特許第6873020号(P6873020)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6873020フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびに燃料改質器および燃焼器の部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873020
(24)【登録日】2021年4月22日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびに燃料改質器および燃焼器の部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210510BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20210510BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20210510BHJP
   C23G 1/08 20060101ALI20210510BHJP
   C23G 1/32 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
   C21D9/46 R
   C23G1/08
   C23G1/32
【請求項の数】9
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-189114(P2017-189114)
(22)【出願日】2017年9月28日
(65)【公開番号】特開2019-65319(P2019-65319A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年5月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】秦野 正治
(72)【発明者】
【氏名】菅生 三月
(72)【発明者】
【氏名】浅川 修治
【審査官】 瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−204709(JP,A)
【文献】 特開2016−183375(JP,A)
【文献】 特開2003−160844(JP,A)
【文献】 特開2009−030078(JP,A)
【文献】 特開2016−211076(JP,A)
【文献】 特開2017−125248(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 9/46
C22C 38/60
C23G 1/08
C23G 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:12.0〜25.0%、
C:0.030%以下、
Si:4.0%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0030%以下、
Mo:3.0%以下、
Al:0.50%以下および
N:0.030%以下と、
Nb:0.001〜0.5%および/またはTi:0.001〜0.5%と、
B:0.0100%以下、Ga:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下およびCa:0.0100%以下から選択される1種以上と、
Ni:0〜0.5%、
Cu:0〜0.5%、
V:0〜0.5%、
Sn:0〜0.5%、
Sb:0〜0.5%、
W:0〜0.5%、
Co:0〜0.5%、
Zr:0〜0.5%、
Ta:0〜0.1%、
Hf:0〜0.1%および、
REM:0〜0.1%と、
残部:Feおよび不可避的不純物とであり、
下記の(1)を満足する化学組成を有し、
表面から5nmの深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率で、下記の(2)および(3)を満たす、フェライト系ステンレス鋼板。
(1)10(B+Ga)+Mg+Ca>0.010
(2)0.40<(Cr+Si+Mo)/Fe<1.20
(3)0.10<(Si+Mo)/Cr<1.60
【請求項2】
前記鋼板の集合組織が、
前記鋼板の板厚中心部において、前記鋼板の表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内の結晶粒を{112}±10°方位粒とするとき、下記の(4)〜(6)を満たす、
請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
(4)25%<(前記{112}±10°方位粒の面積率)<60%
(5)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向の長さ)<0.3mm
(6)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向に垂直な方向の長さ)<0.1mm
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Ni:0.01〜0.5%、
Cu:0.01〜0.5%、
V:0.01〜0.5%、
Sn:0.001〜0.5%、
Sb:0.001〜0.5%、
W:0.01〜0.5%、
Co:0.01〜0.5%、
Zr:0.001〜0.5%、
Ta:0.001〜0.1%、
Hf:0.001〜0.1%および、
REM:0.001〜0.1%から選択される一種以上を含む、
請求項1または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
ジメチルエーテルを燃料とする改質ガス環境下で用いられる、
請求項1から請求項3までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
水蒸気、水素および一酸化炭素を含む雰囲気下で用いられる、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
燃料改質器または燃焼器に用いられる、
請求項1から請求項5までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
請求項1または請求項3に記載の化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼板に仕上げ熱処理を施した後に酸洗を施すに際して、
前記フェライト系ステンレス鋼板をソルト浸漬し、硫酸濃度1〜35%の硫酸水溶液に浸漬し、硝酸濃度1〜20%および弗酸濃度0.1〜5%の硝弗酸水溶液に浸漬する、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項1から請求項6までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
請求項1または請求項3に記載の化学組成を有する熱延鋼板に、(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域での熱処理を施し、冷間圧延し、950℃以上の温度域での仕上熱処理を施す、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項1から請求項6までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板を用いた、ジメチルエーテルを燃料とする燃料改質器または燃焼器の部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびにそれを用いた燃料改質器および燃焼器の部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、石油を代表とする化石燃料の枯渇化、CO2排出による地球温暖化現象等の問題から、水素をエネルギー媒体として活用するための水素製造技術の開発が進められている。中でも、分散電源として実用的価値が高い家庭用燃料電池(以下「エネファーム」と記載する。)に用いられる水素は、主として、都市ガス(LNG)、メタン、天然ガス、プロパン、灯油、ガソリン等の炭化水素系燃料を原燃料として水蒸気改質反応によって製造されている。
【0003】
ところで、最近、環境にやさしい新たな燃料候補としてジメチルエーテル(以下「DME」と記載する。)が注目されている(非特許文献1)。非特許文献1において、DMEは無色・無臭で毒性が極めて低い気体であり、かつ加圧すると容易に液化することが知られている。このように、DMEは、上述の炭化水素系燃料と比較して毒性が低く、かつ取り扱いが容易であり、液化して貯蔵しやすい利点もあるため、これを新燃料とした水素製造技術が検討されている。
【0004】
非特許文献2には、DMEを燃料としてメタノールへの加水分解を経由して水素を改質する水蒸気改質反応が開示されている。その際、改質ガスは、例えば36.6%水素、50.7%水蒸気からなる多量の水素−水蒸気を含むことを特徴としている。非特許文献2で開示された技術は、クリーンで高効率な大規模発電システムを想定した水素の製造を意図としている。
【0005】
また、特許文献1には、DMEと酸素と不活性ガスからなる酸化剤とを混合した燃料ガスを使用して、一酸化炭素を経由した二段階の気相反応を経て水素を得る技術が開示されている。本製造法では、水素の改質温度を低温化することができる一方で、改質ガスは、多量の一酸化炭素を含むことが特徴である。特許文献1で開示された技術は、既存のインフラにおいて、エネファーム、または燃料電池自動車の燃料となる水素の製造を意図としている。
【0006】
従来、炭化水素系燃料を原燃料とした燃料改質器用ステンレス鋼としては、SUS310S(25Cr−20Ni)に代表される耐熱オーステナイト系ステンレス鋼に加えて、合金コストの低減を指向し、高価なNiを殆ど含まないフェライト系ステンレス鋼の検討が開示されている。
【0007】
特許文献2には、Cr:8〜35%、C:0.03%以下、N:0.03%以下、Mn:1.5%以下、S:0.008%以下、Si:0.8〜2.5%及び/又はAl:0.6〜6%を含み、更にNb:0.05〜0.8%、Ti:0.03〜0.5%、Mo:0.1〜4%、Cu:0.1〜4%の1種又は2種以上を含み、Si及びAlの合計量が1.5%以上に調整された石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、50%水蒸気、20%COからなる雰囲気中、900℃と室温での耐水蒸気酸化特性と熱疲労特性に優れるとしている。
【0008】
特許文献3には、Cr:12〜20%、C:0.03%以下、N:0.03%以下、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.95〜1.5%、S:0.008%以下、Al:1.5%以下とNb:0.1〜0.8%、Mo:0.1〜4%、Cu:0.1〜4%の1種又は2種以上を含み、A=Cr+Mn+5(Si+Al)で定義されるA値が15〜25の範囲に調整された炭化水素系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、50%水蒸気、20%COからなる雰囲気中、700℃と室温での耐水蒸気酸化特性と熱疲労特性に優れるとしている。
【0009】
特許文献4には、Cr:8〜25%、C:0.03%以下、N:0.03%以下、Si:0.1〜2.5%、Mn:1.5%以下、S:0.008%以下、Al:0.01〜4%、更にNb:0.05〜0.8%、Ti:0.03〜0.5%、Mo:0.1〜4%、Cu:0.1〜4%の1種又は2種以上を含み、A=Cr+5(Si+Al)で定義されるA値が13〜60の範囲に調整されたアルコール系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、50%水蒸気、20%COからなる雰囲気中、600℃と室温での耐水蒸気酸化特性と熱疲労特性に優れるとしている。
【0010】
特許文献5には、Cr:12〜24%、C:0.001〜0.03%、Al:0.002〜4%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、N:0.03%以下、Nb:0.01〜1%、更にSi:0.3〜4%以下及びMn:0.1〜2%の少なくともいずれかを含み、Cr+5Si+Mn+2Nb≧22を満たし、その表面に酸化皮膜を有し、酸化皮膜の成分としてSi及びMnのうち少なくともいずれかを0.5%以上含有し、Crを50%以上含有する酸化物が前記酸化皮膜に占める体積率の比率50%以上である燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。これらステンレス鋼は、26%水蒸気、7%CO、7%COと水素からなる雰囲気中、800℃の耐酸化特性に優れるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2010−18477号公報
【特許文献2】特許第3886785号公報
【特許文献3】特許第3942876号公報
【特許文献4】特許第3910419号公報
【特許文献5】特許第6067134号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】”DME(ジメチルエーテル)について”、高圧ガス保安協会、[平成29年9月19日検索]、インタネット〈URL:https://www.khk.or.jp/activities/research_development/lpg_lab/faq_dme.html>
【非特許文献2】東芝レビュー:vol.59,No.11(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
最近、DMEは水素を製造する新たな燃料として提案されており、改質ガスは、多量の水蒸気、水素に加え、さらに一酸化炭素を含むという特徴を持ち、一酸化炭素は、鋼の酸化を加速させる。しかし、DMEを燃料とした水素製造に関する技術について記載されている非特許文献2および特許文献1ではその改質ガス環境に好適な鋼材について一切言及されていない。
【0014】
また、石油系燃料改質器、炭化水素系燃料改質器、アルコール系燃料改質器で検討された特許文献2、特許文献3および特許文献4には、DMEを燃料とした改質ガス環境下の酸化特性、特に一酸化炭素の影響についての言及はない。そして、燃料改質器で検討された特許文献5で開示された技術では、雰囲気ガス中に一酸化炭素を含むものの、表面に予め酸化皮膜を形成させる予備酸化処理を必要とする。このように、燃料改質器や燃焼器を構成する部材において、DMEを原燃料として使用した場合、その改質ガス環境下において適応しうる耐酸化性が新たな課題である。
【0015】
さらに、業務用から大規模な発電システムを想定した水素製造を行なう場合、主として戸建での利用を想定したエネファームと比較して設備の大型化に伴う高温運転中のクリープ変形、特に構造体としての耐久性向上の視点から僅かな変形を抑止することも新たな課題として浮上した。特許文献2〜5には、このようなクリープ変形、クリープ特性に対する成分や組織要件については一切言及されていない。
【0016】
以上に述べたとおり、DMEを原燃料とした改質ガス環境下の耐酸化性を有し、設備の大型化に対応し得る耐クリープ特性および経済性を兼備したフェライト系ステンレス鋼については未だ得られていないのが現状である。
【0017】
本発明の目的は、上述した課題を解消し、DMEを原燃料とした改質ガス環境下に適応した耐酸化性を有し、設備の大型化に対応し得る耐クリープ特性および経済性を兼備したフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびに燃料改質器および燃焼器の部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、前述した課題を解決するために、DMEを原燃料とした改質ガス環境下において求められる耐酸化性と設備の大型化で生じる僅かな変形を抑止する耐クリープ特性を兼備するフェライト系ステンレス鋼板について鋭意実験と検討を重ね、下記の知見を得た。
【0019】
(a)一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下では、従来の改質ガス環境と比べて、酸化が加速される。このような加速酸化のメカニズムは未だ不明な点も多いが、鋼板の表面において、酸化の初期段階で一酸化炭素に起因する侵炭によりCr系炭化物を生成して、酸化に加えてCrの消費が重畳したことによると推察される。
【0020】
(b)上述した酸化の初期段階でCr系炭化物の生成を抑制するには、Crよりも炭化物生成自由エネルギーの大きいSiおよびMoの一方又は両方を予め鋼板表面の皮膜(不動態皮膜)中に存在させ、その存在比率を高めることが有効である。特に、SiとMoが共存することで当該環境下において侵炭を抑制して保護性のあるCr系酸化皮膜を生成させることができる。
【0021】
(c)前記した侵炭に伴うCr消費を抑制するには、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素を微量添加することが有効に作用することも知見した。B、Ga、MgおよびCaは、C、N、S、Oと結合して化合物を形成して鋼の清浄度を向上させてSiとMoの表面皮膜(不動態皮膜)中への濃化を促す。
【0022】
(d)冷間圧延後の仕上熱処理において鋼板表面に生成する酸化スケールを除去するために、通常、中性塩電解による脱スケールが行われる。しかし、このような通常の脱スケールでは、表面皮膜(不動態皮膜)中のSiとMoの存在比率を高めることはできない。そこで、本発明者らは鋭意検討を行い、表面皮膜(不動態皮膜)中のSiとMoの存在比率を高めるには、仕上げ熱処理後に、鋼板表面を硫酸水溶液に浸漬し、次いで硝弗酸水溶液に浸漬する酸洗処理をおこない、FeとCrを選択的に活性溶解させる必要があることを見出した。
【0023】
(e)また、設備の大型化に伴い高温運転中の構造体で課題となる僅かな変形を抑止するには、材料の高温強度やクリープ破断寿命そのものを上昇させるよりも、750℃付近の定荷重下で生じる最小クリープ速度を0.001%/h以下に低下させることが極めて効果的である。
【0024】
(f)前記した最小クリープ速度は、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素を微量添加することにより著しく向上することを見出した。特に、BおよびGaは、偏析により結晶粒界のすべりを遅延させるとともに、結晶粒界近傍において転位密度の上昇に伴う内部応力を高める作用がある。
【0025】
(g)さらに、最小クリープ速度は、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素の微量添加とともに、鋼板の板厚中心部の鋼板表面に平行な面における集合組織を観察したとき、その集合組織に存在する{112}±10°方位粒の面積率とその方位粒の形状比を制御することにより重畳するという新規な知見を見出した。なお、本発明において、「板厚中心部」とは、鋼板の板厚tの中心、すなわち、(1/2)tの位置を意味する。また、「(112)±10°方位粒」とは、板厚中心部における鋼板表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内である結晶方位を持つ結晶粒をいう。このような耐クリープ強さに及ぼす集合組織の影響については電子線後方散乱回折法(以下、EBSD)の解析結果に基づいて次のように推察している。
【0026】
(h){112}±10°方位粒は、耐クリープ強さを高めるのに有効に作用する。これら方位粒とそれを除く方位粒とをクリープ温度域におけるEBSDによる結晶方位マップで比較した。{112}±10°方位粒は、それを除く方位粒と比較して、結晶粒界近傍の方位差が結晶粒界と認識されない1°以上5°未満の範囲内で大きくなることを見出した。そのため、クリープ温度域において、{112}±10°方位粒は、結晶粒界のすべりと移動による弱化を抑制して、最小クリープ速度の低減に作用したと考えられる。
【0027】
(i)さらに、最小クリープ速度の低減に作用する{112}±10°方位粒を圧延方向に伸びた形状比とすることで、前記した作用が顕在化するとともに結晶粒界のすべりを遅延させる。つまり、最小クリープ速度を低減するには、結晶粒界近傍の転位密度の上昇により結晶粒界のすべりを遅延させることが有効であると推察している。
【0028】
(j)上述した視点において、{112}±10°方位粒は耐クリープ強さを得るためにその面積率と形状比を上昇させることが極めて有効である。ここで、{112}±10°方位粒は、鋼板の再結晶が遅延する板厚中心部でその生成量が最も多く、上述の形状比とあわせて板厚中心部の集合組織を制御することが耐クリープ強さの向上に寄与する。
【0029】
(k)前記した集合組織の制御は、鋼の再結晶温度よりも低い(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域で熱処理を施し、冷間圧延し、950℃以上の温度域での仕上熱処理を施して、再結晶組織を得ることが好ましい。
【0030】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記のとおりである。
【0031】
〔1〕質量%で、
Cr:12.0〜25.0%、
C:0.030%以下、
Si:4.0%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0030%以下、
Mo:3.0%以下、
Al:0.50%以下および
N:0.030%以下と、
Nb:0.001〜0.5%および/またはTi:0.001〜0.5%と、
B:0.0100%以下、Ga:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下およびCa:0.0100%以下から選択される1種以上と、
Ni:0〜0.5%、
Cu:0〜0.5%、
V:0〜0.5%、
Sn:0〜0.5%、
Sb:0〜0.5%、
W:0〜0.5%、
Co:0〜0.5%、
Zr:0〜0.5%、
Ta:0〜0.1%、
Hf:0〜0.1%および、
REM:0〜0.1%と、
残部:Feおよび不可避的不純物とであり、
下記の(1)を満足する化学組成を有し、
表面から5nmの深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率で、下記の(2)および(3)を満たす、フェライト系ステンレス鋼板。
(1)10(B+Ga)+Mg+Ca>0.010
(2)0.40<(Cr+Si+Mo)/Fe<1.20
(3)0.10<(Si+Mo)/Cr<1.60
【0032】
〔2〕前記鋼板の集合組織が、
前記鋼板の板厚中心部において、前記鋼板の前記表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内の結晶粒を{112}±10°方位粒とするとき、下記の(4)〜(6)を満たす、
前記〔1〕のフェライト系ステンレス鋼板。
(4)25%<(前記{112}±10°方位粒の面積率)<60%
(5)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向の長さ)<0.3mm
(6)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向に垂直な方向の長さ)<0.1mm
【0033】
〔3〕前記化学組成が、質量%で、
Ni:0.01〜0.5%、
Cu:0.01〜0.5%、
V:0.01〜0.5%、
Sn:0.001〜0.5%、
Sb:0.001〜0.5%、
W:0.01〜0.5%、
Co:0.01〜0.5%、
Zr:0.001〜0.5%、
Ta:0.001〜0.1%、
Hf:0.001〜0.1%および、
REM:0.001〜0.1%から選択される一種以上を含む、
前記〔1〕または〔2〕のフェライト系ステンレス鋼板。
【0034】
〔4〕ジメチルエーテルを燃料とする改質ガス環境下で用いられる、
前記〔1〕〜〔3〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0035】
〔5〕水蒸気、水素および一酸化炭素を含む雰囲気下で用いられる、
前記〔1〕〜〔4〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0036】
〔6〕燃料改質器または燃焼器に用いられる、
前記〔1〕〜〔5〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0037】
〔7〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
前記〔1〕または〔3〕の化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼板に仕上げ熱処理を施した後に酸洗を施すに際して、
前記フェライト系ステンレス鋼板をソルト浸漬し、硫酸濃度1〜35%の硫酸水溶液に浸漬し、硝酸濃度1〜20%および弗酸濃度0.1〜5%の硝弗酸水溶液に浸漬する、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0038】
〔8〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
前記〔1〕または〔3〕の化学組成を有する熱延鋼板に、(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域での熱処理を施した後、冷間圧延し、Tr〜1100℃の温度域で熱処理し、その後、950℃以上の温度域での仕上熱処理を施す、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0039】
〔9〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板を用いた、ジメチルエーテルを燃料とする燃料改質器または燃焼器の部材。
【発明の効果】
【0040】
本発明によれば、一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下において、耐酸化性とクリープ特性を兼備したフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、表面に予め酸化皮膜を形成させる予備酸化処理を必要としない。
【発明を実施するための形態】
【0041】
1.フェライト系ステンレス鋼板
1−1.鋼板の化学組成
以下、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の鋼板の化学組成の限定理由について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0042】
Cr:12.0〜25.0%
Crは、耐食性に加えて、耐酸化性とクリープ特性を確保する上で基本の構成元素である。12.0%未満では目標とする基本特性が十分に確保されない。従って、Cr含有量は12.0%以上とする。しかし、Crの過度な含有は高温雰囲気に曝された際、脆化相であるσ相の生成を助長することに加え、改質ガス環境下の侵炭による耐酸化性の低下を招く。さらに、合金コストの削減の点から、Cr含有量は25.0%以下とする。また、基本特性および耐酸化性とコストの点から、Cr含有量は17.0%以上であるのが好ましく、23.0%以下であるのが好ましい。
【0043】
C:0.030%以下
Cは、Cr系炭化物の生成を促進して、耐酸化性に有効なCrを消費する。そして、Cr系炭化物の析出は、耐酸化性およびクリープ特性も低下させる。したがって、C含有量は、0.030%以下とする。しかし、過度なC含有量の低下は、クリープ特性の低下と製造コストの上昇を招くため、0.001%以上であるのが好ましく、0.003%以上であるのがより好ましい。
【0044】
Si:4.0%以下
Siは、耐酸化性を向上させる作用を有する元素である。Crよりも炭化物生成自由エネルギーの大きいため、予め鋼板表面の皮膜(不動態皮膜)中に濃化する。Siは、また、一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下では、Cr系酸化皮膜中に濃化し、侵炭に伴う加速酸化を抑制する。Siは、さらに、改質ガス環境下で生成するCr系酸化皮膜の内層にも濃化して保護性を高めるとともに、侵炭のバリヤー効果を持つ。一方、過剰な含有は鋼の加工性や溶接性の低下と、高温で脆化相であるσ相の生成を助長するため、Si含有量は4.0%以下とする。Si含有量は、0.10%以上が好ましく、1.0%以上がより好ましい。特に、耐酸化性の観点からSi含有量は2.0%以上であるのが好ましく、2.5%以上であるのがより好ましい。一方、基本特性の点から、Si含有量は3.5%以下であるのが好ましく、3.0%以下であるのがより好ましい。
【0045】
Mn:2.00%以下
Mnは、脱酸元素に加えて、耐酸化性を確保する上でも効果のある元素である。改質ガス環境下でCr系酸化皮膜中に濃化して、侵炭に伴うCrの消費を抑制する。これら効果は、0.1%以上で発現し、0.3%以上で顕著になる。一方、過度な含有は、鋼の耐食性や耐酸化性の低下にも繋がるため、Mn含有量は2.00%以下とする。Mn含有量は、0.10%以上が好ましく、特に、耐酸化性の点からは0.30%以上であるのが好ましく、0.50%以上であるのがより好ましい。一方、基本特性の点から、Mn含有量は1.5%以下であるのが好ましく、1.00%以下であるのがより好ましい。
【0046】
P:0.050%以下
Pは、鋼中に含まれる不可避的不純物であり、耐酸化性の低下を招く。従って、P含有量は0.050%以下とする。しかし、過度の低減は精錬コストの上昇を招く。従って、P含有量は0.010%以上であるのが好ましい。また、耐酸化性および製造性の点から、P含有量は0.015%以上であるのが好ましく、0.035%以下であるのが好ましい。
【0047】
S:0.0030%以下
Sは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、耐酸化性を低下させる。特に、Mn系介在物、または固溶したSの存在は、高温・長時間使用におけるCr系酸化皮膜を破壊する起点としても作用する。従って、S含有量は0.0030%以下とする。しかし、過度の低減は原料コストおよび精錬コストの上昇を招く。従って、S含有量は0.0003%以上であるのが好ましく、0.0020%以下であるのが好ましい。
【0048】
Mo:3.0%以下
Moは、耐食性を著しく高め、耐酸化性に加えて、クリープ特性の向上に効果のある元素である。一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下では、Cr系酸化皮膜中に濃化し、Siと同様、侵炭に伴う加速酸化を抑制する。また、Moは固溶強化により750℃付近の最小クリープ速度の低下に対しても有効である。一方、過度な含有は、合金コストの上昇および脆化相であるσ相の生成を助長することに加え、製造性の低下にも繋がる。このため、Mo含有量は3.0%以下とする。耐酸化性とクリープ特性の点から、Mo含有量は0.3%以上であるのが好ましく、0.9%以上であるのがより好ましい。一方、合金コストおよび製造性の点から、Mo含有量は2.5%以下であるのが好ましく、1.5%以下であるのがより好ましい。
【0049】
Al:0.50%以下
Alは、強力な脱酸元素として作用することに加えて、耐酸化性に効果的な元素である。一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下では、Cr系酸化皮膜およびの直下の鋼に濃化し、Siと同様、侵炭に伴う加速酸化を抑制する。一方、過剰な含有は鋼の製造性や溶接性の低下を招く。このため、Al含有量は0.50%以下とする。耐酸化性の点から、Al含有量は0.05%以上であるのが好ましく、0.10%以上であるのがより好ましい。一方、製造性および基本特性の点から、Al含有量は0.40%以下であるのが好ましく、0.30%以下であるのがより好ましい。
【0050】
N:0.030%以下
Nは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、加工性および耐酸化性を阻害する一方で、クリ−プ特性を高めるために効果のある元素である。しかし、過度な含有は、Cr系窒化物の析出を誘発して耐酸化性に有効なCr量を消費する。従って、N含有量は0.030%以下とする。一方、過度なN含有量の低下は、クリープ特性の低下と製造コストの上昇を招くため、0.001%以上であるのが好ましく、0.003%以上であるのがより好ましい。
【0051】
Nb:0.001〜0.5%および/またはTi:0.001〜0.5%
NbおよびTiは、CやNを炭窒化物として固定し、集合組織制御によりクリープ特性を高める作用を持つ。これら効果は、NbおよびTi含有量が、いずれも0.001%以上で発現する。一方、過度な含有は、合金コストの上昇および耐酸化性を阻害するにことにも繋がる。このため、NbおよびTi含有量は、いずれも0.5%以下とする。集合組織制御の点から、NbおよびTi含有量は、いずれも0.1%以上であるのが好ましく、0.2%以上であるのがより好ましい。一方、合金コストおよび耐酸化性の点から、NbおよびTi含有量は、いずれも0.4%以下であるのが好ましく、0.35%以下であるのがより好ましい。NbおよびTiは、単独で含有させても良いが、複合して含有させても良い。
【0052】
B:0.0100%以下、Ga:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下およびCa:0.0100%以下から選択される一種以上
B、Ga、MgおよびCaは、耐酸化性およびクリープ特性を高める上で有効な元素である。B、Ga、MgおよびCaは、SiとMoの表面皮膜(不動態皮膜)中への濃化を促して改質ガス環境下での耐酸化性を向上させる。しかしながら、これら元素を過度に含有させると、Crとの化合物を形成して耐酸化性およびクリープ特性に有効なCrを消費するとともに製造性を阻害する。従って、Bは、0.0100%以下、Gaは0.0200%以下、Mgは0.0200%以下、Caは0.0100%以下とする。製造性の視点から、B含有量は、0.0050%以下、Ga含有量は0.015%以下、Mg含有量は0.0100%以下、Ca含有量は0.0050%以下であるのがそれぞれ好ましい。一方、上記効果を得るためには、Bは0.0002%以上、Gaは0.0005%以上、Mgは0.0002%以上、Caは0.0005%以上とするのが好ましい。これらの元素は、単独で含有させてもよいが、これらの元素から選択される1種以上を含有させてもよい。特に、BおよびGaは、クリープ特性の向上に有効であるため、B含有量は0.0005%以上であるのがより好ましく、Ga含有量は0.0010%以上であるのがより好ましい。
【0053】
B、Ga、MgおよびCaの含有量は、十分な耐酸化性クリープ特性を得るためには、それぞれ上記の範囲内であるとともに、「10(B+Ga)+Mg+Ca>0.010」の関係を満足する必要がある。特性の観点から、「10(B+Ga)+Mg+Ca」は0.030以上であるのが好ましく、0.050以上であるのがより好ましい。一方、製造性の点から、「10(B+Ga)+Mg+Ca」は、0.40以下であることが好ましく、0.30以下であるのがより好ましい。特に、耐クリープ強さの点からは、「10(B+Ga)+Mg+Ca」は、0.050〜0.300の範囲であるのが好ましい。
【0054】
Ni:0〜0.5%
Cu:0〜0.5%
V:0〜0.5%
Sn:0〜0.5%
Sb:0〜0.5%
W:0〜0.5%
Co:0〜0.5%
Ni、Cu、V、Sn、Sb、WおよびCoは、耐酸化性およびクリープ特性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、過度な含有は、析出または偏析により耐酸化性を劣化させ、また、製造性を阻害する。このため、これら元素の含有量を含有させる場合には、いずれの元素も、その含有量を0.5%以下とする。これらの元素は、単独で含有させてもよいが、これらの元素から選択される1種以上を含有させてもよい。上記効果を得るためには、Niは0.01%以上、Cuは0.01%以上、Vは0.01%以上、Snは0.001%以上、Sbは0.001%以上、Wは0.01%以上、Coは0.01%以上含有させるのがよい。
【0055】
Zr:0〜0.5%
Ta:0〜0.1%
Hf:0〜0.1%
REM:0〜0.1%
Zr、Ta、HfおよびREMは、耐酸化性と熱間加工性を著しく高める作用を持つため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、過度な含有は、製造コストを著しく増加させ、また、歩留まりを低下させ、生産性を低下させる。このため、Zrは0.5%以下、Taは0.1%以下、Hfは0.1%以下、REMは0.1%以下とする。これらの元素は、単独で含有させてもよいが、これらの元素から選択される1種以上を含有させてもよい。上記効果を得るためには、Zrは0.001%以上、Taは0.001%以上、Hfは0.001%以上、REMは0.001%以上含有させるのがよい。
【0056】
なお、REMとは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称である。なお、REMのうち、La、CeおよびYは、分離して含有させることが可能であるが、その他の元素については分離して含有させることが難しい。このため、REMの含有量は、上記元素の合計量を意味する。これら元素は極めて高価であるため、REM含有量は、0.05%以下とすることが好ましい。
【0057】
本実施例に係るフェライト系ステンレス鋼の化学組成の残部は、Feおよび不可避的不純物である。「不可避的不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。不可避的不純物には制約がないが、特に、Zn、Bi、Pb、Se、H、Tlなどは可能な限り低減することが好ましい。たとえば、Znは0.01%以下、Biは0.01%以下、Pbは0.01%以下、Seは0.01%以下、Hは0.01%以下、Tlは0.01%以下に制限するのがよい。
【0058】
1−2.表面皮膜(不動態皮膜)の化学組成
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、鋼板の表面に不動態皮膜を備える。この不動態皮膜は、耐酸化性を得るために、鋼板表面(すなわち、不動態皮膜表面)から5nmの深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率で、下記の(2)および(3)を満たす。
(2)0.40<(Cr+Si+Mo)/Fe<1.20
(3)0.10<(Si+Mo)/Cr<1.60
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板においては、一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下における酸化の初期段階でCr系炭化物の生成を抑制するために、Crよりも炭化物生成自由エネルギーの大きいSiおよびMoの一方又は両方を予め鋼板表面の不動態皮膜中に存在させ、その存在比率を高める必要がある。特に、(Cr+Si+Mo)/Feを0.40超、(Si+Mo)/Crを0.10超とすることでその効果が顕著となる。一方、これらの数値が大きすぎると、製造性を悪化するので、(Cr+Si+Mo)/Feは1.20未満とし、(Si+Mo)/Crを1.60未満とする。(Cr+Si+Mo)/Feは、0.50以上であるのが好ましく、0.70以上であるのがより好ましい。また、(Si+Mo)/Crは0.30以上であるのが好ましく、0.70以上であるのがより好ましい。
【0059】
上記の不動態皮膜の化学組成は、グロー放電質量分析(GDS分析)において測定することができる。このとき、不動態皮膜は50nm以内である場合が殆どであるので、GDS分析は、表面から深さ方向に1μmまでの領域について、Fe、Cr、Si、Mn、Mo、Nb、Ti、AlおよびOを検出元素として行なう。各元素の数値は、表面から5nm深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率に換算した数値を使用するものとする。
【0060】
1−3.鋼板の集合組織
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板の集合組織は、鋼板の板厚中心部において、鋼板の表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内の結晶粒を{112}±10°方位粒とするとき、下記の(4)〜(6)を満たすことが好ましい。
(4)25%<(前記{112}±10°方位粒の面積率)<60%
(5)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向の長さ)<0.3mm
(6)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向に垂直な方向の長さ)<0.1mm
【0061】
{112}±10°方位粒は、最小クリープ速度の低減に効果的であり、そのためには、{112}±10°方位粒の面積率を25%超とすること、圧延方向の長さは0.3mm未満とすること、圧延垂直方向の長さは0.1mm未満とすることがより好ましい。一方、鋼板の加工性および製造性の点からは、{112}±10°方位粒の面積率は60%未満とすることが好ましい。また、圧延方向の長さは0.05%以上とすること、圧延垂直方向の長さは0.03mm以上とすることが好ましい。
【0062】
集合組織は、EBSDを用いて解析することができる。EBSDは、試料表面のミクロ領域における結晶粒毎の結晶方位を高速に測定・解析するものである。耐クリープ強さに寄与する結晶方位集団は、板厚中心部における{112}±10°方位粒とそれを除く方位粒の2つの領域に分割した結晶方位マップを表示させて数値化することができる。例えば、鋼板の板厚中心部の鋼板表面に平行な面において、板幅方向850μm、圧延方向2250μmの測定領域で倍率100としてEBSDの測定を行い、鋼板表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内である結晶粒(すなわち{112}±10°方位粒)の結晶方位マップを表示させてその面積率を表示する。その形状は、EBSD方位解析システムから圧延方向の長さ(L)と圧延垂直方向の長さ(d)をヒストグラム形式で表示させて、その最大値を採用する。
【0063】
なお、{112}方位粒とは、鋼板表面の法線方向と{112}面方位の垂直方向との角度差が0°である結晶方位を有する結晶粒、すなわち、{112}面が鋼板表面に平行になっている結晶粒をいう。
【0064】
1−4.用途
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、例えば、ジメチルエーテルを燃料とする改質ガス環境下、または、水蒸気、水素および一酸化炭素を含む雰囲気下で用いるのに適している。特に、燃料改質器または燃焼器として用いるのに適している。
【0065】
2.フェライト系ステンレス鋼板の製造方法
以下、本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板の好ましい製造方法を以下に説明する。
【0066】
本実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼板は、例えば、通常の方法により、溶製した鋼を熱間圧延して得られた熱延鋼板、または更に冷間圧延した冷延鋼板、又は更に仕上焼鈍およびデスケーリングして得られた冷延焼鈍板である。冷延鋼板は、例えば、熱間圧延鋼帯を焼鈍後、または、焼鈍を省略してデスケ−リングを行い、その後に、冷間圧延をして得られる。また、冷延焼鈍板は、冷間圧延に続いて、仕上げ焼鈍およびデスケ−リングをして得られる。
【0067】
なお、ガス配管用としては、鋼板から製造した溶接菅も含まれる。
【0068】
(冷延工程前の熱処理)
冷間圧延前の熱間圧延鋼板には、耐クリープ強さを高めるために、再結晶温度Tr(℃)以下の温度域での熱処理を施すのが好ましい。この熱処理は、基本的に、鋼の再結晶が進まないで保持することにより、その後の冷間圧延においても炭硫化物などの微細析出物を残存させて、(112)±10°方位粒が25%超60%未満である冷延集合組織を得ることができる。しかし、この熱処理温度が、Tr−200℃未満の場合、鋼の再結晶の進行は不足しすぎて加工性を阻害する。よって、冷間圧延前の熱間圧延鋼板には、(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域での熱処理を施す。この熱処理は、(Tr−150)℃以上の温度域で行なうことが好ましく、また、(Tr−50)℃以下の温度域で行なうことが好ましい。
【0069】
なお、再結晶温度Tr(℃)とは、加工組織から新しい結晶粒が生成して、再結晶率が90%以上になる温度であり、実際には、鋼の再結晶温度は、板厚1/4mm付近においてJIS G 0551に準拠する結晶粒度の顕微鏡試験方法において、粒度番号が付与できる下限の温度と定義する。
【0070】
(冷延工程中の中間熱処理)
冷間圧延工程の途中で、Tr〜1100℃の温度域で熱処理(中間熱処理)を行い、冷間圧延と仕上げ熱処理を実施してもよい。この中間熱処理温度が1100℃を超えると、過度な再結晶が進行し、(112)±10°方位粒が25%超60%未満である冷延集合組織を得ることができなくなるおそれがある。
【0071】
(仕上げ熱処理)
仕上げ熱処理は、950℃以上の温度域で行なう。950℃未満では鋼の軟質化と再結晶が不十分となり、所定の材料特性が得られないこともある。仕上げ熱処理の温度が、1100℃を超えると、結晶粒の粗大化を招き、鋼の靭性・延性を阻害することもある。
【0072】
(仕上げ熱処理後の酸洗)
仕上げ熱処理後の酸洗は、特に限定するものでないが、一般的にソルト浸漬後、酸性液の電解デスケールを行い、ステンレス鋼の素地を活性溶解させずに、スケール(酸化物)のみを溶解する場合が多い。改質ガス環境下で求められる耐酸化性を得るためには、フェライト系ステンレス鋼板をソルト浸漬し、硫酸濃度1〜35%の硫酸水溶液に浸漬し、硝酸濃度1〜20%および弗酸濃度0.1〜5%の硝弗酸水溶液に浸漬することが好ましい。これにより、鋼の素地であるFeとCrが選択的に溶解し、表面皮膜(不動態皮膜)中のSiおよびMoの存在比率を高めることが可能となる。硫酸水溶液の温度は40〜90℃、硝弗酸水溶液の温度は30〜80℃とするのが好ましく、これら酸液に鋼板を浸漬させる時間は10〜1000秒の範囲で適宜選択すればよい。
【実施例】
【0073】
本発明の効果を確認するべく、各種試験を行なった。
【0074】
まず、表1に示す化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延して製造した板厚4.0mm熱延鋼板に熱処理し、酸洗した後、62.5〜84.0%の圧下率で冷間圧延して板厚0.6〜1.5mmの冷延鋼板を製造した。この冷延鋼板には1000〜1050℃の範囲で仕上げ熱処理を行い、酸洗を行なった。酸洗は、450℃のソルト浴に5秒間浸漬した後、70℃の硫酸水溶液(20%硫酸)に浸漬し、次いで70℃の硝弗酸水溶液(10%硝酸、1%弗酸)に浸漬する処理、または、中性塩電解による通常の脱スケールをする処理を行なった。酸洗後の冷延鋼板から試験片を切り出し、表面皮膜(不動態皮膜)のGDS分析、集合組織のEBSDによる解析、改質ガス環境を想定した酸化試験、および、クリープ試験を行なった。
【0075】
<表面皮膜(不動態皮膜)のGDS分析>
得られた試験片の表面皮膜(不動態皮膜)表面から深さ方向に1μmまでの領域について、Fe、Cr、Si、Mn、Mo、Nb、Ti、AlおよびOを検出元素としてGDS分析を行なった。Fe、Cr、SiおよびMoについて、表面から5nm深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率に換算した数値を求めた。
【0076】
なお、測定に用いたGDS分析機器は、リガク社製(機種:750)を用いた。
【0077】
<集合組織のEBSDによる解析>
得られた試験片の鋼板の板厚中心部の鋼板表面に平行な面をEBSDによって観察した。このとき、鋼板の板厚中心部の鋼板表面に平行な面において、板幅方向850μm、圧延方向2250μmの測定領域で倍率100としてEBSDの測定を行い、{112}±10°方位粒と、それを除く方位粒の2つの領域に分割した結晶方位マップを表示させて、{112}±10°方位粒の面積率を表示した。{112}±10°方位粒の形状は、EBSD方位解析システムから圧延方向の長さ(L)と圧延垂直方向の長さ(d)をヒストグラム形式で表示させて、その最大値を採用した。
【0078】
なお、EDS分析機器は、日本電子製(機種:JSM6400型)で、加速電圧は15kV測定を行なった。
【0079】
<改質ガス環境を想定した酸化試験>
酸化試験は、25体積%H2O+10%体積%CO−5体積%CO2−Bal.H2の雰囲気とし、650℃に加熱し1000h保持した後に、室温まで冷却し、グロー放電質量分析法(GDS分析法)により、厚さおよび酸化物濃度を測定した。なお、測定に用いたGDS分析機器は、リガク社製(機種:750)である。
【0080】
表面に生成した酸化皮膜の剥離を生じず、酸化物量がSUS310S(25Cr−20Ni)と同程度以下のものを良好とした。表には、SUS310Sと比較して酸化増量が大きい場合を「×」、同程度の場合を「○」、小さい場合を「◎」として示した。
【0081】
<クリープ試験>
クリープ試験は、JIS Z 2271に準拠する定荷重試験とし、平行部10mm幅で35mm長さの板状試験片を用いた。試験条件は、750℃、初期応力20MPaとし、最小クリープ速度を測定した。ここで、最小クリープ速度が、0.001%/h超のものを「×」、0.001%/h以下のものを「○」、0.0001%/h以下のものを「◎」として耐クリープ強さを評価した。なお、耐クリープ強さが良好なのは「○」および「◎」である。
【0082】
以下、製造条件を表2に、試験結果を表3に示す。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
表1〜3に示すように、No.1〜3、5〜9および11〜13は、本発明で規定される化学組成および表面皮膜(不動態皮膜)の条件を満足する例である。これらの例は、いずれもDMEを原燃料とした改質ガス環境を想定した酸化試験により310S同等以上の耐酸化性と、十分な耐クリープ強さを有していた。特に、No.2、9および12は、耐酸化性および耐クリープ強さの両者が「◎」であった。
【0087】
一方、No.4および10は、本発明で規定される化学組成を有するものの、酸洗を通常の中性塩電解によって行なったため、本発明で規定される表面皮膜(不動態皮膜)の条件を満たさなかったためである。また、No.14〜21は、本発明で規定される化学組成を満足しないため、耐酸化性および耐クリープ強さの一方または両方の性能が劣化していた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下において、耐酸化性とクリープ特性を兼備したフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。したがって、水素製造設備、燃料電池、ガスタービン、発電システムなどに用いられる高温部材、エキゾーストマニホールド、コンバータ、マフラー、ターボチャージャー、EGRクーラー、フロントパイプ、センターパイプ等の自動車部材、ストーブ・ファンヒータ等の燃焼機器、圧力鍋等の圧力容器など、高温環境下で使用される部材全般に好適な材料を提供することができる。なお、本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、工業的に生産することが可能であり、表面に予め酸化皮膜を形成させる予備酸化処理を必要としない。