【実施例】
【0038】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示する実施例に限定されるものではない。なお、実施例中、特にことわりのない限り「%」及び「部」はそれぞれ重量%及び重量部を示す。
【0039】
[合成]
0.5gの分岐型ポリエチレンイミン(シグマアルドリッチ製、1級:2級:3級アミン=1:2:1(モル比)、分子量25kDa)を10mLの0.5MNaCl水溶液に溶解し、pHを塩酸で5.0に調整した。ブチル無水コハク酸(BSA、東京化成)0.266gを加えて100℃で2時間反応させ、次に無水コハク酸(SAナカライテスク)を0.170g加えて100℃で2時間反応させた。透析により精製を行い、凍結乾燥により回収した。TNBS法(Haneeb, A. F. Anal. Biochem. 1966, 14, 328-36による)によるアミノ基の定量から、BSAの置換率は約20±0.8モル%、SAの置換率は約15±1.2%であった。PEI-BSA(20)-SA(15)と表記。BSAによる置換を行わず、SAによる置換のみ行ったPEI-SA(15)も併せて毒性試験に供した。
【0040】
上述した、ブチル無水コハク酸と無水コハク酸でアミノ基の一定割合を修飾した分岐型ポリエチレンイミン(PEI−BSA−SA)の合成の流れを、
図1に示す。
図1において、出発材料である分岐型PEIの構造式では、アミノ基を有する繰り返し単位と、アミノ基を有さない繰り返し単位とが、それぞれ繰り返し単位数xとyとで存在していることを示しているが、これは分子全体の繰り返し単位数のなかにあるアミノ基を有する繰り返し単位の数を、まとめて表現するための構造式であって、アミノ基を有する繰り返し単位と有さない繰り返し単位とが、それぞれ連続して存在していることを示すものではない。
図1に例示した分岐型PEIの構造とは異なる構造の分岐型PEIを例示して、出発材料として使用してPEI−BSA−SAを合成する流れを、
図2に示す。
図2においても例示した繰り返し単位の構造式は、繰り返し単位の構造の多様性を説明するための例示であって、この構造式と完全同一の繰り返し単位によって分子全体が構成されていることを示すものではない。
【0041】
合成したPEI−BSA−SAの特定を1H−NMR測定によって行った。1H−NMR測定によるグラフを
図3Aに示す。
図3Bに
図3Aの1H−NMR測定のピーク番号に対応する構造式中の位置を示す。
【0042】
[毒性試験]
毒性試験では、HEK293細胞を使用した。96wellプレートに各ウェルあたり1000個の細胞を播種し、72時間後、所定濃度のPEI化合物を添加し、さらに24時間後、細胞の生存率をMTT法で定量化し、化合物無添加系に対する生存率の比を計算した。その割合が50%を切るのに必要な濃度をIC50で表し、毒性の指標とした。市販の分岐型PEIのIC50 ha40μg/mL、PEI-SA(15)のIC50は175μg/ML、PEI-BSA(20)-SA(15)のIC50は220μg/mLという結果であり、PEI-BSA(20)-SA(15)が最も低い毒性を示した。これは、アミノ基がより多くカルボキシル基に変換されていることが原因であると考えられる。この結果のグラフを、
図4に示す。
図4のグラフのなかで、下向きの矢印は、それぞれのカーブのなかでIC50にあたる値が、横軸でどの値に相当するかを示した矢印である。
【0043】
[プラスミドの抽出]
プラスミドは、大腸菌(DH5α)を用い、pAcGFP-N2(Clontech, USA)とpGL4.51[luc2/CMV/Neo] (Promega, USA)を増幅させ、Genopure plasmid kit(ロシュ)を用いて純化し、使用した。pAcGFP-N2はGreen Fluorescent Protein (GFP)をエンコードしており、大腸菌中での増幅にカナマイシン抵抗性遺伝子を使用した。pGL4.51[luc2/CMV/Neo]ベクターは、luc2リポーター遺伝子を有しており、大腸菌中での増幅にアンピシリン抵抗性遺伝子を使用した。大腸菌(DH5α)によるプラスミドの増幅と形質転換の手順を
図5に示す。
【0044】
[HEK293細胞への遺伝子導入]
遺伝子導入のために、市販のJETPEI(PolyPlus Transfection)、市販のリポフェクタミン3000(Thermo Scientific)、市販の分岐型PEI(シグマアルドリッチ社製、製品名Branched polyethyleneimine、平均分子量25000)、および上記合成したPEI-BSA(20)-SA(15)を用いた。JETPEIは、直鎖型PEIを用いた導入キットである。リポフェクタミン3000は、リポフェクトアミンを用いた導入キットである。直鎖型PEIの構造を以下に示す。リポフェクトアミンの構造を
図6に示す。
【化1】
【0045】
JETPEIは、所定のプロトコルにしたがって、生理食塩水50μL中にJETPEI試薬2μL及びプラスミド1μgを含むように添加して混合し、複合体溶液として調製して、後述のように細胞に投与した。
リポフェクタミンは、所定のプロトコルにしたがって、Opti-MEMバッファー125μL中にリポフェクタミン溶液7.5μL及びプラスミド1μgを含むように添加して混合し、複合体溶液として調製して、後述のように細胞に投与した。
市販の分岐型PEIは、リン酸緩衝液(pH7.4)50μL中に、プラスミド1μgに対してポリマー2、5、7、10μg(ポリマー:DNA=2:1、5:1,7:1、10:1)となるように添加して混合し、複合体溶液として調製して、後述のように細胞に投与した。
上記合成したPEI-BSA(20)-SA(15)は、リン酸緩衝液(pH7.4)50μL中に、プラスミド1μgに対してポリマー2、5、7、10μg(ポリマー:DNA=2:1、5:1,7:1、10:1)となるように添加して混合し、複合体溶液として調製して、後述のように細胞に投与した。
上記の直鎖型PEI、リポフェクタミン、分岐型PEI又はPEI-BSA(20)-SA(15)と、プラスミドとの複合体の溶液を細胞へ投与するにあたっては、後述する通り、凍結濃縮法による実験(凍結濃縮実験系)と、凍結濃縮を利用しない実験(非凍結濃縮実験系)とを行った。
【0046】
[非凍結濃縮系]
上記作成した複合体の細胞への投与にあたって、凍結濃縮を利用しない実験(本発明の比較例)を以下のように行った。
10
6個の細胞を3.5cmディッシュに播種し、1mL の培養液(無血清ダルベッコ改良イーグル培地(DMEM))中で10時間培養後、それぞれの複合体試薬溶液(いずれの複合体溶液も50μL、ただしリポフェクタミンによる複合体溶液は125μL)を添加後、10時間37℃、インキュベータ中で培養して、後述のように、共焦点レーザー顕微鏡でGFPの発現の観察(pAcGFP-N2の場合)、ルミノメータ(Lumat3、ベルトールド)でルシフェラーゼ活性の測定(pGL4.51の場合)を行い、遺伝子導入を確認した。
【0047】
ルシフェラーゼ活性の測定は、ルシフェラーゼアッセイキット(Promega)を使用してその使用法に則り行った。培養後の細胞を1mL のPBSで3回洗浄し、キット付属の細胞溶解液(2mMジチオスレイトール、2mM 1,2-diaminocycloheaxane-N,N,N',N'-teraacetic acid、10%グリセリン1% Triton X-100の25mMトリスリン酸バッファーpH7.8溶液)500μLで細胞を溶解させ、全量をマイクロチューブに回収した。その後、13200rpmで遠心分離し、上清を回収した。キット付属のルシフェラーゼアッセイ試薬(ルシフェリンPBS溶液)をあらかじめ100μL添加したチューブに上記細胞溶解液上清を20μL添加し、ルミノメータにて2秒間の発光を測定し、RLU(相対発光量)を算出し、比較した。
【0048】
[凍結濃縮系]
上記調製した複合体の細胞への投与にあたって、凍結濃縮法による実験(本発明の実施例)を以下のように行った。
クライオバイアル中に10
6個の細胞を懸濁した1mL の無血清DMEM培地(10%DMSOおよび複合体試薬溶液(50μL(リポフェクタミンのみ125μL))含有)を添加し、-80℃のフリーザー中で一晩凍結した。37℃の湯浴中で解凍した後、1mL のPBSで3回遠心洗浄した後、3.5cmディッシュに細胞を全量播種し、1mL の無血清DMEM中を添加して37℃のインキュベータで10時間培養後、共焦点レーザー顕微鏡観察およびルシフェラーゼ活性の測定を行った。この凍結濃縮実験系の手順を
図7に示す。
【0049】
[GFP発現]
市販品のJETPEIでは、非凍結濃縮実験系では、GFPの発現による緑の蛍光がほとんど見られなかったが、凍結濃縮実験系では、GFPの発現による緑の蛍光が明瞭に確認された。市販の分岐型PEIでは凍結のあるなしにかかわらず、蛍光はほとんど観察されなかった。リポフェクタミン3000の場合も、凍結しない場合は蛍光が観察されなかったのに対し、凍結により蛍光が確認された。PEI-BSA(20)-SA(15)に関しては、いずれのポリマー:DNAの割合においても凍結後に蛍光が観察された。5:1の場合は、若干凍結無しの系でも蛍光が確認できた。
【0050】
図8〜
図10に、市販のリポフェクタミン、分岐型PEI、直鎖型PEIのGFP発現の様子を示す。
図8〜
図10において、上段の図は、非凍結濃縮系によって得られた細胞の顕微鏡写真である。上段の左図は細胞の顕微鏡写真、上段の中央図はGFP発現を観察する蛍光顕微鏡写真、上段の右図は両視野を重ねた写真である。
図8〜
図10のいずれの図においても、下段の図は、凍結濃縮系によって得られた細胞の顕微鏡写真である。下段の左図は細胞の顕微鏡写真、下段の中央図はGFP発現を観察する蛍光顕微鏡写真、下段の右図は両視野を重ねた写真である。
【0051】
図8は、市販の直鎖型PEI(JET PEI)による複合体を添加した場合の培養10時間後のGFP発現の様子を示す顕微鏡写真である。
【0052】
図9は、市販の分岐型PEIによる複合体(PEI:DNA 5:1(w/w))を添加した場合のGFP発現の様子を示す顕微鏡写真である。
【0053】
図10は、市販のリポフェクタミン(リポソーム系導入試薬)による複合体を添加した場合のGFP発現の様子を示す顕微鏡写真である。
【0054】
図11は、PEI-BSA-SAによる複合体(PEI-BSA(20)-SA(15)-DNA (AcGFP)複合体)を添加した場合の10時間培養後の細胞のGFP発現の様子を示す蛍光顕微鏡写真である。
【0055】
[ルシフェラーゼアッセイ]
GFP発現の結果から、凍結濃縮が遺伝子導入の効果を向上させていることがわかった。これを定量化をするため、さらにルシフェラーゼアッセイを上述の通りに行った。
【0056】
非凍結濃縮系の場合のルシフェラーゼ活性は、市販のリポフェクタミン、JETPEI、分岐型PEIにおいて、それぞれ150000、420000、160000(relative light unit (RLU))であるのに対し、凍結濃縮系ではそれぞれ、310000、800000、470000(RLU)に向上した。
【0057】
一方、PEI-BSA(20)-SA(15)に関しては、ポリマー:DNAが2:1、5:1、7:1、10:1において、非凍結濃縮系はそれぞれ280000、420000、120000、200000(RLU)であったのに対し、凍結濃縮系ではそれぞれ、3100000、3200000、1450000、2100000(RLU)と市販のリポフェクタミン、JETPEI、分岐型PEIに比べて4倍から20倍以上の活性を示すことが確認できた。
【0058】
図12に、市販のリポフェクタミン、JETPEI、分岐型PEIを用いた場合のルシフェラーゼ活性を、非凍結濃縮系と凍結濃縮系とで対比するグラフを示す。
【0059】
図13に、PEI-BSA(20)-SA(15)を用いた場合のルシフェラーゼ活性を、PEI-BSA(20)-SA(15):DNAのそれぞれの比率ごとに、非凍結濃縮系と凍結濃縮系とで対比するグラフを示す。
【0060】
[凍結濃縮系におけるエンドソームからのプラスミドDNAのリリース]
PEI-BSA(20)-SA(15)を用いた複合体による凍結濃縮系において、複合体のプラスミドDNAが細胞に導入発現される機構を確認するために、次の実験を行った。細胞の核をヘキスト33342(Hoechst 33342)で染色し、エンドソームをリソトラッカーグリーン(lysotracker green)でラベルし、プラスミドDNAをレッドシアニン3’(Red cyanine 3’)でラベルした、蛍光顕微鏡写真を
図14に示す。
図14の矢印で示す箇所において、赤色染色されたプラスミドDNAが、緑色染色されたエンドソームの外に移行して、青色染色された細胞核の近傍に存在している。このように複合体による凍結濃縮系によって、プラスミドDNAは細胞内に取り込まれた後に、エンドソームから放出されて、核へ移行するという機構が存在することが確認された。
【0061】
[凍結濃縮系におけるプラスミドDNAの細胞への吸着]
凍結濃縮系において、複合体のプラスミドDNAが細胞に導入発現される機構を確認するために、次の実験を行った。複合体は、直鎖型PEI(JET PEI)と、レッドシアニン3’(Red cyanine 3’)でラベルしたプラスミドDNA(pAcGFPプラスミド)との複合体を使用した。凍結濃縮系において、複合体が導入された細胞の顕微鏡写真を
図15に示す。
図15の上段は非凍結濃縮系であり、
図15の下段は凍結濃縮系である。
図15の左図は細胞の顕微鏡写真、
図15の中央の図は蛍光顕微鏡写真、
図15の右図はこれらを同視野で重ねた写真である。非凍結濃縮系と比較して、凍結濃縮系においては、レッドシアニン3’でラベルされたプラスミドDNAは、著しく細胞へ集中していた。