、通常0.001〜30重量%、好ましくは0.01〜10重量%の有効成分を含むようにすることがよい。経口剤の場合には、添加剤とともに錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、液剤、ドライシロップ剤等の形態で用いられる。カプセル剤、錠剤、顆粒、散剤は一般に0.1〜100重量%、好ましくは1〜98重量%の有効成分を含む。投与量は、投与対象の年齢、体重、症状等により決定されるが、治療量は一般に、非経口投与で0.001〜10mg/kg/日、経口投与で0.01〜100mg/kg/日とすることができる。溶液で用いる場合は、1nM〜1000mM、好ましくは1nM〜1000μMの濃度で用いる。
【0024】
また、本発明のmTORC1活性化抑制剤及び細胞増殖抑制用組成物は、抗がん剤や免疫賦活剤等と併用して用いることもできる。
【0025】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。なお、本発明の実施例においては、以下の抗体及び試薬を用いた。
【実施例1】
【0026】
(Dynasore及びPitStop−2によるmTORC1及びmTORC2の活性化抑制)
Dynasore及びPitStop−2を用いてmTORC1及びmTORC2の活性化抑制効果、ならびにmTORC1及びmTORC2の構成タンパク質であるmTOR、Raptor、Rictorの発現量を以下に示すウエスタンブロット解析により調べた。また、Dynsosre及びPitstop−2の比較対象としてTorin 1及びアミノ酸不含培地を用いた。
【0027】
1.細胞
293T(HEK293T)細胞(理研バイオリソースセンターより購入)は、10%ウシ胎児血清(HyClone社製)及びストレプトマイシン/ペニシリン(和光純薬工業社製)を添加したDMEM培地(和光純薬工業社製)を用いて、5% CO濃度に保ったCOインキュベーターの中で維持した。
【0028】
2.ウエスタンブロッティング
293T細胞はコラーゲン(Cellmatrix type I-C: 新田ゼラチン社製)でコートした12−wellプレート内に2×105cells/wellの細胞密度で播種した。培地は10% Nu−serum(Thermo Fisher Scientific社製)を含むRPMI1640培地を用いた。ここで、ウシ胎児血清の代わりにNu−serumを用いた理由としては、Dynasoreを使用する際にNu−serumの使用が推奨されているからである(Kirchhausen et al., Methods Enzymol. 438:77-93. doi:10.1016/S0076-6879(07)38006-3.2008)。実際に、Dynasoreがウシ胎児血清中のアルブミンによって不活化されることが報告されている(McCluskey et al., Traffic Cph. Den. 14:1272-1289. doi:10.1111/tra.12119.2013)。播種した細胞をCOインキュベーター内で18−20時間培養した後、細胞の培地をDynasore、PitStop−2(Abcam社製)、又はTorin 1(Tocris Bioscience社製)を含む10% Nu−serum(Thermo Fisher Scientific社製)添加RPMI1640培地(和光純薬工業社製)、あるいは薬剤を含まないアミノ酸不含RPMI1640培地に交換し、薬剤処理又はアミノ酸飢餓を開始した。薬剤処理又はアミノ酸飢餓を開始後、COインキュベーター内で15分、1時間、4時間、又は24時間静置した。続いて、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で細胞を1回洗浄し、冷却したLysis buffer(20mM Tris−HCl (pH 7.5)、150mM NaCl、1mM EDTA、1mM EGTA、2.5mM Pyrophosphate、1mM β−glycerophosphate、1mM Orthovanadate、1% Triton X−100、protease inhibitor cocktail(cOmplete:Sigma-Aldrich社製))を加え、細胞を溶解した。細胞溶解液は14000rpm 4℃で10分間遠心し、可溶画分である上清をサンプルとして回収した。サンプルはドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含むsample bufferと混合し、5分間煮沸した後、ウエスタンブロッティングによる解析時まで−20℃で保存した。ウエスタンブロッティングにおいては、サンプル中のタンパク質をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)により分子量ごとに分離後、PVDFメンブレンに転写した。メンブレンはブロッキングバッファー(2% skim milk及び0.1% Tween 20を含んだトリス緩衝生理食塩水(TBS))を用いてブロッキングした後、目的のタンパク質に結合する1次抗体(rabbit anti-phospho-p70 S6 kinase (Thr389) (#9234)、rabbit anti-phospho-Akt (Ser473) (#4060)、 rabbit anti-Akt (#4691)、rabbit anti-Dynamin I/II (#2342)、rabbit anti-GAPDH (#5174P)、rabbit anti-mTOR (#2983)、rabbit anti-p70 S6 kinase (#2708)、rabbit anti-Raptor (#2280)、rabbit anti-Rictor (#2114):Cell Signaling technology社製)、及びhorseradish peroxidase(HRP)標識2次抗体(goat anti-rabbit IgG (H+L)-HRP:Jackson Immunoresearch社製)で処理し、発光基質EzWestLumi plus(Atto社製)を加え、ケミルミネッセンスイメージャー(LAS3000(Fujifilm社製))で検出した。なお、Torin 1はmTORC1及びmTORC2の両方を阻害する薬剤である。
【0029】
3.結果
ウエスタンブロッティングの解析結果を図1に示す。DynasoreとPitStop−2はアミノ酸飢餓と同様に、mTORC1活性を抑制するが、mTORC2活性は抑制しておらず、DynasoreとPitStop−2はmTORC1活性を特異的に抑制することが明らかとなった。Torin 1等の従来のmTOR阻害剤は、mTORC1及びmTORC2に共通のサブユニットであるmTORを標的にしていることから、mTORC1だけではなく、アポトーシス、グルコース代謝、NF−κBシグナル、脳神経系機能等に関与するAKTシグナルの上流に位置するmTORC2も阻害してしまうという問題があった。上記のウエスタンブロッティングの解析の結果、DynasoreとPitStop−2はmTORC1活性を特異的に抑制することから、AKTシグナルに影響しないという点で従来のmTOR阻害剤と比較して優れているといえる。また、mTORC1及びmTORC2の構成タンパク質であるmTOR、Raptor、Rictorについては、Dynasore及びPitStop−2による発現量の顕著な変化は見られなかったことから、これらの発現量の減少がmTORC1活性の減少の原因ではないことが明らかとなった。
【0030】
なお、上記非特許文献4に記載のとおり、mTORC1の活性に関与するアミノ酸の細胞内への取り込みはトランスポーターによって行われると考えられていたが、上記データにより、Dynasore又はPitStop−2を用いれば、トランスポーターを制御することなくmTORC1活性を抑制することが可能であることが明らかとなった。
【実施例2】
【0031】
(Dynasore処理によるmTORC1の局在の変化)
Dynasore処理により、mTORC1の局在がどのようになるかを以下に示す免疫染色によって調べた。
【0032】
1.免疫染色
コラーゲン(Cellmatrix Type I-C:HyClone社製)でコートしたカバースリップの入った6−wellプレートを用意し、293T細胞を3×10cells/wellで播種した。培地は10% Nu−serumを含むRPMI1640培地を用いた。COインキュベーター内で18−20時間培養後、細胞の培地をDynasoreを含む10% Nu−serum添加RPMI1640培地に交換し、薬剤処理を開始した。COインキュベーター内で1時間の薬剤処理を行った後、細胞をPBSで1回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを含むPBSを加え20分間室温で処理し、細胞を固定した。その後、0.05% Triton X−100を含むPBSに交換し5分間室温で処理することで膜透過処理を行い、0.02% gelatinを含むPBSに交換し30分間以上室温で処理することでブロッキングを行った。免疫染色を目的タンパク質に対応する1次抗体(mouse anti-Lamp1 (sc-20011):Santa Cruz Biotechnology社製、rabbit anti-mTOR (#2983):Cell Signaling technology社製))、及び蛍光標識2次抗体(Goat anti-rabbit IgG (H+L)-Alexa 、goat anti-mouse IgG (H+L)-Alexa 568(Thermo Fisher Scientific社製))を用いて行い、封入剤(Prolong Gold with DAPI(Thermo Fisher Scientific社製))を用いてスライドグラス上に封入後、共焦点蛍光レーザー顕微鏡LSM 710(Zeiss社製)を用いて画像を取得した。
【0033】
2.結果
免疫染色の結果を図2に示す。Dynasore処置なしの場合には、mTORC1はリソソーム(Lamp1)と共局在するのに対し、Dynasore(80μM)で1時間処理した細胞では、リソソーム(図中の矢印)と共局在しなくなった。したがって、Dynasoreは、mTORC1のリソソームへの局在化を阻害し、その結果mTORC1の活性化が抑制されることが明らかとなった。
【実施例3】
【0034】
(DynasoreのmTORC1の活性化抑制に対するシクロヘキシミドの影響)
Dynasore処理によるmTORC1活性阻害は、細胞内アミノ酸の枯渇が原因か否かを確認するため、Dynasore処理の際にシクロヘキシミド(CHX)を用いて実施例1と同様にmTORC1の活性化抑制を調べた。なお、シクロヘキシミド(CHX)はタンパク質合成阻害剤であり、シクロヘキシミドで処理すると、細胞内のアミノ酸がタンパク質合成に使われるのを阻害され、細胞内アミノ酸濃度が上昇し、その結果mTORC1活性が上昇することが知られている。
【0035】
1.ウエスタンブロッティング
Dynasore80μMと共にシクロヘキシミド10μg/ml(和光純薬工業社製)を加えた以外は実施例1と同様の方法で行った。
【0036】
2.結果
ウエスタンブロッティングの結果を図3に示す。シクロヘキシミド処理により、Dynasore処理で認められるリン酸化S6Kの減少が打ち消された。このことから、Dynasore処理によるmTORC1活性阻害は、細胞内アミノ酸の枯渇が原因であることが示唆された。
【実施例4】
【0037】
(ChlorpromazineによるmTORC1の活性化抑制)
Chlorpromazineを用いてmTORC1の活性化抑制効果を以下に示すウエスタンブロット解析により調べた。なお、Chlorpromazineはダイナミンを阻害することが知られている(Daniel et al., Traffic 16: 635-654. doi:10.1111/tra.12272.2015)。
1.ウエスタンブロッティング
293T細胞の代わりにRaw264細胞(マウスマクロファージ様細胞)を用い、コラーゲンコートを行わない12−wellプレートに3×105cells/wellの細胞密度で播種し、培地は10% ウシ胎児血清(Hyclone社製)を含むDMEM培地(和光純薬工業社製)を用いた以外は実施例1と同様に行った。薬剤はChlorpromazine(和光純薬工業社製)を用いた。
【0038】
2.結果
ウエスタンブロッティングの結果を図4に示す。Dynasore、PitStop−2と同様に、Chlorpromazineが顕著にmTORC1活性を阻害することが明らかとなった。
【実施例5】
【0039】
(様々な細胞株でのmTORC1の活性化抑制)
実施例1では293T細胞を用いたが、さらに他の細胞でのmTORC1の活性化抑制効果を調べた。
1.ウエスタンブロッティング
293T細胞の代わりにRaji細胞(ヒトB細胞バーキットリンパ腫)、Jurkat(ヒト急性T細胞白血病)、K562細胞(ヒト慢性骨髄性白血病)、U937細胞(ヒト組織球性リンパ腫)を用いた以外は実施例1と同様に行った。
2.結果
ウエスタンブロッティングの結果を図5に示す。293T細胞だけでなく、Raji細胞、Jurkat、K562細胞、U937細胞等の様々な血球系がん細胞株においても、Dynasoreが顕著にmTORC1活性を阻害することが明らかとなった。
【実施例6】
【0040】
(ダイナミンドミナントネガティブ(Dynamin−DN)によるmTORC1の活性化抑制)
1.Dynamin−2 K44A発現細胞の作製
293T細胞にDynamin−2のドミナントネガティブ型(K44A)を一過性に遺伝子導入し、24時間後に細胞サンプルを回収した。具体的には、Dr. Sandra Schmidからの分与を受けたpcDNA3.1/HA-Dynamin-2 K44A又はpcDNA3.1(-)(Thermo Fisher Scientific社製)を、Lipofectamine 2000(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて293T細胞にトランスフェクションした。導入した、HA-Dynamin-2 K44Aをコードする塩基配列を配列番号1に示す。次に、COインキュベーター内で24時間静置し、実施例1と同様の方法で細胞サンプルを回収し、ウエスタンブロッティング解析を行った。
【0041】
(結果)
結果を図6に示す。Dynasoreの標的分子であるダイナミンをドミナントネガティブ型ダイナミンの過剰発現で阻害したところ、Dynasoreを用いた場合と同様にmTORC1活性化抑制が起こった。したがって、ドミナントネガティブ型ダイナミンを用いてもmTORC1活性化を抑制することや、DynasoreによるmTORC1阻害が、薬剤の副作用ではなく、Dynamin阻害を通したものであることが示された。
【実施例7】
【0042】
(細胞増殖抑制)
mTORC1は細胞増殖において主要な役割を担う分子であることから、エンドサイトーシス阻害剤はmTORC1特異的抑制を通して細胞増殖抑制剤として機能すると考えられる。そこでDynasore及びPitStop−2で処理した場合に細胞増殖を抑制するかどうかを、以下に示す生細胞数アッセイによって調べた。
【0043】
Cell counting kit−8(同仁化学社製)を用いて、製品説明書に従い生細胞数を測定した。まず、293T細胞を96−wellプレートに5×10cells/wellの密度で播種した。培地は10% Nu−serumを含むRPMI1640培地を使用した。COインキュベーター内で18−20時間培養後、細胞の培地をDynasore又はPitStop−2含む10%−serum添加RPMI1640培地に交換し、薬剤処理を開始した。各薬剤処理は2wellずつ行った(duplicateアッセイ)。24時間若しくは48時間COインキュベーター内で薬剤処理した後、10μlのCell counting kit−8試薬を各ウェルに加え、COインキュベーター内で2時間静置して発色させたあと、450nm波長の吸光度をiMark plate reader(Bio-Rad)で測定した。コントロールとして、細胞を含まずに培地と試薬のみを含むウェルを作製し、それぞれのサンプル測定値からコントロール測定値を引いた値を生細胞数の指標とした。
【0044】
結果を図7に示す。Dynasore又はPitStop−2のいずれも濃度依存的に細胞増殖を抑制することが確認された。
【0045】
[上記結果のまとめ]
本発明によって、図8に示すように、Dynasore又はPitStop−2がダイナミン依存性エンドサイトーシスによるアミノ酸取り込みを阻害し、mTORC1の上流を遮断することで、mTORC1活性を特異的に(mTORC2活性に影響を与えずに)阻害し、細胞増殖を抑制するというメカニズムが明らかとなった。また、クロルプロマジンもダイナミン依存性エンドサイトーシスによるアミノ酸取り込みを阻害し、mTORC1活性を阻害することが明らかとなった。Dynasore、PitStop−2、又はクロルプロマジンは細胞増殖に必要なシグナル分子であるmTORC1を、その上流である「細胞内への栄養取り込み」という根本のプロセスから阻害するため、強力な細胞増殖抑制剤として働き、特に、がん細胞のように栄養要求性の高い細胞種に選択的に作用する可能性がある。
【0046】
ダイナミン依存性エンドサイトーシス阻害剤がmTORC1を阻害するメカニズムとして、本発明者らは、ダイナミン依存性エンドサイトーシスによるアミノ酸取り込みが阻害されたためだという仮説を立てた。その仮説を支持するように、アミノ酸存在下で起こることが知られているmTORのリソソーム局在が、Dynasore及びPitStop−2処理により解消された。また、タンパク質合成阻害剤であるシクロヘキシミドで細胞を処理すると、Dynasore及びPitStop−2によるmTORC1活性の減少が打ち消された。これらの結果から、Dynasore及びPitStop−2のmTORC1抑制効果は、細胞内アミノ酸の枯渇によるものだと示唆された。
【0047】
また、これまでの知見及び本発明による結果に基づき、ダイナミン依存性エンドサイトーシスによる細胞内アミノ酸の取り込みとmTORC1活性化との関係についてまとめると以下のように考えられる。ダイナミン依存性エンドサイトーシスによる細胞内アミノ酸の取り込みとmTORC1活性化との関係の概念図を図9に示す。まず、ダイナミン依存性エンドサイトーシスにより細胞外のアミノ酸が効率よくリソソーム内に運ばれる。リソソーム膜上のV−ATPaseはその内腔部分にアミノ酸センサーを持つことが報告されており(Zoncu et al. 2011, Science, 334, 678-683)、リソソーム内のアミノ酸濃度が上昇すると、V−ATPaseがRagulatorと呼ばれる複合体を活性型に変換し、ついで活性型RagulatorはmTORC1をリソソーム上に繋ぎ止める。リソソーム上にはmTORC1活性化分子であるRhebが存在するため、mTORC1はリソソーム上において活性化される。なお、成長因子はAKTと呼ばれるタンパク質(図中では省略)の活性化を介して、Rhebを活性化させる。ただし、成長因子の存在下でRhebが活性化していたとしても、アミノ酸が無い状態ではmTORC1は活性化されないため、アミノ酸はmTORC1活性化の必要条件であると言える。換言すれば、Dynasore、PitStop−2又はクロルプロマジン等のエンドサイトーシス阻害剤によってアミノ酸の取り込みを抑制することでmTORC1活性化が抑制される。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、細胞増殖抑制剤や、mTORC1を標的とした抗がん剤、免疫抑制剤として産業上利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]