【実施例】
【0034】
本発明を以下の実施例を用いて説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0035】
(A)動物・飼育環境
以下の実験において使用したヒトのスウェーデン変位型APP(APP
K670N/M671L)遺伝子を導入した遺伝子改変マウスTg2576は、米国のThe Jackson Laboratoryから入手した。このマウスについては、APPが過剰発現するため脳にAβが9ヶ月齢以降多量に蓄積することに加えて、24ヶ月齢以降では加齢による脱髄が起こることが知られている。入手したTg2576マウスを、室温25±1℃、相対湿度55±1%の飼育施設で、12時間/12時間の明暗の照明サイクル(7:00点灯、19:00消灯)の環境下で飼育した。なお、この動物実験は、実験動物の適正な使用及び管理を定めたNIHガイドラインに基づき作成された慶應義塾大学動物実験ガイドラインに則り、同大学内動物実験施設で行った。
【0036】
(B)実験1:p−MBPとADAM9との関係
非特許文献4にミエリン形成不全を起こしているシバラーマウスの脳では非Aβ産生経路が阻害されていてsAPPαが発現しないことが示されているものの、詳細は不明であるため、以下の実験により、α−セクレターゼ活性を示すことが知られているADAM9とp−MBPとの関係を、抗MBPモノクロナール抗体を用いた免疫沈降法と抗p−MBPモノクロナール抗体又は抗ADAM9ポリクロナール抗体を用いたイムノブロッティングとの組み合わせを介して調査した。
【0037】
(1)実験手順
(a)界面活性剤による脳の可溶化
脳にAβがほとんど蓄積しておらず脱髄も起こしていない3ヶ月齢のTg2576マウス、及び、脳にAβが多量に蓄積しており且つ脱髄を起こしている28ヶ月齢のTg2576マウスを、それぞれイソフルラン(和光純薬工業株式会社)により吸収麻酔下で安楽死させ、直ちに開頭して全脳を摘出した。摘出した脳の重量を測定し、脳重量1gにつき、氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を10mL添加し、さらに、100xプロテアーゼ阻害剤カクテル(メルク株式会社)の100倍希釈液に1%濃度のポリ(オキシエチレン)オクチルフェニルエーテル(商品名;Triton(登録商標)X−100:シグマアルドリッチジャパン株式会社)を添加した液を10mL添加した後、ホモジナイザーを用いて脳を可溶化した。得られた脳ホモジネート懸濁液を1.5mLのエッペンドルフチューブに回収し、4℃、100000rpmの条件下で30分間遠心分離した。
【0038】
(b)免疫沈降法
上記(a)工程において得られた遠心分離後の上澄み液(タンパク質濃度1mg/チューブ)の200μLに、濃度200μg/mLの抗MBPモノクロナール抗体SMI−99(Merck Millipore社)の20μLを加え、4℃で一晩撹拌しながら反応させ、抗原−抗体複合体を形成させた。さらに、プロテインAを固相化したセファロースビーズ(商品名;プロテインA−セファロース(登録商標):シグマアルドリッチジャパン株式会社)の50μLを加え、4℃で一晩撹拌しながら反応させて、上記セファロースビーズに上記抗原−抗体複合体を吸着させた。次いで、得られた懸濁液を4℃、12000rpmの条件下で15分間遠心分離し、上澄み液を廃棄した後、沈渣に800μLの洗浄液(10mM Tris−HCl(pH7.4)、150mM NaCl、0.005% ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(商品名:Tween−20):全てシグマアルドリッチジャパン株式会社)を添加し、ゆっくりとピペッティングした後、4℃、12000rpmの条件下で15分間遠心分離した。上述した洗浄液添加〜遠心分離までの手順をさらに2回繰り返した後、沈渣に2xドデシル硫酸ナトリウム(SDS)サンプルバッファー(0.125M Tris−HCl(pH6.8)(和光純薬株式会社)、20% グリセロール(和光純薬工業株式会社)、4% SDS(和光純薬工業株式会社)、10% 2−メルカプトエタノール(ナカライテスク株式会社)、0.004% ブロモフェノールブルー(シグマアルドリッチジャパン株式会社))の50μLを添加し、100℃で5分間加温し、次いで4℃、14000rpmの条件下で15分間遠心分離して、上記抗原−抗体複合体を含む上澄み液を得た。
【0039】
(c)電気泳動(SDS−PAGE)
SDS−PAGEは4〜20%グラジエントゲル(テフコ株式会社)を使用して行った。ゲル板を電気泳動装置にセットし、泳動バッファーを導入した。次に、上記(b)工程にて得られた抗原−抗体複合体を含む上澄み液の25μLをゲル板のウェルに導入し、室温にて5mAの条件下で約30分間泳動し、さらに25mAの条件下で約90分間泳動した。
【0040】
(d)イムノブロッティング
ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(商品名;Immobilon−P:孔径0.45μm:Merck Millipore社)を転写液(31mM Tris(ナカライテスク株式会社)、0.24M グリシン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、20% メタノール(和光純薬工業株式会社))中に導入して15分間振とうし、回収したPVDF膜と上記(c)工程にて得られた電気泳動後のゲルとを接触させ、室温にて20mA/cm
2の条件下で電流を流し、タンパク質をPVDF膜に転写した。転写後クマシーブリリアントブルー(和光純薬工業株式会社)で染色して乾燥させたPVDF膜に、10倍希釈した10xトリス緩衝生理食塩水(TBS)(0.5M Tris(pH8.1)(ナカライテスク株式会社)、1.5M NaCl(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、1N 塩酸(和光純薬株式会社))に5%のスキムミルク(株式会社Defco)を溶解させたブロッキングバッファーを用いて、1時間室温にてブロッキング処理を施した。
【0041】
ブロッキング処理後のPVDF膜に、一次抗体として、内部標準のβアクチンに対するマウスモノクロナール抗体(シグマアルドリッチジャパン株式会社、1/1000希釈)と共に、抗p−MBPモノクロナール抗体PC12(Merck Millipore社、1/500希釈)又は抗ADAM9ポリクロナール抗体C−15(Santa Cruz Biotechnology社、1/500希釈)を使用して、4℃で一晩、一次抗体反応を施した。希釈には上記ブロッキングバッファーを使用した。一次抗体反応後のPVDF膜を、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて3回洗浄した。続いて、ブロッキングバッファーで800〜1000倍に希釈したAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Mouse IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)又はAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Rabbit IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)を用いて、室温にて2時間二次抗体反応を行い、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した後、アルカリホスファターゼ反応による抗原の検出を行った。アルカリホスファターゼ反応は、アルカリホスファターゼの基質としての5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルホスフェート(和光純薬工業株式会社)と、発色剤としてのニトロブルーテトラゾリウム(和光純薬工業株式会社)と、緩衝液(0.1M Tris(ナカライテスク株式会社)、0.1M NaCl(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、0.05M MgCl
2(シグマアルドリッチジャパン株式会社))とを用いて、遮光下30分〜1時間反応させることにより行った。また、抗原の検出結果は、3回の独立した実験における平均値±標準誤差で評価した。
【0042】
(2)実験結果
図1は、上述の(a)〜(d)の工程を介して3ヶ月齢のTg2576マウスの脳と28ケ月齢のTg2576マウスの脳におけるp−MBPとADAM9の存在量を調査した結果を示した図である。
図1(a)はアルカリホスファターゼ反応によりp−MBP及びADAM9を検出したPVDF膜の画像を示しており、
図1(b)は、
図1(a)の画像から得られた、内部標準のβアクチンにて正規化されたp−MBP及びADAM9の存在量を示している。
【0043】
Tg2576マウスは、分子質量が14kDa、17.5kDa、18.5kDa及び21.5kDaの4つのMBPアイソフォームを有している。
図1(b)から、3ヶ月齢のTg2576マウスの脳では、これら4つのアイソフォームの全てが発現しているのに対し、28ケ月齢のTg2576マウスの脳では、高分子質量のアイソフォームほど発現量が少なく、p−21.5kDaMBPの発現は全く認められなかったことがわかる。また、3ヶ月齢のTg2576マウスの脳を用いた実験において検出されたADAM9の存在量に比較して、28ケ月齢のTg2576マウスの脳を用いた実験において検出されたADAM9の存在量が顕著に少なく、ADAM9がほとんど検出されなかったことが分かる。これらの結果から、Tg2576マウスの脳において、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9に結合していることがわかった。ADAM9の細胞質ドメインにアダプタータンパク質が結合することにより酵素活性が調節されることが知られていることから、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9の細胞質ドメインに結合することにより、ADAM9が成熟型に転換してα−セクレターゼ活性を示すようになり、sAPPαの産生が促進されると考えられた。
【0044】
(C)実験2:in vitroにおけるα−GPCとヘスペリジン/ナリルチンとの併用効果の確認
胎生18日のマウスの大脳を0.3%のディスパーゼIIと0.05%のデオキシリボヌクレアーゼ(いずれもRoche Molecular Biochemicals社)との混合溶液(ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM;Invitrogen社)により希釈)で酵素的に分散し、得られた分散細胞をDMEMで洗浄した後、解離した細胞を孔径70μmのナイロンメッシュに通した。次に、細胞を10%のウシ胎児血清を含むDMEM中に懸濁した後、ポリ−L−リシン被覆培養皿(直径10cm)上に一皿当たり2.0×10
7個の細胞密度で播種し、5日間培養した。次に、培養後の細胞を0.2%のトリプシンを含むPBSを用いて剥離し、4℃、1000回転の条件下で10分間遠心分離し、沈査を10mLの無血清培地(DMEMに、グルコース(5.6mg/ml)、カナマイシン(60mg/ml)、インスリン(5μg/ml)、トランスフェリン(0.5μg/ml)、BSA(100μg/ml)、プロゲステロン(0.06ng/ml)、プトレスシン(16μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(40ng/ml)、チロキシン(T4)(40ng/ml)及びトリヨードサイロニン(T3)(30ng/ml)を添加した培地)に1mL当たり2.5×10
6個の細胞密度で懸濁し、CO
2インキュベータ中、37℃で2時間培養し、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)を得た。
【0045】
次に、得られたOPCを、上記無血清培地が導入された無被覆培養皿(直径10cm)上に1皿当たり2.5×10
6個の細胞密度で播種し、さらにPBSのみ(対照)、ヘスペリジン(H)を含むPBS、ナリルチン(N)を含むPBS、ヘスペリジンとナリルチンとを含むPBS、α−GPC(G)を含むPBS、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを含むPBSのいずれかを添加して、48時間培養した。培地中のヘスペリジン、ナリルチン、及びα−GPCの量はそれぞれの最終濃度が10μMになるように調整された。
【0046】
図2に、48時間後の細胞の状態を撮影した倍率400倍の位相差顕微鏡写真を示す。10μMのヘスペリジン、10μMのナリルチン、或いは10μMのα−GPCを含む培地で培養した場合には、対照と比較すると、細胞数が増加すると共に矢印で示した突起が発生し、OPCの増殖・分化が進行したことが分かる。そして、ヘスペリジンとナリルチンとを各10μMで含む培地を用いて培養した場合には、OPCの増殖・分化が亢進されていた。この効果は、第2の有効成分(ヘスペリジン/ナリルチン)が合計で20μMの濃度で含まれた培地を用いたためであると考えられる。そして、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを各10μMで含む培地を用いて培養した場合には、矢印で示したように、OPCの分化・成熟が著しく亢進されていた。このことは、ENPP6がヘスペリジン及び/又はナリルチンにより活性化され、α−GPCが活性化されたENPP6により迅速にコリンに代謝されてオリゴデンドロサイトの分化・成熟に利用されたことを意味している。
【0047】
併用効果をさらに確認するために、上記無血清培地が導入された無被覆培養皿(直径10cm)上に上記OPCを1皿当たり2.5×10
6個の細胞密度で播種し、さらにPBSのみ(対照)、α−GPCを含むPBS或いはα−GPCとヘスペリジンとを含むPBSを添加して、48時間培養した。培地中のヘスペリジン及びα−GPCの量はそれぞれの最終濃度が0.1mM或いは1mMになるように調整された。次いで、オリゴデンドロサイトの分化マーカーであるO1抗体を用いて免疫染色し、顕微鏡下で一視野中の全細胞の数とO1陽性オリゴデンドロサイトの数とをそれぞれカウントして、全細胞の数に対するO1陽性オリゴデンドロサイトの数の割合を算出した。その結果を
図3に示す。
【0048】
図3から把握されるように、α−GPCを0.1mMで含む培地を用いて培養した場合には、対照と比較しても、O1陽性オリゴデンドロサイトはほとんど増加していないが、培地にヘスペリジンを0.1mM添加することにより、O1陽性オリゴデンドロサイトの割合が急激に増加し、α−GPCを1mMで含む培地を用いて培養した場合の増加量の半分を超えるまでに増加した。α−GPCを1mMで含む培地にさらにヘスペリジンを1mM添加した場合にも、O1陽性オリゴデンドロサイトの顕著な増加が認められた。したがって、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの併用により、迅速にオリゴデンドロサイトまで分化・成熟させることができることが確認された。これらの結果から、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの併用が再ミエリン化を迅速に進行させて脱髄を回復させることが期待される。
【0049】
(D)実験3:α−GPC/陳皮の投与とp−21.5kDaMBP/成熟型ADAM9/sAPPα/CTF−α/
BACE1/Aβオリゴマーの発現量との関係
上述した実験1の結果から、p−21.5kDaMBPの発現量が増加すれば、ADAM9のα−セクレターゼ活性が促進され、したがって非Aβ産生経路におけるsAPPαの産生が亢進され、Aβ産生経路におけるAβの産生が抑制されて有毒な可溶性Aβオリゴマーの産生が抑制されると期待されるため、以下の実験により、α−GPC/陳皮の投与とp−21.5kDaMBP/成熟型ADAM9/sAPPα/CTF−α/
BACE1/Aβオリゴマーの発現量との関係を調査した。
【0050】
(1)実験手順
(aa)α−GPC/陳皮の投与
陳皮乾燥エキス(1g当たりヘスペリジンを20.8mg、ナリルチンを3.38mg含有:株式会社ウチダ和漢薬)と、α−GPC85%含有粉末(ニチユGPC85R:日油株式会社)とを使用し、α−GPCを0.017w/v%の濃度で且つ陳皮乾燥エキスを0.5w/v%の濃度(ヘスペリジン;0.0104w/v%:ナリルチン0.0017w/v%)で蒸留水に溶解したGHN飲料(実施例)、陳皮乾燥エキスを0.5w/v%の濃度で蒸留水に溶解したHN飲料(比較例1)、及び、α−GPCを0.017w/v%の濃度で蒸留水に溶解したG飲料(比較例2)を準備した。26ヶ月齢の老齢Tg2576マウス(平均体重30g)を4つの群に分け、それぞれの群に、GHN飲料、HN飲料、G飲料或いは対照としての水を、2か月間自由飲水により与えた(平均飲水量4mL/day)。この投与実験におけるα−GPC、ヘスペリジン及びナリルチンの投与量を、ヒトとマウスの間の種差を換算する係数「10」(“Regul.Toxicol.Pharmacol.24,108−120”参照)を用いてヒト50kg成人の投与量に換算すると、α−GPCが113.3mg/day、ヘスペリジンが69.3mg/day、及びナリルチンが11.3mg/dayの投与量になる。2か月自由飲水後に、GHN飲料を投与したマウス、HN飲料を投与したマウス、G飲料を投与したマウス、及び対照マウスをイソフルラン(和光純薬工業株式会社)を用いた吸引麻酔下で安楽死させ、直ちに開頭した後、全脳を摘出し、使用時まで−80℃で保存した。
【0051】
(bb)界面活性剤による脳の可溶化
保存しておいたGHN飲料投与マウス、HN飲料投与マウス、G飲料投与マウス、及び対照マウスの脳を用いて、実験1の(a)工程にて示した手順と同じ手順で脳ホモジネート懸濁液の調製及び遠心分離を行い、遠心分離後、上澄み液を可溶性画分、沈渣を不溶性画分として分離し、−80℃で保存した。
【0052】
(cc)電気泳動(SDS−PAGE)
上記(bb)工程にて得られた可溶性画分を4xSDSサンプルバッファー(0.0625M Tris−HCl(pH6.8)(和光純薬工業株式会社)、10% グリセロール(和光純薬工業株式会社)、2% SDS(和光純薬工業株式会社)、5% 2−メルカプトエタノール(ナカライテスク株式会社)、0.002% ブロモフェノールブルー(シグマアルドリッチジャパン株式会社))で4倍に希釈し、100℃の恒温槽中に10分間放置して、SDS−PAGE用サンプルを得た。得られたSDS−PAGE用サンプルを用いて、実験1の(c)工程にて示した手順と同じ手順でSDS−PAGEを行った。
【0053】
(dd)イムノブロッティング
上記(cc)工程にて得られた電気泳動後のゲルを用いて、実験1の(d)工程にて示した手順と同じ手順で、タンパク質をPVDF膜に転写し、続く一次抗体反応前のブロッキング処理を行った。次に、ブロッキング処理後のPVDF膜の一次抗体反応を4℃で一晩行った。用いた抗体は、APPのN末端を認識するマウスモノクロナール抗体22C11(Merck Millipore社、1/600希釈)、Aβ
1−16を認識するマウスモノクロナール抗体6E10(Covance社、1/1000希釈)、Aβ
17−24を認識するマウスモノクロナール抗体4G8(Covance社、1/500希釈)、
BACE1のC末端を認識する抗体(Calbiochem社、1/500希釈)、ADAM9のメタロペプチダーゼドメインを認識する抗体(Bethyl Laboratories社、1/500希釈)、内部標準のβアクチンに対するマウスモノクロナール抗体(シグマアルドリッチジャパン株式会社、1/1000希釈)、及び、抗p−MBPモノクロナール抗体PC12(Merck Millipore社、各1/500希釈)である。各抗体の希釈には、10倍希釈した10xTBSに5%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いた。一次抗体反応後、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した。続いてブロッキングバッファーで800倍に希釈したAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Mouse IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)を用いて、室温にて2時間二次抗体反応を行い、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した後、実験1の(d)工程で示した手順と同じ手順でアルカリホスファターゼ反応による抗原の検出を行った。抗原の検出結果は、3回の独立した実験における平均値±標準誤差で評価した。
【0054】
(2)実験結果
図4は、内部標準のβアクチンにて正規化されたp−21.5kDaMBPの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。
図4から把握されるように、p−21.5kDaMBPの発現量が、G飲料(比較例2)の投与によって約6倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約10倍に増加するものの、GHN飲料(実施例)の投与による増加量は顕著であり約25倍であった。すなわち、GHN飲料の投与により増加した発現量は、HN飲料の投与により増加した発現量と、G飲料の投与により増加した発現量とを加算した量と比較しても顕著であり、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。
【0055】
図5は、内部標準のβアクチンにて正規化された成熟型ADAM9の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。実験1の結果から理解されるように、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9の細胞質ドメインに結合すると、ADAM9が成熟型になり、α−セクレターゼ活性を示すようになる。そして、成熟型ADAM9の発現量が、G飲料(比較例2)の投与によって約1.45倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約1.60倍に増加し、GHN飲料(実施例)の投与によって約1.73倍に増加した。これば、
図4から把握されるように、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用により、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPが顕著に増加したことを反映した結果である。
図6は、内部標準のβアクチンにて正規化されたsAPPαの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図であり、
図7は、内部標準のβアクチンにて正規化されたCTF−αの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。sAPPα及びCTF−αは、非Aβ産生経路において、α−セクレターゼがAPPを切断することにより発現する。
図6から把握されるように、sAPPαの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約5.2倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約6.4倍に増加するが、GHN飲料(実施例)の投与によって約11.4倍にも増加し、
図7から把握されるように、CTF−αの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約4.6倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約6.0倍に増加するが、GHN飲料(実施例)の投与によって約8.4倍にも増加した。そして、
図6に示したsAPPαの発現量は、
図4に示したp−21.5kDaMBPの発現量と、良く相関しており、α−セクレターゼ活性の促進に関し、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。
図5に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用による成熟型ADAM9の発現量の増加は、
図6に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用によるsAPPαの発現量の増加或いは
図7に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用によるCTF−αの発現量の増加と比較すると少ない。α−セクレターゼ活性を示すADAMsはADAM9以外にも多く存在(例えば、ADAM10、ADAM17)するが、これらのADAMs全体の発現量が顕著に増加したため、sAPPα及びCTF−αの発現量が顕著に増加したと考えられる。
【0056】
図8は、内部標準のβアクチンにて正規化されたβセクレターゼの1種である
BACE1の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図であり、
図9は、内部標準のβアクチンにて正規化されたAβ6量体(「6−mer」と表す。)の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。6−merはAβ凝集開始のコアペプチドであり、認知機能障害との関連性が強く示唆されている可溶性Aβオリゴマーの一種であり、6−merをコアにして重合がさらに進行すると毒性の高い可溶性12−merや老人斑が生成する。
図8から把握されるように、
BACE1の発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約0.96倍に減少し、HN飲料(比較例1)の投与によって約0.87倍に減少するだけであるが、GHN飲料(実施例)の投与によって約0.53倍にまで減少し、
図9から把握されるように、6−merの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約0.73倍に減少し、HN飲料(比較例1)の投与によって約0.82倍に減少するたけであるが、GHN飲料(実施例)の投与によって約0.34倍にまで減少しており、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。特に、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用による
BACE1の減少効果が顕著であるが、これは脱髄の回復を反映したものであると考えられる。すなわち、
BACE1はニューロンに特異的な酵素ではなくむしろアストロサイトに多く発現しており、アルツハイマー病患者の脳では反応性アストロサイトに
BACE1の発現が認められることが分かっているが、この反応性アストロサイトは脳がダメージを受けたときに発現する。以下に示すが、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの相乗効果により、迅速に再ミエリン化が進行して脱髄が回復するため、反応性アストロサイトの発現が抑制され、これに伴い
BACE1の発現量が顕著に減少し、さらには可溶性Aβオリゴマーの発現量も顕著に減少したと考えられる。
【0057】
以上の結果より、本発明のα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとを含む組成物によると、これらの有効成分が相乗的に作用して、p−21.5kDaMBPの発現量が顕著に増加し、一方では、この顕著に増加したp−21.5kDaMBPとの結合によりADAM9のα−セクレターゼ活性が促進され、sAPPα及びCTF−αの産生が顕著に促進され、他方では、
BACE1の発現が抑制され、Aβの産生経路、ひいては認知機能障害との関連性が強く示唆されている可溶性Aβオリゴマーの産生が顕著に抑制されることがわかった。したがって、本発明の組成物はアルツハイマー病の治療及び/又は予防のために極めて有効である。
【0058】
(E)実験4:α−GPC/陳皮の投与と再ミエリン化との関係
以下の実験により、α−GPC及び陳皮の投与による再ミエリン化への影響を調査した。
【0059】
(1)実験手順
実験2の(aa)工程において保存しておいたGHN飲料投与マウス、HN飲料投与マウス、G飲料投与マウス、及び対照マウスの大脳を電子顕微鏡により観察した。各マウスの大脳を2%グルタルアルデヒドで前固定し、さらに1%OsO
4で後固定した。標本をエタノール中で脱水した後、エポキシ樹脂(商品名;Quetol 812:日新EN株式会社)に埋め込み、2%酢酸ウラニル及び鉛溶液で染色した極薄片を得、これを電子顕微鏡により倍率19000倍で観察した。G−レシオ(軸索及び軸索周囲のミエリン鞘の直径に対する軸索の直径の割合:
図11参照)の測定のためには、群毎に少なくとも3体のマウスを使用して各マウス当たり8〜10枚の電子顕微鏡写真を撮影し、少なくとも90個の軸索に関してG−レシオを測定し、平均値と標準偏差とを算出した。
【0060】
(2)実験結果
図10は、各マウスの脳の電子顕微鏡写真を示している。p−MBPは、軸索の周囲のミエリン膜を重層化し、ミエリンの圧縮を維持する作用を有するが、
図10より、対照マウスの脳では、矢印で示したミエリン膜の圧縮が不十分であり、脱髄が進行しているのに対し、G飲料(比較例2)の投与及びHN飲料(比較例1)の投与によって再ミエリン化が進行して脱髄状態が回復する傾向が認められ、GHN飲料(実施例)の投与によって再ミエリン化がさらに進行して脱髄の回復が顕著に認められることが分かる。
図11には、電子顕微鏡写真から求めたG−レシオの値が示されている。軸索の周囲にミエリン膜が重層化して圧縮されると、G−レシオの値は小さくなるため、G−レシオの値の減少は脱髄回復の尺度となる。
図11から把握されるように、対照マウスの大脳におけるG−レシオの値は約0.83であり、G飲料投与マウス及びHN飲料投与マウスの大脳におけるG−レシオの値は約0.74であり、非特許文献1における人参養栄湯の投与により得られたG−レシオの値と類似しているが、GHN飲料投与マウスの大脳におけるG−レシオの値は、さらに減少し、約0.69にまで減少している。この値はもはや正常マウスの大脳におけるG−レシオの値と同等であり、驚くべき結果が得られた。このことが、上述したように
BACE1の顕著な減少へと導き、ひいては可溶性Aβオリゴマーの顕著な減少へと導いたと考えられる。
【0061】
以上の結果より、本発明のα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとを含む組成物によると、これらの有効成分が相乗的に作用して、再ミエリン化が顕著に亢進されて、脱髄の回復が認められることがわかった。したがって、本発明の組成物はアルツハイマー病の治療及び/又は予防のために極めて有効である。
【0062】
(F)認知機能改善効果の確認
一日の投与量として、ヘスペリジンとナリルチンとを合計で70mg、α−GPCを40mg含む錠剤を製造し、被験者に2.5〜4ヶ月投与し、長谷川式認知症スケール(HDS−R)の点数を評価した。HDS−Rは30点満点で評価され、20点以下であると認知症が疑われ、認知症であることが確定している場合には、20点以下で軽度、11〜19点で中等度、10点以下で高度であると判定される尺度である。以下に、その結果を示す。
【表1】
【0063】
表1から把握されるように、ばらつきはあるものの、2.5〜4ヶ月の短期間の間に、1〜8点の点数の上昇が確認された。このような短期間でも改善効果が表れたのは、本発明の組成物が、再ミエリン化を促進し、α−セクレターゼの活性を促進し、且つβ−セクレターゼの発現を抑制し、総合的に作用するためであると考えられる。