(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に、本発明の一実施の形態について説明する。
【0010】
本実施の形態に係る摺動部材用樹脂組成物は、油性剤およびオレフィン系樹脂が配合された脂肪族ポリケトン樹脂により形成されており、例えば滑り軸受に利用される。ここで、摺動部材用樹脂組成物の成形に際して脂肪族ポリケトン樹脂に配合された油性剤が激しく気化し、散逸するのを防止するため、脂肪族ポリケトン樹脂に配合する油性剤は、脂肪族ポリケトン樹脂の成形温度より高い沸点を有するものを用いる。
【0011】
脂肪族ポリケトン樹脂に配合する油性剤としては、高級脂肪酸(ステアリン酸など)、高級脂肪酸エステル(ステアリン酸ブチルなど)、高級アルコール(セチルアルコールなど)、アミン(オクタデシルアミンなど)、金属石けん(ステアリン酸リチウムなど)、リン酸エステル(トリクレジルホスフェートなど)等が好ましく用いられ、高級脂肪酸、高級脂肪酸エステル、あるいは高級アルコールを含むものがより好ましく、例えばホホバオイルを用いることができる。また、油性剤の配合量は、1〜6質量%とすることが好ましい。油性剤の配合量が1質量%未満である場合、脂肪族ポリケトン樹脂100質量%の場合に比べて、摺動性能に有意な差は生じない。一方、油性剤の配合量が大きくなるにつれて、油性剤が脂肪族ポリケトン樹脂中に均等に分散しない場合がある。
【0012】
本発明者は、油性剤と親和性の高いオレフィン系樹脂を油性剤とともに脂肪族ポリケトン樹脂に配合することにより、油性剤をオレフィン系樹脂に保持させて、油性剤を脂肪族ポリケトン樹脂から分離させることなく、脂肪族ポリケトン樹脂内により均等に分散させることができることを見出した。
【0013】
ここで、オレフィン系樹脂はポリエチレンであることが好ましく、さらにポリエチレンは、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、高摺動性特殊ポリエチレンでもよいが、特に高密度ポリエチレンが好ましい。また、ポリエチレンに限らず、炭化水素基が重合した構造を有するオレフィン系樹脂であれば、ポリエチレンと同様に、油性剤の保持剤としての効果が期待できる。また、オレフィン系樹脂の配合量は0.5〜15質量%とすることが好ましく、1〜10質量%とすることがより好ましい。また、オレフィン系樹脂1質量部に対して油性剤の配合量は4質量部以内とすることが好ましい。
【0014】
本発明者は、本実施の形態に係る摺動部材用樹脂組成物からなるプレート状の試験片1(寸法:縦30mm、横30mm、厚さ3mm)を用いて各種試験を行った。
【0015】
まず、以下の表1に示すように、試験片1として、5種類の配合比の試験片1−1〜1−5を用意するとともに、その比較例として、3種類の比較例1−6〜1−8を用意した。これらの試験片1−1〜1−5および比較例1−6〜1−8は、表1に示す配合比からなるペレットをプレート状に射出成形することにより作製した。具体的には、二軸ベント式押出成形機に材料を投入して溶融混練し、かつ成形して紐状の成形物を作製し、その後、この紐状の成形物を切断して混合ペレットを作製した。それから、この混合ペレットをスクリュー型射出成形機に投入して試験片1を成形した。
【0017】
なお、試験片1の材料として、脂肪族ポリケトン樹脂に、Hyosung社製「M330A(商品名)」を用い、油性剤に、ミツバ貿易社輸入品のホホバオイル「ホホバゴールデン(商品名)」を用い、オレフィン系樹脂に、プライムポリマー社製高密度ポリエチレン「ハイゼックス(登録商標)2100JP(商品名)」を用い、炭素粒子に、エア・ウォーター・ベルパール社製「ベルパール(登録商標)C2000(商品名)」を用い、そして、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)粉末に、喜多村社製「KTL620(商品名)」を用いた。
【0018】
[成形性確認試験]
本発明者は、試験片1−1〜1−5および比較例1−6について、スクリュー型射出成形機による成形性の確認試験を、シリンダ温度を240度に設定して行った。スクリュー型射出成形機による射出成形において、シリンダ内の溶融樹脂(混合ペレット)を金型に射出充填する射出充填工程後に行われる保圧工程において、金型内圧力を一定に保つことができない場合、金型内に射出充填された溶融樹脂からホホバオイルが分離してシリンダ内に逆流し、溶融樹脂が金型内で所望の形状を維持できていないためと考えられる。そこで、本発明者は、保圧工程での保圧状態を成形回数10回目までモニタし、成形回数10回目において、保圧工程での金型内圧力が一定に保たれている場合は、成形性を「成形性良」と判断し、保圧工程での金型内圧力が後半に若干落ち込む場合は、成形性を「成形可能」と判断し、そして、保圧工程での金型内圧力が当初から目標の圧力に達していない場合は、成形性を「成形困難」と判断した。
【0019】
以下の表2は、成形性確認試験の結果を示している。ここで、記号「◎」は「成形性良」を、記号「○」は「成形可能」を、そして、記号「×」は「成形困難」を示している。
【0021】
表2に示すように、ポリエチレン1質量%および炭素粒子1質量%の場合、ホホバオイル4質量%までは(試験片1−1、1−2)、成形回数10回目の保圧工程での金型内圧力が一定に保たれ、成形性は「成形性良」であるが、ホホバオイル6質量%では(試験片1−3)、成形回数10回目の保圧工程での金型内圧力が後半に若干落ち込み、成形性は「成形可能」であった。しかし、ホホバオイル質量6%において、炭素粒子1質量%はそのままにポリエチレン2質量%とすると(試験片1−4)、成形回数10回目の保圧工程での金型内圧力が一定に保たれ、成形性は「成形性良」であった。また、ホホバオイル3質量%およびポリエチレン1質量%の場合(試験片1−5)、成形回数10回目の保圧工程での金型内圧力が一定に保たれ、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%および炭素粒子1質量%の場合(試験片1−1)と同様に、成形性は「成形性良」であった。また、ポリエチレンおよび炭素粒子を配合せずに、ホホバオイル3質量%を配合した場合(比較例1−6)、成形回数10回目の保圧工程での金型内圧力が当初から目標の圧力に達しておらず、成形性は「成形困難」であった。以上の結果、成形性の観点から、ホホバオイルとともにポリエチレンを配合すべきこと、ポリエチレン1質量部に対してホホバオイル4質量部以内とすることが好ましいこと、および、炭素粒子の有無による影響は無視できることが分かった。
【0022】
[摺動性能試験]
本発明者は、試験片1−1〜1−5および比較例1−7、1−8について摺動性能試験を行った。
【0023】
図1は、本実施の形態に係る摺動部材用樹脂組成物からなる試験片1の摺動性能試験を説明するための図である。
【0024】
図示するように、試験片1の摺動面(表面)10上に筒状の相手材2を載置し、以下の表3に示す条件において、軸心O方向の荷重Nを試験片1の裏面11に加えて、試験片1の摺動面10を相手部材2の支持対象面(端面)20に押し当てながら、軸心O回りの回転方向Rに相手材2を回転させた。そして、そのときの摺動部材2の回転方向Rにおけるトルクを、図示していないロードセルで検出し、この検出トルクから、摺動面10および支持対象面20間の摩擦係数を測定した。また、摩擦係数の測定後に、摺動面10の矢印Aにおける摩耗痕深さ(摩耗痕断面曲線)を測定した。なお、相手材2の支持対象面20は、研削加工した後、耐水研磨紙#400等でハンドラッピングし、さらにアセトンにて洗浄した。
【0026】
図2は、表3に示す条件にて、試験片1−1〜1−5および比較例1−7、1−8に対して行った室温環境下での摺動性能試験の測定結果を示す図である。
【0027】
ここで、左側の縦軸は摩擦係数を示しており、右側の縦軸は摩耗痕深さ(摺動面10の矢印Aにおける摩耗痕深さの平均値)を示している。また、グラフ3−1〜3−5は試験片1−1〜1−5の摩擦係数の測定結果を示しており、グラフ3−7、3−8は比較例1−7、1−8の摩擦係数の測定結果を示しており、グラフ4−1〜4−5は試験片1−1〜1−5の摩耗痕深さの測定結果を示しており、そして、グラフ4−7、4−8は比較例1−7、1−8の摩耗痕深さの測定結果を示している。
【0028】
図2に示すように、室温環境下において、脂肪族ポリケトン樹脂100質量%の比較例1−8の摩擦係数は0.54である(グラフ3−8)。一方、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−1の摩擦係数は0.11であり(グラフ3−1)、ホホバオイル4質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−2の摩擦係数は0.10であり(グラフ3−2)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−3の摩擦係数は0.10であり(グラフ3−3)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン2質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−4の摩擦係数は0.12であり(グラフ3−4)、そして、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合の試験片1−5の摩擦係数は0.07である(グラフ3−5)。いずれの試験片1−1〜1−5も、脂肪族ポリケトン樹脂100のみの比較例1−8に比べて摩擦係数が圧倒的に小さく、PTFE粉末を15質量%配合した比較例1−7の摩擦係数0.25(グラフ3−7)と比べても十分に小さい。ここで、試験片1−1と試験片1−5とを比較すると、ともにホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合である点で共通し、試験片1−1は炭素粒子を1質量%配合する一方、試験片1−5は炭素粒子を配合していない点で異なる。両者の摩擦係数に有意な差がなかったことから、炭素粒子の配合は摩擦係数に影響しないことが分かった。
【0029】
また、脂肪族ポリケトン樹脂100質量%の比較例1−8の摩耗痕深さは229.5μmである(グラフ4−8)。一方、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−1の摩耗痕深さは1.3μmであり(グラフ4−1)、ホホバオイル4質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−2の摩耗深さは1.6μmであり(グラフ4−2)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−3の摩耗痕深さは1.8μmであり(グラフ4−3)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン2質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−4の摩耗痕深さは2.7μmであり(グラフ4−4)であり、そして、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合の試験片1−5の摩耗痕深さは1.8μmである(グラフ4−5)。いずれの試験片1−1〜1−5の摩耗痕深さも、脂肪族ポリケトン樹脂100質量%の比較例1−8の摩耗痕深さに比べて十分に小さく、PTFE粉末を15質量%配合した比較例1−7の摩耗痕深さ42.5μm(グラフ4−7)と比べても小さい。ここで、試験片1−1と試験片1−5とを比較すると、ともにホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合である点で共通し、試験片1−1は炭素粒子を1質量%配合する一方、試験片1−5は炭素粒子を配合していない点で異なる。両者の摩耗痕深さに有意な差がなかったことから、炭素粒子の配合は摩耗痕深さに影響しないことが分かった。
【0030】
図3は、表3に示す条件にて、試験片1−1〜1−5に対して行った高温環境下(120℃)での摺動性能試験の測定結果を示す図である。
【0031】
ここで、
図2と同様、左側の縦軸は摩擦係数を示しており、右側の縦軸は摩耗痕深さ(摺動面10の矢印Aにおける摩耗痕深さの平均値)を示している。また、グラフ5−1〜5−5は試験片1−1〜1−5の摩擦係数の測定結果を示しており、グラフ6−1〜6−5は試験片1−1〜1−5の摩耗痕深さの測定結果を示している。
【0032】
図3に示すように、高温環境下(120℃)において、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−1の摩擦係数は0.07であり(グラフ5−1)、ホホバオイル4質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−2の摩擦係数は0.08であり(グラフ5−2)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−3の摩擦係数は0.07であり(グラフ5−3)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン2質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−4の摩擦係数は0.10であり(グラフ5−4)であり、そして、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合の試験片1−5の摩擦係数は0.06である(グラフ5−5)。いずれの試験片1−1〜1−5も、室温環境下での摩擦係数より低く、高温環境下でも良好な摺動特性が得られた。また、炭素粒子を配合する試験片1−1と、炭素粒子を配合しない点を除き試験片1−1と共通する試験片1−5とで、摩擦係数に有意な差がなかったことから、高温環境下でも、炭素粒子の配合は摩擦係数に影響しないことが分かった。
【0033】
また、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−1の摩耗痕深さは2.5μmであり(グラフ6−1)、ホホバオイル4質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−2の摩耗深さは2.8μmであり(グラフ6−2)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン1質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−3の摩耗痕深さは4.3μmであり(グラフ6−3)、ホホバオイル6質量%、ポリエチレン2質量%、炭素粒子1質量%配合の試験片1−4の摩耗痕深さは3.5μmであり(グラフ6−4)であり、そして、ホホバオイル3質量%、ポリエチレン1質量%配合の試験片1−5の摩耗痕深さは3.2μmである(グラフ6−5)。いずれの試験片1−1〜1−5の摩耗痕深さも、室温環境下よりも高温環境下(120℃)の方が大きいが、高温環境下においても、十分な耐摩耗性が得られることが分かった。
【0034】
上述の摺動性能試験結果から、脂肪族ポリケトン樹脂にホホバオイルおよびポリエチレンを配合することにより、室温環境下および高温環境下の両方において、脂肪族ポリケトン樹脂単体に対して摺動性能を飛躍的に向上させることができ、これにより、滑り軸受に利用できることが分かった。また、上述の成形性確認試験から、脂肪族ポリケトン樹脂にホホバオイルをポリエチレンとともに配合することにより、ポリエチレンを配合しない場合に比べて、成形性に優れ、射出成形による量産に適した摺動部材用樹脂組成物を実現できることが分かった。
【0035】
これは以下の理由によると考えられる。すなわち、脂肪族ポリケトン樹脂は、ケトンが多数連結されたものであり、以下の化1に示すように、主鎖にカルボニル基が配置されている。
【0037】
ここで、カルボニル基は、以下の化2に示すように、炭素Cおよび酸素Oがそれぞれ+、−に帯電して分極している。
【0039】
このように、脂肪族ポリケトン樹脂は極性を持った樹脂と考えられ、脂肪族ポリケトン樹脂の表面は他の物質と結合しやすい活性な状態にあるものと考えられる。
【0040】
ホホバオイルは、以下の化3に示す脂肪酸エステルを有する。化3のR
1、R
2は、長鎖の炭化水素基であることを示す。
【0042】
高級脂肪酸エステルも炭素−酸素の結合を持ち、極性を有していると考えられる。このため、高級脂肪酸エステルを含むホホバオイルは、極性が高い脂肪族ポリケトン樹脂の表面に保持されて油性剤としての潤滑効果を発揮すると考えられる。また、同様に極性を有していると考えられる高級脂肪酸、高級アルコール等でも、同様の潤滑効果が期待できる。
【0043】
ポリエチレンは、以下の化4に示すように、炭化水素基が重合した構造を有する高分子であり、脂肪酸エステルと類似の化学的構造を有する。
【0045】
このため、脂肪族ポリケトン樹脂に高級脂肪酸エステルをポリエチレンとともに配合することにより、ポリエチレンが高級脂肪酸エステルと結合して、脂肪酸エステルの保持剤として機能し、これにより、より多くの脂肪酸エステルを脂肪族ポリケトン樹脂から分離させることなく脂肪族ポリケトン樹脂に配合することができたものと考えられる。
【0046】
以上説明したように、本実施の形態によれば、高級脂肪酸エステル、高級脂肪酸、あるいは高級アルコールを含む油性剤と、油性剤の保持剤として機能するオレフィン系樹脂と、を配合した脂肪族ポリケトン樹脂を用いることにより、摺動性能を向上させることがきるので、耐熱性および耐薬品性に優れ、かつ同等の耐熱性を有する他の摺動部材用樹脂組成物に比べて安価な脂肪族ポリケトン樹脂を用いた摺動部材用樹脂組成物を提供できる。
【0047】
本発明の摺動部材用樹脂組成物は、様々な摺動部材に用いることができる。特に、滑り軸受に好適である。