特許第6873504号(P6873504)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6873504アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6873504
(24)【登録日】2021年4月23日
(45)【発行日】2021年5月19日
(54)【発明の名称】アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7048 20060101AFI20210510BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20210510BHJP
   A61K 31/685 20060101ALI20210510BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210510BHJP
   A61K 36/752 20060101ALI20210510BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20210510BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20210510BHJP
【FI】
   A61K31/7048
   A61P25/28
   A61K31/685
   A61P43/00 121
   A61K36/752
   A23L33/10
   A23L33/105
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2019-512425(P2019-512425)
(86)(22)【出願日】2018年3月30日
(86)【国際出願番号】JP2018013549
(87)【国際公開番号】WO2018190146
(87)【国際公開日】20181018
【審査請求日】2021年3月9日
(31)【優先権主張番号】特願2017-79106(P2017-79106)
(32)【優先日】2017年4月12日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】505234616
【氏名又は名称】株式会社 グロービア
(74)【代理人】
【識別番号】100115509
【弁理士】
【氏名又は名称】佐竹 和子
(72)【発明者】
【氏名】阿相 皓晃
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 仁章
【審査官】 大西 隆史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−127325(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第1203584(EP,A1)
【文献】 SATO, N. et al.,Administration of Chinpi, a Component of Herbal Medicine Ninjin-Youei-To, Reverse Age-Induced Demyel,Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine,2011年,Vol. 2011, Article ID 617438,pp. 1-9
【文献】 SEIWA, C. et al.,Restoration of FcRgamma/Fyn Signaling Repairs Central Nervous System Demyelination,Journal of Neuroscience Research,2007年,Vol. 85, Issue 5,pp. 954-966
【文献】 KUDOH, C. et al.,Effect of ninjin'yoeito, a Kampo (traditional Japanese) medicine, on cognitive impairment and depres,PSYCHOGERIATRICS,2016年,Vol. 16, Issue 2,pp. 85-92
【文献】 工藤千秋,阿相皓晃,アルツハイマー病における漢方薬 人参養栄湯の作用機序,新薬と臨牀,2015年,第64巻,第10号,pp. 1072-1083,ISSN 0559-8672
【文献】 MORITA, J. et al.,Structure and biological function of ENPP6, a choline-specific glycerophosphodiester-phosphodiestera,Scientific Reports,2016年,Vol. 6, srep20995,pp 1-14
【文献】 BARBAGALLO SANGIORGI, G. et al.,alpha-Glycerophosphocholine in Mental Recovery of Cerebral Ischemic Attacks,Ann. N. Y. Acad. Sci.,1994年,Vol. 717, Issue 1,pp. 253-269
【文献】 DE JESUS MORENO MORENO M.,Cognitive Improvement in Mild to Moderate Alzheimer's Dementia After Treatment with the Acetylcholin,Clin. Ther.,2003年,Vol. 25, Issue 1,pp. 178-193
【文献】 TOKUNAGA, H. et al.,An Extract of Chinpi, the Dried Peel of the Citrus Fruit Unshiu, Enhanced Axonal Remyelination via P,Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine,2016年,Vol. 2016, Article ID 8692698,pp. 1-9
【文献】 KAWAHATA, Ichiro et al.,Journal of Neural Transmission,2013年 4月16日,Vol. 120, No. 10,pp. 1397-1409
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61K 35/00−51/12
A61P 1/00−43/00
A23L 5/40−33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の有効成分としての、グリセロホスホコリン及びその薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と、
第2の有効成分としての、ヘスペリジン、ナリルチン、及びこれらの薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と
を含み、再ミエリン化を促進し、α−セクレターゼの活性を促進し、且つβ−セクレターゼの発現を抑制する、アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物であって、
第2の有効成分としてヘスペリジンとナリルチンとを含むことを特徴とする、アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【請求項2】
成人一人当たりの一日当たりの投与量として、10〜120mgの第1の有効成分と、30〜100mgの第2の有効成分とを含む、請求項1に記載のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【請求項3】
ヘスペリジンとナリルチンとを、ウンシュウミカン由来の陳皮或いは該陳皮の抽出物の形態で含む、請求項1又は2に記載のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【請求項4】
第1の有効成分と第2の有効成分の両方を含む配合剤として製剤化される、請求項1〜のいずれか1項に記載のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【請求項5】
第1の有効成分を含む剤と第2の有効成分を含む剤とから成るキットとして製剤化される、請求項1〜のいずれか1項に記載のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【請求項6】
健康食品として投与される、請求項1〜のいずれか1項に記載のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢化社会を迎えつつある現在、医療機関を受診する認知症患者の数は急激に増加しており、2015年の世界アルツハイマー報告によると、2015年に全世界で4,680万人の認知症患者が生存し、2050年までに1億3,150万人に増加すると予想されている。この数値は20年ごとに約2倍になる数値であり、認知症が世界規模で危機をもたらす疾患であると警告されている。このため、認知症に対する効果的な治療法と予防法とを確立することが急務となっている。
【0003】
認知症の原因の最も多くを占めるアルツハイマー病は、進行性の痴呆を主症状としているが、病理学的特徴として、老人斑、神経原線維変化が脳内に多数認められ、ニューロンの脱落による脳の萎縮も認められることから、灰白質部位の神経細胞の変性や脱落がアルツハイマー病発症の原因と考えられてきた。すなわち、アミロイド前駆体タンパク質の代謝異常に伴う脳内アミロイドβタンパク質の凝集沈着(以下、アミロイド前駆体タンパク質を「APP」と表し、アミロイドβタンパク質を「Aβ」と表す。)によって老人班が形成されるが、このAβの凝集沈着が引き金となって、神経原線維変化の形成、ニューロンの消失、ひいては認知知能の低下が引き起こされると考えられてきた。また、Aβの凝集の過程で形成される可溶性Aβオリゴマーが、認知症の重症度と密接に関係する神経シナプスの減少と相関を示すことが明らかとなっている。そこで、Aβ、特に可溶性Aβオリゴマーの発現量の低減を目的としたアルツハイマー病の治療法及び/又は予防法が広く検討されてきた。
【0004】
一方、近年、アルツハイマー病患者の脳において白質異常が認められ、特にミエリンの減少が著しく、初期ミエリン形成部位である脳梁膨大部や後期ミエリン形成部位である脳梁膝状部だけでなく、海馬CAI下部領域でも白質異常が見られることが報告され、軽度認知機能障害やアルツハイマー病において白質部位の軸索変性や脱髄が重要な因子である可能性が示唆されたことから、脱髄の回復を目的としたアルツハイマー病の治療法及び/又は予防法が検討されてきた。
【0005】
非特許文献1(J neurosci Res 85:954−966,2007)には、リン酸化ミエリン塩基性タンパク質、特にリン酸化した分子質量21.5kDaのミエリン塩基性タンパク質(以下、ミエリン塩基性タンパク質を「MBP」と表し、リン酸化MBPを「p−MBP」と表し、分子質量XkDaのMBPを「XkDaMBP」と表し、リン酸化したXkDaMBPを「p−XkDaMBP」と表す。)の量が、老化及び脱髄誘導薬であるカプリゾンの適用により誘発された脱髄の間に顕著に減少すること、及び、ミエリン形成のトリガー分子が免疫グロブリンFc受容体であり、Fc受容体とFynのトリガー分子がシグナルとなり、small Gタンパク(Rho)のオン・オフを調節し、さらにそのエフェクターであるMAPKを活性化してMBPのリン酸化を促し、ミエリン膜を重層化し、ミエリンの圧縮を維持していることが報告されており、さらに、カプリゾン処理マウス及び老齢マウスにおける脱髄の回復が人参養栄湯の投与によって達成され、人参養栄湯がFcRγ/Fyn−Rho(Rac1)−MAPK(P38 MAPK)−p−MBPシグナル伝達系を標的とした有効な治療となることが報告されている。この文献には、31ヶ月齢の老齢マウスに人参養栄湯を2ヶ月間投与すると、脱髄進行の尺度であるG−レシオ(軸索及び軸索周囲のミエリン鞘の直径に対する軸索の直径の割合)の値が、投与前の約0.82から約0.73にまで低下し、3ヶ月齢のマウス(G−レシオの値が約0.75)に匹敵するまでの脱髄の回復が認められたことが報告されている(この文献の図1C参照)。また、非特許文献2(Psychogeriatics 2015.[doi:10.1111/psyg.12125])には、ドネペジルで効果不十分な軽症〜中等症のアルツハイマー病患者に人参養栄湯を24時間併用投与した結果、ドネペジル単独群と比較して、認知機能維持と抑うつ状態の有意な改善が認められたことが報告されている。
【0006】
非特許文献3(Evid Based Complement Alternative Med.2011.[doi:10.1093/ecam/neq001])には、人参養栄湯を構成する12種の生薬のうち、ウンシュウミカン由来の陳皮が老齢による脱髄状態を回復する主要な成分であること、及び、脱髄状態の回復が脱髄の抑制ではなく再ミエリン化によってもたらされることが報告されており、さらに、上記陳皮の主成分であるヘスペリジン及び/又はナリルチンの存在下でミエリンへと発展するオリゴデンドロサイト前駆細胞を培養すると、陳皮の存在下で培養したのと同じく、p−21.5kDaMBPの生成が亢進され、急速にオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖・分化が進行することが報告されている。そして、特許文献1(特開2008−127325号公報)では、ヘスペリジン及び/又はナリルチンを有効成分として含有するp−MBP産生促進剤及びこれを用いた認知症の治療及び/又は予防が提案されている。なお、ウンシュウミカン由来の陳皮は、ヘスペリジンとナリルチンの両方の含有量が多い点で、マンダリンオレンジ或いは他の柑橘類に由来する陳皮とは異なっている。
【0007】
非特許文献4(新薬と臨床2015;64;1072−1083)には、MBPを与える遺伝子のエクソン3−7が欠落しているためミエリン形成不全を起こしているシバラーマウスの脳では、非Aβ産生経路が阻害されていて、α−セクレターゼがAPPを切断することにより発生するsAPPαといわれるN末端断片が発現しないこと、及び、人参養栄湯を2ヶ月間投与した老齢マウスの脳では、p−21.5kDaMBPが増加すると共に、Aβ産生経路において生成するAβから誘導された可溶性Aβオリゴマーが有意に減少することが報告されており、上述の実験結果から、MBPの働きにより、Aβ産生経路が抑制され、よって非Aβ産生経路が促進されて、可溶性Aβオリゴマーの産生が抑制されると同時にsAPPαが生成するようになると推察されている。なお、Aβ産生経路とは、βセクレターゼがAPPを切断してsAPPβといわれるN末端断片とCTF−βといわれるC末端断片を生じ、この断片をγ−セクレターゼが切断してAβとAPP細胞内ドメイン(AICD)を生じる経路であり、非Aβ産生経路とは、α−セクレターゼがAPPを切断してsAPPαといわれるN末端断片とCTF−αといわれるC末端断片を生じ、この断片をγ−セクレターゼが切断し、p3とAICDを生じる経路である。
【0008】
一方、ミエリン化に関与する物質として、L−α−グリセリルホスホリルコリン或いはα−GPCともいわれるグリセロホスホコリン(以下、グリセロホスホコリンを「α−GPC」と表す。)がある。α−GPCは、脳および乳にみられる天然化合物であり、コリン代謝系においてミエリン形成担当細胞であるオリゴデンドロサイトの細胞膜上に存在するENPP6(コリン特異的ホスホジエステラーゼ)によってコリンに代謝され、生成したコリンがオリゴデンドロサイトの脂質合成に利用されてミエリン化が進行する(非特許文献5(Scientific reports|6:20995|Doi:10.1038/srep20995)参照)。そして、このα−GPCが認知機能改善効果を有することが知られている。例えば、非特許文献6(Ann N Y Acad Sci.1994 Jun 30;717:253−69)には、2,044人の脳卒中患者に対して1,000mg/dayの量のα−GPCを28日間投与し、続いて400mg/dayの量を5ヶ月間経口で投与した結果、患者の認知能力が回復したことが報告されており、非特許文献7(Clin Ther.2003 Jan;25(1):178−93)には、α−GPCを400mgカプセル×1日3回の量で軽度から中程度のアルツハイマー型認知症発症者に180日間投与したところ、認知機能の改善効果が認められたことが報告されている。また、特許文献2(EP1203584A1)では、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤とα−GPCとの併用が提案されている。
【0009】
α−GPCには、認知機能改善効果の他に、成長ホルモン分泌促進、肝機能障害改善、血圧低下、コリン濃度低下改善などの有用な効果が認められているが、有害な副作用も報告されている。例えば、非特許文献6には、2.14%の患者に有害な副作用が認められ、0.7%が胸やけ、0.5%が吐き気・嘔吐、0.4%が不眠・興奮、0.2%が頭痛であったこと、及び、0.7%の患者が治療の中止を希望したことが報告されている。したがって、α−GPCが体内にみられる天然化合物であってもなお、多量のα−GPCの摂取は回避されるべきである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008−127325号公報
【特許文献2】EP1203584A1
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J neurosci Res 85:954−966,2007
【非特許文献2】Psychogeriatics 2015.[doi:10.1111/psyg.12125]
【非特許文献3】Evid Based Complement Alternative Med.2011.[doi:10.1093/ecam/neq001]
【非特許文献4】新薬と臨床2015;64;1072−1083
【非特許文献5】Scientific reports|6:20995|Doi:10.1038/srep20995
【非特許文献6】Ann N Y Acad Sci.1994 Jun 30;717:253−69
【非特許文献7】Clin Ther. 2003 Jan;25(1):178−93
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように、人参養栄湯或いはウンシュウミカン由来の陳皮の有効成分であるヘスペリジン及び/又はナリルチンは、有用なp−MBP産生促進作用を有し、再ミエリン化を促し、有毒な可溶性Aβオリゴマーの産生を抑制するため、これらの利用によりアルツハイマー病の効果的な治療及び/又は予防が期待される。しかし、治療及び/又は予防の効果のさらなる向上は常に要請されており、同時に有害な副作用は回避されるべきである。
【0013】
そこで、本発明の目的は、上述の要請に答えることができるアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、まず、非特許文献4に示されている、MBP産生とsAPPα産生との関係をより詳細に検討した。アルツハイマー病の病態モデルマウスとして、ヒトのスウェーデン変位型APP(APPK670N/M671L)遺伝子を導入した遺伝子改変マウスTg2576(以下、「Tg2576マウス」という。)を用いて、3ヶ月齢の若齢マウスの脳とAβの多量の蓄積が認められる28ヶ月齢の老齢マウスの脳との間の、p−MBPの発現量の相違を調査し、さらに、A Disintegrin and Metalloprotease(ADAMs)の中でもα−セクレターゼ活性を示すことが知られているADAM9とp−MBPとの結合状態の相違について調査したところ、以下に調査結果を示すが、老齢マウスの脳では、p−21.5kDaMBPの発現が認められず、ADAM9とp−21.5kDaMBPとの結合も認められなかった。この結果から、p−21.5kDaMBPとADAM9とが結合すると、ADAM9がα−セクレターゼ活性を示すようになり、sAPPαの産生が促進されると判断された。
【0015】
また、オリゴデンドロサイト前駆細胞を、α−GPCのみを含む培養液、ヘスペリジン及び/又はナリルチンのみを含む培養液、及び、α−GPCに加えてヘスペリジン及び/又はナリルチンを含む培養液を用いて培養したところ、α−GPCに加えてヘスペリジン及び/又はナリルチンを含む培養液を用いた場合に、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖・分化が顕著になることが分かった。このことは、非特許文献5に示されているENPP6がヘスペリジン及び/又はナリルチンにより活性化され、α−GPCが活性化されたENPP6により迅速にコリンに代謝されてオリゴデンドロサイトの分化・成熟に利用されたことを意味しており、今までに知られていなかった作用である。このことから、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの併用により、再ミエリン化を迅速に進行させて脱髄を回復させることができることが期待される。
【0016】
そして、水にヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを添加した飲料、水にヘスペリジンとナリルチンとを添加した飲料、及び水にα−GPCを添加した飲料を26ヶ月齢の老齢Tg2576マウスに与えると、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを含む飲料を与えた老齢マウスの脳では、ヘスペリジンとナリルチンとを含む飲料を与えた老齢マウスの脳及びα−GPCを含む飲料を与えた老齢マウスの脳に比較して、p−21.5kDaMBPの発現量が顕著に増加することがわかった。この顕著に増加した発現量は、ヘスペリジンとナリルチンとを含む飲料の投与により増加した発現量とα−GPCを含む飲料の投与により増加した発現量とを加算した量と比較しても顕著であり、したがってヘスペリジン及び/又はナリルチンとα−GPCとの相乗効果が認められた。そして、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを含む飲料を与えた老齢マウスの脳では、このp−21.5kDaMBPの発現量の顕著な増加により、一方では、上述したin vitroの実験結果から期待される通り、顕著に再ミエリン化が進行して脱髄が回復し、他方では、この顕著に増加したp−21.5kDaMBPがADAM9に結合してα−セクレターゼ活性が促進され、非Aβ産生経路におけるsAPPαの産生が顕著に亢進された。
【0017】
その上、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを含む飲料を与えた老齢マウスの脳では、ヘスペリジンとナリルチンとを含む飲料を与えた老齢マウスの脳及びα−GPCを含む飲料を与えた老齢マウスの脳に比較して、β−セクレターゼの1種であるBACE1の発現量が顕著に減少し、これに伴い有毒な可溶性Aβオリゴマーの発現量が顕著に減少することがわかった。この顕著に減少したBACE1及び可溶性Aβオリゴマーの発現量は、ヘスペリジンとナリルチンとを含む飲料の投与により減少した発現量とα−GPCを含む飲料の投与により減少した発現量とを加算した量と比較しても顕著であった。α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの相乗効果により、迅速に再ミエリン化が進行して脳のダメージが回復するため、BACE1の発現量が顕著に減少し、可溶性Aβオリゴマーの発現量も顕著に減少したと考えられる。
【0018】
したがって、本発明は、
第1の有効成分としての、グリセロホスホコリン及びその薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と、
第2の有効成分としての、ヘスペリジン、ナリルチン、及びこれらの薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と
を含み、再ミエリン化を促進し、α−セクレターゼの活性を促進し、且つβ−セクレターゼの発現を抑制する、アルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物に関する。
【0019】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物においては、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの相乗効果のため、例えば非特許文献6において有害な副作用が報告されているα−GPCの1日当たりの投与量を大幅に減らすことができる。本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、好ましくは、成人一人当たりの一日当たりの投与量として、10〜120mgの第1の有効成分と、30〜100mgの第2の有効成分とを含む。1日当たり10〜120mgのα−GPCの使用量は、非特許文献6における初期使用量の1/8以下、後期使用量の1/3以下の量であり、非特許文献7における使用量の1/10以下の量である。
【0020】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物では、第2の有効成分として、ヘスペリジンとナリルチンの両方を含むのが好ましく、ヘスペリジンとナリルチンとを別々にα−GPCと組み合わせても良いが、ヘスペリジンとナリルチンとをウンシュウミカン由来の陳皮或いは該陳皮の抽出物の形態で添加しても良い。ウンシュウミカン由来の陳皮はヘスペリジンとナリルチンの両方を多く含み、両者を簡便に添加することができる。
【0021】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物を製剤化する場合には、第1の有効成分と第2の有効成分の両方を含む配合剤の形態であっても良く、第1の有効成分を含む剤と第2の有効成分を含む剤とから成るキットの形態であっても良い。配合剤及びキットを構成する各剤には、本発明の効果に悪影響を及ぼさない限りにおいて、第1の有効成分及び第2の有効成分以外の成分が含まれていても良い。キットの形態である場合には、投与される順番に制限はなく、いずれの剤が先に投与されても良い。
【0022】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、経口及び非経口のいずれの形態でも投与することができ、医薬品、医薬部外品、健康食品(サプリメントを含む。)等の形態で投与することができる。本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、有害な副作用が懸念されないため継続的に投与することができ、簡便さの点から健康食品として経口投与されるのが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、第1の有効成分と第2の有効成分との相乗効果により、p−21.5kDaMBPの発現量が顕著に増加し、この顕著な増加により、再ミエリン化が顕著に亢進されて脱髄が回復し、またα−セクレターゼ活性が促進されてsAPPαの産生が顕著に亢進され、その上、脱髄の回復に伴ってβ−セクレターゼの発現量が減少してAβの産生が顕著に抑制される。したがって、アルツハイマー病の効果的な治療及び/又は予防が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】アルツハイマー病の病態モデルマウスの脳におけるp−MBP及びADAM9の発現を調査した結果であり、(a)はイムノブロッティングによるp−MBP及びADAM9の検出結果を示しており、(b)はp−MBP及びADAM9の存在量を示している。
図2】オリゴデンドロサイト前駆細胞を、α−GPC、ヘスペリジン、ナリルチン、或いはこれらの組み合わせを含む培養容器中で培養し、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖・分化の状態を観察した倍率400倍の位相差顕微鏡写真である。
図3】オリゴデンドロサイト前駆細胞を、α−GPC或いはα−GPCとヘスペリジンとを含む培養液中で培養した後、オリゴデンドロサイトの分化マーカーであるO1抗体を用いて免疫染色を施し、O1陽性オリゴデンドロサイトの数の全細胞数に対する割合を算出した結果を示した図である。
図4】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC(G飲料)、陳皮乾燥エキス(HN飲料)、及び両者(GHN飲料)を投与したときの、脳におけるp−21.5kDaMBPの存在量を調査した結果を示した図である。
図5】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脳における成熟型ADAM9の存在量を調査した結果を示した図である。
図6】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脳におけるsAPPαの存在量を調査した結果を示した図である。
図7】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脳におけるCTF−αの存在量を調査した結果を示した図である。
図8】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脳におけるBACE1の存在量を調査した結果を示した図である。
図9】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脳におけるAβオリゴマーの存在量を調査した結果を示した図である。
図10】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脱髄回復の様子を示す倍率19000倍での電子顕微鏡写真である。
図11】アルツハイマー病の病態モデルマウスに、α−GPC、陳皮乾燥エキス、及び両者を投与したときの、脱髄回復の様子をG−レシオの値で評価した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、
第1の有効成分としての、グリセロホスホコリン及びその薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と、
第2の有効成分としての、ヘスペリジン、ナリルチン、及びこれらの薬理的に許容された塩から成る群から選択された少なくとも一種の化合物と
を含有する。第1の有効成分と第2の有効成分との併用により、第1の有効成分のみの使用、或いは、第2の有効成分のみの使用と比較して、p−21.5kDaMBPの発現量が顕著に増加する。この増加した発現量は、第1の有効成分のみを使用したときの発現量と、第2の有効成分のみを使用したときの発現量とを加算した量と比較しても顕著である。そして、この顕著なp−21.5kDaMBPの発現量の増加により、一方では、再ミエリン化が顕著に亢進されて脱髄が回復し、他方では、この顕著に増加したp−21.5kDaMBPとADAM9とが結合してα−セクレターゼ活性が促進され、非Aβ産生経路におけるsAPPαの産生が顕著に亢進される。また、脱髄の回復に伴って、β−セクレターゼの発現が抑制され、Aβ産生経路におけるAβの産生が顕著に抑制される。
【0026】
第1の有効成分であるα−GPCは、例えば大豆の搾油・精製により得られるホスファチジルコリンをリパーゼにより加水分解することにより合成することができるが、市販のものを入手することもできる。α−GPCは、薬理的に許容された塩、例えば、塩酸塩、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、炭酸塩の形態で使用されても良く、溶媒和物の形態で使用されても良い。第2の有効成分であるヘスペリジン及びナリルチンも、市販のものを入手することができ、薬理的に許容された塩、例えば、塩酸塩、リン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、炭酸塩の形態で使用されても良く、溶媒和物の形態で使用されても良く、さらには水溶性を向上させるために糖転移体の形態で使用されても良い。糖転移体は体内でヘスペリジン或いはナリルチンに加水分解される。また、ヘスペリジン及びナリルチンを有効成分として含むウンシュウミカン由来の陳皮或いは該陳皮に熱水抽出等の抽出処理を施して得た抽出物を使用することもできる。熱水抽出液を乾燥したものが乾燥エキスとして市販されているため、乾燥エキスを使用するのが簡便である。ウンシュウミカン以外の柑橘類の乾燥物或いはその抽出物も利用することができる。
【0027】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物では、第1の有効成分と第2の有効成分とが所望量で組み合わせられるが、これらは経口及び非経口のいずれの形態でも投与することができ、医薬品、医薬部外品、健康食品(サプリメントを含む。)等の形態で投与することができる。本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、有害な副作用を有さないため、継続的に投与することができ、簡便さの点からサプリメントとして経口投与されるのが好ましい。
【0028】
製剤化する場合には、第1の有効成分と第2の有効成分との配合剤の形態であっても良く、第1の有効成分を含む剤と第2の有効成分を含む剤とから成るキットの形態であっても良い。キットの形態である場合には、投与される順番に制限はなく、いずれの剤が先に投与されても良く、各剤が連続的に投与されても良く時間を空けて投与されても良い。
【0029】
配合剤の場合も、キットを構成する各剤の場合も、使用目的に応じて、カプセル剤、チュアブル剤、錠剤、粉末剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口投与用製剤、又は、注射剤、点滴剤、坐剤等の非経口投与用製剤の形態に製剤化することができる。キットの形態の場合には、各剤の剤型は同一であっても異なっていてもよい。
【0030】
これらの製剤の製造において、第1の有効成分と第2の有効成分とが、通常、使用目的に応じて選択される薬理的に許容される賦形剤、即ち、デキストリン、ラクトース等の固体賦形剤、水、塩水、グリセリン等の液体賦形剤と混合され、所定形状に剤型化される。これらの製剤には、本発明の効果に悪影響を与えない限り、他の成分、例えば、ビタミンC、ビタミンE等のビタミン類、鉄、亜鉛等のミネラル類、イチョウ葉エキス、ドコサヘキサエン酸等の機能性成分の他、結合剤、増粘剤、潤滑剤、香料、甘味料、緩衝剤、保存剤、抗菌剤等の慣用の添加物が含まれていても良い。
【0031】
さらに、本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、ミネラルウェーター、清涼飲料水等の飲料、チーズ、ヨーグルト等の乳製品、ゼリー、ビスケット、キャンディー等の菓子類等の、各種飲食品に配合することもできる。
【0032】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物の投与量は、アルツハイマー病患者の症状、年齢、体重等や、投与形態、投与回数、他剤の併用等に応じて適宜決定することができるが、成人一人当たりの一日当たりの投与量として、一般的には、第1の有効成分が10〜120mg、第2の有効成分が30〜100mgの範囲で組み合わせられるのが好ましい。第2の有効成分としてヘスペリジンとナリルチンとの両方が用いられる場合には、α−GPCが10〜120mg、ヘスペリジンが20〜75mg、ナリルチンが4〜35mgの範囲で組み合わせられるのが好ましい。本発明では、このような少量の投与でも十分な改善効果が期待され、また有害な副作用が回避される。
【0033】
本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物は、再ミエリン化を促進し、α−セクレターゼの活性を促進し、且つβ−セクレターゼの発現を抑制するため、迅速なアルツハイマー病の治療及び/又は予防の効果が期待される。また、再ミエリン化を促進するため、本発明のアルツハイマー病の治療及び/又は予防のための組成物を多発性硬化症、軽度認知機能障害、アルツハイマー病以外の認知症、統合性失調症、急性散在性脳脊髄炎、炎症性広汎性硬化症、急性若しくは亜急性壊死性脳脊髄炎などの脱髄疾患の治療及び/又は予防のためにも有効に利用することができる。
【実施例】
【0034】
本発明を以下の実施例を用いて説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0035】
(A)動物・飼育環境
以下の実験において使用したヒトのスウェーデン変位型APP(APPK670N/M671L)遺伝子を導入した遺伝子改変マウスTg2576は、米国のThe Jackson Laboratoryから入手した。このマウスについては、APPが過剰発現するため脳にAβが9ヶ月齢以降多量に蓄積することに加えて、24ヶ月齢以降では加齢による脱髄が起こることが知られている。入手したTg2576マウスを、室温25±1℃、相対湿度55±1%の飼育施設で、12時間/12時間の明暗の照明サイクル(7:00点灯、19:00消灯)の環境下で飼育した。なお、この動物実験は、実験動物の適正な使用及び管理を定めたNIHガイドラインに基づき作成された慶應義塾大学動物実験ガイドラインに則り、同大学内動物実験施設で行った。
【0036】
(B)実験1:p−MBPとADAM9との関係
非特許文献4にミエリン形成不全を起こしているシバラーマウスの脳では非Aβ産生経路が阻害されていてsAPPαが発現しないことが示されているものの、詳細は不明であるため、以下の実験により、α−セクレターゼ活性を示すことが知られているADAM9とp−MBPとの関係を、抗MBPモノクロナール抗体を用いた免疫沈降法と抗p−MBPモノクロナール抗体又は抗ADAM9ポリクロナール抗体を用いたイムノブロッティングとの組み合わせを介して調査した。
【0037】
(1)実験手順
(a)界面活性剤による脳の可溶化
脳にAβがほとんど蓄積しておらず脱髄も起こしていない3ヶ月齢のTg2576マウス、及び、脳にAβが多量に蓄積しており且つ脱髄を起こしている28ヶ月齢のTg2576マウスを、それぞれイソフルラン(和光純薬工業株式会社)により吸収麻酔下で安楽死させ、直ちに開頭して全脳を摘出した。摘出した脳の重量を測定し、脳重量1gにつき、氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を10mL添加し、さらに、100xプロテアーゼ阻害剤カクテル(メルク株式会社)の100倍希釈液に1%濃度のポリ(オキシエチレン)オクチルフェニルエーテル(商品名;Triton(登録商標)X−100:シグマアルドリッチジャパン株式会社)を添加した液を10mL添加した後、ホモジナイザーを用いて脳を可溶化した。得られた脳ホモジネート懸濁液を1.5mLのエッペンドルフチューブに回収し、4℃、100000rpmの条件下で30分間遠心分離した。
【0038】
(b)免疫沈降法
上記(a)工程において得られた遠心分離後の上澄み液(タンパク質濃度1mg/チューブ)の200μLに、濃度200μg/mLの抗MBPモノクロナール抗体SMI−99(Merck Millipore社)の20μLを加え、4℃で一晩撹拌しながら反応させ、抗原−抗体複合体を形成させた。さらに、プロテインAを固相化したセファロースビーズ(商品名;プロテインA−セファロース(登録商標):シグマアルドリッチジャパン株式会社)の50μLを加え、4℃で一晩撹拌しながら反応させて、上記セファロースビーズに上記抗原−抗体複合体を吸着させた。次いで、得られた懸濁液を4℃、12000rpmの条件下で15分間遠心分離し、上澄み液を廃棄した後、沈渣に800μLの洗浄液(10mM Tris−HCl(pH7.4)、150mM NaCl、0.005% ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(商品名:Tween−20):全てシグマアルドリッチジャパン株式会社)を添加し、ゆっくりとピペッティングした後、4℃、12000rpmの条件下で15分間遠心分離した。上述した洗浄液添加〜遠心分離までの手順をさらに2回繰り返した後、沈渣に2xドデシル硫酸ナトリウム(SDS)サンプルバッファー(0.125M Tris−HCl(pH6.8)(和光純薬株式会社)、20% グリセロール(和光純薬工業株式会社)、4% SDS(和光純薬工業株式会社)、10% 2−メルカプトエタノール(ナカライテスク株式会社)、0.004% ブロモフェノールブルー(シグマアルドリッチジャパン株式会社))の50μLを添加し、100℃で5分間加温し、次いで4℃、14000rpmの条件下で15分間遠心分離して、上記抗原−抗体複合体を含む上澄み液を得た。
【0039】
(c)電気泳動(SDS−PAGE)
SDS−PAGEは4〜20%グラジエントゲル(テフコ株式会社)を使用して行った。ゲル板を電気泳動装置にセットし、泳動バッファーを導入した。次に、上記(b)工程にて得られた抗原−抗体複合体を含む上澄み液の25μLをゲル板のウェルに導入し、室温にて5mAの条件下で約30分間泳動し、さらに25mAの条件下で約90分間泳動した。
【0040】
(d)イムノブロッティング
ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(商品名;Immobilon−P:孔径0.45μm:Merck Millipore社)を転写液(31mM Tris(ナカライテスク株式会社)、0.24M グリシン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、20% メタノール(和光純薬工業株式会社))中に導入して15分間振とうし、回収したPVDF膜と上記(c)工程にて得られた電気泳動後のゲルとを接触させ、室温にて20mA/cmの条件下で電流を流し、タンパク質をPVDF膜に転写した。転写後クマシーブリリアントブルー(和光純薬工業株式会社)で染色して乾燥させたPVDF膜に、10倍希釈した10xトリス緩衝生理食塩水(TBS)(0.5M Tris(pH8.1)(ナカライテスク株式会社)、1.5M NaCl(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、1N 塩酸(和光純薬株式会社))に5%のスキムミルク(株式会社Defco)を溶解させたブロッキングバッファーを用いて、1時間室温にてブロッキング処理を施した。
【0041】
ブロッキング処理後のPVDF膜に、一次抗体として、内部標準のβアクチンに対するマウスモノクロナール抗体(シグマアルドリッチジャパン株式会社、1/1000希釈)と共に、抗p−MBPモノクロナール抗体PC12(Merck Millipore社、1/500希釈)又は抗ADAM9ポリクロナール抗体C−15(Santa Cruz Biotechnology社、1/500希釈)を使用して、4℃で一晩、一次抗体反応を施した。希釈には上記ブロッキングバッファーを使用した。一次抗体反応後のPVDF膜を、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて3回洗浄した。続いて、ブロッキングバッファーで800〜1000倍に希釈したAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Mouse IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)又はAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Rabbit IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)を用いて、室温にて2時間二次抗体反応を行い、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した後、アルカリホスファターゼ反応による抗原の検出を行った。アルカリホスファターゼ反応は、アルカリホスファターゼの基質としての5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリルホスフェート(和光純薬工業株式会社)と、発色剤としてのニトロブルーテトラゾリウム(和光純薬工業株式会社)と、緩衝液(0.1M Tris(ナカライテスク株式会社)、0.1M NaCl(シグマアルドリッチジャパン株式会社)、0.05M MgCl(シグマアルドリッチジャパン株式会社))とを用いて、遮光下30分〜1時間反応させることにより行った。また、抗原の検出結果は、3回の独立した実験における平均値±標準誤差で評価した。
【0042】
(2)実験結果
図1は、上述の(a)〜(d)の工程を介して3ヶ月齢のTg2576マウスの脳と28ケ月齢のTg2576マウスの脳におけるp−MBPとADAM9の存在量を調査した結果を示した図である。図1(a)はアルカリホスファターゼ反応によりp−MBP及びADAM9を検出したPVDF膜の画像を示しており、図1(b)は、図1(a)の画像から得られた、内部標準のβアクチンにて正規化されたp−MBP及びADAM9の存在量を示している。
【0043】
Tg2576マウスは、分子質量が14kDa、17.5kDa、18.5kDa及び21.5kDaの4つのMBPアイソフォームを有している。図1(b)から、3ヶ月齢のTg2576マウスの脳では、これら4つのアイソフォームの全てが発現しているのに対し、28ケ月齢のTg2576マウスの脳では、高分子質量のアイソフォームほど発現量が少なく、p−21.5kDaMBPの発現は全く認められなかったことがわかる。また、3ヶ月齢のTg2576マウスの脳を用いた実験において検出されたADAM9の存在量に比較して、28ケ月齢のTg2576マウスの脳を用いた実験において検出されたADAM9の存在量が顕著に少なく、ADAM9がほとんど検出されなかったことが分かる。これらの結果から、Tg2576マウスの脳において、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9に結合していることがわかった。ADAM9の細胞質ドメインにアダプタータンパク質が結合することにより酵素活性が調節されることが知られていることから、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9の細胞質ドメインに結合することにより、ADAM9が成熟型に転換してα−セクレターゼ活性を示すようになり、sAPPαの産生が促進されると考えられた。
【0044】
(C)実験2:in vitroにおけるα−GPCとヘスペリジン/ナリルチンとの併用効果の確認
胎生18日のマウスの大脳を0.3%のディスパーゼIIと0.05%のデオキシリボヌクレアーゼ(いずれもRoche Molecular Biochemicals社)との混合溶液(ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM;Invitrogen社)により希釈)で酵素的に分散し、得られた分散細胞をDMEMで洗浄した後、解離した細胞を孔径70μmのナイロンメッシュに通した。次に、細胞を10%のウシ胎児血清を含むDMEM中に懸濁した後、ポリ−L−リシン被覆培養皿(直径10cm)上に一皿当たり2.0×10個の細胞密度で播種し、5日間培養した。次に、培養後の細胞を0.2%のトリプシンを含むPBSを用いて剥離し、4℃、1000回転の条件下で10分間遠心分離し、沈査を10mLの無血清培地(DMEMに、グルコース(5.6mg/ml)、カナマイシン(60mg/ml)、インスリン(5μg/ml)、トランスフェリン(0.5μg/ml)、BSA(100μg/ml)、プロゲステロン(0.06ng/ml)、プトレスシン(16μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(40ng/ml)、チロキシン(T4)(40ng/ml)及びトリヨードサイロニン(T3)(30ng/ml)を添加した培地)に1mL当たり2.5×10個の細胞密度で懸濁し、COインキュベータ中、37℃で2時間培養し、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)を得た。
【0045】
次に、得られたOPCを、上記無血清培地が導入された無被覆培養皿(直径10cm)上に1皿当たり2.5×10個の細胞密度で播種し、さらにPBSのみ(対照)、ヘスペリジン(H)を含むPBS、ナリルチン(N)を含むPBS、ヘスペリジンとナリルチンとを含むPBS、α−GPC(G)を含むPBS、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを含むPBSのいずれかを添加して、48時間培養した。培地中のヘスペリジン、ナリルチン、及びα−GPCの量はそれぞれの最終濃度が10μMになるように調整された。
【0046】
図2に、48時間後の細胞の状態を撮影した倍率400倍の位相差顕微鏡写真を示す。10μMのヘスペリジン、10μMのナリルチン、或いは10μMのα−GPCを含む培地で培養した場合には、対照と比較すると、細胞数が増加すると共に矢印で示した突起が発生し、OPCの増殖・分化が進行したことが分かる。そして、ヘスペリジンとナリルチンとを各10μMで含む培地を用いて培養した場合には、OPCの増殖・分化が亢進されていた。この効果は、第2の有効成分(ヘスペリジン/ナリルチン)が合計で20μMの濃度で含まれた培地を用いたためであると考えられる。そして、ヘスペリジンとナリルチンとα−GPCとを各10μMで含む培地を用いて培養した場合には、矢印で示したように、OPCの分化・成熟が著しく亢進されていた。このことは、ENPP6がヘスペリジン及び/又はナリルチンにより活性化され、α−GPCが活性化されたENPP6により迅速にコリンに代謝されてオリゴデンドロサイトの分化・成熟に利用されたことを意味している。
【0047】
併用効果をさらに確認するために、上記無血清培地が導入された無被覆培養皿(直径10cm)上に上記OPCを1皿当たり2.5×10個の細胞密度で播種し、さらにPBSのみ(対照)、α−GPCを含むPBS或いはα−GPCとヘスペリジンとを含むPBSを添加して、48時間培養した。培地中のヘスペリジン及びα−GPCの量はそれぞれの最終濃度が0.1mM或いは1mMになるように調整された。次いで、オリゴデンドロサイトの分化マーカーであるO1抗体を用いて免疫染色し、顕微鏡下で一視野中の全細胞の数とO1陽性オリゴデンドロサイトの数とをそれぞれカウントして、全細胞の数に対するO1陽性オリゴデンドロサイトの数の割合を算出した。その結果を図3に示す。
【0048】
図3から把握されるように、α−GPCを0.1mMで含む培地を用いて培養した場合には、対照と比較しても、O1陽性オリゴデンドロサイトはほとんど増加していないが、培地にヘスペリジンを0.1mM添加することにより、O1陽性オリゴデンドロサイトの割合が急激に増加し、α−GPCを1mMで含む培地を用いて培養した場合の増加量の半分を超えるまでに増加した。α−GPCを1mMで含む培地にさらにヘスペリジンを1mM添加した場合にも、O1陽性オリゴデンドロサイトの顕著な増加が認められた。したがって、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの併用により、迅速にオリゴデンドロサイトまで分化・成熟させることができることが確認された。これらの結果から、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの併用が再ミエリン化を迅速に進行させて脱髄を回復させることが期待される。
【0049】
(D)実験3:α−GPC/陳皮の投与とp−21.5kDaMBP/成熟型ADAM9/sAPPα/CTF−α/BACE1/Aβオリゴマーの発現量との関係
上述した実験1の結果から、p−21.5kDaMBPの発現量が増加すれば、ADAM9のα−セクレターゼ活性が促進され、したがって非Aβ産生経路におけるsAPPαの産生が亢進され、Aβ産生経路におけるAβの産生が抑制されて有毒な可溶性Aβオリゴマーの産生が抑制されると期待されるため、以下の実験により、α−GPC/陳皮の投与とp−21.5kDaMBP/成熟型ADAM9/sAPPα/CTF−α/BACE1/Aβオリゴマーの発現量との関係を調査した。
【0050】
(1)実験手順
(aa)α−GPC/陳皮の投与
陳皮乾燥エキス(1g当たりヘスペリジンを20.8mg、ナリルチンを3.38mg含有:株式会社ウチダ和漢薬)と、α−GPC85%含有粉末(ニチユGPC85R:日油株式会社)とを使用し、α−GPCを0.017w/v%の濃度で且つ陳皮乾燥エキスを0.5w/v%の濃度(ヘスペリジン;0.0104w/v%:ナリルチン0.0017w/v%)で蒸留水に溶解したGHN飲料(実施例)、陳皮乾燥エキスを0.5w/v%の濃度で蒸留水に溶解したHN飲料(比較例1)、及び、α−GPCを0.017w/v%の濃度で蒸留水に溶解したG飲料(比較例2)を準備した。26ヶ月齢の老齢Tg2576マウス(平均体重30g)を4つの群に分け、それぞれの群に、GHN飲料、HN飲料、G飲料或いは対照としての水を、2か月間自由飲水により与えた(平均飲水量4mL/day)。この投与実験におけるα−GPC、ヘスペリジン及びナリルチンの投与量を、ヒトとマウスの間の種差を換算する係数「10」(“Regul.Toxicol.Pharmacol.24,108−120”参照)を用いてヒト50kg成人の投与量に換算すると、α−GPCが113.3mg/day、ヘスペリジンが69.3mg/day、及びナリルチンが11.3mg/dayの投与量になる。2か月自由飲水後に、GHN飲料を投与したマウス、HN飲料を投与したマウス、G飲料を投与したマウス、及び対照マウスをイソフルラン(和光純薬工業株式会社)を用いた吸引麻酔下で安楽死させ、直ちに開頭した後、全脳を摘出し、使用時まで−80℃で保存した。
【0051】
(bb)界面活性剤による脳の可溶化
保存しておいたGHN飲料投与マウス、HN飲料投与マウス、G飲料投与マウス、及び対照マウスの脳を用いて、実験1の(a)工程にて示した手順と同じ手順で脳ホモジネート懸濁液の調製及び遠心分離を行い、遠心分離後、上澄み液を可溶性画分、沈渣を不溶性画分として分離し、−80℃で保存した。
【0052】
(cc)電気泳動(SDS−PAGE)
上記(bb)工程にて得られた可溶性画分を4xSDSサンプルバッファー(0.0625M Tris−HCl(pH6.8)(和光純薬工業株式会社)、10% グリセロール(和光純薬工業株式会社)、2% SDS(和光純薬工業株式会社)、5% 2−メルカプトエタノール(ナカライテスク株式会社)、0.002% ブロモフェノールブルー(シグマアルドリッチジャパン株式会社))で4倍に希釈し、100℃の恒温槽中に10分間放置して、SDS−PAGE用サンプルを得た。得られたSDS−PAGE用サンプルを用いて、実験1の(c)工程にて示した手順と同じ手順でSDS−PAGEを行った。
【0053】
(dd)イムノブロッティング
上記(cc)工程にて得られた電気泳動後のゲルを用いて、実験1の(d)工程にて示した手順と同じ手順で、タンパク質をPVDF膜に転写し、続く一次抗体反応前のブロッキング処理を行った。次に、ブロッキング処理後のPVDF膜の一次抗体反応を4℃で一晩行った。用いた抗体は、APPのN末端を認識するマウスモノクロナール抗体22C11(Merck Millipore社、1/600希釈)、Aβ1−16を認識するマウスモノクロナール抗体6E10(Covance社、1/1000希釈)、Aβ17−24を認識するマウスモノクロナール抗体4G8(Covance社、1/500希釈)、BACE1のC末端を認識する抗体(Calbiochem社、1/500希釈)、ADAM9のメタロペプチダーゼドメインを認識する抗体(Bethyl Laboratories社、1/500希釈)、内部標準のβアクチンに対するマウスモノクロナール抗体(シグマアルドリッチジャパン株式会社、1/1000希釈)、及び、抗p−MBPモノクロナール抗体PC12(Merck Millipore社、各1/500希釈)である。各抗体の希釈には、10倍希釈した10xTBSに5%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いた。一次抗体反応後、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した。続いてブロッキングバッファーで800倍に希釈したAlkaline Phosphatase−conjugated Affinipure Goat Anti−Mouse IgG(H+L)(Jackson ImmunoResearch Laboratories社)を用いて、室温にて2時間二次抗体反応を行い、10倍希釈した10xTBSに1%のスキムミルクを溶解させたブロッキングバッファーを用いて10分間ずつ3回洗浄した後、実験1の(d)工程で示した手順と同じ手順でアルカリホスファターゼ反応による抗原の検出を行った。抗原の検出結果は、3回の独立した実験における平均値±標準誤差で評価した。
【0054】
(2)実験結果
図4は、内部標準のβアクチンにて正規化されたp−21.5kDaMBPの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。図4から把握されるように、p−21.5kDaMBPの発現量が、G飲料(比較例2)の投与によって約6倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約10倍に増加するものの、GHN飲料(実施例)の投与による増加量は顕著であり約25倍であった。すなわち、GHN飲料の投与により増加した発現量は、HN飲料の投与により増加した発現量と、G飲料の投与により増加した発現量とを加算した量と比較しても顕著であり、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。
【0055】
図5は、内部標準のβアクチンにて正規化された成熟型ADAM9の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。実験1の結果から理解されるように、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPがADAM9の細胞質ドメインに結合すると、ADAM9が成熟型になり、α−セクレターゼ活性を示すようになる。そして、成熟型ADAM9の発現量が、G飲料(比較例2)の投与によって約1.45倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約1.60倍に増加し、GHN飲料(実施例)の投与によって約1.73倍に増加した。これば、図4から把握されるように、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用により、p−MBP、特にp−21.5kDaMBPが顕著に増加したことを反映した結果である。図6は、内部標準のβアクチンにて正規化されたsAPPαの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図であり、図7は、内部標準のβアクチンにて正規化されたCTF−αの存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。sAPPα及びCTF−αは、非Aβ産生経路において、α−セクレターゼがAPPを切断することにより発現する。図6から把握されるように、sAPPαの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約5.2倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約6.4倍に増加するが、GHN飲料(実施例)の投与によって約11.4倍にも増加し、図7から把握されるように、CTF−αの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約4.6倍に増加し、HN飲料(比較例1)の投与によって約6.0倍に増加するが、GHN飲料(実施例)の投与によって約8.4倍にも増加した。そして、図6に示したsAPPαの発現量は、図4に示したp−21.5kDaMBPの発現量と、良く相関しており、α−セクレターゼ活性の促進に関し、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。図5に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用による成熟型ADAM9の発現量の増加は、図6に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用によるsAPPαの発現量の増加或いは図7に示したα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用によるCTF−αの発現量の増加と比較すると少ない。α−セクレターゼ活性を示すADAMsはADAM9以外にも多く存在(例えば、ADAM10、ADAM17)するが、これらのADAMs全体の発現量が顕著に増加したため、sAPPα及びCTF−αの発現量が顕著に増加したと考えられる。
【0056】
図8は、内部標準のβアクチンにて正規化されたβセクレターゼの1種であるBACE1の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図であり、図9は、内部標準のβアクチンにて正規化されたAβ6量体(「6−mer」と表す。)の存在量を、対照マウスの脳における存在量を1とした存在量比の形式で示した図である。6−merはAβ凝集開始のコアペプチドであり、認知機能障害との関連性が強く示唆されている可溶性Aβオリゴマーの一種であり、6−merをコアにして重合がさらに進行すると毒性の高い可溶性12−merや老人斑が生成する。図8から把握されるように、BACE1の発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約0.96倍に減少し、HN飲料(比較例1)の投与によって約0.87倍に減少するだけであるが、GHN飲料(実施例)の投与によって約0.53倍にまで減少し、図9から把握されるように、6−merの発現量は、G飲料(比較例2)の投与によって約0.73倍に減少し、HN飲料(比較例1)の投与によって約0.82倍に減少するたけであるが、GHN飲料(実施例)の投与によって約0.34倍にまで減少しており、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの相乗的作用が認められた。特に、α−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとの併用によるBACE1の減少効果が顕著であるが、これは脱髄の回復を反映したものであると考えられる。すなわち、BACE1はニューロンに特異的な酵素ではなくむしろアストロサイトに多く発現しており、アルツハイマー病患者の脳では反応性アストロサイトにBACE1の発現が認められることが分かっているが、この反応性アストロサイトは脳がダメージを受けたときに発現する。以下に示すが、α−GPCとヘスペリジン及び/又はナリルチンとの相乗効果により、迅速に再ミエリン化が進行して脱髄が回復するため、反応性アストロサイトの発現が抑制され、これに伴いBACE1の発現量が顕著に減少し、さらには可溶性Aβオリゴマーの発現量も顕著に減少したと考えられる。
【0057】
以上の結果より、本発明のα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとを含む組成物によると、これらの有効成分が相乗的に作用して、p−21.5kDaMBPの発現量が顕著に増加し、一方では、この顕著に増加したp−21.5kDaMBPとの結合によりADAM9のα−セクレターゼ活性が促進され、sAPPα及びCTF−αの産生が顕著に促進され、他方では、BACE1の発現が抑制され、Aβの産生経路、ひいては認知機能障害との関連性が強く示唆されている可溶性Aβオリゴマーの産生が顕著に抑制されることがわかった。したがって、本発明の組成物はアルツハイマー病の治療及び/又は予防のために極めて有効である。
【0058】
(E)実験4:α−GPC/陳皮の投与と再ミエリン化との関係
以下の実験により、α−GPC及び陳皮の投与による再ミエリン化への影響を調査した。
【0059】
(1)実験手順
実験2の(aa)工程において保存しておいたGHN飲料投与マウス、HN飲料投与マウス、G飲料投与マウス、及び対照マウスの大脳を電子顕微鏡により観察した。各マウスの大脳を2%グルタルアルデヒドで前固定し、さらに1%OsOで後固定した。標本をエタノール中で脱水した後、エポキシ樹脂(商品名;Quetol 812:日新EN株式会社)に埋め込み、2%酢酸ウラニル及び鉛溶液で染色した極薄片を得、これを電子顕微鏡により倍率19000倍で観察した。G−レシオ(軸索及び軸索周囲のミエリン鞘の直径に対する軸索の直径の割合:図11参照)の測定のためには、群毎に少なくとも3体のマウスを使用して各マウス当たり8〜10枚の電子顕微鏡写真を撮影し、少なくとも90個の軸索に関してG−レシオを測定し、平均値と標準偏差とを算出した。
【0060】
(2)実験結果
図10は、各マウスの脳の電子顕微鏡写真を示している。p−MBPは、軸索の周囲のミエリン膜を重層化し、ミエリンの圧縮を維持する作用を有するが、図10より、対照マウスの脳では、矢印で示したミエリン膜の圧縮が不十分であり、脱髄が進行しているのに対し、G飲料(比較例2)の投与及びHN飲料(比較例1)の投与によって再ミエリン化が進行して脱髄状態が回復する傾向が認められ、GHN飲料(実施例)の投与によって再ミエリン化がさらに進行して脱髄の回復が顕著に認められることが分かる。図11には、電子顕微鏡写真から求めたG−レシオの値が示されている。軸索の周囲にミエリン膜が重層化して圧縮されると、G−レシオの値は小さくなるため、G−レシオの値の減少は脱髄回復の尺度となる。図11から把握されるように、対照マウスの大脳におけるG−レシオの値は約0.83であり、G飲料投与マウス及びHN飲料投与マウスの大脳におけるG−レシオの値は約0.74であり、非特許文献1における人参養栄湯の投与により得られたG−レシオの値と類似しているが、GHN飲料投与マウスの大脳におけるG−レシオの値は、さらに減少し、約0.69にまで減少している。この値はもはや正常マウスの大脳におけるG−レシオの値と同等であり、驚くべき結果が得られた。このことが、上述したようにBACE1の顕著な減少へと導き、ひいては可溶性Aβオリゴマーの顕著な減少へと導いたと考えられる。
【0061】
以上の結果より、本発明のα−GPCとヘスペリジン及びナリルチンとを含む組成物によると、これらの有効成分が相乗的に作用して、再ミエリン化が顕著に亢進されて、脱髄の回復が認められることがわかった。したがって、本発明の組成物はアルツハイマー病の治療及び/又は予防のために極めて有効である。
【0062】
(F)認知機能改善効果の確認
一日の投与量として、ヘスペリジンとナリルチンとを合計で70mg、α−GPCを40mg含む錠剤を製造し、被験者に2.5〜4ヶ月投与し、長谷川式認知症スケール(HDS−R)の点数を評価した。HDS−Rは30点満点で評価され、20点以下であると認知症が疑われ、認知症であることが確定している場合には、20点以下で軽度、11〜19点で中等度、10点以下で高度であると判定される尺度である。以下に、その結果を示す。
【表1】
【0063】
表1から把握されるように、ばらつきはあるものの、2.5〜4ヶ月の短期間の間に、1〜8点の点数の上昇が確認された。このような短期間でも改善効果が表れたのは、本発明の組成物が、再ミエリン化を促進し、α−セクレターゼの活性を促進し、且つβ−セクレターゼの発現を抑制し、総合的に作用するためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明により、安全且つ迅速なアルツハイマー病の治療及び/又は予防が可能になる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11