特許第6873390号(P6873390)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873390
(24)【登録日】2021年4月23日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】細胞解析方法及び細胞解析装置
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20210510BHJP
   G03H 1/04 20060101ALI20210510BHJP
【FI】
   C12M1/34 Z
   G03H1/04
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-502377(P2019-502377)
(86)(22)【出願日】2017年3月2日
(86)【国際出願番号】JP2017008230
(87)【国際公開番号】WO2018158901
(87)【国際公開日】20180907
【審査請求日】2019年6月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】514275200
【氏名又は名称】株式会社iPSポータル
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】近藤 泰志
(72)【発明者】
【氏名】山本 周平
(72)【発明者】
【氏名】岡田 光加
(72)【発明者】
【氏名】岡田 稔
【審査官】 山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−158325(JP,A)
【文献】 特開2014−018184(JP,A)
【文献】 特開2015−165785(JP,A)
【文献】 特表2011−525252(JP,A)
【文献】 特開2015−146747(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
G03H 1/04
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホログラフィック顕微鏡を用いた細胞解析方法であって、
a)ホログラフィック顕微鏡によるホログラムから求まる解析対象の細胞についての位相像において細胞が存在する細胞領域を抽出する細胞領域抽出ステップと、
b)前記位相像において前記細胞領域以外の領域中の複数の位置における位相値に基づいてバックグラウンド値を算出するバックグラウンド値取得ステップと、
c)前記位相像において、前記細胞領域の輪郭線から内側に、位相値が一定であるとみなせるとして予め決められた10〜20μmの範囲の幅を有する測定対象範囲内の複数の位置における位相値に基づいて細胞位相値を求める細胞内位相値取得ステップと、
d)前記細胞内位相値取得ステップにおいて得られた前記細胞内位相値と前記バックグラウンド値との差に基づいて、該差の値が第1の閾値以上であるとき解析対象の細胞が未分化逸脱状態であると判断し、該差の値が第1の閾値よりも小さい第2の閾値以下であるとき解析対象の細胞が未分化状態であると判断し、該差の値が前記第1の閾値と前記第2の閾値との間であるとき解析対象の細胞の分化状態が不確定であると判断する細胞状態判定ステップと、
を実施することを特徴とする細胞解析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞解析方法であって、
前記細胞内位相値取得ステップでは、前記測定対象範囲前記細胞領域の輪郭線から所定距離離れた位置に該輪郭線に沿ってサンプリングラインを定め、該サンプリングライン上で得られる複数の位相値の平均値を算出して前記細胞内位相値とすることを特徴とする細胞解析方法。
【請求項3】
請求項1に記載の細胞解析方法であって、
前記ホログラフィック顕微鏡はインライン型ホログラフィック顕微鏡であることを特徴とする細胞解析方法。
【請求項4】
請求項2に記載の細胞解析方法であって、
前記所定距離は10μmであることを特徴とする細胞解析方法。
【請求項5】
ホログラフィック顕微鏡を用いた細胞解析装置であって、
a)ホログラフィック顕微鏡によるホログラムから求まる解析対象の細胞についての位相像において細胞が存在する細胞領域を抽出する細胞領域抽出部と、
b)前記位相像において前記細胞領域以外の領域中の複数の位置における位相値に基づいてバックグラウンド値を算出するバックグラウンド値取得部と、
c)前記位相像において、前記細胞領域の輪郭線から内側に、位相値が一定であるとみなせるとして予め決められた10〜20μmの範囲の幅を有する測定対象範囲内の複数の位置における位相値に基づいて細胞位相値を求める細胞内位相値取得部と、
d)前記細胞内位相値取得部により得られた前記細胞内位相値と前記バックグラウンド値との差に基づいて、該差の値が第1の閾値以上であるとき解析対象の細胞が未分化逸脱状態であると判断し、該差の値が第1の閾値よりも小さい第2の閾値以下であるとき解析対象の細胞が未分化状態であると判断し、該差の値が前記第1の閾値と前記第2の閾値との間であるとき解析対象の細胞の分化状態が不確定であると判断する細胞状態判定部と、
を備えることを特徴とする細胞解析装置。
【請求項6】
請求項5に記載の細胞解析装置であって、
前記細胞内位相値取得部は、前記測定対象範囲前記細胞領域の輪郭線から所定距離離れた位置に該輪郭線に沿ってサンプリングラインを定め、該サンプリングライン上で得られる複数の位相値の平均値を算出して前記細胞内位相値とすることを特徴とする細胞解析装置。
【請求項7】
請求項5に記載の細胞解析装置であって、
前記ホログラフィック顕微鏡はインライン型ホログラフィック顕微鏡であることを特徴とする細胞解析装置。
【請求項8】
請求項6に記載の細胞解析装置であって、
前記所定距離は10μmであることを特徴とする細胞解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を培養する過程等において細胞の状態を非侵襲で解析する細胞解析方法及び細胞解析装置に関し、さらに詳しくは、デジタルホログラフィ装置による、物体波と参照波との干渉縞を記録したホログラムから算出される物体の位相像に基づいて細胞を解析する細胞解析方法及び細胞解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療分野では、近年、iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞を用いた研究が盛んに行われている。一般に細胞は透明であって通常の光学顕微鏡では観察しにくいため、従来、細胞の観察には位相差顕微鏡が広く利用されている。しかしながら、位相差顕微鏡では顕微画像を撮影する際に焦点合わせを行う必要があるため、測定に時間が掛かるという問題がある。これを解決するために、最近、デジタルホログラフィ技術を用いたホログラフィック顕微鏡が開発され実用に供されている(特許文献1等参照)。
【0003】
ホログラフィック顕微鏡では、光源からの光が物体表面で反射又は透過してくる物体光と同一光源から直接到達する参照光とがイメージセンサ等の検出面で形成する干渉縞(ホログラム)を取得し、そのホログラムに基づいた所定の演算処理を実施することで物体の再生像として強度像や位相像を得る。こうしたホログラフィック顕微鏡では、ホログラムを取得したあとにデータ処理の段階で焦点合わせを行う、つまり焦点が合った再生像を構成することができるため、撮影時にいちいち焦点合わせを行う必要がなく測定時間を短縮することができるという利点がある。
【0004】
ところで、多能性幹細胞を利用した再生医療の研究・開発においては、多能性を維持した状態の未分化の細胞を大量に培養する必要がある。そのため、適切な培養環境の選択と環境の安定的な制御が必要であるとともに、培養中の細胞の状態を高い頻度で確認する必要がある。例えば、細胞コロニー内の細胞が未分化状態から逸脱すると、この場合、細胞コロニー内にある全ての細胞は分化する能力を有しているために、最終的にはコロニー内の細胞全てが未分化逸脱状態に遷移してしまう。そのため、観察者は培養している細胞中に未分化状態を逸脱した細胞(すでに分化した細胞や分化しそうな細胞、以下「未分化逸脱細胞」という)が発生していないかを日々確認し、未分化逸脱細胞を見つけた場合にはこれを迅速に除去する必要がある。
【0005】
多能性幹細胞が未分化状態を維持しているか否かの判定は、未分化マーカによる染色を行うことで確実に行うことができる。しかしながら、染色を行った細胞は死滅するため、再生医療用の多能性幹細胞の判定には未分化マーカ染色を実施することができない。そこで、現在の再生医療用細胞培養の現場では、上述した位相差顕微鏡を用いた細胞の形態的観察に基づいて、観察者が未分化細胞であるか否かを判定するようにしている。しかしながら、こうした方法で正確な識別を行うには熟練が必要である。また、人間の判断に基づくために判定にばらつきが生じることは避けられない。そのため、こうした従来の手法は多能性幹細胞を工業的に大量生産するのには適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際特許公開第2016/084420号
【特許文献2】特開平10−268740号公報
【特許文献3】国際特許公開第2013/099772号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】バレール(Barer)、「インターフェアレンス・マイクロスコピー・アンド・マス・デターミネイション(Interference Microscopy and Mass Determination)」、ネイチャー(Nature)、1952年、Vol.169、pp.366-367
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、非侵襲な細胞観察の手法を利用して、iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞が未分化状態であるか或いは未分化逸脱細胞であるのかを正確に且つ効率良く判定することができる細胞解析方法及び細胞解析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
過去の研究(非特許文献1参照)において、位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡などを利用した観察において求まる位相の変化は、観察対象である細胞に含まれるタンパク質の乾燥物の総量に比例することが報告されている。こうした知見によれば、細胞単位又は細胞コロニー単位で位相の変化量を比較することで、細胞の状態を比較することができ、未分化状態である細胞と未分化逸脱状態である細胞との識別が可能であると推測される。本発明者はこうした点に着目して実験を繰り返し本発明を完成するに至った。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係る細胞解析方法は、ホログラフィック顕微鏡を用いた細胞解析方法であって、
a)ホログラフィック顕微鏡によるホログラムから求まる解析対象の細胞についての位相像において細胞が存在する細胞領域を抽出する細胞領域抽出ステップと、
b)前記位相像において前記細胞領域以外の領域中の複数の位置における位相値に基づいてバックグラウンド値を算出するバックグラウンド値取得ステップと、
c)前記位相像において、前記細胞領域の輪郭線から内側に、位相値が一定であるとみなせるとして予め決められた10〜20μmの範囲の幅を有する測定対象範囲内の複数の位置における位相値に基づいて細胞位相値を求める細胞内位相値取得ステップと、
d)前記細胞内位相値取得ステップにおいて得られた前記細胞内位相値と前記バックグラウンド値との差に基づいて、該差の値が第1の閾値以上であるとき解析対象の細胞が未分化逸脱状態であると判断し、該差の値が第1の閾値よりも小さい第2の閾値以下であるとき解析対象の細胞が未分化状態であると判断し、該差の値が前記第1の閾値と前記第2の閾値との間であるとき解析対象の細胞の分化状態が不確定であると判断する細胞状態判定ステップと、
を実施することを特徴としている。
【0011】
また上記課題を解決するために成された本発明に係る細胞解析装置は、本発明に係る細胞解析方法を実施するための装置であり、ホログラフィック顕微鏡を用いた細胞解析装置であって、
a)ホログラフィック顕微鏡によるホログラムから求まる解析対象の細胞についての位相像において細胞が存在する細胞領域を抽出する細胞領域抽出部と、
b)前記位相像において前記細胞領域以外の領域中の複数の位置における位相値に基づいてバックグラウンド値を算出するバックグラウンド値取得部と、
c)前記位相像において、前記細胞領域の輪郭線から内側に、位相値が一定であるとみなせるとして予め決められた10〜20μmの範囲の幅を有する測定対象範囲内の複数の位置における位相値に基づいて細胞位相値を求める細胞内位相値取得部と、
d)前記細胞内位相値取得部により得られた前記細胞内位相値と前記バックグラウンド値との差に基づいて、該差の値が第1の閾値以上であるとき解析対象の細胞が未分化逸脱状態であると判断し、該差の値が第1の閾値よりも小さい第2の閾値以下であるとき解析対象の細胞が未分化状態であると判断し、該差の値が前記第1の閾値と前記第2の閾値との間であるとき解析対象の細胞の分化状態が不確定であると判断する細胞状態判定部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る細胞解析方法及び細胞解析装置において、解析対象の細胞は典型的には、iPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞である。
【0013】
本発明に係る細胞解析装置においてホログラフィック顕微鏡では、例えば培養プレート内で培養されている解析対象の細胞に対するホログラムが取得される。取得されたホログラムデータについて所定のデータ処理(位相回復及び画像再構成)を行うことで、解析対象の細胞を含む位相像が作成される。この位相像作成までの一連の処理は従来の一般的なホログラフィック顕微鏡で行われているものである。
【0014】
本発明に係る細胞解析装置において、細胞領域抽出部は位相像に対し所定のアルゴリズムに従った処理を実施し、細胞が存在する細胞領域を抽出する。細胞領域の抽出には、画像認識などの分野で頻用されているテクスチャ解析などの既知の手法を用いればよい。細胞領域を抽出することで、位相像は細胞領域と細胞が存在しない非細胞領域とに分けられる。そこでバックグラウンド値取得部は、その非細胞領域中の複数の位置における位相値を取得し、例えばその複数の位相値を平均することでバックグラウンド値を算出する。なお、非細胞領域であっても培地に含まれるゴミや死んだ細胞、或いは培養プレートの傷等により発生するホログラムにより、位相値が他よりも少し高くなっている場合もある。そのため、非細胞領域の中で位相値が所定閾値以下である範囲を選択する等の処理により、明らかに異常な位相値がバックグラウンド値の算出に利用されるのを避けることが望ましい。
【0015】
一方、細胞内位相値取得部は細胞領域内の複数の位置における位相値に基づいて、細胞領域内の位相値の代表値、つまりは細胞内位相値を算出する。細胞領域内における位相値の変動が或る程度小さければ、細胞領域内の複数の任意の位置における位相値を用いて細胞内位相値を求めればよい。しかしながら、ホログラフィック顕微鏡としてインライン型ホログラフィック顕微鏡を用いた場合、光束の位置が互いに近接している物体光と参照光とからホログラムを作成しているため、観察している細胞のサイズが大きいと参照光の乱れによる原理的な測定誤差が生じることが判明した。この測定誤差は細胞内で且つ細胞の周縁部から遠いほどつまりは細胞の中央に近いほど大きくなり、その測定誤差は位相値の低下として観測される。そのため、細胞が小さい場合には問題ないが、細胞が大きくなると、細胞の周縁部に近い位置では正確なつまりは実際の光学厚さを反映した位相値が得られるものの、中央に近い位置では実際の光学厚さを反映しない小さな位相値となる場合がある。そこで、こうした不正確な位相値が利用されることを避けるために、細胞内位相値取得部は、細胞領域における細胞の輪郭線(細胞領域と非細胞領域との境界)から内側に所定の幅を有する測定対象範囲内の、つまりは細胞の周縁部に近い部分の、複数の位置における位相値に基づいて細胞内位相値を算出する。
【0016】
多能性幹細胞の場合、上記のような位相値の低下が生じるのは多数の細胞が集まった細胞コロニーの場合であり、小さな単細胞ではそうした問題は起こらない。即ち、単細胞では、細胞領域内のいずれの位置における位相値も細胞内位相値の算出に利用することができる
【0018】
細胞の光学厚さがほぼ一定であっても細胞の中央に近い位置で位相値の低下が観測される場合に、細胞の輪郭線から内側に所定の距離の範囲では位相値は概ね平坦な値であり、その距離を超えてさらに内側に進むに伴い徐々に位相値が低下するという傾向がある。本発明者の実験による検討では、細胞領域の中で位相値が概ね平坦である状態から低下し始める位置は細胞の大きさに依存しているものの、細胞の周縁部に近い部分では概ね位相値は安定していると推測される。そこで、位相値の低下の影響を受けない測定対象範囲、つまり上記所定距離は予め実験等により適切に定めておくことができる。具体的に本発明者の検討では、iPS細胞を観察するに際して所定距離を十数〜20μm程度に定めれば、良好な判定が可能である。
【0019】
上記のようにして細胞内位相値取得部により細胞内位相値が得られたならば、細胞状態判定部はその細胞内位相値をバックグラウンド値との差を算出し、例えばそれを所定の閾値と比較することで、解析対象の細胞が未分化状態であるか又は未分化逸脱状態であるかを判定する。細胞内位相値からバックグラウンド値を差し引くことで、ホログラフィック顕微鏡の光源の明るさの変動などの環境要因を除外して解析対象の細胞に対応した精度の高い位相値が求まり、また未分化状態の細胞と未分化逸脱細胞とでは位相値に有意な差があるため、細胞状態判定部は高い精度で以て細胞が未分化状態であるか未分化逸脱状態であるのかを判定することができる。
【0020】
ただし、実際上、一つの閾値を境に未分化状態であるのか未分化逸脱状態であるのかを判定するのは困難であるし、再生医療用細胞培養の現場では判定誤りをゼロに近い状態にすることが望まれる。
そこで、本発明に係る細胞解析装置において、前記細胞状態判定部は、前記差の値が第1の閾値以上であるとき解析対象の細胞が未分化逸脱状態であると判断し、該差の値が第1の閾値よりも小さい第2の閾値以下であるとき解析対象の細胞が未分化状態であると判断している。
【0021】
また本発明に係る細胞解析装置の一態様として、
前記細胞内位相値取得部は、前記測定対象範囲内に細胞の輪郭線に沿ってサンプリングラインを定め、該サンプリングライン上で得られる複数の位相値の平均値を算出して前記細胞内の位相値とすればよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る細胞解析方法及びに細胞解析装置によれば、例えばiPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞を培養する現場において、培養中の細胞が未分化状態を維持しているのか未分化逸脱状態であるのかを、観察者の判断に依らず、機械的につまりは自動的に正確に判定することができる。そのため、観察者の熟練度や技量による判定のばらつきがなくなるとともに、迅速な判定が可能となる。その結果、培養中の細胞の品質管理が容易になり、生産性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施例による細胞解析装置の概略構成図。
図2】本実施例の細胞解析装置における細胞判定処理の手順を示すフローチャート。
図3図2中の細胞コロニー判定処理の詳細なフローチャート。
図4】細胞コロニー判定のためのライン設定方法を説明するための模式図。
図5】細胞コロニー判定のためのラインの設定例を示す模式図であり、(a)は細胞コロニーである場合、(b)は単細胞である場合の例。
図6】細胞内位相値を算出するためのサンプリングラインの設定例を示す模式図であり、(a)は細胞コロニーである場合、(b)は単細胞である場合の例。
図7】細胞内の断面方向の位置と位相値との概略的な関係を示す模式図であり、(a)は細胞コロニーである場合、(b)は単細胞である場合の例。
図8】未分化細胞と未分化逸脱細胞との光学厚みの実測結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る細胞解析装置の一実施例を、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例による細胞解析装置の概略構成図である。
【0025】
本実施例の細胞解析装置は、顕微観察部1と、制御・処理部2と、ユーザーインターフェイスである入力部3と、表示部4と、を備える。
顕微観察部1はインライン型ホログラフィック顕微鏡(In-line Holographic Microscopy:IHM)であり、レーザダイオードなどを含む光源部10とイメージセンサ11とを備え、光源部10とイメージセンサ11との間に、観察対象である細胞13を含む培養プレート(又はそのほかの細胞培養容器)12が配置される。制御・処理部2は顕微観察部1の動作を制御するとともに顕微観察部1で取得されたデータを処理するものであって、撮影制御部20、データ記憶部21、位相情報算出部22、画像作成部23、未分化/未分化逸脱識別部24、を機能ブロックとして備える。また、未分化/未分化逸脱識別部24は、細胞領域抽出部241、バックグラウンド値取得部242、細胞内位相値取得部243、位相変化量算出部244、及び位相変化量判定部245を下位の機能ブロックとして含む。
【0026】
制御・処理部2の実体はパーソナルコンピュータ又はより高性能なワークステーションであり、そうしたコンピュータにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることで上記各機能ブロックの機能が実現されるように構成することができる。また、後述するように制御・処理部2の機能を一つのコンピュータでなく、通信ネットワークを介して接続された複数のコンピュータで分担する構成とすることできる。
【0027】
本実施例の細胞解析装置において、ユーザ(オペレータ)が解析対象である細胞(多能性細胞)13を含む培養プレート12を所定位置にセットして入力部3で所定の操作を行うと、撮影制御部20は顕微観察部1を制御して以下のようにデータの取得を行う。
即ち、光源部10は10°程度の微小角度の広がりを持つコヒーレント光を培養プレート12の所定の領域に照射する。培養プレート12及び細胞13を透過したコヒーレント光(物体光15)は、培養プレート12上で細胞13に近接する領域を透過した光(参照光14)と干渉しつつイメージセンサ11に到達する。物体光15は細胞13を透過する際に位相が変化した光であり、他方、参照光14は細胞13を透過しないので該細胞13に起因する位相変化を受けない光である。したがって、イメージセンサ11の検出面(像面)上には、細胞13により位相が変化した物体光15と位相が変化していない参照光14との干渉像(ホログラム)が形成される。
【0028】
なお、培養プレート12は図示しない移動機構によってX軸−Y軸方向(図1の紙面に垂直な面内)に順次移動される。これにより、光源部10から発せられるコヒーレント光の照射領域(観察領域)を培養プレート12上で移動させ、広い2次元領域に亘るホログラムを取得することができる。
【0029】
上述したように顕微観察部1で得られたホログラムデータ(イメージセンサ11の検出面で形成されたホログラムの2次元的な光強度分布データ)は逐次、制御・処理部2に送られ、データ記憶部21に格納される。制御・処理部2において、位相情報算出部22はデータ記憶部21からホログラムデータを読み出し、所定の演算処理を実行することで観察領域全体の位相情報を算出する。そして、画像作成部23は、算出された位相情報に基づいて観察領域全体の位相像を作成する。こうした位相情報の算出や位相像の作成の際には、特許文献1、2等に開示されている周知のアルゴリズムを用いればよい。なお、ホログラムデータに基づいて強度情報、擬似位相情報なども併せて算出し、これらに基づく再生像を作成してもよい。ただし、ここでは少なくとも位相像が得られればよく、そのほかの再生像の作成は必須ではない。
【0030】
上記のように観察対象の細胞13が像として反映された位相像が得られると、未分化/未分化逸脱識別部24は、図2に示す手順で識別処理を実行する。図2は本実施例の細胞解析装置における細胞判定処理の手順を示すフローチャート、図3図2中の細胞コロニー判定処理の詳細なフローチャートである。
【0031】
まず細胞領域抽出部241は位相像を構成するデータに基づいて、位相像中で細胞又は細胞コロニーが存在すると推定される細胞領域を抽出し、その細胞領域の輪郭を示すデータを求める(ステップS1)。細胞領域は一つである場合もあり得るが、通常は複数である。細胞領域の抽出には例えば、画像マッチングなどに広く利用されている、テクスチャ画像抽出、輝度値を閾値に照らして判定する画像処理アルゴリズムといった周知のアルゴリズムを用いることができる(特許文献3等参照)。
【0032】
次にバックグラウンド値取得部242は、位相像の中で上記抽出された細胞領域以外の領域において位相値が0[rad]に近い領域、具体的には位相値の絶対値が予め設定された値よりも小さい領域をバックグラウンド領域(非細胞領域)として選定し、そのバックグラウンド領域中に所定の長さ(例えば100[μm])のサンプリングラインを所定本数(例えば5本)設定する。そして、その複数のサンプリングライン上の各位置における位相値を求め、その全体の平均値を計算する。そして、その計算結果をこの位相像におけるバックグラウンド値と定める(ステップS2)。
【0033】
一方、細胞内位相値取得部243はステップS1で抽出された細胞領域のそれぞれについて、その細胞領域が単細胞であるか又は複数の細胞が集まった細胞コロニーであるのかを判定する(ステップS3)。
【0034】
具体的には図3に示すように、まず、細胞領域毎に、その細胞領域を横切る任意の直線の中で細胞領域部分の長さが最大である一本の直線と、この直線に直交する直線の中で細胞領域部分の長さが最大である他の一本の直線と、の二本のラインを定める(ステップS31)。
図4(a)に示すように、位相像100の中で細胞領域110を横切る直線Pを平行移動させる処理と、図4(b)に示すように、位相像100の中で細胞領域110を横切る直線Pを回転させる処理と、を組み合わせながら、細胞領域110部分の長さが最大になる位置を見つけることで、一本目の直線の位置を定めればよい。一本目の直線の位置が定まれば、該直線に直交する直線を平行移動させつつ細胞領域110部分の長さを調べることで、二本目の直線の位置を決めることができる。
【0035】
図5は、位相像100中の細胞領域110上に二本のラインが設定された状態を示す模式図である。一般に、多能性細胞は図5(b)に示すように細長い形状であり、細胞コロニーは多数の単細胞の集まりであるため図5(a)に示すように単細胞に比べれば円形に近く且つ大きい。そこで、ここでは、細胞領域110上に設定された二本のラインP、Qについて細胞領域部分の長さに基づいて単細胞であるか細胞コロニーであるかを判定する。
【0036】
即ち、図5に示すように、二本のラインP、Qについて細胞領域110部分の長さL1、L2を取得し(ステップS32)、この長さL1、L2が共に所定長さ(ここでは10μm)以上であるか否かを判定する(ステップS33)。そして、共に所定長さ以上であれば細胞コロニーであると判断し(ステップS34)、少なくともいずれか一方が所定長さ未満であれば単細胞であると判断する(ステップS35)。例えば図5(b)に示した単細胞の例では、長さL1がたとえ10μm以上であったとしても、長さL2が通常10μm以上であることはあり得ないので、単細胞であると正しく判断することができる。
【0037】
ステップS34の判断が行われたときにはステップS4ではYesである。この場合、位相像100中の円形に近い形状である細胞領域110の輪郭線の周囲に位相値が極端に大きい部分が存在する。そこで、細胞内位相値取得部243は例えば位相値が所定の閾値(ここでは0.95π[rad])以上である部分を見つけ、図6(a)に示すように、その部分の内側である輪郭線から所定距離tだけ内側に離れた位置に該輪郭線に沿って曲線状のサンプリングライン120を定める(ステップS6)。一方、ステップS35の判断が行われたときにはステップS4ではNoである。この場合、細胞内位相値取得部243は図6(b)に示すように、位相像100中の細長い形状の細胞領域110の長軸方向に直線状のサンプリングライン120を定める(ステップS5)。上記所定距離tは典型的には10μm程度が適切であるが、その理由については後述する。
【0038】
サンプリングライン120が決まったならば、細胞内位相値取得部243はサンプリングライン120上の各位置の位相値を求め、その位相値全体の平均値を細胞上位相値として計算する(ステップS7)。位相変化量算出部244はステップS7で得られた細胞上位相値とステップS2で得られたバックグラウンド値との差を計算し、これを位相変化量と定める(ステップS8)。このようにバックグラウンド値を差し引くのは、観察時の光源部10の発光輝度のばらつきやイメージセンサ11の感度ばらつき、或いは培養プレート12の培地の状態の変化などの影響を軽減するためである。
【0039】
次いで位相変化量判定部245はステップS8で求まった位相変化量が第1閾値(ここでは0.08π[rad])以下であるか否かを判定し(ステップS9)、第1閾値以下であれば対象としている細胞領域の細胞は未分化細胞であると判断する(ステップS11)。位相変化量が第1閾値よりも大きい場合には、該位相変化量が第2閾値(ここでは0.12π[rad])以上であるか否かを判定し(ステップS10)、第2閾値以上であれば対象としている細胞領域の細胞は未分化逸脱細胞であると判断する(ステップS12)。一方、位相変化量が第2閾値未満である場合、つまりは位相変化量が第1閾値と第2閾値との間の範囲に入っている場合には、確定的な判断が困難であるので細胞が未分化であるか否かは不確定であると判断する(ステップS13)。
【0040】
上記ステップS3〜S13の処理を一つの位相像から抽出される細胞領域それぞれについて行うことで、その細胞領域の細胞が単細胞又は細胞コロニーのいずれである場合でも、「未分化細胞」、「未分化逸脱細胞」、又は「不確定」のいずれかと判定される。そして、その判定結果は制御・処理部2の内部に記録されるとともに、例えば入力部3からの観察者の指示に対応して表示部4に表示される。
【0041】
ここで、細胞内の位相値を求めるためのサンプリングラインを、図6を用いて説明したように設定する理由を述べる。
本実施例の細胞解析装置では、顕微観察部1としてインライン型のホログラフィック顕微鏡を使用している。図1に示したように、インライン型ホログラフィック顕微鏡では参照光14と物体光15とがほぼ同軸的に進行してイメージセンサ11に到達する。観察対象である細胞13が大きい場合、つまりは細胞コロニーである場合、細胞13の周縁部付近に対応するホログラムは培養プレート12内の細胞が全く存在しない部分を通過した参照光と物体光との干渉によるホログラムとなる。一方、細胞13の中央部付近に対応するホログラムは、細胞が存在する部分を通過する光を一部含む参照光と物体光との干渉によるホログラムとなる。即ち、この場合、参照光は理想的な参照光ではない。そのため、観察対象である細胞13が大きいと、インライン型ホログラフィック顕微鏡の測定原理上、細胞の輪郭付近では正確な位相値が得られるものの、細胞の中央部では輪郭付近よりも位相値が低下する傾向にある。
【0042】
図7は細胞内の断面方向の位置と位相値との概略的な関係を示す模式図であり、(a)は細胞コロニーである場合、(b)は単細胞である場合の例である。
図7において[i]は細胞が存在しない領域つまりはバックグラウンド領域である。また、細胞領域の周囲にはハレーション等により位相値が顕著に高い領域[ii]が現れる。図7(b)に示すように観察対象の細胞が小さい場合(一般的には単細胞である場合)には、上記のような参照光が理想的でなくなる現象が起こらない(又はその影響が小さい)ため、細胞領域の全体で位相値は概ね平坦になる。これに対し、図7(a)に示すように観察対象の細胞が大きい場合(一般的には細胞コロニーである場合)には、上記現象により、細胞領域の輪郭(外縁)から内側に所定の領域[iii]では位相値は概ね平坦になるものの、それよりもさらに内側つまり中央部に近い領域[iv]では領域[iii]よりも位相値が低下する。領域[iv]における位相値の低下量は装置構成や細胞の大きさ等に依存することが想定されるため、正確な位相値を求めるには領域[iv]は適切でなく、領域[iii]において測定する必要がある。
【0043】
本発明者らの実験的な検討によれば、領域[iii]の幅は細胞の大きさにも依存するが、概ね十数μm〜20μm程度であり、細胞の輪郭から内側に10μm離れた位置であれば確実に領域[iii]における正確な位相値が得られると考えられる。このような理由により、本実施例の細胞解析装置では、細胞内の位相値を求めるためのサンプリングラインを上記説明のように設定している。
【0044】
また本実施例の細胞解析装置では、上述したように、位相変化量を第1、第2なる二つの閾値と比較して未分化細胞と未分化逸脱細胞の判定をそれぞれ行っているが、これは未分化細胞と未分化逸脱細胞とで光学的厚みに大きな差が生じる、つまりは統計的に有意な差があることが実験的に確認されているためである。
【0045】
図8は未分化細胞(未分化iPS細胞コロニー)と未分化逸脱細胞との光学厚みを実測した結果を示す図であり、図中、[1]は未分化細胞、[2]は未分化逸脱細胞であって、(a)、(b)及び(c)はそれぞれ培養開始から2日後、4日後及び6日後の結果である。未分化細胞と未分化逸脱細胞とで光学厚みに有意差がないとの仮説についての仮説検定のP値を計算したところ、全ての期間でP値は0.05未満となり、光学厚みに有意な差があることが確認できた。上述した細胞の位相変化量は該細胞の光学厚みを反映しているから、位相変化量に基づいて未分化細胞と未分化逸脱細胞と正確に識別できることが分かる。
【0046】
なお、上記説明における0.95π[rad]、0.08π[rad]、0.12π[rad]、10[μm]等の各種の数値は本発明者らが実験的に求めた値であり、あくまでも一例である。これら数値は、装置構成や観察対象の多能性細胞の種類に応じて、より適切な値が選択され得ることは容易に考えられる。
【0047】
また、図1に示した実施例の構成では、制御・処理部2において全ての処理を実施しているが、一般に、ホログラムデータに基づく位相情報の計算やその計算結果の画像化には膨大な量の計算が必要である。そのため、通常使用されているパーソナルコンピュータでは計算に多大な時間が掛かり効率的な解析作業は難しい。そこで、顕微観察部1に接続されたパーソナルコンピュータを端末装置とし、この端末装置と高性能なコンピュータであるサーバとがインターネットやイントラネット等の通信ネットワークを介して接続されたコンピュータシステムを利用するとよい。この場合、ホログラムデータに基づく位相情報の計算や位相像の作成などの複雑な処理はサーバ側で実施し、それによって作成された画像データを端末装置が受け取って、この画像データにより構成される位相像に対する処理、つまりは未分化/未分化逸脱識別部24による処理を端末装置側で行うようにするとよい。こうした構成では、図1に示した制御・処理部2の機能ブロックが端末装置側とサーバ側とに分離されることになる。このように、制御・処理部2の機能は複数のコンピュータで分担しても構わない。
【0048】
また上記実施例の細胞解析装置では、顕微観察部1としてインライン型ホログラフィック顕微鏡を用いていたが、ホログラムが得られる顕微鏡であれば、オフアクシス(軸外し)型、位相シフト型などの他の方式のホログラフィック顕微鏡に置換え可能であることは当然である。
【0049】
さらにまた、上記実施例や上記の各種変形例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲でさらに適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0050】
1…顕微観察部
10…光源部
11…イメージセンサ
12…培養プレート
13…細胞
14…参照光
15…物体光
2…制御・処理部
20…撮影制御部
21…データ記憶部
22…位相情報算出部
23…画像作成部
24…未分化/未分化逸脱識別部
241…細胞領域抽出部
242…バックグラウンド値取得部
243…細胞内位相値取得部
244…位相変化量算出部
245…位相変化量判定部
3…入力部
4…表示部
100…位相像
110…細胞領域
120…サンプリングライン
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8