特許第6873234号(P6873234)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873234
(24)【登録日】2021年4月22日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】ベータカゼイン類および腸微生物叢
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/19 20160101AFI20210510BHJP
   A61K 38/17 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
   A23L33/19
   A61K38/17
【請求項の数】12
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-517409(P2019-517409)
(86)(22)【出願日】2016年9月30日
(65)【公表番号】特表2019-532645(P2019-532645A)
(43)【公表日】2019年11月14日
(86)【国際出願番号】NZ2016050161
(87)【国際公開番号】WO2018063008
(87)【国際公開日】20180405
【審査請求日】2019年8月19日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年4月2日 ニュートリション・ジャーナル(Nutrition Journal)、2016年、15:35において発表
(73)【特許権者】
【識別番号】515332160
【氏名又は名称】ズィ・エイツー・ミルク・カンパニー・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100188374
【弁理士】
【氏名又は名称】一宮 維幸
(72)【発明者】
【氏名】クラーク,アンドリュー・ジョン
(72)【発明者】
【氏名】バビッジ,キャサリン・メアリー
(72)【発明者】
【氏名】ニ,ジアイー
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 特表2016−523958(JP,A)
【文献】 特表2003−503038(JP,A)
【文献】 特表2016−520611(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/080911(WO,A1)
【文献】 A1 vs A2 milk-what's the big deal?.,2016年 6月 2日,URL,https://www.monashfodmap.com/bliog/a1-vs-a2-whats-big-deal/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 33/00−33/29
A61K 38/00−38/58
FSTA/CAplus/WPIDS/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの有益な腸微生物叢のレベルを向上させるためのウシベータカゼインを含有する組成物であって、該ベータカゼインの少なくとも75重量%が、該ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである、前記組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の組成物であって、該ベータカゼインバリアントが、A2ベータカゼイン、A3ベータカゼイン、Dベータカゼイン、EベータカゼインまたはIベータカゼインである、前記組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の組成物であって、該ベータカゼインバリアントが、A2ベータカゼインである、前記組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物であって、該ベータカゼインが、少なくとも90重量%のA2ベータカゼインを含む、前記組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物であって、該ベータカゼインが、100%のA2ベータカゼインを含む、前記組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の組成物であって、向上した腸微生物叢が、便試料中の1種類以上の短鎖脂肪酸のレベルを測定することにより評価される、前記組成物。
【請求項7】
請求項6に記載の組成物であって、該1種類以上の短鎖脂肪酸が、酢酸、プロパン酸およびブタン酸またはそのエステルを含む群から選択される、前記組成物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の組成物であって、該組成物が、乳または乳製品である、前記組成物。
【請求項9】
請求項8に記載の組成物であって、該乳が、原乳、粉乳、粉末から再構成された液乳、脱脂乳、調整乳、ホモジナイズされた乳、練乳、無糖練乳、低温殺菌乳もしくは非低温殺菌乳である、前記組成物。
【請求項10】
請求項8に記載の組成物であって、該乳製品が、クリーム、ヨーグルト、乳餅、チーズ、バターまたはアイスクリームである、前記組成物。
【請求項11】
ヒトの腸内の有益な細菌の増殖を促進するためのウシベータカゼインを含有する組成物であって、該ベータカゼインの少なくとも75重量%が、該ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである、前記組成物。
【請求項12】
請求項11に記載の組成物であって、該腸内の有益な細菌の増殖の促進が、癌、肝疾患、全身性感染症、炎症性および自己免疫疾患、肥満およびメタボリックシンドロームならびに神経障害を含む群のいずれか1以上のリスクを回避または低減する、前記組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳タンパク質ベータカゼインおよび動物における有益な腸微生物叢のバランスの向上に関する。特に、本発明は、主にA2ベータカゼインまたは関連するベータカゼインバリアントを含むベータカゼイン組成物を有する乳および乳由来食物製品に関する。出願人は、ベータカゼインのA2バリアントを含有する乳の消費は、短鎖脂肪酸の有益に変化した便中レベルと関係しており、従って腸微生物叢の組成にプラスに影響を及ぼすことを見出している。
【背景技術】
【0002】
腸微生物叢(または腸管内菌叢)は、動物の消化管中で生きる微生物の複雑な共同体で構成される。腸微生物叢が宿主に寄与する方法の1つは、未消化の炭水化物の発酵およびその後の短鎖脂肪酸(SCFA)の生成による。これらのSCFAの最も重要なものは、酢酸、プロパン酸およびブタン酸(時々アセテート、プロピオネートおよびブチレートと呼ばれる)である。アセテートは筋組織により、プロピオネートは肝臓により、そしてブチレートは腸上皮により代謝される、と一般化されることができる。SCFAは、主にアセテート、プロピオネートおよびブチレートとして結腸陰イオン濃度(70〜130mmol/l)のおおよそ3分の2を構成し、ほぼ一定のモル比60:25:15で生成されている。それらの様々な特性の中でも、SCFAは、腸粘膜により容易に吸収され、カロリー含有量が比較的高く、結腸細胞および肝細胞(epatocytes)により代謝され、結腸でのナトリウムおよび水の吸収を刺激し、そして腸粘膜に栄養性(trophic)である。ブチレートは、結腸粘膜に栄養を与えることにおけるその役割、ならびに癌化した結腸細胞の細胞分化、細胞周期停止およびアポトーシスを促進すること、および酵素ヒストンデアセチラーゼを阻害すること、および結腸酸性化の結果としての一次胆汁酸の二次胆汁酸への変換を減少させることによる、結腸の癌の予防におけるその役割に関して、研究されてきた。従って、SCFA生成におけるより大きい増大および潜在的にSCFA、特にブチレートの遠位結腸へのより大きい送達は、結果として保護効果をもたらし得る。
【0003】
全ての幼児は、最初に多数の大腸菌およびストレプトコッカス属によりコロニー形成される。人生の最初の週の間に、これらの細菌は、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、バクテロイデス属(Bacteroides)、クロストリジウム属(Clostridium)およびルミノコッカス属(Ruminococcus)に属する種のその後の細菌継承に好都合な還元的環境を作り出す。母乳で育てられた乳児の微生物叢は、ビフィドバクテリウム属が優勢な状態になり、一方で人工栄養の乳児の微生物叢は、多数の腸内細菌科、腸球菌、ビフィドバクテリウム属、バクテロイデス属およびクロストリジウム属により、より多様である傾向にある。
【0004】
微生物叢の組成は、それがおおよそ3〜4歳において成熟するまで不安定なままである。腸のコロニー形成は、2つの主な利益を有する。第1に、微生物叢は、免疫系を教育し、微生物性免疫決定因子に対する耐性を増大させる。第2に、微生物叢は、そうでなければ消化不能な食物構成要素を壊し、毒性である可能性のある食物化合物、例えばオキサレートを分解し、そして特定のビタミン類およびアミノ酸を合成することができる代謝器官の役目を果たす。それぞれの個人は、独特の微生物叢を有し、その組成は、宿主の遺伝子型および生理、コロニー形成履歴、環境因子、食物ならびに薬物(例えば抗生物質)により影響を受ける。
【0005】
腸管内菌叢の組成は、時間経過にわたって、そして食事が変化した際にも変化する。腸管内菌叢は、長期の食事療法に従うことにより変化させられ得る。(高レベルのタンパク質および脂肪に基づく食事から)主にバクテロイデス属である微生物叢を有する人々であって、彼らの食事パターンを主として高レベルの炭水化物に基づく食事に変える人々は、長期的にはプレボテラ属(Prevotella)のエンテロタイプを発達させ得る。従って、長期の食事介入は、個人のエンテロタイプの調節を可能にして健康を向上させ得る。
【0006】
過去数十年間に、SCFAの結腸中レベルはメタボリックシンドローム、腸障害および特定のタイプの癌の予防および処置において重要な役割を果たしている可能性があることが、明らかになってきた1−7。一部の臨床研究において、SCFAの投与は、潰瘍性大腸炎、クローン病および抗生物質関連下痢の処置にプラスの影響を及ぼした8−13
【0007】
世界中の人々に消費されている乳、主に牛乳は、ヒトの食事における主なタンパク質源であり、従って腸微生物叢に影響を及ぼす。牛乳は、典型的には1リットルあたり約30グラムのタンパク質を含む。カゼインは、そのタンパク質の最大の構成要素(80%)を構成し、ベータカゼインは、カゼインの約37%を構成する。過去20年間に、カゼインタンパク質、特にベータカゼインが、いくつかの健康障害に関与していることを示す一連の証拠が、増えてきている。
【0008】
ベータカゼインは、A1ベータカゼインおよびA2ベータカゼインとして分類され得る。これらの2種類のタンパク質は、ほとんどのヒトの集団において消費される牛乳中の主なベータカゼインである。A1ベータカゼインは、A2ベータカゼインと1個のアミノ酸が異なる。ヒスチジンアミノ酸がA1ベータカゼインの209アミノ酸配列の67位に位置しており、一方でプロリンがA2ベータカゼインの同じ位置に位置している。しかし、この1個のアミノ酸の違いは、腸におけるベータカゼインの酵素消化に決定的に重要である。67位におけるヒスチジンの存在は、ベータカゾモルフィン−7(BCM−7)として知られる7アミノ酸を含むタンパク質断片が酵素消化で生成されることを可能にする。従って、BCM−7は、A1ベータカゼインの消化産物である。A2ベータカゼインの場合、67位はプロリンで占められており、それはその位置におけるアミノ酸結合の切断を妨げる。従って、BCM−7は、A2ベータカゼインの消化産物ではない。
【0009】
B、C、F、GおよびHバリアントなどの他のベータカゼインバリアントも、67位においてヒスチジンを有し、一方でA2バリアントに加えてA3、D、EおよびIバリアントなどのバリアントは、67位においてプロリンを有する。しかし、これらのバリアントは、欧州起源の雌ウシからの乳中に非常に低いレベルでしか見られないか、または全く見られない。従って、本発明の文脈において、A1ベータカゼインという用語は、67位においてヒスチジンを有するあらゆるベータカゼインを指してもよく、A2ベータカゼインという用語は、67位においてプロリンを有するあらゆるベータカゼインを指してもよい。
【0010】
BCM−7は、オピオイドペプチドであり、体全体にわたって、オピオイド受容体に結合して活性化することができる。BCM−7は、胃腸壁を越えて循環に入る能力を有し、このことは、それがオピオイド受容体を介して全身性および細胞性活性に影響を及ぼすことを可能にする。出願人らは、以前に、乳または乳製品中に見られるA1ベータカゼインの消費とI型糖尿病14、冠動脈性心疾患15、神経障害16、腸の炎症17、ラクトース不耐性の症状18および血中グルコースレベル19との間の有害な関係を決定している。
【発明の概要】
【0011】
ベータカゼインバリアントとヒトにおける生物学的応答との間の繋がりに関するその進行中の研究において、出願人は、ここで、A2ベータカゼインと腸微生物叢との間のプラスの関係を見出している。その関係は、ベータカゼインのA2バリアントのみを含有する乳を消費してきた人の便のSCFAプロフィールに基づく。
【0012】
従って、本発明の目的は、ヒトおよび他の動物において有益な腸微生物叢のレベルを向上させるための方法を提供すること、または少なくとも既存の方法に対する有用な代替案を提供することである。
【0013】
発明の概要
本発明の第1側面において、ベータカゼインを含有する組成物を摂取することにより、または動物にベータカゼインを含有する組成物を提供することにより、動物の有益な腸微生物叢のレベルを向上させる方法が提供され、ここで、ベータカゼインの少なくとも75重量%は、ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである。
【0014】
本発明の特定の態様において、ベータカゼインバリアントは、A2ベータカゼイン、A3ベータカゼイン、Dベータカゼイン、EベータカゼインまたはIベータカゼインである。好ましい態様において、ベータカゼインバリアントは、A2ベータカゼインである。A2ベータカゼインの量は、ベータカゼインの重量で75%〜100%の範囲内のあらゆる量、例えば少なくとも90%またはさらには100%であり得る。
【0015】
本発明の特定の態様において、向上した腸微生物叢は、便試料中の1種類以上の短鎖脂肪酸のレベルを測定することにより評価される。その1種類以上の短鎖脂肪酸は、酢酸、プロパン酸およびブタン酸またはそのエステルを含む群から選択され得る。
【0016】
本発明の特定の態様において、組成物は、乳または乳製品である。乳は、原乳、粉乳、粉末から再構成された液乳、脱脂乳、ホモジナイズされた乳、練乳、無糖練乳、低温殺菌乳もしくは非低温殺菌乳であり得る。乳製品は、調整乳、クリーム、ヨーグルト、乳餅、チーズ、バター、アイスクリーム、またはあらゆる他の乳製品であり得る。
【0017】
本発明の第2側面において、動物において有益な腸微生物叢のレベルを向上させるための組成物が提供され、その組成物は、ベータカゼインを含有し、ここで、ベータカゼインの少なくとも75重量%は、ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである。
【0018】
本発明の別の側面において、動物における有益な腸微生物叢のレベルを向上させるための組成物の製造における乳の使用が提供され、ここで、乳は、ベータカゼインを含有し、ここで、ベータカゼインの少なくとも75重量%は、ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである。
【0019】
本発明のさらなる側面において、動物の腸内の有益な細菌の増殖を促進する方法であって、その動物によるベータカゼインを含有する組成物の摂取を含むか、またはその動物にベータカゼインを含有する組成物を提供することによる方法が提供され、ここで、ベータカゼインの少なくとも75重量%は、ベータカゼインのアミノ酸配列の67位においてプロリンを有するベータカゼインバリアントである。
【0020】
本発明の特定の態様において、腸内の有益な細菌の増殖の促進は、癌、肝疾患、全身性感染症、炎症性および自己免疫疾患、肥満およびメタボリックシンドロームならびに神経障害のリスクを回避するかまたは低減させる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、タンパク質ベータカゼインを含有する組成物および動物、特にヒトにおける腸微生物叢を向上させるためのその使用に関する。重要なことだが、そのベータカゼインは、好ましくはベータカゼインのA2バリアントであり、またはその組成物中に存在する総ベータカゼインバリアントの少なくとも75重量%を構成している。
【0022】
用語“腸微生物叢”または“腸生物相”または“腸微生物相”または“腸管内菌叢”は、ヒトおよび他の動物の消化管中に生息する微生物の複雑な共同体を意味することが意図されている。
【0023】
用語“ベータカゾモルフィン−7”または“BCM−7”は、アミノ酸配列の67位においてプロリンではなくヒスチジンを有するウシベータカゼインバリアントの酵素消化で生成されるヘプタペプチドであるタンパク質断片Tyr−Pro−Phe−Pro−Gly−Pro−Ileを指す。
【0024】
用語“短鎖脂肪酸”または“SCFA”は、6個未満の炭素原子を含む脂肪族尾部を有する脂肪酸を指し、ギ酸(メタン酸)、酢酸(エタン酸)、プロピオン酸、酪酸(ブタン酸)、イソ酪酸(2−メチルプロパン酸)、吉草酸(ペンタン酸)およびイソ吉草酸(3−メチルブタン酸)を含む。酢酸、プロピオン酸および酪酸が、体内の主なSCFAである。
【0025】
組成物中のA2バリアントの優勢の重要性は、出願人が、A2バリアントとヒトから得られた便試料中の特定のSCFAの有益に変化したレベルとの間に直接的な繋がりが存在することを示したという事実によるものである。A1ベータカゼインおよびA2ベータカゼインの混合物の摂取は、比較可能な量のA2ベータカゼインの摂取(すなわち食事中にA1ベータカゼインがない)と同じレベルの向上した腸微生物叢をもたらさない、という出願人の発見は、少なくとも部分的には、腸内でA1ベータカゼインからBCM−7が産生されるがA2ベータカゼインからは産生されないことによると考えられる。BCM−7は、腸内で炎症を引き起こし、有害な免疫反応を有し、腸通過時間を増大させる。従って、BCM−7は、腸環境を変化させ、従って腸微生物叢に影響を及ぼして乳の栄養的利益を相殺しそうである。
【0026】
本発明の組成物は、以下の属:ビフィドバクテリウム属、バクテロイデス属、クロストリジウム属およびルミノコッカス属のいずれか1以上からの細菌の腸内レベルを有益に変化させる原因となる。
【0027】
高レベルの一部の細菌、例えばクロストリジウム属は、高レベルのプロピオネートを産生し、それは、自閉症のような神経発達障害に関わっていることが示されている。自閉症を有する人は、しばしば炭水化物の消化および吸収の欠陥を有する。いくつかの研究は、胃腸症状が患者における自閉症の症状の重症度と相関しており、これが腸内細菌における変化と関係していることを示唆している。
【0028】
ヒト胃腸微生物叢内には、おおよそ300〜500細菌種の複雑な生態系が存在する。出生時には、腸管全体が無菌である。幼児の腸は、まず出生の間に母体および環境の細菌によりコロニー形成され、摂食および他の接触を通して生息され(populated)続ける。コロニー形成に影響を及ぼすことが知られている要因は、在胎期間、分娩方式(経膣分娩対介助分娩)、食事(母乳対調製乳)、衛生のレベルおよび抗生物質への曝露を含む。新生児の腸微生物叢は、低多様性ならびにプロテオバクテリア門およびアクチノバクテリア門の相対的優勢により特徴付けられる。その後、微生物叢は、ファーミキューテス門(Firmicutes)およびバクテロイデス門の優勢の出現により、より多様になり、それは、成人の微生物叢を特徴付ける。人生の最初の年の終わりまでに、微生物のプロフィールは、それぞれの幼児に関して異なっている。2.5歳までに、微生物叢は、組成の点で成人の微生物叢に完全に似ている。この微生物叢の成熟の期間は、決定的に重要であり得る。
【0029】
幼児期の後、腸微生物叢の組成は、晩年まで比較的一定のままである。3つの異なるエンテロタイプが、成人のマイクロバイオームにおいて記されている。これらの異なるエンテロタイプは、プレボテラ属、ルミノコッカス属およびバクテロイデス属により優位を占められており、それらの様相は、性別、年齢、国籍および肥満度指数とは無関係であるようである。
【0030】
1012CFU/mL以上の濃度が、結腸において見出され得、主に嫌気性菌、例えばバクテロイデス属、ポルフィロモナス属(Porphyromonas)、ビフィドバクテリウム属、ラクトバシラス属(Lactobacillus)およびクロストリジウム属で構成され、嫌気性細菌は、好気性細菌を100〜1000:1の倍率で上回っている。
【0031】
ほとんどのヒト集団の食事におけるベータカゼインの主な(それのみではないとしても)源は、乳または乳に由来する製品であるため、そして消費されるほとんどの乳はベータカゼインのA1およびA2バリアントのみの混合物を含有するため、高含有率のA2バリアントを有する乳(またはそのような乳から作られた製品)の消費は、必然的に、A1バリアントの消費が低いことを意味するであろう。従って、ベータカゼインの唯一の食事での源がA2バリアントを含有し、他のバリアントを含有しない場合、A1バリアントの食事での摂取は排除され、従ってBCM−7の腸の健康に対する有害な作用も排除されることが予想され得る。
【0032】
従って、本出願の発明は、食事におけるA1ベータカゼインの低減または排除、およびA2ベータカゼインの促進に基づく。これは、ベータカゼインを含有する食物組成物、特に乳および乳製品中のベータカゼインが、主に、またはさらには排他的に、A2ベータカゼインまたは消化の際にBCM−7を生成しないベータカゼインバリアントの少なくとも1種類であることを確実にすることにより達成される。
【0033】
理想的には、組成物中のベータカゼインは、100%A2ベータカゼインである。しかし、腸の健康は、ベータカゼインが主にA2ベータカゼインであり、例えば、80重量%、90重量%、95重量%、98重量%および99重量%を含むが、それらに限定されない、75重量%〜100%のあらゆる量である、あらゆる組成物により高められる可能性がある。
【0034】
本発明の組成物は、典型的には乳であるが、あらゆる乳由来の製品、例えばクリーム、ヨーグルト、乳餅、チーズ、バター、またはアイスクリームであり得る。組成物は、乳から得られたベータカゼインを含有する非乳製品であってもよい。組成物は、ベータカゼイン自体であってもよく、またはベータカゼインから調製されてもよく、そのベータカゼインは、粉末もしくは顆粒などの固体形態、または固体のケーキの形態であってもよい。
【0035】
乳は、ヒト、ヤギ、ブタおよびバッファローを含むあらゆる哺乳類から得られてもよく、本発明の好ましい態様において、乳は牛乳である。
乳は、原乳、粉乳、粉末から再構成された液乳、脱脂乳、ホモジナイズされた乳、練乳、無糖練乳、低温殺菌乳もしくは非低温殺菌乳、または乳のあらゆる他の形態であり得る。
【0036】
本発明の組成物は、主にヒトによる消費に適用可能であるが、健康利益は一部の他の動物、例えばネコ、イヌおよび他の飼育動物にも関連することは、理解されるべきである。
本発明に関する支持は、対象がA1およびA2ベータカゼイン両方を含有する乳(A1/A2ベータカゼイン含有製品と呼ばれる)およびA2ベータカゼインのみを含有する乳(A2ベータカゼインのみの製品と呼ばれる)を消費するように割り当てられた試験を記載する実施例1において見付けられる。腸微生物叢は、酢酸、プロパン酸およびブタン酸ならびに総SCFAの便中濃度を測定することにより評価された。結果は、表2に示される。混合効果ANOVAの結果は、特に酢酸(P=0.0052)、ブタン酸(P=0.0001)および総SCFA(P=0.0009)に関する2種類の乳製品の順序の間の有意差を示す。
【0037】
A2ベータカゼインのみの製品の消費は、A1/A2ベータカゼイン含有製品の消費と比較して、そしてベースラインと比較して、高められたレベルの酢酸およびブタン酸(および総SCFAレベル)をもたらした。対照的に、プロピオン酸のレベルにおいて差は観察されなかった。より高いレベルの酢酸およびブタン酸は、腸微生物叢の健康レベルを示していると考えられるが、プロピオン酸はそうではないと考えられる。
【0038】
A1/A2ベータカゼイン含有製品の消費の際に測定されたSCFAレベルはベースライン測定結果とおおよそ同じであるため、A2ベータカゼインの消費は腸の健康に対してプラスの効果を及ぼすか、またはA1ベータカゼインは乳の他の構成要素により与えられるプラスの効果を打ち消すと考えられる。
【0039】
これらの研究は、A2ベータカゼインの消費と向上した腸微生物叢との間の繋がりの最初の明確な科学的証拠に相当する。出願人の発見により、消化の際にBCM−7を生成するベータカゼインの消費は避けられるべきであることは、明らかである。実際面で、本発明の利益は、大きい集団に関して、主にA2ベータカゼインであるベータカゼイン含有量を有する乳を供給すること、その乳に由来する製品を生産すること、および腸の健康を向上させるか、高めるか、または維持する目的のために、その乳およびそれらの製品を利用可能にすることにより、達成され得る。
【0040】
雌ウシの乳は、A1ベータカゼインおよびA2ベータカゼインの相対的割合に関して試験され得る。あるいは、雌ウシは、A1ベータカゼイン(またはBCM−7を生成することができる他のバリアント)を含有する乳を生産するそれらの能力に関して遺伝学的に試験され得るか、またはA2ベータカゼイン(またはBCM−7を生成することができない他のバリアント)を含有する乳を生産するそれらの能力に関して試験され得るか、または両方の組み合わせに関して試験され得る。これらの技法は、周知である。
【0041】
本発明は、比較的管理するのが容易である解決策、すなわち、A1ベータカゼインを含有する乳または乳製品の回避、ならびに、食事における乳および乳製品が、主にA2ベータカゼインである、好ましくは100%A2ベータカゼインである、ベータカゼインを含有することを確実にすること、を提供する。
【0042】
本明細書における先行技術文献へのあらゆる参照は、そのような先行技術が広く知られているか、またはその分野における技術常識の一部を形成するという自認と考えられるべきではない。
【0043】
本明細書で用いられる際、単語“含む”、“含むこと”、および類似の単語は、排他的または網羅的な意味で解釈されるべきではない。換言すると、それらは、“含んでいるが、それに限定されない”を意味することが、意図されている。
【0044】
本発明は、以下の実施例への参照によりさらに記載される。特許請求の範囲に記載された本発明が、この実施例により限定されることは決して意図されていないことは、理解されるであろう。
【実施例】
【0045】
実施例1:乳の試験および便SCFA測定
試験設計
試験は、ソウル2008において改訂されたヘルシンキ宣言に従って実施され、上海栄養学会の倫理委員会により承認された(承認番号:SNSIRB#2014[002])試験は、ClinicalTrials.govに登録された(識別名:NCT02406469)。全ての対象は、試験に含まれる前に書面にしたインフォームドコンセントを提供した。これは、単一施設の二重盲検式のランダム化された制御された2×2クロスオーバー試験であり、A2ベータカゼイン型のみを含有する乳対A1およびA2ベータカゼイン型を含有する乳の、不耐性の症状と相関する免疫反応マーカーの血清レベルに対する効果を評価するように設計された。対象が完全な臨床評価および尿ガラクトースに関する定性的検査を受けたスクリーニング訪問の後、適格な対象は、2週間のウォッシュアウト期間に入った。次いで、対象は、介入期間1に入り、ここで彼らは、ランダム化スキームに従って、A2ベータカゼインバリアントのみを含有する乳(A2ベータカゼインのみの製品)またはA1およびA2ベータカゼインバリアント両方を含有する乳(A1/A2ベータカゼイン含有製品)を2週間与えられた。2回目の2週間のウォッシュアウト期間の後、対象は、介入期間2に入り、ここで彼らは、逆の(opposite)乳の製品を与えられた。訪問は、それぞれの介入期間の開始時およびそれぞれの介入期間の7および14日目にスケジュールされた。対象は、それぞれのウォッシュアウト期間の間に電話により接触された。試験は、上海交通大学医学部(中国、上海)と提携した新華病院の消化器科において実施された。
【0046】
介入
A2ベータカゼインのみの製品およびA1/A2ベータカゼイン含有製品は、A2 Infant Nutrition Limited(Auckland、ニュージーランド)により提供され、S.P.R.I.M.China(上海) Consulting Co.,Ltd.(SPRIM China)により試験施設に分配された。SPRIM Chinaのスタッフが、調査者および対象が彼らがそれぞれの介入期間にどちらの製品を与えられるかが分からないことを確実にするために、製品の全てを再包装し、ラベリングした。それぞれの介入期間において、対象は、14日間1日あたり2回の食事後に250mlの乳を消費するように指示された。対象は、乳の摂取およびそれぞれの介入に対する遵守を記録するために日記を用いた。使用済みおよび未使用の紙パックは、介入に関するコンプライアンスを評価するためおよび盲検が完全であることを確実にするために、それぞれの訪問時に回収された。対象は、性別により層別化され、密封された封筒中にとじ込まれた割当番号に従って順序1(A1/A2→A2)または順序2(A2→A1/A2)に対してランダム化された。割り当ては、SPRIM Chinaにより用意されたコンピューターで生成されたリストに基づいた。
【0047】
A2ベータカゼインのみの製品は、(100mlあたり)271kJのエネルギー、3.1gのタンパク質、3.6gの脂肪、5.0gの炭水化物、48mgのナトリウム、150mgのカリウム、および117mgのカルシウムを含有していた。A1ベータカゼインのA2ベータカゼインに対する比率は、超高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析により確認されたように、A1/A2ベータカゼイン含有製品においておおよそ40:60であった。両方の製品は、同一であり、同じ量のタンパク質を含有していた。
【0048】
提供された乳製品以外の乳製品の消費は、試験の間禁止された。対象は、それぞれのウォッシュアウト期間の間乳成分を含まない(non−dairy)乳製品を消費することが許可された(乳製品は消費されなかった)。
【0049】
対象
含める基準は、以下の通りであった:男性または女性;年齢25〜68歳;不規則な乳の消費(食物頻度質問表を用いて文書化された);自己申告された商業的な乳に対する不耐性;自己申告された乳の消費後の軽度〜中程度の消化不快感;ならびに静かな呼吸の間の正常な心電図(ECG)および血圧。対象は、彼らが試験の間薬物、栄養補助剤、または乳酸菌乳を含む他の乳製品を一切摂取しないことに同意し;要求および手順の全てに応じる意思があり;署名されたインフォームドコンセントを提供し;本試験の間に別の介入的臨床研究に参加しないことに同意し;排除基準を一切満たさず;そして試験の性質、目的、利益、ならびに可能性のあるリスクおよび副作用を完全に理解した場合、登録された。対象は、市中病院の掲示板に置かれた広告により募集された。要約統計は、表1に示されている。
【0050】
【表1】
【0051】
統計分析
コルモゴロフ−スミルノフ検定が、連続的変数の正規性を評価するために用いられた。非正規分布した変数は、正規分布に近似させるために平方根または対数変換を施された。ベースライン特徴は、記述的に平均±標準偏差(SD)または対象の数(パーセント)として示される。SCFAの便中濃度は、混合効果分散分析を用いて分析され、ここで、割り当てられた介入および介入期間が、固定効果として含まれ、対象は、試験順序(すなわち、順序1、A1/A2→A2;順序2、A2→A1/A2)内に組み込まれたランダム効果として含まれた。それぞれのエンドポイントに関する平均値において2種類の介入の間で差が存在したかどうか、そして平均値が試験期間の間に変化したかどうかを調べるため、固定効果のタイプIII試験が、介入および試験期間の効果を試験するために用いられた。加えて、対比検査が、それぞれの製品に関する平均値を比較するために実施された。持ち越し作用の存在は、介入×期間の相互作用を用いて評価された。この相互作用が有意ではなかった場合、両方の期間からのデータが評価された。相互作用が有意であった場合、介入期間1からのデータのみが用いられた。
【0052】
便SCFAバイオマーカー
便の実験室検査の結果は、表2に示されている。実験室変数のいずれに関しても、介入期間または順序の効果は一切なかった。しかし、ベースライン値は、全ての実験室変数に関して有意な共変数であった。表2に示されているように、酢酸(P=0.0052)、ブタン酸(P=0.0001)および総短鎖脂肪酸(SCFA)(P=0.0009)の便中濃度に関して、2種類の乳製品の間で有意差があった。プロピオン酸レベルにおける差は、観察されなかった。
【0053】
【表2】
【0054】
本発明は、実施例により説明されたが、特許請求の範囲において定義される本発明の範囲から逸脱することなく変更および修正がなされ得ることは、理解されるべきである。さらに、特定の特徴に対して既知の均等物が存在する場合、そのような均等物は、あたかも本明細書において具体的に言及されたかのように組み込まれる。
【0055】
参考文献
【0056】
【化1】
【0057】
【化2】
【0058】
14.国際公開第1996/014577号
15.国際公開第1996/036239号
16.国際公開第2002/019832号
17.国際公開第2014/193248号
18.国際公開第2015/005804号
19.国際公開第2015/026245号