特許第6873436号(P6873436)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6873436関節疾患治療用の医薬組成物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873436
(24)【登録日】2021年4月23日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】関節疾患治療用の医薬組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/22 20060101AFI20210510BHJP
   A61L 27/02 20060101ALI20210510BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20210510BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20210510BHJP
   A61P 19/02 20060101ALI20210510BHJP
   C07K 14/00 20060101ALN20210510BHJP
【FI】
   A61L27/22
   A61L27/02
   A61L27/52
   A61K38/16
   A61P19/02
   !C07K14/00ZNA
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-94073(P2019-94073)
(22)【出願日】2019年5月17日
(65)【公開番号】特開2020-188833(P2020-188833A)
(43)【公開日】2020年11月26日
【審査請求日】2020年6月11日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】502437894
【氏名又は名称】学校法人大阪医科薬科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100170900
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 渉
(72)【発明者】
【氏名】大槻 周平
(72)【発明者】
【氏名】奥野 修大
(72)【発明者】
【氏名】平野 義明
【審査官】 吉田 知美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−346420(JP,A)
【文献】 特表2015−522590(JP,A)
【文献】 特表2009−508596(JP,A)
【文献】 特開2007−230891(JP,A)
【文献】 青山丈ら, 組織工学用ペプチドハイドロゲルの機械的特性の向上, 第40回 日本バイオマテリアル学会大会予稿集, 2018, p.418, 2P−047
【文献】 奥野修大ら, ペプチドハイドロゲルを使用した半月板治療の可能性:ウサギ半月板欠損モデルを使用したin vivo study, 日本整形外科学会雑誌, 2019.09.09, Vol.93, No.8, p.S1939, 2−PD−6
【文献】 横川亮祐ら, 3D足場材料としての単層β−ヘアピンペプチドハイドロゲルの設計, 第40回 日本バイオマテリアル学会大会予稿集, 2018, p.307, 1P−052
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00−27/60
A61K 38/16
C07K 14/00
A61P 19/02
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己組織化したペプチドにより構成されたペプチドハイドロゲルを含有し、
前記ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との交互の配列からなるβシート構造と、生物学的活性を有するβターン構造とによって構成されたβヘアピン構造を含み、
前記βシート構造はリシンとイソロイシンとの繰り返し配列からなり、前記βターン構造はアルギニン‐グリシン‐アスパラギン酸‐セリン(RGDS)配列からなり、
前記ペプチドハイドロゲルは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が10000Pa以上である関節疾患治療用の医薬組成物。
【請求項2】
前記ペプチドは、配列番号1のアミノ酸配列からなる請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記関節疾患は、半月板損傷である請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記ペプチドを含む水溶液を調製する工程と、
前記水溶液にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えてペプチドハイドロゲルを生成する工程とを含み、
前記リン酸緩衝生理食塩水は、最終濃度が5倍濃度(5×PBS)以上となるように前記水溶液に加えられる請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬組成物を製造する方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬組成物を適用する部位に従って、最適な前記ペプチドハイドロゲルの弾性率を調整するために、前記リン酸緩衝生理食塩水の濃度を調整する工程をさらに含む請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節疾患治療用の医薬組成物及びその製造方法に関し、特にペプチドハイドロゲルを含む関節疾患治療用の医薬組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、組織工学の分野では、細胞、成長因子及び足場材料の3つの要素によって生体組織が再生すると考えられている。有効な足場材料の条件としては、3次元構造体の形成可能性、生分解性、細胞接着性、及び周囲の環境を模倣した力学的強度が求められる。近年では、これらの条件を満たす足場材料にコラーゲンゲルやゼラチンゲルといった動物由来のタンパク質からなるハイドロゲルが使用されている。しかしながら、これらのタンパク質ゲルは動物由来の抽出物であるため、ロット間の組成の違いや、再生医療等の医療応用を考えた場合に感染症の危険性がある。
【0003】
そこで、このような問題を解決するために、足場材料として人工的に合成できるペプチドにより構成されたペプチドハイドロゲルを使用することが考えられている。親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との繰り返し配列で構成されたペプチドは、当該繰り返し配列によってβシート(βストランド)構造を形成し、当該ペプチドに対する塩の添加によって自己組織化が起こり、その際に水を内包してハイドロゲルが形成されることが知られている。
【0004】
上記のようにして形成されたペプチドハイドロゲルは、上記動物由来のタンパク質からなるハイドロゲルの問題を解決でき、再生医療等の医療応用に有効と考えられる。実際に、ペプチドハイドロゲルは、骨欠損部に移植されることで骨再生に必要な細胞の良好な足場となって、骨再生を促すことが知られており、特に、ペプチドハイドロゲルを骨組織や歯周組織の再生医療に応用することが特許文献1及び2に提示されている。具体的に、特許文献1には、犬の歯槽骨に形成された骨欠損部に直接にペプチドハイドロゲルを移植することで新生骨の形成が認められた旨が開示されている。また、特許文献2には、ラットの頭蓋骨に形成された骨欠損部にペプチドハイドロゲルを移植することで骨再生を促進する旨が開示されている。
【0005】
また、上述した通り、有効な足場材料の条件として周囲の環境を模倣した力学的強度が求められるため、ペプチドハイドロゲルは移植部位の周囲の環境と同等の力学的強度(剛性)が要求されるものの、従来のペプチドハイドロゲルは力学的強度が低く、その強度を向上する必要がある旨について非特許文献1及び2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−105186号公報
【特許文献2】特表2010−504972号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sotirios Koutsopoulos., Journal of Biomedical Materials Research A, 2016, 104(4), p1002-1016.
【非特許文献2】Jiaju Lu and Xiumei Wang, Biomimetic Medical Materials (Part of the Advances in Experimental Medicine and Biology bookseries (AEMB, volume 1064)), 2018, p297-312.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1及び2に記載のようにペプチドハイドロゲルを生体組織への移植材料として応用するためには剛性を増大することが必要であり、これまでに種々の研究がなされているが、現状ではペプチドハイドロゲルの剛性を十分に上げることはできておらず、比較的液体に近い剛性を有するゲルが用いられている。従って、特に骨やその周辺に移植する場合には、上記の周囲の環境を模倣した力学的強度といった有効な足場条件を十分に満たすことができない。また、このようなゲルを生体内の所望の部位に移植すると、ゲルが所望の部位に留まらずに周囲に流れるため、所望の部位における高い組織再生効果を期待できない。上記特許文献1及び2では、骨に比較的深い骨欠損部を作製して、その中にゲルを充填しているため剛性が低いゲルであっても、ある程度の量のゲルが骨欠損部に留まることが期待できるが、種々の組織における実際の組織欠損に対して十分な効果が得られるとはいえない。
【0009】
また、特許文献1及び2において開示された骨組織は、比較的血液循環が良好な組織であり、細胞や成長因子が集まりやすく組織再生には有利ではあるが、例えば関節等の血液循環が乏しく組織再生に不利な環境にある部位においても、優れた組織再生効果を示す再生療法が求められている。
【0010】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ペプチドハイドロゲルの力学的強度を向上し、関節疾患における患部の組織再生に好適なペプチドハイドロゲルを含む医薬組成物を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、生物学的活性を有するβターン構造を含むβヘアピン構造のペプチドの自己組織化によって従来よりも力学的強度が高いペプチドハイドロゲルを作製でき、さらに、当該ペプチドハイドロゲルを関節組織の欠損部に移植することで組織再生を促すことが可能であることを見出して本発明を完成した。
【0012】
具体的に、本発明に係る医薬組成物は、関節疾患治療用であり、自己組織化したペプチドにより構成されたペプチドハイドロゲルを含有し、前記ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との交互の配列からなるβシート構造と、生物学的活性を有するβターン構造とによって構成されたβヘアピン構造を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明に係る医薬組成物によると、ペプチドハイドロゲルを構成するペプチドがβヘアピン構造であるため、βシート構造のペプチドで構成されたペプチドハイドロゲルよりもペプチド同士の結合点(分子内水素結合等)を増大できて力学的強度(剛性)を大きくすることができる。従って、本発明に係るペプチドハイドロゲルは関節組織内に移植される際に、所望の移植部位の周囲に流れ難くなり当該部位に比較的維持できるため、組織再生の促進に極めて有効となる。また、当該ペプチドは生物学的活性を有するβターンを含むため、ペプチドハイドロゲルに種々の生物学的活性を付与でき、例えばβターンが細胞接着活性を示す配列からなる場合、ペプチドハイドロゲルに細胞接着活性を付与でき、細胞との相互作用が向上するため足場材料としての機能を向上できる。以上のような効果により、本発明に係る医薬組成物は、血液循環が乏しく組織再生に不利な環境にある関節組織であっても組織再生を促進できる効果を示すことができる。
【0014】
本発明に係る医薬組成物において、前記ペプチドハイドロゲルは、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が3900Pa以上であることが好ましい。
【0015】
このようにすると、ペプチドハイドロゲルの力学的強度が大きくなって、上記効果をより向上することができる。
【0016】
本発明に係る医薬組成物において、前記ペプチドは、IKIKIKIKIKRGDSKIKIKIKIKI(配列番号1)のアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0017】
本発明に係る医薬組成物において、前記関節疾患は、半月板損傷であることが好ましい。
【0018】
本発明に係る医薬組成物の製造方法は、上記本発明に係る医薬組成物を製造する方法であって、前記ペプチドを含む水溶液を調製する工程と、前記水溶液にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えてペプチドハイドロゲルを生成する工程とを含むことを特徴とする。
【0019】
本発明者らは、上記のような特徴を有するペプチドの水溶液に対して、種々の濃度のPBSを加えることで、その濃度依存的に生成されるペプチドハイドロゲルの力学的強度を向上できることを見出した。すなわち、本発明に係る医薬組成物の製造方法によると、簡便に上記ペプチドハイドロゲルを作製することができ、さらにPBSの濃度によって、ペプチドハイドロゲルの力学的強度を調整することができる。
【0020】
本発明に係る医薬組成物の製造方法において、前記リン酸緩衝生理食塩水は、最終濃度が3倍濃度(3×PBS)以上となるように前記水溶液に加えられることが好ましい。
【0021】
このようにすると、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が3900Pa以上の力学的強度が大きいペプチドハイドロゲルを得ることができる。
【0022】
本発明に係る医薬組成物の製造方法は、上記本発明に係る医薬組成物を適用する部位に従って、最適な前記ペプチドハイドロゲルの弾性率を調整するために、前記リン酸緩衝生理食塩水の濃度を調整する工程をさらに含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る医薬組成物及びその製造方法によると、力学的強度が大きいペプチドハイドロゲルを含み、生体組織に移植した際に所望の部位に維持することができて優れた組織再生の促進効果を示す医薬組成物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図15wt%NaCl水溶液、1×PBS、3×PBS及び5×PBSのそれぞれを用いて得られたペプチドハイドロゲルの貯蔵弾性率G’(左のバー)及び損失弾性率G’’(右のバー)を示すグラフである。
図2(a)は本実施例において作製したウサギの半月板の欠損部を示す写真であり、(b)は本実施例において移植するのに用いたペプチドハイドロゲルを示す写真である。
図3本実施例で行ったQuantitative Analysis of the Occupation Ratio of Tissue Regeneration(R/D ratio)を説明するための写真である。
図4ウサギの半月板欠損部にペプチドハイドロゲルを移植した場合(KI24RGDS群)及び移植しなかった場合(Control群)のそれぞれにおける2、4、8及び12週後の半月板を示す写真である。
図5ウサギの半月板欠損部にペプチドハイドロゲルを移植した2、4、8及び12週後のサフラニンO染色された半月板組織を示す写真である(KI24RGDS群)。
図6ウサギの半月板欠損部の欠損部作製から2、4、8及び12週後のサフラニンO染色された半月板組織を示す写真である(コントロール群)。
図7本実施例におけるKI24RGDS群とコントロール群の石田スコア(Ishida Score)の結果を示すグラフである。
図8本実施例におけるKI24RGDS群とコントロール群のQuantitative Analysis of the Occupation Ratio of Tissue Regeneration(R/D ratio)の結果を示すグラフである。
図9ウサギの半月板欠損部にペプチドハイドロゲルを移植した2週後の半月板組織を示す写真及びモデル図であり、(a)はHE染色された写真であり、(b)はサフラニンO染色された写真であり、(c)は組織再生の様子を示すモデル図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0026】
本発明に係る医薬組成物は、自己組織化したペプチドにより構成されたペプチドハイドロゲルを含有するものであり、特に関節疾患の治療に用いる医薬組成物である。また、本発明に係る医薬組成物において、前記ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との交互の配列からなるβシート構造と、生物学的活性を有するβターン構造とによって構成されたβヘアピン構造を含むことを特徴とする。
【0027】
本発明の一実施形態に係る医薬組成物において、ペプチドハイドロゲルとは、親水性表面と疎水性表面とを併せ持つ構造のペプチドが所定の条件で自己組織化された際に水を内包することで得られたハイドロゲルである。また、当該ペプチドハイドロゲルを構成するペプチドは、上述の通りβシートと、βシート同士の間に位置してそれらを結ぶβターンとにより形成されたβヘアピン構造のペプチドである。βシートは、上述のような親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との交互の配列によって形成されており、親水性表面と疎水性表面とを併せ持つ。本実施形態において、βシートは、リシン(K)とイソロイシン(I)との繰り返し配列によって形成されていることが好ましい。
【0028】
βターンは、通常、n番目のアミノ酸残基のカルボニル酸素原子とn+3番目のアミノ酸残基のアミドプロトンとが水素結合を形成することにより安定したターン構造をいう。βターンを形成するアミノ酸配列は種々存在し、それらは当業者に周知である。本実施形態において、βターンを形成するアミノ酸配列は生物学的活性を有し、当該生物学的活性としては細胞接着活性であることが好ましい。本実施形態において、βターンは、アルギニン‐グリシン‐アスパラギン酸‐セリン(RGDS)配列からなることが好ましい。RGDS配列は、βターンを形成する配列として知られており、さらにRGDS配列はフィブロネクチン由来の配列であり、インテグリンαVβIと結合し、細胞接着活性を示すことが知られている。
【0029】
本実施形態において、βヘアピン構造は、上記配列を有するペプチドに対する塩の作用によってβシートの親水性表面(リシン残基)の静電反発を遮蔽することで形成される。βヘアピン構造は、側鎖間による分子内での疎水性相互作用、及びペプチド骨格のカルボニル部分とアミド部分との間の分子内水素結合により安定に形成され、これにより、自己組織化を容易に起こすことができる。
【0030】
特に、本実施形態において、βヘアピン構造は、KとIとの繰り返し配列同士の間にRGDS配列が配置されてなるβヘアピン構造であることが好ましい。βシートにおけるK
とIとの繰り返し数は特に限定はされないが、例えば繰り返し数が5であることが好ましく、従って、本実施形態におけるβヘアピン構造を形成するアミノ酸配列は、IKIKIKIKIKRGDSKIKIKIKIKI(KI24RGDS:配列番号1)であることが好ましい。
【0031】
本実施形態において、ペプチドハイドロゲルは、その力学的強度が高いことが好ましい。具体的に、ペプチドハイドロゲルが生体内の所望の移植部分において、周囲に流れ難くなる程度の力学的強度を有することが好ましく、特に、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が3900Pa以上であることが好ましく、10000Pa以上であることがより好ましい。
【0032】
本実施形態に係る医薬組成物において、関節疾患とは、関節において、例えば変形、損傷及び炎症等の異常が生じた疾患をいう。本実施形態において、関節とは、以下に限定されないが、例えば肩、肘、指、股、膝及び足首等の部位における骨同士が接続された部分をいう。本実施形態における関節疾患は、具体的には関節における骨以外の部位の疾患であり、例えば、軟骨、靭帯及び半月板の疾患を含む。
【0033】
本実施形態に係る医薬組成物は、関節疾患の患部に移植して用いられ、より具体的には関節疾患の部位の欠損部に移植される。欠損部は、疾患自体が原因で欠損された部分であってもよく、また、手術によって積極的に切除されることで生じた部分であってもよい。
【0034】
本実施形態に係る医薬組成物は、上記ペプチドハイドロゲルの他に医薬的に許容可能な種々の添加剤を含んでいても構わない。但し、当該添加物は、ペプチドハイドロゲルの力学的強度を低減することなく、医薬組成物としての力学的強度を低減しないものであることが好ましい。
【0035】
本発明に係る医薬組成物の製造方法は、上記のようなペプチドハイドロゲルを調製することを含む方法であり、具体的にはペプチドを含む水溶液を調製する工程と、前記水溶液にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えてペプチドハイドロゲルを生成する工程とを含む。
【0036】
本発明の一実施形態に係る医薬組成物の製造方法において、ペプチド及びペプチドハイドロゲルは、それぞれ上述の特徴を有するペプチド及びペプチドハイドロゲルである。所望の配列のペプチドは、従来から当業者に周知の方法で合成が可能であり、例えば周知のFmoc固相合成法を用いて合成することができる。なお、合成されたペプチドは高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等の周知の方法で精製されてもよい。その後、得られたペプチドを水に溶解することでペプチド水溶液を調製できる。なお、当該水溶液のペプチド濃度は特に限定されないが、例えば1〜10%程度に調製することができる。
【0037】
本実施形態において、上記のように調製された水溶液にPBSを加えることにより、ペプチドハイドロゲルが得られる。具体的に、PBS中の塩がペプチドの親水性表面の静電反発を遮蔽し、βヘアピン構造を形成し、ペプチドにおける側鎖間による分子内での疎水性相互作用、及びペプチド骨格のカルボニル部分とアミド部分との間の分子内水素結合により安定となって、自己組織化が容易に起こる。この際に、水溶液中の水を内包して、その結果、ペプチドハイドロゲルが生成される。ペプチドを含む水溶液にPBSを加える場合、当該水溶液と等量のPBSを加えることが好ましい。この場合、所望のPBSの最終濃度の2倍の濃度のPBSを加えることとなる。
【0038】
本実施形態において、PBSの濃度は特に限定されないが、PBSの濃度を上げることによって、得られるペプチドハイドロゲルの力学的強度を上げることができる。但し、P
BSの濃度を過剰に上げると塩の析出が起こる虞があるため、過剰に濃度を上げることは好ましくない。本実施形態において、例えば10×PBSをペプチド含有水溶液と等量で混合することで、最終濃度を5×PBSにすることが好ましい。なお、1×PBSは、周知の方法で調製可能であり、例えば8gの塩化ナトリウム(NaCl)、0.2gの塩化カリウム(KCl)、1.44gのリン酸水素二ナトリウム及び0.24gのリン酸二水素カリウムに1Lの水を加え、塩酸等でpH7.4に調整することにより調製され得る。従って、上記各塩の量を2倍にすることで2×PBSを調製でき、10倍にすることで10×PBSを調製できる。上記のように、PBSの濃度を上げることによって、得られるペプチドハイドロゲルの力学的強度を上げることができるため、用いるPBSの濃度を調整することによって、ペプチドハイドロゲルの力学的強度を調整することができる。
【実施例】
【0039】
以下に、本発明に係る医薬組成物及びその製造方法について詳細に説明するための実施例を示す。
【0040】
[実施例1:ペプチドハイドロゲルの調製]
まず、本実施例に係るペプチドハイドロゲルを調製するために、ペプチド合成法として常法であるFmoc固相合成法を利用して、IKIKIKIKIKRGDSKIKIKIKIKIのアミノ酸配列からなるペプチド(KI24RGDS:配列番号1)を合成した。なお、合成されたペプチドは、周知のHPLCを用いて単離及び精製を行った。
【0041】
上記のようにして得られたKI24RGDSペプチド6mgをそれぞれ100μLの超純水に溶解させて6%ペプチド水溶液を調製した。
【0042】
次に、当該ペプチド水溶液に対して等量(100μL)の2×PBS、4×PBS、6×PBS又は10×PBSを加えて混合した。従って、混合液中のPBSの最終濃度はそれぞれ1×PBS、2×PBS、3×PBS、5×PBSとなる。その後、冷暗所で1日間静置した。これにより、ペプチド水溶液中のペプチドがPBS中の塩の作用により自己組織化を起こし、ペプチドハイドロゲルが得られた。また、比較例として、ゲルの生成に必要な塩を含むものの生体内において毒性を示すと考えられるイーグル最小必須培地(EMEM)又は10wt%NaCl水溶液(最終濃度は5wt%)を当該ペプチド水溶液に対して等量加えて混合し、冷暗所で1日間静置した。当該比較例においても、ペプチドハイドロゲルが得られた。
【0043】
[実施例2:ペプチドハイドロゲルの力学的強度の測定]
上記のようにして得られた各ペプチドハイドロゲルの力学的強度を評価するために、各ペプチドハイドロゲルに対して、レオメーター(HAAKE粘度・粘弾性測定装置(HAAKE MARS40)Thermo Scientific製)を用いてレオロジー測定を行った。図1に、レオロジー測定により得られた各ペプチドハイドロゲルの貯蔵弾性率G’及び損失弾性率G’’を示す。具体的に図1はKI24RGDSのペプチドを用い、5wt%NaCl、1×PBS、3×PBS、5×PBSにより生成されたペプチドハイドロゲルの測定結果を比較するグラフを示す。
【0044】
図1に示すように、ペプチドハイドロゲルを生成するための塩として5wt%NaCl水溶液を用いた場合よりも、5×PBSを用いた方が貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が大きく、具体的には貯蔵弾性率G’は約15000であり、損失弾性率G’’は約800であり、力学的強度が高い剛性の大きいペプチドハイドロゲルが得られることが明らかとなった。また、図示はしないがEMEMを用いた場合も5wt%NaClを用いた場合と同程度の結果であった。
【0045】
また、図に示すように、ペプチドハイドロゲルの生成のために用いられるPBSの濃度を上げるに従って、貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が大きくなり、すなわち力学的強度が高い剛性の大きいペプチドハイドロゲルが得られた。5wt%NaCl水溶液を用いた場合と比較すると、3×PBS以上の濃度のPBSを用いると5wt%NaCl水溶液を用いた場合よりも貯蔵弾性率G’と損失弾性率G’’との差が大きくなり(3×PBSで約3950、5wt%NaCl水溶液で約3750)、力学的強度が高いペプチドハイドロゲルが得られる。以上の結果から、用いるPBSの濃度依存的に得られるペプチドハイドロゲルの剛性を向上できることが明らかとなった。
【0046】
[実施例3:ペプチドハイドロゲルのウサギ半月板への適用]
次に、ペプチドハイドロゲルを半月板の欠損部に移植することによる半月板再生効果について検討するために、ウサギ半月板欠損モデルを用いてその効果を評価した。その方法及び結果を以下に説明する。
【0047】
(方法)
まず、6ヶ月齢で体重が3.0〜3.4kgである日本白色家兎のオスを20羽準備し、それらの両膝の半月板内側前節に直径2.0mmの円柱欠損を作製した(図(a))。また、KI24RGDSのペプチド及び5×PBSを用いて上記の方法で作製されたペプチドハイドロゲルを準備し(図(b))、上記欠損部内に当該ペプチドハイドロゲルを充填した。欠損部にペプチドハイドロゲルを充填した群をKI24RGDS群とし、欠損部に対して何ら処置を施さなかった群をコントロール群とした。移植後、各群の膝に対してヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)、又はサフラニンO染色を用いて組織評価を行った。組織評価は、移植の2、4、8及び12週後に行い、各評価時期に5羽(10膝)を評価した。また、組織評価は、石田スコア及びQuantitative Analysis of the Occupation Ratio of Tissue Regeneration(R/D ratio)を用いた。石田スコアによる評価は、下記表1に示すような3つの観点においてスコアを付けてその合計により組織修復の程度を評価した。一方、R/D ratioによる評価は、図に示すように、ImageJソフトウェアを用いて、全体の欠損部の面積(D)及び修復組織の面積(R)を分析し、R/Dの比率を算出することで組織修復の程度を評価した。
【0048】
【表1】
【0049】
(結果)
にKI24RGDS群及びコントロール(Control)群の移植後2、4、8及び12週後における半月板の写真を示し、図にKI24RGDS群の移植後2、4、8及び12週後におけるサフラニンO染色された半月板欠損部の写真を示し、図にコントロール群における欠損部作製後2、4、8及び12週後におけるサフラニンO染色された半月板欠損部の写真を示す。また、図に各群における石田スコアの結果を示し、図にR/D ratioの結果を示す。さらに、図にKI24RGDS群の移植後2週後におけるHE染色及びサフラニンO染色された半月板欠損部の写真、並びにペプチドハイドロゲルによる組織再生の過程のモデル図を示す。
【0050】
に示すように、半月板の肉眼所見において、KI24RGDS群では移植後2、4、8及び12週後と経過するに従って、欠損部(図中の矢印で示す部分)が小さくなり、修復されることが明らかである。一方、コントロール群では、欠損部作製から2、4、8及び12週後と経過するに従って欠損部が小さくなるものの、KI24RGDS群と比較して明らかに修復の程度が低く、12週後においても半月板を貫通する穴の存在が認められた。
また、半月板組織をサフラニンOにて染色した写真においても、図に示すように、KI24RGDS群では移植後2、4、8及び12週後と経過するに従って、欠損部に細胞が集まり組織が修復されたことが明らかである。一方、図に示すように、コントロール群ではKI24RGDS群と比較して明らかな修復の様子が認められなかった。これは、図に示す石田スコア及び図に示すR/D ratioの結果からも明らかであり、移植後2、4、8及び12週のいずれの段階においてもコントロール群よりもKI24RGDS群の方が石田スコア及びR/D ratioが高く、組織の修復がより進んでいることが示唆された。
【0051】
次に、図を参照して半月板欠損部へのペプチドハイドロゲルの移植による組織再生の過程について説明する。図(a)はKI24RGDS群の移植後2週後における半
月板組織のHE染色写真であり、図(b)はサフラニンO染色写真を示す。理解を容易にするためのモデル図を図(c)に示す。図(a)〜(c)に示されるように、欠損部にペプチドハイドロゲルが充填されることにより、ペプチドハイドロゲルが足場となり、欠損部に隣接する組織から細胞がペプチドハイドロゲルの周縁を伝って遊走する。これにより、欠損部に半月板組織に分化可能な細胞が集まって組織を再生すると考えられる。
【0052】
以上の結果より、本実施例に係るペプチドハイドロゲルは、力学的強度が大きく、関節組織の組織欠損部に移植した際に当該欠損部に維持することができて、欠損部において優れた組織再生の促進効果を示すことができるため、関節疾患等の再生療法に極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]