【発明が解決しようとする課題】
【0013】
最近、DMEは水素を製造する新たな燃料として提案されており、改質ガスは、多量の水蒸気、水素に加え、さらに一酸化炭素を含むという特徴を持ち、一酸化炭素は、鋼の酸化を加速させる。しかし、DMEを燃料とした水素製造に関する技術について記載されている非特許文献2および特許文献1ではその改質ガス環境に好適な鋼材について一切言及されていない。
【0014】
また、石油系燃料改質器、炭化水素系燃料改質器、アルコール系燃料改質器で検討された特許文献2、特許文献3および特許文献4には、DMEを燃料とした改質ガス環境下の酸化特性、特に一酸化炭素の影響についての言及はない。そして、燃料改質器で検討された特許文献5で開示された技術では、雰囲気ガス中に一酸化炭素を含むものの、表面に予め酸化皮膜を形成させる予備酸化処理を必要とする。このように、燃料改質器や燃焼器を構成する部材において、DMEを原燃料として使用した場合、その改質ガス環境下において適応しうる耐酸化性が新たな課題である。
【0015】
さらに、業務用から大規模な発電システムを想定した水素製造を行なう場合、主として戸建での利用を想定したエネファームと比較して設備の大型化に伴う高温運転中のクリープ変形、特に構造体としての耐久性向上の視点から僅かな変形を抑止することも新たな課題として浮上した。特許文献2〜5には、このようなクリープ変形、クリープ特性に対する成分や組織要件については一切言及されていない。
【0016】
以上に述べたとおり、DMEを原燃料とした改質ガス環境下の耐酸化性を有し、設備の大型化に対応し得る耐クリープ特性および経済性を兼備したフェライト系ステンレス鋼については未だ得られていないのが現状である。
【0017】
本発明の目的は、上述した課題を解消し、DMEを原燃料とした改質ガス環境下に適応した耐酸化性を有し、設備の大型化に対応し得る耐クリープ特性および経済性を兼備したフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法、ならびに燃料改質器および燃焼器の部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、前述した課題を解決するために、DMEを原燃料とした改質ガス環境下において求められる耐酸化性と設備の大型化で生じる僅かな変形を抑止する耐クリープ特性を兼備するフェライト系ステンレス鋼板について鋭意実験と検討を重ね、下記の知見を得た。
【0019】
(a)一酸化炭素が多量に存在する改質ガス環境下では、従来の改質ガス環境と比べて、酸化が加速される。このような加速酸化のメカニズムは未だ不明な点も多いが、
鋼板の表面において、酸化の初期段階で一酸化炭素に起因する侵炭によりCr系炭化物を生成して、酸化に加えてCrの消費が重畳したことによると推察される。
【0020】
(b)上述した酸化の初期段階でCr系炭化物の生成を抑制するには、Crよりも炭化物生成自由エネルギーの大きいSiおよびMoの一方又は両方を予め
鋼板表面の皮膜(不動態皮膜)中に存在させ、その存在比率を高めることが有効である。特に、SiとMoが共存することで当該環境下において侵炭を抑制して保護性のあるCr系酸化皮膜を生成させることができる。
【0021】
(c)前記した侵炭に伴うCr消費を抑制するには、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素を微量添加することが有効に作用することも知見した。B、Ga、MgおよびCaは、C、N、S、Oと結合して化合物を形成して鋼の清浄度を向上させてSiとMoの表面皮膜(不動態皮膜)中への濃化を促す。
【0022】
(d)冷間圧延後の仕上熱処理において鋼板表面に生成する酸化スケールを除去するために、通常、中性塩電解による脱スケールが行われる。しかし、このような通常の脱スケールでは、表面皮膜(不動態皮膜)中のSiとMoの存在比率を高めることはできない。そこで、本発明者らは鋭意検討を行い、表面皮膜(不動態皮膜)中のSiとMoの存在比率を高めるには、仕上げ熱処理後に、鋼板表面を硫酸水溶液に浸漬し、次いで硝弗酸水溶液に浸漬する酸洗処理をおこない、FeとCrを選択的に活性溶解させる必要があることを見出した。
【0023】
(e)また、設備の大型化に伴い高温運転中の構造体で課題となる僅かな変形を抑止するには、材料の高温強度やクリープ破断寿命そのものを上昇させるよりも、750℃付近の定荷重下で生じる最小クリープ速度を0.001%/h以下に低下させることが極めて効果的である。
【0024】
(f)前記した最小クリープ速度は、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素を微量添加することにより著しく向上することを見出した。特に、BおよびGaは、偏析により結晶粒界のすべりを遅延させるとともに、結晶粒界近傍において転位密度の上昇に伴う内部応力を高める作用がある。
【0025】
(g)さらに、最小クリープ速度は、B、Ga、MgおよびCaから選択される一種以上の元素の微量添加とともに、
鋼板の板厚中心部の
鋼板表面に平行な面における集合組織を観察したとき、その集合組織に存在する{112}±10°方位粒の面積率とその方位粒の形状比を制御することにより重畳するという新規な知見を見出した。なお、本発明において、「板厚中心部」とは、鋼板の板厚tの中心、すなわち、(1/2)tの位置を意味する。また、「(112)±10°方位粒」とは、板厚中心部における
鋼板表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内である結晶方位を持つ結晶粒をいう。このような耐クリープ強さに及ぼす集合組織の影響については電子線後方散乱回折法(以下、EBSD)の解析結果に基づいて次のように推察している。
【0026】
(h){112}±10°方位粒は、耐クリープ強さを高めるのに有効に作用する。これら方位粒とそれを除く方位粒とをクリープ温度域におけるEBSDによる結晶方位マップで比較した。{112}±10°方位粒は、それを除く方位粒と比較して、結晶粒界近傍の方位差が結晶粒界と認識されない1°以上5°未満の範囲内で大きくなることを見出した。そのため、クリープ温度域において、{112}±10°方位粒は、結晶粒界のすべりと移動による弱化を抑制して、最小クリープ速度の低減に作用したと考えられる。
【0027】
(i)さらに、最小クリープ速度の低減に作用する{112}±10°方位粒を圧延方向に伸びた形状比とすることで、前記した作用が顕在化するとともに結晶粒界のすべりを遅延させる。つまり、最小クリープ速度を低減するには、結晶粒界近傍の転位密度の上昇により結晶粒界のすべりを遅延させることが有効であると推察している。
【0028】
(j)上述した視点において、{112}±10°方位粒は耐クリープ強さを得るためにその面積率と形状比を上昇させることが極めて有効である。ここで、{112}±10°方位粒は、鋼板の再結晶が遅延する板厚中心部でその生成量が最も多く、上述の形状比とあわせて板厚中心部の集合組織を制御することが耐クリープ強さの向上に寄与する。
【0029】
(k)前記した集合組織の制御は、鋼の再結晶温度よりも低い(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域で熱処理を施し、冷間圧延し、950℃以上の温度域での仕上熱処理を施して、再結晶組織を得ることが好ましい。
【0030】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記のとおりである。
【0031】
〔1〕質量%で、
Cr:12.0〜25.0%、
C:0.030%以下、
Si:4.0%以下、
Mn:2.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0030%以下、
Mo:3.0%以下、
Al:0.50%以下および
N:0.030%以下と、
Nb:0.001〜0.5%および/またはTi:0.001〜0.5%と、
B:0.0100%以下、Ga:0.0200%以下、Mg:0.0200%以下およびCa:0.0100%以下から選択される1種以上と、
Ni:0〜0.5%、
Cu:0〜0.5%、
V:0〜0.5%、
Sn:0〜0.5%、
Sb:0〜0.5%、
W:0〜0.5%、
Co:0〜0.5%、
Zr:0〜0.5%、
Ta:0〜0.1%、
Hf:0〜0.1%および、
REM:0〜0.1%と、
残部:Feおよび不可避的不純物とであり、
下記の(1)を満足する化学組成を有し、
表面から5nmの深さまでの領域において、Oを除くカチオン分率で、下記の(2)および(3)を満たす、フェライト系ステンレス鋼板。
(1)10(B+Ga)+Mg+Ca>0.010
(2)0.40<(Cr+Si+Mo)/Fe<1.20
(3)0.10<(Si+Mo)/Cr<1.60
【0032】
〔2〕前記
鋼板の集合組織が、
前記
鋼板の板厚中心部において、前記
鋼板の前記表面の法線方向と{112}面方位との角度差が10°以内の結晶粒を{112}±10°方位粒とするとき、下記の(4)〜(6)を満たす、
前記〔1〕のフェライト系ステンレス鋼板。
(4)25%<(前記{112}±10°方位粒の面積率)<60%
(5)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向の長さ)<0.3mm
(6)(前記{112}±10°方位粒の圧延方向に垂直な方向の長さ)<0.1mm
【0033】
〔3〕前記化学組成が、質量%で、
Ni:0.01〜0.5%、
Cu:0.01〜0.5%、
V:0.01〜0.5%、
Sn:0.001〜0.5%、
Sb:0.001〜0.5%、
W:0.01〜0.5%、
Co:0.01〜0.5%、
Zr:0.001〜0.5%、
Ta:0.001〜0.1%、
Hf:0.001〜0.1%および、
REM:0.001〜0.1%から選択される一種以上を含む、
前記〔1〕または〔2〕のフェライト系ステンレス鋼板。
【0034】
〔4〕ジメチルエーテルを燃料とする改質ガス環境下で用いられる、
前記〔1〕〜〔3〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0035】
〔5〕水蒸気、水素および一酸化炭素を含む雰囲気下で用いられる、
前記〔1〕〜〔4〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0036】
〔6〕燃料改質器または燃焼器に用いられる、
前記〔1〕〜〔5〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板。
【0037】
〔7〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
前記〔1〕または〔3〕の化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼板に仕上げ熱処理を施した後に酸洗を施すに際して、
前記フェライト系ステンレス鋼板をソルト浸漬し、硫酸濃度1〜35%の硫酸水溶液に浸漬し、硝酸濃度1〜20%および弗酸濃度0.1〜5%の硝弗酸水溶液に浸漬する、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0038】
〔8〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板を製造する方法であって、
前記〔1〕または〔3〕の化学組成を有する熱延鋼板に、(Tr−200)〜Tr℃(Trは再結晶温度)の温度域での熱処理を施した後、冷間圧延し、Tr〜1100℃の温度域で熱処理し、その後、950℃以上の温度域での仕上熱処理を施す、
フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0039】
〔9〕前記〔1〕〜〔6〕のいずれかのフェライト系ステンレス鋼板を用いた、ジメチルエーテルを燃料とする燃料改質器または燃焼器の部材。